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リングにかける男たち

井上尚弥に「刺激」最強王者のパートナーとスパー

井上尚弥のスパーリング相手として来日したジャフェスリー・ラミド

ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)決勝(11月7日、さいたまスーパーアリーナ)を控えるWBA・IBF世界バンタム級王者井上尚弥(26=大橋)は今週から第2次スパーリングに突入した。米老舗ボクシング誌「ザ・リング」が選定するパウンド・フォー・パウンド(階級を超越した最強王者)ランキング1位の3団体統一ライト級王者ワシル・ロマチェンコ(31=ウクライナ)の練習パートナーを務めるジャフェスリー・ラミド(19=米国)と約1カ月間、拳を交える。5階級制覇王者のWBAスーパー王者ノニト・ドネア(36=フィリピン)との決勝に備え「強力助っ人」を呼び寄せた。

所属ジムの大橋秀行会長(54)によれば、ラミドは20年東京オリンピック(五輪)米国フェザー級代表候補で、全米アマチュア同級ランキング2位に名を連ねる。10月に同級ランキング1位との代表選考会が予定されており、その強化の意味も込めてラミド陣営からスパーリングの申し込みがあったという。米カリフォルニア州オレンジ郡を拠点とするフィリピン系米国人のラミドは、どちらかと言えば優しい顔立ち。大橋会長は「以前の私の経験から言えば、あの雰囲気の顔で弱かったボクサーは誰もいない」と、静かに燃えるラミドのオーラを感じ取っている。

昨年から2度、ラミドはロマチェンコの練習パートナーを担当している。ボクシングは1回3分間だが、ロマ流スパーは1回4分間。その過酷な設定であっても、1日に9回を任されていたという。計150回以上のラウンド数を消化してきたが、ロマチェンコに倒されることがなかったそうだ。ラミドの関係者は「ロマチェンコは3人のパートナーを呼ぶが、ラミド以外の2人は、3ラウンドももたなかった」と明かした。

9月上旬に来日済みで、大橋ジムで時差調整を兼ねてトレーニングを積んでいる。他選手とのスパーリングをチェックした井上は「うまいですよ。アマチュアの選手なので。うまさはすごくあります」と実力を認める。対ドネア対策という意味では「スタイルが似ているかと言えば、そうではないですけれど」と前置きした上で「自分の引き出しの多さを試すには良いパートナーです」と楽しみにしている様子だった。

8月下旬、井上は「刺激が欲しい」という内容をSNSにつづった。WBSS決勝発表会見では、他ジムへの出げいこにも興味を示すほど触発されるものを求めていた。最強王者の練習パートナーは、モンスターにとって「刺激」になるのか。報道陣には、ラミドとのスパーリングが公開されることはないが、井上の言動を追って確認していきたい。その刺激度の高さが、WBSS決勝に向けた仕上がりにも影響することは間違いないからだ。【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

スパーリングを行う井上尚弥

プロレスの月曜日

戦ったから分かるその凄さ 引退中西学の素顔(下)

新日本プロレスの“野人”こと中西学(53)が2月22日の後楽園ホールで引退を迎える。ともに歩んできた第三世代の永田裕志(51)、天山広吉(48)、小島聡(49)の鼎談(ていだん)下編は、プロレスラー中西学のすごさについてです。【取材・構成=高場泉穂】

中西との思い出を笑顔で語る、左から小島、永田、天山(撮影・横山健太)

-中西選手との試合の思い出は

天山 95年にぼくが凱旋(がいせん)帰国した時の東京ドームでのシングルマッチの相手が中西さん。もっと弱い相手にしてくれって感じでした。「インパクト残さないと」「負けられない」という気持ちで必死にやりました。(結果は天山勝利)

永田 僕はとにかく(タッグで)組んで、最初は僕が中西さんを意識していた。あっちはオリンピック選手で、僕は行けなかった。ライバルじゃないですけど、常に意識していた。勝ちにいくには僕が相手をひきつけて、中西さんに暴れて爆発してもらえば勝率は良くなる。でも、中西さんに負けたくないという気持ちが強かったので、あうんの呼吸とかそういうタイプのタッグじゃなかった。ぼくがシングルトップ戦線で活躍するようになっても、中西さんの背中は絶対前にあるんですよ。あの人がやるだけで、ドッカンドッカン。当時そういうことは悔しいから言いませんでしたけど。

小島 94年のヤングライオン戦の決勝戦の相手が中西さん。当時若かったので、むきになってエルボーとかやるんですけど、序盤で中西さんのエルボーがすごすぎて、僕が記憶なくしちゃったんですよ。とんでる状態で試合して、勝ったら安堵(あんど)感とかいろんな感情が入り交じって、泣いちゃって。中西さんも隣でもらい泣きしていました。

天山 1発1発重いしね。逆水平はニシオくんが1番だと思う。

永田 僕も。いろんな人いるけど、1番。昔、ノアに参戦するときに、小橋さんのチョップ痛いよって聞かされてたんです。でも、中西さんのチョップをくらってたので、痛みという意味では免疫があった。

-そばで見ていてどんな選手だったか

永田 けっこう不器用で、自分のスタイルを悩んでた時期もありました。カール・ゴッチさんのとこに行って、急にテクニシャンになろうとしたり。時間はかかりましたけど、中西学はこれ、という自分のスタイルを確立しましたよね。中西さんが技を決めると、ドカーンと沸く。そして、あの人、空中バランスいいんですよ。トップロープからミサイルキックしたり。

天山 トップロープに上って静止するのは簡単なようで、すごい。

16年8月、G1クライマックスで野人ダンスをする中西学

-11年に中西選手は試合中のけがで脊髄損傷

永田 特上すしと焼き肉弁当を持ってお見舞いに行ったんですが、体がシューとしぼんじゃってて。リハビリで必死に手ぬぐいを引っ張っている。何回も。運動時間終わってもやってる。あれみたら、言葉が出なかったです。

-中西選手は状態が戻らなかった、と話している

永田 ロープ走る時は、やっぱり…。でも、他の部分は元気。膝も悪くないからいまだにフルスクワットをやっている。

天山 ここ最近でも、アルゼンチンとか、いつも「腰痛くなんないの?」って聞いても、絶対痛いって言わない。負担くると思うんですけど、ニーパッドもしてないし。

-引退表明を受けて

永田 何年か前は60ぐらいまでやりたい、って言ったんだけどね。どういう心境だったのか。体きつかったんじゃないですか。自分の中で葛藤はあったんでしょうね。本人はすごい周りを気にするんですよ。でも、今はそこまで考えなくていい。引退試合まで全力でやってほしいし、一緒に張り合っていきたい。

天山 タッグは敵対する時より、リラックスできるんですけど、試合となるとこっちも必死にやらなくちゃと気合が入る。最後の中西学を見せるのに、ヘルプしたいし、100%がっちり組みたい。

小島 寂しいとしか言いようがない。今のプロレス界はカムバックする方もいる。それを前提にする引退もないですが、もし、中西さんが体調が悪い、首が痛い、そういうことが理由で引退を決めたのであれば、元気になればまた戻ってきてよと自分の中で勝手に思っている。お客さんは中西さんを求めてる。あんなプロレスラーらしい人いないじゃないですか。あそこまで、プロレスを体で表せる人はいない。(終わり)

原功「BOX!」

WBCヘビー級ワイルダーvsフューリー再戦は互角

5年間に10度の防衛を重ねているWBC世界ヘビー級王者、デオンタイ・ワイルダー(34=米国)が22日(日本時間23日)、米国ネバダ州ラスベガスで元3団体統一王者、タイソン・フューリー(31=英国)の挑戦を受ける。両者は18年12月に対戦し、年間最高試合の声が出るほどの激闘のすえ12回引き分けという結果に終わっている。再戦のオッズはフューリー有利と出ているものの11対10と接近しており、今回も激しい主導権争いが予想される。

14カ月前の初戦は11対8でワイルダー有利とみられていたが、先に主導権を握ったのは挑戦者だった。身長206センチ、体重116キロと体重無制限のヘビー級でも特別に大きいフューリーだが、その巨体を敏捷(びんしょう)に動かして王者を挑発。ダメージを与えるほどではないものの折々でパンチをヒットして中盤までに小差のリードを奪った。

後手にまわった感のワイルダーは9回にダウンを奪って互角に戻す。するとフューリーは10回と11回を支配して逃げ切りにかかる。こうしたなかハイライトは最終12回に訪れた。身長201センチ、体重96キロのワイルダーが十八番の右ストレートを直撃してダウンを奪ったのだ。ワイルダーはじめ誰もが「終わった」と思うほどの痛烈なダウンだったが、フューリーはカウントアウトぎりぎりで立ち上がり戦闘を再開。反撃して試合終了ゴングを聞いた。採点は115対111でワイルダー、114対112でフューリー、113対113の三者三様でドローとなった。

その後、ワイルダーは得意の右ストレートで2度のKO防衛を重ね、V10を果たすとともに戦績を43戦42勝(41KO)1分けに伸ばしている。KO率は95パーセントを超える。これは歴代ヘビー級王者のなかでは最も高いKO率だ。

一方のフューリーも初戦後に2勝(1KO)を加えて30戦29勝(20KO)1分けに戦績を伸ばしている。ワイルダーと異なるのは、この14カ月の間にプロモーターを変え、今回の試合を前にトレーナーも変更した点だ。参謀が変わったことがプラス効果を生むのか、それともマイナスに作用するのか。また、昨年9月の試合で右目上をカットし、試合後に47針も縫合したことも気にかかる。そんな不安材料をよそに、注目されることが大好きなフューリーは「ワイルダーを2回でKOする」と吠えている。

構えを左右にスイッチするなど器用な面を持つフューリーが変則的に動きながら小刻みにパンチを繰り出し、それに対しワイルダーが右ストレートを狙うという展開になりそうだ。これは初戦と同じパターンである。そのうえで両者、両陣営がどんな策を上乗せしてくるのか注目される。ワイルダーは右につなげるために左ジャブ、フューリーは足の動きがカギになりそうだ。

総合力はほぼ互角と見ていいだろう。駆け引きを交えながら今回も終盤まで勝負がもつれるかもしれない。その一方、最重量級だけに一発で流れが変わる、あるいは一発でけりがつく可能性も十分にある。開始ゴングから一瞬たりとも目の離せない試合になりそうだ。

もしも「直感でいいからどちらかを選べ」と強要されたならば、「ワイルダーのKO勝ち」と答えようか……。

プロレスの月曜日

オレたちは知っている 引退中西学の素顔(上)

新日本プロレスの“野人”こと中西学(53)が今月22日の後楽園ホールで引退を迎える。ともに歩んできた第三世代の永田裕志(51)、天山広吉(48)、小島聡(49)が中西をテーマに語った鼎談(ていだん)を2週にわたってお届けします。【取材・構成=高場泉穂】

中西学の決めポーズをまねる、左から小島、永田、天山(撮影・横山健太)

-186センチに100キロ超の巨体。初対面の印象は

永田 初めて会ったのは、僕が大学1年生の時の全日本レスリング夏合宿。中西さんは自主参加で来てたけど、当時から体格が日本人離れしていて、力も強かった。僕は軽い階級でしたし、直接練習で絡むことはなかったですけど、日本協会のコーチ陣からの期待はすごかったですね。

小島 自分は91年2月に新日本に入門して、いつも道場の電話番をしてたんです。当時、和歌山県庁所属だった中西さんからしょっちゅう「馳浩さんいますか」と電話があって。だから、「だれだこの中西さんって人」とずっと思っていました。電話越しで、すごくきちょうめんな話し方をされていました。しばらくして、闘魂クラブの選手として道場に出入りするようになったんですが、最初に見た時のインパクトはすごかった。筋肉ががっちりしていて、これが全日本クラスの人かと。

永田 ウエート必死にやって、という体じゃない。最初からああいう体だった。

引退会見を終えポーズを決める中西

-性格も天然気質と聞きます

天山 普段から会話してても、かみあわない時がある(笑い)。そういうのがニシオくんらしさ。言いたいことは分かるんだけどね。

小島 試合以外で本気で怒っているのは見たことないです。

永田 本当にこのスポーツにアクシデントはつきもの。でも、自分の技でけがした相手がいると泣いたりするんですよ。

天山 思い出すのは、大阪のタイトルマッチ(02年6月5日、IWGPタッグ選手権王者蝶野、天山組対中西、西村組。60分引き分けで王者組防衛)。なかなか勝負がつかなくて、ニシオくんとお互いへろへろになりながら戦っていたら、いきなりがーんと鼻にジャンピングニーを決められて。骨折して、どろどろどろーって出血しちゃって。「くそー、このやろー」と思いながら、ふっと顔あげたら、ニシオくんは「うわー、しまったー」って顔してるんですよ。試合だからね。でも、ほんと優しい人。

中西との思い出を笑顔で語る、左から小島、永田、天山(撮影・横山健太)

永田 名古屋レインボーホールでの武藤さん対パワー・ウォリアー戦(93年3月21日、武藤勝利も左膝を痛めその後1カ月欠場)。ウォリアーが武藤さんを場外にぶん投げたんです。それがちょうどセコンドしていた中西さんの前に落ちて。本当はキャッチしなきゃいけないんだけど、床に落ちて膝を打っちゃって。その後、武藤さんは2発のムーンサルトをやったんです。1発目やって、浅かったので膝を痛めながらももう1発。試合後に長い通路の向こうから中西さんが大泣きしながら「武藤さんの膝が、俺のせいだー」って歩いてきて

(一同爆笑)。

永田 武藤さんに言わせると、場外に落ちた時は大したけがにならず、1本目のムーンサルトの時に痛めた、と。中西さんの取り越し苦労というか。なんで泣いてるの? って感じでした。

天山 けっこうオーバーよね、若い時から。ちょっとドン引きですよね。必死なんですよ。泣きっ面がまたね、笑っちゃうんですよ。

-特に永田さんは詳細までよく覚えている

永田 中西さんのこんな話は、いっぱいありますよ。語ったら、一晩かかる! ((下)につづく)

原功「BOX!」

元3階級王者リナレス モラレス戦で存在感示せるか

フェザー級、スーパーフェザー級、ライト級の3階級で世界王者になった実績を持つホルヘ・リナレス(34=帝拳)が14日(日本時間15日)、米国カリフォルニア州アナハイムのリングに上がる。相手は元世界ランカーのカルロス・モラレス(30=メキシコ)。現在、ライト級でWBA3位、WBC9位、WBO8位にランクされるリナレスは、存在感を示すことができるか。

ベネズエラのバリナス生まれのリナレスは16歳で故郷のベネズエラを離れ来日。02年12月、17歳のときに大阪でプロデビューを果たした。以来、17年のキャリアで51戦46勝(28KO)5敗の戦績を収めている。スピードとテクニックに秀でており、「エル・ニーニョ・デ・オロ(ゴールデンボーイ)」というニックネームを持っている。3階級で世界一の座を獲得するなど実力は誰もが認めるところだ。

その一方、敗北のすべてはKO(TKO)によるもので、打たれもろい面がある。最近では18年5月にワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)に10回TKOで敗れてWBA世界スーパーフェザー級王座から陥落。再起戦を挟んだ昨年1月の試合では元WBA世界スーパーライト級暫定王者のパブロ・セサール・カノ(メキシコ)のラフなパンチを浴びて3度ダウン、不覚の1回TKO負けを喫している。9月に日本で10回判定勝ちを収めており、これが再起第2戦となる。リナレスは常々、「もう1度、ロマチェンコと戦いたい」と話しており、そのためにもこれ以上の後退は許されない状況といえる。

相手のモラレスは現在はノーランカーだが、16年から18年にかけてWBAでトップ10内に入っていた実績を持っている。戦績は27戦19勝(8KO)4敗4分。リナレスほどのスピードもテクニックも持ち合わせてはいないが、KO負けは1度もない。自ら攻めるときもあれば相手の出方に合わせて迎え撃つこともできるタイプといえる。

リナレスは経験値を含めた総合的な戦力で勝っているが、打ち終わりを狙ってくるモラレスのパンチには十分に注意したい。特に序盤は慎重に相手の癖やパンチの軌道などを見極める必要があるだろう。

この日はダブルメインとして、ライト級でWBA2位、WBC4位、WBO6位にランクされるライアン・ガルシア(21=米国)が出場、世界挑戦の経験を持つフランシスコ・フォンセカ(25=ニカラグア)と対戦する。19戦全勝(16KO)のガルシアは近未来のスター候補として注目を集めている逸材で、本人は世界挑戦の前にリナレスとの試合を希望している。

今回の揃い踏みで、直接対決に向けてどちらがより強く存在感を示すのか。そんな視点からも楽しみなイベントといえる。

リングにかける男たち

堀口恭司は変態?KIDさん参考に焦らずリハビリ中

9月の復帰を目指す総合格闘家堀口恭司

2月5日、総合格闘家の堀口恭司(29)はツイッターで「早く走りたいな…」とつぶやいた。

昨年11月に右膝前十字靱帯(じんたい)断裂と半月板損傷を負い、今はリハビリ中。無理しがちな堀口の性格を知ってか、ファンからは「焦らず」「我慢してください」など、なだめるコメントが多数寄せられた。

昨年12月に拠点のフロリダから日本に帰国した堀口はこの1月末、米国へ戻った。住居は練習拠点であるアメリカン・トップ・チーム(ATT)の2階。そのリビングからは窓越しに練習場が見下ろせるという。きっと仲間が動く姿を毎日眺めながら、うずうずしているのだろう。

1月末、日本をたつ前に堀口に話を聞いた。昨年大みそかのRIZINの会場でつけていたギプスは取れ、普通に歩いて待ち合わせのカフェに現れた。リハビリの成果で膝の可動域が増え、当初の見立てより早く回復しているという。早ければ今年9月のRIZINで復活し、12月に現在マネル・ケイプが巻くベルトを奪還するプランを描く。

大きなけがはすねを骨折し1年間動けなかった高校2年生以来。プロでは初めてのことだった。腰や膝に痛みを感じ始めたのは昨年初めから。それでも周囲に隠し続けた。昨年8月に朝倉海に負けた時も、「言い訳になっちゃうので言いたくないですが…」と前置きしつつ、「練習は1カ月ぐらいできていないというのはありました」と明かした。不調を感じながらも「自分はRIZINの顔。盛り上げなくては」という責任感から、試合のオファーを受け続けた。

靱帯(じんたい)が切れたのは8月の敗戦から約1カ月後、10月の大会に向けた練習中だった。「寝技の練習して、ちょっとだけ膝をおされたんです。そしたらバコっとずれちゃって。全然痛くないんです。普通にスっとずれて。だから、痛くないから大丈夫だろうとその場で自分で戻して、また練習を始めて。でも、その後のスパーリングでぴょんぴょん跳ねているだけで、またバコっと外れちゃったので。『あぁ、これだめだ』と思って。病院にいったら、靱帯(じんたい)きれているねと言われました」。そう笑いながら話す堀口を、取材に同席したマネジャーは「変態。訳が分からないです」。今回のけがを受けての堀口陣営の合言葉は“Don‘t trust Kyoji(恭司を信じるな)”。堀口は「ことごとく信用を失いました」と笑った。

膝の前十字靱帯を切るアスリートは多い。焦って復帰して元の状態に戻れないまま引退するか、じっくり治してむしろけが以前よりパフォーマンスが上がるか。医師に聞くと、その両極端に分けられるという。身近な例もあった。師匠の故山本“KID”徳郁さんは、08年7月に右膝前十字靱帯を断裂。堀口はその後のKIDさんを間近で見てきた。「自分がテレビで見ていた時と、けがした後、ちょうど自分が(KIDさんのジムに)入った時の動きは全然違うと思った。あんまりリハビリをしなかったって言っていました」。1番の敵は焦り。「ちゃんと制御しないと」と自分に言い聞かせて、じっくりリハビリに励んでいる。

昨年末のRIZIN20大会のオープニング映像には、堀口の入場曲「My time」が使われた。リングに立たずとも堀口が総合格闘技、RIZINの顔であるというメッセージにも読み取れた。会場に曲が流れどよめきが起きる中、堀口は「俺、死んじゃったの?」と笑っていたという。「たぶん復帰したらパフォーマンス上がると思いますよ。それも楽しみなんです。世間一般では前十字靱帯きったら、もう無理でしょ、みたいなノリがある。それを覆すのがすごい楽しみ」。今年の目標は「リベンジ」だ。【高場泉穂】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

原功「BOX!」

リゴンドーvsソリス 勝者は井上の対戦相手浮上か

8日(日本時間9日)、米国ペンシルベニア州アレンタウンでWBA世界バンタム級王座決定戦が行われる。元WBA世界スーパーバンタム級王者のギジェルモ・リゴンドー(39=キューバ)と、元WBA世界スーパーフライ級王者のリボリオ・ソリス(37=ベネズエラ)が拳を交えるもので、勝者は井上尚弥(26=大橋)の対戦相手候補として浮上してきそうだ。

もともとこの王座は井上が持っていたものだが、昨年11月の「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)」決勝で同団体スーパー王者のノニト・ドネア(37=比国)に判定勝ち、井上自身がスーパー王者に昇格したため空位になっていた。それを受けて1位のリゴンドー対2位のソリスの試合が組まれたわけだが、当初は昨年12月に米国カリフォルニア州オンタリオで挙行される予定だった。しかし、ソリスが期日までに査証取得をできなかったため延期になった経緯がある。

リゴンドーは2000年シドニーオリンピック(五輪)と04年アテネ五輪バンタム級金メダリストで、475戦463勝12敗のアマチュア戦績を残している。亡命後の09年に28歳でプロ転向を果たし、1年半後には7戦目でWBA世界スーパーバンタム級暫定王座を獲得。のちに正王者に昇格するなど7年間に10度の防衛を果たした。この間、WBO王者だったドネアに12回判定勝ち、来日して天笠尚(山上)に11回終了TKO勝ちを収めている。「ジャッカル」の異名を持つ技巧派サウスポーで、プロ戦績は21戦19勝(13KO)1敗1無効試合。17年12月に2階級上のワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)に挑んで6回終了TKO負けを喫したのが唯一の敗北だ。プロ22戦目で初めてバンタム級で戦うのは、近い将来の井上戦を前提にしているからと見られている。

一方のソリスも日本になじみの選手だ。初来日はWBAのスーパーフライ級暫定王者時代の13年5月で、このときは正王者の河野公平(ワタナベ)に12回判定勝ち、自身が正王者になった。7カ月後、IBF王者の亀田大毅(亀田)と統一戦を行うために再来日したが、前日計量で体重オーバーのため失格、王座を剥奪された(試合では12回判定勝ち)。

バンタム級に上げたあと16年3月には山中慎介(帝拳)の持つWBC王座に挑んだが12回判定で敗れた。その後、WBA王座に2度挑戦したが目的は果たせないまま現在に至る。

幅広く均整のとれた戦力を備えた試合巧者で、足かけ20年のキャリアで37戦30勝(14KO)5敗1分け1無効試合の戦績を残している。

スピードやテクニックなどで勝るリゴンドーが有利と見られており、タイミングのいい左ストレートでソリスに初のKO負けを味わわせる可能性も十分にある。圧倒的な勝ち方で戴冠を果たすようならば、井上の近未来の対戦相手候補としてクローズアップされるはずだ。ただ、このところリゴンドーは以前よりも攻撃的になっており、その分だけディフェンスが甘くなっている。加えて打たれもろい面があるだけに予断は禁物といえる。

リングにかける男たち

元小結旭道山の波田和泰氏、おいっ子応援団長が本業

懐かしい人に会った。元小結旭道山の波田和泰さん。100キロ台の軽量ながらも、南海のハブと言われ、三賞も4回受賞するなど、90年代前半に活躍した。後楽園ホールに、おいっ子の応援にきていた。

日本ユース王座を獲得した波田大和

波田大和はスーパーフェザー級で、1日の日本ユース王座決定戦でタイトルに初挑戦だった。昨年9月の予選は4回TKO勝ち。決勝の決定戦は日本ライト級10位石井(伴流)と23歳のサウスポー対決となった。

「緊張しいなんで」と序盤は硬さがあったが、2回に左ストレートでダウンを奪った。3回以降は力んで手数が減り、なかなか詰め切れなかった。5回にワンツーから連打でストップ勝ち。帝拳ジム初のユース王者になった。

長谷川穂積をテレビで見て、中2から自宅近くのキックボクシングジムに通った。強豪の埼玉・花咲徳栄に進み、3年でインターハイと国体に準優勝。卒業した15年に帝拳ジムに入門し、10月にプロデビューで10勝1敗。勝ちはすべてKOで、名門にホープ誕生となった。

「見すぎてパンチをもらった」と反省しきりも「いつもは下がってしまう。練習してきた通りに前に出ることができた」と目を細めた。

波田のトランクスには旭道山の文字

薄茶の毛皮のトランクスはライオンをイメージした。「メンタルが課題なんで。荒々しいライオンで怖がらないようにと思って」という。左太もも裏には旭道山の文字も入れていた。

ボクシングのきっかけは父寿和さん。大相撲幕内格行司木村寿之介だが、ボクシング好きで大島部屋に入門したころジムに通っていたという。今はジムでのスパーリングの動画を一緒に見て、アドバイスもしてくれるそうだ。

「大和会」という後援会もあり、300人以上が応援に駆けつけた。父と叔父の師匠だった元大関旭国の太田武雄さんの姿も。試合後に会場近くのカフェで祝勝会。元旭道山の波田さんと二十数年ぶりで話をした。

こちらも現役時には強烈な張り手に、何人もKOしている。極意を伝授したか問うと「いやいや。ぼくなんて。それより1発の怖い世界。それだけ気をつけろと」。おいっ子は4戦目に逆転TKO負けしている。同じ勝負師として知る、その怖さを強調していた。

96年に突如廃業して、衆院議員に立候補して当選した異色の経歴を持つ。現在は事業やタレント活動しているが「世界王者になってもらわないと。協力お願いします」。おいっ子応援団長が本業のようだ。【河合香】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

旭道山(89年)

プロレスの月曜日

日刊バトル大賞内藤哲也MVP「俺はまだ上がれる」

日刊バトル大賞MVPを獲得した内藤哲也

読者が選ぶ第24回日刊バトル大賞(対象は19年1月15日~20年1月14日)の19年プロレス部門は、今年1月5日の新日本東京ドーム大会でIWGPヘビー、インターコンチネンタルの2冠王者となった内藤哲也(37)が3年ぶり2度目の最優秀選手に輝いた。

年間最優秀選手

年明けのドーム2連戦で2冠を手にした内藤が、ニッカン読者の支持を得てバトル大賞MVPもつかんだ。内藤に16年度以来となる授賞を告げると一瞬喜んだが、すぐに表情を曇らせた。「この賞は1月までが対象? もし、12月までだったら俺は選ばれていないですよね? 東京ドームの2試合で評価されたということ。それこそ、逆転の内藤。でも、僕がプロレスファンだったら、納得いかないと言うでしょうね」。

19年は5月ごろから目の不調に苦しんでいたこともあり、際立つ活躍はできなかった。事実、19年末までを選考対象としたプロレス大賞でのMVPは前IWGPヘビー級王者オカダが選ばれている。2冠王者としてスタートした20年度こそは「プロレスの結果以外でも目立った活躍をして、だれもが納得できる状態でのMVPを取りたいですね」と自他ともに認める受賞を誓った。

年間最高試合

年間最高試合も、1・5のオカダとの2冠戦が選ばれた。「5、10年後に振り返ったときに、プロレスラー内藤哲也の上位にあげられるような試合だったと思う」と納得するばかりか、その試合を機にさらに欲が深まった。「あの後、動画を何回も見返しました。『あそこをこうしておけばよかったな』とか、出てくるんですよね。俺はまだ向上心があるんだ。俺はレスラーとして上がっていけるな、と」。自分で驚くほどの意欲がまた湧いてきた。

2020年1月5日、新日本プロレス東京ドーム大会 オカダ・カズチカ(下)にデスティーノを決める内藤哲也

2月9日の大阪城ホール大会では、2冠をかけてKENTAと初防衛戦を行う。KENTAには1・5の2冠戦の勝利後に襲撃され、歓喜のひとときをぶち壊された。さらにその後も、SNSや試合後のコメントで挑発され続けている。内藤は「さすが世界を経験した男。確かに面白いよ」と巧みな言葉遣いをたたえつつ、「でも、あなたは何をやりたいんですか」とリングの戦いでは見えてこないKENTAの意思を問うた。「肝心のリングで何を見せるのか…。大阪ではお客様と僕に見せてよ」と敵に奮起を呼びかけた。もちろん、手にしたばかりの2冠は渡さない。「まぁ、遊んでやりますけどね」と格の違いを見せつけるつもりだ。【高場泉穂】

プロレスの月曜日

新日のヤングライオン辻陽太と上村優也が吠えた!

「ヤングライオン」と呼ばれる新日本プロレスの若手辻陽太(26)、上村優也(25)は今年4月でデビュー3年目を迎える。徐々に個性を表現し始めた2人に、今後の抱負を聞いた。【取材・構成=高場泉穂】

自信に満ちた表情で今後について語った上村(左)と辻(撮影・横山健太)

ヤングライオンの2人が個性を咲かせつつある。1月のメキシコCMLLとの合同シリーズ「ファンタスティカ・マニア」で辻はメキシコの関節技“ジャベ”を披露。一方、上村はIWGPジュニア王者高橋ヒロムへの挑戦を表明。13日の名古屋大会では試合後に高橋から急襲を受け、「もっとやれ」と歓迎された。

辻 僕はメキシコ遠征に行きたいとずっと言っているんですが、その気持ちが強くなりましたね。

上村 まさかヒロム選手が僕のコメント中に乱入してきたりとか全然思ってなくて…。後にひけない状態。やるしかないです。

今年でデビュー3年目。風貌や戦い方にも独自性が見えてきた。辻は髪とひげを伸ばしワイルドな風貌に。体も大きくなり、技1つ1つの力強さが増してきた。

辻 髪は長くなりすぎないようにしていますが、いずれは胸まで伸ばしたいんです。(エル・)テリブレさん(メキシコの人気選手)がすごく好きで。すごい野獣感があるじゃないですか。もっと迫力のある選手になりたいです。

上村は昨年、伸ばしっぱなしだった髪をカット。高い身体能力を感じさせる動き、負けん気の強さで観客を沸かせている。

上村 クラシカルな試合が好き。今だとSANADAさん、昔だと藤波さん。基本技で面白い試合をしたいです。髪はテレビ出演(水曜日のダウンタウン)の時に見た目が良くないからと指摘されて切ったんです。今後、できればモヒカンにしてみたいですね。

今年の目標を聞くと、辻は「ニュージャパン杯出場、LA道場の若手撃破、付き人を務める棚橋弘至と組んでのワールドタッグリーグ出場」の3つを挙げた。上村は「大爆発。大爆発がなんなのか分からないですけど…」と曖昧ながらも活躍への意志を口にした。

飛躍を願う一方で、雑用に追われる日々が続く。昨年10月、1つ上の先輩海野翔太と成田蓮が武者修行へ出発。それに伴い、仕事量がだいぶ増えたという。

辻 2人がいなくなったので寮のちゃんこ番は日替わり。試合のセコンドも、どちらかが試合していたら、1人でセコンドをしなくてはいけない。もちろん1人ではまわらないので、スタッフの人が手伝ってくれるんですが…。

練習、試合、雑用で日々忙しい2人の癒やしは甘いものを食べること。スターになることを夢見ながら、今年も地道に足元を固める。

◆上村優也(うえむら・ゆうや)1994年(平6)11月18日、愛媛県今治市生まれ。福岡大レスリング部時代の16年に西日本学生レスリング選手権グレコローマンスタイル71キロ級優勝。17年に福岡大を卒業し、同年新日本プロレス入門。18年4月、成田蓮相手にデビュー。180センチ、82キロ。好きな食べ物はシナモンロール。

◆辻陽太(つじ・ようた)1993年(平5)9月8日、横浜市生まれ。16年に日体大を卒業し、17年4月新日本プロレス入門。18年4月、岡倫之戦でデビュー。大学時代はアメリカンフットボール部に所属。テコンドー、野球の経験もあり。182センチ、91キロ。好きな食べ物はモンブランとクロワッサン。

大相撲裏話

引退豪栄道は未だ独身、紅白歌手との会食断った過去

引退会見をする元大関豪栄道の武隈親方(撮影・鈴木正人)

<とっておきメモ>

28日に現役引退した大相撲の元大関豪栄道の武隈親方(33=境川)が29日、東京・両国国技館で会見を行った。

   ◇   ◇   ◇

大阪生まれで、寝屋川の中学校に通っていた共通点もあり、豪栄道とは“裸の付き合い”をさせてもらった。ある年の九州場所前。「いつも博多に着いた最初の日に行く店があるから来る?」と誘われた。指定された中洲の某所へ行くと「サウナに入ってから行こ」と言われて、2人そろって汗をかき、湯舟につかった。既に大関だったが、一般人の目など気にしない。おおらかな、お相撲さんそのものだった。

義理人情には本当に厚い。大関昇進直後の14年秋巡業。京都・福知山の焼き肉店で「昇進祝い」をしたことがあった。すると「借りはつくらへんよ」と言って、九州場所前に、博多で絶品牛タン串をごちそうしてくれた。紅白歌合戦出場歴のある人気女性歌手との会食を断って、記者との食事会に来てくれたこともある。「こっちの方が、先に決まってたからな」。サラリと言ってくれた姿に、男として男にほれた。今思えば、貴重なロマンスの機会を消してしまって、申し訳ないのだが…。

朝稽古や場所中は口数が少なく、取材は苦労した。ただ、理想の大関像については「ここ一番で自分の相撲で相手をねじ伏せるような、心の強い力士」「40歳とか、そんなに長くやるつもりはないよ」と話していたことを思い出す。何度か共にした食事はいつも肉だったが、白飯は食べなかった。カロリーの高いビールは飲まず、酎ハイが多かった。体は常に大事にしていた。だが、度重なる骨折や、両足首、肩も痛めて、最近は満身創痍(そうい)。負けん気の強い心を保つのは、もう限界だったのかもしれない。

引退は本当に残念だが、同学年の荒磯親方(元横綱稀勢の里)が雄弁に解説する姿を見ると、今後の親方としての活躍、話術にも興味がわく。地元愛が強いのか、好きな女性論になると「(北)新地の子が、いいわ」と笑っていた。まだ独身。“嫁取り”が、いつになるか? こちらも楽しみにしたい。【12~17年相撲担当=木村有三】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

関ノ戸親方(左)から花束を受け取る元大関豪栄道の武隈親方(撮影・鈴木正人)
原功「BOX!」

キンシャサの激闘再現か マカブvsチェスラック

ボクシングの世界戦は米国をはじめとする北米や英国やドイツなどの欧州地域、そして日本やタイなどアジアで開催されることが多いが、31日(日本時間2月1日)にはアフリカの中部に位置するコンゴ民主共和国の首都キンシャサでWBC世界クルーザー級王座決定戦が行われる。1位のイルンガ・マカブ(32=コンゴ民主共和国)と2位のミカル・チェスラック(30=ポーランド)が対戦するもので、同国での世界戦開催はジョージ・フォアマン対モハメド・アリ(ともに米国)の世界ヘビー級タイトルマッチ以来45年ぶりとなる。

フォアマン対アリはコンゴ民主共和国が「ザイール」という国名だった1974年10月30日、同国の首都キンシャサで行われた。ドン・キング・プロモーターとザイール政府が共催したイベントで「RUMBLE IN THE JUNGLE(ジャングルの決闘)」と銘打たれていた。当時のフォアマンは40戦全勝(37KO)という驚異的な戦績を残しており、32歳のアリは7歳若い王者に太刀打ちできないだろうとみられていた。ところがアリはロープを背にしながら相手に攻めさせてスタミナを奪うという極めて危険な罠を仕掛け、それがみごとに的中。3対1のオッズをひっくり返してアリが8回KO勝ち、王座奪回を果たした。「キンシャサの奇跡」と呼ばれる歴史的な一戦だ。

あれから45年、88歳になったキング・プロモーターが、今回も地元のプロモーターと提携してイベントを開催する。

主役は同国出身マカブだ。ボクサーの記録を扱う専門サイトBOXREC.comによると、コンゴ民主共和国には40人超のプロボクサーがいるが、その多くは南アフリカ共和国やドイツ、フランス、英国、米国などを活動拠点としている。マカブも例外ではなく、これまでに9カ国のリングに上がり、4年前には英国でWBC王座の決定戦も経験している。そのときは3回TKO負けだったが、以後は7連勝(6KO)と調子を取り戻している。昨年秋にキング・プロモーターと契約を交わし、今回のチャンスを手にした。

同国出身者としてはキンシャサ生まれのユーリ・カレンガが6年前にWBAクルーザー級の暫定王座を獲得したことがあるだけだ。初の正規王者を狙うマカブはサウスポーの攻撃型で、12年のキャリアで28戦26勝(24KO)2敗の戦績を収めている。KO率は85パーセントを超える。

相手のチェスラックは身長190センチ、リーチ201センチと大柄で、戦いながら構えを右から左にスイッチすることがある。19年3月にカレンガに7回終了TKO勝ちした試合を含め19戦全勝(13KO)と負け知らず。自国を出て戦うのは初めてだが、勝てばポーランド史上5人目の世界王者となる。

マカブにとっては同胞カレンガの仇討ちの意味も持つ試合だ。キンシャサで再び歴史に残るような激闘が生まれるのか注目したい。

大相撲裏話

元豪風「記憶に残る」引退相撲へ無休でPR活動

スーツ姿でポーズを決める元豪風の押尾川親方

初場所中、国技館のロビーなど人が集まる場所で押尾川親方(元関脇豪風)を見ない日はなかった。本場所後の2月1日に引退相撲(両国国技館)を控えており、PR活動に懸命だった。

常にチラシを抱え、観客と対話しながら来場を呼び掛ける。自身のツイッターでは毎日、空席情報をつぶやく。昨年初場所での引退後から、ほぼ休みなく準備を進めてきた。故郷の秋田に戻って宣伝もした。「チラシは数万枚、配ったでしょうね」と押尾川親方。来場者への土産に入れるオリジナルグッズは、自ら考案した。

ここまで熱心に動いた親方は見たことがない。「圧倒的だとよく言われます。こういう経験はなかなかできません。最初で最後のセレモニーは、記憶に残るようなものにしたいですから」。引退相撲は、集客が自らへの実入りに直接影響する。元稀勢の里の荒磯親方のようにチケットが即完売する人はまれで、営業努力は欠かせない。

引退相撲の見せ場は、いくつかある。押尾川親方がまわしを締め、土俵で相撲を取る「最後の一番」の相手は、まだ秘密。一般的には息子や長年のライバルが登場するが、果たして誰になるのか? 「ミスターXです。まだ言えません」(押尾川親方)。

司会進行はNHKの刈屋富士雄アナウンサーに依頼した。「尾車部屋のパーティーや、披露宴も担当してくれた。刈屋さんで締めくくります」(押尾川親方)。断髪式のクライマックスではおそらく、現役時代の思い出の取組を刈屋アナが実況し、泣かせにくるだろう。

まげを落とした後の整髪は、特別な美容師が手掛ける。「新宿・歌舞伎町の女の子(の髪)をやっている方で、50年以上のベテラン。スーパー美容師です」(押尾川親方)。

このように、催し物のあちこちに仕掛けを駆使し、観客をあきさせないように工夫している。

まもなく、力士の象徴である「まげ」がなくなる。「当日は楽しみです。最後のセレモニーですから、皆さまへの感謝を込めて、すべてをぶつけます。寂しさもあるけど、それよりも楽しみの方が大きいですね」。現役時代はもちろん、引退後もやりきったすがすがしさが漂っていた。【佐々木一郎】

プロレスの月曜日

ケンカ最強の人情家ナガサキさん日刊紙面で振り返る

「ケンドー・ナガサキ」のリングネームで知られるプロレスラー桜田一男さんが1月12日に71歳で亡くなった。昭和の時代に日米で活躍し、多くのレスラーに影響を与えた桜田さんをしのび、過去の紙面と写真を振り返ります。

94年12月、大日本プロレス道場開きで写真に納まるケンドー・ナガサキさん(左端)。中央は谷口裕一、右はグレート小鹿

父が勤める網走刑務所内で育った桜田さんは、中学卒業後に大相撲立浪部屋に入門。64年に初土俵を踏み、関取目前の71年に廃業。同年、日本プロレスでデビューした。70年代後半から80年代にかけて米国で落武者姿のヒールレスラーとして活躍。米国ではピストルを持った相手に素手で立ち向かってたたきのめした逸話も残る。

この時代までの桜田さんの記事はなく、登場するのは90年8月3日付。メガネスーパーによる新団体SWS旗揚げ時のメンバー一覧に名が残る。92年に同団体は天龍源一郎のWARとナガサキのNOWに分裂。94年6月30日のWAR宮城大会では天龍に消火器をまき散らす奇行も。

“突然だった。ナガサキがリング下に駆け込んできた。消火器をまき散らし、白い煙が会場に立ちのぼる。アニマル浜口が、ナガサキを止めに行ったがもう遅かった。天龍はその消火器をまともに顔面にあびていた”。

その後も、消火器を武器にWARとの抗争を繰り広げた。

大日本プロレス愛知大会でナガサキさんは空手家ニコ・ゴルドーに勝利した(95年9月14日付日刊スポーツ首都圏版)

94年12月にはグレート小鹿が立ち上げた大日本プロレスと契約。95年9月13日には、空手家ニコ・ゴルドーとのバーリ・トゥード(総合格闘技)戦に挑戦。2回2分47秒裏アキレス腱(けん)固めで勝利した。

“ナガサキは「何もできなかった。プロレス、ケンカともまったく違うよ」とそり上げた頭に大粒の汗を浮かべて苦笑いだ”。

ナガサキさんは松永光弘をピラニアが泳ぐ水槽に沈めてデスマッチに勝利(96年8月20日、日刊スポーツ首都圏版)

いまや大日本の代名詞となっているデスマッチ戦線の土台も作った。96年8月19日には、横浜文化体育館で松永光弘と世界初のピラニアデスマッチも敢行した。その後はフリーとして活動しながら飲食店を経営していたが、近年は千葉で静かに暮らしていた。こわいイメージの半面、情に厚い人だった。死去の報を受け、天龍や米国時代にともに過ごした武藤は追悼のコメントを寄せた。大日本で25年間ずっと「付き人」制がないのは、桜田さんの影響だという。昭和のプロレス界を彩った名レスラーがまた1人世を去った。

大相撲裏話

東京五輪ボクシング会場 国技館も全館禁煙徹底

初場所から支度部屋の奥にある吹き抜けは立ち入り禁止となった

力士が着替えなどをする東西の支度部屋に入ると、その先にドアがあり、細長い通路のような吹き抜けにつながっている。この吹き抜けではこれまで、力士が準備運動をするほか、たばこを吸うことができた。今場所から「館内は全館禁煙であり、この場所での喫煙も、厳禁とする。 理事長」との通達が貼られ、立ち入り禁止となった。

芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「支度部屋の奥も、本来は吸うべきところじゃない。勝手にOKと思われていただけ。火気厳禁です」と指摘する。館内には屋外にいくつか喫煙所がある。両国国技館は東京オリンピック(五輪)のボクシング会場になったこともあり、今後はさらに制限していく可能性があるという。

日本相撲協会は2005年初場所から国技館内を全面禁煙にし、升席から灰皿を撤去。その後は順次、大阪、名古屋、九州の地方場所も同様にした。ルールが厳密に守られていなかった当時の支度部屋も、07年春場所から禁煙が徹底された。

力士の中には少数派だが、喫煙者もいる。準備の一環として一服する力士もいる。ある関取は「しょうがない。慣れるしかないですね」と話している。【佐々木一郎】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲裏話

168センチ令和初の「高校横綱」颯富士に注目

19日、新序出世披露に臨む一番出世の颯富士

師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)が「筋トレが好きで稽古も真面目。相撲が好きなんだろうね」と、期待を含んだ笑みを浮かべた。8日目の19日に新序出世披露に臨んだ、新弟子の颯富士(本名・大桑元揮、18=伊勢ケ浜)のことだ。突き押しを武器に静岡・飛龍高で昨年の高校総体を制し、令和最初の高校横綱に輝いた逸材は「なるべく早く関取になりたい」と目を輝かせる。

身長168センチ、体重134キロ。両親がともに身長160センチに満たず「遺伝的に小さいのかもしれない」。大きくはないが、伊勢ケ浜親方は意に介さない。「横幅ががっちりしているのがいいよね」。兄弟子には幕内に定着している照強ら小兵がいる。師匠は「小さくて頑張ってるのはたくさんいる」と強調した。

幕下の狼雅、北の若ら近年、角界に進んだ元高校横綱は順調に番付を上げている。「高校横綱」の肩書で注目を集める立場にあるが、師匠は「いいじゃん、いいじゃん。それを励みにすればいい。それを自信にしている感じがするよ」と頼もしそう。3人の関取を抱える部屋に、新たな息吹がもたらされるか。【佐藤礼征】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

原功「BOX!」

新王者ロペス ロマチェンコとの4団体統一戦匂わす

昨年12月14日、米国ニューヨークで行われたIBF世界ライト級タイトルマッチで22歳の新王者が誕生した。衝撃的な2回TKO勝ちで戴冠を果たした男の名はテオフィモ・ロペス(米国)。16年リオデジャネイロオリンピック(五輪)に出場後にプロ転向を果たしたロペスは、15戦全勝(12KO)と破竹の快進撃を続けている。早くも同じライト級の3団体王者、ワシル・ロマチェンコ(31=ウクライナ)との頂上対決も噂されている。今回は2020年にさらなる飛躍が期待されるロペスを紹介しよう。

ロペスは1997年7月30日、米国ニューヨークで生まれた。両親はカリブ海に面したホンジュラスの出身で、ロペスは姉ふたりに続く第3子だった。アマチュアで約170戦をこなし「だいたい150回は勝ったと思う」とロペスは話している。15年の全米大会や五輪予選を勝ち抜いたが、すでにポイント制でリオデジャネイロ五輪出場を決めている米国選手がいたため、ロペスは両親の故国、ホンジュラス代表として本戦に出場した。五輪ではライト級初戦で敗退、19歳でプロに転向することを決意した。

村田諒太(帝拳)や井上尚弥(大橋)も所属しているトップランク社と契約を交わして16年11月にプロデビュー。持ち前のパワーを前面に押し出した攻撃的なボクシングでKO勝ちを重ね、18年7月以降は元世界ランカーや現役の世界ランカーら5人を下してランキング1位に躍進。そのなかには東洋太平洋王座を11度防衛した中谷正義(井岡)に12回判定勝ちを収めた試合も含まれている。

IBFの指名挑戦者として挑んだ12月の試合では、前評判の高かった王者、リチャード・コミー(ガーナ)から右のカウンター一発でダウンを奪い、再開後に連打を叩きつけてレフェリー・ストップに持ち込んだ。期待を上回る鮮やかな戴冠劇だった。試合後、ロペスは「俺が次に誰と戦うか、みんな知っているよね」と、リングサイドで観戦していたロマチェンコとの対決を匂わせた。

そのロマチェンコは同じライト級のWBAスーパー王座、WBCフランチャイズ(特権)王座、WBO王座を保持しており、両者の試合が実現すれば4団体統一戦となる。ロマチェンコとも契約を交わしているトップランク社は、この注目カードを5月にも実現させる方向で動いていると伝えられる。五輪連覇、プロ3戦目で世界王座獲得、7戦目で2階級制覇、12戦目で3階級制覇を成し遂げている技巧派サウスポーのロマチェンコ(15戦14勝10KO1敗)と、左右のパンチに破壊的なパワーを秘めた強打者のロペス-4対1のオッズが出ているように先輩王者に分があることは間違いないが、22歳の昇竜が番狂わせを起こすことも十分に考えられるカードだ。

IBF世界ライト級王者、テオフィモ・ロペス、22歳。この名前を覚えておいて損はないはずだ。

大相撲裏話

大鵬の命日…重圧闘う孫納谷は多く語らずも胸に遺志

納谷(2019年11月12日撮影)

初場所8日目、1月19日は横綱大鵬の命日だった。亡くなってから7年。優勝32回を誇る大横綱。その名前はあまりに偉大ゆえに、遺志を継ぐ者たちは必死の思いで天国に朗報を届けようともがいている。

大鵬の孫の1人、納谷(19=大嶽)は、東幕下5枚目。入門から2年で、十両昇進まであと1歩。十分すぎるスピード出世だが、師匠の大嶽親方(元十両大竜)は、その宿命を思いやる。「ものすごいプレッシャーが本人にはあるでしょう。勝って当たり前だと思われ、負けても騒がれる。私もつい、ネットでエゴサーチしてしまう。勝てば『大鵬の孫はすごい』と言われ、負ければ『あんな部屋に預けるからだ』と書き込みがある」。

納谷は同じ一門の大関貴景勝の付け人を務め、勉強の日々を送る。この日は、元十両の白鷹山に寄り切られて2勝2敗。命日について聞かれても「あんまり、そういうのは気にしてないです」とポツリ。負けてしまえば、多くを語れない。

正月は大嶽部屋全員で墓参りをし、納谷は書き初めで「三役」と書いた。大鵬死去の日、中1だった少年は大志を胸に祖父の背中を追っている。【佐々木一郎】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲裏話

応援タオル、本格相撲字で一新 1番人気は朝乃山

「タオルの字、大きくなりましたよね」。13日の朝稽古後、人気力士の炎鵬がつぶやいた。先場所までは横綱、大関ら人気力士約10人しか取り扱っていなかった「力士応援タオル」が、今場所から幕内全42人分が販売されている(550円)。旧作より余白の少ない、大きな相撲字が印象的だ。

炎鵬の応援タオルを掲げるファン(撮影・柴田隆二)

相撲グッズを取り扱う「国技館サービス」によると、タオルを仕入れていた業者が廃業したため、自社で製作した。旧作のしこ名はパソコン内の「相撲字フォント」で入力されていたが、新作は幕内格行司の木村元基(51=湊)がしたためた本格的な相撲字になっている。元基は「他にも行司さんがいる中で光栄なこと」と謙虚に話した。発注されたのは昨年9月の秋場所前。本来の業務に当たる他の行司に気をつかい、行司部屋ではなく相撲教習所を借りて場所中の2日で書き上げた。「ちょっと大きく書きすぎたかな。種類が多いのは魅力的」と柔和に笑った。

国技館サービスによるとタオルの売れ行きは好調で、1番人気は新関脇の朝乃山。1日1000枚以上売れる日もあり、25歳の大関候補への期待値がうかがい知れた。【佐藤礼征】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

プロレスの月曜日

ビッグダディ三女の林下詩美 主要ベルト初奪取だ

スターダムの林下詩美(21)が、19日の9周年記念日大会(午前11時30分開始、後楽園ホール)でワンダー・オブ・スターダム王者星輝ありさ(24)に挑戦する。デビューした18年は大活躍も昨年は2度の指のけがで、それぞれ2カ月欠場ともどかしい日々を過ごした。団体主要ベルトの初奪取で3年目の再ブレークを狙う。【取材・構成=高場泉穂】

クールにポーズを決める林下(撮影・山崎安昭)

デビュー2年目の19年は林下にとって苦難の1年だった。ビッグダディ三女で柔道で鍛えたパワーを持つビッグ新人として18年は大活躍。勢いを継続していた4月に左手親指の付け根にあたる左母指基節骨を骨折し、2カ月欠場。復帰直後の9月、今度は右手小指を骨折。再び2カ月の欠場に追い込まれた。

2度とも手術で患部に針金を埋め込んだ。汗をかくと菌が発生する可能性があるため、医師からは術後しばらく運動を禁止された。「みんなの練習を見ているか、試合に行ってセコンドにつくだけ。1度目の時はリセットの時期と前向きに捉えられましたが、2度目は地獄でした」。もどかしい日々が続いた。

団体の大きな変化にも焦りを募らせた。スターダムは昨年10月17日、新日本プロレスの親会社株式会社ブシロードの運営下に入った。オーナーであるブシロードの支援により、露出が増え、今年1月4日の新日本東京ドーム大会にも提供試合で進出。他の選手がメディアに露出し、注目を浴びるのを林下は見ているしかなかった。「スターダムが大きくなって、人気が上がっているのを実感できた。その分、自分が中心にいられないことが悔しかったです」。

そんなたまったうっぷんを次のタイトル戦にぶつける。相手は18年に6年半ぶりに現役復帰し、トップスターへ駆け上がった星輝。団体の主要ベルトの1つ、ワンダー・オブ・スターダムを19年5月に初戴冠。キックを武器に8度防衛している絶対女王だが、林下は昨年8月の初シングル戦で勝利している。「星輝は意識がとぶような鋭い蹴りをもっているが、パワーは自分の方が上回っている。何回やっても結果は変わらないはず」と自信をみせる。

昨年12月から本気のダイエットも開始した。欠場の合間に体重は65キロから68キロに増量。66キロまで落としたが、さらに絞るため大好きなお菓子を禁止。さらに白米を抜くなど糖質オフも始めた。「チョコレートが大好きなんですが食べるのをやめて、最低砂糖3つは入れていた紅茶、コーヒーも無糖にして頑張ってます」。目指すのは、ベルト奪取にとどまらず団体のトップ。「20年は私の年にできたら」と言葉に力を込めた。

クールな表情を見せる林下(撮影・山崎安昭)

◆林下詩美(はやしした・うたみ)1998年(平10)9月14日、鹿児島県奄美市生まれ。18年7月にスターダム入団。同8月12日にジャングル叫女とのシングル戦でデビューし、引き分け。同11月にタッグタイトルのゴッデス・オブ・スターダム初戴冠。18年度プロレス大賞新人賞受賞。得意技はアルゼンチン式背骨折り。166センチ、66キロ。

大相撲裏話

将豊竜が会心の弓取り初白星 関取不在の秋田の星だ

弓取り式に臨む将豊竜(撮影・小沢裕)

反響は想像以上だった。前日3日目、結びの一番の後に行われる弓取り式を初めて務めた横綱鶴竜の付け人、東幕下23枚目将豊竜(23=時津風)のLINEに「おめでとう」「かっこいい」など100件超のメッセージが届いた。「『泣いた』って言葉もありました。照れくさいですね」と頭をかいた。

当初は初日から弓取り式を務める予定だったが、連絡ミスにより2日目までの印刷物が前任の三段目春日龍のままになっていた。それでも「特に意識しなかった」と落ち着き払っていた。昨年の4月から春巡業で少しずつ弓取り式を任され、経験を積んできた。前任の春日龍も「度胸はある。あとは慣れだけ」と太鼓判を押した。

相撲でも注目を浴びたい。初土俵は14年秋場所で大関貴景勝と同期。「去年は3回最高位を更新した。今年も更新しまくりたい」。秋田県出身で、同県は元関脇豪風(現押尾川親方)が引退して関取が不在。同県出身の元小結巴富士もかつて弓取り式を務めており「いいですね。僕も関取を狙っていきたい」と、ゲンの良さも力にするつもりだ。【佐藤礼征】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)