上へ戻る

au版ニッカン★バトル

リングにかける

“完成形”に体作り上げた棚橋弘至、復帰戦の飯伏幸太にベルト渡さない

棚橋弘至

今月14日(日本時間15日)に日本人初のIWGP USヘビー級王者に輝いた新日本プロレスの棚橋弘至(44)が、9月4日の埼玉大会(メットライフドーム)での初防衛戦の相手に、病気欠場中の飯伏幸太(39)を指名し、対戦が決定した。

米ロサンゼルスで行われた大会で、ランス・アーチャーにハイフライフロー3連発で勝利。その後新日本の公式ユーチューブで「お互いリスクがあって、かけるモノが大きくて。復帰戦は俺とやれ。それぐらいの荒治療、荒療法が今のお前には必要だと思うから」とメッセージを届けた。

棚橋は、誤嚥(ごえん)性肺炎で7月10日から欠場していた飯伏に代わり、25日の東京ドーム大会で、鷹木とのIWGP世界ヘビー級選手権試合に出場した。悔しい思いが続いているであろう飯伏の気持ちを理解し「お前がIWGP(世界ヘビー級)を目指すのは、もちろんわかってる。けど“寄り道”してっても悪くはないと思う」と、自らのベルトをかけた戦いの相手に指名し、復活のチャンスを与えた。

これに対し、飯伏は「“寄り道”って何ですか? 僕の今の一番の近道、それは棚橋さん、あなたと闘うこと。だから、僕も100%で、全力で闘わせてもらいます」と受けて立つ覚悟を見せた。

とはいえ、初めて奪ったベルトを復帰戦の飯伏に簡単に渡すわけにはいかない。現在5月下旬から「100日ダイエット計画」を実行中。9月の埼玉大会、その後のG1クライマックスを見据え、筋肉量は変えずに、体脂肪だけを落としながら、理想の体に近づきつつある。

これまでもリングに登場時は肉体美を見せるポーズをとり、観客を沸かせていた。昨年はコロナ禍で大会が中止となったこともあり、減量後にリバウンドして“ぽっちゃり体形”になることもあった。「体の仕上がりとリング上のパフォーマンスは比例する」と考える棚橋。“完成形”の体を作り上げ、9月4日、飯伏を迎え撃つ。【松熊洋介】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

72歳リック・フレアー10年ぶり現役復帰?WWEスターの娘より動向注目

自らの公式SNSで鍛えた上腕二頭筋を誇示した「狂乱の貴公子」リック・フレアー(右=フレアーの公式インスタグラムより)

日米マットをまたにかけた72歳のレジェンド、リック・フレアーは今だファイトを希望している。

米プロレスWWEとの契約解除が発表されたのは今月3日。自身のSNSで声明を発表した「狂乱の貴公子」は「WWEに対し、まったく怒っていないとみなさんに伝えたい。WWEと私は将来に対して違うビジョンを持っていた。彼らも私も成功を続ける。ありがとう」などとコメント。円満退団を強調していた。

昨年1月から結んだ新たなWWEとの契約を解除したフレアーは約2週間後の15日、メキシコシティーで開催されたメキシコのプロレス団体AAAによる年間最大の祭典トリプルマニア29大会に登場していた。娘でWWEの前ロウ女子王者シャーロット・フレアーの婚約者でもある元WWE・US王者アンドラデのセコンドとしてAAAメガ(ヘビー)級王座挑戦をサポートした。フレアーのサプライズ登場に会場は大きなどよめきが起こっていた。

試合途中にはAAAメガ王者ケニー・オメガに対し、アンドラデと一緒に逆水平チョップを次々と打ち込んだ。敵セコンドに入ったコナンには得意技・足四の字固めを成功させ、健在ぶりをアピールした。米メディアによると、自家用ジェット機でメキシコまで向かい、ノーギャラで将来の息子となるアンドラデをサポートしたようだ。

リング復帰への強い意欲を示すSNS投稿もあった。トレーニングルームで上腕二頭筋を誇示する写真とともにフレアーは「飛行機墜落事故、落雷、そして4年前に(心臓病手術で)ほぼ死ぬ可能性もあったネイチャーボーイ(フレアーの愛称)を止めることができると思うか? WOOOOO!」と不死身のレスラーであることを訴えていた。

米プロレス専門メディアでは現在、WWEの対抗団体となるオメガやクリス・ジェリコらが所属するオール・エリート・レスリング(AEW)と契約を結ぶのではないかと報じられている。近年は心臓病、白血病を告白してきたフレアーだが、本格的にレスラーとして試合復帰すれば、11年9月以来となる。次はどのリングに登場し、何をするのか-。既に10年以上も公式試合をしていない72歳のフレアーの動向は現在、WWEのスターとして活躍する娘シャーロットよりも注目されている。それだけ米国で存在感があるということなのだろう。レスラー復帰ならば、ぜひ再来日してほしい。【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

五輪中もプロレス興行は有観客 変わらず熱い試合を熱いファンに届ける

観客数を制限し開催された新日本プロレスWRESTLE GRAND SLAM in TOKYO DOME(2021年7月25日撮影)

7月25日、盛り上がる東京オリンピック(五輪)に負けじと、都心のど真ん中「東京ドーム」では新日本プロレスの選手たちが大暴れしていた。五輪は無観客だが、ドームには人数を制限した上で、約5300人が入場。メインのIWGP世界ヘビー級王座初防衛に成功した鷹木信悟(38)は、勝利後にマイクを取り「本音を言えばちょっとさみしいな。世間は相変わらずのコロナ禍で、感染予防、ソーシャル。1番苦しいのはお客さんだろ。緊急事態宣言の中、家で五輪を見ていてもいい中、プロレスを選んでくれたことに感謝する」と集まったファンに語りかけた。

五輪期間中でも、どの団体もプロレス興行は通常通り有観客で行っていた。特に週末には多くの観客が駆けつける大会もあり、小さな会場ではあるが、満員札止めとなった興行も。昭和の時代から続く歴史あるプロレスには根強いファンがいるのだと感じた。ある団体の関係者は「プロレスのお客さんは五輪関係なく来てくれる人もいる。夏休みで子どもたちも多かった」と明かす。

プロレスラーの中には学生時代にレスリングや格闘技をやっていた選手も多くいる。新日本のジェフ・コブは04年アテネ五輪レスリング男子フリースタイル84キロ級のグアム代表。現在は120キロだが、レスリング時代の安定したフットワークと怪力でレスラーたちを投げ飛ばす。ノアで活躍する杉浦貴はアマチュア時代からレスリング日本代表で五輪を目指していた。出場はかなわず、30歳でプロレスに転向。必殺技は「オリンピック予選スラム」と名付けた。

開催が1年延期となり、さらに中止の可能性もあった。杉浦は「なくなるかもしれないという中で、モチベーションは上げづらく、選手はかわいそう」と気持ちを察した。さらに「人生をかけていると思うし、4年に1回で、勝負できなくて区切りが来ちゃう人もいる」と自身のレスリング人生と重ね合わせる。

五輪は無観客となったが、期間中に開催したのは観戦に訪れた海外の人たちにも、日本のプロレスを見てほしいという思いもあった。その思いはかなわなかったが、新日本の後藤は五輪直前の試合で「オリンピックより熱い試合を俺たちは見せていきたい。新日本プロレスから目をそらすなよ」と力強く語った。昨年から首都圏に何度も緊急事態宣言が出される中、選手に感染者が出たものの、大きなクラスターはほとんどなく、開催してきたプロレス界。五輪前も、五輪中も、五輪後も熱い試合を熱いファンに届け続けている。【松熊洋介】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

あのピストン堀口道場も…ボクシングジムの休会ラッシュ止まらず

ファイティングポーズの堀口恒男(1948年撮影)

東京五輪が開催されたが、無観客だけでなく、いつもとさまざま違う状況が垣間見られる。とはいえ、各競技、各種目で世界のトップを決める大会に変わりない。優勝者には金メダルが授与され、世界一の称号が与えられる。

知識や徳望がすぐれ、世の模範と仰がれるような人を聖人と呼ぶ。この「聖」の字をつけた呼称がある。スポーツ界では、球技の名選手として野球のタイ・カッブ、ゴルフのボビー・ジョーンズを球聖と呼ぶ。大相撲では横綱常陸山が角聖と呼ばれる。

ボクシングには拳聖と呼ばれた名選手がいる。ピストン堀口こと堀口恒男。大正時代に米国で学んだ渡辺勇次郎が、21年に日本拳闘倶楽部創設が日本ボクシングの始まり。31年に全日本プロフェッショナル拳闘協会が結成され、堀口は33年にプロデビューした。

栃木・真岡で同郷の渡辺が模範試合を開催し、真岡中柔道部だった堀口は飛び入り参加した。プロ相手に戦って才能を見込まれた。元世界王者と引き分け、日本、東洋フェザー級王座獲得など5分けはさみ47連勝した。日本ミドル級王座も獲得し、50年の引退まで176戦で138勝(82KO)24敗4分の戦績を残した。

戦争の影響で世界挑戦のチャンスには恵まれなかったが、41年に世紀の一戦を制した。兵役から復帰後に26連勝のやりの笹崎広と対戦して5回TKO勝ち。剣聖と言われた宮本武蔵になぞらえて、拳聖と称されるようになった。

相手をロープに追い詰めて休まぬ連打でピストン戦法と言われた。無類のスタミナで10分間のミット打ちでも息が切れなかったという。リングネームは本名だが、戦法からピストン堀口と呼ばれるようになった。

その堀口が由縁の名門ジムが、7月いっぱいで休会した。弟3人もプロボクサーで、37年に住んでいた神奈川・茅ケ崎市内に練習場として開いた。引退半年後に36歳でれき死したが、その後に長男昌信氏がピストン堀口道場として開いて引き継いだ。近年は元日本ランカーの孫の昌彰氏が運営していた。

ジムの入っていたビルがあった土地では、病院が新築工事中となっている。昨年4月に緊急事態宣言で道場を休場し、7月には平塚市内に仮住まいとなっていた。関係者によると移転先が決まらず休会したという。

国内では原則37歳というボクサー定年があるが、会長やトレーナーに定年はない。70歳代になってもミットを受ける会長もいる。元気は何よりだが、ここにきて息子に代替わりしたり、違う後継者に看板を譲るジムがいくつかあった。世代交代の時期と言えるようだ。

さらに昨年コロナ禍となって、この1年半の間に9つ目の休会となった。アマジムへ移行するために退会したジムも2つある。新ジム開設3つ、休会から再開も3つあるが、休会と退会合わせて11は異常に多い。

五輪開催中も東京・後楽園ホールで2興行あった。こちらは観客入れも半分に制限。2日間の観客数は707人と733人と現状では満員で、熱烈ファンが毎試合惜しみない拍手を送っていた。

プロモーターたちは何とか首をつないでいこうと努力するが「厳しい」と口をそろえる。ジムの退会、休会理由はさまざまながら、コロナ禍の影響は大きい。「コロナ・パンチ」がボディーブローのように効く、ジムの休会ラッシュとなっている。【河合香】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

寺地拳四朗は東京五輪より9月防衛戦に集中!でも興味示す競技は?

寺地拳四朗(2021年7月5日)

新型コロナウイルス感染症の影響で開催も危ぶまれた東京五輪だが、メダルラッシュにわいている。スポーツは結果がすべてではないと思うが、日本選手の金メダル獲得はやはり、うれしい。そんな世界的イベントを「たぶん、見ないです」と言い切った男がいる。WBC世界ライトフライ級王者の寺地拳四朗(29=BMB)だ。

寺地は9月10日、京都市体育館で同級1位矢吹正道(28=緑)との9度目防衛戦に臨む。同じ世界を相手にするアスリートとして、他競技のトップ選手に興味はないのか。聞いてみたが、変わらない柔和な表情で「ほかのスポーツは見ないんで。もっと磨いていかないといけないことは多い。ボクシングが大事なんで」と返してきた。

捉え方はそれぞれだろう。確かに他競技の選手の活躍に大きな刺激を受ける選手は少なくない。そこから交流が始まり、情報交換でお互いの成長につなげるという話もよく聞く。寺地はボクシングの世界だけに集中するというスタンスなのだろう。

ただ1点、「楽しそうですよね」と興味を示したのがダンスだった。ひとくくりに「ダンス」といっても、多くのジャンルがあると思うが、寺地はそれもボクシングにつなげて考えている。「ダンスを習いたいですね。体の使い方とか、いろいろ(ボクシングに)つながってきそうじゃないですか」。

かつて、フェザー級の世界主要4団体の王座を獲得したナジーム・ハメドというボクサーがいた。「悪魔王子」の愛称で、ダンスのようなリズムで変則的なボクシングで人気を博し、日本の元WBA世界ライトフライ級王者・山口圭司ら多くの“崇拝者”がいた。独特の雰囲気を持った選手だったと記憶する。

寺地がダンスを学んで、そのスタイルに変更するとは思えないが「個性」を求めていく姿勢は大事だと思う。五輪・パラリンピックの後、9月に行われる世界戦。寺地の新たな可能性も楽しみにしたい。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

4団体統一狙う井上尚弥に立ちはだかるか?増しつつあるリゴンドーの存在感

ギジェルモ・リゴンドー(2014年12月31日撮影)

ボクシングWBAスーパー、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(28=大橋)が4団体統一を狙う階級に「不気味」な王者がいる。WBA世界同級正規王者ギジェルモ・リゴンドー(40=キューバ)は8月14日(日本時間15日)、米カーソンのディニティヘルス・スポーツパークでWBO世界同級王者ジョンリール・カシメロ(31=フィリピン)との王座統一戦に臨む。この勝者が将来的に井上と拳を交えるだろう。「モンスター」の対抗王者は発信力のある他団体王者よりも影が薄いからこそ、侮れない存在と言える。

当初からカシメロとの統一戦に臨むはずだったリゴンドーは不遇な立場にあった。一時はWBC王者となったドネアにポジションを奪われ、カシメロ戦が消滅した。しかしドーピング検査に関した両陣営の取り決めが遅れ、ドネアら家族に侮辱発言したカシメロ側のミスでキャンセル。二転三転し、リゴンドーが元のさやに戻った。すると、これまで正規王者として静かだったはずのリゴンドーが発信を開始した。

あらためて興行主から統一戦が発表されると、VADA(ボランティア・アンチドーピング協会)の書類を提出したことをSNSで明かし「私はきれいなファイター。ボクシングに汚れたファイターを入れてはいけません」とカシメロを挑発するようなコメントを出した。さらに米専門サイト、ボクシング・シーンのインタビューでは「カシメロの夢を台無しにするプランがある。トレーナーのロニー・シールズといくつかの新しいトリック(技術)を取り組んでいる。彼をKOしても驚かないでください」とも豪語した。

さらに「カシメロの周りにボクシングのサークル(囲い)をつくり『エルチャカル(肉食動物ジャッカル)』が何であるかを彼にみせる」と牙をむく姿勢を示した。もともと五輪で2度金メダルを獲得し、プロでも世界2階級制覇王者。井上も6月14日のジムワーク再開時に「リゴンドーが倒す可能性も十分にある。カウンターパンチがうまい。(カシメロの)スピードのない大振りなパンチならばリゴンドーの格好のえじきになりますね」と予想していた。全盛期ではないものの、ヒット率の高い左ストレート、軽快なステップワークは健在で、リゴンドーは決して侮れない存在だ。さらに発信力も増してきた今、不気味さのオーラも大きくなっている。【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

入門半年16歳今井礼夢、課題山積も徐々に手応え 議員の母からも独り立ち

初勝利を目指す今井礼夢(撮影・松熊洋介)

初勝利は確実に近づいている。プロレスリング・ヒートアップの今井礼夢(16)が。11日の新百合ケ丘大会で6人タッグマッチに出場し、敗れはしたが、成長した姿を見せた。数キロながら体重も増え68キロになり、風格も出てきた。「体力が付いている実感はある」という。

試合では、開始早々、初の場外戦で相手を殴り付けた。さらに、師匠のTAMURAから学んだ駆け上がり式ブルドッキングヘッドロックを決めるなど見せ場を作った。これまでは技をかけた後に間があったが、連続技を決めるなどスピーディーな展開で相手を追い込んだ。それでも劣勢の時間はまだ多く、最後は変形コブラツイストでギブアップ。課題はまだ山積みだ。「技の技術を上げていきたいし、経験が足らない」と自覚する。何度も対戦している新井健一郎は「自信がないように見える。やりたいことをリング上で見せていかないと」と、あえて厳しい評価を口にした。

それでも定期的に行われている道場マッチで力を付けている。実力者たちとシングルマッチを戦い「技の種類やスピードが増した」と手応えを感じた。昨年末のデビューから半年がたち、練習生のころのような不安な表情は一切ない。元SPEEDで参院議員の母・絵里子氏からは独り立ちし、今では母のことを聞かれても「(会場に)来ているのか分からない。たぶん応援してくれているんじゃないですか」などと、気にする様子もないほど、プロレスに集中している。

9月17日には川崎・とどろきアリーナでの興行が行われる。礼夢のデビュー戦の反響を感じ、代表も務めるTAMURAが会場を押さえた。有観客の公式戦は7試合を戦って未勝利。「自分的にはまだまだだと思う。もっと自信を付けて、とどろきで初勝利を挙げたい」。9月、自分の力で3カウントを奪い、大観衆の前で初の勝ち名乗りを受ける。【松熊洋介】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

11日、ヒートアップ新百合ケ丘大会の6人タッグマッチで敗れた今井礼夢(左)。右は大和ヒロシ
11日、ヒートアップ新百合ケ丘大会の6人タッグマッチで大和ヒロシの首をつかむ今井礼夢(左)

ボクシング、コロナ禍もプロテスト受験者数増加、新人王戦開催で存続に必死

昨年からコロナ禍で自宅にこもり、時だけが流れていくような気分だ。たまに取材に行くことはあるが、ほぼ直行直帰する。気分転換にはなるが、やはり刺激は少ない。問題、課題は山積したままの中、平穏な毎日を過ごせることが一番か。

今年も7月に入って、もう半年が過ぎた。そんな中で東京五輪はやるようだ。開催の是非は棚上げで、観客制限か、無観客かが問題になっている。どうなんだろう。開催しても、世界が集まるスポーツ最大の祭典が、異常ないびつな大会となる。

いざ始まれば、世の中は五輪一色となるかもしれない。それも2週間あまりで大会は終わる。熱しやすく冷めやすい日本人気質。一方でコロナ禍の終息はいまだ見えない。スポーツの今後が心配される。

プロボクシングでは、この1年半でどんな影響があっただろうか。コロナ禍以前の19年と比較してみた。まずは国内での興行数と試合数。

◆19年 175興行、1328試合

◆20年 90興行、544試合

◆21年 44興行、242試合

昨年は3~6月の4カ月は興行がなくなり、実際に開催されたのは9カ月しかない。19年からは6割減となった。今年は6カ月でこの数字と、決して増えているとは言えない。

ちょっと気になった数字もあった。中止となった試合数。19年は55試合、20年は50試合、21年はここまで29試合と増加ペース。ケガ、体調不良や計量失敗が理由。日程の変更もままあり、コロナ禍での練習制限、体調管理の難しさを示しているようだ。

近年は国内興行の難しさから、海外へ積極的に出て行く傾向が強まっていた。しかし、海外も試合開催や渡航制限があり、世界戦も海外戦も減っている。

◆19年 世界戦34試合、海外戦93試合

◆20年 世界戦9試合、海外戦11試合

◆21年 世界戦9試合、海外戦8試合

今年は9月までに4試合の世界戦が予定されている。井上尚弥を筆頭に海外戦を中心に増加の傾向だ。ただし、今年の海外8試合のうち世界戦以外は2試合だけ。世界戦以下のレベルになると、特にアジアの状況がままならず、今後は見通せない状況にある。

興行も時間制限、経費の問題などから、特に6回戦以下の試合が減っている。これはボクシングにとって最大の問題とも言える。試合ができないなら、競技を続ける、競技を目指す選手が減り、競技人口の減少となる。プロテストの受験者数を調べてみる。

◆19年 561人、合格445人

◆20年 332人、合格282人

◆21年 287人、合格247人

昨年は4割減だったが、今年は増加傾向にある。ちょっとホッとする。合格率は79・3%、84・9%、86・1%と上がっている。アマ経験者のプロ転向が多く、五輪イヤーという側面があるだろう。代表を逃したり、ここを節目に転向する選手がいる。ここでも問題がある。プロになっても試合相手がいないのだ。特に東南アジアから招へいできないことが大きい。

感染拡大の中でも、昨年は年をまたいで新人王戦を開催した。世界に例のない、日本独自のトーナメント戦。今年も各地区予選が始まっている。東日本では新宿フェイスで、8日から4日間連続で集中開催する。業界の存続への必死の努力がうかがえる。【河合香】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

「モンスター」井上尚弥が描いた戦略図、相手もん絶させた「左ボディー」

20日のタイトルマッチでダスマリナス(右)に強烈なボディーをヒットさせる井上(AP)

久しぶりにボクシングの「醍醐味(だいごみ)」を堪能した。WBA世界スーパー、IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦が19日(日本時間20日)、米ラスベガスで行われた。

王者に君臨する井上尚弥(28=大橋)は挑戦者のIBF同級1位マイケル・ダスマリナス(フィリピン)から2回、そして3回に2度と計3回のダウンを奪ってTKO勝ちした。圧巻の勝利だったが、興味深かったのはその倒し方。3度のダウンはいずれも左ボディーで相手をもん絶させた。

ボクシングは拳を交える前に「減量」という戦いが必ず待ち受ける。そのコンディションの持ち方によって当然、戦い方も左右される。相手の状態を見極めた上での戦い方も大事な要素といえる。

思い出したのが97年11月のWBC世界バンタム級タイトルマッチ、辰吉丈一郎が王者シリモンコン・ナコントンパークビュー(タイ)に挑んだ一戦だ。当時、眼疾から復帰して連敗の辰吉はがけっぷちに追い込まれていた。一方のシリモンコンは上り調子の若き無敗の王者。戦前の予想は辰吉の圧倒的不利だった。

試合前日、シリモンコンの発熱が明らかになった。無敵の王者にとって、最大の敵が減量。厳しい体重調整による体の悲鳴が発熱として表れた。しかし、何とか計量をクリアした当日。リングサイドの記者席から見上げた両者は、体が倍ぐらいの違いに見えた。「辰吉が殺される」と震えたほどだった。

しかし、試合は辰吉が勇敢に進めた。勝機となったのが左ボディー。厳しい減量を乗り越えてきたシリモンコンのコンディションはやはり、万全とは言えなかったのだろう。脇腹に辰吉の左ボディーが突き刺さり、ベルトを奪い取った。

その試合と先日の井上の試合を重ねるのは乱暴だが共通する「左ボディー」のキーワードにはそそられる。現役ボクサーに聞いた話だが、1発で意識を飛ばすのは顔面に食らうパンチだが、ダメージの蓄積でどうしようもなくなるのがボディー攻めという。井上も2回の一撃で瞬時にKOへの戦略図が描かれたはず。試合の中で相手の状態を見極め、攻略図を描く。それができるからこその「モンスター」だろう。

王者には年内にも、4団体統一のプランが浮上してきた。「モンスター」はどこまで進化するのか。「左ボディー」の引き出しも披露して、楽しみは無限に広がった。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

20日のタイトルマッチ ダウンし、苦しい表情を見せるダスマリナス(AP)

新日本支えた「ドラゴン」&「組長」様々な因縁や物語ある両者の“戦い”

7月4日に行われる藤原喜明と藤波辰彌のトークショー(シャイニング提供)

「ドラゴン」と「組長」がトークバトルを行う。7月4日、新日本プロレスなどで活躍した藤波辰彌(67)と藤原喜明(72)が、東京・紀尾井町サロンホールで対談する。

72年入門の藤原は、同11月のデビュー戦の相手が、2年目の藤波だった。その後2人は新日本を支え、ともに海外遠征で力を付けていった。84年2月、雪の降る札幌でWWFインターナショナルヘビー級王者・藤波に挑戦する長州を、藤原が試合前に凶器で襲撃。知らされておらず、試合をぶち壊された藤波は裸で雪が降る中、外に飛び出し「こんな会社、辞めてやる」と吐き捨てるように言った。不信感を抱き、その後の猪木とのコンビを拒否。一方の藤原は「テロリスト」の異名を取り、表舞台に登場するようになった。

93年にはG1クライマックスで7年ぶりに対戦。藤波が藤原得意の関節技で勝負する白熱した展開となった。藤原のワキ固めをブロックして14分30秒、一瞬の首決めエビ固めで勝利。試合終了後、2人はリング上で、固く抱き合った。藤波は「時間の経過とか考えられなかったよ」と試合後、安堵(あんど)の表情を見せ「もう1度と言われたら、二つ返事でOKする」などと語っている。藤原も「懐かしい気持ちでいっぱい。ひょっとしてそれが敗因になったのかな。藤波は天才で、オレは雑草。けれど、何だかさっぱりしている」と笑みを浮かべた。

その後は他団体でも対戦したり、タッグを組んだりしながらプロレス界を引っ張ってきた2人。現在もタレント活動も行いながら、リングに上がり続けている。7月4日、さまざまな因縁や物語がある両者の“戦い”に注目だ。

当日は会場内にて“組長”自ら描いたイラストをプリントした「藤原組オフィシャルマスク」や、藤波辰爾デビュー50周年の記念ロゴの入った「メモリアルマスク(2色)」と「メモリアルリストバンド(3色)」も個数限定で販売予定。

▼イベント申し込み http://bit.ly/shining210704(定員になり次第締め切り)

▼問い合わせ (株)シャイニング 046・283・1090

▼イベントURL http://shining-event.sakura.ne.jp/210704/

愛称は「マトリックス」ロマチェンコ、世界が注目のスターに中谷正義が挑む

26日に米ラスベガスで開催されるロマチェンコ(左)-中谷正義戦のプロモーション画像(米トップランク社公式SNSより)

ボクシングWBAスーパー、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(28=大橋)による防衛成功の熱が冷めやらぬうちに、同じ「聖地」米ラスベガス・ヴァージンホテルで26日(日本時間27日)、世界トップのライト級注目ファイトがセットされている。

元東洋太平洋同級王者でWBO世界同級5位の中谷正義(32=帝拳)が、元3団体統一同級王者ワシル・ロマチェンコ(33=ウクライナ)とのノンタイトル12回戦に臨む。

昨年10月、現3団体統一同級王者テオフィモ・ロペス(米国)に判定負けし、王座陥落するまでロマチェンコは階級を超越した最強ランキング、パウンド・フォー・パウンド(PFP)上位を争う常連だった。王座陥落した現在でも米老舗専門誌ザ・リングでPFP9位に入るほど。世界ボクシング界のスーパースターの1人と言っていい。

アマチュア時代から規格外の戦績だった。オリンピック(五輪)では08年北京大会フェザー級、12年ロンドン大会ライト級で2大会連続金メダル。世界選手権も09年、11年と金メダルに輝き、アマ戦績は396勝1敗。この1度の黒星は07年の世界選手権決勝だった。米プロモート大手トップランク社と契約を結んでプロ転向。18年には世界最速となる12戦目で世界3階級制覇を成し遂げた。プロ16戦のうち15戦が世界戦という戦績から想像しても、ロマチェンコがノンタイトル戦に臨むことは珍しい。その対戦相手として中谷に白羽の矢が立った。

中谷との試合は約8カ月ぶりの再起戦となる。この間、18年にメスを入れた右肩を再手術した。欧米のボクシング界は、卓越した攻守のテクニックからハイテク、精密機械、マトリックスとも呼ばれるロマチェンコの復調ぶりに注目している。米専門メディアでは早くも中谷戦後の展開を予想。現3団体統一王者ロペスとの再戦、あるいはWBC王者デビン・ヘイニー(22=米国)に挑戦するプランを報じる。無冠にもかかわらず、常に世界ベルトに絡む話題が続くのはロマチェンコのスター性だろう。

一方、中谷は帝拳ジム移籍初戦となった昨年12月、米ラスベガスでスター候補で当時のIBF5位フェリックス・ベルデホ(プエルトリコ)に9回TKO勝ちした。1回、4回にダウンを喫した後、9回に左ジャブでダウンを奪い返し、ワンツーで沈めたファイトは米国で高い評価を受けた。現在はライト級でWBO5位、WBA8位、WBC9位、IBF10位と4団体でトップ10入りしている。

19年7月にIBF世界ライト級王座挑戦者決定戦で判定負けした現3団体統一同級王者ロペスへのリベンジを口にする中谷にとっては世界挑戦を手にするための大チャンスと言っていい。ビッグネーム撃破で得るものは非常に大きいだけに、日本のファンにとっても興奮のカードとなる。【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

コロナ禍にも“事件”にも負けず、選手のため興行実施へ必死に闘う関係者

何事にもタフでなければいけない。新型コロナウイルスの影響でスポーツ界全体がもがき苦しむ中で、あらためてそう感じた。

5月30日、神戸市内でボクシングの興行が行われた。当初は千里馬神戸ジム主催だったが、直前にミツキジムに変更となった。千里馬神戸ジム会長の逮捕という不祥事のためだった。

雰囲気を確認する狙いもあり、会場へ取材に行った。かすかに描いていた「マイナスイメージ」は、かけらもなかった。緊急事態宣言下で人数制限はありながら、会場には熱気があり、選手はリングの上で練習してきた成果を必死に披露していた。直前に起きた“事件”など、まるで関係ないように感じた。

興行を請け負ったミツキジムの春木博志会長代行は「突然でびっくりしました」と話しつつ、「選手は何も関係ないですから。試合をするために大変な苦労をしてきている。それを無で終わらせるわけにはいかない。その一心です。大変でしたけど、何とか興行をやろうと。みなさんが協力してくれたおかげです」。

ボクシングはリングに上がるまでの戦いの方が過酷とも言われる。減量は平均で10キロ前後落とす。食べ物を入れないだけでなく、究極は水を抜く。極限まで仕上げて試合前日、計量のはかりに乗る。そんな苦しみを分かっているからこそ、簡単に興行をやめるわけにはいかない。

3150ファイトクラブの元世界3階級制覇王者の亀田興毅会長も、コロナで1度は延期になった初興行を無観客で実施した。「調整が大変な中でも必死に練習に取り組んできた選手たちの成果を披露させてあげたい」と赤字覚悟で臨み、現実に大きな赤字を抱えた。「はげができましたよ」というほどの心労がありながら、会長としての覚悟を持って立ち向かった。

記述した2つの興行。背景こそ違うが、「選手の努力をむだにできない」思いは一致している。まだまだコロナの収束は見えず、ボクシングの興行は最も影響を食らうだろう。その中で選手だけでなく、関係者も必死に闘っている。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

「東京ドームでやる」RIZIN榊原CEO強い意志で18年ぶり開催実現

総合格闘技18年ぶりの東京ドーム開催となったRIZIN28大会が13日行われた。興行を無事に成功させた榊原信行CEO(57)が試合後に総括を行った。

クレベル(左)に敗れぼう然とする朝倉未来(2021年6月13日撮影)

クレベル・コイケに敗れ、引退をほのめかした朝倉未来に対しては「辞めさせるつもりはない。復帰戦に向けて熱烈なラブコールを送りたい」と明かした。昨年11月にフェザー級王座決定戦で斎藤に敗れ、現時点ではベルト戦線からは後退しているが「何試合か実績を積んで、外国勢も入って来れば環境も変わる。今後に向かって進んでもらいたい」とエールを送った。

3人目の所英男(右)にパンチを放つ那須川天心(2021年6月13日撮影)

3選手と戦った那須川については「無事に終わって良かった。企画としては、はまったかなと。非難するファンもいたが、リスクのある勝負だったし、チャレンジは大事。枠をはみ出てこれからも挑戦していきたい」と語った。那須川のボクシング転向まで残り3戦。RIZINに出場するのは大みそかの1回となる。皆が待ち望む武尊との一戦については、これまでもK-1、RISEサイドと何度も話し合いを重ねてきた。「しっかり相談していけたら」と今後も検討を続ける。

今回、特に苦労したのはムサエフ、ケラモフの外国人選手の招集だった。5月末に入国したが、東京五輪前ということもあり「管理が厳しかった」。馳浩衆院議員らを通してスポーツ庁にお願いし、認めてもらったため、隔離は厳重に行った。入国管理局からは毎日のように確認の電話が入ったという。部屋にはトレーニング器具を設置。食事は本人たちの希望するものをスタッフが調理して届けた。「コンディションはいい」と話していたが、2人とも敗戦。通訳の1人が交通事故で来日できなくなったこともあり、榊原氏は「大変だったと思う」と思いやった。

今大会は約1万人を動員した。無観客の可能性もあったが「それでもやる」と東京ドームでの開催に強い意志を示していた。18年前も榊原氏が中心となって手がけていた。15年にRIZINを立ち上げてからは「東京ドームでやる」ことを目標に交渉を続け、6年かけてようやく実現。「格闘技界で過去に見たことのないような歴史に残る戦いになる」と自信を持って臨み、成功させた。

花道を入場する那須川天心(2021年6月13日撮影)

五輪期間中は開催を予定していない。「ぶつけても五輪の記事にかき消されてしまうと思う。無理矢理やるよりは、秋以降にしっかり」。もし、中止となれば「1カ月くらいあればなんとかなる」と、空いた会場で大会を開催することも検討していたという。コロナ禍でイベントの開催や収容人数などがなかなか定まらない中「早く決めてほしい」と漏らすこともあったが、対策を徹底し、迅速に対応した。

大会を無事に終えた今「五輪に向けてスポーツが盛り上がっていけたら」と話す。格闘技でスポーツの素晴らしさをアピールした榊原氏は、東京五輪の盛り上がった熱を受け取り、秋から再スタートを切る。【松熊洋介】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

引退口にした朝倉未来 ファン、関係者の願いは「最高の強さ見せてから」

13日に行われたRIZIN28大会で、朝倉未来(28)はメインの試合でクレベル・コイケに敗れた。試合後に今後のことについて聞かれると「引退も含めて考える」と口にしたが、翌14日のインスタグラムでは「少し休んで、また頑張ろうかな」と現役続行を示唆した。

クレベル(左)に敗れぼう然とする朝倉未来(2021年6月13日撮影)

自信を持って臨んだ試合だった。榊原CEOから提示された候補の中から、1番強い選手だと考えたクレベルを選んだ。ほとんどが一本勝ちという寝技得意の相手に打撃勝負を挑んだ。「寝技は想定していない。もし、そうなってもタップはせず、最後まで逃げる」。言葉通り、三角絞めで意識が遠のいても、レフェリーに止められるまでギブアップをしなかった。「タップの選択肢はなかった」。これまで「死を覚悟した」こともあるという朝倉の意地と覚悟を感じた。

マウントを取り、上から打撃を加えることができる有利な状態のように見えるが、実は相手もディフェンスをしながら十分な体勢になっているという三角絞めの怖さ。「1日何時間も練習している」とクレベルは話す。この日、同じボンサイ柔術出身のソウザもムサエフ相手にこの技で仕留めた。榊原CEOは「三角絞めが、はやるのでは」と語るほど、衝撃を与えた。

クレベル(左)に三角絞めで敗れる朝倉未来(2021年6月13日撮影)

朝倉に勝機があったかに思えたシーンがあった。1回、左右のパンチがヒットし、クレベルがふらついた。一気にたたみかけるチャンスだと思った人も多いだろう。昨年末の大会から「自分から攻めに行くスタイルに変えた」と言っていただけに、一瞬ちゅうちょしたようにも見えた。「目が死んでなかったので、行き過ぎると危ないかなと思って、うかつに入れなかった。完全に戦意喪失していないと危ないなと」と心境を語った。結果、仕留めることはできず、回復の時間を与えてしまったが、クレベルは「バランスは崩したが、問題なかった。全然心配していなかった」と話しており、朝倉の判断は間違いとは言い難い。

試合前は強気な発言が多いが、昨年11月の斎藤戦も含め、負けた後は「相手が強かった」と潔く認める。ただ今回は「格闘技を始めて結構な月日が経った。アウトサイダーから初めて、東京ドームの大舞台に立てたが、ここで負けた時に今後格闘技をやっていく意味があるのか、というのがある」と珍しく弱気な発言も飛び出した。ユーチューバーとしての活動を制限し、限界まで追い込んで挑んだ戦い。「辞める」と語っていた30歳が近づいていたこともあり、敗れて格闘技人生の“天井”が見えたことで、試合後に「引退」の2文字を口にしたのかもしれない。

クレベルに敗れ目の上を腫らした朝倉未来(2021年6月13日撮影)

弟の海は「自分としては続けて欲しいと思っている」と話し、那須川はSNSで「年下の僕が言うのもなんですが、まだまだこれから。成長している限り終われない、終わってほしくない」と思いをつづっていた。榊原氏も「真っ向勝負を挑んだ未来に胸打たれた。しばらくしたら熱烈なラブコールを送りたい」と今後もサポートを続けるつもりだ。

朝倉は以前、引退について「これだけやっても勝てないと思われて辞めたい」と語っていたことがある。続行を示唆した裏には、そんな思いもあるのかもしれない。「格闘技を盛り上げる」と先頭に立って引っ張ってきた。思ったことははっきりと口にし、弱音を吐かず、多くの人に勇気を与えてきた。役割は十分に果たしてきたように思う。アンチもいるが、それ以上にもっと勇姿を見たいというファンがたくさんいる。インスタグラムのコメント欄には、多くの応援メッセージが届いた。彼らは、朝倉が最高の強さを見せた上で、納得する形でリングを降りてほしいと願っているだろう。【松熊洋介】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

相撲とボクシング 似ている所と似てはいけない所 井岡問題で揺らぐJBC

井岡一翔(2020年12月31日撮影)

記者として相撲担当が一番長い。2番目がボクシング。以前はイベント時には真っ先に助っ人に行ったり、一般紙などは掛け持ち担当の記者が多かった。2つの競技には共通する面も多いからだろうか。

格闘技であり、個人競技である。一番似ているのは、部屋やジムに力士や選手が所属して育成するシステム。親方中心で部屋、本場所、巡業を、ジム会長が中心にジムや興行を運営と、組織も似ている。

一番の違いは勝負判定にあると思う。相撲は行司が裁くが審判は親方が務める。土俵下に座る5人は各一門から1人ずつで公平を保つ。大関照ノ富士が夏場所優勝したが、3敗中2敗は物言いの末の黒星。いずれも審判長は師匠伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)だった。

ボクシングは日本ボクシングコミッション(JBC)がこの任にある。創生期は親睦団体の全日本ボクシング協会(当時)に審判部が置かれ、試合を運営していた。52年に白井義男がダド・マリノに日本人初の世界挑戦となった。コミッション制度がないと試合が認められないため、急きょJBCが設立された。

試合を承認し、運営し、身内ではなく第三者として勝負を判定する。公平中立な立場にあるJBCが、揺らぐ事態となっている。世界王者井岡一翔に関するドーピング検査の問題だ。

昨年大みそかの田中恒成戦での検査で、禁止薬物が検出されたというもの。さまざまなずさんな規定、体制、対応が判明した。週刊誌が先行報道したことで、情報管理も問われている。

ドーピングについては勉強不足だが、五輪競技などに比べて規定の緩さは、経費から一定の理解はできる。それにしてもあきれた現状だった。検体を職員の自宅の冷蔵庫で保管したり、リュックに入れて運んだり。突っ込みどころ満載の管理体制があらわになった。

その1カ月ほど前にはジム会長が資格停止処分を受けた。ところが、日本プロボクシング協会の抗議で即座に白紙撤回もあった。前日計量時にJBC職員をどう喝などしたという。倫理委員会が事情聴取したのは職員だけで、本人、周辺の聴取はなし。処分告示はHPだけで、本人への通達はなかったという。

告示が数カ月遅れで掲載され、すでに処分期間が過ぎていたことがままあった。人事も公表されておらず、職員の担務、責任者が不明なことも多い。密室な広報体制にも大いなる問題を感じる。

井岡は「規定違反は認定できない」と処分はなく、一応の潔白は証明された。JBCは発表会見翌日、1週間後にも異例の2度のおわびをHPに掲載した。井岡側は日本協会へJBC役員の退任などを要求する上申書を提出した。そう簡単に不信感は消えない。

JBCはライセンスの発行料と試合の承認料で成り立つ。「金を払ってるんだから言うことを聞け」という乱暴な協会関係者も確かにいる。JBCは毅然(きぜん)とした態度で中立公平を保つしかないが、その足元からしてグラグラだ。

相撲とボクシング。不祥事が多いのも似ている感じがするのは記者だけだろうか。世の中に目を転じると、ガバナンスの改革は指摘されてもあまり進んでいないよう。JBCが本当に腹をすえて改革に取り組めるだろうか。【河合香】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

3150ファイトクラブ亀田興毅会長が見据える「世界」“見せる形”模索中

初めての興行を振り返る3150ファイトクラブの亀田興毅会長(2021年5月22日撮影)

新型コロナウイルス感染症拡大防止により、緊急事態宣言が発出された。各業界に影響がおよぶ中、ボクシング界も直撃している。

その中で元世界3階級世界王者の亀田興毅氏(34)が会長となった「3150ファイトクラブ」が22日に大阪・豊中で初興行を行った。当初は5日にエディオンアリーナ大阪で予定していたが、コロナの影響で延期。しかし、興毅会長は「調整が大変な中でも必死に練習に取り組んできた選手たちの成果を披露させてあげたい。万全の感染症対策を実施した上で無観客試合で行うことになりました」と実施に踏み切った。

興毅会長の発信力、行動力への期待は大きい。元3階級世界制覇王者の長谷川穂積らを育てた真正ジムの山下正人会長(59=西日本ボクシング協会会長)は「発想力もあっておもしろい。若くて行動力もある。今後が楽しみ」と期待する。実際に合同で興行も計画し、実施している。

「コロナ」が直接的な原因となっているが、ボクシングの興行も岐路にたっているといえる。従来通り、会場をおさえて切符を売って人を呼び込む。テレビの地上波も、ビッグイベント以外はなくなってきた。その興行形態が持続できるのか、今回のコロナ禍は現実を見せつけてきた。

興毅会長は、その「現実」に立ち向かっている。ABEMATVとの提携など、「見せる」形を模索している。日刊スポーツのウェブサイトにおいても、ボクシングやバトル関連の視聴率は高い。関心が高いコンテンツをいかに見せるか。メディア、そして発信する当事者も思考をこらしている。

その中で多くのチャンネルを興毅会長は駆使しようとチャレンジしている。まずは選手。育てていく中で、どう発信していくか。現代において視聴者層は日本に限らない。「世界」を見据えた戦略を興毅会長は考えている。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

亀田和毅の試合を見守る兄で3150ファイトクラブの興毅会長(2021年5月22日撮影)

「地上最強女子」の格闘技二刀流 男にも勝てるクラレッサ・シールズの挑戦

ボクシング五輪2大会金メダル、プロでも世界3階級制覇王者のシールズ(左)が総合格闘技にも挑戦。右はデビュー戦の相手エルキン(PFL提供)

女子格闘技界でも“二刀流”を目指すスーパーアスリートがいる。

その名はクラレッサ・シールズ(26=米国)。地上最強女子と言っていいかもしれない。実績を挙げたらキリがない。ボクシングで12年ロンドン、16年リオデジャネイロ両オリンピック(五輪)女子ミドル級連続金メダリスト。プロ転向後もスーパーウエルター級、ミドル級で4団体(WBA、WBC、WBO、IBF)統一した現世界3階級制覇王者だ。そして21年はボクシングを継続しつつ、総合格闘技に挑戦する。

6月10日(日本時間11日)、米アトランティックシティーで開催される米格闘技団体PFL(プロフェッショナル・ファイターズ・リーグ)に参戦し、柔術をベースとするブリトニー・エルキン(米国)と対戦する。PFLを通じ、シールズは「史上最高女子として私の格闘技史を確固たるものにする。非常に興奮している。6月10日、初めてPFLケージ(金網)に足を踏み入れ、挑戦から決して後退しない姿勢を世界に示すことが今から待ち切れない」と気持ちの高ぶりを表現。最後に「私は自分が世界一のボクサーであることを示しました。最終的には総合格闘家でも同じことをするつもり」と“二刀流”で世界ナンバーワンを狙うと表明した。

昨年12月、PFL参戦を宣言して以降、シールズはニューメキシコ州アルバカーキのジャクソンズウィンクMMAアカデミーで、元UFCライトヘビー級王者ジョン・ジョーンズや、ボクシング元WBA、WBC女子世界ウエルター級王者で元UFC女子バンタム級王者のホリー・ホルムらと一緒にトレーニングを積んでいる。

先日、米メディアのTMZスポーツによるインタビューで、シールズは「ジョンと一緒に何時間も練習した。これまで総合格闘技で一緒に練習する選手の中でもっとも戦略的な1人。ホリーも戦略的かつ非常にエネルギッシュです」と総合格闘技デビューに向けて充実している状況を明かしている。さらに「誰もがKOやストップ勝ちを期待しているが私が欲しいのは経験。KOできればそれでいいし、15分(5分3回)かけてエルキンとフルラウンドでファイトするなら、それでもいい」と、いつものビッグマウスを控え、平常心を貫いている。

元K-1ファイターでPFLの代表を務めるレイ・セフォー氏は「女子ボクシングのパウンド・フォー・パウンド(階級超越した最強ボクサー)となるクラレッサ・シールズがケージの中でトレーニングしている動画をチェックし、6月10日に開催されるシールズとエルキンの対決が待ち切れない」と興奮を抑えきれないコメントを発表済み。米国内で「男子のボクシング世界王者にも勝てる」とも言われるシールズの二刀流だが、総合格闘技では新人。簡単にキックや寝技に対応できるのか未知数な部分が多いだけに、デビュー戦に注目が集まる。【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける」)

アイドル時代と真逆、ウナギ・サヤカ、SKE荒井優希らレスラーの美と強さ

スターダム後楽園大会 朱里を破り、バックステージで取材に応じるウナギ・サヤカ(撮影・松熊洋介)

14日に行われたスターダム後楽園大会で、ウナギ・サヤカが「シンデレラトーナメント」準々決勝で実力者の朱里を破り、4強に進出した。

試合の半分近くはエプロンでの攻防。DDTを決められ、劣勢の中、朱里の豪快な膝蹴りを間一髪でかわし、そのまま場外に蹴り落とした。勝利後、リングにうずくまり、感極まった。

アイドル活動をしていた時にプロレスに魅了され、東京女子プロレスに入門。その後、スターダムに移籍し、今年4月正式入団となった。「常に全力」がモットー。試合後は、顔に大きなアザを作りながらも、元気いっぱい、明るい声で取材に応じる。

2月には自身の成長をアピールできるシングル「7番勝負」に挑んだが全敗。「どうしたウナギ。しっかりしろよ」。「お前はいらない」などとアイドル時代には味わったことのない罵声を浴びせられたが、「だからどうした」と力強く言い返した。昨年12月には中野、白川と結成したコズミック・エンジェルズでベルトを戴冠。「シンデレラトーナメント」で4強に進出し、初のシングルのベルトも見えてきた。

女子プロレス界にはアイドルやモデル、タレント出身の選手が多い。スターダムで「Hカップグラドルレスラー」として売り出し中の白川は30歳でデビュー。昨年12月の誕生日には鼻を骨折したが「心は折れていない」と動じなかった。「後悔する人生は送りたくない。ブサイクになっても、整形するよりもベルトが欲しい」と力強い。

昨年からスターダムに参戦し、今年1月に入団したなつぽいは「このリングで命をかけて全力でプロレスに打ち込む。頂点を取るためにきた」と決意は固い。150センチの小さな体からは想像できないほどの激しいぶつかり合いを披露する。

同じく昨年スターダムに入団した172センチのひめかは「ジャンボプリンセス」の愛称で親しまれている。入団を機に10キロ以上の減量。「しっかりしていかないといけないという責任感が必要。毎日プロレスのことで頭がいっぱい」と日々の練習に打ち込む。

彼女たちはリング上で激しい動きや険しい表情を見せる一方で、タレントとしての“顔”も忘れていない。ホテルでの調印式や記者会見では、美しいドレス姿で登場。雑誌の撮影では、全身アザだらけの中、リング上で見せることのない、かわいらしい笑顔やセクシーポーズで、カメラに納まり、ファンを魅了する。

東京女子プロレス 伊藤麻希(左)にかかと落とし「Finally」を見舞う荒井優希(2021年5月4日撮影)

また、今月4日の東京女子プロレスでは、SKE48の荒井優希(23)がプロレスデビュー。同じアイドル出身の伊藤麻希にギブアップ負けとなったが、長い足を生かした強烈なかかと落としをさく裂させるなど、躍動。試合前には伊藤に「SKEの肩書に救われてるヤツにしか見えない」と挑発を受けていたが、試合後には「いいかかと落としだったと思う。誰でもできる技じゃない」と実力を認めさせた。SKEの先輩でレスラーと交流もある松井珠理奈からもアドバイスをもらい、コンサートのステージとは違った力強いパフォーマンスを披露した。「経験や、力の差を感じたけど、プロレスは楽しい。もっと強くなる」と“二刀流”での活躍を誓った。

タレント出身だから人気があるわけではない。ファン層は全く違い、プロレス転向によって離れていく人もいるという。アイドル出身のレスラーたちは、そんなリスクがある中、正反対とも言える厳しい世界で、美と強さを追求しながら、リング上でのトップスターを目指している。【松熊洋介】

アルバレスの足封じ作戦「まるで電話ボックス」狭いリングにサンダース激怒

カネロことサウル・アルバレス(メキシコ)が、スーパーミドル級で3団体統一に成功した。WBAスーパー、WBCにWBOを加えた。会場となったテキサス州アーリントンのAT&Tスタジアムには、7万3126人が詰め掛けた。

米ボクシング史上で屋内での入場者数新記録だった。実に43年ぶり更新で、過去最多は78年のアリ対スピンクスの再戦で、ニューオーリンズのスーパー・ドームで6万3352人。ちなみに世界で有料ではメキシコの約13万人、無料を含めるとフィリピンで32万人超えがあるという。

コロナ禍で国内スポーツは、無観客や入場制限が続く。うらやましい半面、怖さも感じた。多くの観客はマスクをせず、いつも通りの歓声にブーイング。日本とは桁違いでワクチン接種は進むが、感染者数もいまだ万単位なのに。

試合はカネロの快勝だった。パンチ力の違いが明らか。手数からビリー・ジョー・サンダース(英国)が優位採点もあったが、いつ仕留めるかだった。8回に顔面を破壊して戦意不能として病院送りに。眼窩(がんか)底など複数箇所を骨折させた。

30戦全勝で意気込んでいたサンダースだが、右目の周りは腫れて顔には生気なし。コカイン取引やドーピング疑惑などお騒がせのビッグマウス。試合前にちょっと笑わせてくれたのが、一番印象に残った。

リングの大きさについて「まるで電話ボックスだ」と激怒したという。リングは一辺が18フィート(5・18メートル)以上24フィート(7・13メートル)以内と規定されている。ファイターのカネロに対し、サンダースはアウトボクサー。狭いリングで足を封じようというわけだ。

うまいこと言う。今の子どもに通じるかなとも。コロナ禍でテレビ視聴時間が増えたが、ある番組で携帯電話の普及で公衆電話のかけ方を知らない子がいると言っていた。彼らにこの発言は通じないかもしれない。

小さいリングだとしても、作戦のうちでもある。今やそうした行為はあまりないだろうが、以前は公然と実行されたこともあった。あくまで規定のサイズ内でのことだ。勝つための手段である。

ジムで使うリングに規定はない。今はほとんどが規定内だが、明らかに小さいリングもいくつかある。ジム自体の広さが手狭のため、正規にしたくてもできないからだ。

ワタナベジムは81年7月にオープンした。五反田駅前のペンシルビル5階。ジム自体25坪しかなく、リングは規定外の4・5メートルしかなかった。サンドバッグが4本つられていて、もういっぱいいっぱいだった。

普段の練習では、リング内で数人がシャドーやミット打ち。ほとんどが接近戦で足を使うスペースはない。当時ジム2人目の世界挑戦となった吉野弘幸。ブンブン丸と言われた強打のファイターだったが「うちからアウトボクサーは育たない」と断言していた。

ジムは94年に移転して、自社ビルを持った。2フロアあり、リングも5・2メートル四方と規定内となった。そして、05年に内山高志がプロ転向し、6人目にしてジム初の世界王者が誕生。強打を誇ったが足も使えて11度防衛し、その後4人の世界王者も育った。リング同様に国内有数のジムへと拡大した。

カネロ戦のリングの大きさは不明だが、画面からそう小さくは見えなかった。ビッグスタジアムでは、アリーナ席でも約2メートルの差はあまり関係はなさそうだ。豆粒にしか見えないかもしれないが、その場に居合わせ、生を感じることがスポーツの魅力。井上尚弥の東京ドームでの試合が見たいものだ。【河合香】

勝利後泣きじゃくった寺地、眼窩底骨折し戦い抜いた久田…両者に拍手喝采

試合後のインタビューで涙を見せる寺地(2021年4月24日撮影)

4月24日に国内で今年初の男子世界戦、WBC世界ライトフライ級タイトルマッチがエディオンアリーナ大阪で行われた。王者寺地拳四朗(29=BMB)と同級1位久田哲也(36=ハラダ)の日本人対決。見どころたっぷりの攻防はフルラウンド、12回を戦い抜いて判定で王者が8度目の防衛に成功した。

コロナ禍の昨年に王者が起こした泥酔騒動で、12月に予定されていたのが延期となったカードだった。試合後、寺地は「いろいろとすみませんでした」と久田に謝罪し、インタビューでは泣きじゃくった。常にクールなイメージが強かっただけに意外だった。それだけ自分がやってしまったこと、多大な迷惑をかけた挑戦者陣営らに対し、とてつもなく重いものを背負っていたことを感じた。

試合前からの模様も含めたこの一戦のドキュメントが、関西テレビで深夜に放送されて、見た。寺地もだが、36歳で2度目の世界戦に挑んだ久田もしっかり追っていた。会場に応援に駆けつけていた奥さんと3人の娘さん。家族の絆、涙はグッとくるものがあった。

魂のこもった戦いだった。2回にダウンを食らった久田は、3回にも「ジャブが刺さって」と左目眼窩(がんか)底を骨折した。それでも残り9ラウンドも立ち続け、戦い抜いた。試合後のインタビューに答える久田の左目は腫れて完全にふさがっていた。視界を奪われても、パンチを振るう。素晴らしいボクサーの本能を感じた。

戦いを終えて、久田は引退を表明した。寺地はあらためて元WBA世界ライトフライ級王者具志堅用高氏が持つ連続防衛の日本記録13回の更新と、他団体のベルトも狙うと宣言した。勝者と敗者の道は分かれても、戦いそのものは拍手喝采でしかない。憎き新型コロナウイルスの影響で興行が制限される中、もやもやを吹き飛ばす戦いに心を打たれた。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

寺地拳四朗に敗れた久田哲也(2021年4月24日撮影)
久田(右)にボディーを見舞う寺地(2021年4月24日撮影)
2回、久田哲也(左)に右ストレートでダウンを奪う寺地拳四朗(2021年4月24日撮影)