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関取でも付け人 友風の思い

志摩ノ海(左)にはたき込みで勝利した友風(撮影・栗木一考)

連勝スタートを切った新十両の西十両14枚目友風(23=尾車)が、今場所も平幕の嘉風(36=尾車)の付け人を務めている。

関取昇進で付け人を卒業するケースがほとんど。4年前、新十両だった旭大星が同部屋の幕内力士の付け人を務めたが、当時の友綱部屋は関取5人を抱え若い衆が少ない事情もあった。

付け人継続は嘉風からの希望だった。友風が幕下で関取昇進を目前としている時から、十両昇進後も「できたら一緒にいてほしい」と打診されていた。日体大の先輩後輩の間柄。嘉風からは「(特別な意識は)今に始まったことじゃない」とかわいがられている。

憧れの兄弟子の誘いに友風は二つ返事で快諾した。付け人を長く務める中で、嘉風の立ち居振る舞いを間近で見て、尊敬の念は強まった。「人間的にも力士としても全てがかっこいい」と言う。今場所から嘉風と同じ薄い紫色の締め込みで、勝ち越しを目指している。【佐藤礼征】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

スペンス対ガルシア PFP10傑同士の戦い実現へ

全17階級を通じたトップボクサーの総合評価ともいえる「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」で、現役10傑に名を連ねる猛者同士、IBF世界ウエルター級王者のエロール・スペンス(28=米)と、4階級制覇を成し遂げているWBC世界ライト級王者のミゲール・マイキー・ガルシア(30=米)が来年2月か3月に対戦する方向で交渉が進んでいる。すでに具体的な日程や開催候補地も挙がっており、遠からず決定するものとみられている。

PFPは、選者がボクサーの実績や試合内容を評価して順位づけするため、主観性の強い比較的遊び要素の多いランキングといえる。それでも「誰が本当に強いのか」が分かりやすいため、近年、欧米のメディアが独自にトップ10を選ぶなどしてファンに幅広く浸透しつつある。米国の老舗専門誌「リング」では1位がWBAライト級王者のワシル・ロマチェンコ(30=ウクライナ)、2位がWBOウエルター級王者のテレンス・クロフォード(31=米)、3位がミドル級のWBAスーパー王者&WBC王者、サウル・カネロ・アルバレス(28=メキシコ)となっており、スペンスは9位、ガルシアは7位に名を連ねている。ちなみに「リング」では井上尚弥(大橋)が6位に入っている。

このほかESPNではスペンスが5位、ガルシアが6位、専門サイトBoxingsceneではスペンスが9位、ガルシアは3位と極めて高い評価を受けている。

9月に行われたゲンナディ・ゴロフキン(36=カザフスタン)対アルバレスがそうだったように、PFP10傑同士が戦う場合、大きなイベントになることが多い。もちろんスペンス対ガルシアも注目ファイトになることは間違いない。

12年ロンドン・オリンピック(五輪)に出場したこともあるスペンスは馬力のあるサウスポーの強打者で、24戦全勝(21KO)の戦績を誇る。目下2度防衛中で、それらを含め11連続KO勝ちと勢いがある。

これに対しフェザー級、スーパーフェザー級、ライト級、スーパーライト級の4階級で戴冠を果たしているガルシアも39戦全勝(30KO)のレコードを残している。こちらは左ジャブで相手を牽制しておいて鋭い右ストレートを打ち込む正統派の強打者だ。10月までライト級のWBC王座とIBF王座を保持していたが、指名防衛戦を迫られたためIBF王座は返上している。

スペンス対ガルシアは来春に行われる可能性が高い。ふたりとも業界で大きな影響力を持つアドバイザーのアル・ヘイモン氏と契約を交わしており、交渉の壁は高くないはずだ。すでに2月16日と23日が候補に挙がっているほか、3月16日ならばテキサス州アーリントンのAT&Tスタジアムで開催という具体的な日程と開催地も出ている。スペンスはテキサス州に住んでおり、またメキシコ系のガルシアもテキサス州で過去に3度の世界戦を行っており、同地での開催となればイベントの成功は間違いないところといえる。

スペンスが身長177センチ/リーチ183センチ、ガルシアが168センチ/173センチと体格面で差があることもあってか、現時点でのオッズは10対3でスペンス有利と出ている。

ウエルター級にはWBO王者のクロフォードのほかWBA王座にはマニー・パッキャオ(39=比)が君臨している。さらなるビッグファイトも望めるだけに、その第一弾としてスペンス対ガルシアの実現を期待したい。

休場稀勢の里は唇かみしめ…初場所復帰を目指す姿勢

大相撲九州場所 報道陣に険しい顔で休場を発表する横綱稀勢の里(撮影・菊川光一)

大相撲の横綱稀勢の里(32=田子ノ浦)が15日、福岡・大野城市の部屋で取材に応じ、九州場所5日目から休場することを表明した。

初日の小結貴景勝戦で右膝を捻挫し、1カ月の加療を要する状態であることが判明。初日から4連敗と、不戦敗を除けば、横綱としては31年1月場所の宮城山以来、実に87年ぶり。1場所15日制が定着した49年夏場所以降では初めて、初日から4連敗を喫していた。

「非常に場所前は調子よくできていたけど、初日の相撲で、また新しく痛めてしまった。2日目以降、本来の相撲とは違った。応援してくださった方々には申し訳ない気持ちでいっぱい。最後まで取りたかった」などと、何度も唇をかみしめながら話した。

今後については「しっかりと治して、そこから考えたい」と、当面は治療を最優先する。12月の冬巡業については「状態次第で。稽古するにはいい環境だと思う」と、あくまで来年1月の初場所での、本場所復帰を目指していく姿勢をかいま見せた。

横綱としては単独で史上最長となる8場所連続休場から、進退を懸けて臨んだ9月の秋場所を10勝5敗で乗り切った。その後は調整も順調で、今場所を迎えたが、1勝もできずに休場することとなり、再び進退問題が浮上することは避けられない情勢となった。厳しい声については「またしっかりと考えたいと思います」と、受け止める覚悟を見せた。

師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)は、14日の夜に、宿舎で約15分話し合ったことを明かした。同親方は「本人から『このままでは終われない。チャンスをください』ということを言われた。そういうことを話すタイプではないけど、話したので、次に向けて全力でいきたいという考えだと思う」と、気力は衰えていない様子を説明していた。

大相撲九州場所 報道陣に休場を発表する横綱稀勢の里(撮影・菊川光一)

西岩親方、稀勢休場「まさかこんな結果になるとは」

西岩親方(2018年9月9日撮影)

大相撲の横綱稀勢の里(32=田子ノ浦)が15日に九州場所5日目から休場すると表明したことを受け、かつて稀勢の里の付け人を務めた兄弟子の西岩親方(元関脇若の里)は会場の福岡国際センターで取材対応し、「まさかこんな結果になるとは」と驚きを隠せなかった。

場所前の稽古で好調だった稀勢の里を、報道を通して知り「元気そうだと思ってた」と完全復活を期待していた。初日から4連敗が続いたが「攻める姿勢はあるので大丈夫かなとも思っていた」と休場は予想していなかった。

稀勢の里は15日の朝、福岡・大野城市の部屋で取材対応した。来年1月の初場所での本場所復帰を目指す姿勢をかいま見せており、西岩親方も「1月での再起を目指して、稽古場では横綱のプライドを捨てて必死にやるしかない」とエールを送った。

幕下神嶽、親方知人の車で酒気帯び運転事故か

神嶽(2018年1月26日撮影)

酒気帯び運転による物損事故を福岡県内で起こした疑いが持たれている大相撲の幕下力士神嶽が乗っていたのは、大嶽親方(元十両大竜)の知人の車で、当初事故を申告していなかったことが15日、捜査関係者らの取材で分かった。県警は道交法違反(酒気帯び運転)などの疑いで書類送検する。

捜査関係者らによると、神嶽は福岡市内の宿舎近くに止めてあった乗用車を運転し、9日未明に酒気を帯びた状態で市内のガードレールに車をぶつけた疑いが持たれている。

車の所有者である大嶽親方の知人が同日午前、駐車した場所とは別の位置に車が止まり、車体に損傷した跡があるのを確認。知り合いを通じて110番した。

日本相撲協会によると、神嶽は当初県警や大嶽親方に対し事故を否定。その後の相撲協会の聞き取りで認め、県警の事情聴取を受けた。11日から福岡国際センターで始まった九州場所を全休している。

阿武松審判部長、稀勢休場に「立て直して再起を」

大相撲九州場所 報道陣に悔しそうに休場を発表する横綱稀勢の里(撮影・菊川光一)

大相撲の横綱稀勢の里(32=田子ノ浦)が15日に九州場所5日目から休場すると表明したことを受け、阿武松審判部長(元関脇益荒雄)は「また立て直して再起を目指してほしい」と、復活を期待した。

初日の11日、4日目の14日と幕内後半の審判長を務め、稀勢の里の取組を見つめていた。会場の福岡国際センターでの取材対応で、右膝を負傷していたことを初めて知り「だから1歩、土俵際で腰がおりなかったのかな」と思い当たる節がある様子だった。

故障による休場だけに「余計にもう1回ね、チャンスをもらって続けてほしい」と、手負いの横綱を気遣った。

悩める納谷 幕下の壁

花道を引き揚げる納谷(2018年9月21日撮影)

元横綱大鵬の孫、東幕下60枚目納谷(18=大嶽)が幕下の壁にはね返された。3勝4敗と初土俵以来、初めての負け越しを経験。来場所は再び三段目に陥落することが濃厚だ。

今場所の六番相撲で3勝目を挙げ、星を五分に戻しても「今場所はずっとモヤモヤした気持ちがある」。四つにならず立ち合いで突き放して前に出る相撲。三段目までは通過できたが、幕下力士の踏み込みには圧力があった。勢いを止められ、今場所は勝ち負けにかかわらず「2歩目、3歩目が出なかった」と何度も反省を口にした。

師匠の大嶽親方(元十両大竜)は、悩める弟子を場所前から不安視していた。「何か変だったんだよね。迷いなのかな。本人は『全然大丈夫です』と言うんだけど」。稽古でもあっさり負けてしまう場面が目立っていたという。ただ「こっちからガミガミ言っても仕方ないから」と、求めるのは自主性。小手先の技術もいつか必要になるが「今はガムシャラに前へ出続けて欲しい」と多くは求めず、温かく見守る姿勢だ。

「元横綱の孫」という代名詞がのし掛かるが「気負うことなく頑張りたい」と納谷。大器はゆっくりと階段を上るつもりだ。【佐藤礼征】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

稽古は嘘つかない、貴景勝は貴乃花親方の教え胸に

貴景勝と貴乃花親方(2018年5月20日撮影)

旧貴乃花部屋の小結貴景勝(22=千賀ノ浦)に、悲愴(ひそう)感はなかった。「力士とはどういう姿勢であるべきか。それを常に指導してもらった。相撲はもちろん、生活面とかも。貴乃花親方の弟子で角界に入ったので、教えてもらったことをそのままやっていくのが自分ができること」。はっきりとした口調で堂々と話した。

厳しい稽古で知られていた旧貴乃花部屋。トレーニングジムに通う関取が増えてきた昨今、「関取はジムに通わないのか?」と聞くと「僕は無理。部屋の稽古だけでオーバーワークです」と言う程だった。それは巡業先でも変わらなかった。貴景勝が新十両昇進を果たした16年から、元貴乃花親方(元横綱)が巡業部長になり、巡業では常に土俵下で目を光らせていた。全力士に平等に見ていたつもりだろうが、ついつい弟子に厳しくなってしまうのは親の性。幕内に番付を上げても、常に貴景勝は十両の申し合い稽古から参加。幕内と合わせれば、連日30番以上相撲を取っていた。おかげで力をめきめきとつけていった。

だが実は、1度だけ抜いたことがあった。それが旧貴乃花親方が、巡業を休んだ昨年の九州巡業だった。申し合い稽古に参加しても10番取るか取らないか。もちろん本場所で疲れ切った体を休めるのも大事な仕事で、負傷した箇所があれば満足に稽古もできない。ただ、これまでの巡業に比べると少なかった。新小結で臨んだ今年の初場所は5勝10敗。「稽古はしっかりやってきたつもりですけど…」と支度部屋で少しばつが悪そうに言ったのは印象的だった。

稽古はうそをつかない、というのを身をもって知った貴景勝。その後の春巡業、夏巡業では精力的に稽古土俵に上がった。夏場所10勝、名古屋場所10勝、秋場所9勝と結果も出した。「教えてもらったことをそのままやって-」。元貴乃花親方の教えを、これからもずっと胸に土俵に上がる。【佐々木隆史】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

巡業の朝稽古中に、弟子の貴景勝(右)の背後について四股の踏み方を熱心に指導する貴乃花親方(2018年8月5日撮影)

積極的な動き 印象的だった旧貴乃花部屋の力士

千賀ノ浦親方(右)と握手を交わす貴景勝

元横綱日馬富士の傷害事件を巡って訴訟を起こした被害者の貴ノ岩が、訴訟を取り下げた10月30日は、千賀ノ浦部屋の稽古始めでもあった。10月1日付で元貴乃花親方(元横綱)の日本相撲協会の退職が決まり、旧貴乃花部屋の消滅と所属力士らの千賀ノ浦部屋への所属先変更も承認された。小結貴景勝は秋巡業参加のため、都内で行われた引っ越し作業には参加せず。千賀ノ浦部屋に合流したのは、秋巡業が終わり福岡入りした10月28日。九州場所(11月11日初日、福岡国際センター)の新番付発表が行われた10月29日は稽古は休みで、30日にようやく初めて、旧貴乃花部屋の力士と千賀ノ浦部屋の力士が全員そろっての稽古が行われた。

印象的だったのは、旧貴乃花部屋の力士らが、積極的にコミュニケーションを取っていたことだ。四股やストレッチで体を温め、すり足が始まった。さまざまな種類のすり足に、旧貴乃花部屋の力士らは、千賀ノ浦部屋の力士の動きを見よう見まねで行った。最初こそぎこちなかったが、慣れてくると余裕がでてきたのか、会話する場面が増え、笑顔が見えた。ぶつかり稽古、申し合い稽古が始まると、自然とアドバイスをする姿に千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)も安堵(あんど)の表情。新弟子に対して、身ぶり手ぶりで四股の踏み方を指導する姿も、すっかり千賀ノ浦部屋にとけ込んでいる印象だった。

“新”千賀ノ浦部屋の稽古始めは、約2時間で終わった。師匠の千賀ノ浦親方は、「これまでは関取が1人しかいなかったから助かります。活気も違う」と、旧貴乃花部屋の3人の関取が若い衆に指導する姿を喜んだ。小結貴景勝も「いい雰囲気で活気がある」と言えば、平幕の隆の勝は「これまで出稽古でやっていたことが毎日部屋でできるのでうれしい」と、こちらも笑顔。旧貴乃花部屋の力士が、千賀ノ浦部屋に所属先変更して1カ月たったが、部屋としては順調な滑り出しのように見えた。【佐々木隆史】

「九死に一生」式守与之吉 土俵に戻る

九州場所で土俵に復帰する式守与之吉

幕内格行司の式守与之吉(49=宮城野)が、ギラン・バレー症候群を克服して土俵に戻ってくる。今年の初場所から5場所連続で休場中。秋場所の土俵には上がっていないが、事務方として国技館に出勤できるまでに回復した。「九死に一生を得ました。本場所は、九州場所から土俵に上がります」と声をはずませた。

発症したのは、昨年12月8日の宮崎市巡業の朝。前夜から肩が上がらず「疲れかな?」と思って一夜明けると、症状が重くなっていた。顔を洗うことも、着替えることもできない。現地で診察を受けると、そのまま入院を勧められた。四肢に力が入らなくなる難病「ギラン・バレー症候群」だった。巡業で滞在していたため荷物は十分でなく、まずは緊急帰京。空港では自力で歩けず、車いすでの移動を強いられるほどに病状が進行した。

東京に戻って入院。5日間点滴を受け、回復を待った。病気になった明確な原因は分からなかった。その後、リハビリを開始。「今年の3月までは、自分で起き上がることもできませんでした。寝たきりの時はこたえました。復帰できないと、半分以上はあきらめていました」。

一時は体重が10キロ以上も減った。「リハビリの先生の献身が、折れた心を救ってくれました。『治る病気なんです』と言って、手や足を持ち上げてくれました」。歩けるようになったのは、4月から。それでも、大相撲中継は見る気になれなかった。「自分が土俵に立つ時間は心苦しくて、気の焦りもありました。その時間はあえて院内を歩いたりしていました。ニュースや結果は耳に入りましたが、1~7月は見ていないんです」と振り返った。

6月14日に退院。再発の恐れはなくなり、本格復帰への準備を進めている。9月の秋場所からは国技館に出勤し、行司仲間から「おめでとう!」との声を掛けられた。ファンも多く、館内で気づいた人たちに驚かれる毎日だ。

休場中は、日本相撲協会の配慮で病名は伏せられていた。だが回復した今、与之吉は「公表してもらってかまいません。なってしまったものは、仕方ないですし」と前を向く。

30日の日馬富士引退相撲から土俵に立ち、本場所後の秋巡業に参加しつつ、九州に入る。「こんなに長い間空けたことはなかったので、楽しみも不安も半々です。初心に戻る感じですね」。今や表情は明るく、血色もいい。もう間もなく、あのはつらつとした「ハッキヨイ」の声が土俵に戻ってくる。【佐々木一郎】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)