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横綱大鵬の孫・納谷幸男86秒勝利も無言で控室へ

雷神矢口(左)にハイキックを見舞う納谷幸男(撮影・小沢裕)

<リアルジャパン:原点回帰プロレス>◇7日◇後楽園ホール◇観衆1465人


 13年に亡くなった大相撲の横綱大鵬の孫、納谷幸男(23)がデビュー2戦目で完勝した。9月のデビュー戦と同様、雷神矢口との再戦に臨み、わずか1分26秒、体固めでフォールする秒殺勝利となった。

 相手の挑発に乗ることなく、強烈な右ハイキック、左ミドルキックでペースをつかむと、パワー比べの組み合いにも競り勝ち、ロープ際まで追い込んだ。ランニングニーリフトで大ダメージを与え、エルボードロップをかわされた後、背後を取って岩石落としに成功。身長201センチの高さを生かした豪快な投げ技を決めた後、3カウントを奪取した。86秒で試合を終わらせながらも納谷は、関係者に抱えられて無言で控室に戻った。

 納谷は9月14日のリアルジャパン後楽園大会でデビュー戦で雷神矢口に勝利した。ところがセコンド介入など、場外戦に多くの時間が割かれたことに、同団体の会長で初代タイガーマスクの生みの親となる新間寿氏が激怒。今興行は同氏による「原点回帰プロレス」と題したプロデュース大会となり、納谷は雷神矢口の再戦指令を受けていた。

雷神矢口(左)にひざ蹴りを浴びせる納谷幸男(撮影・小沢裕)
雷神矢口(右)に岩石落としを浴びせる納谷幸男(撮影・小沢裕)
体固めで雷神矢口(下)から3カウントを奪う納谷幸男(撮影・小沢裕)

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大仁田厚レフェリーデビュー まるで復帰戦の大暴れ

レフェリーデビュー戦に有刺鉄線バットを持ち込んだ大仁田厚(撮影・村上幸将)


 10月31日にプロレスラーを引退した大仁田厚(60)が3日、都内で開催した「大仁田反省会」のバトルロイヤルでレフェリーデビューした。

 有刺鉄線バットを持ち込み「反則したレスラーに制裁を加える」と言って雷神矢口を殴ると、HASEGAWAをパイルドライバーで長机にたたきつけ、毒霧噴射と現役さながらの大暴れ。6分50秒に3カウントを数えた。試合後「挑発されると、どうしても防衛本能が働く。申し訳なくて涙が出てくる。でも復帰はしない。レフェリーも今回で終わり…引退じゃないけど」と謝罪。そして「4月ごろに大きなことを爆発させます」と予告した。

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大仁田厚レフェリー初戦でまさかのパイルドライバー

レフェリーデビュー戦に有刺鉄線バットを持ち込んだ大仁田厚(撮影・村上幸将)


 10月31日にプロレスラーを引退した大仁田厚(60)が3日、東京・新木場1st RINGで「大仁田反省会」を開き、メインイベントのバトルロイヤルでレフェリーデビューした。

 ところが、リング上でパイルドライバーを放つなどレスラーさながらのファイトを見せ“主役”になってしまった。試合は6分50秒、超電戦士バトレンジャーが勝った。

 プロレスラー引退から1カ月…レフェリーとしてリングに帰ってきた大仁田が、やってしまった。有刺鉄線バットを手にリングインすると、バトルロイヤルに出場するパンディータ、ショッカー、寺尾利明、太仁田ブ厚、佐瀬昌宏、雷電、保坂秀樹、HASEGAWA、佐野直、超電戦士バトレンジャー、友龍、櫻井匠、ワイルドコモン、そして乱入した雷神矢口をにらみ付け、有刺鉄線バットを突きつけて「今までは反則は全部、認められたんだよ。今日からは認めないんだよ。(有刺鉄線は)俺のアイテムだ、バカ野郎」と言い、すごんだ。そして、反則行為に及んだ雷神矢口を有刺鉄線バットで殴った。

 大仁田は興奮がマックスに達したのか、選手たちがリング中央に長机を置き「お願いします」と懇願すると、HASEGAWAを机の上で担ぎ上げてパイルドライバーでたたきつけた。その後、レスラー3人を相次いでハリセンで引っぱたき、毒霧まで吐く大暴れ。3カウントを宣告すると、最後は「でっかいことをやります」と叫んだ。「気持ちはレスラー。出来ないことは腹が立ちます」と現役への未練をのぞかせつつも「60歳になって…もう1回、リングには上がらないよ」と現役復帰は重ねて否定した。

 大仁田はレフェリーデビュー前のリングで、引退試合の映像を見て、自ら解説するトークを雷神矢口と橋本友彦とともに行った。その中で一方で「反則は許さない。反則をしたレスラーがいたら、有刺鉄線バットで殴りますから」と、リング上で反則行為などがあった場合は、レスラーに鉄拳制裁ならぬ“有刺鉄線バット制裁”をすると断言していた。

 大仁田は、引退から一夜明けた11月1日に都内で開いた会見で、レフェリーデビューすると電撃発表。「人間、日々、反省だなと。裁く立場じゃなく、裁かれる立場だったけれど…レフェリーをやってみようかと。やったこと、ないんですよ。悪役レフェリーとしてデビューする」と即答。 ただ、全日本プロレス所属の1985年(昭60)1月3日に後楽園ホールで引退式を行った後、1988年(昭63)にコーチとして入団したジャパン女子のリングで、同じくコーチのグラン浜田との因縁が生まれ、同12月3日に対戦し、敗れた現役復帰の“前科”があった。そのことについて突っ込まれると「もうファイトはない。早すぎるだろ。ないよ」と現役復帰はない考えを強調していた。

 矢口と橋本とのトークでも、矢口から「皆さん、大仁田ロスでしょう? 復帰しないんですか? 俺が1番ロス」、橋本から「早く、復帰しないかなぁ…待ってます」と言われると、「しないって。バカ野郎!」と、改めて復帰を否定した。

 その上で「やらなきゃいけないことがあって…バカなんですけど。ためて、ためて爆発させることが大事。4月頃に爆発させると思います。大仁田、こんなことをやるんだと…」と18年の年明け以降に、何らかの大きな動きを起こすことを予告。「こんど、やることはブーイングをたくさん食らう。言えないけれど、やらないといけない」と言い、不敵に笑った。【村上幸将】

「大仁田反省会」のリングに入場する大仁田厚(撮影・村上幸将)
「大仁田反省会」で自らの引退試合の映像を見詰める大仁田厚(撮影・村上幸将)
「大仁田反省会」で自らの引退試合の映像を感慨深げに見詰める大仁田厚(撮影・村上幸将)
レフェリーデビュー戦でパイルドライバーを仕掛けた大仁田厚(撮影・村上幸将)

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大鵬3世・納谷幸男、プロ第2戦は雷神矢口と再戦

再戦が決まりファイティングポーズをとる、雷神矢口(左)と納谷幸男(撮影・酒井清司)


 初代タイガーマスクの佐山サトルが主宰するリアルジャパンが24日、都内のホテルで会見し、大鵬3世・納谷幸男(23)のプロ第2戦の相手が、雷神矢口との再戦と決まった。

 雷神矢口には、9月14日の後楽園大会で行われたデビュー戦で勝利を収めた。しかし、セコンドの介入など、場外戦に多くの時間が割かれたことに、試合を観戦した同団体の会長で初代タイガーマスクの生みの親、新間寿氏が激怒。今回の大会を新間氏がプロデュースする「原点回帰プロレス」と題し、新間氏が対戦相手を吟味した上で、雷神矢口に決定した。佐山は「前回の試合がプロレス的に悪かったわけではない。問題は場外乱闘のところだけ。12月7日の大会は、この2人を中心に回っていく」と期待を口にした。雷神矢口は「オレは決して昭和の仕掛け人・新間さんや、初代タイガーマスクの軍門に下ったわけではない。プロレスラーとしてアウトローでやってきたが、オレがやってきたスタイルこそストロングスタイル。オレのプロレスは対世間。そういう意味で、大鵬の孫と戦うことは大変おいしい。前回、納谷はオレに勝ったが、相当悔しい思いをしたのは納谷の方。ただ、前回の戦いでオレを本気にさせた納谷君を、今回は本気でたたきつぶすつもりでリングに上がります」と話した。対する納谷は「前回の試合は形的にボクの勝ちだが、内容として良かったかどうか。再戦では、前回のような試合をするわけにはいかない。ボクにとってもリベンジ。前回出せなかった技も出していきたい」と自信を見せた。

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大仁田厚、後楽園で藤田和之と引退試合を戦う理由

引退セレモニーで10カウントゴングを終えた大仁田はマイクパフォーマンスでファンを盛り上げる(撮影・山崎安昭)

<大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会・引退式>◇31日◇東京・後楽園ホール


 7回目の引退を表明した大仁田厚(60)が、引退試合「大仁田厚思い出の聖地・後楽園ホール最期のデスマッチ!! ストリートファイト トルネードバンクハウスデスマッチ」で、鷹木信悟(ドラゴンゲート)、KAI(フリー)とタッグを組み、藤田和之(47)、藤田の代理人ケンドー・カシン(49)、NOSAWA論外のはぐれIGF軍と対戦する。

 大仁田は、現役最後の戦いの場に後楽園ホールを選んだ理由として、自身にとって節目の場所だからだと強調した。大仁田は1974年(昭49)4月14日に、全日本プロレス後楽園ホール大会の佐藤昭雄戦でデビュー。左膝蓋(しつがい)骨粉砕骨折の重傷を負ったことを受けて、付け人も務めた恩師・ジャイアント馬場さん(享年61)から引退勧告され、85年1月3日に引退式を行った。「馬場さんに引退式をしてもらったのも後楽園ホール…僕の思い出の地であり、青春を駆けめぐった聖地だから、ここがいいと思った。最初の引退の時、駐車場で体に空いた風穴を、すきま風が通る感じがした。晴れ晴れと駐車場を去りたい」と語った。

 藤田を最後の相手に選んだ理由については、馬場さんとライバルだったアントニオ猪木(74)の、最後の弟子だからだと明かした。「馬場さんに引退勧告されて引退式を行った後楽園ホールで、猪木さんの最後の後継者と戦うことに意義を感じた」。

 大仁田は、9日に東京・お台場野外特設会場で行われた「ノーロープ有刺鉄線四面電流爆破&有刺鉄線電流爆破バットマッチ」で藤田と初めて対戦。雷神矢口と保坂秀樹と組み、藤田、藤田の代理人ケンドー・カシン、NOSAWA論外が組んだ、はぐれIGF軍と激突したが、藤田とカシンの有刺鉄線電流爆破バットの挟み撃ちに遭い4分35秒、論外に体固めでフォール負けを喫した。

 当初、引退試合は台場と同カードによる再戦だった。それが、9日に1度、勝ったカシンが「我々が勝った。それと同じカード。何で大仁田対藤田のシングルマッチじゃないの?」と因縁をつけたことなどで変更となった経緯がある。

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ダンプ松本が「カムバック、大仁田厚!!」と絶叫

「大仁田厚ファイナル」第3試合に登場したダンプ松本(撮影・村上幸将)

<大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会・引退式>◇31日◇東京・後楽園ホール


 ダンプ松本(56)が、第3試合の8人タッグマッチに勝利後、この日で引退する大仁田厚(60)に「カムバック!!」と絶叫した。

 「大仁田さん、聞こえますか!! カムバック、大仁田厚…いつか、また戻ってきて下さい。ダンプ、待ってます!! イェーイ!!」

 ダンプは雷神矢口、ZAP、怨霊と組み、クラッシャー前泊、保坂秀樹、バッドナース中村、寧々∞D.a.i組と対戦。トレードマークの竹刀で、要所で相手を殴り回し老練なファイトを披露した。

 保坂にビンタを張られる場面もあったが、試合の終盤には一斗缶を使って、殴りまくるラフファイトで相手組をほんろう。最後はZAPが、松本の一斗缶攻撃でダメージを受けたクラッシャー前泊を8分36秒、フォールした。

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大仁田厚ついに引退試合…7回の引退と復帰の歴史

「大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会・引退式」のポスター

<大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会・引退式>◇31日◇東京・後楽園ホール


 大仁田厚(60)が7年ぶり7度目の引退を表明し、1974年(昭49)4月14日に佐藤昭雄戦でデビューした思い出の地・東京・後楽園ホールでの引退大会と引退式に臨む。

 大仁田はニッカンスポーツコムの取材に対し「プロのレスラーとしてリングに上がることは絶対にない。神に誓って、やらない」と、今回が最後の引退だと宣言している。大仁田が、これまで引退、復帰を繰り返してきた歴史は以下の通り。

 ◆1度目の引退 1983年(昭58)4月のヘクター・ゲレロ戦で左膝蓋(しつがい)骨粉砕骨折の重傷。復帰も、1984年12月2日にマイティ井上に敗れ、付け人も務めたジャイアント馬場さん(享年61)に引退勧告されて、85年1月3日に後楽園ホールで引退式を行った。

 ◆1度目の復帰 1988年(昭63)に、コーチとして入団したジャパン女子のリングで、同じくコーチのグラン浜田との因縁が生まれ、12月3日に現役復帰し、対戦したが敗れる。89年に空手道場「誠心会館」を率いる青柳館長と東京・後楽園ホールで開催された「格闘技の祭典」異種格闘技戦で対戦し、同10月6日にFMWを旗揚げ。

 ◆2度目の引退 1995年(平7)5月5日に、川崎球場で愛弟子の故ハヤブサさん(享年47)と引退試合を行い、18分11秒、サンダーファイヤー・パワーボム3連発で仕留めて引退。

 ◆2度目の復帰 1996年(平8)12月11日に、宿敵だった故ミスター・ポーゴさん(享年66)から引退試合でのタッグ結成を請われ、一夜限りに復帰し、テリー・ファンク組との8人タッグに出場。田中将斗がヘッドハンターAをフォールし勝利すると、その後も戦いを継続。97年にはFMWの会長を辞し新団体ZEN、チームUSOを結成し同11月に新日本プロレスに殴り込んだ。さらに01年7月の参院選に、自民党の公認を受けて比例区で出馬し当選。

 ◆3度目の引退 2003年(平15)1月7日に会見を開き3度目の引退を表明。5月~7月上旬の間でアフガニスタンでの10万人興行の開催を調整しているとしたが、実現しないままに終わった。そして2005年(平17)3月26日に明大政経学部2部の卒業式に詰め襟の学生服で出席後、夜に後楽園ホールで“卒業試合”と題した引退興行を行い、雷神矢口と組んで越中詩郎、天竜源一郎組と対戦。最後は天龍の片エビ固めで敗れ引退。

 ◆3度目の復帰と4度目の引退 2006年(平18)4月1日に東京・靖国神社で行われた、ゼロワンMAX奉納大会に「国を守った人に礼を尽くすのは当然のこと」と参戦を直訴し、1日限りの復帰。田中将斗、ランジェリー武藤と組みケルベロス、ヤセ矢口、イチローキング矢口組と対戦し、ケルベロスを9分5秒エビ固めで下した。

 ◆4度目の復帰 2007年(平19)年1月12日に参院議員宿舎で会見し、現役復帰を表明。同2月11日に東京・新宿で行われた二瓶組復活興行に参戦。同6月に参院選出馬辞退と政界引退を表明後、同7月には北海道夕張市でチャリティープロレスを開催。翌08年2月5日にも都内で会見を開き、00年に有刺鉄線電流爆破マッチに引きずり込み、敗れた長州力とタッグを組んで復帰する考えを明かし、同5月18日に新日本・長州力(56)プロデュース「LOCK UP」新木場大会で越中詩郎と組み折原昌夫と金村キンタロー組と対戦。現役最高時127キロの体重を77キロに絞り、凶器を使った流血戦を展開も、最後は毒霧により反則負け。

 ◆5度目の引退 2009年(平21)12月1日に長崎県知事選への出馬を表明し、同28日に都内で5度目の引退会見を開き、選挙戦に集中するためリングを離れると明言。

 ◆5度目の復帰は6度目の引退試合

 2010年(平22)2月21日投開票の知事選では3位の9万8200票で落選。その後、同5月5日に引退会見を行った新木場1st RINGの新FMWの大会で引退試合を行い、ターザン後藤と組んで元祖ザ・グレートパンク、初代ザ・シューター組に勝利。

 ◆6度目の復帰 聴覚障害者プロレス団体・闘聾門JAPANの10年11月13日東京・江戸川区小松川さくらホール大会で復帰。マグナムTAKASAGOと、戸井克成とと組んで矢口壹琅、ファントム船越、JOM太郎と対戦し勝利。

 ◆7度目の引退 2017年(平29)10月31日に東京・後楽園ホールでの大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会で引退。

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大仁田厚、還暦の誕生日に藤田和之戦パートナー変更

赤いライダースジャケットを着て60をかたどったクッキーをかじる大仁田厚


 プロレスラー大仁田厚が25日、還暦を迎えた。

 大仁田はこの日、赤いちゃんちゃんこではなく、赤いライダースジャケットを身にまとって会見を開き「僕はプロレスのリングにいる時が1番、幸せを感じます。60になったという実感はないけど、現実は受け止めないと…。還暦になりました」と報告。バースデーケーキと60をかたどったクッキーをプレゼントされた。

 大仁田は会見の席上で、31日に東京・後楽園ホールで行う引退試合「大仁田厚思い出の聖地・後楽園ホール最期のデスマッチ!! ストリートファイト トルネードバンクハウスデスマッチ」でタッグを組むメンバーの変更を発表した。当初は9日に東京・台場で雷神矢口と保坂秀樹と組んで藤田和之(46)、藤田の代理人ケンドー・カシン(49)、NOSAWA論外のはぐれIGF軍に敗れ、そのダイレクトリマッチを行う予定だった。

 そこに、9日に勝っているカシンが「我々が勝った。それと同じカード。何で大仁田対藤田のシングルマッチじゃないの?」と因縁をつけた。さらに論外が15日の超戦闘プロレスFMW木更津大会で「10月31日、藤田、カシン、オレの3人でぶっつぶす。勇気があるなら1人でかかってこい!」と挑発した。

 大仁田は、論外の売り言葉に買い言葉で「1対3でボロボロになろうと、やってやる」と、ハンディキャップ戦も辞さない覚悟を示した。その非常事態に、大仁田に憧れてプロレスラーになった鷹木信悟(ドラゴンゲート)とKAI(フリー)が「最後に大仁田さんを守りたい」とパートナーに名乗りを上げた。

 大仁田は「鷹木とKAIが、オレを守るって言ってくれた。邪道伝承じゃないけど、ぜひタッグを組んで最後を飾りたい。二人の申し出を、誕生日プレゼントとして受けたい」と喜び、保坂と矢口に代わり鷹木とKAIとのタッグ結成を決意。そして2度目の対戦となる藤田に対して「有刺鉄線バットで殴りたい。格闘技には格闘技のルールがあろうが、プロレスは何でもあり。僕は弱いのを自覚してる。魂の1発で、有刺鉄線バットの痛みでぶちのめしてやる」と意気込んだ。

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大仁田厚31日の引退試合は藤田和之との再戦と発表

藤田和之との戦いから一夜明け、試合で痛めた体に包帯を巻いて藤田との引退試合を発表した大仁田厚


 プロレスラー大仁田厚(59)が31日に東京・後楽園ホールで行う引退試合の相手が、9日に東京・台場で行われた「ノーロープ有刺鉄線四面電流爆破&&有刺鉄線電流爆破バットマッチ 時間無制限一本勝負」で初対戦した藤田和之(46)に決まった。10日、大仁田厚事務所が発表した。

 カードは9日と同じ大仁田、雷神矢口、保坂秀樹の邪道軍対藤田、藤田の代理人ケンドー・カシン(49)、NOSAWA論外のはぐれIGF軍との6人タッグマッチ。「大仁田厚思い出の聖地・後楽園ホール最期のデスマッチ!! ストリートファイト トルネードバンクハウスデスマッチ」と題した。

 大仁田は9日に、電流爆破マッチダブルヘッダーの2試合目に、はぐれIGF軍と対戦。還暦間近で、史上初のダブル電流爆破マッチに挑んだ疲れからか、カシンと論外に有刺鉄線に振られ、電流爆破のえじきになった。その後、藤田とカシンに有刺鉄線に振られ、再び爆発に巻きこまれ、もん絶。最後は、藤田とカシンによる有刺鉄線電流爆破バット2本の挟み撃ちを食い、大爆発に巻きこまれて昏倒(こんとう)。4分35秒、論外に体固めでフォールされた。

 藤田は試合後、無言で会場を後にし、カシンは「引退試合は今回で終わったんじゃない? 10・31は必要ない」と、再戦に否定的なコメントを残して立ち去った。それに対し、大仁田は「10月31日、藤田と戦う!!」とリング上から宣言していた。

 大仁田は、藤田戦を熱望する理由として、全日本プロレス時代の恩師・ジャイアント馬場さん(享年61)とライバルだった、アントニオ猪木(74)最後の弟子が藤田だからだと明かしていた。

 大仁田 全日本プロレスでデビュー(1974年(昭49)4月14日に佐藤昭雄と対戦)し、馬場さんに引退勧告されて(85年1月3日に)引退式を行った後楽園ホールで、猪木さんの最後の後継者と戦うことに意義を感じた。

 大仁田は、9日の試合に藤田を招いた段階で「電流爆破は大仁田の生き様。歴代の横綱(曙)だって高山善広選手だって、電流爆破を目の当たりにしたら、すごいなって言って(リングに)入ってきた」と言い、藤田の“心変わり“に期待していた。その執念が実ったのか、引退試合での藤田戦が、ついに決まった。【村上幸将】

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大仁田、電流爆破で昏倒も10・31「藤田と戦う」

ノーロープ有刺鉄線四面電流爆破マッチで、ケンドー・カシン(右)が大仁田厚を踏み付ける様を見詰める藤田和之(撮影・村上幸将)

<ノーロープ有刺鉄線四面電流爆破&有刺鉄線電流爆破バットマッチ 時間無制限一本勝負>◇9日◇東京・お台場野外特設会場


 大仁田厚(59)のプロレス人生最後となる四面の電流爆破マッチに、31日の現役最終戦の相手に指名した藤田和之(46)が“乱入”し、初対戦が実現した。

 藤田は代理人ケンドー・カシン(49)とともに、はぐれIGF軍として6人タッグマッチを仕掛け、大仁田を有刺鉄線電流爆破バットで殴打し、マットに葬り去ると無言で退場。大仁田は、10・31引退試合での藤田との再戦を宣言した。

 藤田は「日米決戦inお台場」メインカードの大仁田、雷神矢口、保坂秀樹、佐瀬昌宏、HASEGAWA組対米CZWのマット・トレモント、DJハイド、NOSAWA論外、FUJITA、チェーンソートニー組の試合後、カシンが1日に大仁田に要求し、緊急決定した第2試合、大仁田、矢口、保坂の邪道軍対はぐれIGF軍対抗6人タッグマッチの際に、カシンにリング上から呼ばれた。

 藤田がシャツとジーパン姿のままリングインすると、大仁田とのにらみ合いが始まり、大仁田がつかみかかった。すると、はぐれIGF軍のカシンと論外が大仁田に襲いかかり、藤田はリングを降りた。そして四方を回り、大仁田の一挙手一投足を見詰めた。

 そして、大仁田がカシンと論外の2人に有刺鉄線に振られて、爆破のえじきになってマットに沈むのを見ると、藤田は再びリングイン。カシンと2人で大仁田をリングに振って、再び電流爆破のえじきにした。リング上で電流爆破を“初体験”した藤田は、火花が目に染みたのか、目をこすって頭を振った。

 藤田はその後、左肩を痛めてマットに沈んだ大仁田を論外が立ち上がらせるのを見ると、カシンと一緒に有刺鉄線電流爆破バットを手に持ち、高々と夜空に突き上げた。そして、2人で大仁田を殴りつけた。すると、有刺鉄線電流爆破バット2本から大爆発と火花が起き、大仁田は昏倒(こんとう)。爆破のあまりの衝撃と火花の煙に、藤田もカシンも吹き飛ばされた中、論外が4分35秒、体固めで大仁田をフォールした。藤田は試合後、無言で会場を後にした。

 大仁田は、あまりのダメージに、しばらく立ち上がれなかった。左肩と腕を包帯で巻くと、半ば放心状態のまま立ち上がり「10月31日、藤田と戦う!!」とリング上から宣言。「熱かった…何でこんなことをやっているんだと思う…でも、お前らがいるから、頑張れるんじゃぁ~」と絶叫し、ファンに口から“聖水”をはきかけ「1・2・3…ファイアー」と絶叫した。【村上幸将】

電流爆破のえじきになった大仁田厚(撮影・村上幸将)

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大仁田厚「爆弾だ!」ハチミツ二郎を火だるま爆勝

リングで大の字になるハチミツ二郎を見詰める大仁田厚(撮影・村上幸将)

<ノーロープ有刺鉄線電流爆破&有刺鉄線電流爆破バット ストリートファイトキャプテンフォール イリミネーションデスマッチ 時間無制限一本勝負>◇7日◇神奈川・鶴見青果市場


 大仁田厚(59)が、プロレスリングAチームの神奈川・鶴見青果市場大会で、お笑いコンビ・東京ダイナマイトのハチミツ二郎(42)を有刺鉄線電流爆破バットで殴りつけ、電流爆破で火だるまにした揚げ句、13分49秒、体固めで仕留め“爆勝”した。

 この日は大仁田、雷神矢口、保坂秀樹の邪道軍と、ハチミツ二郎、橋本友彦、NOSAWA論外のハチミツ二郎軍軍が対戦し大仁田、ハチミツ二郎両キャプテンがフォールされるまで試合が続く、イリミネーションデスマッチとして行われた。

 試合は大仁田が11分6秒、橋本をスタナーからの片エビ固めで葬り、ハチミツ二郎との一騎打ちに持ち込むと、パイプ椅子をハチミツ二郎の頭にたたきつけ、ひるんだところに有刺鉄線電流爆破バットを浴びせた。1度は意地でフォールを返したハチミツ二郎だったが、大仁田は容赦なく2回目の有刺鉄線電流爆破バット攻撃を加え、火だるまになったハチミツ二郎をマットに沈めた。

 大仁田は、マットに大の字になって沈み、目をつぶったままのハチミツ二郎に水を掛けた。ハチミツ二郎が目を覚まして立ち上がると「ハチミツ、分かったか! 花火でもない…まがいものでもない爆弾だ! 分かったら、みんなに伝えてくれ!」と言い、マイクを投げ付けた。

 ハチミツ二郎は「Yahoo!コメントになぁ、茶番だなんだ書き込んだやつら、お前らにこれが出来るのか! 死んだかと思ったよ」と電流爆破の神髄を味わった恐怖を語った。そして「10代の頃、川崎球場で大仁田厚の電流爆破を一番後ろの席で見ていた。25年たって、やってやがってる。西口プロレスの挑戦を受けてくださって感謝します。大仁田さん、ありがとうございました」と頭を下げた。

 20年前、テレビの企画で殴ったことを恨みに思っていたハチミツ二郎からの対戦要求を受けた大仁田は、ハチミツ二郎のプロレスへの真摯(しんし)な思い、健闘、自身へのリスペクトを感じ、胸を打たれた様子だった。「芸人がプロレスが好きで、何が悪い。好きということは、すごいもんですね。好きだから何十年もプロレスを見て、電流爆破に上がってきた。その気持ちだけは組んでやって下さい」とファンに呼び掛け、ハチミツ二郎と抱き合った。【村上幸将】

大仁田の有刺鉄線電流爆破バットを浴び、火だるまになったハチミツ二郎(撮影・村上幸将)

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大仁田、カシン要求受け9日に史上初ダブル電流爆破

9日に史上初のダブル電流爆破マッチを行うことを決意した大仁田厚(撮影・村上幸将)


 プロレスラー大仁田厚(59)が、9日に東京・お台場野外特設会場で行われる「ノーロープ有刺鉄線四面電流爆破マッチ日米決戦inお台場」で、メインで闘う米CZW軍との試合に加え、ケンドー・カシン(49)から要求を受け、カシン率いるはぐれIGF軍も相手に、史上初のダブル電流爆破マッチを行うことが3日、緊急決定した。

 大仁田は31日に後楽園ホールで行う「さよなら大仁田、さよなら電流爆破 大仁田厚ファイナルツアー」での現役最終戦の相手に藤田和之(46)を指名し、9日のお台場大会に藤田を招待すると明言。その中、藤田の代理人カシンからメッセージが届いた。

 カシン 大仁田さん、やり方が汚いです。私たち、10月9日のお台場大会、まだマッチメーキングの方は空いています。ぜひ邪道軍対はぐれIGF軍をやりましょうよ。大仁田さん、リングの外でやるってことは、大仁田さんから教えてもらいました。決着をリングの外でつけたいです。やるなら今しかありません。お願いします。

 9日のお台場大会では、メインイベントとして“日米決戦“ノーロープ有刺鉄線電流爆破10人タッグデスマッチとして雷神矢口、保坂秀樹、佐野直、佐瀬昌宏と組み、米CZWのマット・トレモント、DJハイド、NOSAWA論外、FUJITA、チェーンソートニー組との時間無制限一本勝負が組まれている。大仁田は8月5日(日本時間6日)に米国で行われたCZWの大会で、マット・トレモントとシングルマッチで対戦。試合中に6人タッグマッチに変更になったものの勝利し、その場でトレモントに来日を呼び掛けて今回の試合が実現した。

 そこに降って湧いた、カシンからの挑戦状に、大仁田は「CZWとは約束だから、やるしかない。史上初のダブル電流爆破ということで決定しました。プロモーターに通達します。過酷だね」と語り、カシンの対戦要求に応じる姿勢を見せた。そして「(電流爆破の)ダブルなんて嫌だよ。もうすぐ(25日で)60歳だよ。邪道って言うなよ。ここまでやったら正道だろう」と言い、笑った。

 10月9日は大仁田のキャリアにとって最後となる、四面の電流爆破を行う。大仁田は、藤田が引退試合での対戦に前向きではないと伝え聞き「電流爆破は大仁田の生き様。歴代の横綱(曙)だって高山善広選手だって、電流爆破を目の当たりにしたら、すごいなって言って(リングに)入ってきた」と言い、藤田の“心変わり“に期待した。【村上幸将】

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納谷幸男「毒霧を浴びたあたりから記憶なくなった」

プロレスデビューから一夜明けた15日、都内の道場で勝利を神棚に報告する納谷幸男


 昭和の名横綱大鵬の孫でプロレスラーの納谷幸男(23)が、デビュー戦から一夜明けた15日、都内のリアルジャパン道場でプロ初戦を終えた心境を語った。

 14日のリアルジャパン後楽園大会で、雷神矢口を相手に開始早々に放った右のキックが、納谷のプロレス人生の扉を開いた。その後は場外乱闘で、有刺鉄線ボードにたたきつけられたり、有刺鉄線バットで殴られたりと流血も経験。矢口の毒霧の洗礼も受けたが、巨体を生かした蹴りに、初代タイガーマスク直伝のフライングクロスチョップも披露するなど、大器の片鱗も見せた。

 納谷は「最初の蹴りでお客さんの『ウォー!』という声が聞こえて、よしという気持ちになった」と振り返った。最後は豪快なランニングニーリフトを決め快勝したが、試合内容については「まだまだ50点。毒霧を浴びたあたりから記憶がなくなった。もっと体を作り直して、次の戦いに臨みたい」と納谷。試合は、両親や兄弟、さらに大鵬夫人で祖母の芳子さん(70)も観戦したという。父で元関脇の貴闘力(49)は、納谷のデビュー戦のため、チケットを約500枚も売って“援護射撃”した。デビュー戦について「一安心。息子たちがだんだんと巣立っていってくれてうれしい。スケールがでかいから、楽しみにしています」と話した。芳子さんは、流血の試合に涙を流した。母親の美絵子さん(43)からは「良かったね」、一番下の弟・幸成君(16)からは「見直した」と声を掛けられたという。「これからはブレーンバスターや、自分の身長を浮かしたワザを覚えていきたい」。2戦目は12月7日の後楽園大会に決定。「もっとお客さんを沸かせられるワザを見せたい」と抱負を語った。

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大鵬孫の納谷幸男「日本のレスラーにない高さ」2m

納谷(左)は雷神矢口にランニングニーリフトを決めデビュー戦を勝利で飾った(撮影・滝沢徹郎)

<プロレス:リアルジャパンプロレス東京大会・30分一本勝負>◇14日◇後楽園ホール


 13年に亡くなった大相撲の横綱大鵬の孫、納谷幸男(23)が、豪快な勝利でプロレスデビューを飾った。14日、リアルジャパンプロレスの東京・後楽園大会の第5試合に登場。父で元関脇貴闘力の14年のプロレスデビュー戦の相手も務めた雷神矢口と対戦した。

 開始早々、強烈な右キックを見舞って観客を驚かせたが、場外に連れ込まれ、矢口のセコンドも加わった“集団リンチ”に遭った。有刺鉄線ボードにたたきつけられ、有刺鉄線バットで殴られた。さらに毒霧攻撃も浴び、いきなり流血するピンチ。それでもリングに戻ると、強烈なキックやのど輪、初代タイガーマスク直伝のフライングクロスチョップで反撃。最後はランニングニーリフトから片エビ固めで、5分58秒、勝負を決めた。

 「緊張しすぎて記憶もあいまいだけど、自分の中でいい動きができた。毒霧、バットはきつかったですね」と振り返った。13年3月の入団から4年以上かけてたどりついたデビュー戦。会場では父貴闘力ら家族全員が観戦。祖父の遺影もデビュー戦を見つめていた。「遺影に力をもらいました」と納谷。試合前、200センチ、135キロとサイズが公式発表された。「日本のレスラーにない高さを生かしたレスラーになっていきたい」と上気した顔で言った。【桝田朗】

試合に勝利しポーズを決める納谷(撮影・滝沢徹郎)

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大鵬孫の納谷幸男「1戦1戦経験を積んで」一問一答

雷神矢口に強烈な蹴りを決める納谷(右)(撮影・滝沢徹郎)

<プロレス:リアルジャパンプロレス東京大会・30分一本勝負>◇14日◇後楽園ホール


 横綱大鵬の孫・納谷幸男(23)が、プロレスデビュー戦で雷神矢口と対戦し、5分58秒、ニーリフトからの片エビ固めで勝った。

 納谷はデビュー戦後、囲み取材に応じ、公式プロフィルの197センチから「2メートルです」と、さらに背が伸びたことを明かした。13年3月に入門し、196センチ、120キロの巨体を武器に格闘技デビューを目指していたものの、内臓疾患で入院するなどして、デビューに4年もかかった。その思いも語った主な一問一答は以下の通り

 -師匠の佐山サトル総監直伝の技は?

 納谷 先生から教わったのは…フライングクロスチョップを使ったと思うんですけど、しっかりと教えていただいた。自分が使っていける、得意技の1つに出来ればいいなと思います。

 -4年かけてようやくプロデビュー

 納谷 ずっと試合を近くで見ていて、ふがいない思いをしていたので、ようやくスタートラインに立てたのかなと思います。何年かかるか分からないですけど1年、1年、1試合、1試合経験を積んで次のステップにいけるようにしたい。

 -赤と黒のリングコスチュームにしたのは?

 納谷 元々、自分が赤が好きだというのがあって。本当は、もっといろいろ、つけたいなと思っていたんですけど、デビュー戦なので謙虚に。

 -試合の出来は? 

 納谷 緊張もあって50%。もっと磨いて自分のフィニッシュホールドじゃないですけど、試合を作ることが出来るようにしたい。

 -両親、兄弟みんな見に来た中で勝てた

 納谷 良かったですね。いい姿を見せることが出来た。

 -のど輪もすごかった

 納谷 フィニッシュに使えれば。

 -試合前に両親と話した?

 納谷 話していないですね。

 -白星デビュー。これから、どんなプロレスラーになりたい?

 納谷 まだまだ全然、自分の実力も、体ももっと作っていかなくてはいけないので、本当に1戦1戦、まずはリアルジャパンに身を置いてやる。もちろん、他のところにも出ていきたいという気持ちもありますし、そのために1戦、1戦、経験を積んで…佐山先生と話をしながら挑戦していきたい。自分が、どういうレスラーになっていけるか、見えない状態ですけど、自分の体の大きさ…なかなか、これだけ身長を持っている日本人レスラーは、いないと思うので、自分のデカさを生かした戦い方を出来るプロレスラーになっていきたい。

 -目標のレスラーは?

 納谷 今、はっきりしているというのはないですけど、僕の中ではスーパータイガー、佐山先生が師匠なので、やっぱり、ああいうストロングスタイルを追求していくプロレスラーになっていきたい。

 -ストロングスタイルとは対極にある雷神矢口選手とデビュー戦で戦い、場外では魔世軍らに集中攻撃を受けた。この経験は先に生きる?

 納谷 そうですね。自分の中で、1つのスタイルに定着という形じゃなく、いろいろなスタイルに対応できるプロレスラーになっていきたい。その中で、デビュー戦から矢口さんのようなタイプの選手とやらせてもらう機会は、なかなかないことだと思うし、良い意味で捉えていきたい。

 -3人がかりで羽交い締めにされ、有刺鉄線バットで殴られた

 納谷 痛かった…痛かったです。

 -天国のおじいさんも喜んでいると思うが?

 納谷 うちの家族が遺影を持って来てくれたので、それを見た時は力も出ました。祖父と、うちの部屋(大相撲の大鵬部屋)で先日、亡くなられた友鵬さんの遺影を持って来てくれたので、力をもらいました。友鵬さんには、いろいろお世話になりました。

 -リングアナウンサーが「2メートル3センチ」とコールしたように聞こえたが、197センチから背は伸びた?

 納谷 2メートルです。

 -フィニッシュホールドのひざ蹴りに名前はある?

 納谷 いや、まだ…はい。

 納谷は、雷神矢口の有刺鉄線バットの“洗礼”を繰り返し浴びるなど、尋常ではないデビュー戦を終え、右側頭部や体の各所から流血しながらも、記者の質問を冷静に聞き、1つ1つ、丁寧に答えた。新人離れした、堂々たる姿勢は試合での戦いぶりも、試合後の取材も変わらなかった。【村上幸将】

デビュー戦を勝利で飾り意気揚々と引き揚げる納谷(撮影・滝沢徹郎)

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大鵬遺影前で孫の納谷幸男、プロレスデビュー戦飾る

有刺鉄線バットを突きつける雷神矢口をにらみつける納谷幸男(撮影・村上幸将)

<プロレス:リアルジャパンプロレス東京大会・30分一本勝負>◇14日◇後楽園ホール


 横綱大鵬の孫・納谷幸男(23)がプロレスデビュー戦で雷神矢口と対戦。5分54秒、ニーリフトからの片エビ固めで勝った。納谷は開始早々、リングを軽やかなステップで右回りすると、13秒に右ミドルを浴びせ、矢口を沈めた。その後、場外戦に持ちこまれ、有刺鉄線バットで何発も殴られたが、ひるまずにリング上で応戦し、最後はパワーで完勝した。

 この日、会場には父の元関脇貴闘力(49)をはじめ母、弟も駆けつけた。納谷は、家族が大鵬さんの遺影を持っていたと明かし「力になった」と笑みを浮かべた。

 納谷と矢口には、納谷の父の貴闘力をも絡んだ因縁があった。貴闘力が鈴木みのると組み、14年4月16日に東京・代々木競技場第2体育館で行ったプロレスデビュー戦で、矢口が大仁田厚とタッグを組んで戦い、敗れていた。同戦で、当時リアルジャパンプロレスの練習生でセコンドについていた納谷が大仁田を捕獲し、貴闘力が矢口に張り手を浴びせてフォール勝ちする“アシスト”を矢口が恨んで、デビュー戦での対戦を熱望し実現した。

 この日は大相撲の大嶽親方(元十両大竜)も駆けつけ、北大路欣也、黒柳徹子、吉川晃司からは花が届いた。【村上幸将】

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納谷幸男、祖父大鵬の遺影を力に 全身血まみれ勝利

試合に勝利しポーズを決める納谷(撮影・滝沢徹郎)

<プロレス:リアルジャパンプロレス東京大会・30分一本勝負>◇14日◇後楽園ホール


 横綱大鵬の孫・納谷幸男(23)がプロレスデビュー戦で雷神矢口と対戦し、5分58秒、ニーリフトからの片エビ固めで勝った。

 納谷は開始早々、リングを軽やかなステップで右回りすると、開始13秒に右ミドルを浴びせて矢口を沈めた。その後も右ミドル、右前蹴りと、自信のある蹴りで矢口を追い込み、佐山サトル総監直伝の、フライングクロスチョップで矢口をなぎ倒した。

 それが場外戦に持ちこまれると、パイプ椅子などを使った乱戦の第一人者・矢口に試合の流れを持っていかれた。1度はリングに戻ったものの、右エルボーの誤爆から再び場外戦に持ち込まれると、矢口のセコンドの邪道軍に加え、1試合前の第4試合で反則負けした魔世軍2、5号と青柳総裁が乱入。納谷は羽交い締めにされ、パイプ椅子で殴られ、青柳総裁には腹に刀を突きつけられた。揚げ句に、開始3分過ぎに腹に矢口の有刺鉄線バットの“洗礼”を浴びた。さらに背中に2、3度と有刺鉄線バットを浴び、全身は血まみれ状態になった。

 それでも、開始5分でリングに戻ると、5分13秒に右ミドルを浴びせて矢口をもん絶させた。その後、背後から迫った魔世軍が、白い粉を浴びせてひるませようとしたのを読み、かわすと、粉は矢口に直撃し“誤爆”。苦しむ矢口にニーリフトを浴びせて、最後は片エビ固めで完全勝利した。

 この日、会場には父の元関脇貴闘力(49)をはじめ母、弟も駆けつけた。納谷は、家族が大鵬さんの遺影を持っていたと明かし「遺影を見た時は力が出ました」と笑みを浮かべた。

 祖父の遺影の横には、8日に亡くなった祖父の片腕で、日本相撲協会の世話人・友鵬勝尊(ゆうほう・まさたか)さん(本名・長崎勝=ながさき・まさる、享年60)の遺影も並んでいたという。納谷は「力をもらいました。友鵬さんにもお世話になりました」と感謝した。

 納谷と矢口には、納谷の父の貴闘力をも絡んだ因縁があった。貴闘力が鈴木みのると組み、14年4月16日に東京・代々木競技場第2体育館で行ったプロレスデビュー戦で、矢口が大仁田厚とタッグを組んで戦ったが敗れたこと。同戦で、当時リアルジャパンプロレスの練習生でセコンドについていた納谷が大仁田を捕獲し、貴闘力が矢口に張り手を浴びせてフォール勝ちするのを“アシスト”したことを矢口が恨んで、デビュー戦での対戦を熱望し実現した。

 この日は大相撲の大嶽親方(元十両大竜)も駆けつけ、北大路欣也、黒柳徹子、吉川晃司からは花が届いた。【村上幸将】

納谷幸男対雷神矢口 雷神矢口に強烈な蹴りを決める納谷(右)(撮影・滝沢徹郎)
長男の納谷幸男のデビュー戦を見守る元関脇の貴闘力(撮影・滝沢徹郎)

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大鵬孫納谷幸男デビュー戦のレフェリーは北沢幹之氏

8月23日の会見で、納谷幸男(左)に有刺鉄線バットを手に詰め寄る雷神矢口と仲裁に入る初代タイガーマスク(撮影・村上幸将)

 横綱大鵬の孫・納谷幸男(23)が、14日のリアルジャパンプロレス東京・後楽園大会で雷神矢口と対戦するプロレスデビュー戦(シングルマッチ30分一本勝負)のレフェリーが、元プロレスラーでUWF、リングスなどでレフェリーを務めた、北沢幹之氏(75)に決まった。リアルジャパンプロレスが、11日までに発表した。

 北沢氏は、1961年(昭36)に日本プロレスに入門。魁勝司のリングネームで活躍し、1972年(昭47)にアントニオ猪木が新日本プロレスを旗揚げした時にも参加した。1981年に現役引退後は、前田日明が設立したリングスなどでレフェリーとして活躍。ロシア出身のサブミッションの名手・ヴォルク・ハンらと、現役を引退しながらも互角のスパーリングをした“伝説”も残している。2009年には、新日本プロレスが多大な功績を残した選手をたたえる「NJPWグレーテストレスラーズ」に選ばれた。

 北沢氏がレフェリーに選任された裏には、納谷と対戦する矢口が凶器を持ち込み、流血戦も辞さない狂乱ファイトに打って出る危険性が高い、という事情がある。矢口は、8月23日に都内のリアルジャパンプロレス本部で行われた会見に有刺鉄線バットを持ち込み、納谷の胸ぐらに突きつけた。それに対して、リアルジャパンプロレス総監の佐山サトル(59)は、凶器なしの通常ルールで試合を行うことを明言した上で「(凶器を)使わせないようなことが、しっかり出来るレフェリーを認定する。ひどい状況になったら止めます」と、試合をコントロールすることが出来るレフェリーを選任する考えを明らかにした。そして白羽の矢が立ったのが北沢氏だ。

 一方、矢口は「バットは俺にとって凶器じゃないから。電流爆破が本当の凶器だから」と、大仁田厚率いる邪道軍の一員として、あくまで有刺鉄線バットの持参を譲らないと断言。「セコンドに誰を連れて行くかはお楽しみだよ」と、リアルジャパンプロレス側のレフェリー選任に対し、大仁田をはじめとした邪道軍として、総力戦を挑むことで対抗する構えを示した。

 納谷は、流血戦について「恐怖は全くない」と平然と答えたが、リアルジャパンプロレスとしては、納谷の安全確保を最優先にするため、実力派レスラーかつレフェリーとしても実績のある北沢氏に、試合を託すことを決めたようだ。

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大仁田が九州北部豪雨支援試合と高山善広支援を発表

九州北部豪雨の復興支援チャリティープロレス開催と、高山善広への支援を明らかにした大仁田厚

 プロレスラー大仁田厚(59)が、17日に佐賀県神埼市の次郎体育館で、7月の九州北部豪雨の復興支援を目的とした、入場無料のチャリティーイベント「がんばれ九州!九州北部豪雨チャリティー電流爆破マッチ神埼市大会」を開催する。

 大仁田は、母親の故郷が佐賀県ということもあり、地元の協力を得て今回のイベントを開催。大分県出身の元プロレスラー・ジ・アッチーらの協力でリングが設営される。入場と観戦は無料だが、当日は会場内で「平成29年7月5日からの大雨災害義援金」を募る。

 大仁田は、コメントを発表した。

 大仁田 同じ九州人として、何か出来ないかとニュースを見てから思い続けてきた。ちょうど福岡、熊本と九州シリーズで訪れる機会があり、やっと思いをカタチにできる。主旨に賛同してくれたレスラー、快くリングを貸してくれる大分県のジ・アッチー元選手に感謝します。多くの皆さんにプロレスの底力を感じていただければと思います。選手全員、一生懸命頑張りますので、多くのご来場と、皆様のあたたかい復興へのご支援をお願いします。

 当日はオープニングマッチとして、「大仁田厚、雷神矢口、保坂秀樹、リッキー・フジ、NOSAWA論外、橋本友彦、佐野直、パンディータ、HASEGAWAによるバトルロイヤル」。 メインイベントに「がんばれ九州! 電流爆破マッチ! 大仁田厚、橋本友彦、リッキー・フジ組対雷神矢口、保坂秀樹、NOSAWA論外組」のほか、ちびっ子プロレス教室も開催される。

 また大仁田は、5月4日のDDT豊中大会の試合中に頸髄を痛め、頸髄損傷および変形性頸椎症と診断を受け現在、首から下が動かない状況の中、リハビリを続ける高山善広(50)の支援を目的とした、募金活動を展開していくことも明言した。

 大仁田 今後の大会では、高山選手を応援する募金活動も行なっていきますので、ご協力よろしくお願いいたします。

 大仁田は13年10月14日に新潟で行われた「越後大花火」で、高山と初めて電流爆破マッチで対戦し、高山も電流爆破と大仁田へのリスペクトを公言する間柄だ。大仁田は高山が重傷と発表された4日に、ツイッターで「壮絶な電流爆破のリングに上がってくれた高山選手に俺は感謝しています…諦めないでリハビリしてまたリングに上がる高山選手が見たいです…」とエールを送っていた。

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大仁田が熱望「追い詰めてリングに」佐山と電流爆破

大仁田厚からの電流爆破マッチの要求に否定的な姿勢を貫く初代タイガーマスク(撮影・村上幸将)

 プロレスラー大仁田厚(59)が28日、10月31日に後楽園ホールで行われる引退興行「さよなら大仁田、さよなら電流爆破 大仁田厚ファイナルツアー」で引退する前に、リアルジャパンプロレス主宰の佐山サトル(59)との電流爆破マッチが実現できるよう、佐山に要求を続ける考えを明らかにした。

 大仁田は、6月29日のリアルジャパンプロレス東京・後楽園ホール大会で、佐山に最後の電流爆破マッチの相手になってほしいと要求した。ただ佐山は、15日にリアルジャパンプロレスで開いた会見で「体調が戻るまではやるつもりはない」と断言。15年5月に狭心症の手術を受け、体調がベストではなく、対戦を受けない方向であることを示唆した。

 23日にリアルジャパンプロレスで行われた会見では、大仁田率いる邪道軍の雷神矢口が、9月14日のリアルジャパンプロレス東京・後楽園大会で対戦する、横綱大鵬の孫の納谷幸男(23)のプロレスデビュー戦で勝った場合「初代タイガーマスクと大仁田厚最後の電流爆破を何とかね、俺は勝ち取らなきゃいけないわけだから」と訴えた。それにも、佐山は「幸男に勝った時点で、自分が大仁田とやる挑戦権を得るとおっしゃっていましたが、お受けしたことは全くない」と拒否の姿勢を示した。

 現状で、佐山が電流爆破マッチを受ける可能性は極めて低い。それでも、大仁田は「いいじゃないですか。やる、やらないは本人の勝手だし。ただ、毎回そうなんだけど、相手を追い詰めて、追い詰めて絶対、リングに上げる姿勢は変えたくないから」と考えにブレがないことを強調した。

 さらに「こちらはリアルジャパンの会場に足を運び嘆願し、礼は尽くしたと思っている。その場で決めてやると佐山選手は言っていたが、その後曖昧なコメントが続きハッキリとした返答をいただけない。近日中に回答がないならば、それが、礼を持ってお願いに行った大仁田厚への佐山選手の回答だと受けとめる」とも口にした。【村上幸将】

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大鵬孫納谷と初戦の雷神矢口、有刺鉄線バットで威嚇

会見で納谷幸男(左)に有刺鉄線バットを手に詰め寄る雷神矢口と仲裁に入る初代タイガーマスク(撮影・村上幸将)

 横綱大鵬の孫の納谷幸男(23)と、9月14日のリアルジャパンプロレス東京・後楽園大会でのプロレスデビュー戦でシングルマッチ30分一本勝負で戦う雷神矢口が23日、都内のリアルジャパンプロレス本部で会見を開いた。

 席上で、矢口が有刺鉄線を巻いたバットを納谷の胸ぐらに突きつけるなど、早くも“場外戦”が展開された。

 今回のデビュー戦は、矢口から度重なる対戦要求があったが、リアルジャパンプロレス主宰の佐山サトル(59)が、凶器の使用なども辞さない大仁田厚率いる邪道軍の戦い方が危険すぎると固辞した経緯があった。ただ、納谷が18日から21日まで石川県羽咋市の妙成寺で行った合宿で「自信がついた。自信を持った状態でやれると、自分の方から先生にお願いしました」と、自ら佐山に対戦を希望し、実現したと明らかにした。

 矢口は「巨人、大鵬、卵焼き。一時代を築いたすばらしい偉大な大鵬親方を、俺は尊敬している」と、納谷の祖父大鵬へのリスペクトを口にした。その上で「見た限りは、遺伝子は120%受けていると思うよ。でもね、強さだけは世襲制じゃないんだな。本人がどれだけ努力して、修羅場をくぐってきたか。25年の修羅場をくぐり抜けた俺と対戦するのは100万光年早いんだよ」と挑発した。

 矢口は納谷との対戦を要求し続けた理由として、納谷の父で元関脇の貴闘力(49)が鈴木みのると組み、14年4月16日に東京・代々木競技場第2体育館で行ったプロレスデビュー戦で、大仁田とタッグを組んで戦ったが敗れたこと。2戦目も戦って敗れたが、その後、貴闘力が焼き肉店の経営に乗り出したため、試合の機会がないまま恨みが残っていると吐露した。

 また貴闘力のデビュー戦で、当時リアルジャパンプロレスの練習生でセコンドについていた納谷が大仁田を捕獲し、貴闘力が矢口に張り手を浴びせてフォール勝ちするのを“アシスト”したことも恨んでいると訴えた。矢口は「試合で絡まないおかげで、あんなうまい焼き肉を俺が食いに行けなくなった。それに、こいつが手を出したおかげで負けたのも、腹が立っているんだよ。だから、こいつと真っ先にやらせろと言ったんだよ」と息巻いた。

 ところが、納谷が当時のことを「覚えていない」と挑発を受け流し、矢口の印象を聞かれても答えないなど相手にしない姿勢を示した。さらに「もちろん、勝つ自信があります」と言ったことに矢口が激怒。「何、この野郎。ふざけんじゃねーよ、お前。何が勝つ自信があるだよ!!」と言い、矢口は納谷の胸ぐらをつかんで有刺鉄線バットを突きつけた。

 佐山が間に入ると、矢口は怒りをにじませながら退場。納谷と矢口の間に、後戻りできない因縁が刻み込まれた。【村上幸将】

会見に出席した左から納谷幸男、初代タイガーマスク、雷神矢口(撮影・村上幸将)

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雷神矢口、佐山に大仁田の対戦相手受けるよう迫る

会見で納谷幸男(左)に有刺鉄線バットを手に詰め寄る雷神矢口と仲裁に入る初代タイガーマスク(撮影・村上幸将)

 横綱大鵬の孫の納谷幸男(23)と、納谷がプロレスデビューする9月14日のリアルジャパンプロレス東京・後楽園大会で、シングルマッチ30分一本勝負で戦う雷神矢口が23日、都内のリアルジャパンプロレス本部で会見を開いた。

 矢口は会見で、もし自分が納谷に勝った場合、邪道軍率いる大仁田厚(59)がリアルジャパンプロレス主宰の佐山サトル(59)に再三、要求し続けている、最後の電流爆破マッチの相手になってほしいという要求をのむよう、佐山に迫った。矢口は「この試合に勝って、初代タイガーマスクと大仁田厚最後の電流爆破を何とかね、俺は勝ち取らなきゃいけないわけだから」と訴えた。

 佐山は矢口に「幸男に勝った時点で、自分が大仁田とやる挑戦権を得るとおっしゃっていましたが、お受けしたことは全くない」と完全拒否の姿勢を示した。佐山は18日に同所で開いた会見でも「体調が戻るまではやるつもりはない。受ける、受けないかは、タイガーマスクの動きが出来るか、出来ないかで自分で決める。(リングに)ぶざまな格好で上がるわけにはいかない」と断言。15年5月に狭心症の手術を受け、休養中の体調がベストではなく対戦を受けない方向であることを示唆していた。

 その上で佐山は、矢口が有刺鉄線バット持参で会見場に乗り込んできたことに対し「何だか、記者会見上にバットを持ってくるのも何かと思う」と不快感を示した。そして「凶器OKなどというのは、矢口選手のプライドが許さないでしょう。バットも使わないでしょうし、通常ルールで臨みます」と凶器の使用を許さない姿勢を明確に示した。

 さらに「1つ条件があるのは、レフェリーをこちらで決めさせてもらう。(凶器を)使わせないようなことが、しっかり出来るレフェリーを認定する。ひどい状況になったら止めます」と、レフェリーの指名含め、納谷の安全確保を最優先にする考えを強調した。

 それに対し、矢口は「バットは俺にとって凶器じゃないから。電流爆破が本当の凶器だから」と、あくまでバットの持参を譲らない姿勢を強調。一方で「格闘スタイルも出来るし、長州力、天竜源一郎、谷津嘉章と、血へどを吐いてやってきた。大仁田厚との電流爆破も。セコンドに誰、連れて行くかはお楽しみだよ」と断言。リアルジャパンプロレス側のレフェリー指名に対し、大仁田をはじめとした邪道軍として総力戦を挑む可能性を示唆した。

 納谷は記者から「流血戦になった場合は?」と聞かれると「(流血戦への)恐怖は全くない」と答えた。【村上幸将】

会見に出席した左から納谷幸男、初代タイガーマスク、雷神矢口(撮影・村上幸将)

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大鵬の孫納谷幸男、9・14プロレス初戦は雷神矢口

デビュー戦に向けて磨き続ける、得意の蹴りを披露する納谷幸男(撮影・村上幸将)

 13年に亡くなった大相撲の横綱大鵬の孫で、元関脇貴闘力(49)の長男納谷幸男(23)が、9月14日のリアルジャパンプロレス東京・後楽園大会でのプロレスデビュー戦で戦う対戦相手が、大仁田厚(59)率いる邪道軍の「切り込み隊長」雷神矢口に決まった。22日、リアルジャパンプロレスが発表した。試合はシングルマッチ30分一本勝負となる。

 18日に都内のリアルジャパンプロレス本部で行われた会見の際、主宰の佐山サトル(59)は「大仁田の方から矢口がどうのこうのという話を聞いて、そんな危険なことをさせられるわけはないだろう。納谷選手も、ストロングスタイルを目指していますので、あいつらの戦いは危険。そういう目に最初から遭わせるわけにはいかないし、受けるわけはないだろうと…分からないですけど」と否定的な見解を示していた。

 納谷は、リアルジャパンプロレスの練習生だった14年4月16日に東京・代々木競技場第2体育館で行われた父貴闘力、鈴木みのる組対大仁田、矢口組戦で、プロレスデビューした父のセコンドについた。そして試合中に大仁田を捕獲し、父が矢口に張り手を浴びせてフォール勝ちするのを“アシスト”し、因縁が生まれていた。

 23日にリアルジャパンプロレスで、納谷と雷神矢口、佐山がそろっての会見が行われる。その席上で、試合がどのように成立したかの経緯が語られるもようだ。

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佐山、大仁田の電流爆破要求に「体戻るまでやらず」

大仁田厚との電流爆破マッチの可能性について会見で語る初代タイガーマスク(撮影・村上幸将)

 リアルジャパンプロレス主宰の佐山サトル(59)が18日、6月29日のリアルジャパンプロレス東京・後楽園ホール大会で、プロレス人生40年で7回目の引退を発表している大仁田厚(59)から最後の電流爆破マッチの相手になってほしいと要求された件について「体調が戻るまではやるつもりはない」と断言。現状では厳しい見通しを示した。

 佐山はこの日、都内のリアルジャパンプロレスで、9月14日の後楽園大会についての会見を開いた。質疑応答の中で、大仁田との電流爆破マッチの可能性について聞かれると「約束はしていないんですけど…電流爆破とか、そういうのも自分の体調次第。いろいろな計算をしながら考えていますが、受ける、受けないかは、タイガーマスクの動きが出来るか、出来ないかで自分で決める。(リングに)上がる以上、ぶざまな格好で上がるわけにはいかない。ファンのイメージを守っていきたい」と語った。

 佐山は15年5月に狭心症の手術を受けた。16年6月23日のリアルジャパンプロレス後楽園大会で、新武道「須麻比(すまひ)」のデモンストレーションを行い、1年3カ月ぶりに復帰。同12月7日の後楽園大会でスーパー・ライダー、折原昌夫と組み、雷神矢口、アレクサンダー大塚、田中稔組と対戦。ハイキックからの体固めで矢口を沈め、1年8カ月ぶりの実戦で勝利を挙げたが、その後は休養している。

 現在の体調について、佐山は「かつて、プロレスラーは尊敬されていた。そこが非常に重要。尊敬の対象となる体調に戻るまで僕はやるつもりがないし、そこの牙城は守っていきたい。それが僕の大仁田に対しての答え」と語った。関係者によると、最近、眠れない時もあるなど、体調は日によってばらつきがあり、ベストではないという。

 それでも「体調が整い次第…例えばローリングソバット1発でKOして見せる体調に戻ったら、やりたいと思う」と、大仁田との対戦の可能性を完全に排除はしなかった。【村上幸将】

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大鵬の孫納谷幸男、プロレスデビューへ石川合宿

プロレスデビュー戦に向けた合宿を張る、石川県に向かう納谷幸男(撮影・村上幸将)

 13年に亡くなった大相撲の横綱大鵬の孫で、元関脇貴闘力(49)の長男納谷幸男が18日、9月14日のリアルジャパンプロレス東京・後楽園大会でのプロレスデビュー戦に向け、合宿地の石川県へ出発した。

 17日が23歳の誕生日だった納谷はこの日、リアルジャパンプロレス本部で行われた、レジェンド選手権第12代王者のプロレスラー船木誠勝(48)と挑戦者スーパー・タイガーの会見を見学後、師匠の佐山サトル(59)とともに本部を出発した。合宿への意気込みを聞かれると「頑張ります」と、やや緊張の面持ちで口にした。佐山が五重塔をイメージして考案したファイブストーリーズ・ホールドなどの必殺技を習得したか聞かれると「合宿で習うと思います」と答えた。

 納谷の対戦相手について、佐山は報道陣に「まだ決めていない」と説明した。一方で、プロレス人生40年で7回目の引退を発表した大仁田厚(59)から、雷神矢口の名前が挙がったと明かし「大仁田の方から矢口がどうのこうのという話を聞いて…そんな危険なことをさせられるわけはないだろう」と語った。

 納谷は、リアルジャパンプロレスの練習生だった14年4月16日に東京・代々木競技場第2体育館で行われた、父貴闘力が鈴木みのると組んで大仁田、矢口組と対戦した試合で、プロレスデビューした父のセコンドについた。その試合で納谷は大仁田を捕獲し、父が矢口に張り手を浴びせてフォール勝ちするのを“アシスト”し、因縁が生まれていた。

 佐山は「納谷選手も、ストロングスタイルを目指していますので、あいつらの戦いは危険。そういう目に最初から遭わせるわけにはいかないし、受けるわけはないだろうと…分からないですけど」と否定的な見解を示した。【村上幸将】

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大仁田厚、トランプ大統領を電流爆破に招待し忘れた

 プロレスラー大仁田厚(59)が9日、長年の夢だった米国での電流爆破を実現し、帰国した。

 大仁田は5日(日本時間6日)、米ニュージャージー州のフライヤースケートゾーンで行われた、CZW主催のワンス・イン・ザ・ライフタイム大会で電流爆破マッチを行った。5月に試合の発表をした際には、トランプ米大統領を試合に招待するプランを明かしていたが「そういえば、トランプ大統領に招待券を送るのを忘れてた」と言い、笑った。トランプ大統領は、4日から20日まで17日間も夏休みを取っていることが批判されているが、休暇中の滞在地は、大仁田が電流爆破マッチを行ったニュージャージー州のベッドミンスターで、試合が開催された5日は、大統領にとって夏休み2日目だった。

 大仁田は、マット・トレモントとシングルマッチで対戦。試合中に雷神矢口と保坂秀樹が乱入し、急きょCZWのリッキー・シェーン・ペイジとダニーハボックを交えての6人タッグマッチに変更になった中、大仁田が放った3発目の爆破バットが火を吹き、雷神矢口がCZW軍を有刺鉄線ボード上へのサンダーストラックで沈めた。

 会場には2150人の熱狂的なファンが殺到して満員となり、消防が一時、入場制限をかけて、試合開始が遅れるなど大盛況だった。大仁田は「米国のファンは、俺の歴史を認めて温かく迎えてくれた。とても感謝している」と感激した。

 大仁田は、10月31日に後楽園ホールで行われる「さよなら大仁田、さよなら電流爆破 大仁田厚ファイナルツアー」で、プロレス人生40年で7回目となる引退をする。16年8月に右尺骨、同11月に左かかと、同12月に腰椎、17年2月に再び右尺骨と、7カ月で4度も骨折。縫った全身の傷は1499針に達し、肉体は限界に近く「一生懸命やれるのはこれまでかな」と引退への決意に揺るぎがないことを明かしている。

 ただ、米国での電流爆破マッチの成功を受け「10月の引退までに、また米国へ行けたらと思っている」と米国への再渡航を熱望した。その上で「グレート・ニタのグッズを持っている米国のファンもいて驚いた。今度はニタの兄弟のカブキ・ニタが行くかもな」と口にした。28日には、自身の分身グレート・ニタが東京・新木場1st RINGで開催する「さよならグレート・ニタ新木場大会」で最後の姿を披露することも決まっており、カブキ・ニタが米国に上陸する可能性も示唆した。

 大仁田は「そうしたらトランプ大統領に、日本の伝統である歌舞伎とニタ融合を見に来てほしい。今度、米国へ行くチャンスがあれば、忘れずに招待状を送りたい。俺は諦めない」と言い、ニヤリと笑った。

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大仁田夢叶う、米国で電流爆破3発「ありがとう!」

CZW主催のワンス・イン・ザ・ライフタイム大会で、長年の夢だった米国での電流爆破を実現し、血まみれの大仁田厚(左)(外部提供)

 プロレス人生40年で7回目の引退を発表した大仁田厚(59)が、長年の夢だった米国での電流爆破を実現した。

 大仁田は5日(日本時間6日)、米ニュージャージー州のフライヤースケートゾーンで行われた、CZW主催のワンス・イン・ザ・ライフタイム大会で、マット・トレモントとシングルマッチで対戦。大仁田は開始早々、トレモントを捕らえて有刺鉄線に額を押し付けると、パイプ椅子攻撃に有刺鉄線バットと連続攻撃を加え、最初の爆破を打ち込んだ。

 その後、雷神矢口と保坂秀樹が乱入し、大仁田を助けたことで乱闘に発展。その揚げ句、最終的にトレモントが認めたことでCZWのリッキー・シェーン・ペイジとダニーハボックが加わり、急きょ試合中に6人タッグマッチに変更になった。

 大仁田は、試合形式が変更になっても手を緩めず、トレモントに2発目の電流爆破を打ち込んだ。さらに、大仁田が放った3発目の爆破バットが決め手となり、最後は雷神矢口がCZW軍を有刺鉄線ボード上へのサンダーストラックで沈めた。

 会場には2150人の熱狂的なファンが殺到して満員となり、消防が一時、入場制限をかけて試合開始が遅れるほどの盛況ぶりだった。大仁田は試合後、会場を埋め尽くしたファンに「アメリカの皆さん、本当にありがとう、ありがとう!私たちは同じく人間だ」と英語で語りかけ、聖水をまくパフォーマンスも飛び出すなど“大仁田劇場”を展開した。

 さらにトレモントに「日本に来い!もっとすごい電流爆破を体験させてやる!」と呼びかけた。9歳の頃から大仁田に憧れて育ち、対戦と日本でプロレスをすることを夢として掲げてきたトレモントにとって、2つ目の夢に大きく前進した。

 夢だった米国での電流爆破を実現した大仁田と、その大仁田が目標だったトレモントが激突した夢のハードコア対決は、舞台を日本に移して決着をつけることになりそうだ。

 さらに8月28日には、大仁田の分身グレート・ニタが東京・新木場1st RINGで開催する「さよならグレート・ニタ新木場大会」で、最後の姿を披露することも決まっている。

 大仁田は16年8月に右尺骨、同11月に左かかと、同12月に腰椎、17年2月に再び右尺骨と、7カ月で4度も骨折。縫った全身の傷は1499針に達し「一生懸命やれるのはこれまでかな」と肉体の限界を理由に、10月31日に後楽園ホールで行われる「さよなら大仁田、さよなら電流爆破 大仁田厚ファイナルツアー」で引退する。

大仁田厚の夢だった米国での電流爆破が実現したCZW主催のワンス・イン・ザ・ライフタイム大会(外部提供)
CZW主催のワンス・イン・ザ・ライフタイム大会で、マット・トレモントと頭をぶつけ合う大仁田厚(左)(外部提供)

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大仁田厚が有刺鉄線ブラジャー電流爆破マッチ発表

有刺鉄線ブラジャー争奪棺おけ電流爆破マッチを発表した、左から中野たむ、大仁田厚、ミス・モンゴル(撮影・村上幸将)

 大仁田厚(59)が5日、東京・水道橋のプロレスショップ闘道館で、東京・新木場1st RINGで6月24日に開催する“かわい子ちゃんレスラー”中野たむとのプロデュース興行について会見を開いた。

 席上で、中野とミス・モンゴル(上林愛貴=40)が戦うメインの8人タッグマッチが電流爆破マッチとなったこと、新凶器として有刺鉄線ブラジャーが開発されたことが発表され、現物が公開された。中野とミス・モンゴルは、5月17日のFMW函館大会後、中野がミス・モンゴルに電流爆破バットを振り下ろされて被爆、失神し救急搬送される事態となり、遺恨が深まっている。カード名は

 「がんばるブスVSがんばるカワイイ子のプライドをかけた戦い! in新木場ストリートファイとエニウェアーバンクハウス Big有刺鉄線ブラジャー争奪棺桶電流爆破マッチ」という「世界一長い試合タイトル」(大仁田)となった。中野が大仁田、保坂秀樹、パンディータと組み、ミス・モンゴル、雷神矢口、橋本友彦、NOSAWA論外組と戦う、8人タッグマッチとして行われる。

 ミス・モンゴルは、推定Gカップとみられる巨大な有刺鉄線ブラジャーを「BB砲」と命名した上で「サイズ的には…私ですか?」と着用を示唆。大仁田は「BB砲…馬場さんのBI砲あったよな?」と、かつての師・ジャイアント馬場さんとアントニオ猪木のタッグを、ほうふつとさせるネーミングを喜んだ。

 BB砲は試合中、奪った方が凶器として使用可能だという。中野は、ミス・モンゴルから、BB砲を「着けたきゃ着けていいよ」と言われたが「あっ…大丈夫です」と及び腰になった。「ペチャパイだからな、お前」とバカにされると「ペチャパイじゃないですよ」と言い、自身の胸を触ってみせた。遺恨のあった2人の間に、新たに“乳抗争”が勃発した。

 中野は、プロレス経験1年かつハードコア初挑戦ということもあり、「試合中、何があっても全て自分の責任として命をかけて戦います」と念書を書いた。またミス・モンゴルから、受け付けでブスだと自己申告した女性を半額とし、差額を持つよう要求され、そのことものんで念書に書き加えた。

 大仁田は、「新木場は室内爆破が出来ないので、場外に出ての爆破になると思います。あしからず。係員が誘導しますので、危険のないところに観客の方には行ってもらいます」と観客の安全管理を徹底すると約束した。【村上幸将】

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大仁田厚「気概を」骨折欠場中の諏訪魔を対戦指名

ニワトリの人形の首を絞めて、諏訪魔へ対戦を呼び掛ける大仁田厚

 プロレス人生40年で7回目の引退を発表した大仁田厚(59)が17日、6月8日のFMW新宿FACE大会大会の対戦カードを発表し、メインイベントの6人タッグマッチの対戦相手に、右指第2、3、4中手骨不全骨折で欠場中の全日本プロレス諏訪魔(40)を指名した。

 新宿FACE大会のメインカードは、大仁田厚、雷神矢口、保坂秀樹組とX、青木篤志、佐藤満留組が戦う、ストリートファイトバンクハウス有刺鉄線ボードエニウェアフォールマッチだ。FMW北海道ファイナルツアー中の大仁田は、Xに諏訪魔を指名し、宣戦布告文を発表してエールを送った。

 大仁田 俺も5月28日、諏訪魔選手の茅ケ崎興行(全日本プロレス チャリティー茅ケ崎大会)に参戦する。だから諏訪魔選手も6月8日のFMW新宿FACE大会にぜひきて欲しい。俺も昨年は腰骨やかかとも骨折したし、折れた右腕にはチタンプレートを入れる手術までして試合に出た。諏訪魔選手も馬場さんの教えを継いでいるなら、楽しみに待っているファンがいる限り出場する気概を見せて欲しい。メインイベントの対戦カードは、諏訪魔選手のために空けておく。だから頑張って怪我の困難に立ち向かって、来て欲しい。(原文のまま)

 大仁田は10日に都内で会見を開き「10月31日、後楽園ホールで引退します」と7回目の引退を発表した。昨年8月に右尺骨、同11月に左かかと、同12月に腰椎、今年2月に再び右尺骨と7カ月で4度も骨折。縫った全身の傷は1499針に達し、肉体は限界間近だが、諏訪魔に対戦を迫った。

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初代タイガーが復活!「伊達直人」河村氏と共闘宣言

雷神矢口(左)にローリングソバットを決める初代タイガーマスク(撮影・横山健太)

 初代タイガーマスク(59)と「伊達直人」が養護施設への支援活動で共闘を宣言した。7日、リアルジャパン後楽園ホール大会で、狭心症による心臓手術から1年8カ月ぶりにリング復帰。施設へのランドセル寄付で「タイガーマスク運動」の火付け役となった「伊達直人」を名乗る男性が駆けつけ、顔と本名を公表した。自身も支援を続ける初代タイガーは、施設の認知、拡充のため共闘を約束した。

 還暦を1年後に控えた初代タイガーが、リングに帰ってきた。第3試合の6人タッグで、雷神矢口らを相手に、得意のキック、代名詞のローリングソバットで3カウントを奪い、大歓声を浴びた。復帰戦を終えると、リング上で仲間を紹介した。「今日は、本物の伊達直人を紹介します」。10年のクリスマスから、毎年群馬県内の児童養護施設に「伊達直人」の名前でランドセルを贈り続けている前橋市在住の会社員、河村正剛さん(43)だった。

 「伊達直人」は、漫画「タイガーマスク」の主人公の本名。設定では養護施設で育ち、覆面レスラーのタイガーマスクになってからは、人知れず施設の子どもたちにプレゼントを贈っている。同じような現代の「伊達直人」の善意は、全国に広がり、施設にランドセルや文房具などが届けられた。いつしか、その行為は「タイガーマスク運動」と呼ばれるようになった。

 自分の名前が世間に取り上げられ、最初は「あえて前に出ないようにしていた」という初代タイガー。しかし、周囲の勧めもあって11年にタイガーマスク基金を設立した。これをきっかけに2人は出会い、河村さんは基金の理事となって、支援活動が始まった。

 河村さんは、この時期に正体を明かした理由を「私の名前が出ることで、社会的養護の認知度を高めたかった」と説明した。自身も早くに母親を亡くし、小学校時代はランドセルを買えず、教科書などを風呂敷に包んで登校した。狭心症の手術で長期欠場し、復帰を目指している際に相談を受けた初代タイガーは「熱意は本物だと感じた。こういう善意の輪がもっと広がってほしい」と、リングでの実名公表を後押しした。

 リングで、ファンや子どもたちに夢を与えるプロレスを35年間、初代タイガーは続けてきた。同時に新日本プロレス時代から、社会福祉活動に力を入れてきた。毎月開く基金の会合で、河村さんの意見に耳を傾け、今も活動の輪を広げている。【桝田朗】

 ◆タイガーマスク運動 10年のクリスマスの12月25日、前橋市にある群馬県中央児童相談所の正面玄関に、ラッピングした箱入りのランドセル10個が置かれ、職員が発見した。「伊達直人」と署名した封筒が添えられ、「子どもたちのために使ってください」と記したカードが入っていた。ランドセルは計約30万円相当。その後、全国各地の児童養護施設へ、複数存在すると思われる「伊達直人」からの寄付行為が相次いだ。「タイガーマスク」が、11年ユーキャン新語・流行語大賞の候補60語に入った。

リング上で素顔を公表した「伊達直人」河村正剛氏。右は初代タイガーマスク(撮影・横山健太)

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