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翔猿2敗堅守「ワクワク」106年ぶり新入幕V前進

2敗を死守し勝ち名乗りを受ける翔猿(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>13日日◇25日◇東京・両国国技館

新入幕の東前頭14枚目翔猿(28=追手風)が、平幕の隆の勝を破ってトップを守った。

大関貴景勝との2敗対決を制した関脇正代とともに、トップを並走。注目の14日目は、3敗に後退した大関貴景勝との対戦が決定した。新入幕の大関対戦は14年秋場所の逸ノ城以来、戦後13人目。結びの一番で埼玉栄高の後輩を破り、1914年(大3)夏場所の両国以来、106年ぶりの新入幕優勝へ、また1歩近づく。

   ◇   ◇   ◇

新入幕らしからぬ、強心臓ぶりを翔猿が見せた。初の幕内後半戦での取組を「ワクワクしていました。『後半で取っているな。幕内力士らしいな』と思った」と無邪気に振り返った。入門して以降、幕下と十両で過去5戦全敗だった隆の勝に、重圧がかかる中で初勝利。トップを死守した。

ふわっと、立ち上がってしまった立ち合い。先に力なく立ち「待ったかと思った」と立ち合い不成立と思ったという。しかし、行司からの「待った」の声は掛からず、隆の勝の鋭い立ち合いを受けた。たちまち土俵際に後退。のど輪も受けて上半身が起きてのけ反ったが、下半身は崩れず。しこ名の「猿」のごとく、素早く体を開きながらいなして送り出した。土俵上では少し驚いた表情。「勝っちゃった、みたいな感じでした。体は動いてますね」と明るい声で話した。

徹底した基礎運動が快進撃を支える。入門当初は、部屋の中でも四股やテッポウをこなす回数は多い方ではなかった。しかし、今では師匠の追手風親方(元前頭大翔山)が「一番する」と言うほど。転機は17年夏場所後に新十両に昇進し、巡業に参加するようになってから。日々の朝稽古で、誰よりも基礎運動をしていた横綱白鵬の姿に感化された。「強い人は基礎をたくさんやっているんだなと思った。自分も基礎をしっかりするようになってからケガをしなくなった」と基礎運動の大切さを身をもって経験。この日も、その成果を感じさせる軽やかな身のこなしで白星を挙げた。

優勝争いでトップに立ち、14日目は貴景勝との対戦が組まれた。新入幕の大関対戦は戦後13人目、快進撃しているからこその一番となり「思い切り、平常心で、挑戦者の気持ちでいくだけ」と待ち遠しそうに意気込んだ。幕内後半戦の藤島審判長(元大関武双山)も「大関相手にどんな相撲を見せてくれるか。熱戦を期待したい」と注目した。

106年ぶり、史上2度目の新入幕優勝が迫っているが「本当に意識はない。思い切りいくだけ」。無心の先に、偉業達成が待っている。【佐々木隆史】

◆翔猿正也(とびざる・まさや)本名・岩崎正也。1992年(平4)4月24日、東京都江戸川区生まれ。小学1年の時に東京・葛飾区の葛飾白鳥相撲教室で相撲を始め、埼玉栄高では3年時に全日本ジュニア体重別で優勝。日大の2学年先輩である遠藤を追って追手風部屋に入門し、15年初場所に「岩崎」のしこ名で初土俵。17年名古屋場所の新十両昇進を機に「翔猿」と改名。20年秋場所新入幕。家族は両親、兄(十両英乃海)。175センチ、131キロ。血液型A型。得意は押し。

◆新入幕の大関戦 戦後では12人の新入幕力士が大関と対戦して7勝10敗。00年夏場所の栃乃花、14年秋場所の逸ノ城は2大関に連勝しており、2日連続で大関戦勝利は逸ノ城が初めて。95年名古屋場所の土佐ノ海は、先の夏場所で14勝1敗で十両優勝をしたことから、新入幕ながら西前頭7枚目。番付上の関係から、初日に大関若乃花、2日目に横綱貴乃花と対戦した。

◆106年前の新入幕優勝 1914年(大3)夏場所は、新入幕で東前頭14枚目の両国が9勝1休で優勝(10日間制)。初日から7連勝で8日目は相手の寒玉子が休場(不戦勝制度がなく、相手が休めば自分も休場扱い)、9日目以降も2連勝。2場所連続優勝中だった横綱太刀山も負けなしだったが、9日目の関脇朝潮戦が預かり(物言いがついて判定できない取組)となり8勝1休1預かりで、勝ち星1つ両国に及ばなかった。

▽八角理事長(元横綱北勝海) 翔猿はタイミングが合ってうまく対応した。勝っている時は動きがいい。28歳ということは若くしての新入幕ではない。高校、大学でここ一番の力の出し方も知っているだろう。これまでの経験があるし度胸もあるような気がする。

翔猿(左)は隆の勝を送り出しで破る(撮影・柴田隆二)

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若隆景「びっくり」5日連続で佐渡ケ嶽部屋勢と対戦

若隆景は琴勇輝(左)を押し出しで下す(撮影・小沢裕)

<大相撲7月場所>◇5日目◇23日◇東京・両国国技館

西前頭14枚目の若隆景(25=荒汐)が、同17枚目の琴勇輝(29)を押し出した。

初日から5日間連続で、佐渡ケ嶽部屋の力士との対戦だった。

初日から琴奨菊、琴勝峰、琴恵光に3連敗したが、4日目から琴ノ若、琴勇輝に連勝。2勝3敗とした。

若隆景は「昨日、5日目の割(取組表)を見て、びっくりしました」とコメント。佐渡ケ嶽部屋勢が幕内13~17枚目までに5人もひしめいていることが珍現象のきっかけになった。

初日から同部屋力士と5日連続で対戦があったのは、1995年(平成7年)九州場所の湊富士(現在の湊親方)以来。当時、西前頭5枚目だった湊富士は初日から東前頭5枚目浪乃花、大関貴ノ浪、大関若乃花、横綱貴乃花、西前頭7枚目安芸乃島という二子山部屋勢と対戦し、横綱に敗れただけで4勝1敗とした。この場所は8勝7敗で敢闘賞受賞している。

若隆景(左)は琴勇輝を押し出しで破る(撮影・柴田隆二)

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元中学横綱16歳吉井が幕下1勝「いい相撲とれた」

武玄大(左)を攻める吉井(撮影・河田真司) 

<大相撲7月場所>◇2日目◇20日◇東京・両国国技館

16歳で幕下昇進を果たした西幕下54枚目の吉井(時津風)が、1番相撲を白星で飾った。武玄大(藤島)を左差しから一気の寄り切り。「幕下に上がったら強い人ばかり」と言うが、「立ち合いも踏み込めていた。いい相撲がとれた」と手ごたえを口にした。

静岡県焼津市出身で、元中学横綱のホープ。場所前に師匠の不適切指導で、所属していた中川部屋が閉鎖となり、部屋を移った。「みなさんが優しく受け入れてくれた」と環境に順応。「稽古場は稽古場で集中してやれた。(3月以来の本場所も)体作りに集中できていい時間だった」と前向きに話す。

「まず勝ち越しを目指して1番1番頑張りたい」。8月1日が17歳の誕生日。史上最年少の関取昇進は元横綱貴乃花(当時・貴花田)の17歳2カ月。その記録更新は現実的に厳しいが、10代で関取へ、順調に幕下デビューを飾った。

武玄大を寄り切りで破った吉井(撮影・河田真司)   

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1位貴景勝へエール「仏頂面で答える大関が大好き」

第9回大相撲総選挙にご投票いただき、ありがとうございました。投票だけでなく、多くの皆さまから熱いメッセージをいただきましたので、ごく一部ですが紹介いたします。

1位 貴景勝 3659票

★貴景勝関はわが子のように応援しています。この1年はなかなか万全な状態で本場所に臨めていないようですが、“最後の番付”を目指して頑張ってほしいです。(40代男性)

★壁にぶつかる度に、人間として大きく成長を遂げる姿を見せてくれる。23歳でこの精神力なのだから、これからどのような力士になるのか楽しみ。(30代女性)

★自分にすごく厳しくて尊敬するしかっこいいしかわいいし強いからです。(10代以下女性)

★貴景勝はまわりに惑わされない、チヤホヤされない、自分は自分という強い意志が伝わってくる。(40代女性)

★勝っておごらず、負けて腐らず。本来、明るい関西人なのに、いつも普通ですと仏頂面で答える大関が大好き。横綱目指して頑張れ!(50代女性)

★貴景勝関は、佐藤関のときから注目してました。若いのに言動がしっかりしていて、自分に厳しい、まるで武士のような感じが好きです。(40代女性)

★勝っても負けても表情を変えないところ。(10代以下男性)

★大関昇進を決めた一番、感情を出さないように出さないようにと、堪えていた涙が忘れられません。それを見て、努力されたんだなと、胸がキュッとなりました。(20代女性)

★素顔はおちゃめでイジり甲斐のある好青年。『波瀾(はらん)万丈』の相撲人生を過ごし、わたくしの人生の半分も生きてないのに考え方ははるかに年配。突き押しの横綱にたどり着くまで今後も続くであろう険しい道のり。貴景勝関の成功はファンの悲願です。(50代女性)

★私は貴景勝関の相撲はもちろん、相撲に対する気持ちの持ち方が大好きだからです。貴景勝関のように寡黙にひたすら努力している姿がかっこいいからです。(10代以下女性)

★小柄で戦う突き押し相撲が見ていて気持ちいいから。(40代男性)

★頭と体をフル回転させて相撲道を極めようとしているところが、若い大関なのに尊敬できる。彼が自ら学んだ結果が大輪の花を咲かす日が楽しみです。(50代女性)

★真っ向勝負のところが好きです。(40代男性)

★私は、元貴乃花親方が大好きで、その関係で貴景勝関を応援しています。貴景勝関のしこ名に入っている貴の字に恥じぬよう、もっと強くなってもうひとつ上の番付を目指して欲しいです。(10代以下男性)

★寡黙に取り組む姿勢や研究熱心なところに20代前半とは思えない貫禄感を感じます。丸っこい体形とまれに見せる笑顔もさらにギャップもえします。(30代女性)

★貴景勝はむやみに笑わないプロ根性、土俵際、座布団に座るときのかわいらしいのギャップ。(50代女性)

★貴景勝関は真っ向勝負で自分より大きい相手にぶつかっていく姿がかっこいい!(10代以下女性)

★貴景勝は回しを取らずに四つ相撲のような寄りを見せる。初めて見る相撲の取り口だ。ぜひ大成して欲しい。(60代以上男性)

★貴景勝関の目の覚めるような押し相撲が大好きです。(10代以下男性)

★「出来るはずがない」を常に努力と工夫で可能にしてきた男。コツコツと積み重ねる愚直な姿は日本男児の憧れ。(20代男性)

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貴景勝初V、ファンも夢見る横綱昇進/大相撲総選挙

第9回大相撲総選挙の結果

<第9回 大相撲総選挙>

日刊スポーツが行った人気力士アンケート「第9回大相撲総選挙」は、大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が初の1位に輝いた。総数5万635票のうち、3659票を獲得。前回の2位から躍進した。ファンからは土俵態度が支持され、横綱昇進への期待も票に表れた。

貴景勝がトップに立った。大相撲総選挙は幕内力士を対象としているため、貴景勝は新入幕を果たした3年前からランキング入り。以来、26位、10位、2位と順位を上げ、今回は1位。大相撲の番付と同様、一気に駆け上がった。

ファンから支持されたのは、強いメンタルだ。昨年は右膝や左大胸筋のケガに苦しんだが、弱音を吐くことは一切なかった。

「痛くても『痛い』と絶対に言わない。弱さを見せない姿はまさに武士そのもの」(30代女性)

「大関昇進を決めた一番、感情を出さないように出さないようにと、堪えていた涙が忘れられません。それを見て、努力されたんだなと、胸がキュッとなりました」(20代女性)「往年のお相撲さんのような精神性が好きなので1票」(30代女性)

「勝っても負けても表情を変えないところ。絶対に相手力士の悪口を言わないところ。元貴乃花親方の弟子だから」(10代以下男性)

力士であることをわきまえ、実直に相撲に向き合う。この姿勢は、多くのファンが共感する。身長175センチと体格に恵まれているわけではないが、横綱昇進へ向け、ともに夢を見る人も少なくない。

「素顔はおちゃめでイジり甲斐のある好青年。反面、『波瀾万丈』の相撲人生を過ごし、わたくしの人生の半分も生きてないのに考え方ははるかに年配。突き押しの横綱にたどり着くまで今後も続くであろう険しい道のり。貴景勝関の成功はファンの悲願です」(50代女性)

貴景勝の魅力は、好角家に伝わっている。だからこその、第9回大相撲総選挙優勝だ。

◆投票方法 投票対象は夏場所番付の幕内力士。5月27日午後9時から6月6日まで日刊スポーツのウェブサイトで投票を受け付けた。ウェブは端末1つにつき1日1回、1回3人まで投票可能とした。前回までははがきでの投票も受け付けていたが、今回はなし。

第9回大相撲総選挙 貴景勝の表彰状
和傘を差し国技館を引き揚げる貴景勝(19年9月18日撮影)

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貴乃花Vに小泉首相が絶叫名言/夏場所プレイバック

2001年5月28日付の日刊スポーツ

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった5月24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。千秋楽は大相撲史に残る、貴乃花の22回目の優勝です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇千秋楽◇2001年5月27日◇東京・両国国技館

横綱貴乃花が奇跡を起こした。前日14日目の大関武双山戦で初黒星を喫した際、右膝を亜脱臼。千秋楽に強行出場したが、結びで横綱武蔵丸にあっさり敗れ、13勝2敗で並んだ。優勝決定戦、貴乃花の気迫が武蔵丸を圧倒。執念の上手投げで22度目の優勝を飾った。

顔はゆがみ、口から血の塊が飛んだ。まゆをギュッと引き絞った鬼の形相で勝ち名乗りを受けた。まるで別人のように、貴乃花は土俵の上で感情をあらわにした。「何か今でもちょっとボーッとしてます。(優勝の)実感が分からないです」。22回も優勝を飾った大横綱が、支度部屋に戻っても冷静さを失っていた。

本割は、3度の仕切り直しの立ち合いで集中力を奪われ、わずか0秒9、武蔵丸の突き落としにバッタリ倒れた。「やはりダメか……」。絶望的ムードの東支度部屋に一門の花籠親方(元関脇太寿山)、若者頭が飛んでくる。優勝決定戦が可能か、確認のため。貴乃花は即答した。「大丈夫です」。

異様な静けさだった。柝(き)が入り、武蔵丸が西の花道に出た後も、貴乃花は支度部屋に5分近くとどまった。乱れた集中力を修正し、気の高まりを待った。本割で全く合わなかった立ち合いで、武蔵丸は見入られたように貴乃花の呼吸で立った。貴乃花がすかさず左上手を奪い、右を差す得意な形。武蔵丸が、右のかいなを返し上手を切りにきた瞬間を逃がさない。相手の力も利用した上手投げが、219キロの巨体を土俵にたたきつけた。

表彰式での優勝インタビュー。ケガの痛みを聞かれ「特にないですよ」と答えると、大きな拍手と歓声が沸いた。内閣総理大臣杯を手渡した小泉純一郎首相は、表彰状を読んだ後、突然「痛みに耐えて、よく頑張った! 感動した!」と絶叫で貴乃花をたたえた。大相撲史に残る感動の優勝だった。

01年5月27日、夏場所千秋楽・優勝決定戦 優勝決定戦で武蔵丸(左)を上手投げで破った貴乃花

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貴景勝に花田氏驚き、故障時心境からお笑いまで語る

貴景勝(2020年1月25日撮影)

大相撲の大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が6日、AbemaTV放送の「大相撲ABEMA場所~記憶に残る名勝負100連発~ 三日目」にリモートで生出演した。3代目元横綱若乃花の花田虎上氏と初共演。前師匠、元横綱貴乃花の兄に自粛生活が続く近況について問われ「相撲につながる栄養学、睡眠学を勉強している」と話し、花田氏を感嘆させた。

昨年は華々しく大関昇進を果たした一方で、右膝負傷の影響による2場所連続の休場で、関脇陥落も経験した。花田氏に「けがのトレーニング方法についてお話はできないと思うが、若い子どもたちに、けがをしてこんなモチベーションで頑張ってほしいという気持ちを教えていただけますか」と質問されると、貴景勝は「今まで自分はけがして休場したときもあったが、治した瞬間に強くなる時期が何度もあった。去年もけがで大関に落ちたときも、9月(秋場所)復帰したときも自分の弱さに気づいた。『我に怪しい』と書いて『怪我』。自分の弱いところを認めるいい時間だった。自分にとってネガティブなことが起こったときに、精神的な強さが得られると思う」と回答。自身の相撲道を語った。

「武士道精神」を重んじ、土俵上では一喜一憂しないことで知られる貴景勝だが、土俵外での振る舞いについて話題が及ぶと「普段は無口ではない。まわしを締めたら変えていかないといけない」と説明。土俵内外での切り替えの重要性を強調した。一方で「お笑い番組とかもよく見る」と明かすと、番組MCの清野茂樹アナウンサーに好きなお笑い芸人を問われ「最近はアインシュタインが面白い」と告白。今年4月に東京進出を果たした売れっ子芸人の名前が挙がり、スタジオの花田氏、清野アナウンサーは「おーっ!」と興奮気味に声を上げた。

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貴乃花が幕下最年少Vで旋風/夏場所プレイバック

89年5月21日、幕下で初優勝し賞状を手にする貴乃花(左から2番目)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった5月24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。13日目は、記録達成でスター誕生の瞬間です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇13日目◇1989年5月19日◇東京・両国国技館

数々の史上最年少記録を塗り替えてきた、のちの「平成の大横綱」貴乃花が、最初の若年記録を打ち立てた記念日となった。

初めて番付にしこ名が載った88年夏場所の序ノ口から、わずか1年。所要6場所で初めて東48枚目の番付で幕下に上がった貴花田が、快進撃で白星を重ねる。全勝同士で優勝をかけた最後の7番相撲も、宮田(のち前頭龍興山=出羽海)を寄り倒し7戦全勝。柏戸(元横綱)が持つ17歳6カ月の記録を更新する、16歳9カ月での史上最年少幕下優勝を遂げた。右78キロ、左80キロで当時の横綱大乃国をも上回る握力で、前みつを引き猪突(ちょとつ)猛進の攻めで制した。

1面を飾った本紙の写真と見出しが、スピードスターぶりを絶妙に表現している。貴花田が両国から中野の部屋に戻る電車移動。途中、御茶ノ水駅で各駅止まりの総武線から中央線快速に乗り換え。その写真にかぶせて「御茶ノ水で乗り換え『関取快速』だね」の見出し。写真の絵解きも「自分の出世に合わせるように『特別快速』に乗り換えた」とある。

その予見が現実のものとなる。2場所後の同年秋場所。西幕下9枚目で再び7戦全勝優勝し新十両昇進が決定。今度は史上最年少関取の座をものにした。その後も新入幕、初金星、幕内優勝、年間最多勝、大関昇進、全勝優勝…と次々に最年少記録を更新。親の七光など通じない世界で兄若花田(のち横綱3代目若乃花)とともに、父で師匠の藤島親方(元大関貴ノ花、のち二子山親方)の背中を追った貴花田。空前の相撲フィーバーを呼んだ、快進撃の始まりがこの日だった。

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武双山、214日ぶり勝ち越し/夏場所プレイバック

95年5月21日、大相撲夏場所の殊勲賞と敢闘賞を受賞した武双山

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった5月24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。11日目は、ケガから完全復活した大関候補(当時)です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇11日目◇95年5月17日◇東京・両国国技館

13勝を挙げた94年秋場所以来、214日ぶりに怪物武双山が勝ち越しを決めた。大関候補から一転、度重なるケガにより平幕に陥落して2場所目。大関若乃花の右からのおっつけを、右からおっつけ返して押し出しで破る会心の相撲で完全復活を証明した。「久しぶりですからね、勝ち越すのは。場所前はとにかく勝ち越せればと、それだけ考えていましたから」と笑顔を見せた。

関脇だった昨年秋場所は優勝次点で、大関とりが期待された同年九州場所前に左肩を亜脱臼した。以降、脱臼の再発を繰り返し、思うような力が出せず。年明けの初場所は途中休場、春場所は全休と歯がゆい思いが続いた。そして満を持して出場した今場所でようやく勝ち越し。取組後の支度部屋で、場所前の連合稽古で胸を借りた横綱曙から「おめでとう。よかったな。完全復活したな」と声をかけられ、頭を下げた。

13日目には横綱貴乃花から金星を獲得するなどして11勝を挙げた。さらに殊勲賞と敢闘賞を獲得。千秋楽を白星で飾れなかったが「勝ち越しが目標だったけど、やっぱりうれしいですね」と勝ち越しと三賞獲得、そして自身の復活の喜びをかみしめた。

この時の武双山は、まだ入門3年目。大関昇進は、この5年後のことだった。

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貴ノ浪「悲しくない」涙の引退/夏場所プレイバック

引退会見で涙を拭う貴ノ浪(2004年5月11日撮影)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。3日目は、90年代を中心に活躍した元大関の土俵との別れです。

<大相撲夏場所プレイバック>◇3日目◇04年5月11日◇東京・両国国技館

貴ノ浪は目に涙を浮かべながら、何度か言葉を詰まらせた。「全然悲しくない。悲しくないんだけど、涙が出る」。場所前に不整脈が出て入院し、医者の制止を振り切って現役に執念を燃やしたが2連敗。前夜、師匠の貴乃花親方(元横綱)と話し合い引退を決断した。「体調面がすぐれなかった。自分らしい相撲が取れないのであれば、終止符を打つのが正しいと思った」。

元大関貴ノ花が師匠の藤島部屋に入門し、87年春場所で初土俵を踏んだ。取り口は豪快。196センチの長身で懐が深く、もろ差しを許しても抱え込んで振り回した。94年初場所後、武蔵丸と大関に同時昇進した。96年初場所では、横綱貴乃花と同部屋同士の優勝決定戦を制して初優勝を果たした。綱取りには届かなかったが、大関在位37場所は史上7位。明るい人柄でもファンを引きつけ、記録にも記憶にも残る名大関だった。

名門二子山部屋から38年ぶりに関取が途絶え「それが一番残念。下が来るまで持ちこたえたかった」。引退後は音羽山親方として貴乃花部屋で指導し、将来の角界を支える人材として期待された。しかし15年6月に急性心不全のため43歳で急逝。早すぎる別れだった。

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千代の富士が貴花田に五重丸/夏場所プレイバック

初日に千代の富士を破る貴花田(貴乃花)。18歳9カ月の史上最年少金星(1991年5月12日撮影)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。初日は、あの歴史的大一番です。

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<大相撲夏場所プレイバック>◇初日◇91年5月12日◇東京・両国国技館

午後5時46分。歴史が動いた。「角界のプリンス」の称号が、昭和の大横綱千代の富士から、後に平成の大横綱となる貴花田(のちの貴乃花)に受け継がれた瞬間だった。

新十両昇進など最年少記録を次々と更新し、初の上位総当たりで迎えた西前頭筆頭の貴花田。翌月に36歳を迎える優勝31回の千代の富士は、ケガによる休場続きで118日ぶりの土俵。午前6時には当日券を求める約300人の行列ができた。協会あいさつで当時の二子山理事長(元横綱初代若乃花)が「進境著しい新鋭と古豪の激突をお楽しみに」と、あおった18秒3の濃密な一番。終始、攻めきった貴花田が黒房下、さながらラグビーのタックルのように左から渡し込むように寄り切った。18歳9カ月の史上最年少金星だった。

「勝負は勝つか負けるか2つに1つ。特別な気持ちはありません」。“大将”に勝っても平然と話す本人をよそに、記者クラブにいた父で師匠の藤島親方(元大関貴ノ花)は「100点満点あげていい」と30分で6本目となるタバコの煙をくゆらせて言った。

「三重丸って言っておいてよ。いや五重丸だ」。世代交代劇の引き立て役となった千代の富士は最上級の言葉を贈った。入門のための上京前日の70年8月、故郷の北海道・福島町での巡業で「頑張れ」と一文書かれた菓子折りをもらったのが当時大関の藤島親方。79年の秋巡業で禁煙を強く勧められ、体重増のきっかけを作ってくれたのも藤島親方だった。恩人の実子にバトンを渡し、千代の富士は3日目の貴闘力戦後に引退を表明した。

貴花田(貴乃花)は千代の富士から金星をあげる(1991年5月12日撮影)

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鶴竜「やるだけ」白鵬と75カ月ぶり千秋楽相星決戦

朝乃山(右)は先に上手投げを打つも下手投げで鶴竜に敗れる(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇14日目◇21日◇エディオンアリーナ大阪

大関とりの関脇朝乃山が、横綱鶴竜に下手投げで負けて今場所4敗目を喫した。

1分20秒に及ぶ協議を、鶴竜は自信を持って、冷静に見つめていた。「自分でしっかり見えていたので大丈夫だろうとは思っていた」。投げの打ち合い、左肘が先についた朝乃山に対して、鶴竜は頭から落ちる執念で勝利をつかんだ。「自然とそうなっただけ」。2敗を守り、13年九州場所の日馬富士-白鵬以来、6年3カ月ぶりとなる千秋楽相星決戦で白鵬と対戦する。

前回の反省があった。昨年秋場所では相手得意の右四つから「無理矢理投げにいって負けた」。今回は攻め急がず、右四つから巻き替えてもろ差し。重心を十分に落とし、土俵際の粘り腰を生んだ。連日、横綱が若手の壁になっているが「そういうのは意識していない」と淡々。昨年9月の部屋移籍後、優勝はおろか15日間を皆勤したことがなかったが、横綱の責任を果たす活躍を見せている。7度目の優勝へ「ここまできたらやるだけ」と、短い言葉に決意を込めた。

◆千秋楽相星決戦 1場所15日制となった49年夏場所以降では38例ある。横綱同士は過去に24回で、全勝同士は5回。最多は千代の富士の9回で4勝5敗、次いで北の湖、貴乃花の2人が7回登場している。白鵬は過去1勝3敗、鶴竜にとっては初めての千秋楽相星決戦となる。

記者の質問に答える鶴竜(撮影・前岡正明)

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隆の勝が主役!1敗守った  おにぎり君の笑顔満開

玉鷲(左)との立ち会いで激しく当たる隆の勝(撮影・清水貴仁)

<大相撲春場所>◇9日目◇16日◇エディオンアリーナ大阪

東前頭9枚目隆の勝(25=千賀ノ浦)が新風を巻き起こす! 玉鷲を押し出して1敗を守り、関取としては自己最速の勝ち越しを決めた。無観客開催の中、同部屋の大関貴景勝と稽古を重ね、実力を伸ばしている押し相撲のホープが無欲に突き進む。横綱白鵬が無傷の9連勝。隆の勝と碧山の平幕2人が1差で追い、横綱鶴竜ら2敗の5人が食らいつく。

  ◇    ◇    ◇

隆の勝が押し相撲の実力者を難なく退けた。立ち合い当たって右を差すと、すくって玉鷲の体勢を崩し、最後ははず押し。自己最高位の場所ながら、自己最速で給金を直した。「うれしい。勝ち越しのかかった相撲は緊張するけど、今日は周りが見えていた」。ファンから“おにぎり君”の愛称で親しまれる、癒やし系の笑顔を咲かせた。

力をつける環境が整っている。旧貴乃花部屋の力士らが千賀ノ浦部屋に移籍して約1年半。タイプの違う関取衆と手合わせする機会が増えた。特に貴景勝は同じ押し相撲。「場所前に大関(貴景勝)と相撲を取ることが大事。大関はストイックで頭がいいし、立ち合いの強さ、ぶれない下半身は見習いたい」と強調する。貴景勝から戦略面の助言もしばしばあり、この日の朝も「先に攻めた方がいい。無理やり(右を)入れてもいい」と声をかけられた。実際に右を差してから主導権を握る展開。大関の言葉を白星につなげた。

異例の無観客開催だが、図らずも好結果につながっている。「最初は寂しかったけど、慣れてくれば稽古場に似ている」と隆の勝。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)も「稽古場で強い。無観客でプレッシャーが薄れてるかも」と好調の要因を推察した。

1月の新年会では、師匠に口頭で「年内での三役昇進」を決意した。「同年代が先に上がって負けてられない」。素質を開花させつつある中卒たたき上げの25歳が、主役候補に躍り出てきた。【佐藤礼征】

〈隆の勝(たかのしょう)〉

◆本名 石井伸明(いしい・のぶあき)

◆あだ名 ノブ。おにぎり君。

◆生まれ 1994年(平6年)11月14日、千葉県柏市。

◆家族 両親と兄、姉2人、妹、弟の6人きょうだい、8人家族。

◆相撲歴 小3から柏市相撲スポーツ少年団で相撲を始め、小4~小6までわんぱく相撲全国大会出場。

◆角界入り 先代千賀ノ浦親方で現常盤山親方(元関脇舛田山)からの誘いを受け、中卒で入門。10年春場所で初土俵。17年九州場所で新十両、18年秋場所で新入幕。

◆しこ名 新十両を機に、現師匠の現役時代のしこ名から1字取って「舛の勝」から改名。

◆サイズ 183センチ、163キロ。

取組中に出血するも玉鷲を押し出しで破る隆の勝(撮影・清水貴仁)
妙義龍を破り、2日連続で流血しながら引き揚げる隆の勝(撮影・河田真司)

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琴奨菊が貴乃花抜いた、幕内通算702勝で単独9位

魁聖(右)を寄り切りで破った琴奨菊(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇2日目◇9日◇エディオンアリーナ大阪

琴奨菊が今場所初白星を挙げて幕内通算勝利数を702に伸ばし、元横綱貴乃花を抜いて単独9位となった。立ち合い左に動いて、右四つから巨体の魁聖を一気に寄り切った。

記念すべき1勝となったが「記録に関しては現役終わってからの話」と淡々。無観客開催ながら自身に懸賞を出してくれた企業に対し「非常にありがたいこと」と感謝した。

勝ち名乗りを受ける琴奨菊(撮影・渦原淳)

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【復刻】史上初の幕尻優勝 2000年の貴闘力も涙

貴闘力の史上初の幕尻優勝を伝える2000年3月27日付の日刊スポーツ紙面

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が結びの一番で大関貴景勝(23=千賀ノ浦)を破り、貴闘力以来20年ぶり2度目の幕尻優勝を達成した。

優勝を記念して、2000年の貴闘力の史上初の幕尻優勝を紙面記事で振り返ります。

   ◇   ◇   ◇

<大相撲春場所>◇2000年3月26日◇千秋楽◇大阪府立体育会館

東前頭14枚目貴闘力(32=二子山)が、史上初の幕じり優勝を飾った。勝てば優勝、負ければ決定戦にもつれ込む雅山(22)との大一番。土俵際まで攻め込まれながら執念で回り込み、最後は送り倒した。初土俵から103場所、入幕から58場所は過去の記録を大幅に塗り替えるスロー記録。32歳5カ月の年齢も、年6場所の1958年(昭33)以降の最高齢記録となった。殊勲賞、敢闘賞も獲得。土俵生活18年目で花を咲かせ、涙、涙の初賜杯だった。

貴闘力 13勝2敗(送り倒し 4秒6)雅山 11勝4敗

子供のように泣きじゃくった。武双山に力水をつけながら、花道を引き揚げながら、そしてインタビュールームで。貴闘力は、何度も青い手ぬぐいを両目にあてた。「泣くなんて、絶対オレはないだろうなって思ってた」。家族が待つ東の支度部屋。美絵子夫人(25)は「涙を見たのは初めてです」と声を震わせた。長男の幸男君(5)も「アイスが食べたい」と泣きじゃくっていた。

「運がよかったとしか言えない。本当に夢のようで、オレみたいのがとってええんかなみたいな」。史上初の幕じりの快進撃は、フィナーレも劇的だった。雅山の強烈な突き放しに後退した。両足が俵にかかる絶体絶命から、執念を発揮した。はねるように右へ回り込み、雅山を送り倒した。

がけっぷちに追い込まれた男の強さだった。持病の痛風、高血圧に悩まされ、気力もなえかけた。幕内58場所目で初めて幕じりまで落ちた。場所前のけいこでは幕下に負けた。引退も覚悟していた。だが、二子山親方(50=元大関貴ノ花)の言葉で消えかけた闘志に火がついた。「師匠にまだ老け込む年じゃない。今からでも遅くないぞ、と言われたのが一番励みになった」。14日目夜には、横綱貴乃花から「緊張しないで思い切りいったらいい結果が出るから、頑張ってください」と激励された。部屋の大きな支えがあって、栄冠を手にした。

「貴闘力」のシコ名は89年3月、新十両昇進時におかみさんの憲子さん(52)が付けてくれた。当初は「貴闘志」だったが、字画を調べて今のシコ名になった。いずれも「ただ暴れるだけじゃなく、道徳を持って闘って」との願いが込められた。それほどの熱血漢だった。今場所も獲得した敢闘賞は通算10回で史上1位。一時は若乃花、貴乃花以上のけいこ量を誇った角界一のファイターが、どん底から奇跡を起こした。

90年秋場所、若乃花と同時入幕だった。その若乃花が土俵に別れを告げた春の土俵に、遅咲きの花が鮮やかに咲いた。弟弟子たちの優勝に、ひそかな思いもあった。「いつかは自分もと……。幕内で優勝するのが夢でした」。初土俵から所要103場所、入幕から58場所、そして32歳5カ月の最高齢。長い苦労を裏付ける記録ずくめの初優勝には、大粒の涙が似合った。【実藤健一】

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◆同級生柔道古賀「俺も」

貴闘力の優勝は、4度目の五輪出場を狙う「平成の三四郎」の奮起を促すことにもなった。バルセロナ五輪柔道71キロ級金メダリスト古賀稔彦(32、慈雄会)は、優勝の瞬間をテレビでしっかり見届けた。2人は同い年で、古賀が東京・弦巻中、貴闘力が福岡・花畑中の3年時、全国中学柔道大会団体戦で対戦した縁がある。直接対決はなかったが、古賀にとって貴闘力は気になる存在で、角界での活躍も注目していた。

右足首のねんざに苦しむ古賀は、五輪代表最終選考会となる4月2日の全日本選抜体重別(福岡)に強行出場する。今回挑戦する81キロ級の代表の争いはライバルたちと横一線。優勝者が代表になる可能性が高い。今場所の貴闘力の相撲に力づけられた古賀は「その年齢に応じた集中力とテクニックを発揮すればやれるんだということを証明してくれた。僕も柔道界でそれが証明できるようにしたい」と決意を新たにしていた。

(2000年3月27日紙面から)

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千代の富士は旭国を/100キロ未満大関撃破3力士

インタビューを終え支度部屋に引き揚げる炎鵬(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇9日目◇20日◇東京・両国国技館

小よく大を制した。体重99キロの西前頭5枚目の炎鵬(25=宮城野)が、160キロの大関豪栄道を押し出しで破った。

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【体重100キロ未満の大関戦勝利】

75年以降のデータで100キロ未満の関取は炎鵬で14人目。大関戦勝利は炎鵬が3人目になる。

▽千代の富士 78年夏場所13日目に大関貴乃花を寄り切る。新三役で小結昇進の翌名古屋場所も5勝10敗で負け越したが2日目に貴ノ花をつり出しで、5日目には旭国を寄り切る。体重はともに96キロ。

▽舞の海 94年名古屋場所(97キロ)2日目に貴ノ花を、95年同場所(98キロ)14日目に貴ノ浪を、それぞれ切り返しで破る。

豪栄道(左)を押し出しで破る炎鵬(撮影・狩俣裕三)

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100キロ未満炎鵬の大関撃破は千代、舞の海以来

支度部屋で笑顔を見せる炎鵬(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇9日目◇20日◇東京・両国国技館

小よく大を制した。体重99キロの西前頭5枚目の炎鵬(25=宮城野)が、160キロの大関豪栄道を押し出しで破った。

1975年(昭50)以降で100キロ未満の力士が大関を撃破したのは、千代の富士、舞の海以来3人目。初大関戦で頭をフル回転して白星をもぎ取った。大関貴景勝を破った平幕の正代と徳勝龍が1敗を守った。

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自身初の結びから2番前の取り組み。168センチの小柄な体に、独特な雰囲気がのしかかってきた。余裕のある相手に対して、どこかぎこちない仕切りの炎鵬。「死ぬほど緊張してました」。一瞬で勝負が決まると、大歓声を一身に浴びた。

手の内がばれたが修正した。緊張から思わずつっかけ、つい左に飛び出てしまった1度目の立ち合い。「頭の中が真っ白になりました」。2度目の立ち合い。突進してきた相手を右にかわす。左腕を手繰って回り込むと、目の前には土俵際でつんのめる大関。その好機を逃すまいと、振り向かれる前に力いっぱい押し込んだ。「体が反応した。信じられないです。今もフワフワしています」。支度部屋では喜びよりも、不思議そうな表情を浮かべた。

17年春場所で角界入りした時、体重は95キロだった。苦手な食べ物は白米。温かい白米から出る湯気のにおいが受け付けなかった。しかし同部屋の横綱白鵬から、上位で勝つために100キロを目指すように言われて決意。焼き肉のタレやふりかけをかけてにおいをごまかし、白米をかきこんだ。加えてウエートトレーニングやプロテインなども駆使し、今も現役関取最軽量だが99キロにまで増量した。

一方で、体重を重要視し過ぎない考え方も持っている。「体重を気にし過ぎて、取り組み以外に神経を使いたくない」と、新入幕を果たした昨年夏場所以降は場所中の体重計測をやめた。「それよりも取り組みに集中したい。体が小さい分、考えることも多い」と持論を展開。初大関戦となったこの日も、183センチの豪栄道の体に圧倒されながらも「次どうするかを必死に考えた」と頭をフル回転。2度目の仕切りまでに作戦を練り、65年以降で60人目となる大関初挑戦初白星を獲得した。

8日目の遠藤戦では聞こえなかった大歓声も「体の芯から震え上がるものがあった」と味方につけた。10日目の相手は、2日連続の大関戦となる貴景勝。「頭を使いながら必死にやるだけ」。小兵の背中が、一段と大きく見えた。【佐々木隆史】

◆体重100キロ未満の大関戦勝利

75年以降のデータで100キロ未満の関取は炎鵬で14人目。大関戦勝利は炎鵬が3人目になる。

▽千代の富士 78年夏場所13日目に大関貴乃花を寄り切る。新三役で小結昇進の翌名古屋場所も5勝10敗で負け越したが2日目に貴ノ花をつり出しで、5日目には旭国を寄り切る。体重はともに96キロ。

▽舞の海 94年名古屋場所(97キロ)2日目に貴ノ花を、95年同場所(98キロ)14日目に貴ノ浪を、それぞれ切り返しで破る。

◆炎鵬晃(えんほう・あきら)本名・中村友哉。1994年(平6)10月18日、金沢市生まれ。兄文哉さんの影響で5歳から相撲を始める。金沢学院東高で3年時に高校総体8強。金沢学院大では2、3年時に世界選手権軽量級で優勝。初土俵は17年春場所。横綱白鵬に憧れ、白鵬の内弟子として入門。白鵬から「ひねり王子」の愛称をつけられる。序ノ口、序二段、三段目と3場所連続で各段優勝を果たし、18年春場所新十両、19年夏場所新入幕。家族は両親、兄。168センチ、99キロ。血液型AB。得意は左四つ、下手投げ。通算117勝76敗。

インタビューを終え支度部屋に引き揚げる炎鵬(撮影・河田真司)
豪栄道(左)を押し出しで破る炎鵬(撮影・狩俣裕三)

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荒れる初場所、横綱の同日金星配給22年6カ月ぶり

白鵬は2敗目を喫し支度部屋で悔しそうな表情を見せる(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇3日目◇14日◇東京・両国国技館

東前頭2枚目北勝富士(27=八角)が横綱、大関総なめに王手をかけた。横綱鶴竜から17年名古屋場所以来の白星。初日、2日目の大関連破に続いて3連勝とした。白鵬も敗れて両横綱がともに2敗目を喫した。

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両横綱がそろって金星配給した。白鵬は立ち合いで妙義龍を押し込めず、引かれてあっさりと両手を土俵上に着けた。「足が流れてるね」と反省。2日連続の金星配給は18年初場所以来2年ぶり2度目。その時は途中休場したが、今回は「明日は明日にならないとね」と出場について明言はしなかった。

2場所連続休場明けの鶴竜も、北勝富士の圧力に屈して早くも2敗目。「やれることをやるだけ。負けても自分のいい感覚を思い出していく」と声を振り絞った。場所前には皆勤を強く意識していただけに、手痛い黒星となった。2横綱時代で同日にそろって金星を配給したのは、貴乃花、曙時代の97年名古屋場所以来、約22年6カ月ぶりと、荒れる初場所となった。

支度部屋で舌を出す白鵬(撮影・鈴木正人)
白鵬(右)は突き落としで妙義龍に敗れ2敗目を喫した。手前はこの日2敗とし引き揚げる鶴竜(撮影・小沢裕)
北勝富士に敗れ、支度部屋で記者の質問に答える鶴竜(撮影・河田真司)

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暴力問題で理事辞任の伊勢ケ浜親方が役員選出馬意向

高島親方(左)、伊勢ケ浜親方

大相撲の伊勢ケ浜一門は19日、都内で一門会を開き、来年1月の初場所後に行われる、2年に1度の役員候補選挙に向けて話し合った。

所属する11人の親方衆のうち、9人が出席。出席者のうち、現職で18年から理事を務める高島親方(62=元関脇高望山)と、弟子の元横綱日馬富士の暴力問題で17年に理事を辞任した元理事の伊勢ケ浜親方(59=元横綱旭富士)が立候補の意向を示したと、複数の親方が明かした。

約100人いる親方衆のうち、理事は10人とあって、11人以上が立候補して接戦となった場合、当選には7票前後は必要になる。だが伊勢ケ浜一門内の票だけでは1人しか擁立できない情勢だ。出席したある親方は「欠席した方は、高島親方を推す意向のようです。初場所中などに話し合われると思います」と話し、この日の出席者は伊勢ケ浜親方を支持する声が多かったと明かした。立候補の意向を示した2人による話し合いか、再び一門会を開いて話し合い、候補者を一本化するか、2人とも立候補するかを決める見通しだという。

伊勢ケ浜一門から2人が立候補すると、他の4つの一門が、前回と同数の立候補者を立てたとしても(旧貴乃花一門と無所属の親方衆の大部分が移った二所ノ関一門は3人と想定)11人となり、選挙が実施されることになる。

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朝乃山が年間最多勝確定「来場所につなげたい」

琴勇輝(手前)を押し出しで破る朝乃山(撮影・栗木一考)

<大相撲九州場所>◇13日目◇21日◇福岡国際センター

小結朝乃山(25=高砂)が、新三役で2ケタ白星を挙げ、年間最多勝を確定させた。西前頭4枚目の琴勇輝を押し出し。前頭正代とともに3敗を守り、1敗白鵬のこの日の優勝を阻止した。新三役での2ケタ白星は15年春場所の照ノ富士以来、4年8カ月ぶり。大鵬、貴花田(貴乃花)らと肩を並べた。さらに最高位が小結以下の力士では初の年間最多勝。来場所の大関とりの可能性も出てきた。

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まわしを取れなくても強かった。朝乃山が突きの応酬でも、押し相撲の琴勇輝を圧倒。相手の土俵に立っても慌てず、圧力のある相手に逆に圧力をかけ続けて押し出した。「まわしは、なかなか取れないと思い、立ち遅れたけど自分から攻められた。落ち着いて取れた」。風格さえ漂わせた。

前日12日目は関脇御嶽海に完敗した。この日の朝稽古は、今場所初めて休み、御嶽海戦の残像を取り除くため、心身のリフレッシュに努めた。「昨日(御嶽海戦)は、まともにまわしを取りにいきすぎたのがダメだった」。まわしよりも、この日の琴勇輝とは13センチ差もある188センチの体格を生かして圧力をかける。結果としてリーチ差も生きる。右四つの絶対的な型を確立させつつ、柔軟に対応したことが成長の証だった。

この日で白星を2ケタに到達させた。新三役の2ケタは照ノ富士以来、4年8カ月ぶり。1場所15日制が定着した49年夏場所以降、70年間で21人目。大鵬、貴花田、白鵬らに続いた。またこの日、今年54勝目で年間最多勝も確定。残り2日連敗なら小結阿炎と並ぶ可能性はあるが、抜かれはしない。最高位が小結以下の年間最多勝は、年6場所制となった58年以降初。関脇以下としても60年の大鵬、92年の貴花田の2人しかいない。「負け越してもあきらめず7勝8敗に盛り返した」と、要因を分析した。

取組後、高島審判部長代理(元関脇高望山)は「あと2つ勝ったら面白くなるよね」と話した。断定口調ではないが、今場所12勝なら、来年1月の初場所後の大関昇進の可能性があることをにおわせた。朝乃山は優勝については自力が消滅し「考えていない」。だが「来場所のためにもつなげていきたい」と今場所12勝は意欲十分。三役での2ケタ白星で、少なくとも大関とりの起点となったのは間違いない。【高田文太】

朝乃山(左)は押し出しで琴勇輝を下す(撮影・小沢裕)

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