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井筒親方「本当に相撲が好きで」先代武隈親方を悼む

元豊ノ島の井筒親方(2020年7月23日撮影)

元幕内蔵玉錦の先代武隈親方が9日に67歳で死去し、元関脇豊ノ島の井筒親方が10日、故人との思い出を語った。井筒親方は2002年1月に初土俵を踏み、同年に鏡山部屋から転籍してきた先代武隈親方から、2019年に退職するまで指導を受けてきた。井筒親方は「自分が新弟子の時に部屋にいらしたので、かれこれ20年近い月日を過ごしました。本当に相撲が好きで、稽古場での指導のポイントは聞いていて勉強になりました」と振り返った。

先代武隈親方は、元横綱柏戸の鏡山部屋で育ち、最高位は西前頭筆頭だった。井筒親方は「お酒を飲むと、口癖は『うちの柏戸は…』でした。今ごろ、柏戸関とお酒を飲みながら怒られているんじゃないでしょうか」と思いをはせた。

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元前頭蒼国来の荒汐など年寄襲名を発表

元前頭蒼国来は荒汐襲名(18年11月撮影)

日本相撲協会は5日、大相撲秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を開き、既に承認されている元関取の年寄襲名を発表した。

・元前頭蒼国来→荒汐襲名

・関脇豊ノ島→井筒襲名

・元関脇栃煌山→清見潟

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正代「残ってくれた」土俵際クルリ1回転で1敗死守

互いの背中が向かい合う遠藤(左)と正代(撮影・河田真司)

<大相撲7月場所>◇6日目◇24日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が、土俵際で華麗な身のこなしを見せた。遠藤に左腕をたぐられ左四つで寄られると、俵を割りそうになったところで時計回りにクルッと1回転。体勢を立て直して押し出した。きれいな“スピン”で1敗を守った正代は「尻もちをついたような感覚だった。何とか足が残ってくれた」と大粒の汗をぬぐった。

先場所限りで兄弟子の元関脇豊ノ島(現井筒親方)が引退し、場所前は「腰が高いので日頃から言われている」と指導してもらった。

2場所連続で関脇に在位する今場所。終盤戦まで自身より番付の低い相手と戦うことが予想されるが「久しぶりの場所なので感覚を確かめながら集中して、あんまり星勘定を気にしてもしょうがないと思っている」と話した。

土俵際で体を入れ替えて残した正代(左)(撮影・丹羽敏通)

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元関脇豊ノ島、スーツでNHK相撲中継解説デビュー

放送席で解説する元豊ノ島の井筒親方(撮影・小沢裕)

<大相撲7月場所>◇5日目◇23日◇東京・両国国技館

元関脇豊ノ島の井筒親方(37)が、NHK大相撲中継で初めて解説を務めた。黒のスーツ姿で、幕内取組から向正面のブースに入った。相撲の技術にも話術にも長けた親方らしく、的確に取組を分析していった。

同じ時津風部屋の弟弟子2人については、現状を詳しく伝えた。連敗中の西前頭筆頭の豊山については「相手に直線的に圧力をかけるのが魅力ですが、圧力が上に抜ける。本人にはすぐにできるようなもんじゃないから、来年、再来年にできるようになればいいと伝えています」と説明。関脇正代には「前に出るのが正代の相撲かといえばそうでないが、前に出る力がついて体も大きくなった。今場所はいけるだろうと最初から私は思っていました」と指摘した。

解説を終えた井筒親方は「相撲に正解はないですから、自分が思っていることを言いました。『やせた』と言われましたが、ブースの壁が黒いから、そう見えただけですよ」と振り返った。それでも昨年の九州場所で自己最高の167キロまで増えたが、現在は142キロほどだという。

井筒親方の解説について、ツイッターなどSNSには「解説がお上手」「わかりやすく、的確な解説が素晴らしい」という投稿が相次ぐなど、解説としても好スタートを切った。

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白鵬、朝乃山は全勝 照ノ富士1敗/5日目写真特集

<大相撲7月場所>◇5日目◇23日◇東京・両国国技館

新大関の朝乃山が初顔合わせの霧馬山との1分以上におよぶ熱戦を制し、初日から5連勝とした。右四つになるも上手が取れず、頭をつけた霧馬山が優位な体勢となったが、相手の巻き替えに乗じて一気に寄り切り。新大関場所での初日から5連勝は18年名古屋場所の栃ノ心以来。無傷で序盤5日間を終えた。

一人横綱の白鵬も、先場所金星を配給した阿武咲を上手出し投げで退け、初日から5連勝とした。

かど番の大関貴景勝は宝富士をはたき込み、4勝1敗とした。

2度の優勝経験を持つ関脇御嶽海、妙義龍、新入幕の琴勝峰も全勝を守った。 大関経験者の高安が、序二段から史上初の幕内復帰を果たした照ノ富士との大関経験者同士の一番を制し、3勝目を挙げた。人気小兵の炎鵬は北勝富士に敗れ、2勝3敗となった。

横綱土俵入りに臨む白鵬

土俵入りを披露する横綱白鵬(撮影・丹羽敏通)

元豊ノ島が放送席で解説

放送席で解説する元豊ノ島の井筒親方(撮影・小沢裕)

幕内

錦木押し出し千代丸

錦木(左)は千代丸を押し出しで下す(撮影・小沢裕)


高安寄り切り照ノ富士

高安(右)は照ノ富士を押し出しで下す(撮影・小沢裕)

高安(手前)に寄り切りで敗れた照ノ富士(撮影・丹羽敏通)


照強上手投げ千代大龍

高々と塩をまく照強(撮影・丹羽敏通)

照強を上手投げで破った千代大龍(左)(撮影・丹羽敏通)


炎鵬押し倒し北勝富士

北勝富士に押し倒しで敗れた炎鵬(左)(撮影・丹羽敏通)


隆の勝押し出し

隆の勝(手前)に押し出しで敗れた輝(撮影・丹羽敏通)


大栄翔突き落とし豊山

大栄翔(上)は豊山を突き落としで破る(撮影・柴田隆二)


遠藤押し出し御嶽海

立ち合いで遠藤(左)を突き押しで攻める御嶽海(撮影・小沢裕)

御嶽海(右)に押し出しで敗れた遠藤(左)(撮影・丹羽敏通)


正代すくい投げ隠岐の海

正代(上)は隠岐の海をすくい投げで破る(撮影・柴田隆二)


霧馬山寄り切り朝乃山

朝乃山(右)は霧馬山を寄り切りで破る(撮影・柴田隆二)

朝乃山(右)は霧馬山を寄り切りで下す(撮影・小沢裕)

朝乃山(上)は霧馬山を寄り切りで破る。行司が霧馬山と激突し倒れる(撮影・柴田隆二)

行司を心配する霧馬山(撮影・柴田隆二)


貴景勝はたき込み宝富士

貴景勝は宝富士(手前)をはたき込みで下す(撮影・小沢裕)

宝富士を破った貴景勝(左)(撮影・丹羽敏通)


白鵬上手出し投げ阿武咲

上手出し投げで阿武咲を下した白鵬(撮影・丹羽敏通)

白鵬は上手出し投げで阿武咲(右)を下す。左は朝乃山(撮影・小沢裕)

勝ち名乗りを受ける白鵬(撮影・丹羽敏通)

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琴奨菊、7月場所へ「精いっぱいやることはやった」

稽古中の琴奨菊

大相撲の大関経験者で東前頭14枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が11日、代表取材に応じ「結果はどうなるか分からないが、精いっぱいやることはやってきた」と、7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けてここまでの調整を振り返った。7月場所では7場所ぶりの勝ち越しを目指す。プロ野球が観客を入れての公式戦を再開。「映像でもニュースでちょこっとしか見ていないのであまり分からないが、ひとつひとつの歓声とか本当にありがたいと思う。逆に無観客を知っているがゆえに」。春場所で史上初の無観客開催を経験しただけに、ファンの存在のありがたみを感じた。

4月に小学生時代からのライバルだった元関脇豊ノ島(現井筒親方)が引退した。この自粛期間で、互いに中学時代の全国中学の映像を見返す機会があったという。「自分的に今が一生懸命という感じなので、あまり振り返ることはしなかった。その頃(中学時代)から頑張ってきたな、という感じで。ちょうど団体の決勝戦が、(母校の)明徳義塾対(豊ノ島の)宿毛の片島中学。自分も豊ノ島も先鋒戦だった。私は負けたが、そのときの懐かしさを感じた。結局豊ノ島の中学のほうが全国優勝したんですけれども」。気付けば関取最年長。「私もいつかそうなるか分からないけれども、やり残しだけはしないようにと思っている」と誓った。

稽古中の琴勝峰

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元豊ノ島の井筒親方が37歳誕生日 毎日指導中

37歳の誕生日を迎えた元関脇豊ノ島の井筒親方

大相撲の井筒親方(元関脇豊ノ島)が26日、37歳の誕生日を迎えた。代表取材に応じ「めでたいとも思わないし、あんまり変わらんよ。(自宅で)朝はハッピーバースデーの飾り付けしてくれていたから、『ありがとう』と言って、という朝でした」と明かした。

4月に引退したばかりの新米親方は現在、部屋付きの親方として後進の指導にあたっている。「親方」と呼ばれることにはまだ慣れない様子で「部屋でも若い子は『豊ノ島関』って呼ぶし、自分も反応してしまう。稽古場にも井筒の木札がまだできていないし、部屋のメンバーで自分だけいないみたい。中ぶらりんな感じだね」と話した。

稽古場では毎日、まわしを締めて指導しているという。現役時代は体を休めるため稽古場に降りない日もあったが「休むと部屋の子たちに対して責任を達成できていない気持ちになる」と、立場が変わり行動も変わった。力士には積極的に言葉をかけていく指導法。「もともと言いたい方。相撲でも今の相撲はこうだからって。口出ししたいタイプ。指導は好き」。小兵の技巧派で鳴らした実力を伝えていく。

稽古場以外では、減量に励む日々を送っている。昨年11月の九州場所で167キロだったが、今は20キロ落として147キロ。夜は炭水化物の摂取を控え、サラダや高知の実家から送られる豆腐を食べているという。膝の痛みがあるため、稽古では胸を出せない。代わりに自宅から稽古場まで1時間歩いて汗を流す。最短で来年10月に断髪式を行う意向もあり「そこまで、あんまり体重も落としすぎないようにと思っている。はかまとかぶかぶかじゃ格好悪いし。140キロ切るまで、130キロ台くらいにはキープしたい」と計画中だ。

引退時は悲しんでいた長女の希歩ちゃん(7)も、徐々に受け入れてくれた。「最初は豊ノ島と言えなくなるのが嫌だったみたいだけど今は『父が親方なんだよ』って友達に言ってるみたい。切り替えてくれたなと。(引退を伝える時は)僕も妻(沙帆夫人)も話を何回もした。ああいう形での引退は納得いかないみたいだったけど『体壊れたらどうするの?』って話したら泣きながら『分かった』って許してくれた。肩の荷が下りた感じだった」。そんな愛する妻、愛する娘と、最近は人気アニメ「鬼滅の刃」にはまっている。「アニメで見て、漫画で見て。娘は毎晩、鬼滅の刃を歌っている。家にいるのはストレスにならない。自粛生活で体をゆっくりさせてもらっています」。家族との充実した時間を過ごしている。

37歳を迎えた元関脇豊ノ島の井筒親方(右)を祝う、左から沙帆夫人、長女・希歩ちゃん
37歳を迎えた元関脇豊ノ島の井筒親方(右)を祝う誕生日ケーキ
若い衆を指導する元関脇豊ノ島の井筒親方

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正代が大関昇進意欲「悔いない相撲」部屋けん引覚悟

7月場所に向けて稽古を行う正代(右)

大相撲の関脇正代(28=時津風)が、大関昇進への意欲を語った。25日、代表取材に応じた。春場所後に年下の朝乃山が大関に昇進し「自分も上がりたいという気持ちは今まで以上に強くなった」と刺激を受けているという。「(大関は)全力士が目指す場所。力士としては特別な地位。がむしゃらに狙ってもなれるものでもないと思うし、自分のペースとか自分のやり方を乱さないように、そして悔いのない相撲を取って、それで(結果が)ついてきたらいいと思う」と意気込んだ。

昨年九州場所から2場所連続で2桁白星を挙げ、春場所では関脇として初めて勝ち越した。覚醒しつつある大器は、7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けて「2週間くらい前から」相撲を取る稽古を再開させ、この日は前頭豊山と約10番取ったことを明かした。「相撲を取り始めて最初の方は、体がどうしてもついてきてないというか、息が上がるのも早いなという感じがしたんですけど、ちょっとずつ対応してきているのかなという感じです」と、徐々に状態を上げている。

4月に引退した井筒親方(元関脇豊ノ島)に代わって、部屋を引っ張る覚悟だ。「自分とか豊山が部屋を引っ張っていかないといけない。(若い衆への)指導もそうですし、胸を出したりしなくちゃなと思う。気持ちはだいぶ強くなりましたね」。一線を退いた兄弟子は現在、部屋付き親方として指導に当たっている。現役時代と変わらず「すごい面倒見がいい方。すごい教え方も的確」と感謝。稽古場でまわしを締めているそうで「今ダイエットにいそしんでいらっしゃいます」と、軽快にいじった。

一方で自身は、この外出自粛期間で若い衆にテレビを奪われた? ことを告白した。「若い衆が自粛期間を見越してアマゾンのファイアスティックTVってあるじゃないですか。あれを予約して、でもテレビがないと。僕がずっと(部屋の個室の)テレビを見てなかったので『見ないならください』と取られまして」。正代からテレビを譲り受けた若い衆は「すごく喜んでます」とのことだ。「小さいテレビだったので前から買い替えようと思ってたんですけど、テレビ見ないからいいやと後回しにしてたんですけどね。まあいい機会でしょうか」と前向き。自室にはテレビがなくなり、通販で新しいテレビと周辺機器を注文。自身も映画やアニメを視聴して気分転換をしている。

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27位琴奨菊へエール「年齢を感じさせない安定感」

 

第9回大相撲総選挙にご投票いただき、ありがとうございました。投票だけでなく、多くの皆さまから熱いメッセージをいただきましたので、ごく一部ですが紹介いたします。

27位 琴奨菊 732票

★琴奨菊関は年齢を感じさせない安定感と安心感があります。負け越した場所も負け越したとは思えないいい相撲を取っている印象が強いです。まだまだがんばってほしいです。(40代女性)

★琴奨菊関は、ガブリガブリとお相撲を取る姿を見た時、初心者の私にはとても衝撃を受けたのを覚えています。たくさんのテーピングを貼りながらのお相撲で心配しながら拝見する時もありますが、頑張ってる姿がとても好きです。応援しています。(30代女性)

★琴奨菊関が優勝したのがきっかけで大相撲が大好きになり、得意のがぶり寄りを見るのが楽しみです! 強くて優しい琴奨菊関! まだまだ現役で頑張ってもらいたいです!(20代女性)

★琴奨菊関は昔から好きで、あのかぶりよりには感動です。とくに優勝した場所は当時部活をやっていたんですが走って帰って見てました。そして白鵬関との大一番立ち合いでカメラが「ばっと」寄る迫力そこからのかぶり寄り感動しました。(10代以下男性)

★若手が増えてきている中同じくらいの歳の人が若手に負けない姿が好き。優しくて面倒見がいいところ。同期が引退してきている中けがをすることなく頑張って欲しい。(30代女性)

★例え大関から陥落しても腐らず前向きに相撲に向き合う姿、常に真っ向勝負の取り口、幕内最年長としての素晴らしい姿勢にいつも感心して応援しております。(50代女性)

★元大関経験者が現在は幕内下位で、良く頑張っていると思います。1つの型、がぶり寄りは、誰にも負けない素晴らしい素質ですね。大関時代の幕内優勝は、とても感動しました。あのシーンは、今でも忘れられません。幕内にいる限りは、現役で取り続けてほしいです。1場所でも長く、幕内で務められる事を心より応援しています。(30代男性)

★ゴロンのキレの良さから、まだまだ上で動けると思います! 最後のアラフォーの星。(40代女性)

★琴奨菊関の事が大好きな娘は、笑顔が大好きと言ってます。(10代以下女性)

★自分が子供の頃から第一線で活躍し続ける人。引退したライバル豊ノ島の分まで頑張ってもらいたい。(20代男性)

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栃ノ心、平幕初4連続大関撃破/夏場所プレイバック

大相撲夏場所5日目 魁皇(右)を寄り切る栃ノ心(2010年5月13日撮影)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。5日目は、平幕初の連続撃破です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇5日目◇10年5月13日◇東京・両国国技館

ジョージア出身の怪力が、快挙を成し遂げた。西前頭2枚目の栃ノ心が、4連勝していた大関魁皇を止めた。2日目から日馬富士、琴欧洲、琴光喜を下し、08年九州場所の豊ノ島以来9人目となる平幕の4大関撃破。さらに平幕の4日連続大関撃破は、史上初の快挙となった。

得意の右四つに持ち込み、寄り切りで魁皇を破った。「あの体勢になったら、もう負けないですよ」。この日の朝稽古。最後に春日野親方(元関脇栃乃和歌)から呼ばれ、4日連続はたき込みで勝った魁皇への対策を伝授された。頭を下げ過ぎずに強く当たり、得意とする形に持ち込んだ。

初土俵は06年の3月。入門時に190センチ、129キロだった体格は、192センチ、157キロ、ももの太さは90センチ以上に成長した。09年6月にはジョージアからの要請で母国に戻り、約1カ月の軍事訓練を受けた。銃も撃った。だが「こっち(相撲の稽古)の方が大変」というほど、当時5人の関取衆がいる春日野部屋の厳しい環境で強くなった。

「これまで上位にいた時は1回も3役に上がっていない。負けてもいいから、いい相撲を取りたい」と意気込み、戦った残りの10日間。千秋楽に勝ち越しを決め、自身2度目の敢闘賞を受賞。そして翌名古屋場所で悲願の新小結に昇進した。

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琴奨菊が労い「最後まで豊ノ島を演じてほしかった」

花道で豊ノ島(右)と握手する琴奨菊(2016年1月24日撮影)

大相撲の「現役最年長関取」の幕内力士、琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が20日、その“看板”を引き継いだ高校時代からの僚友だった元関脇豊ノ島の井筒親方(36=時津風)への思いや、部屋での稽古の様子といった近況を、報道陣との電話取材で明かした。

17日に現役引退と年寄襲名が決まった井筒親方とは前日19日、テレビ電話で言葉を交わしたという。「どれだけ脇を締めても入ってこられた天才的な、あのもろ差し」と評する僚友の、ホッとしたような表情を見て「力を出し切って終わってないと思い(琴奨菊の心の中で)モヤモヤ感があったけど、本人のスッキリした表情を見て納得した」という。テレビ電話での会話は、互いに家族を交えてのものだったという。

分かり合える中だからこそ、心中も察した。井筒親方の、現役最後のころのコメントを耳にし「解説者みたいになっていて、もどかしさがあった」という。自分を客観的に見る僚友の姿には「そっち(外向き)になってはいけない。ひと言で言えば“お疲れさま”なんだけど、最後まで豊ノ島を演じてほしかった」と、独特の言い回しで旧知の仲の僚友をねぎらった。福岡県出身の琴奨菊は、中学から高知県の強豪・明徳義塾に進学。全国都道府県大会ではチームメートとして優勝を分かち合った思い出など「小さい頃からよく知っていて性格も分かっている」という井筒親方との、懐かしい昔話も披露した。

千葉・松戸市内にある部屋での稽古については、力士総数約40人の大所帯のため起床時間から2班に分け、汗を流しているという。関取5人も2班に分かれ、A班が午前7時から同8時半、B班が同8時半から同10時までと極力、密を避けた班分けで行っている。各班とも最初の1時間は基礎運動中心に残り30分は関取衆が考えたメニューをこなす。「世界的にコロナの大変な影響が出始めている。あらためて自分を見直す時間になる」という。週に数日は2部練習を取り入れ、変化をつけているため「ストレスは感じない」。夏場所開催の可否も決まらず、悶々とする日々が続くが「粛々と淡々と今できることをやる。やっていることは裏切らないと思う。自分の目線を内に向けて。外に向けたらいろいろな情報が入って不安になるから。相撲の動きの中では弱いところがごまかせても、筋トレをするとモロに(弱い部分が)分かる。そこはノビしろがあるということ」など、独特な言い回しで現状を乗り切る姿勢を示した。

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白鵬が引退豊ノ島ねぎらう「お疲れさま」一問一答2

白鵬

大相撲の横綱白鵬(35=宮城野)が20日、報道陣の電話取材に応じ、17日に引退し年寄「井筒」を襲名した元関脇豊ノ島(36=時津風)にねぎらいの言葉を送った。

豊ノ島とは10年九州場所の優勝決定戦で戦うなど、同年代として長年対戦。三賞獲得10度の実力者との思い出を振り返った。

以下は一問一答

-豊ノ島が引退した

白鵬 春場所前に出稽古に行ったときに会って、今後の話とかをしました。その時には、もう1度しっかり稽古をして、応援してくれるお客さんたちの前で、最後の花道を飾るつもりで土俵に上がったほうがいいのでは、と話したんですが、本人が決めたことなので、本当にお疲れさまでした! と言いたいですね。引退のニュースを見て、豊ノ島関に「長い間お疲れさまでした。これからもよろしくお願いします。これからの人生が長いからまた頑張りましょう!」とメッセージを送りました。そしたら返事が来まして「ありがとうございます。同じ時代に戦うことができて良かったのと同時に、憎いくらいに強かったです。でも63連勝の最強の横綱と、その記録を作った場所で優勝決定戦を戦えたことが何よりも誇りです。これからもよろしくお願いします」と書いてありました。そう言ってもらえてうれしかったですね。

-思い出の相撲

白鵬 たくさんの思い出の相撲はありますけど、私もこの優勝決定戦の一番を挙げますね。この時は連勝が止まった場所(双葉山の69連勝を目指すも、2日目に稀勢の里に敗れて歴代2位の63連勝で途絶える)ですよね。過去の横綱たちも連勝止まった場所では、そのまま連敗したり、休場したりしていたと聞きました。そこで私は父からの電話での励ましなどもあり、その場所でもう1度心を持ち直して、優勝することができました。それだけにとてもうれしかった場所です。その場所で豊ノ島関と2人で優勝決定戦を戦えたことが私にとっても大きな思い出です。そう言えば、横綱として初めて金星を与えてしまったのも豊ノ島関ですよね。手ごわかった。本当に相撲がうまかったですよね。

-小さいのに胸から来る相撲だった

白鵬 そうなんですよ。だからやりづらい! 小さい人は頭から当たって押すのが当然だと思われがちだけど、あの身長と体重で胸から当たって差しに来るんですよ。考えられない! 絶対に左だけは差させないぞとイメージして土俵に上がっていましたね。決定戦もそれを意識しての立ち合いだった記憶があります。

-両腕をクロスして当たる立ち合いも豊ノ島関に差させないための作戦だった

白鵬 そうそう! いろいろ工夫しないと勝てない相手でしたね。

-土俵を降りたら横綱のモノマネをしたりしてファンを楽しませた

白鵬 私もいつも楽しませてもらっていました(笑い)。豊ノ島関は小、中、高と相撲を取ってきたでしょう? だから入門は私が先(白鵬が01年春場所、豊ノ島が02年初場所に初土俵)でも、相撲人生としては私より先輩だと思ってきました。そしてそういう明るさがあって、人の良さもあって人間としても好きでしたね。そして私が10年に白鵬杯をはじめたあと、すくに行動したのも豊ノ島関のすごさだと思います(豊ノ島は11年10月に故郷の高知・宿毛市で「豊ノ島杯」を開催)。あの白鵬杯のあと、すぐに高知の宿毛で豊ノ島杯を開催したのは豊ノ島関が長年相撲を取ってきて、子供たちを大相撲の未来につなげていかないと思っていたからこそ。そんな気持ちで子供たちのための大会を開催した豊ノ島関は、今後の相撲道発展のために絶対に必要な人だと思います。

-最後に家で過ごすことも多い子供たちにメッセージを

白鵬 「ライバルよりたくさん努力して、ライバルよりたくさん休みなさい」という私の好きな言葉があります。スポーツをやっている子供たちも今はなかなか練習できない時期かもしれないけど、例えば勉強だったり、お父さんお母さんの手伝いだったり、今自分たちにできることをしっかりやっていけば後の人生で結果を出すことができると思います。みんなで乗り越えて行きましょう! 私も今できることをやって夏場所に向けて頑張っていきます。

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豊ノ島SNSで引退報告「ありがとうございました」

豊ノ島

17日に引退し年寄「井筒」を襲名した大相撲の元関脇豊ノ島(36=時津風)が19日、自らのツイッターで引退を報告した。

「今まで本当にあたたかいご声援ありがとうございました!! 親方になっても変わらぬご支援ご鞭撻よろしくお願いします。本当にありがとうございました」と感謝の言葉をつづった。実直な性格を物語るように、正面を向き、頭を下げて引退を報告する動画もつけた。

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引退豊ノ島の妻「娘が引くくらい泣いた」/一問一答

2月1日、記念写真に納まる左から元豊ノ島の井筒親方、長女希歩ちゃん、妻沙帆さん

大相撲の元関脇豊ノ島(36=時津風)が引退し、年寄「井筒」を襲名した。発表から一夜明けた18日、長年にわたって支えてきた妻の梶原沙帆さん(38)に心境を聞いた。【聞き手=佐々木一郎】

-17日に引退発表があり、周囲からの反響はいかがでしたか

「すごかったです。久しぶりに連絡をくれる方もいて、皆さん『お疲れさまでした』と言ってくれます。温かいメッセージばかりでした。関取の座から落ちていた2年間を知っている人ばかりなので、今回は『もっとやればよかった』と言う人は少なく、決断を尊重してくれました。私は何もしていませんが、ねぎらってくれる方もいました。応援してくださったたくさんの皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです」

-最後となった春場所の取組はどういう心境で見ていましたか

「これでダメなら最後だと思って見ていました。勝ったらうれしくてうるうるし、負けた時は感情があふれ出ました。プレッシャーなどいろいろなものを背負っていることは分かっていましたから。最後の一番は、娘が引くくらい泣きました」

-長女の希歩ちゃん(7)の様子はいかがでしたか

「負けた時は怒っていました。『何で負けるのよ』って。一番厳しいんです。子どもは正直ですから、嫌なものは嫌なんですよね」

-春場所は無観客で開催されたため、応援にいけませんでした

「こういう状況なので、やむを得ません。それよりも、これまでにもっとすごい相撲を生で見せてもらってきましたから。優勝決定戦(2010年九州場所千秋楽の白鵬戦)や、けがからの復帰もそうです。いい相撲を生で見せてくれていたので、そこに価値があると思っています。自分に言い聞かせている面もあるんですけどね」

-引退の決断はいつ聞きましたか

「春場所前に結果次第でやめると言っていました。負け越しが決まった時点で、やめると分かりました。負け越しが決まった後の一番は、もう最後だと分かって見ました」

-希歩ちゃんは納得してくれましたか

「千秋楽が終わってから、時間をかけて話をしました。(豊ノ島から)話を聞いてねと言っても、どういう話になるか分かっているんでしょうね、『聞かない』『やだ』と言うんです。『普通のお父さんになって欲しくない』と言っていました。お父さんは足も痛いし、体もしんどいよ、と3日間くらいかけて説明しました。『お金は貸してあげるって言ってるでしょ』とも言ってました。でも、きーちゃんも、お金がなくなっちゃうからね、と」

-アキレス腱(けん)を断裂し、2016年九州場所から2年間は幕下で苦労しました。あの期間は家族にとってどういうものでしたか

「大変でしたが、関取に戻るという目標があったので、気持ちの強さがありました。最初は階段を上がれなかったのと、節約も考えて、家賃が半分のところに引っ越しました。平米数は半分以下のところにしました」

-勝負の世界から離れて、ホッとした面はありますか

「それはめちゃくちゃあります。先輩のおかみさんたちに聞くと、最初はすごくホッとするけれど、やめた次の場所にさみしい気持ちになるそうです。次の場所はさみしいでしょうね。アスリートの妻は大変だと言われたこともありますが、経験できないことをさせてもらってありがたいです」

-これからの生活で楽しみは何ですか

「アキレス腱のけがをしてからは、控えていたことがいくつかあります。家族でボウリングに行くことが好きだったのですが、やめていました。ディズニーランドに行くことも。子どもと一緒に遊ぶことも、びくびくしていました。子どもが足に乗ることもやめておこうと言っていましたので。今は出掛けられませんが、いずれそういう時間ができたらいいですね」

-これからは断髪式(日程未定)が控えています

「楽しみ半分、ドキドキ半分。引退すればいつかは来ますからね。最後の場所は無観客でしたから、引退相撲の時は多くの人に『豊ノ島~』って声をかけていただきたいですね」

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豊ノ島、幕下陥落の苦況で見せた人間味と粋な姿

16年九州場所2日目、アキレス腱断裂からの復活勝利を挙げた豊ノ島(2016年11月14日撮影)

<とっておきメモ>

日本相撲協会は17日の理事会で、元関脇豊ノ島(36=時津風)の引退及び年寄井筒の襲名を承認した。今後は部屋付き親方として後進の指導にあたる。

   ◇   ◇   ◇

アキレス腱(けん)断裂で豊ノ島が幕下に陥落した3年半前の九州場所。当時の相撲キャップから「引退の可能性もあるから、しばらく見ておいてください」と指令されて以降、ほぼ全ての取組で取材した。相撲担当に二十数年ぶりに復帰し豊ノ島の全盛期は知らない。そんな、いわば“いちげんさん”にも嫌な顔せず応じてくれた。相撲巧者=理屈っぽいというイメージもあったが、2年後に関取復帰を果たしさらにリップサービスはさえをみせた。ただ印象に残るのは、関取復帰以降でなく2年間の幕下時代に見せた苦悩の表情であり、もがく中でのコメント。男は苦しい時ほど人間味が出るし、真価が問われるものだと思わされた。まだ進退を決めかねている今月上旬、30分ほど歩きながら雑談した。「キセ(稀勢の里=現荒磯親方)とかからも言われるけど、14勝1敗でも優勝できないなんて運がないよなって。それもしょうがないよね」。どこまでも粋な姿だった。【渡辺佳彦】

大相撲春場所7日目、黒星を喫し土俵に一礼し引き揚げる豊ノ島(2020年3月14日撮影)

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豊ノ島「最後の勇姿」家族に見せられずも…悔いなし

16年初場所13日目、琴奨菊(右)をとったりで破る豊ノ島(2016年1月22日撮影)

せめてもの願いはコロナ禍に打ち砕かれた。日本相撲協会は17日の理事会で、元関脇豊ノ島(36=時津風)の引退及び年寄井筒の襲名を承認した。今後は部屋付き親方として後進の指導にあたる。

幕内在位71場所中に三役を13場所務め、三賞も10回受賞。168センチの小兵ながら差し身のうまさでもろ差しを得意とし、相撲巧者として活躍したが力尽きた。

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関取復帰をかけた無観客開催だった3月の春場所。東幕下2枚目で2勝5敗と負け越し再十両の可能性が消えた豊ノ島は「幕下で負け越して1つの決断をする時なのかなという思いはある」と話していた。心中は九分九厘、引退に傾いていたが父親の顔で「あとは娘との闘いかな」とも。千秋楽から1週間後に帰京し沙帆夫人、7歳の長女希歩ちゃんに引き際を告げた。

一度は引退の腹を決めていた。東十両11枚目で臨んだ1月の初場所。4勝11敗と負け越し2度目の幕下陥落が決定的となった千秋楽に「体がボロボロだから」と家族に打ち明けた。だが幕下で無給生活になることを幼心に感じていた希歩ちゃんの「普通のお父さんになるのはイヤ! 私がお金を貸してあげるから」と泣き叫ぶ姿もあって翻意。同時に「本当に最後になるんだったら、この子に最後の姿を見せないといけない。でも、それをしてないじゃないか」という思いを明かしていた。

負け越したら引退、そうなっても家族や親を大阪に呼んで最後の姿を見せられる-。そんな現役生活最後の望みは、新型コロナウイルスの影響による無観客開催で消された。白星目前で逆転の小手投げを食らい3敗目を喫した、5番相撲の魁との一番で衰えを痛感。腹をくくった瞬間だった。

返り入幕の10年九州場所では、14勝1敗で並んだ横綱白鵬との優勝決定戦にも出た。思い出の相撲にその一番と、琴奨菊が優勝した16年初場所で僚友にとったりで勝った一番を挙げた。アキレス腱(けん)を断裂し16年九州場所では約12年ぶりに幕下に陥落したが、不屈の闘志で2年後に関取復帰。18年間の角界生活を「長かったような短かったような。もう終わったという感じ」と振り返った。コロナ禍で会見も出来ず代表電話取材となったが「悔いはありません」と恨み節はかけらもなかった。【渡辺佳彦】

◆豊ノ島(とよのしま、本名・梶原大樹)1983年(昭58)6月26日、高知県宿毛市生まれ。168センチ、157キロ。宿毛高から02年初場所初土俵。04年夏場所で新十両、同年秋場所で新入幕、07年夏場所では新三役の小結に昇進。通算成績は703勝641敗68休、金星4個。各段優勝は序ノ口1回、序二段1回、十両2回。

春場所9日目、魁(右)に小手投げで敗れる豊ノ島(2020年3月16日撮影)

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引退豊ノ島は「相撲巧者で相撲好きな力士」師匠エール

豊ノ島(2018年9月14日撮影)

三役を13場所務め三賞も10回受賞し相撲巧者として活躍した元関脇豊ノ島(36=時津風)の引退が17日、決まった。日本相撲協会は同日、理事会を開き、豊ノ島の引退及び年寄井筒の襲名を承認した。

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師匠の時津風親方(元前頭時津海) ここまでよくケガを乗り越えて頑張ったと思う。豊ノ島本人は初場所までは頑張りたいと思っていて、年齢も年齢でここが限界だと感じた。相撲巧者で相撲が好きな力士。教え方もうまいし、経験したことを親方として指導してもらいたい。

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引退豊ノ島「もう1回、菊とやりたかった」一問一答

豊ノ島(左)と琴奨菊

三役を13場所務め三賞も10回受賞し相撲巧者として活躍した元関脇豊ノ島(36=時津風)の引退が17日、決まった。日本相撲協会は同日、理事会を開き、豊ノ島の引退及び年寄井筒の襲名を承認した。

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、記者会見を開けなかった井筒親方だが、報道陣の取材には電話で応じた。

-18年間を振り返って

豊ノ島 自分自身も長かったと思うけど、終わってしまえば長いような短かったような。もう終わったという感じ。

-思い出の一番は

豊ノ島 聞かれるなと思ってずっと考えていたけど、多すぎてなかなか難しい。白鵬関との決定戦(10年九州場所)、菊(琴奨菊)とやった一番(琴奨菊が優勝した16年初場所)。他にもあるけど絞ってその2つです。それが記憶に残っている。

-引退を決めたタイミングは

豊ノ島 正直、大阪場所で通常開催だろうが無観客開催だろうが、負け越したら辞めるつもりだった。そう僕自身の中では決めていた。1月(の初場所)もそうだったけど、その時は家族と話してもう1場所、頑張ろうとなった。そうなったので大阪で負け越して終わりだと思った。東京に帰ってから、いろいろ話をまとめた。コロナというのもあったけどね。

-「第2検査」(体の小さな入門希望者を対象とした新弟子検査)で初の関取だった

豊ノ島 はじめは自分なんかがと思っていたけど、舞の海関が頑張っている姿を見て、小さいのにすごいなと思った。自分が頑張ることで小さい子が頑張れると思ってやっていた。

-アキレス腱断裂などケガも多かった

豊ノ島 しんどかったし本当に家族がいなかったら辞めていた。本当に家族のおかげ。よく「家族のおかげ」と言うじゃないですか。14勝1敗の時(白鵬との優勝決定戦で敗れた10年九州場所)は全く思っていなかった。土俵に向かう時に、めっちゃ孤独を感じていた。周りの応援がすごすぎて。でも1人だったら絶対にダメだった。18年の相撲人生の中でその両極端を経験できたのは良かった。

-関取に復帰した時の気持ちは

豊ノ島 戻った時は前とは違った。正直、もう少し幕内で取れると思ったけど、そう簡単にはいかなかった。(19年)名古屋場所で千代大龍と7勝7敗で当たった。(結果負け越し)。勝ってもギリギリ8勝なんだなと思った。

-後悔は

豊ノ島 悔いはありませんけど、あるとすればもう1回、菊(琴奨菊)とやりたかった。(19年)名古屋は本当にやりたかった。これから菊とは真剣勝負がないわけですからね。

-どんな指導者になりたいか

豊ノ島 今まで指導している親方を見てきて、どうしたら(弟子に)伝わるのかなと考えていた。自分はその子が出来るまで付き合っていける指導がしたい。ほったらかしにするのではなく、どこまでも付き合っていくのが大事だと思う。どこまでその子たちに付き合えるか。まわしの切り方とか体の寄せ方を教えるのは簡単。どれだけ付き合えるかを大事にしたい。自分が、めちゃくちゃ(稽古を)やるタイプではないというのは理解している。(弟子に)「一生懸命指導するから頑張れよ」と言いたい。ケガしてから考え方も変わった。一番一番大事にしてきたから。

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豊ノ島が引退、年寄井筒襲名 36歳関取復帰ならず

豊ノ島(2018年9月14日撮影)

三役を13場所務め、三賞も10回受賞し相撲巧者として活躍した幕下の豊ノ島(36=時津風)の引退17日、決まった。

日本相撲協会は同日、理事会を開き、豊ノ島の引退及び年寄井筒の襲名を初任した。

豊ノ島は高知・宿毛高から02年初場所で初土俵。04年夏場所で新十両、同年秋場所で新入幕を果たした。得意のもろ差しを武器に07年夏場所では新三役の小結に昇進。以後、三役を13場所務め、三賞10回、金星は4個獲得。10年九州場所では、14勝1敗で横綱白鵬と並び優勝決定戦にも出たが敗れ、幕内優勝はなかった。

アキレス腱(けん)を断裂し16年九州場所では約12年ぶりに幕下に陥落したが、2年後の18年九州場所で十両に復帰。関取として8場所務めたが、今年1月の初場所では東十両11枚目で4勝11敗と負け越し。2度目の幕下陥落となった今月の春場所は、東幕下2枚目から関取復帰を目指したが、2勝5敗と負け越し。「幕下で負け越して1つの決断をする時なのかな、とかいろいろ思いはある。ゆっくり進退は考えたいと思います」と話していた。

◆豊ノ島(とよのしま) 83年6月26日、高知県宿毛市出身。本名・梶原大樹。168センチ、157キロ。通算成績は703勝641敗68休。各段優勝は序ノ口1回、序二段1回、十両2回。家族は夫人と1女。

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豊ノ島2勝5敗で終戦「ゆっくり進退を考えたい」

豊ノ島(左)は豊響に押し出しで敗れる(撮影・前岡正明)

<大相撲春場所>◇13日目◇20日◇エディオンアリーナ大阪

1場所での十両復帰を目指したものの、6番相撲で負け越しが決まり、場所後の再十両の可能性が消えた東幕下2枚目豊ノ島(36=時津風)が、今場所最後の7番相撲に登場。幕内上位などで過去15度の対戦(11勝4敗)がある西幕下6枚目の豊響(35=境川)と対戦した。わずかに右をのぞかせたが、立ち合いから圧力負けし、その右を強烈におっつけられズルズル後退。真後ろにはたいたが、左足を踏み越し押し出しで敗れた。復活をかけた場所は2勝5敗で終わった。

何度も顔を合わせた相手との対戦を「幕内で何度も対戦があるから、ちょっと何か気負いすぎたかな、立ち合いが高かった。もうちょっと、いい相撲を取りたかった」と振り返った。場所全体を振り返り「やっぱり切れが、いろいろとね、落ちてきたなと思うし、感じますね」と素直に吐露した。

幕下陥落が決まった1月の初場所千秋楽。「自分の中では、やりきったという思いはある」と引退でほぼ固まっていた。それを翻意した裏には、一粒種の長女希歩ちゃん(7)の存在だ。幕下以下に落ち無給生活になることを、けなげにも7歳で分かっていたそうで「私が貸してあげる」と泣きながら相撲を続けることを訴えられたという。さらに、初場所では親や家族を場所に呼ぶことなく、関取の座を失った。「家族も両親も見に来させられなかった。それでいいのか、と思った」と、なえた気持ちを奮い立たせて臨んだ今場所の土俵だった。

その今場所は、家族を会場に呼び寄せようにも無観客開催。「最後の姿」を見せることは来場所以降に持ち越しだ。だが、そのことに豊ノ島本人はこだわっていない。「最後だから(家族に)見せたいということには、こだわってない。見てほしいけど、だからといって…(その理由だけで続けると決断する)ことはないし、テレビでも見てるでしょう。そんな中途半端な気持ちでは…」と話す。現状では「幕下で負け越して、なかなか気持ちを(土俵に)持っていくのは難しい。これだけ長くやって、下に下がって負け越したことで、1つの決断をする時かな、とかいろいろな思いがある。(現役を)続ける気持ちに持っていけるか…」と苦悩する胸の内を明かした。冗談っぽく「(決断は)娘との闘いかな」と少しだけ笑い「とりあえず場所は終わったので、ゆっくり進退を考えたいと思います」と、こみ上げるものを抑えるように話した。【渡辺佳彦】

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