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ランキング

懸賞金はひょんなつながり、安美錦と高須クリニック

高須クリニックの懸賞幕(17年9月11日、撮影・小沢裕)


 今年の大相撲を象徴する1つに「懸賞」がある。何と言っても数の多さ。とうとう、9日目で初めて年間の懸賞総本数が1万本を超えた。土俵上で直接手渡される手取りだけでも3億円超え。記念すべき1万本目を手にしたのは高安で「すごいですね。何かもらえないかな」と驚いていた。

 年間で初めて5000本を超えたのは06年。以降、1場所中止となった11年を除いてほとんど変動のなかった総本数は14年に7000本を超えて、15年は9842本、16年は9888本と、大台に迫っていた。

 今年は永谷園といった“定番”に加え、稀勢の里の化粧まわしにある「北斗の拳」や、好角家で知られる「デーモン閣下」などが登場。種類が豊富で、ユニークな懸賞旗に目も留まる。

 そんな中、ひょんなつながりでついた懸賞もある。再入幕の安美錦には今場所、これも定番の高須クリニックが懸かった。秋場所で「高須院長が来たときはわりと勝ってる」との言葉が伝わり、幕内に戻ったら懸けると院長が約束して実現された。直接の面識はない2人。安美錦は自身のブログで礼を言った。「十両にいたら懸賞のありがたみが分かるよ」。懸賞も、相撲の彩りの1つ。【今村健人】

4階級制覇のコットが引退へ、有終の美を飾れるか


 4階級制覇の実績を持つWBO世界スーパーウエルター級王者、ミゲール・コット(37=プエルトリコ)が12月2日(日本時間3日)、米国ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデン(MSG)で同級9位のサダム・アリ(29=米)を相手に初防衛戦に臨む。コットはこの試合を最後に引退すると公言しており、有終の美を飾れるかどうか注目を集めている。

 11歳のときにボクシングを始めたコットは2000年シドニー五輪に出場するなどアマチュアで148戦125勝23敗(他説あり)の戦績を残し、01年にプロ転向を果たした。3年後、21戦全勝(17KO)でWBO世界スーパーライト級王座を獲得し、6度防衛。3度目の防衛戦では五輪で苦杯を喫した相手に9回TKOで借りを返すなど順調にスター街道を歩んだ。

 06年にはウエルター級でWBA王座を獲得し、2階級制覇を達成。ここでも4度の防衛を果たして連勝を32(26KO)まで伸ばしたが、33戦目にアントニオ・マルガリート(39=メキシコ)に11回TKO負けを喫し、一時停止を強いられた。WBOで返り咲きを果たしたものの、V2戦ではマニー・パッキャオ(38=比)に12回TKOで敗れ、キャリアで2度目の挫折を味わされた。

 身長もリーチも170センチと体格に恵まれなかったコットはガードを固めながら圧力をかけて距離を潰し、相手の懐に入って強打をボディ、顔面に打ち分ける好戦的な戦いが多かったが、30歳を超えてからは戦闘スタイルをチェンジした。適度に足をつかいながら踏み込みつつ左ジャブを突き、スピードを生かしたヒット&アウェイのスタイルをベースにして戦うようになったのだ。フロイド・メイウェザー(米)戦を含めて一時は連敗したこともあったが、13年にフレディ・ローチ・トレーナーとコンビを組んでからは新スタイルが板につき、14年6月には身長で8センチ、リーチで15センチも勝るセルヒオ・マルチネス(亜)を破ってミドル級制覇も果たした。

 現在の王座は今年8月、決定戦で亀海喜寛(35=帝拳)を下して獲得したもので、スーパーウエルター級では10年に獲得したWBA王座に続いて2度目の戴冠ということになる。ここまでの戦績は46戦41勝(33KO)5敗だが、特筆すべきはキャリアの半分以上となる24戦が世界戦である点だ(19勝16KO6敗)。現役、元、のちの世界王者との対戦も21度(16勝12KO5敗)と多く、その中身の濃さも特徴といえる。世界的な知名度、人気もあり、惜しまれつつの引退となる。

 ラスト・ファイトの相手、アリは08年北京五輪に出場した実績を持つエリートで、プロでは26戦25勝(14KO)1敗の戦績を残している。スピードのある万能型だけに侮れない相手といえるが、17対2のオッズが示すようにコット有利とみられている。強さと巧さを見せつけたすえ、コットは豪快なKOで有終の美を飾れるか。

琴奨菊、殊勲白星でもインタビュー断る理由

秋場所3日目、日馬富士を破った琴奨菊(右)(17年9月12日撮影)


 横綱や大関に勝った下位の力士は、NHKのインタビュールームに呼ばれる。ほとんどの力士はこれに応じるが、断る場合もある。

 元大関の琴奨菊は初日から1横綱2大関を破ったが、1度もインタビューを受けなかった。なぜか?

 「その方がいいかなと思った。今後においても、今においても…」。今年初場所まで大関を務めていた自負もあるだろう。日馬富士に勝って初金星を挙げたが「ああいう内容だったからね」と、テレビで喜びを語ることは控えた。

 元大関の初金星は、雅山(現二子山親方)以来10年半ぶりだった。雅山は、大関から陥落して33場所目に横綱朝青龍に勝ち、インタビューを受けた。二子山親方は「僕は強い横綱に勝ってうれしかったので行きました。でも、大関戦に勝っても一切行きませんでした」と振り返る。大関に勝つたび、断り続けた。「現役中は元大関と言われるのが嫌でした。大関に戻るつもりでいましたから」。

 勝ってテレビカメラの前に立つかどうかは、本人次第。放送時間の関係もあるが、殊勲の白星の後にインタビューがなかった場合、そこには力士の生きざまが反映されている。【佐々木一郎】

史上4位、合計「77歳6カ月」の対決

豪風をはたき込みで破った安美錦(撮影・岡本肇)


 39歳1カ月15日の安美錦と38歳4カ月27日の豪風。関取最年長と2番目の2人が昨年春以来1年半ぶりに幕内の土俵で相まみえた。計77歳6カ月は昭和以降4番目の幕内高齢対決だった。

 豪風は意識していた。過去15勝16敗の安美錦に勝ち逃げは許さないと、ずっと対戦を願い続けていて「すごくワクワクしていた」。

 安美錦はうれしがった。「オレが上がるのを待っていると聞いていた。だから、今日はしっかり当たった」。変化など巧みな技を持つ2人が、小細工なしに立ち合った。結果は長幼の序。年長者がはたき込んだ。

 ここ7場所、幕内最年長の称号は豪風が持っていた。返してもらった安美錦は「向こうも一生懸命、頑張っている。互いに高め合って、いい刺激になればいい。何回でもやってやる。こんなオレを励みにしてもらえればうれしいよ」。豪風は「今まではこわごわと行っていた。負けたけど、怖がらずに立ち向かえた。すごくうれしかった。またすぐにやりたい」と言った。

 亀の甲より年の功-。世代交代の言葉が北風のように迫ろうと、はねのける熱意がある。【今村健人】

御嶽海52勝、年間最多勝トップ白鵬、高安に並んだ

千代大龍(左)を押し出しで破る御嶽海(撮影・岡本肇)

<大相撲九州場所>◇11日目◇22日◇福岡国際センター


 関脇御嶽海(24=出羽海)が年間最多勝レースのトップに並んだ。

 千代大龍を押し出しで下し、7勝目。今年の通算勝利数は52。結びの一番で白鵬が敗れたため、白鵬、高安と方を並べた。

 この日の一番を「読み通り」と満足そうに振り返り、あと1勝に迫った勝ち越しについて「あと一番ね。気を引き締めてやりますよ」。

 最多勝レースのライバル白鵬と12日目に激突する。不戦勝を除き、7月名古屋場所の5度目の対戦では初白星を挙げた。「大丈夫じゃないすか? ま、自分の相撲をとって、勝つだけですよ」と意欲満々だった。

白鵬“61秒抗議”実らず土「呼吸が合わなかった」

納得いかない様子でしばらく土俵に上がらない横綱白鵬(撮影・菊川光一)

<大相撲九州場所>◇11日目◇22日◇福岡国際センター


 唯一全勝だった横綱白鵬(32=宮城野)が、関脇嘉風に負けた。立ち合い不成立と思った白鵬は、立ち合い後に力を抜くと、一気に寄り切られた。土俵下では右手を挙げて、審判員らにアピール。しかし、物言いはつかず、不服と思った白鵬は61秒後にようやく土俵に上がった。嘉風が勝ち名乗りを受けて土俵を降りてからもなかなか降りず、仁王立ちでアピールした。

 「まぁ1回でも見てもらいたかった」とビデオ判定を要求するポーズだったという。「納得いかないはないけど、やっぱり呼吸が合わなかった」と話した。

大勢の報道陣に囲まれ支度部屋で取材に応じる横綱白鵬(撮影・菊川光一)=2017年11月22日、福岡国際センター

大仁田厚“最後の弟子”佐瀬昌宏に電流爆破を許可

“最後の弟子”佐瀬昌宏(右)に引退試合での電流爆破マッチを認め、有刺鉄線バットを渡す大仁田厚


 10月31日にプロレスラーを引退した大仁田厚(60)が、頸椎(けいつい)の故障で引退を決意した“最後の弟子”佐瀬昌宏(38=フリー)に、引退試合で自らの専売特許とも言える電流爆破マッチを行うことを許可した。

 佐瀬は12月19日に東京・新木場1stRINGで引退興行を開催。引退試合のカードとして、田中将斗(ZERO1)と組み葛西純(FREEDOMS)、NOSAWA論外(フリー)組と戦う、有刺鉄線ボード・ストリートファイト+αデスマッチと発表していたが、+αとして師匠・大仁田が1990年(平2)に開発した、電流爆破を加えたいとひそかに熱望していた。

 大仁田は21日、都内某所で佐瀬と対面。「最後は大仁田さんと対戦したかったんですが、先に引退されて、その夢もかないませんでした。だったら、最後はどうしても、大仁田さんの代名詞でもある電流爆破をやりたいんです。許可してください」と直訴された。

 佐瀬の熱い思いに胸打たれた大仁田は「本当は電流爆破は安易にやってほしくないんだよ。だけど、お前は俺の最後の弟子だし、プロレスと仕事の二足のわらじで一生懸命、頑張っていたのを知ってるよ。『最後は電流爆破で終わりたい』と言うなら、そんなお前に敬意を表して、俺の有刺鉄線バットを進呈する。それに爆弾を付けようが、お前の自由。ただし、ケガするんじゃないぞ。2本の足でリングを降りろよ」と承諾し、佐瀬に自身の有刺鉄線バットを託した。

 大仁田が許可したことにより、佐瀬の引退試合は、有刺鉄線ボード・ストリートファイト電流爆破バット・タッグデスマッチに決定。会場の都合で、ノーロープ有刺鉄線電流爆破(4面爆破)はできないため、会場外の駐車場に3本の電流爆破バットが用意される予定だ。佐瀬は「最後に電流爆破がやれて本望です。託された有刺鉄線を使って、勝って引退試合を終えたい」と意気込んだ。

村田は伝説の大場政夫に近づけるか!同じ日に王者に

村田諒太(左)と伝説のボクサー大場政夫


 まさにくしくもだった。日本の金メダリストで初の世界王者になった村田諒太。2度目の世界戦のゴング直前に、あるジムのマネジャーから言われた。そのひと言で「村田が勝つだろう」と思った。

 会場は両国国技館。老朽化と東京五輪を控え、世界戦を開催するような会場は建て替えと改修が相次いでいる。村田の試合は8月に発表された。世界戦はランキング、マッチメークの交渉、中継テレビ局の事情などで決まる。このため、事前に会場予約がなかなかできない。帝拳ジムの本田会長によると「今回はたまたま空いていた」そうだ。

 47年前の1970年(昭45)10月22日。会場は現在の両国国技館から徒歩5分ほどにあった旧国技館の日大講堂。あの大場政夫が世界初挑戦し、WBAフライ級王者ベルクレック・チャルバンチャ(タイ)を13回KOで倒した。帝拳ジムにとって、初めての世界王者誕生だった。

 大場は5度目の防衛に成功した直後、23歳の若さで亡くなった。永遠のチャンピオンとも呼ばれる、今や伝説のボクサーだ。マネジャーのひと言は「きょうは大場がチャンピオンになった日」。村田は同じ日に世界王者になり、しかも場所も同じ両国だった。ジムにとって記念日とは運があると言えた。

 プロボクシングの試合はリーグ戦やトーナメントは原則ない。まずは勝っていくことで地域の王座を踏み台に、世界ランキングに入り、ランクを上げていくことで世界挑戦のチャンスが出てくる。

 その間に王者も入れ替わる。これがまた微妙でかみ合うか、かみ合わないか。右か、左か。ボクサーか、ファイターか。ボクサーも当然、得手不得手がある。何より強い王者か、弱い王者か。巡り合わせであり、運、不運がある。村田の世界戦前に日本人初のミドル級世界王者竹原氏も「運は必要」と強調していた。

 90年代は辰吉、鬼塚、川島ら個性的な世界王者が数多く盛り上がった。この時代の帝拳ジムの期待は、横浜高で国体優勝し、甘いマスクの葛西だった。3度世界挑戦も王座をつかめず、トレーナーとなって村田を指導した時期もあった。「金メダルにプロでも頂点に立ったんだから、村田は運を持っている。ボクは実力がなかったが、運もなかった」と言っていた。

 大場から半世紀近くをへて、村田は帝拳ジムの日本人の世界王者として10人目となった。大橋ジムの大橋会長は「井上と村田がいれば、日本ボクシング界は当分安泰だ」と喜んだ。村田が今後どんな戦いを挑んでいき、伝説のボクサーになれるか。見守りながら楽しみたい。【河合香】

余興で不覚…横綱双葉山が若武者の外掛けに倒される


 10月4日に両国国技館で開かれる「大相撲beyond2020場所」で「横綱五人掛かり」が行われる。国技館では01年のNHK福祉大相撲で披露されて以来16年ぶりの“余興”だ。

 1人の横綱が下位力士5人と次々に勝負するのが五人掛かり。5人は横綱の向かいと四方の房の下に散らばり、同時にちりを切り、四股を踏み、仕切る。いざ勝負ではその場から1人ずつ、間髪を入れず横綱に飛びかかる。あくまでも余興。

 だが下位力士が勝っていけないわけでもない。横綱が敗れたこともある。誰あろう、双葉山だ。

 38年6月開催の帝都日日新聞大相撲。大日本相撲協会が発行した雑誌「相撲」には「2人目に出た元気いっぱいの鹿島洋が、鋭気に外掛けを強襲して双葉山を倒す」と記されている。前月の夏場所で双葉山は前人未到の66連勝。鹿島洋は新入幕ながら優勝次点の若武者だ。無敵の横綱の“黒星”に「満場の観衆は一時にわっと歓声をあげ、さながら館も揺るがんばかりであった」とある。

 次場所の39年春場所4日目、双葉山は安芸ノ海に敗れ連勝が69で止まった。その決まり手も外掛けだったのは、何の奇縁か。“余興”もまた、ドラマになりうる。【今村健人】

木崎の「技術は絶対に負けてない」の言葉に「へ~」

木崎(2017年9月16日)


 競技者がひんぱんに使う言葉がある。野球なら「1試合1試合を大事に…」。ゴルフなら「目の前の1打に集中して…」。相撲なら「今日の1番に集中して…」。ごもっとも。その通り。しかし、その競技者がプロなら、誰もが使う決まり文句でなく、自分なりの言葉を使ってほしい。そう思ったりもする。

 秋場所の千秋楽で、久々に「へ~」と思う言葉を聞いた。「技術は絶対に負けてない」-。若い力士。西幕下3枚目木崎(24=木瀬)だ。

 西十両13枚目矢後に負けた。3勝3敗で勝ち越しがかかる一番だった。矢後は中大出身の元アマチュア横綱で187センチ、172キロの大型。木崎も名門日大相撲部で主将を務めたキャリアを持つが、現在の注目度では1学年下の矢後に一歩譲る。番付も劣るし、サイズも176センチ、138キロと及ばない。アマチュアでの対戦は「多分3戦全敗」(木崎)、プロでも2戦2敗となった。それでも「技術は負けてない」と言う姿がたのもしかった。

 論理的、具体的に説明できるタイプだ。「課題は多いやろうけど、来場所に向けて、特にコレっちゅうのは?」という、抽象的で荒っぽい質問に「…う~ん、足りない部分が多すぎてわからないです」と前置きして、こう答えた。

 「来場所どうこうじゃないですけど、体重を増やさないとダメですよね。(入門時は115キロで)今は138キロですけど、場所中にどうしても落ちる。最終的に145キロまで、と思うけど、スピードが落ちたらダメです。小さいですからね。時間はかかると思うけど」。ずっと昔から自分を省みて、自己分析を重ねたのだろう。だから、負け惜しみと取られかねない状況で口にした強気な言葉にも納得してしまう。

 昨年夏場所のデビューから9場所目で初の負け越しだった。目前まで迫っていた関取の座は一歩遠のいたが、十両目前で足踏みした先輩力士は多い。「負け越しですか。家に帰ったら、じわっと来るんでしょうね」。木瀬部屋の先輩、宇良のように土俵を沸かせる日が、きっと来る。そんな期待を抱かせる言葉だった。【加藤裕一】