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十両V翠富士が母校で決意「勝ち越しと三賞目指す」

飛龍高の杉山理事長(右)から花束を贈られる翠富士

大相撲11月場所で自身初、県勢9年ぶりの十両優勝を飾った翠富士(24=伊勢ケ浜、焼津市出身)が27日、母校の飛龍高を訪れ、杉山盛雄理事長(62)らに優勝報告を行った。

10勝5敗で迎えた優勝決定戦。千秋楽の本割で敗れた旭秀鵬を下した。過去の決定戦は2戦2敗だったが、大一番で底力を発揮した。「親方から『胸から行け』と言われた。たくさんの思い出がつまった高校へ、良い報告ができました」と白い歯を見せた。171センチ、114キロと小兵ながらも奮闘する姿に、杉山理事長は「小さくても正面からぶつかる姿も魅力。1つでも上の番付を目指し、ケガに注意して頑張ってください」とエールを送った。

来年1月の初場所新入幕は、確実な状況。翠富士は「今まで通り、しっかり当たってから技を出す。勝ち越しと三賞を目指します」と決意を新たにした。【古地真隆】

○…飛龍高3年の熱海富士(伊勢ケ浜、本名・武井朔太郎)も、同部屋の先輩の躍進に続いてみせる。11月場所の新弟子らによる前相撲では3戦全勝。好スタートを切った。「久々の取り組みで緊張もあったが、結果を出せて良かったです」。翠富士について「心強い存在。自分も強くなって、早く出世したい」と意気込んだ。年末には部屋の稽古に合流。来年の初場所では序ノ口で相撲を取る。

飛龍高相撲部の後輩たちと記念写真に納まる翠富士(前列中央)。2列目左端が熱海富士

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11月場所新弟子検査に静岡・飛龍高の武井朔太郎ら

昨年7月、飛龍高相撲場で稽古する武井朔太郎(右)

大相撲11月場所の新弟子検査が2日、両国国技館で行われ、静岡・飛龍高の武井朔太郎(18=伊勢ケ浜)ら受検した5人全員が身長167センチ、体重67キロ以上の体格基準を満たした。

合格者は内臓検査などの結果を待ち、初日に発表される。

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飛龍高・武井、永田が大相撲入り 部屋から高い評価

大相撲入りが決まった武井(左)と永田は、昨夏に大桑元揮(現大相撲颯富士)が獲得した高校横綱をはさんでガッツポーズ(飛龍高相撲部提供)

飛龍高(静岡)相撲部の武井朔太郎(3年)が大相撲の伊勢ケ浜部屋に、永田涼真(3年)が出羽海部屋に入門することが27日、発表された。武井は来月2日に新弟子検査を受け、同8日初日の11月場所の前相撲でデビューする予定。永田は来年1月の新弟子検査を経て、同10日初日の初場所前相撲に臨む。十両翠富士ら現役力士を多数輩出する名門校から、新たな後継者が生まれた。

高校3年生の2人が、角界に飛び込む。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、本年度の全国大会は中止。武井と永田は実力を披露する舞台を失ったが、継続的に勧誘してきた相撲部屋の高い評価は変わらなかった。

武井 伊勢ケ浜部屋には高校の先輩が2人(翠富士、三段目颯富士)いますし、活躍している力士が多い。トレーニング施設など、サポートも充実しているので、決めました。

永田 小学生の時から声を掛けてもらっていましたし、出羽海部屋入門が夢でした。先輩の関脇御嶽海関のように、堂々とした相撲を取りたいです。

昨年度までの全国高校総体や国体少年などで、武井は下級生ながら、飛龍の団体メンバー入り。3~5位入賞に貢献し、本年度の個人戦で全国優勝の候補に挙がっていた。永田も昨年度の県高校新人大会で団体優勝。相撲部内で群を抜く稽古量で、小柄な体格をカバーし、本年度はレギュラーの座をつかんでいた。

2人は今後の目標について「地元の皆さんに応援してもらえる力士になりたい」と声をそろえた。静岡県民の声援を受けながら、番付を上げていくことになりそうだ。

◆武井朔太郎(たけい・さくたろう)2002年(平14)9月3日、千葉県生まれ。小学2年で熱海市に移り、熱海二小に転校。小学6年で三島市の三島相撲クラブ入り。熱海中に進み、3年生の17年に全国中学校選手権個人5位。飛龍高では1年時からレギュラー。185センチ、170キロ。

◆永田涼真(ながた・りょうま)2002年5月12日、袋井市生まれ。4歳の時に袋井相撲クラブ入り。袋井北小4年時の12年全日本小学生優勝大会4年生以下の部で準優勝。袋井中進学後も全国大会出場。中卒後に相撲をやめようかと悩んだ末、飛龍高に進んだ。170センチ、115キロ。

昨年7月、飛龍高相撲場で稽古する武井朔太郎(右)

今場所初番付の篠原が序ノ口V「4年で関取に」

篠原(左)は石原を押し出しで下し序ノ口優勝を決める(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇13日目◇20日◇エディオンアリーナ大阪

序ノ口は、1月の初場所で初土俵を踏み今場所初めて番付にしこ名が載った西22枚目の篠原(18=藤島、本名・篠原大河)が、7戦全勝で優勝を決めた。

ただ一人、無傷の6連勝で迎えたこの日の7番相撲で、西序二段107枚目の石原(30=二所ノ関)を、持ち前の突き押し相撲で一気に押し出した。

静岡県富士市出身で、高校相撲の強豪・飛龍高3年時の今年1月に藤島部屋から初土俵を踏んだ。高校の1学年先輩で、序ノ口から7場所連続勝ち越し中の幕下鈴木に誘われた。小学1年から相撲を始めたが、個人での全国大会出場はなく、高校3年の団体戦で3回戦に1度、出場したぐらいだったが「入門したら俺がいろいろ面倒を見るから、安心して入ってこい」とラブコールを送られ3部屋の勧誘があったが、藤島部屋へ入門した。大学進学か就職かを考えていたが「プロ入りしたのは先輩の存在が大きい」という。その先輩に「早く自分も追いつき、あわよくば抜かしたい」と、貪欲な姿勢を示した。

今場所を振り返り「前に出る相撲が良かった。(高校の)相撲経験者と当たることが多くて、きつかったと言えばきつかった」と話した。高校2年の12月に、痛めていた右手首を手術。それまでの押し相撲から四つ相撲に変えた。今も右手首は、ガッチリとテーピングされているが、回復したことで再び、ぶちかまして出る押し相撲に戻した。「4勝3敗ぐらいで勝ち越せれば」という目標設定は、うれしい大誤算? の7戦全勝優勝。「4年で関取になりたい」と次なる目標を胸に稽古に励む。【渡辺佳彦】

序ノ口優勝の篠原(撮影・小沢裕)

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アマ3冠木村蓮太朗プロテスト合格、6月デビューへ

プロテストに合格した木村蓮太朗

ボクシングアマ3冠の木村蓮太朗(22=駿河男児)が7日、B級(6回戦)プロテストに合格した。

都内の三迫ジムで、3回のスパーリングなどのテストを受験した。東洋大で国体と全日本で3度優勝し、昨年は主将で初の大学日本一に導いた。ケガで東京五輪予選には出られなかったが、静岡・飛龍高時代から目指していたプロ転向となった。フェザー級で6月デビュー予定。「きょうの30倍の力は出せる。デビューはKOで仕留めたい。静岡から世界王者に」と意気込みを見せた。

前島正晃会長(左)とプロテストに合格した木村蓮太朗

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初場所一番出世の颯富士に「ふじえだ元気大賞」

記念写真に納まる、右から颯富士、北村正平藤枝市長、父の大桑邦夫さん

静岡・藤枝市は30日、本年度の「ふじえだ元気大賞」として、1個人と4団体を表彰した。個人は今月、大相撲デビューした颯富士(本名・大桑元揮、18=伊勢ケ浜)が受賞。今春卒業を控える飛龍高の3年で、令和最初の高校横綱に輝いた。初場所で一番出世を決め、19日に新序出世披露に臨んだ。取組を「最初は緊張し不安だったけど、体は動いた。力が通用し、自信はあった」と振り返った。

5歳上で高校の先輩でもある兄弟子の翠富士(23=焼津市出身)を子どもの頃から知る。新十両昇進を決めた取組を見て、「かっこよかった。先輩のように強くなりたい」。スピードと、技にうまさが入る相撲を目指し、精進することを誓った。北村正平市長(73)は、颯富士ら受賞者に「みなさんを誇りに思います。活躍を通して市の原動力になってください」とエールを送った。【倉橋徹也】

伊勢ケ浜部屋入門報告会での颯富士(19年12月14日撮影)

小兵の翠富士が新十両、炎鵬&照強のいいとこ取りを

新十両昇進を果たした翠富士(撮影・佐藤礼征)

日本相撲協会は春場所(3月8日初日、大阪・エディオンアリーナ)の番付編成会議を開き、翠富士(23=伊勢ケ浜)の新十両昇進を決めた。

170センチの小兵は、東京・江東区の部屋で行われた会見に出席し、集まった報道陣を前に「こんなにたくさんの方が集まってくれて『あっ!』となった。実感が湧いてきた」。静岡県出身の力士としては13年春場所の栃飛龍以来となる新十両。「友達や(飛龍高時代の)監督から連絡がきた。(出身の焼津市は)昔から育ってきたところ、地元が大好きなので盛り上げていきたい」と意気込みを語った。

近大を2年で中退して16年秋場所で初土俵を踏んだ。序ノ口デビューから所要3場所で幕下昇進を果たし、着実に番付を上げてきた。170センチ、107キロと小柄ながら「うちの部屋はがっちり(稽古を)やる。やってきたことが自信につながった」と、猛稽古で力をつけてきた。

東幕下2枚目だった初場所で5勝2敗の成績を収めて、新十両昇進を手中に収めた。会見に同席した師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は「立ち合いが良くなってきた。相撲はいなしや技もあるが、それを生かすには最初の立ち合いでしっかり当たらないといけない。それができるようになってきた」と目を細めた。入門から20キロ近く増量したという翠富士は「(幕下上位では)圧力負けすることが多かったので、ご飯を食べる努力をした」と胸を張った。

幕内では身長160センチ台で自身より小さい炎鵬や兄弟子の照強が活躍している。「炎鵬関みたいに相手の力を逃がす相撲じゃない」「照強関みたいにめちゃくちゃな出足があるわけじゃない」と謙虚な姿勢を崩さなかったが「2人の中間のような相撲を取れれば。2人を見習っていきたい」と、“いいとこ取り”を宣言。甘いマスクも兼ね備える23歳は「いつか同世代のトップを走っていた(大関)貴景勝関や(前頭)阿武咲関と戦ってみたい」と、目を輝かせた。

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高校横綱・大桑元揮「まずは関取」伊勢ケ浜部屋入門

握手を交わす、左から伊勢ケ浜親方、大桑、飛龍・小畑校長(撮影・古地真隆)

第97代高校横綱・大桑元揮(げんき、飛龍3年)の伊勢ケ浜部屋入門報告会が14日、沼津市内で行われた。制服姿の大桑は「高校横綱をプレッシャーにせず、自信にする。まずは関取になりたい」と意気込んだ。

伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)から「引かずに前に出る部分が魅力。横綱を目指してほしい」と激励された。

昨年3月の全国選抜団体戦初優勝に貢献。今年7月の全国総体個人戦も制した。さらに今月1日の天皇杯全日本選手権では、高校生ながら予選を通過し、決勝トーナメントに進出した。「高校を卒業したらプロに入ると決めていた」。複数の部屋からスカウトされたが、最も熱心に勧誘された伊勢ケ浜部屋への入門を決めた。既に何度も稽古に足を運び、プロの胸を借りている。

170センチ、130キロの小兵力士。憧れは大関貴景勝で、突き押し相撲が持ち味だ。昨年藤島部屋に入門した鈴木優斗(三段目)に続き、2年連続で飛龍高から大相撲に進む。「突き押しをさらに磨く。鈴木さんと戦いたい」と対戦を熱望した。今後は新弟子検査を経て、来年1月の初場所(東京・両国)で初土俵を踏む予定だ。大きな希望を胸に、大相撲の世界へ飛び込む。【古地真隆】

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木村蓮太朗「相手が4重に」逆境乗り越え2年ぶりV

相手をコーナーに追い詰める木村(右)

<ボクシング茨城国体>◇7日◇水戸桜ノ牧高常北校体育館ほか◇成年男子ライト級決勝

ボクシングの成年男子ライト級で木村蓮太朗(東洋大4年、飛龍高出)が、2年ぶりの栄冠に輝いた。

   ◇   ◇   ◇

木村はアクシデントを乗り越え、2年ぶり2度目の優勝を飾った。1R途中に相手の頭が左目に直撃。「相手が4重に見えた。距離感をつかめず、とりあえず真ん中に向かってパンチを出した」。2R終了後、セコンドから棄権するか尋ねられたが、続行を志願。「決勝まで来たからには、やめるわけにはいかなかった」。3Rには、得意の左ストレートでダウンを奪うなど、逆境をはねのけた。試合後は表彰式を待たず、病院に直行して治療を受けた。高校時代の恩師・下水流怜監督(28=飛龍高教)は「闘争心が魅力。すばらしかった」とたたえた。

函南町出身で、飛龍高を経て東洋大に進学。今季はボクシング部の主将に就任し、1961年(昭36)の創部以来、初の関東リーグ1部優勝に導いた。大学OBで、WBA世界ミドル級王者村田諒太(33=帝拳)からも「ずっと自慢できること」とねぎらいの言葉を受けた。「責任感も芽生えたし、自信になった」と振り返った。

今後は来年の東京五輪出場を目指し、全日本選手権(鹿児島、11月21日~24日)に出場する。「国体に出なかった選手もいるので、全員を倒してオリンピックに出たい」。日本代表の座まで駆け上がる決意だ。【古地真隆】

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元十両栃飛龍の断髪式 同期入門の栃ノ心らがはさみ

断髪式で師匠の春日野親方に止めばさみを入れられる元十両栃飛龍(手前)(撮影・佐藤礼征)

大相撲の元十両栃飛龍(本名・本間幸也、32=春日野)の断髪式が3日、東京・墨田区の部屋で行われ、同期入門の栃ノ心(31=春日野)らがはさみを入れ、止めばさみは師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)が入れた。

静岡県三島市出身。地元の飛龍高を卒業後、06年春場所で初土俵を踏んだ。今後は実家のある静岡県吉田町で、会社員として第2の人生をスタートさせる予定。

現役最後の場所となった5月の夏場所では、7番相撲で勝ち越しを決めて有終の美を飾った。ここ1年は幕下15枚目以内に残れず、関取の座から遠ざかり「ここが区切りかな」と、土俵から去る決断に至った。「自分の中でやりきった。悔いが残る感じではなく、やりきった」と晴れやかな表情だった。

けがに泣かされても腐らなかった。幕下と三段目を行き来していた入門3年目の稽古中に、高3の時に負傷した首のけがが再発。「後で検査してもらって分かったことだけど、少しずれていたら半身不随になっていたかもと(医者に)言われた」。立ち合いで頭からぶちかます取り口から、突きと押しを重視したスタイルに変更するきっかけとなったが、首の痛みには現役引退まで悩まされた。それでも、初土俵から7年後の13年春場所には新十両昇進。十両在位は計9場所だった。師匠の春日野親方は「去年、一昨年と十両だったからもうちょっと頑張ればと思ったんだけど」と、引退が惜しい様子。女手一つで育てた母の久保田祐子さん(55)は「寂しくなるけど、ここまでよく頑張ったと思う」とねぎらった。

今後は会社員として運送業に携わる予定だが、「飲食店をやってみたい」という夢もある。飛龍高時代は食文化コースで料理の知識を蓄えたため、メニューはちゃんこ鍋にこだわらない。「中華屋さんとかいいですよね。(店名は)『中華飛龍』とか悪くないかな」と、思いついて笑った。相撲の指導者にも興味がある。師匠には「高校に(指導に)行くんだよ」と声を掛けられた。長い力士人生で1番の思い出は新十両昇進。母校などから贈呈された化粧まわし2本は、実家に持って帰る。「諦めないで努力すること。やり続ければ芽が出るとは限らないけど、自分は少しは出た」。約13年間の力士生活に終止符を打ち、胸を張って静岡に戻る。

断髪式後に整髪した元十両栃飛龍の本間幸也さん(撮影・佐藤礼征)

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西岩親方の弟子・若小菅ら11人が相撲教習所を卒業

相撲教習所の卒業式に参加した西岩親方(左)と優等賞を受賞した弟子の若小菅(撮影・佐藤礼征)

大相撲の新弟子が通う相撲教習所の卒業・入所式が31日、東京・両国国技館内の教習所で行われ、西岩親方(元関脇若の里)の弟子、序ノ口若小菅(18=西岩)など11人が卒業した。卒業者のうち若小菅ら4人が、抜群の学習成績を収めた力士に贈られる「優等賞」を受賞。西岩親方にとって7人目の弟子で初の受賞となり「うれしいものですね」と喜んだ。

入所者では昨年の高校総体で3位の鈴木優斗(18=藤島)ら10人が出席した。教習所生活に向けて、鈴木は「(飛龍高では)得意な科目は体育で、勉強は苦手だった。先輩に教わりながら頑張りたい」と、初々しく話した。

相撲教習所の入所式に出席した鈴木優斗(撮影・佐藤礼征)

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原隆二 右ストレート原点回帰「1%でも世界取る」

1年前から続けている素振りトレを披露する原隆二

 プロボクシングのIBF世界ミニマム級10位原隆二(25=大橋)が、「原点回帰」の右ストレートで世界初挑戦での王座奪取を狙う。27日の王者高山勝成(32=仲里)とのタイトル戦に向け、17日に横浜市内の所属ジムで練習を公開。野球の素振りを練習に取り入れ、本来の伸びのあるパンチを取り戻した元高校4冠のアマエリートが、「1%」の可能性にすべてをかける。

 原の表情に一切の迷いはなかった。初の世界挑戦は、世界戦だけで13試合を戦ってきた経験豊富な王者との一戦。それでも気持ちで立ち遅れるつもりはない。大橋会長が「99%勝てないと思うが、1%にかけたい」と話すと、言葉に力を込めて続いた。「1%でも、自分は世界を取りたい」。

 武器は、輝きを取り戻した右ストレートだ。静岡・飛龍高時代には高校4冠を達成したエリート。素早いフットワークと、威力抜群の右を武器に全国に名をとどろかせた。だが、プロ入り後は伸び悩んだ。無敗で日本、東洋王座を獲得と結果こそ残すも、本来の躍動感のある動きは鳴りを潜め、次第に評価を下げた。コンビを組む佐久間トレーナーは「接近戦でアッパー、フックを振り回す、悪く言えばパワー頼りの楽なボクシング。本来のストレートが打てなくなっていた」と当時を振り返った。

 目指したのは「原点回帰」だ。佐久間トレーナーが昨年9月から練習の最後に野球のバットを持って素振りを行うよう指示。下半身主導の動きを覚え込ませるのが狙いだった。原も「バランスが良くなってパンチが強く打てるようになった」と効果を実感。「素振りで左の時はイチロー、右は清原をイメージしている」と笑わせた。

 スパーリングでは元2階級王者八重樫を、その右ストレートでのけぞらせるなど、充実の仕上がりぶりをアピールした。陣営は「これまでとは顔つきが違う」と声をそろえる。スパーリングの約束時間に姿を見せず、多くの被害者を生んだ「遅刻常習犯」の面影はない。最高の舞台で、輝きを取り戻す。【奥山将志】

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栃飛龍&磋牙司アベック白星/初場所

そろって白星を挙げた栃飛龍(写真上=右)と磋牙司(写真下=左)

<大相撲初場所>◇7日目◇18日◇東京・両国国技館

 静岡・飛龍高出の2人が、応援団の前でそろって白星を挙げた。東十両12枚目の栃飛龍(26=春日野)は同10枚目の芳東(36=玉ノ井)を押し倒して5勝2敗。東幕下2枚目の磋牙司(32=入間川)も同5枚目の福轟力(25=荒汐)をはたき込み、2勝2敗の五分に戻した。

 この日は飛龍高から初めて45人の応援団が駆け付けた。先に勝った磋牙司は「知り合いの声が聞こえたので分かった。勝ててうれしいっすね」と喜び、栃飛龍も「いいところを見せたいと思っちゃって緊張したけど、自分の相撲ができて良かった」と胸をなで下ろした。2人を育てた三島相撲連盟の鈴木忠友会長(70)は「スカイツリーに上ってゆっくりしてから国技館に行く予定だったが、磋牙司も出ると分かって予定を30分繰り上げたんです。2人とも勝って、来て良かった」と笑顔だった。【今村健人】

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栃飛龍「もったいない」2敗/初場所

肥後ノ城に敗れ悔しそうに引き揚げる栃飛龍

<大相撲初場所>◇4日目◇15日◇東京・両国国技館

 東十両12枚目の栃飛龍(26=春日野)は、同14枚目の肥後ノ城(29=木瀬)に敗れて2連勝の後に2連敗となった。突いて土俵際まで押し込んだが、相手のいなしにつんのめり、最後は送り出された。「行けるかな、勝ったかなと思ったけど、ちょっと勝負に行くのが早かった。もったいない」と悔しがった。再十両で迎えた今場所、母校飛龍高の父母会が企画して、初めて応援ツアーが組まれることになった。「いい成績でその日を迎えられるようにしたい。ここから崩れないように頑張ります」と気合を入れ直した。

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“三島ダービー”栃飛龍が制す/夏場所

磋牙司を破り笑顔で引き揚げる栃飛龍(撮影・岡本肇)

<大相撲夏場所>◇初日◇12日◇東京・両国国技館

 十両で実現した“三島ダービー”は栃飛龍が制した。静岡・飛龍高出同士の対決となった一番は、西十両7枚目の後輩、栃飛龍(26=春日野)が、東十両7枚目の先輩、磋牙司(31=入間川)を押し出しで破った。初対決で休まず突き続けた栃飛龍は「入られたら分が悪いので、突っ張った。本場所でやってみたかった先輩。自分もここまで来たなという思いがありますね」と感慨に浸った。6学年差の2人は「三島出身力士を応援する会」で支援されている仲。それだけに先輩の磋牙司は「悔しいっすねぇ」と悔しさをにじませた。

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新十両栃飛龍が母校訪問 後輩に押し指導

母校の稽古場で現役部員に指導する栃飛龍(左)

 大相撲春場所(3月10日初日、大阪・ボディメーカーコロシアム)の新十両に昇進した栃飛龍(25=春日野)が1月31日、母校でしこ名にもなっている飛龍高を訪れ昇進を報告した。現役時代に汗を流した稽古場にも顔を出し、後輩を指導。3月の全国選抜大会に出場するチームへエールを送るとともに、自身も春場所での優勝争いを誓った。

 例年、初場所後に三島市に帰省し母校を訪れる栃飛龍が、今年は関取として凱旋(がいせん)した。同校出身の関取は十両磋牙司(31=入間川)以来2人目。杉山盛雄理事長(54)から花束と激励を受けると「今までもチャンスはあったが、やっと報告ができた」と笑みを浮かべた。

 その後、稽古場へ移動。全国大会を控える相撲部の後輩5人に「悔いが残らないように頑張って下さい」と語り、押し方なども指導した。久保正博(1年)は「教わった形でやったら押しやすくなった」と劇的な変化に驚いた。

 栃飛龍にとっては「稽古の思い出しかない」地だ。自転車で片道40分かけて通学。当時すでに体重は135キロあり「5台くらいダメにした」と笑う。鍛えた足腰で3年時には主将として全国総体出場。国体少年の部のメンバーに選ばれ団体5位となったものの、全国で個人優勝2度の磋牙司に比べると実績は劣る。「当時は一生懸命やっていたけど、今考えるともっとできた」と振り返った。

 一方、当時栗原大介監督(36)から受けた教えが、初場所で花開いた。「力の強い右手ばかりで押していたので、左手を使うように言っていました」と栗原監督。角界入り後はぶちかましが持ち味だったが、09年に首を骨折。現在も激しく当たると手がしびれるため、突きを磨いた。栃飛龍も「左で下から相手を起こせるようになったことが実を結んだ」と昇進の要因に挙げたほど。飛龍の名をしこ名に頂くにふさわしい相撲の型ができつつある。

 高校時代の実績では差をつけられた磋牙司と同じ立場になり「恩返ししたい」と対戦を望む。さらに「春場所では勝ち越しを目指して、できれば優勝争いをしたい」ときっぱり。初土俵から7年。飛躍の1年とすべくさらなる精進を誓った。【石原正二郎】

 ◆栃飛龍幸也(とちひりゅう・ゆきや)本名本間幸也。1987年(昭62)4月23日生まれ、三島市出身。錦田小2年で三島相撲クラブに入り相撲を始める。県では上位の常連で全国大会にも出場。錦田中では団体で県3位。飛龍高を卒業後、06年春場所で初土俵。07年春場所と09年名古屋場所で序二段優勝。得意は突き、押し。趣味はカラオケ、昼寝。178センチ、154キロ。

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十両V磋牙司「集中した」/技量審査場所

十両優勝を決めた磋牙司(撮影・岡本肇)

<大相撲技量審査場所>◇13日目◇20日◇東京・両国国技館

 十両優勝を決めた磋牙司(29=入間川)のコメント。

 「うれしいです。(好調の要因は)自分でもあんまり分かんない。勝ち負けは別として、集中して内容のある相撲が取れていた」。

 ◆磋牙司(さがつかさ=本名磯部洋之)東12枚目、静岡県三島市出身、入間川部屋。静岡・沼津学園高(現飛龍高)で高校横綱。04年春場所初土俵。10年春場所新入幕。得意は突き、押し。166センチ、131キロ。29歳。

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木村山が十両の優勝戦制す/春場所

<大相撲春場所>◇千秋楽◇28日

 十両は木村山(春日野)が2008年春場所以来2度目の優勝を果たした。11勝4敗で並んだ光龍(花籠)玉飛鳥(片男波)との優勝決定ともえ戦を制した。

 序二段と序ノ口は7戦全勝同士による優勝決定戦を行い、序二段は千代錦(九重)が北勝鶴(八角)に勝った。序ノ口は埼玉・埼玉栄高相撲部出身の佐々木山が、静岡・飛龍高相撲部出身の柴原との木瀬部屋勢同士の対決を制した。

 幕下はブルガリア出身の碧山(田子ノ浦)、三段目は千昇(式秀)がともに7戦全勝で13日目に優勝を決めた。

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5場所目の碧山が幕下優勝/春場所

<大相撲春場所>◇13日目◇26日◇大阪府立体育会館

 幕下はブルガリア出身で初土俵からわずか5場所目の碧山(田子ノ浦部屋)が7戦全勝で優勝した。

 三段目は千昇(モンゴル出身、式秀部屋)が7戦全勝で優勝。序二段は北勝鶴(山形県出身、八角部屋)と千代錦(熊本県出身、九重部屋)が7戦全勝で並び、千秋楽の28日に優勝決定戦を行う。

 序ノ口は埼玉・埼玉栄高相撲部出身の佐々木山(秋田県出身)と、静岡・飛龍高相撲部出身の柴原(東京都出身)の木瀬部屋勢2人が7戦全勝で、千秋楽の優勝決定戦に臨む。

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167センチ磋牙司が190センチ撃破/春場所

<大相撲春場所>◇5日目◇18日◇大阪府立体育会館

 東前頭15枚目の磋牙司(28=入間川)が、同12枚目隠岐の海(24)との「凸凹新入幕対決」を制して4勝目を挙げた。幕内史上最小兵167センチの体で、190センチの隠岐の海に真っ向勝負。懐に飛び込んで相手にまわしを与えず、最後まで下から攻めきって押し出した。静岡・飛龍高では、引退した元横綱朝青龍関が3位だった98年総体で優勝。小さいながら果敢に攻める姿で、朝青龍なき土俵を盛り上げる。

 小さくても、執念は負けなかった。磋牙司は、決して多くないまげを乱し、ひたすら前に出た。身長差23センチの新入幕対決。立ち合いで隠岐の海の懐に飛び込むと、低い位置からの右おっつけ、左はずで強烈に押した。「紙一重だった。おっつけられちゃうと流れが悪くなるから」。攻めの姿勢を貫き、4勝目を挙げた。

 今場所の公称は167センチ。1月の初場所前に計測された数字だが、2月の健康診断では166センチだった。力士の身体計測が始まった53年9月以降、幕内力士の最短身は元前頭藤田山らの167センチ。「今さらどうにもならない。逆に人にはない、下から攻める嫌な相撲を」。中学では毎日牛乳2リットルを飲み、肩が外れるほど鉄棒にぶら下がったが、成長は中2で止まった。だが2メートル近い巨体がひしめく幕内の土俵では、歴史的小兵が逆に武器になる。

 静岡・飛龍高(当時沼津学園)では98年総体に出場、決勝で現在十両の普天王を下して高校横綱に輝いた。その時、準決勝で普天王に敗れたのが、2月に引退した元横綱朝青龍関。1月31日の潮丸引退相撲では元朝青龍に「良かったな。頑張れよ」と声を掛けられた。「胸を借りるというか、対戦したかったですね」。幕内ではすれ違いになり、少しだけ悔しさが残る。

 宿舎は大阪・岸和田の天然温泉「スパ・リゾート リバティ」。源泉掛け流しの温泉で体を癒やす。「気持ちはしっかりしてます。感覚がダメだと、結果もついてきませんから」。場所前には「地デジ対応」のテレビをポンと購入。録画した取組を研究し、サプリメントやプロテインも勉強する。向上心旺盛の磋牙司が、日増しに存在感を大きくしている。【近間康隆】

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