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中谷潤人延期の世界初挑戦は8・1 後楽園で無観客

中谷潤人(20年2月撮影)

ボクシングWBO世界フライ級3位中谷潤人(22=M・T)の世界初挑戦が、8月1日に東京・後楽園ホールで開催される。WBOが24日にSNSを通じて明らかにした。

同級1位ジーメル・マグラモ(25=フィリピン)との王座決定戦で、当初は4月4日に開催がウイルスの影響で延期されていた。

当初と同じ聖地と言える会場で、無観客試合となる見通し。国内では3月27日を最後に興行を自粛し、7月から再開を目指して準備に入っている。陣営は6月、7月にも日時を再設定したが、緊急事態宣言下のために延びていた。

中谷は3月には米ロサンゼルスで、今年2度目のスパーリング・キャンプを張っていた。感染拡大のために途中帰国したが、その後も朝のロードワーク、夕方のジムワークを続け、試合に備えていた。この王座は4階級制覇を狙う前王者田中恒成(24=畑中)が返上したもの。国内で今年初の世界戦で、今最も期待されるホープが世界に挑む。

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重傷克服の薬師寺愛弟子…森武蔵が来春世界初挑戦へ

森武蔵

WBO世界フェザー級5位で同アジアパシフィック同級王者森武蔵(20=薬師寺)が来春にも世界初挑戦を計画していることが19日、分かった。実現すれば元WBC世界バンタム級王者薬師寺保栄会長(51)の愛弟子で初の世界戦となる。

森は13歳の時、交通事故で両足と腰の骨を折る重傷を負うも、そこから奇跡の再起を遂げた。“モンスター”井上尚弥らを輩出した全国U-15ジュニア大会で優勝した実力者。素質を買う薬師寺会長が「チャンスを与えたい」と、WBO同級王者シャクール・スティーブンソン(22=米国)陣営と交渉している。

王者はリオデジャネイロ五輪銀メダリストで13勝(7KO)無敗の超難敵。計画では7月にノンタイトル戦を行い、年内にアジアパシフィック王座の防衛戦を行った後に返上し、世界戦に向かう。

森は薬師寺会長に素質を見いだされ、「プロ以外に興味ない」と複数の高校の誘いを断り、プロ入りした。王者スティーブンソンとは同じサウスポーで、「最近はファイタースタイルに近づいている」という攻撃型。勢いに乗って成長をとげている時に新型コロナウイルスの影響を受けた。4月に地元の熊本でアジアパシフィック王座の防衛戦も中止となり、現在は熊本の実家でトレーニングを積んでいる。

「とにかく早く試合がしたい」と願うが、7月の試合も世間の情勢で流動的ではある。とはいえ、未知の、そして大きな可能性を秘めた若武者。その未来を開く夢舞台が実現するか。コロナ終息後の楽しみは間違いない。【実藤健一】

◆森武蔵(もり・むさし)1999年(平11)11月27日、熊本県菊池市生まれ。幼稚園から小学5年まで空手、その後にボクシング。16年12月にプロデビュー。17年度フェザー級の全日本新人王。18年11月にWBOアジアパシフィック同級王座を獲得し、2度防衛中。戦績は11勝(6KO)無敗。身長170センチの左ファイター。

森武蔵と薬師寺会長(右)(2017年12月23日)

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世界戦流れた中谷潤人「本職で恩返し」飲食店を閉店

中谷潤人(2020年2月14日撮影)

ボクシングWBO世界フライ級3位中谷潤人(22=M・T)が16日、オーナーの神奈川・相模原市内にある飲食店「とん丸」を閉店すると明かした。4月から営業自粛していたが、SNSを通じてご報告と題して「再開することなく5月末で閉店する」と発表した。昨年8月に出身の三重・四日市市の名物トンテキをメインに、弟龍人さん(20)を店長に一家で切り盛りしていた。

中谷は4月4日に後楽園ホールで、同級1位ジーメル・マグラモ(25=フィリピン)との王座決定戦で世界初挑戦が決まっていた。3月には米ロサンゼルスでスパーリング・キャンプも張っていたが、中止となって帰国していた。

「本職のボクシングにさらに重点を置き、目標、目的を果たして恩返ししたい」とも記した。世界戦の日程はなかなか定まらないが、ジムワークは欠かさずに体力、体調、モチベーションを維持している。決戦の決定を待ち望み、世界奪取への意欲は衰えていない。

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ロマチェンコ恐ろしく芸術的な軽打/岩佐亮佑の一撃

ロマチェンコ(2019年12月5日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~19>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。IBF世界スーパーバンタム級暫定王者岩佐亮佑(30=セレス)があげたのは、現ライト級3団体統一王者ワシル・ロマチェンコ(32=ウクライナ)の「心を折る軽打」。世界が注目した「五輪2大会連続金メダリスト対決」で、ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)を翻弄(ほんろう)した戦いを語りました。(取材・構成=奥山将志)

◇     ◇    ◇

▼試合VTR 17年12月9日、米ニューヨークで、08年北京五輪、12年ロンドン五輪金メダルのWBO世界スーパーフェザー級王者ロマチェンコが、00年シドニー五輪、04年アテネ五輪金メダルのリゴンドーの挑戦を受けた。高い技術戦が期待されたビッグマッチだったが、「ハイテク」の異名を取るロマチェンコが、その強さを見せつける展開となった。ジャブの差し合いで早々にペースを握ると、2回以降は手数を重視した軽いパンチと、出入りのスピードでリゴンドーを圧倒。一方的な展開で迎えた6回終了時に「キューバの英雄」が棄権を申し出た。これにより、ロマチェンコは、4試合連続で相手の棄権によるTKO勝ち。相手に何もできない絶望感を与える、その強さが際立つ一戦となった。

◇     ◇    ◇

相手の頭を触るような「パチ、パチ、パチ」という軽いパンチが、見ていて恐ろしく、芸術的とさえ感じました。あのリゴンドーに何もさせなかった。すごい試合でした。

ロマチェンコの特徴は、一発の強さはないですが、すべての種類のパンチを打てること。そして、相手の周りをぐるぐる回りながら、常に相手を触り続ける。一般受けする選手ではないかもしれませんが、対戦相手からすると、崩しにくい、本当に戦いにくい選手だと思います。

選手目線で見れば、学ぶべきところが多いですね。たとえばメイウェザーやハメドの動きはまねできませんが、ロマチェンコはできる。

ベースにあるのは運動量で、どれだけ動くんだというぐらい徹底して足を動かし、出入りのボクシングでペースをつかむ。防御も、ガードをしっかりして、上体の動き、膝の沈め方でパンチをかわす。ナチュラルな「天才」というより、基本を忠実に追い求め、努力でつくりあげた「天才」だと思います。

アマチュアのような戦いで、プロでも新たな形をつくりだしたロマチェンコ。学ぶべきところは多いですし、少しでも自分のものにしていきたいですね。

◆岩佐亮佑(いわさ・りょうすけ)1989年(平元)12月26日、千葉・柏生まれ。地元のセレスジム開設に合わせ、中2で入門。習志野高3年で3冠。アマ戦績60勝(42KO)6敗。08年プロデビュー。11年に日本バンタム級王者山中慎介に挑戦も失敗。2戦後に日本同級王座、13年に東洋太平洋同級王座獲得。15年に英国でIBF世界同級暫定王座決定戦での世界初挑戦は失敗。17年9月にIBF世界スーパーバンタム級王者小国を破り王座獲得。19年12月にIBF同級暫定王座を獲得し、王座返り咲きに成功。171・5センチの左ボクサーファイター。家族は両親と姉。

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佐伯霞「出産はボクシングより痛かった」第1子誕生

佐伯霞(2019年4月27日撮影)

ボクシングの元WBO世界女子ミニマム級王者・佐伯霞(23=真正)が2日に大阪市内の病院で第1子の男児を出産したと所属ジムが11日に発表した。

佐伯は「出産は想像よりはるかに痛くて、ボクシングより痛かった。一段落つけば、復帰に向けて頑張ります」とコメントした。

近大を中退し、18年5月にプロデビューした佐伯は、ランウエーモデルを務めるなど美人プロボクサーとしても注目された。19年4月に世界王座を獲得も、その後に返上。同年7月に一般男性と結婚した。

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パッキャオKOしたマルケスの右/川島郭志氏の一撃

ファン・マヌエル・マルケス

<ボクシング、忘れられない一撃~18>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。元WBC世界スーパーフライ級王者川島郭志氏(50)の一撃は、4階級制覇したファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)の「パッキャオ戦の右ストレート」です。4度目の対戦で倒し倒され、最後はマルケスがKOで初勝利となった一撃です。(取材・構成=河合香)

▼試合VTR 12年12月に米ラスベガスで、WBO世界スーパーライト級王者マルケスが、前WBO世界ウエルター級王者マニー・パッキャオ(フィリピン)とウエルター級で対戦した。WBOが「過去10年間で最高王者」という認定ベルトをかけた決戦。両者は04年はフェザー級で引き分け、07年はスーパーフェザー級で2-1、11年の第3戦はウエルター級で2-0と、パッキャオが僅差判定も連勝していた。試合は3回にマルケスが右のロングフックでまずダウンを奪った。5回にはパッキャオが右ストレートでダウンを奪い返す。続く6回はパッキャオ攻勢も、ゴング寸前にマルケスが右ストレートで2度目のダウンを奪う。パッキャオは失神して6回2分59秒KO。まさに一撃KOで、マルケスが4戦目で初勝利となった。

  ◇   ◇   ◇

あの一撃は衝撃的だった。前のめりに倒れたパッキャオが、しばらくピクリともしなかった。5回にパッキャオがダウンを返して、やや有利になったかと思った6回。パッキャオが攻勢で、あの場面も右ジャブをついて出ていった。そこへマルケスが、きれいに右ストレートを決めた。

同じ相手との再戦は、互いに手の内を知っているので、大抵は慎重な戦いになるもの。3戦まではパッキャオが2勝1分けだったが、いずれもそう差はなかった。4度目の対戦に、互いに今度こそ決めてやろうと、実に攻撃的な試合だった。

マルケスは3回に左フックで最初にダウンを奪った。パッキャオはストレートで来ると思っていたと思う。そこへ外から打ち込んだ。最後もカウンター。マルケスのうまさも光った。

サウスポーに対しての左ボディーがうまい。下を打つふりをして上、上のふりで下と打ち分ける。パッキャオも下を意識させられた面もあっただろう。マルケスにはメキシコ人独特のリズムがある。日本人はとてもマネできない。あの体のうまさも強み。

パッキャオもリズムよく攻める。テクニックもあるが、階級を上げていくことでパンチ力優先になった。力ずくに変わっていった。そこにスキがあったのかも。それでもいまだ現役なのには驚かされる。

◆川島郭志(かわしま・ひろし)1970年(昭45)3月27日、徳島県海部郡海部町(現海陽町)生まれ。小さいころから父の指導を受け、海南高時代にインターハイ優勝。ヨネクラジムに入門し、88年に1回KOでプロデビュー。連続KO負けに左拳骨折の挫折を乗り越え、92年に日本スーパーフライ級王座を獲得し、3度防衛した。94年に世界初挑戦し、WBC世界同級王者ブエノ(メキシコ)からダウンを奪い、判定勝ちで王座を獲得した。97年に7度目の防衛に失敗して引退。通算20勝(14KO)3敗1分の左ボクサー。00年に東京・大田区内に川島ジムを開設した。

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マルケスの右にパッキャオ動けず/川島郭志氏の一撃

ファン・マヌエル・マルケス

<ボクシング、忘れられない一撃~18>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。元WBC世界スーパーフライ級王者川島郭志氏(50)の一撃は、4階級制覇したファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)の「パッキャオ戦の右ストレート」です。倒し倒されの末に、4戦目で初勝利となった一撃です。(取材・構成=河合香)

▼試合VTR 12年12月に米ラスベガスで、WBO世界スーパーライト級王者マルケスが、前WBO世界ウエルター級王者マニー・パッキャオ(フィリピン)と対戦した。契約体重はウエルター級で、WBOが「過去10年間で最高王者」という認定ベルトをかけた決戦。両者は04年はフェザー級で引き分け、07年はスーパーフェザー級で2-1、11年の第3戦はウエルター級で2-0と、パッキャオが僅差判定も連勝していた。試合は3回にマルケスが右のロングフックでまずダウンを奪う。5回にはパッキャオが右ストレートでダウンを奪い返す。続く6回はパッキャオ攻勢も、ゴング寸前にマルケスが右ストレートで2度目のダウンを奪う。パッキャオは失神して6回2分59秒KO。まさに一撃KOで、マルケスが4戦目で初勝利となった。

    ◇    ◇

あの一撃は衝撃的だった。前のめりに倒れたパッキャオが、しばらくピクリともしなかった。5回にパッキャオがダウンを返して、やや有利になったかと思った6回。パッキャオが攻めていて、あの場面も右ジャブをついていった。そこへマルケスが、きれいに右ストレートを決めた。

同じ相手との再戦は、互いに手の内を知っているので、大抵は慎重な戦いになるもの。3戦まではパッキャオが2勝1分けだったが、いずれもそう差はなかった。4度目の対戦に、互いに今度こそ決めてやろうと、実に攻撃的な試合だった。

マルケスは3回に左フックで最初にダウンを奪った。パッキャオはストレートで来ると思っていたと思う。そこへ外から打ち込んだ。最後もカウンター。マルケスのうまさも光った。

サウスポーに対しての左ボディーがうまい。下を打つふりをして上、上のふりで下と打ち分ける。パッキャオも下を意識させられた面もあっただろう。マルケスにはメキシコ人独特のリズムがある。日本人はとてもマネできない。あの体のうまさも強み。

パッキャオもリズムよく攻める。テクニックもあるが、階級を上げていくことでパンチ力優先になった。力ずくに変わっていった。そこにスキがあったのかも。それにしても、いまだ現役なのには驚かされる。

◆川島郭志(かわしま・ひろし)1970年(昭45)3月27日、徳島県海部郡海部町(現海陽町)生まれ。小さいころから父の指導を受け、海南高時代にインターハイ優勝。ヨネクラジムに入門し、88年に1回KOでプロデビュー。連続KO負けに左拳骨折の挫折を乗り越え、92年に日本スーパーフライ級王座を獲得した。3度防衛。94年に世界初挑戦し、WBC世界同級王者ブエノ(メキシコ)からダウンを奪い、判定勝ちで王座を獲得した。97年に7度目の防衛に失敗して引退。通算20勝(14KO)3敗1分の左ボクサー。00年には大田区内に川島ジムを開設した。

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「悪魔王子」の右フック/井上真吾トレーナーの一撃

ナジーム・ハメド

<ボクシング、忘れられない一撃~17>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。

世界3階級王者井上尚弥(27=大橋)を指導する父の真吾トレーナー(49)は、「プリンス」「悪魔王子」の異名を取った元WBO、WBC、IBFフェザー級王者ナジーム・ハメド(英国)の「右フック」を選んだ。セイド・ラワル戦の衝撃の一撃を振り返った。(取材・構成=奥山将志)

    ◇    ◇    ◇

▼試合VTR 96年3月16日、前の試合でWBO世界フェザー級王座を獲得した当時22歳のハメドが、ナイジェリア人のラワルとの初防衛戦に臨んだ。

両腕を下げたままガードをしない。相手の攻撃はダンスを踊るようなステップと、柔らかな上半身の動きでかわす。ひとたび攻撃のスイッチが入れば、予測不能、変幻自在な動きからスピードに乗った強烈なパンチを放ち、KOの山を築く。そんな「天才」のV1戦はわずか35秒で終わった。

ゴングと同時に両者がゆっくりとリング中央に歩み寄ると、やや重心を下げながら急激にスピードを加速させたハメドが強烈な右フックを振り抜いた。後ろに崩れ落ちたラワルはどうにか立ち上がったが、ダメージは深く、その後右アッパー2発を浴びてストップ。ハメドが放ったパンチはわずか3発、ラワルは0発で試合が終わった。

    ◇    ◇    ◇

うそでしょ!? 世界戦でこんなことあるの!? って、この試合は本当に驚きましたね。当時、私は25歳。まだ尚弥も拓真もボクシングを始める前で、デラホーヤやトリニダードなど、海外の試合をよく見ていた頃です。

ハメドは、見たことがない独特のスタイルで、試合当時は、まだ穴を指摘されたり、実力が完全に認められる前だったと思います。

この右フックの瞬間は、放送したテレビの映像も、試合開始に合わせて、遠目から観客席を含めたリング全体を映していました。その直後、2人が接近した瞬間に、相手が倒れたので、最初は何が起きたのか分かりませんでした。

サウスポーから右にシフトして下から突き上げるようなアッパーでKOしたり、その動きは、とにかく予測不能。ただ、ガードこそしていませんが、防御をしながら、相手の攻撃はしっかりと見切っている。多くの選手がハメドのまねをしましたが、誰もあの域には近づけませんでした。

指導者の立場でみれば、参考にしにくいボクサーですが、変則的であれ何であれ、それを徹底して追求し、自分のものに出来れば、それは技術なんです。驚きという意味で、この試合、最初の右フックは忘れられないですね。

◆井上真吾(いのうえ・しんご)1971年(昭46)8月24日、神奈川・座間市生まれ。中学卒業後、塗装業の仕事に就いて修業。20歳で明成塗装を起業。ボクシングはアマで戦績2戦2勝。39歳でアマチュアの井上ジムを設立したが、長男尚弥の大橋ジム入門に合わせ、大橋ジムのトレーナーに就任。14年に最も功績を残したトレーナーに贈られる「エディ・タウンゼント賞」を受賞。家族は美穂夫人と1女2男。

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リナレス、プロ初ダウン奪った一撃/木村悠氏の一撃

ホルヘ・リナレス

<ボクシング、忘れられない一撃~15>

<ボクシング、忘れられない一撃~15>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。元WBC世界ライトフライ級王者木村悠氏(37)の一撃は、3階級制覇したホルヘ・リナレスの「ロマチェンコ戦の右ストレート」です。現役最強と言われる相手に敗れはしたが、プロ初ダウンを奪った一撃。生で見た感動を話してくれました。(取材・構成=河合香)

▼試合VTR リナレスはWBA世界ライト級王者として、18年5月にWBO世界スーパーフェザー級王者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)を迎え撃った。会場は聖地と言われる米ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン。ロマチェンコのスピードあるパンチにリナレスは徐々に押され気味になったが、6回残り30秒で放った右カウンターをアゴに命中させる。プロ12戦目で初めてとなるダウンを奪った。ほぼ互角の展開となり、9回までの採点は三者三様のドロー。10回に回復したロマチェンコの細かいパンチを浴び、最後は左ボディーでついにダウン。10回2分8秒TKO負けで4度目の防衛に失敗したが、本田会長は「商品価値は高めた」と評した。ロマチェンコは世界最速での3階級制覇となった。

    ◇    ◇    ◇

あの試合は現地へ見に行った。米国での試合を見るのは初めて。一緒にずっと練習してきた仲間が、世界最強とも言われる相手に、どこまで通じるか、楽しみだった。

ともにスピードがあり、手数も多く、ロマチェンコが攻めてきても、リナレスも劣っていなかった。互角に近い劣勢ぐらいの感じ。そんな中で6回に、リナレスが右ストレートでダウンを奪った。彼らしい、すばらしいパンチだった。

その瞬間、会場が静まり返った。完全にアウェーだったのに、あの一発で雰囲気が一変した。完全に流れが変わり、9回で採点もドローとなって、ここから逆転できると思った。あの大きな舞台であと一歩、寸前まで追い込んだ。最後は負けたが、しびれた。

10回にダウンを喫したパンチは、ボクが座った席からは見えなかった。あとで見たら、左ボディーがいい角度で入っていた。リナレスは前の試合で脇腹を折っていた。治っていたが、ロマチェンコは試合後に「狙っていた」と言っていたそう。リナレスはまた折ったようで、ロマチェンコもすごかった。

リナレスの応援も兼ねての観戦だったが、行ったかいは十二分にあった。あらためてボクシングの面白さや深さを知ることができた。すでに会社を辞めて、新たな道に進み始めていた。あの試合を見たことで、ボクシングをもっともっと広めていきたいと思うようになった。

◆木村悠(きむら・ゆう)1983年(昭58)11月23日、千葉市生まれ。中2でボクシングを始め、習志野高をへて法大に進み、1年で全日本優勝。卒業後は帝拳ジムに入門し、06年10月にプロデビュー。6戦目で初黒星を機に、専門商社に入社してサラリーマンボクサーとなる。14年に日本ライトフライ級王座決定戦に判定勝ちで王座を獲得。3度防衛。15年11月に仙台市でWBC世界同級王者ペドロ・ゲバラ(メキシコ)に挑戦し、判定勝ちで王座獲得に成功した。翌年初防衛に失敗して引退。通算18勝(3KO)3敗1分。引退後は退職し、解説、執筆、講演やオンラインジム(オンラインサロン)を運営している。

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頭部陥没させたドネア左フック/山下正人会長の一撃

ノニト・ドネア(19年11月撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~14>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。

元世界3階級王者の長谷川穂積らを育てた、真正ジムの山下正人会長(58=西日本ボクシング協会会長)があげた一撃は「戦慄(せんりつ)の左フック」。11年2月のWBO、WBC世界バンタム級タイトルマッチで、挑戦者ノニト・ドネア(フィリピン)が、統一王者フェルナンド・モンティエル(メキシコ)を沈めた一撃。倒す要素が詰まった理想の1発を振り返る。(取材・構成=実藤健一)

▼試合VTR 11年2月19日、米ラスベガスでのWBO、WBC世界バンタム級タイトルマッチ。3階級制覇の統一王者モンティエルと2階級制覇王者のドネアが激突。軽量級屈指の好カードは、挑戦者のドネアが圧倒した。立ち上がりから右ストレートからの左フックのコンビネーションで主導権を奪い2回、強烈な左フックでキャンバスに沈んだモンティエルは大の字で動けず2分25秒TKO負け。モンティエルの右側頭部は陥没していた。

◇ ◇ ◇

最もインパクトあったんがドネアの左フック。モンティエルが衝撃的な倒れ方やった。パンチというのは当てるだけやない。大事なのは呼吸、タイミング。それをあらためて思い知らされた一撃やった。

選手を指導する上で、常に選手に教え込むのがタイミング。言葉にするのは難しいけど、そこは0コンマ何秒の世界。たいがいはタイミングが早かったり遅かったり。ここで打たなあかん! というのは練習で体に覚え込ますしかない。その点でドネアの左フックはすごい、完璧なパンチやった。

ドネアの場合、あの左フックにたどり着くまで、いっぱいの伏線があった。右ストレート、ジャブ、いろんな伏線を張り巡らして、最後だけは左フックで仕留めると決めている。

1発で、狙い澄まして、というのは難しい。自分が最も自信があるパンチをいかに効果的に打てるか。そういう視点からも、あの試合から学ぶものは少なくなかった。

選手には「半呼吸」を教えている。打たれてすぐに打ち返しがちだが、そこで半呼吸ためることができれば、相手もタイミングがとれずに隙が生まれやすい。倒すのは決して力ではない。ドネアの左フックは、自分が指導する上で理想としている。

◆山下正人(やました・まさと)1962年(昭37)4月30日、兵庫県伊丹市生まれ。伊丹東中から村野工へ。野球部で俊足巧打の1番打者として活躍。3年夏の県大会ではベスト4と甲子園に迫った。卒業後、兵庫県警で暴力団対策の刑事。99年に民間の警備会社に移り、千里馬神戸ジムでトレーナー。長谷川穂積を世界王者に育て、05年度にトレーナーのMVP「エディ・タウンゼント賞」。07年に真正ジムをたち上げる。昨年度から西日本ボクシング協会会長。

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田中恒成、連休明けから“ひとりジムワーク”を再開

田中恒成(19年12月撮影)

ボクシングの世界3階級王者田中恒成(24=畑中)が、ゴールデンウイーク(GW)明けにも“ひとりジムワーク”を再開する。所属ジムの元WBC世界スーパーバンタム級王者・畑中清詞会長(53)が電話取材に応じ、田中の近況を伝えた。

田中は昨年大みそかに3度目の防衛に成功したWBO世界フライ級スーパー王者のタイトルを返上。4階級制覇を目指すとし、5月にもスーパーフライ級でノンタイトル戦を行い、年末にタイトル戦のプランが描かれていた。しかし、新型コロナウイルス感染の拡大により、ボクシングは6月いっぱいまで興行中止。当初プランも大幅変更を余儀なくされている。

畑中会長は「ジムは4月から閉めているが、(田中)恒成だけジムを開放していた。でも(緊急事態)宣言が出てからは、(5月)6日まで完全に閉めている」。現時点で宣言の期限は5月6日とされている。会長は「(世間の)情勢を見てからになるが、恒成1人でジムワークを始めることは問題ない」と語った。

ただ、目標とすべき試合は全く見えない状況。畑中会長は「年内に1試合できれば」と現実的な見通し。WBO世界スーパーフライ級王者井岡一翔(31)とのビッグマッチの可能性も浮上していたが、まずは日常の回復を待ち望む。

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井上尚弥「スキル落とすことなくキープ」近況報告

ジムでの練習を行うWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上

ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(27=大橋)が25日、所属ジムを通じ、現在の練習状況などを報告した。

新型コロナウイルスの感染拡大により、25日(日本時間26日)に米ラスベガスで予定されていたWBO王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)との3団体統一戦が延期となった。

井上は「試合延期をしっかりと受け止めているので、心境に変わりなく、来る日に向けて調整中です。現在はオーバーワークでも練習不足でもなく、スキルを落とすことなくキープしています」と報告。「今は皆がつらい状況です。1人1人の意識で守れる命が助かり、近い将来を変えます。そのために不要不急の外出を控え、人との接触を減らし、大変な状況を乗り越えましょう」と呼びかけた。

試合の実現が見えない状況が続く中、大橋会長は「状況にもよりますが、カシメロ戦を第一に考えています。しかし、この世界情勢ですので、状況の変化には対応したいと思います」とした。

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薬師寺会長、苦しいジム経営「影響は厳しい」

薬師寺保栄氏(12年6月撮影)

愛知県は10日、独自の緊急事態宣言を発令した。

名古屋市内にジムを構える元WBC世界バンタム級王者の薬師寺保栄会長(51)が電話取材に応じ、「地域というか、国レベルのこと。従うしかないんで」と語った。

新型コロナウイルス感染拡大下において消毒、換気を徹底してジムを開いてきた。ただ、愛知県の宣言を受けて今後は「短縮、クローズということになるでしょう」。ボクシング界は5月末までの興行自粛となり、薬師寺ジムも予定していた3回の興行が流れたという。

さらに厳しい経営状況をしいられている中で、ジムの退会者も増えているという。薬師寺会長は「(会員は)自営業の方も多いんで。影響は厳しいですね」。

所属するWBO世界フェザー級5位で、アジアパシフィック同級王者の森武蔵(20)も今月に地元・熊本で予定していた試合が中止となった。世界に接近する大事な時期だけに、会長は「早く終息してほしい」と切に願った。

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井上尚弥「6割程度で練習」先見えぬ統一戦への思い

井上尚弥

ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(大橋)が9日、10日の27歳の誕生日を前に、報道各社からの書面での取材に応じた。

今月25日に米ラスベガスで予定されていたWBO王者カシメロ(フィリピン)との3団体統一戦が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で延期となった。「ラスベガスで誕生日を迎え3団体を統一したかったが、延期となり、日本で家族とゆっくり過ごしている。最低限スキルを落とさないよう、6割程度で練習を進めている」と近況を説明した。世界的に興行再開のめどが立たない状況だが「カシメロのモチベーションも高く、気合が入っているのでそれ以上の気持ちで挑むだけ。ディフェンスと、全体的な底上げをしていきたい」とさらなる飛躍を誓っていた。

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森武蔵 ファイトマネーで故郷熊本にマスク寄贈

森武蔵

ボクシングのWBOアジアパシフィックフェザー級王者森武蔵(20=薬師寺)が6日、故郷(熊本県菊池市出身)の熊本県庁を訪れ、マスク3000枚を寄贈した。

4月18日に熊本で防衛戦が予定されていた森は、3月に地元で合宿中に新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、「何か力になれないか」。元WBC世界バンタム級王者の薬師寺保栄会長や後援会の会長に相談し、自身のファイトマネーで寄贈を決めた。4月の試合は延期。「今はボクシング一本でやらせてもらっている。ファイトマネーが入らないのは正直厳しいが、何かの役に立ちたかった」と話す。

自身も苦しい思いをしてきたからこそ、人のためになりたいと思う。13歳の時、ロードワーク中に後ろから車に追突された。腰と両足骨折の重傷。半年間、入退院を繰り返した。医者からは通常の生活はできても、ボクシングは無理と通告された。再起不能の宣告だったが、森は「自分の心は折れなかった」。必死の努力で全国U-15ジュニアボクシング大会で優勝した。

そんな姿勢が元世界王者の薬師寺会長の目に留まった。母は高校進学を願ったが、森は「プロ以外に興味ない」と薬師寺会長の名古屋行きを即断した。中学の卒業式に薬師寺会長が迎えにきたという。その後に大阪で世界ランカーとのスパーリングでボコボコにされた。「やり返したる」。逆に闘争心がわいた。

サウスポーのファイターで、プロでは全日本スーパーフェザー級新人王を獲得するなど11戦全勝(6KO)。現在、WBO世界フェザー級5位で、世界挑戦も期待される。「自分は若く、まだまだ成長期。力を備えて挑みたい」。与えられた困難を乗り越え、世界のベルトを目指す。

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井上尚弥の第2章、真の頂へ「勝ち続けるしかない」

2019年11月7日、ボクシングWBSS世界バンタム級トーナメント 決勝 井上尚弥対ノニト・ドネア ノニト・ドネアに勝利しアリ・トロフィーを掲げる井上尚弥

ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(26=大橋)が5日、日刊スポーツの電話インタビューに応じた。

新型コロナウイルスの感染拡大により、25日(日本時間26日)に米ラスベガスで予定されていたWBO同級王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)との3団体統一戦が延期となり、本格的な米国進出は仕切り直しとなった。6日で、14年の世界奪取から丸6年。世界が注目する「モンスター」が、これまでの歩み、「第2章」と位置づける今後についての思いを語った。【取材・構成=奥山将志】

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新型コロナウイルスの影響で、3月17日に日本人初の3団体統一戦の延期が正式発表された。

井上 世界的な状況をみて、何となく無理なのかなと思っていたので、延期が決まった時も「これは仕方ないな」って感じでした。減量に入るギリギリのタイミングでもあったので、キャリアが浅い時期だったら、精神的に動揺したかもしれませんが、そこは20歳から世界戦を14回戦ってきた経験なのかなと思います。

現在は横浜の所属ジムにも行かず、サンドバッグなどをつるした自宅前の練習スペースを中心に調整を続けているという。

井上 試合がいつになるか分からない状況ですが、切り替えはスムーズにできています。それよりも、自分にも子どもが2人いますし、近所には90歳を超えたひいおばあちゃんも住んでいる。今はボクシングのことを過剰に考えるよりも、不要な外出を控えたり、当たり前のことをやることが大切だと思っています。

昨年末に米プロモート大手トップランク社と複数年契約を結び、今後は主戦場を米国に移す。延期となったが、その1戦目となるカシメロ戦では、軽量級では異例となる、本場ラスベガスのメインイベントを任された。キャリアの「第2章」のスタートと位置づけた重要な一戦に向け、これまで以上に高いモチベーションを保ってきた。

井上 今までは日本国内で、「世界王者」としてやってきた選手だったが、トップランクと契約し、求められてラスベガスでメインを張る。ここまできたという思いももちろんありますが、満足はしていない。ここが、自分が本当の意味で成功するか、失敗するかの分かれ目だと思っています。米国のファンを満足させる内容も求められますし、気持ちの面でもこれまでの試合とは大きく違います。日本人が立ったことがない舞台ですし、新たなステージの始まりだと思っています。

14年4月6日に初めて世界王者となり、6年がたった。「強い相手としか戦わない」と宣言して飛び込んだプロの世界。6戦目での国内最速(当時)の世界王座奪取に始まり、8戦目で名王者ナルバエスを破り2階級制覇を達成。ここまで完璧なキャリアを歩んできたように思えるが、井上自身が思い描いていたものとは違ったという。

井上 ライトフライ級で初めて世界王者になった時は、想像していたものと現実のギャップに悩んだこともありました。辰吉(丈一郎)さんとか、幼い頃に見ていた畑山(隆則)さんの時代の華やかさとは違い、世間の反応もそんなに大きくなかった。街を歩いても自分のことを知っている人の方が少なかった。実際に、1つの階級に4人も世界王者がいて、誰が強いのかも分かりにくい。ゴールだったはずが、ここではないとすぐに思いを新たにしました。

それでも、存在をアピールするための話題づくりなどには走らず、「リング上がすべて」と信念を貫き続けた。試合内容で、「世間」と闘い続けた6年間。まっすぐ進んできた先に、現在の確固たる立場がある。

井上 振り返ってみれば、ここまでくるのに時間がかかったなという印象はあります。スーパーフライ級で2階級制覇をしても、防衛戦では、名前のある相手との試合は決まらなかった。ただ、冷静にみれば、当時の自分も世界的には名前がなかったですし、「食ってもうまみがない選手」だったということ。時代とか、環境は関係なくて、ただ自分がそこまでの存在ではなかったということです。

18年にバンタム級に階級を上げたことで、流れは一変した。強豪がひしめく伝統の階級で、その名は瞬く間に世界にとどろいた。転級初戦でWBA王者マクドネルを1回TKOで破り、3階級制覇を達成。続くパヤノ戦、IBF王者ロドリゲス戦と、階級のトップ選手3人を計わずか441秒で撃破。衝撃的な試合を連発し、昨年11月には、バンタム級最強を決めるトーナメント「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ」決勝で、5階級制覇王者ドネアを破り、頂点に立った。会場のさいたまスーパーアリーナは2万2000枚のチケットが完売した。

井上 バンタム級に上げたことで、理想と現実がかみ合い、求めてきた戦いができるようになったと思っています。減量でパフォーマンスが落ちることもないですし、今は誰もが納得する相手と戦えることが楽しいですし、うれしいです。

ドネア戦は、全米ボクシング記者協会の年間最高試合に選ばれ、世界にその名をとどろかせた。米国で最も権威ある専門誌「ザ・リング」認定のパウンド・フォー・パウンド(PFP=階級を超越した最強ランキング)で最高3位に入るなど、世界の中心選手の仲間入りを果たした。

井上 PFPの存在は大きいですね。そのランクに入っていることで、同じ階級の選手だけでなくロマチェンコ、クロフォードといったPFPの前後の選手とも比較される。だからこそ、変な試合はできない。もっと上を目指さないといけないと思いますし、自分の意識を変えることにもつながっています。

階段を駆け上がり続けても、「強くなりたい」という思いは揺るがない。

井上 バンタム級に上げてから、これまで以上に海外の選手の映像を見るようになりました。以前から父に「見ろ」と言われていたのですが、やっとその意味が分かってきました。

圧倒的なパフォーマンスの裏には他選手からのヒントも影響しているという。

井上 映像を見て、無理にまねをするのではなく、イメージを整理してストックしておくことが大切なんです。たとえば、メイウェザーの防御はこういう特徴があって、ロマチェンコのサイドへのステップはこうとか。そうやってインプットしておくことで、ミットの練習をしている時とかに急に動きのイメージが頭におりてくるんです。このタイミングなら、あの選手のあの動きが使えそうだとか。ただ、パッキャオの2段階の踏み込みだけはいまだにできない(笑い)。あれが自分のものにできれば、もっと強くなれると思うんですけどね。

刺激を求める先は、リング以外にも向かうようになってきた。バスケットボール日本代表の富樫勇樹(26)、ラグビー日本代表の松島幸太朗(27)ら、他競技のアスリートとも交流を深めるようになった。

井上 以前はほかのスポーツにあまり興味がなかったんですが、最近は少し変わってきました。富樫と幸太朗は気が合う友人というのが大前提なのですが、他のスポーツを見に行けば、そこの会場の空気で感じることもある。世界王者になって、周囲からちやほやされる部分もありますし、「慣れ」が、知らない間に心の隙につながると思っています。居心地がよくない新しい感覚にさらされることで、自分が今やらなければいけないこと、進むべき道が整理できるんです。

世界のライバルが「INOUE」「MONSTER」の名を挙げ、挑発し、対戦を熱望している。だが、「強い相手としか戦わない」というデビュー当時の思いは今も変わっていない。

井上 周りからいろいろ言われてなんぼの世界ですし、そこは望むところ。1度負けたら今まで積み上げてきたものがすべて崩れるという恐怖心もありますが、負けを恐れていたらボクシングをやる意味がない。結局、勝ち続けるしかないんです。ただ、弱い相手に勝っても意味がない。どちらが勝つか分からない本物同士のドキドキ感を自分は求めていますし、ファンの方もそれを望んでくれていると思うんです。

35歳での引退を公言し、今月10日には27歳になる。見据える先はどこまでも高い。

井上 自分がどこまでいけるかは、ここからの2~3試合の内容にかかっていると思っています。パッキャオのようにアジアから世界の頂点に上り詰めたいですし、ファイトマネーという意味でもそう。何のためにボクシングをしているかと言えば、当たり前ですが、1つは稼ぐためです。残り8年と考えれば、やれても20~30試合。そう多くはないと思っています。その中で、自分がどんな試合を残せるか。「ボクシングって面白い」「井上の試合は面白い」と思ってもらえる戦いを、これからも見せていきたいですね。

◆井上尚弥(いのうえ・なおや)1993年(平5)4月10日、神奈川・座間市生まれ。元アマ選手の父真吾さんの影響で小学1年から競技を開始。相模原青陵高時に史上初のアマ7冠。12年7月にプロ転向。当時の国内最速6戦目で世界王座(WBC世界ライトフライ級)奪取。14年12月にWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し、史上最速(当時)の8戦目で2階級制覇。18年5月にWBA世界バンタム級王座を奪取し、3階級制覇。家族は咲弥夫人と1男1女。165センチの右ボクサーファイター。

2018年10月7日、ワールド・ボクシング・スーパーシリーズバンダム級トーナメント WBAバンタム級タイトルマッチ 1回戦・1回KO勝ちで、フアンカルロス・パヤノ(手前)を倒し、ガッツポーズする井上尚弥
2014年4月6日、WBC世界ライトフライ級タイトルマッチ 井上尚弥対アドリアン・エルナンデス KO勝利して新王者となった井上尚弥(中央)は、家族と記念撮影。左から姉晴香さん、弟拓真、1人おいて父真吾トレーナー、母美穂さん

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井上尚弥激闘の記録、WOWOWで今日14時放送

井上尚の最新映像が放送される(c)NAOKI FUKUDA

ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(26=大橋)の最強王者への道のりが網羅される。WOWOWは29日午後2時から、WOWOWライブで「井上尚弥 ボクシング最強王者への道」を放送。独自映像を通して「黄金のバンタム級」転向後に行われた激闘の数々を振り返る。

4月25日(日本時間同26日)に米ラスベガスで予定されていたWBO同級王者カシメロ(フィリピン)との3団体統一戦は新型コロナウイルスの感染拡大で延期になったが、井上の最新映像、インタビューにも注目だ。

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野中悠樹「世界まで突き進む」尼崎市スポーツ特別賞

野中悠樹(中央)。左は仲村正男トレーナー、右は桂伸二トレーナー

WBOアジアパシフィックミドル級王者の野中悠樹(42=渥美)が27日、出身地の兵庫県尼崎市からスポーツ特別賞を表彰された。

「このたびはこのような賞をいただけることとなり大変うれしく思います。現在、新型(コロナ)ウイルスなどで大変な時ですが同世代の方への刺激となり、皆さまがちょっとでも頑張ろうと思っていただければ幸いです」とコメント。

2月に井岡弘樹ジムから渥美ジムに移籍。「念願の世界初挑戦、初奪取を実現させるため、環境を変えることに決めました。また古巣のジムに戻ってくることとなり改めて受け入れてくれた渥美会長には本当に感謝しています。以前、渥美ジムにいたときは4年間無敗を貫きましたので、その流れをもう1度つかみ、世界まで突き進んでいきます」と意欲を語った。

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中谷潤人が合宿から帰国、世界戦延期も「切り替え」

米スパーリング合宿から帰国した中谷潤人

ボクシングWBO世界フライ級3位中谷潤人(22=M・T)が17日、米ロサンゼルスでのスパーリング合宿から帰国した。

4月に世界初挑戦へ約2週間の予定で1日に出発も、4日には延期が決まった。「出発前から可能性あったので。気持ちを切り替え、やることをしっかりやろう」と約70回消化した。6月に順延予定も見通せず、体重は58キロまで戻した。米国はウイルス感染増大中に「日本に帰れてホッとした」。18日にはジムワークを再開し、仕切り直しの晴れ舞台決定を持つ。

米スパーリング合宿から帰国した中谷潤人

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井上尚弥、3団体統一カシメロ戦正式延期 コロナ禍

井上尚弥

プロボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(26=大橋)の3団体王座統一戦(4月25日、米ラスベガス)が、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、延期されることになった。16日(日本時間17日)、井上が契約する米プロモート大手トップランク社が、3月、4月のすべての試合を延期すると正式発表した。

井上は4月25日(日本時間26日)に、米ラスベガスで、WBO同級王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)と対戦が予定されていたが、15日に米疾病対策センター(CDC)が今後8週間、50人以上が集まるイベントの中止、延期を勧告するなど、影響が予想されていた。

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