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大相撲裏話

稽古で完敗に不安の栃ノ心、本場所入ればV絡む実績

新大関栃ノ心(右)(2018年6月26日撮影)

 新大関で臨む名古屋場所(8日初日、ドルフィンズアリーナ)を目前にして、栃ノ心(30=春日野)が、かなりへこんでいる。

 「苦しいよ。昨日も豪栄道関に全然勝てなかったし、きょうは栃煌山関に…。苦しいよね。勝てないと、悲しいね」

 4日は境川部屋での出稽古で、先輩大関に0勝11敗。私は生で見ていないが、居合わせた関係者によると「全部完敗」だったらしい。で、5日は部屋で通常の朝稽古。いつもは栃煌山、碧山と関取3人でゴリゴリやり合うのだが、この日は左足かかとが痛む碧山が見合わせたので、栃煌山と三番稽古。16番とって、7勝9敗だった。

 しかも、十八番の「右四つ」にもっていけたのは1番だけ。序盤に2番、思い切って左をさして、押し込む“いい相撲”はあったものの、その他は勝っても引いて落とすなど、内容的にはダメ。つまり豪栄道、栃煌山と2日間通算27番で、気持ち良く勝ったのは1番しかなく…って、そらまあ落ち込むか。

 「当たりがちょっと弱いのかな? (立ち合いの体勢が)高いのかな?」

 豪栄道も栃煌山も、低く力強い立ち合いが持ち味。もともとやや腰高の栃ノ心には、やりづらい相手の上、ともに自身の取り口を熟知してるから、簡単にまわしを許してくれない。

 「(自分と)やりやすいんじゃない? もう思い切ってぶつかっていくしかないよ」。気持ちを奮い立たせようと、必死に自分に言い聞かせていた。

 それでも、春場所、夏場所前のことを思えば、名古屋場所は「問題ないやろ」と思うんです。もちろん素人なりになんですが。

 春場所前は、初場所の初優勝で勢いに乗り、大阪入り後絶好調。初日6日前にして「もういつ初日でもいい。明日でもOK」と豪語してた。ところが翌日、豪栄道との稽古で左足外側付け根をブチッとやった。「…調子よかったのにな…」とこの世の終わりのような顔で迎えた場所だったが、10勝5敗で乗り切った。

 夏場所前はどうだったか。この日と同じく初日3日前に栃煌山と10番とって4勝6敗。同じように右四つにほとんど持ち込めなかった。現在、夏場所で痛めた右手首に不安を抱えているが、当時は春場所で痛めた右肩に、今より大きな不安を抱えていた。場所に入ると、朝稽古で相撲を一切取らず、若い衆への胸出しだけで調子を整えた。そんな中で12連勝(1不戦勝含む)して13勝2敗。横綱白鵬にも初めて勝って、大関昇進を決めた。

 …そんな風に思うので、こう聞いてみた。

 大関、春場所と夏場所と比べたら、相撲とれるだけええんちゃいますの?

 「う~ん、ダメだ、ダメだと思ってたら、気持ちがダメになるからね。気持ちが大事。一日一番、気合入れてやりますよ」。

 場所中の朝稽古は、夏場所のように若い衆に胸を出すだけになるかもしれないらしい。そこは「状態を見ながらね」という。

 場所に入れば「何じゃ、あの怪力」と驚く相撲を普通に見せる、優勝戦線に絡む-。普通にそう思う。なんべんも言いますが、素人考えですけど。【加藤裕一】

大相撲裏話

最年長40歳の安美錦900勝と勝ち越しかけ千秋楽

安美錦

<大相撲春場所>◇14日目◇23日◇エディオンアリーナ大阪

関取衆最年長の40歳、西十両11枚目安美錦(伊勢ケ浜)が、史上8人目の通算900勝に王手をかけて千秋楽に臨む。

この日は徳勝龍に押し出されて7勝7敗となったが「あと1日。勝ってきたような相撲で集中できれば」と、落ち着いて話した。4場所ぶりの勝ち越しがかかる節目の900勝には「来場所に持ち越しかな」と冗談っぽく話しつつ、まだ現役生活を続けたい心の内をかいま見せた。

今場所の安美錦は特に、取組後に大勢の報道陣に囲まれる。横綱貴乃花の最後の対戦相手で、自身も兄弟で幕内を務め、師匠で元横綱旭富士の伊勢ケ浜親方は父のいとこ。今場所6勝未満なら幕下陥落が濃厚、引退も-。そんな中で初日から4連敗したが、5連勝と立て直し「前半を考えれば引退発表していてもおかしくない」と笑っていた。

一方で東日本大震災から8年の2日目には「みんな一生懸命頑張っている。星があがらないぐらいで落ち込んでいる場合じゃない」と、故郷青森と同じ東北地方の仲間を思った。十両残留が濃厚な6勝目を挙げた11日目には「40歳にもなって、まだ緊張する」と、胸中を明かした。力士という特殊な環境にいながら、一般に近い感覚を持つ。40歳でなお、存在感は増している。【高田文太】

大相撲裏話

母校勝山高は実質部員ゼロ、若佐竹奮闘

記者の質問に答える若佐竹(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇12日目◇21日◇エディオンアリーナ大阪

大関とりに挑む貴景勝の千賀ノ浦部屋が場所前稽古を行った勝山高。その相撲部OBでただ1人の大相撲力士が、大阪市平野区出身、東序二段16枚目若佐竹(20=西岩)だ。この日は敗れ1勝5敗となったが「学校も応援してくれているし、期待に応えたいです」。表情は明るかった。

高校相撲は埼玉栄、鳥取城北などが有名だが、競技人口は少ない。全国で相撲部がある高校は154校で総部員数は917人。ちなみに男子サッカー部は4058校、16万5351人(いずれも日本高体連HPから、昨年8月現在)。同相撲専門部の川村久夫事務局長は「小中学生らが相撲をとる各地域の道場などが頑張ってくれて、この10年間ほどは横ばい」という。大阪の公立高で唯一相撲部がある勝山高は今春、部員2人が卒業してマネジャー1人となり、実質0に。大谷登部長らが毎週土曜日、地域の子どもたちに土俵を開放して競技普及に励む。

若佐竹は高卒以上の新弟子入門基準ギリギリの身長167センチで角界入り。「これといってやりたいことがなく、でも相撲なら“やりきれるかな”と思って」。大きなことは言わないが、昨年2月にできた若い西岩部屋で、部屋頭として黙々と頑張る。その姿が母校に入部希望者を呼び込むかもしれない。【加藤裕一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲裏話

母校、実質部員ゼロ若佐竹が奮闘 入部者呼び込む 

記者の質問に答える若佐竹(撮影・河田真司)

大関とりに挑む貴景勝の千賀ノ浦部屋が場所前稽古を行った勝山高。その相撲部OBでただ1人の大相撲力士が、大阪市平野区出身、東序二段16枚目若佐竹(20=西岩)だ。この日は敗れ1勝5敗となったが「学校も応援してくれているし、期待に応えたいです」。表情は明るかった。

高校相撲は埼玉栄、鳥取城北などが有名だが、競技人口は少ない。全国で相撲部がある高校は154校で総部員数は917人。ちなみに男子サッカー部は4058校、16万5351人(いずれも日本高体連HPから、昨年8月現在)。同相撲専門部の川村久夫事務局長は「小中学生らが相撲をとる各地域の道場などが頑張ってくれて、この10年間ほどは横ばい」という。大阪の公立高で唯一相撲部がある勝山高は今春、部員2人が卒業してマネジャー1人となり、実質0に。大谷登部長らが毎週土曜日、地域の子どもたちに土俵を開放して競技普及に励む。

若佐竹は高卒以上の新弟子入門基準ギリギリの身長167センチで角界入り。「これといってやりたいことがなく、でも相撲なら“やりきれるかな”と思って」。大きなことは言わないが、昨年2月にできた若い西岩部屋で、一番弟子として黙々と頑張る。その姿が母校に入部希望者を呼び込むかもしれない。【加藤裕一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

土俵に上がり四股を踏む若佐竹(撮影・河田真司)
大相撲裏話

貴景勝人気うなぎ上りグッズ売り上げも懸賞もトップ

貴景勝タオルを掲げて応援するファン(2019年3月10日撮影)

土俵に上がると、会場内は「貴景勝」の名前が書かれた薄いブルーのタオルで染まる。準ご当地場所で大関とりの貴景勝。実力はもちろんのこと、人気もうなぎ上りだ。エディオンアリーナ大阪では相撲グッズの売店が全部で7店。しこ名が書かれたタオル、ボールペン、キーホルダーなど…全ての売店で貴景勝関連のグッズが売れ行き1位だ。

特にタオルは応援グッズの中でも花形になる。最も規模の大きい2階の売店では、1日200枚以上を入荷して、そのうち半数以上が貴景勝のタオルだという。女性販売員は「新しく届いたなと思ったらすぐになくなる。圧倒的1番人気です」と明かした。

広告塔としても台頭しつつある。力士を指定する懸賞も初場所前の58本から約4倍の約250本で全体トップ。「甲子園記念館」で貴景勝に懸賞を出した阪神電鉄では、大相撲に懸賞を出すのは初めての試みという。同社広報部は「プロモーションの一環として出しました。貴景勝関は阪神地域に位置する芦屋市出身。甲子園と大相撲は長い歴史という意味でもつながりがあるので」と説明した。ちなみに春のセンバツ甲子園は春場所14日目の13日に開幕する。球春到来が先か、昇進当確が先か。【佐藤礼征】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

ファンにサインする貴景勝(撮影・清水貴仁)
原功「BOX!」

ゴロフキンがDAZNと契約 アルバレス戦に現実味

世界ミドル級王座を約8年間に20度防衛した実績を持つゲンナディ・ゴロフキン(36=カザフスタン)が、このほど動画配信サービスのDAZN(ダゾーン)と「3年間に6試合」という契約を交わした。これにより過去1敗1分の宿敵、現WBAスーパー王座とWBC王座に君臨するサウル・カネロ・アルバレス(28=メキシコ)との第3戦が早ければ9月にも実現しそうな気配になってきた。

現在の主要4団体のミドル級王者は、WBAスーパー:アルバレス(54戦51勝35KO1敗2分)、WBA:ロブ・ブラント(28=米 26戦25勝17KO1敗)、WBC:アルバレス、WBC暫定:ジャモール・チャーロ(28=米 28戦全勝21KO)、IBF:ダニエル・ジェイコブス(32=米 37戦35勝29KO2敗)、WBO:デメトリアス・アンドレイド(31=米 27戦全勝17KO)となっている。アルバレスは3階級制覇を果たしたメキシコのヒーローで、ブラントは村田諒太(33=帝拳)から王座を奪った技巧派として知られる。チャーロは爆発的な強打を持つパンチャーで、ジェイコブスは骨肉腫を克服した「ミラクルマン(奇跡の男)」として米国東海岸で人気がある。アンドレイドは2階級制覇を成し遂げている長身の技巧派だ。

いずれ劣らぬ実力者だけに彼らが順を追って直接対決-というのが理想だが、そこはスポーツ・ビジネスの世界、なかなかうまくいかないのが現実だ。最も大きな壁が彼らと放送メディアとの関係である。上記5王者のうちアルバレス、ジェイコブス、アンドレイドの3人はDAZN、ブラントは米国のESPN、チャーロはフォックス系のPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)と契約を交わしており、それが大きな障壁となっているのだ。

こうしたなか昨年でボクシング中継を打ち切った米国HBOテレビと契約を交わしていたゴロフキンが、どこと組むのかが注目されていた。そして、このほどDAZNと契約したというわけだ。正式な金額は発表されていないが、6月に計画される初戦で1000万ドル(約11億1000万円)が最低保証され、アルバレスとの第3戦が実現すれば3000万ドル(約33億3000万円)以上の報酬を約束する内容だと伝えられる。ちなみにアルバレスは5カ月前、DAZNと「5年間に11試合、総額3億6500万ドル(約400億円)」という巨額の契約を交わしている。

ゴロフキンがESPNでもPBCでもなくDAZNを選んだのは、アルバレスとの決着戦を熱望しているからといわれ、すでに両者の第3戦は具体的な動きを見せ始めているようだ。気の早いメディアは9月14日という日程もあげて煽っている。

ただし、その前にアルバレスは5月4日にIBF王者のジェイコブスと統一戦を行うことになっており、これを無傷でクリアしなければならない。ゴロフキンも6月8日か15日に計画される試合で圧勝することがノルマとなる。対戦候補にはWBA2位で19戦全勝(4KO)のカミル・ツェメルタ(29=ポーランド)の名前が挙がっている。

仮にジェイコブスがアルバレスに勝つようなことがあれば、そのときはジェイコブスがゴロフキン戦に大きく前進するはずだ。ゴロフキンとジェイコブスは17年3月に対戦し、ダウンを奪ったゴロフキンが小差の判定で勝利を収めており、こちらも因縁の再戦となる。

アルバレス対ゴロフキンの第3戦は早期実現するのか、それとも5月、6月に波瀾が起こるのか。ブラント、チャーロ、アンドレイドがどう動くのか、そして再起を宣言している村田は? 今後のミドル級トップ戦線の行方に注目したい。

リングにかける男たち

最強を追い求めた若松佑弥、超大物食いの好機到来

31日のONEチャンピオンシップ日本大会で元UFC王者デメトリアス・ジョンソンと対決する若松佑弥

超大物を食う。高い闘争本能を持ち、リトル・ピラニアが愛称だ。31日に東京・両国国技館でシンガポールを拠点とする格闘技興行ONEチャンピオンシップの「ONE:A NEW ERA-新時代」が日本初開催。その大舞台で、総合格闘家の若松佑弥(24)は番狂わせを狙い、己の牙を研いでいる。試合当日、ケージではUFC史上最多の11回防衛を誇る元フライ級王者デメトリアス・ジョンソン(32=米国)と相対する。同階級で史上最強と呼ばれる相手とONEチャンピオンシップのフライ級トーナメント1回戦で拳を交える。

「オレは奇跡を起こします」

明るい未来を想像し、神経を研ぎ澄ませる。

地元の鹿児島・薩摩川内市では、やんちゃな少年時代を過ごした。格闘漫画グラップラー刃牙の世界観にあこがれ、ストリートファイトを通じて常に最強を求めた。典型的な不良。「子供のころは問題をたくさん起こして周囲に迷惑ばかりかけていた」。中学時代にボクシングジム、卒業後の16歳には柔術道場にも通った。それでも抑えきれない闘争本能。わき上がる戦いへの渇望。とび職をしながら自己流で鍛えた。拳を鍛えるために電柱やブロック塀を殴り続けた。

「ワンパンチで倒す強さが欲しかった」

地元になかった総合格闘技ジムに通うため、18歳で仕事を辞め、上京。頭に浮かんだのはPRIDEリングでピラニアと呼ばれたファイター、長南亮(現所属ジム会長)の戦う姿だった。「ボクの格闘技の原点は『ケンカの最強』というイメージ。そのファイトスピリットがあるのは長南さんだと思った」。上京後、1年間は己の肉体の基礎を作り、練馬区にある長南会長のジムの門をたたいた。

ケンカで鍛えた持ち前の闘争本能と総合格闘技テクニックが融合し、若松は急成長を遂げた。プロデビュー戦こそ黒星を喫したが、その後は9連勝(8KO)をマーク。パンクラスのフライ級ネオブラット・トーナメントも制覇した。今や若手成長株の1人として注目されているが、まだ王座獲得歴はない。昨年9月のONEデビュー戦も負けていた。

「次は弱いヤツとやるのかな」。

その不安は杞憂(きゆう)に終わった。フライ級世界最強の相手に指名された。「(オファーは)電車の中で聞いて、最初は頭が真っ白になったけれど、すぐにやりたいと思った。こんなチャンス、人生で1回あるかないか。やるしかないでしょ」。即決だった。過去、若松のような打撃を得意とする選手が、ジョンソンのタックル→テークダウン、グラウンド(寝技)に食われてきた。下馬評は高くない。若松も承知の上だ。

やるか、やられるか-。もちろん、やられるつもりはない。「ジョンソンを『殺すつもり』で。31日はボクの日だと思っています」。最強の男を食い、食い散らかす-。その大物食いを達成した時、若松がリアル・ピラニアになる。【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

◆若松佑弥(わかまつ・ゆうや)1995年(平7)2月9日、鹿児島・薩摩川内市生まれ。TRIBE TOKYO MMA所属。川内育英小1年から6年間、サッカークラブに在籍。川内北中時代には地元ボクシングジムに通って打撃を鍛える。とび職に就き、地元の柔術道場にも通うが、格闘家になるために18歳で上京。2年後の15年6月にプロデビューし、通算戦績は10勝2敗。趣味は買い物。家族は両親と姉、妹、弟。168センチ、65キロ(通常)。血液型はB。

◆ONEチャンピオンシップ 11年7月、シンガポールで設立された高い競技性を追求するアジアで人気の格闘技団体。ムエタイ、キックボクシング、空手、カンフー、シラット、散打(サンダ)、ラウェイ、総合格闘技(MMA)、テコンドー、グラップリングほか、すべての格闘技スタイルを組み込む大会を運営。11年9月、シンガポール・インドア・スタジアムで第1回大会を開催。同年10月から王座を創設し、16年5月から女子王座も創設。北米流にPRIDE流も融合させた独自ルールを採用。試合は5分3回、王座戦は5分5回。円形のケージを使用。世界138カ国、17億人以上の視聴者に映像を配信。設立者の1人、チャトリ・シットヨートンがCEO(最高経営責任者)を務める。

電柱やブロック塀を殴って鍛えた若松の右拳は大きく盛り上がる(撮影・藤中栄二)
3月14日にONEジャパンの秦社長(左端)、パンクラスの酒井代表(右端)とともに会見に臨んだ若松(撮影・藤中栄二)
大相撲裏話

元貴公俊の貴ノ富士、同じ過ちはしない精神面が成長

春場所8日目、水戸龍を寄り倒しで破る貴ノ富士(撮影・上田博志)

「付け人とのコミュニケーションで、去年と同じ間違いはしたくなかった」。今場所の初日を出した3日目の支度部屋。西十両13枚目貴ノ富士(21=千賀ノ浦)は、間を置きながら、淡々と決意を語った。付け人は、もともと千賀ノ浦部屋に在籍していた幕下舛東欧、1年前に入門した序二段貴正樹らがつき、サポートに徹している。貴ノ富士は「初めてついてくれたけど、ちゃんとついてくれている」と感謝した。

あれから1年がたった。昨年初場所で新十両を決めながら、この日と同じ春場所8日目の同年3月18日に付け人を暴行。謹慎処分を受け、幕下に陥落した。貴公俊(たかよしとし)から改名した1月の初場所で再十両を決めた。1年ぶりとなる十両の舞台は、ここまで3勝5敗。「全ての力を使ってもいいくらい、相撲だけに集中したい」と意気込んでいる。

場所前の2月23日には双子の弟、十両貴源治との「貴源治・貴ノ富士双子後援会」の発起会が行われるなど、背負うものが増えた。「自分のことよりも、応援してくれるいろんな人の思いも背負っている」。21歳。1年前より、精神面の成長を実感している。【佐藤礼征】

双子の弟・貴源治(左)と貴公俊時代の貴ノ富士(2017年4月30日撮影)
大相撲裏話

全中V吉井と準V大辻、中卒たたき上げで横綱目指す

新序一番出世として土俵に上がった中学横綱の吉井(2019年3月14日撮影)

5日目の14日、春場所の新序一番出世16人が披露された。合格者40人は直近5年で最も少ないが、バラエティー豊かな人材が集まった。全国中学校大会決勝で戦った15歳2人は“中卒たたき上げ”での出世を目指す。

中学横綱の吉井虹(15=中川)は、新序一番出世で師匠の中川親方(元前頭旭里)の化粧まわしをつけ「いろんな意味で重い」と感慨深そうに話した。その日が47歳の誕生日だった父昌人さんは、会場で息子の晴れ姿を見守り「最高の誕生日プレゼントです」と笑顔。吉井も「親孝行して、いつかは横綱になりたい」と力を込めた。

その吉井に決勝で敗れた大辻理紀(15)は猛稽古で知られる高田川部屋への入門を選んだ。「厳しい環境で成長して、3年以内に関取になりたい」。師匠の高田川親方(元関脇安芸乃島)と、母真理子さんの共通の知人に紹介されたことがきっかけ。兵庫・加古川市出身で2月中旬には加古川市役所を訪問し、岡田康裕市長から「横綱になって」と激励された。昭和以降の同市出身力士では元関脇闘竜が最高位。179センチ、130キロの大器は「地元の人のためにも活躍したい」と意気込んだ。【佐藤礼征】 (ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

新序一番出世披露を終え、握手を交わす昨年の中学横綱の吉井(左)と全中準優勝の大辻(2019年3月14日撮影)

大相撲裏話

照ノ富士が一緒にゲームなどした天風と序二段で対戦

序二段の取組で土俵に上がった照ノ富士(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇4日目◇13日◇エディオンアリーナ大阪

最高位が大関の照ノ富士(伊勢ケ浜)と前頭13枚目の天風(ともに27=尾車)が、序二段で対戦した。昭和以降、幕内経験者同士が序二段で対戦するのは初。幕内から序二段以下に番付を落とした力士は9人いるが、これまで対戦はなかった。結果は照ノ富士に軍配。左四つから右を抱えた照ノ富士が、最後は小手投げで2連勝とした。

観衆もまばらな午前10時半ごろの取組だったが、取組前から大きな拍手と歓声が起きた。西序二段48枚目の照ノ富士は両膝の手術や内臓疾患で5場所連続、同50枚目の天風は右膝の手術で4場所連続で休場していた。4度目の対戦で1勝3敗とされた天風は「パワーがある」と完敗を認めた。

実は2人は15歳から知り合いだった。鳥取城北高入学前の照ノ富士が、モンゴルから初来日した際に1週間、相撲部屋体験として尾車部屋で寝泊まりし、一緒にゲームなどもした間柄。照ノ富士は「相撲部屋はこういうものと教えてくれた友だち。そういうのを当たるたびに思い出す」と、しみじみ語った。天風も「楽しかった。思い出の一番になった」と笑顔だった。

2人を超える序ノ口まで番付を落とした元幕内の舛乃山は今場所、幕下まで戻っている。「お互いケガなく、一緒に上がっていきたい」。照ノ富士は、土俵下まで落ちた天風に手を差し伸べていた。【高田文太】

天風(手前)を小手投げで破る照ノ富士(撮影・鈴木正人)
原功「BOX!」

技のガルシアか強打のスペンスか 注目の全勝対決

24戦全勝(21KO)のIBF世界ウエルター級王者、エロール・スペンス(29=米)と、4階級制覇を成し遂げている39戦全勝(30KO)のWBC世界ライト級王者、マイキー・ガルシア(31=米)が16日(日本時間17日)、米国テキサス州アーリントンで拳を交える。

本来、両者は2階級異なるためベスト体重が約5キロ違うが、ガルシアがウェートを上げて5階級制覇に挑むことになる。体格で大きく勝るスペンスが圧倒的に有利とみられているが、ガルシアは「私の方が優れたボクサーであることを証明する」と自信満々だ。

フェザー級(約57・1キロ以下)、スーパーフェザー級(約58・9キロ以下)、ライト級(約61・2キロ以下)、スーパーライト級(約63・5キロ以下)で世界王座を獲得してきたガルシアだが、身長は168センチ、リーチは173センチと決して大柄というわけではない。身長174センチ、リーチ179センチの現WBO世界スーパーフェザー級王者、伊藤雅雪(28=伴流)よりも体は小さいことになる。それでも4階級で世界制覇を成し遂げることができたのは、卓抜したスキルと強打、勝負勘を備えているからだ。左ジャブで相手を煽りながら自分の間合いとタイミングを計り、ここというところで切り札の右ストレートを打ち抜く。返しの左フックも強い。

オルランド・サリド(メキシコ)、ファン・マヌエル・ロペス(プエルトリコ)、ローマン・マルチネス(プエルトリコ)という2階級制覇王者3人に勝っているほか、4階級制覇の実績を持つエイドリアン・ブローナー(米)にも完勝。また、それまで全勝だったデヤン・ズラティカニン(モンテネグロ)、セルゲイ・リピネッツ(カザフスタン/露)、ロバート・イースター(米)らを世界戦で下している。実績面も申し分ないといえる。階級の壁を越えたボクサーの強さ指数ともいうべき「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」では、米国の老舗専門誌「リング誌」で井上尚弥(大橋=WBA世界バンタム級王者)のひとつ下、7位にランクされている。

そんなガルシアだが、今回は厳しい予想のなかでリングに上がることになる。迎え撃つスペンスは12年ロンドンオリンピック(五輪)に出場した経歴を持つ実力者で、プロ転向後の歩みも順調だ。現在持っているIBF世界ウエルター級王座は17年5月に英国で手に入れたもので、これまで2度の防衛を果たしている。それら3度の世界戦を含め目下11連続KOと飛ぶ鳥を落とす勢いだ。「リング誌」のPFPではガルシアの三つ下、10位にランクされている。

スペンスは身長177センチ、リーチ183センチのサウスポーで、とにかくパンチが強い。村田諒太(帝拳)からWBA世界ミドル級王座を奪ったロブ・ブラント(米)は、無冠時代にスペンスとスパーリングしたことがあるが、「2階級上のミドル級選手よりもパワーがある」と話しているほどだ。スペンスは「多くの人は体格のことを言うが、そうではなく技術でも上回っていることを試合で示す。ガルシアのことを侮ってはいないが、もしも彼が打ち合いに来るならば勝負は早いだろう」と事実上のKO宣言をしている。

4対1のオッズが示すように、体格に加えパワーで勝るスペンスに大きなアドバンテージがあることは間違いない。挑戦者がスペンスの圧力に抗いきれずに序盤から戸惑いをみせるようなら、勝負は4回を待たずに決する可能性もある。ガルシアが番狂わせを起こすには、前半を互角で乗り切り、スペンスの焦りを誘ったうえで右ストレートのカウンターを数多く決めることが条件といえそうだ。

リングにかける男たち

棚橋弘至が仙台で起こした風「女もできる」仙女続く

センダイガールズ新宿FACE大会の冒頭で黙とうする選手ら。左から愛海、DASH・チサコ、橋本千紘、里村明衣子、岩田美香(2019年3月11日撮影)

2019年3月11日の夜、仙台を拠点にするセンダイガールズプロレス(仙女)は東京・新宿FACEで「あの日を忘れない」と銘打つ試合を行った。午後7時の開始直後、選手と観客が一緒に1分間の黙とうをささげる。代表の里村明衣子(39)はリング上で「何が起こるか分からない。あの時、日本中、世界中の方々が助け合ってここまでこられたこと。センダイガールズもたくさんの方に支えられてここまでこられたこと。絶対に忘れたくない」とあいさつした。ネオンきらめく歌舞伎町のど真ん中で、来年もこの興行を継続する予定だ。

東日本大震災から8年。被災地の復興の歩みと、どん底に落ちていたプロレスの人気回復は重なる。プロレス再ブームの立役者である新日本の棚橋弘至(42)にとって、仙台は特別な意味を持つ場所だ。2000年代、新日本仙台大会の場所は、約1500人の収容が可能なzepp仙台だった。だが、客席が満員になることはなかった。現在新日本の公式ページに残る観客数を調べると、07年から10年にかけて行われた年2回ほどの興行の観客数はいずれも500~600人程度。静かな試合が続いた。

「苦手な場所だった」という仙台で、ある日、棚橋は怒りを客にぶつけたという。「お通夜みたいに静かな試合をして、その後、逆ギレしたんです。お客さんに向かって『何を見てんだよ、って』。自分が技量がないだけだったのに…」。それでも棚橋は、苦手な仙台で地道な努力を続けた。仙台を拠点に活動するカメラマン松橋隆樹さんは、その過程をそばで見てきた1人だ。

「あの頃、zepp仙台での試合が終わると、僕ら有志で企画し、ファン3、40人ぐらいで仙台出身の田口(隆祐)選手を囲む会をやっていたんです。ある時、棚橋選手がゲストで来てくれて、酔っぱらって、仮面ライダーの歌をアカペラで歌ってくれたことがありました。今では考えられないけど、そういう小さな会合にもよく顔を出していました。昔からプロレスファンの僕からすれば、プロレスラーは孤高でいてほしかったし、何もそこまでしなくても…と思ったりもしました。でも、棚橋選手は正しかった」。

11年2月、さらに大きな会場、仙台サンプラザホール大会でのIWGPヘビー級防衛戦に備え、王者の棚橋はテレビ、ラジオ各局、雑誌など宮城県内のさまざまなメディアでのPRに駆けずり回った。迎えた当日。会場は3200人の超満員となった。メインで挑戦者の小島聡を下し、初防衛に成功した棚橋は「今日、仙台のこの日を、生涯忘れません」と涙を流した。その場にいた松橋さんは言う。「あれは“神”試合だった。今でも仙台のファンは、あそこが(プロレス)ブームの始まりだった、と思っているんです」。

その1カ月後。震災直後の13日に新日本は浜松で試合を行った。棚橋はマイクでこんな言葉を残している。「先月、ベルトをかけてタイトルマッチを仙台でやりました。その会場では、ものすごい声援で、俺を、俺らを応援してくれたプロレスファンの仲間がいました。今、俺にできること、俺たちにできること、それはプロレスを通して、みんなに、全国に声援を送っていくこと」。あきらめない。その姿をリング内外で示し続ける棚橋は、そこからスターの階段を上っていった。全国各地の会場が満員になる今でも、棚橋は普及の手を緩めない。「もう今年以上はないと思ってやってきているけど、毎年、毎年忙しさを更新している」とこの1月、うれしそうに話していた。

女子プロレス界の横綱こと仙女の里村は、勢いを取り戻した新日本プロレスに勇気づけられ、今もその取り組みを所属選手とともに学んでいるという。震災後、選手は一時、里村とDASH・チサコの2人だけとなったが、途中の増減を経て、今は7人。興行数も数年前の5倍に増えるなど、やっと軌道にのってきた。「男ができたのだから、女もできるはず。女子プロレスも大ブームにする。地方から世界一を目指します」。仙台の地で、またプロレスの新たな風が吹こうとしている。【高場泉穂】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

仙台市内の茶屋で対談する里村明衣子と棚橋弘至(2016年9月16日撮影)

大相撲裏話

忘れない8年前の津波被害、故郷に恩返し誓う天空海

午後2時46分に1分間、親方衆が各担当部署で黙とうを行った。八角理事長(元横綱北勝海)は「いい相撲で被災されている方々に喜んで頂ければ」と言った。相撲協会は大震災から約3カ月後に被災地を慰問。その後も復興祈願の横綱土俵入りを8年連続で行うなど支援活動を続けている。

東幕下11枚目天空海(あくあ、28=立浪)は、8年前に高台から見た渦巻きを鮮明に覚えている。「海が大変だ、と思いました。幸い亡くなった方はいませんでしたが、危ないなって」。茨城・大洗町出身。11年3月に本格的な部屋入りを予定していたが、専門学校の期末テストのため一時帰宅した際に東日本大震災が発生。高台の実家は無事だったが、海沿いの親戚の家は津波で被害に遭い、自身の上京も1カ月以上遅れた。

昨年故郷に顔を出したが「まだまだ戻っていない。アウトレットも人が少なくて…」と神妙な面持ちで話した。「自分たちみたいな人が活躍することで元気を与えたい」。最高位は東十両14枚目。現在は関取復帰を目指す日々が続く。所属の立浪部屋は、4月の両国にぎわい祭りなどで特製ちゃんこを振る舞っているが、大洗では実施したことがない。「いつかは大洗でもちゃんこをふるまってみたい」。大洗駅や町役場には「頑張れ天空海」の垂れ幕が下がっている。いつか地元に恩返しする。【佐藤礼征】 (ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

芝(下)を上手投げで破る天空海(撮影・鈴木正人)

大相撲裏話

現実離れした刺激的な相撲界 生観戦に一見の価値

朝稽古で若い衆に胸を出す玉鷲(右)

会場に足を運んで観戦するなら、どのスポーツがオススメ?

時々、知人、友人らに聞かれる質問だ。その人の性別や年齢などによって、好みもバラバラだろうし、複数の競技を答えることもある。ただ、回答する時、必ず相撲は入れている。理由の1つとして、日本人ならほとんど、土俵外に出されたり、土俵内でも手をついたり倒されたりしたら負けというルールを知っていること。そして何より、相撲は数少ない五感を刺激されるスポーツだからだ。

これまで、さまざまなスポーツを取材してきたが、そのほとんどは、実は視覚と聴覚で得た情報を伝えていたことに、いまさらながら気付かされた。

気付かされたきっかけは、1月の初場所で優勝した関脇玉鷲(34=片男波)を取材していた時のことだった。春場所(10日初日、エディオンアリーナ大阪)に向けた稽古後、技術的なことを質問した。すると、土俵脇で座って話していた玉鷲は立ち上がり、稽古場を出て「こっちに来て」と、広い道路脇まで出て実践しながら、技術解説を始めた。

先場所優勝力士に、得意の突き、押しを受ける、まさかの展開-。玉鷲は最小限の力しか出していないはずだが、自分の体が驚くほど吹っ飛び、ひっくり返りそうになった。一瞬で意識まで飛びそうになったと同時に「このままだと倒れる。踏ん張らないと」と考えている自分が、どこか別の場所にいるような感覚もあった。一瞬の出来事とは思えないほど、時間がゆっくりと流れたように感じた。

おそらくプロゴルファーなら、記者にクラブを握らせて、手首やひじの位置を軽く矯正しながらレッスンしているようなものだろう。事実、まったく痛みなどもなく、玉鷲からすれば“触れただけ”ぐらいの感覚だと思う。それがかえって、玉鷲の「押す力」のすごさを実感することになった。

突き、押しを得意とする力士は、勝っても負けても、わずか数秒で勝負が決まることも多い。だが、もしかしたら自分が一瞬、味わった(と錯覚した)ような、時間が長く感じる中で取組を行っているのかもしれない。ルールが明快だからこその、奥の深さを垣間見たような気がした。

玉鷲は技術解説後に「ほらね、力が伝わるでしょ」と笑っていた。即座に「そうですね」と答えた。すごいな、もう十分、結局違いが分からん-。さまざまな感情が同時に起き、考えがまとまらないまま、おそらく生涯で最も心のこもっていない「そうですね」という生返事をしてしまった…。ただ、取組を見て、話を聞くだけでは得られない“何か”を感じ取ったのは事実だ。

もちろん、住んでいる地域などの関係もあり、誰もが相撲を観戦できるわけではない。ただ、視覚と聴覚で得られる情報にしても、力士の体の大きさは一見の価値があり、人間が頭と頭、体と体をぶつけ合うと、こんなにもすごい音がするのだと驚くだろう。いくら映像が高画質になっても、体の大きな力士同士が並んでいると、その大きさには気付きにくい。両国国技館の最上段の席にいても響く、頭をぶつけ合う「ゴンッ」という鈍い音は、一般社会では聞いたことがない。

それに加えて、力士がまげに付けるびんづけ油は、他に例えようのない香りを漂わせる。関脇以下の力士は歩いて本場所に入り、握手などに応じてくれることは多い。真剣勝負の場だけに、験担ぎなどでどうしても対応しきれないこともあるが、総じて力士は気さくだ。

最近は本場所の会場で、相撲部屋のちゃんこ鍋と同じ味を楽しめる。嗅覚も触覚も味覚も刺激される。あらためて気付かされたのは、玉鷲の「押す力」を体感したことがきっかけ。ただ、取材する人にとっても、観戦する人にとっても、現実離れした刺激的な世界であることは間違いない。【高田文太】

内閣総理大臣杯が手渡される玉鷲(2019年1月27日撮影)
原功「BOX!」

“スコーピオン”ペドロサ死去 フェザー級最多防衛

7年以上の在位中に連続19度の防衛を記録した元WBA世界フェザー級王者、エウセビオ・ペドロサ(パナマ)が3月1日、膵臓ガンのためパナマ市内の自宅で亡くなった。63歳の誕生日を翌日に控えての逝去だった。ペドロサは17歳でプロデビューし、1992年に引退するまで49戦したが、この間、日本でも2度の防衛戦を行っている。

パナマ市で貧しい家庭に生まれたペドロサはアマチュアで86戦(80勝6敗)を経験したあと、73年12月に17歳でプロの世界に飛び込んだ。2年4カ月後、20歳のときにバンタム級で初の世界挑戦を試みたが、このときは23戦全KO勝ちのアルフォンソ・サモラ(メキシコ)の強打に捕まり2回KO負けを喫した。再起戦でもKO負けを喫したが、それを機にフェザー級に転向。78年にはセシリオ・ラストラ(スペイン)を破って22歳1カ月の若さでWBA世界フェザー級王座についた。

その後は、173センチの長身を生かした左ジャブや右ストレート、中近距離で繰り出すアッパーなど多彩なパンチ、必要に応じて距離をとりながら戦う戦術、そしてスキルに長けたボクシングで7年以上の長期政権を築いた。一発で仕留める強打者ではなかったが、「スコーピオン(サソリ)」の異名があるように相手をコントロールしながら徐々にダメージを与えていくボクシングを得意としていた。

3度目の防衛戦では来日してロイヤル小林(国際)の挑戦を13回終了TKOで撃退。1年後にはV7戦で再来日し、スパイダー根本(草加有沢)に大差の15回判定勝ちを収めている。

日本での2勝を含む連続19度の防衛はフェザー級では史上最多で、全階級合わせても史上8位タイ記録である。特筆すべきは、そのうち13度が自国パナマ以外での試合だという点だ。プエルトリコ、アメリカ、韓国、ベネズエラ、イタリア、パプアニューギニアなど声がかかればどこでも戦う逞しさがあった。また、19度の防衛のうち、小林を含めたのべ6人が元あるいはのちの世界王者であることも加えておく必要があるだろう。ちなみにペドロサと世界戦で2度にわたって拳を交えたライバルのロッキー・ロックリッジ(米)も、今年2月7日に60歳で亡くなっている。

ペドロサは、同じ時代に中量級で活躍したロベルト・デュラン(パナマ)やアレクシス・アルゲリョ(ニカラグア)、ウィルフレド・ゴメス(プエルトリコ)らと比べると、スター性や華やかさという点では見劣りしたが、テクニックや実績では十分に伍するものがあった。

85年6月、バリー・マクギガン(アイルランド)の挑戦を受けるために英国ロンドンのリングに上がったが、7回にダウンを喫するなど持ち味を発揮できずに大差の15回判定負け。7年2カ月の政権に終止符を打った。翌年、いったん引退したあと5年後の91年に戦線復帰したが、4戦目に黒星を喫して正式に引退した。足かけ20年のプロ生活で残した戦績は49戦41勝(25KO)6敗1分1無効試合。99年には米国ニューヨーク州カナストータの「名誉の国際ボクシング殿堂(IBHOF)」入りを果たしている。

リングにかける男たち

長州もベイダーも…マサ斎藤さんの巨大な功績永遠に

巌流島決戦でアントニオ猪木を締め上げるマサ斎藤さん(1987年10月4日撮影)

ツバを飛ばさんばかりの勢いで、新日本プロレスの元役員、上井文彦氏はしゃべっていた。

「知ってますか? ビッグバン・ベイダーが(新日本に)来たのも、NWOを日本に引っ張ったのもマサさんなんですよ? 功績を思えば、もっと評価されないと」

2月15日、大阪市の城東KADO-YAがもよんホール。数分前に名刺を切ったばかりの記者に訴えた。昨年7月14日に他界したプロレスラー・マサ斎藤さん(享年75)の追悼興行「マサ斎藤メモリアル」の開始前のことだ。

マサ斎藤と言えば、多くの人はアントニオ猪木との「巌流島の戦い」を思い浮かべるだろう。87年、時間無制限&ノールール&ノーレフェリー&無観客というとんでもない設定で、2時間超の激闘を展開した。しかし、当時ただのプロレスファンだった私は、それ以前の印象がはるかに強い。83年に長州力が藤波辰巳(当時)に“かませ犬発言”で牙をむき、革命戦士としてのし上がった。現在のユニットや軍団抗争の走りと言える革命軍、維新軍の参謀格で長州らの活躍を陰で支えた。

AWA世界ヘビー級選手権で念願のタイトルを獲得したマサ斎藤さん(1990年2月10日撮影)

おもしろいマイクパフォーマンスはない。存在感は圧倒的なのに、あまり表に出ようとしない。だが、当時高校生だった記者は「なんちゅうオッサンや」と思っていた。ぽっこりオナカと不似合いな、鍛え抜かれた僧帽筋、上腕筋、ぶっとく引き締まった両太もも。ロングタイツを履いたレスラーは今も昔も数多いが「このオッサンが1番似合ってる」と思った。そして、繰り出すバックドロップ。長州力の“ひねりを加えたバックドロップ”もすごかったが、マサ斎藤のそれもえげつなかった。「なんでシングルでもっとビッグマッチが組まれへんのかな?」と普通に思っていた。

アマレスのヘビー級代表で64年東京五輪出場。65年に日本プロレスでデビューし、東京プロレス崩壊を経て、67年から単身渡米。一匹おおかみで暴れた。米国ではトップヒールだったが、日本では徹底して、脇役に徹した。新日本のフロント、プロモーター的な立場での活躍も、やはり表に出ることを嫌っているように、職人的な仕事に徹していたように思う。

要はマサ斎藤がいなければ、という話だ。長州の大ブレークもなかったと思うし、現在のプロレスで当たり前となったユニットもなかったと思う。

追悼興行の最後に、マサ斎藤の妻倫子さんがリングに上がってマイクを握った。パーキンソン病による闘病生活の末に逝った夫。「私がここに出てきてすみません。悔しいです。悲しいです。本当はここに、マサ斎藤が立っていないといけないのに。マサ斎藤の名前を、みなさん、少しでも長い間、心にとどめておいてください」-。

倫子さんの訴え、叫びを聞いて、泣きそうになった。【加藤裕一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

マサ斎藤追悼イベントでファン、関係者に感謝を述べる倫子夫人(2019年2月15日撮影)

大相撲裏話

「引退ライン」乗り越えた幕内豊ノ島に怖いものなし

16場所ぶりの幕内復帰を果たし新番付の自分のしこ名を指さす豊ノ島

退路を断ち、腹をくくった男は強い。大相撲春場所(3月10日初日、エディオンアリーナ大阪)で16場所ぶりに幕内へ復帰した西前頭14枚目の豊ノ島(35=時津風)は、そう感じさせる力士の1人だ。

16年名古屋場所前の稽古で左アキレス腱(けん)を断裂。2場所後に関取の座を追われ、約2年の幕下生活が続いた。引退の2文字を口にする本人の言葉を、これまでの取材でも何度か耳にした。「頭をよぎる時がある」「いつなっても、おかしくない」という言葉とともに口を突いて出ていた。ただ、具体的にどんな状況で腹をくくったのか、デッドラインはあったのか-。番付発表のあった先月25日、取材に応じてくれた本人が明かしてくれた。

くしくも、ちょうど1年前。春場所を前に1つの覚悟を決めたという。その前の初場所で、幕下陥落後2度目の肉離れ。不戦敗を含む3敗4休で、番付は幕下陥落後で最も低い西35枚目まで落ちていた。「ここまで下がったら、一気に(関取に)戻るには全勝(を2度)するしかない。そのプレッシャーはしんどかったな」。同時に、その初場所では膝を大けがし幕下まで落ちたことのある栃ノ心が平幕優勝。「自分はもうダメだ、と思って嫁とも話しつつ、栃ノ心の優勝で“もう1度、頑張ろう”と決めたのが去年の大阪でした」。

そう決意する一方で「こうなったら引退」という、一線も引いた。今後、ケガもしないのに負け越すことになったら引退する-。ケガという理由もなく負け越すというのは、明らかな力の衰え。それ以上に気力がなえたまま土俵に上がる自分を許せなかった。この覚悟だけは譲れない。「嫁にはさんざん(それまで引退と口にしても)止めてもらったけど、やる以上は覚悟が必要。ダラダラやるわけにはいかない。負け越したら潔く引退しよう。そう伝えました」。

退路を断って臨んだ春場所。1番相撲で敗れ「引退」の2文字が忍び寄ったが、再び気力を奮い立たせて2番相撲から6連勝。1つの大きなヤマを6勝1敗で乗り越えた後は5勝、5勝、6勝と白星を重ね再十両で関取復帰。「2場所で十両は通過したい」の言葉通り、十両も11勝、10勝で通過し幕内復帰を果たした。

あれから1年。「あの覚悟があったから上がれた」と言う。苦節の幕下時代、何度か口にしていた僚友の琴奨菊や、横綱との対戦も夢ではない。ケガの前、最後に幕内力士として番付に載った16年名古屋場所では安美錦、豪風、嘉風と自分より年上は3人いた。豪風が引退し、安美錦は十両で苦闘し「一緒に頑張ってきた仲間の引退もあるし」と話すように、今場所は嘉風に続く年長2番目の幕内力士として臨む。「顔ぶれはだいぶ変わってきたようだけど、意外と初顔は少ないんじゃないかな。世代交代の波は来ているけど、オジさんチームも頑張らないとね」。絶望のふちからはい上がった男に、もう怖いものはない。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

貴源治(左)を送り出しで破る豊ノ島(2019年1月23日撮影)

原功「BOX!」

井上尚弥に70秒KO負けのパヤノが戦線復帰、再び世界王者目指す

昨年10月7日、井上尚弥(25=大橋)の持つWBA世界バンタム級王座に挑んで70秒KO負けを喫したファン・カルロス・パヤノ(34=ドミニカ共和国)が戦線復帰することになった。再起戦は3月9日(日本時間10日)、米国カリフォルニア州カーソンでセットされている。相手はスーパーフライ級でWBA14位、WBC34位にランクされるダミエン・バスケス(21=米)。アマチュア時代に2度のオリンピック(五輪)出場、プロ転向後も世界王座を獲得するなど輝かしい実績を残しているパヤノは再び脚光を浴びることができるのか。

井上対パヤノは、階級最強を決めるトーナメント「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)」の初戦として横浜で行われた。戦前の予想は井上が圧倒的に有利ではあったものの、経験値の高いサウスポーのパヤノが王者を苦しめるのではないかという見方もあった。しかし、試合では井上が狙い澄ました右ストレートを一閃。これをアゴに浴びたパヤノは射抜かれたように後方に弾かれ、辛うじて上半身を持ち上げたあと体を反転させた状態で10カウントを聞かされた。試合開始から70秒での決着だった。これは日本人選手の世界戦勝利としては史上最短記録でもある。また、この試合は米国の老舗専門誌「リング・マガジン」の年間最高KO賞にも選ばれた。敗れたパヤノは「油断したということはない。あのパンチは見えなかった」と肩を落とし、一方の主役として記録と記憶に名を残すことになってしまった。

このパヤノ、井上には完敗したものの長いこと世界のトップ戦線に名を連ねてきた実力者であることに変わりはない。アマチュア時代には04年アテネ大会、08年北京大会と2度の五輪出場を果たしており、プロに転向後の14年9月にはアンセルモ・モレノ(パナマ)のV13を阻止してWBA世界バンタム級王座を獲得するなど申し分ない実績を残しているのだ。井上に敗れたあとも世界挑戦圏内に留まり、現在はバンタム級でWBA11位、WBC8位にランクされている。戦績は22戦20勝(9KO)2敗。パヤノは「井上戦のあとは十分な休養をとった。今回の試合は再び世界王者になるための第一歩」と話している。

そんなパヤノの再起戦の相手に選ばれたバスケスは、スーパーバンタム級で3度の戴冠を果たした元世界王者、イスラエル・バスケスの20歳下の弟としても知られる。16歳の誕生日を迎えた3カ月後の13年8月、メキシコのカンクンで行われた三浦隆司(帝拳)対セルヒオ・トンプソン(メキシコ)のWBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチの前座でプロデビューし、5年半で14戦全勝(7KO)をマークしているサウスポーのホープだ。井上との試合で意図せざるかたちで知名度を上げたパヤノを破れば一気に将来の展望が開けるだけに、陣営は勝負に出たものと思われる。

ベテランが意地をみせてトップ戦線に踏みとどまるのか、それとも勢いのある21歳のホープが元王者を踏み台にするのか。気になる試合だ。

リングにかける男たち

清宮と丸藤が因縁の対決 新生ノアの「顔」どちらに

清宮海斗(左)に次回の挑戦を申し込む丸藤正道(2019年2月1日撮影)

プロレスリング・ノアの若きGHCヘビー級王者清宮海斗(22)は、3月10日、横浜文化体育館で「方舟(はこぶね)の天才」と呼ばれる団体のエース、丸藤正道(39)と2度目の防衛戦を行う。2月1日よりオーナーが代わり、長年親しまれたマットの色や会社のロゴが新しくなる、新生ノア船出の日の大一番だ。

新生ノアの新たな“顔”をかけて戦う2人には、少なからず因縁がある。清宮は、15年3月、三沢光晴にあこがれ、ノアの入団テストを受けた。その際の試験官が丸藤だった。「合格でいいよ」。「お前、入ったらもっとつらいから、それまでもっと頑張れよ」。丸藤の言葉で、清宮のプロレス人生は始まった。

現在、清宮の得意技の1つとなっているドロップキックも、丸藤に「お前のドロップキックいいんじゃないの」と褒められ、本格的に取り組んだ。「丸藤さんのひと言がなかったら、ドロップキックをここまで大切に使っていなかった」という。丸藤の言葉を信じ、あらゆる局面のドロップキックを1日何回となく練習した。そして、試合の流れを変える局面で使う、重要なワザに磨き上げた。

清宮は、15年12月のデビューから順調に成長してきた。中でも、トップレスラーへのきっかけをつかんだのは、17年7月から約半年間のカナダ遠征だった。言葉も話せない中、毎日のように試合をした。戦いの中で実績を積み、半年間で10回も、ヘビー級のタイトル戦に挑戦する機会をつかんだ。ベルトを巻くことはかなわなかったが「チャンピオンシップの経験を何度も積んだことで、雰囲気や、試合のやり方も分かってきた」と自信を持って帰国。それからわずか1年で、GHCヘビー級のベルトを巻いた。

丸藤は、今回と同じようなタイトル戦を逆の立場で経験した。06年12月10日、日本武道館大会。初めてGHCヘビー級王座を獲得し、2度目の防衛戦で、当時のノアのエース、三沢光晴と対戦し、ベルトを奪われた。ちょうど、今回の清宮と同じ状況だった。「あの時と同じように、重い試合。歴史に残る試合を残さないと。あの時負けてしまった。歴史は繰り返す。今回はオレが勝つ」と丸藤は断言する。

ノアの新体制がスタートする3月10日。「オレがいる場所がノア。マットの色が変わろうが、ロゴが変わろうが気にしていない。1回、しっかりオレが先頭に立って、誰の目から見ても分かりやすいものを示していきたい」と話す丸藤。「今のノアの顔はオレ。ベルトを守って、上の世代に完全決着をつけたい」と意気込む王者・清宮。方舟の船頭の座をかけた歴史的一戦は見逃せない。【桝田朗】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

GHCヘビー級チャンピオンベルトを肩に乗せインタビューを受ける清宮海斗(2019年2月1日撮影)

大相撲裏話

春場所前相撲デビュー大辻、視力低下の母に勇姿を

大辻理紀(2019年2月11日)

春場所(3月10日初日、エディオンアリーナ大阪)が近づくにつれ、アマチュア相撲で実績を残した有望力士が続々と大相撲入りを表明している。

高校横綱の齋藤大輔が八角部屋、中学横綱の吉井虹が中川部屋…。その吉井に全国中学校体育大会(全中)の決勝で敗れ、準優勝だった大辻理紀(15)は高田川部屋に入門する。

177センチ、130キロの堂々とした体格は、中学生の中でも目を見張る。2月11日に東京・両国国技館で行われた白鵬杯。中学生の部で準決勝で敗れた大辻は「今回は悔しかったけど、今度はプロで頑張ります」と前向きに話した。

報徳学園中で大辻を指導した小寺貴之監督(34)は「教えたことをすぐ自分のものにできる。相撲のセンスがある」と話す。関脇貴景勝(22=千賀ノ浦)の母校で、同校相撲部の稽古では伝統的に「押せ」ではなく「起こせ」と指導するという。小寺監督は「最初に指導してから、すぐに起こすような押しができていた。プロでも活躍してほしい」。吸収力の高さに太鼓判を押し、大相撲での活躍へエールを送った。

母の真理子さんは病気で視力が低下しており、大辻も「早く家族に活躍を見せたい」と意気込む。新弟子検査は3月2日で、春場所で前相撲デビューする。「将来的には横綱を目指したい」と、早々に出世して、家族に勇姿を届ける。【佐藤礼征】 (ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

原功「BOX!」

多士済々 五輪が生んだヘビー級の次世代スター

現在、ヘビー級は3団体統一王者のアンソニー・ジョシュア(29=英)、WBC王者のデオンタイ・ワイルダー(33=米)、さらに昨年12月にワイルダーと引き分けた元3団体統一王者のタイソン・フューリー(30=英)が「3強」といわれている。今年か来年には最終的な頂上決戦が行われるだろうと期待を集めているところだ。こうしたなか次世代のスター候補も徐々に頭角を現してきている。今回はそんななかから4選手を紹介しよう。

この半世紀ほど、オリンピック(五輪)はのちのプロのスター登竜門的な意味も持つようになった。現にジョシュアは12年ロンドン大会の金メダリスト、ワイルダーは08年北京大会の銅メダリストである。そういった流れからすると、16年リオデジャネイロ五輪スーパーヘビー級金のトニー・ヨカ(26=仏)を近未来の王者候補として真っ先に挙げなければなるまい。身長201センチ、体重約108キロのヨカは17年6月にプロデビューし、1年で5連勝(4KO)を収めた。まだ世界的な強豪との対戦はないが、WBCでは12位にランクされている。ただ、ドーピング違反のためフランスのコミッションから1年の出場停止処分を受けており、現在は活動を自粛している状態だ。復帰戦が6月か7月に計画されている。

アマチュア時代からヨカのライバルだったのがジョー・ジョイス(33=英)だ。15年の欧州選手権ではヨカに勝ったジョイスだが、その年の世界選手権で敗れたあと16年リオデジャネイロ五輪決勝では惜敗した。身長198センチ、体重117キロの巨体から打ち下ろすワンツーを主武器に、プロでは7連続KO勝ちを記録している。英連邦王座やWBAコンチネンタル王座を獲得しており、WBAで5位にランクされている。23日には前WBC王者のバーメイン・スティバーン(40=ハイチ/米)との試合に臨む。これをクリアするようだと注目度がさらに上がりそうだ。

WBC28位に名を連ねるダニエル・ドゥボア(21=英)は素質の塊のような選手だ。身長196センチ、体重108キロの鋼のような肉体から基本に忠実なワンツーを繰り出す強打者で、プロで9連勝(8KO)をマークしている。3月8日には世界挑戦経験者との試合が組まれており、徐々に対戦相手の質が上がってきた。このまま伸びれば2~3年後には世界戦の舞台に上がっていても不思議ではない逸材だ。

16年リオデジャネイロ五輪ベスト8のエファ・アジャバ(24=ナイジェリア)も順調に成長している。17年7月にプロ転向してからの戦績は8戦全勝(7KO)。KOを逃したのは、相手が開始ゴングと同時に戦いを放棄、リング下りた試合だけだ。ちなみに、この試合は相手の失格=反則負けとなり、ボクシング史上最短決着(1回1秒)として記録されている。アジャバは身長196センチ、リーチ224センチ、体重107キロと恵まれた体格の持ち主で、その筋肉質の体から放つ右ストレートでKOの山を築いている。3月9日には元世界ランカーとのテストマッチが組まれている。

トニー・ヨカ、ジョー・ジョイス、ダニエル・ドゥボア、そしてエファ・アジャバ-

彼らが世界ヘビー級トップの座に君臨する日は近い?