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琴奨菊が労い「最後まで豊ノ島を演じてほしかった」

花道で豊ノ島(右)と握手する琴奨菊(2016年1月24日撮影)

大相撲の「現役最年長関取」の幕内力士、琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が20日、その“看板”を引き継いだ高校時代からの僚友だった元関脇豊ノ島の井筒親方(36=時津風)への思いや、部屋での稽古の様子といった近況を、報道陣との電話取材で明かした。

17日に現役引退と年寄襲名が決まった井筒親方とは前日19日、テレビ電話で言葉を交わしたという。「どれだけ脇を締めても入ってこられた天才的な、あのもろ差し」と評する僚友の、ホッとしたような表情を見て「力を出し切って終わってないと思い(琴奨菊の心の中で)モヤモヤ感があったけど、本人のスッキリした表情を見て納得した」という。テレビ電話での会話は、互いに家族を交えてのものだったという。

分かり合える中だからこそ、心中も察した。井筒親方の、現役最後のころのコメントを耳にし「解説者みたいになっていて、もどかしさがあった」という。自分を客観的に見る僚友の姿には「そっち(外向き)になってはいけない。ひと言で言えば“お疲れさま”なんだけど、最後まで豊ノ島を演じてほしかった」と、独特の言い回しで旧知の仲の僚友をねぎらった。福岡県出身の琴奨菊は、中学から高知県の強豪・明徳義塾に進学。全国都道府県大会ではチームメートとして優勝を分かち合った思い出など「小さい頃からよく知っていて性格も分かっている」という井筒親方との、懐かしい昔話も披露した。

千葉・松戸市内にある部屋での稽古については、力士総数約40人の大所帯のため起床時間から2班に分け、汗を流しているという。関取5人も2班に分かれ、A班が午前7時から同8時半、B班が同8時半から同10時までと極力、密を避けた班分けで行っている。各班とも最初の1時間は基礎運動中心に残り30分は関取衆が考えたメニューをこなす。「世界的にコロナの大変な影響が出始めている。あらためて自分を見直す時間になる」という。週に数日は2部練習を取り入れ、変化をつけているため「ストレスは感じない」。夏場所開催の可否も決まらず、悶々とする日々が続くが「粛々と淡々と今できることをやる。やっていることは裏切らないと思う。自分の目線を内に向けて。外に向けたらいろいろな情報が入って不安になるから。相撲の動きの中では弱いところがごまかせても、筋トレをするとモロに(弱い部分が)分かる。そこはノビしろがあるということ」など、独特な言い回しで現状を乗り切る姿勢を示した。

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白鵬が引退豊ノ島ねぎらう「お疲れさま」一問一答2

白鵬

大相撲の横綱白鵬(35=宮城野)が20日、報道陣の電話取材に応じ、17日に引退し年寄「井筒」を襲名した元関脇豊ノ島(36=時津風)にねぎらいの言葉を送った。

豊ノ島とは10年九州場所の優勝決定戦で戦うなど、同年代として長年対戦。三賞獲得10度の実力者との思い出を振り返った。

以下は一問一答

-豊ノ島が引退した

白鵬 春場所前に出稽古に行ったときに会って、今後の話とかをしました。その時には、もう1度しっかり稽古をして、応援してくれるお客さんたちの前で、最後の花道を飾るつもりで土俵に上がったほうがいいのでは、と話したんですが、本人が決めたことなので、本当にお疲れさまでした! と言いたいですね。引退のニュースを見て、豊ノ島関に「長い間お疲れさまでした。これからもよろしくお願いします。これからの人生が長いからまた頑張りましょう!」とメッセージを送りました。そしたら返事が来まして「ありがとうございます。同じ時代に戦うことができて良かったのと同時に、憎いくらいに強かったです。でも63連勝の最強の横綱と、その記録を作った場所で優勝決定戦を戦えたことが何よりも誇りです。これからもよろしくお願いします」と書いてありました。そう言ってもらえてうれしかったですね。

-思い出の相撲

白鵬 たくさんの思い出の相撲はありますけど、私もこの優勝決定戦の一番を挙げますね。この時は連勝が止まった場所(双葉山の69連勝を目指すも、2日目に稀勢の里に敗れて歴代2位の63連勝で途絶える)ですよね。過去の横綱たちも連勝止まった場所では、そのまま連敗したり、休場したりしていたと聞きました。そこで私は父からの電話での励ましなどもあり、その場所でもう1度心を持ち直して、優勝することができました。それだけにとてもうれしかった場所です。その場所で豊ノ島関と2人で優勝決定戦を戦えたことが私にとっても大きな思い出です。そう言えば、横綱として初めて金星を与えてしまったのも豊ノ島関ですよね。手ごわかった。本当に相撲がうまかったですよね。

-小さいのに胸から来る相撲だった

白鵬 そうなんですよ。だからやりづらい! 小さい人は頭から当たって押すのが当然だと思われがちだけど、あの身長と体重で胸から当たって差しに来るんですよ。考えられない! 絶対に左だけは差させないぞとイメージして土俵に上がっていましたね。決定戦もそれを意識しての立ち合いだった記憶があります。

-両腕をクロスして当たる立ち合いも豊ノ島関に差させないための作戦だった

白鵬 そうそう! いろいろ工夫しないと勝てない相手でしたね。

-土俵を降りたら横綱のモノマネをしたりしてファンを楽しませた

白鵬 私もいつも楽しませてもらっていました(笑い)。豊ノ島関は小、中、高と相撲を取ってきたでしょう? だから入門は私が先(白鵬が01年春場所、豊ノ島が02年初場所に初土俵)でも、相撲人生としては私より先輩だと思ってきました。そしてそういう明るさがあって、人の良さもあって人間としても好きでしたね。そして私が10年に白鵬杯をはじめたあと、すくに行動したのも豊ノ島関のすごさだと思います(豊ノ島は11年10月に故郷の高知・宿毛市で「豊ノ島杯」を開催)。あの白鵬杯のあと、すぐに高知の宿毛で豊ノ島杯を開催したのは豊ノ島関が長年相撲を取ってきて、子供たちを大相撲の未来につなげていかないと思っていたからこそ。そんな気持ちで子供たちのための大会を開催した豊ノ島関は、今後の相撲道発展のために絶対に必要な人だと思います。

-最後に家で過ごすことも多い子供たちにメッセージを

白鵬 「ライバルよりたくさん努力して、ライバルよりたくさん休みなさい」という私の好きな言葉があります。スポーツをやっている子供たちも今はなかなか練習できない時期かもしれないけど、例えば勉強だったり、お父さんお母さんの手伝いだったり、今自分たちにできることをしっかりやっていけば後の人生で結果を出すことができると思います。みんなで乗り越えて行きましょう! 私も今できることをやって夏場所に向けて頑張っていきます。

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豊ノ島SNSで引退報告「ありがとうございました」

豊ノ島

17日に引退し年寄「井筒」を襲名した大相撲の元関脇豊ノ島(36=時津風)が19日、自らのツイッターで引退を報告した。

「今まで本当にあたたかいご声援ありがとうございました!! 親方になっても変わらぬご支援ご鞭撻よろしくお願いします。本当にありがとうございました」と感謝の言葉をつづった。実直な性格を物語るように、正面を向き、頭を下げて引退を報告する動画もつけた。

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引退豊ノ島の妻「娘が引くくらい泣いた」/一問一答

2月1日、記念写真に納まる左から元豊ノ島の井筒親方、長女希歩ちゃん、妻沙帆さん

大相撲の元関脇豊ノ島(36=時津風)が引退し、年寄「井筒」を襲名した。発表から一夜明けた18日、長年にわたって支えてきた妻の梶原沙帆さん(38)に心境を聞いた。【聞き手=佐々木一郎】

-17日に引退発表があり、周囲からの反響はいかがでしたか

「すごかったです。久しぶりに連絡をくれる方もいて、皆さん『お疲れさまでした』と言ってくれます。温かいメッセージばかりでした。関取の座から落ちていた2年間を知っている人ばかりなので、今回は『もっとやればよかった』と言う人は少なく、決断を尊重してくれました。私は何もしていませんが、ねぎらってくれる方もいました。応援してくださったたくさんの皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです」

-最後となった春場所の取組はどういう心境で見ていましたか

「これでダメなら最後だと思って見ていました。勝ったらうれしくてうるうるし、負けた時は感情があふれ出ました。プレッシャーなどいろいろなものを背負っていることは分かっていましたから。最後の一番は、娘が引くくらい泣きました」

-長女の希歩ちゃん(7)の様子はいかがでしたか

「負けた時は怒っていました。『何で負けるのよ』って。一番厳しいんです。子どもは正直ですから、嫌なものは嫌なんですよね」

-春場所は無観客で開催されたため、応援にいけませんでした

「こういう状況なので、やむを得ません。それよりも、これまでにもっとすごい相撲を生で見せてもらってきましたから。優勝決定戦(2010年九州場所千秋楽の白鵬戦)や、けがからの復帰もそうです。いい相撲を生で見せてくれていたので、そこに価値があると思っています。自分に言い聞かせている面もあるんですけどね」

-引退の決断はいつ聞きましたか

「春場所前に結果次第でやめると言っていました。負け越しが決まった時点で、やめると分かりました。負け越しが決まった後の一番は、もう最後だと分かって見ました」

-希歩ちゃんは納得してくれましたか

「千秋楽が終わってから、時間をかけて話をしました。(豊ノ島から)話を聞いてねと言っても、どういう話になるか分かっているんでしょうね、『聞かない』『やだ』と言うんです。『普通のお父さんになって欲しくない』と言っていました。お父さんは足も痛いし、体もしんどいよ、と3日間くらいかけて説明しました。『お金は貸してあげるって言ってるでしょ』とも言ってました。でも、きーちゃんも、お金がなくなっちゃうからね、と」

-アキレス腱(けん)を断裂し、2016年九州場所から2年間は幕下で苦労しました。あの期間は家族にとってどういうものでしたか

「大変でしたが、関取に戻るという目標があったので、気持ちの強さがありました。最初は階段を上がれなかったのと、節約も考えて、家賃が半分のところに引っ越しました。平米数は半分以下のところにしました」

-勝負の世界から離れて、ホッとした面はありますか

「それはめちゃくちゃあります。先輩のおかみさんたちに聞くと、最初はすごくホッとするけれど、やめた次の場所にさみしい気持ちになるそうです。次の場所はさみしいでしょうね。アスリートの妻は大変だと言われたこともありますが、経験できないことをさせてもらってありがたいです」

-これからの生活で楽しみは何ですか

「アキレス腱のけがをしてからは、控えていたことがいくつかあります。家族でボウリングに行くことが好きだったのですが、やめていました。ディズニーランドに行くことも。子どもと一緒に遊ぶことも、びくびくしていました。子どもが足に乗ることもやめておこうと言っていましたので。今は出掛けられませんが、いずれそういう時間ができたらいいですね」

-これからは断髪式(日程未定)が控えています

「楽しみ半分、ドキドキ半分。引退すればいつかは来ますからね。最後の場所は無観客でしたから、引退相撲の時は多くの人に『豊ノ島~』って声をかけていただきたいですね」

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豊ノ島、幕下陥落の苦況で見せた人間味と粋な姿

16年九州場所2日目、アキレス腱断裂からの復活勝利を挙げた豊ノ島(2016年11月14日撮影)

<とっておきメモ>

日本相撲協会は17日の理事会で、元関脇豊ノ島(36=時津風)の引退及び年寄井筒の襲名を承認した。今後は部屋付き親方として後進の指導にあたる。

   ◇   ◇   ◇

アキレス腱(けん)断裂で豊ノ島が幕下に陥落した3年半前の九州場所。当時の相撲キャップから「引退の可能性もあるから、しばらく見ておいてください」と指令されて以降、ほぼ全ての取組で取材した。相撲担当に二十数年ぶりに復帰し豊ノ島の全盛期は知らない。そんな、いわば“いちげんさん”にも嫌な顔せず応じてくれた。相撲巧者=理屈っぽいというイメージもあったが、2年後に関取復帰を果たしさらにリップサービスはさえをみせた。ただ印象に残るのは、関取復帰以降でなく2年間の幕下時代に見せた苦悩の表情であり、もがく中でのコメント。男は苦しい時ほど人間味が出るし、真価が問われるものだと思わされた。まだ進退を決めかねている今月上旬、30分ほど歩きながら雑談した。「キセ(稀勢の里=現荒磯親方)とかからも言われるけど、14勝1敗でも優勝できないなんて運がないよなって。それもしょうがないよね」。どこまでも粋な姿だった。【渡辺佳彦】

大相撲春場所7日目、黒星を喫し土俵に一礼し引き揚げる豊ノ島(2020年3月14日撮影)

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豊ノ島「最後の勇姿」家族に見せられずも…悔いなし

16年初場所13日目、琴奨菊(右)をとったりで破る豊ノ島(2016年1月22日撮影)

せめてもの願いはコロナ禍に打ち砕かれた。日本相撲協会は17日の理事会で、元関脇豊ノ島(36=時津風)の引退及び年寄井筒の襲名を承認した。今後は部屋付き親方として後進の指導にあたる。

幕内在位71場所中に三役を13場所務め、三賞も10回受賞。168センチの小兵ながら差し身のうまさでもろ差しを得意とし、相撲巧者として活躍したが力尽きた。

   ◇   ◇   ◇

関取復帰をかけた無観客開催だった3月の春場所。東幕下2枚目で2勝5敗と負け越し再十両の可能性が消えた豊ノ島は「幕下で負け越して1つの決断をする時なのかなという思いはある」と話していた。心中は九分九厘、引退に傾いていたが父親の顔で「あとは娘との闘いかな」とも。千秋楽から1週間後に帰京し沙帆夫人、7歳の長女希歩ちゃんに引き際を告げた。

一度は引退の腹を決めていた。東十両11枚目で臨んだ1月の初場所。4勝11敗と負け越し2度目の幕下陥落が決定的となった千秋楽に「体がボロボロだから」と家族に打ち明けた。だが幕下で無給生活になることを幼心に感じていた希歩ちゃんの「普通のお父さんになるのはイヤ! 私がお金を貸してあげるから」と泣き叫ぶ姿もあって翻意。同時に「本当に最後になるんだったら、この子に最後の姿を見せないといけない。でも、それをしてないじゃないか」という思いを明かしていた。

負け越したら引退、そうなっても家族や親を大阪に呼んで最後の姿を見せられる-。そんな現役生活最後の望みは、新型コロナウイルスの影響による無観客開催で消された。白星目前で逆転の小手投げを食らい3敗目を喫した、5番相撲の魁との一番で衰えを痛感。腹をくくった瞬間だった。

返り入幕の10年九州場所では、14勝1敗で並んだ横綱白鵬との優勝決定戦にも出た。思い出の相撲にその一番と、琴奨菊が優勝した16年初場所で僚友にとったりで勝った一番を挙げた。アキレス腱(けん)を断裂し16年九州場所では約12年ぶりに幕下に陥落したが、不屈の闘志で2年後に関取復帰。18年間の角界生活を「長かったような短かったような。もう終わったという感じ」と振り返った。コロナ禍で会見も出来ず代表電話取材となったが「悔いはありません」と恨み節はかけらもなかった。【渡辺佳彦】

◆豊ノ島(とよのしま、本名・梶原大樹)1983年(昭58)6月26日、高知県宿毛市生まれ。168センチ、157キロ。宿毛高から02年初場所初土俵。04年夏場所で新十両、同年秋場所で新入幕、07年夏場所では新三役の小結に昇進。通算成績は703勝641敗68休、金星4個。各段優勝は序ノ口1回、序二段1回、十両2回。

春場所9日目、魁(右)に小手投げで敗れる豊ノ島(2020年3月16日撮影)

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引退豊ノ島は「相撲巧者で相撲好きな力士」師匠エール

豊ノ島(2018年9月14日撮影)

三役を13場所務め三賞も10回受賞し相撲巧者として活躍した元関脇豊ノ島(36=時津風)の引退が17日、決まった。日本相撲協会は同日、理事会を開き、豊ノ島の引退及び年寄井筒の襲名を承認した。

    ◇   ◇   ◇

師匠の時津風親方(元前頭時津海) ここまでよくケガを乗り越えて頑張ったと思う。豊ノ島本人は初場所までは頑張りたいと思っていて、年齢も年齢でここが限界だと感じた。相撲巧者で相撲が好きな力士。教え方もうまいし、経験したことを親方として指導してもらいたい。

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引退豊ノ島「もう1回、菊とやりたかった」一問一答

豊ノ島(左)と琴奨菊

三役を13場所務め三賞も10回受賞し相撲巧者として活躍した元関脇豊ノ島(36=時津風)の引退が17日、決まった。日本相撲協会は同日、理事会を開き、豊ノ島の引退及び年寄井筒の襲名を承認した。

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、記者会見を開けなかった井筒親方だが、報道陣の取材には電話で応じた。

-18年間を振り返って

豊ノ島 自分自身も長かったと思うけど、終わってしまえば長いような短かったような。もう終わったという感じ。

-思い出の一番は

豊ノ島 聞かれるなと思ってずっと考えていたけど、多すぎてなかなか難しい。白鵬関との決定戦(10年九州場所)、菊(琴奨菊)とやった一番(琴奨菊が優勝した16年初場所)。他にもあるけど絞ってその2つです。それが記憶に残っている。

-引退を決めたタイミングは

豊ノ島 正直、大阪場所で通常開催だろうが無観客開催だろうが、負け越したら辞めるつもりだった。そう僕自身の中では決めていた。1月(の初場所)もそうだったけど、その時は家族と話してもう1場所、頑張ろうとなった。そうなったので大阪で負け越して終わりだと思った。東京に帰ってから、いろいろ話をまとめた。コロナというのもあったけどね。

-「第2検査」(体の小さな入門希望者を対象とした新弟子検査)で初の関取だった

豊ノ島 はじめは自分なんかがと思っていたけど、舞の海関が頑張っている姿を見て、小さいのにすごいなと思った。自分が頑張ることで小さい子が頑張れると思ってやっていた。

-アキレス腱断裂などケガも多かった

豊ノ島 しんどかったし本当に家族がいなかったら辞めていた。本当に家族のおかげ。よく「家族のおかげ」と言うじゃないですか。14勝1敗の時(白鵬との優勝決定戦で敗れた10年九州場所)は全く思っていなかった。土俵に向かう時に、めっちゃ孤独を感じていた。周りの応援がすごすぎて。でも1人だったら絶対にダメだった。18年の相撲人生の中でその両極端を経験できたのは良かった。

-関取に復帰した時の気持ちは

豊ノ島 戻った時は前とは違った。正直、もう少し幕内で取れると思ったけど、そう簡単にはいかなかった。(19年)名古屋場所で千代大龍と7勝7敗で当たった。(結果負け越し)。勝ってもギリギリ8勝なんだなと思った。

-後悔は

豊ノ島 悔いはありませんけど、あるとすればもう1回、菊(琴奨菊)とやりたかった。(19年)名古屋は本当にやりたかった。これから菊とは真剣勝負がないわけですからね。

-どんな指導者になりたいか

豊ノ島 今まで指導している親方を見てきて、どうしたら(弟子に)伝わるのかなと考えていた。自分はその子が出来るまで付き合っていける指導がしたい。ほったらかしにするのではなく、どこまでも付き合っていくのが大事だと思う。どこまでその子たちに付き合えるか。まわしの切り方とか体の寄せ方を教えるのは簡単。どれだけ付き合えるかを大事にしたい。自分が、めちゃくちゃ(稽古を)やるタイプではないというのは理解している。(弟子に)「一生懸命指導するから頑張れよ」と言いたい。ケガしてから考え方も変わった。一番一番大事にしてきたから。

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豊ノ島が引退、年寄井筒襲名 36歳関取復帰ならず

豊ノ島(2018年9月14日撮影)

三役を13場所務め、三賞も10回受賞し相撲巧者として活躍した幕下の豊ノ島(36=時津風)の引退17日、決まった。

日本相撲協会は同日、理事会を開き、豊ノ島の引退及び年寄井筒の襲名を初任した。

豊ノ島は高知・宿毛高から02年初場所で初土俵。04年夏場所で新十両、同年秋場所で新入幕を果たした。得意のもろ差しを武器に07年夏場所では新三役の小結に昇進。以後、三役を13場所務め、三賞10回、金星は4個獲得。10年九州場所では、14勝1敗で横綱白鵬と並び優勝決定戦にも出たが敗れ、幕内優勝はなかった。

アキレス腱(けん)を断裂し16年九州場所では約12年ぶりに幕下に陥落したが、2年後の18年九州場所で十両に復帰。関取として8場所務めたが、今年1月の初場所では東十両11枚目で4勝11敗と負け越し。2度目の幕下陥落となった今月の春場所は、東幕下2枚目から関取復帰を目指したが、2勝5敗と負け越し。「幕下で負け越して1つの決断をする時なのかな、とかいろいろ思いはある。ゆっくり進退は考えたいと思います」と話していた。

◆豊ノ島(とよのしま) 83年6月26日、高知県宿毛市出身。本名・梶原大樹。168センチ、157キロ。通算成績は703勝641敗68休。各段優勝は序ノ口1回、序二段1回、十両2回。家族は夫人と1女。

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豊ノ島2勝5敗で終戦「ゆっくり進退を考えたい」

豊ノ島(左)は豊響に押し出しで敗れる(撮影・前岡正明)

<大相撲春場所>◇13日目◇20日◇エディオンアリーナ大阪

1場所での十両復帰を目指したものの、6番相撲で負け越しが決まり、場所後の再十両の可能性が消えた東幕下2枚目豊ノ島(36=時津風)が、今場所最後の7番相撲に登場。幕内上位などで過去15度の対戦(11勝4敗)がある西幕下6枚目の豊響(35=境川)と対戦した。わずかに右をのぞかせたが、立ち合いから圧力負けし、その右を強烈におっつけられズルズル後退。真後ろにはたいたが、左足を踏み越し押し出しで敗れた。復活をかけた場所は2勝5敗で終わった。

何度も顔を合わせた相手との対戦を「幕内で何度も対戦があるから、ちょっと何か気負いすぎたかな、立ち合いが高かった。もうちょっと、いい相撲を取りたかった」と振り返った。場所全体を振り返り「やっぱり切れが、いろいろとね、落ちてきたなと思うし、感じますね」と素直に吐露した。

幕下陥落が決まった1月の初場所千秋楽。「自分の中では、やりきったという思いはある」と引退でほぼ固まっていた。それを翻意した裏には、一粒種の長女希歩ちゃん(7)の存在だ。幕下以下に落ち無給生活になることを、けなげにも7歳で分かっていたそうで「私が貸してあげる」と泣きながら相撲を続けることを訴えられたという。さらに、初場所では親や家族を場所に呼ぶことなく、関取の座を失った。「家族も両親も見に来させられなかった。それでいいのか、と思った」と、なえた気持ちを奮い立たせて臨んだ今場所の土俵だった。

その今場所は、家族を会場に呼び寄せようにも無観客開催。「最後の姿」を見せることは来場所以降に持ち越しだ。だが、そのことに豊ノ島本人はこだわっていない。「最後だから(家族に)見せたいということには、こだわってない。見てほしいけど、だからといって…(その理由だけで続けると決断する)ことはないし、テレビでも見てるでしょう。そんな中途半端な気持ちでは…」と話す。現状では「幕下で負け越して、なかなか気持ちを(土俵に)持っていくのは難しい。これだけ長くやって、下に下がって負け越したことで、1つの決断をする時かな、とかいろいろな思いがある。(現役を)続ける気持ちに持っていけるか…」と苦悩する胸の内を明かした。冗談っぽく「(決断は)娘との闘いかな」と少しだけ笑い「とりあえず場所は終わったので、ゆっくり進退を考えたいと思います」と、こみ上げるものを抑えるように話した。【渡辺佳彦】

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豊ノ島「あと1番」来場所の関取復帰消滅も前向く

千代鳳に敗れ、肩を落とし花道から引き揚げる豊ノ島(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇11日目◇18日◇エディオンアリーナ大阪

再十両を目指す東幕下2枚目豊ノ島(36=時津風)の、来場所十両復帰の可能性がなくなった。

2勝3敗で迎えた6場所相撲は、十両の土俵で東十両14枚目の千代鳳(27=九重)と対戦。過去1勝2敗の相手に、立ち合いの攻防から左が入った。

だが、関取として16年名古屋場所以来、3年半ぶりの勝ち越しをかける一番となった千代鳳の圧力に負け後退。右上手を引いたまま反時計回りで向正面に回り込み、左手で相手の頭を押さえながら逆転の上手投げを打った。左足を宙に浮かせながら、右足一本で残りながら執念の投げ。軍配は千代鳳に上がったが、物言いがついた。だが協議の結果は、豊ノ島の体が崩れるのが早いとみて、軍配通りに千代鳳の勝ち。2勝4敗となり、負け越しが決まった。

息の荒いまま、報道陣の取材に応じた豊ノ島は、協議している心境を「いやー、厳しいと思ったけど…。もう少し体の開きが…」と肩で息をしながら、投げを打った場面も含めて振り返った。「圧力をかけながらの出し投げだったら、もうちょっと(状況が)変わったかも」と、劣勢に立たされた末の、捨て身の投げを悔いた。

立ち合いからの流れは、左を差すなど想定通りだったようだが「ちょっと慌てたかな。もうちょっと慌てずに、左の下手を取って、しっかり左四つになって自分の長所の形を作って、前に出ながら圧力をかけて押していくべきだったかな」と向正面側に下がった場面も敗因に挙げた。さらに、その圧力をかけるパワー不足を「力が衰えている、というのは自分でもある」と肩を落としながら素直に認めた。番付降下は決まったが来場所、再び関取復帰を目指す位置につけるためにも、残る7番相撲も重要になる。「残れてはいるのでね、あと1番、頑張ります」と必死に前を向いた。

千代鳳(手前)に寄り切りで敗れる豊ノ島(撮影・河田真司)

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豊ノ島が手痛い黒星「“よしっ”と思ったけど…」

豊ノ島(左)を小手投げで破る魁(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇9日目◇16日◇エディオンアリーナ大阪

再十両を目指す東幕下2枚目の豊ノ島(36=時津風)が、手痛い黒星を喫し2勝3敗と後がなくなった。

2勝2敗同士で迎えた5番相撲の相手は、豊ノ島同様、1場所での十両復帰を目指す西幕下筆頭の魁(33=芝田山)。過去2戦2勝の相手に右を入れると、激しい差し手争いの末、左もスパッと入り得意のもろ差し。相手の右上手も切って寄って出たが、やや急ぎすぎたか腰高になり、足も十分に出なかった。前傾のまま体を預けたが、両足が俵にかかった状態で魁も懸命に残り、最後は逆転の小手投げで前のめりに倒された。

最後の詰めを欠いた、もったいない一番。勝ち越しに王手をかけるところが、3敗目で負け越しに後がなくなり「アレを食っちゃいかんなあ。この何場所からで一番の入り具合で“よしっ”と思ったけど」と二本差したまでは良かったが「悔しい負けだなあ…。自分の相撲は取れてるだけに、自分の形だし。あの体勢でアレを食うようになっちゃったか、という感じ」と悔やみきれない一番を、報道陣と3メートルあまりの距離を隔てるために設置された、手すりに手をかけた前かがみの姿勢で振り返った。

悔しい表情はそのままに何とか自分の気持ちをもり立てようと、豊ノ島は必死に言葉をつないだ。「自分の立ち合いを、しっかりやろうと思って(実際に)なっている。あと2番、今日みたいに自分の立ち合いをして、自分の流れで取れるように頑張ります」。

魁の前に小手投げでやぶれる豊ノ島(撮影・清水貴仁)

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再十両目指す豊ノ島黒星「圧力に負けた」再び星五分

富士東(手前)に寄り切りで敗れる豊ノ島(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇7日目◇14日◇エディオンアリーナ大阪

再十両を目指す東幕下2枚目の豊ノ島(36=時津風)が、再び星を五分に戻された。

2勝1敗同士で迎えた4番相撲の相手は、幕内上位経験者で西幕下3枚目の富士東(32=玉ノ井)。関取時代は3勝1敗と決して分の悪い相手ではなかった。この日も、もろ差し狙いで当たった後、突き放されたが左を入れ胸を合わせた。だが、右をこじ入れようと強烈に絞ったが、相手も封じるのに必死だった。そんな攻防の末、差し手争いに負けると、右は上手も取れず上体を浮かされた。差していた左も上手を十分に引きつけられ、さらに起こされる。圧力をかけられると、反撃のチャンスをつかめないまま、東土俵に寄り切られた。

これで星は2勝2敗。相手の攻め方にお手上げの状態で「(右が)入りかけたけど向こうは左四つ、右上手を取ってからの攻めを辛抱強くやってた。(相手の左下手を)切りに行ったけど、いい所に手が入らなかった」と得意のもろ差し狙いが、かなわなかった場面を振り返った。

「向こうの圧力に負けました」。終わったことは仕方ない。1番の重みが、関取以上に増すと言われる1場所7番の幕下上位。関取復帰に最低条件となる4勝=勝ち越しに向けて「2勝2敗なので頑張ります」と切り替えを自らに言い聞かせるようだった。

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白鵬が貫禄相撲、炎鵬ひっかけ/5日目写真特集

<大相撲春場所>◇5日目◇12日◇エディオンアリーナ大阪

新型コロナウイルス感染防止のため史上初の無観客開催となった春場所。西前頭筆頭の高安(30=田子ノ浦)は休場が発表された。5日目の取組を写真で振り返る。


白鵬(5勝0敗)下手投げ徳勝龍(0勝5敗)

徳勝龍を下手投げで破る白鵬(撮影・前田充)

白鵬が下手投げで徳勝龍を下す(撮影・渦原淳)

徳勝龍(左)を下手投げで破る白鵬(撮影・前田充)

徳勝龍(左)を下手投げで破った白鵬(撮影・鈴木正人)

徳勝龍を下手投げで破り、引き揚げる白鵬(撮影・前田充)


豊山(2勝3敗)押し出し鶴竜(4勝1敗)

豊山を押し出す鶴竜(撮影・渦原淳)

豊山(右)を押し出しで破る鶴竜(撮影・前田充)


貴景勝(2勝3敗)寄り切り大栄翔(5勝0敗)

貴景勝(右)を寄り切りで破る御嶽海(撮影・前田充)

貴景勝を寄り切る御嶽海(撮影・渦原淳)

御嶽海(左)に寄り切りで敗れた貴景勝(撮影・前田充)


朝乃山(5勝0敗)不戦勝高安(0勝5敗)

高安欠場で朝乃山の不戦勝(撮影・渦原淳)

高安に不戦勝し勝ち名乗りを受ける朝乃山(撮影・前田充)


遠藤(3勝2敗)寄り切り正代(3勝2敗)

遠藤が正代を破る(撮影・渦原淳)

正代を寄り切りで破る遠藤(撮影・前田充)


北勝富士(2勝3敗)押し出し大栄翔(2勝3敗)

北勝富士を押し出す大栄翔(撮影・渦原淳)

北勝富士(左)を押し出しで破る大栄翔(撮影・前田充)


隠岐の海(1勝4敗)ひっかけ炎鵬(2勝3敗)

隠岐の海(右)をひっかけで破る炎鵬(撮影・前田充)

隠岐の海をひっかけで下す炎鵬(撮影・渦原淳)

【豊ノ島、得意の肩すかし〈番外編〉】

豊ノ島が肩すかしで千代ノ皇を破る(撮影・渦原淳)

肩すかしで千代ノ皇を破る豊ノ島(撮影・前田充)

勝ち名乗りを受ける豊ノ島(撮影・渦原淳)

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豊ノ島が再十両へ貴重な連勝、足残し軍配差し違え

肩すかしで千代ノ皇を破る豊ノ島(撮影・前田充)

<大相撲春場所>◇5日目◇12日◇エディオンアリーナ大阪

再十両を目指す東幕下2枚目の豊ノ島(36=時津風)が、連勝で貴重な2勝目を挙げた。1年半ぶりに陥落した幕下の土俵で、星を2勝1敗と初めて白星を先行させた。

中2日で迎えた3番相撲の相手は、幕内経験がある同4枚目の千代ノ皇(28=九重)。右を差し、左をねじ込もうとしたが押し込まれて後退。タイミングを計るように下がりながら、2番相撲で今場所初白星を挙げた得意の肩すかしを引いた。だが相手に食いつかれ正面土俵へ後退。倒れ込んで体を預ける相手を右足一本で残し、はたき込むように肩すかしを決めた。

だが行司軍配は、豊ノ島の右足が土俵を割ったとみて千代ノ皇に。ここで目の前の土俵下で見ていた高田川審判長(元関脇安芸乃島)が物言いをつけた。「久々に物言いがついて(協議の結果を場内アナウンスする)説明の時はドキドキした。取り直しはない。手を挙げた(物言いをつけた)のが高田川親方で一番近くで見ていたから」と祈る思いで耳にした場内アナウンス。協議の結果は豊ノ島の右足が残っており、行司軍配差し違え。白星が転がり込んできた。

「(右足の)かかとが(砂を)サッと払ったけど右足は残っていた感覚はあったからね」と土俵際、勝利への執念が実った形の2勝目を振り返った。それでも伝家の宝刀の切れ味? は「今日の肩すかしは良くなかった。自分から展開を持って行っての(技)ではない、捨て身の土俵際の突き落としと変わらなかったからね。内容としては良くないかな」と反省点を口にしつつも表情は安堵(あんど)感で包まれていた。

番付の運不運もあるが、4勝でも再十両の可能性がある地位にいるだけに、その勝ち越しとなる数字に、3番相撲を終え残り2勝としたのは大きい。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、外出もままならず「ストレスがたまる」日々が続く。部屋の宿舎の風呂場はシャワーしかなく、湯船につかりたくても近所のスーパー銭湯にさえ外出禁止で行けない。医師から古傷の右膝を極力、温めるように言われても湯船に入れない。ただ、そんな条件はみな一緒と割り切り「いつも以上に、つい見たりするから携帯を触る時間が多い」と何とかストレスを発散しながら、大事な残り4番に臨む。

肩すかしで千代ノ皇を破る豊ノ島(撮影・前田充)

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豊ノ島が幕下初白星「きたっ!」伝家の宝刀肩すかし

豊ノ島は肩すかしで明瀬山を破る(撮影・渦原淳)

<大相撲春場所>◇2日目◇9日◇エディオンアリーナ大阪

再十両を目指す東幕下2枚目の豊ノ島(36=時津風)が、1年半ぶりに陥落した幕下の土俵で今場所初白星を挙げた。

十両の初口(しょっくち=各段の最初の取組)で西十両14枚目の明瀬山(34=木瀬)と対戦。当たって突き放し、何とか中に入ろうとタイミングを計るが、相手もそうはさせじと押しの応酬。だが、動きの中でほどなくして右が入る。明瀬山が入れられた左をきめながら前に出るところで体を右に開き相手の左腕をたぐるように、おはこの肩すかしを引いた。「決める感覚で、久しぶりに“きたっ”て感じだった」とイメージ通りに伝家の宝刀を抜き、あとは相手が転がるのを待つだけ。「ボロボロの刀で抜いた。さびれても、まだ少しは切れがあったかな。(相手が)転がるのが(イメージできた)ね」と、柔和な笑みを浮かべながらジョークを交えて振り返った。

十両力士からの白星は“入れ替え戦”の意味合いを持つようになれば、あとあとになって貴重な1勝となる。ただ、豊ノ島本人は十両での土俵を意識せず自然体で臨んだ一番だった。幕下力士でも、十両での土俵では例外として大銀杏(おおいちょう)をつけて臨むが「それも忘れていたし(許される)タオルを持っても行かなかった。十両での土俵とかに、とらわれないで取りました」という。

歴史的な無観客開催での土俵も「昨日は初めてだったし緊張したけど、2日目になって気にならなくなった」と、いい意味で慣れてくるようだ。星を1勝1敗の五分に戻し「あとは楽しんで取れるように」と3番相撲以降を見据えた。

明瀬山(下)を肩すかしで破った豊ノ島(撮影・鈴木正人)

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豊ノ島が幕下黒星スタート「空気感の緊張感薄れる」

琴太豪に寄り切りで敗れ土俵を引き揚げる豊ノ島(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇初日◇8日◇エディオンアリーナ大阪

再十両を目指す東幕下2枚目の豊ノ島(36=時津風)が、1年半ぶりに陥落した幕下の土俵で黒星スタートとなった。

西2枚目の琴太豪(27=佐渡ケ嶽)と約3年ぶりに対戦。右から張って踏み込み両差しを狙ったが、逆に脇が空いて差されズルズルと後退。土俵際で一度、残して腰を落としたが、劣勢をはね返せず圧力をかけられたまま土俵を割った(決まり手は寄り切り)。

アキレス腱(けん)断裂から、苦渋だった2年の幕下生活を乗り越え関取に復帰したのが18年九州場所。幕内にも復帰するなど8場所は関取の座を維持し、嘉風(現中村親方)引退後は「現役最年長関取」として奮闘してきた。

だが1月の初場所、東十両11枚目で4勝11敗と負け越し。再び「無給生活」となる幕下陥落となり「やりきったという思いはある。(初場所千秋楽時点で引退と現役続行は)9対1」とまで話していた。

現役続行へ踏みとどまらせたのは、一粒種の長女希歩ちゃん(7)の言葉。無給生活になることを7歳ながら知っていたようで「私が貸してあげる」と泣きながら相撲を続けることを訴えられたという。沙帆夫人の「(ライバルで旧知の仲の幕内力士)琴奨菊との再戦を果たせないでいいの」の言葉など、悔いなく終わらせたい思いを伝えられた。さらには豊ノ島本人も「(陥落が決まった)初場所で家族も両親も見に越させられなかった。それでいいのか、と思った」と悔いを残していた。

それならば、と一度はなえた気持ちを奮い立たせて臨んだ土俵。仮に“その時”になれば会場に呼び寄せようと思っていた家族や両親は、無観客開催となったため呼べない。複雑な胸中で迎えた出直しの一番を、白星で飾ることはできなかったが、前向きな気持ちは忘れない。呼び出しにしこ名を呼ばれると館内に響き渡った、人気力士ならではの歓声や拍手はない。初体験の異様なムードに、最初こそ「勝負への緊張感ばかりが増して(歓声などによる)空気感の緊張感が薄れる」と独特の言葉で、苦笑いを浮かべながら表現。それでも「みんな同じ条件。先場所(現役を)やめていたら、こんな経験もできなかった。変な緊張感にのまれずに、もっと楽しんで思い切ってやりたい」と歴史的な場所を満喫すべく、2番相撲となる2日目の十両明瀬山戦に気持ちを切り替えていた。

琴太豪(右)に寄り切りで敗れる豊ノ島(撮影・鈴木正人)

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大栄翔、高安、阿炎が三役から平幕に降下 新番付

大栄翔(2019年11月13日撮影)

日本相撲協会は24日、大相撲春場所(3月8日初日、エディオンアリーナ大阪)の新番付を発表した。

降下、改名、引退などの力士、年寄など協会関係者は以下の通り。

【降下】

〈三役から平幕〉

大栄翔(26=追手風)西小結→東前頭筆頭

高安(29=田子ノ浦)西関脇→西前頭筆頭

阿炎(25=錣山)東小結→西前頭4枚目

〈幕内から十両〉

琴勇輝(28=佐渡ケ嶽)西前頭3枚目→東十両筆頭

琴恵光(28=佐渡ケ嶽)西前頭13枚目→東十両5枚目

〈十両から幕下〉

蒼国来(36=荒汐)東十両10枚目→東幕下筆頭

魁(33=芝田山)西十両14枚目→西幕下筆頭

豊ノ島(36=時津風)東十両11枚目→東幕下2枚目

彩(27=錣山)西十両11枚目→西幕下7枚目

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

〈幕下〉

元林→欧勝竜(おうしょうりゅう=鳴戸)

古場→御船山(みふねやま=木瀬)

〈三段目〉

下村→西乃龍(にしのりゅう=境川)

琴宮倉→琴貫鐵(ことかんてつ=佐渡ケ嶽)

〈序二段〉

長谷川→安房乃国(あわのくに=高田川)

千代の天→千代天富(ちよてんふう)

〈序ノ口〉

酒井→鷹司(たかつかさ=入間川)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

元林健治→欧勝竜健汰(おうしょうりゅう・けんた)

酒井慶次朗→鷹司慶(たかつかさ・けい)

【引退年寄襲名】

豪栄道引退武隈襲名

【引退】

荒鷲、浜栄光、鳴海、貴天秀、琴福寿野、海舟、蓮台山、富士寿、若荒輝、北勝佑

【死亡】

東関大五郎(委員=元潮丸)

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豊ノ島が現役続行を明言、引退傾くも長女の涙で再起

初場所千秋楽の取組を終え引き揚げる豊ノ島(撮影・小沢裕)

去就が注目されていた大相撲の現役最年長関取で十両の豊ノ島(36=時津風)が1日、現役続行を明言した。同日、東京・両国国技館で行われた元関脇豪風の引退、押尾川襲名披露大相撲に参加。十両での取組後、支度部屋で明かした。

豊ノ島は東十両11枚目で臨んだ1月の初場所で4勝11敗と負け越し。2度目の幕下陥落が決定的となっていた。千秋楽では「自分ではやりきったという思いはある」と話し、この日も「あの日の時点では9対1だった」と引退に傾いていたことを明かした。

それを翻意されたのは、一粒種の長女希歩ちゃん(7)の言葉だったという。幕下に陥落すれば、無給生活になることを7歳ながら知っていたようで「私が貸してあげる」と泣きながら相撲を続けることを訴えたという。沙帆夫人も、ライバルで旧知の仲の幕内力士・琴奨菊との再戦を果たしていないことを挙げて「それで悔いはないの?」と語りかけられたという。

さらに豊ノ島自身も、初場所は場所前の稽古も申し合いが出来ず、万全でない状態で臨んだことにも悔いを残したという。千秋楽時点で「これでまた(土俵に)上がろうと思えたら、すごい心の強い人間」と話していたが「気力が1回、切れたけど、強い人間になってやろうと思った。今やめるのは中途半端。もう1回、しっかり準備して、それでも大阪で負け越したら、それはそれで」と、腹を決めて幕下力士として大阪の土俵に上がる。

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豊ノ島、幕下陥落が決定的「やりきった気持ちある」

千秋楽の取組を終え引き揚げる豊ノ島(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

「現役関取最年長」の肩書をひとたび、下ろすときがきた。奮闘の土俵が続く東十両11枚目豊ノ島(36=時津風)の、幕下陥落が決定的となった。

既に番付下に3枚残す状況で4勝10敗。陥落は濃厚だったが、幕下からの十両昇進力士との兼ね合いで、いちるの望みはあった。豊ノ島本人も、そのつもりで土俵に上がった相手は、同3枚目の大翔丸(28=追手風)。だが、気持ちとは裏腹に、立ち合いで踏み込むと一気に出られ、最後は観念したように土俵を割った。

4勝11敗で7つの負け越しと、陥落は決定的。幕下に落ちても相撲を取るか、現役を引退するか-。気になる去就について豊ノ島は「場所が終わったから、しっかり考えたい。どうなるか分からない」と明言を避けた。それでも「今日が最後になるかもしれないと思って、最後ぐらい勝ちたいと思っていたけど…。悔いの残るような相撲を取るつもりはなくて、もっと自分らしい相撲を取りたかったけど…。踏み込んでいったけど、それがあんな車道(電車道)の相撲になってね…」と、揺れ動く胸中を吐露した。

さらに「自分の中では、やりきった気持ちはあるけど…」「6歳から相撲を始めて30年。相撲界に入って18年。十分じゃないかなという気持ちもある」「嫁や子供は、やめてほしくないと思っている」「ここからもう1回、(気持ちを立て直して)持っていけたら強い人間だと思うけど…」と現状では、区切りを付ける方向で傾いていることも、におわせた。

ただ、やっとこの日、場所の最後の相撲を取り終えたばかり。早急な決断は避けるべきとの判断から「1回、落ち着いてみないと分からない。今は(場所を)終えてホッとした気持ち。しっかり考えます」と再度、熟考して結論を出すつもりだ。

大翔丸(左)に押し出しで敗れる豊ノ島(撮影・河田真司)
大翔丸に敗れ花道から引き揚げる豊ノ島(撮影・河田真司)

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