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大関→十両、照ノ富士へ経験者・元大関雅山が助言

照ノ富士(17年9月14日撮影)


 3日目から休場した元大関で東前頭10枚目の照ノ富士(26=伊勢ケ浜)に、かつての自身を重ねてエールを送る人がいる。元大関雅山の二子山親方(40)だ。照ノ富士は先場所までの3場所は左膝痛などが影響して休場し、今場所は「2型糖尿病で約1週間程度の療養を要す」との診断書を提出。再出場しなければ来場所の十両転落は確実な状況だ。二子山親方は「照ノ富士は若いのだから、もう1度はい上がってほしい。力はある。燃え尽きたら終わる」と気力の重要性を訴え、再浮上に期待した。

 22歳で大関となった二子山親方は在位8場所、24歳の時に陥落した。照ノ富士も23歳で昇進した大関を14場所務めたが、25歳の昨年11月九州場所で関脇、今場所から平幕へと番付を落とした。昭和以降、元大関で十両まで番付を落としたのは大受、雅山、把瑠都の3人しかいない。把瑠都は引退前は休場続きで、番付では十両に名を連ねたが、実際には出場していない。十両の土俵に立った最後の元大関は雅山となっている。

 二子山親方は大関陥落から約9年後、幕内に返り咲いた。その後も小結まで番付を戻すなど、大関陥落後に関脇以下を史上最長の68場所務めた。35歳で引退した13年春場所は十両として取り切り3勝12敗。千秋楽に3勝目を挙げるなど、最後まで目の前の一番に全力だった。「まだ燃え尽きていなかった。絶対にチャンスがくると信じていた。最終的には(幕内に)上がれなかったけど腐らず稽古を続けることが大事」。当時を振り返り、復活を期待していた。【高田文太】

服部桜“双葉山超え”70連敗も「逃げるのが負け」

松岡に敗れ、70連敗を喫した服部桜(撮影・狩俣裕三)


 元横綱朝青龍のおいが出た、番付外の前相撲が終わった後、初場所6日目の最初の取組で“記録”が生まれた。西序ノ口24枚目服部桜(19=式秀)が負けた。両上手を引き粘ったが、寄り切られた。70連敗。「数字は頭にはありました。勝ちたくて、左上手を取りにいったけど…」。双葉山の不滅の69連勝を、序ノ口の連敗で超えてしまった。

 15年九州場所の序ノ口デビューから16年夏場所6日目に初白星を挙げたが、通算成績1勝92敗1休。引き技で負けたのは16年秋場所3日目の引き落とし1度だけ。ほぼ全部、体力負けだ。身長180センチだが、入門時の体重は65キロ。75キロだった昨年秋場所後、師匠の式秀親方(元前頭北桜)に「10キロ太れ!」と言われ、3度の食事、コンビニおにぎりの間食で現在83キロ。だが、まだまだだ。

 神奈川・茅ケ崎市立梅田中卒業後、7歳から憧れた角界へ。同親方は、親に黙ってやってきた少年を1度追い返し、母親連れの2度目の志願で折れた。「情熱を感じました。今は『2年前の自分より強くなってるぞ』と言い聞かせてね。逃げるのが一番の負けですから」。くしくも部屋には、先代式秀親方(元小結大潮)の師匠双葉山の写真が飾られてある。“最強の人”に見守られ、服部桜は2勝目を目指す。【加藤裕一】

遠藤も困惑の珍現象…結びの一番翌日に最初の一番


 結びの一番から翌日は、中入り後最初の一番に-。東前頭9枚目遠藤がそうだった。前日14日目は横綱白鵬に負け、この日は輝に負けた。「14日目を結びで取って、千秋楽は初っ口(中入り後最初の一番)で…。なかなかないでしょ? 誰かいるんですかね? いい経験です」。

 ジェットコースターのような珍現象は、07年秋場所の西前頭14枚目豪栄道以来。取組は前々日までの成績を受け、前日の取組前に決まる。豪栄道は14日目の結びで白鵬、千秋楽の初っ口で西前頭15枚目嘉風と対戦した。白鵬の14日目は琴欧洲、千代大海の2大関どちらかが適当だったが、2人は8勝4敗、新入幕ながら白鵬と10勝2敗で並んでいた豪栄道に白羽の矢が立った。結局、千代大海は千秋楽で白鵬と当たったが、琴欧洲はなし。番付の序列で取組を決める“割を崩した”格好だ。

 今場所は違う。白鵬は千秋楽で豪栄道と対戦し、対戦可能な三役以上全員と当たった。白鵬と1差の2敗の東前頭12枚目隠岐の海もいたが、番付が上で3敗だった遠藤が抜てきされた。最大の理由は日馬富士、鶴竜、稀勢の里の3横綱、大関高安、関脇照ノ富士らの大量休場だ。やはり上位陣の存在は、いろんな意味で大きい。【加藤裕一】

竜電次は三役!狙うは角界史上最大のカムバックだ

序ノ口デビュー12年目で待望の新入幕を決めた竜電。左は師匠の高田川親方(2017年12月26日撮影)


 竜電(27=高田川)が06年夏場所の序ノ口デビューから12年目で念願の新入幕を果たした。初場所(1月14日初日、東京・両国国技館)の番付は東前頭16枚目。「番付表を見て知りました。(九州場所の白星が)8番だったんで…。(負けた14日目、千秋楽に)9、10番勝っとけば確定の勢いだったんですが。心の弱い面が出た。稽古でもっと強くしないと」。26日の番付発表で、苦笑いまじりに喜びを語った。

 嫌な音を3度も聞いた。待望の新十両で迎えた12年九州場所8日目に右股関節を骨折した。「折れた瞬間“ボコン”と音がした」。その後、同じ音を2度。場所が場所だ。「的確な治療法がない。骨がくっつくのを待つしかない」と師匠の高田川親方(元関脇安芸乃島)が説明する“大けが”だった。2年間は相撲が取れず、治っても最初はおっかなびっくりだった。竜電は「周りの方の支えのおかげです。励ましの言葉を心に刻んで。それと、このままじゃ終われないという思いだけです」と話した。

 周囲の支えはなくてはならないものだったろうが、それに匹敵するほど大きかったのは、師匠の“厳しい優しさ”ではなかったか。高田川親方は言う。「私が言い続けたのは『弱いからケガをするんだ』ということ。ケガをしたことは相撲の神様の『もっと鍛えなさい』というメッセージなんだ。それを克服したら、本当の力士になれるんだ、ということです」-。

 関取経験者が序ノ口まで陥落し、その後に新入幕したのは92年九州場所の琴別府以来2人目。琴別府の新入幕も竜電と同じ27歳で、序ノ口デビューから12年目のことだ。琴別府の最高位は95年春場所の東前頭筆頭で、三役にあと1歩届かなかった。

 高田川親方の厳しい優しさは、続く。「今からが竜電の本当の相撲人生。苦労した分、来年の早いうちに、一気に三役に上がってほしい。三役じゃないと、名前を覚えてもらえない。それだけのものはあるんだから」-。序ノ口からはい上がった関取経験者の新三役。角界史上最大のカムバックが実現すれば、それは角界の語り草になる。【加藤裕一】

どうなる大相撲役員候補選、2・2投票実施を発表

日本相撲協会・八角理事長(2017年12月20日撮影)


 日本相撲協会は21日、2年の任期満了に伴う役員候補選挙を、2月2日に両国国技館で実施すると発表した。

 立候補届け出は同1日午前11時から1時間、受け付ける。定員10人(外部理事を除く)を超える立候補者が出た場合は、2日午後2時から投票を行う。理事候補選挙は前回まで、4期連続の投票になっている。当選者は選任権を持つ評議員会に推薦される。なお副理事の定員は3人。

引退の北太樹「子どもの記憶に」父として残る悔い

17年4月、東京・町田市巡業 長男英慶君を抱いて土俵入りをする北太樹


 20年の現役生活に幕を閉じ、親方として新しい道を歩む。今場所前に現役引退した元前頭北太樹の小野川親方(35=山響)が、両国国技館で引退会見を行った。「振り返ると短く感じる」とやり切った表情を浮かべたが、心残りはあった。

 昨年4月、春巡業が地元の東京・町田市で行われた。当時十両の北太樹は、1歳半だった長男英慶(えいけい)君を抱いて土俵入り。自分が締めた化粧まわしと同じデザインのミニ化粧まわしを締めさせた。途中で泣かれながらも「記憶に残ってくれたかな」と笑みを浮かべた。

 「子どもの記憶の残る3、4歳まではやりたい」と希望していた。度重なるケガで「体力の限界を感じた」と引退を決意。力士としての相撲人生に悔いはない。それでも「もう1年ぐらいは相撲を取って(息子に)土俵での記憶が残るぐらいは。残念です」と父親としての悔いは残った。

 次は親方として土俵に上がる力士を育てる。「自分が教わった大切なことを伝えたい」。第2の人生で息子の記憶に残る力士を育てる。【佐々木隆史】

村田諒太 4・15初防衛戦「見た目では勝てない」

フォトセッションで拳を突き出すWBA世界ミドル級王者の村田(左)と挑戦者のブランダムラ(撮影・滝沢徹郎)


 ボクシングのWBA世界ミドル級王者村田諒太(32=帝拳)の初防衛戦が4月15日に横浜アリーナで行われることになった。

 22日に都内で発表会見が開かれた。挑戦者は欧州王者歴がある同級10位エマヌエーレ・ブランダムラ(38=イタリア)。178センチの右ボクサーファイターで、27勝(5KO)2敗の戦績を残している。

 村田は昨年10月の同級タイトルマッチで王者アッサン・エンダム(フランス)に7回終了TKOで勝ち、五輪金メダリストの日本人として初の世界王者となっていた。

 会見では「前回の試合から非常に忙しくさせていただいたので、試合が決まったのはあっという間という気持ちです。この会見を機にボクシングに集中して必ず良い試合をみせたい」と誓った。隣席したブランダムラについては、「俳優さんかと思うくらい。見た目では勝てないですね。アマチュア時代から欧州の選手は強いのは分かっている」と冗談まじりに述べた。

フォトセッションでファイティングポーズするWBA世界ミドル級王者の村田(左)と挑戦者のブランダムラ(撮影・滝沢徹郎)

39歳安美錦553日ぶり幕内○ ケガ乗り越えまだ進化

琴勇輝(左)を上投手げで破り再入幕を白星で飾った安美錦(撮影・岡本肇)


 業師安美錦の目に、光るものがあった。昨年夏場所初日以来553日ぶりに味わう、幕内力士としての勝ち名乗り。押し相撲の琴勇輝を押し込み、素早い反応からの鮮やかな左上手投げに「稽古場でもしたことない」とおどけて「やっとここに戻ってきたなという思いと、しっかりここで相撲を取るんだという気持ちで臨めた」と感慨に浸った。

 同場所2日目で左アキレス腱(けん)を断裂した際「引退危機」と騒がれた。「見る人が見たら、そう思う。でも、やめる選択肢はなかった。もう1回出てからだと」。周囲への反骨心と、支えてくれる絵莉夫人への恩返し。その思いだけでここまでたどり着いた。

 秋巡業中、そばに1冊の本があった。「老舗の流儀-虎屋とエルメス」(新潮社)。500年の虎屋と180年のエルメス、2つの老舗企業が長続きする秘密に迫っていた。「業種が違うように見えて似ている。相撲協会も『老舗』。変わって良いところ、変わらなきゃいけないところがある。参考になるかなって」。

 昭和以降、最年長39歳で再入幕を果たした安美錦もまた、1つの“老舗”。だが、幕内664勝目は「力でなく、体の動きだけで取れた」。まだ“進化”の途上。止まらない。それが安美錦の流儀。【今村健人】

「どうしても1面載りたい」日馬富士が仕込んだネタ

日馬富士(2017年12月2日撮影)


 あれは4月の春巡業だった。当時から左肘や膝などを負傷していた元横綱日馬富士関は、連日支度部屋で電気治療を行っていた。肘や膝や背中など、電気治療で使用する吸盤の跡が、全身に赤くついていた。遠ざかっていた賜杯を奪取するために奮起する元横綱からネタを聞きたい、そう思った記者らが話を聞きに行った時だった。

 記者 最近、何か良いことありましたか?

 日馬富士 新しい奥さん見つけました。

 記者 いやいや…。

 日馬富士 どうやったら1面載れるの? どうしても1面載りたいんだよ。

 その後も続く、記事には出来ない話。政治の話や、某大統領らの賛否など。話す度に「これなら1面載れるでしょ?」と聞いてくる。もちろん全て冗談で、面白おかしく話してくる。優勝からも遠ざかり、体が思うように動かないなど歯がゆい思いをしていたからこそなのか、記者たちと話す時は明るく努めた。ただ「どうしても1面に載りたい」。これだけは真面目で力を込めて言っているように聞こえた。

 そんなやりとりから7カ月たった11月。思わぬ形でその時を迎えた。

--平幕の貴ノ岩への暴行

 以降、連日スポーツ紙の1面に載り、情報番組でも“トップ”扱いとなった。そして引退。決して華々しいものではなかった。春巡業の時の「1面に載りたい」は、復活を果たして横綱の威厳を取り戻したい、そういう意味だったはず。なんとも皮肉な幕引きとなってしまった。【佐々木隆史】

3横綱にファン厳しい声も「僕が横審なら引退勧告」

土俵入りする横綱稀勢の里(2017年10月4日撮影)


 4横綱のうち3人が、またいなくなった。全休の鶴竜、3日目からの日馬富士に続き、稀勢の里。3横綱休場は2場所連続だ。最初に4横綱がそろったのは1917年(大6)夏場所で太刀山、鳳、2代目西ノ海、初代大錦。以降、今場所まで計78場所あるが、4人皆勤は12場所だけで、最近では90年九州場所(千代の富士、北勝海、大乃国、旭富士)までさかのぼる。一方、3人休場も9場所だけ。4人皆勤も3人休場も珍しい。ともに2場所連続となれば、異例といえる。

 昭和以降初の2場所連続の3人休場が、場所を観戦したファンの目にどう映るのか。熊本・上益城町在住の56歳の男性会社員は「日馬富士、鶴竜に加え、稀勢の里も、僕が横審にいたら、引退勧告ですね。負傷を押しての春場所優勝を加味したとしても、です」と手厳しい。福岡市在住の70代女性は「稀勢の里は久々の日本人横綱だし頑張ってほしい。来年春ぐらいまで休んで、それでダメなら辞めないと仕方ないけど」。初観戦の福岡市在住の44歳男性会社員は「すごく残念ですが、場所を見て考えが変わりました。どの力士もまじめで、ピリッとしている。横綱も元気に戻ってきてほしい」と話した。

 横綱なのにふがいない、横綱だから大変だ…。見方はそれぞれあるが、相撲ファンは厳しく温かい目で見守っている。【加藤裕一】