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大相撲裏話

宮城野部屋、朝稽古ならぬ夕稽古で下半身強化 現役時代から取り入れていた親方発案トレ早速効果

川副(手前)は切り返しで北天海を破り勝ち越しを決める(撮影・小沢裕)

外はやや薄暗い。時間は5時。午前、ではなく午後5時だ。宮城野部屋の力士らがまわしを締めて、8月からの新天地、旧東関部屋の稽古場で体を動かす。涼しい風を感じながら、朝稽古ならぬ、夕稽古で場所前に調整していた。

7月末に師匠になった宮城野親方(元横綱白鵬)の発案だ。同親方が現役時代から取り入れていた稽古方法。朝稽古とは別に実施し、主に下半身トレーニングを行う。朝稽古後の午後にジムなどでトレーニングを行う力士は多くなってきたが、部屋の稽古場で体を動かすのは珍しい。30キロのサンドバッグをかついで土俵を歩くなど、出身のモンゴル式ともいえるメニューで下半身をいじめ抜いた。

若い力士を中心に早速、効果は現れている。序ノ口デビュー場所で優勝した大谷は「あのトレーニングを続けて下半身を強化したから、場所前の出稽古で幕下力士と相撲を取っても勝てた」と手応えを口にする。21年学生横綱で幕下15枚目格付け出しデビューの川副も、この日、7番相撲で勝ち越しを決めた。「場所前の師匠のトレーニングのおかげです」と話している。いきなり、指導力を発揮している。【佐々木隆史】

序ノ口優勝を決めた大谷(撮影・小沢裕)
入門会見で宮城野親方と握手する川副圭太(22年8月22日撮影)

行司が「密です」 巡業で人気「初っ切り」も新様式、コロナ禍の時代を反映

相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する「初っ切り」を披露する大野城(左)と恵比寿丸(2022年8月撮影)

大相撲の夏巡業で来場者100人にアンケートを取ったところ、相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する「初っ切り」が最も印象に残ったとの声が相次いだ。担当した高田川部屋の三段目恵比寿丸(31)と幕下大野城(26)に話を聞くと、新型コロナ禍という時代を反映した出し物にするべく意見を出し合ったという。ファンの心をつかんで離さない新様式に、2人とも手ごたえを感じていた。

口に含んだ水を相手の顔に吹きかけるパフォーマンスはコロナ前に恒例だったが、今巡業では採用されなかった。代わりに消毒やマスクの着用といった内容を取り入れた。行司に「密です」と言わせて笑いを誘った場面が印象に残ったという恵比寿丸は「お客さんを笑顔にできた」。大野城も「新しく取り入れたネタに反響があった」と声を弾ませた。

新型コロナの影響で20年5月に亡くなった同部屋の勝武士(しょうぶし)さんも初っ切りを務めた。「お客さんに聞こえなきゃ意味がないから、声を張れ」というかつての助言を胸に土俵に上がる。大野城は「初っ切りに対する思いが強かった」と懐かしむ。演目は真新しくなっても、大役を担う力士たちの情熱は変わらない。「遺志を継いで、勝武士さん以上に盛り上げたい」と誓った。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する「初っ切り」を披露する大野城(左)と恵比寿丸(2022年8月撮影)

部屋の味を再現 逸ノ城の元付け人がつくる台湾料理店の逸品ちゃんこ

逸ノ城の付け人を務めた元朱鷺ノ若(ときのわか)の永井史弥さん。今はJR高崎駅近くの台湾料理店の調理場に立っている(撮影・平山連)

群馬・高崎市のJR高崎駅西口から徒歩15分ほどの所にある台湾料理店「來來(ライライ)」は、夜が更けるにつれて地元客でにぎわいを見せる。魯肉(ルーロー)飯、ワンタン、台湾まぜそばといった定番メニューが並ぶ中で、異彩を放つのが「高崎ちゃんこ」。考案したのは、名古屋場所で初優勝を果たした小結逸ノ城(29=湊)の付け人を務めた元朱鷺ノ若(ときのわか)の永井史弥さん(37)だ。

17年に引退し、両親が営む創業36年の店を手伝っている。現役時に所属していた湊部屋ではちゃんこ番を務めたこともあり、店で提供されるちゃんこは逸ノ城らが食べていた部屋の味を再現した。肉、野菜をふんだんに入れ、塩、にんにく、ごま豆乳、トマト、カレーの5種類の味から楽しめる豊富さ。予約のみでも注文が殺到し「町中華にもかかわらず、一度に10~20人のお客さんが来てくれて大変好評です」と話す。

関取になった逸ノ城の付け人を約2年務め、稽古場で胸を出し、時には一緒にモンゴル料理を食べに行った。現役時代に交流を深めたことを思い出し、初優勝の時には自分のことのようにうれしかったという。土俵で奮闘するかつての仲間たちの活躍に刺激を受けながら、きょうも調理場に立っている。【平山連】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

JR高崎駅近くの台湾料理店「來來」で提供される「高崎ちゃんこ」

隆の勝モチーフのキャラクター「ノブドッグ」愛くるしい表情がたまらない グッズの人気も上々

自身をモチーフにしたオリジナルキャラクター「NOBDOG」の化粧まわしと隆の勝(パンダデザイン氏提供)

その笑顔に癒やされる~。平幕の隆の勝(27=常盤山)をモチーフにしたオリジナルキャラクター「NOBDOG(ノブドッグ)」だ。ミカンを頭に乗せて太い眉毛の柴犬は、まさに本人そのもの。2020年九州場所から化粧まわしに採用されているが、活躍はそれだけじゃない。ステッカー、エコバッグ、LINEスタンプなど幅広い展開を見せている。

手掛けたのは、常盤山部屋のオリジナルグッズの制作を担うデザイナーのパンダデザインさん。目指す力士像を尋ねた際に「いろんな人に知ってもらいたい」という願いをくみ取り、相撲とは別の切り口から関心を広げようとキャラクターの作成を発案。戌(いぬ)年生まれの本人にちなみ、好きな柴犬とミカンをデザインに落とし込んだ。

ファンの間でも愛くるしい表情がたまらないと人気も上々で、記者も実はその1人。優勝次点だった夏場所中に存在を知り、ノブドッグのラインスタンプを購入。喜怒哀楽さまざまな場面に応じた40種類のスタンプを日頃愛用している。右肩の負傷で名古屋場所途中休場、今場所は中日を終え4勝4敗。後半戦に向けて白星を重ね、さらにノブドッグが日の目を見る機会を増やしてほしい。【平山連】

秋場所初日、土俵入りする隆の勝

体重170キロ差対決制し話題の小兵、白猿は元サーファー 兄の背中追い高校中退し角界の荒波へ

須山に突き押しで敗れた白猿(撮影・小沢裕)

大相撲の東序二段60枚目の白猿(17=立浪)は、角界では珍しい元サーファーだ。父の影響で小学4年の時から高校を中退して立浪部屋に入門するまでの約8年間、サーフィンに打ち込んだ。

持ち前の粘り腰は波に乗って鍛えたもの。「(サーフィンのおかげで)土俵際で、残りギリギリで踏ん張れています」と強調する。地元三重・市後(いちご)浜や国府白浜に通い詰めて培った体幹の強さを武器にしている。

開催中の秋場所でもその力を存分に発揮したのが、3日目の二番相撲。68・9キロの白猿は、体重238・8キロの謙豊(33=時津風)と対戦した。体重差は成人男性の約3人分? に匹敵する約170キロ。それでも、力強く、「前に、前に」と攻め立てた。押し込まれながらも土俵際で粘り、最後は軍配差し違えで勝ち名乗りを受けた。まさにサーフィンで鍛えた体の強さが生かされたような一番だった。

6人きょうだいの次男で、入門前は「相撲は全然やっていなくて、ほぼ毎日サーフィンでしたね」という。ボードの上では、左足が前のレギュラースタンス。時には大会に出たり、東京オリンピック(五輪)男子日本代表の大原洋人が講師を務めるスクールを受講したりし、腕を磨いた。勢いよく波から飛び出して空中で横回転する「エアリバース」が好きな技で、大技を成功さようと、複数所有するマイボードで練習を重ねた。

そんな日々は高校2年の頃に変わった。かつて佐渡ケ嶽部屋にいた元琴浦崎で兄の浦崎恭乃介さんの背中を追い、高校を中退して大相撲の世界に飛び込んだ。相撲の経験はほとんどなかったが、土俵上で奮闘する兄の姿に引かれた。

家族も背中を押してくれたことで立浪部屋の門をたたき、昨年の夏場所で初土俵。兄2人を追うようにして、三男で東序二段54枚目の豈亜(がいあ)も同部屋に入り稽古相手として切磋琢磨(せっさたくま)している。

6日目に東大相撲部出身の須山との三番相撲に敗れ「いやぁ~、強かったですね」と悔しさをかみしめた。まだまだ、大相撲という荒波にテイクオフしたばかり。将来の目標は「翔猿関、翠富士関や炎鵬関のような小兵力士として活躍して、関取になりたい」。そう語る17歳の目は、故郷・伊勢志摩の光る真珠のようにキラキラと輝いていた。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

◆白猿(びゃくえん) 本名・浦崎太陽。2004年(平16)10月5日、三重・志摩市生まれ。高校2年で中退し、立浪部屋に入門。昨年5月の夏場所で初土俵。しこ名は「申(さる)年」などが由来。趣味は映画を見ること。体重は公式では68・9キロだが、「今は72、73キロ」を目指し増量中。

須山に土俵際へ攻め込まれる白猿(左)(撮影・小沢裕)

元尾車部屋の友風と矢後が初対戦「これからも切磋琢磨」別れても変わらぬ同部屋同期への思い

尾車親方(右)と会見後、新番付のしこ名を笑顔で指さす友風(2019年2月25日撮影)

何度、ぶつかり合ってきただろうか。思い出される懐かしい尾車部屋での稽古場。しかし、ここは国技館の本土俵。初対戦を振り返った幕下の友風は「最高に楽しみにしていた相撲だった。負けてもそう言える一番だった」と振り返った。

二番相撲となったこの日、目の前には矢後がいた。17年夏場所。ともに尾車部屋から初土俵を踏んだ同期だ。同学年で同じ学生出身。入門以来、同じ稽古場で高め合ってきた。師匠だった尾車親方(元大関琴風)の日本相撲協会の定年に伴い、2月に尾車部屋が封鎖。友風は二所ノ関部屋へ、矢後は部屋付きの押尾川親方(元関脇豪風)が興した押尾川部屋に転籍。部屋が別々となったことで対戦が実現し「稽古場で何百番も相撲を取ってきた矢後と戦えることに喜びを感じた」としみじみと話した。

ともに幕内経験があるものの、ケガに悩まされて幕下にいる。友風は「またやりたい。これからも切磋琢磨(せっさたくま)していきたい」と意識。一方の矢後も「またお互い上に上がれれば。今後はもっと上で当たりたい」と話す。部屋が変わっても、同部屋同期への思いだけは変わらない。【佐々木隆史】

新入幕を果たし自身の番付を指さす平幕矢後(左)と師匠の尾車親方(2018年12月25日撮影)

芝田山親方ならではの発案「ビスケットつかみ取り」に「物言い」なし コロナ禍お客さんへの心遣い

芝田山広報部長の店でつかみ取りする佐々木隆史記者(撮影・鈴木正人)

パイプいすに座る元横綱大乃国の芝田山親方と向き合う。

「はっけよい」と威勢のいい行司のかけ声を脳内で再生。右手をつっこみ、がばっとまわしを、いやビスケットをつかんで持ち上げた。記録は21枚。芝田山親方のおまけで、さらに1枚もらって22枚だった。

芝田山親方発案の「スイーツ親方の店」が昨年から館内に構え、同親方厳選のパンなどが売られて好評だ。今場所から「ビスケットのつかみ取り」を実施。1口大のビスケットが2枚入った小包が段ボールいっぱいに入っており、そこからつかみ取る。

「長時間相撲を見ることになるから口も寂しくなる。ちょっと口に入れて観戦のお供になれば」と広報部長も務める芝田山親方ならではの発案だ。つかみ取りする際には裏返しにしたポリ袋を手袋代わりにするなど、感染対策もばっちり。一口で食べられるため、マスクをさっと外すだけで済む。ほどよく甘く、塩味が絶妙に効いたビスケットは「もう一丁」とついついすすむ。つかみ取りというよりは、豪快に下からすくい上げる客もいたが「物言い」はなし。「コロナ禍でもお客さんに楽しんでもらうのが一番」と笑顔だった。【佐々木隆史】

芝田山広報部長の店でつかみ取りのビスケット(撮影・鈴木正人)
芝田山広報部長の店でつかみ取りする佐々木隆史記者(撮影・鈴木正人)

玉鷲を追い込む「1対2」力士4人で濃密稽古 片男波親方が試行錯誤し見据える育成のさらなる先

幕下以下の若い衆2人と相撲を取る平幕の玉鷲

「何番だ」、「10番です」。「何回だ」、「15回です」。鋭く目を光らせる師匠からの問いに、弟子らがきびきびと答える。きっちりと10番相撲を取り、きっちりと体幹トレーニングを15回行う弟子ら。宣言した回数より少なく終わることもなければ、それ以上の回数が行われることもない。所属力士は4人。決して多くはないが、大相撲秋場所(11日初日、東京・両国国技館)に向けて、稽古場には緊張感が張り詰めていた。

師匠の片男波親方(元関脇玉春日)は「(弟子が)回数をごまかすからね」と、回数を先に弟子に言わせることの理由を笑いながら説明した。冗談半分のようだったが「明確な目標を持たせることが大事。どうしても自分に甘えてしまうから」と確かな理由がもう1つあった。

自身が現役時代だった昭和から、平成を越えて、今は令和の時代となった。伝統ある大相撲とは言え、その時代に合ったやり方も必要だと片男波親方は感じている。「今の時代に昔の稽古はなかなか難しいでしょう」。決して、昔のやり方を否定するわけではない。ただ「昔は何でも100回連続なんかもあったけど、今は10回1セットにするとか。昔と融合しながらやってますよ」と効率の良さも考えている。

もちろん、どの時代であっても厳しい稽古も必要だ。4人の弟子のうちの1人は関脇経験者の平幕の玉鷲だが、他は幕下、序二段、序ノ口が1人ずつ。新型コロナ感染拡大により出稽古は自由に行えず、各力士らは自身の部屋で稽古を積むしかない。だが、玉鷲と他3人の実力差は言わずもがな。そんな状況を見かねて、片男波親方が考案したのが1対2の稽古だ。

その名の通り、玉鷲1人対若い衆2人による相撲を取る稽古。正面2人、正面1人に右側1人、正面1人に後ろに1人。さまざまなパターンから攻められる玉鷲は、必死に動きながら突破口を探る。優勝経験のある玉鷲でも、2人相手にはさすがに息も絶え絶え。15番連続で行われると、玉鷲の荒い息遣いが稽古場に響いた。間髪入れず、片男波親方のげき。「痛いこと、苦しいことに向き合わないと」。04年初場所での初土俵から休場が1度もない鉄人・玉鷲が、返事をする余裕がないほど追い込まれていた。

弟子を強く育てたい思いは、どの部屋の師匠も必ず持っている。しかし、片男波親方は、さらにその先を見据えている。「稽古場を見てもらって面白いと思ってもらえれば、本場所にも観客が来てくれると思う。いいかげんな稽古ではお客さんに(相撲の)魅力が伝わらない」と話す。稽古場での稽古、それによって育った力士の本場所での活躍が、大相撲界のさらなる発展につながると考える。

確かに、1対2の稽古のおかげか、現役最年長関取の玉鷲は、まだまだ幕内上位で存在感を発揮している。実力もさることながら、相撲ファンからの人気も十分。それも、試行錯誤を繰り返す片男波親方の指導によるものだろう。「現役をやめたら苦しいことはしなくていい。苦しいのは今だけ。しっかり自分と戦って欲しい」。濃密な稽古を終え、疲労感たっぷりの表情を浮かべながら後片付けする弟子らを見て言った。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

幕下以下の若い衆2人と相撲を取る平幕の玉鷲
片男波親方(元関脇玉春日)

元大関小錦八十吉さんは「悲運」なんかじゃなかった「日本に本当に感謝」来日40年情熱衰えず

都内で来日40周年パーティーを開いた元大関小錦の小錦八十吉氏(右)と千絵夫人(2022年6月18日撮影)

「今? 180かな。一度は145まで落ちたんだけどね」。現役時代、「サリー」の愛称で親しまれたその人は、現在の体重を聞かれると笑みを浮かべながら答えてくれた。酸いも甘いもかみ分けながら人生を送ってきた、味わいさえ感じるその笑顔は、現役引退から25年たっても少しも変わりなく感じた。

元大関で、今はタレントとして活動する小錦八十吉さん(58)が6月18日、都内で「小錦来日40周年パーティー」を開いた。「100%相撲を知らなくて、1銭も持たないで」(小錦さん)入門するため来日したのが、ちょうど40年前の6月18日。新弟子検査では、当時の体重計では目盛りを振り切ってしまったため2台で計測、腕が太いため血圧計を使えず…と入門時から話題に事欠かなかった。最後の蔵前国技館開催となった84年秋場所では、千代の富士、隆の里から金星を奪い12勝3敗で殊勲賞と敢闘賞を受賞。「黒船襲来」と、その猛威は恐れられた。

87年夏場所後、大関に昇進した。記者が初めて小錦を取材したのは、その2年後の89年初場所。平成という新元号になって最初の場所だが、支度部屋で目にしたのは文字どおり「黒船」を思わせる巨漢の大関だった。初めてその姿を目にした時に感じたのは「まるで(幕内力士が使用する)控え座布団を全身にまとったような」250キロを超える大きさ。その姿に「ああ、お相撲さんを取材するんだな」と妙に自分に言い聞かせたことを覚えている。

その威圧感と対比するように、先輩記者たちと取材の場は常に笑いにあふれていたと記憶している。あの「圧」は相当のものだったが、取材対象の懐に飛び込みさえすれば溶け込むことが出来る。取材とは、そういうものだと教えられた。

そんな小錦さんだが、柔よく剛を制するという体重無差別の競技にあっては、筋肉質の体で綱を張った千代の富士や、当時は細身の貴花田(のち横綱貴乃花)の台頭にあっては、どちらかといえば「ヒール」の立ち位置に置かれていたように思う。

そんな中、91年九州場所から13勝2敗(優勝)、12勝3敗、13勝2敗(優勝)の好成績を収めたが横審への諮問はなし。「横綱になれないのは人種差別があるから。日本人ならとっくに横綱に上がっている」とのコメントがニューヨーク・タイムズに掲載され大問題になったが、のちにそれが付け人の発言だったことが判明。小錦さん本人に全く非はないのに、それが最後の優勝になり、2年後には大関から陥落。三役から陥落後、平幕で過ごした引退するまでの3年半は、陽気なキャラクターは消え、悲壮感さえ感じられた。

言葉の行き違いで誤解を生むこともあっただろう。識者から「外国人横綱は要らない」とさえ論じられることもあった。現役引退から部屋付き親方になるも、1年もたたずに協会を退職。その後は陽気なキャラクターでミュージシャンやタレント「KONISHIKI」として活動したが、角界で過ごした16年間は、決して納得いくものではなかったのではないか、つきまとったのは「悲運」の2文字ではないか…。そう勝手に推測しながら、この日の取材にあたった。

だが、それが浅はかな推測だったのは、小錦さんの言葉やパーティー開催に尽力した裏方さんの生き生きとした姿で思い知らされた。「みんなのおかげで僕はここまで来た。日本人になって、力士になって本当に良かった。18歳で日本に来て全国を回って言葉、食事、礼儀、文化…。みんな大好きになった。本当にみんなのおかげ。日本に本当に感謝、ありがとうの気持ちで、このパーティーを開いたんだよ」。2月から準備を始めたが、装飾なども「全て手作り。のぼりのデザインも業者なんか使ってない。今日のために元力士や裏方さんが考えてつくってくれたんだ」と話す小錦さんの顔が誇らしい。

この日のパーティーは所属するKP社の小錦さん本人を含めた社員5人に、高砂部屋で呼び出しとして活躍する利樹之丞さんや、小錦さんの現役時代の付け人ら全国から集まった数十人の裏方さんが、来場者をもてなそうと会場をせわしなく動き回っていた。協会を退職して24年。人徳があればこそ人は集まる。日本や相撲界に、恨みっこなどあるはずがない。パーティーには日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)、武蔵川親方(元横綱武蔵丸)、3代目横綱若乃花の花田虎上氏、小錦をスカウトした元関脇高見山の渡辺大五郎さんら角界関係者はじめ、プロレスラーの藤波辰爾らが出席し花を添えた。

そんな小錦さんも、自分の現役時との時代の変化を感じないわけにはいかない。「時代もだいぶ変わって、教える方法も変えないといけない時代だからね。根性も使えない時代。やりにくい時代だよね」。そう嘆く一方で、それでも相撲界の発展を願わずにはいられない。斬新なアイデアも飛び出した。「でもね相撲は文化。若い力士のために何とかならないかな。オオタニ(大谷翔平)を見たら、子どもたちは野球をやりたくなっちゃうからね」と前置きしながら「時代は変わっているんだから、もっと外国から力士が入ってもいいんじゃないかな」と現在は1部屋1人の外国人枠の門戸開放を提言。さらに続けて言う。「5年たっても幕下なら引退とかにしてクオリティーを上げて給料を上げる。500人でなく200人ぐらいのトッププレーヤーでやるとか。スーパースターを作るためにも、やりやすい環境を協会が作るようにすればね。相撲界が、もっと良くなるためにも協会は頑張ってほしいね」。来年の年末には還暦を迎える小錦さん。現役時代、プッシュプッシュで角界を席巻したパワーは発揮しようもないが、その情熱はいまだ衰え知らずに感じられた。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲夏巡業 9割以上が「良い」「大変良い」新鮮、力士との距離近い、改善点にも大きな声

相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する「初っ切り」を披露する大野城(左)と恵比寿丸(撮影・平山連)

2年8カ月ぶりに帰ってきた大相撲の夏巡業開催中に日刊スポーツでは、来場者100人に今巡業に関するアンケートを行った。間近で見られる迫力のある稽古や取組、相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する「初っ切り」や相撲甚句といった巡業ならではの催しに高評価が寄せられ、9割を超える人たちが「良い」「大変良い」と答えた。

アンケートは11日の古河巡業と14日の春日部巡業で実施。<1>巡業に来るのは何度目か<2>好きな力士とその理由<3>今巡業の満足度(「大変良い」「良い」「どちらでもない」「やや悪い」「悪い」)とその理由<4>今巡業の改善点は、以上4点について尋ねた。「大変良い」と答えた人たちの中には、「初めてだったので稽古、取組と何を見ても新鮮だった」(仙台市20代男性)、「本場所と違い力士との距離が近く、写真撮影とかに快く応じてくれる」(茨城・常総市40代男性)という声が聞かれた。

古河巡業に足を運んだ同市の関友吉さん(71)は、31年前の地元開催に足を運んで以来となる2回目の来訪だった。前回は土俵から少し遠くの席で観戦したが「今回は近い席が取れたから、力士たちが稽古でぶつかる音が伝わってくる。雰囲気が良いね」と声を弾ませた。家族で春日部巡業に訪れたさいたま市の斉藤由芽さん(24)は「力士たちのきれいな声で奏でる『相撲甚句』が大好き」と自分なりの楽しみ方を力説していた。

一方で改善点についてもさまざまな意見が寄せられ、交流に関する点では「写真撮影会の時間がもうちょっと多くして、参加する力士も増やしてほしい」(都内20代女性)、「大相撲にまだ興味を持ったばかりの初心者なので、力士の見分けがつかない。力士たちの個性や素顔を知りたいから、質問コーナーをもっと充実させて」(都内30代女性)など柔軟な対応を求める声が目立った。

また、子育て世代からは「キッズスペースや授乳室があれば、もっとくつろいで見られる」(埼玉・春日部市、東京・葛飾区のともに20代男性)、高齢者からは「他のスポーツイベントみたいに大型モニターを使って、もっと見やすくしてほしい」といった意見もあった。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

○…2会場の来場者にアンケートを行ったことで、相撲人気の底上げに巡業が果たす役割の大きさを感じた。力士との距離感が近い催しにファンからは「待ちに待った瞬間がついに来たよ」など喜ぶ声が寄せられ、「サインもらっちゃった~」「ツーショットで写真を撮ってくれた」と興奮気味に話す人もいた。今年4月に相撲担当となって初めての巡業取材を終え、早くも次の秋巡業が待ち遠しくなっている。コロナ前のように支度部屋に入れる日がいつ来るか分からないが、夏巡業と同じく興行を盛り上げる意味で積極的な取材を続けたい。

相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する「初っ切り」(撮影・平山連)

31年ぶり2度目の茨城・古河夏巡業 2000席が即日完売 感染対策徹底してファンもてなす

この時を待ちわびていた相撲ファンも多いのではないだろうか。名古屋場所を終えて一息つくと、いよいよ夏巡業が始まる。コロナ禍前の19年12月の冬巡業以来、約2年8カ月ぶりの開催。各実行委員会では、チケットの販促や会場設営など来る日に備えて準備を進めている。

今回の開催地は首都圏の5カ所(8月5日=東京・立川、6日=千葉・船橋、7日=さいたま市、11日=茨城・古河、14日=埼玉・春日部)。このうち31年ぶり2度目の開催となる茨城・古河会場では、既に約2000席のチケットが完売した。担当者は「先行販売が始まったその日に売り切れになりました」と人気の高さに驚く。コロナ禍でも同会場では、ファンをもてなす心遣いを忘れない。禁じ手をユーモアを交えて紹介する「初切(しょっきり)」、相撲甚句、公開稽古、幕内取組などの恒例の催しに加え、力士たちとの記念撮影会も行う予定だ。なお初日の東京・立川会場のチケットは少し残っているという。

名古屋場所14日目までに戦後最多21人が休場に追い込まれるなど、コロナの感染拡大は止まらない。それでも、巡業は地域の活性化、普及面などで重要な役割を持つ。関係者はコロナ対策のさらなる徹底を図り、ファンに満足してもらえるよう努力している。【平山連】

コロナ続出の名古屋場所 力士像にマスク、全館消毒や大声声援禁止…場所完遂へ1人1人の努力

会場内にある力士像にもマスクが(撮影・平山連)

力士ら部屋関係者の新型コロナウイルス感染が相次ぎ、途中休場者が続出する今場所。感染症対策を徹底し、いかに大相撲を楽しんでもらうか。運営側は開催を継続するべく腐心している。

大声での声援の禁止を促したり、手洗い30秒を呼びかける掲示物を会場内に貼ったり。等身大ほどの大きさがある木製の力士像には口元にマスクを着用させ、来場客に注意喚起をしている。コロナ感染の急拡大で、10日目の19日から会場のドルフィンズアリーナでは座席での飲食を禁止した。熱中症対策として水分補給は認めるが、アルコール飲料は禁止。飲食の際は同アリーナ内外の専用スペースを利用するよう呼びかけている。

その日の全取組が終わると、清掃作業が行われる。出入り口、トイレ、客席の座布団1枚1枚に至るまで、スタッフが丁寧に消毒作業をする姿があった。芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「とにかく千秋楽までなんとか開催していくため、できるかぎりのことをしている」と話した。地道な1人1人の努力が、本場所成功につながる。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

その日の全取組終了後に翌日に向けて清掃作業が行われる会場(撮影・平山連)

「ロレックスデイトナほし~い」3年ぶりの七夕企画 短冊に書いた願い事について聞いてみた

七夕企画「関取衆の願い事」で書かれた千代大龍の短冊(撮影・鈴木正人)

関取衆の書いた七夕の短冊が中日まで会場内に飾られ、来場客を楽しませた。約3年ぶりの企画に参加した力士に願い事について聞いてみた。

「男気のある男になれますように」と書いたのは幕内の翠富士(25=伊勢ケ浜)。理由を尋ねると「おとこ気ある人の方がかっこよくないですか?」と同意を求められた。どんな人物が該当するのかと問うと「期待してもらったら、しっかり勝てるような人になりたいです」と力強く言った。

幕内の千代大龍(33=九重)は「(腕時計の)ロレックスデイトナほし~い」と願望たっぷり。数年前から手に入りづらくなったといい「正規店で300万で買ったとしても、質屋に入ると600万円ぐらいで売られるんですよ」と解説した。十両の天空海(31=立浪)は「甘い物をたらふく食べたいハート」と愛嬌(あいきょう)ある言葉を添えた。今場所は7日目から4連勝で好物の洋菓子カヌレやマスカットをご褒美に、白星を積み上げたい。

上位陣も「角番脱出」(大関正代)、「もっと上に行けますように」(関脇大栄翔)、「自分の相撲を極めたいです」(小結阿炎)など思い思い願いを書きつづった。新型コロナウイルスの影響が深刻さを増す中で「無事に15日間終わりますように」(横綱照ノ富士)と切に願うばかりだ。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

七夕企画「関取衆の願い事」で書かれた翠富士の短冊(撮影・鈴木正人)
七夕企画「関取衆の願い事」で書かれた短冊(撮影・鈴木正人)
七夕企画「関取衆の願い事」で書かれた一山本の短冊(撮影・鈴木正人)

全員白星先行の武隈部屋 力士支える滞在先「くつろぎ天然温泉湯楽」心づくしの効果てきめん

男風呂と女風呂の入り口前に設けられた武隈部屋をPRするのれん(撮影・平山連)

<大相撲名古屋場所>◇8日目◇17日◇ドルフィンズアリーナ

武隈親方(元大関豪栄道)が独立し新設した武隈部屋が、名古屋場所中に滞在している「くつろぎ天然温泉湯楽」(愛知・津島市)。心の行き届いたおもてなしで力士たちを支えている。

隣接する土俵で稽古に励む力士たちに、栄養バランスを考えた食事や自慢の温泉やサウナを提供。効果はてきめんで、十両デビュー場所の豪ノ山(24)を筆頭に4人全員が中日を終えて白星先行とした。

同店の村雲稔樹店長によると、親会社の社長と知り合いだった武隈親方からの、滞在先として使いたいという要望がきっかけ。親方や豪ノ山など計5人を受け入れた。食事スペースには仕切りを設け、お風呂の利用は一般客と接触を避けるため、開店前と閉店後のみに限定。新型コロナ対策を徹底しつつ、快適に過ごせるよう腐心した。

店内には親方や豪ノ山を紹介する特製ボードが置かれ、男風呂と女風呂の入り口前には「武隈部屋」と書かれた大きなのれんが。朝稽古見学後に店に寄ってくれるファンもいるといい「滋賀や岐阜といった県外から来たという方もいて、店も活気づいてます」と同店長。好調を維持する力士たちの活躍を何よりの楽しみにしながら、残りの期間も最大限バックアップしていく。【平山連】

「くつろぎ天然温泉湯楽」の店内に置かれた武隈部屋をPRするボード(撮影・平山連)
「くつろぎ天然温泉湯楽」の店内に置かれた武隈部屋を紹介する特製ボード(撮影・平山連)
武隈部屋の滞在先となっている「くつろぎ天然温泉湯楽」(撮影・平山連)
「くつろぎ天然温泉湯楽」で実施中の武隈部屋の応援イベント(撮影・平山連)

日本で合宿、相撲ウクライナ代表が米国で開催中の国際総合大会「ワールドゲームズ」で快進撃

ワールドゲームズで9個のメダルを獲得した相撲のウクライナ選手団(ウクライナ相撲連盟JAPAN事務所提供)

ロシアの軍事侵攻で練習拠点を失い日本国内で事前合宿した相撲のウクライナ代表が、米国で開催中の国際総合大会「ワールドゲームズ」で快進撃を見せた。男女計8階級で金3個を含む計9個のメダル獲得。大会に出場した17カ国中、日本に次ぐ2位の成績を収めた。事前合宿の支援に当たったウクライナ相撲連盟JAPAN事務所代表の松江ヴィオレッタさんは「これ以上ない素晴らしい結果」と興奮が冷めない様子だ。

選手団は5月末に来日後、6月から大分・宇佐市と愛媛・西予市で実施。大会では合宿に参加した6人全員がメダリストになった。「『日本で練習できていなかったら、この結果にはならなかった』『このメダルの半分は君たちのおかげだ』と言ってくれて、活動をやって良かったと思いました」と心が打たれた。

選手たちの頑張りが、自身にとっても大きな刺激になった。「どんな状況でも生き生きと相撲に打ち込む姿に元気をもらいました」となつかしむ。「今度は戦争の理由じゃなくて、日本に来たい」と言ってくれた言葉が忘れられない。「ウクライナの相撲文化を知ってもらうという最初の目標は達成した」と大会に向けた支援は終えたが、引き続きサポートを惜しまない。「これからどういう広がりを見せられる。それが一番大事」と両国の架け橋となる。【平山連】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大会前に日本で事前合宿を行った相撲のウクライナ選手団と支援者たち(ウクライナ相撲連盟JAPAN事務所提供)

大栄翔の日大大学院修士論文は「相撲文化継承への提言」 大関とりの足固めへ指導教授もエール

名古屋場所4日目 隆の勝(右)を激しく攻める大栄翔(撮影・鈴木正人)

関脇大栄翔(28=追手風)は今春まで日大大学院の総合社会情報研究科に通い、相撲部屋制度に通じる同族経営、ファミリービジネスについて修士論文を書き上げた。

以前その内容を問うと、次世代に相撲文化を継承するための提言を40ページにわたって論じたことを教えてくれた。

指導に当たった加藤孝治教授によると、論文では国内スポーツ界における大相撲を位置づけた上で、相撲部屋の経営手法や協会の制度的な課題を分析。大相撲の文化が活性化するために必要なことを提言した。「特徴的なのは、自分が相撲と出合った時の経験を交えて論じたこと。若い人たちが相撲と触れ合う機会をどうやって作っていくかという問題意識が高かった。たしか量的に5万字くらい書いていた」と懐かしむ。

「20代後半という現役バリバリで活躍している時に大学院へ通った経験は大きな意義」と話す加藤教授は、今も大栄翔と連絡を取り合うなど交流が続く。殊勲賞を獲得した先場所後に連絡を入れると、お礼の言葉が返ってきた。前半戦で出遅れたが、巻き返しを図る今場所。大関とりの足固めを目指す教え子へ「文武両道の『文』が修了したので、今度は『武』で頑張ってほしい」とエールを送った。【平山連

21年4月21日「日本大学校友会大阪支部」による化粧まわし贈呈式に出席した大栄翔(左端)

朝乃山復帰に思い寄せる故郷呉羽町「中学時代から散髪に来るヒロ君」理容店・川上さん思い出語る

地元富山市呉羽町から朝乃山を応援する理容店「ネッスル」の川上さん(撮影・平山連)

<大相撲名古屋場所>◇2日目◇11日◇ドルフィンズアリーナ

朝乃山にひときわ特別な思いを寄せているのが、故郷・富山市呉羽(くれは)町の住民たちだ。同町内の理容店「ネッスル」の川上奈々子さん(51)もそんな1人。「拡大鏡を使って番付表の中からしこ名を見つけた時には、本当にうれしかった」と心を躍らせた。

朝乃山は中学時代から髪を切りに来る常連客。散髪中はたわいのない話で盛り上がり、角界入り後も帰省した際には、ひげをそりに店に寄ってくれるなど義理堅い。「私にとっては中学時代から散髪に来るヒロ君(=本名・石橋広暉から)。昔から優しくて真面目で、うちの小さい子どもたちをかわいがってくれて面倒見が良いの」。思い出話に、笑みが絶えない。

場所中は、なじみの客たちとテレビを食い入るように見るのが恒例だった。「千秋楽に欠かさず店に来て、髪を切りながら観戦するお客さんもいた。勝ったらまるで自分のことのように喜び、負けたら通ぶって取組を分析する。そんなに詳しくないのにね(笑い)」と懐かしむ。

復帰後初の白星は、ただの1勝ではない。再び地元を相撲で盛り上げるための、価値ある1歩目になったはず。川上さんは「場所後に、また店に立ち寄っていろいろ話すのが楽しみ」と、再会する日を心待ちにしている。【平山連】

地元富山市呉羽町から朝乃山を応援する理容店「ネッスル」の川上さん(左)と店主の高見さん(撮影・平山連)
朝乃山の故郷富山市呉羽町の理容店「ネッスル」に飾ってある直筆サインや手形(撮影・平山連)
剛士丸(左)と立ち合う朝乃山(撮影・鈴木正人)

ジョージア出身の相撲ヨーロッパチャンピオンが角界入り目指す「相撲の文化が好き」迫る年齢上限

好きな日本語は「頑張る」。ジョージアから角界入りを目指すアミラン・ツィコリゼ(撮影・平山連)

ジョージア出身の若者が、角界入りを目指して入門できる相撲部屋を探している。アマチュア相撲ヨーロッパチャンピオンに輝いたアミラン・ツィコリゼ(23)は、知人を頼り5月に来日。複数の部屋に訪れて入門先を探したが、今回の約1カ月間の滞在では見つからなかった。力士になれる年齢上限が迫る中でも、希望は失わない。近く再来日し入門先を決めたいという。

帰国前の6月中旬、都内でアミランに会った。大好きな相撲について質問すると、英語と独学で学んだ日本語を駆使して一生懸命に語る。好きな力士には「北の湖、千代の富士、白鵬」を挙げ、現役幕内力士の栃ノ心(34=春日野)や元小結の臥牙丸らジョージアから海を渡った先輩たちに憧れていることを熱弁した。自分もいつかスポットライトを浴びる日を夢見てやまない好青年に映る。

幼い頃は柔道に打ち込んだ。「新しいチャレンジがしたい」と、相撲大会に出るようになったのは5年ほど前。16年にモンゴルで行われた世界選手権U-18部門で優勝すると、アマチュア相撲界のトップ選手に名乗り出た。21年度は欧州選手権のU-23部門で優勝、シニア部門では3位、さらに欧州杯のシニア部門で優勝した。199センチ、170キロの恵まれた体格で「押しも四つもどっちもできる」という万能さが武器だ。

日本の相撲界に入りたかったが、世界的に拡大が続いた新型コロナウイルスにより来日が遅れた。気がつけば、23歳。日本相撲協会が定める新弟子検査受検の年齢制限はスポーツ経験者を対象に23歳未満から25歳未満に緩和される特例があるため、少し時間は残されている。ただ、同協会の内規により外国出身力士は1部屋1人と決まっているため、入門先を探すだけでも一苦労だ。

入門先が決まらず少し落ち込んでいるように見えたが、今後について尋ねると「あきらめるつもはないよ」と強調した。相撲の魅力について「ただ、体がデカいだけではないけない。心技体を合わせて向かっていく、相撲の文化が好きなんです」と目を輝かせた。そんな若者の行く末に注目せずにはいられない。【平山連】

ジョージアから角界入りを目指すアミラン・ツィコリゼ。好きな日本語は「頑張る」(撮影・平山連)

正代、豊山が「ペコちゃん」「ポコちゃん」化粧まわし 縁結びは東農大「多くの社員を採用」

大相撲夏場所 初日 正代は菓子メーカー「不二家」のペコちゃんがデザインされた化粧まわしで土俵入りする=2022年5月8日

大関正代(30=時津風)と平幕の豊山(28=同)が土俵入りした際に締める化粧まわしが注目を集めている。

老舗洋菓子メーカーの不二家のマスコットキャラクター「ペコちゃん」「ポコちゃん」が描かれ、正代はペコちゃん、弟弟子の豊山はポコちゃんを着用。同社が化粧まわしを制作したのは初めてで、そもそも相撲界との接点も今までなかったという。一体どんな経緯で贈呈に至ったのか。

同社の広報担当者は「2人は東京農業大学出身。食品メーカーということもあり、同大学から多くの社員を採用している縁がありました」と答えた。また、本社近くの護国寺で行われる節分行事で部屋の関係者と顔を合わせていたということもあり、応援する気持ちが強くなったという。

化粧まわしにペコちゃん、ポコちゃんを選んだ理由については「代表するキャラクターですし、当社を示すのに一番わかりやすい」と説明。気になるお値段は「回答を控えさせていただきます」。社内でも話題になっているようで「かわいらしくて、目立っていてインパクトもあると好評です」と答えた。千秋楽を残し2人とも負け越しが決まったが、「最後までケガなく、みんなが元気になれるような相撲を取ってほしい」とエールを送った。【平山連】

大相撲夏場所 初日 豊山は菓子メーカー「不二家」のポコちゃんがデザインされた化粧まわしで土俵入りする=2022年5月8日

鎮魂の思いが込められた幟…常盤山親方の元兄弟弟子が「きっと天国から」見守っている聖地の土俵

2月に死去した千葉公康さん名で贈られた常盤山部屋の幟(のぼり)

湿気を含んだ春風に乗って、色とりどりの幟(のぼり)が両国国技館の敷地内にはためく。ひいき筋が、身びいきする部屋や関取衆のしこ名を記し提供するものだ。その中に、鎮魂の思いが込められた幟がある。「常盤山部屋さん江 ちゃんこ料理新 千葉公康」。そのひいき筋は天国から聖地の土俵を見守っている。

新花山のしこ名で幕下まで相撲を取り引退後は大阪で、ちゃんこ料理店を営んでいた千葉公康さんが2月1日、57歳で死去した。その千葉さんの名前を借りて幟を作ったのが常盤山親方(元小結隆三杉)。現役時代、二子山部屋で兄弟弟子の関係にあった。引退後も親交があり相撲道場で指導していた千葉さんの教え子も同部屋に入門した。「心臓が悪かったのは現役時代から知っていたけど急だったからね。僕の5年ぐらい後輩だけど弟同然。20年以上も店を開けたのも千葉ちゃんの人徳だからね」。

春場所千秋楽翌日には千葉さんの教え子だった新隆山(三段目)、今場所から序ノ口に番付が載った雷輝勝を連れ千葉さん宅で線香を上げた。以前に立てた幟は「大阪ちゃんこ新」の名義だったが、今回の幟は前述のように本名も入れた新調品だ。毎年夏場所で、この幟を必ず掲出すると決めた常盤山親方は少し涙声だった。「きっと天国から応援してくれているからね」。【渡辺佳彦】

2月に死去した千葉公康さん名で贈られた常盤山部屋の幟(のぼり)

 取組を見るだけじゃ分からない、日刊スポーツの大相撲担当記者が土俵周辺から集めてきた「とっておきネタ」をお届けします。