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春場所御免札設置 38年ぶり「横綱大関」番付表に

大相撲春場所(3月8日初日)の開催を知らせる「御免札」が10日、会場のエディオンアリーナ大阪(大阪市浪速区)の正面に立てられた。春場所は貴景勝の1大関となるため、38年ぶりに横綱が大関を兼ねる「横綱大関」が番付表に記載される。

春場所担当部長の高島親方(元関脇高望山)は、近大出身で大関昇進を目指す関脇朝乃山に「東西に大関がいて番付が成り立つ。頑張ってもらいたい」と大きな期待を寄せた。1月の初場所は、幕尻だった奈良出身の徳勝龍が初優勝を飾った。同親方は「優勝した勢いで乗り込んでくると思う。盛り上げてもらいたい」と話した。

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貴景勝、先輩豪栄道引退に「埼玉栄みんなが憧れた」

貴景勝、豪栄道(右)(2019年10月16日撮影)

大相撲の大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が引退した“先輩大関”に感謝の言葉を並べた。

1日、東京・両国国技館で行われた元関脇豪風、年寄押尾川の襲名披露大相撲に参加。28日に現役を引退し、年寄「武隈」を襲名した元大関豪栄道について「豪栄道関らしい辞め方。それだけしかない」と神妙な面持ちで話した。

貴景勝にとって豪栄道は埼玉栄高の先輩。「10個下の自分が軽はずみなことは言えないけど、本当に埼玉栄のみんながあこがれていた。みんなが豪栄道関みたいになりたいと目指していた」と、高校時代を回顧した。

数々の印象的な思い出がある。高1のときには、すでに三役として活躍していた豪栄道に、同校の稽古場で胸を出してもらった。

「(厳しい稽古で)死ぬかと思ったし、めっちゃきつかったけど、うれしかった。『沢井(豪栄道の本名)先輩に胸を出してもらった』と」

若い衆だった時代にも、各段優勝した際に声をかけてもらったことがある。歴代10位の大関在位33場所を誇る豪栄道の人物像を「器が大きい。男らしい人」と簡潔に表現した。

初めての大関とりでは、壁として立ちはだかっていた存在だった。勝てば大関昇進を手中に収める昨年1月の初場所千秋楽。豪栄道に立ち合いから一気の出足で押し出され、完敗を喫した。当時の苦い経験は「ありがたかった」と貴景勝。「大関としての力はこうと教えてくれた。歯が立たなかった。身をもって教えてくれた」。

昨年大関昇進を決めた春場所(3月8日初日、エディオンアリーナ大阪)は、豪栄道の陥落、引退により、貴景勝が38年ぶりの1人大関となる。2度目の優勝へ。「ますます求められるものは高い。しっかり、一生懸命やらなければ」と、気を引き締めていた。

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番付に38年ぶり「横綱大関」白鵬か鶴竜が大関兼任

来場所は1人大関となる貴景勝(18年11月26日)

日本相撲協会審判部は29日、両国国技館で春場所の番付編成会議を開き、横綱が大関を兼ねる「横綱大関」を番付表に記載することを確認した。豪栄道の陥落、引退により、貴景勝の1人大関で西大関が空位となるため。西横綱に就く白鵬、鶴竜のどちらかが、大関を兼ねる。

横綱が力士の最高位となった1909年(明42)以前は大関が最高位で、横綱は大関から選ばれた称号だった。江戸時代から役力士と呼ばれる小結、関脇、大関の東西三役は欠かせない。平幕の成績優秀力士から補うことのできる小結、関脇と違い、大関は昇進条件があるため、不在の場合は横綱が大関を兼ねる。番付表で「横綱大関」と表記されるのは、琴風が1人大関だった82年初場所で西横綱の北の湖が兼ねて以来38年ぶりとなる。

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小兵の翠富士が新十両、炎鵬&照強のいいとこ取りを

新十両昇進を果たした翠富士(撮影・佐藤礼征)

日本相撲協会は春場所(3月8日初日、大阪・エディオンアリーナ)の番付編成会議を開き、翠富士(23=伊勢ケ浜)の新十両昇進を決めた。

170センチの小兵は、東京・江東区の部屋で行われた会見に出席し、集まった報道陣を前に「こんなにたくさんの方が集まってくれて『あっ!』となった。実感が湧いてきた」。静岡県出身の力士としては13年春場所の栃飛龍以来となる新十両。「友達や(飛龍高時代の)監督から連絡がきた。(出身の焼津市は)昔から育ってきたところ、地元が大好きなので盛り上げていきたい」と意気込みを語った。

近大を2年で中退して16年秋場所で初土俵を踏んだ。序ノ口デビューから所要3場所で幕下昇進を果たし、着実に番付を上げてきた。170センチ、107キロと小柄ながら「うちの部屋はがっちり(稽古を)やる。やってきたことが自信につながった」と、猛稽古で力をつけてきた。

東幕下2枚目だった初場所で5勝2敗の成績を収めて、新十両昇進を手中に収めた。会見に同席した師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は「立ち合いが良くなってきた。相撲はいなしや技もあるが、それを生かすには最初の立ち合いでしっかり当たらないといけない。それができるようになってきた」と目を細めた。入門から20キロ近く増量したという翠富士は「(幕下上位では)圧力負けすることが多かったので、ご飯を食べる努力をした」と胸を張った。

幕内では身長160センチ台で自身より小さい炎鵬や兄弟子の照強が活躍している。「炎鵬関みたいに相手の力を逃がす相撲じゃない」「照強関みたいにめちゃくちゃな出足があるわけじゃない」と謙虚な姿勢を崩さなかったが「2人の中間のような相撲を取れれば。2人を見習っていきたい」と、“いいとこ取り”を宣言。甘いマスクも兼ね備える23歳は「いつか同世代のトップを走っていた(大関)貴景勝関や(前頭)阿武咲関と戦ってみたい」と、目を輝かせた。

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豪栄道「落ちたら辞める」恩師に引き際明かしていた

支度部屋を引き揚げる豪栄道(2020年1月22日)

日本相撲協会は28日、大関豪栄道(33=境川)の現役引退、年寄「武隈」襲名を承認したと発表した。

かど番だった初場所で負け越して関脇陥落が決定。千秋楽翌日の27日までに、現役引退の意向を固めたことを協会に伝えていた。引退会見は29日に行う。大関のまま引退するのは11年名古屋場所の魁皇以来。春場所(3月8日初日、大阪・エディオンアリーナ)で大関は貴景勝だけとなり、1大関は1982年初場所の琴風以来38年ぶりとなる。

年始に豪栄道と会ったという埼玉栄高相撲部の山田道紀監督は「負け越して落ちたら辞めるつもりと聞いていた」と明かした。昨年九州場所で負傷した左足首の靱帯(じんたい)は切れていて、一時は歩くのも困難だったという。これまでケガに苦しみながらも、大関在位33場所は歴代10位。初めて大関となった教え子に対して「立派だと思う。ものすごい記録。治してもう1回挑戦するのもあったけど、引き際がすごいと思う」と思いやった。

今後は境川部屋付きの武隈親方として、後進の指導にあたる。2月3日に地元の大阪・寝屋川市の成田山大阪別院で行われる節分祭に、予定通りに参加する。

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大関陥落の豪栄道が引退へ 今後年寄襲名し後進指導

1月26日、初場所の千秋楽で阿武咲に敗れた豪栄道

大相撲の大関豪栄道(33=境川)が27日、引退の意向を固めたことが分かった。この日までに師匠の境川親方(元小結両国)が、日本相撲協会に引退の意向を伝えた。

豪栄道は自身9度目のかど番で迎えた初場所で、5勝10敗と負け越して大関からの陥落が決まっていた。年寄資格審査委員会などの手続き終了後に正式に引退が決定する。

   ◇   ◇   ◇

苦労し続けてきた大関が、ついに土俵から去る決意を固めた。日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)はこの日、「豪栄道が引退の意向を固めた。境川親方から豪栄道の引退の意向を伝えられた」と明かした。29日に行われる春場所(3月8日初日、大阪・エディオンアリーナ)の番付編成会議を前に、大きな決断をした格好となった。

豪栄道はかど番で迎えた初場所12日目に、新関脇の朝乃山に負けて大関からの陥落が決まった。大関在位33場所は歴代10位の長期記録だったが、若手の大関候補を前に屈し「力がなかったということ」と力不足を認めていた。その一番を幕内後半戦の審判長として見届けていた境川親方からは「来場所はご当所。勝負をかけるならそこ。そのためにも今場所は最後まで」と期待を懸けられれていた。しかし最後は2連敗を喫し、大関としては自身2度目の10敗で初場所を終えた。

26日の千秋楽では「自分の持てる力は全部出し切りました」と言葉少なに場所を振り返り、去就については「今日はまだ答えられません」と話すにとどめた。境川親方も「続けるにしても、やめるにしてもあと1日、2日、猶予をください。今どうこうは何も言えない」と話していたが、この日までに引退の意向が協会に伝えられていた。

18歳だった05年初場所で初土俵を踏み、初優勝は30歳で迎えた16年秋場所だった。左膝の半月板損傷や両肩の剥離骨折、左眼窩(がんか)内壁の骨折など数々のケガに苦しみながらも、自身4度目のかど番で大願成就。綱取りとなった同年九州場所ははね返されたが、ここまで7度の優勝次点を果たすなど大関として気を吐き続けてきた。

初場所で陥落が決まったことで、昨年秋場所から貴景勝、栃ノ心、高安と、昭和以降初となる3場所連続大関陥落の記録を更新する形になってしまった。それでも10勝で大関復帰となる、ご当所で迎える春場所での奮起も期待されたが、ついに力尽きてしまった。今後は年寄を襲名し後進の指導にあたり、角界を支えていく。

◆豪栄道豪太郎(ごうえいどう・ごうたろう)1986年(昭61)4月6日、大阪府寝屋川市生まれ。本名・沢井豪太郎。明和小1年で市の相撲大会で優勝。小3から道場に入り本格的に始める。小5時に全国わんぱく相撲優勝。埼玉栄では高校横綱となり、境川部屋へ入門。05年初場所初土俵。07年秋場所新入幕。かど番だった16年秋場所で全勝優勝。三賞は殊勲賞5回、敢闘賞3回、技能賞3回。得意は右四つ、寄り。通算成績は696勝493敗66休。183センチ、160キロ。

26日、大相撲初場所千秋楽で阿武咲(左)に下手投げで敗れ、土俵に座り込む豪栄道
初場所12日目、朝乃山に敗れ大関からの陥落が決まった豪栄道(2020年1月23日撮影)

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V徳勝龍の伝家の宝刀「万歳ポーズ突き落とし」話題

19日、琴奨菊(左)を突き落としで破る徳勝龍(撮影・河田真司)

大相撲初場所で、幕尻の徳勝龍(33=木瀬)が初優勝を果たした。

徳勝龍には特徴的な動きがある。土俵際で相手を突き落とした際、両手を万歳し、片足立ちになって残る。どこかユーモラスなこの場面は、早くから相撲ファンの「ネタ」にされてきた。ツイッターでは5年前、このポーズをコラージュした画像があふれ「#徳勝龍クソコラグランプリ」というハッシュタグまでできた。

突き落としは「相手の肩や脇腹に手を当てて突き落とす」という技。今場所特に、徳勝龍の武器になった。8日目に加え、10日目から5日連続で決まり手は「突き落とし」。右からも左からも突き落とせる動きの良さがある。あの「万歳ポーズ」は8日目に飛び出した。

木瀬部屋の部屋付き親方である稲川親方(元小結普天王)は、徳勝龍の相撲について「左四つの型を持っているのと、小技がうまい。あとは、突き落としの感覚を持っている」と言う。徳勝龍の突き落としについては「独特で真似できない。圧力が加わっているから初めて効く。墓穴を掘ることもある」と指摘する。

基本的には押し相撲だが、突き落としなどの技があり、故北の湖親方(元横綱)に気付かされた左四つでも相撲が取れる。

この左四つも、今場所では随所に見られた。優勝を決めた千秋楽の貴景勝戦は、左四つになったことが勝因だ。これについても、同じ左四つを得意とした稲川親方は「同じ左四つでも、寄り方のポイントが自分とは違う。徳勝龍は(相手の差し手を)抱えて、胸を合わせて寄る。自分はそれはやったことがない」と説明する。徳勝龍の左四つは、一般的には相手に力を伝えにくいとされるが、本人はこれでいい。「それはそれでいいから、こういう寄り方もあるよと伝えたことはあります。バリエーションはいくつか持っている方がいいですから」と稲川親方。

特徴はルックスだけではない。相撲の個性を生かして、徳勝龍は優勝をつかみとった。【佐々木一郎】

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徳勝龍V千秋楽20・7%、瞬間最高は25・2%

貴景勝(手前)を寄り切りで破る徳勝龍(撮影・河田真司)

20年ぶりの幕尻優勝を徳勝龍が果たした、26日の大相撲初場所千秋楽(NHK総合)の平均視聴率は、午後5時からの1時間で関東地区が20・7%、関西地区が21・6%だったことが27日、ビデオリサーチの調べで分かった。

瞬間最高視聴率は、徳勝龍が結びの一番で大関貴景勝を破る様子を中継した午後5時25分と26分で、関東地区で25・2%、関西地区で25・9%を記録した。(共同)

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33歳徳勝龍の優勝に意味がある/大ちゃん大分析

貴景勝を寄り切りで破り涙ぐむ徳勝龍(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

幕内の番付で最下位に位置する西前頭17枚目の徳勝龍(33=木瀬)が、初優勝を果たした。取組前に、1差の2敗で追っていた西前頭4枚目の正代が、同2枚目の御嶽海に勝利。徳勝龍が結びの大関貴景勝戦で敗れれば優勝決定戦にもつれる状況になったが、寄り切りで貴景勝を破り、自らの白星で優勝を勝ち取った。勝利した直後には土俵上で涙があふれた。

       ◇     ◇

14日目にしても千秋楽にしても、どう転んだって地力は正代や貴景勝の方が上だ。近大の先輩だからではなく、その下馬評を覆した徳勝龍の優勝は大したもんだとしか言いようがない。正代の一番に関係なく、大関戦に全神経と気合を込めて臨んだのだろう。それがあの涙に表れていた。内容的には押し相撲の大関相手に、自分の左四つに組み止めたのが全てだ。警戒した貴景勝の足を止めたのは、5日連続の突き落とし。この2つの型と勢いで優勝を勝ち取った。亡くなった北の湖さんに押し相撲でなく左四つを磨け、と指導されたと聞く。つくづく横綱の眼力はすごいと感じる。

世代交代が進む中、ベテランの域に入った33歳の優勝にも意味がある。コツコツと頑張っていれば何かいいことが起きる。序盤に1つぐらい負けても、あきらめなければ何かが生まれる-。下位の力士にそんな気持ちが芽生えれば、突き上げが起こり相撲界の活性化につながる。意義ある優勝になった。(高砂浦五郎=元大関朝潮・日刊スポーツ評論家)

幕内初優勝を飾り、八角理事長(右)から優勝賜杯を受け取る徳勝龍(撮影・河田真司)

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徳勝龍、場所中死去の恩師に「一緒に戦ってくれた」

亡き恩師の近大相撲部伊東監督の遺影を手に、優勝パレード車から笑顔で手を振る徳勝龍(右)と旗持ちの志摩ノ海(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

涙あり、笑いありの初優勝だ。優勝に王手をかけていた西前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が、幕尻として初めて千秋楽結びに登場し、大関貴景勝を撃破。寄り切った瞬間に、感極まり涙を流した。

再入幕として史上初、幕尻としては史上2度目の快挙。場所中に死去した恩師、近大相撲部監督の伊東勝人さんに最高の恩返しをした。33歳5カ月の優勝は、年6場所制が定着した58年以降で3位、日本出身の力士としては最年長記録。奈良県出身では98年ぶり2度目、木瀬部屋では初となった。

   ◇   ◇   ◇

満員御礼の国技館に問いかけた。歓声が鳴りやまない優勝インタビュー。徳勝龍が「自分なんかが優勝していいんでしょうか?」と苦笑いを浮かべると、会場は和やかな笑い声に包まれた。出場最高位の大関貴景勝に勝って14勝目。文句のつけようがない、史上2度目の幕尻優勝だった。

支度部屋のテレビで2敗の正代が勝利する瞬間を見届けると、無言で立ち上がり準備運動を始めた。「(優勝なんて)できるわけないんやから、思い切っていけばいいと言い聞かせた」。負ければ正代との優勝決定戦にもつれ込む結びの一番。貴景勝の鋭い出足に下がらず、右上手をがっちりつかんだ。土俵際で投げを打たれても、堪える。「危ないと思ったけど、いくしかなかった」。倒れ込みながら寄り切り、吠えて、泣いた。「うれしいのもあったけど、15日間苦しかったかもしれない」。重圧から解き放たれた瞬間だった。

吉報を届けたい人がいた。7日目の18日、母校近大相撲部監督の伊東勝人さんが死去。55歳だった。しこ名の「勝」は伊東さんの本名からもらっていた。勝ち越せば真っ先に報告していた存在だった。明徳義塾高ではビッグタイトルと無縁も「1番熱心に誘ってくれたのが監督だった。大学にいってなかったらプロになっていない」。10日目から5日連続で土俵際の突き落とし。神懸かり的な逆転劇が続き「伊東監督が一緒に戦ってくれていた感じ」と、真っ赤な目で言った。印象に残っている恩師の言葉がある。「引くことは悪いことじゃない。その代わり、立ち合いはしっかり当たれよ」。体現するような終盤戦だった。

09年の初土俵から11年間、休場はない。連続出場847回は現役4位で「体を大事にした人が1番強い」と強調する。場所入り前にはストレッチを30分間、必ず行うのがルーティーン。支度部屋でまげを直すと、両足の膝下にボディークリームを塗る。香りは「ローズとジャスミン」。「乾燥するんですよ。冬場は特に」。肌の保湿も欠かさない“鉄人”は「けがをしても出られない人がいる。土俵に上がれるだけで感謝です」と何度も繰り返した。

前日から考えていた優勝インタビューで、相撲ファンをどっと沸かせた。「みんなめちゃ笑ってましたね!」。“相撲発祥の地”と呼ばれる奈良県出身の関西人。ユーモアを忘れない33歳が、歴史的な番狂わせを起こした。【佐藤礼征】

◆木瀬部屋 元幕内桂川が一般向けに開設した相撲錬成道場に力士志願者が出たため、1958年に相撲部屋となった。元幕内清の盛が67年に継承し、小結青葉山らを育てた。定年のため2000年に消滅。03年に現師匠(元幕内肥後ノ海)が三保ケ関部屋から独立して再興した。暴力団関係者に入場券を手配したことが発覚し、10年に一時閉鎖。力士らは北の湖部屋預かりとなった。12年に再興。番付人員は36人と全45部屋で2番目に多い。所在地は東京都墨田区立川。

木瀬部屋での祝勝会で鯛を持つ徳勝龍。右は師匠の木瀬親方(撮影・小沢裕)

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貴景勝「大関名乗る資格ない」徳勝龍戦の完敗認める

徳勝龍(右)の攻めに耐える貴景勝(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

大関貴景勝は西前頭17枚目の徳勝龍に敗れ、2連敗で今場所を終えた。突き放せずに組み付かれて後退した。「(徳勝龍が)強かったから優勝した。勢いにのまれてしまった。負けた者は何も言えない」と完敗を認めた。

今場所は2横綱が序盤で途中休場。出場力士の中で番付最高位として、引っ張る決意については「もちろんあった」という。それだけに「情けない。『大関』を名乗る資格がない」と唇をかんだ。

貴景勝(右)を寄り切りで破る徳勝龍(撮影・河田真司)

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徳勝龍が決めた!涙の下克上V!/千秋楽写真特集

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

幕内の番付で最下位に位置する西前頭17枚目の徳勝龍(33=木瀬)が、初優勝を果たした。千秋楽の取組を写真で振り返る。

木瀬部屋での祝勝会で鯛を持つ徳勝龍。右は師匠の木瀬親方(撮影・小沢裕)

初優勝を飾った徳勝龍は木瀬親方(右)に水付けをする(撮影・小沢裕)

幕内初優勝を飾り、優勝賜杯を手にする徳勝龍(撮影・河田真司)

幕内初優勝を飾り優勝旗を手にする徳勝龍(撮影・河田真司)

幕内初優勝を飾り国歌斉唱する徳勝龍(中央)(撮影・河田真司)

優勝インタビューで笑顔を浮かべる徳勝龍(撮影・河田真司)

優勝インタビューで、亡き恩師で近大の伊東監督に向けメッセージを送り涙ぐむ徳勝龍(撮影・河田真司)

初優勝を決め支度部屋で感極まる徳勝龍(撮影・小沢裕)

初優勝を決め支度部屋で感極まる徳勝龍(撮影・小沢裕)

【徳勝龍が涙の下克上V】

貴景勝を破り、幕内優勝を決め涙を流す徳勝龍(撮影・河田真司)

貴景勝を破り優勝を決めた徳勝龍は、目に涙を浮かべ懸賞金の束を手にする(撮影・河田真司)


貴景勝(11勝4敗)寄り切り徳勝龍(14勝1敗)

貴景勝を寄り切りで破り雄たけびを上げる徳勝龍(撮影・河田真司)

貴景勝(下)を寄り切りで破る徳勝龍(撮影・河田真司)

貴景勝(右)を寄り切りで破る徳勝龍(撮影・河田真司)

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阿武咲(9勝6敗)下手投げ豪栄道(5勝10敗)

豪栄道(下)を下手投げで破る阿武咲(撮影・河田真司)


朝乃山(10勝5敗)浴びせ倒し竜電(10勝5敗)

竜電(下)を浴びせ倒しで破る朝乃山(撮影・河田真司)

【「これより三役」】

三役そろい踏みに臨む、左から貴景勝、朝乃山、阿武咲(撮影・河田真司)

三役そろい踏みに臨む、左から徳勝龍、竜電、豪栄道(撮影・河田真司)

【正代が御嶽海を下し優勝決定戦に望み】

御嶽海(右)を押し出しで破る正代(撮影・河田真司)

優勝決定戦に望みをつないだ正代は笑顔で花道を引き揚げる(撮影・小沢裕)


正代(13勝2敗)押し出し御嶽海(7勝8敗)

御嶽海(奥)を押し出しで破る正代(撮影・河田真司)

【大相撲初場所千秋楽、各段優勝者】

各段優勝者の、左から十両優勝の照ノ富士、幕下優勝の魁渡、三段目優勝の勇磨、序二段優勝の宇良、序の口優勝の二本柳(撮影・小沢裕)


碧山(4勝11敗)引き落とし高安(6勝9敗)

碧山(左)の攻めに耐える高安。右は徳勝龍(撮影・河田真司)


遠藤(9勝6敗)寄り切り松鳳山(7勝8敗)

遠藤(右)に寄り切りで敗れる松鳳山(撮影・河田真司)


北勝富士(11勝4敗)はたき込み豊山(11勝4敗)

北勝富士(右)をはたき込みで破る豊山(撮影・河田真司)


隠岐の海(8勝7敗)寄り切り東龍(7勝8敗)

東龍(左)を寄り切りで破る隠岐の海(撮影・河田真司)


輝(10勝5敗)押し出し炎鵬(8勝7敗)

輝(左)に押し出しで敗れる炎鵬(撮影・河田真司)


隆の勝(7勝8敗)はたき込み勢(8勝7敗)

隆の勝(左)をはたき込みで破る勢(撮影・河田真司)


千代大龍(7勝8敗)寄り切り魁聖(8勝7敗)

千代大龍(手前)を寄り切りで破る魁聖(撮影・河田真司)

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徳勝龍が男泣き幕尻V!木瀬初!奈良98年ぶり!

初優勝を決め支度部屋で感極まる徳勝龍(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

幕内の番付で最下位に位置する西前頭17枚目の徳勝龍(33=木瀬)が、初優勝を果たした。

取組前に、1差の2敗で追っていた西前頭4枚目の正代が、同2枚目の御嶽海に勝利。徳勝龍が結びの大関貴景勝戦で敗れれば優勝決定戦にもつれる状況になったが、寄り切りで貴景勝を破り、自らの白星で優勝を勝ち取った。勝利した直後には土俵上で涙があふれた。

幕尻力士の優勝は、貴闘力以来20年ぶり2度目。奈良県出身力士の優勝は、鶴ケ浜以来98年ぶり。再入幕場所での優勝は史上初で、木瀬部屋から初の幕内優勝となった。初場所は2016年以降、琴奨菊、稀勢の里、栃ノ心、玉鷲に続き、5年連続で初優勝の力士が誕生した。

▽徳勝龍の話「自分なんか優勝していいんでしょうか。喜んでもらえて良かった。自分が一番下なので恐いものはない。思い切って行けた。意識することなく…え~嘘です。めっちゃ意識してました。バリバリ、インタビューの練習をしてました」

貴景勝を寄り切りで破り雄たけびを上げる徳勝龍(撮影・河田真司)
幕内初優勝を飾り優勝旗を手にする徳勝龍(撮影・河田真司)
貴景勝を破り、幕内優勝を決め涙を流す徳勝龍(撮影・河田真司)
貴景勝(下)を寄り切りで破る徳勝龍(撮影・河田真司)
貴景勝を寄り切りで破る徳勝龍(撮影・河田真司)
初優勝を決め支度部屋で感極まる徳勝龍(撮影・小沢裕)

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徳勝龍「優勝メッチャ意識」「まだ33歳」一問一答

優勝インタビューで笑顔を浮かべる徳勝龍(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

幕尻優勝を果たした西前頭17枚目の徳勝龍(33=木瀬)が、取組後も観客を沸かせた。

NHKのインタビューで喜怒哀楽の受け答え。冗談を言って満面の笑みを見せたり、場所中に亡くなった恩師に思いをはせて涙を流した。

以下は場内インタビュー

-1番下の番付で優勝

徳勝龍 自分が1番下なので怖いものはないなって。思い切っていくだけと思っていました。

-優勝争いに向けて周囲の声は

徳勝龍 意識することはなく…。ウソです。めっちゃ意識してました。

-昨日の取組後は「意識していない」と言っていたが徳勝龍 バリバリ、インタビューの練習してました。-結びの一番で貴景勝との取組が決まった時はどう思ったか

徳勝龍 ずっと思い切りいけばいい。立ち合いだけ思い切りいけばいいと考えてました。

-時間前の仕切りで水を一口飲んだが

徳勝龍 喉がカラカラでした。

-優勝が頭の中にあったか

徳勝龍 それは意識せずにいこうと思いました。

-左四つ、右上手になった

徳勝龍 右上手取って出ていって、振られた時に危ないと思ったけどいきました。

-何が後押しになったか

徳勝龍 場所中に恩師の近大相撲部の伊東監督が亡くなって…。監督が見ててくれたんじゃなくて、一緒に土俵上で戦ってくれた気がします。

-伊東監督にどういう報告をしたいか

徳勝龍 ずっといい報告をしたいと思っていた。それだけで頑張りました。弱気になる度に監督の顔が思い浮かびました。

-奈良県勢の優勝は98年ぶり

徳勝龍 大変なことをしてしまいました。

-地元ファンに

徳勝龍 いい報告ができると思います。

-今33歳で次は34歳。若手も伸びてきているが

徳勝龍 もう33歳じゃなくて、まだ33歳と思って頑張ります。

-返り入幕でこの結果。次はどこを目指すのか

徳勝龍 もう、行ける所まで行きたいです。

-国技館に来てくれた母へ一言

徳勝龍 いつも照れくさくて言えないけど、お父さん、お母さん、産んで育ててくれてありがとうございます。

優勝インタビューで、亡き恩師で近大の伊東監督に向けメッセージを送り涙ぐむ徳勝龍(撮影・河田真司)
初優勝を決め支度部屋で感極まる徳勝龍(撮影・小沢裕)
貴景勝を破り優勝を決めた徳勝龍は、目に涙を浮かべ懸賞金の束を手にする(撮影・河田真司)

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【復刻】史上初の幕尻優勝 2000年の貴闘力も涙

貴闘力の史上初の幕尻優勝を伝える2000年3月27日付の日刊スポーツ紙面

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が結びの一番で大関貴景勝(23=千賀ノ浦)を破り、貴闘力以来20年ぶり2度目の幕尻優勝を達成した。

優勝を記念して、2000年の貴闘力の史上初の幕尻優勝を紙面記事で振り返ります。

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<大相撲春場所>◇2000年3月26日◇千秋楽◇大阪府立体育会館

東前頭14枚目貴闘力(32=二子山)が、史上初の幕じり優勝を飾った。勝てば優勝、負ければ決定戦にもつれ込む雅山(22)との大一番。土俵際まで攻め込まれながら執念で回り込み、最後は送り倒した。初土俵から103場所、入幕から58場所は過去の記録を大幅に塗り替えるスロー記録。32歳5カ月の年齢も、年6場所の1958年(昭33)以降の最高齢記録となった。殊勲賞、敢闘賞も獲得。土俵生活18年目で花を咲かせ、涙、涙の初賜杯だった。

貴闘力 13勝2敗(送り倒し 4秒6)雅山 11勝4敗

子供のように泣きじゃくった。武双山に力水をつけながら、花道を引き揚げながら、そしてインタビュールームで。貴闘力は、何度も青い手ぬぐいを両目にあてた。「泣くなんて、絶対オレはないだろうなって思ってた」。家族が待つ東の支度部屋。美絵子夫人(25)は「涙を見たのは初めてです」と声を震わせた。長男の幸男君(5)も「アイスが食べたい」と泣きじゃくっていた。

「運がよかったとしか言えない。本当に夢のようで、オレみたいのがとってええんかなみたいな」。史上初の幕じりの快進撃は、フィナーレも劇的だった。雅山の強烈な突き放しに後退した。両足が俵にかかる絶体絶命から、執念を発揮した。はねるように右へ回り込み、雅山を送り倒した。

がけっぷちに追い込まれた男の強さだった。持病の痛風、高血圧に悩まされ、気力もなえかけた。幕内58場所目で初めて幕じりまで落ちた。場所前のけいこでは幕下に負けた。引退も覚悟していた。だが、二子山親方(50=元大関貴ノ花)の言葉で消えかけた闘志に火がついた。「師匠にまだ老け込む年じゃない。今からでも遅くないぞ、と言われたのが一番励みになった」。14日目夜には、横綱貴乃花から「緊張しないで思い切りいったらいい結果が出るから、頑張ってください」と激励された。部屋の大きな支えがあって、栄冠を手にした。

「貴闘力」のシコ名は89年3月、新十両昇進時におかみさんの憲子さん(52)が付けてくれた。当初は「貴闘志」だったが、字画を調べて今のシコ名になった。いずれも「ただ暴れるだけじゃなく、道徳を持って闘って」との願いが込められた。それほどの熱血漢だった。今場所も獲得した敢闘賞は通算10回で史上1位。一時は若乃花、貴乃花以上のけいこ量を誇った角界一のファイターが、どん底から奇跡を起こした。

90年秋場所、若乃花と同時入幕だった。その若乃花が土俵に別れを告げた春の土俵に、遅咲きの花が鮮やかに咲いた。弟弟子たちの優勝に、ひそかな思いもあった。「いつかは自分もと……。幕内で優勝するのが夢でした」。初土俵から所要103場所、入幕から58場所、そして32歳5カ月の最高齢。長い苦労を裏付ける記録ずくめの初優勝には、大粒の涙が似合った。【実藤健一】

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◆同級生柔道古賀「俺も」

貴闘力の優勝は、4度目の五輪出場を狙う「平成の三四郎」の奮起を促すことにもなった。バルセロナ五輪柔道71キロ級金メダリスト古賀稔彦(32、慈雄会)は、優勝の瞬間をテレビでしっかり見届けた。2人は同い年で、古賀が東京・弦巻中、貴闘力が福岡・花畑中の3年時、全国中学柔道大会団体戦で対戦した縁がある。直接対決はなかったが、古賀にとって貴闘力は気になる存在で、角界での活躍も注目していた。

右足首のねんざに苦しむ古賀は、五輪代表最終選考会となる4月2日の全日本選抜体重別(福岡)に強行出場する。今回挑戦する81キロ級の代表の争いはライバルたちと横一線。優勝者が代表になる可能性が高い。今場所の貴闘力の相撲に力づけられた古賀は「その年齢に応じた集中力とテクニックを発揮すればやれるんだということを証明してくれた。僕も柔道界でそれが証明できるようにしたい」と決意を新たにしていた。

(2000年3月27日紙面から)

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劣勢のようで器用な徳勝龍が先手/大ちゃん大分析

徳勝龍(左)は突き落としで正代を破る(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇14日目◇25日◇東京・両国国技館

幕尻の西前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が、記録ずくめの初優勝に王手をかけた。平幕で1敗同士の正代との直接対決を制し、単独トップに立った。2敗の大関貴景勝が敗れ、優勝争いは1敗の徳勝龍と2敗の正代に絞られた。千秋楽は大関貴景勝との対戦が決まった。千秋楽結びに平幕が出場するのは昭和以降3度目で、幕尻が登場するのは史上初となった。優勝なら幕尻は20年ぶり史上2度目、奈良県勢は98年ぶり、再入幕は史上初、木瀬部屋でも初となる。

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劣勢に回ったように見えた徳勝龍だったが、左を差したのも、右の上手を取ったのも、先手を取ったのは徳勝龍の方だった。やはり攻めの姿勢を貫いた方が勝つ。徳勝龍の良さは、腹が出ているわりに器用な相撲が取れること。左右から突けるし、丸い土俵をうまく使えている。相手にとっては、つかみどころがないタイプだ。さらにこの直接対決では精神面の違いも出たと思う。三役経験もあり番付上位の正代には「勝ちたい」「勝たなければいけない」という硬さがあったと思う。一方の徳勝龍は幕尻の強みで、失うものはないという怖いもの知らず。まさに無欲の勝利だった。さて千秋楽。幕尻が出場力士の中で最高位(貴景勝)と結びの一番を取るという、大英断ともいえる割が組まれた。優勝決定戦の可能性も残される。上位陣が不在や不振の中、最後まで相撲ファンを楽しませてほしい。(高砂浦五郎=元大関朝潮・日刊スポーツ評論家)

正代(手前)の攻めを片足で耐える徳勝龍(撮影・鈴木正人)

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朝乃山が意地の9勝目、先輩徳勝龍は「いい刺激に」

貴景勝(左)を上手投げで破る朝乃山(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇14日目◇25日◇東京・両国国技館

新関脇の朝乃山(25=高砂)が、令和初の天覧相撲で意地の9勝目を挙げた。優勝争いに絡んでいた大関貴景勝を上手投げで撃破。3月の春場所での大関とりに向けて足固めとなる10勝に王手をかけた。優勝争いでトップに立つ、近大相撲部先輩の徳勝龍に刺激を受けながら千秋楽に向かう。徳勝龍に負けた正代が1差に後退し、貴景勝の優勝は消滅した。

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賜杯を抱くことはできなくても、絶対に負けられない一番だった。馬力のある大関相手に、立ち合いで突き放されて土俵際へ。体を密着させて何とかこらえて、左上手を取った。「絶対に離さない」。執念でつかみ続け、土俵際で上手投げ。次は貴景勝に驚異的な粘りで残られたが、再び上手投げ。ぎりぎりまで体を残して、貴景勝が先に落ちるのを見届けた。

まさに注目の一番だった。優勝に向けて後がない貴景勝と、来場所での大関とりに向け2桁勝利が必要な朝乃山。取組前に八角理事長(元横綱北勝海)は、天皇陛下に「どちらも負けられない一番です」と説明。熱戦をご覧になった天皇陛下は「いい一番でしたね」とお話しになり、八角理事長は「よく残ったと思います」と話した。それでも朝乃山本人は「本当は前に出ないといけない。相撲内容は悪かった」と反省した。

先輩の背中を見て発奮する。優勝争いトップの徳勝龍は、同じ近大出身で7学年上の先輩。巡業では食事に誘ってもらうなどしてかわいがってもらっているという。「青木さん(徳勝龍)の相撲を見ていたので」と徳勝龍が勝ったことで、より気合が入っていた。「ここまで来たら頑張って欲しい」と言いつつも、すぐに「でも優勝したらやっぱり悔しい。いい刺激になる」と引き締めた。

2桁白星に向けて「自分の相撲を取り切るだけです」と欲は出さない。「本当は優勝争いに入りたかったけど、もたもたして入れなかった。後は来場所につながる相撲を取りきるだけ」と静かに闘志を燃やした。【佐々木隆史】

支度部屋を引き揚げる朝乃山(撮影・鈴木正人)

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荒磯親方にもらったステテコ着用/徳勝龍アラカルト

国技館を引き揚げる徳勝龍(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇14日目◇25日◇東京・両国国技館

幕尻の西前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が、記録ずくめの初優勝に王手をかけた。平幕で1敗同士の正代との直接対決を制し、単独トップに立った。

2敗の大関貴景勝が敗れ、優勝争いは1敗の徳勝龍と2敗の正代に絞られた。千秋楽は大関貴景勝との対戦が決まった。千秋楽結びに平幕が出場するのは昭和以降3度目で、幕尻が登場するのは史上初となった。優勝なら幕尻は20年ぶり史上2度目、奈良県勢は98年ぶり、再入幕は史上初、木瀬部屋でも初となる。

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<徳勝龍誠アラカルト>

◆本名 青木誠(あおき・まこと)。あだ名は「まこ」。家族は千恵夫人。

◆出身 1986年(昭61)8月22日、奈良市生まれ。育ちは橿原(かしはらし)市。

◆経歴 3歳から小6まで柔道。小4から地元の橿原市「けはや相撲クラブ」に通い、高校は高知・明徳義塾に相撲留学。近大4年で西日本選手権優勝。

◆角界入り 09年初場所で初土俵。11年九州場所で新十両、13年名古屋場所で新入幕。15年夏場所の西前頭4枚目が最高位。

◆サイズ 181センチ、188キロ。

◆しこ名の由来 母校の明徳義塾高から「徳」、18日に死去した恩師で近大相撲部監督の伊東勝人さんから「勝」。

◆稀勢の里と親交 荒磯親方(元横綱稀勢の里)の現役時代、巡業中にキャッチボールをすることも。今場所も数年前に荒磯親方から譲り受けたステテコを着用して帰路につく。

◆左四つ 10年5月に木瀬部屋が一時閉鎖となり、北の湖部屋預かりとなったときに、15年に亡くなった元横綱北の湖元親方から「お前は押し相撲だろうと思っているだろうが、左四つだ」と型の変更を薦められた。今場所も左四つの相撲を展開。

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徳勝龍が初V王手「不細工な相撲しか取れないので」

1敗対決を制して大きく息を吐く徳勝龍(左)と、敗れてしばらく膝をつく正代(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇14日目◇25日◇東京・両国国技館

幕尻の西前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が、記録ずくめの初優勝に王手をかけた。平幕で1敗同士の正代との直接対決を制し、単独トップに立った。

2敗の大関貴景勝が敗れ、優勝争いは1敗の徳勝龍と2敗の正代に絞られた。千秋楽は大関貴景勝との対戦が決まった。千秋楽結びに平幕が出場するのは昭和以降3度目で、幕尻が登場するのは史上初となった。優勝なら幕尻は20年ぶり史上2度目、奈良県勢は98年ぶり、再入幕は史上初、木瀬部屋でも初となる。

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“土俵際の魔術師”が鬼になった。左四つ、右上手を取った徳勝龍は、寄られて左足を俵にかけながら、左にスルッとかわした。5日連続の土俵際の逆転劇となった。決まり手は10日目からすべて突き落とし。右、右、右、左。今日も左から決めた。十両時代を含めて自己最多となる13勝目。「出し投げを打ちにいったらついてこられた。まあ、不細工な相撲しか取れないので」。

勝負が決まるとまるでボクサーのような軽快なバックステップを披露し、後方へと土俵を半周してみせた。そして鬼の形相ごとく顔をグッとしかめ、力強くうなずいた。「負けたら悔しいし、勝ったらうれしいので」。武骨な男の感情が、自然とあふれ出た。

初の賜杯が手に届くところまできた千秋楽は、異例の舞台に立つ。打ち出し後、審判部は千秋楽の取組を決め、結びで徳勝龍と大関貴景勝の一番を組んだ。千秋楽結びに平幕が出場するのは、昭和以降3度目。幕尻の力士が出場最高位の力士と対戦するのは、史上初という事態だ。

審判部長代理の境川親方(元小結両国)は「大関同士がいいんだろうけど、豪栄道があの成績だから。横綱もいないし」と説明。会場を引き揚げる段階で翌日の対戦相手が分からない中、徳勝龍は「自分が番付で一番下。思い切っていくだけ」と自らに言い聞かせていた。

荒磯親方(元横綱稀勢の里)、大関豪栄道らと同じ昭和61年(86年)生まれの33歳。この日、その荒磯親方はNHK大相撲で解説を務め「徳勝龍の流れがきている。重さがあって我慢ができている」と期待を込めた。「華のロクイチ組」の中では日の目を浴びる機会が少なかった徳勝龍に、千載一遇のチャンスがやってきた。

“相撲発祥の地”と呼ばれる地元奈良も盛り上がる。千秋楽の26日は、出身の奈良市役所が100人を定員にパブリックビューイングを開催する。奈良県出身の力士の優勝となれば、1922年(大11)の元小結鶴ケ浜が最後。現役力士では唯一の奈良出身の関取が、98年ぶりの快挙を故郷に届けられるか。本人は泰然としている。「(優勝の意識は)全然ない。昨日が一番寝られました」。

5年連続で初優勝力士の誕生が確定した荒れる初場所。歴史的な下克上の時が、刻々と迫っている。【佐藤礼征】

▽幕内前半戦の審判長を務めた高田川親方(元関脇安芸乃島) (徳勝龍が勝った瞬間)神懸かってるって思った。(要因は)分からん。本人も分からないんじゃないの。

徳勝龍(左)は突き落としで正代を破る(撮影・小沢裕)

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貴景勝V消滅「もっと強くならないといけない」

朝乃山に敗れ土俵下で肩を落とす貴景勝(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇14日目◇25日◇東京・両国国技館

幕尻の西前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が、記録ずくめの初優勝に王手をかけた。平幕で1敗同士の正代との直接対決で、5日連続となる土俵際の逆転勝ちを収め、単独トップに立った。2敗の大関貴景勝が敗れ、優勝争いは1敗の徳勝龍と2敗の正代に絞られた。

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負け残りの土俵下、貴景勝の顔が悔しさで震えていた。「もっと強くならないといけない。上手を取られてしまった。そこがすべて」。優勝の可能性が消滅。「優勝する資質がなかった」と支度部屋でも悔しさを隠さず、はき出した。

次の大関候補と言われる朝乃山とは過去3勝2敗、相撲内容も互角のライバル関係だった。突き放した土俵際までは貴景勝のペース。しかし残されて左上手を取られた瞬間、体勢は逆転した。相手の上手投げに貴景勝も下手投げを打ち返す。だが四つ相撲では分が悪く、上手投げに屈した。

令和初の天覧相撲だった。天皇、皇后両陛下が場内に入場された際のテレビ映像を貴景勝は支度部屋で直立不動で見つめた。「陛下の前で恥ずかしい相撲はとれないと頭に入れていた。残念です」。大関として千秋楽まで優勝争いに絡まなければならない使命感も含め、悔しさがこみ上げた。

千秋楽は単独トップの幕尻徳勝龍と異例の割りが組まれた。貴景勝が賜杯の行方を左右する。その取組決定前に場所を後にしたが、「もうひと皮、ふた皮むけるには力不足だった。千秋楽は切り替えて、一生懸命頑張りたい」。変わらず土俵に集中する。【実藤健一】

朝乃山に敗れ、支度部屋で表情を曇らせる貴景勝(撮影・河田真司)

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