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旭天鵬のままでも良かったんだよ

 「よく言われるけど、違うんだ。正しく広めてよ」。白鵬が将来、日本国籍を取得する意向が明らかになった。そこでモンゴル人力士として初めて日本国籍を取得した友綱親方(元関脇旭天鵬)も注目された。その親方が苦笑いしていた。

 05年6月に日本国籍を取得。当時の師匠で元大関旭国の太田武雄氏の名字をもらい「太田勝」になった。そのためによく、太田氏の養子に入ったと思われた。

 「養子ではないんだ。新しく戸籍をつくる上で、名前は何でも良かった。『田中』でも『旭天鵬』のままでも。でも、オヤジに敬意を払いたかったから『太田』。それだけだよ」。当初はよく説明していたが、最近は「疲れるから、そのままにしていた」。それで、間違って広まったようだ。

 “日本人”になった当初は母国で「モンゴルを捨てた男」「国を裏切った」などと非難された。「当時は、親方として残るために日本国籍が必要だと知られていなかった。でも、今は違う。残念がられるだろうけど、みんな分かっている。朝赤龍(錦島親方)も問題なかった。横綱も大丈夫だと思うよ。自分のおかげかな」。その前向きな明るさに救われる部分は大きい。【今村健人】

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白鵬、柔道原沢を持ち上げ鈴木桂治コーチも圧倒

 白鵬の強さは、世界を舞台に戦う人も認めている。

 リオデジャネイロ五輪柔道男子100キロ超級銀メダルの原沢久喜は今月上旬、朝稽古に参加。軽々と持ち上げられて「人生で初めて」と驚いた。白鵬が土俵に上がった時、全視線が白鵬に注がれ、稽古場全体が静寂に包まれる雰囲気に04年アテネ五輪金メダルで、引率した鈴木桂治コーチは「怖さというか、大きさというか」と圧倒された。

 親交のある女子レスリングの吉田沙保里は「瞬発力系なのは私に似ている。ただ違うのは、戦い方のセンスがある」と評した。組んで良し、離れても良し。取組中に突然、仁王立ちになった4日目の貴景勝戦のような戦い方もできる。引き出しの多さが、強さに比例していると感じていた。

 アスリート界以外からも、称賛の声は上がる。トヨタ自動車の豊田章男社長は全体の稽古が終わった後も稽古場に残って、1人黙々と体を動かす姿に「孤独を楽しまないといけないのかな。凡人にはできないね。彼だから出来る」と同じトップに立つ人間として感銘を受けた。

 日本の国技で10年間もトップに立つ白鵬。その影響力も、大横綱だった。【佐々木隆史】

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友綱親方、白鵬を変えた深みと優しさ

定年による引退会見に臨む友綱親方(撮影・小沢裕)

 1年前の夏場所を境に、見なくなった光景がある。横綱白鵬の「駄目押し」。

 一時はかなり騒動になった。14年九州に始まり、15年名古屋も。16年春には当時の井筒審判長(元関脇逆鉾)の大けがにもつながった。師匠を通じて厳しく注意されたが、翌場所でも宝富士、正代、そして魁聖に見舞った。その翌朝だった。審判部で副部長だった友綱親方(元関脇魁輝)が、部屋で白鵬と話したのは。

 親方は静かに切り出した。「自分はいいかもしれない。でも、子どもたちが学校に行ったときに『あなたのパパは…』となるんだよ。家族や自分以外の人たちに、胸を張れるかい?」。

 頭ごなしではない。「せっかくボランティアもする立派な横綱なのに、こういうことをしたら子どもにつらい思いをさせるんじゃないかと思った」。思いは伝わり、白鵬も変わった。

 親方生活30年。力士らを見る目も口も、指導も厳しいが、げんこつ主流の時代で手を上げたことはほとんどない。「横綱が少しでも聞いてくれれば先々、相撲協会のためになるから」。横綱に面と向かって諭せる姿を持つ。審判部時代は場内説明こそ苦戦したが、その言葉には深みと優しさがあった。【今村健人】

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良い環境を少しでも 滑る土俵に隠岐の海の提言

 名古屋の土俵は年6場所の中で最も滑りやすい、との声が出る。引き合いに出されるのは砂だが、使われているのは「木曽砂」という、いわば公園にある砂場と同じ自然の砂だ。それよりも滑る要因は、土にもある。

 かつての愛知県体育館は土俵を照らす照明の熱量と空調とのバランスが悪く、土俵まわりの人は「暑い」と扇子であおぎ、後方では「寒い」とバスタオルを羽織る光景があった。今でこそ空調は改良されたが、土俵が乾きやすくなった。土と砂を用意する安藤組は「土俵祭の際はいい土俵だと思っていても、乾燥して縮み、初日にはもうひびが入る」という。

 水をまけば滑りは止められるが、量が多ければ土がえぐれる。昨年9日目、白鵬は右足親指がえぐれた土に引っかかり、勢に敗れた。このけがで失速した。

 隠岐の海が提言する。「打ち出し後、土俵の砂を真ん中に集めて、端から水をまくだけでいいんです。夜にしっかりまくと、次の日は少しの量で染みる。砂の上からまいても、砂がぬれるだけですぐ乾く。稽古場でも同じです。なんなら自分がやりたいですね」。

 力の出るより良い環境を、少しでも。【今村健人】

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今場所こそは遠藤「元気な姿で土俵に」秘めた決意

遠藤(写真は2017年1月)

 大相撲名古屋場所(9日初日、愛知県体育館)では、生きのいい若手力士が平幕上位に躍進してきた。前頭5枚目までを見ても、西筆頭の貴景勝(20=貴乃花)、同2枚目の北勝富士(24=八角)、東4枚目の宇良(25=木瀬)に、西4枚目の輝(23=高田川)。西6枚目の阿武咲(20=阿武松)も入幕2場所目の有望株だ。いずれも、25歳以下で自己最高位の番付で迎える。

 横綱4人が全員30歳以上の中、若手の台頭は活気を吹き込み、世代交代の旗手となりうる。そんな状況で迎える尾張決戦だが、今場所こそは…とひそかに注目している力士がいる。西前頭3枚目の遠藤(26=追手風)だ。

 何をいまさら、の声もあろうが、雌伏の時を経て、今がはばたく時…という予感めいたものがある。平幕上位に定着したここ4場所は7、7、8、6勝。白鵬から金星を奪うなど存在感は見せるものの、各場所前の「星次第では新三役も」というファンの夢は、ことごとく打ち砕かれてきた。ただ、時を経るにつれ払拭(ふっしょく)してきた不安が、自信に変わりつつあるのも確かだろう。

 平幕の上位定着は、3年ほど前にもあった。その時と今で決定的に違うのは、苦難を乗り越えてきた精神的な強さにあると思う。2年前の春場所5日目。松鳳山に突き落としで勝ったものの左膝に重傷を負った。力士生命を絶たれかねない大けが。出足の物足りなさを指摘する好角家の声は、本人が一番痛感し、もどかしい思いだったろう。得意の四つ身に持ち込むための出足を磨こうにも、完全に不安が取り除けない状況では、それもままならなかったはずだ。

 そんな苦悩と闘った時を経て、今はあの時の不安を感じさせない相撲を取れている。もちろん万全ではないだろう。それでも遠藤本人に、気持ちの余裕が戻りつつあると感じたのは、日刊スポーツ恒例の大相撲総選挙で、結果を受けて感想を聞いた時だった。

 これまで数々の競技を取材したが、ある時期、絶大な人気を誇ったものの、成績が伴わずいわゆる“落ち目”になったアスリートは概して、それでもつきまとう自分の人気度に「どうでもいい」といった態度が見受けられた。今年も人気投票5位と支持するファンが多かった遠藤には、素直に受け止め実感する姿勢があった。紙面ではスペースの都合上、ほとんど紹介されなかったので、ここで網羅する。

 遠藤 今年も上位になったんですね。本当にありがたい。根強いんですね。ケガで、あまり期待に応えられなかったけど、もっともっと元気な姿になって、もっと応援してもらえるような力士になりたいですね。ファンの人から、あの(ケガした)時の痛々しい姿を忘れさせるぐらいのですね。「そういえば遠藤って昔、大けがしたんだよな。そんなこともあったな」って、あのケガがほど遠い昔の出来事のように感じさせるぐらい、元気な姿で土俵に立ちたいですね。

 弾むような口調ではない。いつもの物静かな、しみじみとした語り口の中に、内に秘めたものを感じた。出世街道は道半ば。遠回りだったかもしれないが、苦境を歩んだことで得たものもあるはずだ。体も、そして心も強くなった未完の大器に注目してみたい。【渡辺佳彦】

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4横綱効果!! 80席捻出

 4横綱で迎える初の名古屋場所に、ファンも相撲協会も熱気を帯びている。初日の約240枚の当日券を求めて、発売開始予定時刻の午前7時45分の約1時間前には、愛知県体育館の当日券売り場に約270人が列をつくっていた。

 先頭に並んだ75歳の男性は、前日8日の午後1時ごろに沖縄から空路名古屋入り。同2時30分には会場に着き、並んだという。「稀勢の里が横綱になったおかげ」と熱狂ぶりに驚いていた。名古屋市在住の70代男性も「若貴時代よりもすごい」とうなった。当時は7時に並んでも当日券を買えたというが、この日当日券を買えた最後の人が並んだのは午前6時30分だった。

 相撲協会も準備を進めてきた。昨年まで7500人だった名古屋場所の定員は、今年から80人増の7580人になった。名古屋場所担当部長を務める出羽海親方(元前頭小城ノ花)が昨年から、もっとお客さんを入れられないかと思案。一部の2人升席を3人升席にして80席を捻出した。「4横綱がそろってくれたからね。列すごかったでしょ」と笑顔だった。今年の名古屋場所には、例年以上の“熱さ”がある。【佐々木隆史】

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ジャンル超え広まる10年王者の凄さ

15年7月、激励会で、WBOミニマム級王者の田中恒成(右)と握手を交わす白鵬

 白鵬が通算勝利歴代1位1047勝に並ぶ-。話題はジャンルを超えている。

 ボクシングのWBO世界ライトフライ級王者田中恒成は数年前から白鵬と面識がある。今場所3日目には朝稽古にまわしをつけて参加していたから、白鵬の話になった。

 「今の僕の年、22歳で横綱になって、10年でしょ? ただの横綱と、10年やってきた横綱は全然違う。全くの別物ですよ。ボクシングなら、世界王者と、何度も防衛を重ねた世界王者。第一線で勝ち続けるすごさ」。ぶつかり稽古で相手を押し切って、なおも押し続ける遠慮なさ。一方で若い衆に的確な助言を送る姿。「風格」を感じた。

 「朝稽古の収穫は、予想以上に大きかった。ボクシングに何か生かせるか、じゃない。とんでもなくすごいけど、同じ人間なわけです。違う世界のトップを見て、新たな考え方、発想をもらった。22歳で行けて、すごくありがたかった」

 22歳の世界王者に聞いた。10年後、想像できる?

 「イメージはできません。でも、今のレベルでないところに、必ず持っていきます」。大横綱が、若い王者に大事な何かを授けた。【加藤裕一】

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田中恒成が田口を「最強の相手」、統一戦機運高まる

6度目の防衛に成功した田口はラウンドガールとの記念撮影で目いっぱい背伸びして身長を合わせる(撮影・松本俊)

 WBA世界ライトフライ級王者田口良一(30=ワタナベ)が、3試合ぶりのTKOで6度目の防衛に成功した。初回から左ボディーを軸に、指名挑戦者の同級1位ロベルト・バレラ(24=コロンビア)を攻め続けて圧倒。ダウンは奪えなかったが、レフェリーストップで9回24秒TKO勝ち。

 リングサイドで観戦したWBO世界ライトフライ級王者の田中は、田口を同級で「最強」と称賛した。以前から田中との統一戦を希望しており、「口に出してきたことで『やらざるを得ない』雰囲気をつくってきた。機運が高まったのは思惑通りだけど、統一戦の実現と、その勝利までが思惑。最強の相手」と話した。9月13日に2度目の防衛戦が予定されるが「間違いなく負けない」と自信たっぷり。畑中会長も「ぜひ年内に、統一戦を」と後押しする構えだ。

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中学時代の“芸名”スマイリー宇良

 たくましくなった教え子を、熱いまなざしで見つめていた。宇良の大阪・寝屋川五中時代の担任だった竹下智子先生(45)が、大相撲を初観戦。貴景勝に敗れたが「感動しました。場所前に稽古見学した時に『一生懸命やります』と言ってくれたんで、そういう相撲を取ってくれてうれしかった」と、声を上ずらせた。

 中学時代の宇良少年を、恩師は「のんびりした子。クラスでは癒やし系でした」と振り返る。驚いた出来事もあった。2年時の文化祭。有志で出し物をすることになり、宇良も友人と2人組で登場。相棒がジャグリングを披露した後、マットの上でバック転、前転宙返りと、アクロバットショーを独演した。「スマイリー宇良」という“芸名”を自ら名乗り、会場は大盛況に。当時150センチ、50キロほどで小柄なぽっちゃり体形だった宇良が、体操選手のような機敏な動きを見せたことに、竹下先生も「こんなんできるの!」と目を奪われたという。

 あれから約10年。173センチ、132キロまで成長し、さらに大きな相手と戦う教え子に、恩師は「勝ち負けより思い切ってやると宇良も言ってるので、そういう自分の相撲を取っていってほしい」と願った。【木村有三】

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琴勇輝に史上初の珍事!不戦敗翌日に再出場を2回

夏場所9日目、琴勇輝が休場となり魁聖が不戦勝となった(撮影・河野匠)

 平幕琴勇輝に、また珍事が起こった。9日目に左膝関節水腫で休場して不戦敗となったが、翌10日目のこの日から再出場した。15年春場所でも同じように、8日目に休場して不戦敗となり、翌9日目から再出場しており、自身2回目の経験となった。

 不戦勝不戦敗制度の歴史は深い。初日から全力士に適用されたのは昭和3年3月から。この制度ができるまでは、相手が休むと自分も休みになった。つまり不戦敗扱いにはならないので、優勝争いなどの場合に故意に休む力士がいたという。それを防ぐためにできた制度だ。その制度ができてから、過去に不戦敗した翌日に再出場したのは7人いる。1人で2回経験したのは初めてとなった。

 なぜ休んで再出場したのか。力強さが戻らなかったのか、千代大龍にあっさり押し出された琴勇輝は「今日なんとしてでも出るために、1日時間を取りたかった。無理に出てその後を棒に振りたくなかった」と説明した。西12枚目は、十両陥落も気になる番付。不戦敗は1つ星を落とすことになるが、15日間という長い目で見た判断だった。後はそれを、生かすだけだ。【佐々木隆史】

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