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協会は貴ノ富士に温情の「勧告相当」自主的引退促す

理事会に招集された貴ノ富士(撮影・中島郁夫)

日本相撲協会は26日、東京・両国国技館で理事会を開き、付け人の序二段力士に暴力を振るい、秋場所を謹慎休場した西十両5枚目の貴ノ富士(22=千賀ノ浦)への処分を議論した。協会のコンプライアンス委員会は「引退勧告相当」との答申を出したが、協会としての懲戒処分は出さず、自主的な引退を促した。芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「まだ(貴ノ富士)が若いので。理事会として1つの温情を出した」と説明した。

自主引退に同意しない場合は、引退勧告処分にも応じない可能性が高いと想定し、どう対処するのが妥当か、あらためてコンプライアンス委員会に追加答申を委嘱し、追加答申を受けて臨時理事会で処分を検討する。

暴力は8月31日に起きたもので、貴ノ富士は、「貴公俊」のしこ名だった昨年3月の春場所中に次いで2度目。すでに貴ノ富士は24日には同協会に寛大な処分を求める要望書を提出。25日には適切な措置を求めてスポーツ庁に上申書を提出している。

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貴ノ富士の上申書 スポーツ庁は静観する立場示す

貴ノ富士

付け人の序二段力士に暴力を振るい、大相撲秋場所を謹慎休場した、西十両5枚目の貴ノ富士(22=千賀ノ浦)が25日、適切な措置を求めてスポーツ庁に上申書を提出した。暴力は8月31日に起きたもので「貴公俊」のしこ名だった、昨年3月の春場所中に次いで2度目。日本相撲協会のコンプライアンス委員会や師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)から引退を勧告されているとし、24日には同協会に寛大な処分を求める要望書を提出していた。処分が決まる26日の理事会を前に慌ただしくなってきた。

貴ノ富士の弁護士から上申書を受け取ったスポーツ庁の担当者は「国がどうこうするものではない」と話し、静観する立場を示した。各スポーツ団体内における決定事項について、同庁が直接的に内容の変更を指示する権限はない。一方で、同庁が6月に策定したスポーツ団体ガバナンス(組織統治)コードでは選手、指導者間などで紛争が起きた場合、競技団体側が処分対象者に対し、スポーツ仲裁機構を利用できる旨を伝えるよう求めている。

貴ノ富士の暴行と謹慎経緯

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引退勧告の貴ノ富士「適切措置」スポーツ庁に上申書

貴ノ富士

付け人の序二段力士に暴力を振るい、大相撲秋場所を謹慎休場した、西十両5枚目の貴ノ富士(22=千賀ノ浦)が25日、適切な措置を求めてスポーツ庁に上申書を提出した。暴力は8月31日に起きたもので「貴公俊」のしこ名だった、昨年3月の春場所中に次いで2度目。日本相撲協会のコンプライアンス委員会や師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)から引退を勧告されているとし、24日には同協会に寛大な処分を求める要望書を提出していた。処分が決まる26日の理事会を前に慌ただしくなってきた。

   ◇   ◇   ◇

先代師匠の元貴乃花親方(元横綱)が協会退職を表明してから、この日がちょうど1年だった。今度は当時の弟子の貴ノ富士が、スポーツ庁に上申書を提出する、極めて珍しい行動に出た。上申書によると貴ノ富士は、付け人がしっかりとあいさつできなかったことなどを理由に、頭をげんこつでたたいたという。付け人への暴力は2度目。昨年10月に「暴力決別宣言」を発表して間もない協会からの厳罰は、避けられない情勢だった。処分を決める理事会を翌日に控え、監督官庁ではないが、弁護士を通じてスポーツ庁に訴えた。

上申書には「協会のコンプライアンス委員会及び現師匠の千賀ノ浦親方から、引退を勧告されている」と明記されている。その上で上申書では「適切な措置」を、24日に協会に提出したことが判明した要望書には「寛大な処分」を求めた。貴ノ富士の代理人弁護士は「処分を受けるのは覚悟しているが、少なくとも引退勧告や懲戒解雇は行き過ぎ」と述べた。厳しい処分が出た場合、27日にも弁護士同席で貴ノ富士に会見準備があることも判明した。

一方の協会担当者は、要望書が届いたことは認めたが「処分を決めるのは、あくまでも理事会。現時点で引退勧告していることはない」と、スポーツ庁への上申書の一部内容には否定した。協会の規定では、引退勧告を受け入れなかった場合、懲戒解雇となる。この日、貴ノ富士の行動が判明後に協会を訪れた千賀ノ浦親方は「今日は話せない。また明日」と、訪問理由を含めて何も話さなかった。

26日の理事会では、貴ノ富士が直接、処分を通達される見込みだ。処分を受け入れるか、突き返すか、それとも保留するのか-。処分を通達された場で、即座に回答を求められるかも未定。ただし、ある関係者は「貴ノ富士は(昨年春場所の)最初の暴行の際に『2度と暴力は振るわない』といった文書を一筆交わしている」と明かす。仮に法廷闘争となっても、処分を覆せるかどうかは、不透明な状態と言わざるを得ない。

○…貴ノ富士の弁護士から上申書を受け取ったスポーツ庁の担当者は「国がどうこうするものではない」と話し、静観する立場を示した。各スポーツ団体内における決定事項について、同庁が直接的に内容の変更を指示する権限はない。一方で、同庁が6月に策定したスポーツ団体ガバナンス(組織統治)コードでは選手、指導者間などで紛争が起きた場合、競技団体側が処分対象者に対し、スポーツ仲裁機構を利用できる旨を伝えるよう求めている。

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暴力“再犯”貴ノ富士に協会は怒り 解雇の可能性も

貴ノ富士(2019年5月26日撮影)

日本相撲協会は3日、西十両5枚目の貴ノ富士(22=千賀ノ浦)が付け人の序二段力士に暴力を振るい、秋場所(8日初日、東京・両国国技館)を休場すると発表した。

貴ノ富士は、貴公俊(たかよしとし)のしこ名で新十両として臨んだ昨年春場所に続く2度目の付け人への暴力。今後はコンプライアンス委員会が詳細を調査し、処分を決定するが、繰り返しの暴力とあって、解雇など厳罰の可能性も出てきた。

   ◇   ◇   ◇

貴ノ富士が再び暴力を振るったのは、8月31日の稽古総見を終え、部屋に戻った後だった。暴力を受けた付け人の序二段力士が、1日までは部屋で過ごしていたが、2日朝になって不在となっていた。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)が連絡を取って事情を聴いたところ、貴ノ富士の暴力が判明。2日深夜に把握した師匠が、この日午後、都内の相撲協会を訪れ、鏡山コンプライアンス部長(元関脇多賀竜)に報告した。

昨年春場所8日目にも、付け人だった当時序二段の年上力士の顔面を何度も殴る暴力問題を起こした。同場所は翌9日目から謹慎休場。続く夏場所は出場停止となった。その後、兄弟子だった元前頭貴ノ岩が、付け人を殴る暴力で引退する姿も間近で接した。今夏の巡業中には「今はきつい時間が幸せ」と、厳しい稽古の毎日も、本場所に出場できる喜びを語っていた。それでも起こした暴力に、千賀ノ浦親方は「こういうことをしてしまって申し訳ない」とコメント。自主的に秋場所の謹慎休場を申し出て、協会から了承された。

芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「昨年から何度も研修を重ねている中、同じ関取が2度も暴力を振るったのは大変遺憾。重く受け止めないといけない。八角理事長(元横綱北勝海)も『大変遺憾』と話していた」と、怒気に満ちた口調で話した。聞き取りなどによるコンプライアンス委の調査終了まで、暴力の詳細は明かされないが「外傷はない」(芝田山部長)という。被害者力士側が警察に被害届を提出する考えはなく、部屋に戻る予定だ。

協会の処分も、コンプライアンス委の調査を受けて決める。協会は昨年10月に「暴力決別宣言」を発表。暴力を振るった者に厳罰を科す方針を示している。芝田山部長は「同じことを繰り返すなんて、とんでもない話」ときっぱり。複数場所の出場停止以上の処分は確実。調査結果にもよるが「悪質」と判断されれば、解雇の可能性も出てくる。

貴ノ富士の暴行が発覚した千賀ノ浦部屋(写真は一部加工)(撮影・加藤裕一)

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昨春も暴行…貴乃花親方が年寄降格/貴ノ富士メモ

貴ノ富士

日本相撲協会は3日、西十両5枚目の貴ノ富士(22=千賀ノ浦)が、付け人の序二段力士に暴力を振るったと発表した。

師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)がこの日午後、都内の相撲協会を訪れ、鏡山コンプライアンス部長(元関脇多賀竜)に報告。秋場所(8日初日、東京・両国国技館)を謹慎休場するという申し出を了承された。

貴ノ富士は、貴公俊のしこ名だった改名前の昨年3月の春場所8日目にも、別の付け人を何度も殴る暴行。今後、コンプライアンス委員会で処分が決まるが、繰り返しの暴力に、解雇など重い処分が下される可能性もある。

◆昨年春場所の貴ノ富士の暴力 新十両の8日目、敗れて3勝5敗となった取組後、支度部屋で付け人だった序二段の年上力士の顔面を、何度も殴る暴力を振るった。慣れない十両土俵で、誤った出番時間を伝えられ、慌てて土俵下の控えに座り、審判長から注意されていた。関係者が運転する車で帰りかけていたが、先発事務所に呼び戻され、暴行を認めた。翌9日目からは謹慎して休場。場所後に翌夏場所の出場停止も決まった。当時のしこ名は貴公俊。当時の師匠の貴乃花親方は、親方衆の階級で最も低い年寄に降格した。

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貴ノ富士また付け人に暴力!秋場所休場 協会調査へ

日本相撲協会は3日、西十両5枚目の貴ノ富士(22=千賀ノ浦)が、付け人の序二段力士に暴力を振るったと発表した。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)がこの日午後、都内の相撲協会を訪れ、鏡山コンプライアンス部長(元関脇多賀竜)に報告。秋場所(8日初日、東京・両国国技館)を謹慎休場するという申し出を了承された。

貴ノ富士は、貴公俊のしこ名だった改名前の昨年3月の春場所8日目にも、別の付け人を何度も殴る暴行。今後、コンプライアンス委員会で処分が決まるが、繰り返しの暴力に、解雇など重い処分が下される可能性もある。

発表した芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「残念というよりは遺憾。協会は暴力との決別宣言をしている以上、繰り返すことが重い。何のために研修などで教育しているのか分かっていない。八角理事長(元横綱北勝海)も『大変遺憾』と話していた」と、語気を強めて話した。聞き取りなどによるコンプライアンス委の調査が終わるまで、暴力の詳細は明かされないが「外傷はない」(芝田山部長)という。病院にも行っておらず、被害者力士や家族が、警察に被害届を提出する予定はないという。

暴力は8月31日の稽古総見後、部屋に戻ってから起きた。被害者力士は1日まで部屋で過ごしたが、2日朝になって不在となったことが分かった。千賀ノ浦親方が連絡を取って事情を聴いたところ、貴ノ富士の暴力が判明。2日深夜に詳細を把握したため、この日の報告となった。

千賀ノ浦親方は「こういうことをしてしまって申し訳ない」とコメント。芝田山部長は「貴ノ富士は2回目。重く受け止めないといけない」と話した。今後、コンプライアンス委が詳細を調査する。

◆貴ノ富士三造(たかのふじ・さんぞう)本名上山剛。1997年(平9)5月13日、栃木・小山市生まれ。13年春場所初土俵。昨年春場所新十両も、付け人への暴力で途中休場し、翌夏場所も謹慎で全休。今年は春場所で再十両、陥落したが翌夏場所は幕下で優勝し、3度目の十両昇進となった名古屋場所は11勝4敗の好成績。秋場所は自己最高位だった。中学時代はバスケットボールで、双子の弟の十両貴源治とともに、日本代表八村塁からライバル視されていた。家族は両親と弟。190センチ、157キロ。

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友風、照強、大翔鵬が新入幕 豊ノ島と石浦が再入幕

友風(2019年2月15日撮影)

日本相撲協会は25日、大相撲春場所(3月10日初日、エディオンアリーナ大阪)の新番付を発表した。

新入幕は3人が名を連ねた。3人以上の新入幕が出たのは13年夏場所(この時は4人)以来となる。友風(24=尾車)は、尾車部屋としては現師匠(元大関琴風)の部屋創設後で先場所の矢後以来、7人目の幕内力士となった。神奈川県からは朝乃翔以来、戦後9人目。学生相撲出身では、矢後以来94人目、日体大からは16年九州場所の北勝富士以来7人目。初土俵から所要11場所はスピード4位タイ(58年以降初土俵で幕下付け出しは除く。1位は常幸龍=木瀬=の9場所)の記録となった。

照強(24=伊勢ケ浜)も幕内力士の座を射止めた。伊勢ケ浜部屋からは14年春場所の照ノ富士以来で、兵庫県からは17年初場所の貴景勝以来、戦後25人目の新入幕を果たした。モンゴル出身の大翔鵬(24=追手風)は現師匠(元前頭大翔山)の部屋創設後では、大奄美(西十両3枚目)以来8人目で、外国出身では16年秋場所の千代翔馬以来48人目の幕内力士で、モンゴル出身では25人目となる。

再入幕は2人。豊ノ島(35=時津風)は、ケガをして全休した16年名古屋場所以来、16場所ぶりの幕内復帰。関脇経験者が幕下に陥落した後、幕内に復帰するのは80年初場所の琴風(元大関=現尾車親方)、88年九州場所の鳳凰に続き、昭和以降3人目の復活劇となった。石浦(29=宮城野)は昨年秋場所以来、3場所ぶりに幕内に戻った。

十両昇進は4人で、晴れて関取の座を射止めた新十両は、若元春(25=荒汐)と霧馬山(22=陸奥)の2人だ。若元春は、現師匠(元小結大豊)の部屋創設後では蒼国来、若隆景以来3人目の関取。福島県からは若隆景以来、戦後12人目。その若隆景は弟で、昨年春場所の貴公俊(現貴ノ富士)・貴源治以来、史上20組目の兄弟関取となった。モンゴル出身の霧馬山は、陸奥部屋からは08年初場所の霧の若以来の関取誕生。昨年初場所の水戸龍(錦戸)以来、外国出身では67人目、モンゴル出身では34人目の新十両となった。再十両は、1年ぶり十両復帰の貴ノ富士(21=千賀ノ浦)と8場所ぶり復帰の大成道(26=木瀬)の2人。

春場所は、3月8日の取組編成会議で初日、2日目の対戦相手が決定。10日の初日を迎える。

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貴公俊あらため貴ノ富士、1年ぶりの十両返り咲き

1年ぶりの再十両を決めた貴ノ富士

日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で大相撲春場所(3月10日初日、エディオンアリーナ大阪)の番付編成会議を開き霧馬山(22=陸奥)と若元春(25=荒汐)の新十両昇進を決めた。再十両は大成道(26=木瀬)、貴ノ富士(21=千賀ノ浦)となった。

若元春は弟の十両若隆景に続く関取昇進となり、史上20組目の兄弟関取となった。貴公俊のしこ名を改め初場所に臨んだ貴ノ富士は、東幕下3枚目で5勝を挙げて再十両を決めた。付け人への暴行による出場停止を経て、新十両だった昨年春場所以来1年ぶりの返り咲き。弟貴源治(21)との双子関取が復活した。

引退力士も発表され、年寄荒磯を襲名した元稀勢の里、年寄押尾川を襲名した元豪風、昨年12月に付け人に暴力を振るった貴ノ岩や、現役力士で2番目の高齢力士だった伊勢ノ花(44=伊勢ケ浜)ら21人のしこ名が番付から消える。

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若元春が新十両で史上20組目の兄弟関取「謙虚に」

新十両会見で部屋の看板猫モルを抱きかかえる若元春(撮影・佐藤礼征)

史上20組目の兄弟関取誕生だ。大相撲春場所(3月10日初日、エディオンアリーナ大阪)での新十両昇進が決まった若元春(25=荒汐)が30日、都内の部屋で会見を行った。

荒汐部屋「大波3兄弟」の次男で、三男の十両若隆景(24)に次ぐ関取昇進。兄弟関取は18年春場所の貴源治と貴公俊(現貴ノ富士)以来、史上20組となる。3兄弟の長男は幕下若隆元、父は元幕下若信夫、祖父は元小結若葉山という相撲一家。11年九州場所の初土俵から約7年かけて十両昇進を決めた若元春は「長いこと待たせてしまったので、待たせたぶん活躍したい」と、覚悟を語った。

待望の新十両だ。師匠の荒汐親方(元小結大豊)は「短くても3年は遅かった。稽古に身が入っていなかったから」と辛口。入門2年目の13年名古屋場所で幕下優勝した。そこから三段目陥落も味わうなど足踏み。若元春も「すぐに(十両に)上がれるだろうとテングになっていた」と明かした。意識が変わったのは昨年末。兄弟子の十両蒼国来(35)に「もっと自分のことを考えろ」と説教を受け、稽古に取り組む姿勢が変わった。「もともと力はあったからね」と蒼国来。今場所は幕下上位ながら破竹の勢いで勝ち進み、7戦全勝で2度目の幕下優勝で文句なしの新十両を勝ち取った。

福島市出身。高1での被災時は、長男が入門していた荒汐部屋に次男と約1カ月間避難した経験もある。師匠は「あのときは素直だったんだけど…これからは素直な性格になってほしいね」とブラックジョーク。若元春は「謙虚に頑張っていきたいです」と話した。

新十両会見で師匠の荒汐親方(右)と握手をする若元春(撮影・佐藤礼征)

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貴ノ富士5勝「やるしかない」春場所の再十両確実に

<大相撲初場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

元十両の東幕下3枚目貴ノ富士(21=千賀ノ浦)が7番相撲で東幕下9枚目美ノ海を破り、5勝目を挙げ、春場所での再十両を確実にした。

まわしを取りたい自分と、与えたくない相手との長い相撲の末、かいなひねりで勝負を決めた。「動きが止まった時に“たとえ十両に上がれなくても、この取組だけは負けたくない”と思いました」と話した。

昨年初場所で新十両を決めながら、同春場所中に支度部屋で付け人への暴行事件を起こし、謹慎処分を受け、幕下に落ちた。同九州場所前に部屋も移り、今場所はしこ名を「貴公俊」から「貴ノ富士」に替え、心機一転で臨んだ。

この日の支度部屋では「この感じは(新十両を決めた昨年初場所以来)1年ぶりだな」と思い、集中しきれなかったというが、土俵に上がると「やるしかない」と切り替えたという。

「この1年は精神的にも、体の作り方を覚える面でもいろいろ反省もあったし、勉強にもなりました」という。再び関取となる春場所へ。「付け人のことも思いやって、やりやすいようにやってあげたい。相撲は余計なことを考えず、前に出て、粘り強く。お客さんに“強くなった”と思われる相撲をとりたいです」と話した。

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貴公俊改め貴ノ富士が白星発進、心機一転で再十両へ

貴ノ富士(左)は寄り倒しで竜虎を下す(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇2日目◇14日◇東京・両国国技館

東幕下3枚目貴ノ富士(21=千賀ノ浦)が西幕下2枚目竜虎を破り、白星スタートを切った。

今場所、しこ名を「貴公俊剛」から「貴ノ富士三造」に改名。前師匠の元貴乃花親方(元横綱)が「名誉ある名前で伝統をつないでほしい」との思いを込め、解説者の北の富士氏(元横綱)らから命名した。三造は後援者の名前に由来するという。

貴ノ富士は新たなしこ名で呼ばれたことについて「支度部屋が暑くてポーッとのぼせていて…覚えてないんです」と苦笑い。「勝ちにこだわっても仕方ないので、とにかく前に出ることだけ考えていました」と土俵を振り返った。

新十両で迎えた昨年春場所中、付け人に暴行をはたらき謹慎処分を受けた。同九州場所を前に部屋も移り、まさに心機一転で再十両を目指す。「これからは切り替えて、新しい“貴ノ富士”という力士として頑張ります」と笑顔で話していた。

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暴行の貴公俊「貴ノ富士」に改名「再スタートを」

貴公俊

大相撲の幕下貴公俊(21=千賀ノ浦)が25日、この日発表された初場所の番付発表に合わせて、しこ名を「貴ノ富士」に改名することを発表した。

前師匠の元貴乃花親方(元横綱)が命名。解説者の北の富士勝昭氏(元横綱)らから「名誉ある名前で伝統をつないでほしい」という意味を込められた。

「相撲人生を1回リセットしようと思った」。新十両として迎えた3月の春場所中、付け人に暴行をはたらき謹慎処分を受けた。「前のしこ名で良いことも悪いこともあった。再スタートを切りたい」と、心機一転で土俵に立つ。

来年1月の初場所は東幕下3枚目として迎え、十両復帰も近い。「やるからには全部勝ちたい。体づくりをして、しっかり調整して場所を迎えたい」と意気込んだ。

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降下、改名、引退などの力士ら/初場所新番付

御嶽海

日本相撲協会は25日、来年1月の大相撲初場所(13日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。降下、改名、引退などの力士、年寄は以下の通り。

【降下】

<関脇から降下>

御嶽海(25=出羽海)東関脇→西小結

逸ノ城(25=湊)西関脇→西前頭筆頭

<三役から平幕>

魁聖(32=友綱)西小結→東前頭8枚目

<幕内から十両>

隆の勝(24=千賀ノ浦)西前頭13枚目→西十両2枚目

千代丸(27=九重)西前頭16枚目→西十両6枚目

荒鷲(32=峰崎)東前頭16枚目→東十両10枚目

<十両から幕下>

極芯道(22=錦戸)西十両13枚目→東幕下4枚目

千代ノ皇(27=九重)西十両9枚目→東幕下5枚目

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

<幕下>

貴公俊→貴ノ富士(たかのふじ=千賀ノ浦)

碧の正→小城ノ正(おぎのしょう=出羽海)

<序二段>

光宗→土佐栄山(とさえいざん=阿武松)

今野→佐田剛(さだつよし=境川)

中西→阿蘇錦(あそにしき=境川)

迅風→綾風(あやかぜ=尾車)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

貴公俊剛→貴ノ富士三造(たかのふじ・さんぞう)

【改名<3>】(読み方の変更)

小力龍太郎(こぢから・りゅうたろう→こちから・りゅうたろう=田子ノ浦)

【出身地変更】

小城ノ正(岡山県備前市→大阪府豊中市=出羽海)

井上(熊本県大津町→熊本市東区=木瀬)

【引退年寄襲名】

里山→佐ノ山

【引退】

神嶽、桜児竜、雲仙岳、中谷、隆ノ竜、武拳

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横綱の暴力は即引退勧告、相撲協会“日馬基準”令

会見を開く八角理事長(撮影・鈴木正人)

元前頭貴ノ岩(28)が起こした暴力問題を受けて、日本相撲協会は19日、東京・両国国技館で理事会を開き、暴力禁止規定や力士の暴力に対する処分基準を決めた。横綱が暴力を振るった場合は「引退勧告以上」とするなど、関取衆、若い衆と番付に応じた処分基準を発表した。またコンプライアンス委員会の発足を決議し、全関取衆が対象の研修会も実施。暴力根絶への本気度をうかがわせた。

      ◇       ◇

横綱が暴力を振るったら引退-。引退勧告に相当すると判断された昨年の元日馬富士、さらには10年の元朝青龍と、最近、相撲界を去った2人の元横綱の事例と照らし合わせ、相撲協会が処分基準を発表した。さらに親方衆について、八角理事長(元横綱北勝海)は「当然、現役よりも厳しくしなくてはならない」と、横綱への「引退勧告以上」という処分と同等以上に相当との考えを明かした。

現役力士は十両以上の関取衆、幕下以下の若い衆という番付などに応じた処分を科す。関取衆は、今年3月の春場所中、付け人に暴行を働いた貴公俊(当時十両)の事例と照合し、出場停止1場所が基準。若い衆でも今年、出場停止1場所の事例があったが、暴力が3カ月余り続いた点、暴力により被害者が引退した点などを加味されたものだ。おおむね番付が上がるにつれて、処分は重くなる。

相撲界と暴力が問題視される発端となった、昨年10月の元日馬富士による暴行事件では被害者、今月の冬巡業では付け人を暴行して加害者となった、元貴ノ岩は複数場所の出場停止相当であったとの見解も示された。すでに引退しているため、鏡山危機管理部長(元関脇多賀竜)は「協会としては処分しない」と明言。だが、今後の指標となる問題だけに同部長は「貴ノ岩の場合は、前回、いろいろなことがあった当事者なので、厳しい処分、出場停止にしても場所数が加算されるのでは」と語っていた。

この日の理事会では、処分基準の前提となる「暴力禁止規定」が制定された。稽古では厳しさが求められるだけに、暴力と指導の境界線について芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「線引きは難しい」という。だが道具を用いた暴力や「正常な稽古、指導の範囲を明らかに逸脱したしごき、制裁、その他暴力」などを禁止すると定めた。八角理事長は「相撲協会から暴力をなくしていきたい」と力説。コンプライアンス委員会の発足も決議し、暴力があった際には通報できる体制の強化にも努めている。【高田文太】

力士の暴力に対する処分基準と懲戒処分の中身

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「お互いに感謝を」八角理事長ら講師で付け人研修会

理事会に向かう八角理事長(撮影・鈴木正人)

日本相撲協会は19日午後1時から、東京・両国国技館内で関取衆を対象にした「付け人に関する特別研修会」を開いた。

今月上旬に幕内力士だった貴ノ岩(当時千賀ノ浦部屋所属)が付け人に対し、暴行した問題が発覚。元貴ノ岩は責任を取って引退した。今年3月には、当時十両だった貴公俊(当時貴乃花部屋所属)がやはり付け人を殴打。来年2月に「研修ウイーク」として暴力根絶の研修会を予定していたが、それを前倒しするかたちで開催された。

この日の研修は八角理事長(元横綱北勝海)と春日野巡業部長(元関脇栃乃和歌)が講師役としてマイクを持ち、付け人への接し方や、付け人は部屋の師匠から借りているという認識の徹底などを説いたという。

約15分の研修会終了後、力士会会長の横綱鶴竜(33=井筒)が取材対応。「関取衆も付け人も、お互いに感謝の気持ちを持って、暴力は絶対にふるってはいけないということ。関取衆みんなが胸に入れて常日頃からしっかり認識しないといけない」と説明。何度も強調するように「(付け人が)忘れ物や失敗があっても、今日言われたことを思い出して、暴力をふるってはいけない。一生懸命にやっている力士にも迷惑をかけることだし、関取衆の1人1人が自覚をもつことが大事。いくら言われても聞き入れなければ暴力は起こる。忘れないでしっかりやることが大事」と熱っぽく話した。

鶴竜によると、11月の九州場所前の力士会でも、尾車事業部長(元大関琴風)が講師役となり、暴力根絶を訴えたという。「その矢先の今回(の貴ノ岩)の問題。せっかく盛り上がっているのに残念」と力士会会長はとトーンを落としていた。

理事会に向かう春日野親方(撮影・鈴木正人)
関取研修会を終え引き揚げる鶴竜(撮影・鈴木正人)

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説得のつもりが貴乃花親方には圧力に/取材ノート

9月13日、大相撲秋場所5日目、審議を終え引き揚げる阿武松親方(左)と貴乃花親方(右)

<取材ノートから7 貴乃花親方が退職>

貴乃花親方(当時、46=元横綱)は孤立していた。日本相撲協会を退職する意向を発表した、9月25日の会見のわずか2日前まで行われていた秋場所。東京・両国国技館内にある審判部室で、貴乃花親方は決まって、片隅に陣取っていた。現役時代の番付では、審判部で唯一の横綱。土俵の充実を担う同部にあって、最も発言力があってもおかしくない立場のはずが、付け人の幕下貴健斗以外、ほとんど誰とも話さなかった。

親方衆の階級で最も低い年寄に降格し、かつては部長として在籍した審判部に戻って3場所目。弟子の貴公俊が付け人に暴力を振るった監督責任から降格し、自らを「一兵卒」と呼んで再出発を誓っていたが、審判部室では周囲となじめずにいた。元々、口数も多くないが、複数の審判部の親方によると、目を閉じて座り、突然「ハッ」などと叫ぶ姿も目撃されている。

貴乃花親方とちょうど対角線の位置には“同志”で部長の阿武松親方(元関脇益荒雄)が陣取っていた。両者の間には、貴乃花親方と反りが合わない親方、かつては親しい関係だった親方…。さまざまな親方がいた。それぞれが、それぞれの様子をうかがっていた。土俵の裏は、まわしだけで体をぶつけ合う単純明快な競技とは対照的だった。

そんな中、阿武松親方は秋場所中に、貴乃花親方と審判部室の外で話し合いの場を持った。7月の名古屋場所後の理事会での、全ての親方は5つある一門のいずれかに所属しなければならないという決定事項を受けてのもの。消滅した旧貴乃花一門の親方衆らは、すでに出羽海、二所ノ関の両一門への加入が内定していた。阿武松親方は、一緒に二所ノ関一門に戻ることを勧めた。だが決裂。貴乃花親方は唯一、所属一門が決まらないまま、回答期限とされた秋場所後を迎えた。

旧貴乃花一門を支え続けた阿武松親方は「一緒に仕事をした人間として、心から説得した」と明かした。だが貴乃花親方は「ある役員から圧力をかけられた」と、阿武松親方との話し合いをほのめかすように語った。一方は説得と思っていても、もう一方は圧力と受け取ったのかもしれない。

貴乃花親方の退職会見後、阿武松親方は「残念でならない」と唇をかみしめた。秋場所中、15日間も一緒にいながら、部屋の両端にいた両者の間には、大きな山とも溝ともいえる障害があった。直線距離はわずか十数メートル。同じ夢を見て立ち上がった両者の距離は、近くて遠かった。【高田文太】

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元貴乃花親方怒り激白「言語道断」弟子の裏切り無念

帰京した元貴乃花親方の花田光司氏(撮影・河野匠)

大相撲の前頭貴ノ岩(28=千賀ノ浦)が、付け人で三段目力士の貴大将(23)に暴力を振るった問題で、入門から今年9月の秋場所まで指導した元貴乃花親方の花田光司氏(46=元横綱)は「言語道断」と、かつての弟子を一刀両断した。問題発覚から一夜明けた6日、都内で日刊スポーツの取材に答えた。また11月の九州場所で初優勝した小結貴景勝(22=千賀ノ浦)ら、旧貴乃花部屋の力士からも「残念」などの声が相次いだ。

   ◇   ◇   ◇

貴ノ岩の育ての親は口調こそ落ち着いていたが、それとは対照的な言葉を発した。元貴乃花親方の花田氏は、新幹線で都内に戻ったところで歩きながら質問に答えた。貴ノ岩が起こした暴力については、開口一番「あんなことをしちゃったらね…」と、残念そうに話した。さらに「言語道断でしょ」と続けた。昨年10月に元横綱日馬富士による暴力事件で貴ノ岩は被害者となり、自身も暴力根絶を訴えてきた。その思いが届いていなかったことへの、歯がゆさを飲み込むように後は「予定があるから」などと多くは語らなかった。

今年10月に、日本相撲協会が暴力決別宣言と、暴力問題再発防止策の方針を発表した。それは貴ノ岩のようなケースが再び起こらないよう、花田氏が愛弟子を守ろうとしたのが発端ともいえる。皮肉にも協会の宣言などを受け、暴力の加害者は厳罰に処する方針が適用される第1号も貴ノ岩となった。そんな状況を招いた貴ノ岩の軽率な行動と、かつての弟子が再び暴力の被害者となった貴大将への思いやりが混在し「口では言い表せないこと」の意味の「言語道断」という言葉となったのかもしれない。

この日、大分・別府市で行われた冬巡業に参加した、旧貴乃花部屋時代から弟弟子の貴景勝、貴源治は、ともに真っ先に「残念です」と語り、視線を落とした。暴力については「顔が腫れていたので分かった」(貴景勝)「顔を見れば分かる」(貴源治)と、頬が腫れた翌朝の貴大将を見て察知したという。初優勝からわずか10日後の出来事だが、貴景勝は「僕のことはどうでもいい。自分は相撲を取ることしかできない」と気丈に話した。苦楽を共にしてきた兄弟子と再び相撲を取りたいか問われると「付け人の立場もあるし、2人の関係もある。ただ、早く解決してほしい」と、一段と深刻な顔で話した。

貴源治は「この件に関しては『言い訳なし』じゃないですか。言葉はないですよね。これが貴ノ岩関の人生なんだな」と厳しい言葉も述べた。貴源治は、双子の兄の貴公俊も暴力を振るって謹慎処分を受けた。一時の感情で暴力へと発展する愚かさを人一倍感じている。常に暴力問題の渦中にさらされてきた旧貴乃花部屋。育ての親にも、弟弟子にも、暗い影を落とすことになった。

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95年に結婚、1男2女/貴乃花元夫妻アラカルト

05年6月、故二子山親方協会葬で遺族席に座る、左から貴乃花親方、景子夫人、花田勝氏

10月に日本相撲協会を退職した元貴乃花親方(元横綱)の花田光司氏(46)が景子夫人(54)と離婚していたことが26日、分かった。先月25日に自ら離婚届を提出したという。

<貴乃花元夫妻アラカルト>

◆95年5月 結婚。同年9月、長男優一氏が誕生。その後、長女、次女をもうける。

◆03年1月 貴乃花引退。

◆04年5月 宮崎県の景子夫人実家が火事で全焼。

◆同6月 二子山部屋を継承し貴乃花部屋に変更。景子夫人は相撲部屋の女将(おかみ)に。

◆05年5月 貴乃花親方の父満氏(初代貴ノ花)が死去。

◆09年7月 貴乃花親方が週刊誌などの記事で名誉を傷つけられたとして発行元の出版社などに損害賠償を求め、貴乃花親方と景子夫人にそれぞれ支払いと謝罪広告の掲載を命じる。

◆16年 景子夫人が株式会社ル・クール設立。

◆16年7月 貴乃花部屋が中野新橋から江東区東砂に転居。土俵開きで景子夫人は「地元に愛される部屋にしたいです」。

◆18年3月19日 景子夫人が部屋のホームページで貴公俊の付け人への暴行について謝罪。「女将としても行き届かない点があったかと深く反省しております」。

◆同9月25日 貴乃花親方が相撲界から引退発表。

◆同10月25日 離婚

9月25日、引退記者会見で険しい表情を見せる貴乃花親方

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貴ノ岩の慰謝料請求 千賀ノ浦親方「初めて聞いた」

朝稽古を終え笑顔で記者の質問にこたえる千賀ノ浦親方(撮影・横山健太)

元横綱日馬富士関に対して慰謝料など3000万円を要求している前頭貴ノ岩について、新たに師匠となった千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)が3日、都内の部屋で「全然分からない。初めて聞いた」と困惑した。

貴ノ岩は昨年10月の秋巡業で元日馬富士関から暴行を受け、2場所連続で全休。休場中の補償も含めた金銭の要求を求めているが、元日馬富士関側がこれを拒否した。貴ノ岩側は訴訟を起こす可能性がある。千賀ノ浦親方は「2日前に電話で(秋巡業の)休場のことについて話した。今は自宅で療養させている」と貴ノ岩の現状を説明した。

この日、旧貴乃花部屋の力士を迎え入れ、新体制として初めての稽古を行った。巡業のため小結貴景勝、巡業休場のため療養している貴ノ岩、十両貴源治ら関取衆は不参加。四股やすり足、30分以上の申し合い稽古などで汗を流した。

幕下貴公俊は「みんな優しくてやりやすかった」と好印象。千賀ノ浦親方は「一緒になっても関係ない。自然体ですよ」と違和感がないことを強調した。しかし貴公俊を双子の弟、貴源治の下の名前である「賢(さとし)」と2度も呼び間違え「剛(つよし)です」と笑って訂正される場面もあった。【佐藤礼征】

稽古の流れを見ながら覚える、左から貴正樹、貴健斗、1人おいて貴公俊(撮影・横山健太)
千賀ノ浦親方に名前を間違えられ笑顔を見せる貴公俊(撮影・横山健太)

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貴公俊「『貴』の部分変えたくない」しこ名こだわり

稽古中に笑顔を見せる貴公俊(撮影・横山健太)

大相撲の元貴乃花部屋の西幕下21枚目貴公俊(21)が3日、移籍後初めて千賀ノ浦部屋に参加した。

四股や10種類近いすり足を行い、西幕下36枚目舛東欧(32)ら3人と申し合い稽古を7番取って6勝。千賀ノ浦部屋での初めての稽古を終え「少しずつなじんできた。今日は関取衆はいなかったのでまだこれからだけど、みんな優しくしてくれてやりやすい」と戸惑いはなかった。

環境は激変した。貴乃花部屋で4時30分だった起床時間は7時になった。「だいぶゆっくり。大部屋も80畳あって広い」。それでも変えたくない部分はある。貴乃花部屋時代はテーピングを施せなかったが「よほどのけががなければ、そこは崩したくない」と、移籍先でも同じルールを持ち込む。

しこ名についても「変えるにしても『貴』の部分は自分自身変えたくない」。根底にあるのは元貴乃花親方(元横綱)の意志。「親方の教えを土俵の上に出せれば」と力強く語った。

朝稽古で汗を流す貴公俊(右)(撮影・横山健太)

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