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au版ニッカン★バトル

大相撲裏話

日馬富士、満身創痍の体支える「秘密兵器」とは?

愛用してい治療機器を紹介する日馬富士

 4月2日の三重・伊勢神宮奉納大相撲を皮切りに始まった春巡業も残りわずか。朝8時から稽古が始まり、子どもとの稽古、相撲甚句、初っ切り、横綱の綱締め実演に取組…。巡業に参加してる全力士が、打ち出しの午後3時までフル稼働している。ふぅー、っと一息つきたいところだが、すぐに次の日の巡業先までバス移動。2、3時間の長旅は当たり前で、日もすっかり沈んだ頃に宿舎に到着するハード日程だ。

 そんな中、けがを抱えながら参加する力士も少なくない。春場所後に右膝に水がたまり「急にあちこちに痛みが出てきた」と話すのは横綱日馬富士(33=伊勢ケ浜)。古傷の左肘にも痛みが出るなど満身創痍(そうい)だが、気力を振り絞り巡業に参加している。

 故障した体を支えているのが、日本電気治療協会が推奨している低周波治療機器による「ハイボルト療法」と呼ばれる治療法だ。巡業に駆けつけて治療を行った杉浦直行理事によると「従来の電気治療機器が家庭用ホースの水だとすれば、このハイボルト療法は消防車のホース」と説明。神経の興奮を下げるのと、インナーマッスルの腫れ、炎症をなくす効果があるという。さらに「ミトコンドリアが活性して眠っている力が出てくるんです」と力説した。

 電気治療が苦手な力士も多いが、1度効果を実感するとクセになるという。日馬富士も最初は苦手としていたが、あまりの効果にとりことなり、1日1時間半はハイボルト療法を行っているという。「早く治る。これは本当にすごい」と数百万円する治療機器を自腹で購入したほどだ。

 「けがは稽古しながら治すもの」と話すのは某親方。根性論も必要だが、時代の流れとともに少しずつ環境も変化している。ジムに通ったり、個人的にトレーナーを雇ったり、電気治療やサプリメントを使ったり、科学の進歩をうまく利用する力士は多い。本場所、巡業と1年中働きっぱなしなだけに「我々は治療してすぐに相撲を取れないといけない」と日馬富士。最高のパフォーマンスをするためには時間も、お金も惜しまない。【佐々木隆史】

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天風「関取の命」汚され涙と怒り、ファンも分別を

天風(写真は2017年5月21日)

 必死に笑顔を取り繕うとしていた。それでも、心の中は怒りに震え、悲しさのあまり、泣きじゃくっていた。

 大相撲の夏巡業が佳境に入っている。久々の相撲人気を反映して、どの会場も満員御礼の盛況ぶりだ。本場所同様、やっとのことでチケットを入手したファンも多いだろう。それも地方巡業とあれば、年に1日、巡業ならではの力士を至近距離で見ることができるチャンス。記念撮影にもサインにも、力士は気さくに応じてくれる。だからファンが熱狂するのも分かる。ただ、それが度を超してしまっては、お互いが悲しむ結果になる。

 「これですよ。見てください」。悲しそうな表情でそう話すのは、十両の天風(26=尾車)だった。見れば、化粧まわしに付けられた黒いサインペンの跡。今月11日に開催された山形・上山市巡業の支度部屋で、普段は愛嬌(あいきょう)たっぷりに報道陣へのリップサービスには事欠かない天風が、うなだれていた。ファンへのサービス精神も角界屈指の旺盛な男が…。

 聞けば今巡業中、十両土俵入りに備え会場入りし、ファンが求めるサインに応じている際に、押し寄せるファンが持つサインペンが、化粧まわしに触れて付けられたという。もちろん、そのファンが故意に、落書きしたのではない。弾みで起きたアクシデントだ。それは分かっているが、関取の象徴ともいえる化粧まわしに、もう消しようもない痕跡を付けられた当事者としては、たまったものではない。

 「関取にとって命なんです。お金には換えられない、世界に1つしかない逸品なんです。応援してくれる、いろいろな人たちの思いが、この化粧まわしに込められているんです。ファンの人には気持ちよく相撲を見て『ああ、来て良かったな』と思って帰ってもらいたい。だから自分たちは、握手でもサインでも写真でも、気持ちよく応じているんです。お互いに、いい気持ちのまま、お別れしたいんですよ」

 悲痛な心の叫びの、ほんの一部分だ。1本100万円するといわれる化粧まわしだが、お金の問題ではない。それでも、ファンあっての相撲界をわきまえている天風は、こんな悲しい出来事があっても、ファンの求めには応じるという。ただし、化粧まわしを締めているときのサインだけは応じない、という。

 実は、化粧まわしにサインペンの跡を付けられた、この手の「被害者」は、天風にとどまらず何人かいる。その中には、もうファンサービスには応じたくないという力士もいると聞く。人気があるのは喜ばしい限り。ただ節度だけは、わきまえたいところ。力士はアイドルとは違う。相撲には「粋」の良さがある。その分別はファンにも求められる。【渡辺佳彦】

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玉鷲のツッコミに衝撃!アン・ソンジュ級のセンス

玉鷲

 コーナーのタイトルが「裏話」というくらいやから、あまり正統派の話を書くもいかがなもんか。なので、かなりばかばかしい話を書こうと思う。

 先月の名古屋場所。中入り後、支度部屋で記者の数が急に増える。取組後の力士の話を聞く。そんないつもの仕事をしようと、ある力士の前にかがんだ。ペンとノートを手に。その時やった。

 「やる気のなさそうなノートですね」

 ? オレのことか? あまりに虚を突く言葉やったので、一瞬ぽかんとして、直後に焦った。確かに縦約15センチ、横約10センチと小さくて、表紙は少女趣味的なピンクでプラスチック。百均ショップで買いました。確かに「やる気がある」と胸を張っては言いにくい代物ですわ。しかし、やねえ…。「いやいや関取。こう見えて、中はきっちりしとるんですよ。ほれ、この通り」。縮小コピーした番付をはったページを開けて見せたり、あわてふためいてもうたわい。

 力士は玉鷲やった。こっちは相撲担当まだ2場所目、特に親しくもない。そんな相手に何の前触れもなく放り込むには、考えられん言葉でしょ? ただ、その声色のソフトさ、普通さに嫌みのたぐいはかけらも感じず、見上げた顔は優しく笑って、穏やか。モンゴル出身ですよ? なんちゅうセンスや。抜群の突っ込みに、めちゃめちゃビックリしたわけです。

 聞けば手芸の達人らしい。お菓子作りや料理も達者とか。昔、女子プロゴルフでアン・ソンジュの言葉のチョイスに「日本選手よりはるかにおもろいがな」と感心したけど…。

 玉鷲、恐るべし。【加藤裕一】

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「世代交代」見えた!爪痕残した貴景勝ら若手3力士

名古屋場所3日目、横綱日馬富士(右)に寄り切りで敗れる貴景勝

 横綱白鵬の記録ずくめで終えた名古屋場所。ただ、2横綱1大関が途中休場した中で、場所を盛り上げたのは間違いなく若手力士の奮闘だった。自分が聞いた中で、印象に残った若手3力士の言葉を列挙したい。

 ◆場所直前に21歳の誕生日を迎えた阿武咲(阿武松)は10勝した。新入幕から2場所連続で2桁勝利を挙げたのは、1場所15日制が定着した49年夏場所以降、初代若乃花や白鵬らと並び、04年九州の露鵬以来13年ぶり7人目の快挙だった。

 「(2桁は)別に意識もしなかった。一日一番取ろうと思っていた。それよりも楽しいっすね、テレビで見ている人とやれて。(雰囲気に)のまれることはないです。食ってやろうと思っている。先場所よりも明らかに強い人たちだから、めちゃくちゃ楽しいです。(まだ上に強い力士がいると思うと)ワクワクします」(10勝目を挙げた14日目の取組後)

 ◆自己最高位の西前頭2枚目で勝ち越した北勝富士(25=八角)は、横綱鶴竜から初土俵からわずか15場所目で初金星を挙げるなど、1横綱2大関を撃破した。

 「ようやったなという感じです。本当に今場所はきつかった。自分の相撲がどれくらい通用するか、取り切れるかを課題としてやってきた。自分の相撲が取れずに悔しい思いもしたし、拾った星もあったけど、後半からは自分の思う相撲が取れるようになりました。一皮むけて成長できたのかな。自分の相撲を取りきれば通用する、頑張れるなと確認できました。まだ弱いところがいっぱいある。もっと自分の相撲に磨きをかけたい。楽しみがいっぱいありますね」(14日目で勝ち越しを決めて)

 ◆自己最高位の西前頭筆頭で初日に大関照ノ富士を倒した20歳の貴景勝(20=貴乃花)。しかし、2日目から6連敗を喫するなど5勝10敗に終わった。

 「一番印象に残ったのは日馬富士関。本当に強いと思いました。今までの人生で(立ち合いで自分より低く)相手の軌道が見えたのは初めて。速すぎた。あまりにも鋭かった」「正直、場所前は不安で1勝もできないんじゃないかと思っていた。でも、やってみて、やれるんじゃないかとも思った。でも、この成績では口だけで言っても戯れ言。もう1度、挑戦したい。宇良や北勝富士は苦しくても、取るところで取って挽回する。自分はまだまだ精神が甘い」「世代交代という言葉は自分がどうこう言えない。人が判断すること。自分が言うのはおかしい。ほかの人に言ってもらえるように頑張るだけです」(千秋楽を取り終えて)

 若手の台頭が目立ったとはいえ、壁をはね返した者がいれば、壁にはね返された者もいた。どちらにしても、彼らは歩みを止めることなく、前を向いていた。貴景勝が言うように「世代交代」という言葉は周囲が口にすることなのかもしれない。だが、引き出すのは間違いなく彼ら自身。この“文句”が自然と収まるような場所は、すぐそこまで来ている。【今村健人】

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「全身全霊」日馬富士、貴乃花超え

 白鵬の大記録に沸いた今場所結びの一番。その白鵬と対戦した日馬富士は、勝っても負けても“貴超え”の記録がかかっていた。勝てば、並んでいた元横綱貴乃花を抜き単独7位となる幕内702勝。負ければ、やはり貴乃花が99敗でギリギリとどまった横綱100敗目。マークしたのは後者の方だった。

 番付降下がなく、負けが込めば引退しか道が残されない横綱の地位。その中での100敗は意味ある数字ともいえる。勝利も伴わなければ退くしかない。細身の日馬富士だけに、なおさらのことだ。勝率から1場所平均11勝はしている。敗戦という負の積み重ねの数字を突きつけられても日馬富士は「これからも自分のやるべきことに集中して、あとは神様に祈るだけ。見ている人に感動と喜びを与えたい」と正面を見た。

 場所前、宇良との対戦を「あの足腰はすごい。楽しみだ」と話す一方、顔を曇らせて言った。「でも宇良の相撲を見るのは怖い。怖くて見てられないんだ。小さいからつぶされる」。力士生命を断たれかねないケガと闘ってきた自分と宇良が重なった。その宇良に横綱99敗目を喫したのは皮肉な巡り合わせだが、これからも「全身全霊」を傾ける姿勢に揺るぎはない。【渡辺佳彦】

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旭天鵬のままでも良かったんだよ

 「よく言われるけど、違うんだ。正しく広めてよ」。白鵬が将来、日本国籍を取得する意向が明らかになった。そこでモンゴル人力士として初めて日本国籍を取得した友綱親方(元関脇旭天鵬)も注目された。その親方が苦笑いしていた。

 05年6月に日本国籍を取得。当時の師匠で元大関旭国の太田武雄氏の名字をもらい「太田勝」になった。そのためによく、太田氏の養子に入ったと思われた。

 「養子ではないんだ。新しく戸籍をつくる上で、名前は何でも良かった。『田中』でも『旭天鵬』のままでも。でも、オヤジに敬意を払いたかったから『太田』。それだけだよ」。当初はよく説明していたが、最近は「疲れるから、そのままにしていた」。それで、間違って広まったようだ。

 “日本人”になった当初は母国で「モンゴルを捨てた男」「国を裏切った」などと非難された。「当時は、親方として残るために日本国籍が必要だと知られていなかった。でも、今は違う。残念がられるだろうけど、みんな分かっている。朝赤龍(錦島親方)も問題なかった。横綱も大丈夫だと思うよ。自分のおかげかな」。その前向きな明るさに救われる部分は大きい。【今村健人】

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白鵬、柔道原沢を持ち上げ鈴木桂治コーチも圧倒

 白鵬の強さは、世界を舞台に戦う人も認めている。

 リオデジャネイロ五輪柔道男子100キロ超級銀メダルの原沢久喜は今月上旬、朝稽古に参加。軽々と持ち上げられて「人生で初めて」と驚いた。白鵬が土俵に上がった時、全視線が白鵬に注がれ、稽古場全体が静寂に包まれる雰囲気に04年アテネ五輪金メダルで、引率した鈴木桂治コーチは「怖さというか、大きさというか」と圧倒された。

 親交のある女子レスリングの吉田沙保里は「瞬発力系なのは私に似ている。ただ違うのは、戦い方のセンスがある」と評した。組んで良し、離れても良し。取組中に突然、仁王立ちになった4日目の貴景勝戦のような戦い方もできる。引き出しの多さが、強さに比例していると感じていた。

 アスリート界以外からも、称賛の声は上がる。トヨタ自動車の豊田章男社長は全体の稽古が終わった後も稽古場に残って、1人黙々と体を動かす姿に「孤独を楽しまないといけないのかな。凡人にはできないね。彼だから出来る」と同じトップに立つ人間として感銘を受けた。

 日本の国技で10年間もトップに立つ白鵬。その影響力も、大横綱だった。【佐々木隆史】

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ジャンル超え広まる10年王者の凄さ

15年7月、激励会で、WBOミニマム級王者の田中恒成(右)と握手を交わす白鵬

 白鵬が通算勝利歴代1位1047勝に並ぶ-。話題はジャンルを超えている。

 ボクシングのWBO世界ライトフライ級王者田中恒成は数年前から白鵬と面識がある。今場所3日目には朝稽古にまわしをつけて参加していたから、白鵬の話になった。

 「今の僕の年、22歳で横綱になって、10年でしょ? ただの横綱と、10年やってきた横綱は全然違う。全くの別物ですよ。ボクシングなら、世界王者と、何度も防衛を重ねた世界王者。第一線で勝ち続けるすごさ」。ぶつかり稽古で相手を押し切って、なおも押し続ける遠慮なさ。一方で若い衆に的確な助言を送る姿。「風格」を感じた。

 「朝稽古の収穫は、予想以上に大きかった。ボクシングに何か生かせるか、じゃない。とんでもなくすごいけど、同じ人間なわけです。違う世界のトップを見て、新たな考え方、発想をもらった。22歳で行けて、すごくありがたかった」

 22歳の世界王者に聞いた。10年後、想像できる?

 「イメージはできません。でも、今のレベルでないところに、必ず持っていきます」。大横綱が、若い王者に大事な何かを授けた。【加藤裕一】

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力士それぞれ、冷房「設定温度」

 名古屋の梅雨が明けた。暑い名古屋がもっと暑くなり、体形ゆえに暑がりが多い力士はますます冷房に頼る。今年も、設定温度に表れる人柄をのぞいてみた。

 やっぱり最低温度の16度を譲らない力士はいる。千代丸と同部屋の千代大龍は「考えてもみてください。自分と千代丸ですよ」。大柄な臥牙丸も「もちろんマックス」と胸を張った。

 だが、譲る力士もいた。それは碧山。栃煌山や栃ノ心らと同部屋だが、昨年と違って今年は21度を守る。栃煌山は「ボクと栃ノ心は暑がりだけど、碧山が風量を弱くしてくれたり調整してくれるので、風邪をひかずにすんでます」。おかげで春日野勢は好調。思えばおととしまで16度だった豊響は結婚した昨年、23度に変えた。碧山も今年結婚。結婚で温度は変わるのか。

 大柄でも逸ノ城はちょっと意外。「24度。それくらいがちょうどいいです」。そして嘉風は言う。「大部屋を仕切っているだけなので上は吹き抜けですが、自分の頭上にあるエアコンは止めています。全然暑くない」。無の境地で土俵を駆け回る35歳は、暑さ寒さに右往左往しないらしい。

 今年の設定温度にみる人柄は、いかがでしょうか。【今村健人】

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いい思い出になる!? 新記録相手は誰だ

 白鵬が、史上最多1047勝に王手をかけた。11日目は御嶽海戦。その後の対戦は通例ならば玉鷲、高安、豪栄道、日馬富士の順。新記録の相手は恐らく、この中から生まれるだろう。

 魁皇が千代の富士と並ぶ1045勝目を挙げ、新記録となる1046勝、そして最後の1047勝で終えたのは11年名古屋だった。新記録の相手となったのは元関脇旭天鵬の友綱親方。左四つから寄り切られた。「おれかぁ…と思った。当時はかなり嫌だった。負けた映像がずっと使われるから」。ただ、今となっては「その時代にいたという、いい思い出。当たりたくても、上位にいないと当たれないしね」と振り返った。

 最後の白星の相手は安美錦だった。立ち合いから激しい攻防の末、互いに上手が取れない左四つに。俵の前では懸命に粘った。29秒9の熱戦の末に寄り倒されたが「長い相撲で、互いに立てなかったのを覚えているよ」。魁皇に手を差し伸べられて、体を起こした。

 「最後の白星」という予感はあったという。翌年5月の引退披露宴では1047を忘れないように写真も撮った。「何でも名前が残ればいいかな」と笑った。

 「1047」は通過点に思える白鵬の記録。今度は誰が、そうした思いを抱くのだろうか。【今村健人】

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千代の富士亡くなって1年…千代の国と千代翔馬の縁

 元横綱千代の富士の先代九重親方(本名・秋元貢)が亡くなって、もうすぐ1年になる。名古屋市東区にある九重部屋では今年、宿舎内の部屋の配置が換わった。先代が寝泊まりしていた部屋には、千代翔馬と千代の国の2人が移った。

 初日の朝、千代の国は不思議な気持ちで目覚めた。夢に、先代師匠が現れた。「師匠を夢で見たのは1年ぶりでした」。1年前に見たのは昨年7月27日。亡くなる4日前だった。改めて在りし日の姿が思い出された。「目が覚めると忘れてしまったんですが、すごく良い言葉を掛けてもらった気がする。どんな言葉だったか、思い出したいなぁ。みんな泣いていました」。

 宿舎には先代の衣装ケースや湯飲みなどが、変わらずにある。懐かしむ千代翔馬は、先代の通算1045勝が白鵬に並ばれた今、その偉大さを思った。「親方は、誰もいない中で1000勝を超えて、魁皇関や白鵬関の目標をつくった。130キロない体で押されないし、張り差しもしない。見ていて気持ちがいい」。

 初めて大関を倒し、今日10日目は白鵬と組まれた。千代の富士と似た体形に先代の魂は宿るか。「普通なら横綱と当たらない番付。何か縁がある。親方超えを1日でも延ばせるように頑張りたい」。【今村健人】

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バラエティー番組ADからの転職弟子も

新序出世披露した左から高木、若野口、隅田川、虎来欧、庄司(撮影・鈴木正人)

 まだ暑い午後3時過ぎ、朝日山親方(元関脇琴錦)は正面入り口でチケットのもぎりに汗していた。スピーディーな“F1相撲”で2度の平幕優勝を飾った元花形力士がお客さんを笑顔で迎えていた。協会の仕事は大変だ。だが、部屋の長としてはもっと大変だ。

 昨年6月1日付で尾車部屋から独立し、朝日山部屋をおこして1年。まず頭を悩ますのは弟子集め。「車の運転中でも“有望な子、いないかな”と探しちゃう」。東序ノ口朝日錦はコンビニのレジ打ちをしている時に声をかけた。西序二段の松沢は自分の息子。この日の新序出世披露で紹介された高木城治(21)は5人目の弟子。テレビ番組製作会社でバラエティー番組のADなどをしていたが「努力が結果に出る」と転職を決め、1カ月前に入門希望の電話をしてきた。「彼はまじめだし、いいですよ」と大歓迎した。

 「ただ集めりゃいいってもんじゃない。家族のような部屋にしていきたいから、集めても15人かな。ちゃんとしつけもしなきゃいけないし…」。時代を考え、朝稽古は午前8時からだったが、早めようかと考え中。「今も7時50分に起きるやつがいる。どうしたもんかね」。汗だくの思案顔に充実感が漂った。【加藤裕一】

 ◆新序出世 日本相撲協会は名古屋場所8日目の16日、ブルガリア出身のベンチスラフ・カツァロフ改め虎来欧(鳴戸)や埼玉大から入門した庄司(武蔵川)ら新序出世力士6人(再出世1人)を発表。秋場所(9月10日初日、東京・両国国技館)から番付にしこ名が載る。

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力士も御朱印集め

 寺や神社を参拝して「御朱印」を集める人が増えている。全国各地を回る力士もご多分に漏れず。小結嘉風は3月の春場所後から、京都を皮切りに回り始めた。ただ集めに回るだけではない。歴史や由緒などを調べてから行く。

 「(長野県の)松本城の近くにある『四柱神社』は願い事がかなうと言われているんです」。嘉風にとって、願い事は1つ。「家族が幸せであることだけ。家族が幸せ=自分の仕事も充実しているってことですから」。その効果がここ2場所、出ているのだろうか。 十両天風も「心が洗われる」と回る。2月には復興城主になった熊本城を訪れて、城を築いた武将・加藤清正をまつる「加藤神社」を参拝。その加藤清正の生誕の地の寺が名古屋市内にあると知ると「行ってみたい」と興味津々だった。

 8月23、24日に東京・お台場で行われる夏巡業ではそうした盛り上がりに応えてか、限定の“御朱印帳”を販売してサイン帳代わりに使ってもらうほか、行司が相撲字で記す“御朱印所”も設けられるという。

 地方場所では寺社を宿舎にする部屋も多い。まして、大相撲は神事。力士や行司のサインも、御朱印のようなものか。【今村健人】

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稀勢の里休場に名古屋のファン心配と怒りと期待

名古屋場所5日目、稀勢の里は勢に敗れ風呂場へ向かう(2017年7月11日撮影)

 稀勢の里の休場に、名古屋のファンはため息をついた。愛知・一宮市在住の67歳男性は「巡業を全部休んででも東京で完全復活してもらいたい」と期待。他にも、けがの治療を優先して万全な状態で戻ってきて欲しいという声が多数あった。

 一方、この日初めて観戦に訪れた名古屋市在住の52歳男性は「楽しみにしていたのに正直、お金を返せと思う。最初から休めば良かったのに。どんどん引退に近づいている感じだね」と語気を強めて言った。他にも「親方にも責任があるのでは」(37歳女性)「ワシが生きている間にまた見られるかな」(82歳男性)。どれも愛知県在住のファンの声だ。年に1回の名古屋場所。楽しみにしていたからこそ落胆ぶりは大きかった。

 稀勢の里と同じぐらいにファンの関心が多かったのが平幕の宇良だ。「いつ見ても驚く相撲」(36歳女性)「予想のつかない動きに技。横綱、大関も苦戦すると思う」(44歳男性)。観戦に訪れた40人にインタビューして、27人が宇良に期待を持っていた。稀勢の里の休場は残念かもしれないが、残された力士が残りの8日間を盛り上げる。【佐々木隆史】

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良い環境を少しでも 滑る土俵に隠岐の海の提言

 名古屋の土俵は年6場所の中で最も滑りやすい、との声が出る。引き合いに出されるのは砂だが、使われているのは「木曽砂」という、いわば公園にある砂場と同じ自然の砂だ。それよりも滑る要因は、土にもある。

 かつての愛知県体育館は土俵を照らす照明の熱量と空調とのバランスが悪く、土俵まわりの人は「暑い」と扇子であおぎ、後方では「寒い」とバスタオルを羽織る光景があった。今でこそ空調は改良されたが、土俵が乾きやすくなった。土と砂を用意する安藤組は「土俵祭の際はいい土俵だと思っていても、乾燥して縮み、初日にはもうひびが入る」という。

 水をまけば滑りは止められるが、量が多ければ土がえぐれる。昨年9日目、白鵬は右足親指がえぐれた土に引っかかり、勢に敗れた。このけがで失速した。

 隠岐の海が提言する。「打ち出し後、土俵の砂を真ん中に集めて、端から水をまくだけでいいんです。夜にしっかりまくと、次の日は少しの量で染みる。砂の上からまいても、砂がぬれるだけですぐ乾く。稽古場でも同じです。なんなら自分がやりたいですね」。

 力の出るより良い環境を、少しでも。【今村健人】

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沖縄5人目の関取へ木崎連勝

朝弁慶(手前)を下手出し投げで破る木崎(撮影・鈴木正人)

 島人(しまんちゅ)の星になれ! 東幕下7枚目の木崎(24=木瀬)が12日、2連勝を飾った。189センチ、195キロという朝弁慶に176センチ、128キロの体で当たり負けせず「2歩目がすごく速い人。立ち合いは差し込む感じでした」と喜んだ。昨夏の序ノ口デビュー以来7場所連続勝ち越し。来場所に十両昇進を決める腹づもりだが、今場所も勝数次第で可能性はある。沖縄県うるま市出身、名門日大で主将を務めた逸材は、沖縄出身5人目の関取を視界に捉えている。

 沖縄出身力士7人中最高位の木崎に熱視線を送るのが、同郷で元前頭琉鵬の浦崎桂助さん(39)。02年九州場所で県勢4人目の十両に昇進し、5年前に引退した。現在は沖縄・伊江島の照太寺の副住職で、小中学生約20人に相撲を教える。「体を鍛えるのはもちろん、あいさつ、礼儀、思いやりなど心の面も重視してます」。昨年12月の沖縄巡業で木崎と会った。「おっとりして動じないプロ向きの性格。木瀬部屋には(宇良など)お手本もいる」と新たな島人関取誕生を願う。

 地元の期待を木崎は感じている。「母に頼まれる番付表の枚数が増えました。今は50枚。最初なんて5枚です。『欲しがる人、いるのか?』と思ってましたから」。今より大きい「木崎」が載った番付表を送るのが楽しみだ。【加藤裕一】

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九州豪雨 親方、力士それぞれの思い/記者席から

 多数の犠牲者を出した九州豪雨を受け、日本相撲協会は11日、義援金募金箱を場内の10カ所に設置した。八角理事長(元横綱北勝海)は「九州場所に来てくれる人もいる。心配だよね」と被災地を思い、広報部長の春日野親方(元関脇栃乃和歌)は「相撲は地方、地方でお世話になって成り立っているんだから」と、設置の意図を聞かれること自体が不思議そうだった。

 同協会は1月26日、社会貢献部を立ち上げた。それまで有志の親方衆が11年の東日本大震災、昨年の熊本地震などで募金、慈善グッズ販売などボランティア活動を行ってきたものをオフィシャル化した。メンバーは三保ケ関親方(元前頭栃栄)ら14人で、今回も中心となって話を進めた。

 力士の思いも熱い。福岡出身の琴奨菊は3連敗とあって故郷への思いを「勝ってから言います」としながら「元気与えないかんねえ…」と悔しがった。大分出身の嘉風は初日に「被害状況を見ると『自分らしく自分の相撲を』という思いが強くなる。僕が(被災者に)後押しされているようです」と話し、その結果が3連勝だ。

 角界のアンテナは、とても正しく働いている。【加藤裕一】

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御嶽海、北勝富士ら「花のヨン組」が盛り上げる

 若武者が名古屋の土俵を盛り上げている。初日に横綱を倒した24歳の御嶽海と大関初挑戦で初勝利を挙げた24歳の北勝富士、自己最高位の東前頭4枚目で2連勝の25歳宇良は、いずれも平成4年生まれで、しかも15年春場所に初土俵を踏んだ同期だ。

 「花の○○組」といえば「ロクサン組」を思い浮かべる方は少なくないだろう。昭和63年春場所で初土俵を踏んで活躍した力士たちの総称だ。元横綱の曙、3代目若乃花、貴乃花、元大関魁皇らを中心に一時代を築いた。他にも昭和28年生まれの元横綱の北の湖、2代目若乃花、関脇麒麟児らの「花のニッパチ組」なども知られている。

 今まさに「花のヨン組」が盛り上げている。2日目には、御嶽海と北勝富士の元学生横綱同士の対決が組まれた。勝った関脇御嶽海は「(北勝富士は)強いです。(対戦は)うれしい。いい方向に気合が入っている」とうなずいた。自己最高位の西前頭2枚目の北勝富士は「意識しないようにしたけど」と唇をかんだ。

 平成4年生まれには、新十両翔猿や十両大奄美ら他にも有望株がいる。20代半ばで脂が乗ってきた彼らが、近い将来の相撲界を引っ張っていくような気がしている。【佐々木隆史】

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4横綱効果!! 80席捻出

 4横綱で迎える初の名古屋場所に、ファンも相撲協会も熱気を帯びている。初日の約240枚の当日券を求めて、発売開始予定時刻の午前7時45分の約1時間前には、愛知県体育館の当日券売り場に約270人が列をつくっていた。

 先頭に並んだ75歳の男性は、前日8日の午後1時ごろに沖縄から空路名古屋入り。同2時30分には会場に着き、並んだという。「稀勢の里が横綱になったおかげ」と熱狂ぶりに驚いていた。名古屋市在住の70代男性も「若貴時代よりもすごい」とうなった。当時は7時に並んでも当日券を買えたというが、この日当日券を買えた最後の人が並んだのは午前6時30分だった。

 相撲協会も準備を進めてきた。昨年まで7500人だった名古屋場所の定員は、今年から80人増の7580人になった。名古屋場所担当部長を務める出羽海親方(元前頭小城ノ花)が昨年から、もっとお客さんを入れられないかと思案。一部の2人升席を3人升席にして80席を捻出した。「4横綱がそろってくれたからね。列すごかったでしょ」と笑顔だった。今年の名古屋場所には、例年以上の“熱さ”がある。【佐々木隆史】

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今場所こそは遠藤「元気な姿で土俵に」秘めた決意

遠藤(写真は2017年1月)

 大相撲名古屋場所(9日初日、愛知県体育館)では、生きのいい若手力士が平幕上位に躍進してきた。前頭5枚目までを見ても、西筆頭の貴景勝(20=貴乃花)、同2枚目の北勝富士(24=八角)、東4枚目の宇良(25=木瀬)に、西4枚目の輝(23=高田川)。西6枚目の阿武咲(20=阿武松)も入幕2場所目の有望株だ。いずれも、25歳以下で自己最高位の番付で迎える。

 横綱4人が全員30歳以上の中、若手の台頭は活気を吹き込み、世代交代の旗手となりうる。そんな状況で迎える尾張決戦だが、今場所こそは…とひそかに注目している力士がいる。西前頭3枚目の遠藤(26=追手風)だ。

 何をいまさら、の声もあろうが、雌伏の時を経て、今がはばたく時…という予感めいたものがある。平幕上位に定着したここ4場所は7、7、8、6勝。白鵬から金星を奪うなど存在感は見せるものの、各場所前の「星次第では新三役も」というファンの夢は、ことごとく打ち砕かれてきた。ただ、時を経るにつれ払拭(ふっしょく)してきた不安が、自信に変わりつつあるのも確かだろう。

 平幕の上位定着は、3年ほど前にもあった。その時と今で決定的に違うのは、苦難を乗り越えてきた精神的な強さにあると思う。2年前の春場所5日目。松鳳山に突き落としで勝ったものの左膝に重傷を負った。力士生命を絶たれかねない大けが。出足の物足りなさを指摘する好角家の声は、本人が一番痛感し、もどかしい思いだったろう。得意の四つ身に持ち込むための出足を磨こうにも、完全に不安が取り除けない状況では、それもままならなかったはずだ。

 そんな苦悩と闘った時を経て、今はあの時の不安を感じさせない相撲を取れている。もちろん万全ではないだろう。それでも遠藤本人に、気持ちの余裕が戻りつつあると感じたのは、日刊スポーツ恒例の大相撲総選挙で、結果を受けて感想を聞いた時だった。

 これまで数々の競技を取材したが、ある時期、絶大な人気を誇ったものの、成績が伴わずいわゆる“落ち目”になったアスリートは概して、それでもつきまとう自分の人気度に「どうでもいい」といった態度が見受けられた。今年も人気投票5位と支持するファンが多かった遠藤には、素直に受け止め実感する姿勢があった。紙面ではスペースの都合上、ほとんど紹介されなかったので、ここで網羅する。

 遠藤 今年も上位になったんですね。本当にありがたい。根強いんですね。ケガで、あまり期待に応えられなかったけど、もっともっと元気な姿になって、もっと応援してもらえるような力士になりたいですね。ファンの人から、あの(ケガした)時の痛々しい姿を忘れさせるぐらいのですね。「そういえば遠藤って昔、大けがしたんだよな。そんなこともあったな」って、あのケガがほど遠い昔の出来事のように感じさせるぐらい、元気な姿で土俵に立ちたいですね。

 弾むような口調ではない。いつもの物静かな、しみじみとした語り口の中に、内に秘めたものを感じた。出世街道は道半ば。遠回りだったかもしれないが、苦境を歩んだことで得たものもあるはずだ。体も、そして心も強くなった未完の大器に注目してみたい。【渡辺佳彦】

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スピード武器の序二段炎鵬、兄弟子の白鵬らも太鼓判

気合の入った表情で山口と相撲を撮る炎鵬

 大相撲名古屋場所(7月9日初日、愛知県体育館)が、いよいよ始まる。

 魁皇の歴代最多通算勝利1047勝の更新に期待がかかる横綱白鵬や、新大関の高安、新関脇の御嶽海、幕内最年少の西前頭筆頭貴景勝など、今場所も見どころは多い。他にもバラエティーに富んだ力士は豊富で、最近では石浦や宇良など「小兵」と呼ばれる力士の活躍も、大相撲ファンを熱狂させている。そこで将来、小兵関取として土俵を沸かすであろう1人の力士を紹介する。

 東序二段10枚目炎鵬(22=宮城野)は、白鵬の内弟子として角界入りし、春場所で初土俵を踏んだ。身長169センチ、体重96キロの小兵タイプ。自慢のスピードを武器に、序ノ口でデビューした夏場所は全勝優勝を果たし、白鵬とのアベックVに歓喜した。石川県金沢市出身で、5歳から相撲を始めた。高校は平幕の遠藤や大翔丸らを輩出した、名門・金沢学院東(現金沢学院)に進学。その後、金沢学院大では、世界選手権の軽量級で2連覇するなど、実力は折り紙つきだ。

 部屋でもすでに一目を置かれる存在となっている。実力を見込まれて稽古場では、白鵬、石浦、山口の関取衆と相撲を取っている。名古屋入りする前に行われた滋賀・長浜合宿では、白鵬から見事な送り出しで“金星”を奪い、観客から大拍手を受けた。「たまたまですよ。でも自信になります」と照れ笑いした。

 白鵬の付け人をしていて悩んでいたことがあった。「もちろんありがたいんですけどね」と申し訳なさそうにしながら話したのは、食事のことだった。白鵬の会食に付け人として行く時に、肉を食べる機会が多いという。出されるのは、サシの入った高級品。白鵬は体を大きくさせるために、炎鵬に次々と食べさせるのだが「安い肉ならいくらでも食べられるんですけど…。いつもおなかをくだしちゃうんです」とぜいたく? な悩みがあった。しかし、今では「やっと慣れてきました」と悩みは解消されたようだ。

 兄弟子の白鵬も石浦も「(関取まで)上がってくる」と期待をかける。もちろん炎鵬も「なるべく早く」と気合十分。甘いマスクで人気が出るのも間違いなし。1日でも早く、関取になるのが楽しみな力士の1人だ。【佐々木隆史】

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高安の大関昇進たぐり寄せた 嘉風の問いかけ

夏場所13日目、高安(右)ははたき込みで日馬富士を破る

 1つの問いかけが、運命のルーレットを回した。そして…。

 そのとき、高安は幕内土俵入りに備えて西の花道にいた。大相撲夏場所13日目。前日の宝富士戦で、大関昇進の目安となる直近3場所での33勝目を挙げた。いやが上にも昇進ムードは高まった。ただ、昇進を預かる審判部の二所ノ関部長(元大関若嶋津)からは「数字は目安にすぎない。横綱を1人は倒してほしい」という声があった。決して予断を許さない中で組まれた相手は、最後の横綱戦となる日馬富士。まさに、勝負の日だった。

 とはいえ、まだ過分な緊張もない土俵入り前。高安もリラックスして時間を待っていた。そのとき、後ろから声が聞こえた。

 「なあ、今日、どうやっていくの?」

 声の主は、同じ二所ノ関一門の先輩でもある嘉風だった。立ち合いの形を尋ねてきた。その問いかけに、なぜだろう。高安は思いのほか、素直に考えを打ち明けた。

 「かち上げか、突っ張っていこうかと思っています」

 腕を内側に抱え込むようにして思い切りぶつかり、相手の上体を起こすのが、かち上げ。この武器は、もはやこの場所の高安の代名詞にもなっていた。それとも、突っ張っていくか-。いずれにせよ、日馬富士の低い上体を起こすことを考えていた。すると、返ってきた言葉は意外だった。

 「おれのとは違うな~」

 えっ…と思考が立ち止まった。ほかに何か策があるだろうか。尋ねざるを得なかった。「どうやっていくんですか?」。嘉風は答えた。

 「右上手を取りにいく」

 その理由も付け加えられた。

 「お前は、胸を合わせて上手を取れば、強い」

 この答えは、嘉風が日馬富士に挑むときの取り口ではなかった。高安が日馬富士に挑むための最高の立ち合いを、嘉風なりに導いたものだった。表情が変わった高安に、嘉風は慌てて言った。「あくまで、おれの考えだからな!」。だが、高安の胸には、すとんと落ちるものがあった。

 「そうか。そういうのも、あるな」

 土俵入りを終えて、支度部屋に戻った。取組は結び前。時間はまだある。目を閉じて、頭の中で何度も思い描いた。幾度となく、日馬富士と戦った。方向転換には勇気がいる。立ち合いで右上手を取りにいく形は、今場所1度もしていない。だが、もう覚悟は決まっていた。そして、土俵に向かった。

 あとの結果は知っての通り。右上手をつかんだことで、速さのある日馬富士を止めた。横綱の下手投げで上手を切られても、1度止めたことで頭は冷静だった。体を反転して俵で残し、はたき込み。この白星で、全てが決まった。右の上手が、全てだった。

 それは、嘉風に姿を借りていたのだろうか。勝負の前に、運命の女神は突然、ささやいた。その後ろ髪を離さなかったのは、高安の直感と、柔軟な対応力にほかならない。【今村健人】

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かなり珍しいサルのしこ名“翔猿”俊敏な動き楽しみ

部屋の前でガッツポーズをする岩崎改め翔猿(写真は2017年5月31日)

 また1人、角界のキラキラネームになりそうな、しこ名を持つ関取が誕生した。大相撲夏場所で6勝1敗の成績を収め、西幕下2枚目から名古屋場所(7月9日初日、愛知県体育館)での新十両昇進を決めた岩崎改め翔猿(とびざる)だ。

 関取になると、敬称としてしこ名の下に「関」を付けて呼ばれる。翔猿の場合は「とびざるぜき(翔猿関)」と濁音が3文字も入り、かんでしまうこと必至。付け人も大変だろうな、と余計なおせっかいを考えていると、当の本人が「予想としては『さるぜき(猿関)』じゃないですかね」と屈託のない笑いで返してくれた。翔猿が幕下時代の昨年末あたりから「関取になったら」と温めていたしこ名で、師匠の追手風親方(元前頭大翔山)は「最初に聞いた時に『猿翔(さるとび)』でもいいかな、と思ったけど、本人のたっての希望だったので」と受け入れたという。

 師匠の現役時代のしこ名から、同部屋の力士のほとんどに「翔」の1文字が入っている(例外は夏場所番付で幕内遠藤、十両大奄美、幕下岩崎の3人)。「猿」は想像通り、本人の相撲スタイル、取り口に由来。「動きがサルっぽいところと、申(さる)年生まれ。じゃあ、翔猿でいいんじゃないかと、親方と相談して決めました。覚えてもらいやすいかな、と思いますし」と笑みを浮かべた。

 動物の名前が入るしこ名としては「三毛猫」「大虎寅吉」「野狐」「月ノ輪熊之介」などの“珍名”が、過去にある。鳥類など生物に広げれば「鳳」「鳥」「鳩」「竜」「麒麟(きりん)」なども。だが「猿」を探しても、いまのところ力及ばず発見できない。173センチ、120キロの小兵力士。猿のように土俵狭しと動き回り、上に上にと番付を翔(か)け上がるようになれば、翔猿に追随する力士が出てくるかもしれない。

 3学年上の兄は十両英乃海(木瀬)で史上18組目(同時なら13組目)の兄弟関取。埼玉栄高では北勝富士(八角)と同期で1学年下に大栄翔、日大では大奄美と同期で2学年上に遠藤、1学年上に大翔丸。剣翔は埼玉栄高-日大で1学年上と、刺激にする力士は事欠かない。目指す相撲は「立ち合いで1つ当たって好きなように動き回って、基本は押しだけど、はたいたり」と「前に前に」にはこだわらない。同じ小兵の石浦を「いちばん取りたい力士」と目標に掲げる一方で、宇良については「居反られて新聞に載るのは嫌だから宇良関とはやりたくない」と取り口同様、自由奔放に口にする。

 ちなみに、新十両昇進会見の席に用意した色紙に、しこ名を書いてくれた部屋の行司が式守鬼一郎で、兄弟子に剣翔桃太郎がいる。そして翔猿の誕生。この後、しこ名に「雉(きじ)」「犬」が付く追手風部屋の力士が出れば、おとぎ話「桃太郎」の完成…と遊び心をもって相撲を楽しむのも悪くはない。名古屋場所で伊勢ケ浜、九重と並び6人の最多関取衆を抱えることになる追手風部屋。その期待のホープが見せる、俊敏な動きが楽しみだ。

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「豊山」しこ名背負い十両陥落…巻き返し誓う3代目

豊山

 横綱白鵬の38度目の優勝で幕を閉じた夏場所。1年ぶりの美酒に酔いしれる一方で、悔しさで歯を食いしばった力士もいた。

 5月1日。小柳改め豊山(23=時津風)は、東京墨田区の所属部屋で行われた新入幕会見で、満面の笑みを浮かべた。16年春場所で三段目最下位格付け出しでデビューしてから、身長185センチ、体重183キロの恵まれた体格を生かした押し相撲を武器に、同年九州場所で新十両昇進。負け越し知らずで新入幕まで駆け上がってきた。そして待望の「豊山」のしこ名を背負った。先代、先々代と同じ「新潟県出身」「東農大」「時津風部屋」の宿命。時津風部屋3代目の「豊山」が誕生となり「自分なりの豊山像を作っていきたい」と意気込んだ。

 新入幕を祝福するかのように連日、横綱白鵬、鶴竜、大関照ノ富士、関脇高安らが時津風部屋に出稽古に来て、胸を借りた。相撲を取っては投げられ、ぶつかり稽古では何度も土俵に転がされた。毎日、全身泥だらけになった。1週間で183キロあった体重が177キロまで落ちた。「これだけ(番付が)上の方に胸を出されたことはない。横綱にも胸を出してもらって、三賞取れなかったなら申し訳ない」と日に日に、夏場所へのモチベーションは高まっていった。

 5月14日。いよいよ始まった夏場所。巨漢の魁聖を得意の右のおっつけで押し出して、新入幕1勝を挙げた。またも始まる勝ち越し街道-。そう思われたが、試練が待っていた。2日目妙義龍戦で初黒星を喫すると、一気に8連敗で初の負け越しを味わった。得意の押し相撲が鳴りをひそめ、苦手な四つ相撲に苦戦。「自分でもどうしていいか分からない。苦しい場所ですね」と下を向いた。

 5月28日。千秋楽を白星で飾り、4勝11敗で夏場所を終えた。「あと1つ2つかみ合えばという感じだった。精神的にきつかった。こんなに長くて苦しい15日間は経験したことなかった。あらためて相撲の厳しさを知った。今までのままではダメだと。また一からやり直します」と振り返った。名古屋場所(7月9日初日、愛知県体育館)では、十両陥落が決定的。「1場所で戻ってきます」。3代目として、こんなところでは終われない。

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貴景勝と阿武咲、切磋琢磨誓う仲良し20歳

 今場所の幕内最年少力士たちが、千秋楽の土俵を盛り上げた。20歳で同い年の平幕貴景勝-阿武咲の一番。貴景勝が気合の押し相撲で、初顔合わせを制した。

 平成以降、取組を行った2人の合計年齢が一番若かったのは、04年九州場所、05年春場所での稀勢の里(18)-安馬(20)の一番だ。2番目は92年初場所の貴花田(19)-武蔵丸(20)で、今回の取組は3番目に若い対決。20歳同士の対決は、07年夏場所での栃煌山-稀勢の里以来10年ぶり2度目となった。

 貴景勝は埼玉栄を卒業後の14年秋場所で、阿武咲は三本木農(青森)を中退して13年初場所で初土俵を踏んだ。角界入りの時期は違えど仲はいい。巡業では昼休憩になると2人仲良く過ごしていた。裸になって一緒に寝そべって、携帯電話で遊んでいる姿はまさに親友。しかし土俵の上では良きライバルだ。

 貴景勝は「同じ年で幕内唯一の同級生。最高の舞台でできるのがうれしい」と笑顔。阿武咲は負けて下を向いたが「互いに高めあっていければいい」と話した。共に2桁勝利を挙げた若獅子が、名古屋場所でも暴れ回る。【佐々木隆史】

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「2人で優勝」有言実行に付け人炎鵬「すごい」

序の口優勝した付け人の炎鵬(左)とVサインを重ね、ダブル優勝を喜ぶ白鵬(撮影・狩俣裕三)

 今場所から新しく付け人になった炎鵬も、白鵬の自己最多更新となる38度目の優勝を喜んだ。金沢学院大出身で、春場所前に白鵬の3人目の内弟子として入門し、今場所で序ノ口デビューした。大学時代は世界選手権の軽量級で、2連覇するなど実力は折り紙付き。場所前には二人三脚で、稽古を積んできた。

 春巡業を終え、本格的に稽古が始まった時だった。白鵬から指名を受け、モンゴル相撲を取ることになった。本場所が始まるまで毎日。朝稽古を終えて約1時間、2人っきりで汗を流した。10日目に高安を下した時に、白鵬はその効果を実感。支度部屋で髪を結っている間、炎鵬が目の前に立ってうちわであおいでいると「炎鵬とモンゴル相撲をやった成果が出た」と話した。炎鵬は照れ笑いしてうなずいた。

 この日、帰り際に2人でダブルピースを作って記念写真を撮った。場所前に白鵬から「2人で優勝するぞ」と言われ、炎鵬は13日目に序ノ口で全勝優勝。その翌日に白鵬も“全勝”で優勝した。実はあと2人の内弟子の、山口と石浦のしこ名が番付に載った12年春場所、13年春場所も優勝している。「本当にすごい」。背中で語る横綱に目を輝かせた。【佐々木隆史】

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早く“兄弟”で関取対決を

幕下優勝決定戦の岩崎(右)-大岩戸の立ち合い

 西幕下2枚目の岩崎(25=追手風)は、全勝同士だった大岩戸との幕下優勝決定戦に敗れた。優勝なら新十両が決定的となり、兄で木瀬部屋の十両英乃海(27)との兄弟関取が見えていた。兄弟関取なら13年秋場所での千代丸-千代鳳以来、史上18組目。同じ場所での同時関取なら史上13組目…。まだ来場所、十両に昇進できないと決まったわけではないが、支度部屋に戻る時には何度も天を仰ぎ、悔しそうにうめいた。

 番付は勝ち越しまたは、負け越した数に応じて上下する。一般的に6勝1敗の岩崎なら5枚上がると見込める。しかし“番付は生き物”。上位力士の負け越した数などによっては岩崎は十両に昇進できない可能性がある。ただ、幕下15枚目以内での全勝優勝なら十両昇進は決定的といわれる。岩崎が悔しがったのは、その好機を逃したからだ。

 岩崎の“兄”は他にもいる。日大時に3学年上だった平幕石浦と十両山口だ。2人が角界入りした後も、多い時には週5回食事をし、思うような相撲が取れない時には相談に乗ってもらった。それだけに「やりたいですね」と対戦を望んでいる。その背中を夢中で追いかける。【佐々木隆史】

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友綱親方、白鵬を変えた深みと優しさ

定年による引退会見に臨む友綱親方(撮影・小沢裕)

 1年前の夏場所を境に、見なくなった光景がある。横綱白鵬の「駄目押し」。

 一時はかなり騒動になった。14年九州に始まり、15年名古屋も。16年春には当時の井筒審判長(元関脇逆鉾)の大けがにもつながった。師匠を通じて厳しく注意されたが、翌場所でも宝富士、正代、そして魁聖に見舞った。その翌朝だった。審判部で副部長だった友綱親方(元関脇魁輝)が、部屋で白鵬と話したのは。

 親方は静かに切り出した。「自分はいいかもしれない。でも、子どもたちが学校に行ったときに『あなたのパパは…』となるんだよ。家族や自分以外の人たちに、胸を張れるかい?」。

 頭ごなしではない。「せっかくボランティアもする立派な横綱なのに、こういうことをしたら子どもにつらい思いをさせるんじゃないかと思った」。思いは伝わり、白鵬も変わった。

 親方生活30年。力士らを見る目も口も、指導も厳しいが、げんこつ主流の時代で手を上げたことはほとんどない。「横綱が少しでも聞いてくれれば先々、相撲協会のためになるから」。横綱に面と向かって諭せる姿を持つ。審判部時代は場内説明こそ苦戦したが、その言葉には深みと優しさがあった。【今村健人】

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関取ごと 座布団に込めた言葉

歌手平原綾香から贈られた勢の座布団

 大相撲で座布団と言えば? 横綱が敗れた際に館内を舞う光景がまず思い浮かび、次いで幕内力士らが土俵下で座る物だろうか。実は支度部屋にも、各関取ごとにある。150センチほどを3つ折りにし、厚みを出して座る。たいていはしこ名が書かれているだけ。だが、中には乙なものもある。

 勢は今場所からカバーを新しく紺色にした。贈り主の名は、折り返した中に「歌手 平原綾香与利」とさりげなく書かれてあった。「昔からファンでしたが以前、知人の紹介で知り合いまして。ちょうどカバーがボロボロで、その機会にいただきました」。昨年ゲストに呼ばれた東京・増上寺の節分で久しぶりに再会。座り心地の良さも手伝ってか、星が上がっている。

 石浦の黒色の座布団カバーには珍しく言葉が並ぶ。「栄光に近道なし」。昨年九州場所の新入幕の際、付け人2人に贈られた。言葉は、学生時代につくった野球のグラブに入れていた文字。それを見た付け人が引用した。「好きなアーティストの歌で、好きな言葉。うれしかったです」。

 これも折り返した中にあり、普段は目につかない。それでも、かみしめて座る。見えないところに、力がある。【今村健人】

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琴勇輝に史上初の珍事!不戦敗翌日に再出場を2回

夏場所9日目、琴勇輝が休場となり魁聖が不戦勝となった(撮影・河野匠)

 平幕琴勇輝に、また珍事が起こった。9日目に左膝関節水腫で休場して不戦敗となったが、翌10日目のこの日から再出場した。15年春場所でも同じように、8日目に休場して不戦敗となり、翌9日目から再出場しており、自身2回目の経験となった。

 不戦勝不戦敗制度の歴史は深い。初日から全力士に適用されたのは昭和3年3月から。この制度ができるまでは、相手が休むと自分も休みになった。つまり不戦敗扱いにはならないので、優勝争いなどの場合に故意に休む力士がいたという。それを防ぐためにできた制度だ。その制度ができてから、過去に不戦敗した翌日に再出場したのは7人いる。1人で2回経験したのは初めてとなった。

 なぜ休んで再出場したのか。力強さが戻らなかったのか、千代大龍にあっさり押し出された琴勇輝は「今日なんとしてでも出るために、1日時間を取りたかった。無理に出てその後を棒に振りたくなかった」と説明した。西12枚目は、十両陥落も気になる番付。不戦敗は1つ星を落とすことになるが、15日間という長い目で見た判断だった。後はそれを、生かすだけだ。【佐々木隆史】

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活況…不動のような「スー女」いてこそ

大相撲夏場所9日目を観戦する不動裕理(撮影・神戸崇利)

 女子プロゴルファー不動裕理(40)が9日目の22日、また両国国技館にやって来た。「私、けっこうひいきが激しいんです。(同郷の)熊本出身と聞くと『応援しなきゃ』と思っちゃいます」。升席に座り、土俵を見つめる。その姿はツアー通算50勝の永久シード選手ではなく、一ファンにしか見えない。

 最初は08年初場所。知人の紹介がきっかけだったが、すぐにハマッた。「まわしをつけただけのぶつかり合い。真剣勝負です」。相撲が持つ様式美も、素朴な性格に響いた。以来約10年間、1、5、9月の東京場所9日目の月曜日は決まって国技館に足を運んでいる。

 角界が一連の不祥事に揺れた10~11年も、相撲愛は変わらなかった。「こんな時こそ応援しないでどうするんですか?」。空席が目立つ名古屋場所に、1人でチケットを買って見に行った。トーナメントでは、日本相撲協会が販売する「ひよの山」「赤鷲」のヘッドカバーをドライバー、フェアウエーウッドにつけて、プレーした。

 連日の満員御礼。この日も升席に座り、焼き鳥をパクついて、観戦を楽しんだ。「スー女」が増え、活況に沸く大相撲が今あるのは、不動のようなファンがいてこそだ。【加藤裕一】

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日刊スポーツ新聞社大相撲取材班

日刊スポーツの大相撲担当記者が紙面では読めない「いい話」をお届けします。