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新着ニュース

RIZIN榊原氏、KIDさん追悼セレモニー検討

9月30日のRIZIN13大会に関する会見を開いた榊原信行実行委員長


総合格闘技団体RIZINの榊原信行実行委員長は20日の都内で会見し、10日後に迫ったRIZIN13大会(9月30日、さいたまスーパーアリーナ)で18日に死去した総合格闘家の山本“KID”徳郁さん(享年41)のために何らかの追悼セレモニーを行う考えを明かした。

KIDさん自身は米総合格闘技UFCとの契約があり、RIZINには選手として参戦していないものの、姉美憂や美憂の子供でおいの山本アーセンを指導するトレーナーとしての立場で関係してきた。

榊原実行委員長は「格闘技界の発展に尽力した同志として最大限のことをやりたい。何をやるかはKIDさんのご家族のご意向も踏まえてやれたらと考えている」と説明した。

大会開始前の祈念や10カウントゴング、献花などが考えられ「ファンのメッセージをご家族に届けるとか、ファンと思いと同じ立ち位置で検討していきたい」と話した。 またKIDさんが当初、医師から余命が6月末までと告げられていたことも明かした榊原実行委員長は「父郁栄さんも『3カ月、よく頑張ってくれた。すごく誇れる息子だ』と話していました」と口にした。

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佐山サトル「手震えたり」原因不明の体調不良明かす

リング上のあいさつで復活を宣言した佐山


初代タイガーマスクの佐山サトル(60)が20日、原因不明の体調不良に苦しんでいることを明かした。主宰するリアルジャパン後楽園大会のリングにあいさつに立った後に、現状を説明。

「手が震えたり、足が動かなくなったりして、歩けなくなったりした。心臓のわなわなした感じもあったので」とパーキンソン病を疑い、先々週から先週にかけて複数の医師の診察を受けたという。

心電図ではパーキンソン病の波形が出たケースもあったが、最終的な結論は原因不明。「自律神経の問題だと思っている」「心臓に負荷をかけてみたらどうだろうと言われたので、簡単な練習をしてみようかと思ってます」と説明し、来週から合宿に入る意向も示した。

佐山は15年5月22日に狭心症で心臓カテーテル手術を受け、プロレス活動を休止。その後復帰したが、現在まで長期欠場を続けていた。当初行わない予定だったリング上のあいさつでは「奇跡を起こしてプロレスに戻ってきます。復活します」と宣言していた。

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近藤朱里がUFC北京大会出場、シャオナンと対戦

11月のUFC北京大会出場が発表された近藤朱里


UFCジャパンは20日、女子ストロー級の近藤朱里(29)が11月24日に中国で開催予定のUFC北京大会に出場すると発表した。

対戦相手は地元出身のヤン・シャオナン(29=中国)に決まった。近藤にとっては5月のUFCチリ大会でボテーリョに1回TKO負けし、プロ初黒星を喫して以来の再起戦となる。8月下旬に自らのツイッターで対戦内定を報告していた近藤は「精いっぱい頑張ります!! 応援よろしくお願いします!!」とつづっていた。

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リコシェ、ダンと王者対決もエラ突然乱入し反則裁定

英国王者ピート・ダン(右端)と対戦したNXT北米王者リコシェ(左端) (C) 2018WWE,Inc.AllRightsReserved

<WWE:NXT大会>◇19日(日本時間20日)◇米フロリダ州ウインターパーク・フルセイル大学


ドラゴンゲートや新日本プロレスのジュニア戦線で活躍した現NXT北米王者リコシェ(29)が王者対決に臨んだ。WWE英国王者ピート・ダンと両王座を懸けて激突した。

王者同士の対決はお互いの実力を探りながらスタートし、ダンの得意の関節技で左腕を集中攻撃を受けたリコシェはトペ・スイシーダやシューティングスタープレスで果敢に攻め込んだ。両者いずれも互角の攻防をみせたが、リコシェがリバース式フランケンシュタイナーを決めて勢いづき、DDT、雪崩式フランケンシュタイナー、フェイスバスターと繰り出して追い詰めた。ダンの三角絞めなどでピンチに陥ると、これを強引に外して垂直落下式ブレーンバスターを成功させて両者ともにダウンという見応え十分の展開だった。

しかし抗争中のアンディスピューテッド・エラが突然、乱入して試合をぶち壊した。ウォー・ライダーズが駆けつけたものの、試合は反則裁定となってしまった。

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魔裟斗通算64戦で唯一楽しかった「戦友」KID戦

KIDさんの死を惜しんだ魔裟斗(撮影・河合香)


元K-1王者の魔裟斗(39)が20日に都内で、「戦友」と言う山本“KID”徳郁さんの死去を惜しんだ。

夫人の矢沢心とレギュラーパーソナリティーを務めるニッポン放送「笑顔のミナモト」で、24日放送の追悼コメント収録の際に取材に応じた。

最後に会ったのは1月で、仕事で一緒になった。その後にガンとは知ったが、突然の訃報には「マジかと。1月はいつも変わらず、病気の素振りもみせていなかった。3カ月後ぐらいに番組で指導しているのを見た。やせて、全然違って、どうしたのかと。試合のためかの減量かとも思ったが、やせ方が普通じゃなかった」と話した。

04年にKIDさんの挑戦表明から対戦が実現した。「KIDで一番思い出すのはあの試合だと思う。挑戦表明のセリフは鮮明に覚えている。K-1はまだ1戦。いやいや無理無理と思った」と振り返る。

試合では初回には左フックでダウンを喫し、2回に右ハイキックでダウンを奪い返しての3-0判定勝ちだった。通算64戦しているが「楽しかったのはあの試合だけ。全身からアドレナリンが出た」と最高の相手に挙げた。「特別な選手。過去にもいなかった、これからも出てこない。同じ時代に同じ舞台で生きてきた仲間。戦友」と評した。

試合を振り返り「総合格闘技だから、タックルとかもうちょっと違うと思った。戦うと真正面から正々堂々ときた。10キロ違うなんてあり得ないこと。その中で果敢に、臆することなく真正面から戦った」とたたえた。ダウンを喫したことには「遠い距離からの踏み込みがすごい。効いたと言うより、やられた」と今さらながらに脱帽した。

ジムにスパーリングに来たこともあった。「メディアでは強気のイメージ。見た目はああだけど、スポーツマンだった。練習もまじめで、リングに上がるまでは繊細だった」とも話した。対戦前に駒沢公園を走っていて、子どもと遊んでいる時に会った。「子供好きで優しいんだと、イメージが変わった。妻とも笑っている顔しか浮かばないと話した」という。

15年にも復帰して再戦し、判定勝ちで連勝した。KIDさんから「また10年後に」と呼び掛けられた。「子ども同士がいいんじゃないと言った。戦うより一杯行こうと約束したのに。拳を合わすよりも違う形で、昔話をしながらでも楽しく飲みたかった」と残念がった。

プライベートの付き合いはなかったが「一生会うことない。さびしい。いなくなっちゃった。なんと言っていいのか」としんみり。近年見ていた姿を振り返り、「責任を背負っていた。教えた選手がKIDのファイトスタイルを継承していくんだろうと。活躍し続けることで忘れられずにいられる。KIDイズムで活躍するのを願っているはず」とKID2世の活躍、継承を願った。

KIDさんの死を惜しんだ魔裟斗(撮影・河合香)

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山本美憂「勝っていい報告を」弟KIDさん魂で戦う

山本美憂


18日に死去した総合格闘家の山本“KID”徳郁さん(享年41)の姉となる元レスリング世界女王で総合格闘家の山本美憂(44)が20日、主戦場の総合格闘技団体RIZINを通じてコメントを出した。

9月30日のRIZIN13大会(さいたまスーパーアリーナ)で組まれているアンディ・ウィン(米国)戦に予定通り出場し、他界した弟にささげる勝利を誓った。

RIZINから発表された山本美憂のコメントは次の通り

「この度の事で皆様にご心配をお掛けしていますが、私、山本美憂は9月30日のRIZIN13は予定通り出場いたします。

もちろん勝って弟にいい報告をしたいと思いますので応援よろしくお願いします!

皆様、沢山の励ましのメッセージを頂き本当にありがとうございます!

     山本美憂」

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山本KIDさんの妹聖子さん「永遠に愛しています」

山本聖子さん


カブスのダルビッシュ有投手の妻でレスリング元世界女王の山本聖子さん(38)が、がんのため亡くなった兄で格闘家の山本“KID”徳郁さん(享年41)についてコメントした。

聖子さんは20日、ツイッターを更新。KIDさんの格闘家としての軌跡をまとめた動画を紹介し、英語で「私はこのファイターを永遠に愛しています」とコメントした。

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K1武居由樹が特別ゲスト、地元足立区で武道フェス

武居由樹(C)M-1 Sports Media


K-1スーパー・バンタム級王者の武居由樹(22)が10月8日、地元の足立区・東京武道館で行われる「武道・スポーツフェスティバル2018」に、特別ゲストとして出演する。

午後0時10分から大武道場特別ステージ、同2時から玄関前広場でミット打ちを披露するもので、同2時30分からは一般来場者を対象としたミット打ち体験も無料で実施される。

武居のほか、アテネ五輪柔道90キロ級銀メダリストの泉浩さん、シドニーパラリンピック800メートル銀メダリストでプロ車いすランナーの広道純さん、全日本少年少女空手道選手権大会6連覇の高野万優、サッカー日本代表本田圭佑のモノマネでおなじみのじゅんいちダビットソンもゲスト出演する。

同イベントの詳しい情報は、https://www.tef.or.jp/tb/topics_01.jsp?id=273685へ。

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那須川「重み違う」山本KIDさんに言われた言葉

強烈な左ミドルキックを披露した那須川天心(左)


キックボクシング界の「神童」那須川天心(20)が、18日に41歳の若さで死去した山本“KID”徳郁さんの激励を胸に秘め、新世代版の「魔裟斗-KID戦」をみせる覚悟を示した。30日のRIZIN13大会(さいたまスーパーアリーナ)でKIDさんの弟子で元UFC戦士の堀口恭司(27)とキックルールで対戦する那須川は、19日に千葉・松戸市のジムで練習を公開。04年大みそかに注目された中量級対決以上のインパクトを残す意欲をみせた。

KIDさん死去の翌日に開かれた公開練習で、那須川は胸に秘めた思いを素直に表現した。KIDさんの弟子でもある堀口との「RIZIN最強対決」直前という時期の早すぎる訃報。「本当にショックです。堀口選手もKIDさんの弟子ですし、自分もこの試合は本当に見てもらいたかったという思いが強いです。昔の魔裟斗さんとKIDさんの試合を新しい世代で同じ形でやるわけですから」。唇をかみ、うつむき、残念そうな表情を浮かべた。

約1年前、共通の知人を通じてプライベートで偶然、KIDさんと対面した時の思い出も吐露した。「フレンドリーに話しかけてくれて(格闘界を)盛り上げてよと言われました。いろいろな人に言われる言葉ですけれど、KIDさんに言われると重みが違いました」。04年大みそかの魔裟斗-KID戦時の那須川は「まだ幼稚園ですね。その時は見てないですけれど、ネットとかで試合は見ました」。当時の盛り上がり、ムードは脳裏に焼き付いている。

デビューから無敗の31連勝を誇り、キック団体RISE初の世界王座を獲得した那須川。対する堀口もUFCで王座挑戦経験があり、昨年のRIZINバンタム級GPも優勝。30日は新世代の魔裟斗-KID戦と言っていい。

「本当に一番旬という盛り上がるカード。昔の魔裟斗さんとKIDさんのような、あのカード以上のインパクトを残したいです」

天国から見守るKIDさんに名勝負を届ける覚悟はできている。【藤中栄二】

山本“KID”徳郁さん

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山本KIDさん「復帰する」、がん公表拒む

榊原信行実行委員長


RIZINの榊原信行実行委員長(54)が19日、山本“KID”徳郁さんの生前の闘病生活について語った。榊原氏は、事前にKIDさんの父・郁栄氏の了承を得た上で、フジテレビの「ノンストップ!」のインタビューに答えた。KIDさんが2年以上前に胃がんが見つかったことや、病気であることが発覚しないように地方で治療を続けていたことを明かした。

榊原氏は「カミングアウトした方が楽なんじゃないか」とがんの公表を勧めたこともあったという。しかし、KIDさんは「とにかく自分はもう1回リングに復帰するんだから」と公表を拒んだという。今年2月ごろから病状が悪化し、グアムの末期がん治療の病院に移ったこと。その病院に自宅から車いすで通院していたことなどを語った。

榊原氏は、RIZINのサイトで「残された我々はKID選手のファイティングスピリットを継承し、これからも全力で日本の格闘技界の発展の為に精進して参ります」と公式コメントを発表。今日20日に、都内の事務所で会見する。

山本“KID”徳郁さん

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WWE中邑真輔US王者防衛 保持期間65日に更新

挑戦者ルセフを丸め込んでフォールする中邑真輔(右)(C)2018WWE,Inc.AllRightsReserved.

<WWE:スマックダウン大会>◇18日(日本時間19日)◇米オクラホマ州タルサ・ボックセンター


US王者中邑真輔(38)が辛くも王座防衛に成功した。

8月19日の真夏の祭典サマースラム(米ブルックリン)以来となる防衛戦で、ルセフと対戦。スピンキックや得意のヒザ攻撃をかわされ、相手打撃に苦戦しながらもエプロンでの攻防を制してコーナーからのジャンピングキンシャサを打ち込んだ。

チャンスとばかりに2発目のキンシャサを狙った際、カウンターで相手必殺のマチカキックを浴びてダウン。ピンチに陥いったが、敵セコンドにいた「空気の読めない男」エイデン・イングリッシュのマイクアピールに気を取られたルセフを背後から捕獲。そのまま丸め込んで3カウントを奪った。

US王座防衛後、中邑は自らのツイッターを更新。「まだオレはナカメリカの大統領だ!」と勝ち誇った。これでUS王座の保持期間も65日に伸ばした。

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アスカ快勝 10・6アイコニックス戦へ勢いづく

ビリー・ケイとのシングル戦に勝利して喜ぶアスカ(中央)。左端はセコンドについたナオミ(C)2018WWE,Inc.AllRightsReserved.

<WWE:スマックダウン大会>◇18日(日本時間19日)◇米オクラホマ州タルサ・ボックセンター


「明日の女帝」と呼ばれるアスカ(36)がシングル戦でビリー・ケイを下して勢いづいた。

仲良しのコンビとなるナオミをセコンドにつけ、2人組「アイコニックス」の1人、ケイと対戦。序盤からケイに詰め寄って攻撃を仕掛けたが、敵セコンドのペイトン・ロイスの挑発を意識しすぎ、ケイに髪を引っ張られるラフファイトも許してしまった。さらにヒップアタックを決めた後には、お返しのビックブーツまで浴び、格下相手に手こずった。

それでも最後はエクスプロイダーを狙ったケイをアスカロックで捕獲して勝負あり。ギブアップを奪って快勝した。なおアスカはナオミとタッグを組み、10月6日のPPV大会スーパー・ショーダウン(オーストラリア)で地元出身のアイコニックスと対戦する。

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王者AJスタイルズ、再びジョーの襲撃受けるも撃破

サモア・ジョー(右)の襲撃を受けたWWEヘビー級王者AJスタイルズ(C)2018WWE,Inc.AllRightsReserved.

<WWE:スマックダウン大会>◇18日(日本時間19日)◇米オクラホマ州タルサ・ボックセンター


WWEヘビー級王者AJスタイルズ(41)が再びサモア・ジョーの襲撃を受けた。

ノンタイトルでアンドラデ“シエン”アルマスと対戦し、相手猛攻に苦戦しながらも最後はジャックナイフ式エビ固めから持ち上げてスタイルズクラッシュを浴びせる2段階攻撃でフォール勝ち。王者の意地を見せつけてアルマスから白星を挙げた。

その直後、16日のPPV大会ヘル・イン・ア・セルで疑惑判定で王座奪取できなかったジョーの襲撃を許し「もうお前は安全ではいられないぞ」と脅された。AJスタイルズも負けじとジョーをスチール階段にたたきつけて反撃し、何とか撃破した。

16日の疑惑判定を受け、10月6日のPPV大会スーパー・ショーダウン(オーストラリア)での再戦が決定済み。王者は「ノーカウントアウト、ノーDQ(反則裁定なし)のなんでもありで再戦する」と完全決着をつけることを宣言した。

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那須川天心、KID弟子堀口戦へ闘志「盛り上がる」

公開練習で強烈な前蹴りをみせた那須川天心(右)


キックボクシング界の「神童」那須川天心(20)が19日、千葉・松戸市の所属ジムで練習を公開した。

30日のRIZIN13大会(さいたまスーパーアリーナ)で、18日に死去した山本“KID”徳郁さん(享年41)の弟子にあたる元UFCファイター堀口恭司(27)とキックルール(詳細は後日は発表)で対戦する。同日には3分1回のミット打ちを披露し「ずっと練習していて、良い感じにきています」と口にした。

18日に他界した山本さんについて「本当にショックです。堀口選手もKIDさんの弟子ですし、自分もこの試合は本当に見てもらいたかったという思いが強いです。昔の魔裟斗さんとKIDさんの試合を新しい世代で同じ形でやるわけですから」と残念そうな表情を浮かべた。

04年大みそかに組まれたK-1ルールでの魔裟斗-山本KID徳郁戦から14年が経過。同じキックルールで、キック界の「神童」と言われる那須川が、元UFCランカーで17年RIZINバンタム級GP覇者となる堀口と対戦する構図は新世代の魔裟斗-KID戦と言っていい。

那須川は「本当に1番、旬という盛り上がるカード。昔の魔裟斗さんとKIDさんのような、あのカード以上のインパクトを残したいです」と意気込んだ。

15年12月には山本さんが主宰するジムで堀口と軽めのスパーリングを経験しており、運命的な対戦でもある。

「自分はキックボクシングを広めたいと思って、この世界に入った。負けたらキックがダメじゃんになるすごいリスクのある試合。がっかりさせないように。やっぱすごいと思わせたいですね」

着々と戦う準備を進めている。

30日の堀口戦に向け、練習を公開した那須川天心
公開トレのミット打ちで最後に連打を打ち込む那須川天心(左)

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判定だめ!父の教え体現した4秒KO/KID対宮田

06年5月、宮田(左)に飛びひざ蹴りを浴びせ、開始4秒でKO勝ちした山本“KID”徳郁さん


プロ格闘家でK-1、HERO's、UFCなどで活躍した日本を代表するファイター、山本“KID”徳郁さん(本名岡部徳郁=おかべ・のりふみ、旧姓山本=KRAZY BEE)が18日、胃がんのため療養中のグアムの病院で亡くなった。41歳だった。担当記者が見たその勝負師の神髄を語る。

 ◇  ◇  ◇

衝撃的だった。わずか4秒。まばたきする暇もない。06年5月3日、東京・代々木第1体育館。当時HERO'sミドル級王者だったKIDさんは、00年シドニーオリンピック(五輪)レスリング代表の宮田和幸と対戦した。アマレス出身同士。だれもが寝技を含めたレスリング対決を予想する中、常識を超えたことが目の前で起こった。

開始ゴング直後、KIDさんは助走をつけ、右足を出して、勢いよく跳んだ。右で蹴ると思わせた瞬間、左膝を顔面に決めた。試合3日前の夜、ひらめいた必殺技。「(宮田は)五輪代表の意地をかけてタックルでくる。跳べばいい。前に人がいなければ、タックルできない」。小さな体に備わる動物的な勘に驚くしかなかった。

父郁栄氏はミュンヘン五輪代表。5歳からレスリング漬けで、正月も誕生日も汗を流した。不利な判定で五輪メダルを逃した父の口癖は「判定決着はだめ。勝つならKOか一本勝ち」。子供のときに誓った。「負けてもいいから、白黒はっきりつくまで戦う。無難に勝つことはありえない」。「4秒KO劇」の裏には、父から学んだ勝負魂があった。

父だけでなく母の存在も大きかった。22歳のとき、母憲子さん(享年51)が亡くなっている。レスリング経験者で、栄養士の資格を持つ母には幼少期から支えられた。「生きているときは練習をサボってもばれなかったけど、今は全部見てる。試合も最高の特等席で見ている。だから負けられない」。そんな最愛の母のもとに、こんなに早く行ってしまうとは想像もしていなかった。【田口潤】

06年5月、開始4秒で宮田(後方)にKO勝ちし、歓喜のジャンプ

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秋山準 リー戦で左ひじ骨折、シリーズ欠場

秋山準


全日本プロレスは18日、秋山準(48)が左ひじ骨折のため、21日以降の今シリーズを欠場すると発表した。

秋山は17日の後楽園大会の王道トーナメント1回戦で、ジェイク・リーに敗れた際に痛めたという。「左橈骨(とうこつ)頸部(けいぶ)骨折」と診断された。

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魔裟斗「優しい顔でお子さんと」子煩悩な姿明かす

11年4月、東日本大震災の復興支援イベント開催を発表した魔裟斗(左)と山本“KID”徳郁さん


プロ格闘家でK-1、HERO's、UFCなどで活躍した日本を代表するファイター、山本“KID”徳郁さん(本名岡部徳郁=おかべ・のりふみ、旧姓山本=KRAZY BEE)が18日、胃がんのため療養中のグアムの病院で亡くなった。41歳だった。元K-1王者の魔裟斗(39)が突然の訃報を受け悲痛な思いを吐露した。

魔裟斗は、インスタグラムで「公園で偶然会った時にはリングとは違う優しい顔でお子さんと遊んでいた姿が印象的でした」と、KIDさんの子煩悩な父の顔を明かした。KIDさんは、モデルのMALIA.との間に05年に息子、06年に娘をもうけたが09年に離婚。その後、一般女性と再婚し14年11月に長女、17年8月に次女をもうけた。15年の再戦後に、KIDさんが「魔裟斗君、10年後」と呼び掛けると、魔裟斗も「10年後はキッズ対決がいいんじゃない?」と返し、KIDさんが「女の子同士」と笑う一幕もあった。

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山本KIDさん胃がん死だった 戦う魂は美憂に託す

山本“KID”徳郁さん


プロ格闘家でK-1、HERO's、UFCなどで活躍した日本を代表するファイター、山本“KID”徳郁さん(本名岡部徳郁=おかべ・のりふみ、旧姓山本=KRAZY BEE)が18日、胃がんのため療養中のグアムの病院で亡くなった。41歳だった。姉で同じくレスリングから転向した美憂(44=同)と一緒に、RIZINで戦うことを目標に病と闘っていた。美憂は30日のRIZINさいたまスーパーアリーナ大会に、故人の遺志を継いで出場する。

総合格闘技界の巨星が、この世を去った。KIDさんがインスタグラムでがん闘病を公表したのは、先月の26日のことだった。それから、1カ月もたたないうちの悲報。41歳。あまりにも若すぎる死に、格闘技界に衝撃が走った。

KIDさんの看病のため、練習拠点を5月からグアムに移していた姉の美憂は、7月のRIZINインタビューでKIDさんのことを語っていた。闘病中のKIDさんのことを考え、7月29日のRIZINさいたまスーパーアリーナ大会欠場の意思を伝えると、KIDさんは「やっぱり出ないとダメ。ここで勝ち癖つけないとだめだよ。絶対勝てるから」と、病床からメールで出場を勧められたという。

美憂は「ノリは、自分が必ず生きてリングに上がること。『美憂と一緒にRIZINに出たい』と言ってくれた。絶対、有言実行だから、うちの弟は」と気丈に答えていた。父、姉、妹とレスリング一家の中で、常に家族に元気を与える強さの象徴が、KIDさんだった。

レスリングで00年シドニーオリンピック(五輪)を目指したが99年の全日本選手権で準優勝に終わり、プロ転向を決意した。K-1、HERO's、DREAMなどで活躍。「KID」の愛称の通り、60キロそこそこの体で、70キロ近い階級で戦い、相手をバタバタとKOして名を上げた。そんなKIDさんも、00年代終盤から大きな故障が相次ぎ、戦績が下降線をたどった。UFCに挑戦した12年以降は欠場が続き、実戦から遠ざかっていた。

それでも美憂がRIZIN参戦を表明した16年8月以降は、東京・馬込のKRAZY BEEジムで姉のトレーニングを見守った。美憂に向けるKIDさんの表情は優しかった。美憂が練習中は、美憂の子どもの相手をし、大会の際はセコンドにも入った。姉や、姉の長男アーセンの戦いぶりを見ながら、再びRIZINのリングに立つことを思い描いていた。

KIDさんが亡くなった後、美憂は30日に開催が迫るRIZINスーパーアリーナ大会への出場意思を、あらためてRIZINに伝えたという。KIDさんの闘う魂は、姉の美憂に引き継がれた。

◆山本“KID”徳郁(やまもと“きっど”のりふみ)1977年(昭52)3月15日、川崎市生まれ。72年ミュンヘン五輪レスリング日本代表の父郁栄氏の手ほどきで幼少からレスリングを始め、姉美憂、妹聖子は元世界選手権王者。シドニー五輪を目指した99年全日本選手権フリー58キロ級で2位。01年に修斗でプロ格闘家デビュー。04年にK-1MAX参戦、同年大みそかに魔裟斗からダウンを奪った。05年にHERO'sミドル級王座を獲得。09年からDREAM、11年からUFC参戦。KRAZY BEE主宰。163センチ。

16年9月、RENAに敗れ涙を見せる山本美憂(左)に声を掛ける山本“KID”徳郁さん
06年5月、開始4秒で宮田(後方)にKO勝ちし、歓喜のジャンプ

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山本KIDさん5カ月前にはラグビー代表を指導

山本“KID”徳郁さん(04年撮影)


プロ格闘家でK-1、HERO's、UFCなどで活躍した日本を代表するファイター、山本“KID”徳郁さん(本名岡部徳郁=おかべ・のりふみ、旧姓山本=KRAZY BEE)が18日、胃がんのため療養中のグアムの病院で亡くなった。41歳だった。

KIDさんが公の場に姿を見せたのは、今年4月に沖縄で行われたラグビー日本代表候補合宿だった。タックルの特別講師として日本協会から招かれたもので、姉の美憂とともに熱心に指導。練習後に選手から日本代表のジャージーをプレゼントされると、「今回のセッションを生かして、ワールドカップに向けてレベルアップしてくれればうれしい」などと話していた。参加した選手の1人は「股関節の使い方や、タックルでの足の位置、角度などを教わった」とし、KIDさんの様子については「痩せているというより、脂肪を落としているのかなという印象。元気そうだったし、突然で、すごく驚いている」と話した。

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KIDさん神の子の意味「おれにとっておやじは神」

07年1月、全日本レスリングでセコンドの父郁栄さんに右腕の関節をはめてもらう山本”KID”徳郁さん


プロ格闘家でK-1、HERO's、UFCなどで活躍した日本を代表するファイター、山本“KID”徳郁さん(本名岡部徳郁=おかべ・のりふみ、旧姓山本=KRAZY BEE)が18日、胃がんのため療養中のグアムの病院で亡くなった。41歳だった。

 ◇  ◇  ◇

華麗なるレスリング一家-。父山本郁栄氏(73)を長とする山本家が、格闘家KIDさんをつくった。72年ミュンヘンオリンピック(五輪)代表の郁栄氏は日体大で指導するかたわら、子どもたちを英才教育。姉と妹は世界女王、徳郁さんも数々のタイトルを手にした。「父の夢をかなえたい」という気持ちが、3人を厳しいトレーニングに向かわせた。

60年代から70年代、日本のレスリングは黄金期だった。64年東京から76年モントリオールまで4大会で金13個を含む21個の五輪メダルを獲得。特に軽量級は全員が優勝候補だった。グレコローマン57キロ級の郁栄氏も金を目指して五輪に臨んだ。しかし、5回戦敗退。順位さえつかなかった。

「やっぱり、五輪の金メダルだよ」。91年に姉の美憂が世界選手権に初出場初優勝した後、郁栄氏は言った。姉妹で同選手権計7回優勝。しかし、五輪に女子種目が採用されたのは04年アテネ大会から。郁栄氏は待てず「柔道に転向させる」とまで言った。あと10年早ければ、山本家の悲願は達成されていた。

父の悔しさ、姉と妹のむなしさは、KIDさんも分かった。高校時代に米国にレスリング留学、山梨学院大で大学王者になり、五輪は目前だった。00年シドニー五輪を逃して格闘技に転向したが、08年北京五輪を前に復帰。それも「五輪で金メダルをとり、父の夢をかなえたい」思いからだ。

レスリングでも、格闘技でも、近くには常に父がいた。「山本家」を代表して戦うことで、力以上の力が出た。厳しくも温かい父の声に導かれ、数々の伝説を残してきた。「家族の力」を示してきた。「神の子」の意味を聞かれ「オレにとって、おやじは神」。尊敬と感謝を込めて言った。

「悲運の一家」とも呼ばれる。家族の願いだった五輪の金メダルには届かなかった。それでも「一家での戦い」を続けた。KIDさんの病気も、家族で闘ってきた。そんな強い絆を知るから、レスリング界も立ち上がって闘病を支えるための募金活動もしていた。早すぎるKIDさんの死。しかし、その勇姿とレスリング愛に包まれた家族の姿は永遠に語り継がれる。【荻島弘一】

左から山本“KID”徳郁さん、山本美憂、妹聖子、父郁栄氏(11年撮影)

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KIDさんが語った 子どもへの優しさ/悼む

06年5月、試合後、2人の子供を抱く


プロ格闘家でK-1、HERO's、UFCなどで活躍した日本を代表するファイター、山本“KID”徳郁さん(本名岡部徳郁=おかべ・のりふみ、旧姓山本=KRAZY BEE)が18日、胃がんのため療養中のグアムの病院で亡くなった。41歳だった。

 ◇  ◇  ◇

激しいファイトで格闘技ブームを起こした「神の子」は子供思いだった。日刊スポーツでは06年4月23日、その時の旬の人を紹介する「日曜日のヒーロー」のコーナーでKIDさんをインタビュー。自らの子供、そして子供をめぐる問題について語った。

当時、長男の海鈴くんが3歳、次男の愛郁くんが1歳。毎朝、車で保育園まで送った。試合で勝った時はいつもリングで抱き上げていた。「家族のためなら死ねる」。てらいもなく言い切った。

今も問題が続く幼児虐待についても言及。「うちの子供には不自由はさせてない。いいところに行って、いいものを食わせて、いい服を着させる。だけど、(幼児虐待などの)ニュースを見ちゃうとね。もしオレが(プロで成功する前の貧乏時代のように)ろうそくで暮らしてたら、オレもストレスをためて、子供に害を与えたかもしれない」と加害者のことまで考えをめぐらせた。

子供をめぐる問題の解決策としては社会保障の充実を訴えた。「国は、まず第一に子供にお金を使ってほしい。貧しかったり、共働きで子供を育てられない夫婦をサポートするとかね。お金お金は良くないかもしれないけど、お金は満たされるから。援助があれば、子供に被害はいかないでしょ」。強さだけでなく、子供への優しさ、そして社会問題を真剣に考える一面もあった。【田口潤】

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魔裟斗「また10年後に」と言っていた…悲痛な思い

04年12月、K-1Dynamite!!で魔裟斗(左)と激しく打ち合う山本“KID”徳郁さん


プロ格闘家でK-1、HERO's、UFCなどで活躍した日本を代表するファイター、山本“KID”徳郁さん(本名岡部徳郁=おかべ・のりふみ、旧姓山本=KRAZY BEE)が18日、胃がんのため療養中のグアムの病院で亡くなった。41歳だった。

元K-1王者の魔裟斗(39)が18日、2度戦った山本“KID”徳郁さんの突然の訃報を受けて「格闘技界を一緒に盛り上げてきた大事な仲間が逝ってしまった」と悲痛な思いを吐露した。04年の大みそかの初対戦を機に、重量級が中心だったK-1に中量級で一大旋風を巻き起こした盟友の死を悼んだ。

魔裟斗はKIDさんの死の公表から6時間後、自らのインスタグラムでライバルの早すぎる死を悼んだ。

「先ほどKIDの悲報を知りました。2004年大晦日に対戦して以来、格闘技界を一緒に盛り上げてきた大事な仲間が逝ってしまった」

2人は04年の大みそかに「K-1 Dynamite!!」で初対決した。魔裟斗は当時、K-1のリングで圧倒的な強さを誇り、03年には「K-1 WORLD MAX」で世界王者に輝いたばかり。強気の性格も含め「反逆のカリスマ」と呼ばれた。

一方、KIDさんはレスリング一家の長男としてシドニーオリンピックを目指したものの、総合格闘家に転身。01年に総合格闘技団体「修斗」でデビューするや、驚異的な身体能力とレスリング仕込みの組み技、パンチ力で連勝を重ねた。「K-1」のリングで組まれた総合格闘技ルールの試合でも破竹の勢いで勝ち続け、「俺は、格闘の神の子」と自ら明言。04年10月「K-1」のリングで勝利した直後、会場にいた魔裟斗に「年末に試合でもしない? 日本を一緒に盛り上げようよ」と挑戦状をたたきつけ、試合が生まれた。

KIDさんは圧倒的な自信に満ちていた。投げ技や寝技がある総合格闘家だが、打撃技のみのK-1ルールという魔裟斗の土俵で戦うことを受け入れた。カリスマK-1ファイターと飛ぶ鳥を落とす勢いの総合格闘家が対戦する「中量級夢の一戦」として大みそかの日本が、盛り上がった。試合は格闘技史に残る名勝負と評価された。中量級が地位、価値を認められた瞬間だった。

魔裟斗は09年に引退したが、15年大みそかに東日本大震災チャリティーイベントで復帰し、KIDさんを対戦相手に選び、再び3回判定勝ちした。「2015年に対戦した時には試合終了後に『また10年後に!』と言っていたのにとても残念です」。KIDさんの早すぎる死で、2人の3度目の対戦は悲しく散った。

◆04年「Dynamite!!」VTR 総合格闘技デビューから連勝を重ねていたKIDさんが、実力と人気を兼ね備える魔裟斗に挑戦状をたたきつけ、対戦が実現。下馬評を覆し、KIDさんが1回1分42秒に左フックで最初にダウンを奪うと会場の興奮は一気に高まった。魔裟斗の蹴りがKIDさんへの金的となり、試合が一時中断する場面もあった。その後は経験で勝る魔裟斗が2回に右ハイキックでダウンを奪い返し、3-0で判定勝ちした。

04年12月、前日会見で魔娑斗(左)と並ぶ山本“KID”徳郁さん

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K1城戸康裕、トゥフ戦へ自虐コメ「やりたくない」

傷めた左足に包帯を巻き、記者発表に現れた城戸(撮影・吉池彰)


K-1ウエルター級の人気者城戸康裕(35)が11月3日、さいたまスーパーアリーナ・コミュニティアリーナで、ジョナサン・トゥフ(25=パプアニューギニア)と対戦する。

「K-1 WGP 2018」(日刊スポーツ新聞社後援)でスーパーファイトを行うもので、K-1実行委員会が18日、都内で発表した。

城戸は6月17日、同アリーナで行われた同級スーパーファイトで、マサロ・グランダー(23=オランダ)に反則勝ちした。試合後、城戸はリングサイド席の王者久保優太(30)にタイトル戦を直訴、11月の実施が内定していたが、先日、久保が交通事故に遭い、今回は見送りとなった。

代わりに決まった相手はK-1初のパプアニューギニアのファイター、トゥフ。全身バネのような体を使って、跳び回し蹴りで相手を立ったまま失神させた伝説も持つ。

この日、会見した城戸は久保戦が流れたことを「残念」と悔しがった後、「バキバキの黒人でびびっている。やりたくない」と得意のおふざけ。それでも、話が久保戦に戻ると「3月にでかいところ(さいたまスーパーアリーナ・メインアリーナ)でやるために、今回こうなった気もする」と気を取り直していた。

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K1王者村越優汰、凶暴なリーバス戦へ「強さを」

第2代K-1フェザー級王者としての初戦に気合を入れる村越(撮影・吉池彰)


K-1第2代フェザー級王者村越優汰(24)が11月3日、さいたまスーパーアリーナでアレックス・リーバス(17=スペイン)とスーパーファイト(ノンタイトル戦)を行う。

同日開催の「K-1 WGP 2018」(日刊スポーツ新聞社後援)での対戦が決まったもので、K-1実行委員会が18日、都内で発表した。

村越は6月の同級王座決定トーナメントで優勝。武尊が返上したタイトルを獲得した。決勝でKrush同級王者の西京春馬(20)と対戦したが、両足を痛めた西京が、1回51秒にドクターストップとなり、村越がTKO勝利した。

対するリーバスはISKAアマチュアK-1ルールでの世界同級王者で、17歳ながら19戦17勝(8KO)2敗の戦績を持つ。スピーディーかつ凶暴なファイトスタイルから「ピューマ」と呼ばれる。K-1初参戦の相手が王者であることにも臆することなく、「俺を甘く見ていたら痛い目を見るだろう」と威勢のいいコメントを寄せた。

これを聞いた村越は「6月にチャンピオンになった時の試合では強さを見せられなかった。今回はK-1チャンピオンは強いと思ってもらえる試合をする」とやる気を見せた。そして、今後に予定されるタイトル戦に質問が及ぶと「3月にやるんですかね」と、会見で隣に座った宮田K-1プロデューサーに聞いた後、「3月に相手をぶっ倒したい」と気合を入れていた。

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K1皇治「俺らが盛り上げな」KIDさん急逝に闘志

12月のK-1大会ポスターをはさんで笑顔を見せる皇治(左)と宮田K-1プロデューサー(撮影・吉池彰)


K-1スーパー・フェザー級の皇治(29)が18日、都内で行われたK-1記者発表で、異例の優等生ぶりを見せた。

12月8日にエディオンアリーナ大阪で開催される「K-1 WGP 2018」(日刊スポーツ新聞社後援)の、第1弾ポスターのメインビジュアル起用が決まり、同級王者・村越優汰の対戦相手発表前に登場、大会PRに一役買った。

皇治は開口一番、同席した宮田K-1プロデューサーに「俺は出場決まってるってこと?出んかったらみんなびっくりするで」と質問。宮田氏に「出場選手は9月下旬から10月上旬に発表します」と慌てさせたが、「俺らの憧れだったKIDさんが逝かれた。これからは俺らが盛り上げないかん」と本気で話した。

皇治はさいたまスーパーアリーナ・コミュニティアリーナで24日開催の「K-1 WGP 2018」で、スタウロス・エグザコスティディス(31=ギリシャ)とスーパーファイトで対戦する。前同級王者の大雅を昨年9月にKO、現王者の武尊には3月に判定で惜敗した実力者が相手で、結果を心配するムキもあるが、皇治は「勝って当然やと思ってる。普通に倒します」と自信を見せた。

そして、「大阪にK-1連れてきたで」というコピーが入った12月大会ポスターを横に「最高のK-1を最高峰にするために気合が入っている。大阪ではタケポン(武尊)とやる」と、最後まで皇治節をさく裂させていた。

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RIZIN参戦の黒部三奈、同学年KIDさん悼む

山本氏を悼んだ黒部(左)と浅倉


総合格闘技界の女子選手も山本KID徳郁氏の死去を悼んだ。RIZIN13(30日、さいたまスーパーアリーナ)に出場するDEEP JEWELSアトム級王者黒部三奈(41)は都内で練習を公開し、「ショックです。自分もいつそうなるか。毎日一生懸命頑張っていく」と同学年の訃報に視線を落とした。

米国で活躍した浜崎朱加との試合まで2週間を切り、この日は立ち技の練習。得意の寝技には絶対の自信を持ち、「しのいで、しのいで勝てれば。しつこさでは負けません。骨を切らせて骨を断ちたい」と誓った。

練習相手を務めたRIZIN女子アトム級の浅倉カンナは、出稽古で山本氏と面識があった。「すごく優しく接してもらった。レスリングの先輩ですし、MMAの偉大な先輩。まだ信じられない。悲しい」と沈痛な表情を見せた。

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魔裟斗「大事な仲間逝った」山本KIDさん死去悲痛

大晦日のK−1ダイナマイトでの対戦が決まった魔裟斗(右)と山本“KID”徳郁と握手を交わす(2004年10月25日撮影)


魔裟斗(39)が18日、インスタグラムを更新し、格闘家の山本KID徳郁さん(41=KRAZY BEE)が亡くなったことを受け、コメントを発表。「2004年大晦日に対戦して以来格闘技界を一緒に盛り上げてきた大事な仲間が逝ってしまった」と、悲痛な思いを吐露した。

「先ほどKIDの悲報を知りました 2004年大晦日に対戦して以来 格闘技界を一緒に盛り上げてきた大事な仲間が逝ってしまった 公園で偶然会った時にはリングとは違う優しい顔でお子さんと遊んでいた姿が印象的でした」

魔裟斗は2004年の大みそかの「K-1 PREMIUM 2004 Dynamaite !! 」で山本さんと対戦し、1回にダウンを奪われたがダウンを奪い返し、3回3-0で判定勝ちした。15年の大みそかに現役復帰した際に11年ぶりに再戦し、2回に左フックでダウンを奪い、再び3回3-0で判定勝ちした。試合後、山本さんが「魔裟斗君、また10年後」と呼び掛けると、魔裟斗は「10年後はキッズ対決がいいんじゃない? 女の子同士で」と返し、笑みを浮かべた。

魔裟斗は「2015年に対戦した時には試合終了後に『また10年後に!』と言っていたのにとても残念です 心よりご冥福をお祈りいたします」(原文のまま)と誓った25年の再戦が果たせなかったことを悔やんだ。

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RENA「最高の輝きをありがとう」KIDさん悼む

RENA(2017年9月9日撮影)


シュートボクサーで総合格闘家のRENA(27)が18日、この日亡くなった格闘家の山本KID徳郁さんを悼み、所属事務所を通してコメントを発表した。

山本さんは先月26日、インスタグラムでがんの闘病中であることを公表していた。

◇◇  ◇◇

山本KIDさんのご逝去を知りとても大きなショックを受けています。KIDさんとは会場でごあいさつをさせていただく程度ではありましたが、私が格闘技を始めた当初から国内外問わずテレビや誌面で大活躍されていたスーパースターでした。試合はもちろんプロ格闘家としての在り方を私たち後輩に大きく示してくださいました。

私はKIDさんの闘う姿やファイティングスピリッツをずっと忘れません。最高の輝きをありがとうございました。

今はどうか拳を解いて安らかにお眠り下さい。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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吉田沙保里、那須川天心、武尊ら山本KIDさん悼む

吉田沙保里(2018年6月17日撮影)


格闘家の山本KID徳郁さん(享年41)の訃報に、多くのファンや関係者から悲しみの声が続々とあがっている。

レスリング女子で五輪3連覇の吉田沙保里(35)はツイッターで「KIDさん、早すぎるよー! お別れも出来ず残念でなりません。心からご冥福をお祈り致します」と悲しみ、キックボクシング界の「神童」那須川天心(20)は「KID選手。お会いした時に 日本の格闘技盛り上げてよ、君なら行けるよ と言ってくださいました。絶対盛り上げます。ありがとうございました」としのんだ。

K-1スーパー・フェザー級王者の武尊(27)は「KIDさん日本の格闘技を盛り上げてくれて本当にありがとうございます。自分より大きい選手を倒していく姿に体の小さかった僕はたくさん勇気貰いました。これから引き継いでもっと盛り上げていきます。天国でゆっくり休んでください。ありがとうございました」と追悼した。

山本さんは先月26日、インスタグラムでがんの闘病中であることを公表していた。18日に所属ジムKRAZY BEEの公式サイトが「山本KID徳郁(享年41歳6ヶ月)が、本日9月18日に逝去致しました」と伝えた。

高田延彦「スペシャルなファイター」KIDさん悼む

高田延彦(2017年11月29日撮影)


格闘家でタレントの高田延彦(56)が18日、この日亡くなった格闘家の山本KID徳郁さんを悼み、所属事務所を通してコメントを発表した。

山本さんは先月26日、インスタグラムでがんの闘病中であることを公表していた。

◇◇  ◇◇

早過ぎるよ!若過ぎるよ!神の子山本キッド徳郁が旅立った。戦うことの素晴らしさ、面白さ、尊さを世に知らしめた大功労者が最期まで戦い抜いて旅立った。もう二度と戦う必要はない。静かに安らかに眠ってください。そして山本ファミリーの太陽だった君が、これからもずっと残された家族や兄妹を、そして格闘技界を照らし続けてください。みんなに愛されたあなたは唯一無二のスペシャルなファイターでした。冥福を祈ります。残念無念。

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