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佐山サトルはタイガーマスクになることを断っていた

初代タイガーマスクの佐山サトル(2015年6月5日撮影)

昭和の終わりに空前のプロレスブームを巻き起こしたのが、初代タイガーマスク(佐山サトル=61)だった。戦後の力道山に始まるプロレスの隆盛は、ジャイアント馬場、アントニオ猪木の両雄時代を経て、タイガーマスク人気で極まったといえる。テレビ視聴率が毎回25%を超え、会場はどこも超満員。アニメ「タイガーマスク」から抜け出したヒーローは、アニメを超え、社会現象となった。

タイガーマスク時代の話を佐山に聞くと「実は、タイガーになることに抵抗があって、断っていたんですよ」と意外な言葉が返ってきた。75年7月に新日本プロレスに入門した佐山は、メキシコ修業を経て、英国でサミー・リーとして活躍。英国でも大人気で、ベルト挑戦を目前にしていた。

そんな佐山に、新日本から「もう1試合を決めたから。それを外すと、猪木の顔をつぶすことになる」と最後通告を受け帰国。81年4月23日に、蔵前国技館でダイナマイト・キッドとタイガーマスクの試合が行われた。4次元プロレス、4次元殺法と呼ばれたタイガーのプロレスは観客の度肝を抜き、これまでとは違う新しいスタイルとして、空前のブームを起こした。

試合会場や宿泊先のホテル、合宿所などタイガーの行き先はファンであふれた。新日本は素顔がばれないよう徹底ガードした。そんな騒動の中、佐山は「人気はすごかったですけど、素顔ではなくマスクをかぶっているので、それほど実感はなかったんですよ」と話す。実際、師匠アントニオ猪木の付け人を務めていたこともあり、猪木と同行する際は素顔でガード役を務め、誰からも気付かれることがなかったという。

アントニオ猪木にあこがれて、新日本に入った佐山は、猪木が進める格闘技路線に傾倒していた。道場では先輩の藤原喜明と総合格闘技まがいの練習を続けていた。実際猪木からは「お前は、格闘技路線の第1号にする」と約束されていた。しかし、メキシコ修業、英国遠征と、プロレスでの才能が評価され、思いとは違うところで、ヒーローになってしまった。「実際、26歳ぐらいでプロレスをやめて、20~30年かけて新しい格闘技をつくっていこうという思いがあった。ボクの中には(プロレスの)職人芸と格闘技の2つの自分がいたんです」。

見ただけで、ワザを自分のものとして使うことができる天性の運動能力。メキシコのホテルで、マットレスをはがして床に置き、サイドテーブルから練習して習得したサマーソルト。「猪木さんのすごいところが、ワザや動きがなくても勝負でお客さんを引きつけられるところ。それにワザが加わったのがタイガーマスク」と佐山は説明した。

タイガーマスクの活躍は、83年8月に、新日本に契約解除を通告し、引退を表明して突然、終わりを告げた。アニメの原作者梶原一騎の逮捕による改名問題浮上と、会社経営陣との対立が原因だった。タイガーマスク時代の2年4カ月。通算成績は155勝1敗9分け。

【桝田朗】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

井上岳志が絶対王者候補ムンギア挑戦「勝つイメージできている」

WBO世界スーパー・ウェルター級3位の井上岳志(29=ワールドスポーツ)が26日(日本時間27日)、米国テキサス州ヒューストンで同級王者のハイメ・ムンギア(22=メキシコ)に挑戦する。近い将来のスーパースター候補と目されているムンギアが相手だけに、井上にとって厳しい戦いが予想されている。しかし、井上は「超接近戦を仕掛けてタイトルを持ち帰る。勝つイメージはできている」と自信をみせている。

154ポンド(約69.8キロ)を体重上限とするスーパー・ウェルター級は世界的な選手層が厚いことで知られる。80年代以降、シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンズ、オスカー・デラ・ホーヤ、フロイド・メイウェザー(いずれも米国)、サウル・カネロ・アルバレス(28=メキシコ)といった歴史に残るような名王者たちもベルトを保持していた階級だ。また、マニー・パッキャオ(40=フィリピン)が6階級目の王座獲得を果たしたクラスでもある。

現在、そんな階級でムンギアはWBO王座に君臨しているわけだが、この22歳は世界王者でありながら成長途上にあるとみられている。このまま伸びていけば2~3年後には手のつけられない絶対王者になる可能性があると期待されているのだ。

ムンギアは11歳でボクシングを始め、アマチュアで120戦111勝9敗を記録。13年7月に16歳でプロデビュー後は5年半に31戦して全勝(26KO)をマークしている。約84パーセントのKO率が示すとおりの強打者で、183センチの長身から繰り出す右ストレートに加え左フックの上下打ちなど攻撃は多彩だ。昨年5月の戴冠試合では4回TKO勝ちを収めるまでに4度のダウンを奪い、元王者を相手にしての初防衛戦は判定勝ちに留まったが、6回にはダウンを奪っている。V2戦では3回TKO勝ちを収めている。右を顔面に決めて倒したあと左フックをボディにめり込ませてダウンを追加するという圧勝だった。

対する井上はアマチュアで55戦(39勝21KO16敗)したあと14年8月にプロに転向。日本王座、東洋太平洋王座とWBOアジアパシフィック王座を獲得した試合を含め、4年半で14戦13勝(7KO)1分の戦績を収めている。身長は174センチで、その体を低く構えて接近、ボディから顔面にパンチを打ち分けるスタイルを持つ。

井上は「ムンギアは体にバネがあってパンチは群を抜いて強い。中間距離の戦いでは相手の方が上なので、体をつけた超接近戦に持ち込みたい」と話す。ワールドスポーツジムの齊田竜也会長は「相手が左を打ってくるところに右を合わせる。そして接近戦でボディを攻めたい」と策の一端を明かす。陣営は「ヒット&ジョロウ蜘蛛作戦」と名付けた近距離での戦いに活路を見出すつもりだ。

16対1というオッズが出ているように、飛ぶ鳥を落とす勢いのムンギア有利は動かしがたいが、若い王者は攻防ともにまだ粗削りでもある。そこに井上が付け入るスキがありそうだ。

日本人ボクサーとしては昨年7月、伊藤雅雪(28=伴流)が37年ぶりに米国(フロリダ州キシミー)で世界王座(WBOスーパー・フェザー級)を獲得したが、1カ月後にはアリゾナ州グレンデールでWBOスーパー・バンタム級王座に挑んだ大竹秀典(37=金子)が1回TKO負け。10月には村田諒太(33=帝拳)がネバダ州ラスベガスでWBA世界ミドル級王座を失い、今年1月19日には高橋竜平(29=横浜光)がニューヨークでIBFスーパー・バンタム級王座に挑んで11回TKO負けと、日本勢は伊藤以降、米国のリングで結果を残せていない。井上はその流れをも止め、世界王座を持ち帰ることができるか。井上が勝てば日本では輪島功一(三迫)、工藤政志(熊谷)、三原正(三迫)、石田順裕(金沢)に次いで5人目のスーパー・ウェルター級世界王者となる。

御嶽海休場明け初戦で白鵬に土 満身創痍で快挙達成

白鵬(右)を押し出しで破った御嶽海(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇11日目◇23日◇東京・両国国技館

左膝付近の負傷で7日目から休場していた小結御嶽海(26=出羽海)が、記録ずくめの復活星を挙げた。

全勝で42回目の優勝へ突っ走っていた横綱白鵬を押し出した。休場明け最初の取組で、横綱を倒すのは52年初場所の横綱東富士以来67年ぶり。関脇以下が1場所で3横綱総ナメは、大乃国以来35年ぶりの快挙となった。

土俵上に座布団が舞い、花道へ引き揚げる勝者は左足をひきずっていた。6日目に左膝を負傷した御嶽海が、白鵬の独走ムードに待ったをかけた。昨年秋場所から休場をはさんで25連勝中だった横綱に、まわしを触らせない。痛いはずの左足を踏ん張り、張られても果敢に前へ出た。後手後手になった白鵬を一直線に土俵外へ。「横綱は強い。自分の相撲、前に出ることしか考えてなかった」。移動は付け人に肩を借り、階段は手すりが頼り。満身創痍(そうい)の中で、会心の1勝を手にした。

2つの快挙を達成した。休場明け最初の対戦相手に横綱が組まれるのは戦後9人目。白星を挙げるのは52年初場所の横綱東富士以来、67年ぶりとなった。関脇以下の3横綱総なめも、84年春場所の関脇大乃国以来35年ぶり4人(5回)目。「良かったんじゃない。なかなかできる体験じゃないしね」と、顔色一つ変えずうなずいた。

休場中のうっぷんを晴らした。左膝の治療で体も動かせなかった4日間。幕内の取組をテレビで観戦した。「ここにいないのが不思議で悔しかった」と吐露。それでも「これも自分への試練。乗り越えたらいいんじゃない」と深く考え込まなかった。「おいしいものしか食べたくないし飲みたくない」という気分屋。プロテインなどのサプリは摂取せず「ナチュラルボディ」で勝負する。左膝の状態については「大丈夫」と弱気を見せない。残り4番、全勝する覚悟だ。【佐藤礼征】

白鵬を押し出しで破った御嶽海(撮影・丹羽敏通)

宇良、長期休場か 稲川親方が靱帯断裂重傷だと明言

負傷し車いすに乗り引き揚げる宇良(2019年1月22日撮影)

西幕下23枚目の宇良(26=木瀬)が長期休場する可能性が出てきた。

幕下豊昇龍戦で右膝を負傷してから一夜明けた23日、部屋付きの稲川親方(元小結普天王)が「前十字靱帯(じんたい)断裂です」と、重傷だったことを明かした。宇良は幕内だった一昨年秋場所で今回と同じけがを負い、6場所連続休場。東三段目91枚目となった昨年秋場所で復帰後、一気に番付を戻していた中での悲運だった。

稲川親方は「再び手術なら復帰に数カ月かかる」と話した。手術回避も模索しつつ、今後の方針を決めるという。また前頭琴勇輝が右膝付近を痛めて約10日間、千代の国が左膝複合靱帯損傷で約2週間、十両隆の勝が右膝前十字靱帯損傷で約1カ月の加療を要するとの診断書を提出、この日から休場した。

イタミ3WAY前哨戦を制す、必殺技でフォール奪う

クルーザー級王座前哨戦で戸沢陽(右)を裸絞めで攻め込むヒデオ・イタミ (C) 2019WWE,Inc.AllRightsReserved

<WWE:205 Live大会>◇22日(日本時間23日)◇米カンザス州ウィチタ・イントラスト・バンク・アリーナ

WWEクルーザー級次期挑戦者3人による前哨戦は、元ノアKENTAことヒデオ・イタミ(37)が制した。

27日のPPV大会ロイヤルランブル(米アリゾナ州フェニックス・フェイス・フィールド)で、同級王者バディ・マーフィー(30)に戸沢陽(33)、カリスト(32)とともに挑戦者として4WAY形式の王座戦に臨む。

この日は挑戦者3人による3WAY前哨戦が組まれ、王者マーフィーが見守る中で開催された。めまぐるしく攻防が入れ替わり、マーフィーも試合途中に加入する荒れた展開だった。戸沢がトペ・スイシーダで介入した王者を粉砕。必殺技を巡る攻防ではカリストの雪崩式フランケンシュタイナーをすかした戸沢がダイビング・セントーンをかわされて自爆。その隙を突いたイタミが串刺しドロップキックでカリストを蹴散らすと、最後は戸沢に飛龍裸絞めの体勢から強烈なヒザを顔面にたたき込む必殺のサクラ・ニーストライクを成功させてフォールを奪った。試合前に「誰のためでもないぞ。自分のためにクルーザー級タイトルはもらう」と意気込んでいたイタミが、3WAY前哨戦を制してはずみをつけた。

カリスト(左端)に串刺しドロップキックを狙うイタミ(中央)。右下は戸沢 (C) 2019WWE,Inc.AllRightsReserved

照強が足取りで勝ち越し、必死の稽古実り新入幕確実

白鷹山(左)を足取りで破る照強(撮影・鈴木正人)

東十両筆頭照強が勝ち越しを決め、新入幕を確実にした。場所前の稽古総見で足取りで勝った白鷹山に、本場所でも同じ技を仕掛けて破った。「試してみて、本場所で『こいつとやれば勝てる』と思っていた」。

先場所は西十両5枚目で10勝したが、新入幕にとどかず「悔しくて、必死に稽古した」。169センチの小兵ながら、馬力、スピードで人気を集める24歳は「良かったんじゃないですか」と笑みを浮かべた。

白鷹山(左)を足取りで破った照強(撮影・鈴木正人)

「これはワシのもん」王者アスカが挑戦者と殴り合い

挑戦者リンチ(右手前)にベルトを誇示するスマックダウン女子王者アスカ (C) 2019WWE,Inc.AllRightsReserved

<WWE:スマックダウン大会>◇22日(日本時間23日)◇米カンザス州ウィチタ・イントラスト・バンク・アリーナ

スマックダウン女子王者アスカ(37)がドスのきいた大阪弁で挑戦者ベッキー・リンチ(31)を挑発し、殴り合いを展開した。27日のPPV大会ロイヤルランブル(米アリゾナ州フェニックス・フェイス・フィールド)で両者は激突する。

男前な振る舞いで「ザ・マン」の愛称を持つ前王者のリンチから「『ザ・マン』にとって(最大の祭典)レッスルマニア35のメインイベントが重要だ! あと5日でロイヤルランブル。私はまだアスカにフォールを奪われたわけではない。タイトルを取り戻すぞ」とほえると、ベルトを持ってアスカが登場した。

ホワイトのスマックダウン女子王座ベルトを左手で掲げながら「これはワシのもんじゃ。お前には無理じゃ」で大阪弁でまくし立てた。さらに入場口には、27日のPPV大会で30人出場の女子ロイヤルランブル戦への参戦を表明した元王者シャーロット・フレアー(32)も姿をみせ「ロイヤルランブル戦優勝が楽しみだわ! 昨年のレッスルマニアでは私が(王者として)アスカのWWE連勝記録を止めたわね」と余裕の表情を浮かべた。

王者経験者2人の挑発に耐えかねたアスカはリングにいたリンチを背後から襲撃。パンチを見舞った後、バリケードや解説席を使った乱闘にまで発展。PPV大会での一騎打ちを前に、さらに遺恨を深めていた。

ブライアン「この世の寄生虫だ」ビンス会長ら罵倒

リング上にいるマクマホン会長、挑戦者AJスタイルズを罵倒するWWEヘビー級王者ブライアン (C) 2019WWE,Inc.AllRightsReserved

<WWE:スマックダウン大会>◇22日(日本時間23日)◇米カンザス州ウィチタ・イントラスト・バンク・アリーナ

WWEヘビー級王者ダニエル・ブライアン(37)が、ビンス・マクマホン会長、挑戦者AJスタイルズ(41)を罵倒した。

27日のPPV大会ロイヤルランブル(米アリゾナ州フェニックス・フェイス・フィールド)で前王者AJスタイルズとの防衛戦を控える。リング上でビンス・マクマホン会長(73)、AJスタイルズが待ちかまえるにもかかわらず、ベルトを肩にかけたブライアンは場外に居座り「AJスタイルズと同じリングに上がりたくない」と罵倒した。

AJスタイルズからは「それは『恐れ』が原因だ、ブライアン。お前は今日、そしてロイヤルランブルで何が起こるか恐れているんだ」とメンタル面を指摘され、同会長がリングに上がるように命令されても、まったく聞く耳を持たず。ブライアンは「ビンスやベビーブーム世代はこの世の寄生虫だ!」とWWE最高権力者が会場のファンまでも敵視し、侮辱した。

「リングでにらみ合いする必要はない」としびれを切らした挑戦者に場外で追い回された。たまらずリングに上がったブライアンは、同会長を盾にしてフェノメナル・フォアアームを回避。カウンターでニープラスを打ち込んでAJスタイルズを迎撃した。一撃を食らわしたブライアンは場外へと逃げ込み、ベルトを持ってその場を後にした。

リング上にいるマクマホン会長(右奥)と挑戦者AJスタイルズ(左奥)をリング下で見つめるWWEヘビー級王者ブライアン (C) 2019WWE,Inc.AllRightsReserved

正統派、ヒール「魔性のスリーパー」は職人だった

佐々木健介を魔性のスリーパーで締め上げる飯塚高史

新日本プロレスの飯塚高史(52)が2月21日の後楽園大会をもって引退すると7日、発表された。日刊スポーツでは裸絞めとして表記されるスリーパーホールドが得意技の1つで「魔性のスリーパー」が代名詞。86年11月のデビューから約32年というレスラー人生に区切りをつける。

若手時代に東欧でサンボ修業。関節技のテクニックを身につけており、90年代後半から若手のコーチを務めていた。集客面などで団体運営が苦しくなりつつあった05、06年には選手会長も務めた。ドーム大会が1年に1回、1月4日のみになった頃。苦しい時期に現場のまとめ役を任されたのも選手からの信頼が厚かったからだろうと当時、想像していた。

00年1月の東京ドーム大会では橋本真也のパートナーとしてUFO軍の小川直也、村上和也組と対戦。ここで村上を裸絞めで失神KOに追い込み、以降は「魔性のスリーパー」と呼ばれるようになった。

同7月にはIWGPヘビー級王座(当時王者は佐々木健介)に挑戦し、G1クライマックスにも初出場。この年にはプロレス大賞の技能賞も獲得したが、01年6月の試合中に顔面強打で首などを負傷。その後遺症でめまいと視覚障害に陥って1年半もの欠場を余儀なくされた。このケガがなければ、もう少しシングル戦線でも活躍できたに違いない。

08年のヒール転向後、すぐに髪をそり上げ、反則連発でリング内外で暴れた。CHAOS時代の11年には矢野通と組み、小橋建太、武藤敬司組に敗れたALL TOGETHER(東日本大震災復興支援興行)でのタッグ戦が年間最高試合に選ばれた。時に観客席を徘徊(はいかい)し、時に試合中継するテレビ朝日の野上慎平アナウンサーまで襲撃し、存在感を示した。もう会場を狂乱させる姿が見られないと思うと残念でならない。

正統派時代の89年に長州力、96年には山崎一夫とIWGPタッグを獲得。ヒール転向後も矢野通とのコンビで同王座を再び戴冠した。新日本のタッグリーグにはSGタッグに4回、G1タッグに5回、ワールドタッグに4回と計13回も出場。ノア参戦時にはグローバルタッグリーグにも出場するなどタッグの名手でもあった。

約22年は正統派、最後の約10年はヒール。どちらもタッグ戦線を中心にファイトして王座を奪取し、プロレス大賞の部門賞にも輝いた。そして、発言の少なさも共通。どちらの立ち位置でも愚直にミッションをやり遂げる職人だった。

最後に在籍したユニットがデビュー戦の相手も務めた鈴木みのる(50)率いる鈴木軍だったのも運命的だろう。2月21日の引退興行はヒールで登場するのだろうか。いや正統派、ヒールに関係なく、最後はニュートラルな飯塚高史の姿を見てみたい。

【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

ダイナマイト・キッドさん あんな体にならんでも…

84年1月、新日本プロレス一関大会で攻めるダイナマイト・キッド

往年の名レスラーが次々に他界する中、ダイナマイト・キッドさんの訃報が一番ショックでした。12月5日、60歳の誕生日やったそうです。

37年前。キッドさんが相手を務めた81年4月23日、初代タイガーマスクのデビュー戦は見てません。高校2年の私はまだ、プロレスを“つまらんショー”と思ってました。同年9月23日の田園コロシアム、ハンセン-アンドレ戦を見たのがプロレスにのめり込むきっかけですが、それを加速させたんが彼でした。

テレ朝「ワールドプロレスリング」の実況・古舘さんが「戦う貴公子」「鋭利な刃物」そして、リングネームそのままの「爆弾小僧」と熱弁した男のファイト。倒れた相手をメチャクチャ踏みつけるストンピング。滞空時間の異様に長い、コーナーポスト最上段からのダイビング・ヘッド。ざんばらの金髪。彼のイラつき、エキセントリックさにハマりました。好きなレスラーは今でも「ハンセンとキッド」です。たたずまいが醸し出す風情。どんなジャンルでも、それがあってこそのプロと教えてもらった気がします。

早すぎる不幸の予兆は、すでに当時からあったんやないでしょうか? 82年の年明けやったか、再来日した姿を見て、絶句しました。金髪をバッサリ切った丸坊主頭も衝撃でしたが、何より体つき。古舘さんが「肉体の表面張力」と表現した極限のマッチョ化。たった数カ月でしなやかな細マッチョの体が消えた。学校のプロレス談議で「おい、キッド見たか?」「おお、何じゃあの体?」「トレーニングだけちゃうやろ?」「なあ、絶対やっとるで」「でも、あれやったら、体にめちゃ悪いんやろ?」-。今でこそキッドさんが筋肉増強剤ステロイドを服用していたのは有名ですが、当時からプロレス少年には不安があったんです。

その後、キッドさんは顔つきがそっくりないとこ、デイビーボーイ・スミスと合体。ほどなくして主戦場を新日本から全日本へと移し、海外では当時世界の最大手マーケットになりつつあったWWFに進出。「ブリティッシュ・ブルドッグス」として暴れることになるんですが、素人目にも息の上がるんが早くなったように見えました。

身長173センチの体で、スーパーヘビーレスラーと渡り合うための決断やったんでしょうか? あんな体にならんでも、ソリッドでキレッキレのファイトのままでも十二分に魅力的やったのに…。ほんまに悲しく、残念です。【加藤裕一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

84年7月、ザ・コブラ(下)のマスクをはぐダイナマイト・キッド