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au版ニッカン★バトル

大相撲裏話

横綱の取組まで?いいえ、弓取り式までが大相撲です

 結びの一番を終えた後に行われる弓取り式。大銀杏(おおいちょう)を特別に結った序二段聡ノ富士(39=伊勢ケ浜)が土俵に上がるが、締める化粧まわしが6場所中、大阪だけ違う。いつもは日本相撲協会の物だが、春場所だけは関西の維持員で構成する「東西会」から贈られた物を使う。

 茶色の陣羽織を着て東と西のたまり席に座ることから東西会という。32年1月に、62人の関取のうち、待遇を不服とした48人が協会を脱退し、主に関西で興行を始めた「春秋園事件」で、戻るように説得したのが東西会の前身の十日会。それが実らなければ一時廃止となった大阪場所は、どうなっていたか分からない。

 37年に「大日本相撲協会 東西会」となって80周年の今場所、化粧まわしは20年ぶりに新しくなった。

 会には「カメラ、ビデオ、携帯の持ち込み禁止」など数項目の「観覧規定」があり、最後に「弓取り式が終了するまで絶対に座を立たぬ事」とある。一般客にもお願いしているという。川井敏彦副会長は「弓取り式までが大相撲ですから」。新横綱に沸く浪速の春だが、横綱の取組までが相撲、ではない。【今村健人】

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「しんどいけど楽しみ」「休んでほしい」稀勢の里

 ファンも親方も力士も、負傷を負いながらも土俵に立った新横綱稀勢の里を、さまざまな思いを胸に見届けた。

 相撲ファン歴30年で稀勢の里の場所入りを見届けた50代男性は「これで優勝したら貴乃花の再来や。しんどいと思うけど楽しみやわ」と期待した。一方で30代女性は「休んでほしい。だけど見られるのはうれしい。でも来場所休場になったら寂しい」と複雑な思いだった。

 土俵下に落ちた稀勢の里の至近距離にいた片男波審判員(元関脇玉春日)は「昨日はかなり痛そうにしていた」とその時の状況を話した。だからこそ出場について「覚悟があるから土俵の上に立つんじゃないですかね」と横綱として責任を果たす姿勢に感心した。

 この日胸を合わせた鶴竜は、横綱同士だからこそ分かる葛藤を明かした。「まぁ同じ立場だったら、出るかもしれない。諦められないよね。優勝の可能性があるからね。悪くなるかもしれないけど」と自分のことのように話した。

 本来の力とはほど遠い相撲で2敗目を喫した稀勢の里。読者のみなさんは、どのように感じただろうか。【佐々木隆史】

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角界は堂々「ゆとり世代」 昭和生まれ関取を上回る

 春場所では平成生まれの関取が36人となり、昭和生まれ関取(34人)の人数を初めて上回った。世間では「ゆとり世代」などと呼ばれ、打たれ弱さなどがしばしば指摘されるが、角界の平成生まれはひと味違う。

 関取最年少で20歳の貴景勝は敗れても堂々としている。10日目には自分より55キロ軽い、114キロの石浦に押し出されて土俵下まで転げ落ちた。支度部屋で「なんですかね。うまいこと肩口を…」と言いかけてから吹っ切れたように言った。「まあ弱かったから。ただ単に実力がなかった。横綱に勝っても1勝。序ノ口に負けても1敗」と、潔く独特の言い回しで反省した。

 24歳の北勝富士は、右ふくらはぎの肉離れを抱えながら土俵に立っている。ここまで6勝7敗。6割程度の力しか出せていないというが、「最初は3割ぐらいの力だった。でも師匠(八角親方)から『やりながら治すんだ』と言われた。どうやって治すんだと思ったけど、今は実行できているかな」。困難な状況に直面しても気持ちは前向きだ。

 もちろん、ほかの平成生まれの力士も負けていない。平成2年生まれの大相撲担当1年目の記者には見習うところばかりだ。【佐々木隆史】

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意外と多いスケート力士

相撲観戦に訪れた本田きょうだい。左から太一、真凛、望結、紗来(撮影・鈴木正人)

 氷上のプリンセスに、力士たちも色めいた。フィギュアスケート本田真凜の来場を知って、まずは幕内最年少の20歳貴景勝が心を弾ませた。「めっちゃ好きっす。結婚したいっす」と、ややフライング気味にラブコール。大阪出身の勢も「彼女は京都出身ですか? 近いですね。僕も違う競技は勉強になると思ってるし、同じ関西出身だし機会があれば話をしたい」と“異業種交流”を熱望した。

 砂まみれになって番付を上がってきた関取衆の中には、さすがにフィギュア経験者はいないが、アイススケートに親しんできた北国育ちは多い。岩手・盛岡市生まれの錦木は「ある程度は滑れる。体重の掛け方で曲がれるから面白い」。モンゴル出身の千代翔馬は「冬はスケートが遊びだった。後ろ向きで滑れますよ」と意外な事実を明かした。

 八角理事長(元横綱北勝海)も、長野五輪スピードスケート金メダルの清水宏保らを輩出した北海道・十勝地方出身。「スケートが盛んだった。膝を強くするには一番いい」と懐かしがる。その上で、将来が楽しみな本田へ「違う競技を見るのも勉強になるんじゃないかな。楽しんで帰ってもらえれば」と優しい言葉を贈っていた。【木村有三】

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快進撃の照ノ富士 不思議な力が後押ししてる?

 快進撃を続ける照ノ富士には、何かがついているのかもしれない。

 伊勢ケ浜部屋の稽古場は、大阪市内の公園内にある。稽古後は全員でそんきょ姿勢を作り、公園の守り神として地蔵が設置している東方向を向いて、勝利祈願を込めて黙とうを行う。だが照ノ富士だけは南西を向く。本人は理由を口にしないが「土俵祭りが終わると神様がいるから」と、ある関取。土俵祭りは会場の本土俵で行われる、安全と興行の成功を祈念する行事。その縁起にあやかり、土俵祭りが行われた11日から会場方向を向いて黙とうをしている。

 そして自身4度目のかど番から自己最速の9日目に脱出。1敗を守り、15年夏場所以来2度目の優勝も狙える快進撃。それにあやかろうと、その他の力士も今では南西を向いて黙とうを行っている。

 昨年初場所を途中休場の原因となった左膝半月板損傷の手術から1年。ケガに苦しんだが、復活の兆しが見えてきた。本人の血のにじむ努力はもちろんだが、加えて不思議な力が後押ししているのかもしれない。【佐々木隆史】

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白星比例 稀勢の里グッズも売り上げ伸びてます

 稀勢の里は、土俵の外でも輝いている。会場内の松本売店の松本啓一店長は「熱気が違う」と去年までとの違いに興奮した。

 販売されている稀勢の里関連グッズは約30個。連日、欠品になる商品が出て1、2日の入荷待ちは当たり前。中でも1番の売れ行き商品は「稀勢の里」と書かれた応援タオル。1日10個売れれば御の字のところ、平均で20個以上売れており合計で200枚以上売れている。早めに再入荷し「欠品しそうだった」とうれしい悲鳴を上げた。

 大阪独自の商品で盛り上げたいと、今場所限定商品も販売されている。大阪出身関取の名前をローマ字で並べて「OSAKA」と書かれたタオルも売れ行き好調。大相撲大阪売店組合の小林久爾夫会長も「稀勢の里効果と相まって2、3割は売り上げが伸びている」と喜んだ。

 一般的に、成績不振の横綱、大関陣が多いと、商品全体の売り上げも落ちるという。白鵬、豪栄道が休場し、2横綱が3敗と元気がない。それでも売れ行きは「稀勢の里のおかげで全然落ちていない。このまま勝ち続けてもらいたい」と松本店長。星と売れ行きの伸びに期待いっぱいだった。【佐々木隆史】

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沸いた!! 代役審判振分親方の場内説明

物言いがついた取組を説明する振分親方(撮影・鈴木正人)

 昼下がりの場内が沸いた。二番出世披露後、十両土俵入りまでの31番のうち3番が物言いに。際どい勝負のたびに観客に協議の説明をしたのは、今場所2度目の審判長を務めた振分親方(元小結高見盛)だった。

 最初の2番は何とか説明をこなしたが、3番目の幕下琴太豪-千代嵐戦で混乱した。「両者の体(たい)が…」と言った後に詰まる。通常なら「落ちるのが同時と見て取り直しにします」と続けるところだが「が…と…ど……」と次の言葉が出てこない。向正面の錣山親方(元関脇寺尾)が「落ち着け」と言わんばかりに、両手を下げるポーズを取り、ようやく「土俵の外に出ており取り直しにします」という表現で終えた。

 休場の陣幕親方(元前頭富士乃真)の代役として、今場所は同じ高砂一門から急きょ審判を任された振分親方。場内は「しっかりしゃべれ~」とヤジも飛ぶ中、必死に説明しようとする姿勢に生真面目な人柄がにじみ「高見盛~」という励ましもあって笑いが生まれ、和んだムードに。本人は「先輩方に話し方を教えてもらってるけど、今日は50点。細かく話せなかった」。花形の審判は責任も大きいだけに素直に反省したが、何をしても注目される独特の存在感は親方になっても健在だ。【木村有三】

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中学時代の“芸名”スマイリー宇良

 たくましくなった教え子を、熱いまなざしで見つめていた。宇良の大阪・寝屋川五中時代の担任だった竹下智子先生(45)が、大相撲を初観戦。貴景勝に敗れたが「感動しました。場所前に稽古見学した時に『一生懸命やります』と言ってくれたんで、そういう相撲を取ってくれてうれしかった」と、声を上ずらせた。

 中学時代の宇良少年を、恩師は「のんびりした子。クラスでは癒やし系でした」と振り返る。驚いた出来事もあった。2年時の文化祭。有志で出し物をすることになり、宇良も友人と2人組で登場。相棒がジャグリングを披露した後、マットの上でバック転、前転宙返りと、アクロバットショーを独演した。「スマイリー宇良」という“芸名”を自ら名乗り、会場は大盛況に。当時150センチ、50キロほどで小柄なぽっちゃり体形だった宇良が、体操選手のような機敏な動きを見せたことに、竹下先生も「こんなんできるの!」と目を奪われたという。

 あれから約10年。173センチ、132キロまで成長し、さらに大きな相手と戦う教え子に、恩師は「勝ち負けより思い切ってやると宇良も言ってるので、そういう自分の相撲を取っていってほしい」と願った。【木村有三】

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Yes資金援助!!大阪大で土俵開き

大阪大相撲部員と勢ら。前列左から3人目が高須克弥院長。2列目左から4人目が中山皓太郎前主将(撮影・木村有三)

 高まる相撲人気の波及効果は、角界以外にも表れ始めている。春場所前、大阪大で土俵開きが行われた。創部6年目の相撲部はコンクリート上にマットを敷いて稽古していたが、頭を強打する部員が出るなど、ケガ人の多さが悩みだった。

 そこで前主将の中山皓太郎(3年)は考えた。高須クリニックの高須克弥院長が、リオ五輪男子サッカーのナイジェリア代表に資金援助したニュースを見て「相撲部の援助もお願いしよう」と決意。マットがよれて足が引っかかり、すり足もできない状況を説明し、土の土俵で稽古したい思いを手紙に書いた。好角家の同院長は、その熱意を感じとり「転んでバカになったら国家の損失」と500万円の援助を決め、立派な土俵が造られた。相撲への理解が深い経営者の登場も、人気の高まりがあってこそだろう。

 4月から4年生の中山は、経済学部で金融工学を学ぶ。身長183センチで相撲の実力も十分。昨年の西日本学生85キロ未満級で優勝し、全国3位。「学生最後の1年はすべて相撲にささげたい」。念願の土俵で稽古を積めば、琉球大の一ノ矢、名古屋大の舛名大(ともに元三段目)に続く国公立大を経ての角界入り、という夢も膨らむ。【木村有三】

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今回もなのか 衰え目立たせる「4横綱時代」

 やはり、これが「4横綱時代」の厳しさなのか。曙、貴乃花、若乃花、武蔵丸以来17年ぶりに華々しく幕が開いた4横綱時代は、白鵬の休場によって1場所目から頓挫した。まるで過去の時代の例に倣うように。

 過去15度、計73場所あった4横綱時代は10例が1年と持たなかった。1場所15日制となった49年夏以降、全員が2桁白星を挙げたのは60場所中たった4場所しかなく、全員の皆勤出場すら9場所しかなかった。2日目に27年ぶりに4横綱全員勝ったが、今場所、安泰はこの1度だけだった。

 やはり、先輩横綱の衰えによって新しい力士が台頭し、誕生するのが4横綱時代なのか。加えて「金星のチャンスが4度ある」と言う関取がいるように、下克上を狙う三役以下の目の色が変わってきたのも事実。増えた分だけ、衰えもより目立つようになる。4横綱の難しさを尋ねられた日馬富士は「分からない。初めてだから」と戸惑った。

 八角理事長(元横綱北勝海)は「けがだから仕方ない。治せばいつも通りの白鵬が戻ってくる」と衰えではないとみる。その答えが分かるのはこれから。ただ「自分の責任を果たさないとという気持ちがある」と鶴竜。1人の横綱の休場が、残る横綱に緊張感をもたらしている。【今村健人】

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大波3兄弟揃って本土俵

 荒汐部屋の大波3兄弟が、そろって本土俵に上がった。先陣を切ったのは、今場所が初土俵で三男の三段目若隆景(わかたかかげ、22)。白星で弾みをつけたが、続く長男の幕下大波(25)が黒星。3人の取組があることには「昨日、気付いてました。これで(次男の)剛士が勝ったら立場がない」と苦笑い。それを聞いていたかのように幕下剛士(23)が、元十両の朝弁慶を破って白星で締めた。

 3兄弟力士は過去に6組いる。中でも元十両鶴嶺山、元関脇逆鉾(現井筒親方)、元関脇寺尾(現錣山親方)は唯一の関取3兄弟として有名だ。最初の3兄弟は幕下小林、関脇輝昇、序二段輝櫻で、1944年までさかのぼる。現役では佐渡ケ嶽部屋の三段目琴大龍、序二段の琴虎と琴大村に続いて2組目になる。

 大波は「三男とはよく飯に行きますね。話も相撲の話で盛り上がる。次男は変わり者」と言い、剛士は「三男には負けられない」。若隆景は「3兄弟で関取になれたらいい」と話をまとめた。師匠の荒汐親方(元小結大豊)からは、最初の関取に他の2人が付け人を務める案が浮上中。「それだけは嫌」と3人仲良く口をそろえた。【佐々木隆史】

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初逆転 平成生まれ36人、昭和生まれ34人

昭和と平成生まれの関取数

 新横綱の登場で沸く春場所。人気沸騰の角界には、徐々に世代交代の波も押し寄せている。その指標になる数値が出た。平成生まれの関取数が36人になり、34人の昭和生まれを初めて逆転した。昨年の春場所は平成27人、昭和43人で16人の差があったが、今年初場所でともに35人で並び、今場所は平成6年生まれの朝乃山が新十両に昇進したことで追い抜いた。

 平成生まれで初めて関取になったのは高安と舛ノ山で10年九州場所だった。それから7年弱、平成元年生まれが28歳になる年での“昭和超え”に、昭和最後の白星を残している芝田山親方(54=元横綱大乃国)は「遅かったんじゃないの」と苦笑交じりに注文をつけた。

 19歳で関取になり、25歳で新横綱場所を迎えた同親方は、28歳で引退しているだけに、若い世代のさらなる奮起を期待する。

 「特に平成5、6年生まれの力士はもっと稽古をガンガンやって、攻防のある相撲を取ってほしいね。御嶽海のような元気のいい若手が、どんどん出てきてほしい」。経験豊富な昭和生まれと、勢いに乗り台頭する平成生まれの激しいせめぎ合い。そんな相撲が増えれば、角界はさらに盛り上がる。【木村有三】

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高校アームレスリング王者臼井、頑張ります

町田(左)と激しい取組をする臼井(撮影・鈴木正人)

 異色な経歴を持つ力士がまた1人、前相撲で土俵に上がった。身長168センチ、体重68キロで筋肉質な上半身を誇る臼井(18=錦戸)は、昨年の全国高校アームレスリング選手権ライト70キロ級のチャンピオン。経験のなかった相撲では負けてしまい「難しいですね」と苦笑いした。

 引退後にアームレスリングに挑戦し、大会で優勝の経験もある谷川親方(元関脇北勝力)は「相撲とはまったく別」と指摘する。「目指すは無差別級日本一」と宣言し、アームレスリングの道場に通うほど熱を入れているからこそ、相撲との違いが分かる。強い腕力はまわしを単につかむ動きには生かされるが、手首の使い方が違うという。アームレスリングは手首を固めるが「まわしはそうはいかない。上からも下からもつかむし、動きもある」と力説。「これからは相撲の筋肉も付けないとね」とアドバイスを送った。

 臼井が角界の門をたたいたのは、女手一つで育ててくれた母のためだ。2年前に病気を患い車いす生活を送っている。「経済面で助けたい」。腕相撲の力を相撲の力に変えて、頂点を目指していく。【佐々木隆史】

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「土俵の鬼」から隆の里の“血”受け継ぐ稀勢の里

 稀勢の里の横綱の道が始まった。待ち望んだその晴れ姿を、在りし日の2人の親方に重ねる人がいた。

 大阪で田子ノ浦部屋を応援する総合物流企業「間口グループ」の前田克巳会長(69)は「土俵の鬼」と呼ばれた初代若乃花が、二子山部屋を興した1年後の63年に入門した。「大二子」「剛勇」のしこ名で親方の付け人頭を務め、入門から5年後に稀勢の里の先代師匠、隆の里が入ってきた。

 「若乃花師匠は『力士たるもの、土俵の中で汗と涙と血を流せ。相撲道のみ追求しろ』という教えでした。『土俵の中に人生の宝が埋まっている。それを自分で掘り起こせ。人の力を借りず、砂にまみれてやるんだ』と。その師匠を一番尊敬し、真に精神を受け継いだのが隆の里でした。その愛弟子の稀勢の里には、間違いなく若乃花師匠の『血』が受け継がれている。それがすごくうれしい」。

 2日に行われた部屋の激励会で、前田会長は「2人に見せたい」と、夫人から譲り受けた若乃花の二子山理事長時代の紋付き羽織はかまと、隆の里の羽織ひもを身につけた。「横綱になった以上、名横綱と言われるようになってほしい。相撲道の道をたがえることなく、誰の目から見ても立派な横綱に」。そう願った。【今村健人】

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宇良託された木瀬親方の“夢”技能賞で師匠に応える

宇良

 大相撲春場所(3月12日初日、エディオンアリーナ大阪)の番付が発表され、注目の宇良(24=木瀬)が史上7位の所要12場所でスピード新入幕を果たした。関学大から初の角界入りを決めた2年前の会見では「2年で関取になりたい」と語っていたが、その目標は1年で成し遂げ、2年で幕内まで駆け上がった。

 入門前の会見を振り返り、宇良は言った。

 「とにかく高い目標をと思って、2年と言ったんです。最初は3年で、と思ってたんですけど、関学大の相撲部OBの方にそういう話をしたら『それじゃあ遅いんじゃないか』ということで、2年と大きく言ってしまいました」。

 謙虚に打ち明けたが、実は史上7位どころか、史上最速入幕をひそかに狙っていた時期があった。それは、十両2場所目の昨年名古屋場所だった。宇良は西十両8枚目で11勝を挙げ、番付上の幸運があれば一気に新入幕を果たせたのだが、残念ながら1枚足りず翌場所は東十両筆頭止まり。史上1位の所要9場所での最速出世を逃し「1位というのは違いますから…」と、悔しがっていた。

 その後もすぐに入幕するかと思いきやその名古屋場所では右足首の腱(けん)を痛め、続く秋場所でも左手首を骨折とけがに悩まされ、番付は足踏み状態に。「3年で上がれればいいですよ」と慎重になっていた時もあったが、待ちわびる地元大阪のファンに合わせるように、春場所での昇進となった。

 師匠の木瀬親方(元前頭肥後ノ海)は「稽古は真面目に取り組んでくれてますので、その結果ですよね。どういう稽古すればいいのか分かってますから。その結果、こういう早い出世になったと思いますよ」と目を細める。そして「三賞も何も取ったことない親方だから。取ってほしいですよ」と、自身が53場所務めた幕内で1度もつかめなかった“夢”を弟子に託した。宇良の夢の1つが、技能賞だ。気持ちで負けず、諦めない心で繰り出す技で勝利をつかみ、夢をかなえる瞬間を楽しみにしたい。【木村有三】

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「気は長く、腹は立てず」土俵の鬼の教えが染みる

「土俵の鬼」の初代若乃花の花田勝治さんが記した字

 残念ながら、お目にかかったことも、話を聞いたこともない。「土俵の鬼」と呼ばれた初代横綱若乃花であり、元二子山理事長の花田勝治さんに。

 周りの人からは「厳しかった」ということを聞く。弟子にも、自分自身にも。そして豪快な伝説も、いくつも耳にした。若かりしころ、兄弟子だったあの力道山と、田んぼに落ちたスポーツカーを2人だけで持ち上げたほどの怪力だったとか…。聞けば聞くほど、すごい方だと感じていた。

 孫弟子に当たる稀勢の里(30=田子ノ浦)が「土俵の鬼」の化粧まわしを着けて横綱土俵入りをこなしたことで、そのいでたちが再び思い起こされたのが、ここ1カ月だった。先述したように、ご本人に直接お会いしたことはないが、印象に残る出来事が1つあった。数年前、親族の方にお会いした際に、飾られていた「字」が目に留まった。それは花田さんが好んでよく書いたという、不思議な字体だった。

 花田さんは「氣」という字が好きだった。書かれていたその字は確かに「氣」。ただ、4画目の“はらい”と言えばいいだろうか、それが長かった。さらに、その上に「腹」という字を左に90度倒して書いていた。何と読むのだろう-。そう思って眺めていたら、意味を解説してくれた。

 「気はなが~く、腹は立てず」。

 土俵の鬼と呼ばれた花田さんがいつから、この心構えを持っていたのかは分からない。ただ、稀勢の里の先代師匠であり、花田さんの弟子だった鳴戸親方(元横綱隆の里)は糖尿病に苦しみながら克服し、30歳で横綱に昇進した。この言葉通り、辛抱強く待ったかいがあったことだろう。

 ただ、ときは流れて今に至る。あらためて振り返れば、これはまるで稀勢の里のファンら、見守る人たち全員に向けられていた言葉のようにも感じられてしまう。

 「気は長く、腹は立てず」。土俵の鬼の教えが、心に染みてきた。【今村健人】

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稀勢の里横綱昇進がもたらす化学反応、高安ら刺激に

日本大相撲トーナメントで横綱土俵入りを披露する稀勢の里。太刀持ち高安(写真は2017年2月5日)

 地位が人をつくる-。古くから角界で伝えられてきた言葉だ。地位相応の立ち居振る舞いが求められ、とりわけ横綱ともなれば、全力士の範となることが要求される。前記の言葉は、求められる素養が、その地位に立てば自然と備わるという意味で使われる。新横綱の場合、既に自覚という部分では備わっている。

 横綱昇進が決まった先月25日、稀勢の里(30=田子ノ浦)は、求められる横綱の品格について「自分の中では見本、手本となる力士が、そう」と発し、さらに「これから伸びてくる若い力士も引っ張り上げないといけない」と続けた。角界の頂点を目指し公私の「私」だけを考えればよかった地位から、全体のことも考える「公」も求められる。“横綱初日”にして品格という部分では、まずは合格点といえよう。

 稀勢の里の横綱昇進で、さまざまな“化学反応”が期待される。横綱が述べた前述の「若い力士も引っ張り上げないと」の言葉の意味に、まずは弟弟子の高安(26)を大関に上げるという気持ちが込められていると思う。その高安の心中やいかに-。13日に、田子ノ浦部屋の稽古取材に訪れた際、胸の内を聞くことが出来た。「自分が上(大関)に上がることが、いろいろなことにつながる。自分が上がることで、どんな影響があるのかが分かりました。だから責任感を持ってやりたい。期待に応えたいです」。

 折しも当日は、初場所優勝の福島県知事賞の贈呈式が行われ、目の前の上がり座敷で稀勢の里が表彰される姿を目の当たりにした。茨城の同郷として、新横綱が故郷に凱旋(がいせん)する姿も、メディアを通して目にしただろう。もちろん稽古場で見せる横綱の風格も、目に焼き付けたであろう。初場所で2横綱3大関を破り11勝。大関取りの再スタートを切った高安が刺激を受けないわけがない。新横綱誕生は、1人の力士の闘志に火を付ける化学反応となって、確実に表れた。

 刺激を受ける力士は、いっぱいいる。17年ぶりの4横綱時代。4人が総当たりになる異なる4部屋での「横綱カルテット」となると80年九州場所以来、約37年ぶりとなる。だが4横綱時代は、過去の例では長くは続かない。年齢的な衰えやケガが原因で自然淘汰(とうた)され、ほどなくして引退に追い込まれるケースが多々、あった。モンゴル出身の先輩3横綱も指をくわえて見ているわけにはいかない。

 “眠れる大器”に火を付けた上位陣にも「オレも続く」という気持ちが芽生えておかしくない。そもそもは昨年初場所、琴奨菊(33=佐渡ケ嶽)が初優勝したことが稀勢の里の導火線に火を付けたと言っても過言ではないだろう。同秋場所の豪栄道(30=境川)の全勝優勝もしかり。30歳6カ月で頂点に立った大器晩成の新横綱に、平幕のベテラン勢も勇気づけられたであろう。大相撲春場所(3月12日初日、エディオンアリーナ大阪)は稀勢の里の動向とともに、そんな周囲の化学反応にも期待したい。【渡辺佳彦】

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白鵬が新横綱稀勢の里に見せる強気と優しさ

握手を交わす白鵬(左)と稀勢の里の両横綱

 新横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)の誕生に、日本中が沸いている。角界も例外ではなく「おめでたいこと」「いい刺激になりますね」と、話す力士も多い。横綱鶴竜(31=井筒)も「気合が入る。いい存在になる」と、歓迎ムードだ。

 そんな中、横綱白鵬(31=宮城野)には、並々ならぬ思いがあった。初場所では最後まで優勝を争った相手。これまで何度も稀勢の里の壁になったが、ついに超えられた。横綱10年目の大先輩として、思うこともいろいろある。初場所後からの、稀勢の里への言動を振り返ってみた。

 稀勢の里の明治神宮奉納土俵入りをテレビで見た白鵬は「顔が緊張してたね。夢の明治神宮だもんね。横綱にしか出来ないからね」と余裕の表情を見せ、このフィーバーぶりも「時間の問題でしょう。春場所は見せてやりますよ」と、ニヤリと顔を作って話したことがあった。時には「今度は自分らしい取組で先輩横綱の意地を見せたいと思う」と、ライバル心をのぞかせたこともあった。

 一方でこんな一幕もあった。稀勢の里の横綱昇進に「(横綱になるのは)時間の問題だったんでしょうね。大関は5年間? 立派に務めた力士だからね」と、褒めたたえたり「右も左も分からないでしょ。1場所経験してあらためて実感沸くと思うよ」と、経験談からアドバイスを送ったこともおあった。さらに「今はうれしさと勢いを大いに感じている。これからが大変だね」と、案じたこともあった。

 振り返ってみると、稀勢の里に対して強気を見せる一面と優しさを見せる一面が、ほぼ半分ずつだった。もちろん土俵の上では、ガツン! と行きたいところ、だが「五分で戦っていきたい。控えめに」。顔は笑っていたが、目の奥には燃える何かがあった。【佐々木隆史】

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寒さに強い逸ノ城、荒れる春場所での取組に期待

逸ノ城

 今年の初場所は、雪の被害こそなかったが、寒波に見舞われ寒い日が多かった。寒さ対策は人それぞれ。千代の国は「夏でも着けてるんですが、おなかが冷えると下痢になるので」と、取組が終わって風呂から上がると支度部屋では、まず腹巻きを着けていた。

 そんな中、厳しい寒さにも「大丈夫です」と力強く答えていたのが、逸ノ城だ。祖国モンゴルの冬は「マイナス15度とか、それが普通でした」と言うだけに、寒さには慣れたものだ。しかも、逸ノ城は元遊牧民。凍える寒さの中でも、ゲルの中より外にいる時間が長かったと言うだけに、寒さに対する“免疫”は相当なものだ。

 「冬でも仕事をするんですよ。動物の世話です。犬とか動物のうんちとか拾ったりしてました。牛のうんちは乾かして、ストーブに入れる。燃料にするんですよ。仕事をやってる時は、寒くても汗びっしょり。逆に暑かったです」。

 逸ノ城の家族が飼っていた家畜は、牛が約50頭、羊は約400頭。冬場でも放牧し、逃げないように外で監視していたという。川まで水をくみに行くのも、逸ノ城の仕事だった。

 腰を痛めて昨年秋場所は初めて全休し、同九州場所でも精彩を欠いたが、寒さの中の初場所では11勝を挙げて、優勝争いを盛り上げた。西前頭13枚目から、春場所は前頭中位まで浮上するのは確実。荒れる春の主役候補に、名乗りをあげそうだ。【木村有三】

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横綱稀勢の里誕生で「二所ノ関一門」の絆より強固に

田子ノ浦部屋で麻もみする若手力士たち

 ついに。とうとう。やっと。ようやく。まさか本当に。そんな気持ちがいっぱいある。稀勢の里(30=田子ノ浦)の初優勝、そして第72代横綱昇進は。

 新横綱については連日、多くの報道がなされている。ご多分に漏れず、弊社も。なので、ここでは別の話を。といっても、稀勢の里関連に違いはないが。

 昇進伝達式の翌26日、東京都江戸川区の田子ノ浦部屋に、続々と人が集まってきた。芝田山親方(元横綱大乃国)が1番手。その手には、土俵に下りるための足袋があった。続いて豪風、嘉風、天風の尾車トリオ。荒磯親方(元前頭玉飛鳥)の後には高田川親方(元関脇安芸乃島)とその弟子の輝、竜電が続いた。その後も続々と…。

 いずれも二所ノ関一門。そう、新横綱の新しい綱をつくる「綱打ち」に一門の親方衆、関取衆が集結した。親方16人はほとんど。12人の関取は全員だった。部屋の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)と西岩親方(元関脇若の里)、高安も加わる。部屋は大いににぎわった。この姿に、二所ノ関一門の団結力を見た気がした。

 初場所でかど番大関として負け越し、関脇に陥落する琴奨菊の心境を、周囲は少し推し量ったかもしれない。それでも紅白のはちまきを頭に、笑顔を見せながら綱をよった。「すごいね。縁起物だからね。しっかり務めさせてもらいました。横綱はすごいこと。自分も来場所頑張る」。

 豪風は、37歳の幕内最年長ながら初めての体験だった。「この世界に入って、綱打ちを経験しないで終わった人もいる。やっとつかんだこの経験ですよね」。太鼓をたたいて「ひい、ふの、み」の掛け声を呼んだ。

 露払いを務める松鳳山は「横綱から直接『よろしくお願いします』と電話がありました。ありがたい、光栄なことです。これからその役割を外されないように頑張らないと」と笑った。

 初優勝からこれまで、稀勢の里は事あるごとに「自分にできることは、そういう人たちを引っ張り上げること。感謝の気持ちを込めて稽古したい」と言ってきた。そして「やっぱり、高安を大関に引き上げるのも、自分の使命」だと。

 伝え聞いた高安は「最高のお言葉ですね」と感激し「体を追い込むしかない」と決意を新たにしていた。

 現在の相撲界の一門は6つ。場所前、必ずと言っていいほど連合稽古を開くのは今、二所ノ関一門だけしかない。“身近”な稀勢の里の横綱昇進によって、新たな刺激を受ける力士ばかり。その刺激を吸収して力に変えようとする力士ばかりだった。

 思えば初場所の幕内42人を一門別に分けると、時津風と出羽海の各8人を抑えて、二所ノ関一門の10人が一番多い。三役で勝ち越した玉鷲、高安もいる。新横綱の誕生によって今後ますます、つわものどもが生まれ育っていく予感がする。【今村健人】

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異論ある中で魁皇文句なし「さらに強く」

 ある親方は「これは私が言ったとは書かないでね」と匿名を前提に声をひそめて話し始めた。

 「稀勢の里の横綱昇進は、白鵬とやる前に決まったでしょう? 今場所の大関戦は1勝1敗で、休場した横綱2人と対戦していない。昇進が決まった段階で、格上に勝っていない。連続優勝でもない。『綱とり場所』とも言われていなかった。プレッシャーを乗り越えて横綱になった人とは違う。これは不平等だよ」

 審判部は総意として昇進を推す一方、内部にはこんな意見もある。昇進に賛同しない相撲ファンもいる。

 5度も優勝しながら、横綱になれなかった元大関魁皇の浅香山親方はどう思うか。「俺は優勝して休場しての繰り返し。稀勢の里は安定しているし、年間最多勝もある。横綱より成績がいい。文句はないでしょう」と指摘した。この昇進は、稀勢の里にとって重圧になりえないだろうか。「それは本人しか分からない。横綱になったら、さらに強くなって、もっと優勝しそうな感じがする。これまでもすごいプレッシャーがあった。耐えられる力は十分ある」。

 私も、横綱稀勢の里には異論をはね返す力があると思っている。【佐々木一郎】

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兄弟子元若の里「強くなると思ったらあっという間に」

 悲願をかなえた弟弟子の涙を見て、かつて一緒に汗を流した部屋付きの西岩親方(40=元関脇若の里)も胸がいっぱいだった。

 「まだ実感が湧かない。信じられない。一番の要因は、他の3人の大関が先に優勝して、自分だけ優勝していない状況で、その悔しさ。そのことが稀勢の里に火を付けた」

 稀勢の里が15歳で初土俵を踏んだ02年春、25歳だった若の里は既に小結だった。「僕が一番元気なころに入ってきた新弟子。毎日のように、稽古つけましたから」。ぶつかり稽古で倒れると、気合の蹴りも浴びていた弟弟子。それでも、くじけず立ち上がってきた。

 「ついてきましたからね。毎日泥だらけ、血だらけでになってやってました」

 入門から6年、08年初場所で初めて番付で追い越された。「これは強くなるなと思ったら、あっという間に強くなった」。うらやましかったのは、ずぶとさだ。「(血液型が)バリバリのB型。普段の生活からずぶとい。スポーツ選手はB型で大成する人が多い。僕はO型、だから関脇止まり。B型だったら、もう1つ上に行けたかもしれないな。ハハハ」。元兄弟子は目を細めつつ、注文も忘れない。「これで終わりじゃない。これからが大事だ」。【木村有三】

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今年も“売れる春場所”期待

 初場所も終盤を迎え、気が引き締まってくるのが、春場所(3月12日初日、エディオンアリーナ大阪)の担当親方だろう。12日目から富士ケ根(元小結大善)中立(元小結小城錦)中川(元前頭旭里)親方らが、大阪へと出張した。

 春場所新担当部長の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は青森出身だが、近大に通っていただけに関西との縁は深い。現役時代は81年に序ノ口優勝、82年の新十両、83年の新入幕とも春場所。「大阪ではよく応援してもらいましたよ」と懐かしがった。食い倒れの街と言われるだけに「ふぐはよく食べたね。てっさ、てっちりもね。あとは、鶴橋の焼き肉。何せ食べ物がおいしい」と「食」の思い出も焼きついている。

 昨年は15日間入場券が完売する満員札止めの盛況だった。伊勢ケ浜親方は「今年も全部売れてくれれば」と期待する。幸い地元関西の関取衆の顔ぶれも多士多彩。大阪勢は休場した豪栄道が心配だが、勢、大翔丸に宇良が加わり、兵庫勢は妙義龍と貴景勝に再十両確実の北はり磨。奈良出身の徳勝龍もいる。同親方の弟子で淡路島出身の照強は13日目に8敗目を喫したが、まだ十両残留の可能性はある。故郷に錦を飾るためにも、千秋楽が勝負だ。【木村有三】

※北はり磨のはりは石ヘンに番

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宇良跡継ぎ「居反りの一木」

竜勢(左)に居反りを決める一木(撮影・中島郁夫)

 まだ観客の少ない館内がざわついた。西幕下24枚目一木(いちき、23=玉ノ井)と同幕下25枚目竜勢の一番。一木の決まり手は「居反り」だった。一木は「初めてです」と興奮気味に振り返った。幕下の中でも実力が拮抗(きっこう)する、30枚目以上同士の対戦では、95年夏場所の千代の翔以来となる、22年ぶりの珍手だった。

 一木は身長172センチ、体重105キロの小兵タイプ。対する竜勢は181センチ、120キロ。一木の左肩越しから、半身になりながら左上手を取る相手を左肩に乗せて「必死にくらいつきました。(居反りは)流れでした」と、腰を深く落として、万歳するように後方に投げた。

 居反りは幕内では64年夏場所の岩風、十両では93年初場所の智ノ花以降、出ていない。だが、それよりも勝ったことがうれしかった。「とりあえず勝ち越せた」と16年初場所の前相撲での初土俵から6場所連続で勝ち越したことを喜んだ。

 居反りの代名詞とも言える十両宇良は「自分は関係ないです」と言いつつ「居反りキャラはどうぞ。跡継ぎで」と譲った。角界入りしてまだ2年目の一木。「相撲の型はまだ決まってないんです」。居反りの一木と呼ばれる日はくるだろうか。【佐々木隆史】

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苦労人荒鷲見守る花籠親方

荒鷲(左)と花籠親方

 日馬富士に続き鶴竜も休場となり、大荒れの初場所。その一翼を担うのが、西前頭2枚目の荒鷲だ。6日目の鶴竜に加え、8日目は白鵬も撃破。鶴竜戦の初金星は、外国出身では最も遅い(昭和以降)初土俵から85場所目での獲得だった。

 ようやく注目を浴びたモンゴル出身の30歳は、2度の部屋移籍を経験した苦労人。ということは、師匠も3人いる。入門時の荒磯親方(元小結二子岳)、現在の峰崎親方(元前頭三杉磯)。そして、荒磯親方が定年を控えた08年秋場所後に、荒鷲を引き受けた花籠親方(元関脇太寿山)だ。元弟子の活躍に、現役時「ムーミン」の愛称で親しまれた花籠親方は「20件以上おめでとうメールが来た。うれしいね」と目を細めた。

 移籍当時、幕下中位だった荒鷲を見た花籠親方は「腕っぷしが弱い」と、てっぽうをさせ続けた。後方で腰を押さえて負担をかけ、全身の筋力も強化した。そのかいあり11年名古屋で新十両昇進。だが、翌12年夏場所後に、花籠親方は経営上の理由で部屋を閉じた。

 ただ、現在も峰崎部屋付きとして荒鷲を見守る。「しぶとくなった」と成長を喜び「ケガなくやって三役に1度でもなってくれれば」。前師匠は、優しい目でそう願った。【木村有三】

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阪神大震災の日に誕生、照強22歳バーズデー飾れず

琴恵光に寄り倒しで敗れる照強(撮影・野上伸悟)

 阪神・淡路大震災が発生した95年1月17日からちょうど22年の10日目。あの日、兵庫・淡路島で生まれた新十両照強(てるつよし、22=伊勢ケ浜)が、誕生日を初めて関取として迎えた。「特別な日」と位置づけた一番は琴恵光に寄り倒されて連勝は3で止まった。「勝ったら一番良かったのに」と悔しさをにじませつつ「自分の相撲が取れた。(観客の)盛り上がりはあったし、いい相撲だった」と前向きに振り返った。

 物心がついた頃には淡路島の復興は進んでいた。中学卒業後に角界入りしたころは震災があったという実感は少なかったという。だが、11年3月11日に起きた東日本大震災に衝撃を受けた。町を襲う津波やがれきだらけの町並み、避難生活を送る人たちの姿を映像で見て「こんなにすごいんだ」と意識が変わった。以来、地元や被災地に思いをはせるようになった。

 しこ名は師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)から「周りを照らすように強くなれ」との思いで付けられた。「阪神だけじゃない。東北も熊本の被災地も照らしたい」。5勝5敗。168センチ、115キロの小兵は「来年は幕内に上がりたい」と1年後を見据えた。【佐々木隆史】

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粋な江戸楽しめる!!両国に新名所

「-両国-江戸NOREN」の施設内

 東京・両国国技館そばに「-両国-江戸NOREN」が昨年11月、オープンした。両国駅西口の旧駅舎を改築し「粋な江戸の食文化を楽しむ。」をコンセプトに12の和食店が集結した。施設内中央には土俵があり、江戸の町屋を思わせる吹き抜け空間は、連日多くの人でにぎわっている。

 場所柄、相撲関連のイベントも実施されている。国技館から線路を挟んだ反対側に構えていた、墨田区観光協会が同施設内に移転。観光案内所として旅行者に周辺の名所などを紹介している。現在は、横綱鶴竜が所属する井筒部屋や回向院などを回る「相撲コースガイドツアー」を1日2回実施。同協会のまち歩きガイド・イベント事業担当の下平幸夫主任は「おかげ様で順調です」と笑顔で話す。墨田区役所と共同制作した食や歴史、観光などテーマ別にした24種類のガイドマップも無料配布しており、こちらも好評だという。

 「外国の方は歴史も好きですからね」と葛飾北斎にまつわるグッズや、相撲観戦のお供にと国技館名物「国技館やきとり」やまんじゅうなどの軽食も販売されている。相撲観戦以外の両国も楽しんでみてはいかが。【佐々木隆史】

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「白鵬杯」から2人目角界入り

 白鵬が名誉会長を務める「白鵬杯」の第7回大会が29日に開催される。同杯は、白鵬が大鵬さんから「横綱は強いだけではダメ。相撲以外のところで評価されないと。人を育てることだ」と言われ、将来を担う子供のために実現したもの。15日、新序出世披露に臨んだ川上(18=尾上)は、中学時代に白鵬杯優勝の経験がある。同杯参加者では十両阿武咲に続き、2人目の角界入りとなった。

 川上は尾上親方(元小結浜ノ嶋)のおいで、中学横綱に輝いた実力者。白鵬杯は海外から参加があり「力強くてやりにくかったです」と振り返る。今後も外国出身力士との対戦は避けては通れず「あの時の経験が生きればいい」と話すと同時に「やっと力士になったなぁ」としみじみ言った。

 白鵬は、白鵬杯からの角界入りに「すごいね。対戦してみたいね」と言い、川上も「そうなればいいですね」と夢を描いた。今大会もモンゴル、中国、韓国、米国から参加予定で、日本と合わせると過去最多の約1300人の相撲少年が集まる。世界の壁を越えて、しのぎを削った少年たちが、将来の横綱を目指していく。【佐々木隆史】

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“宇良バウアー”に感嘆と心配

11日、土俵際で粘る宇良(右)。左は豊響

 初場所も15日で中日。前半7日間で最も印象に残っているのは、4日目の十両宇良の取組だ。173センチ、128キロの自身より体重が56キロも重い豊響の突き押しを、土俵際で腹を突き出し弓なりになった場面には、観客だけでなく力士らも驚きを隠せず、支度部屋がどよめいた。

 ほぼ体格が変わらない小兵業師も舌を巻いた。175センチ、121キロの十両里山は「びっくりした。あれはできない。腹を押されたら普通は負けですよ。それを力を吸収して反撃するなんて。宇良は体重が増えても動きが鈍らないね」と感心。173センチ、114キロの幕内石浦も「僕はあそこまで体の柔らかさがないから、あの残し方はできない」と目を丸くした。

 土俵際の粘り、逆転、小柄な力士の奮闘は相撲の醍醐味(だいごみ)だが、心配なのはケガ。宇良が粘った瞬間、15年春場所で遠藤が左膝を負傷した一番が頭に浮かんだ。5日目に“宇良バウアー”が掲載された本紙写真を見て「すごいな」とうなっていた日馬富士は、大きくない体を酷使して綱を張っているが、7日目から休場となった。里山は言う。「ケガとは、紙一重だから」。人生を懸けたギリギリの攻防、だからこそ胸を打つ。【木村有三】

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8Kで升席の臨場感 NHKの試み

 力士の筋肉の躍動、肌のつや、したたる汗-。わずかに払われた蛇の目の砂も見逃してはくれない。そんな細部まで精細に表現されている「初場所」を、全国のとある場所で見ることができる。大相撲中継は今、8K(スーパーハイビジョン)試験放送を行っており、各地のNHK放送局で一般人も視聴ができる。

 16年リオ五輪でも行われた、現行フルハイビジョン(2K)の16倍の解像度を誇る8K。スポーツ中継でも試そうというNHKの考えで、昨年九州場所に始まった。両国国技館では8Kカメラが3台置かれ、4Kのハイスピードカメラ1台も土俵を追っている。3月の春場所まで試験は続く。

 8Kの特徴は超高精細な画像もさることながら、音声にもある。22・2チャンネルサラウンド。前後、左右に加えて上下の音も表現するため、NHKスポーツ番組部の松本進チーフ・プロデューサーは「後方の拍手や、斜め前の人の声援も聞こえる。場内の升席に座っているかのような臨場感があります」と説明する。

 一般家庭で見ることはまだ、残念ながらできない。ただ、放送局を訪れれば、まるで国技館にいるような錯覚を覚えるかもしれない。優勝争いが白熱する終盤。稀勢の里の地元茨城など、第2の国技館と化す放送局が出るやも。【今村健人】

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日刊スポーツ新聞社大相撲取材班

日刊スポーツの大相撲担当記者が紙面では読めない「いい話」をお届けします。