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照ノ富士が消沈…変化し批判浴びた一番元付け人述懐

15年6月、照ノ富士(左)と付け人の駿馬

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

14場所ぶりに幕内復帰した大関経験者の東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、5年ぶり2度目の優勝を果たした。

関脇御嶽海を寄り切って13勝目。ともえ戦に持ち込まず、本割で決めた。優勝は15年夏場所以来。30場所ぶりの優勝は史上2番目のブランクで、大関経験者が関脇以下で優勝するのは昭和以降2人目。両膝の負傷や内臓疾患に苦しみ序二段まで番付を落とした男が、大相撲史に残る復活劇を成し遂げた。

   ◇   ◇   ◇

照ノ富士の付け人を約5年間務めた元幕下駿馬(しゅんば)の中板秀二さん(38)は、劇的な復活劇を信じて疑わなかった。「目標があれば、必ず戻れると思っていた」。入門は照ノ富士より7年早い。13年3月の間垣部屋から伊勢ケ浜部屋への移籍や15年夏の大関昇進。兄弟子として苦楽をともに過ごしてきた。

両膝のけがなどでどん底の中、照ノ富士は弱音をたくさん吐いたという。「『何をやってもうまくいかないんです』と。(番付が)上がってるときは弱みを全く出さなかったので驚いた」。印象的だったのは優勝を争っていた17年春場所14日目。立ち合い変化で琴奨菊の大関復帰を絶つと、周囲から厳しい批判を浴びた。「あれから元気がなくなったように見えた。(その後の低迷は)体のことはもちろんだが、気持ちの問題も大きかったんじゃないか」と述懐する。

序二段で復帰した昨年春場所前、照ノ富士はすでに引退を決断していた駿馬さんの自宅を訪れ「もう1回、幕内で頑張ります」と決意の報告をした。駿馬さんは昨年夏場所限りで引退。直後に部屋で行われた断髪式では、照ノ富士に「お疲れさまでした」とはさみを入れられ、ほおにキスされた。「モンゴル流なんですかね。涙が出ました」。現在は都内で介護事業を展開する企業の職員として働いている。優勝の瞬間は仕事のためラジオで聞き「感慨深いものがあった」。元付け人にとっても格別な優勝となった。【佐藤礼征】

御嶽海(右)を寄り切りで破る照ノ富士(撮影・河田真司)
幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司) 

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9位照ノ富士へエール「おちゃめなギャップ大好き」

第9回大相撲総選挙にご投票いただき、ありがとうございました。投票だけでなく、多くの皆さまから熱いメッセージをいただきましたので、ごく一部ですが紹介いたします。

9位 照ノ富士 1873票

★大関経験者で序二段まで陥落したにも関わらずコツコツ努力して幕内に復帰したその姿に勇気をもらった。(20代男性)

★横綱昇進を見据えて自信満々だった大関時代。幕下以下に陥落して病気やけがに苦しみながら徐々に番付を戻していった時。そして幕内に復帰した今。どの時も照ノ富士という人間の生き様を見せてもらっています。関取に戻って久しぶりのインタビュー、日本語がとてもうまくなっていたのが印象的でした。まだ若い! もう1度綱取りを!(40代女性)

★照ノ富士関の、これまで歩んできた相撲人生を思うと、1票入れずにはいられません。間垣部屋から伊勢ケ浜部屋への移籍、駿馬(しゅんば)さんとの絆、大関への飛躍、足のけがでの序二段への転落、そしてじわじわと復活しての再入幕…! 心震えます!(40代女性)

★私も今病気でリハビリをしているのですが照ノ富士関が頑張ってるのを見るとうれしくなります。応援してます。(40代女性)

★けがと内臓疾患などで、幕下に陥落した時、元大関経験者だから、このまま引退するんじゃないか、と心配していました。それでも、現役続行を新聞の記事で見た時、体調さえ良くなれば、再び関取に帰って来る日を信じていました。昨年の九州場所で、幕下優勝とともに、関取復帰が決まった時、本当にうれしかったです。次は、再び幕内上位での活躍を期待しています。そして、大関復帰へ! これからも、応援していきます。(30代男性)

★再度大関という奇跡を見せてほしい。(30代男性)

★困り顔がかわいい。戻ってきてくれてうれしい。血のにじむような努力をたたえたい。(20代女性)

★土俵上での大きな相撲と普段のおちゃめのギャップが大好きで、大関に上がる前からずっと応援しています。返り入幕の場所での活躍を期待しています!(20代女性)

★捲土(けんど)重来の一言で十分でしょう。目指せ大関返り咲き!(40代男性)

★照ノ富士関が関脇時代から相撲に興味を持ちました。仕切りの時間いっぱいになると見る見るうちに般若のような闘争心あふれる表情、そして力強い相撲に夢中になりました。そんな照ノ富士関が再入幕を果たしたことは本当にうれしいです。また上位戦ってるところをみたいです。(30代女性)

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逸ノ城が関脇から前頭4枚目、碧山は2枚目 新番付

逸ノ城(2018年5月2日)

日本相撲協会は24日、大相撲名古屋場所(7月7日初日、ドルフィンズアリーナ)の新番付を発表した。降下、改名、引退などの力士、年寄は以下の通り。

【降下】

<三役から平幕>

逸ノ城(26=湊)東関脇→西前頭4枚目

碧山(33=春日野)東小結→東前頭2枚目

<幕内から十両>

徳勝龍(32=木瀬)東前頭14枚目→東十両筆頭

石浦(29=宮城野)西前頭16枚目→東十両2枚目

千代翔馬(27=九重)東前頭17枚目→東十両3枚目

<十両から幕下>

青狼(30=錣山)西十両14枚目→東幕下筆頭

彩(27=錣山)東十両13枚目→西幕下筆頭

美ノ海(26=木瀬)東十両14枚目→西幕下3枚目

千代の国(28=九重)西十両7枚目→東幕下6枚目

白鷹山(24=高田川)東十両11枚目→東幕下10枚目

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

<十両>

琴鎌谷→琴ノ若(ことのわか)

<幕下>

武政→元亀(げんき=阿武松)

<三段目>

義春日→旭勇幸(きょくゆうこう=中川)

<序二段>

都元春→都島(みやこじま=峰崎)

藪岡→雷雅(らいが=二子山)

肥後ノ双→八代海(やしろうみ=木瀬)

<序ノ口>

丸山→丸勝(まるしょう=鳴戸)

照ノ花→大雅(たいが=伊勢ケ浜)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

琴鎌谷将且→琴ノ若傑太(ことのわか・まさひろ)

都元晴土田→都島元春(みやこじま・もとはる)

【出身地変更】

川渕一誠(錣山)金沢市→大阪市港区

【退職(年寄)】

楯山大造(元関脇玉ノ富士)

【引退】

出羽疾風、栃飛龍、空乃海、虎来欧、北勝芯、玉乃龍、琴原元、浜美龍、駿馬、若小菅、山中

碧山(2018年1月28日)

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元十両の出羽疾風ら12人が引退 力士一覧

名門出羽海部屋から4年ぶりの関取となった出羽疾風(左)右は師匠の出羽海親方(元前頭小城ノ花)(2014年10月1日撮影)

日本相撲協会は29日、元十両の出羽疾風(30=出羽海)栃飛龍(32=春日野)ら12人の引退を発表した。引退力士は次の通り。

出羽疾風(出羽海)栃飛龍(春日野)空乃海(峰崎)虎来欧(鳴戸)北勝芯(八角)玉乃龍(片男波)蘇(阿武松)琴原元(佐渡ケ嶽)浜美龍(木瀬)駿馬(伊勢ケ浜)若小菅(西岩)山中(式秀)

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豊ノ島が初白星「身に染みる」SNSが、娘が支えに

<大相撲夏場所>◇7日目◇20日◇東京・両国国技館

 自分を支えてくれる周囲の声を励みに、33歳のベテランが前を向き始めた。陥落した幕下で4場所目を迎え、ここまで3連敗中だった東幕下19枚目の豊ノ島(33=時津風)が、今場所初白星を挙げた。

 4番相撲で同22枚目の駿馬(35=伊勢ケ浜)と対戦。何かが吹っ切れたかのように、迷わず浅く二本をのぞかせながら一気に寄り切った。相手は入門は自分より後だが、年上で先場所、35歳で初めて幕下に上がった苦労人。大関照ノ富士の“教育係”的な付け人の小兵と、話題性のある一番だったが「動かれるとうるさいから相手を正面に置いて、気持ちを高めて行きました」と、57日ぶりの勝利を振り返った。

 前日は、荒磯親方(34=元前頭玉飛鳥)から励まされていることを明かした豊ノ島。この日は取り囲む報道陣の背後から、九重親方(元大関千代大海)が「今日みたいに攻める相撲を」と声を懸けた。さらに、家族の支えにも感謝。落ち込んで帰宅すると沙帆夫人から「弱気になっている顔はみたくない」と叱咤(しった)され、4歳の長女希歩ちゃんも負けて帰ると「負けちゃったから悲しいな。でも絶対に相撲をやめないでね」と言っているという。

 現役の力士からの励ましや、SNS上では勝手連的な“応援する会”も発足している。「へこんでる時だから、みんないい言葉。本当にうれしい。身に染みますよね」と豊ノ島。周囲の励ましを支えに、前日は「あと5年はやる」と宣言。気持ちは折れていない。

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照ノ富士4度目かど番脱出も「普通」付け人昇進が力

勢(手前)を寄り切りで破る照ノ富士(撮影・前田充)

<大相撲春場所>◇9日目◇20日◇エディオンアリーナ大阪

 大関照ノ富士(25=伊勢ケ浜)が前頭筆頭の勢を下し、自身4度目のかど番から脱出した。これまで8戦1勝と合口の悪かった相手を圧倒。9日目のかど番脱出は自己最速となった。平幕栃煌山とともに1敗を守り、15年夏場所以来2度目の優勝へ向けて、全勝の横綱稀勢の里と関脇高安を追いかける。

 照ノ富士に本来の勢いが戻ってきた。勢の左前みつを引いて深く上手を取り、投げは決まらなかったが、体を寄せて寄り切った。相性の悪い相手に完勝してのかど番脱出に「普通」と言ったが、笑みがこぼれた。

 今場所はいい刺激があった。付け人の駿馬が幕下に初昇進。35歳2カ月の最年長記録だった。照ノ富士が11年に間垣部屋に入門した時、兄弟子として指導を受けてきた。13年の部屋閉鎖に伴い現在の部屋に一緒に転籍し「頼りになります」と話す恩人。照ノ富士は「十両上がったら車買ってあげますよ」と大盤振る舞いかと思いきや「40万円のね」と照れ隠し。実際は場所前に祝い事を考えていたが「普段からお世話になっていますから。気持ちだけでも本当にありがたい」と駿馬から遠慮されていた。

 自己最速9日目でのかど番脱出。自身よりも3センチ身長が大きい195センチの勢を「土俵に上がったら自分より小さく見えた。小さく見えてきたら勝っちゃうよね」と調子の良さをアピール。駿馬は「取りあえず良かったです」と安心した。縁の下の力持ちに支えられながら、15年夏場所以来の優勝へ、ひた走る。【佐々木隆史】

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照ノ富士2連覇目指し新大関白星発進

碧山(手前)を上手投げで破る照ノ富士(撮影・今中雄樹)

<大相撲名古屋場所>◇初日◇12日◇愛知県体育館

 2連覇が懸かる新大関照ノ富士(23=伊勢ケ浜)が、大関初白星を挙げた。西前頭2枚目の碧山(29)を上手投げで下した。昇進から約1カ月半、多忙な日々を過ごしてきたが、重圧をはねのけて史上9人目の新大関優勝に向けて好スタートを切った。

 ヒヤヒヤの大関初日だった。照ノ富士は「立ち合いで当たれなかった。あと、足も滑ったり、バタバタした」と反省を口にした。立ち合いでは碧山に押され、前に出ようとすると滑る土俵に足を取られた。「あそこで引かれてたら落ちてたな」。最後は豪快な上手投げで決めたが「まわし取る前はきつかったっすね」と、笑みはなかった。

 夏場所で初優勝と大関昇進を決め、環境は激変した。関係者との付き合いも増え、休みもほとんどなかった。大阪・堺合宿中には蜂窩(ほうか)織炎で稽古を休むなどストレスもたまった。それでも「大変だけど、仕事だから。ありがたい。応援してくれる人がいてこそ頑張れる…なんか、恩返しができるのかな」。嫌な顔ひとつしなかった。

 「あんまり変わんない」「普通」と繰り返す陰では、付け人が気を使っていた。すべての予定を把握する間垣部屋時代からの兄弟子、三段目の駿馬(33)は「遊びに行ったり、息抜きは任せてます」と、羽を伸ばせるよう配慮した。その分、治療などは相談して日程を決め、多忙の中でも時間を確保。「これまでで一番長かったな」(照ノ富士)という1カ月半は、多くの人に支えられていた。

 9人目の新大関優勝に向けて白星スタートを切った。06年夏場所の白鵬以来、9年ぶりの快挙を狙えるのは1人のみ。大関としての責任を「優勝争いすること」と言う照ノ富士の戦いは、始まったばかりだ。【桑原亮】

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照ノ富士が涙の初優勝「夢みたい」大関昇進を決めた

白鵬が敗れ優勝が決まり、支度部屋で感無量の表情を浮かべる照ノ富士

<大相撲夏場所>◇千秋楽◇24日◇東京・両国国技館

 関脇照ノ富士(23=伊勢ケ浜)が横綱白鵬との優勝争いを制し、初の賜杯を手にした。碧山を寄り切りで下して12勝目。3敗で並んでいた白鵬が横綱日馬富士に敗れ、101人目の優勝力士となった。年6場所制となった1958年(昭33)以降は貴花田、朝青龍に続き歴代3位となる初土俵から25場所のスピード記録。1度は消えた大関昇進も確実にし、荒れる夏場所の主役をかっさらった。

 目頭に、熱いものが込み上げた。これまでの苦労がよみがえる。照ノ富士は白鵬が敗れる姿を見届けると、付け人の駿馬と無言で抱き合った。「夢みたい…」。そう話すのがやっとだった。史上101人目の優勝は、初土俵から歴代3位のスピード記録。モンゴル出身力士5人目となる新大関の座も、一気に射止めた。

 2番前に碧山を寄り切りで下して、白鵬に重圧を与えた。支度部屋では兄弟子に祈った。「勝ってくれ」。その思いは届いた。「今までで一番緊張しました。自分ではもう1回、勝つつもりでいた」。何よりも日馬富士の気持ちが染みた。

 10年3月に逸ノ城らと同便で来日した。間垣部屋に入門し、部屋の閉鎖で転籍すると、番付を駆け上がった。右四つながら左四つでも戦える器用さ、体格を生かした力相撲-。驚異の粘り腰で土俵を沸かせた。春場所後は14勝以上とされた昇進目安も、強運を味方につけて徐々に変えた。白鵬に敗れて1度は消滅したムードを再燃させた。3場所連続の敢闘賞も受賞。吉葉山以来64年ぶりに三役2場所通過の快挙を果たした。

 “変化”を見せたこの2場所。体を突き動かしたのは両親への思いだった。23年前、4900グラムで生まれた大きな男児は、両親の名前を分け合い「ガンエルデネ」と名付けられた。「ガンは一番硬い鉄。エルデネは一番大事なもの」。少年時代は父ガントルガさんの働く鉱山まで約1キロ、20リットルのバケツを両手で抱えて何度も往復した。だが、来日後に父の会社が倒産。自分にできることは何か-。強くなれば手にするものが増える。必然と稽古への姿勢が変わった。

 新入幕で力士人生初の5連敗を喫すると「やらなきゃダメだ」と腕力の強化にも取り組んだ。腕立て伏せに、20キロのダンベルやチューブトレーニングが、今の日課になった。関取昇進以降、毎月仕送りを続ける。「お母さん、お父さんに感謝の気持ちでいっぱい」。屈強な心を持つ孝行息子が、最高の形で恩返しした。

 この日は柔道やモンゴル相撲を学んだ恩師シーレブさんを招待し雄姿を届けた。故郷でテレビ観戦した母オヨンエルデネさんからも「ありがとう」とねぎらわれた。だが、まだ上がある。大関在位2場所で横綱昇進となれば、昭和以降では双葉山、照国と並ぶ。「大関照ノ富士」の挑戦は、ここから始まる。【桑原亮】

 ◆大関昇進への流れ 審判部は千秋楽の午前中に会議を開き、照ノ富士が初優勝した場合、大関昇進を諮る臨時理事会の開催を北の湖理事長(元横綱)に要請することを決定。優勝後に、同理事長に了承された。理事会で昇進が見送られた例はない。照ノ富士は今日25日に一夜明け会見、26日に“使者待ち”会見を行う。27日の名古屋場所(7月12日初日、愛知県体育館)番付編成会議と臨時理事会を経て、正式決定。同日中に、同じ伊勢ケ浜一門の理事と審判委員が使者として伊勢ケ浜部屋へ出向き、伝達式が行われる。

初土俵からのスピード初V
照ノ富士とは

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伊勢ケ浜部屋転籍3力士が「初体験」

 間垣部屋の閉鎖で伊勢ケ浜部屋に転籍した3力士が12日、合流後の初稽古を行った。新潟・長岡巡業出発が控えたため、伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)が「今日は軽かった」と言う稽古量だったが、四股や軽いトレーニング程度だった3人には“初体験”。前頭宝富士ら関取衆に稽古をつけられた幕下若三勝は「吐きそうになった」と言い、三段目駿馬は「酸欠です」。体重205キロの三段目若青葉は「10キロはやせますね」と苦笑い。ただ、若三勝が横綱日馬富士からテッポウを指導されるなど、数多く声を掛けられた。小結安美錦は「こうやって稽古を見てもらうこともなかっただろうから」。横綱も「一丸となって強くなってほしい」。同部屋だからこそ、愛に満ちたむちだった。

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間垣3力士が伊勢ケ浜部屋へ引っ越し完了

 春場所限りで閉鎖が決まった間垣部屋の3力士が11日、転籍先の伊勢ケ浜部屋に引っ越しを完了した。横綱日馬富士からは「うちの若い衆と、みんなで仲良くやって、頑張ってほしい」と歓迎を受けた。

 期待の1番手は身長191センチの若三勝(21)だ。春場所に西幕下20枚目で5勝したモンゴル出身力士は「横綱からは頑張れと声をかけてもらいました。少しでも早く上(十両)にいきたい」。新師匠となる伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)もうれしそうな表情で稽古場にかける木札を用意した。「さっそく明日から稽古します。お互い刺激しあってほしい。若三勝は関取衆とたくさん稽古してスピードをつけないとダメ」。三段目の若青葉(26)は「稽古あるのみ」。駿馬(31)も「大勢で稽古できるのが楽しみ。幕下に上がります」と言い、焼き肉店での決起集会に向かった。

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日馬の伊勢ケ浜部屋に間垣3力士が転籍

 3月の春場所限りで閉鎖が決まった間垣部屋の3力士が11日、転籍先の伊勢ケ浜部屋に引っ越した。

 伊勢ケ浜親方(52=元横綱旭富士)は「さっそく明日から稽古しますよ。お互い刺激しあって成長してくれることを期待しています」。春場所に西幕下20枚目で5勝をあげたモンゴル出身の若三勝(21)、東三段目37枚目の若青葉(26)、同76枚目の駿馬(31)を加えた稽古を、12日から開始することを明かした。

 横綱日馬富士(28)も「うちの若い衆と、みんなで仲良くやって、頑張ってほしい」と歓迎。6日に治療した右太もも内側の傷も癒えつつあり、稽古中に付け人の富栄(21)に「今日誕生日だよな。おめでとう。お祝いあげる」とペットボトルの水をみずからの手で飲ませてあげるなど表情も緩やか。すり足や立ち合い稽古10回などで調整した。

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