上へ戻る

au版ニッカン★バトル

新着

リングにかける男たち

支え合う亀田和毅夫妻、自粛続きも第1子誕生目前

亀田和毅と妻シルセさん(亀田和毅提供)

3月、米ラスベガスにいるボクシング元WBCスーパーバンタム級暫定王者亀田和毅(28)からうれしい知らせが届いた。妻シルセさん(32)が第1子となる男児を妊娠したという。

「シルセもすごく喜んでます。自分も子どもが欲しかったのでめちゃくちゃうれしいです。シルセのサポートをしながらボクシングもがんばります」

メールの文面から喜びが伝わってきた。

亀田は19年7月にWBCスーパーバンタム正規王者レイ・バルガス(メキシコ)との統一戦で敗退。同11月から米国に拠点を移していた。この4月に再起戦を行う予定だったが、新型コロナウイルスの影響で延期となり、まだ渡航制限のない3月中にシルセさんの故郷メキシコへと移動した。今は自粛生活を送りながら、5月末の出産を待つ。

昨年の統一戦を前に、シルセさんにじっくり話を聞いたことがあった。支え合う2人の物語に心を打たれた。出会ったのは約13年前。中学卒業後すぐメキシコに武者修行に行った亀田が、アマチュアボクサーだったシルセさんと出会い、恋に落ちた。

07年、亀田はアマチュアトーナメント大会の決勝で後の世界王者バルガスと対戦する。会場は、メキシコシティの格闘技の聖地アレナ・メヒコ。大ブーイングを浴び、判定で敗れた。満員の観衆の中、亀田に声援を送るのはシルセさんと、その家族だけだった。

「メキシコだから、みんな地元のバルガスを応援していました。和毅の応援をしていたのは、私のパパ、ママ、兄弟合わせて10人ぐらい。ビール、ナッツ、水…いろんなものが私たちにもかかってきました。和毅の応援をしていたから、みんな怒っていたみたい。すごく怖かった。あの時、和毅は16歳。まだキャリアがなかったから、緊張していたと思います。試合の後は『大丈夫。いいよ、すごく頑張ったよ。最後まで倒れなかったから』と声をかけました。和毅はがっかりしながらも、『勉強になる。がんばる』って言っていました」(シルセさん)

その後、遠距離恋愛を経て、15年10月に結婚。今では亀田はスペイン語を、シルセさんは日本語を自由に使いこなす。結婚後は、主に日本での生活。慣れない場所、言葉、文化の中で、シルセさんは苦労した。だが、メキシコでシルセさんがしたように、今度は亀田と家族が彼女を助けた。

「和毅は、すごく優しい。いつも私のことを気遣ってくれます。私があげれば、和毅も私にくれる。ピンポンみたいだなと思います。日本人とメキシコ人は全然違う。でも、和毅の家族は優しかった。彼らのおかげで日本語が話せるようになりました。2人にとって、言葉をかけ合うことはすごく大切です。1日が終わると、『ありがとう。きょうもがんばったね』とスペイン語で言い合います。ハグも、チューもします。日本に来て、少し恥ずかしくなりましたが(笑い)」(シルセさん)

2人の関係から学ぶことは多い。

亀田によれば、今メキシコは「毎日2000人以上感染していて、ピークの状態」。極力外出せず、家の中で筋トレやシャドーなど練習に励んでいるという。

シルセさんの出産予定日まで約1週間。大変な状況の中、無事2人の子どもが生まれることを祈る。【高場泉穂】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

大相撲裏話

初代貴ノ花命日に思う、諸行無常でも変わらない心

東京・中野新橋にあった旧二子山部屋跡地では現在、新築マンションの建設工事が進んでいる中

受話器の向こうから切なそうな声が聞こえてきた。

「今年も行きたかったんだけど、コロナでねぇ…。新幹線で移動するのも、はばかられるご時世だし。店も1カ月半ぐらい閉めてましたよ」

5月30日。東京・阿佐ケ谷にある天桂寺の門前で、私はスマホを握っていた。この日は15年前に亡くなった元二子山親方(元大関貴ノ花)の命日。故人が永眠する墓がここにある。所用があって墓参できない時を除いて、命日には私も足を運んでいる。ふと気になって、上京した際には墓参りに訪れる故人の弟子で、今は東京を離れて料理店を営む元力士に電話した。もし、これから墓参に来るなら久々の再会を楽しもう…。そんな願いは、前述のようにコロナ禍でかなわなかった。

足を運びたくても、墓参に来られなかった人は他にもいただろう。ただ、うれしいことに墓前には、持参した花が差し込めないぐらいの、あふれるほどの花が添えられていた。「15年たっても忘れられない存在の人だったんだな」とか「あの兄弟も、別々ではあっても来たんだろうな」とか雑念にかられながら…。

そんな下世話なことも考え、手を合わせて引き揚げる間際、年配女性と鉢合わせした。故人の現役時代からのファンで千葉・船橋から訪れたという。「『クンロク(9勝6敗)大関』とか言われたけど、小さい体で強かったもんね」。墓前でひとしきり話し込んだこの女性、自宅から一度、中野新橋にあった旧二子山部屋に寄って墓参りに来たという。「部屋はもう取り壊されてマンションの建築中でしたよ」。

そう聞いて、足は自然と中野新橋に向かった。街並みは変わっていない。ただ栄華を誇ったあの部屋は確かに跡形もなく、今年12月完了予定の4階建てマンションの建築工事中だった。もう一度、前述の元力士に電話してみた。「そうですか…。さら地になったのは聞いていたけど、もう他の建物が建つんですか…」。実は、部屋があった場所がさら地のうちに、OBの力士で集まって、酒を酌み交わしながら昔話に花を咲かそう、と夢を描いていたそうだ。

再び切なそうな声だったが、思い直したようにそのOB力士は言った。「来年は親方の17回忌ですか。またみんなで集まれればいいな。自分らが親方に育てられたことに変わりはないからね」。何となく、柄にもなく諸行無常を感じた新緑の一日。世の中のもの、移り変わっては生まれ変わり、また消えては…の繰り返しなのかもしれない。それでも、人それぞれ、心の中に大事にしまっているものは変わらない。とかく冷静さを失いがちな、コロナ禍にあるこのご時世でも…。墓前で会ったあの女性、OB力士に教えられた気がする。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

東京・中野新橋にあった旧二子山部屋跡地では現在、新築マンションの建設工事が進んでいる中
原功「BOX!」

WBO王者スティーブンソン登場 3カ月半ぶりボクシング再開へ

ボクシングの聖地ともいわれる米国ネバダ州ラスベガスで6月9日(日本時間10日)、久しぶりにボクシングが行われることになった。メインにはWBO世界フェザー級王者のシャクール・スティーブンソン(22=米国)が登場、ノンタイトル10回戦に臨む予定だ。コロナ禍の影響を受けラスベガスで組まれていたボクシングのイベントは2月28日を最後に中止や延期が相次ぎ、これが3カ月半ぶりの試合となる。

16年リオデジャネイロ五輪バンタム級銀メダリストでもあるスティーブンソンは、もともと3月14日にニューヨークで初防衛戦が組まれていたが、直前になって中止が決定したという経緯がある。それだけにプロモートを担当するトップランク社も伸び盛りの22歳に早い時期の試合を提供する必要性を感じていたのかもしれない。相手のフェリックス・カラバリョ(プエルトリコ)はWBC中米カリブ王座を獲得したこともある選手で、戦績も16戦13勝(9KO)1敗2分と悪くない。しかしランキング外ということもあって試合はスーパー・フェザー級ノンタイトル10回戦として挙行される。

これに先立ち5月下旬、スポーツ・イベントを管理するネバダ州アスレティック・コミッション(NSAC)はイベント再開の承認を出しており、試合はホテルの施設内で無観客として行われることが確認されている。戦いの模様はテレビで生中継される予定だ。

スティーブンソンの試合をスタートに、その後もトップランク社はスポーツ専門チャンネルのESPNと組んで以下のようなカードをメインとして週に2度のペースで無観客試合の挙行と放送を計画している。ちなみにナバレッテ対ロペス戦以外はラスベガスで行われる予定だ。

■6月11日 ジェシー・マグダレノ(米国)

対エニフェル・ビセンテ(ドミニカ共和国) 

フェザー級10回戦

■6月16日 ジョシュア・グリーア(米国)

対マイク・プラニア(比国) バンタム級10

回戦

■6月18日 ホセ・ペドラサ(プエルトリコ)

対ミッケル・レスピエール(トリニダードト

バゴ/米国) スーパー・ライト級10回戦

■6月20日 エマヌエル・ナバレッテ(メキ

シコ)対ウリエル・ロペス(メキシコ) フ

ェザー級10回戦@メキシコ

■6月23日 アンドリュー・マロニー(豪)

対ジョシュア・フランコ(米国) バンタム

級10回戦

■7月 2日  ジャメル・ヘリング(米)対ジ

ョナサン・オケンド(プエルトリコ) WB

O世界スーパー・フェザー級タイトルマッチ

■7月 9日 イバン・バランチク(ベラルー

シ)対ホセ・セペダ(米国) スーパー・ラ

イト級10回戦

スティーブンソン、ナバレッテ、マロニーは現役の世界王者だが、いずれもタイトルをかけない調整試合となる。また、昨年5月に伊藤雅雪(伴流⇒横浜光)に勝ってWBO世界スーパー・フェザー級王座を獲得したヘリングは2度目の防衛戦としてリングに上がる予定だ。バランチク対セペダは世界ランカー同士のカードとなる。

こうした一方、5月30日にドミニカ共和国の首都サントドミンゴで行われる予定だったボクシングのイベントが直前で中止に追い込まれるなど、まだまだコロナ禍の影響は大きいものがある。

聖地ラスベガスで予定される上記試合が順調に挙行されることを祈りたい。

リングにかける男たち

ヘビー級に活況の兆し、願う長者番付に井上尚弥の名

井上尚弥(2019年11月7日撮影)

米経済紙フォーブスがこの1年間のアスリート長者番付を発表した。1位はテニスのフェデラーで1億630万ドル(約117億円)だった。2~4位はロナウド、メッシ、ネイマールのサッカー・トリオで、残るベスト10はNBA、NFL、ゴルフの選手が続いた。ボクサーの1位はWBC王者タイソン・フューリー(英国)で、5700万ドル(約63億円)で11位だった。

15年にクリチコから3冠王座獲得も、引退、コカイン、ドーピング違反などの騒動を起こした。18年に再起し、2戦目にWBC王者デオンテイ・ワイルダー(米国)と引き分け。これで再浮上し、今年2月にワイルダーとの再戦に快勝で王座に返り咲いた。

5000万ドルを試合で稼いだ。ワイルダー戦以外は、昨年9月に100万ドルの再起戦と小遣い稼ぎ? のプロレスデビュー戦だけ。ワイルダー戦のファイトマネーは500万ドルで、2500万ドルが最低保障だったペイ・パー・ビューの売り上げが効いたようだ。

1度は天から地に落ちたが、昨年2月にトップランクと契約した。これをステップに身も心も入れ替え、王座奪回とともに、莫大(ばくだい)な報酬を得て、頂点に立った。

ベスト100に入ったボクサーはあと3人いた。ヘビー級3冠王者アンソニー・ジョシュア(英国)が4700万ドル(約52億円)で19位、ワイルダーが4650万ドル(約51億円)で20位に入った。

昨年9400万ドル(約103億円)で4位だったサウル・アルバレス(メキシコ)は3700万ドル(約40億円)で30位に入った。昨年100位以内のパッキャオとゴロフキンは圏外になった。

この長者番付は90年からで、マイク・タイソンが2860万ドルで1位だった。2位ジェームズ・ダグラス、3位シュガー・レイ・レナードとボクサーがトップ3。91年はイベンダー・ホリーフィールドにタイソンがワンツー。92年はホリーフィールド、93年はリディック・ボウが2位、96年にタイソンが1位に復活した。

その後はNBAのジョーダン、ゴルフのウッズらが長年トップに君臨した。ボクサーが復活したのは12年で、フロイド・メイウェザー・ジュニアが初の1位に。14、15、18年と4度トップとなった。パッキャオが3位に2度入っている。

ヘビー級が3位以内は00年の3位タイソン以来いない。ベスト10に入れなかったが、ボクシングの象徴と言えるヘビー級がトップ3。中量級スターの前に影が薄かったが、ようやく活況の兆しを示す数字と言える。フューリーとワイルダーの第3戦、その後にはジョジュアの決着戦も期待されるのに。ウイルスが憎い。

今回の100位は男子テニス選手で約24億円だった。日本選手では大坂が約41億円で29位、錦織が約35億円で40位に入った。テニスは賞金よりも破格なスポンサー収入が大きい。今後期待されるのはNBAの八村か。ひそかな願いがある。井上尚弥がいつかランクインする日がくることを。【河合香】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

井上尚弥(2019年10月28日撮影)
プロレスの月曜日

ノアDDT高木社長、動画ビジネスを語る

名称変更した動画配信サービス「WRESTLE UNIVERSE」をアピールするDDT、ノアの高木三四郎社長

DDTプロレスリンググループが17年から提供する動画配信サービス「DDT UNIVERSE」が5月12日、「WRESTLE UNIVERSE(レッスルユニバース)」(https://www.ddtpro.com/universe)に名称変更した。また、1月から同じくサイバーエージェントグループとなったプロレスリング・ノアの動画も見られるようになった。DDT、ノア両団体の高木三四郎社長(50)に、サービス改称の理由と今後の動画ビジネスについて話を聞いた。【取材・構成=高場泉穂】

◇   ◇   ◇

-まず名称を変えた理由を教えてください

このサービスでは、DDTだけでなく、ノア、DDTグループ団体の東京女子プロレス、ガンバレ☆プロレスなどさまざまな団体の試合が見られます。ただ、それぞれのファンにとって「DDT」という名前が入っていると、入りづらい部分がある。「DDT」ではなく「WRESTLE」とすることで、多くのファンの方に抵抗なく見ていただけると思い、変更しました。

-変わった点は

新型コロナウイルスの影響で、ノアは3月末から無観客試合を行い動画を配信していますが、それによって圧倒的に視聴者数が増えました。3月から4月にかけて、それまでの視聴者数の30%増となりました。大きく伸びたきっかけは3月29日のGHCヘビー級選手権、潮崎豪対藤田和之戦です。(王者潮崎と挑戦者の藤田が試合開始から約30分間、無接触でにらみ合いを展開。その後、壮絶な戦いとなり57分47秒で潮崎が勝利)。あれでめちゃくちゃ伸びたんです。プロレス史における事件や名勝負、ビッグマッチはやっぱり見られるということがあらためて分かりました。

-ノアはこれまで動画配信サービスを持っていませんでした。DDTと別に作ることは考えませんでしたか

ノアの過去の動画はほとんど日本テレビが持っていて、会社に資産として残っていないんです。今後資産を残していくうえで、提携のアベマTVで全部の試合を中継するのは難しい。それで、「ユニバース」で配信することになりました。別にゼロから作るとなると、お金も時間もかかる。「ユニバース」の形は、まだまだ十分ではないと思っていますが、そのまだまだの形に持ってくるまでに3年ぐらいかかっています。だったら今あるものにくっつけた方がいいと考えました。この資産というのが、大事なんです。DDTは97年の旗揚げから現在までの映像をほとんど持っているんですよ。一時期、他の媒体で配信してもらっていましたが、後にその権利を全部買い取りました。いまだに飯伏幸太(元DDTで現在新日本プロレス所属)の路上プロレスの動画を貸してほしいとテレビ局に依頼されることが多いです。コンテンツビジネスをやっていくのであれば、動画、選手の肖像権は資産になり、今後より大事になってくる。ノアの過去の動画を買い取るのは現段階では難しいので、ゼロから資産を構築していきます。

-プロレス界の動画サービスビジネスについて考えをお聞かせください

僕たちが始めたのは17年からですが、もうちょっと早くやっていれば…という思いはあります。WWEが14年に「WWEネットワーク」を始めた時、すぐにこれからの時代はこの定額サービスがスタンダードになると思いました。その他にも、モノ自体が売れなくなってきている、というのを他業界から学んでいたので、これは絶対プロレスを動画で見る時代がくるな、と。分かってはいたんですけど、当時は開発費用に3、4000万かかり、すぐに取りかかるのは無理でした。すぐ後に新日本プロレスもテレビ朝日と共同で「新日本プロレスワールド」を始めました。誰の目にも明らかなんですけど、WWEと新日本が大きく伸びたのは、その独自の動画配信サービスを持ったからです。今新しくテレビを買うと、配信系のデータがあらかじめ入っている。そこに新日本ワールドは入っているんですよね。そこは企業努力だし、すごいなと思います。

-レッスルユニバースの強み、独自性とは

間違いなく強い部分が一つある。とにかくいろんなプロレスを見られることです。ノアのような正統派から、DDTのエンタメ系、そして女子プロレス。現在は7500本の動画を提供していますが、さらに数を増やし、コンテンツの幅も広げていきたいと思っています。その中で、人気なども考慮し、内容を取捨選択していく予定です。

-今後の課題や目標は

新日本さんが約10万人の視聴者を持っているといわれている。最低でもその半分には、来年中にいきたいですね。海外の視聴者を獲得するためにも、英語サービスは大きな課題の1つ。今も一部の動画には英語実況をつけていますが、もっと充実させていきたいです。今までのデータで分かっていることですが、やはり見られるのは、試合なんですよね。いい試合を届けることが1番なんです。扱う団体が増えれば、扱う動画の本数も増えるので、その精査もしないといけないと思っています。現在、映像スタッフは常駐6人に外注3人。緊急事態宣言前から明けるまで、一番忙しかったのは彼ら映像班です。今後その人数は増やしたいです。いつでも募集しています!

大相撲裏話

言葉発さずにうなずき…記者を救った鶴竜の懐の深さ

バスケットボールを片手に笑顔の鶴竜(2019年8月19日撮影)

日本相撲協会が7月場所(19日初日、東京・両国国技館)の開催を目指す中、プロ野球が開幕日を6月19日と決めた。他競技でも再開の足音は近づいており、スポーツ観戦を趣味に持つ方々の期待も高まっているのではないだろうか。

角界でスポーツ観戦好きといえば、横綱鶴竜(34=陸奥)がパッと頭に思い浮かぶ。NBAを筆頭にさまざまなスポーツに精通。鶴竜の囲み取材では、雑談の中で他のスポーツ界に関する質問が飛び交うことはしばしばある。昨年10月、デビュー直後のウィザーズ八村塁の話題に及ぶと「外からのシュートがそこまで決まっているわけではないのに、あれだけ点を決められる。シュートタッチがまだ向こうで慣れていないのか外している。あとは慣れでしょうね」と解説。囲んでいた記者はフンフンとうなずく。相撲記者は土俵上での活躍を取り上げるのが基本。本業と関係ないことを聞くのは、少し恐れ多い場面がある。ましてや横綱。しかし、鶴竜はいつも嫌な顔をせずに答えている。

そんな横綱の懐の深さに、昨年8月の夏巡業で救われたことがあった。土俵入り後の取組までの合間に、鶴竜が遊びで会場内のバスケットゴールを使いシュート練習を行っていたときのことだ。なぜか記者はたまたまゴール下にいたため、球拾いをした。その1週間後に行われたバスケットボール男子日本代表の強化試合の始球式でもその実力を示していたが、鶴竜の3点シュートはぽんぽん入る。7本連続で決める場面もあった。明後日の方向にいくことがほとんどない。リバウンドを拾うのもラクだ。華麗なシュートフォームに見とれるあまり、総シュート本数と成功本数を数えていなかった(デスクに怒られた)が、5、6割は成功していたのではないだろうか。

約15分間のシュート練習が終わると、取組の準備のため、鶴竜は支度部屋に戻った。記者はここで大失態に気づく。リバウンドを拾うことに集中していたため、練習中の写真を撮っていなかった。写真がある、なしでは全く違う。どうすれば…。もう時間はない。取組直前に、横綱本人に頼み込むしかなかった。

巡業の支度部屋でも、横綱は忙しい。関係者へのあいさつや写真撮影、髪結いや綱締め実演など取組以外の仕事がたくさんある。基本的に取材は土俵入りまでに済ます必要があり、多忙の横綱に時間を割いてもらうことは申し訳なかった。

でもいくしかない。たしか結びの4、5番前、花道に向かう途中で声をかけた。「すみません横綱、これ(ボール)持って、写真いいですか?」。本当に取組直前だ。断られるかも…と思ったが、鶴竜は言葉を発さずうなずき、ボールを右手に持って記者のカメラに向き直った。写真は笑顔。満面の笑みだった。横綱の懐の深さに、感謝してもしきれない。ちなみにその写真を掲載した記事は、WEBを通じてそこそこ読まれたらしい。サムネイルの笑顔に引きつけられたのだろうか。多彩な一面が伝わっていれば幸いだ。

NBAなど世界中のスポーツが再開したときには、また話を聞きにいくかもしれない。もちろんそれ以上に、土俵での活躍を取り上げていく所存です。【佐藤礼征】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

原功「BOX!」

超大型フューリー対正統派ジョシュアの王者対決期待

6月にも欧米で世界王者を含むトップ選手たちの試合が再開されそうな気配になってきたものの、まだCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)が予断を許さない状況であることに変わりはない。こうしたなか、今回はトップ選手として身長206センチ、直近の試合では124キロ近い体重だった超大型のWBC世界ヘビー級王者、タイソン・フューリー(31=英国)を紹介したい。

英国マンチェスター出身のフューリーは、予定日より2カ月半も早く生まれたため体重は450グラムほどの未熟児だった。30年以上経った現在、120キロを超える巨体になると誰が予想しただろうか。ちなみに、「タイソン」というファーストネームは当時の世界ヘビー級王者から拝借したのだという。

ヘビー級の元プロボクサーだった父親の影響でボクシングを始め、

アマチュアで35戦(31勝4敗)したあと20歳でプロデビュー。英国王座や英連邦王座などを獲得して順調にトップ戦線に躍り出たが、当時は色物扱いされることもあった。大柄ではあるものの構えを左右にスイッチするなど戦い方がトリッキーで迫力を欠く傾向があったことが主因だったといえる。また能弁なのは存在をアピールするうえで役に立ったが、それを快く思わない人も少なくなかったようだ。

そうしたなか15年11月、ウラジミール・クリチコ(ウクライナ)のV19を阻止して3団体統一王者になったことで評価が急上昇した。しかし、最高位についたプレッシャーからかアルコールやドラッグに逃げ場を求めることになり、その結果として王座を放棄して一時は引退してしまった。

2年半のブランク後に戦線復帰を果たし、以後は6戦5勝(3KO)1分をマークしている。復帰3戦目ではWBC王者のデオンタイ・ワイルダー(米国)に挑戦し、2度のダウンを喫しながらドローという結果に終わった。それを受けて行われた今年2月の再戦では2度のダウンを奪って7回TKO勝ち、最高位に返り咲いた。このときは初戦よりも7キロ重い体重で試合に臨み、細身のワイルダーに圧力をかけて攻め落とすなど戦略面でも優れたものをみせたものだ。通算戦績は31戦30勝(21KO)1分。

現在、ヘビー級には3団体(WBA、IBF、WBO)統一王者としてアンソニー・ジョシュア(英国)がいる。昨年6月、格下に7回TKO負けを喫したジョシュアだが、半年後に大差の判定で雪辱して返り咲きを果たしている。こちらは24戦23勝(21KO)1敗の正統派強打者で、英国での試合では9万人の大観衆を集めたこともある人気者だ。

いま、そんな両雄の頂上対決がいつ行われるのかという点にボクシングファンの興味が集まっている。一時、フューリーとワイルダーの第3戦が夏に計画されたが、コロナ禍の影響で秋以降に延期された。その間にフューリー対ジョシュアという英国人王者対決が浮上しているのだ。大柄で変則なフューリー、五輪金の実績も持つ正統派のジョシュア。タイプの異なる王者同士の大一番が実現することを期待したい。

プロレスの月曜日

世志琥、見た目と裏腹“ギャップ萌え”大ブレーク中

女子プロレスラーの世志琥(よしこ、26=SEAdLINNNG)が“ギャップ萌え”のSNS動画で大ブレーク中だ。動画サービスTikTok(ティックトック)での、こわそうな見た目と裏腹のかわいらしいお菓子作りの動画が話題を呼び、5月中旬現在、フォロワー数はTikTokで約20万人、ツイッターで約10万人を超えた。この人気をどう感じているのか、世志琥に聞いてみた。

「コロナ」と書かれた障子を破る(本人のTikTokから)

TikTokのフォロワーは20万人、ツイッターは10万人。この1カ月でSNS界のスターとなった世志琥は「ほんとに、人生変わったんじゃねーかぐらいの勢いだよ」とZoomの画面越しにうれしそうな笑顔を見せた。

新型コロナウイルスの影響で自宅待機となったのを機に、4月14日から1カ月連続投稿チャレンジをスタート。「コロナ」と書かれた障子を破ったり、浜崎あゆみ風のメークをするなどのユニークな動画で少しずつフォロワー数が増えていった。大きな転換点となったのは5月1日にあげたディズニーランド風のチュロスを作る動画。話題を集め、1日で約5万人ものフォロワーが増えた。「ちょうどディズニーランドが休園中で、行きたくても行けない人がたくさんいると思ったから園内で売ってるチュロスを再現しようと思ったんだ。それがこんなに反響を呼ぶとは…」。うれしい誤算だった。

眼光鋭く「作るぞ」とにらむ(本人のTikTokから)

ディズニーランド風のチュロスを作る動画でかわいい笑顔(本人のTikTokから)

その後も、世志琥の快進撃は止まらない。ディズニーシーのキャラクター、ダッフィーのオムライス、プードルクッキーなど、“映える”料理動画を続々投稿。眼光鋭くこちらをにらみ、「作るぞ、コノヤロー」といった荒っぽい言葉で説明する一方、手つきは丁寧で出来上がった料理は美しく、最後の試食後にとびきりかわいい笑顔を見せる。そのギャップが話題となり、フォロワーはどんどん増えていった。

ダッフィーのオムライスなど出来上がった料理は美しい(本人のTikTokから)

相棒の力も大きい。動画をプロデュースしているのが、あぃりDXさん(22)。90年代に一世風靡(ふうび)した全日本女子プロレスの故今井良晴リングアナを父に持ち、今年からシードリングの宣伝部長を務めている。連続投稿チャレンジを持ちかけたのもあぃりさんで、アイデア、編集など献身的にサポートしてくれているという。「あぃりちゃんがすごく自分のことを生かしてくれている」と世志琥。特技の料理が、人々が自粛するこの時期にうまくはまった。

浜崎あゆみ風のメークも(本人のTikTokから)

新たに注目してくれた人の多くはプロレスになじみがない。今いるのは所属選手4人の小さな団体。フォロワーの人を、会場へと誘導するのが今の目標だ。「TikTokを利用しているのは、本当に若い世代の子、小、中学生が多い。これからの女子プロレスやプロレスに必要なのも、そういう若い年齢層だと思うんだ。そういう子たちがちょっとでも興味を持ってくれて、会場に足を運んでくれたらいいなと思ってる」。

3月23日の試合を最後に団体も自粛期間に入り、自宅で1人練習する日々が続く。「プロレスラーなんで、リングの上に立って、お客さんに見てもらってなんぼ。早く試合がしたい。自粛が明けたら初めて見にきてくれる方も増えると思う。自分の中にあるプロレスLOVEな気持ちを爆発させて、みんなの心に届くプロレスをしたい」。日課となった動画制作に励みながら、再開の日を待つ。「コロナでストレスがたまる世の中だけど、うちの動画みて、楽しめよな。てめーら、コロナが収束したら、うちの試合みにこいよ! そこんとこ、よろしく」。【高場泉穂】

◆世志琥(よしこ)1993年(平5)7月26日、東京・葛飾区生まれ。11年にスターダムに入団し、同1月23日に美闘陽子戦でデビュー。15年に1度引退するが、16年にミャンマーで復帰とSEAdLINNNG入団を発表。160センチ、75キロ。得意技はダイビング・セントーン、ラリアット。

大相撲裏話

コロナで注視も角界独特「集団生活」のプラス面とは

富山の食材を手に笑顔を見せる朝乃山(前列左)ら高砂部屋の力士(2020年2月7日撮影)

大相撲三段目力士の勝武士さんが新型コロナウイルスの影響で亡くなったのは本当に残念で、ショックだった。

その中で大相撲独特の文化である「集団生活」があらためて取りざたされた。関取になれば個室、または別に自宅を持つことができるが、以外の大多数は1カ所で、いわゆる大部屋で生活する。他のスポーツであれば練習、競技で集まり、解散だが、大相撲の世界は1日中をほぼ一年中、同じ空間をともにする。

記者が新弟子だった20数年前、「相撲道を知るにはとにかく入門しろ」の指令を受け、若松部屋(現在の高砂部屋)にお世話になった。当時はまだ若い部屋で関取もいない。元大関朝潮の師匠の下、自分がいち早く出世しようとする活気に満ちていた。そんな世界に素人が恐る恐る入門した。

黒まわしを借りて、稽古に参加させてもらった。最初はさすがに「なんじゃこいつは」という視線を感じたが、股割りでもん絶したあたりからとけ込む空気に変わった。10代の新弟子たちと申し合いを行い、最後はぶつかり稽古。取材で見ていると「簡単に押せそう」となめていたが、ビクとも動かない。しかし、体の使い方を指導されると何とか押せるようになる。「最も実になる」とされる稽古を肌で実感した。

ひと通り稽古を終えて、一緒に風呂に入った時にはもう「仲間」だった。雑談しながら和気あいあい。たった1日だったが、内部を知ることで自分の中でかなり変われた記憶がある。

新型コロナウイルス禍でクラスター化の怖さが言われ、その前は暴力事件の問題もあった。独特の文化である「集団生活」のマイナス面だが、それ以上にプラス面もあるということだ。年齢は関係ない番付社会。刺激し合い、励まし合い、笑い合ってピラミッドの頂上を目指す構図がある。

長年にわたって継がれ、今に生きる文化。その根底が揺らぐ厳しい状況下だが、大相撲の歴史は必ず乗り越えられると信じる。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

原功「BOX!」

井上尚弥の転級待つナバレッテら北米での試合具体化

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行が収まらない状況に変わりはないが、世界各地で経済活動再開の動きが出始めている。

すでにボクシングも4月下旬に中米ニカラグアや韓国が中堅どころの試合を中心にしたイベントを催したが、今度は北米で世界王者たちの試合が具体化してきている。

メキシコでは6月6日にWBO世界スーパー・バンタム級王者のエマヌエル・ナバレッテ(25=メキシコ)がメキシコシティーで試合をする計画だと伝えられる。無観客イベントとしてテレビ局のスタジオにリングを設置して試合を行い、それをテレビ中継する予定だ。保健当局の特別許可が出るのを待っている状態だという。

ナバレッテは32戦31勝(27KO)1敗の戦績を残している攻撃型の選手で、18年12月に戴冠を果たしてから1年5カ月の間に5度の防衛をこなしている“戦うチャンピオン”だ。1階級下の井上尚弥(27=大橋)が転級してくるのを待っている状態で、「井上に勝てば評価が上がる。もちろん勝つ自信はある」と吹いている。若くて勢いがあるだけに、陣営としてもブランクは最小限に食い止めたいのだろう。

6月9日にはWBO世界フェザー級王者のシャクール・スティーブンソン(22=米国)がラスベガスで試合を計画している。16年リオデジャネイロオリンピック(五輪)バンタム級銀メダリストのスティーブンソンは3月14日にニューヨークで初防衛戦を行う予定だったが、コロナ禍のため直前になって中止になった経緯がある。次戦はノンタイトル戦になる模様で、試合内容が良ければスーパー・フェザー級に転向する可能性が高い。スティーブンソンは13戦全勝(7KO)の伸び盛りの逸材で、ナバレッテと同じように空白期間を短く抑えたい意向があるようだ。

昨年5月に伊藤雅雪(29=伴流⇒横浜光)からWBO世界スーパー・フェザー級王座を奪ったジャメル・へリング(34=米国)には、7月2日にラスべガスで2度目の防衛戦を行うプランが浮上している。プロモートするトップランク社が計画を明らかにしたもので、スティーブンソンと同様、テレビ局のスタジオで無観客試合として挙行、それが放送される予定だ。

へリングは12年ロンドン五輪に出場した経歴を持つ技巧派サウスポーで、プロでは23戦21勝(10KO)2敗の戦績を残している。再戦と雪辱を目指す伊藤にとってもヘリングの動きは気になるところといえよう。

依然としてCOVID-19は予断を許さない状況であることに変わりはないが、これらの試合が決行されることを多くのボクシングファンが願っている。

リングにかける男たち

53歳タイソン氏“復帰”甦るラスベガスの硬い記憶

2年前のあの日、村田諒太に「グッド・ラック!」とサムアップポーズでエールを送るマイク・タイソン氏(18年10月19日)

ボクシングの元世界ヘビー級王者、マイク・タイソンがリングに“復帰”する。53歳になったレジェンドがチャリティー事業のエキシビションマッチに出場するため、先月から練習を再開したとの報道が今月に入って飛び交った。11日にインスタグラムに投稿したミット打ちでは、年齢からは想像できない高速コンビネーションの強打を放っていた。それを見て、あの「硬さ」が思い起こされた。

18年10月だった。「痛っ!!」と思わず顔をしかめた。米国・ラスベガスのショッピングモールでクリンチ、いやハグをしてもらった。その体は岩のように硬かった。

WBA世界ミドル級王者村田諒太の初防衛戦のために訪れたラスベガスだった。同地に住むタイソンがサイン会を開くという情報を聞きつけ、カメラマンと2人で巨大なモールを探し回った。スポーツショップの外にイベントの看板を見つけた。話を聞ければ、記事になる。ただ、不発に終わる可能性もある。それでも、高揚した勢いままに、自腹覚悟で参加権代わりの250ドルのボクシンググローブを購入した。数組の列に並び、黒カーテンの奥にその姿がちらほら。小学生時代に遊び続けた家庭用テレビゲーム機のボスとして戦い続けたレジェンドがそこにいた。そして、ついにその時が。

カーテンを開けると、緊張するこちらを一見して、とっさに日本人と判断したのだろう。「コンニチハー!」の大きな声。かみつき事件などで凶暴なイメージも付きまとい、勝手に身構えていたところに、おもむろに席を立ち上がると、こちらに迫ってきた。そして分厚い肉体で抱きしめられたのだった。

その体はゴツゴツし、一切のゆるみを感じさせなかった。わずかの接触で、驚異のパワーを拳に宿した肉体のすごみの一端に触れた気がした。その取材では、村田に「グッドラック!」とサムアップポーズでエール。無事に記事となり、グローブ代も経費で精算でき、一安心の米国遠征となった。

忘れないあの痛さ。15年ぶりの“復帰”がいつになるのか、楽しみでしょうがない。【阿部健吾】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

プロレスの月曜日

創始者三沢光晴の魂引き継ぐノアGHCヘビー級王座

新型コロナウイルス感染拡大の影響でプロレス興行はできない状況が続く。この機にプロレス界の主要ベルトの歴史をひもとき、その価値をあらためて探る。第3回はプロレスリング・ノアのGHCヘビー級王座。

   ◇   ◇

◆創設 01年に団体創始者の三沢光晴が創設。GHCはグローバル・オナード・クラウンの略で、地球規模の崇高なる王位を意味する。01年以降初代ベルトが使用されてきたが、19年11月2日の両国大会から新調。裏面は三沢のイメージカラーである緑が残された。

三沢光晴は初代GHCチャンピオンに輝く

◆絶対王者小橋建太 03年3月1日に三沢光晴を破り、第6代GHCヘビー級王座を獲得。以降13度防衛。04年4月に高山善広を破り8度目の防衛を記録した際に、秋山準が「絶対王者」と命名。05年、V13を達成した当時独身の小橋は嫁取り宣言も。「結婚はさ、勢いってこともあるからね。すぐあるかもしれないし、分かんないよ。芸能人なら国仲涼子がタイプだな」と話していたが5年後の、10年に演歌歌手のみずき舞と結婚した。腎臓腫瘍、度重なるケガを乗り越え、熱いファイトを見せ続けた鉄人として今も愛される。

2003年3月1日 小橋建太は三沢光晴(左)を破り、第6代GHCヘビー級王座を獲得

◆最年長戴冠 杉浦貴の47歳10カ月。18年3月11日の横浜大会で拳王を破り、最年長記録とともに最多4度目の戴冠を果たした。拳王の「丸藤、杉浦の時代は終わった」の言葉に反発し、挑戦を表明。拳王の強烈な蹴りや張り手に耐え、最後は回転式フロントネックロックで失神させレフェリーストップ勝ち。若さを見せつけ、「オレがこれから時代をつくる」と宣言。

◆最多防衛 杉浦が第16代時代に達成した14度。11年5月13日から英国、ドイツで異例の3日連続海外防衛戦を決行。英国でデイブ・マスティフ、鈴木鼓太郎を破った後、15日にドイツ・オーバーハウゼンでクラウディオ・カスタニョーリに勝利。小橋建太と並んでいた連続防衛記録を更新した。

杉浦貴は最年長戴冠、最多防衛、最多戴冠の記録を持つ

◆最年少戴冠 第32代王者清宮海斗の22歳5カ月。18年12月16日横浜大会で、王者杉浦貴を猛虎原爆固めで破り、史上最年少戴冠を達成。「ノアの新しい顔はオレだ!」と高らかに宣言。その後も三沢を表す緑のコスチュームを身につけ、若きエースとして団体をけん引。12年12月以来約7年ぶりに進出した19年11月の両国国技館大会では、メインで拳王に猛虎原爆固めで勝利し、6度目の防衛に成功。「業界2位と言わず、1位にいきたい。みんなで一緒に1番まで駆け上がっていきましょう」と約束した。

2018年12月16日 清宮海斗は横浜大会で、王者杉浦貴を猛虎原爆固めで破り、史上最年少戴冠を達成

◆最多戴冠 杉浦貴(第16、25、27、31代)と潮崎豪(第15、17、26、33代)の4度。2人とも10年以上ノアのトップ戦線を戦い続け、今も衰えず。現王者潮崎は20年1月4日に清宮から王座を奪取。3月29日に無観客で行われた後楽園大会では、藤田を下し、初防衛。藤田とは試合開始から約30分間距離を取ったままにらみ合うという異例の試合を展開。その後、ようやく組み合い、最後は豪腕ラリアットで勝利。テレビカメラに向かって「アイ・アム・ノア」と豪語した。興行中止が続く中、2度目の防衛戦は未定だ。

最多戴冠の記録を持つ潮崎豪

大相撲裏話

勝武士さん、出番前は真剣「初っ切り」へのプロ意識

17年2月、初っ切り相撲で高三郷(左)におどけた表情を見せる勝武士さん

新型コロナウイルスに感染し、入院していた勝武士(しょうぶし)さん(本名・末武清孝=すえたけきよたか)が13日に亡くなった。

勝武士さんといえば、「初っ切り」のイメージが強かった。私が相撲担当になったのが16年の九州場所から。その時にはすでに勝武士さんは、日々の巡業などで全国各地の相撲ファンに笑顔を届けていた。

私が担当になった当時、勝武士さんは元高三郷の和木勝義さんとコンビを組んで約2年たっていた。口に含んだ力水を互いの顔に吹きかけ合ったり、ラリアットの応戦があったり。組んでは土俵際で2人そろって観客席に向かってVサイン。最後は勝武士さんにハリセンで腹を切られ、頭をたたかれた和木さんが土俵上に大の字で倒れて終了。名漫才師のような、息の合った完成の高い約10分間の実演に観客同様、巡業取材中の私も何度も笑顔にさせられた。

ある日の巡業で、出番前の勝武士さんに声をかけたことがあった。調子を聞くような、何げない声かけだったと記憶する。しかし返事はなく、真剣な表情を浮かべたまま勝武士さんは土俵上へ。先ほどまでの表情とは打って変わり、いつものようにハツラツとした表情で、2人息の合った動きを見せて会場中から笑いを誘った。

実演終了後、勝武士さんから声をかけられた。「さっきはすいませんでした。出番前は少し集中したくて」。初っ切りに懸ける、高いプロ意識をかいま見た瞬間だった。

先日、勝武士さんと同期の琴恵光が「人を喜ばせるのが好きだった」と振り返るように、ムードメーカー的存在だったようだ。確かに、勝武士さんの周りにはいつも多くの人の笑顔があった。私も勝武士さんからエネルギーをもらったその1人として、今後の取材活動にまい進していきたい。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

17年2月、初っ切り相撲で取組中にVサインを見せる勝武士さん(右)
原功「BOX!」

誰が一番強いか WBSSシーズン3スタートに期待

井上尚弥(27=大橋)がバンタム級で優勝するなどして日本でも注目を集めた階級最強決定トーナメント、「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)」はシーズン3の開催が期待されているが、COVID-19(新型コロナウィルス感染症)の影響で年内の開始は厳しくなった。チーフ・オフィサーのカレ・ザワランド氏は、「来年1月にスタートさせたい」と話している。

WBSSはスイスを活動拠点とするザワランド・イベント社や、元世界5階級制覇王者のノニト・ドネア(フィリピン/米国)らを擁する米国のリングスポーツ社などが提携して2017年9月にスタートした。第1回大会はクルーザー級とスーパー・ミドル級の2階級で実施。原則として出場資格を世界王者と世界ランキング15位以内の選手に絞り、各階級8人が参戦した。

クルーザー級には主要4団体の王者すべてがエントリーしたため、準決勝2試合と決勝は統一戦となった。その結果、オレクサンデル・ウシク(ウクライナ)が優勝し、試合報酬に加え1000万ドル(約10億6000万円)の賞金を得た。スーパー・ミドル級は途中で欠場者が出るなどしたが、本命視されていたカラム・スミス(英国)が勝ち抜いてWBAスーパー王座を獲得して優勝した。

団体や国の壁を越えて「その階級で誰が一番強いのか」という分かりやすい構図のトーナメントだけに、ファンや関係者へのアピールは絶大だった。

それを受け18年秋から19年秋にかけてシーズン2が3階級で実施され、バンタム級で井上、スーパー・ライト級でジョシュ・テイラー(英国)が優勝した。ふたりとも他団体王者との競り合いを制して評価を上げ、それを機に世界的なスター選手の仲間入りを果たしたといえる。

ただ、シーズン1に続いて実施されたクルーザー級では、決勝戦が19年12月から今年3月、さらに5月と延期されたすえ、コロナ禍の影響で現時点では具体的な開催日程が立てられない状況となっている。

主催者側はシーズン3を開催する方向で検討しているというが、前回大会の決勝戦を前に次の大会を開始するわけにもいかない。「5月の予定(クルーザー級決勝戦)がキャンセルになったばかりなので、いまは状況を見ているところ」(ザワランド氏)という。

財政面では大きな問題を抱えているといわれるWBSSだが、ファンの注目や期待は高いものがある。ザワランド氏は次回大会を2階級に絞る考えがあると明かしている。そのうえで「2021年1月にシーズン3をスタートさせたい」と話している。

実施される場合はどの階級になるのか、日本人選手の参戦はあるのか-コロナ禍が終息した先の話とはいえ興味は尽きない。

リングにかける男たち

敵地韓国でいやがらせも徳山昌守が失神KOで存在感

WBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ 5R45秒でKOした徳山昌守はガッツポーズ、左下はダウンしたチョ・インジュ(2001年5月20日撮影)

スポーツ記者なのに、自分の世界からスポーツが消えてどれぐらいだろう。新型コロナウイルス感染拡大防止で外出自粛、自粛。家にこもり、今までのつながりをたどって電話、オンラインで取材の日々が続く。

そんな非日常の中で悪くないこともある。日刊スポーツのウェブ上で連載しているボクシングの「一撃」で、元WBC世界スーパーフライ級王者徳山昌守氏(45)と久々につながった。妙に意気投合し、世界王座奪取前からプライベートも含めて密に接してきた。それが最近は会う機会がなく、遠い存在になっていた。今回の企画をだしに連絡をとると「うわぁ、久しぶりっすね」と変わらず、明るい感じで応じてくれた。

元世界王者らに自身の最も印象に残っている「一撃」を語ってもらう企画。徳山氏は「パッキャオのマルケス戦とかあるけど、自分のでいえばやっぱり、あの右」。話しているうちに19年前の刺激的なソウルの夜がよみがえってきた。

01年5月20日、王者徳山2度目の防衛戦は敵地だった。ベルトを奪ったチョ・インジュとの再戦。試合そのものに加え、朝鮮半島の南北統一問題が動いていた時代。朝鮮籍の徳山がソウルで試合することが、現地の注目点だった。

仁川空港に降り立った瞬間、徳山氏は大勢の韓国マスコミに囲まれた。「政治のことは知らない。自分は試合をしに来た」。その後も緊迫感の連続だった。チョ・インジュは予定の公開練習をキャンセルするなど雲隠れ。徳山陣営も、金沢英雄会長が報道陣に突然、「ちょっと出てくれ!」。窓にタオルで目隠ししての厳戒秘密練習。実際は秘密でも何でもなく、普通の練習だったが、メンタルの駆け引きがすごかった。

その後も連載に記したが徳山氏が泊まる部屋に夜中に電話がかかったり、計量のはかりのバネが外れていたり、リングの徳山のコーナーに目つぶしのようにライトが当たるようになっていたり…(いずれも原因は不明)。記者仲間で一致したのは「判定はやばい」。

不安なスタートだった。試合後に金沢会長が「体は動かんし、どないなるかと思った」と言った通り、判定狙いの相手の思うつぼにはまりかけた。しかし徐々にペースをつかんで4回に右でダメージを与え、フィニッシュは一瞬。5回45秒、ワンツーからの右ストレートで失神KOを飾った。

記者席で興奮した。過程が刺激的だからこそ、結末はよりドラマチック。ボクシングの魅力が詰まった一戦。こんな興奮を早く、もう1度味わいたい。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

WBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ 4R終了間際、徳山昌守の右がチョ・インジュにヒット(2001年5月20日撮影)
プロレスの月曜日

全日本の至宝 多くのスターを生み出した3冠ヘビー

新型コロナウイルス感染拡大の影響でプロレス興行は止まり、各団体のトップ戦線は、ほぼ休戦状態にある。この機にプロレス界の主要ベルトの歴史をひもとき、その価値をあらためて探る。第2回は全日本プロレスの3冠ヘビー級王座。

   ◇   ◇

◆創設 インターナショナル、UN、PWFという由緒ある3本のヘビー級ベルトを統合して創設されたもの。最強を決めようと機運が高まる中、89年4月18日、大田区体育館大会でインター王者ジャンボ鶴田が、UN、PWF両王者スタン・ハンセンを下し、初代王者となる。3冠戦は天龍と鶴田の鶴龍対決や90年代の三沢、小橋、川田、田上らによる四天王プロレスなど時代ごとに名勝負、スターを生み出していった。

89年4月18日、初の3冠統一を果たしたジャンボ鶴田は両肩にベルトを掲げる

◆ベルト統合 3冠ヘビー級王座が定められてから24年4カ月となった13年10月、老朽化により1本に改められ、3本のベルトはジャイアント馬場の遺族に返還された。3本をかけた最後のタイトル戦は王者諏訪魔対挑戦者潮崎豪で、諏訪魔が防衛した。19年2月19日に両国国技館で行われたジャイアント馬場没20年追善興行では当時の3冠王者宮原健斗が馬場家から借りた旧ベルト3本を体に巻いて登場した。

◆最年長戴冠 第29代王者天龍源一郎の52歳2カ月。02年4月13日全日本武道館大会で、王者川田が負傷返上で空位になっていた王座を武藤敬司と争い、垂直落下式ブレーンバスターで勝利した。前年01年に天龍は新日本所属だった武藤に敗れ、王座を流出させていた。武藤は02年に全日本に電撃移籍したが、天龍は1年前の借りをきっちり返した。

02年4月13日の全日本武道館大会で武藤敬司にパワーボムを見舞う天龍源一郎。最年長戴冠となった

◆最年少戴冠 第55代王者宮原健斗の26歳11カ月。16年2月12日後楽園ホール。宮原はゼウスとの王座決定戦でジャーマンスープレックスホールドを決め、勝利。「小さい頃からの夢をつかめた。俺たちの世代で新しい輝きを作っていく」と決意を語った。宮原はその後、57、60、62代と4度戴冠。「最高ですかー」の決めぜりふとともに宮原時代を構築し、62代時代には川田と並ぶ最多V10を達成した。

宮原健斗は16年2月に最年少戴冠、20年2月には最多タイの10度目の防衛に成功

◆唯一の4冠同時戴冠 第33代小島聡が達成。05年2月16日代々木体育館大会で、小島聡が川田を破り初戴冠。そのわずか4日後の2月20日両国国技館大会で、新日本のIWGPヘビー級王者で元パートナーの天山広吉と両タイトルをかけて対戦し、59分49秒でKO勝ち。初の4冠王者となり、「オレみたいなサラリーマン上がりのレスラーが、4本のベルトをつかんだ。たくさんの人に夢、希望、元気を与えられればいい」とコメントした。「試合後にはIWGPベルトを投げ捨てて、花道に向かった。追いかけてきた中邑ら新日本勢に向かってまくし立てた。『よく聞け。オレは元新日本じゃない。全日本の小島だ』」(翌日本紙から)。その後、陥落するまでIWGPのベルトは巻かなかった。

05年2月の新日本両国大会で、天山広吉(左)に強烈なローリングエルボーをぶち込む小島。初の4冠王者となった

◆最多戴冠 諏訪魔の7回(37、43、46、49、54、58、63)。20年3月23日、後楽園大会で王者宮原健斗を破り、2年5カ月ぶり7度目の返り咲きを果たした。史上最多11度防衛をかけた宮原と最多記録更新をかけた諏訪魔の戦いは30分超の大熱戦となり、諏訪魔がドロップキックから岩石落とし固めに持ち込み勝利した。感染防止のため、1200人超の観客がマスクをする異様な雰囲気の中での試合となったが、諏訪魔は「気持ちは今日が一番最高だったんじゃないかな」と喜びをかみしめた。初防衛戦は未定だが、無観客テレビマッチでの王者諏訪魔の動きに注目だ。

3本のベルトをかけた最後のタイトル戦は王者諏訪魔が防衛

大相撲裏話

今こそ必要な力士の発信力、待たれる角界SNS解禁

夏場所中止が決まった両国国技館。後方の高層タワーは新型コロナウイルス軽症者等の宿泊療養施設となったホテル

用あって出社後の帰宅途中、ふと気になって両国に寄ってみた。当たり前のように通い慣れた、いつもの“職場”付近はどうなっているんだろう-。国技館の建物そのものは、いつもの威容を誇っているように見える。風も爽やかな晴天の昼下がり。だが、やはり何かが違う。

本場所の開催を告げる各種掲示物はなく、前売り状況を示す電光掲示はブランクのまま。周囲も閑散とし当然のこととはいえ、空虚感は否めない。本来なら8日に夏場所初日と2日目の取組が決まり、10日に初日を迎えるところ。その初日を2週間延ばして開催を目指したが、それも中止を余儀なくされた。

両国国技館の背後にそびえる高層タワー。完成したばかりのホテルは、5月1日から新型コロナウイルスの軽症・無症状感染者を受け入れる宿泊療養施設になった。このコロナ禍が終息を迎え本場所が通常開催できる日を迎えたあかつきには、このホテルが地方から観戦に訪れる宿泊客でにぎわうことを願わずにはいられない。

夏場所中止は4日に決まった。「今回ばかりはそうなるはず」とは思っていたが、実際に八角理事長(元横綱北勝海)のコメントが流れると、決断の重さに現実を突きつけられた思いだ。一方で、何事もネガティブにとらえていたら心がむしばまれるだけだ。少しずつでいい、気持ちを両国国技館開催の7月場所に向かわせればいい。ケガを抱える力士はその療養期間が出来たととらえればいいし、技術的向上を目指す者は本来はない本場所間の4カ月を「錬成期間」と考えればいいのではないか。

もう1つ。夏場所中止決定直後に、ふと考えたことがある。図らずも7日付の日刊スポーツ本紙に寄稿してもらった漫画家・やくみつる氏が望んだ、力士のSNSの解禁だ。スポーツ各紙やテレビのスポーツコーナーで、スポーツ各界からアスリートたちの近況がSNSで届けられている。いずれも中止や延期を余儀なくされた選手たちの、今の思いやファンに向けられたメッセージ性の高い言葉であったり、近況報告であったりする。

これが相撲界にも波及できないか。今から半年前、一部力士の悪ふざけの動画がアップされたことで、力士らの個人的なSNSは現状で禁止されている。その活用できない痛みは、当人のみならず協会員全員が分かち合ったはずだ。発信元になることの責任感、しかるべき社会的地位に立っている自覚を再認識する機会になるのではないか。

ファンや応援してくれる関係者への現状報告、子どもたちや力士も世話になっている医療関係社への励ましのメッセージ…。このご時世、発信内容もごく普通の常識的なものに限られるはずだ。それが力士たちに出来ないとは思えない。そうして本来、SNSが果たすべき役割を理解できる好機になるのではないか。解禁後、再び前述のようなことが繰り返されたら厳しい処分を下せばいいと思う。肖像権や個人情報など難題もあるだろうが、これほどの歴史的有事に際して、思い切りがあってもいい。

先日、滋賀県の三日月知事が、外出自粛要請の標語「ステイ・ホーム」を「ステイ・ホームタウン」へ変更することを提唱した。緊張の中にも緩和を織り交ぜたうまい言葉だと思う。角界の目標も、無観客開催ではあるが7月19日初日の7月場所に定まった。感染予防策には細心の注意を払いつつ、徐々に日常を取り戻す-。八角理事長が常々、口にする「相撲は単なるスポーツではない」という神事性は、無観客でシーンと静まりかえる中でも15日間を乗り切った春場所で、記者としても体感できた。その神事性を保ちつつ、ファンが求める情報解禁に少し、足を踏み込んでもいいのではないだろうか。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

夏場所中止が決まった両国国技館正面入口。左の高層タワーは新型コロナウイルス軽症者等の宿泊療養施設となったホテル
リングにかける男たち

粟生隆寛引退「満足感と悔しさ」栄光と挫折の17年

プロボクシング62キロ契約体重 8回戦 粟生隆寛対ガマリエル・ディアス 4回、粟生隆寛(左)はガマリエル・ディアスに左パンチを放つ(2018年3月1日撮影)

4月6日、ボクシングの元世界2階級王者粟生隆寛(36=帝拳)が自身のSNS上で引退を発表した。36歳の誕生日だった。一時代を築いた王者の目からは涙があふれた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、会見はできず。発表から1カ月がたった6日、栄光と挫折を経験した17年間のプロ生活をあらためて振り返りつつ、現在の思いを聞いた。(敬称略)【取材・構成=奥山将志】

   ◇   ◇   ◇

天才。エリート。粟生には、そんな言葉がいつもつきまとった。3歳でボクシングを始め、父広幸さんと二人三脚で技術を磨いた。千葉・習志野高で史上初の「高校6冠」を達成。大きな注目を集めて転向したプロの世界でも、日本人7人目の2階級制覇を達成するなど活躍を続けた。だが、減量苦の影響もあり長期政権を築くことはできず、キャリア終盤は、試合から遠ざかる日々が続いた。

「今、振り返ってみると、正直『もっといけたな』という思いもあるし、『ここまでこられた』という思いもある。世界チャンピオンになれたという満足感、3階級制覇できたんじゃないかという悔しさ、両方の感情が残っている」

同じ時代に活躍した西岡利晃、長谷川穂積のような派手さこそなかったが、切れ味鋭いカウンターを中心とした卓越した技術は、多くの選手、関係者から称賛された。対戦する相手の研究はわずか3分。「自分のボクシングをすれば勝てる」。追い求め続けてきた技術への自負が、粟生にとっての生命線でもあった。

「僕は一般受けするボクサーだったと自分でも思っていない。(元WBC世界スーパーフライ級王者の)西岡さん、(元WBAスーパーバンタム級王者の)下田だったりが持っている野性の勘というか、いけるときにいく強引さが自分にはなかった。技術に頼りすぎた部分があったのかもしれないが、それがあったからここまで戦ってこられた」

12年10月にWBCスーパーフェザー級王座から陥落。そこから約7年半、長いトンネルが続いた。層が厚いライト級での3階級制覇を目指し、チャンスが来たのは15年5月。空位のWBO王座をかけ、米ラスベガスでレイムンド・ベルトランとの対戦が決まった。試合は2回TKO負け。だが、前日計量で体重超過したベルトランに、後日、禁止薬物の使用が発覚した。試合結果こそ、無効試合に変更となったものの、待望のチャンスは、相手の“暴挙”により奪われた。

悪夢は続いた。同年11月に設定されたノンタイトル戦に向けたスパーリング中、バックステップした瞬間、左足に激痛が走った。腓骨(ひこつ)筋腱(けん)脱臼。手術を受け、練習に復帰するまで半年かかった。31歳。引退につながる大けがだった。

「復帰戦が決まり、もう1度ここからというタイミングでやってしまった。3階級制覇がそれほど遠いものだとも思っていなかったし、気持ちも切れていなかった。ただ、まったく練習できない時期があれだけ長く続いた。年齢的なことを考えても、あれで(チャンスが)遠のいていったのかなと思う」

18年3月に2年10カ月ぶりのリングに立った。対戦相手は、7年半前に世界王座を奪われたガマリエル・ディアス。判定勝ちを収めたが、それが最後の試合となった。

WBCスーパーフライ級王者川島郭志に憧れた幼少期。小学校の文集にはWBCのベルトの絵を描き、隣に夢を記した。「ぼくはプロボクサーがゆめです。プロボクサーになったら客をよろこばせたい。りっぱなチャンピオンになる」。

その言葉通り、WBCのベルトを2本取った。そして、「天才」は、苦しみ、もがきながら、グローブをつるした。今後は育ててもらった帝拳ジムでトレーナーを務めていくという。

「ボクシング、ジムへの恩返しをしないといけないと思っています。いずれは自分でジムをという思いもありますし、指導者として良い選手を育てていきたいですね」

期待という重圧とともに歩み続けてきた。豊富な経験は、今後の引き出しになる。第2の人生も、ボクシングとともに生きていく。

◆粟生隆寛(あおう・たかひろ)1984年(昭59)4月6日、千葉県市原市生まれ。3歳からボクシングを始め、千葉・習志野高では選抜、国体、総体を2度ずつ制し、史上初の高校6冠を達成。アマ戦績は76勝(27KO・RSC)3敗。03年9月にプロデビュー、07年3月に日本フェザー級王座獲得。09年3月にWBC世界フェザー級王座、10年11月に同スーパーフェザー級王座を獲得し、2階級制覇。左ボクサーファイター。168・5センチ。プロ戦績は28勝(12KO)3敗1分け1無効試合。

原功「BOX!」

6人王者擁す英国などボクシングイベント再開の動き

まだまだCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の勢いは衰えていないが、そんな状況下で見切り発車的に世界各地でボクシングのイベント再開の動きが出てきている。すでに4月25日(日本時間26日)に中米ニカラグアで8試合、26日には韓国で3試合が行われたばかりだ。このあともニカラグア、メキシコ、ポーランドなどで数試合が行われる予定で、時期尚早の声があるなか不安と期待の入り混じったイベント開催となりそうだ。

4月25日にニカラグアの首都マナグアで開催されたイベントでは、選手やトレーナーなどがマスクをして入場。マスク着用が義務づけられた観客は隣の席と2メートルほどの距離を空けて座った。ゴム手袋をしたレフェリーは試合中もマスクを外すことがなく、普段とはかけ離れた光景といえた。

この日の8試合をプロモートした元世界2階級制覇王者のロセンド・アルバレス氏は5月16日にもマナグアで試合を挙行する予定で、すでに世界挑戦経験者のフランシスコ・フォンセカ対エウセビオ・オセホというニカラグア人同士のカードをメインとして組んでいる。4月のイベントと同じ会場が予約されており、次回も観客を入れて挙行することになるという。

その1週間後の5月23日にはメキシコのミチョアカン州パツクアロでも5試合が行われる予定だ。このイベントは同地出身の元IBF世界スーパー・ウエルター級王者のカルロス・モリナ(メキシコ/米国)がプロモートするもので、モリナ自身がメインカードに出場すると発表されている。当日は5試合が予定されているが、無観客試合として行われるという。

さらに6月12日にはポーランドのコナリーで、マリウス・ワフ(ポーランド)対ケビン・ジョンソン(米国)というヘビー級の元世界ランカー対決が組まれている。ふたりとも世界挑戦経験者だが、ともに40歳でピークを過ぎて久しい。現状を考えるとこのあたりのマッチメークが精一杯なのかもしれないが、主催者は無観客で行うこのイベントを課金システムのペイ・パー・ビュー(PPV)で放送するとしている。どのくらいの契約が取れるのかという点にも注目したい。

このほか英国でも再開の動きが出ており、条件が整えば7月にもボクシングのイベントが開催される可能性があると伝えられる。ヘビー級3団体王者のアンソニー・ジョシュア、WBCヘビー級王者のタイソン・フューリーら6人の世界王者(暫定王者を含めれば8人)を擁する英国だけに、どんなイベント形態をとるのか、こちらも世界的な注目を集めそうだ。

リングにかける男たち

防衛戦2度延期で引退…ボクサー人生をも変える現状

19年、初挑戦で日本王者となって涙声でインタビューに答える高橋悠斗

新型コロナウイルスは人の生き方まで変える事態となっている。ボクシングでは日本ライトフライ級王者だった高橋悠斗氏が現役に見切りをつけた。昨年10月に初挑戦で王座奪取も、初防衛戦が今年3月15日、再設定された5月15日と2度延期されて決断した。

ジムは4月3日に「気持ちの維持が難しい」との理由で引退を発表した。後日に一般紙でも大きく報道されると「直接話も聞いていないのに」とツイート。そんな事情もあったのか、3日に元世界王者木村悠氏とのオンライントークショーで思いの丈を語っていた。

最初の延期で「結構、心が折れました」と明かすも「モチベーションが低下とはちょっと違う」と説明した。「世界を狙っていたけど、今のやり方だと収入面とか知名度とか変わらない」と続けた。

さらに「練習する時間をビジネスなど、自分の磨くことにあてたかった。食べていけないスポーツはたくさんある。そういった選手を盛り上げようと、会社設立を進めている」と今後へ意欲を示した。

高橋氏は国士大時代にキックボクシングで学生王者になり、プロでもランク2位までいった。就職の際にトレーナーと知り合ってボクシングに転向。4敗したが、ミニマム級1位まで浮上した。

1度は日本王座初挑戦が流れると、ライトフライ級に昇級してチャンスをつかんだ。その後にジムが立ち退き移転のために移籍。紆余(うよ)曲折をへて5年目で初挑戦をものにした。ダイエットジムの店長を勤めながら、次は2年で世界王者を目標に掲げていた。

現在は飲食店も開いたが休業に追い込まれ、自宅は水漏れトラブルでホテル住まい。波乱続きも次は総合格闘技への意欲も口にした。「3つの競技でチャンピオンなら日本人初だから」と。

3月19日のドイツを最後に世界中で興行が中止だったが、4月25日にニカラグアで再開された。前日計量ではマスク姿のフェースオフ。当日の観衆は1割程度の約800人に抑えられた。同国は感染者が少なく、野球やサッカーなども開催されている。韓国では翌日に無観客開催され、メキシコは5月開催が発表された。

日本は7月に新人王各地区予選で再開を目指している。全日本新人王は通常12月から、年度内の来年3月を予定する。東日本は12階級に130人がエントリー。3階級は決勝まで5試合だったが、20人が出場辞退して日程調整できた。

競技性から三密は避けられず、緊急事態宣言が解除されても練習法などにも課題は残る。まだまだ予断は許さない。辞退者は医療従事者、本人や家族の不安、ジムの判断などが理由という。高橋氏はこれまでも積極的な行動で人生を歩み、スパッと切り替えて今後へも前向きだ。一方で貴重なホープたちは無念の辞退と言える。

仕事もままならない現状に、他にもリングから離れる選手は少なからずいるだろう。選手人口が減少する業界への追い討ちだが、今の状況にどこまで耐え、踏み止まれるか。1人でも多くが再びリングに上がり、スポットライトを浴びる日が、1日でも早く来ることを願うばかりだ。【河合香】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)