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海老原博幸カミソリ左ストレート/柴田国明氏の一撃

63年9月18日 世界フライ級選手権 1Rから王者ポーン・キングピッチ(左)を果敢に攻める挑戦者海老原博幸

<ボクシング、忘れられない一撃~13>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトして語ります。『天才パンチャー』の異名を取った元世界2階級制覇王者(WBCフェザー、WBA、WBCスーパーフェザー)柴田国明さん(73=ヨネクラ)の忘れられない一撃は「キングピッチを初回にKOした海老原の左ストレート」です。

▼試合VTR 1963年(昭38)9月18日、東京都体育館で世界フライ級王者ポーン・キングピッチ(タイ)に、同級4位の海老原博幸(協栄)が挑戦した。初回終盤、海老原はサウスポースタイルから『カミソリパンチ』と呼ばれた左ストレートで痛烈なダウンを奪うと、立ち上がった王者に連打でラッシュ、最後は再び左ストレートをさく裂させて1回KO勝ち。白井義男、ファイティング原田に続く、日本人3人目の世界王者になった。足をけいれんさせたキングピッチはしばらく立ち上がることができなかった。

あの海老原さんの左ストレートは、今も鮮明に覚えています。それほど美しかった。“前、後ろ、前、後ろ”と彼特有のフットワークのリズムに合わせて、“パーン”と放ったパンチ。足と手のタイミングがぴたりと合って、体重移動から拳の握り具合まで完璧でした。まさにサウスポーのお手本とも言える左ストレート。挑戦者のリズムに引き込まれていたキングピッチはよける術がなかった。あれを正面からアゴに食らったら立てません。

海老原さんの左は“カミソリ”と呼ばれるほど切れ味鋭かった。パンチの威力は筋力やパワーだけでは生まれません。スピード+正確性+パワー。この3つが1つになって初めて破壊力のあるパンチが打てるのです。それが海老原さんの左ストレート。あのタイミングは理屈ではなくて、金平会長との長い練習の中で体に染み付いていたのでしょう。だからあの一瞬に出せたのだと思います。

キングピッチ-海老原戦は、まだプロデビューする前にテレビで見ました。衝撃を受けたというより、ただ感激しましたね。後年、海老原さんとゴルフをした時にあのパンチについて聞いたら「柴田くん、あれはよく分からないんだよね」と答えました。狙ったのではなくて、無意識に打ったからだと思います。僕もKOしたパンチは不思議と力が入っていなかった。体感で打っていたとしか言いようがないですね。

海老原さんはパンチも強かったけど、特にすごかったのは足の動きなんです。前後のフットワークは世界一。一方、ファイティング原田さんは首を左右に振ってリズムを取るのが抜群でした。僕は上体や肩を小刻みに動かすボディーワークを生かしたリズムボクシング。ボクシングで強くなるには、自分のリズム、つまり型をいかにつくるか。当時の世界チャンピオンは、みんな自分の型を持っていました。私も自分の型にはまったときは負けませんでしたよ。

◆柴田国明(しばた・くにあき)1947年3月29日、茨城県日立市生まれ。65年3月プロデビュー。才能は日本歴代屈指と言われ『天才パンチャー』の異名を取った。70年12月に敵地メキシコで名王者サルディバルを13回KOで下してWBC世界フェザー級王座獲得。3度目の防衛戦で敗れたが、73年3月にWBA世界スーパーフェザー級王座を獲得して2階級制覇。2度目の防衛戦で王座を手放すも、74年2月にWBC同級王座を獲得。3度の防衛に成功した。77年に引退。通算戦績は47勝(25KO)6敗2分け。163センチの右ファイター。名門ヨネクラジムの最初の世界王者。

63年9月18日 世界フライ級タイトルマッチ 王座に輝き関係者らに抱えられる海老原博幸(左)と金平正紀ジム会長 
63年9月18日 世界フライ級タイトル 王座に輝いた海老原博幸(左)を祝福する力道山(中央右)

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協栄ジム金平会長、休会届提出「父も泣いている」

東日本ボクシング協会を訪問した協栄ジムの金平会長(左)。右は太田弁護士

プロボクシングの名門・協栄ジムの金平桂一郎会長が9日午後、都内の東日本ボクシング協会を訪問し、プロ活動休止となる休会届けを提出した。

本日付けで受理され、即日休会となった。金平会長は「私の不徳の致すところ。(先代会長の)父も泣いていると思う。父は40年間ジムを守り、私の代でも20年。本当に選手、スタッフ、ファンのみなさんに心配をおかけして申し訳なく思います」と謝罪した。

東日本協会の規定では、5年以上休会が続いた場合、自動的に退会扱いとなる。5年以内に復会の手続きを踏まなければ、協栄ジムは事実上の「消滅」となる。金平会長は「復活するつもりがなければ最初から退会している。ジム再開が視野にあるからです。入っている以上は早く『新生協栄ジム』を立ち上げたい。金平なき協栄はありえない」と力説した。

14年9月から実質的オーナーによるジム運営、金平会長が選手育成、指導に手腕を発揮する役割分担で経営を続けてきた。しかし先月27日、オーナー側から突然、契約解除を通達されたという。現在、運営会社や実質的オーナーとも話し合いができていない状態。金平会長は「ジム内で何かが起こったら会長が責任を持たなければいけない。今、私はジムに入ることができないので、その責任を負うことができなくなった」と休会手続きの理由を強調していた。

休会届けを受理した東日本協会サイドは「今回は試合が決まっている選手がいる状態で休会届けを出したので、復活時の場合は会長の資質を問われますし、ハードルが出ると思います」との見通しを口にした。亀田3兄弟のいとこ京之介が在籍しており、22日には全日本新人王決勝(東京・後楽園ホール)を控える。協会サイドは「早急に選手の救済は話します。ジム移籍へのサポートをしないといけない」との見通しを示した。

▽具志堅用高氏(協栄ジムで13度防衛を果たした元WBA世界ライトフライ級王者、白井・具志堅スポーツ会長)「(休会の件は)ニュースで知りました。休会するようなら残念です。さみしいですね」

東日本ボクシング協会などを訪問し、ジムの活動休止となる休会届けを提出した協栄ジム金平会長(左)。右は太田弁護士

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名門看板下ろす協栄ジム、会長は再建意欲も不透明

協栄ジムの金平会長

ボクシングで具志堅用高、亀田興毅ら国内ジム最多13人もの世界王者を輩出した協栄ジム(東京都新宿区)がプロジムとしての活動を休止(休会)することが7日、分かった。実質的オーナーとの方向性の違いを理由に、金平桂一郎会長が決断した。9日にもジム会長らで組織する東日本ボクシング協会に休会届を申請し、統括団体の日本ボクシングコミッション(JBC)に説明するという。

   ◇   ◇   ◇

6日にジム休会の意向を東日本協会、JBCに伝えたという金平会長は「月曜日(9日)にも協会に休会届けを出します」と表明した。世界戦の赤字で経営が苦しくなり、12年には自社ビルを売却。現在の実質的オーナーらの支援を受けて運営してきたものの、今年になって方向性の違いが表面化したという。金平会長は「経営者とのトラブルです。弁護士を通じ、法的なものを進めていきます。協会から厳しい声も頂きましたが、私の責任においてできるのは休会ぐらい」と説明した。

協栄ジムは1959年(昭34)設立。海老原博幸をはじめ、日本歴代最多13度の防衛を誇るWBA世界ライトフライ級王者具志堅、渡嘉敷、鬼塚、亀田興ら有名な世界王者を育成してきたが、経営難で今年の協栄ジム主催興行はゼロだった。父正紀氏から引き継いだジムの歴史に1度、幕をおろす同会長は「ジムができて60年。このような結果になってしまって残念。責任を感じる」と口にした。

現在、協栄ジムには10人以上のプロ選手が在籍している。休会届が認められれば、JBC管轄下でのプロ興行開催、プロ選手の試合出場が不可能になる。亀田3兄弟のいとこ、京之介が在籍しており22日には全日本新人王決勝(東京・後楽園ホール)を控えている。「なるべく早く発表して、新たな所属で試合をしてほしいと思いました」としたが、移籍などの早急な対応が必要になる。

休会後、東日本協会に手続きを踏めば活動は再開できる。金平会長は「新たなスポンサーを探し、なるべく早く復活させたい」としたが、今後は不透明な状況となる。また同会長が務めている東日本協会副会長、日本プロボクシング協会理事は辞職になるという。国内ではガッツ石松ら5人の世界王者を輩出したヨネクラジムが17年に閉鎖となった。昭和の時代から日本のボクシング界を支えてきた名門ジムが、またも苦境に陥った。

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金平会長ジム休止表明、協栄HPはジム運営継続掲載

協栄ジム・金平桂一郎会長

プロボクシングの名門・協栄ジムが活動休止(休会)することが7日、分かった。

金平桂一郎会長が明かしたもので、9日に日本プロボクシング協会、日本ボクシングコミッション(JBC)に休会手続きを申請するという。同会長は「月曜日にも協会とJBCに休会届を出します」と明かした。休会理由は実質的オーナーと同会長の方向性の違いで「経営者とのトラブルです」と説明した。

金平会長の休会表明を受け、同ジム公式サイトは「本日、一部のメディアにおいて、当ジムが活動休止を予定している旨の報道がありましたが、当ジムが発表したものではなく、活動休止を予定している事実もございません。当ジムは、引き続き、会員の皆様に対してこれまで同様のサービスを提供してまいります」(原文まま)とのコメントを掲載。ジム自体の運営は続けられる内容となっているが、金平会長が週明けに休会届を提出して認められればプロ活動は制限。選手はJBC管轄下での試合ができなくなる。

76年に設立された協栄ジムは現会長の父となる金平正紀前会長が設立。海老原博幸、西城正三、具志堅用高、上原康恒、渡嘉敷勝男、鬼塚勝也、勇利アルバチャコフ、オルズベック・ナザロフ、佐藤修、亀田興毅、坂田健史、佐藤洋太、亀田和毅と国内ジムではトップとなる計13人の世界王者を輩出している。同会長は「早く復活させたいと思っています」とも口にした。

現在、亀田3兄弟のいとこ京之介が在籍。22日には全日本新人王決勝(東京・後楽園ホール)を控えており「なるべく早く発表して、新たな所属先で試合をしてほしい」と話した。

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金平会長「なるべく早く復活させたい」一問一答

協栄ジム・金平桂一郎会長

プロボクシングの名門・協栄ジムが活動休止することが7日、分かった。金平桂一郎会長が明かしたもので、9日に日本プロボクシング協会、日本ボクシングコミッション(JBC)に休会手続きを申請するという。

以下、金平会長の一問一答

-現在の状況は

(東日本ボクシング)協会と、JBC(日本ボクシングコミッション)には既に話をしています。月曜にも協会に休会届を出します。

-休会の理由は

経営者とのトラブルです。弁護士を通じ、法的なものを進めていきます。協会から厳しい声も頂きましたが、わたくしが責任において出来るのはこれ(休会)ぐらい。

-所属選手は

自由契約にして、それぞれ新たな所属ジムを見つけてもらう形となります。22日の全日本新人王決定戦に(亀田)京之介が出るので、なるべく早く発表して、新たな所属で試合をしてほしいと思いました。京之介には期待していたので残念です。

-金平会長の東日本ボクシング協会副会長の職は

長年務めてきましたが、権利がなくなるので、自動的に辞職の形になると思います。

-今後、ジム再開の予定は

まず選手の安全と健康管理を優先したい。その上で、新たなスポンサーを探し、なるべく早く復活させたいと考えています。

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協栄ジム金平会長は理事など辞職へ「権利なくなる」

協栄ジムの金平会長

プロボクシングの名門・協栄ジムが活動休止することが7日、分かった。

金平桂一郎会長が明かしたもので、9日に日本プロボクシング協会、日本ボクシングコミッション(JBC)に休会手続きを申請するという。

現在、同会長は東日本ボクシング協会副会長、日本プロボクシング協会理事を兼務しており「どういう形になるか分かりませんが、権利がなくなるので辞職になると思います」との見通しを口にした。

両協会関係者もジム休会に合わせて辞職になるとの認識を示した。

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亀田京之介、優勝&MVPに「どんなもんじゃい!」

東日本新人王フェザー級王者に輝き雄たけびを上げる亀田京之介(撮影・中島郁夫)

<ボクシング:東日本新人王決勝フェザー級5回戦>◇3日◇東京・後楽園ホール

亀田3兄弟のいとこ、亀田京之介(21=協栄)が、今成太希(22=三迫)に3回1分10秒TKOで勝利。亀田一族初の東日本新人王となり、MVPも獲得した。

初回から足を使い、右ストレートやアッパー打ち込む。2回終了時には、今成とにらみ合い熱くなる場面もあったが、3回で再び冷静さを取り戻し、ラッシュから右アッパーで今成を沈めた。勝利が決まると、コーナーによじのぼり、ガッツポーズ。「ほんまは12月22日(の全日本決勝)で言うつもりだったけど」と前置きし、「どんなもんじゃい!」と亀田家お決まりのフレーズをうれしそうに叫んだ。

考えるボクサーに成長した。18年1月のデビュー戦は「目つきが違っていた。人殺すんじゃないかという目だったと思う」。自ら振り返る通り、キレて、我を忘れて空回った。だが、「自分だけではうまくいかない」と周囲の声を聞くように努め、考えながらさばくボクシングを覚えた。「今はセコンドの声もすべて聞こえる。試合もリラックスして臨めるようになった」。金平会長も「これから伸びる部分がいっぱいある。注目に実力が追いついてきた」と努力をたたえた。

今成太希(左)からダウンを奪いほえかかる亀田京之介(撮影・中島郁夫)
今成太希(右)に左ストレートを放つ亀田京之介(撮影・中島郁夫)

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亀田京之介“かませ犬”を拭い去る!志願の新人王戦

東日本新人王戦初戦の前日計量でクリアした亀田京之介

ボクシングの亀田3兄弟のいとこで「浪速の狂拳」こと亀田京之介(20=協栄)が31日、都内で東日本新人王フェザー級4回戦の前日計量に臨み、57・0キロでクリアした。対戦相手の稲森卓也(川崎新田)も同体重でクリアした。

亀田は18年元日にプロデビューも2回TKO負け。その後2勝し、これがプロ4戦目。ボクサーの登竜門である新人王戦には自ら金平会長に出場を志願したという。「亀田家で誰も(新人王戦に)出ていない。今まで“かませ犬”とか言われてきたけど、優勝したら、そうじゃないと言える」。結果を残して、かませ犬の冠を拭い去るつもりだ。

昨年11月の3戦目以来、走りこみなどで課題の下半身強化に励んできた。「日頃やってきたことが試合に出せるか、楽しみです。前よりスタミナはついていると思う」。ともに練習するWBC世界スーパーバンタム級暫定王者亀田和毅ら亀田家の面々からも太鼓判を押された。「みんなに落ち着いてやれ、自分のボクシングしたら負けへんから、と言ってもらってる」。

前日30日に、2戦目から験担ぎで続けている浅草寺での必勝祈願も済ませ、準備は万全。「面白い試合しますよ」と自信をのぞかせた。

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道切り開いてきたから今回も信じていた/興毅氏手記

WBC世界スーパーバンタム級暫定王座決定戦を制した亀田和毅(中央)は、複数階級制覇を達成している兄興毅氏(左)、大毅氏と一緒に記念撮影(撮影・山崎安昭)

<プロボクシング:WBC世界スーパーバンタム級暫定王座決定12回戦>◇12日◇東京・後楽園ホール

WBC世界スーパーバンタム級2位の亀田和毅(ともき、27=協栄)が、3年ぶりの王座奪回で2階級制覇を達成した。同級1位アビゲイル・メディナ(30=スペイン)に対し、初回から鋭い左ジャブでリード。中盤からは強打に耐えて手数で反撃し、3-0の判定勝ち。兄2人に続く世界に例のない3兄弟2階級制覇で、一家にとって7本目のベルトをつかんだ。

   ◇   ◇

メディナ選手は本当に良いボクサーやったし、それを和毅がクリアしてくれた。最後の世界戦から3年ちょっと。よう我慢したと思う。3年は長いですよ。周りが長いと感じているんやから、本人はもっと長いと感じていたと思う。なかなかチャンスをあげられなかったのは、自分の力のなさ。世界戦前に引退を報告して、和毅に託したつもりやった。亀田家大復活を達成してくれて、本当にうれしいな。

思い返せば5年前。大毅の試合を発端に13年12月から、ずっと亀田家は日本で試合ができひんかった。あの時は「なんで、できひんの」と思った。ジム移籍も認めてくれず、新しいジムの会長をお願いしても認めてくれへん。どうすんの、という時に和毅は海外に出ていった。ラスベガスのMGMグランド・ガーデンアリーナでの指名試合(WBO世界バンタム級タイトルマッチ、初防衛戦)でKO勝ちした。試合視察していた(有名な米プロモーター)アル・ヘイモン氏が「こいつは面白い」と言うて契約を結んでくれた。語学も駆使して和毅はメキシコ、米国で練習や試合をしてきた。いつも自分で道を切り開いてきたから、今回も信じていた。

一方で国内はしんどい時期が続いたね。特にジム(K3 BOX&FIT GYM)経営が大変やったな。三軒茶屋でジムを始めた同じタイミング(14年2月)で国内活動が制限されたから。プロ活動できないジムに会員は集まらない。プロボクサーも育成できないし、興行もできない。ただのフィットネスジムやから大赤字やった。毎月の家賃だけで150万円。2年間、ジム経営だけで億単位を損したな。通帳見たら金ないし。しんどかった。

2年前の8月にジムを閉めた後、協栄ジムの金平会長から連絡があって和毅のために動いてくれた。「大丈夫やで」って言ってくれて選手ライセンスも取れた。自分も大毅もトレーナーライセンスも取れてありがたかったな。前に裁判とか、もめていたジムともう1度再出発というのは、世間にも明るいニュースとして伝わるんじゃないかと思ったし、本当にあれから好転していったな。

老舗、名門の協栄ジムで13人目の世界王者が生まれた。協栄ジムと亀田家が、ようやく日本のボクシング界で活躍できる舞台が整ったと思うよ。和毅にとっては2階級制覇王者になってからが本当のスタートや。このスーパーバンタム級で2、3本のベルトを統一させてあげたい。リング内は和毅に任せて、自分は東京ファイトクラブのプロデューサーをしっかりやるだけ。今は面白いことやるために、手綱を抑えている感じ。来年、乞うご期待。楽しみにしていてください。(亀田興毅)

あいさつで笑顔を見せるTFC亀田興毅プロデューサー(撮影・山崎安昭)

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亀田和毅王座で協栄ジム国内最多13人目の世界王者

WBC世界スーパーバンタム級暫定王座決定戦を制して2階級制覇の亀田和毅はガッツポーズ(撮影・山崎安昭)

<プロボクシング:WBC世界スーパーバンタム級暫定王座決定12回戦>◇12日◇東京・後楽園ホール

WBC世界スーパーバンタム級2位の亀田和毅(27=協栄)が同暫定王座を獲得したことで、所属先の協栄ジムにとって13人目の世界王者誕生となった。

12人で帝拳ジムと並んでいたが、再び国内ジム最多の世界王者輩出となり、金平桂一郎会長は「単独1位に返り咲きました。和毅君、ありがとう」と試合後の会見で並んだ和毅に感謝の気持ちを口にした。

同ジムではWBC世界スーパーフライ級王者佐藤洋太が王座陥落した13年以降、世界王者が誕生していなかった。また国内での世界戦開催も12年12月以来、遠ざかっていた。久しぶりの世界王座奪取で興奮したのか、金平会長は会場でスマホを紛失したといい「テンパッています」と慌てていた。

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亀田和毅2階級制覇に意欲「4団体王者誰でもいい」

協栄ジムで一夜明け会見を開いた、左から矢吹純、亀田興毅、和毅、京之介、金平桂一郎会長(撮影・村上幸将)

 元WBOバンタム級王者の亀田和毅(26=協栄)が、ダニエル・ノリエガ(32=メキシコ)との世界前哨戦の完勝から一夜明けた6日、都内の協栄ジムで会見を開き「次は世界戦をやりたいという気持ちしかない」と、改めて年内の2階級制覇への挑戦を明言した。

 亀田和は現在、スーパーバンタム級でWBA3位、WBC5位、IBF3位、WBO14位と主要4団体で世界ランク入りを果たしている。WBAはダニエル・ローマン(米国)、WBCはレイ・バルガス(メキシコ)、IBFは岩佐亮佑(セレス)、WBOはノニト・ドネア(フィリピン)に快勝したジェシー・マグダレノ(米国)との統一戦を4月28日に行い、11回1分38秒TKO勝ちしたアイザック・ドグボー(ガーナ)が王座に君臨するが、亀田和は「(ノリエガ戦は)練習通り、リラックスしながら出せたかな、という感じ。4団体のチャンピオン、誰でもいいですよ」と自信満々で言い放った。

 協栄ジムの金平桂一郎会長(52)も「誰とやっても勝ちますよ」と笑みを浮かべた。ノリエガ戦では2、5回にダウンを奪ったが、徹底的に引いて守る相手を倒しきれず10回判定勝ち。ただ、審判のスコアは3者ともに100-88とフルマークで、金平会長は「内容が大事」と強調。「試合後、関係者の間で話し合って、和毅の伸びしろをこれ以上、伸ばすのはモチベーションだから、もう世界しかないね、という意見で一致しました。世界戦に向けての交渉を始めていきたい」と明言した。

 兄の興毅(31)はローマンがかみ合うのではないかという考えを示した。「面白いと思いますよ。技術の戦いになる。ローマンは、頭が良い。でも、スピードが違うから和毅が上回ると思うね。戦いながら和毅も頭を使うから、レベルが上がると思うよ」。ローマンは、17年9月に久保隼(真正)を破って王座を獲得し、翌年2月の初防衛戦では松本亮(大橋)に完勝と、日本人を連破している。【村上幸将】

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上西小百合氏が亀田引退試合前にボクシング継続宣言

亀田興毅引退試合・引退式に駆け付け、ボクシングの継続を宣言した上西小百合氏(撮影・村上幸将)

<亀田興毅引退試合・引退式>◇5日◇東京・後楽園ホール

 元衆議院議員の上西小百合氏(35)が、ボクシングの元世界3階級制覇王者の亀田興毅(31=協栄)が元WBCフライ級王者ポンサクレック・ウォンジョンカム(40=タイ)と戦う引退試合の会場に姿を見せ、亀田興が所属する協栄ジムに入会し、始めたボクシングについて「まだまだ続きますよ!! まだまだ終わらないというところを見せたい」などと豪語した。

 上西氏は、協栄ジムの金平桂一郎会長(52)に誘われ、ダイエット目的で17年12月に協栄ジムに入門。その後、亀田興の引退試合までを追いかけるインターネット放送局AbemaTVの番組にも出演。番組内で女子ボクシングの普及を訴えるなど熱心な姿勢を見せた一方、練習を3週間もサボったことを“暴露”された。練習中の亀田興からも「上西さん、ちゃんとボクシングするの? 最終的な目標が見えない」などと叱られ、練習を再開。番組の企画として、中学生女子ボクサー田口心温(15)と2分2回のマスボクシングを行った。

 上西氏は、AbemaTVの亀田興の引退試合生中継に出演し「ダイエット(が目的)で17年に金平会長にお声がけいただいた。よりいっそう、ボクシングの魅力や格闘技の奥深さを知れた」などと、いつになく殊勝に語っていた。

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亀田興毅の引退試合、8回戦かなわず6回戦で開催に

前日計量をクリアしポーズをとる亀田興毅(撮影・河野匠)

 ボクシングの元世界3階級制覇王者の亀田興毅(31=協栄)が4日、都内で、翌5日に東京・後楽園ホールで1日限りで現役復帰し、元WBC世界フライ級王者ポンサクレック・ウォンジョンカム(40=タイ)と戦う引退試合の公式計量と会見を行った。

 亀田興が所属する協栄ジムの金平桂一郎会長(52)は当初、日本ボクシングコミッション(JBC)に申請、交渉を続けた結果、試合を認可試合とし、通常6ラウンドで行われる認可試合を世界チャンピオン同士の試合ということもあり、8回戦として認めると通達があったと発表していた。ところが、この日の会見で当初の発表を撤回。亀田興対ポンサクレック戦は6回戦となり、グローブも10オンスを使用することになったと明らかにした。

 金平会長は「皆様と交渉した結果、グローブは10オンス、ラウンド数は6となった。公式戦でなおかつ8回、8オンスのグローブを望んでいたんですけど、残念ながらかなわなかった」と苦渋の表情で口にした。

 その上で「でも、明日の試合は実戦に近いもの…拳を交えたら、そこにあるのは男同士の殴り合い。ヘッドギアなしは異例で、10オンスも当たれば倒れる。私はKOになると思う。興毅本人の気持ちを代弁させていただくと、不本意だと思う」と説明した。【村上幸将】

前日計量を終え、にらむ亀田興毅(左)と笑みを浮かべるポンサクレック(撮影・河野匠)

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亀田興毅復帰&引退戦は「公式戦として開催したい」

亀田興毅(18年3月21日撮影)

 協栄ジムの金平会長が18日に都内で会見を開き、亀田興毅が5月5日に東京・後楽園ホールで行う現役復帰&引退試合で対戦する、元WBC世界フライ級王者ポンサクレックの選手ライセンス申請について、脳のCTスキャンの結果が届き次第、必要書類一式を日本ボクシングコミッションに提出すると明言した。

 ポンサクレックは8日にタイで約4年7カ月ぶりに復帰戦を行い、「最終試合から3年以内」とのライセンスの再交付規定を満たした。金平会長は「一両日中に届くでしょう。私たちは公式戦として開催したい」と語った。

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矢吹純、亀田前座出場も「日本人が戦ってくれない」

会見で対戦相手がいないと訴えた矢吹純(撮影・村上幸将)

 ボクシングの女子日本ミニフライ級チャンピオンの矢吹純(27=協栄)が18日、都内の協栄ジムで会見を開き、ボクシング元世界3階級制覇王者の亀田興毅(31)が、5月5日に東京・後楽園ホールで1日限りで現役復帰し、臨む引退試合の前座で、サオワラック・ナリーペンシー(タイ)と対戦すると発表した。

 矢吹は17年11月に同級初代王者となり、18年元日にはヨックカオ・セーンチャイジム(タイ)に1回1分32秒TKO勝ちした。2戦続けてタイ人選手との対戦となった裏には、15位まである同級日本ランカーのうち、挑戦資格のある3選手、挑戦資格まであと1勝必要な4選手に声をかけたものの対戦を拒否され、やむなくタイ人選手との対戦になったと明かした。「元旦の試合から防衛戦と聞いていたんですけど、日本人が(試合を)組んでくれず、タイ人選手との試合になった」と不満をあらわにした。

 金平桂一郎会長(52)に、今後について語るよう促されると「日本チャンピオンになったので、東洋(タイトル)を照準に、取って、実力を上げて今年、来年に世界に挑めるようにしたい」と語ったが、言葉の歯切れは悪く、表情も曇ったままだった。

 それを受けて、金平会長は「(日本ランカーに)話をしているんだが、誰も受けてくれない。誰も受けてくれない日本ランキングなら、辞めたら? 資格ないじゃん」と日本女子ランキングのあり方に疑問を呈した。「いやいや『(矢吹が)強いから出来ません』って言ったって、ランキングがあるんじゃないですか? 考え方が古いかも知れないけれど、日本の女子を盛り上げようとランキング作って(ランキングに)入ったにも関わらず、声をかけてもやらせてくれない。違和感を覚えますよね」と怒りをあらわにした。

 一方で、金平会長は「中南米や南米の強豪選手とやるというのは、なかなか今の状況で予算的な意味もあって厳しい」と台所事情もにじませた。その上で「プロだから最高の試合をお見せしたいが、矢吹が目指しているところはもっと上だし、レベルの高い選手とテストマッチをしたい。ベルトを巻いて、コールがかかって、防衛戦がしたいのに出来ない…どうしましょうね」と、日本タイトルマッチが出来ない無念を吐露した。

 それを聞いていた矢口も、スイッチが入ったように語気を強めた。「(日本ランカーが試合を)やってくれないんだったら日本、やらなくてもいいと思うし。元旦の試合の後、もっと強い選手とやりたいと言っても、またタイ人…印象が悪い。日本人の誰もが知っている選手とやった方が喜ばれるのに。ランカーは、試合を受けてくれないなら転級して欲しい。防衛戦をやりたかった」と怒りをにじませた。

 5月5日の前座試合には、亀田興のいとこ亀田京之介(19)も出場し、渡辺和幸(上滝)と対戦する。元日のデビュー戦では、木元紳之輔(ワタナベ)とフェザー級4回戦で対戦し、2回TKO負けした。それでも「あれ(負けたのは)俺じゃない。(試合は)やってないですから。次のデビュー戦は倒しに行く亀田とKOはセットなので、1回からボコボコにしたい」とデビュー戦の黒星がなかったかのように意気込んだ。【村上幸将】

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金平会長ポンサクの申請書類一両日中にそろうと示唆

協栄ジムで会見を開いた、左から矢吹純、亀田京之介、金平桂一郎会長(撮影・村上幸将)

 協栄ジムの金平桂一郎会長(52)が18日、都内の同ジムで会見を開いた。同会長は、ボクシング元世界3階級制覇王者の亀田興毅(31)が5月5日に東京・後楽園ホールで1日限りで現役復帰し、臨む引退試合で対戦する元WBC世界フライ級王者ポンサクレック・ウォンジョンカム(40=タイ)の選手ライセンスの申請について、書類がそろい次第、日本ボクシングコミッション(JBC)に申請する考えを明らかにした。

 現在、ポンサクレックのメディカル関連の書類が届くのを待っているという。金平会長は「申請に必要な書類を、取りそろえております。時間がかかっているのもある。そろい次第、なるべく早く(JBC)に行って相談を申し上げたい」と語った。書類が到着するめどについては「今日、明日くらいにくるんじゃないですか?」との見通しを語った。

 ポンサクレックは8日、タイの首都バンコクで約4年7カ月ぶりに復帰戦を行い、マノット・コンプット(35=タイ)と同国スーパーバンタム級暫定王座決定戦8回戦を戦い、判定勝ちで王座を獲得した。亀田興はJBCから選手ライセンスの再交付を受けているが、ポンサクレックも「最終試合から3年以内」とのライセンス再交付規定を満たしたことになる。

 金平会長は「もちろん、私たちはJBCルールの元での、バンタム級の公式戦の開催を求めています。書類がそろい次第、JBCに行き、協議します」と明言した。一方で「私たちは、ポンサクレックに試合しろとか言った覚えはない。ポンサクレック側が(亀田興との試合に向けて)チューンアップ試合をしたと認識している」とも語った。その上で「それくらいの勢いで向かってくると思います」とポンサクレックの動向に警戒感を強めた。【村上幸将】

亀田興毅(14年8月撮影)

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亀田興毅vsポンサクレック「公式戦の申請する」

亀田興毅

 ボクシングの元世界3階級制覇王者の亀田興毅(31)が所属する協栄ジムの金平桂一郎会長(52)は9日、亀田興が5月5日に東京・後楽園ホールで対戦する元WBC世界フライ級王者ポンサクレック・ウォンジョンカム(40=タイ)の選手ライセンスを日本ボクシングコミッション(JBC)に申請する考えを明らかにした。

 8日にバンコク(タイ)で約4年7カ月ぶりに復帰戦を行い勝利したことを受け、金平会長は「ポンサクレックが復帰戦で8ラウンドをフルに戦って勝利したことは、彼が亀田興毅と戦うために、相当練習して仕上げているということ。亀田興毅との公式戦の申請をする予定です」。

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金平会長、ポンサクの選手ライセンス申請の意向明言

亀田興毅氏(2018年3月10日撮影)

 ボクシングの元世界3階級制覇王者の亀田興毅(31)が所属する協栄ジムの金平桂一郎会長(52)は9日、亀田興が5月5日に東京・後楽園ホールで1日限りで現役復帰し、臨む引退試合で対戦する元WBC世界フライ級王者ポンサクレック・ウォンジョンカム(40=タイ)が8日、タイのバンコクで約4年7カ月ぶりに復帰戦を行い勝利したことを受けて、日本ボクシングコミッション(JBC)に同選手の選手ライセンスを申請する考えを明らかにした。

 金平会長は「ポンサクレックが、復帰戦で8ラウンドをフルに戦って勝利したことは、彼が亀田興毅と戦うために、相当練習して仕上げているということ。ジムとしては必要書類がそろい次第、JBCに書類を提出して亀田興毅との公式戦の申請をする予定です」とコメントした。

 亀田興は4日にJBCから選手ライセンスの再交付を受けたが、ポンサクレックは13年8月の試合を最後に引退していたため、JBCは選手ライセンスを交付しない方針を明らかにしていた。その後、ポンサクレックが8日に復帰戦を行ったため「最終試合から3年以内」とのライセンス再交付規定を満たした。

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久保隼が王者棄権で王座、長谷川穂積氏「後継」へ

4回、セルメニョ(左)の顔面にヒットさせる久保(撮影・田崎高広)

<プロボクシング:WBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチ12回戦>◇9日◇エディオンアリーナ大阪

 前代未聞の大逆転戴冠だ! 世界初挑戦の久保隼(27=真正)が新王者となった。7回に王者ネオマール・セルメニョ(37)にダウンを奪われるなど劣勢で迎えた11回、王者が突然グローブを外し始めた。開始のゴングが鳴った後にレフェリーが陣営に確認すると棄権の意思を表明し、久保の11回5秒TKO勝ちとなった。元3階級世界王者長谷川穂積氏の「後継」の責任を果たした。

 久保は目を疑った。「こんのかい!」。劣勢を自覚していた11回。「びびらずにいかなあかんと、腹をくくって出た直後だったんで」。王者はコーナーに座ったまま、グローブを外していた。「何しとんねん、休むな!」と怒った直後、レフェリーが久保の勝利を告げた。

 まさかのギブアップ。しかも10回までの採点で、王者はジャッジ2人の支持を受けていた。「(7回に)ダウンをとられて、やばいなと。(山下)会長にも『行かなあかんぞ!』と気合を入れられていた」。苦戦を示すように、試合中に前歯が折れた。ただ、1回からベテラン王者の腹に、左を中心にたっぷり打ち込んでいた効果はてきめん。強打を浴びる場面もあったが「打ち合いが怖かった中でも、合わせることができた」。最後まであきらめず、戦い抜いた結果だった。

 試合後の花道では、元アマチュアボクサーの父憲次郎さん(51)ら家族と抱き合った。久保のボクシング人生の原点が、父にある。小学生の時に「ボクシングがしたい」と2度直訴したが退けられた。「気持ちが優しすぎる。向いていない」が理由だった。それでも熱意を貫き中学2年からスタート。反対していた父だが、始めると「よくガッツ石松さんの話をしました」。74年4月、すでに11敗していたガッツが、59勝50KOの名王者ゴンザレスを倒す世紀の番狂わせを起こした。「何度負けても、あきらめずにはい上がれ」のメッセージがあった。

 父が引き合わせてくれたのが、南京都高ボクシング部の武元前川(たけもと・まえかわ)監督(10年に死去)だった。同監督にサウスポー転向を提案され、中学3年の10月から取り組んだ。はし、ペンの持ち手もすべて左に替えた。父は振り返る。「武元監督は全国で戦える選手しか左にしない」。WBC世界バンタム級王者山中慎介も同じだった。

 名門の東洋大ボクシング部に進んだが、残り1年で退部した。亡くなった武元監督の後任の話があったが「自分では無理」。ボクシングも嫌になった。ここでも父と衝突。実家に帰れず、12月に京都の公園で1週間過ごしたことも。そんな厳格な父が試合後に言った「息子ながら尊敬します」。新王者となった息子は「相変わらず、うっとうしかったですね」。父子の物語がひと区切り、完結した。【実藤健一】

 ◆久保隼(くぼ・しゅん)

 ☆生まれ 1990年(平2)4月8日、京都。

 ☆経歴 南京都(現京都広学館)-東洋大を経て13年5月にプロデビュー。15年12月に東洋太平洋スーパーバンタム級王座に就き2度防衛。

 ☆高校の偉大な先輩 村田諒太(ロンドン五輪ミドル級金メダル)山中慎介(WBC世界バンタム級王者12回連続防衛中)。

 ☆タイプ 身長176センチの左ボクサーファイター。

 ☆仕事 ジム関係者の会社勤務と近所の喫茶店手伝い。

 ☆趣味なし テレビも見ず、過去賞品でテレビを3台獲得も「すべてあげました」。お金への執着もなく「月10万円でいいです」。

 ☆リスペクト 女子フィギュアスケートの浅田真央。「同じ90年生まれ。その中で一番すごい選手と思っている」。

 ☆家族 元アマチュアボクサーの父憲次郎さん(51)母知美さん(51)。

 ◆日本ジム所属の世界王者 久保が82人目。出身別では大阪府の9人が最多。東京が8人、沖縄が7人と続く。久保は京都からは初めての世界王者となる。

 ◆久保が長谷川氏に感謝した。試合前に「ダウンのイメージもしておけ」と助言を受けたといい、7回に倒された時も「冷静に8カウント休むことができた」。コーナーに戻り、解説席の長谷川氏を見ると「大丈夫」とサムアップポーズが返ってきた。「それですごい安心できました」。その長谷川氏は「おめでとう。まだまだ課題もあるけど、ゆっくり休んでチャンピオンライフを満喫して」と祝福した。

 ◆セルメニョへ次戦を打診していた元世界王者で同級3位亀田和毅陣営が生視察した。標的の敗戦にも、「なんでやめるんやろ。でも、互いに良いところ出し合って良い試合」と称賛。所属の協栄ジムの金平会長は「いまランク上位なので、どの団体でも条件合えば」と久保への直接的な対戦要求はしなかった。

 ◆WBC世界バンタム級王者山中慎介 いいパンチを食らって危なかったけれど、ダメージを引きずらなかった。チャンピオンになったことで会う機会も増える。(南京都高の)先輩としてうれしかったです。

 ◆WBA世界フライ級王者井岡一翔 僕も2週間後(23日)に試合なので、刺激になりました。

山下会長に肩車され、ガッツポーズする久保(撮影・田崎高広)

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亀田和毅「心強い」長兄興毅がチーフトレーナーに

ポーズをとる、左から亀田興毅氏、亀田和毅、金平桂一郎会長

 ボクシングの元WBO世界バンタム級王者亀田和毅(25=協栄)が、5日に都内のジムで今年初練習した。練習前にチーム和毅を結成し、3階級制覇した長兄興毅氏(30)が、チーフトレーナーに就任すると発表された。

 ジムのトレーナーとして近日中に日本ボクシングコミッションへライセンス申請する。金平会長は「経験あるので問題なく受け入れられると思う」と話した。

 興毅氏は「周りも固めたしっかりした仕組みを作り、和毅を支えていく。みんなの力で世界に押し上げていければうれしい」と説明した。すでに指導を受けているフィジカルコーチに、ボクシング専任コーチ、カットマンらを加えていく。

 和毅は「興毅はいいところも悪いところも知っている。心強く、練習に集中できる。練習して最高の内容で勝つだけ」と歓迎した。15年に2度世界王座獲得に失敗し、現在はスーパーバンタム級で2階級制覇しての王座返り咲きが狙う。年末の世界戦でもIBF同級世界戦をテレビ観戦し、小国が番狂わせで奪取に成功したことには「すごい。びっくりした。作戦勝ち」との感想だった。

 年末は家族と過ごし、メキシコ人の愛妻が作った「煮物がおいしいという」おせちを食べ、自宅近くの神社で引いたおみくじは中吉だったそうだ。「日本で試合できるのはうれしい」と、春まで計画する日本復帰戦が待ち遠しそうだった。

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