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au版ニッカン★バトル

大相撲裏話

言葉発さずにうなずき…記者を救った鶴竜の懐の深さ

バスケットボールを片手に笑顔の鶴竜(2019年8月19日撮影)

日本相撲協会が7月場所(19日初日、東京・両国国技館)の開催を目指す中、プロ野球が開幕日を6月19日と決めた。他競技でも再開の足音は近づいており、スポーツ観戦を趣味に持つ方々の期待も高まっているのではないだろうか。

角界でスポーツ観戦好きといえば、横綱鶴竜(34=陸奥)がパッと頭に思い浮かぶ。NBAを筆頭にさまざまなスポーツに精通。鶴竜の囲み取材では、雑談の中で他のスポーツ界に関する質問が飛び交うことはしばしばある。昨年10月、デビュー直後のウィザーズ八村塁の話題に及ぶと「外からのシュートがそこまで決まっているわけではないのに、あれだけ点を決められる。シュートタッチがまだ向こうで慣れていないのか外している。あとは慣れでしょうね」と解説。囲んでいた記者はフンフンとうなずく。相撲記者は土俵上での活躍を取り上げるのが基本。本業と関係ないことを聞くのは、少し恐れ多い場面がある。ましてや横綱。しかし、鶴竜はいつも嫌な顔をせずに答えている。

そんな横綱の懐の深さに、昨年8月の夏巡業で救われたことがあった。土俵入り後の取組までの合間に、鶴竜が遊びで会場内のバスケットゴールを使いシュート練習を行っていたときのことだ。なぜか記者はたまたまゴール下にいたため、球拾いをした。その1週間後に行われたバスケットボール男子日本代表の強化試合の始球式でもその実力を示していたが、鶴竜の3点シュートはぽんぽん入る。7本連続で決める場面もあった。明後日の方向にいくことがほとんどない。リバウンドを拾うのもラクだ。華麗なシュートフォームに見とれるあまり、総シュート本数と成功本数を数えていなかった(デスクに怒られた)が、5、6割は成功していたのではないだろうか。

約15分間のシュート練習が終わると、取組の準備のため、鶴竜は支度部屋に戻った。記者はここで大失態に気づく。リバウンドを拾うことに集中していたため、練習中の写真を撮っていなかった。写真がある、なしでは全く違う。どうすれば…。もう時間はない。取組直前に、横綱本人に頼み込むしかなかった。

巡業の支度部屋でも、横綱は忙しい。関係者へのあいさつや写真撮影、髪結いや綱締め実演など取組以外の仕事がたくさんある。基本的に取材は土俵入りまでに済ます必要があり、多忙の横綱に時間を割いてもらうことは申し訳なかった。

でもいくしかない。たしか結びの4、5番前、花道に向かう途中で声をかけた。「すみません横綱、これ(ボール)持って、写真いいですか?」。本当に取組直前だ。断られるかも…と思ったが、鶴竜は言葉を発さずうなずき、ボールを右手に持って記者のカメラに向き直った。写真は笑顔。満面の笑みだった。横綱の懐の深さに、感謝してもしきれない。ちなみにその写真を掲載した記事は、WEBを通じてそこそこ読まれたらしい。サムネイルの笑顔に引きつけられたのだろうか。多彩な一面が伝わっていれば幸いだ。

NBAなど世界中のスポーツが再開したときには、また話を聞きにいくかもしれない。もちろんそれ以上に、土俵での活躍を取り上げていく所存です。【佐藤礼征】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

コロナで注視も角界独特「集団生活」のプラス面とは

富山の食材を手に笑顔を見せる朝乃山(前列左)ら高砂部屋の力士(2020年2月7日撮影)

大相撲三段目力士の勝武士さんが新型コロナウイルスの影響で亡くなったのは本当に残念で、ショックだった。

その中で大相撲独特の文化である「集団生活」があらためて取りざたされた。関取になれば個室、または別に自宅を持つことができるが、以外の大多数は1カ所で、いわゆる大部屋で生活する。他のスポーツであれば練習、競技で集まり、解散だが、大相撲の世界は1日中をほぼ一年中、同じ空間をともにする。

記者が新弟子だった20数年前、「相撲道を知るにはとにかく入門しろ」の指令を受け、若松部屋(現在の高砂部屋)にお世話になった。当時はまだ若い部屋で関取もいない。元大関朝潮の師匠の下、自分がいち早く出世しようとする活気に満ちていた。そんな世界に素人が恐る恐る入門した。

黒まわしを借りて、稽古に参加させてもらった。最初はさすがに「なんじゃこいつは」という視線を感じたが、股割りでもん絶したあたりからとけ込む空気に変わった。10代の新弟子たちと申し合いを行い、最後はぶつかり稽古。取材で見ていると「簡単に押せそう」となめていたが、ビクとも動かない。しかし、体の使い方を指導されると何とか押せるようになる。「最も実になる」とされる稽古を肌で実感した。

ひと通り稽古を終えて、一緒に風呂に入った時にはもう「仲間」だった。雑談しながら和気あいあい。たった1日だったが、内部を知ることで自分の中でかなり変われた記憶がある。

新型コロナウイルス禍でクラスター化の怖さが言われ、その前は暴力事件の問題もあった。独特の文化である「集団生活」のマイナス面だが、それ以上にプラス面もあるということだ。年齢は関係ない番付社会。刺激し合い、励まし合い、笑い合ってピラミッドの頂上を目指す構図がある。

長年にわたって継がれ、今に生きる文化。その根底が揺らぐ厳しい状況下だが、大相撲の歴史は必ず乗り越えられると信じる。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

勝武士さん、出番前は真剣「初っ切り」へのプロ意識

17年2月、初っ切り相撲で高三郷(左)におどけた表情を見せる勝武士さん

新型コロナウイルスに感染し、入院していた勝武士(しょうぶし)さん(本名・末武清孝=すえたけきよたか)が13日に亡くなった。

勝武士さんといえば、「初っ切り」のイメージが強かった。私が相撲担当になったのが16年の九州場所から。その時にはすでに勝武士さんは、日々の巡業などで全国各地の相撲ファンに笑顔を届けていた。

私が担当になった当時、勝武士さんは元高三郷の和木勝義さんとコンビを組んで約2年たっていた。口に含んだ力水を互いの顔に吹きかけ合ったり、ラリアットの応戦があったり。組んでは土俵際で2人そろって観客席に向かってVサイン。最後は勝武士さんにハリセンで腹を切られ、頭をたたかれた和木さんが土俵上に大の字で倒れて終了。名漫才師のような、息の合った完成の高い約10分間の実演に観客同様、巡業取材中の私も何度も笑顔にさせられた。

ある日の巡業で、出番前の勝武士さんに声をかけたことがあった。調子を聞くような、何げない声かけだったと記憶する。しかし返事はなく、真剣な表情を浮かべたまま勝武士さんは土俵上へ。先ほどまでの表情とは打って変わり、いつものようにハツラツとした表情で、2人息の合った動きを見せて会場中から笑いを誘った。

実演終了後、勝武士さんから声をかけられた。「さっきはすいませんでした。出番前は少し集中したくて」。初っ切りに懸ける、高いプロ意識をかいま見た瞬間だった。

先日、勝武士さんと同期の琴恵光が「人を喜ばせるのが好きだった」と振り返るように、ムードメーカー的存在だったようだ。確かに、勝武士さんの周りにはいつも多くの人の笑顔があった。私も勝武士さんからエネルギーをもらったその1人として、今後の取材活動にまい進していきたい。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

17年2月、初っ切り相撲で取組中にVサインを見せる勝武士さん(右)

今こそ必要な力士の発信力、待たれる角界SNS解禁

夏場所中止が決まった両国国技館。後方の高層タワーは新型コロナウイルス軽症者等の宿泊療養施設となったホテル

用あって出社後の帰宅途中、ふと気になって両国に寄ってみた。当たり前のように通い慣れた、いつもの“職場”付近はどうなっているんだろう-。国技館の建物そのものは、いつもの威容を誇っているように見える。風も爽やかな晴天の昼下がり。だが、やはり何かが違う。

本場所の開催を告げる各種掲示物はなく、前売り状況を示す電光掲示はブランクのまま。周囲も閑散とし当然のこととはいえ、空虚感は否めない。本来なら8日に夏場所初日と2日目の取組が決まり、10日に初日を迎えるところ。その初日を2週間延ばして開催を目指したが、それも中止を余儀なくされた。

両国国技館の背後にそびえる高層タワー。完成したばかりのホテルは、5月1日から新型コロナウイルスの軽症・無症状感染者を受け入れる宿泊療養施設になった。このコロナ禍が終息を迎え本場所が通常開催できる日を迎えたあかつきには、このホテルが地方から観戦に訪れる宿泊客でにぎわうことを願わずにはいられない。

夏場所中止は4日に決まった。「今回ばかりはそうなるはず」とは思っていたが、実際に八角理事長(元横綱北勝海)のコメントが流れると、決断の重さに現実を突きつけられた思いだ。一方で、何事もネガティブにとらえていたら心がむしばまれるだけだ。少しずつでいい、気持ちを両国国技館開催の7月場所に向かわせればいい。ケガを抱える力士はその療養期間が出来たととらえればいいし、技術的向上を目指す者は本来はない本場所間の4カ月を「錬成期間」と考えればいいのではないか。

もう1つ。夏場所中止決定直後に、ふと考えたことがある。図らずも7日付の日刊スポーツ本紙に寄稿してもらった漫画家・やくみつる氏が望んだ、力士のSNSの解禁だ。スポーツ各紙やテレビのスポーツコーナーで、スポーツ各界からアスリートたちの近況がSNSで届けられている。いずれも中止や延期を余儀なくされた選手たちの、今の思いやファンに向けられたメッセージ性の高い言葉であったり、近況報告であったりする。

これが相撲界にも波及できないか。今から半年前、一部力士の悪ふざけの動画がアップされたことで、力士らの個人的なSNSは現状で禁止されている。その活用できない痛みは、当人のみならず協会員全員が分かち合ったはずだ。発信元になることの責任感、しかるべき社会的地位に立っている自覚を再認識する機会になるのではないか。

ファンや応援してくれる関係者への現状報告、子どもたちや力士も世話になっている医療関係社への励ましのメッセージ…。このご時世、発信内容もごく普通の常識的なものに限られるはずだ。それが力士たちに出来ないとは思えない。そうして本来、SNSが果たすべき役割を理解できる好機になるのではないか。解禁後、再び前述のようなことが繰り返されたら厳しい処分を下せばいいと思う。肖像権や個人情報など難題もあるだろうが、これほどの歴史的有事に際して、思い切りがあってもいい。

先日、滋賀県の三日月知事が、外出自粛要請の標語「ステイ・ホーム」を「ステイ・ホームタウン」へ変更することを提唱した。緊張の中にも緩和を織り交ぜたうまい言葉だと思う。角界の目標も、無観客開催ではあるが7月19日初日の7月場所に定まった。感染予防策には細心の注意を払いつつ、徐々に日常を取り戻す-。八角理事長が常々、口にする「相撲は単なるスポーツではない」という神事性は、無観客でシーンと静まりかえる中でも15日間を乗り切った春場所で、記者としても体感できた。その神事性を保ちつつ、ファンが求める情報解禁に少し、足を踏み込んでもいいのではないだろうか。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

夏場所中止が決まった両国国技館正面入口。左の高層タワーは新型コロナウイルス軽症者等の宿泊療養施設となったホテル

琴勝峰と琴ノ若 幼少時から縁ある2人の旋風に期待

琴勝峰(2019年11月24日撮影)

4月27日に大相撲夏場所(24日初日、東京・両国国技館)の新番付が発表され、20歳の若武者、琴勝峰(20=佐渡ケ嶽)が新入幕昇進を決めた。3月の春場所では12勝3敗で初の十両優勝を果たし、所要3場所で十両を通過した。191センチ、165キロの恵まれた体格にスケールの大きい相撲内容。師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)の長男でもある幕内の琴ノ若(22=佐渡ケ嶽)とともに部屋の成長株として注目を集める存在で、そのポテンシャルは同部屋の大関経験者、琴奨菊が「琴勝峰の力強さ、琴ノ若の柔らかさが欲しい」とうらやましがるほど。若い2人が名門部屋に新たな刺激を与えている。

埼玉栄高の2学年先輩でもある琴ノ若は、新入幕だった春場所で見事に勝ち越しを決めた。兄弟子の背中を追いかける琴勝峰は「すごく刺激になっている。どんどん先に進んでいくので、必死に追いかけたい」と、モチベーションを高めている。

琴勝峰にとって、琴ノ若は相撲を始めた頃から縁のある存在だった。幼少時代、2人はともに柏市の相撲少年団に所属。少年団に入り立ての琴勝峰に初めて“指導”した先輩が、当時小1の琴ノ若だったと琴勝峰の父、手計学さんが証言する。ある日の稽古後、まだ礼儀作法を知らない琴勝峰少年は、少年団の先輩に先んじて更衣室に戻ろうとした。「それで『お前がいちばん後輩なんだから、お前がいちばん最後に更衣室に入れ』と言ったのが、琴ノ若でした」。稽古のカテゴリーは幼稚園児と小学生などで分かれていたが、別のグループだった琴ノ若は目を光らせていたという。「僕も『すごいな、ここから先輩後輩があるんだ』と思って、感心して見ていた。そのときは鎌谷くん(琴ノ若の本名)が佐渡ケ嶽親方の子どもとは知らなくて、あの子すごいなと思っていた」と学さん。琴勝峰にとって、当時から琴ノ若の存在感は抜群だった。

新型コロナウイルス感染拡大の影響により、開催が危ぶまれている夏場所は琴ノ若にとって幕内2場所目、琴勝峰にとっては晴れの新入幕場所。縁のある2人が、旋風を巻き起こせるか。【佐藤礼征】

大相撲初場所 6日目 塵手水する琴ノ若=2020年1月17日

2度の手術に2度の長期離脱、苦難乗り越え宇良輝く

三段目優勝した宇良(2020年3月22日撮影)

史上初の無観客で行われた大相撲春場所。三段目は元幕内の宇良(27=木瀬)が7戦全勝の決定戦を制して優勝した。

新型コロナウイルス感染症の影響で開催が懸念されている夏場所では、幕下復帰が確実。ようやく関取の座が見えてきたところにコロナ禍と、本人の心中を思ってしまう。

早く十両、幕内の土俵で見たいと願う1人だ。関学大相撲部出身で、動画で披露したアクロバティックな動きで入門前から注目を集めた。15年春場所の前相撲からのスタートで、順調に出世を重ねた。最高位は17年名古屋場所の東前頭4枚目。そこから膝のケガで地獄を味わった。

17年秋場所を右膝の負傷で途中休場し18年秋場所、三段目で復帰するまで1年を要した。さらに19年初場所でも同じ箇所を負傷して手術、長期の休場。19年九州場所は序二段106枚目で復帰。力士にとっては致命傷に近い膝のケガ、2度の手術を乗り越えての土俵復帰は感動だった。

復帰の階段をのぼる宇良を取材する過程で、興味深かったのが取り口や、狙いについて「相手に知られるので、話したくない」。前頭上位まで番付を上げた立場が序二段、三段目でも同じ姿勢を貫いた。三段目で最も警戒したことも「対戦したデータがないことが怖い」。上からではなく、同じ目線で歩むことが、順調な結果につながっている。

ただ、三段目までは格の違いでも星を重ねられてきたとはいえ“関取予備軍”の幕下ではどうか。最も恐れているのが、右膝のケガの再発であり、春場所の時点でも通常のぶつかるけいこはできていない。春場所で三段目優勝を飾った後も「気遣いというより(ケガをしないよう)気をつけている感じ」と話していた。

土俵の上は過酷な世界。一瞬の不運から、力士生命を奪われる場面を少なからず見てきた。2度の手術、2度の長期離脱。心が折れそうな苦難を乗り越えて、再び関取の座を目指す宇良は自然と応援したくなる。その個性は、大相撲の活性化においても間違いなく必要だと思う。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

筋トレ控え柔軟性出た!照ノ富士が苦難乗り越え本領

大翔鵬を寄り切りで破った照ノ富士(2020年3月7日撮影)

約1カ月前に幕を閉じた大相撲春場所。新型コロナウイルスの感染者が1人でも出たら即中止という条件下で、史上初の無観客で開催された。声援がなく静まり返った会場や、日本相撲協会から通達された外出禁止令などに戸惑いの声は多く集まった。そんな中、十両の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が柔軟に対応しつつ、悲願の幕内復帰に大きく近づいた。

「今回はジムに行ってないよ」。ある日の取組を終え、静まり返った会場内に設置されたミックスゾーンで照ノ富士が言った。場所前はもちろん、場所中でもトレーニングジムに行くほどの筋トレ好き。しかし「鉄にウイルスが集まりやすいらしい」と知人から伝え聞き、ジムに行くのを自粛したという。これまでの場所に比べると「体にハリがないね」と物足りなさを実感。しかし、筋肉がつきすぎてないからこそ「体に柔らかさが出た。相手の力を吸収する感じ」とプラスの効果を手にしていた。

では静まり返った土俵上をどう感じていたのか。15日間を通して、毎日のように他の場所との違いを聞いたが「変わらない」と不変だった。理由は「時間いっぱいになったらいつも気合が入りすぎて頭が真っ白になる。だからいつもと変わらない」。さらっと言えるのは本心だからこそ。目の前の一番に集中できる気持ちの強さを、異常事態の場所でも発揮した。

1月の初場所で十両優勝を果たし、春場所は東十両3枚目で臨んだ。結果は10勝5敗。大関経験者なら当たり前、という声も聞こえてきそうだが、両膝の負傷や内臓疾患からの復活は容易なものではなかったはず。そんな照ノ富士をここまで支えたのが、気持ちの強さと大好物の筋トレだった。春場所では筋トレ封印を余儀なくされたが、神経質になることなく強心臓で結果を出した。

千秋楽の取組を終え「これで幕内いけるかな」とポツリ。「番付は生き物」と言われるだけに確実とは言えないが、目の前にあるのは間違いなさそうだ。2週間延期となった夏場所(5月24日初日、東京・両国国技館)の先行きは不透明だが、照ノ富士ならどんな場でも実力を発揮できるはずだ。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

無観客春場所で再認識できたこと、際立った音とは?

大相撲春場所千秋楽 八角理事長(右)から賜杯を受け取る白鵬(2020年3月22日撮影)

「屁も出せませんでしたよ…」

大相撲史上初めて無観客で開催した春場所。静まり返った大阪市のエディオンアリーナ大阪で3月8日、初日の取組を終えたある力士が、従来との違いを意外な言葉で表現した。

全力士が腹の調子まで万全ではない。仕切りの際に腹に力を入れた瞬間、コントの一幕のように「プ~」という音が漏れたら…。そんなことが脳裏をよぎるだけで、それまでとは違った。

従来なら観衆の歓声で気にも止めない、わずかな音を気にした関係者は少なくなかった。歴史的な初日の最初の一番となった序ノ口の煌(きらめき)-艶郷(つやさと)。2階の記者席から見た報道陣が、取材エリア(ミックスゾーン)へ移動するため、折りたたみ式のイスから立ち上がると、次々と「バタン」という音が響いた。土俵下にいた審判部の親方衆からの要望で、すぐに相撲協会広報部を通じて「イスの音がしないよう、静かに立ってください」と注文がついた。

普段なら「よいしょ!」と、観衆の掛け声が飛び交う横綱土俵入りの際の四股も「ドスッ」という、土俵を踏みしめる音が際立った。横綱鶴竜は「いつもならここで拍手がくる、というところでも静か。『(所作を)間違ったかな』と不安になった」と、取組以上に土俵入りが印象的だったと、苦笑いで振り返った。

防音のため通路での四股などの準備運動も禁止された。通路での準備運動がルーティンだった前頭錦木は「みんな支度部屋で準備運動するので狭かった」と明かした。また、前頭隠岐の海は、静寂に加えて新型コロナウイルスの感染を疑われかねないと「せきもできなかった」と、土俵下での振る舞いにも気をつけた。

ただ、新たな環境を楽しむような力士もいた。ベテランの前頭松鳳山は、普段は支度部屋での取材をミックスゾーンで受けることになり「有名人になった気がする」と笑顔。続けてサッカー元日本代表本田圭佑をイメージして「36歳、伸びしろしかないですね」と話し、報道陣の爆笑に気を良くしていた。その後は「負けても呼んでください」と自主的に立ち止まった。

NHKなどの放送席は、防音対策としてアクリル板で覆われた。ある関係者は「立ち合いの前に解説者が『変化があるかもしれません』と言った声が土俵まで聞こえ、本当に力士がそう考えていたら取組にも影響するから」と、笑い話を交えて明かした。

無音と向き合った力士は一様に観客、ファンへの感謝を再認識したと語った。試行錯誤を続けながらも15日間を完走し、相撲界だけでなく、良い前例としてスポーツ界の財産となった。【高田文太】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

大相撲春場所 初日 無観客の中、幕内の土俵入り(2020年3月8日撮影)

引退か続行か…岐路立つ豊ノ島救う22円入りポチ袋

豊ノ島

土俵人生の岐路に立たされている男がいる。三役を13場所務め、三賞も10回受賞。相撲巧者として名をはせ、14勝1敗で白鵬との優勝決定戦に臨んだこともある。華やかに彩られた土俵人生。どんな相手にも攻略の糸口はある、と思いをめぐらせても、今度の相手ばかりは立ち向かおうにも目に見えない。あらがいようもないコロナ禍の中、救いは財布にしのばせた22円が入ったポチ袋だ。

東十両11枚目で臨んだ今年1月の初場所。4勝11敗と負け越し、2度目の幕下陥落が決定的となった豊ノ島(36=時津風)は1つの決断を迫られた。「やりきった」。現役引退-。腹は九分九厘、固まっていた。そんな、かたくなな決断を翻意されたのは、一粒種の長女希歩ちゃん(7)の言葉だった。幕下に陥落すれば、無給生活になる。2年前に一度、幕下陥落した際の切り詰めた生活から、驚くことに口で伝えなくても幼心に、そのことは分かっていたという。「ゴメンね、お相撲さんをやめるよ」。千秋楽の夜、そのことを伝えると希歩ちゃんは、泣いてしがみついて言った。「お相撲が嫌いになったの? 普通のお父さんになっちゃうのはイヤ!」。さらに無給生活になることを伝えると「私が貸してあげる!」。涙でくしゃくしゃになった愛娘の顔を、まともに見られなかった。

「本当に最後になるんだったら、この子に最後の姿を見せないといけない。親も呼びたい。でも、それをしてないじゃないか」-。東京開催の初場所に家族を観戦に呼んでいなかった。現役続行の理由は他にもあったが、沙帆夫人ともども家族の熱意に土俵際で、うっちゃられた。現役続行を伝えると、2人とも泣いて喜んでくれたという。

4勝3敗でも番付運次第で関取復帰となる春場所は、同時に家族を呼んで進退をかける場所にする-。そんな思いは無観客開催で、あっさり打ち砕かれた。東幕下2枚目から関取復帰を目指した本場所の土俵も、2勝5敗と負け越し。「幕下で負け越して1つの決断をする時なのかなと思う」。最後の7番相撲を終えた後、豊ノ島はそう語った。 初場所後には、わらいながらこんなことも明かしてくれた。「ウチの娘はさあ、何かタニマチ気質みたいなところがあるみたいでね」。1年ぐらい前だったか…と記憶を巡らせて明かしたのは、いい相撲で勝って帰宅した時、よほどうれしかったであろう希歩ちゃんから「これ、あげる」と、ポチ袋を渡されたエピソード。中身は1万22円が入っていたという。お年玉やお小遣いでためたお金だろうか。なぜその金額なのか、そんなことを聞くのは、やぼな話。1万円は返し、22円が入ったポチ袋を長財布にしのばせ「お守り代わりに」今も大切にしている。

何かと目にすることが多いであろう、心の支えにもなっている、そのポチ袋。華やかな土俵人生にピリオドを打つのか、再び泥にまみれて再起をかけるのか-。コロナウイルスの感染終息というトンネルの出口は見えず、出処進退の結論もまだ豊ノ島は表明していない。ただ、どんな決断を下そうとも、心強いお守りがこの男にはある。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

ほぼ完売徳勝龍地元も、27年ぶり蒲郡も…巡業中止

徳勝龍(2020年1月27日撮影)

本来なら、今頃は愛知県内を移動していたはずだった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、春場所後に実施予定だった春巡業は延期、中止に。3月29日の三重・伊勢神宮を皮切りに、力士らは関西、東海、中部、関東へと行脚するはずだったが、巡業は力士とファンとの距離が非常に近い。サインや握手、記念撮影はいわゆる濃厚接触に該当する。延期、中止はこの状況なのでやむを得ないが、年に1度、何十年に1度の機会を逸した全国の相撲ファンがふびんでならない。

話題性に富んだ開催地の勧進元も残念がる。初場所で史上2度目の幕尻優勝を果たした徳勝龍の出身県、奈良・桜井市では春巡業2日目の3月29日に開催予定だった。

担当者によると、もともと売れ行きは好調だった上に“徳勝龍フィーバー”でチケットは98%完売していたという。当日の内容には徳勝龍に初優勝を祝した記念品を贈呈する計画もあっただけに、担当者は「本当に残念です」と肩を落としてた。

巡業は毎年のように開催している場所もある一方で、初開催や久方ぶりの開催となる場所も多かった。5日に愛知・蒲郡市で予定していた「大相撲蒲郡場所」は“若貴ブーム”に沸いた93年以来、27年ぶりの開催のはずだった。同市は第51代横綱玉の海の出身地で「玉の海横綱昇進50周年追善興行」として開催される特別な内容だった。

70年に25歳で横綱に昇進した玉の海は、27歳の若さでこの世を去った悲運の力士として知られる。担当者によると、開催日の直前には現役時代ライバルだった相撲解説者の北の富士勝昭氏(元横綱)を招いたトークショーを行い、当日も幕内力士の土俵入り後に玉の海の遺影と焼香台を設置する予定だった。「(そのときの現役)横綱と大関、同じ片男波部屋の片男波親方(元関脇玉春日)に焼香をしてもらうはずでした。遺影も玉の海関が非常にいい笑顔を見せている写真だったので、ぜひ見てもらいたかったんですが…」と担当者。蒲郡市では高齢化が進んでおり、わんぱく相撲の人口が減少傾向。興行を通して蒲郡の相撲普及も期待していたという。

来年度の開催ならば「51周年」になるが、担当者は「来年も同じ内容で『50周年追善興行』として開催したい」と意気込む。新型コロナウイルス感染拡大が、一刻も早く終息することを願ってやまない。【佐藤礼征】

ブルガリア出身碧山コロナ不安も癒やしは夫人と愛犬

碧山(2020年3月12日撮影)

大相撲春場所は史上初の無観客開催で15日間をやり遂げた。その中で主役の1人を担ったのが碧山。終盤3連敗で11勝に終わったが、一時は単独トップに立つなど優勝争いを盛り上げた。

碧山は欧州のブルガリア出身。新型コロナウイルス感染は欧州で拡大し、その影響に話が及んだ。実家については「自分のところは都会ではないから大丈夫」と話した上で、「毎日電話してますよ。心配だから」と話していた。

碧山の地元ではやはりマスクを着ける習慣はなく、売っているところも希少。日本から送らないのか聞いたが「送りたいけど、売ってないでしょ。どこに売ってるんですか」と厳しい表情で返された。

東京に1人残すビオレタ夫人も、厳しく「外出禁止」を言い渡したという。「向こうも1人。寂しいのは分かっている。よく我慢している」。外出でもできない碧山にとって、約1時間半の夫人との電話が唯一の癒やしだったという。

その2人の共通の話題は愛犬のMOLLY。12勝3敗と好成績をあげた昨年の春場所後から碧山家に加わったトイプードル。「小さくてね、犬とは言われないんです」。近くにいた栃ノ心が「人形だよ」。それほど溺愛する愛犬も、心の支えとなっていた。

相撲界における外国出身力士の活躍はすさまじい。何より驚かされるのが、日本での生活への順応で言葉も達者だ。碧山は「ちゃんこ場で勉強した」という。他の競技では通訳がつき、言葉をやりとりするが、相撲界では独自で乗り越えなければならない。碧山は日本語を学ぶためにノートを作り、耳にした単語をアルファベットで記し、覚えていったという。

相撲は日本独特の文化であり、神事とされる。その意味を理解しなければ、成功はできない。ブルガリア出身の碧山を取材する中であらためてそんな思いを強くした。【実藤健一】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

芝田山広報部長「無の境地」春場所完走の大きな意味

八角理事長(右)から賜杯を受け取る白鵬(撮影・前岡正明)

<記者席から 緊急連載・厳戒の春>

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、史上初の無観客開催となった春場所が幕を閉じた。発熱による休場者は平幕の千代丸ら3人出たが感染者は出ず、土俵周りでも大きなトラブルはなかった。「無観客開催運営プロジェクトチーム」のリーダーを務めた芝田山広報部長(元横綱大乃国)は、「他のスポーツ界にも勇気を持ってもらえると思う」と胸を張った。

同チームは、広報部の高崎親方(元前頭金開山)が発案。場所中に毎日、広報部や審判部、行司や呼び出しなど、各担当部署の代表者ら約25人が集まった。前日の反省や今後の対応についてなど、約1時間の会議が連日行われ、会議内容や決定事項などは代表者が担当部署や所属部屋に伝達。芝田山広報部長は「どんなささいなことも話し合い、みなさんに情報が回るように徹底した」と話した。

感染者を出さないための努力も当然あった。会場入りする親方衆の専用入り口を作ったり、世話人が会場内に明け荷を運ぶ際の動線も場所前に何度もシミュレーションした。力士らが行き帰りで使用するタクシーの待機場所や方向にもこだわるなど、密集による接触や混乱を回避するあらゆる方法を考え抜いた。

芝田山広報部長は「無の境地でやった。プロジェクトチームだけではなく全協会員が一丸となった結果」と15日間を振り返った。スポーツイベントの中止や延期が国内外で相次ぐ中、15日間やり切ったことには大きな意味がある。【大相撲取材班】

受けた賜杯を見つめる白鵬(撮影・外山鉄司)

神田川俊郎さん「大阪人として残念」公私とも寂しさ

記念写真に納まる神田川氏(右)と朝青龍(08年3月16日)

<記者席から 緊急連載・厳戒の春>

料理人の神田川俊郎さん(80)が、公私ともにさみしい思いをしている。春場所は例年、向正面の溜まり席などで観戦してきた。「もう40年以上になります。大阪人として残念でさみしい。今年も毎日行く予定でした」と残念がる。大阪の「顔」だが、無観客で開催される今年はテレビ画面に映らない。

日本料理店「神田川本店」など、大阪・キタに3店舗を構える。去年は遠藤らが来店した。「特別な肉を用意したら、ペロッと3枚食べてた。白鵬もかわいがっているけど、今年はこられない」。日本相撲協会は新型コロナウイルス感染予防のため、協会員に外出を控えるように通達している。「ある親方からは電話がかかってきて『今年はだめです。外に出て見つかったら怒られてしまう』と言ってました。本当なら、楽しくおいしいものを食べて、元気にやって欲しいんだけどね。新地には誰もきてくれません」(神田川さん)。

自らの店舗だけでなく、大阪の繁華街から人が減ったことも悔やんでいる。「ミナミもキタも人がいない。にぎやかさがない」。来年こそは、本場所ともども、大阪の街をあげて盛り上がりたい。【佐々木一郎】

海外の視聴者は「まるでSF映画」異空間の緊張感

無観客で執り行われる大相撲春場所(2020年3月18日撮影)

<記者席から 緊急連載・厳戒の春>

「まるで(実況)アナウンサーと日常会話をしているようだった」。9日目にNHK大相撲中継の正面解説を務めた本紙評論家の高砂親方(元大関朝潮)はそう語る。「Be silent!」が1つのテーマともいえる今場所。正面放送席は防音対策のアクリル板で覆われるが「雰囲気からして、どうしても声は抑えがちになる」とも言う。

大観衆のざわめきは土俵進行の大事な一端を担っていた。時間いっぱいの最後の塩。東西の呼び出しが立ち一気にボルテージが上がる。アナウンサーも「さあ時間です!」。そんな高揚感が今場所はない。こんな偽らざる実況でのアナウンスもあった。「私たちも相当、注意しないと時間を誤ってしまいます」。いつも以上に目配せが求められるというわけだ。

3日目から視聴者の「応援メッセージ」を紹介。勝ち越しや金星以外にも“臨時”で取組直後の力士をインタビュールームに呼ぶなど何とか工夫を凝らす中継が続く。呼び出しにとっては声が、より反響するため技量が問われる緊張の場所にもなっている。海外の視聴者から「まるでSF映画を見ているようだ」と形容される異空間の中、さまざまな“闘い”が繰り広げられている。【大相撲取材班】

「チラシ1つ渡せない」引退相撲PRも遠慮がちに

元安美錦の安治川親方

<記者席から 緊急連載・厳戒の春>

無観客での本場所は、引退して間もない親方にも影響を与えている。元関脇安美錦の安治川親方(41)は、10月4日に断髪式などを含む引退相撲(両国国技館)を控えている。本来なら、春場所の観客にチラシを配るなどの宣伝を考えていた。「PRできなかったのは残念。でも、誰が悪いわけでもないから…」。

新型コロナウイルス感染を予防するため、日本相撲協会は協会員への不要不急の外出を控えるように通達している。夜の街には繰り出せない。安治川親方は「チラシ1つ渡せない。新地には1日も行ってないよ」と歯切れが悪い。打ち出し後は自室にこもり、宣伝資料を作ったり、電話やメールで営業する毎日だ。

元安美錦のような人気力士ですら、引退相撲は本人が主体となって集客に努める。協会は個人のSNSを禁じているが、こういうPRは了承している。安治川親方もツイッターを始めたが、協会全体が自粛ムードの中、遠慮がちになってしまうという。

「まずは地道にやっていくしかない。本場所に来られなかった人のために、協会も若手の親方もいろいろやっているから」。我慢の本場所を乗り切るまで、あと3日だ。【佐々木一郎】

引退相撲の詳細は、以下のウェブサイトを参照ください。http://aminishiki.jp/

さらなる静けさ作り出す「通路での準備運動禁止」

無観客で執り行われる大相撲春場所11日目(撮影・河田真司)

<記者席から 緊急連載・厳戒の春>

何もかもが異例の春場所。特に静寂に包まれた土俵上は、神聖さを感じると同時に寂しさもある。耳を澄まさなくとも聞こえる、いつもの本場所では聞くことができないさまざまな音。無観客だから当然-。しかし、それ以外にも静けさを作り出す要因がある。

地方場所ならではの光景が消えた。いつもなら支度部屋外の一般客も利用する広い通路で、出番前に体を動かす力士が多い。四股やすり足、若い衆にぶつかる関取衆など。しかし今場所は、通路での準備運動が禁止された。

力士らによると、準備運動をしている音で土俵上の力士の集中力をそがないようにするためだという。報道陣の動線の関係で、今場所力士が通れるのは東西の支度部屋を結ぶ一部の通路のみ。支度部屋外にいる親方衆や世話人らが目を光らせ、出番前の力士が準備運動のために通路に行こうとすると注意する。

場所前には報道陣が、力士と報道陣の間を柵で隔てて作られたミックスゾーンにスピーカーを設置するように協会に要請。しかし、スピーカーから出た音が土俵上に漏れては力士も集中できない、と認められなかった。NHKの放送席も、四方を壁で囲って音漏れを防ぐなど、あの手この手で静けさが作られている。【大相撲取材班】

北勝富士(左)と立ち合う白鵬(撮影・河田真司)

TV中継は生存確認の場?大村崑は無観客も幸せ実感

阿武咲に押し出しで敗れ、ぶぜんとした表情で引き揚げる白鵬(撮影・上田博志)

<記者席から 緊急連載・厳戒の春>

無観客場所を“観戦の達人”はどう見ているのか? 喜劇俳優の大村崑(88)。かつて栄養ドリンク「オロナミンC」のCMなど、テレビに映らぬ日はなかった。最近はNHKの大相撲中継。向正面の砂かぶりで、よく“出演”している。「今場所は5日、見に行く予定でした。テレビに映らんかったら『死んだんか思うた』とよう言われます」。“生存確認”の場がなくなり? 苦笑いした。

初観戦は4歳、父に肩車されていた。戦前の1936年(昭11)だから実に84年前。力士はもちろん、行司、呼び出しの着こなしまで楽しむ。大阪在住だから、特に春場所、また名古屋場所には足しげく通う。

「無観客。無人の劇場でやる、私らの通し稽古と似てますな。でも、幸せでっせ。テレビの向こうにファンがぎょうさんおるんですから」。テレビで見て、新たな発見もあった。「拍子木の音とか、普段はあんな聞こえへん。白鵬の“ふ~っ”ちゅう息づかいも聞こえましたな」。

今回はたまたまだ。「我々にとって今場所はいい思い出になりまっせ。これから先“あの時、あんなんやったなあ”と思い出すのが、きっと楽しおまっせ」。前向きにとらえ、89歳の春場所はまた砂かぶりで楽しむつもりだ。【加藤裕一】

大村崑(2019年1月12日撮影)

無観客の春場所にタクシー行列 いつもと違う光景

無観客で執り行われる幕内土俵入り(撮影・河田真司)

<記者席から 緊急連載・厳戒の春>

繁華街からほど近くにある春場所会場のエディオンアリーナ大阪。その周辺に例年とは違う光景が広げられる。正面とは逆の協会関係者の出入り口がある、人通りの少ない車道に並ぶタクシーの列だ。普段は使わない若い衆らが複数人で乗り込む。注意喚起の周知で近隣への迷惑は抑えられているが、序盤は数珠つなぎになる混雑もあった。

3月1日の夜。ある部屋に突然、地元のタクシー会社の幹部が訪れた。理事会で無観客開催が決定し、力士の移動も基本的に公共交通機関を使わないことも発表された。関取衆は後援者らの送迎が多いが、若い衆は必然的にタクシー通いになる。それを見越した営業のあいさつだった。観光客の激減から「空港や新大阪駅に行っても客はいないし(夜の繁華街)北新地に行っても10時に人はまばら」と嘆く業界関係者にとっては、すがる思いだろう。

配車を優先する配慮もする。会場付近では“力士待ち”している空車も見受けられる。距離にして片道1万円以上かかる部屋もいくつかある。ただ、事が事なだけに“思わぬ経済効果”と喜ぶわけにはいかない。ある運転手は「お相撲さんに感染させてはいけない」と不安の声を漏らす。一方で逆に「感染する」リスクも等しくある。誰もが目に見えない相手と闘っている。【大相撲取材班】

初大銀杏に初土俵 一生一度の晴れ舞台も静寂の中

<記者席から 緊急連載・厳戒の春>

一生に一度の晴れ姿を、無音の会場で飾った力士もいる。初めての大銀杏(おおいちょう)に、真新しい締め込みで臨む新十両の翠富士は「静かだなと。ワーッという感じは来場所(十両に)残れば違うんでしょう」と、大歓声を想像した。8日目は日曜日。通常開催なら、女手1つで育ててくれた恵さんを会場に招くにはうってつけの日だったが「気にせず相撲を取れています」と快活に笑った。「親子3代」の幕内力士として注目を集める新入幕の琴ノ若は「逆にこの雰囲気にのまれないようにしたい」と浮足立つ様子はなかった。

新弟子にとっても、忘れられない場所になりそうだ。元横綱大鵬の孫で元関脇貴闘力の次男、納谷幸林(22=大嶽)は、3日目に初土俵を踏んで前相撲を白星デビュー。「もともと前相撲はお客さんが少ないと聞くので違いが分からない」と、ちゃめっ気があふれるコメントで報道陣を笑わせた。初場所から弓取り式を務める幕下将豊竜(23=時津風)も、独特な雰囲気に徐々に順応してきたという。序盤は親方衆の目線も感じたが「もういつもと変わりません。教わったことをやるだけ。相撲と一緒ですよ」と、泰然としていた。【大相撲取材班】

栃ノ心は「逆に緊張する」無観客の静寂に力士の思い

宝富士(左)を攻める栃ノ心(撮影・河田真司)

<記者席から 緊急連載・厳戒の春>

静寂に包まれた館内で、取組が行われている。心の持ちようは力士それぞれだ。

小兵の石浦は「あまり周りを見ないようにしている」と花道を通る時や土俵に上がる時に周囲を見渡さない。いつもなら約7000人はいる観客が0。目に入るのは審判、呼び出し、行司、出番前の力士ら数人のみ。「1人1人の顔が印象に残ってしまって気になる」。さらに「記者の方も…」と、2階席の一部にいる報道陣も気になるという。

無音に敏感になる力士も多い。三役復帰を目指す栃ノ心は「お客さんがいないと不安になる。本当に静かで逆に緊張する」と静けさが重圧になるという。一方で「誰も見てないから緊張しない」と魁聖。しかし声援がないからこそ「気合が入りにくい。いい緊張感が出ない」と正直だ。錦木は「シャッター音が気になる」。いつもなら声援にかき消されるはずの、報道陣のカメラのシャッター音に戸惑う時があるという。

「時間いっぱいになったらいつも気合が入りすぎて頭が真っ白になる。だからいつもと変わらない」と言うのは、十両上位からの幕内復帰を目指す照ノ富士。史上初の無観客開催に、それぞれが経験したことのない心理状態で臨んでいる。【大相撲取材班】

御嶽海(左)のまわしをつかみ力強く攻める白鵬(撮影・河田真司)

 取組を見るだけじゃ分からない、日刊スポーツの大相撲担当記者が土俵周辺から集めてきた「とっておきネタ」をお届けします。