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貴ノ岩のおい北天海が三段目全勝V「意識していた」

三段目優勝を決めた北天海(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇13日日◇25日◇東京・両国国技館

三段目は東20枚目の北天海(21=尾上)が埼玉栄高の1年後輩、二本柳(阿武松)を引き落とし、7戦全勝で優勝した。

立ち合いから頭をつけての主導権争い。「絶対に引かないと思ってやりました」。最後は引き技も、圧力をかけ続けて勝利をものにした。「(優勝は)意識していた。緊張したけど勝ってよかった」とホッとした表情を見せた。

モンゴル出身で元幕内貴ノ岩のおい。おじさんからは今年1月、初場所で勝ち越した後に激励の電話をもらったという。

来場所は幕下昇進が確実。「体を増やして稽古して力をつけないと。簡単には勝てない。立ち合いが遅くて軽いんで強くしたい」と明確に課題と目標を口にした。

北天海は二本柳(手前)を突き落としで破り三段目優勝を決める(撮影・小沢裕)
北天海は二本柳(手前)を突き落としで破り三段目優勝を決める(撮影・小沢裕)

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ちゃんこの味付けで大げんか/過去の不祥事引退力士

87年12月、失踪事件で廃業となり会見する双羽黒

日本相撲協会は6日、東京・両国国技館で理事会を開き、4日までに引退届を提出していた阿炎(26=錣山)について、引退届を未受理とし、出場停止3場所および5カ月50%の報酬減額の懲戒処分を決定し、本人に通知したことを発表した。

◆不祥事やトラブルで引退、廃業した力士

▽双羽黒(元横綱) ちゃんこの味付けをめぐり87年12月に師匠の立浪親方(元関脇安念山)と大げんか。仲裁に入ったおかみさんを突き飛ばし部屋を飛び出す。同親方は協会へ廃業届を提出。4日後の臨時理事会で双羽黒の廃業が決議。

▽朝青龍(元横綱) 10年初場所中に都内で泥酔して一般男性に暴行。示談になったが協会から翌2月に引退勧告を受け、引退届を提出。

▽琴光喜 10年5月に発覚した野球賭博問題で、大嶽親方(当時、元関脇貴闘力)とともに解雇処分。

▽日馬富士(元横綱) 17年10月の秋巡業中に鳥取市内で同じモンゴル出身の貴ノ岩の頭部を殴打。同年九州場所後、責任を取って処分決定前に引退届を提出。

▽貴ノ岩(元前頭) 18年12月の冬巡業中に付け人の頬を平手と拳で4、5発殴打。同日付で引退届が受理される。

▽貴ノ富士(元十両) 19年秋場所前に2度目の付け人への暴力と差別的発言が発覚。場所後、協会から自主的な引退を促されたが、1度は受け入れず、2週間後に代理人弁護士を通じて引退届を提出。

90年2月、元双羽黒はバンバン・ビガロ戦でド派手に登場
元貴ノ岩(中央)にはさみを入れ、あいさつを交わす元横綱日馬富士のダーワニャム・ビャンバドルジ氏(19年2月2日撮影)

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幕下元林「これからが勝負の時期」相撲教習所卒業式

相撲教習所卒業式で記念撮影する幕下元林(左)と元前頭貴ノ岩のおい、三段目北天海(右)(撮影・佐藤礼征)

大相撲の新弟子が通う相撲教習所の卒業・入所式が30日、東京・両国国技館の相撲教習所で行われた。

卒業する370期生を代表して卒業証書を受け取った東幕下14枚目元林(23=鳴戸)は「卒業できて良かった。みんなでランニングしたり、稽古をしたり、食事ができなくなることが寂しい」と話した。

近大で西日本学生選手権優勝などの実績を残し、昨年夏場所で初土俵を踏んだ。初場所の4番相撲で、初土俵以来初めての黒星を喫したが、序ノ口デビューからの24連勝は歴代3位の好記録だった。

東大阪市出身。初場所も4勝3敗と勝ち越して、番付も上昇する。ご当所で迎える春場所(3月8日初日、エディオンアリーナ大阪)で関取の座を射止めたい23歳は「これからが勝負の時期になる」と気を引き締めた。

371期生で元前頭貴ノ岩のおい、西三段目北天海(20=尾上)も卒業した。

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北天海、村田 序二段は7戦全勝2人の優勝決定戦へ

序二段の優勝決定戦に進んだ北天海(撮影・小沢裕)

<大相撲九州場所>◇13日目◇22日◇福岡国際センター

序二段の優勝争いは、7戦全勝で並んだ2人による千秋楽の優勝決定戦に持ち込まれた。

まず全勝対決で、東56枚目の北天海(20=尾上)が同80枚目の千代虎(16=九重)を会心の相撲で押し倒して、全勝をキープした。モンゴル出身の北天海は、付け人への暴行で引退を余儀なくされた元前頭貴ノ岩の、おいにあたり埼玉栄高では新十両の琴勝峰、幕下納谷の同期生。また1人、有望株が現れた格好で「場所前に境川部屋に出稽古して三段目や幕下の人といい稽古ができた。だから今場所は勝てると思った」と振り返った。初めて番付にしこ名が載った9月の秋場所は序ノ口デビューで6勝1敗。来場所は三段目への出世が確実で「この人みたいになりたかった」と、その取り口から目標にする元大関北天佑のような、組んで良し離れて良しの力士を目指す。

もう1人は、三段目の淡路海を左差しから一気の寄りで破った東16枚目の村田(25=高砂)。西幕下筆頭と関取を目前にしながら、膝の負傷で序ノ口まで番付を落としながら、先々場所で1番ながら土俵復帰すると、先場所は序ノ口で優勝、そして今場所も全勝と、本割では15連勝。友風、若隆景と学生時代に同学年でしのぎを削った幕内力士が、ともに今場所、ケガで途中休場したこともあり「ケガをしない体を作って上に上がりたい」と話す。今年1年、高砂部屋からは9月の秋場所まで毎場所、いずれかの各段で優勝力士を輩出してきた。「記録を壊したくないから続けたいですね。でも意識すると硬くなる。今場所はもう1番、相撲があるんだ、という気持ちで挑みたい」と優勝決定戦では平常心で臨むつもりだ。

序二段の優勝決定戦に進んだ村田(撮影・小沢裕)

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白鵬“日本人初優勝”へ1敗守る、気鋭明生に完勝

取組を終え支度部屋に戻ってくる白鵬(撮影・清水貴仁)

<大相撲九州場所>◇6日目◇15日◇福岡国際センター

横綱白鵬(34=宮城野)が、早くも単独トップに立った。1敗勢5人が軒並み敗れる中、結びの一番で西前頭2枚目明生(24=立浪)を上手出し投げで下し、1敗をキープした。

1敗の白鵬を2敗で朝乃山、小結北勝富士ら12人が追う大混戦。関脇御嶽海は宝富士に寄り切られて4敗目を喫し、場所後の大関昇進は絶望的となった。

   ◇   ◇   ◇

イキのいい若手との初顔合わせは、一瞬で決着がついた。白鵬が左上手を取ると、前のめりの明生はそのままパタリと倒れた。1秒足らずの勝負に、消化不良かのごとく首をひねった。「省エネだね。決まるとは思わなかった」と口角を上げた。1敗の5人が崩れ、同じ1敗の明生と直接対決。前日5日目に高安から殊勲星を奪った、気鋭の24歳の挑戦をはね除けた。

次世代を担う相手との一番が楽しみだった。稽古熱心で知られる明生を、白鵬もよく観察しており「稽古は今しかない。今の稽古が3年後に出る。3年後、いい力士になる」と期待を寄せていた。この日は「動き回るから」とスピードを警戒していたが、その持ち味すら発揮させなかった。

初顔にはめっぽう強い。これで昨年夏場所の豊山戦から5連勝。06年初場所7日目で元小結栃乃花に敗れて以来、初顔に黒星を喫したのは翔天狼、荒鷲、貴ノ岩、阿炎の4人だけ。その間に57個の白星を積み重ね、勝率は93%と圧倒的だ。

孤高の存在として突き進む。横綱鶴竜、大関豪栄道ら上位陣を含め、5日目までに幕内力士が6人休場する異例の事態となった今場所。「1人寂しくやっています」と吐露した。全勝優勝した3月の春場所8日目以来の単独トップに立った心境を問われても「そうっすね」と言葉は少なかった。

この日の朝稽古後、山に囲まれた部屋宿舎から竹林を見つめて「竹は芽が出るまで長いけど、出ると一気に伸びるんだよね」。若手の台頭を待ち望むようにぽつりとつぶやいた。9月に日本国籍を取得して“日本人初優勝”に照準を定める今場所。若手も引っ張り上げ、1年を納める。【佐藤礼征】

明生(右)を上手出し投げで破る白鵬(撮影・清水貴仁)

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一転引退の貴ノ富士に親方安堵「どの子もわが子」

貴ノ富士(左)と千賀ノ浦親方

日本相撲協会は11日、付け人への2度目の暴力や差別的な発言で、自主引退を促していた十両貴ノ富士(22=千賀ノ浦)の引退を発表した。

貴ノ富士の代理人弁護士から郵送で、11日付の引退届と意見書が都内の相撲協会に届いた。協会を訪れていた師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)が、その場で正式な書式の引退届を書き、受理された。退職金などは規定通りに支払われることも決まった。

   ◇   ◇   ◇

現役続行を強く希望していた貴ノ富士が一転、引退届を提出した。9月26日の相撲協会の理事会で、自主引退を促すことが決議されたが、翌27日に会見を開いて「受け入れられません」と主張。弁護士を立てるなど、法廷闘争も視野に入れた姿勢を見せていたが、世論を味方に付けるに至らず、この日付の引退届と弁護士2人の名で意見書が協会に郵送で届いた。

謹慎中に師匠に無断で開いた会見から2週間、意見書では「協会とのやりとりに疲れ果てましたので、引退することを決意しました」と心境がつづられた。一方の相撲協会は芝田山広報部長(元横綱大乃国)が「相手は被害者ではなく加害者。理由も、やむを得ない加害者ではない」と反論した。

繰り返しの暴力と悪質な言動があったが、退職金などが支払われる自主引退を促された。それを受け入れた形となり、千賀ノ浦親方は「よかったと思う」と安堵(あんど)感を見せた。

同親方が、退職した貴乃花親方(当時=元横綱)から預かった弟子としては、昨年の前頭貴ノ岩に続き、2人目の暴力での引退となった。今回の件で自身にも「6カ月間、20%の報酬減額」の懲戒処分。それでも「どの子もわが子」と愛情を持って接してきた姿勢には「変わりません。かわいいし、弟子を強くさせるのが僕の仕事」と親心を見せた。貴ノ富士とはずっと連絡が取れないが、断髪式なども「本人と話してみないと」と否定的ではない。

協会は今月中に臨時理事会を開き、再発防止策の強化を進める。コンプライアンス委員会による千賀ノ浦部屋の視察も予定。千賀ノ浦親方は「暴力は絶対にダメということ」と、今度こそと再発防止を誓った。

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貴源治と千賀ノ浦親方処分 新弟子に「理不尽」行動

理事会に招集された貴源治(撮影・中島郁夫)

日本相撲協会は26日、東京・両国国技館で理事会を開き、東前頭17枚目の貴源治(22=千賀ノ浦)にけん責、千賀ノ浦親方(58=元小結隆三杉)に10月から6カ月間、20%の報酬減額とする懲戒処分を決めた。

相撲協会の発表によると、貴源治は今年5~7月ごろの間、都内の千賀ノ浦部屋や名古屋場所の稽古場などにおいて、同部屋の新弟子4人に、暴力は振るっていないが、暴言や新弟子4人が「理不尽」と考える行動を取っていた。新弟子4人が言いつけられた仕事を忘れたり、あいさつの仕方が悪かったりしたことに対する罰として「腕立て伏せ、罰金、外出禁止のどれかを選べ」などと命じて、腕立て伏せをさせていた。新弟子の誰かが失敗すると連帯責任として、4人全員に腕立て伏せ30回を2セット行うよう命じる行為が、複数回にわたって実行された。

名古屋場所中には、新弟子の1人が言いつけられたことをすぐ忘れるとして、他の力士がいる前で、片腕を頭上に挙げる格好をさせた上で「自分は頭が悪いです」と言うように命じて発言させた。さらに、その様子をスマートフォンで録画する動作もした。これらの行為に対する処分で、コンプライアンス委員会は「貴源治の行為は、失敗した当事者か否かにかかわらず、連帯責任として新弟子4人に腕立て伏せを命じた理不尽なものであり、指導の範囲を逸脱している」「新弟子の1人に『自分は頭が悪いんです』と言わせた行為も悪質である」との見解を示した。ただし、付け人への2度目の暴力で自主引退を促された、双子の兄で西十両5枚目の貴ノ富士とは違い、過去に懲戒、指導歴がなく、おおむね事実関係を認めて現在は反省し、二度とこのような言動を行わない旨誓約しているため、けん責処分にとどまった。

千賀ノ浦親方は、昨年12月に、元前頭貴ノ岩のよる付け人への暴力の際にけん責処分を受けながら、今回の貴ノ富士と貴源治の悪質な言動を止められなかったとして、減俸処分となった。芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「重い処分」と話した。

理事会に招集された千賀ノ浦親方(撮影・中島郁夫)

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暴力“再犯”貴ノ富士に協会は怒り 解雇の可能性も

貴ノ富士(2019年5月26日撮影)

日本相撲協会は3日、西十両5枚目の貴ノ富士(22=千賀ノ浦)が付け人の序二段力士に暴力を振るい、秋場所(8日初日、東京・両国国技館)を休場すると発表した。

貴ノ富士は、貴公俊(たかよしとし)のしこ名で新十両として臨んだ昨年春場所に続く2度目の付け人への暴力。今後はコンプライアンス委員会が詳細を調査し、処分を決定するが、繰り返しの暴力とあって、解雇など厳罰の可能性も出てきた。

   ◇   ◇   ◇

貴ノ富士が再び暴力を振るったのは、8月31日の稽古総見を終え、部屋に戻った後だった。暴力を受けた付け人の序二段力士が、1日までは部屋で過ごしていたが、2日朝になって不在となっていた。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)が連絡を取って事情を聴いたところ、貴ノ富士の暴力が判明。2日深夜に把握した師匠が、この日午後、都内の相撲協会を訪れ、鏡山コンプライアンス部長(元関脇多賀竜)に報告した。

昨年春場所8日目にも、付け人だった当時序二段の年上力士の顔面を何度も殴る暴力問題を起こした。同場所は翌9日目から謹慎休場。続く夏場所は出場停止となった。その後、兄弟子だった元前頭貴ノ岩が、付け人を殴る暴力で引退する姿も間近で接した。今夏の巡業中には「今はきつい時間が幸せ」と、厳しい稽古の毎日も、本場所に出場できる喜びを語っていた。それでも起こした暴力に、千賀ノ浦親方は「こういうことをしてしまって申し訳ない」とコメント。自主的に秋場所の謹慎休場を申し出て、協会から了承された。

芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「昨年から何度も研修を重ねている中、同じ関取が2度も暴力を振るったのは大変遺憾。重く受け止めないといけない。八角理事長(元横綱北勝海)も『大変遺憾』と話していた」と、怒気に満ちた口調で話した。聞き取りなどによるコンプライアンス委の調査終了まで、暴力の詳細は明かされないが「外傷はない」(芝田山部長)という。被害者力士側が警察に被害届を提出する考えはなく、部屋に戻る予定だ。

協会の処分も、コンプライアンス委の調査を受けて決める。協会は昨年10月に「暴力決別宣言」を発表。暴力を振るった者に厳罰を科す方針を示している。芝田山部長は「同じことを繰り返すなんて、とんでもない話」ときっぱり。複数場所の出場停止以上の処分は確実。調査結果にもよるが「悪質」と判断されれば、解雇の可能性も出てくる。

貴ノ富士の暴行が発覚した千賀ノ浦部屋(写真は一部加工)(撮影・加藤裕一)

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貴景勝「いろいろ試している」2日連続相撲取る稽古

同部屋の幕下力士に身振りを交えて助言をする貴景勝(右)(撮影・佐藤礼征)

大相撲秋場所(9月8日初日、東京・両国国技館)で大関から関脇に陥落した貴景勝(23=千賀ノ浦)が29日、東京・台東区の部屋で2日続けて相撲を取る稽古を行った。

部屋の幕下力士2人と、前日28日より1番多く計14番取って全勝。この日は患部の右膝だけでなく、無傷の左膝周辺にもテーピングを施した。片足だけ動きが制限されることに違和感を覚えため、両足の感覚を同一にさせることが狙い。「自分にとって力が入りやすいように。いろいろ試している」と、試行錯誤の中でベストを見いだすつもりだ。

この日はかつての兄弟子で、昨年12月に引退した元前頭貴ノ岩が稽古の見学に訪れた。貴景勝は「お久しぶりです」と満面の笑みで迎え入れ、近況を報告し合うなどして談笑。場所前の緊張感が漂う中、つかの間の再会でリラックスした様子だった。

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新序出世力士を発表 貴ノ岩おいの北天海ら9人

新序出世披露に臨む、元貴ノ岩のアディヤ・バーサンドルジ氏のおいの北天海(撮影・河田真司)

日本相撲協会は名古屋場所8日目の14日、元前頭貴ノ岩のおいガルダン・スフバト改め北天海(20=尾上)ら、今場所の新序出世力士9人(再出世5人含む)を発表した。

秋場所(9月8日初日)から番付にしこ名が載る。

新序出世披露に臨む、左から千代久末、千鵬、北天海(撮影・河田真司)

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貴ノ岩おい新弟子検査、スキマスイッチで日本語勉強

新弟子検査を受けた尾上部屋のガルダン・スフバト(撮影・横山健太)

大相撲夏場所(12日初日、東京・両国国技館)の新弟子検査が同所で行われ、元前頭貴ノ岩のおいでモンゴル出身のガルダン・スフバト(20=尾上)ら受験した13人全員が、身長167センチ、体重67キロ以上の体格基準を満たした。

スフバトは身長178センチ、体重126キロ。「(入門前に)おじから『人の何倍も努力しなさい』と言われた。(将来的には)関取になりたい」と目を輝かせた。

モンゴルの中学では部活動に所属し、柔道に打ち込んでいたが「おじさんがやっていて自分もやろうと思った」と、元貴ノ岩の影響で相撲を始めた。高1から日本に留学し、埼玉栄高では元横綱大鵬の孫で現在幕下の納谷らと同級生。高3の時に個人戦で関東大会準優勝の成績を収めた。異国にわたって約4年。「最初は言葉が全然分からなかった」と新しい環境に苦労したが、高校の先輩の影響で「スキマスイッチの『奏(かなで)』をずっと聴いて」日本語を勉強したという。

この日の取材対応でも達者な日本語を披露。目標の力士を問われると、元大関北天佑を挙げた。「DVDで見ていた。出足がすごく強かった」。部屋の環境にもすでになじんでいる様子で「稽古でいろんな人とやっている。勝てない相手に勝ったときは、相撲取って楽しいなと思う」と、屈託のない笑顔を見せた。

身長測定をする尾上部屋のガルダン・スフバト(撮影・横山健太)

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“バリバリ現代っ子”親方に逆ギレ、後断たぬ不祥事

<平成とは・大相撲編(3)>

平成時代、大相撲は華やかな話題も豊富だった一方、多くの不祥事も起きた。

▽07年6月 17歳の序ノ口力士が、師匠と兄弟子に暴行されて死亡。

▽08年9月 幕内露鵬と十両白露山がドーピング検査で大麻に陽性反応を示して解雇。

▽10年2月 横綱朝青龍が酔って知人を殴り、責任を取って引退。

▽10年5月 大関琴光喜や大嶽親方(元関脇貴闘力)が野球賭博に関与していたことが発覚、解雇。

▽11年2月 八百長問題が発生。親方1人と力士19人に退職・引退勧告。

▽17年10月 横綱日馬富士が平幕貴ノ岩を暴行。責任を取って引退。

▽18年1月 十両大砂嵐が無免許運転で事故。引退勧告を受け、引退。

▽18年12月 貴ノ岩が付け人に暴行し、引退。

主なものだけでもこれだけある。暴力に限れば、問題が噴出する下地は、角界の仕組みにもある。

年齢、体格などをクリアし、新弟子検査に合格すれば、力士になれる。ごく一部がプロになれる野球やサッカーと違い、プロ入りするためのハードルは低い。ふるいにかけられてやっとプロ選手になれる他競技とは、意識が異なる。何より、痛みに耐えて体をぶつけ合うという競技特性上、暴力を防ぎにくい土壌がある。

大相撲はスポーツであり、伝統文化でもあり、神事の側面も備える。競技面だけに目を向けて合理性を優先すれば解決できる問題も多いが、それでは大相撲の魅力の多くが失われる。このバランスをいかに保つか-。角界は、いつの時代もこの問題に直面してきた。

不祥事が続いた要因について三役経験者のある親方は、こう指摘する。

「大相撲はもともと、15歳で入門して、力士はたたき上げで育ってきた。近年は、下積みのない関取衆が多い。相撲は強いが人間的に未熟な人が増えている。これは、楽をして関取衆を作ろうと、外国出身者など即戦力を入れてきた親方衆の責任でもある。昔は、15歳で相撲界に入れて、師匠がいろんなことを教えて関取にしてきた。それには時間が必要だった。ここは原点に戻り、強い師弟関係を築いていかないといけない。相撲界が元に戻れば、不祥事は減るのではないでしょうか」

自らの部屋でも不祥事を経験した、別のある親方はこう言った。

「大相撲は伝統文化で、国技館に1歩入れば江戸時代。単なる格闘技ではない。これは変わりようがないけど、相撲部屋のあり方が変わってきている。『伝統文化』『神事』と言っても、入門してくる子は、バリバリの現代っ子なんです。大部分は、そこのギャップから生まれた問題ではないでしょうか」

親方衆のほとんどが、現役時代はたたかれて殴られながら、指導を受けた経験を持つ。今や相撲部屋に竹刀や木刀を置くことは禁じており、日本相撲協会は暴力との決別を宣言している。恐怖で弟子を支配することはできない今、新たな指導が求められている。

幕内優勝も経験した、別の有名親方は「この前、若い衆に注意したら、逆ギレされちゃったよ」と苦笑いしていた。昭和の時代ではありえなかったことだ。親方衆がどう意識を変え、力士をどう育て、不祥事をなくしていくか。いくら調査委を立ち上げ、研修会を繰り返しても、親方や力士の意識が変わらない限りは、不祥事とは決別できない。

「相撲部屋のあり方が変わってきている」と言った前出の親方は「新しい挑戦だと思っています。これができなかったら、指導者としての敗北です」と、令和を見据えて決意を口にした。【佐々木一郎】

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白鵬に懲戒処分 17年厳重注意より重い「けん責」

神妙な面持ちで臨時理事会の部屋へ向かう白鵬(撮影・河田真司)

大相撲の横綱白鵬(34=宮城野)が「けん責」の懲戒処分を受けた。日本相撲協会は24日、都内のホテルで臨時理事会を開き、3月の春場所千秋楽の優勝インタビューで、白鵬が観衆を促して三本締めを行った問題について話し合った。白鵬は17年九州場所千秋楽でも、観衆とともに万歳三唱を行って厳重注意を受けており、今回はより重い懲戒処分となった。この日の理事会の最後に出席した白鵬は、八角理事長(元横綱北勝海)から「何か言いたいことは」と聞かれたが「何もありません」と、素直に聞き入れていたという。

理事会に数分間出席後は報道陣の前に現れず、無言でホテルを後にした。今回の処分は、問題を調査したコンプライアンス委員会から16日に八角理事長が答申を受け、その意見に理事会も賛同する形で決まった。

そもそも本場所は、千秋楽の表彰式後に神送りの儀式を行い終了する。その前に白鵬が勝手に手締めをしたことが、コンプライアンス規定の違反行為「土俵上の礼儀、作法を欠くなど、相撲道の伝統と秩序を損なう行為」に該当すると、問題視された。万歳三唱に続く勝手な振る舞いだが、芝田山広報部長(元横綱大乃国)によると「お客さんを喜ばせたいと思って、とっさにやった。万歳はダメだが三本締めはいいと思っていた」という趣旨の説明を前回までの3度の“呼び出し”の中で行い、繰り返しの認識はなかったという。

白鵬に続き、時間差で理事会に呼ばれた師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)には「3カ月間、10%減額」の報酬減額処分が通達された。白鵬よりも重い処分となったことについて、芝田山部長は「指導が不十分だったことは明らか。理事会を軽視したと言わざるを得ない」と、万歳三唱の際も理事会で厳重注意を受けたが、改善されなかったことが重く取られたと説明。師匠も素直に受け入れたが、報道陣には無言だった。

◆白鵬前回の注意処分 暴行問題の渦中にあった17年11月の九州場所千秋楽の優勝インタビューで「日馬富士関と貴ノ岩関を再びこの土俵に上げてあげたいなと思います」と発した上、観客に万歳三唱を促した。また同場所11日目の嘉風戦に敗れた後、立ち合い不成立を執拗(しつよう)にアピールした行為も合わせ、11月30日の理事会で福岡から東京に呼び出され、師匠とともに厳重注意された。

17年11月、優勝インタビューでファンと一緒にバンザイする白鵬
3月24日、春場所千秋楽で自ら音頭を取り三本締めする白鵬

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大転換の時代 外国人横綱誕生で歴史塗り替え

64代横綱曙

<平成とは・大相撲編(2)>

大相撲の長い歴史の中で、平成の30年は大転換の時代だ。史上初の外国人横綱が誕生し、モンゴル勢が国技の歴史を塗り替えた。戦後初の外国人力士となった高見山から始まった異国の力士たちの戦いは、平成になって大きな実を結んだ。

  ◇   ◇   ◇  

平成の前半は、ハワイ勢が活躍した。曙、武蔵丸の2人の横綱が、貴乃花、若乃花の好敵手として空前の相撲ブームといわれた若貴時代を盛り上げた。「相撲はケンカだ」と発言し「黒船襲来」と恐れられた小錦は、大関で3度優勝しながら横綱の夢はかなわなかった。その無念を教訓に、有無を言わせぬ強さで曙が昇進したのは93年(平5)春場所のことだった。4年後には武蔵丸も続いた。

92年(平4)2月、大島部屋にスカウトされてやってきた6人が、モンゴル力士の始まりだった。160人の応募者の中から選ばれ、現友綱親方の元関脇旭天鵬に、元小結旭鷲山らがいた。「最初は留学気分。学校入って、余った時間で部活するような感覚で来た」と友綱親方。独特の上下関係や食生活など相撲部屋の生活になじめず、集団脱走しモンゴルへ逃げ帰ったことも。そんな苦労の末、95年(平7)春場所、旭鷲山が初の関取となり、その多彩なワザで「ワザのデパートモンゴル支店」と脚光を浴びた。

旭鷲山に続き旭天鵬が関取になったことで、モンゴル人力士への期待が高まった。国内の相撲有力高校がモンゴルの能力の高い若者をスカウト。高校でさらに鍛えられて大相撲に入門し、明徳義塾高から横綱になった朝青龍の成功につながった。平成の大横綱、貴乃花が引退した03年(平15)初場所、朝青龍がモンゴル人初の横綱に昇進。2年後、史上最長の7場所連続優勝、年6場所完全制覇の大記録を打ち立てる。その強さは白鵬に引き継がれ、平成後半はモンゴル勢の圧倒的強さが角界を席巻した。

モンゴル人の成功を白鵬は「40年前の日本人力士に聞いてみればいいよ。そのころと同じハングリー精神があり、故郷から出て一旗揚げてやろうという気持ちでやって来る。精神的な面が大きい」と話す。続々と入ってくる後進の面倒を先に入った旭天鵬らがサポートしたことも大きい。白鵬から「兄さん」と慕われる旭天鵬は「後輩が関取になると、必ずテレビをプレゼントした。モンゴルではなかなか買えないから」。

平成の182場所で外国出身力士の優勝は114回。うち85回がモンゴル出身力士の優勝だ。特に平成後半はモンゴル勢が優勝をほぼ独占。そんな状況を喜ばない相撲ファンの声を協会も無視できなくなった。98年(平10)4月の師匠会で、外国人は1部屋2人、全体で40人という人数制限を確認。2年後の師匠会では、モンゴル人は全体で20人までという話も出た。02年(平14)2月には理事会で、外国人力士の採用定員40人という枠を外した上で、原則として1部屋1人(平成22年には日本国籍取得者も含められた)が決定した。

日本人力士の勝利や優勝を望む雰囲気をモンゴル人力士も肌で感じている。貴乃花引退前年の02年秋場所2日目。旭天鵬は横綱貴乃花に勝って金星を獲得した。また、12年夏場所千秋楽、栃煌山との平幕優勝決定戦に勝利して史上最年長40歳8カ月と10日で初優勝。そのどちらの取組でも「オレが勝っていいのか?」と対戦前に悩んだという。貴乃花は当時、負ければ引退といわれており、栃煌山は6年ぶりの日本人優勝がかかっていた。部屋には無言電話や、嫌がらせの手紙も来た。

暴行事件で引退を余儀なくされた朝青龍や日馬富士、貴ノ岩らの不祥事もモンゴルへの逆風となっている。自分より相手への声援が多くても、それをバネに白鵬は勝ち続けた。昭和の大横綱大鵬の優勝32回を抜き去り、19年春場所まで43回の優勝。八百長や賭博問題で世間の批判にさらされた角界を1人横綱として支えた。最近は、自らが壁となり続けることで稀勢の里(現荒磯親方)を日本人横綱へと導くなど、後進の育成にも目を向けている。

「余裕が出てきて周りがよく見えるようになった。次を育てないといけないし、もっと相撲界を盛り上げたい」

国は違えど、角界に入れば思いは同じだ。今後、外国人力士は増えるか聞かれると白鵬は「(予想するのは)自信がないね。40年、50年前の人たちの体と精神を(自分たちが)つないでいければいいんじゃないかな」と話した。(敬称略)【桝田朗、高田文太、佐藤礼征】

67代横綱武蔵丸
68代横綱朝青龍
69代横綱白鵬
70代横綱日馬富士
71代横綱鶴竜

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柏市出身隆の勝、ご当所巡業で晴れ姿「三役目指す」

地元の千葉・柏での巡業で犬と記念写真に納まる十両隆の勝

大相撲の春巡業は20日、千葉・柏市で行われ、地元出身で東十両13枚目の隆の勝(24=千賀ノ浦)が人気を博した。

稽古土俵に上がり「千葉県柏市出身 隆の勝」とアナウンスされると、この日一番の拍手を浴びた。ぶつかり稽古では大関高安に、たっぷりかわいがられ稽古をつけてもらった。稽古後は、地元テレビ局や新聞社の取材が特別に設けられ、5人の兄弟はじめ家族全員が応援に駆けつけるなど、地元で晴れ姿を披露した。「今日は、たくさんパワーをもらった。それを令和元年最初の場所で出したい。飛躍の年に三役を目指して頑張りたい」と笑顔で話した。

会場近くにある相撲道場は、わんぱく相撲などで汗を流した「懐かしいし初心に戻れる場所」。中学3年まで、この道場で腕を磨き全国都道府県大会では団体3位にも入るなど「柏での稽古が土台になっている。感謝している」と言い、そのころ夢に抱いていた「横綱になる」という目標に向けても「あきらめずに一生懸命、稽古する」と誓った。

昨年秋場所で新入幕を果たし、幕内は2場所務めたが、その後の半年は貴乃花部屋力士の転属、貴景勝の優勝、貴ノ岩の引退、貴景勝の大関昇進と激動の日々。自身はケガもあり、2場所連続の大きな負け越しで番付を十両の13枚目まで落としたが、春場所は11勝4敗と盛り返し、5月の夏場所(12日初日、両国国技館)は再入幕を狙うチャンス。部屋の激動も落ち着いたようで「違和感もなくなり、自分の相撲にだけ集中できるようになった」と再浮上を目指す。

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白鵬謝罪、異例2度目の呼び出し「盛り上げようと」

24日、春場所千秋楽で優勝インタビュー後、自ら音頭を取り三本締めする白鵬

大相撲の横綱白鵬(34=宮城野)が、春場所千秋楽の優勝インタビュー後に三本締めを行ったことへの聴取を受けるため、滞在先の大阪から東京に呼び出された。日本相撲協会は28日、東京・両国国技館で開いた理事会に、白鵬と師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)を呼んで相撲道などを諭した。17年11月の九州場所でも万歳三唱などで厳重注意を受けており、1年半足らずの短期間に、現役横綱が2度も理事会に呼ばれる極めて異例の事態。調査はコンプライアンス委員会に委嘱された。

理事会の途中で、白鵬は宮城野親方とともに理事会が行われている会議室に入室した。春場所千秋楽で観衆に促し、自ら「ヨーッ」と音頭を取って行った三本締め。これに「一力士が締めてよいのか」と、千秋楽翌日の25日に横綱審議委員会(横審)から、26日には評議員会からも苦言が呈された。千秋楽の表彰式後に行う神送りの儀式の前に手締めをしたことで、この日も「おかしい」という声が出た。さらに「(数々の記録は)単なる数字だけで終わってしまうよ」と諭されて白鵬は謝罪したという。

呼び出された白鵬と宮城野親方は、理事会に説明のため出席し相撲博物館の学芸員から「相撲は単なるスポーツではない」と、相撲道の理解を求められた。その後の聴き取りなどを含めて、理事会には10分前後滞在した。白鵬は一昨年九州場所の千秋楽でも観衆に促して万歳三唱を行い、厳重注意を受けている。その時以来の呼び出し。そもそも現役横綱が理事会に呼び出されることが極めて異例だが、1年半足らずの間に2度も呼び出される前代未聞ともいえる事態となった。

師匠は注意をしてきたと述べたが、白鵬は「平成最後の場所ということで、盛り上げようと思って締めた」という趣旨の説明をしたという。今回の三本締めは、相撲協会のコンプライアンス規定の第5条「違反行為」の第7項にある「土俵上の礼儀、作法を欠くなど、相撲道の伝統と秩序を損なう行為」にあたるかどうか、コンプライアンス委員会に調査を委嘱。コンプライアンス委から八角理事長(元横綱北勝海)に答申があり、その後、臨時理事会で検討。答申を受けて、必要な場合は処分を科す。

白鵬はこの日、報道陣と対面せず引き揚げた。理事会に出席した芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「第一人者である以上こういうことも大事だと認識してもらう」と、再発防止を求めた。平成最後の場所についた物言いは、平成のうちに決着するか微妙になってきた。

◆白鵬前回の注意処分 暴行問題で渦中にあった17年11月の九州場所千秋楽の優勝インタビューで「日馬富士関と貴ノ岩関を再びこの土俵に上げてあげたいなと思います」と発した上、観客に万歳三唱を促した。また同場所11日目の嘉風戦に敗れた後、立ち合い不成立を執拗(しつよう)にアピールした行為も併せ、11月30日の理事会に福岡から東京に師匠とともに呼び出され厳重注意された。

両国国技館を引き揚げる白鵬を乗せたと思われる車(一部加工)(撮影・鈴木正人)

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三本締めの白鵬に横審再び苦言「やれる立場なのか」

横綱審議委員会後の会見で記者の質問に答える矢野委員長(左)と芝田山理事(第62代横綱・大乃国)(撮影・垰建太)

史上最多を更新する42度目の優勝を果たした横綱白鵬(34=宮城野)に、再び苦言が呈せられた。

日本相撲協会の諮問機関である、横綱審議委員会(横審)は、大相撲春場所千秋楽から一夜明けた25日、東京・両国国技館で定例会合を開いた。約30分の会合で多くの時間が割かれたのが、千秋楽の優勝インタビュー後、白鵬が場内のファンに促し、三本締めを行ったことだった。

このことについて、矢野弘典委員長(78=産業雇用安定センター会長)は、会合内で「話題になり、いろいろな意見が出ましたが、違和感を覚える人が多かった」と説明。そもそも三本締めは全てが終わってから行うもので、各種表彰式、出世力士手打式、そして最後に「神送りの儀式」が終了して、場所が終わるというのが認識だ。「優勝した横綱といえども、そういうことをやれる立場なのかという疑問がある。会場中が手拍子でいっぱいになってビックリしました」と個人的な感想も述べた。

白鵬は17年九州場所でも、優勝インタビュー後に万歳三唱を促してファンと行ったばかりか、インタビュー中には、当時、暴行問題のまっただ中にあり、休場した加害者の横綱日馬富士(九州場所後に引退)と被害者の貴ノ岩(昨年引退)の名前を挙げ「土俵に上げたい」と声を大にした。この問題についても横審で話題になり、その後、理事会で師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)と本人が呼ばれ厳重注意された経緯がある。

その前例も会合内では話題となり「万歳三唱がダメで三本締めならいいのか」など、厳しい意見が出たという。同委員長は「具体的に(横審としての)提言ではないが(会合の)全体として『おかしいのでは』という違和感があった」と説明。「理事会として再度、どう考えるのか」と協会の姿勢を問いかけた。

定例会合に出席した日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「協会を引っ張っていく第一人者としては、あるまじき行為ではないかというご意見があった。協会にも(ファンから)苦情など賛否両論の声が届いた。古き、古式ゆかしきものは残さないといけない。言動、行動で分かってもらわないといけない」と話した。今後、理事会などに呼び再度、注意するなどについては、現状では「段取りは分からない」と未定であるとし「後日、対処します」と協会としてのスタンスを示すことを示唆した。

優勝インタビューで詰め掛けた観客といっしょに自ら音頭を取り三本締めする白鵬(撮影・小沢裕)
横綱審議委員会に出席した理事と委員たち。左から4人目が矢野委員長(撮影・垰建太)

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元横綱稀勢の里は年寄荒磯襲名 引退、改名など一覧

元横綱稀勢の里の荒磯親方

日本相撲協会は25日、大相撲春場所(10日初日、エディオンアリーナ大阪)の新番付を発表した。降下、改名、引退などの力士、年寄は以下の通り。

【降下】

<三役から平幕>

妙義龍(32=境川)東小結→西前頭2枚目

<幕内から十両>

琴勇輝(27=佐渡ケ嶽)西前頭13枚目→東十両2枚目

大奄美(26=追手風)東前頭16枚目→西十両3枚目

大翔丸(27=追手風)西前頭16枚目→西十両5枚目

<十両から幕下>

常幸龍(30=木瀬)西十両13枚目→東幕下3枚目

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

<幕下>

池川→北勝陽(ほくとよう=八角)

琴稲垣→琴裕将(ことゆうしょう=佐渡ケ嶽)

<三段目>

佐藤山→北勝翼(ほくとつばさ=八角)

滝口→益湊(ますみなと=阿武松)

竹井→東照山(とうしょうやま=玉ノ井)

琴の秀→琴乃秀(ことのしゅう=佐渡ケ嶽)

湊竜→鷹翔(おうか=湊)

若中谷→八女の里(やめのさと=西岩)

若苫龍→若錦翔(わかきんしょう=二所ノ関)

宮崎山→北勝龍(ほくとりゅう=八角)

<序二段>

大国里→大國里(おおくにさと=中川)

伊藤→北勝伊(ほくとよし=八角)

江塚→爽(さわやか=式秀)

琴宇留賀→琴孝玉(ことこうぎょく=佐渡ケ嶽)

今井→剛秦龍(ごうしんりゅう=式秀)

志戸→肥後乃双(ひごのそう=木瀬)

魁隼→魁舞翔(かいぶしょう=浅香山)

勇錦→廣中(ひろなか=朝日山)

神宮→北勝泉(ほくといずみ=八角)

錣迅→永谷(ながや=錣山)

<序ノ口>

山下→若一輝(わかいっき=二所ノ関)

衣川→武東(たけあずま=玉ノ井)

田中→阿稀(あき=錣山)

伊佐→穂嵩(ほだか=尾上)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

勇錦佑紀→廣中龍(ひろなか・りゅう)

伊佐穂嵩→穂嵩常征(ほだか・つねまさ)

田中明人→阿稀慶喜(あき・よしのぶ)

竹井健太郎→東照山恵太朗(とうしょうやま・けいたろう)

琴稲垣善之→琴裕将由拡(ことゆうしょう・よしひろ)

琴宇留賀響→琴孝玉裕丈(ことこうぎょく・ひろたけ)

錣迅功→永谷海登(ながや・かいと)

山下一樹→若一樹昇(わかいっき・のぼる)

若苫龍宏哉→若錦翔広也(わかきんしょう・ひろや)

【引退年寄襲名】

稀勢の里→荒磯

豪風→押尾川

【引退】

貴ノ岩、諫誠、朝日龍、琴鳳、彩翁、笹山、栃港、北勝花、伊勢ノ花、大翔虎、辰ノ富士、大一心、白海竜、舛天隆、渡井、若小山、井口、畠山、伊那の富士

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元貴ノ岩「精進したい」断髪式で元日馬富士と再会

元貴ノ岩(左)の肩に手を乗せる元横綱日馬富士関のダワーニャム・ビャンバドルジ氏(撮影・河田真司)

大相撲の暴行問題で、被害者にも加害者にもなった元前頭貴ノ岩のアディヤ・バーサンドルジ氏(28)の断髪式が2日、東京・両国国技館で行われた。約370人がはさみを入れ、自身への暴行で一昨年11月に引退した元横綱日馬富士のダワーニャム・ビャンバドルジ氏(34)らが出席。一方で先代師匠の元貴乃花親方の花田光司氏(46)は来場しなかった。

   ◇   ◇   ◇

元貴ノ岩の断髪式が始まるとほどなく、東の花道から元日馬富士が入場した。一礼して土俵に上がり、故郷モンゴルの後輩にはさみを入れ、両手を肩に乗せて「頑張ってください」と声を掛けた。

17年10月、元日馬富士に元貴ノ岩は暴行された。約2カ月前には元貴ノ岩が付け人を殴った。加害者となった2人はともに責任を取って引退。巡り巡って、再び国技館の土俵に一緒に立った。

1月中旬、2人は会食し、元貴ノ岩が謝罪して和解。「はさみ、お願いします」と要請して、元日馬富士の断髪式出席が決まった。この日、報道陣から「わだかまりはないか?」と問われた元日馬富士は「だから来ている」と明言。さらに、今後が未定の元貴ノ岩について「こういうことになってしまったが、これからも自分なりに応援していきたい」とエールを送った。

元日馬富士に加え、白鵬と鶴竜の両横綱もはさみを入れた。いずれも元貴ノ岩が被害に遭った酒席に同席した面々。それでも断髪後、ツーブロック風の髪形に整えている際に元貴ノ岩は「(はさみを)入れてもらって、うれしい。いろんなことに精進したいという気持ちでいっぱい」と、感謝の思いを語った。

一方、入門以来約10年も指導を受けてきた花田氏は来場しなかった。健康状態に問題なければ、仮に定年退職していても、入門時の師匠が関取衆の断髪式に出席するのは一般的。それでも不在の先代に対し、元貴ノ岩は「感謝の気持ちでいっぱい」と話した。止めばさみを入れた現師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)は「(元貴乃花親方から)言葉はない。最初に『よろしく』と預かった時点でこれ(断髪式)も入っていると思う」とフォローした。

断髪式後のパーティーで、元貴ノ岩はカラオケでBEGINの「三線の花」を歌った。愛する人と過ごした日々を思い返す歌詞は、断髪式に臨んだ心境と重なったのかもしれない。暴力を振るった貴大将にも優しく接していた。【高田文太】

◆元貴ノ岩が関係した2つの暴行問題 17年10月25日、秋巡業で訪れた鳥取市での酒席で、日馬富士から暴行を受けた。素手やカラオケのリモコンで頭部を十数回殴打された。当時、貴ノ岩の師匠だった貴乃花親方が、鳥取県警に被害届を提出したことが、同11月の九州場所中に発覚。場所後、日馬富士は引退し、白鵬、鶴竜ら酒席にいた関取衆は減給などの処分を受けた。貴ノ岩は2場所全休し、十両に陥落したが昨秋に再入幕した。ところが昨年12月4日に冬巡業で訪れた福岡・行橋市のホテルで、忘れ物をした付け人の貴大将に暴行。その3日後に責任をとって引退した。

千賀ノ浦親方(右)のはさみ入れで断髪を終える元貴ノ岩(撮影・河田真司)

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元貴ノ岩おいが尾上部屋から夏場所に土俵デビューへ

貴ノ岩のおいで、尾上部屋から夏場所で初土俵を踏む予定のガルダン・スフバト

元貴ノ岩のおいのガルダン・スフバトが、尾上部屋から5月の夏場所で初土俵を踏むことが分かった。埼玉栄高では現在幕下で元横綱大鵬の孫の納谷らと同級生で、この日が20歳の誕生日。180センチ、130キロで、得意の右四つから3年時に個人戦で関東大会準優勝。決勝は元横綱朝青龍のおいで現在幕下の豊昇龍に敗れた。「おじにあこがれて日本に来た。頑張りたい」と意気込み、元貴ノ岩も「幕下まですぐ上がると思う。そこからは努力次第」と期待していた。

断髪式を終えた貴ノ岩(左)は、夏場所で初土俵を踏む予定のおいのガルダン・スフバトと笑顔で握手を交わした

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