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最多の佐渡ケ嶽は時差式稽古 力士数データ/新番付

春場所で新入幕の琴ノ若と、師匠で父の佐渡ケ嶽親方(左)(2020年2月24日)

日本相撲協会は27日、大相撲夏場所(5月24日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。十両以上の番付は以下の通り。なお、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、夏場所開催の可否は決まっていない。

新番付にしこ名が載った力士総数は45部屋に695人。部屋別、出身地別のナンバーワンはどこか…。データを紹介します。

【部屋別力士数】

相撲通の方なら1位と2位はあの部屋…と推測できるでしょう。ここ数年、常にトップを競うあの部屋です。

1位は佐渡ケ嶽部屋の37人。新型コロナウイルスの影響で稽古にも工夫が求められる中、佐渡ケ嶽部屋は「うちは40人ぐらい力士がいるから」(琴奨菊談)と起床時間から2班に分ける「時差式稽古」で汗を流している。入幕力士が3人もいたため、幕内力士5人も45部屋でトップだ。

2位は2差の35人で木瀬部屋。関取予備軍ともいわれる幕下に15人を擁し、関取数6人は九重部屋と並び2位タイ。徳勝龍の初場所優勝で活気づいている。

3位以下は<3>玉ノ井部屋28人<4>境川部屋25人<5>高田川部屋24人<6>九重・高砂・八角の高砂一門の3部屋が23人で続く。9位で21人の追手風部屋は関取数が7人でトップ。木瀬部屋同様、学生相撲出身力士を多く輩出している。10位の錣山部屋(20人)までが、20人以上在籍の部屋だ。

また“関取在籍率”では追手風(21人中7人)、片男波(3人中1人)がトップだ。

【出身地別力士数】

やはり日本全国の人口比率に準じているのか。1位は東京都の56人。以下<2>大阪府(39人)<3>愛知県(37人)<4>兵庫県(36人)<5>福岡県(32人)で本場所開催4都府県が予想通りにベスト5入り。以下<6>神奈川県(31人)<7>千葉県(29人)<8>鹿児島県(28人)<9>埼玉県(25人)<10>熊本県(23人)と続く。幾多の横綱を輩出した“相撲どころ”の北海道はモンゴルと並ぶ11位(22人)、やはり多くの名力士を輩出した相撲が盛んな青森県は10人(21位タイ)となっている。

国別ではモンゴルの22人がダントツで、ジョージアが2人、残るブラジル、中国、ロシア、ブルガリア、ハンガリー、フィリピン、ウクライナが各1人となっている。

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朝乃山両親も大関昇進に「感動しました」一問一答3

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

伝達式後の代表者による一問一答(その3)は以下の通り。

-看板力士になった。これまで以上に師匠からは

高砂親方 月曜日(の一夜明け会見)にも話したけど、強くなれば強くなるほど、注目度が増えるわけだし、いろいろな人から見られることが多くなる。立ち居振る舞い、自分の行動には責任を持つ。常々、私は弟子たちに言うんだけど「財団法人日本相撲協会」「高砂部屋」という看板を背中に背負って歩いている。その看板を汚したりすることは絶対、しちゃいかんと。朝乃山も、そのへんのことを考えてやってくれると思っています。

-ご両親にお聞きします。現在の心境は

父靖さん 本当にうれしい限りです。

-おかあさんは

母佳美さん 感動しました。

-この4年間は

靖さん 今思えば、あっという間に大関という地位まで駆け上がってくれた。一時期、足踏みしていたような時期もあったかもしれないけど、私の気持ちの中では早く上に上がってくれて、本当に喜んでいます。

-富山の応援が力になったと本人も言っている

靖さん 本人も言うように地元に錦を飾るのは1つの目標、夢と言っていた。優勝した時点で1つは達成したと思いますが、まだその上の大関、横綱がある。この世界に入ったからには目指してほしいと、周りの人たちも願っていると思うので、これからもそれに向かって精進してほしいと思います。

-今場所は

靖さん 私は考え方が楽観主義者で、いいように考えていたので頑張れば上に上がれると、願いを込めて見守っていたつもり。(喜びは)ひとしおです。

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新大関朝乃山「もうちょっと朝乃山で」一問一答4

朝乃山

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

伝達式後の代表者による一問一答(その4)は以下の通り。

-あらためて(亡くなった恩師の)浦山先生、伊東先生への報告は

朝乃山(以下「朝」) おかげさまで大関に上がれました、と言います。これに満足せず、さらにもう1つ(上に)番付があるので、そこを目指して頑張ります、と言いました。尊敬される、目標とされる大関になりたいです。

-口上は(過去の映像などを見て)参考にしたか

朝 いろいろな方々の口上を見ました。去年だったら大関貴景勝関や、横綱鶴竜関(の映像を参考にした)。

-「大関」と呼ばれて

朝 慣れてませんが、大関と言われるからには看板力士ですし、協会を汚したくないという思いがあります。(両親には親元で育ててくれた)高校生まで、ここまでしっかり育ててくれたので感謝しています。(師匠には)指導してもらい、大関という地位まで上り詰めることができた。親方も、もう少し(今年12月)で定年なので、その後も少しでも期待に応えたい。

-高砂部屋の大関として

朝 伝統ある高砂部屋に入った。その高砂部屋の部屋頭ですし、責任を持って行動したい。

高砂親方 (自分の場合)親方になってみて、高砂部屋のすごさとか、歴史を感じるようになった。それは続いていくもの、継承するもの。次の人にバトンタッチすることが自分の仕事だと思う。

朝 これから新たな歴史を作って行きたい。

高砂親方 私はもう定年だから、朝乃山が強くなるのを、そばで見てますよ。

-太刀山さんに近づけた

朝 小学校の時、少ししか勉強してないけど、プロに入って相撲教習所に通いながら昔の大横綱の勉強もしましたし、少しは太刀山さんに近づいてるなという実感もあります。

-しこ名は

朝 朝乃山の「山」にはいろいろな思いが詰まった、願いがこもった「山」。朝潮という名前は本当に、偉大なしこ名だと思う。(自分が)もらえるしこ名じゃないと思います。変えろ(改名しろ)というなら変えますし(一同笑い)、親方は(報道で)変えさせたくないと聞いたので、もうちょっと朝乃山で(笑い)。

高砂親方 朝乃山というしこ名、英樹という名前は、いろいろなもの(縁)があってつけてもらって今、大関に上がれたわけだから、この名前を大事にして行った方がいいと思います。

-新大関として臨む夏場所に向かって

朝 場所に向けてしっかり体をつくって、番付発表を迎えたい。

-具体的目標は

朝 優勝争いに加われるようにしたい。しっかり右四つを磨きたい。

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新大関朝乃山「初優勝した時自信できた」一問一答2

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

伝達式後の代表者による一問一答(その2)は以下の通り。

-大関になった

朝乃山(以下「朝」) こんなに早く大関になれるとは思ってませんでした。去年の5月に初優勝した時に自信ができたので(力がついたのは)そこからかなと。

-ご両親への報告は

朝 千秋楽パーティーの時にお会いして…(間を置き一同笑い。言い直して)会って「おめでとう」と言われ握手をしました。いつもと(両親は)変わらずでした。少し笑顔でした。

-自身に続き37年ぶりに今度は師匠として使者を迎えた

高砂親方 この部屋で私も使者を迎えました。5代目の親方(元横綱朝潮)と一緒に会見をしたことを、うっすらと覚えています。同じ所で、大学も後輩ですし良かったんじゃないかな、と思います。

-今日の口上は? 何かアドバイスは

高砂親方 100点満点。一切(アドバイスは)してません。自分も5代目の親方に、そういったことは言われなかったもんですから、同僚だとか、先輩だとかにアドバイスをもらいながら、自分なりに考えて言った覚えがあります。

-入門から師匠を上回る速さでの昇進

-みるみる体が大きくなってきました。よく稽古もしたと思います。優勝した去年の夏場所、今でも覚えてるけど初日、2日目と左の上手を早く取って右を差す相撲が取れた。あっ、今場所はそこそこ勝つなという感覚を持ちました。本人が一生懸命、稽古したたまものだと思います。(優勝して)アメリカ大統領杯というのももらった。本人にとっても大きな自信になったと思います。

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朝乃山、愛と正義「校訓を入れたくて」一問一答1

朝乃山

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

伝達式後の代表者による一問一答「その1」は以下の通り。

-今の気持ちは

朝乃山(以下「朝」) 少しずつ実感がわいてきています。

-口上は

小学校から相撲をやってきて、高校にも大学にも進学し、高校の校訓を入れたくて、愛と正義を分けて言いました。次が中学校から使っている「一生懸命」を入れました。

-「相撲を愛する」と「正義」は富山商業高校の

朝 そうです。ハイッ。

-「一生懸命」という言葉を使い始めたきっかけは

朝 中学校で相撲(部)に途中から入ったんですけど、何事にも一生懸命に取り組むことを決意して決めました。

-口上はいつぐらいから考えたか

朝 昇進が決まったときに使おうかな、という気持ちはありました。「愛」と「正義」は決めてなかったけど、昇進が決まった時に入れようかなと思っていた。

-相談は

朝 後援会の人と話をして決めました。練習すると硬くなるので、あまり練習はしなかった。発言するからには自信を持ってと思っていました。

-富山からは111年ぶりの大関誕生

朝 大横綱の太刀山さん以来なので、少しでも太刀山さんに近づけるように頑張りたい。

-巡り合わせをどう思う

朝 大学を卒業してプロ入りしたからには、テッペンを目指してと決意をしました。こうやって活躍する中でも、富山県の小さい子どもたちの目標にしてもらい、プロになってもらうのも1つの夢です。

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八角理事長「土俵に上がったら鬼になれ」朝乃山

八角理事長

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

八角理事長(元横綱北勝海)の話 朝乃山の相撲っぷりは堂々としている。これからは右四つの型を磨くことと、もっと気迫を前面に出し、土俵に上がったら鬼になるくらいの気持ちで、普段も土俵もすべての生活を相撲にかけてほしい。期待している。

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出羽海理事「今の相撲を磨いて上を目指して」朝乃山

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

出羽海理事の話 (伝達式で朝乃山は)緊張していたように見えた。(口上は)しっかり頑張る意欲を感じた。真っ向勝負という意味で今の相撲を磨いて上を目指してほしい。

千田川親方の話 堂々としていた。あまり緊張せず、自分の思いを話していた。同じ一門だし頑張ってもらいたい。もっと上があるので期待している。

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朝乃山、新大関へ口上「正義を全うし一生懸命努力」

朝乃山

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。この後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。使者から昇進決定を言い渡された朝乃山は「謹んでお受けいたします。大関の名に恥じぬよう、相撲を愛し、力士として正義を全うし、一生懸命努力します」と口上を述べた。

春場所千秋楽の22日、審判部(境川部長代理)の総意として八角理事長(元横綱北勝海)に、朝乃山の大関昇進を諮る臨時理事会の招集を要請。これを了承され、この日の臨時理事会の開催となった。

朝乃山は新三役として小結に昇進した昨年11月の九州場所で11勝、今年1月の初場所で10勝を挙げた。春場所は11勝4敗で、大関昇進の数字的な目安とされる3場所通算33勝に1勝足りなかったが、相撲内容と4場所連続2けた勝利の安定感などが評価された。

新大関誕生は19年夏場所の貴景勝(千賀ノ浦)以来、平成以降では27人目。今から約260年前、江戸時代の宝暦7年の雪見山から数えて通算250人目となった。平成生まれでは照ノ富士、高安、貴景勝に続いて4人目。富山県出身では、明治以降で1902年の梅ケ谷、1909年の太刀山(元横綱)以来、111年ぶり3人目の大関誕生となった。高砂部屋からは02年秋場所の朝青龍以来。学生相撲出身では8人目で、15年導入の三段目100枚目格付け出しでは初めての大関となった。また、3場所での三役通過は、昭和以降8位タイ、年6場所制となった58年以降2位タイの速さとなった。

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新大関朝乃山が誕生!臨時理事会で全会一致承認

高砂親方(左)と朝乃山

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。

この後、同協会の理事と高砂一門に所属する審判部の代表が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われる。

春場所千秋楽の22日、審判部(境川部長代理)の総意として八角理事長(元横綱北勝海)に、朝乃山の大関昇進を諮る臨時理事会の招集を要請。これを了承され、この日の臨時理事会の開催となった。

朝乃山は新三役として小結に昇進した昨年11月の九州場所で11勝、今年1月の初場所で10勝を挙げた。春場所は11勝4敗で、大関昇進の数字的な目安とされる3場所通算33勝に1勝足りなかったが、相撲内容と4場所連続2けた勝利の安定感などが評価された。

新大関誕生は19年夏場所の貴景勝(千賀ノ浦)以来、平成以降では27人目。今から約260年前、江戸時代の宝暦7年の雪見山から数えて通算250人目となった。平成生まれでは照ノ富士、高安、貴景勝に続いて4人目。富山県出身では、明治以降で1902年の梅ケ谷、1909年の太刀山(元横綱)以来、111年ぶり3人目の大関誕生となった。

高砂部屋からは02年秋場所の朝青龍以来。学生相撲出身では8人目で、15年導入の三段目100枚目格付け出しでは初めての大関となった。また、3場所での三役通過は、昭和以降8位タイ、年6場所制となった58年以降2位タイの速さとなった。

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振分親方の「東関」継承承認「力士の気持ち考えて」

東関部屋を継承し、報道陣の取材に対応する東関親方

日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で理事会を開き、元小結高見盛の振分親方の年寄「東関」の継承と襲名、東関部屋の継承を承認した。両国国技館で行われた師匠会に参加した東関親方は「今も正直、いろいろと落ち着かなくてドキドキしている。できることを精いっぱいやりたい」と心境を明かした。

元前頭潮丸の先代師匠は、昨年12月13日に血管肉腫のために41歳で死去。師匠不在となり、同じ高砂一門の「八角部屋預かり」となっていた。他の部屋への移籍や、一門内からの新師匠の抜てきも浮上。しかし周囲のサポートもあり、育った部屋の存続を優先した。東京・柴又に部屋を新設してから約2年しかたってないこともあり、部屋関係者が存続の道を探っていた中で、春場所前に一段落する形となった。

師匠としての心構えを聞かれた東関親方は「まずは力士たち。親方として相撲を教えるだけではなくて、仮に相撲がダメになっても、第2の人生を考えてあげたい」と責任感を口にした。慎重な性格もあって、報道陣の前でしどろもどろになることも多かったが「先代のいいところを取り入れて、力士の気持ちを考えてやりたい」と堂々と話した。

◆東関大五郎(あずまぜき・だいごろう)本名加藤精彦。現役当時のしこ名は高見盛。1976年(昭51)5月12日、青森・板柳町生まれ。99年春場所で幕下付け出しデビュー。00年名古屋場所で新入幕。取組前に自らの顔や胸を激しくたたくしぐさから、愛称は「ロボコップ」。13年初場所で現役を引退し同年10月に年寄「振分」を襲名。20年1月に年寄「東関」を継承・襲名。

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振分親方が東関部屋継承へ、30日承認なら新師匠に

振分親方(2018年3月28日撮影)

元小結高見盛の振分親方(43)が東関部屋を継承する見通しであることが29日、分かった。30日の日本相撲協会理事会で承認されれば、名跡を「東関」に変更して新師匠になる。

元幕内潮丸の先代師匠は昨年12月13日に血管肉腫のために41歳で死去。師匠不在となり、当面は同じ高砂一門の「八角部屋預かり」となっていた。他の部屋への移籍や、一門内からの新師匠の抜てきなども案として浮上した。だが東京・柴又に部屋を新設してから約2年しかたっていないこともあり、東関部屋関係者は存続の道を探っていた。

振分親方は、先代が入院していることが多かった昨年、師匠代理として稽古場で指導。師匠会にも代理として出席するなど、継承するには最適の立場だった。慎重な性格もあって悩み抜いたが、周囲のサポートもあり、育った部屋の存続を優先。初場所中の高砂一門会でも、振分親方が継承することで話がまとまった。錦戸親方(元関脇水戸泉)は「どうなるか決まった。(発表は)場所後になる」と話していた。力士は環境を変えることなく、新生東関部屋として春場所を迎えることになる。

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師匠不在の東関部屋「決まった」発表は初場所後

2019年12月、東関親方死去に伴い部屋で報道対応する振分親方

高砂一門は20日、都内で一門会を開き、初場所後に開催される日本相撲協会の役員候補選挙で現職理事の八角親方(元横綱北勝海)を擁立することを決めた。副理事候補には若松親方(元前頭朝乃若)を立てる。

昨年12月の前東関親方(元前頭潮丸)の死去により、師匠が不在となっている東関部屋について錦戸親方(元関脇水戸泉)は「どうなるか決まった。(発表は)場所後になる」と話した。現在東関部屋の力士らは、八角部屋の一時預かりとなっている。

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北勝富士が鶴竜破り3連勝「三役で挙式」目標が力に

鶴竜(左)を攻める北勝富士(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇3日目◇14日◇東京・両国国技館

東前頭2枚目北勝富士(27=八角)が横綱、大関総なめに王手をかけた。横綱鶴竜から17年名古屋場所以来の白星。初日、2日目の大関連破に続いて3連勝とした。現役最多の十両逸ノ城の8個に次ぐ7個目の金星を獲得した。6日に婚姻届を提出して心機一転。4年連続で初優勝力士が誕生している初場所で波乱を巻き起こす。白鵬も敗れて両横綱がともに2敗目を喫した。

   ◇   ◇   ◇

北勝富士がのど輪を見舞うと、上体が伸びきった鶴竜は逃げるように引いた。「自分の圧力が横綱を引かせた。嫌がってくれたと思う」。下から起こし続け、最後は両はず押しで決めた。場所前には時津風部屋への出稽古で2日連続、鶴竜の胸を借り「その成果が出たんじゃないですか」と自画自賛。6場所ぶりの3連勝発進に、支度部屋での鼻息は荒かった。

10月に一般女性の真美さん(31)との婚約を発表し、今場所前には交際記念日かつ大安の6日に婚姻届を提出した。場所後は新居に引っ越し“愛の巣”で新婚生活が始まる。6月には挙式、披露宴を予定。「三役で式を挙げたい」という明確な目標が、背中を後押ししている。

初優勝の可能性を信じて疑わない。三役経験は2場所だが、幕内上位は1年以上維持。「(上位陣で自分が)1回も勝ったことのない人はいない。当たり前かもしれないけど、全部合わせれば優勝できる」。昨年は自身より角界入りが遅い、同じ高砂一門の朝乃山が初優勝。刺激を受け、昨年12月の冬巡業中には「自分もできるはず」と力を込めた。

現役では単独2位となる7個目の金星を獲得したが「うれしいけど、いつまでも金星取ってる場合じゃない」と笑顔は少なかった。4日目は白鵬戦。「気持ちは高まっている。それを切らさないように集中してやるだけ」。今年の目標は三役定着。横綱、大関を総なめして、金星獲得はこれで最後にする。【佐藤礼征】

金星を挙げ支度部屋で髪を整える北勝富士(撮影・小沢裕)
金星を挙げた北勝富士はインタビューを終え支度部屋へ引き揚げる(撮影・小沢裕)
子供のファンにサインしながら国技館を引き揚げる北勝富士(撮影・鈴木正人)

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師匠急逝の東関部屋の力士、八角部屋が一時預かりへ

大相撲の年寄総会に臨む八角理事長(撮影・小沢裕)

日本相撲協会は23日、都内で理事会を開き、東関親方(元前頭潮丸)の急逝で師匠不在となった、東関部屋所属の力士らを同じ高砂一門の八角部屋の一時預かりにすると発表した。

東関部屋には部屋付き親方として振分親方(元小結高見盛)がいるが、同部屋の継承者は審議中。芝田山広報部長は「どれぐらいの期間かは不明だが、一門の長である八角部屋預かりになった。何か問題があれば八角親方(元横綱北勝海)が責任を取る」と説明。東関部屋の力士らは、これまで通りに東京・葛飾区の部屋で稽古や生活を送る。また、協会のコンプライアンス委員会から「師匠に対する指導のあり方についての特別研修の実施」など、5つの暴力問題再発防止強化策を提言されたことも発表した。

元潮丸の東関親方の通夜に参列した八角理事長(2019年12月18日撮影)

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東関親方の告別式500人参列 八角理事長涙の弔辞

出棺される元潮丸の東関親方(本名・佐野元泰)の棺がある祭壇の前で弔辞を読む葬儀委員長の八角理事長(撮影・現場代表)

さる13日、血管肉腫のため41歳で死去した東関部屋の師匠、東関親方(元前頭潮丸、本名・佐野元泰さん)の告別式が19日、東京都葛飾区柴又の東関部屋で営まれた。

前日18日の通夜に続き、日本相撲協会の八角理事長(56=元横綱北勝海)を葬儀委員長とする高砂一門の一門葬として執り行われた告別式には、協会理事や一門の枠を超えた親方衆、関取衆や、故人とゆかりのあった政治家の鈴木宗男氏ら約500人が参列。先代東関親方(元関脇高見山)の渡辺大五郎さん、元関脇富士桜の中沢栄男さんら多数の高砂部屋OBも参列した。

八角理事長は時折、涙で声を詰まらせながら「さぞ無念だったでしょう。あなたの誠実な人柄に私もほれ込んで、一回り年下でも何か相談するたびに、あなたの言葉に救われました。自分の体を失ったような感じで、運命の残酷さを痛感しています」などと弔辞を読み上げた。

戒名は、師匠として率いた部屋名の一部、本名から「大優院東元泰善居士」と付けられた。告別式終了後、東関親方の遺体を乗せた霊きゅう車は、部屋がある葛飾区内の四ツ木斎場に向かい荼毘(だび)に付された。

東関親方は今月10日ごろ、再入院していた都内の病院で様態が悪化。故人の遺志をくんで12日に部屋に戻り、力士一人一人の手を握り、声をかけたという。翌13日午後9時52分、力士や部屋関係者、夫人で喪主を務めた真充さん(40)らにみとられながら息を引き取った。

喪主を務めた東関親方(本名・佐野元泰)の妻の真充さん(左から2人目)(撮影・河田真司)
元潮丸の東関親方の告別式に参列する、元高見山の先代東関親方(撮影・河田真司)

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東関親方通夜、元高見山も参列「これからだった」

元潮丸の東関親方の通夜に参列した先代東関親方(撮影・河田真司)

血管肉腫で13日に41歳で亡くなった元前頭潮丸の東関親方の通夜が18日、東京・葛飾区の部屋で高砂一門葬として営まれた。葬儀委員長を務めた相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)ら多くの親方衆、大関豪栄道、高安をはじめ現役力士ら約550人が参列した。

遺影は昨年2月、部屋開きの際の笑顔のものだった。八角理事長は「最後の1年間は闘病生活で、家族のため、力士のため復帰するという強い気持ちで頑張っていたところ残念でなりません。笑顔が絶えず、みんなに慕われていました」などとコメント。

参列した師匠で先代東関親方(元関脇高見山)の渡辺大五郎さんも「まだ若い。これからだった。もう少しいてほしかった」と悲しそうに話した。

元潮丸の東関親方(本名・佐野元泰)の祭壇には、18年2月に行われた落成パーティー時に撮影された笑顔の写真が遺影として飾られていた(撮影・河田真司)

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東関親方の葬儀日程決まる 高砂一門葬として実施

元前頭潮丸(08年03月10日撮影)

日本相撲協会は16日、13日に41歳で死去した元幕内潮丸の東関親方(本名・佐野元泰)の葬儀を「高砂一門葬」として実施すると発表した。

通夜は18日午後6時、告別式は19日正午から、それぞれ東関部屋(東京都葛飾区柴又2の10の13)にて。喪主は妻の佐野真充(さの・まみ)さん、葬儀委員長は日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)が務める。

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隠岐の海「出稽古で胸出してもらった」東関親方悼む

断髪式で師匠の渡辺大五郎氏(先代東関親方)に止めばさみをしてもらう東関親方(10年1月撮影)

大相撲の元前頭潮丸の東関親方(本名・佐野元泰=さの・もとやす)が13日午後9時52分、東京・葛飾区の部屋で血管肉腫のため死去した。14日に日本相撲協会が発表。41歳だった。東関親方は体調不良のため、昨年の九州場所から休場していた。

東関親方の死去は巡業参加者にも伝わり、多くの力士が悲しんだ。同じ高砂一門の隠岐の海は、新十両だった09年春場所で1度対戦したことがあり、そのときは敗戦。「若いときは出稽古で胸を出してもらったり、食事も何度か。かわいがってもらったので悲しい」と沈痛な思いを語った。同門の小結朝乃山、北勝富士もそれぞれ「びっくり。すごく残念」「何度かお見舞いに行ったことがある。悲しいです」と話した。

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北勝富士「気持ち切り替えられた」6連敗から4連勝

北勝富士(左)は押し出しで朝乃山を下す(撮影・加藤諒)

<大相撲秋場所>◇11日目◇18日◇東京・両国国技館

東前頭筆頭の北勝富士(27=八角)が、年上の意地を見せつけた。

優勝争いに絡む西前頭2枚目朝乃山(25=高砂)を押し出して5勝6敗。のど輪と両ハズで朝乃山を完全に押し込み、土俵際で逃れようと横に動かれても慌てずに対応した。北勝富士にとって朝乃山は同じ高砂一門で、巡業の支度部屋でも隣同士に座ることが多い。手の内も知る相手に、この日は厳しい相撲を見せた。「最後少し決めきれなかったけど、下から低くいけた。我慢して我慢して、圧力をかけられて良かった」と、淡々と振り返った。

初日に横綱白鵬から金星を獲得しながら、2日目から6連敗。8日目の小結阿炎戦で納得の相撲を取り「あそこでしっかり気持ちを切り替えられたと思う」と、打って変わって4連勝中だ。先場所は西の筆頭で9勝の好成績。誰もが認める上位力士だが、今場所は貴景勝の関脇陥落などにより三役復帰はかなわなかった。劇団四季が大好きで、支度部屋では「ライオンキング」のバスタオルを使用。「お気に入り」というバスタオルを腰に巻きながら「1日一番、明日も集中していく」と、気を引き締めていた。

朝乃山は北勝富士に押し出され、土俵下で肩を落とす(撮影・加藤諒)

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伝説の床山、日向端さん葬儀「本日限り」甚句で葬送

総武相撲甚句会が甚句をうたい上げる中、出棺される日向端さんの棺

4月30日に肺炎のため75歳で死去した元特等床山、床寿の日向端隆寿(ひなはた・たかじゅ)さんの葬儀が6日、東京・江戸川区内の葬儀所で営まれた。

入門から約半世紀にわたり、角界を裏方として支えてきた日向端さんは、大銀杏(おおいちょう)を結うその速さ、出来栄えの美しさなどから「伝説の床山」とさえ言われた。

元横綱朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジ氏ら多数の角界関係者が参列した前日5日の通夜に続き、この日も高砂一門で日本相撲協会参与の大山親方(68=元前頭大飛)、現役床山ら故人にゆかりのある多くの相撲関係者が参列し、故人の冥福を祈った。

出棺の際には、総武相撲甚句会が甚句を披露。「床寿先生も本日限り(中略)せっかくなじんだ先生と 今日はお別れせにゃならぬ(後略)」と、うたい上げる中、日向端さんを乗せた霊きゅう車が葬儀所から出棺された。

日向端さんの出棺の際、総武相撲甚句会が甚句をうたい上げた

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