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海洋・深沢、目標横綱も「早く関取に」鳴戸部屋入門

ガッチリ握手する深沢と鳴戸親方

海洋高相撲部の深沢成矢(3年)が14日、同校で大相撲・鳴戸部屋への入門会見を開いた。元大関琴欧洲の鳴戸親方も同席した。

海洋高同学年からの角界入りは、初場所で前相撲デビューした竹岡勇人(尾車部屋)に次いで2人目。鳴戸部屋には昨年入門した三段目の丸勝(丸山竜也)以来、2人目になる。

   ◇   ◇   ◇

183センチ、130キロの恵まれた深沢の体には夢がたっぷり詰まっていた。「1日でも早く関取になりたい」と抱負を話す深沢に鳴戸親方が問い掛けた。「関取とはどれだけのイメージなの?」。18歳は力強く「目標は横綱」と答えて、もう1度、「まずは1日でも早く関取になること」と繰り返した。向上心とともに、あわせ持つ堅実さが言葉に表れていた。

海洋高入学時から団体戦のメンバー入り。ポイントゲッターとして活躍した。昨年7月の全国高校総体は先鋒(せんぽう)として予選リーグ3戦全勝。決勝トーナメント2回戦は準優勝した鳥取城北に敗れたものの16強入りに貢献した。同年8月の全国高校相撲十和田大会は団体準優勝だ。村山智明監督(40)は「体幹が強く、土俵際は粘り強い」と教え子を評した。

もっとも高校の3年間はケガにも泣かされた。昨年12月には左膝半月板の手術を受けた。鳴戸親方は「ケガをしにくい体をつくること。稽古、体のケア。24時間、相撲のことを考えて過ごせば番付は上がる」とアドバイスした。海洋高の同学年・竹岡はひと足先に春場所場所の序ノ口デビューを決めている。鳴戸部屋には1年先輩の三段目丸勝が4場所連続勝ち越しで奮闘中だ。深沢は「ワクワクした気持ち」と大相撲の土俵へ意欲を見せた。29日の新弟子検査を経て、春場所で前相撲デビューする。【涌井幹雄】

◆深沢成矢(ふかさわ・せいや)2001年(平13)5月12日生まれ、石川県津幡町出身。相撲は小学1年で始め、津幡中では全中団体2位。高校1年で選抜宇佐大会団体2位にも。好きな関取は鳴戸親方の現役時代の琴欧洲。183センチ、130キロ。血液型A。

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元林が序二段、アマ時代互角に戦った貴景勝目標に

序二段の優勝決定戦で碧海浜を下し、勝ち名乗りを受ける元林(撮影・加藤諒)

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇22日◇東京・両国国技館

千秋楽の優勝決定戦に持ち込まれた序二段の優勝争いは、東16枚目の元林(23=鳴戸)が、西98枚目の碧海浜(24=出羽海)を寄り切りで下し、初めて番付にしこ名が載ったデビューの先場所(序ノ口)に続く、各段優勝を決めた。

近大を卒業し、年齢制限緩和措置が取られての入門で5月の夏場所が初土俵。7月の名古屋場所で初めて本割の土俵に上がり、鳴戸部屋勢3人による同部屋優勝決定ともえ戦を制し、7戦全勝で序ノ口優勝デビューを飾った。そして今場所も序二段で優勝決定戦。「先場所は(同部屋による優勝争いで)プレッシャーがあった。今回はノビノビ取りたい」と話していたが、その言葉通りの相撲。「最後は差してしまったけど、集中して前に出る相撲を取れたから良かった。師匠からは前に出て圧力をかけて、いなしとか横の動きで崩して攻めろと言われています。(ここまで本割は14連勝も)親方の指導があってこそ。これからも親方を信じて三段目でも優勝を目指したい」と来場所を見据えた。

アマ時代には大関復帰が決まった関脇貴景勝(23=千賀ノ浦)とも対戦し2勝2敗。その貴景勝を「目標の力士」に掲げており「いずれ対戦できるようになりたい」と抱負を語った。

序二段の優勝決定戦で碧海浜(左)を下した元林(撮影・加藤諒)

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序二段は碧海浜と元林が7戦全勝、千秋楽V決定戦へ

藤乃若(左)を引き落としで下し序二段の優勝決定戦に進んだ元林(撮影・小沢裕)

<大相撲夏場所>◇13日目◇20日◇両国国技館

序二段の優勝争いは、西98枚目の碧海浜(24=出羽海)と東16枚目の元林(23=鳴戸)による、千秋楽の優勝決定戦に持ち込まれた。

碧海浜は6戦全勝同士の対戦で、西48枚目の佐田ノ華(22=境川)を当たって突き起こしてからの引き落としで破り7戦全勝とした。今年1月の初場所後に、痛みが蓄積してた左足首を手術。3月の春場所から夏場所、名古屋場所と3場所連続全休で臨んだ復帰場所でもあった。それだけに「ケガさえしなければいいと思って(今場所は)土俵に上がっていました。久しぶりの相撲を楽しんで取れました」と妙に気負うことなく上がり続けた。部屋の関脇御嶽海から「土俵下にいる時から勝負は始まっている」「気持ちを強く持て」「勝って当たり前ぐらいの気持ちでやれ」などのアドバイスをもらっている。「メンタル面で応援してくれる。今日も『勝てよ』のひと言だけでしたが、それだけで十分でした」と意を強くしての土俵だった。

その約30分後に土俵に上がった元林は、三段目で6戦全勝だった藤乃若(24=藤島)を、立ち合いの圧力で押し込んでからタイミングのいい引き落としで下し、こちらも7戦全勝とした。近大を卒業し、年齢制限緩和措置が取られての入門で5月の夏場所が初土俵。7月の名古屋場所で初めて本割の土俵に上がり、鳴戸部屋勢3人による同部屋優勝決定ともえ戦を制し、7戦全勝で序ノ口優勝デビューを飾った。そして今場所も序二段で優勝決定戦。本割の連勝を14に伸ばした元林は「1年半で関取になりたいと思っています。まだ圧力がないから、下から下からの相撲を心がけたい」と言う。場所前の二所ノ関一門の連合稽古では、納谷や琴手計といった幕下上位とも互角に近い稽古を積んでいた。アマ時代には大関復帰が決まった貴景勝とも対戦し2勝2敗。その貴景勝を「目標の力士」に掲げており「いずれ対戦できるようになりたい」と抱負を語った。

報道陣の質問に答える元林(撮影・鈴木正人)

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序ノ口優勝決定戦、鳴戸部屋力士3人で“ともえ戦”

三つどもえによる序ノ口の優勝決定戦に進んだ鳴戸部屋の桜井は記者クラブ担当の鳴戸親方(左)から名前などのデータの確認を受ける(撮影・小沢裕)

<大相撲名古屋場所>◇13日目◇19日◇ドルフィンズアリーナ

序ノ口の各段優勝は「同部屋3人のともえ戦」に持ち越される異例の展開となった。力士は鳴戸部屋の3人。この日はまず西27枚目桜井(22)が富豊を寄り切り、次に東28枚目元林(23)が幸奄美を引き落とし、最後は東27枚目丸勝(18)が序二段全勝の足立を押し出し、3人とも7戦全勝とした。「同部屋力士3人全勝のともえ戦」は序ノ口で初。

日体大出身の桜井は「もうちょっと(勝敗が?)ズレてくれたらいいのに」と苦笑いしつつ「3人でどれくらいやれるか楽しみです」。近大出身の元林は「正直やりづらいですが、勝ちたいです」と言い、稽古場での勝敗は「まあ(自分が)全然分はいいですね」。丸勝は新潟県立海洋高出身で、2人より4歳下だが「同期なんでため口です」と言い「負けらんないですね」と強気に語った。

鳴戸親方(元大関琴欧洲)は、各段優勝に関する基本データを本人に確認する職務があり、3人の勝利後もそれぞれの年齢等を確認し、握手を交わした。「うれしいですけど、どういう風に声を掛けたらいいか…」と笑顔で話した。

決定戦は千秋楽に行われる。

大相撲名古屋場所13日目 桜井(左)が寄りきりで富豊に勝利する(撮影・奥田泰也)
大相撲名古屋場所13日目 元林が引き落としで幸庵美に勝利する(撮影・奥田泰也)
大相撲名古屋場所13日目 丸勝が足立に勝利する(撮影・奥田泰也)
三つどもえによる序ノ口の優勝決定戦に進んだ鳴戸部屋の桜井(撮影・小沢裕)
三つどもえによる序ノ口の優勝決定戦に進んだ鳴戸部屋の元林(撮影・小沢裕)
三つどもえによる序ノ口の優勝決定戦に進んだ鳴戸部屋の丸勝(撮影・小沢裕)

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「ニュー阿炎」連合稽古で9勝6敗 右四つも武器

二所ノ関一門の連合稽古に参加した新三役の阿炎(撮影・佐藤礼征)

大相撲名古屋場所(7月7日初日、ドルフィンズアリーナ)に向けた二所ノ関一門の連合稽古が28日、名古屋市の鳴戸部屋で行われ、新小結の阿炎(25=錣山)が存在感を発揮した。

高安、貴景勝の両大関が治療のため欠席する中で、同じく新小結の竜電らと15番取って9勝。回転の速い突っ張りが持ち味だが、部屋の稽古では「右四つを最近やっている。『ニュー阿炎』です」と、相撲の幅を広げている。この日は自ら差しにいく展開こそ少なかったものの、土俵際では引いてかわさず、逆転の投げを決める場面が目立った。初賜杯へ意欲をのぞかせる人気者は、笑顔を浮かべながら「動いてみようと思った。疲れた~。ちょっと休みたい」とちゃめっ気たっぷりに話した。

師匠の錣山親方(元関脇寺尾)は「前傾姿勢で圧力を伝えられるように、意識の変化をさせている段階」と話した。

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鳴戸親方「活気出てきた」初めて相撲経験者が入門

身長測定をする鳴戸部屋の元林健治(撮影・横山健太)

大相撲夏場所(12日初日、東京・両国国技館)の新弟子検査が同所で行われた

鳴戸部屋から多様な新弟子6人が受験した。近大時代に西日本学生選手権で優勝した元林健治(23)と、日体大出身の桜井浩太郎(22)は17年4月の部屋創設以来、初の相撲経験者の入門。190センチ、130キロの三島慧太(18)は、松江工業高時代にレスリングでインターハイに出場した経歴を持つ。

師匠の鳴戸親方(元大関琴欧洲)は「(経験者が入り)活気が出てきた。まだ相撲取れない子もいるけど、これからが楽しみ」と笑顔を見せた。

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日本相撲協会の処分は7項目 厳重注意は該当せず

神妙な面持ちで臨時理事会の行われている部屋へ入る横綱白鵬(撮影・河田真司)

日本相撲協会は24日、都内のホテルで臨時理事会を開き、3月の春場所千秋楽での優勝インタビュー時に観客を促して三本締めを行った横綱白鵬(34=宮城野)に「けん責」の処分を科した。

日本相撲協会の処分は賞罰規定の第3章「懲戒」に定められている。親方、力士ら協会員の処分は軽い順にけん責(将来を戒める)、報酬減額、出場停止、業務停止(協会事業への従事を停止)、降格、引退勧告、解雇の7項目。

最近の重い懲戒処分は15年10月、マネジャーの男性を暴行して傷害罪で起訴された熊ケ谷親方(元十両金親)が解雇となった例がある。また、17年11月に引退した元横綱日馬富士、今年2月に引退した鳴戸部屋の三段目力士は、その後の理事会で引退勧告相当と判断された。旧規定で最も重い除名は、公益財団法人移行後の現行規定からなくなった。厳重注意は懲戒に該当しない。

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桜井浩太郎、重傷乗り越え鳴戸部屋入門「恩返し」

鳴戸部屋への入門会見に臨んだ桜井

今年3月に日体大を卒業し、鳴戸部屋から5月の大相撲夏場所(12日初日、東京・両国国技館)で初土俵を踏む桜井浩太郎(22)が10日、都内の日体大世田谷キャンパスで師匠の鳴戸親方(元大関琴欧洲)、日体大の松浪健四郎理事長、具志堅幸司学長、今村裕常務理事、相撲部の斉藤一雄監督が同席の元、入門会見に臨んだ。

場所前の新弟子検査に合格後、前相撲を取る。

鳴戸親方が日体大に3年から編入し、2年前に卒業した縁から入門を決めた。4年になったばかりの昨春、大会で左膝の外側側副靱帯(じんたい)損傷、大腿(だいたい)二頭筋断裂の重傷を負い、親方と同じ病院で治療する際も「焦るな。焦らなければ大丈夫」と励まされ、桜井も「力士にもなっていない自分を、あれほど心配してくれた。この親方なら信頼できる。力士になって恩返ししたいと思って(入門を)決めました」と話した。

茨城・稲敷市出身の桜井が本格的に相撲を始めたのは、千葉・日体大柏高に進んでから。3年時に高校総体団体3位、進学した日体大では3年時に東日本学生相撲個人体重別135キロ未満級で3位、4年時に全日本大学選抜相撲十和田大会団体優勝などの実績がある。

高校総体では団体戦の決勝トーナメントで埼玉栄と対戦。新大関貴景勝の佐藤とぶつかったが「実力差があって勝負にならないで負けた」と言う。その貴景勝の印象は「今も『勝っておごらず、負けて腐らず』と言ってますが、高校の時からそうだった。あの(全国の)学年の中で一番、努力して相撲に打ち込んでいて、それが(結果に)出ていた」という。「ライバルにしたいけど(ここまでは)ライバルと言えるまでには及ばなかった。しっかり体作りをして、対戦できるところまで上がるのを目標にしたい」と話した。

左の前みつを取って前に出る相撲を理想とする。近大卒の元林健治(22)と合わせ、2人の相撲経験者を初めて入門させた鳴戸親方も「大きな膝のケガも乗り越えた。自分に負けまいとコツコツと努力するまじめさ」と魅力とし「心も強い。まわしを取れるようになれば、受け身から攻めの相撲に変えられる。1から相撲のスタイルを変えるように指導したい」と語った。

既に春場所終了後、都内の部屋も新たな場所に構え、既に相撲部屋での生活もスタートさせた。「貴景勝世代」の新たな星となるべく、精進の日々が始まる。

鳴戸部屋への入門会見に臨んだ桜井(右)と鳴戸親方

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丸山が鳴戸部屋入り、押し相撲究め出世街道突き進む

鳴戸親方と並んでガッツポーズする丸山(撮影・涌井幹雄)

海洋を1日に卒業した相撲の丸山竜也(18)が大相撲・鳴戸部屋入りの会見を29日、同校で開いた。会見には鳴戸親方(36=元大関琴欧洲)も出席した。

同部屋の暴力を含むいじめ問題が生じたため、入門は1場所遅れた。デビューは5月の夏場所の前相撲の土俵。148キロの巨体を生かした押し相撲で、出世街道をまっしぐらに突き進む。

   ◇   ◇   ◇

会見前の丸山は口をへの字に結んで、あふれる闘志を148キロの全身にため込んだ。「目標は十両以上。関取を目指して精進したい」と話して、思いを一気に吐き出した。好きな力士は突き押しが得意な嘉風(37=尾車部屋)。「立ち合いからのスピード。まわしにこだわらずに、どんどん前に行くのが好き」と自身も前へ、前へと電車道を突っ走る決意だった。

海洋では、ひと足先に同級生の大場健太(18)が大嶽部屋に入門した。丸山の鳴戸部屋入りはアクシデントのため遅れたが、元同僚には強烈なライバル心を見せる。「早く行かれた分、早く追いつき、追い越したい」。鳴戸部屋と大嶽部屋は、同門の二所ノ関一門だけに、対抗心は強い。「同期はたくさんいる」とターゲットは同年代全員に定めてもいた。

元大関・琴欧洲の鳴戸親方は「大相撲には180~90センチ、160~200キロの力士はいるが、170センチ台の関取も増えている」と言って、続けた。「まわしにこだわらずに前に出るのが大事。相手がイヤがって、はたき込んでも前に落ちない足腰を鍛えてほしい」。17年6月に海洋を訪問したときは、実際にまわしをつけて同校相撲部員に胸をかした。「大きな壁のように感じた。重かった。押せる気がしなかった」と丸山は当時を振り返る。大きな壁にも負けない押し相撲を今後、極めていく。

「部屋の事情で3月(場所前)に入門できなかった。みなさんの期待に応えられるように指導しますので、見守っていて下さい」と鳴戸親方は言った。丸山は、1日の卒業式を終えても卒業生でただ1人、選手寮に居残り。入門に備え、後輩と海洋で練習を続けてきた。会見後には、同親方と一緒に東京・墨田区の鳴戸部屋に入った。「誰にでも愛される力士を目指す」という目標の第1歩を力強く踏み出した。【涌井幹雄】

◆丸山竜也(まるやま・たつや)2000年(平12)9月9日生まれ。上越市出身。能生中-海洋出。大島小5年で、わんぱく相撲全国大会でベスト8。中学3年には主将を務め、東日本大会団体優勝。高校では国体16強など。173センチ、148キロ。血液型B。

鳴戸部屋入りする丸山の海洋での練習(撮影・涌井幹雄)

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近大・元林が鳴戸部屋入門、貴景勝との戦績は五分

鳴戸部屋入門会見に出席しプロ入りを表明した近大4年の元林健治(右)と師匠の鳴戸親方(撮影・佐藤礼征)

大学相撲界の“西の横綱”が、プロ入りを表明した。昨年の西日本学生相撲選手権を制した近大4年の元林健治(22)が26日、東大阪市内の同校で行われた鳴戸部屋入門会見に出席した。

夏場所(5月12日初日・両国国技館)で初土俵を踏む予定。「1年半から2年で関取になりたい」と目を輝かせた。

東大阪市出身。貴景勝とは同学年で、小学生時代に同じ稽古場で胸を合わせたこともある。高校時代の戦績は2勝2敗。176センチ、168キロの体を生かした押しが得意と、共通点もある。「貴景勝関のように押し1本で頑張りたい」と力強く話した。

会見に同席した鳴戸親方(元大関琴欧洲)は17年4月に部屋を創設。初の相撲経験者の入門に「早く関取になれるように指導していきたい」と期待を寄せた。師匠が大関時代にわんぱく相撲を観戦して「真面目で『痛い』と言わない」とほれ込み、元林も「師匠がまわしをつけて指導している。体のことをよく見てくれる」と、相思相愛で入門に至った。

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海洋・大場健太が大嶽部屋入門「まずは十両目指す」

大嶽親方(右)と握手する大場

角界入りする海洋高の大場健太(3年)が21日、入門する大嶽部屋の大嶽親方(58=元十両大竜)と同校で会見を開いた。フィリピン人を母に持つ173センチ、135キロの巨漢で、持ち味は突き押し相撲。3月2日に新弟子検査を受け、晴れて大相撲の世界に入る。同校では過去、中途退学して力士になった例はあるが、卒業生(予定者)が各界入りは初めて。

   ◇   ◇   ◇

学生服のボタンが飛び散りそうなほど、分厚く鍛え上げられた上半身。口元をきつく結んで、大場は言った。「空から見守っているお父さんに心から(角界入りを)伝えたい」。父富美雄さん(享年69)は、昨年9月に脳出血で亡くなった。大相撲が大好きで山潟中時代に相撲を強く勧めたのも父だった。「大相撲に行くことは、中学時代から自分の中では決まっていた」。

強い相撲に触れるために大場は相撲の強豪・海洋高に進学した。「遅れてきた選手」だった。というのは同校は隣接する能生中と合同練習している。有望選手は能生中に入学し、海洋高に進むのがパターンだった。中高6年間、一緒に寮生活しながら相撲に取り組んでいる。だからこそ3年間の“ブランク”がある大場には逆に伸びしろがたっぷり。「高校入学時は相撲を知らなかった。稽古次第では上位に上がれる」と村山智明監督(40)は期待した。

入学時は100キロ程度だったが、卒業を迎え、35キロ増量した。昨年8月の全国高校総体(インターハイ)では団体戦の決勝トーナメント進出に貢献。高岡向陵(富山)、野村(愛媛)、高千穂(宮崎)との予選で3戦全勝した。同決勝トーナメントと国体はメンバーから漏れたが173センチ、135キロの体を生かした突き、押しが武器。「入門したら頭から突っ込む稽古を積んで突き押しを徹底したい」と意気込んだ。

大嶽親方は大場との出会いを明かした。「海洋の稽古を見学した時に『声を掛けてくれ』という雰囲気を持っていた。『この子に声を掛けなければ』という気持ちになった」。普段の稽古から気迫を全身に充満させていた証明だ。「いつか強くなって、まずは十両を目指したい」。大場が土俵で第1歩をしるすのは、3月場所の前相撲になる。【涌井幹雄】

◆大場健太(おおば・けんた)2000年(平12)4月25日、新潟市生まれ。相撲は山潟中1年から新潟市相撲教室で始めた。中学では県大会重量級5位が最高成績。好きな力士は高安。173センチ、135キロ。血液型O。

▽海洋高からは過去、中途退学して角界入りした選手が3人(1人は引退)いる。錣山部屋の王輝(22=関川村出身、本名小池一毅・最高位幕下25枚目)と、境川部屋の三段目・田中山(17=東京都出身、本名田中虎之介)。田中山の祖父は新潟県出身の元関脇黒姫山。大場と同時に鳴戸部屋入門を予定していた丸山竜也(3年)は同部屋に暴力、いじめ問題が生じたため、角界入りが少し遅れる。

練習する大場

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鳴戸部屋三段目力士が暴力引退 悪質な弟弟子いじめ

鳴戸親方(元大関琴欧洲)

日本相撲協会は8日、東京・両国国技館で臨時理事会を開き、鳴戸部屋の三段目力士(20)による、未成年の弟弟子への暴力を含むいじめに対する処分を決めた。三段目力士からは引退届が提出されており、この日付で受理。それに先立ち今月4日、協会のコンプライアンス委員会は「引退勧告相当」と決め、八角理事長(元横綱北勝海)に答申していた。理事会も引退勧告相当と確認し、鳴戸親方(元大関琴欧洲)は3カ月の報酬減額10%となった。

三段目力士は当初、弟弟子の頭をスマートフォンの角でたたくなどの暴力を振るっていた。昨年9月ごろからは柔道の絞め技を繰り返し、同12月ごろからは別の弟弟子に命じて絞め技をかけさせていた。12月25日ごろには、実際に被害者は1度失神。絞め技をかける行為は1月まで10回程度に及んだ。問題を発表した1月31日当初、命令されていじめを行った弟弟子は成人1人だったがこの日、別に未成年の弟弟子もいたと発表。ともに力士養成員で成人は注意処分、未成年は指導処分になると決まった。

また関係者によると、いじめの実態はさらに悪質だったと判明した。絞め技に苦しむ様子をふざけて動画撮影したり、絞め技をかけない条件として金銭を要求するなど脅したりしていたという。昨年12月に協会が力士の暴力に対する処分基準を定め、研修会を開いた直後のタイミングでもあり、厳罰は避けられなかった。理事会には呼ばれなかったが、コンプライアンス委員会に出席した鳴戸親方は反省した様子で「今後、2度とないように改善したい」と話したという。

「引退勧告相当」とするコンプライアンス委の答申内容を鳴戸部屋関係者は把握していなかったが、鳴戸親方が委員会後、引退届を提出した。加害者が反省し「責任を取りたい」と話していることから引退届を受理することとなった。鳴戸部屋が仮設で師匠不在だったことが一因だけに、マネジャーを1人から2人に増員、4月からは新設した都内の部屋で、師匠夫妻が同居する体制の強化などを含んだ指導計画が提出された。今後も月1回ほど報告書提出の予定。被害者本人とその両親は、被害届提出の意思はないという。

◆一人前は十両以上 相撲界は伝統的に、十両以上の関取衆が一人前と認められ、幕下以下は力士養成員で「若い衆」と呼ばれる。原則、場所ごとの手当以外は無給。通例ではファンへのサインも禁止。不祥事の際に相撲協会は実名を伏せ、今回も非公表。加えて被害者とその両親から「寛大な報道を望みます」と伝わっているため、実名発表は避けられた。

暴力問題が発覚した鳴戸部屋(撮影・小沢裕)

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暴力行為の鳴戸部屋三段目力士が引退 親方減給処分

鳴戸親方(2017年3月10日撮影)

日本相撲協会は8日、暴力行為があった鳴戸部屋の三段目力士(20)への処分を発表した。日本相撲協会のコンプライアンス委員会は、同力士の行為が悪質だったとして、「引退勧告相当」の意見を八角理事長(元横綱北勝海)に答申。

その後、鳴戸親方(元大関琴欧洲)が同力士の引退届を提出し、協会はこれを受理した。協会は東京・両国国技館で臨時理事会を開き、コンプライアンス委員会の答申通り、同力士の行為が引退勧告に相当することを確認した。

またコンプライアンス委員会は、鳴戸部屋が現在は仮設の状態で、鳴戸親方が部屋を留守にしている時間があり、十分に監督できていなかったとして「報酬減額相当」の意見を答申。理事会では、鳴戸親方を「3カ月間、10%減額」と決議した。

また、同力士からの命令を受けて暴力行為に関与した成人の力士に注意処分、未成年の力士に指導処分を科すことを理事会で決議した。

同協会は1月31日に、当該の三段目力士が、未成年の弟弟子に対し、暴力を含むいじめを繰り返していたと発表。いじめは当初、スマートフォンの角で頭をたたくなどしていたが、昨年9月ごろからエスカレート。柔道の絞め技を繰り返し、同12月ごろからは別の弟弟子に命じて絞め技をかけさせていた。12月25日ごろには、実際に被害者は1度失神している。絞め技をかける行為は1月まで10回程度に及んでいた。

◆一人前は十両以上 相撲界は伝統的に、十両以上の関取衆が一人前と認められ、幕下以下は力士養成員で「若い衆」と呼ばれる。原則、場所ごとの手当以外は無給。通例ではファンへのサインも禁止。不祥事の際に相撲協会は実名を伏せ、今回も非公表。加えて被害者とその両親から「寛大な報道を望みます」と伝わっているため、実名発表は避けられた。

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鳴戸部屋力士が未成年弟弟子に暴力いじめ、自宅謹慎

日本相撲協会は31日、鳴戸部屋の20歳の三段目力士が未成年の弟弟子に対し、暴力を含むいじめを繰り返していたと発表した。

仕事のミスなどに対して当初、加害者の三段目力士はスマートフォンの角で頭をたたくなどしていた。昨年9月ごろからは柔道の絞め技を繰り返した。さらに別の弟弟子に命じて絞め技をかけさせ、12月25日ごろに被害者は1度失神。1月まで10回程度行ったという。

事実を知った鳴戸親方(元大関琴欧洲)が、初場所初日の1月13日に問いただすと、大筋認めた。同親方の判断で三段目力士は出場を自粛、自宅謹慎とし、鏡山コンプライアンス部長(元関脇多賀竜)に報告。8日の臨時理事会で師匠の監督責任など関係者の処分が決まる。被害者に被害届提出の意思はない。芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「暴力はダメと若い衆にも研修などで教えていくしかない」と、変わらず暴力根絶への決意を語った。

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力士仲間に愛された稀勢の里、原点土俵の教習所で幕

引退会見で涙ぐむ稀勢の里(撮影・鈴木正人)

横綱稀勢の里(本名萩原寛、32=田子ノ浦)が引退を表明し、約17年に及ぶ波乱に満ちた力士人生に別れを告げた。

東京・両国国技館で引退会見に臨み「一片の悔いもございません」と大粒の涙を流した。19年ぶりの日本出身横綱として17年初場所で初優勝後、横綱に昇進。中卒たたき上げ、愚直な姿勢から絶大な人気を誇り、誰からも愛される横綱だった。

   ◇    ◇

涙が止まらなかった。冒頭で「私、稀勢の里は、今場所をもちまして引退し」などと、あいさつした時だけ、よどみなく話した。だが最初の質問で、すぐに目には大粒の涙がたまった。「横綱として皆さまの期待にそえないことには、非常に悔いが残りますが…。私の…」。何度も言葉を詰まらせ、泣き顔を見せまいと下を向いた。意を決したように顔を上げ「土俵人生において、一片の悔いもございません」と話すと、こらえ切れずに涙をぬぐった。

前日3日目の打ち出し後に決断していた。初日から3連敗し、自宅へ戻る前に都内の部屋で約1時間半過ごした。そのうち、師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)と約30分の話し合いは「引退させてください」と切り出した。田子ノ浦親方は「我慢強い男ですから、引退という言葉を使うということは、それなりの覚悟があったと思う」と、決意を受け入れ、引退を慰留することはできなかった。

会見場は15歳で相撲界に入ってから半年間通った、両国国技館内にある相撲教習所だった。すぐ隣には、ほぼ同期の前頭琴奨菊、十両豊ノ島らと連日胸を合わせた、17年間の原点となる土俵があった。その琴奨菊と豊ノ島は、今場所前に「3人で、あのころを思い出してやろう」と、示し合わせて初めて田子ノ浦部屋に出稽古に訪れた。現役生活の最後の思い出もよみがえったのか、涙もろかった。

中学卒業後、鳴戸部屋に入門した。故人の先代鳴戸親方(元横綱隆の里)は「あれは将来、大物になる」と見抜き、すでに三役力士だった若の里に毎日100番も稽古を付けさせた。異例の英才教育で、貴乃花に次ぐ史上2番目に若い18歳3カ月で新入幕。一方で史上2番目のスロー初優勝。それでも愚直に努力で横綱に昇進。不器用さが多くの人に愛された。

新横綱場所で大けがを負い、8場所連続休場、前日3日まで足かけ3場所で8連敗と、ともに横綱ワースト記録を更新した。大けがはひた隠しにしたが、実は左上腕二頭筋断裂だった。「徐々に良くなってきましたが、けがする前の自分に戻ることはできなかった」と話し、号泣する場面も。

愚直に稽古に打ち込む姿勢には、白鵬や日馬富士ら同世代の横綱も「ライバルは稀勢の里」と言い、先輩横綱の朝青龍をも対戦を心待ちにさせた。ファン以上に力士仲間に愛された。先代鳴戸親方から「稀(まれ)なる勢いになれ」と期待された通り、大物になった。悔しくて仕方なくても、好きな漫画「北斗の拳」の登場人物ラオウの名ゼリフを模して「一片の悔いなし」と言い切った。日本中に愛された希代の横綱が、約2年という短い横綱人生に幕を閉じた。【高田文太】

花束を手にする稀勢の里(撮影・鈴木正人)

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稀勢の里が「引退させてください」昨晩親方に話す

打ち出し後に部屋に戻った稀勢の里は詰め掛けた大勢の報道陣を前に車で引き揚げた(2019年1月15日撮影)

大相撲の横綱稀勢の里(32=田子ノ浦)が、現役引退を決断した。師匠の田子ノ浦親方(元幕内隆の鶴)が初場所4日目の16日、東京・江戸川区の田子ノ浦部屋で発表した。今後は年寄「荒磯」を襲名し、田子ノ浦部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。

田子ノ浦親方は「昨日の夜に話して、本人から『引退させてください』という言葉があった。我慢強い男ですから、引退という言葉を口にしたということはそれなりの覚悟があると思いました。自分としてはまだ、現実として考えられません」と話した。

進退を懸けて初場所に臨んだ稀勢の里は、初日から3連敗。昨年9月の秋場所から3場所にわたって8連敗(不戦敗除く)となり、横綱としては貴乃花を抜いてワースト記録となっていた。

稀勢の里は15歳で鳴戸部屋に入門。本名の「萩原」で初土俵を踏み、17歳で新十両、18歳で新入幕を果たすなど、いずれも貴乃花に次ぐ史上2番目の年少記録を打ち立て、将来を有望視された。新入幕と同時に「稀勢の里」に改名。2006年名古屋場所で小結、09年春場所で関脇に昇進した。11年11月には師匠の鳴戸親方(元横綱隆の里)が急逝するも、直後の九州場所で大関昇進を決めた。

16年初場所には初優勝を果たし、72代横綱に昇進。同年3月の春場所で横綱として優勝を果たしたが、13日目に左の上腕筋と大胸筋を損傷。この大けがが力士生命を大幅に縮める要因となってしまった。

◆稀勢の里寛(きせのさと・ゆたか)本名・萩原寛。1986年(昭61)7月3日、茨城県牛久市出身。15歳で鳴戸部屋に入門。得意は突き、押し、左四つ。三賞は殊勲5回、敢闘3回、技能1回。金星3個。通算800勝496敗97休。家族は両親と姉。187センチ、175キロ。

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稀勢の里が引退!横綱ワースト8連敗…ついに決断

3連敗の稀勢の里は報道陣の前で腕を組み沈黙を貫く(2019年1月15日撮影)

大相撲の横綱稀勢の里(32=田子ノ浦)が、現役引退を決断した。師匠の田子ノ浦親方(元幕内隆の鶴)が初場所4日目の16日、東京・江戸川区の田子ノ浦部屋で発表した。同日午後に都内で記者会見を開く予定。今後は年寄「荒磯」を襲名し、田子ノ浦部屋の部屋付き親方として後身の指導にあたる。

進退を懸けて初場所に臨んだ稀勢の里は、初日から3連敗。昨年9月の秋場所から3場所にわたって8連敗(不戦敗除く)となり、横綱としては貴乃花を抜いてワースト記録となっていた。

◆稀勢の里寛(きせのさと・ゆたか)本名・萩原寛。1986年(昭61)7月3日、茨城県牛久市出身。15歳で鳴戸部屋に入門。得意は突き、押し、左四つ。三賞は殊勲5回、敢闘3回、技能1回。金星3個。通算800勝495敗98休。家族は両親と姉。187センチ、175キロ。

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独り暮らし蛇口から水…元小結板井さん急死だったか

大相撲の元小結板井の板井圭介さん

 大相撲の元小結で、引退後に八百長の存在を明言した板井圭介さんが14日、死去した。62歳だった。都内の自宅で倒れているところを発見され、その後、死亡が確認された。現在はない大鳴戸部屋で同部屋だった、元十両のプロレスラー維新力によると、第一発見者は板井さんの現役時代の付け人。維新力は「元付け人は引退後もずっと板井さんと交流があった。体を壊して働くことができず、独り暮らしだった板井さんの世話をしていて、病院に来るはずの時間に来なかったので、おかしいと思って見に行ったら、自宅で息を引き取っていたそうです」と説明した。

 死因は14日現在まで特定されておらず、元付け人が発見した時は、蛇口から水が出続けている状態で、急死の可能性が高いとみられる。板井さんは近年、糖尿病などで定期的に病院に通い、心臓にはペースメーカーも埋め込んでいた。一方で現役時代から膝を痛めていたが、愛犬の散歩が日課で自力で歩いていたという。維新力は「いろいろ言われた方ですが、稽古場では本当に強いし、自分が付け人をしていた時も偉そうにすることもなく、人格者だった」と話した。

 板井さんは78年秋場所で初土俵を踏むと、序ノ口から三段目まで3場所連続で優勝し、当時最多の26連勝を記録した。突き、押しを武器に、金星3個すべてを大乃国から獲得し「大乃国キラー」として知られた。東前頭14枚目だった91年名古屋場所で幕内4人目の15戦全敗。翌秋場所中に引退した。引退に際して「春日山」の年寄名跡を借りて相撲協会に残る話も出ていたが、立ち消えになった。00年に日本外国特派員協会の講演で、自らの体験を挙げて八百長を告発。同年、八百長の暴露本を出版した。08年には記事を巡る裁判に証人として出廷し、自らの八百長への関与を認めた。

 ◆板井圭介(いたい・けいすけ)1956年(昭31)3月21日、大分県臼杵市生まれ。大分水産高(現海洋科学高)から実業団の黒崎窯業を経て大鳴戸部屋入門。同年秋場所に前相撲で初土俵。序ノ口、序二段、三段目と3場所連続で優勝。序ノ口からの26連勝は当時最多。幕下も2場所で通過し、79年秋場所新十両、80年秋場所新入幕。89年夏場所で自己最高位となる小結に昇進。幕内に54場所在位し、通算成績は496勝515敗(前相撲3勝、不戦敗5含む)98休。金星3個。殊勲賞、技能賞各1回。91年秋場所限りで引退。

87年11月、新横綱大乃国(右)を破り初金星の板井

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元小結板井の板井圭介さん死去、八百長告発暴露本も

大相撲の元小結板井の板井圭介さん

 大相撲の元小結板井の板井圭介さんが14日に亡くなった。62歳だった。大分県出身で、大分水産高(現海洋科学高)から実業団を経て角界入り。78年に大鳴戸部屋に入門し、同年秋場所で初土俵を踏んだ。序ノ口から三段目まで3場所連続で優勝し、当時最多の26連勝を記録した。80年秋場所で新入幕を果たし、突き押しを武器に最高位小結まで出世した。

 前頭14枚目だった91年名古屋場所で15戦全敗を喫し、同年の秋場所途中で廃業。その後、00年に日本外国特派員協会の講演で自らの体験を挙げて八百長を告発した。同年、八百長のことを書いた暴露本を出版した。

87年11月、新横綱大乃国(右)を破り初金星の板井

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稀勢の里、稽古で5勝4敗「いっぱい課題ある」師匠

連合稽古で竜電(右)に思い切りぶつかられ、顔がつぶれた格好となった稀勢の里

 7場所連続休場中の大相撲の横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が、西前頭15枚目の竜電に5勝4敗と精彩を欠き、名古屋場所(7月8日初日、ドルフィンズアリーナ)出場に暗雲が漂い始めた。29日、名古屋市の鳴戸部屋で行われた二所ノ関一門の連合稽古で竜電を指名。だが2連勝が1度以外は勝ち負けの繰り返しだった。最後はもろ差しから一気に寄り切られ、締まらない形で稽古を打ち切った。

 稽古の狙いを問われても「いや、まあ、しっかり」と明確に回答せず、足早に移動の車に乗り込んだ。これまでも連合稽古で調整遅れを露呈し、その後、休場することが多かった。師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)は「いっぱい課題はある。今日(29日)の内容では判断できない」と話した。鳴戸親方(元大関琴欧洲)は「何をしたいのか分からない」と、中途半端な取り口だと指摘していた。

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