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木村花さん追悼興行や献花の場、スターダムが検討

木村花さん(2019年12月24日撮影)

木村花さんの突然の死から2日たった25日も、多くのレスラーがSNSで追悼の言葉をつづった。

ダンプ松本(59)はツイッターで「可愛そうで可愛そうで悲しいです」。長州力(68)もツイッターで「残念です!なぜ無視しなかった!なぜ相談を!仲間は?親は?憧れていた夢が叶ったのに!頑張っていたのに!」などと記した。

所属するスターダムでは追悼興行やファンの献花の場を検討している。新型コロナウイルス感染拡大の影響で時期は未定だが、団体関係者は「少し先になると思うが、追悼できる場を作ってあげたい」と話した。

団体では、コロナ禍で集合できない状況のため、グループLINEなどを使いながら選手の心のケアに努めているという。

木村さんは亡くなる前に、団体事務所のドア前に飼っていたオスの子猫「からあげくん」を仲間たちに託すように置いていた。関係者によると、子猫は今後、団体の寮で飼うという。

木村さんが所属するスターダムの道場前には、ピンクの花束が置かれていた(2019年12月24日)

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長州力、木村花さん死去に「なぜ無視しなかった!」

長州力(20年2月撮影)

22歳の若さで亡くなったプロレスラー木村花さんの、突然の死から2日たった25日も、多くのレスラーがSNSで追悼の言葉をつづった。

全女時代にヒール軍団「極悪同盟」でブレークしたダンプ松本(59)はツイッターで「可愛そうで可愛そうで悲しいです」。長州力(68)もツイッターで「残念です!なぜ無視しなかった!なぜ相談を!仲間は?親は?憧れていた夢が叶ったのに!頑張っていたのに!」などと記した。

世界中から追悼の声が届くのを受け、スターダムは追悼興行開催やファンの献花の場を検討している。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、興行再開の見通しが立っていないため、時期は未定。団体関係者は「少し先になると思うが、みなさんが追悼できる場を作ってあげたい」と話した。

木村さんの死が同僚選手に与えた影響は計り知れない。団体は、コロナ禍で集合できない状況のため、グループLINEなどを使いながら選手の心のケアに努めているという。4月末から毎日継続していた公式Youtubeチャンネルでの生配信は当分中止となる予定だ。

木村さんはこの世を去る前に、亀戸の団体事務所のドアの前に飼っていたオスの子猫「からあげくん」を仲間たちに託すように置いた。関係者によると、子猫は今後、団体の寮で飼うという。

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蝶野デビュー35周年 長州「もう辞めてたの?」

蝶野プロレスデビュー35周年を記念して行われた新型コロナウイルス啓発トークショーでトークを繰り広げた蝶野正洋と長州力

蝶野正洋(56)のプロレスデビュー35周年を記念した新型コロナウイルス啓発トークショーが10日、都内で行われ、蝶野と新日本プロレス時代の先輩、長州力(68)が面白トークを繰り広げた。

蝶野は、感染予防や地域防災、AED救急救命フォーラムを行った後、第2部で長州と、第3部ではカジサックとトークショウーを行った。その間に取材に応じたが、35周年と聞いて長州が「もう辞めてたの?」と切り出すと「分からないように引退してます」(笑い)と回答。すると長州は「最後はきっちりやった方がいいよ」とアドバイスを送った。

新型コロナウイルス感染拡大で、緊急事態宣言が続く中、お互いの過ごし方を聞かれると、長州は「オレ、近所のコンビニに行くくらい。(新日本の)道場に夜遅い時間に行って体を動かすぐらい」と話した。また「孫も来れないけど、家に夏に遊べるようにプールを買ったんだ。夏にプールができればいいな」と、笑顔で話していた。また、コロナ禍が収束したら、どこへ行きたいかを問われ長州は「どこか暑い島に行きたいな。奄美大島かな」。蝶野は「海外旅行に行きたい。米国とかドイツとか。でも、いつ行けるようになるか分からない」と話した。トークショーの模様は、後日ユーチューブの「蝶野チャンネル」にて配信される。

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長州力「やる気はあるわけない」YouTube開始

長州力(2020年2月22日撮影)

元プロレスラーの長州力(68)が19日、自身のYouTubeチャンネルを開設した。

20日の第1回配信で「やる気は最初からあるわけない」などと独特の長州節でチャンネル開設の経緯を説明。一部で心配されていた滑舌も、字幕付きでほぼ完全再現された。それでも一部は聞き取れなかったのか、なぞの字幕が出された。

“ハッシュドタグ”“井長州力”など数々の珍ツイートでバズり続ける長州。第2、3回目は現在WWEで活躍する中邑真輔との対談。第4回以降は長州軍団(長州と他3人)による沖縄珍道中を予定している。

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“ハッシュドタグ”長州力YouTubeで自分探す

長州力(2020年2月22日撮影)

“ハッシュドタグ”“井長州力”など数々の珍ツイートでバズり続ける元プロレスラーの長州力(68)が19日、自身のYouTubeチャンネルを開設した。

長州は所属会社を通じコメントを発表。「ブログは気楽にできて良かったですが、Twitterやりはじめてからもうわけがわからなくなりました。一体自分がどこに向かっているのか…。インターネットは怖いですね。なんだか闇の世界に引きずり込まれていくんじゃないかと不安しかありません。この僕のYouTubeも面白いものになるのかさっぱりわかりません。冗談ではなく今は自分探しをしたいです。そっとしておいてもらいたい。ただそれだけです」と独特の表現で思いをつづった。

20日午後8時に配信される第1回はチャンネル開設の決意表明、第2、3回目は現在WWEで活躍する中邑真輔との対談。第4回以降は長州軍団(長州と他3人)による沖縄珍道中を予定している。

「リキチャンネル井長州力」https://www.youtube.com/channel/UCcjEXmMRb28ehKVy6viJLNA

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谷津嘉章 義足レスラーで復帰「冒険心が生まれた」

義足プロレスラーとして6月7日DDTビッグマッチで復帰することが決まった谷津嘉章。会見後にプロレス用の義足を持ち、ファイティングポーズ

「義足プロレスラー」の誕生だ。昨年6月に糖尿病の悪化で右足を切断したプロレスラー谷津嘉章(63)が18日都内で会見に臨み、6月7日さいたまスーパーアリーナで行われるDDTビッグマッチ「Wrestle Peter Pan2020」での復帰を発表した。谷津は「足をなくした時はこういう場が来るとは思わなかった」と喜びを語った。

谷津はレスリングで76年モントリオールオリンピック(五輪)8位、80年モスクワ五輪は金メダル候補ながら日本のボイコットにより不参加。その後プロレスラーに転向し、さまざまな団体を渡り歩き、長州力、ジャンボ鶴田のパートナーとして活躍した。10年引退するも、15年に復帰。昨年春からDDTに参戦していた。だが、糖尿病による壊疽(えそ)で昨年6月に右足下を切断。手術後は「目標がなくなった」といったん喪失感に見舞われたが、東京五輪聖火リレー走者の依頼を受け、走るという新たな目標に向かって、リハビリに専念。そのうち、「やればやるほど、鍛えれば鍛えるほど、もっともっととわがままな気持ち、冒険心が生まれた」とプロレスへの思いもよみがえった。

プロフェッショナルが復帰を支える。今年1月、DDT高木三四郎社長の紹介で義肢装具業界のリーディングカンパニーである川村義肢の川村慶社長と面会。日本初のプロレス用義足を開発してもらい、今回の復帰がかなった。特注義足の重さは約2・2キロ。プロレスの動きに合わせ、ひねりやクッション性にこだわり、今も改良が続けられている。既に谷津は義足をつけてリング上で動いており、会見ではロープワークや、監獄固めなど技をかける動画も披露された。驚異的な回復ぶりに、川村社長は「アスリートだと思いました。義足をつけて、すぐぴょんぴょんできるのは天性のもの」と谷津の運動能力の高さと努力をたたえた。

6月のカードは未定。谷津は「障がい者、ハンディがあるから、また年下だから遠慮しがちですが、遠慮すると谷津のためにならないし、お客さんにも伝わる。遠慮するなよ」と真剣勝負を求めた。

20日のDDT後楽園大会では、リングに上がり復帰を報告する。

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武藤が前田が長州が60周年猪木から闘魂注入ビンタ

「燃える闘魂60周年メモリアルセレモニー」でポーズを決め写真に納まる、左から長州、武藤、木戸、藤原、前田、木村、アントニオ猪木、越中、ヒロ斉藤、AKIRA、蝶野、藤波(撮影・横山健太)

<プロレスリング・マスターズ:後楽園大会>◇28日◇東京・後楽園ホール

新型コロナウイルス感染拡大の影響でプロレス興行の中止、延期が相次ぐ中、武藤敬司(57)がプロデュースするプロレスリング・マスターズの大会が行われ、会場は熱狂に包まれた。

今回は武藤の師匠であるアントニオ猪木氏(77)のデビュー60周年記念大会。試合後に猪木氏がリングに上がり、さらに武藤、蝶野正洋、越中詩郎、藤原喜明、藤波辰爾、木村健悟、前田日明、木戸修、長州力と猪木氏の弟子にあたるレジェンドらが集結し、師匠をぐるっと囲んだ。

マイクを持った猪木氏は「元気ですかー!元気があれば、なんでもできる」と第一声。「ここに来る途中、いろんなことを考えました。60周年なんかオレ関係ねえのにな」と大会の目玉にされたことを笑いながら愚痴りつつも、「熱い声援をもらったら、人前に出ることは素晴らしいこと」と喜びを語った。

さらに周囲、観客の声に背中を押され、武藤、蝶野、前田、長州にビンタで闘魂注入。「がんばっていこうよ。これからのプロレスが世界に向けて勇気と希望を発信できるように」と1、2、3、ダー! のかけ声で大会を締めた。

毎回人気の大会とありチケットは事前に完売。だが、コロナウイルス感染拡大の影響により、直前に約300件のキャンセルがあり、入りは8割程度にとどまった。メインのタッグマッチのセコンドに入った蝶野は客席に向かって「おいい、お前ら! よくもぬけぬけと出てきたな」と話し、笑わせつつつも、大会開催を決めた武藤に「心からお礼申し上げる」と感謝した。

試合後、武藤は「ここ2、3日追い詰められてたので、(猪木氏に)ビンタをもらってうれしかった」と、開催するかどうか悩んだことを明かした。さらに「今回マスターズやらなかったら、次1人欠けるかもしれないから、必死でやったんだよ」と決行に至った理由をブラックジョークで説明。「今の時点ではやってよかった」と胸を張った。

前田(中央)に闘魂ビンタをするアントニオ猪木(右)。左から武藤、藤波(撮影・横山健太)
アントニオ猪木(左から4人目)からの闘魂ビンタを嫌がる長州(同2人目)を無理矢理引っ張り出す蝶野(左)と武藤(同3人目)。右は前田(撮影・横山健太)

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天龍、藤波、長州らが「日本プロレス殿堂会」発足

日本プロレス殿堂会発足会見で記念撮影する、左から天龍源一郎、藤波辰爾、長州力(撮影・浅見桂子)

天龍源一郎(70)、藤波辰爾(66)、長州力(68)らが20日、都内で会見し「日本プロレス殿堂会」の発足を発表した。日本プロレス界の発展に貢献した選手の功績を後世に伝え、引退した選手支援のために立ち上げられた。

初期メンバーは3人に、故ジャイアント馬場さん、アントニオ猪木氏を加えた5人。今後、会独自の選考基準をクリアした選手が殿堂に加入していく予定。15年に米WWE殿堂入りした藤波は「日本にもできたらという思いが強かった。レスラー全員、ファンの願いでもある」と喜びを語った。

日本プロレス殿堂会発足会見で、笑顔で記念撮影する、前列左から天龍源一郎、藤波辰爾、長州力。後列左から嶋田紋奈、LEONA、池野慎太郎(撮影・浅見桂子)

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長州力「夢や希望与えた」猪木氏を国民栄誉賞に推薦

アントニオ猪木氏(右から2人目)に、ビンタを食らう長州力(左から2人目)。左奥は天龍源一郎、右は藤波辰爾(撮影・浅見桂子)

長州力(68)が20日、77歳の誕生日を迎えたアントニオ猪木氏こそ国民栄誉賞にふさわしいとたたえた。

都内で開いた「日本プロレス殿堂会」発足会見の中で、昔と今のプロレスの違いに言及しつつ「いつの時代のプロレスも、1つ同じことが言えるのは、夢を与えているんじゃないかと思いますね。元気を与えているんじゃないかと」と変わらぬ魅力を語った。

そこから「話はちょっとそれちゃいますけど」と話題は国民栄誉賞へ。「日本の国民栄誉賞は、なぜアントニオ猪木がもらえないのかな、といつも不思議ですね」と疑問を呈した。

「これほど有名で、若者にも夢や希望を与えた。(ジャイアント)馬場さんが健在でしたら馬場さんも。アントニオ猪木が健在のうちに、そういう話があがってほしいなと思いますね。いちアスリートをやっていた感覚からすれば、最近の国民栄誉賞は何の基準でいただけているのか、分からないですね。メダルを取れば、記録を伸ばせば国民栄誉賞なのかな。夢や力を与えている、そういう人物がいてもいいんじゃないかなと思うんですけどね」と意見を堂々と語った。

アントニオ猪木氏(左から2人目)に、長州力(右)が何やら急に訴え、藤波辰爾(右から2人目))に阻まれる。左は天龍源一郎(撮影・浅見桂子)
「アントニオ猪木の喜寿を祝う会」で、古舘伊知郎アナウンサー(左)の呼び込みで登場したアントニオ猪木氏(中央)(撮影・浅見桂子)

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タイガー服部「もう時間」レフェリー生活44年で幕

引退セレモニーでオカダ(左)から花束を受け取り労われるタイガー服部レフェリー(撮影・河田真司)

タイガー服部(74)が44年のレフェリー生活に幕を下ろした。

19日、新日本プロレス後楽園大会のセミ、メイン2戦を裁き、メイン後の引退セレモニーでは10カウントゴング、胴上げで送られた。

76年に米国でレフェリーデビュー。以来、95年北朝鮮・平壌でのアントニオ猪木-リック・フレアー戦、99年1月4日の橋本真也-小川直也戦などプロレス史に残る数々の試合を裁いてきた。

優秀な海外選手を招くなど、コーディネーターとしても新日マットを支えた。レフェリーが引退試合を行うのは異例。それだけ選手からの信頼は深かった。

セレモニーには、ザ・グレート・カブキ、馳浩、武藤敬司、長州力ら豪華ゲストが来場。天龍源一郎、アントニオ猪木からはビデオメッセージが届き、猪木氏からは「長い間本当にご苦労さまでした」とねぎらわれた。

会場は1600人の超満員。マイクを取った服部レフェリーは「コロナという不気味なものに負けないで、これだけたくさん来られて感謝しております」とまずあいさつ。

そして、「自分はこのユニークなスポーツに出会えて、一生プロレスというものを愛し、だけど自分の人生という感じがします。素晴らしいことも友情もいろいろありますが、裏切りもあります、悲しいこともあります。まるで自分の人生みたいな感じがします」とプロレスと自分の人生を重ねた。

選手、スタッフ、ファンに感謝を述べ、「こういう思い出は一生忘れないように頭の中に刻んで生きていきたいと思います」と目を潤ませた。10カウントゴングの後、米国時代の盟友、故マサ斎藤さんの入場テーマが流れる中、選手らに胴上げされた。

レフェリーとしての哲学は「選手を邪魔しない。無駄な場所にいないこと」。それがうまくできなくなったため、「もう時間だな、と思って」と自ら引退を決めた。

最後の3カウントをたたき、「やり切った感があった。燃え尽きました」。1年新日本との契約を延長し、米国での興行、イベントを裏方で支える予定だ。

【高場泉穂】

引退セレモニーでタイガーマスク(左)と握手を交わすタイガー服部レフェリー(撮影・河田真司)
後藤(右奥)にオコーナーブリッジを仕掛けるSANADA(手前右)にカウントをとりにかかるタイガー服部レフェリー(撮影・河田真司)
タイガー服部レフェリー(中央)引退セレモニーでリングに上がり写真に納まる、左から武藤敬司、長州力、1人おいてザ・グレートカブキ、馳浩(撮影・河田真司)
引退セレモニーでアントニオ猪木のサプライズビデオメッセージを見つめるタイガー服部レフェリー(右)(撮影・河田真司)

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長州力、引退中西に「馳とスカウト…寂しくなる」

長州力

引退発表した新日本プロレス中西学(52)の専大レスリング部の先輩でもある長州力(68)が7日、日刊スポーツにコメントを寄せた。

「少し驚きました! 今年になりライガーもリングから降りまさか中西もかと寂しくなりますね。馳と2人でスカウトしたのを、つい先日のように思い出してしまいます! 本当にお疲れさまでしたね! 新日本ではただ1人のパワーファイターでしたね。練習も本当によくやってました! 怪我もして苦しい思いもしたでしょう! 中西本当にお疲れ様でしたね!よく頑張りましたよ!(原文ママ)」

中西は専大卒業後、和歌山県教育庁に就職。だが、専大レスリング部先輩の長州力、馳浩にスカウトされ、91年新日本プロレス内のレスリング部「闘魂クラブ」入り。社員として働きながら92年バルセロナ五輪フリースタイル100キロ級に出場し、同年8月に新日本プロレスに入団した。09年にIWGPヘビー級王座を初戴冠したが、11年6月、試合中に首の脊髄を損傷。翌12年10月に復帰を果たしたが、トップ戦線からは遠ざかっていた。

会見で引退を発表した中西学は瞳を潤ませる(撮影・垰建太)

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レスラー&和泉市議員のスペル・デルフィンは今は?

プロレスラーと和泉市議で活躍するスペル・デルフィン(撮影・横田和幸)

プロレスラーと大阪府和泉市議で活躍するスペル・デルフィンは今-。引退する獣神サンダー・ライガーへの思いも独白

プロレスラーのスペル・デルフィン(本名・脇田洋人=52)は、沖縄プロレス社長の肩書を持ち、2012年に大阪・和泉市議に初当選して現在2期(8年)目を務めている。

最大会派の明政会に所属し、定数24の市議の中でスポーツ振興などを所管する厚生文教委員会、市議会だよりを作成する広報広聴委員会などを兼務する。現役プロレスラーながら「先生」として精力的に活動する。

大阪府の南西部に位置する和泉市は、かつてベッドタウンとして発展し、現在の人口は約18万6000人。大阪プロレス時代に多く取材した記者だが、市議の姿は初めて見ることになる。市役所内の1室に覆面姿で登場したデルフィンは、以前と何も変わらない笑顔で和泉市と現在の自分について口を開いた。

「和泉市って全国的にはもちろん、たぶん関西でもいまいち知られていない。堺、岸和田市の隣、関西空港の近くとしか形容されないんと違いますか。いまだにどこにあるの? と言われる。言われないためには観光名所を作るとか、インバウンド(訪日旅行)を誘致するしかない。そのためにスポーツや芸術面に力を入れてます。特にスポーツの分野では他の議員に勝てる自信があります」

例えばこの任期中、プロ野球オリックスのホーム試合で「和泉市民観戦デー」の開催にこぎつけた。泉北高速鉄道の和泉中央駅には漫画家松本零士氏、弘兼憲史氏の協力でそれぞれのキャラクター漫画の銅像を設置。元ボクシング世界王者長谷川穂積氏を招いての講演会を市内の小学校で開いた。すべて自らの人脈で実現させた。

そもそも政治家の道を志した理由は何だったのか。潜在意識の中には、やはり国会議員となったアントニオ猪木らの存在が大きかったようだ。元々はプロレスでファンを笑顔にするのがライフワークだった。そこに政治との共通点を見つけた。政治で市民に喜んでもらいたいという結論に行き着いた。

「レスラーってリング上でマイクパフォーマンスすることが多い。試合の興行の宣伝で街でチラシを配ったり、宣伝カーを走らせる。政治家は議場でしゃべり、選挙カーで街頭演説をする。動き自体は似てるでしょ。プロレスは日本人だけでなく、外国人にも通用する強いツール。プロレスをやりながら和泉市をアピールしたいと思ったんです」

幸いなことに、市議としてマスク着用が最初から許可された。実は素顔で活動する覚悟はあったが、会派代表者会議で許された。例えばマスク姿で各地の市役所に出向く。すると必ず熱烈なファンがいてくれ、そこから話題が広がる。プロレスの力を改めて感じるという。

一部の市議らが私的に使い込んで社会問題化した政務活動費についても聞いた。和泉市の政務活動費は、月に7万円(年間84万円)と定められている。一括で受け取るのではなく、42万円を2回に分けて支給される。

「これは今、厳しいんですよ。自宅からマイカーで市役所に通うガソリン代も議会がある時は出ない。議会がない時は出る。議会がある時は議員活動だからあかん、政務活動はいいよと。ややこしいでしょ。ちょっとでも間違えてたら指摘されますよ。交通費でも厳しく制限されてます」

政界に身を投じて最も大きな変化は、やはり金銭面だったという。プロレスラーという職業は極めて不安定だ。メジャー団体の所属選手でない限り、1試合でギャラは1万円、場合によっては数千円程度。試合がなければ収入はない。デルフィンは99年から務めた大阪プロレス社長時代、経営者として苦しんだ。

「今、議員になって人生で初めて固定給をもらえている。ボーナスも初めてもらえた。プロレスラーとどっちがええんやと言われたら、うーん…。プロレス経営でもうかっていたらええけど、ひーひー苦労しながらやっていた。大阪プロレス時代はちゃんと選手に給料を払ってましたけど、逆に僕はもらっていなかった。市議は任期4年間は安心でも、それ以降は選挙があって大変な目にあう。比較は難しいですね」

今回の取材の目的はもう1つあった。来年1月、デルフィンが尊敬してやまない獣神サンダー・ライガー(新日本)が55歳で現役を引退するからだ。デルフィンといえば1994年6月、新日本の大阪府立体育会館大会のメインでライガーとのシングルマッチが実現した。

ジュニアの最強を決めるトーナメント「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア」の優勝決定戦で対戦し、当時地方団体みちのくプロレス所属で、名前がさほど知られていなかったデルフィンが、ライガーと歴史に残る一戦を展開した。18分27秒、最後は惜しくも敗れたが、巧みな技や華麗な空中戦にファンは酔いしれた。これが俗にいうデルフィンの出世試合。記者も魅了された1人だ。

「あの試合は人生のターニングポイント。いまだにあれを見てファンになったと言ってもらえる。レスラーとして成功させていただいた試合。あれがあったからこそ全国で試合をさせてもらい、議員にもなれた。新日本とライガーさんには感謝しています」

当時、絶頂の人気を誇った長州力や闘魂三銃士らを差し置いてメインを飾るなど難しく、ヘビー級ではなくジュニアの認知度は決して高くはなかった。その恩人の引退が迫ってきた。

「ライガーさんは山口百恵みたいに、いいときにやめるという考え。動ける時にやめるのは大賛成だし、格好悪いライガーは見せたくないんでしょう。僕はみなさんに喜んでもらえれば、体が動く限りやります」

現在の生活に占めるプロレスと市議の割合を表してもらうと、即座に「1対9」という返答があった。

「市議って副業は大丈夫だけどプロレスに特化していたら、市議として何をしとるという批判になる。議会には100%出ないといけない。ずる休みとかありえないし、風邪をひいても骨折してもいかなければならない。僕への反対意見があったり、嫌なことももちろんある。でも、すべて自己責任による『やりがい』がある。とにかく和泉市のために頑張りますよ」

取材後、素顔のデルフィンと市役所の近所に昼食へ出かけた。素顔を知られていないから、市民から声をかけられることもない。「この時間は唯一、気楽なんですわ」。覆面レスラーの特権を楽しむ余裕が、今は少しできたようだ。【横田和幸】

◆スペル・デルフィン(本名・脇田洋人=わきた・ひろと)1967年(昭42)9月22日、大阪・和泉市生まれ。21歳の時、オランダでプロレスデビュー。FMW、ユニバーサル、みちのく、大阪を経て沖縄プロレスに。172センチ、80キロ。家族は夫人のタレント早坂好恵と1女。

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新日本、タイガー服部レフェリー引退記念大会開催へ

タイガー服部レフェリー

新日本プロレスは29日、20年2月19日にタイガー服部レフェリー(74)の引退記念試合を後楽園ホールで行うと発表した。

タイガー服部レフェリーは、元レスリング選手で67年世界選手権バンタム級優勝。明大卒業後に渡米し、プロレスラーの指導やレフェリーを経験した後、82年に新日本入団。84年に長州力とともにジャパンプロレスを設立。90年代は新日マットに戻り、数々の名試合を裁いた。今年9月の新日本ニューヨーク大会では米国最後のレフェリングをし、セレモニーも行われた。

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初代王者は杉浦 エルガン下しノア新設タイトル奪取

勝利した杉浦はファンとハイタッチしながら花道を歩く(撮影・大野祥一)

<ノア:両国大会>◇2日◇両国国技館

プロレスリングノアの新設タイトル、GHCナショナル選手権が行われ、杉浦貴(49)がマイケル・エルガン(32)を下し、初代王者となった。

リング上で親会社リデット・エンターテイメントの長州力会長から「お前、がんばったよ」の激励の言葉とともに真新しい赤いベルトを渡され、そのまエルガンとも抱擁。健闘をたたえ合った。

元新日本で現在米団体インパクト・レスリングを主戦場にするエルガンが、長年憧れ続けたのが、日本のプロレス、とりわけノアのリングだった。そんなノア愛あふれるエルガンと生え抜き杉浦の初対戦は予想通りの熱戦となった。肉弾戦で互いに力を消耗した後、激しいエルボーの打ち合いへ。そこから杉浦は五輪予選スラムで巨体のエルガンを放り投げる。原爆固めを返されると、再び五輪予選スラムを決め、21分35秒で勝負を決めた。

杉浦は「(自分を研究していると)非常に感じた。日本のプロレスをよく理解している」とエルガンを称賛。「かっこいいね」と日の丸があしらわれた新ベルトを気に入った様子で「このベルトを使って、もう1つのベルトを巻いているチャンピオンにプレッシャーをかける。それで団体がよくなっていけば」。GHCヘビー級王座に負けない価値を付けていくとした。

杉浦貴対マイケル・エルガン タックルする杉浦(右)(撮影・大野祥一)

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谷口周平、覚醒むなしく野獣藤田に締め落とされる

谷口周平対藤田和之 試合に敗れ、苦悶の表情を見せる谷口(撮影・大野祥一)

<ノア:両国大会>◇2日◇両国国技館

覚醒むなしく谷口周平(43)が“野獣”藤田和之(48)に絞め落とされた。

2人は10月3日の後楽園大会でタッグ戦で対戦。好き放題暴れ回った藤田に谷口が一騎打ちを要求し、両国でのシングルマッチが実現した。実力がありながら、これまで存在感を示してこられなかった谷口はこの日のために親会社リデット・エンターテインメント会長を務める長州力に弟子入り。「花を咲かせてみせる」と覚悟を持って、この一戦に臨んだ。

その思いがあふれた。藤田にいきなりビンタをかまし、その後の頭突きの攻防で目の上から流血と熱いファイトを展開。マイバッハプレス2連発で追い詰めたが、それが藤田の怒りに火をつける。パワーボムでリングにたたきつけられ、さらに顔面蹴りを食らう。背後から裸絞めで落とされ、レフェリーストップとなった。

鼻息荒くコメントブースに現れた藤田は「あれ、谷口って言うのか。今分かったよ」と話し、「ノア沈めに行くから。海の底まで沈めてやる。泥舟は泥なんだよ。土に還れ」とノアつぶしを宣言。「次、鈴木行くから」と刺客として鈴木秀樹の投入も予告した。

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長州力がノア谷口のトップ戦線浮上へ革命のヒント

リデット長州力会長の指導を受けるノア谷口周平

プロレスリングノアの親会社リデットエンターテイメント会長を務める長州力(67)が、11・2両国大会で藤田和之戦を控える谷口周平(43)に“革命”のヒントを与えた。

谷口の指導依頼を受け、25日、さいたま市のノア道場に初訪問。初対面の谷口のあいさつを受けると、「1日じゃ何にも教えられないよ」とつぶやきながらもそのまま熱血指導に突入。リングのエプロンに腰かけ、約1時間谷口に説法を行った。その間、谷口は手を後ろに組んだまま、微動だにしなかった。

その後はリング上で秘策伝授と思いきや、「受け身をやってみろ」と基本の受け身を何度もチェック。「技がどうのじゃないんだ」と、キレのある受け身だけでも価値があることを熱く説いた。さらに「意味のないアピールはするな」と、声でなく動きで表現する大切さも語った。

谷口の存在すら知らなかった長州は「14年もやっているのか」とそのプロレス歴の長さに驚いていた。谷口は自衛隊時代にレスリングで国体3度優勝するなど輝かしい成績を残した後、05年にノアに入団。12年からマイバッハ・谷口として活動し、今年5月、再びリングネームを本名の谷口周平に戻し、新たな道を探っている。過去GHCタッグベルトは何度も巻いたが、シングルでの大きなタイトル獲得経験はなし。両国での藤田戦を機に、トップ戦線浮上を狙う。

そんな谷口に対し、長州は「勝っても負けても花は咲きますよ。一生懸命やってれば」と温かいエールを最後に贈った。「両国でしっかりと花を咲かせて、一気に突き抜けたい」と谷口。来場する長州力の前で「内容も結果も残したい」と自分なりの花をみせるつもりだ。

リデット長州力会長(左)の指導を受けるノア谷口周平(中央)と宮脇純太
リデット長州力会長の指導を受けるノア谷口周平

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武藤敬司1年半ぶりマスターズ 閃光魔術弾さく裂

試合後写真に納まる前列左からエル・サムライ、馳、獣神サンダー・ライガー、後列左から西村、武藤、永田、中西、タイガー服部(撮影・垰建太)

<プロレスリング・マスターズ大会>◇30日◇東京・後楽園ホール

武藤敬司(56)が自らプロデュースするマットに復帰した。メインイベントで、馳浩、ラスト参戦の獣神サンダー・ライガーと組み、永田裕志、中西学、西村修組と6人タッグで対戦。6月の長州力引退興行で試合出場していたものの、マスターズには約1年半ぶりのカムバックだった。

西村と対峙(たいじ)すると低空ドロップキック、ドラゴンスクリュー、足四の字固めと流れるように得意のフルコースで攻め立てた。再び西村との顔合わせになると回転足首固めの反撃を切り抜け、ドラゴンスクシューからのシャイニング・ウィザードがさく裂。西村のコブラツイストを外して2発目のシャイニング弾も成功させると、最後はLOVEポーズからの3発目の閃光(せんこう)魔術弾でトドメを刺した。

20分55秒、体固めでフォール勝ちを収めた武藤は「ヒザの不安はすごかったけれど持ちこたえたね」と大粒の汗を流しながら手応え十分の笑顔。9月1日にはWRESTLE-1横浜文化体育館大会でデビュー35周年試合、同8日には全日本プロレス金沢大会、さらに同16日のノア大阪大会と試合が続くため「コレを乗り切ったら自信になるな。頑張りますよ」と心身ともにノリノリだった。

西村(後方)にシャイニングウィザードを防がれ悶絶する武藤(撮影・垰建太)

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長州力「毎日頭のどっかで猪木さんの名前」一問一答

長州、越中、石井組対藤波、武藤、真壁組 真壁(左)にリキラリアットを見舞う長州(撮影・滝沢徹郎)

<プロレス:POWER HALL2019>◇26日◇東京・後楽園ホール

「革命戦士」こと長州力(67)が、45年のプロレスラー人生の幕を閉じた。最後の試合となる6人タッグマッチで越中詩郎(60)、石井智宏(43)と組み、藤波辰爾(65)、武藤敬司(56)、真壁刀義(46)組と対戦。真壁に敗れたが、すがすがしい表情でリングを去った。

リング上でマイクを持つと「長い間、プロレスファンのみなさんに応援されながらここまで来ることができた。私にとってプロレスはなんだったのかな。すべては勝っても負けても私自身はイーブン。本当にイーブンでした」と独特の表現で振り返った。「ただ、今から1つお願いがあります。どうしても勝てない人間がいました。それはきょう来てくれた家内の英子です。最後に彼女にこのリングにあげたいと思います」と妻英子さんを呼び寄せ、抱擁し、キスを交わした。「私はここまで。また引退して、家族のもとに帰ります」と宣言した。

以下、試合後のインタビューの主な一問一答

-今の心境

疲れましたね。最後は空回り。そこを越中、石井が助けてくれた。

-奥様を呼び寄せた

やっぱりいろいろ迷惑かけたし。元気に何事もなくおりることができたし。Uターンです。

-今後について

何も考えてないです。自分ができることを考えます。

-最後に聞いた3カウントは

これで終わりだな、と。毎日頭のどっかで猪木さんの名前があった。猪木会長とは違いがあるんですけど、あの方をずっと見てきて、プロレスというものが分かって。それでも、とてもじゃないが、リングの上のアントニオ猪木に近づくのはとてつもなく大変なこと。やっぱり猪木会長の場合はあの方が雰囲気をつくる。(ジャイアント)馬場さんも素晴らしい方ですけど、自分の場合は猪木会長。まぁ、到底及ばないですけど、プロレスの大事なものを自分なりに考えて、リングに打ち出してきたんじゃないかなと思っている。答えはない。(猪木氏は)やっぱりすごい方ですよ。

-藤波選手と最後の対戦

ちょこっと触らせてもらったんですけど、藤波さんもずっと会長についてきた人ですから。表現の仕方は別にして彼もそうなんじゃないかなと思いますよ。最後は悩みましたよ。猪木さんを呼ぶか。ここは最後の自分の集大成として、熱い声援で押し出してもらった。

長州、越中、石井組対藤波、武藤、真壁組 試合後、妻の英子さん(右)とキスする長州(撮影・滝沢徹郎)

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真壁刀義「ハートを感じた」長州力から3カウント

長州、越中、石井組対藤波、武藤、真壁組 真壁(左)にチョップを見舞う石井(撮影・滝沢徹郎)

<プロレス:POWER HALL2019(長州力引退試合)>◇26日◇東京・後楽園ホール

新日本プロレスの真壁刀義(46)が、現役引退する長州力(67)から3カウントを奪った。藤波辰爾(65)、武藤敬司(57)と組み、長州、越中詩郎(60)、石井智宏(43)組と激突。

藤波と武藤がドラゴンスクリューで越中と石井を排除し、場外へと押し出すと、真壁が長州と1対1に。トップロープから得意技のキングコングニードロップを打ち込んだ。しかし1度目はロープ回避、2度目は1カウントでキックアウト。3度目もロープに逃げられ、4度目で仕留めた。

真壁は「オレが(3カウントを)取らないと意味ねえだろと。いつも1発(のキングコンニードロップ)できめているのにさ。何度も(必殺キングコングニーを)返してきて執念、ハートを感じたよな」と敬意を表した。

真壁は若手時代、長州の付き人として、プロレスラーのイロハを学んだ。「オレは付き人になってから、四六時中会っているのに(長州の入場曲)パワーホールを聞いてゾクゾクしたんだよ」と振り返る。98年1月、1度目の引退試合はヤングライオンのために出場はかなわなかったが、21年の時を経て、2度目の引退試合のオファーが届いた。真壁は「本当に感慨深い。前のドームの時はペーペーで省かれたけど、今回は選ばれてさ。プロレス冥利に尽きるよね」と感慨深げに話していた。

長州、越中、石井組対藤波、武藤、真壁組  コーナーの石井(下)を殴る真壁(撮影・滝沢徹郎)

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藤波辰爾ライバル長州の引退に「まだ彼はこれから」

長州、越中、石井組対藤波、武藤、真壁組 サソリ固めを決める長州力(右)をカットする藤波辰爾(左)(撮影・滝沢徹郎)

<プロレス:POWER HALL2019>◇26日◇東京・後楽園ホール

「飛龍」藤波辰爾(65)は、永遠のライバル引退を今だに信じられない様子だった。

武藤敬司(57)、真壁刀義(46)と組み、引退試合だった長州力(67)、越中詩郎(60)、石井智宏(43)組と6人タッグで激突。トップバッターで長州と顔合わせし、コーナーに追い詰められ、踏みつけられた。ストンピングをお返ししたものの、足をつかまれ、自らの得意技のドラゴンスクリューを仕掛けられた。さらにサソリ固めをきめられそうになり、場内は大歓声にわいた。

試合後の藤波は長州の引退を惜しみ「まだ彼はこれからですよ。現役と同じで燃えている」と断言。

その上で「(自身の興行)ドラディションでオファーしようかな。復帰してもらえるように、自分も準備しないとな。オレの引退は誰が見送ってくれるのか」とポツリ。

ライバル長州の引退を受け止めきれない表情だった。

長州、越中、石井組対藤波、武藤、真壁組 試合後、藤波辰爾(手前)と抱擁する長州力(撮影・滝沢徹郎)

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