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江藤光喜が引退表明、白井・具志堅ジム閉鎖機に決断

江藤光喜(2019年2月2日撮影)

ボクシング元WBA世界フライ級暫定王者江藤光喜(32=白井・具志堅)が、28日をもって現役引退を表明した。27日深夜にジムのホームページなどで発表した。ジムが今月いっぱいで閉鎖されることを機に決断した。今後はインストラクターとして活動し、将来のジム開設を目指す。

江藤は高3でボクシングを始め、4カ月で沖縄県大会を制した。上京して08年にプロデビュー。13年にタイ・バンコクでWBA世界同級暫定王者コンパヤック・ポープラムック(タイ)に挑戦。アウェーの洗礼や暑さのハンディも、最終回にダウンを奪って判定勝ち。タイでの世界戦19戦目にして、日本人として初めて勝利した。暫定王座のために、国内では世界王者としては認められなかった。

4カ月後の初防衛戦は12回TKO負けで王座を陥落し、眼窩(がんか)底も骨折した。14年には東洋太平洋同級王座を奪取して2度防衛。15年には仙台で、WBC世界スーパーフライ級王者カルロス・クアドラス(メキシコ)に念願の挑戦。足を使われて最後まで捕まえきれず、沖縄出身7人目の世界王座奪取はならなかった。

再挑戦へ昨年5月にはWBO世界同級王座挑戦者決定戦に出場した。1回に右フックでTKO勝ちも、試合後にバッティングのためと無効試合とされた。8月に再戦も2回にダウンなど判定負け。これが最後の試合となった。

切れのいいパンチに定評あったが、防御に甘さもあった。東洋太平洋王座決定戦では2度ダウンも3度奪い返す、倒し倒されの試合も演じた。ウチナンチューのハートの強さがあった。172センチの右ボクサーファイター。通算24勝(19KO)5敗1分1無効。弟2人も同じジムでプロボクサーだった。

ジムではトレーナーも兼ね、営業自粛中には会員向けのオンラインでのトレーニングを担当していた。この経験を生かして、オンラインのボックスフィットKを立ち上げた。体幹、サーキット、ボクシングなどトレーニングをレッスンしている。「自分のジムを作りたい夢がある。ちばります(頑張ります)」と話している。

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国内最強女王決定へ、5階級王者と2階級王者が激突

挑戦者の天海ツナミ(左)と王者藤岡奈穂子(撮影・河合香)

ボクシング国内最強女王決定戦が実現する。5階級制覇のWBA世界フライ級王者藤岡奈穂子(43=竹原&畑山)がV2戦で、2階級制覇のWBO世界ライトフライ級王者天海ツナミ(34=山木)を迎え撃つ。7月12日に東京・後楽園ホールで対戦が、3日に都内で発表された。対戦相手が見つからずにいた藤岡陣営が、2週間前に白羽の矢を立ててオファー。30日にメキシコでV2戦予定だった天海陣営も、急きょキャンセルで王座返上も覚悟の上で快諾した。

ジムの手違いで、藤岡は40分遅れで会見にやってきた。「申し訳ないです」と頭を下げたが、昨年9月以来となる防衛戦決定に気合が入った。「昨年度のMVPが受けてくれ、国内で最高のカードだと思う。見る方も楽しみのはずで、期待以上の試合を見せたい」と意欲満々。天海については「海外経験も多く、キャリアはずばぬけている。強いだけでなくうまい。駆け引きも楽しみ」と話した。

天海は沖縄での凱旋(がいせん)V1戦以来1年ぶりの試合になる。「日本で一番強い選手とやれる。勝てば3階級制覇にもなる。実現して楽しみ」と目を輝かせた。両者とも観戦経験はあるが、スパーリングは1度もない。天海が最初に獲得したWBAスーパーフライ級王座を藤岡が13年に獲得。「あの頃からいつかやると思って避けていた」という。「攻撃力が高く、ラッシュがすごい。のみ込まれないようにし、面白い試合をする」と意気込んだ。

当日は大阪で、前WBAミドル級王者村田諒太(帝拳)が王者ロブ・ブラント(米国)のリベンジマッチをメインのダブル世界戦も開催される。藤岡は「村田選手は2回目の相手。こちらは新鮮味のあるカード。見に来なかった人を後悔させる」と堂々とアピールした。

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日本単独1位12KO/井上尚弥の世界戦アラカルト

2回、ロドリゲス(奥)からダウンを奪い拳を突き上げる井上(撮影・滝沢徹郎)

<プロボクシング:ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)・バンタム級準決勝>◇18日◇英国・グラスゴー・SSEハイドロ

WBA世界バンタム級王者井上尚弥(26=大橋)が2回1分19秒TKOでIBF世界同級王者エマヌエル・ロドリゲス(26=プエルトリコ)を下し、WBSS決勝進出を決めた。

<井上尚弥の世界戦記録アラカルト>

◆8戦連続KO 自らの日本記録をさらに更新し単独1位。2位は元WBA世界ライトフライ級王者具志堅用高

◆通算KO12回 自らの日本記録をさらに更新し単独1位。2位は元WBA世界スーパーフェザー級王者内山高志

◆世界戦勝利13回 長谷川穂積、山中慎介の元WBC世界バンタム級王者コンビに並んで3位。1位は14回の具志堅、元WBA世界フライ級王者井岡一翔

◆5本ベルト制覇 WBA、WBC、IBF、WBOの4団体制覇は高山勝成に続いて日本人2人目。18戦目の制覇は日本最速。ザ・リング認定ベルトを含めた5本ベルト制覇は日本人初。

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黒田雅之判定負けで世界王者逃す 会長との夢叶わず

ムザラネ(奥)に判定負けした黒田(撮影・たえ見朱実)

<プロボクシング:IBF世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇13日◇東京・後楽園ホール

IBF世界フライ級4位黒田雅之(32=川崎新田)の世界再挑戦は失敗し、令和第1号の世界王者を逃した。同級王者モルティ・ムザラネ(36=南アフリカ)のV2戦で6年ぶりに世界再挑戦。左ボディーを中心に最後まで攻めたが、的確なパンチをもらってリードされ、0-3の判定負けを喫した。高1からアルバイト生活で、13年の世界初挑戦失敗から挫折を乗り越えてきたが、入門17年目で41戦目の悲願達成はならず。日本人の世界挑戦は日本人対決を除いて7連敗となった。

   ◇   ◇   ◇

黒田は打たれても打たれても攻めた。5回には左目の上をカットし、終盤は右目周囲もはれ上がらせた。それでも最後まで攻めたが、左ボディー以外の有効打を奪えず。手数の多い王者の連打に屈した。「想定より拳1個分リーチが長かった。結果にあーだこーだ言えない。実力不足」と負けを認めた。

13年の世界初挑戦は大差の判定負けを喫した。その後も厳しい状況が続いた。再起戦は引き分け、2戦目に日本王座挑戦もTKO負けした。新田会長が強制的に、自腹で1カ月のメキシコ武者修行に出したが、現地で判定負け。再起後2度の日本王座挑戦にも失敗していた。

高1から自宅、ジム、バイト先の3カ所をめぐる生活を送ってきた。趣味も特にない。会長から深夜や早朝の電話で日程変更され、夜中に後援者との食事に呼び出された。ピンチの挽回力が課題に、いじめでタフさを鍛えられ、危機対応力が増した。17年に日本暫定王座を獲得し、やっとつかんだ世界再挑戦の舞台だった。

田口良一とは引き分けている。12年に井上尚弥のプロテストのスパー相手では圧倒された。拳四朗、木村翔、田中恒成、比嘉大吾らも、黒田を踏み台に世界へ駆け上がっていった。黒田は「自分にイラだった日々」を過ごしてきた。

中学まで剣道部も小柄で体力差を感じ、徳山昌守の世界戦に刺激を受けた。高1時に専門誌で川崎新田ジムのオープンを知るとすぐに入門。会員番号18で、ジム第1号プロの最古参で新田会長の一番弟子。二人三脚でこぎ着けた令和初の国内世界戦も、夢はかなわなかった。

◆黒田雅之(くろだ・まさゆき)1986年(昭61)7月17日、東京・稲城市生まれ。中学では剣道部で2段。永山高1年時に開設した川崎新田ジムに入門し、05年プロデビュー。06年全日本新人王MVP。11年に日本ライトフライ級王座獲得で4度防衛。13年にWBA世界フライ級王者レベコ(アルゼンチン)に世界初挑戦も判定負け。17年に再起後3度目の挑戦で日本同級暫定王座獲得。王座統一を含め4度防衛。167・5センチの右ボクサーファイター。家族は母と妹。

▽前WBO世界フライ級王者木村翔 ディフェンスのいいチャンピオン。黒田選手がガードを破れなかった。僕がやるしかないと思った。

▽元3階級制覇王者八重樫東 左ボディー中心で攻める黒田選手の狙いは良かったが12回の長丁場の中では単調になってしまう。王者の引き出しの多さが勝敗を分けた。

▽黒田のあだ名「ラストサムライ」の元祖、元WBCスーパーフライ級王者川嶋勝重氏 黒田選手はコンビネーションがワンパターンになってしまった。その差が出た。顔も腫れていたし、パンチが効いていた様子だったがそれでも気持ちの強さで何とか判定に持ち込んだ。頑張った。

IBF世界フライ級タイトルマッチ 1回モルティ・ムザラネにパンチを見舞う黒田雅之(撮影・たえ見朱実)

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東日本ボクシング協会会長に元世界王者の花形進氏

東日本ボクシング協会の新会長となる花形進会長(左)と渡辺均現会長

東日本ボクシング協会会長に、元WBA世界フライ級王者の花形ジム花形進会長(72)の就任が正式決定した。28日に都内での総会で承認された。

自動的に日本プロボクシング協会会長も兼務し、任期は4月1日から3年。現会長のワタナベジム渡辺均会長(69)は1期で退任して相談役となる。

花形会長は明るく、クリーンに、粘り強くの花形イズム3カ条で、青少年教育、競技人口増加策、コンプライアンス強化を公約に掲げた。「みんなで協力して3年間頑張りたい。一番に会員を増やす工夫をしていきたい」と抱負を話した。

くしくも日本では13人目の世界王者で、13代目の日本協会会長就任となった。

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花形進氏、東日本ボクシング協会会長に就任へ

花形進会長

東日本ボクシング協会会長に、元WBA世界フライ級王者の花形ジム花形進会長(72)の就任が確定した。

会長選立候補が21日に締め切られ、立候補者が1人だったため。28日の総会で承認を受けて正式決定し、自動的に日本プロボクシング協会会長も兼務する。任期は4月1日から3年。現会長のワタナベジム渡辺均会長(69)は1期で退任する。

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黒田雅之が5・13世界戦「新元号初の世界王者に」

世界再挑戦へ向け笑顔で拳を突き出す黒田(撮影・横山健太)

ボクシングのIBF世界フライ級4位黒田雅之(32=川崎新田)が5月13日、東京・後楽園ホールで同級王者モルティ・ムザラネ(36=南アフリカ)に挑戦することが18日、発表された。黒田にとって13年2月、当時のWBA世界フライ級王者ファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)に挑戦して負けて以来、6年ぶり2度目の世界戦となる。

黒田は「6年前に負け、どん底から今回戻ってきた。昭和生まれで、5月からは新元号になるので、他の世界戦がどうなのかは分かりませんが、新元号初の世界王者になるために頑張りたいです」と意欲をみせた。所属ジムの新田渉世会長は黒田が初めてスパーリングした世界王者となる元WBC世界スーパーフライ級王者川嶋勝重氏から同氏の愛称「ラストサムライ」を継承したことを明かした。黒田はもともと剣道2段の腕前。同会長は「川嶋氏から『技術で負けても気持ちで負けないように』とエールを送られました」と明かした。

昨年大みそかにマカオで坂本真宏(六島)に10回TKO勝利し、初防衛に成功した王者ムザラネについて、黒田は「どっしり構えてガードが堅いが、お互いにかみ合う試合になります。十分に勝機があると思います」と説明。また川崎市のジム初の世界王者を目指し「年齢を重ね、自分なりには良くも悪くもしぶとくなれたかなと。自分なりに殴り合いは少しずつ分かってきたので、いろいろと生きると思う」と悲願の王座奪取への意欲を示した。

世界再挑戦へ向け笑顔でファイティングポーズをとる黒田(撮影・横山健太)

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元WBAフライ級王者花形進氏が東日本協会会長に

花形進氏(2011年3月28日撮影)

東日本ボクシング協会会長に、元WBA世界フライ級王者の花形ジム花形進会長(72)が就任することが14日、明らかになった。

現会長のワタナベジム渡辺均会長(69)は1期で退任する。花形会長は28日の総会で承認を受け、13代目の日本プロボクシング協会会長も兼任する。任期は4月1日から3年。

15年までは原田政彦氏が6期、大橋秀行氏が3期会長を務めた。元世界王者をトップの看板にという意見が根強かった。そこで神奈川県内のジムで構成する拳志会を中心に、同会会長の気さくで温厚な花形会長擁立に動きだした。本人も恩返しと応えることを決断した。74年に国内最多5度目の挑戦で、日本人13人目の世界王者になった。プロデビューから約11年、62戦目で奪取と努力の人。85年にはジムを開き、00年には星野敬太郎が世界王座を獲得。日本では初めて師弟で世界王者となった。

渡辺会長は続投も視野にあったが、選挙は回避の考えから退任する。栃木から都内に移転して世界王者を3人育て、周囲の勧めで16年に会長となった。WBOアジア太平洋王座を公認して世界への道を広げ、プロアマ正常化などで役目は果たせたとしている。

◆花形進(はながた・すすむ)1947年(昭22)1月21日、横浜市生まれ。横浜協栄ジムに入門し、63年にプロデビュー。69、71、72、73年と大場政夫らに世界挑戦は失敗。74年にチャチャイ(タイ)に再挑戦で世界王座を獲得した。初防衛失敗後の75、76年にも世界挑戦するが失敗して引退。通算41勝(7KO)16敗8分け。

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離婚の井岡一翔「激動の1年」大みそか世界戦を発表

大みそかの世界戦発表会見で抱負を語る井岡(撮影・山崎安昭)

日本選手初の4階級制覇を目指すWBO世界スーパーフライ級3位井岡一翔(29=SANKYO)の世界戦が12日、東京都内で発表された。

12月31日の大みそかにマカオで、同級1位ドニー・エニテス(36=フィリピン)との王座決定戦となる。会見に臨んだ井岡は「大みそかに世界戦をやらせてもらうのは特別なこと。結果、内容にこだわって。簡単に言えば、KOできる勝ち方をしたい」と意気込みを語った。

井岡は昨年4月にWBA世界フライ級王座5度目の防衛に成功し、同年大みそかに電撃的に引退を表明した。今年7月に現役復帰を表明し、米国に拠点を置いて9月にアローヨを判定で下し復帰戦を飾った。

前日11日に歌手の谷村奈南(31)がツイッターやブログなどを更新し、井岡との離婚を報告。井岡は「2018年は人生の中でもいろいろあった激動の1年。最後に4階級制覇をかけた試合ができて、最高の締めくくりをしたい」と話した。

大みそかの世界戦で4階級制覇に挑む井岡(撮影・山崎安昭)

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花形冴美が涙「会長と同じ」5度目世界戦で新王者

6回、黒木(左)に右パンチを放つ花形(撮影・小沢裕)

<プロボクシング:IBF女子世界アトム級王座決定戦10回戦>◇29日◇東京・後楽園ホール

IBF世界女子アトム級王座決定戦10回戦は29日、東京・後楽園ホールで行われ、東洋太平洋ミニマム級王者花形冴美(33=花形)が新王者となった。元WBCミニマム級王者黒木優子(27=YuKOフィットネス)と同王座を争い、2-1の判定勝利を収めた。

3回に強烈な右ストレートでぐらつかせて競り勝った花形は、師匠の元WBA世界フライ級王者花形進会長と同じ5度目の世界挑戦での王座奪取。過去2度の対戦で1勝1分けと負けていなかった黒木を倒し「会長と同じ5度目で取れて本当にうれしい」とうれし涙を流した。

新王者となりベルトを巻いて感極まる花形(撮影・小沢裕)

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花形冴美「何度でもやりたい」黒木優子に判定勝ち

9回、黒木(左)に右パンチを放つ花形(撮影・小沢裕)

<プロボクシング:IBF女子世界アトム級王座決定戦10回戦>◇29日◇東京・後楽園ホール 

5度目の世界挑戦となった東洋太平洋ミニマム級王者花形冴美(33=花形)が決定戦を制し、新王者となった。2階級制覇を狙った元WBC同級王者黒木優子(27=YuKO)と同王座を争い、2-1の判定勝利を収めた。

3回に強烈な右ストレートでぐらつかせると、低い姿勢で相手の左ストレートをかわしてボディーを連打。7回には偶然のバッティングで20秒のインターバルが設けられるほど激しくぶつかりあった。終盤は接近戦での打ち合いが続いて10回を戦い抜いた。ジャッジ3人のうち2人が96-94、1人が95-96という僅差判定勝ちとなった。

「やっと1つ自分の壁を乗り越えられた」と感慨に浸る花形は試合後、リング上で師匠の元WBA世界フライ級王者花形進会長を肩車して喜びを表現した。「世界王者になったら(肩車を)やると決めていた」。本名は田中冴美だが、花形進会長の名前をもらって08年のデビュー戦から現在のリングネームに。そして師匠と同じ5度目の世界挑戦での王座奪取となり「まず初防衛を成功させて会長を抜きます」と宣言。同会長は「花形のリングネームをつけたからなかなか(世界王者に)なれなかった。オレの同じ5回目だし、これで防衛してオレを抜いてよ」とハッパをかけた。

過去2度の1勝1分けと負けなしだった黒木にまたも競り勝った花形は「今までの彼女のパンチでしか効かされたことがなかった。何度でもやりたい」と試合後にあいさつに来た黒木に約束していた。

新王座となりベルトを巻いて感極まる花形(撮影・小沢裕)

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江藤光喜3回TKO勝ち 具志堅会長は世界戦の意向

3回TKO勝ちをおさめた元WBA世界フライ級暫定王者江藤光喜(撮影・藤中栄二)

<プロボクシング:スーパーフライ級8回戦>◇3日◇東京・後楽園ホール◇1101人

 元WBA世界フライ級暫定王者の江藤光喜(30=白井・具志堅スポーツ)が3回TKOで、3連勝中だったマルソン・カベラ(26=フィリピン)を下した。昨年9月以来、約6カ月ぶりの試合となったものの、派手な打ち合いを展開。2回に右ボディーで1度目のダウンを奪取。3回には左フックで2度目、続いて右フックで3度目のダウンを奪っての快勝だった。

 江藤は「10点満点中、20点です」と師匠の具志堅用高会長ばりの“天然”ぶりをみせた後に「100点満点で40点」と自己評価。3回に偶然のバッティングで額をカットした以外は目立った負傷もなく「次が世界戦と思っていたので無傷で終わりたかった」と安堵(あんど)の笑みをみせた。

 WBA暫定王座は日本ボクシングコミッション未公認。WBAをはじめ、WBC、WBOと世界ランキングに入っており、具志堅会長は「夏までには世界戦をさせてあげたいね」とチャンスを与える意向を示した。2月8日には30歳を迎え、円熟期に入った江藤は「おじさんボクサーの仲間入りした」としながらも、同門の後輩、比嘉大吾がWBC世界フライ級王者として活躍している姿に「もちろん刺激」とやる気満々だった。

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井岡一翔が引退発表も、復帰「ゼロとはいえない」

引退を発表する井岡一翔(撮影・横山健太)

 ボクシング世界3階級を制した前WBA世界フライ級王者の井岡一翔(28=井岡)が12月31日、横浜市内で記者会見し、現役引退を表明した。「ボクシングを始めたきっかけだった世界3階級制覇を達成したので」と理由を説明した。引退届は30日に日本ボクシングコミッション(JBC)に受理された。ただ、国内ジム所属選手最多タイ「世界戦14勝」を誇る男に体力面の問題はない。情熱を取り戻し現役復帰となれば、米国など海外進出が有力な選択肢になりそうだ。

 井岡が「引退」で沈黙を破った。

 「ボクシングを始めた時のきっかけだった3階級制覇を成し遂げることができたので、引退しようと決めました。満足しています。でも(15年12月31日に3階級制覇を決めたレベコとの)再戦で勝ってこそ王者と思っていたので…。5度目の防衛戦の前に(引退を)決めました」

 4月23日にノクノイを下し5度目の防衛。元WBA世界ライトフライ級王者具志堅用高の日本記録「世界戦14勝」に並んだ。翌24日の会見以来250日ぶりの公の場。この日は父の井岡一法会長(50)がおらず、1人きり。週刊誌などで父との確執が報じられたが「父、両親があって今の自分があると感謝しています」。引退も「気持ちを伝えて『分かった』と言ってもらった」とした。

 世界最速のデビュー18戦で世界3階級を制した。それが、引退の決め手だった。「おじさん(元世界2階級王者井岡弘樹氏)の時から3階級制覇が井岡家の夢。幼い頃から、それを途方もないことだと感じていた」という。復帰については「その思いがあれば、ここにはいません。ただ、ゼロとは言えない」。今後については「次のビジョンのイメージはある。応援してくださった方に、さらに期待を持ってもらえると確信しています」と話すにとどめた。

 衝撃の決断だが、井岡はまだ28歳。プロのキャリアは23試合で、高い防御技術で強烈なダメージもほとんど受けていない。体力的な問題はなく、達成感を経て、再び情熱を取り戻せば、再起は十分考えられる。

 その場合、舞台は海外が有力な選択肢になる。現時点で「(海外は)全く考えていない」と話したが、ライセンス再取得が必要な国内復帰に比べ、海外はプロモーターと契約、現地コミッションの承認を得れば活動できるため、障害は少ない。「世界3階級王者」の肩書も心強い。「唯一無二の王者になりたい」が口癖の男がラスベガス、アトランティックシティーなど“本場”を選んでも不思議はない。可能性を残し、名王者がグローブを置いた。

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引退の井岡一翔「ボクシングはウオーミングアップ」

井岡一翔

 ボクシング世界3階級を制した前WBA世界フライ級王者の井岡一翔(28=井岡)が31日、横浜市内で会見し、現役引退を表明した。30日に日本ボクシングコミッション(JBC)に引退届を受理された。

 この日放送されたTBS系列「KYOKUGEN」内で生中継された会見の中で語った。会見の主な内容は次のとおり。

 井岡 ボクシングを始めたきっかけでもある3階級制覇を叶えたときに引退しようと思いました。2度目の防衛戦が前チャンピオンとの防衛戦で、その試合に勝ってこそ真のチャンピオンだと思い、ボクシングを続けました。防衛していく中で自分の更なる目標を見つけたので今年4月、5度目の防衛戦の前に引退を決意しました。3階級制覇も妻の存在なしでは達成できなかったですし、防衛を続けられたのも妻の後押しがあったからです。更なる目標と言いましたが、次のステージに進むビジョンはできています。今まで応援していただいた皆さんの期待を裏切ることなく、さらに期待を持ってもらえることだと確信しています。(約6秒間の沈黙後)6年間戦ってきた大みそかという特別な日に、自分の思いと皆さんに感謝を伝えたかったので(会見を)今日にしました。今日をもって引退します。今まで応援していただき、本当にありがとうございました。

 -28歳で引退。早いという声もある

 井岡 自分のボクシングを始めたきっかけでもある3階級制覇を達成できたので、自分自身満足しています。

 -引退にあたって父でもあるジムの(井岡)一法会長とはどんな話を

 井岡 自分の気持ちを伝えて報告しました。「わかった」と返答がありました。

 -引退が結婚に影響したという面はあったか

 井岡 今までずっと一緒にいて戦ってきたので、今になって守るものができたという訳ではない。影響はないです。妻の存在自体が僕の支えでした。

 -奥様からはどんな言葉をかけられたか

 井岡 今までずっと妻には相談していましたが、「ボクシングに関しては自分のために、悔いのないように」と言ってくれました。

 -引退後のビジョンは

 井岡 今は言えないですが、先ほども言いましたが、皆さんの期待を裏切ることなく、さらに期待を持ってもらえることだと思っています。

 -最も印象に残っている試合は

 井岡 一番を決めるのは難しいですが、統一戦か3階級(制覇)を達成した試合です。

 -自身にとってボクシングとは

 井岡 人生においてのウオーミングアップです

 -ファンへメッセージを

 井岡 皆さんの応援があったからこそ、今の僕があると思っています。応援していただいた皆さんに最大の感謝を贈りたいと思います。今まで応援していただきありがとうございました。

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井岡一翔が引退表明、15年に世界最速3階級制覇

井岡一翔

 ボクシング世界3階級を制した前WBA世界フライ級王者の井岡一翔(28=井岡)が31日、横浜市内で会見し、現役引退を表明した。30日に日本ボクシングコミッション(JBC)に引退届を受理された。

 この日放送されたTBS系列「KYOKUGEN」内で生中継された会見の中で「引退を決意しました」と話した。

 井岡は4月23日のノクノイ戦で5度目の防衛に成功し、元WBA世界ライトフライ級王者の具志堅用高が持つ国内ジム所属選手の日本記録「世界戦14勝」に並んだ。しかし、その後はボクシングから離れ、5月17日に歌手谷村奈南(30)と結婚。拠点を大阪から都内に移していた。

 陣営はWBA1位のアルテム・ダラキアンと大みそかに防衛戦を行う準備を進めたが、調整不足を理由にキャンセル。11月9日には王座を返上していた。その際、父の井岡一法会長(50)は「2つに1つ。スイッチが入れば、3カ月あれば試合の準備はできる。モチベーションがないなら、引退せな仕方がない」と話し、去就が注目を集めていた。

 ◆井岡一翔(いおか・かずと)1989年(平元)3月24日、大阪・堺市生まれ。元世界2階級王者井岡弘樹氏のおい。興国で高校6冠。08年に東農大を中退しプロ転向。11年2月に当時国内最速の7戦目で世界王座獲得。12年6月にWBA、WBCミニマム級王座統一。同12月にWBA世界ライトフライ級王者となり2階級制覇。15年4月に同フライ級王座も獲得し、世界最速18戦目で3階級制覇。身長165センチの右ボクサーファイター。22勝(13KO)1敗。

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井上尚弥、区切りの世界戦「KOで終わらせたい」

前日計量を終え、対戦者のボワイヨ(右)とポーズを決める井上(撮影・たえ見朱実)

 ボクシングWBO世界スーパーフライ級王者井上尚弥(24=大橋)が不敗神話を継承する。今日30日、横浜文化体育館で同級6位ヨアン・ボワイヨ(29=フランス)と7度目の防衛戦に臨む。29日の前日計量では51・5キロでパスした挑戦者を横目に、規定体重の52・1キロでクリア。過去、同会場での日本人世界王者による防衛戦は5戦全勝中。心強いデータも後押しに、同級の集大成ファイトをKO防衛で飾るつもりだ。

 世界戦を控えた最後の「儀式」を終え、井上の表情には安堵(あんど)の笑みがこぼれた。約8キロという減量を成功させ、リミットで前日計量をパス。あとはリングに立ち、ゴングを待つだけとなった「モンスター」は、V7戦が節目の一戦になると予告した。

 「自分の中で、これでスーパーフライ級が最後と決めている。ラストの減量だったので踏ん張れたと思う。18年に階級を変えてスタートするためにも明日は1つの区切り。ここでつまずくわけにはいかない」

 井上が区切りの世界戦に臨む会場となった横浜文化体育館には心強いデータが残る。過去4人の世界王者が5度の防衛戦で全勝している。12年7月のWBC世界スーパーフライ級タイトル戦(佐藤洋太-ロペス)以来、約5年5カ月ぶりの世界戦。衝撃的だった9月の米デビューの反響も大きく、前売り券は完売し、当日券を残すのみ。「(完売は)うれしいです。いつも通り、井上尚弥らしい試合をみせるだけだと思います」。先輩世界王者たちの不敗神話を継承する覚悟だ。

 計量後は、おかゆとうどんで減量で疲労した肉体を回復。調整に専念するため、11月30日から別居していた夫人、長男と神奈川県内の自宅で過ごした。1カ月ぶりに家族と過ごした一晩。12月は前座で試合に臨む弟拓真と2人で生活していただけに「心もリラックスできて試合に臨むことができますね」と父親の顔ものぞかせた。

 世界戦のKO数を8まで伸ばした井上は、ボワイヨもKOで倒すと具志堅用高、山中慎介とともに9に並び、歴代2位となる。1位の内山高志の10に王手をかけることになる。「KOで終わらせたい」。18年のバンタム級転級、3階級制覇に弾みをつけるKO劇で17年を締めくくる。【藤中栄二】

 ◆横浜文化体育館での日本人王者の世界戦 95年1月、WBC世界スーパーフライ級王者川島郭志が12回判定でホセ・ルイス・ブエノを下し、V2防衛した世界戦を皮切りに過去4人の世界王者が5度の防衛戦に臨んで全勝中。74年、花形進がWBA世界フライ級王者チャチャイ(タイ)に6回KOで王座奪取したのが最初の世界戦で、日本人挑戦者の世界戦は過去6試合2勝4敗。日本人による世界戦は通算7勝4敗。

 ◆横浜文化体育館 1962年に開館した約4000人収容の屋内施設。64年東京五輪のバレーボール競技が開催。89年の横浜アリーナ完成までは神奈川県内の大規模施設として多くのプロスポーツ、国内外スターのライブ会場として利用。87年には4時間を超すBOφWYのライブも開かれた。現在ではプロレスの聖地の1つとしてノア、全日本、大日本、W-1などがビッグマッチを開催する。施設は横浜市が所有。老朽化が激しいため20年をめどに取り壊し、24年に横浜ユナイテッドアリーナが建設される予定。

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井岡王座返上、引退も 会長の父が明かした理由

井岡一翔の王座返上を発表する井岡ジムの井岡一法会長(撮影・加藤裕一)

 ボクシング世界3階級を制したWBA世界フライ級王者の井岡一翔(28=井岡)が王座を返上したと9日、父の井岡一法会長(50)が大阪市内のジムで発表した。同級1位アルテム・ダラキアン(30=ウクライナ)と12月31日に6度目の防衛戦を行う予定だったが、同会長は「準備が間に合わないので、いったん(ベルトを)返上しようということになった」と説明。11年から6年連続で行ってきた“大みそかのファイト”は途切れる。

 一翔は4月23日に5度目の防衛に成功し、元WBA世界ライトフライ級王者具志堅用高の「世界戦14勝」の日本記録に並んだ。その後、5月17日に歌手の谷村奈南と結婚し、9月にハワイで挙式。現在は都内で暮らしている。夏場以降話し合いを重ねてきたという同会長は「新婚やし、いろいろ生活の準備があるようです。プライベートのこと、夫婦のことに口は出せない」と、一翔が私生活に時間を割いていることを明かした。

 一翔も28歳。ブランクが長引けば選手生命に影響を及ぼす。同会長は「2つに1つやから。本人にスイッチが入れば、3カ月あれば試合の準備はできる。モチベーションがないなら、引退せな仕方がない。仮に身を引くなら、引退式もやる」と引退の可能性もにおわせた。その一方で「でも、やる気はあると思いますよ。週に3、4日走ってると言うてるし、体重もキープしてる。やる気がなければ、しませんよ」と弟子であり息子の“復活”に期待をかけた。【加藤裕一】

 ◆井岡一翔(いおか・かずと)1989年(平元)3月24日、大阪・堺市生まれ。元世界2階級王者井岡弘樹氏のおい。興国で高校6冠。08年に東農大を中退しプロ転向。11年2月に当時国内最速の7戦目で世界王座獲得。12年6月にWBA、WBCミニマム級王座統一。同12月にWBA世界ライトフライ級王者となり2階級制覇。15年4月に同フライ級王座も獲得し、世界最速18戦目で3階級制覇。身長165センチの右ボクサーファイター。22勝(13KO)1敗。

4月、5度目の防衛に成功し「5」のポーズをとる井岡一翔

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井岡が調整できず王座返上!会長は引退可能性も示唆

4月、5度目の防衛に成功し「5」のポーズをとる井岡一翔

 ボクシング世界3階級を制したWBA世界フライ級王者の井岡一翔(28=井岡)の王座返上が9日、同ジムから発表された。

 12月31日に同級1位アルテム・ダラキアン(ウクライナ)と6度目の防衛戦を行う予定だったが、父の井岡一法会長(50)が「調整が間に合わない」と説明。

 井岡は今年5月に歌手の谷村奈南(30)と結婚。プライベートに時間を割かれたことがを理由の1つだという。

 同会長は今後に関して、本人のモチベーション次第であることを力説。「2つに1つやから。試合をするなら3カ月あれば、準備はできる。仮に身を引くというのであれば引退式もやる。本人がきっちり決めるはず」と引退の可能性もにおわせた。

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比嘉伝説14連続KO、大晦日に井岡との統一戦熱望

5回、比嘉(右)はマソンに連打を浴びせる(撮影・浅見桂子)

<プロボクシング:WBC世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇22日◇東京・両国国技館

 WBC世界フライ級王者の比嘉大吾(22=白井・具志堅スポーツ)が14戦全勝全KOで初防衛に成功した。同級5位トマ・マソン(27=フランス)を7回にとらえてダウンを奪取。同回1分10秒、レフェリーストップのTKO勝ちをおさめた。沖縄出身王者で初めてKO初防衛に成功。大みそかにWBA同級王者・井岡一翔との団体統一戦もぶちあげた。

 ロープ際にマソンを押し込み、比嘉がボディーに、顔面に左の5連打を打ち抜いた。ガード上手な挑戦者を眼前に「ロマゴンを思い出した」。尊敬する元世界4階級制覇王者ゴンサレス(ニカラグア)ばりのラッシュをみせた。7回、再び左で右目上をカットさせ、さらに傷口に左フックの嵐。痛みに耐えかねてヒザをついたマソンを人生初のダウンに追い込んだ。そのままドクターストップ。具志堅会長のKO指令が出る前に決着をつけた。

 「最後は(マソンが)目を痛がって座っちゃいましたね。タフだなと思ったので目を狙った。KOは気分良かったですね」

 試合後、米プロモート大手トップランクのボブ・アラムCEOと握手を交わし「グッドファイター」と祝福を受けた。「通訳さんがいてくれたら話せた。米国で試合できたかな」と冗談も飛ばす余裕があった。

 初防衛戦に備え、フライ級のリミット(50・8キロ)とほぼ同じ50キロの重さのバーベルを両腕で持ち、重量挙げ選手さながらにスナッチやジャークで瞬時に持ち上げる練習メニューを繰り返してきた。「ハードな練習してきたのでKOでないと満足できない」。マソンの体をロープ際まで吹っ飛ばすパワーが肉体に十分、備わっていた。

 高校時代は全国的に無名の存在だった。同学年に「スーパー高校生」と言われたWBO世界ライトフライ級王者・田中恒成、WBO世界スーパーフライ級王者・井上尚弥の弟で元東洋太平洋同級王者の拓真がいた。「雲の上の存在」と振り返る2人に追いつき、追い越すことが目標だった。「あの2人はうまいけれど一番面白い試合をするのは比嘉と言われたい」。沖縄出身王者で初めてKO初防衛に成功。日本人の対フランス人世界戦初勝利を挙げた。日本記録に王手をかける14連続KO勝ちのパーフェクトレコード。十分すぎるインパクトを残した。

 勝利後、リング上でWBA世界フライ級王者・井岡の名を挙げ「大みそかでもいいので統一戦をやりましょう」と叫んだ。具志堅会長も本人の意向を受けて交渉に入る構えだ。井岡戦で日本記録を達成する最高の舞台を、自らの両拳で整えてきた。【藤中栄二】

<比嘉大吾(ひが・だいご)アラカルト>

 ◆生まれ 1995年(平7)8月9日、沖縄・浦添市。

 ◆スポーツ歴 保育園まで水泳と体操の教室に通う。宮城小2年から野球をはじめ、宮城ドリームズに所属。6年で主将を務め、市内大会で創部初の優勝。仲西中でも野球部で主将。

 ◆具志堅に憧れ 中学3年の時、具志堅用高会長の現役時代のKO動画をテレビで見て触発され、宮古工でボクシング部へ。国体8強が最高成績。通算36勝(8KO・RSC)8敗。

 ◆プロ転向 高校卒業後に上京し、白井・具志堅スポーツに入門。14年6月にデビューし1回KO勝ち。

 ◆王座 15年7月にWBCユース・フライ級王座を奪取。16年7月に東洋太平洋フライ級王座も獲得。

 ◆家族 両親と兄。

 ◆スタイル 身長160・8センチの右ファイター。

比嘉&マソン・ラウンドVTR

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清水聡最速タイ新王者、パワーで頭攻めねじ伏せた

4回、ノ(手前)にパンチを見舞う清水(撮影・足立雅史)

<プロボクシング:東洋太平洋フェザー級タイトルマッチ12回戦>◇2日◇東京・後楽園ホール

 ロンドン五輪銅メダリストの清水聡(31=大橋)が初防衛を狙った王者ノ・サミュング(韓国)を5回1分54秒TKOで下し、初タイトルを獲得した。頭から突っ込む韓国スタイルに手を焼いたが、作戦変更した4回にダウンを奪い、5回もラッシュでレフェリーストップ。4戦目の東洋太平洋ベルト獲得は、WBO世界ライトフライ級王者田中恒成と並ぶ国内最速タイ記録で、4戦全勝4KOとした。

 3回終了後だった。清水にセコンドの大橋会長が声をかけた。「レパード玉熊戦法でいけ!」。90年代初頭にWBA世界フライ級ベルトを巻いた王者の名前を挙げたのは、バッティング気味に頭から突っ込む往年の韓国スタイルのノへの特効薬を思い出したから。時は90年7月、王者李烈雨に水戸で挑んだ玉熊の王座戦は、「頭」に対して細かい連打で10回TKO勝ち。その意図を理解した清水は、「切り替えて、力でねじ伏せられた」と、4回から戦い方を一気に変え、終わりなき連打で試合を決めた。

 「パンチより頭のほうがもらっていたかも」と、面食らった。3回に右ももらい、ペースに巻き込まれそうになった。作戦のアウトボクシングから変更を余儀なくされたが、相手土俵の接近戦でも圧倒してみせた。

 昨年末からプロゴルファーの松山英樹らを指導してきた早川トレーナーに師事。四つんばいになり、片脚を上げて階段200段を5往復などの過酷メニューで肉体改造してきた。連打、連打でも拳に伝わるパワー。「ねじ伏せ」て、その向上も実感。16年9月のデビュー戦から約1年でタイトル獲得し、来年は世界戦を見込む。技術の幅を示し「次は世界王者になります」と高らかに言った。【阿部健吾】

清水聡のプロ全成績
チャンピオンベルトを腰に巻き、声援に応える清水(撮影・足立雅史)
4回、ノ(左)に右パンチを見舞う清水(撮影・足立雅史)

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