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リングにかける

比嘉の強打は脚で封じる!元陸上部西田凌佑が金星へ

宣言通りの大番狂わせを起こせるか。4月24日に沖縄コンベンションセンターで元WBC世界フライ級王者で、WBOアジアパシフィック・バンタム級王者の比嘉大吾(25=Ambition)に日本スーパーバンタム級6位の西田凌佑(24=六島)が挑む。

4戦目で元世界王者比嘉に挑む西田

西田のプロのキャリアはまだ3戦(3勝無敗=1KO)。相手はキャリア豊富な元世界王者で、西田にとっては敵地となる沖縄での試合となる。常識的に考えて、完全に不利の見立てだが、指導する武市トレーナーは「キャリアは雲泥の差があるが、みなさんが思っている以上にあっと言わせる。沖縄の皆さんは比嘉選手の凱旋(がいせん)を楽しみにしていると思うが、会場を静まらせる自信があります」と言った。

その根拠は西田の「脚」にある。比嘉は17勝(17KO)1分け1敗で、勝利はすべてKO勝ちというバリバリのファイター。強打を認めた上で、それを不発に終わらせれば勝機が見えてくる。西田は奈良・香芝中時代、陸上部に所属。3000、1500、800メートルを主戦場にしていた。1500メートル4分30秒の走力が、大どんでん返しを起こす可能性だ。

意外に「走るのは嫌いです」と言い切るが、「スタミナは自信があります」。右利きのサウスポー。比嘉の突進をうまくかわしてパンチを当てていけば、大金星も夢物語ではない。

「4戦目でチャンスをもらえた。相手は比嘉選手でモチベーションは上がっている。こんなチャンスはめったにない。素直にうれしい。しっかり練習してベルトを持ち帰りたい」

15年、近大時代の西田凌佑(後列右から3人目)。後列左端は名城信男ヘッドコーチ、同左から3人目は赤井英和総監督

近大ボクシング部時代は、元WBA世界スーパーフライ級王者の名城信男監督(39)に鍛えられた。比嘉との対戦が決まると、ラインで報告。「1日も無駄にせず、集中するように」と返信があり、引き締まった。比嘉に勝てば世界ランク入りは確実。夢物語は大きく膨らむ。

ちなみに。近大といえば今、プロ野球阪神に入団して大活躍の佐藤輝明選手が欠かせない。「刺激になってます」などの答えを求めて西田に振ったところ、「えっ、そうなんですか?」って、知らんのかい。佐藤輝、まだまだやな。西田が比嘉に勝って、世界への挑戦権を得て、「近大」の代表格に躍り出るか。楽しみしかない。【実藤健一】

◆西田凌佑(にしだ・りょうすけ)1996年(平8)8月7日、奈良県香芝市出身。香芝中は陸上部、王寺工からボクシングを始める。同校3年時、国体フライ級少年の部で優勝。近大をへて19年10月にプロデビュー。戦績は3勝(1KO)無敗。身長170センチの左ボクサー。

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

大相撲裏話

鶴竜は人としても“横綱”「土俵に入ったら鬼、下りたら笑顔」を体現

鶴竜親方

大相撲春場所中に、横綱鶴竜(現鶴竜親方)が現役を引退した。引退会見で印象に残ったのは、報道陣から「モンゴルの後輩へどんなエールを送るか」と質問された時の答えだった。

鶴竜 人に慕われる、後輩にも慕われる、人間としても成長して、いい人間になって欲しい。お相撲さんとしてだけじゃなくて人間としても成長して欲しい。

鶴竜の人柄の良さを、あらためて実感することができる返答だった。と同時に、ある出来事を思い出した。

16年、福岡・九州場所でのことだった。同場所で3度目の優勝を達成した鶴竜は、千秋楽から約1週間後に控えていた冬巡業参加のため、帰京せずに福岡に滞在していた。各地方場所後には通常、地方巡業が控えていて、参加する関取や付け人は本場所後に地方の宿舎に滞在することが多い。その際、千秋楽以降はちゃんこを作らない部屋がほとんどで、食事はおのおので調達しなければならない。当時、巡業参加のために福岡に滞在していた旧井筒部屋の若い衆と話す機会があった。巡業開始までの約1週間の日々の食事をどうしているのかと聞いたら「今日の昼は横綱が弁当を買ってきてくれました」と言った。

鶴竜自らが、宿舎近くの弁当屋に所属力士5人分程度の弁当の買い出しに行ったという。買い出しに行った経緯を聞くと「横綱が『場所中の付け人業務とかで疲れているだろうから俺が行くよ』と言ってくれました。こんな横綱いませんよね。本当に頭が上がりません」と恐縮しきりだった。後日、鶴竜本人に真相を聞こうとすると「まぁ、いいじゃない」と恥ずかしそうに笑い、多くは語らなかった。

心優しい横綱だった。報道陣にはいつでも快く対応。海外サッカーやNBAなどの他スポーツへの興味と理解も深く、海外で活躍する日本人選手がいると、評論家のように流ちょうに思いを語ってくれた。いつも穏やかな口調で話し、弟子にも当たり散らさない。周囲からの人望は高かった。

鶴竜は母国・モンゴルで相撲中継を見たのがきっかけで、角界への入門を望むようになった。角界へのつてが全くない中、15歳の時に相撲愛好会「日本相撲振興会」に送った手紙が、関係者を通じて先代井筒親方(元関脇逆鉾)に渡ったのがきっかけで旧井筒部屋に入門。「手紙を受け取ってくれて、拾ってくれて感謝の気持ちでいっぱい。一生忘れることはない」と当時を振り返った。

先代井筒親方からは「土俵に入ったら鬼のようになって、土俵を下りたら笑顔でみんなと接しなさい」と教えられたという。まさに、それを体現し、人としても“横綱”を張った横綱だった。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

原功「BOX!」

チャベスら一時代築いた名王者たちが今夏リングに帰ってくる

フリオ・セサール・チャベス(メキシコ)にミゲール・コット(プエルトリコ)、そしてマルコ・アントニオ・バレラ(メキシコ)-。

1980年代から2010年代にかけて一時代を築いた名王者たちが、この夏、エキシビションマッチで続々とリングに戻ってくる。

コロナ禍の影響で昨年からボクシング界も大きなイベントの開催が難しい状況が続いている。そうしたなか昨年11月、元世界ヘビー級王者のマイク・タイソン(54=アメリカ)対元4階級制覇王者のロイ・ジョーンズ(52=アメリカ)のエキシビションマッチが注目され、有料配信で大成功を収めた。要は50歳を超えた元世界王者同士のスパーリングなのだが、抜群の知名度がある選手同士の“レジェンド対決”という付加価値が加わり好評を博したようだ。

これに触発されたのか、かつての大物たちが続々とリングに戻ってくることになった。6月12日、アメリカのフロリダ州マイアミでは元4階級制覇王者のコット(40)と、同じく4階級制覇の実績を持つファン・マヌエル・マルケス(47=メキシコ)がスパーリングで拳を交える予定だ。ラストファイトからコットは3年半、マルケスは7年が経っているが、どんなパフォーマンスを披露するのか注目される。

その1週間後の6月19日、メキシコのグアダラハラでは、89連勝や3階級制覇など記録にも記憶にも残るメキシコの英雄、チャベス(58)が、かつて拳を交えたこともある故ヘクター・カマチョの息子、カマチョ・ジュニア(42=プエルトリコ)とスパーリングを披露する予定だ。チャベスはWBC世界スーパー・ライト級王者時代の92年にカマチョ父に12回判定勝ちを収めている。因縁含みのカードだけに、こちらも注目を集めそうだ。

7月16日にはアメリカ(開催地は未定)でバレラ(47)対エリック・モラレス(44=メキシコ)のライバル対決PART4が予定されている。両者はスーパー・バンタム級、フェザー級、スーパー・フェザー級でいずれも世界王座をかけて対戦し、初戦はモラレス、2戦目と3戦目はバレラが勝利を収めている。いずれの試合も激闘で、どちらが勝ったか分からない僅差の勝負だった。すでにバレラは引退して10年、モラレスも8年以上が経っているが、エキシビションマッチとはいえ決着戦としての意味を持つだけに両者の士気も高いものがあるという。

このほかタイソン対イベンダー・ホリフィールド(58=アメリカ)のエキシビションマッチも計画に上がっている。また、元6階級制覇王者のオスカー・デラ・ホーヤ(49=アメリカ)はエキシビションではなく公式試合での現役復帰を目論んでいると伝えられる。

こうした趣向のイベントはなかなか興味深いものではあるが、やはり現役バリバリのスター選手たちのビッグマッチが見たいものだ。

そういった意味でもコロナ禍の収束が待たれる。

大相撲裏話

還暦も相撲熱意衰えず 裏方さんの角界支える気概

取組のあと土俵上で動けなくなった響龍のもとに担架が運び込まれる(2021年3月26日)

春場所13日目。三段目の取組でアクシデントは起こった。響龍(28=境川)が相手の投げに、頭から激しく俵に落ちた。あおむけのまま動かず土俵に緊張が走る。土俵上で心配そうに容体をうかがう審判の親方衆から「動かさないで!」の声が飛ぶ。控室で見ていた部屋付きで元大関豪栄道の武隈親方も慌てて駆けつけた。医師が到着しても反応はなし。倒れてから6分後、ようやく担架に乗せられて土俵から下り、その後、救急搬送された。

ちょうど当番で、花道から土俵の進行を見守っていた若者頭の伊予桜さん(高砂)も、土俵溜(だまり)に駆け寄った1人だ。行司、呼出といった表舞台には立たないが、土俵を進行させる上で影武者のような、欠かせぬ存在の若者頭。土俵に上がり、医師の了解を得た上で担架に乗せ、響龍を花道から通路に運んだ。

無駄な動きは一切なく、動揺するそぶりもない。本場所の土俵でケガなどアクシデントはつきもの。慣れているといえばそれまでだが、感情を差し挟めばその後の進行に支障を来す。救急搬送までを無駄なく務めた。何があっても、土俵は進行させなければならない-。そんな使命からだろう。アクシデントがあったことを各所に伝えながら、この日も無事、興行は終わった。その6日前に60歳の還暦を迎えても、相撲に対する熱意、陰で支えようという気持ちに衰えなどない。

多くの一般企業などと違い(最近は引き上げる傾向にあるが)、日本相撲協会の定年は65歳。だからだろう、節目を迎えても「ピンと来ないね。年齢が60になったというだけで、仕事自体も役割もポジションも何も変わらないしね」と特別な感慨はない。職人かたぎと言えばいいだろうか。「その日、その日で、与えられた仕事を淡々とこなすだけだからさ」。受話器の向こうで、笑いも交えた野太い声が聞こえた。

伊予桜さんが還暦を迎えた春場所7日目の3月20日。若者頭の控室に、39歳の“青年師匠”高砂親方(元関脇朝赤龍)がやってきた。「本当だったら、みんなでお祝いの食事会でもしたかったんですが」。身に染みる、その言葉とともに部屋の親方や大関朝乃山からの、お祝い金を贈られた。若い衆からは特大の高級バスタオル。受け取ると伊予桜さんは仕事の合間を縫い、お礼のために高砂部屋所属の行司や呼出が待機する控室を回った。「幸せだよ、俺の人生はさ。こうやって相撲界で生きていられる。ありがたいことだよね」。33年前の誓いに間違いはなかった。

76年春場所で初土俵を踏んだ伊予桜さんは、8年半後の84年九州場所で念願の関取の座を射止めた。ただ、その場所は負け越し、1場所で幕下に陥落。関取復帰を目指していた、27歳を迎えようという88年春場所。高砂一門の若者頭が定年を迎えるにあたり、後任探しが一門内であった。おはちが回ってきたのが伊予桜さん。だが、まだ27歳でケガもなく現役は続けられる。「もう1回、十両に戻りたいという気持ちもあったし、やめるにしてもせめて30歳ぐらいまではと思っていたしね。高砂部屋の高見山さんや富士桜さんとか40になっても現役の人が目の前にいたこともあるし、遠慮しようかなと」。さらに「この世界しか知らないから他の世界も見てみたいという気持ちと、相撲界に残りたいという気持ちが半々だったな」と振り返る。考え抜いた末、最後は「この世界で頑張ろうと、決めたんだ」。45年の角界人生、ここまで悔いはない。

高砂一門では4人の、そうそうたる横綱にかかわってきた。千代の富士(故人、元九重親方=九重)、北勝海(現八角理事長=九重)、外国出身初の横綱の曙(東関)、そして朝青龍。「4人もの横綱の綱を作ったり、目の前で土俵入りを手伝ったり、本当に幸せだった」と懐かしむ。中でも朝青龍は、それまでの一門内ではあるが部屋が別の3人とは違い、高砂部屋の横綱誕生。「やっぱり部屋から横綱が出たのは、俺にとって最高の出来事だったかな。綱を作る時は本当に、うれしかった」と、その後の顚末(てんまつ)は別としても、大切な思い出として胸にしまっている。5年後に迎える定年までに、部屋からもう1人、横綱が誕生すればこれ以上の幸せはない。朝乃山へ期待する気持ちも胸に納めている。

コロナ禍で、埼玉県内にある自宅と両国国技館を往復する本場所以外は、自粛生活が続く。もう1年になり、緊急事態宣言の効果も薄れ、再び感染拡大は第4波を迎えているともいわれる。ただ、1人前になる十両に上がるまで数年を要し、その昇進確率も低い角界は「我慢」の2文字には耐えられる。「力士もみんなストレスがたまって大変だと思うけど、本場所中は感染者が出ない。世の中に比べれば、すごいと思うよ。いい意味の縦社会というか、みんなで『こうしよう』と決めたら、従順に我慢できるからね」。

愛媛県出身の伊予桜さん。花の色が時期ごとに変化することから「伊予桜」(山アジサイ)の花言葉は「移り気」「浮気」…。いや、名前に偽りあり! 角界を支える気概に、いささかの揺れもない。テレビ画面には映らない、こんな裏方さんたちにも支えられ角界は生き続ける。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲裏話

“白鵬特需”なるか コロナ直撃のぼり旗老舗が期待

白鵬・のぼり(2018年2月26日撮影)

大相撲7月場所(7月4日初日)が19年以来2年ぶりに名古屋・ドルフィンズアリーナで開催することが1日に決まり、相撲のぼりなどを製作する「吉田旗店」(岐阜市)からも歓迎の声が上がった。

同店は戦前から大相撲ののぼり旗を製作している老舗で、約6割のシェアを誇るという。名古屋開催の発表を受けて、5代目で会長の吉田稔さん(81)は「発注は例年も5月前後なのでまだきていないが、とりあえずはうれしく思います。ホッとしているのが正直なところです」と胸をなで下ろした。

昨年はコロナ禍で大きなダメージを受けた。大相撲ののぼり旗は縁起物のため1場所ごとに新品となり、通常は年間800から900本は製作するが、昨年は100本程度。夏場所と地方巡業の中止に加えて、通常の本場所でも受注が少なかったという。吉田さんは「1場所80本ほどは作りますが(3月の)春場所は12本ほどでした。少なからず、過去のものを再利用しているんじゃないか。相撲界だけじゃなくて、今はどこも苦しい懐事情なんだと思います」と話す。

2年ぶりの名古屋開催となる7月場所では“白鵬特需”に期待する。5場所連続休場となった横綱白鵬(36=宮城野)は、進退を懸けて7月場所に臨む意向。名古屋開催の7月場所は、通常の本場所よりも受注本数が多い傾向にある。「白鵬関ののぼりで、どのくらい発注がくるのかは楽しみです」と吉田さん。春場所では横綱鶴竜が引退。「やっぱり、新しい横綱が出てきてほしいですよね。白鵬関が仮に引退して横綱がいなくなったら(会場周辺の)見た目的にも商売的に寂しいですよ」。新たなスターの誕生にも期待した。【佐藤礼征】

2019年ドルフィンズアリーナにて、大相撲名古屋場所 友風がはたき込みで鶴竜に勝利し座布団が舞う中、足早に引き上げる白鵬(2019年7月19日撮影)
ドルフィンズアリーナにて、子どもたちと笑顔でハイタッチする白鵬(2018年7月8日撮影)
原功「BOX!」

フランプトン身長&リーチ差克服し3階級制覇なるか

4月3日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイでWBO世界スーパー・フェザー級タイトルマッチが行われる。2年前に伊藤雅雪(伴流⇒横浜光)から王座を奪ったサウスポーのジャメル・ヘリング(35=米国)は、3度目の防衛を目指す。一方、スーパー・バンタム級とフェザー級の元世界王者、カール・フランプトン(34=英国)は3階級制覇を狙っての挑戦となる。

現在、この階級にはIBF王座決定戦出場が決まっている尾川堅一(帝拳)のほか東洋太平洋王者の三代大訓(ワタナベ)、日本王者の坂晃典(仲里)が世界ランクに名を連ねており、そういった意味でも王座の行方が気になるところだ。

海兵隊出身のヘリングは「センパー・ハーイ(忠誠を誓う)」というニックネームを持つサウスポーで、178センチの長身から繰り出す長い右ジャブと、細かなテクニックに定評がある。伊藤との試合では相手が得意とする打撃戦を許さず、自分の距離とペースを守って判定勝ち、ベルトを奪った。2度の防衛戦はアピールに欠けるものだったが、それこそがヘリングの持ち味といえる。相手の長所を潰したうえで巧みに迎え撃ちながらポイントを重ねていくことが多いのだ。

フランプトンは基本に忠実な右のボクサーファイター型で、テンポよく左ジャブを突き刺し、右ストレートに繋げる攻撃パターンを持つ。身長とリーチは165センチと体格に恵まれているとはいえないが、鋭く踏み込んで放つ左は正確でタイミングがいい。これまで合計9度(7勝2KO2敗)も世界戦のリングに上がっている。手数の多さと経験値の高さがフランプトンの長所だ。

この試合は昨年6月に計画されていたが、ヘリングが新型コロナウィルス検査で2度の陽性反応だったりV2戦で負傷したり、さらにはフランプトンも拳を痛めたりとトラブルが重なった。そのため開催地を英国ロンドンから中立国のアラブ首長国連邦に移して行われることになった。

オッズは4対3でフランプトン有利と出ているが、そう簡単に3階級制覇が達成できるとは思えない。最大の注目はフランプトンが13センチの身長差、18センチのリーチ差をどう克服するのかという点だ。フランプトンが鋭く踏み込んで距離を潰すことができれば耐久力に課題のあるヘリングを倒すシーンが見られるかもしれない。その一方、フランプトンが王者の体格とテクニックに戸惑い、攻めあぐねるようだと王座の移動はないまま終わりそうだ。

大相撲裏話

100メートル11秒00 駆け上がれ新弟子朝走雷

春場所では35人の新弟子が入った。多様な経歴を持つ新弟子の中で、1人の快足ランナーが角界の門をたたいた。

高砂部屋に入門した朝走雷(あさそうらい、22)は、小学時代に地元の三重・志摩市の相撲クラブに通っていた。小学6年時には、ジュニアオリンピックの相撲で8強入り。運動神経がよく、三重・文岡中では陸上部に入部した。中学2年時に全中の400メートルリレーで優勝。100メートルの自己ベストは「11秒フラット」で、静岡・東海大翔洋高、岐阜共立大に推薦入学した。

転機は大学2年の時。学生らに陸上を教えることを夢見ていたが、自身の記録が伸び悩み「中途半端では教えられない」と教員になる道を諦めて18年に中退。「心のどこかでもう1度挑戦したい気持ちがあった」。岐阜農林高相撲部出身で弟の朝気龍(あさきりゅう、18)とともに、同じ相撲クラブだった幕下村田がいる高砂部屋に入門した。

167 センチ 、80 キロ の朝走雷は、目標とする力士に「照強関や炎鵬関」と小兵の2人を挙げた。「とにかく全力で頑張るだけ。勝負は5年。5年で関取に上がりたい」と意気込み、番付社会を駆け上がる。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲裏話

荒磯親方の探究心の強さ 大学院で学び角界に新風

元横綱稀勢の里の荒磯親方(2019年9月29日撮影)

探求心の強さは土俵外でも変わらない。昨年10月に早大大学院スポーツ科学研究科の修士課程1年制に合格した荒磯親方(元横綱稀勢の里)。修士論文が最優秀論文として表彰された。荒磯親方は現在、田子ノ浦部屋付きの親方として後進の指導にあたっているが、将来的には独立して部屋を興す意向があり、論文のテーマは「新しい相撲部屋経営の在り方」。大学院で荒磯親方にスポーツビジネスなどを指導し、論文の推薦者でもある平田竹男教授(61)は「ここまでのデキになるとは思わなかった。想像以上に勉強熱心」とたたえた。

平田ゼミでは、過去に現プロ野球巨人の桑田真澄投手チーフコーチ補佐や、元テニスプレーヤーの伊達公子さんら多くのアスリートが学んだが、角界からは初めて。意欲十分に取り組む荒磯親方の姿は「同級生にも強い影響を与えていた」と断言する。

授業では他競技から多くの学びを得た。欧州の名門サッカークラブが実践する下部組織の育成法などを、慣れないリポート作業でまとめることもあった。時にはJリーグなど他競技の公式戦を観戦して、競技運営の知見も得た。11年に亡くなった先代師匠(元横綱隆の里)が糖尿病に苦しんだこともあり、栄養学の勉強にも改めて着手。生活習慣病への理解も深めたという。

授業で得たことから、理想的な相撲部屋の設計も研究した。角界では土俵の数は「部屋に1つ」が常識だが「2つ以上あれば効率的に稽古ができるということ」と平田教授。土俵を使う力士らの「待機時間」は間違いなく減る。さらに稽古場には複数のカメラを設置し、部屋内には親方や弟子が話し合えるミーティングルームがあり、観光客用に部屋オリジナルグッズなどを置いたお土産コーナーも設置する--。スペース確保の問題こそあるものの、固定観念にとらわれず、今までにない相撲部屋をイメージしてきたという。

4月からは安治川親方(元関脇安美錦)が入学し、同教授が指導する。すでに対面しており「謙虚で真面目で、けがと闘って長く力士を務めた方。4月から楽しみです」と平田教授。荒磯親方に対しても「修士論文で書いたことをぜひ実現してほしい」とエールを送った。研究熱心の親方衆が、角界に新たな風を吹き込みそうだ。【佐藤礼征】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

原功「BOX!」

孤高の名王者ハグラー氏、歴史的名勝負を残し急逝

3月13日、元世界ミドル級王者のマーベラス・マービン・ハグラー氏(米国)が急逝した。66歳だった。死因は公表されていないが、呼吸系あるいは心臓系の突発的な異常ではないかと伝えられる。ハグラー氏は1980年から1987年まで世界王座に君臨し、12度の防衛を記録。14年間のプロ活動で67戦62勝(52KO)3敗2分の戦績を残した。1980年代の「黄金のミドル級」の主役のひとりであり、ボクシング史に名を刻む名王者だった。

ハグラー氏は1988年に引退したが、その17年後の2005年6月、私はニューヨーク州カナストータの「名誉の国際ボクシング殿堂」式典の際、ハグラー氏を取材する機会に恵まれた。当時51歳だった元王者は自身が滞在中の部屋に日本人記者を招き入れてくれ、多忙のなか60分以上の時間を割いてくれた。

そのなかで印象的だったのは、「ルーキー時代に喫した2敗は地元判定だったといわれているが、悔しかったのでは」と質問したときの答えだ。ハグラー氏は「ノー!」と即座に否定し、こう加えた。「地元判定ではないよ。あの2試合は私の負けだ。もちろん悔しかったけれど私が力をつける過程のなかで必要な試合だった」と。

これとは逆に、50戦目でたどり着いた初の世界挑戦で引き分けと裁定された試合に関しては「私の勝利を確信していたのでガッカリした」と明かした。でも、「あの試合も自分が成長するため必要だったのだと思う」と振り返っている。

こうした潔い一面がある一方、上記3選手とはのちに再戦していずれも圧倒(TKO勝ち)して雪辱しているのだから、執念深さも相当なものだったといえる。現役時代のハグラー氏には常に怒りのエネルギーが感じられたものだ。それは不遇の時代が長かったことと無関係ではあるまい。

ハグラー氏といえば「THE FIGHT」と銘打たれたトーマス・ハーンズ(米国)戦や、判定が物議をかもしたシュガー・レイ・レナード(米国)との「THE SUPER FIGHT」を抜きには語れない。私自身も現場で取材した2試合だ。3回KO勝ちを収めたハーンズ戦の初回は「史上最もエキサイティングなファーストラウンド」と言われている。ハグラー氏のベストファイトのひとつに挙げられる名勝負でもある。その試合に関してハグラー氏は「打撃戦になったのは私に備わっている本能がそれを選んだからだと思う。私にとって必ずしもベストファイトというわけではないけれど、世間に認知され敬意を持って迎えられたという点では重要な試合だったと思う」と振り返っている。

また、結果としてラストファイトになったレナード戦は「自分の勝利は間違いないと感じていたのでビックリした。試合直後のリング上で彼は『俺の負けだよ』と言ったほどなんだから」と明かしている。当然、ハグラー氏はレナードとの再戦を要求したが、1年待っても相手が応じないとみるとリングを去る決断を下した。そして、そのまま2度とリングに戻ることはなかった。誇り高い孤高の男らしい引き際だった。ハグラー氏は「ボクシングにかぎらず人間は踏ん切りをつけなければならないときがあるからね。すべては自分で決断したこと」と当時を回顧したものだ。

ハグラー氏は左右どちらの構えでも戦えるスイッチヒッターで、高い次元で攻防のバランスがとれた強打者だった。ミドル級のオールタイム・ランキングでも五指に入る名王者といえる。

数々の歴史的名勝負を残し、マーベラス・マービン・ハグラー氏は66年の生涯を閉じた

大相撲裏話

峰崎親方は“最後”だから指導に熱…弟子が愛情証言

峰崎親方(2020年1月24日)

“最後”だからこそ指導に熱が帯びる。峰崎親方(元前頭三杉磯)は弟子に対して「最後まで襟を正してほしい」と力を込めた。5月で日本相撲協会の定年となる65歳を迎える前に、今場所限りで峰崎部屋は閉鎖される。力士らは場所後に同じ二所ノ関一門の芝田山部屋に転籍する予定だ。

弟子の三段目、満津田が師匠の「愛情」を証言する。通常は取組の2時間前には場所入りするが、10日目の5番相撲は「ぎりぎり」の30分前ほどに到着。朝稽古で師匠から念入りに「立ち合いや相手の対策」の指導を受け、稽古終了時間が珍しく遅れたからだ。指導の効果か、右上手から投げの打ち合いを制して勝ち越しに王手。「最後だからか、今まで以上に付きっきりで教えてくれます。『(転籍後も)必ずお前たちの相撲を見るから』と言われた。本場所の結果で恩返しをしたい」と誓う。

部屋頭の幕下泉川は、入門前の高校3年時に糖尿病を患って1カ月入院した経験がある。133キロあった体重が97キロまで落ちるなど苦しい時期だったが、師匠が京都の病院まで何度も見舞いに来てくれた。「今でも感謝している。上に上がって結果で返せたら」。転籍後も恩返しは続いていく。【佐藤礼征】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

浜田山(左)を上手投げで破る満津田(撮影・河田真司)
大相撲裏話

コロナで休場した力士達の心境「やっぱり相撲好き」

炎鵬(2021年3月19日撮影)

新型コロナ感染拡大の収束が見えない中、あらゆる感染防止策を講じて本場所が開催されている。1月の初場所では、直近で陽性反応が出るなどした協会員らが所属する、計5部屋の力士らが全休の措置を取られた。思わぬ形で休場となった力士に、休場中の心境を聞いてみた。

炎鵬は角界入りして初めて、大相撲中継をじっくり見たという。昨年春場所から4場所連続で負け越し、初場所では十両に陥落。気持ちは沈んだが「お客さん気分で見ることができた。こういうのもいいなと思った」と気持ちの切り替えにつながった。「やっぱり相撲が好きなんだなと。自分には相撲しかないと思った。やるしかないとポジティブになれた」と心機一転の機会となった。

都内で家族と暮らす千代の国は、外出自粛に伴い、1月中は部屋にも行かず自宅で過ごした。「炭水化物を抜いて体重が増えないようにした」と摂生を心がけ、3キロ増までに抑えた。魁聖は、趣味のゲームで遊ぶ時間を削った。これまでは深夜近くに及ぶこともあったが「(午後)10時にはやめてる。しっかり寝るようになった」と体調管理に努めている。おのおのが自身を見つめ直す機会となった。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲裏話

錦木「走れる力士少ない」角界で貴重な聖火ランナー

本意ではない注目の集め方だった。場所前に大関正代が、熊本県宇土市で走る予定だった東京オリンピック(五輪)の聖火ランナーを辞退することを表明。日本相撲協会が新型コロナウイルス感染対策として場所前2週間の外出を原則禁止としており、走行予定の5月5日が夏場所(5月9日初日)の4日前にあたるためだった。

スケジュール調整の問題などを理由に、聖火ランナーの辞退者が相次いでいる。大役に前向きだった正代は「(辞退は)仕方ない」と受け止めつつ、他の辞退者との発表時期が重なり「タイミング的には嫌だった」と本音を吐露していた。

錦木(2019年12月18日撮影)

一方で聖火ランナーを務める協会員もいる。十両錦木(30=伊勢ノ海)は地元の岩手県盛岡市を、押尾川親方(元関脇豪風)は応援大使を務めるなどゆかりのある秋田県大潟村を走る。2人の走行日はともに6月上旬で、現時点では、予定通り走ることになっている。錦木は「僕もギリギリでOKだった」と明かす。「(正代の辞退は)しょうがないと思うけど、走れる力士は少ないので残念。自分はまず相撲を頑張りたい」と話した。【佐藤礼征】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲裏話

常盤山親方、大阪への思い忘れず のぼりで心意気

常盤山親方(左)(2021年2月23日撮影)

隅田川の川面を伝わる春風に乗って、色とりどりの幟(のぼり)がパタパタと小気味いい音を立ててはためく。本場所開催を告げるのに欠かせないものだ。ひいき筋が提供し身びいきする部屋や、しこ名が記されている。今場所は両国国技館の南門付近から北門までの間に69本。その中に「常盤山部屋さん江 大阪ちゃんこ新」の幟がある。

開催地が奪われた大阪のファンへ思いをはせた、常盤山親方(60=元小結隆三杉)の心意気を示す幟だ。「3月といえば相撲界に育てられた私たちからすればイコール大阪ですから。その大阪の人たちはさぞ残念だろう、何かしてあげられないかなと思って」。思いついたのが幟に大阪ゆかりの文字を入れること。「現役の頃からお世話になった人はいっぱいいて、いろいろな人が思い浮かびましたよ」という中で自分を強く後押ししたのが、現役時代は弟弟子で現在、東大阪市で「ちゃんこ料理 新」を営む千葉公康さん(56)の顔だった。

現役を引退し30年近くたった今でも地元の相撲少年を指導し、角界にも力士を送り込んでいる。休業や時短営業で1年間、苦しんでいる飲食業。本来、幟の経費は掲出者持ちだが、それはヤボな話で「名前だけ借りるよ!」と即決した。コロナ禍にあっても義理と人情は角界に息づいている。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

※千葉公康さんの相撲界に寄せる思い、常盤山親方との友情などについては、以下をご参照ください。

https://www.nikkansports.com/battle/column/sumo/news/202102180001176.html

原功「BOX!」

全15戦KO勝ちベテルビエフ 久々リングで豪腕は健在か

15戦全KO勝ちという驚異的なレコードを残しているWBC、IBF世界ライト・ヘビー級王者、アルツール・ベテルビエフ(36=ロシア)が20日(日本時間21日)、ロシアのモスクワでIBF5位のアダム・デインズ(30=ロシア/ドイツ)を相手に4度目の防衛戦に臨む。当初、ベテルビエフは昨年3月に防衛戦を予定していたがコロナ禍の影響で延期され、その後も自身の負傷などで試合が先送りされてきたため一昨年10月以来のリングとなる。今回も豪快なKO勝ちが見られるか。

ベテルビエフの魅力はハンマーのような強打に尽きる。じわじわとプレッシャーをかけながら相手を追い込み、距離とタイミングを合わせて硬質感のあるパンチを打ち込む。右でも左でも当たれば派手なダウンシーンは必至だ。一発でKOしたこともあれば連打に繋げて仕留めたこともある。井上尚弥(大橋)のような芸術的なKOではなく、ベテルビエフのフィニッシュは戦慄を感じさせるような倒し方が多い。KOラウンドを見てみると3回以内が7度、4回~8回までが6度、9回以降が2度となっており、長丁場の戦いも苦にしていないことが分かる。

そのベースにあるのがアマチュアのキャリアだ。20歳のころから国際大会で活躍し、ともに2回戦で敗退したものの2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪にも出場した。世界選手権には3度出場し、2009年には優勝している。

プロ転向から8年近くが経つが、その割に15戦と試合数は少ない。ビジネス上のトラブルに加え負傷が多いことが要因だ。今回も本来ならば昨年3月に試合をする予定だったが、コロナ禍の影響で6カ月延期され、さらに練習中に肋骨を痛めたために再延期。今年1月にリセットされたものの今度は自身が新型コロナウィルスの検査で陽性だったため再び延期され、やっと20日に試合ができることになったという経緯がある。

今回の挑戦者は21戦19勝(10KO)1敗1分のアダム・デインズ(30=ロシア/ドイツ)で、こちらも1年半ぶりの試合となる。

攻防分離の傾向があるサウスポーだけに、ベテルビエフのプレッシャーの前に守りの時間が多くなりそうだ。33対1というオッズが出ているように、挑戦者が何ラウンドまで耐えられるかが最大の焦点といってもいいかもしれない。

ただ、ベテルビエフは1月に36歳になっており、ブランクだけでなく体力面の衰えが不安視される年齢になったのも事実だ。はたして豪腕は健在なのか、それとも錆びついているのか。

大相撲裏話

右膝4度の手術重ね、友風が1年4カ月ぶり土俵復帰

感動的な一番だった。元幕内で西序二段55枚目の友風(26=尾車)が1年4カ月ぶりに土俵に上がって、勝った。自己最高位、西前頭3枚目の19年九州場所2日目に右膝に大けがを負ってから、7場所連続の休場。相撲内容もぎこちない足の運びで「内容は全然だめだった」と苦笑い。その上で「約1年半なんで。いろいろ思うことはたくさんあった。土俵に上がれたのは素直にうれしい」とかみしめたのが印象的だった。

若一輝(右)を突き落としで破る友風(撮影・河田真司)

けがをした当初、医師からは「歩けたらいい」と通告された。右膝から下は皮膚と内側靱帯(じんたい)、血管1本がつながっていただけ。3病院を移り、4回の手術を重ねた。「けがのゴールが見えない。それが何よりつらかった」。その期間、相撲は見られなかった。「(力士仲間が)お見舞いに来てくれるけど、それもつらかった」。

取組前、土俵下で待機する友風。左は九重親方(撮影・河田真司)

「引退」は常に頭にあったが、同じく大けがを乗り越えた師匠、尾車親方(元大関琴風)の「やれる」という言葉が「励みになった」と言う。序二段からはい上がり今場所、大関復帰を狙う照ノ富士も引退の意思を師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)に押し戻されて今がある。友風も復活の道のりはまだ遠い。しかし地獄を経験した心は強い。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲裏話

決まり手係驚く初日寄り切りなし…「大型化」傾向で

大山親方(2011年2月1日撮影)

14日に初日を迎えた大相撲春場所(東京・両国国技館)で、珍しい事象が起こった。

初日の十両以上の取組35番で、1度も「寄り切り」の決まり手がなかった。「寄り切り」は相手と組んで、前か横に進んで土俵の外に出して勝つ決まり手。日本相撲協会公式ウェブサイトによると、82手ある決まり手の中で、過去5年間で最も多く、全体の25・3%を占めた。春場所初日、いわば最も“ポピュラー”な決まり手が出なかったことについて、取組後の決まり手を判断する「決まり手係」を務める、大山親方(68=元前頭大飛)に15日、話を聞いた。

この道30年以上の大山親方でも、十両以上で「寄り切り」が出なかったことは「初めて聞きました。珍しいですよね」と驚きを隠せない様子だった。

昭和では「寄り切り」が決まり手の半数を占めていたが、近年は「押し出し」の比率が高まっているという。協会公式サイトでは「押し出し」を「両手または片手をはずにして、相手の脇の下や胸に当て、土俵の外に出して勝つこと。相撲の中でも全ての基本となる技です」と紹介。18年に初めて「押し出し」が「寄り切り」を上回り、過去5年間でも「寄り切り」とほぼ同じ割合で全体2位の25・2%となっている。

春場所初日の事象について大山親方は「たまたまだと思います」と前置きしつつ「突き押しが増えてきましたよね」。四つ相撲の力士よりも、押し相撲の力士が増えてきた実感があるという。

その傾向について、大山親方は近年の力士の大型化が最大の理由と分析する。今場所の幕内力士42人の平均体重は160・2キロ。30年前の91年1月は149・1キロ、10年前の11年1月は154・7キロで増加傾向にある。時代の変化により栄養学の理解が深まったことや、トレーニングの発達で筋肉をつけやすくなったことで、馬力を生かした取り口が増えてきたことが要因とみられる。

大山親方は体重増の影響について「いい面と悪い面がある」とした。

「いい面」は「体が大きいと見ている方も迫力がある」こと。互いの体重が増えれば、相撲の醍醐味(だいごみ)であるぶちかましの衝撃も大きくなる。

「悪い面」は「動きが鈍くなってしまう」こと。体を支える下半身にも負荷がかかり「けがを恐れているのか、今の力士は稽古量も減っている」と同親方。「現役のときの北勝海関(現八角理事長)は横綱になっても、ぶつかり稽古で(兄弟子で元横綱の)千代の富士関に何度も転がされた。地位が変わっても稽古量は減ることはなかった。今の力士は土俵下でのけがが多い。新弟子のころに転がされても、関取になった頃にはぶつかり稽古の量が減って転び方を体が忘れているんじゃないか」。体重が重いと「つり出し」や「うっちゃり」など相手の軽さを利用した決まり手も出にくくなり「偏りが出てしまう」と懸念した。

一方で力士の平均体重が増している時代だからこそ、小兵力士の存在感は際立っていきそうだ。幕内では最近でも先場所技能賞を獲得した171センチの翠富士や、昨年秋場所で175センチの翔猿が千秋楽まで優勝争いに加わって話題を呼んだ。今場所初日も人気力士の十両炎鵬が、千代ノ皇を相手に低さを生かして足取りを決めた。大山親方は「昨日の炎鵬も動き勝っていた。(相手の)下敷きになるとけがをするリスクもあるけど、あくまで私の考えだが、いろんな技が出ると、お客さんも見ていて楽しいのではないか」と注目していた。【佐藤礼征】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲裏話

白鵬との濃密9年、専属トレーナー綴った横綱思考法

横綱土俵入りに臨む横綱白鵬(2019年7月18日撮影) 

「白鵬翔という人がどういう人なのか、白鵬翔は相撲を通じて何を発信しているのか書きました」

横綱白鵬(35=宮城野)の専属トレーナーを約9年間務める大庭大業氏(ともなり、42)は、6日に発売された著書「白鵬の脳内理論」(ベースボール・マガジン社)の内容を端的に説明した。

同書籍は12年11月から専属トレーナーを務める大庭氏が、白鵬と出会ってから書き留めてきた12冊のノートを基に、白鵬の思考法などを紹介している。「相撲ってよりも、一人間のヒューマリズムを書いたつもりです。僕から見た横綱はよくしゃべるし、優しいし、弱さもある。そういうのは(外から見ると)分からないかもしれないと思い(書籍として)いろいろ残せたらなと思いました」。

大庭氏は過去に、投手としてプロ野球ソフトバンクホークスなどで活躍した馬原孝浩氏ら、多くのトップアスリートをサポートした実績があるが、中でも白鵬との時間は特に濃密という。12年11月に白鵬の専属トレーナーに就き、年間130日以上は寝食をともにする。場所中は1日4、5回はマッサージをすることもあるという。

付きっきりでサポートにあたる中で、白鵬が漏らす言葉や行動から印象に残ったものを、ポケットサイズのノートにメモしてきた。「横綱のちょっとしたしぐさや、なぜそれを言ったのかというところを書いていて、言葉の裏にどんな意味があるのか、考えながらメモをしてきた。それが(書籍に)つながるとは思いませんでしたが(笑い)」。

同書には白鵬も監修として携わっており“ダメ出し”を食らったこともあったという。昨年夏頃、1度書き上げた原稿を白鵬に見せた際に「オレと先生(大庭氏)の9年間はこんなもんじゃないだろう」とつっこまれた。「ちょっと浅く書きすぎた部分があったんです」と大庭氏。「現役中なので書いていいのかというところもあって。言ったら強さの秘密を暴露するようなところもあるので…」。遠慮していた部分があったが、白鵬には見抜かれていた。

白鵬からも助言を受けて、約1年間かけて完成したという同書。幅広い層に読んでほしいという。大庭氏は「社長が読んだら社員が読みたい、親が読んだら子どもに読ませたいという本をつくりたかった。(白鵬の思考法には)いろんな人がまねできる部分があると思います」と力強くアピールした。【佐藤礼征】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

原功「BOX!」

井岡も注目ゴンサレス対エストラーダ 4団体統一への第一歩

13日(日本時間14日)、米国テキサス州ダラスでWBA世界スーパー・フライ級スーパー王者のローマン・ゴンサレス(33=ニカラグア)対WBC王者ファン・フランシスコ・エストラーダ(30=メキシコ)の統一戦が行われる。この試合は8年4カ月ぶりの再戦であると同時に、勝者がWBO王者の井岡一翔(31=Ambition)と対戦する可能性があるだけに日本のファンの注目度も高い。

ゴンサレスとエストラーダは昨年10月、メキシコシティで開催された興行に揃って出場。ゴンサレスが12回判定勝ち、エストラーダは元王者のカルロス・クアドラス(メキシコ)に11回TKO勝ちを収めた。ゴンサレスはWBAスーパー王座の初防衛、エストラーダはWBC王座の2度目の防衛を果たしたわけだが、ともに快勝にはほど遠い試合だった。ゴンサレスは無名の挑戦者の抵抗に手を焼き、「パウンド・フォー・パウンドNO,1(全階級通じた最高の選手)」という評価が過去のものであることを印象づけた。スロースターターとして知られるエストラーダは3回に元王者の右アッパーから左フックを浴びてダウン。前半で大きなハンデを負ったが、中盤から反撃して終盤で清算するという内容だった。相手が実力者だったことを差し引いても評価を上げる試合だったとはいえなかった。

ゴンサレスとエストラーダが最初に手合わせしてから8年4カ月。25歳だったゴンサレスは33歳に、22歳だったエストラーダも30歳になった。いまも世界の頂点に君臨していることそのものが驚異的ではあるが、ともにややピークを過ぎた印象は否めない。

それでも王者同士の対決は大きな注目を集めている。この階級の4団体統一に向けた第一歩と見られているからでもある。井岡もゴンサレス対エストラーダの勝者との対戦を熱望している。

52戦50勝(41KO)2敗と軽量級にしては驚異的なKO率(約80パーセント)を誇るゴンサレスは、「(初戦のあと)ふたりとも敗北を経験したが、こうしてチャンピオン同士として再び拳を交えることになったのは、私たちが成熟したからだ。年内には(4団体王座を)統一したいが、まずは今回の試合に集中する」と話している。

一方、借りを返したいエストラーダ(44戦41勝28KO3敗)は、「前回は経験不足だったが、今回は確実に成長しているし勝ちたいという意欲も強い。彼が高い能力の持ち主であることは十分に承知しているが、KOで勝ちたい」と意欲をむき出しにしている。

序盤で後手にまわることが多いエストラーダだが、今回は早めにエンジンをかけることになりそうだ。ともに攻撃的な連打型だけに初回から目の離せない試合になりそうだ。オッズは11対8でエストラーダ有利と出ている。

大相撲裏話

珍し「出し投げ」武器の小兵が挑む角界ピラミッド

両国国技館の土俵

角界は「小兵の時代」なのだろうか。身長170センチ台、体重100~120キロ台の力士が幕内の土俵をにぎわせている。先場所も171センチ、117キロの新入幕・翠富士が9勝6敗で技能賞を獲得した。「小よく大を制す」は格闘技の醍醐味(だいごみ)。100キロに満たない関取最軽量の炎鵬など、巨漢を相手に果敢に挑む姿は、相撲ファンの心をつかんでいる。

春場所(14日初日、東京・両国国技館)でまた1人、将来有望な「小兵」が初土俵を踏む。近大相撲部の長内孝樹(22)が、高砂部屋に入門。前相撲から「番付」という大相撲界のピラミッドに挑む。

大学3年までは世界相撲選手権で準優勝するなど、軽量級のトップの舞台で活躍した。大相撲入りを決めた理由について「4年になって、コロナの影響で試合がなくなっていった。小さいころからやってきた相撲をこのまま終わるのかと、不完全なしこりがずっと残っていた。大相撲でとことんやっていこうと、11月に(近大の阿部)監督と相談して決めました」。新型コロナウイルスの影響で大学最終学年に試合予定が次々と中止になったことが、後押しとなった。

得意は珍しく「出し投げ」で、「中学時代から磨いてきた」という。昨年、55歳で亡くなった近大の伊東勝人前監督とは同じ青森で「中学時代から知っていて、自分にとってはもう1人の父的存在です」。得意の出し投げを「磨いていけ」と指導してくれた。「活躍して監督(伊東前監督)を喜ばせたい」と誓う。

相撲は単純に言えば体と体を真っ向からぶつける競技であって、体重制もない中で、恵まれた体の方が有利は否めない。その中で「小兵」を言われる力士は生き残り、番付のピラミッドをよじ登っていくために、より多くの苦労を重ね、個性を磨く。その結果が見ている者を引きつける。

長内は高砂部屋入門を決めた要因について、「学生相撲出身力士が多く、体の小さい自分でも強くなれると思った」。近大の先輩、大関朝乃山からもガンガン胸を借りる意気込み。「2年で関取に上がりたい」。出し投げを武器に、厳しい世界に飛び込む。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

◆長内孝樹(おさない・こうじゅ) 1999年(平11)3月1日、青森県生まれ。五所川原農林高から近大。主な実績は18年全国学生体重別115キロ未満級優勝、19年世界相撲男子計量級準優勝、20年西日本学生体重別無差別級優勝など。175センチ、120キロ。得意は右四つ、出し投げ。4兄弟の3男で全員が相撲経験者。

原功「BOX!」

すれ違ってきたロマゴンVSエストラーダ3・14再戦

スーパー・フライ級のWBAスーパー王者、ローマン・ゴンサレス(33=ニカラグア)とWBC王者のファン・フランシスコ・エストラーダ(30=メキシコ)が13日(日本時間14日)、互いの世界王座をかけて米国テキサス州ダラスで対戦する。両者は2012年11月に対戦したことがあり、そのときはWBA世界ライト・フライ級王者だったゴンサレスが12回判定勝ちで防衛を果たしている。それから8年4カ月、ふたりは当時よりも2階級重いスーパー・フライ級の王者同士として拳を交えることになった。このクラスのWBO王座には井岡一翔(31=Ambition)が君臨しており、勝者との3団体王座統一戦を熱望している。

ゴンサレスとエストラーダの初戦は米国カリフォルニア州ロサンゼルスで行われ、ゴンサレスが116対112(二者)、118対110の3-0の判定で5度目の防衛を収めている。すでに世界的な評価の高かったゴンサレスに対し挑戦者は無名に近い存在だったが、22歳のエストラーダは手数で食い下がり、敗れはしたものの善戦して株を上げた。その4カ月半後、エストラーダはフライ級で世界王者になり改めて実力を証明している。

その後、ゴンサレスもフライ級からスーパー・フライ級へとクラスを上げ、最初に獲得したミニマム級王座と合わせて4階級制覇を達成。エストラーダはフライ級王座を5度防衛後、スーパー・フライ級に転向して2年前に戴冠を果たした。この間、両者の対戦は何度か噂に上がったが実現しなかった。2017年3月にゴンサレスがシーサケット・ソールンビサイ(タイ)に僅差の12回判定負けでWBC世界スーパー・フライ級王座を失い、半年後の再戦では痛烈な4回KO負け。一方のエストラーダはシーサケットに挑んだが、僅差の判定で敗れた。2年前の再戦で競り勝って2階級制覇を果たしている。シーサケットを挟んでゴンサレスとエストラーダはすれ違いが続いてきたことになる。

対戦の機運が再燃したのは2020年2月、ゴンサレスが復活を印象づける9回TKO勝ちでWBAスーパー王座を獲得してからだ。統一戦を前提にふたりは昨年10月にメキシコシティで競演。ゴンサレスはメキシコ人挑戦者を12回判定で退け、エストラーダは元王者のカルロス・クアドラス(メキシコ)を11回TKOで退けた。ただ、両者とも会心の出来とはいえず、不安を残す内容だった。

<次週に続く>

大相撲裏話

外出禁止で自炊経験ゼロ 大栄翔の“食”支えた親方

地元の埼玉・朝霞市役所を表敬訪問して富岡勝則市長から花束を贈呈される大栄翔(左)(2021年2月3日)

強烈な突き押しが光り、初場所で初優勝を果たした平幕の大栄翔(27=追手風)。15日間を通して終始、取り口にブレがなかった。取組後のリモート取材でも連日、浮足立つことなく淡々と受け応えていた。優勝する力士は、実力はもちろん、15日間を戦い抜く精神力も兼ね備えている。力士はよく「1日一番」と口にするが、決して簡単なことではない。コロナ禍だからこその出来事が、大栄翔の心の支えになっていた。

史上初の無観客開催となった昨年の春場所以降、日本相撲協会は力士ら協会員に度々、外出自粛などを求めてきた。番付発表から本場所終了までの約1カ月間は原則外出禁止が続き、後援会関係者らとの食事も出来ないなど、仕方がないとはいえ、息抜きがしづらい状況になっている。

部屋を出て1人暮らしをしている大栄翔は、コロナ禍になるまで、1月の半分は焼き肉店で晩ご飯を済ませていたという。付け人や後援会関係者と行くのがほとんどで、大の肉好きが自炊する日はほぼゼロ。しかし、この状況下では焼き肉店に行けず。自炊経験が皆無の中、助け舟を渡してくれたのは師匠の追手風親方(元前頭大翔山)だった。「夜も部屋で食べていけ」と、部屋を出て暮らしている関取衆らに声を掛けてくれたという。朝稽古後のちゃんこはもちろん部屋で食べ、1度自宅に帰り、夜にまた部屋に行き、用意された晩ご飯を食べていた。

この生活は初場所中も続いていた。1人でゆっくりする時間が欲しいのではないか、と問うと「自分は人といるのが好きで、みんなで食べるのは楽しい。部屋の食事もおいしい」と声を弾ませた。思い返すと地方巡業の昼休憩中はいつも、同じ埼玉栄高の後輩の貴景勝や、貴景勝と同学年の阿武咲と一緒に仲むつまじく過ごしていたのが印象的だ。今は「だいたい剣翔関と一緒に食べることが多いですね。楽しいですよ。次は剣翔関を取材して下さいよ。本人はやる気満々ですよ」と楽しそうに話すなど、部屋での食事が気に入っているようだ。

たったのこれだけのことかと思うかもしれないが、厳しい外出自粛が1年続く中、大栄翔にとっては部屋での晩ご飯は大きな心の支えになったに違いない。まだまだ厳しい生活は続くかもしれない。それでも大栄翔には、今後も乗り越えることができる環境が整っている。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)