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三段目陥落の朝乃山と「当たる力士かわいそう」の声 阿炎の場合は反応様々

朝乃山(2021年5月19日撮影)

相撲ファンから「下で当たる力士がかわいそう」という声が、SNSなど一部で広がっている。日本相撲協会は11日の臨時理事会で、緊急事態宣言中の夏場所前に複数回キャバクラに行くなどし、日本相撲協会が定める新型コロナウイルス対策のガイドラインに違反した大関朝乃山(27=高砂)の出場停止6場所と6カ月50%の報酬減額の処分を決めた。来年名古屋場所で復帰する見通しの朝乃山は、三段目まで番付を下げることが確実。ネットでは幕下以下の力士が「割りを食う」ことや、力量差から対戦時にケガを負う危険性が高まることなどを懸念する意見もあった。

朝乃山と同じようにガイドライン違反を起こし、黒まわしで再出発した阿炎(27=錣山)の場合はどうだったか。幕内だった昨年7月場所前や場所中にガイドラインに違反して不要不急の外出を繰り返し、出場停止3場所などの処分を受けて3月の春場所で幕下下位から復帰。力の差は歴然で、2場所連続で7戦全勝の幕下優勝を果たして関取復帰を決めた。

実際に対戦した力士の反応はさまざまだった。夏場所の5番相撲で対戦した高砂部屋の関取候補、幕下の寺沢(25)は「(阿炎は)所作の1つ1つから全然違った」と振り返る。最近まで三役として活躍していた力士と、本土俵で対戦する場面はめったにない。「雰囲気、オーラみたいなものは感じたか」と聞くと「感じました。勉強になる一番でした」と即答した。

春日野部屋のホープで幕下の塚原(21)は、6番相撲で阿炎に完敗。阿炎とは同じ埼玉県越谷市出身で、地元の相撲クラブで何度も胸を出してもらった“先輩”だけに、期するものがあったという。「小学校から一緒のクラブであこがれていた先輩。近いうちにもう1回、上でやりたいです」と塚原。出世の糧にするという意思が感じられた。

一方で実際に阿炎と対戦があったわけではないが、成績次第では対戦する可能性があった、ある幕下力士に夏場所後に話を聞いた。「対戦すること自体は仕方ないと思っていますし、それは言い訳になってしまうこと」と前置きした上で、こう漏らした。「でも正直『当たったら最悪だな』というのはありました。見ていても全然(阿炎の実力は)違いますし…」。

朝乃山の復帰土俵はまだ1年も先の話だが、対戦する力士の立場や心中も、注意深く観察したい。【佐藤礼征】

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元稀勢の里・荒磯親方が独立し新部屋、土俵2つ?土産コーナー…新形態模索

元横綱稀勢の里の荒磯親方(2019年9月29日撮影)

日本相撲協会は27日、元横綱稀勢の里の荒磯親方(34)が8月1日付で、田子ノ浦部屋から独立し、相撲部屋を新設することを発表した。

田子ノ浦部屋から転属するのは序二段足立、序ノ口西原、谷口、加藤の4人の力士と、幕下行司の木村隆之助。部屋住所は出身の茨城県牛久市に隣接する同県阿見町で、最寄り駅はJRひたち野うしく駅。来年夏前後の完成に向けて準備しており、完成するまでは同県つくば市の筑波大の中にある施設を使用する。

代表取材に応じた荒磯親方は「親御さんから預かった弟子を強くさせ、成長させることが目標。伝統文化を継承し、弟子にも伝えていきたい。力士としての振るまい、言動も大切にしながら指導していく。同時に地域貢献を図り、相撲を通じて地域との交流に携わっていきたい」と抱負を語った。

荒磯親方は19年1月の初場所限りで現役を引退し、部屋付き親方として後進の指導にあたっていた。20年4月には、独立を見据えて早大大学院スポーツ科学研究科に入学。修士課程1年制を修了した今年3月には「新しい相撲部屋経営の在り方」をテーマにした修士論文が最優秀論文として表彰されていた。

部屋の場所に茨城を選んだ理由について「大学院を含めていろいろな人の話を聞いて考えた。相撲の普及面を含め、地方の広い土地なら自分のやりたい育成ができる。環境を重視し、いろいろな挑戦ができると思った。故郷の茨城県へ恩返しをしたいという気持ちもある」と説明した。独立のタイミングについては「いろいろな意味でスムーズに進み、土地にも巡り合った。特に引退から2年と決めていたわけではない」とした。

荒磯親方を指導した平田竹男教授によると、授業では理想的な相撲部屋の設計を研究してきた。角界では土俵の数は「部屋に1つ」が常識だが、稽古の効率性を考慮して「2つ」作れないか模索。さらには、稽古場には複数のカメラを設置し、部屋内には親方や弟子が話し合えるミーティングルームがあり、観光客用に部屋オリジナルグッズなどを置いたお土産コーナーも設置する-。スペース確保の問題こそあるものの、固定観念にとらわれず、今までにない相撲部屋をイメージしていたという。【佐藤礼征】

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「最後はヒヤヒヤ」照ノ富士が勇気づけられた“隻腕の力士”も快挙喜ぶ

18年に東日本実業団相撲選手権大会に出場した際の布施美樹さん(左)(本人提供)

<大相撲夏場所>◇千秋楽◇23日◇東京・両国国技館

照ノ富士が勇気づけられたという“隻腕の力士”も快挙を喜んだ。

東京・拓大第一高で教員を務める布施美樹さん(47)は「最後はヒヤヒヤしました」と、照ノ富士の相撲をテレビ越しで観戦したという。布施さんは小学校2年の時に自宅で農作業を手伝っていた際、誤って草を切るカッターで腕を切断。右肘から先をなくすハンディを抱えながら、高校総体ベスト8などアマチュア相撲で実績を残した。

場所前の取材で照ノ富士は、過去に放送された布施さんのドキュメンタリー番組を何度も見返していたことを明らかにしていた。「この体でも一生懸命相撲を取っているのを見ると、自分もという気持ちになる」。両膝のけがや糖尿病などの内臓疾患に苦しんだだけに、感じるものがあったようだ。

布施さんは現在、東京・拓大第一高の職員として同校相撲部や、三鷹市の相撲クラブで指導者としての道を歩んでいる。照ノ富士と直接の交流はないが、10年に沖縄で行われた高校総体で、照ノ富士が鳥取城北高の団体優勝に貢献した場面を現地で見たことがあるという。「四つ身のうまさもだけど、力強さとセンスに驚いた思い出がある」と振り返る。

照ノ富士が過去のドキュメンタリー番組を見て力をもらっていると発言したことについて、布施さんは「ありがたいことですね」と喜んだ。「(照ノ富士の復活劇を)今度の指導の例にしていきたい。逆境に立ち向かう姿勢を教えていきたい」。照ノ富士の不屈の精神はアマチュア相撲にも広がっていく。【佐藤礼征】

照ノ富士は優勝決定戦で貴景勝(左)をはたき込みで破る(撮影・小沢裕)
伊勢ケ浜審判部長(右)から優勝旗を受け取る照ノ富士

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照ノ富士が大関初V「自分も」“隻腕の力士”から勇気、最後まで弱み見せず

照ノ富士は優勝決定戦で貴景勝(左)をはたき込みで破る(撮影・小沢裕)

<大相撲夏場所>◇千秋楽◇23日◇東京・両国国技館

照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が、昭和以降は初となる大関復帰場所での優勝を果たした。優勝に王手をかけた結びの一番で大関貴景勝に敗れたものの、決定戦ではリベンジした。独走態勢から一転した終盤戦だったが、古傷の両膝と向き合いながら最後は意地を見せた。2場所連続4度目の優勝で、大関では自身初。名古屋場所(7月4日初日、ドルフィンズアリーナ)で綱とりに挑戦する。

   ◇   ◇   ◇

照ノ富士は「いつもよりはうれしい」と、初めての大関Vに表情を緩ませた。21場所ぶりに大関に返り咲いた今場所。優勝に王手をかけた一番は、貴景勝の突き落としをあっさり食らった。幕内の優勝決定戦は過去3戦3敗。「決定戦になるといつも負けている」と自虐的に振り返る。この日は相手の両足がそろった瞬間を見逃さず、冷静にはたき込み。初日から10連勝が一転、終盤5日間で3敗を喫したが「常に言ってるように1日一番なので」と集中力は乱れなかった。

場所前から古傷の両膝の状態が上向かなかった。兄弟子で部屋付きの安治川親方(元関脇安美錦)は「中日すぎくらいから、歩くのもしんどそう。体重がかかるたびに鈍痛があるはず」と察する。この日も決定戦を制して花道を引き揚げる際、痛みを堪えるように顔をしかめる場面があったが、膝の状態については「相変わらず普通です」。最後まで弱みを見せなかった。

勇気づけられた存在が“隻腕の力士”だった。東京・拓大第一高教員の布施美樹さん(47)は、小学校2年の時に自宅で農作業を手伝っていた際、誤って草を切るカッターで腕を切断。右肘から先をなくすハンディを抱えながら、アマチュア相撲で奮闘する模様を追ったドキュメンタリー番組を、照ノ富士は何度も見返したという。「この体でも一生懸命相撲を取っているのを見ると、自分もという気持ちになる」。両膝のけがや糖尿病などの内臓疾患に苦しんだ経験があるだけに、感じるものがあった。

来場所は最高位に挑戦する。横綱昇進の内規は「2場所連続優勝、もしくはそれに準ずる成績」。審判部長を務める師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は「準ずる成績を出せば、そういう話になる」と綱とりを明言した。「なりたいからと言って、なれることでもない。だからこそ経験してみたい。一生懸命頑張って最後に『自分の力を絞りました』と胸を張って歩きたい」と照ノ富士。全力を尽くした15日間の先に、最高位が見えてくる。【佐藤礼征】

◆照ノ富士の優勝決定戦 照ノ富士が幕内の優勝決定戦を制したのは初めて。15年秋場所(横綱鶴竜)、17年春場所(横綱稀勢の里)、20年11月場所(大関貴景勝)と3戦全敗だった(カッコ内は対戦相手)。十両以下の優勝決定戦でも1勝2敗。

<照ノ富士アラカルト>

◆初の大関復帰V 昭和以降で大関に復帰した場所(過去11例)での優勝はなく、照ノ富士が初めて。

◆双葉山ルート 関脇で優勝を果たし、大関昇進の翌場所で連覇をするのは37年(昭12)1月場所の双葉山以来(当時11日制)。双葉山は翌場所も優勝して第35代横綱に昇進した。さらに新横綱から2場所連続で賜杯を抱き、5場所連続優勝となった。

◆大関初 在位15場所目で大関として初優勝するのは初代貴ノ花、小錦、琴欧洲に並び昭和以降5番目の遅さ。最も遅いのは稀勢の里の31場所目。

◆師匠に並ぶ 師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)に並ぶ4度目の優勝。

◆外国出身 外国出身力士の優勝は120度目。モンゴル出身は90度目。出身地別では北海道の120度が最多。

現役力士の幕内優勝回数
照ノ富士(左)に優勝旗を渡す伊勢ケ浜審判部長(撮影・河田真司)

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昭和以降で初、照ノ富士が大関復帰場所V王手「力を出し切って」

懸賞金の束を受け取る照ノ富士(撮影・鈴木正人)

<大相撲夏場所>◇13日目◇21日◇東京・両国国技館

大関照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が優勝に王手をかけた。モンゴルの同郷で西前頭6枚目の逸ノ城を万全の右四つで退けた。1差で追っていた大関貴景勝が3敗目を喫したため、後続との差は2差に広がった。14日目に照ノ富士が遠藤を下せば2場所連続4度目、昭和以降では初の快挙となる、大関復帰場所での優勝が決まる。3敗は貴景勝、遠藤の2人となった。

   ◇   ◇   ◇

自分の形になれば、200キロの巨漢もあっさり持っていく。立ち合いで右四つに組んだ照ノ富士は、かいなを返して逸ノ城の上体を起こすと、難なく左上手もつかんだ。相手が関取最重量でも関係なし。「自分の相撲を取りきることだけ考えました」。一気に寄り切って12勝目。結びで貴景勝が3敗目を喫したため、14日目で勝てば優勝が決まる状況となった。

逸ノ城とは16年夏場所以来5年ぶりの対戦だった。2人はモンゴルから同じ飛行機に乗って来日した間柄。過去には2場所連続で水入りとなる熱戦を繰り広げたが、大関に返り咲いた今場所は格の違いを見せつけた。

初日から1度も首位の座を譲らず、優勝に王手がかかった。鳥取城北高時代の恩師で同校相撲部コーチのレンツェンドルジ・ガントゥクス氏(36)は、テレビ越しで今場所の照ノ富士の活躍を見守る。初日前日の8日には、本人と連絡を取って激励した。「『(両)膝は相変わらず良くもならないけど、変わらずしっかり稽古してます』と言っていた。大関に戻って感動したし、男だなと思う」と、古傷と戦い続ける教え子の“カムバック”に喜び。周囲が期待する大関“復帰V”は目前に迫っている。

14日目に対戦する遠藤とは、幕内復帰した昨年から2戦2勝。「最後まで力を出し切って頑張りたい」。過去3度の優勝は全て関脇以下。大関として初めての優勝を果たし、綱とり挑戦の切符をつかむ。【佐藤礼征】

逸ノ城(左)を寄り切りで破る照ノ富士(撮影・鈴木正人)

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照ノ富士が破竹の10連勝「まだ5日間あるので何とも思っていない」

霧馬山(右)を土俵際に追い込む照ノ富士。土俵下は正代(撮影・河田真司)

<大相撲夏場所>◇10日目◇18日◇東京・両国国技館

大関に復帰した照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の勢いが止まりそうにない。東前頭4枚目霧馬山を万全の形で寄り切り、初日から10連勝。取組を見守った日本相撲協会トップの八角理事長(元横綱北勝海)も手放しで称賛する、会心の内容だった。後続との差は変わらず2差。2場所連続4度目の優勝へまっしぐらだ。2敗勢は5人から2人に減少し、大関貴景勝、平幕の遠藤が食らいついている。

    ◇    ◇    ◇

まわしをがっちり引いても、勝負を焦らない。照ノ富士は左四つに組み止めて右上手を引くと、出し投げで霧馬山を横向きにさせた。間髪入れずに、左のど輪で起こして体を寄せる。強引に寄り立てることも、投げを打つこともない。相手の下手を切って万全を期した。

不安要素の見当たらない相撲内容に、八角理事長も目を見張る。左四つの霧馬山は、右四つの照ノ富士とはケンカ四つ。「霧馬山がやりたかったことをやった。相手のまわしを切りながらうまく取った。相手の力を出させない理論相撲。厳しい相撲を取った」とうなった。

前日9日目は合い口の悪い関脇高安に苦戦したが、それ以外の9勝は危なげない白星だ。八角理事長は「勢いを考えると、全勝も見えてくるんじゃないかな。誰が止められるか、見当たらないくらい。完璧なくらい完璧」と絶賛。3大関との対戦は残っているが、早くも全勝優勝を予感した。懸念材料は古傷の両膝だけ。疲労が心配される残り5日間だが、八角理事長は「膝、体の疲れ、勝っていると感じないもんだよね」と、波に乗る照ノ富士の心中を察した。

照ノ富士自身も、言葉に力強さがにじむ。「常に自信を持って土俵に上がらないといけないので」。初日からの連勝は、大関2場所目だった15年秋場所の11連勝が幕内では自己最長。23歳で大関を射止めた過去の自分を超える勢いがある。

前日と変わらず後続とは2差つけている。11日目に対戦する妙義龍とは過去12勝3敗。昨年の幕内復帰後は3戦3勝と問題にしていないが「まだ5日間あるので(優勝争いは)何とも思っていない」。大関復帰場所で優勝を果たせば昭和以降では初めて。快挙は確実に近づいている。【佐藤礼征】

▽幕内後半戦の高田川審判長(元関脇安芸乃島) 貴景勝は当たりが良かった。最高の角度の攻め。照ノ富士は立ち合いでまわしを取って、そこから1度腰を下ろした。ああなると逆転は食わない。

霧馬山(右)を寄り切りで破る照ノ富士。土俵下左は正代(撮影・河田真司)

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照ノ富士劣勢から4連敗中の高安下す、物言いにさらり「残った感覚あった」

高安(右)をはたき込みで破る照ノ富士(撮影・狩俣裕三)

<大相撲夏場所>◇9日日◇17日◇東京・両国国技館

大関に返り咲いた照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が“天敵”を下して、初日からの連勝を「9」に伸ばした。

過去7勝12敗で4連敗中と苦手にしている関脇高安をはたき込み。物言いがつく際どい一番を制した。1敗の大関貴景勝が敗れたため、後続との差は「2」に広がり、2場所連続4度目の優勝に向けて期待が高まってきた。貴景勝、小結御嶽海ら5人の2敗勢が追いかける。

   ◇   ◇   ◇

相撲は照ノ富士が劣勢だった。もろ差し狙いの高安に押し込まれ、前傾になって突き返す。差し手争いとなったが、まわしに手が届かなければ、相手の腕を抱え込む、得意の展開にも持ち込めない。投げを堪えて後退した土俵際。倒れ込みながら前に出る高安を、何とかはたき込んだ。行司軍配は照ノ富士。高安が前に落ちるのと、照ノ富士の足が出るのが同時ではないかと物言いがついたが、勝敗は覆らなかった。

審判団の協議を待っていた心境について、照ノ富士は「残った感覚はあった」と、さらりと言った。幕内復帰を果たした昨年7月場所から1度も勝てなかった相手。最後に勝ったのは前回大関だった17年夏場所と4年前にさかのぼる。「我慢して良かったです」。中盤戦のヤマ場を越え、短い言葉で勝利をかみしめた。

土俵下で取組を見守った藤島審判長(元大関武双山)は「高安は(まわしを)取らせない、差させない。照ノ富士にとって危ない相撲だった」と振り返る。場所前の稽古では、古傷である左膝の状態が上向かなかったという今場所。振り向けば、後続との差は早くも2差に広がっていた。

大関復帰場所で、早くも独走態勢に入っている29歳は「自分の相撲を取るだけ」と、多くを語らず気を引き締めた。幕内での初日からの連勝は、大関2場所目だった15年秋場所の11連勝が自己最長。勢いは止まりそうにない。【佐藤礼征】

◆V率100% 9日目終了時で後続に2差つけての単独トップは、1場所15日制が定着した1949年(昭24)夏場所以降では21回目。過去20回は63年九州場所の栃ノ海から、17年九州場所の白鵬まで全て優勝している。千秋楽に優勝が決まったのは98年の若乃花だけで、そのほか19例は13、14日目までに優勝が決定している。

高安をはたき込みで破り、懸賞金の束を手に土俵から引き揚げる照ノ富士(撮影・河田真司)
高安-照ノ富士の一番で物言いが付き、土俵に上がって審議する親方衆(撮影・河田真司)

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豊昇龍、大関挑戦3戦目内掛けで初白星 おじ朝青龍に「立ち合い」教示志願

朝乃山(左)は豊昇龍に内がけで敗れる(撮影・小沢裕)

<大相撲夏場所>◇8日日◇16日◇東京・両国国技館

元横綱朝青龍をおじに持つ東前頭5枚目豊昇龍(21=立浪)が、大関挑戦3戦目にして初勝利を果たした。朝乃山をのど輪で起こして先手を奪うと、右四つから内掛けで大関をあおむけにさせた。今場所が初めての上位総当たり。偉大なおじを尊敬してやまないホープが、後半戦に向けて弾みをつけた。大関復帰の照ノ富士は中日での勝ち越しを決めた。1差で大関貴景勝が追走する。

    ◇    ◇    ◇    ◇

幕内5場所目の21歳が、大関相手に立ち合いから主導権を握った。右のど輪で起こして左上手、右四つに組むと、自ら仕掛ける。「狙っていなかった」と右足を相手の左足に掛けて、朝乃山に体を預けた。鮮やかな大関戦初勝利に「体がよく動いてくれた」と声を弾ませた。

前日7日目の貴景勝戦は、立ち合いで左に変わる注文相撲を取って負けた。消極的な内容に、師匠の立浪親方(元小結旭豊)からも「大丈夫か?」と心配されるほど。「昨日までずっと勝ちたい、勝ちたいと思っていて、自分の相撲を取り切れていなかった。楽しみたいと思ってやった」。悔いのない一番が取りたかった。

朝青龍のおいっ子として、入門時から注目を集めてきた。おじは4日目の12日にSNSで「また負けか?」「明日勝て!」などと投稿。名前こそ挙げなかったが、豊昇龍の取組を気にかけている様子だ。今場所中、まだ連絡を取り合っておらず「おじさんには立ち合いのことを教えてもらいたい」と助言を求める。9日目も正代との大関戦。さらに殊勲の星を積み重ね、おじにいい報告がしたい。【佐藤礼征】

朝乃山(右)を内掛けで破る豊昇龍(撮影・鈴木正人)

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霧馬山に最高の“参謀役” 2場所連続朝乃山撃破!相手の対策教わり感謝

霧馬山(右)は朝乃山を上手投げで破る(撮影・柴田隆二)

<大相撲夏場所>◇6日目◇14日◇東京・両国国技館

東前頭4枚目霧馬山(25=陸奥)が2場所連続で大関朝乃山を破った。相手得意の左上手を許しながら、巧みに切って上手投げ。今場所は2勝4敗と黒星が先行しているが、春場所中に現役を引退した兄弟子の鶴竜親方(元横綱鶴竜)から日々助言をもらい、着実に成長している。大関に復帰した照ノ富士は初日から6連勝。1敗の大関貴景勝、関脇高安が追走している。

   ◇   ◇   ◇

「勝っても負けても、真っすぐいけた」と霧馬山の笑顔がはじけた。初めて朝乃山に勝った先場所は、立ち合いで左に動いてあっけなく送り出す“注文相撲”だったが、今回は正面から当たった。四つ相撲の本格派大関から、真っ向勝負で白星をつかんだ。

朝乃山の形になっても慌てなかった。差し手争いから右四つに組み、浅い位置で相手得意の左上手を取られた。万事休すと思われたが、あごをつけた体勢から下手で振って上手を切る。棒立ちとなった大関を、上手投げで豪快に転がした。「最後まで我慢できた」と満足そうにうなずいた。

部屋にはこれ以上ない“参謀”がいる。19年9月に旧井筒部屋から転籍し、今年3月の春場所中に引退した部屋付きの鶴竜親方から、対戦相手の対策を教わる。「まわしを切るとか頭をつけろとか…。(対策の助言は)いつも言われている」と感謝している。

大関貴景勝や平幕の阿武咲らと同じ1996年度生まれ。昨年12月の合同稽古に参加した際は「同い年なので、どうしても負けたくないという気持ち」とライバル心をメラメラ燃やした。

最高位は昨年11月場所の東前頭筆頭。左肩の負傷などで番付を落としていたが、先場所から再び上位総当たりの地位に戻ってきた。「最後まで、今日みたいな相撲を取っていきたい」。成績次第では来場所、新三役を狙える地位に就く。巻き返しに向け、モンゴル出身のホープがきっかけをつかんでいく。【佐藤礼征】

▽朝乃山の話 自分の形の左上手が外れて、そこから攻められた。攻めがバラバラになった。明日からまた自分の相撲を取っていきたい。

霧馬山(手前)は朝乃山を上手投げで破る(撮影・滝沢徹郎)

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照ノ富士無傷5連勝 競泳池江の疾患と闘う姿に「相当な努力」刺激受けた

若隆景を破り懸賞金を受け取る照ノ富士(撮影・滝沢徹郎)

大関に返り咲いた照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が、東前頭筆頭若隆景を寄り切って無傷の5連勝を飾った。4日目までに2大関を破った相手に攻めあぐねる場面こそあったが、最後は右で抱えて主導権を握った。初日から連勝で単独首位と、最高の形で序盤5日間を終えた。2日連続、今場所3度目の4大関安泰も演出。大関貴景勝、かど番の正代、関脇高安ら8人の1敗勢が照ノ富士についていく。

   ◇   ◇   ◇

快勝を重ねる照ノ富士も珍しく「何でもしてくる相手だからいろいろ考えちゃった」と警戒心を明かすほど、集中力がみなぎっていた。若隆景に両はずにあてがわれ、なかなか引っ張り込めない展開。ようやく右で抱えて小手に振りまわすと、休まず体を寄せた。

相手の若隆景は先場所から今場所にかけて大関を4回撃破するなど、最も勢いのある若手の1人。「土俵に上がってから迷いが出てしまったので、相撲もじっくり見ていこうと思った」と、慎重な攻めで序盤5日間を締めくくった。

前日浮上した単独トップの座を守り、早くも2場所連続優勝が期待される。横綱白鵬を除けば現役最多の3度の優勝回数を誇るが、大関としての優勝はまだない。場所前には「できるものならやってみたいですし。それこそ本当に1日の積み重ねだと思う」と地に足をつけていた。大関優勝の先は綱とり。今場所を起点に、4大関の出世レースから抜け出す。

場所前には白血病から復帰して東京オリンピック(五輪)代表に内定した競泳女子の池江璃花子から刺激を受けていたことを明かしていた。「けがしているより病気の方が怖いこと。相当な努力をしたんだなと思います」。自身も両膝のけがだけでなく、糖尿病などの内臓疾患とも戦って土俵に戻ってきた。5連勝発進にも「まだ始まったばかり」と淡々。どん底からはい上がった29歳は、一番一番を全力で努める。【佐藤礼征】

▽幕内後半戦の伊勢ケ浜審判長(元横綱旭富士) 照ノ富士は落ち着いていた。出来れば前に持っていって欲しかったけど、若隆景は土俵際が強いから自分で考えていったと思う。(序盤戦を終えて)これからも大関陣に頑張って欲しい。下の力士も上に勝てるよう頑張ってもらえれば。

若隆景(手前)を攻める照ノ富士(撮影・滝沢徹郎)

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連勝の貴景勝「自分にとってありがたい」国技館に熱気戻りファンへ感謝

明生を破り懸賞を手に引き揚げる貴景勝(撮影・滝沢徹郎) 

<大相撲夏場所>◇4日目◇12日◇東京・両国国技館

国技館に熱気が戻ってきた。この日から上限5000人で観客を入れて開催。大関貴景勝(24=常盤山)がファンの見守る中、今場所初の連勝を飾った。先場所に敗れた東前頭2枚目明生を押し出して3勝目。入場制限が緩和された昨年11月場所では、大関として初優勝を果たした。ファンへの感謝を胸に、残り11日間を戦う。勝ちっ放しは大関照ノ富士ただ1人となった。

   ◇   ◇   ◇

番付の違いを見せつけた。明生のかち上げをはじき返すと、利き手の左から強烈なおっつけを見舞う。横向きにさせて一押し。今場所初めて訪れた観客に、持ち味の突き押し相撲を存分に見せつけた。

春場所で黒星を喫した相手に何もさせなかった。「集中して明日もやりたい」と淡々と振り返る。土俵下で取組を見守った幕内後半戦の高田川審判長(元関脇安芸乃島)は「当たりがいい。だから自分のリズムで相撲が運べている」と称賛。「4大関が引っ張っていってほしい」と話す同審判長の期待に応えるように、初日以来、今場所2度目の4大関安泰に貢献した。

会場の“温度”からファンのありがたみを感じ取っている。前場所から観客の上限が2500人から5000人に緩和された昨年11月場所では、初日の取組を終えて「花道より土俵の方が温かくなる。2500人のときには感じられなかった。自分にとってありがたい」と話した。同場所では大関として初めての優勝。観客の存在が励みになった。

「拍手をいただけるのはありがたいこと」とこの日も感謝。ファンを大事にするからこそ、テレビ越しに応援するファンにも力強い相撲を届ける。「(有観客と無観客)どっちも均等に力を出さないといけない」と決意を新たにした。昨年は協会公式アプリの有料会員が選ぶ「敢闘精神あふれる力士」で、最多12回の1位を獲得。人気、実力を兼ね備える24歳は期待を力に変えていく。【佐藤礼征】

○…夏場所4日目から有観客開催となった。日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「拍手だけの応援かもしれないが力士には励みになる」と感謝した。緊急事態宣言を受け、同場所の入場券販売を4月27日で売り止めにして以降、再販売や当日券の販売はない。販売当初から1日あたりの観客数は5000人が上限。4日目から千秋楽までの12日間分で売れた入場券は約3万枚と春場所よりも少ないが「お客さんがいるのといないのでは違う」と話した。

明生(右)を押し倒しで破る貴景勝(撮影・鈴木正人)

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「大関照ノ富士」21場所ぶりに響く 史上初“復帰V”へ期待の白星発進

明生(右)を攻める照ノ富士(撮影・鈴木正人)

<大相撲夏場所>◇初日◇9日◇東京・両国国技館

大関に返り咲いた春場所覇者の照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が、東前頭2枚目明生をきめ出しで下して白星発進した。2場所連続、昭和以降では初の大関復帰場所での優勝に向けて、17年秋場所3日目以来1355日ぶりの大関白星を挙げた。昨年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止。2年ぶりの夏場所は3日目まで無観客で開催される中、16年九州場所5日目以来の4大関安泰で幕を開けた。

   ◇   ◇   ◇

照ノ富士が3年半ぶりに大関として勝った。2度目の立ち合いで、明生の両腕を抱え込むと、じわじわと体を寄せて、焦らず料理。危なげない一番に「(相手が立ち合いの呼吸を)合わせてくれなかったが、前に足が出たので良かった」と納得するようにうなずいた。

不安を抱えながら臨んだ場所だった。場所前の調整について、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は「膝の調子があんまりよくない。稽古はちょっと足りてない」と、古傷の両膝の状態を懸念。「出るからには、大関としての責任を果たせるように頑張ってもらいたい」と求めている。

昭和以降、大関復帰場所で優勝した例はない。現行のかど番制度となった69年名古屋場所以降では、7人8例が大関に返り咲いたが、復帰場所での最多白星は05年春場所での栃東の10勝。データ上では優勝争いに絡んだケースすらない中で、史上初の“復帰V”が期待される。

無観客開催で国技館内は静寂に包まれる。場内アナウンスなどで「大関照ノ富士」のしこ名が17年秋場所以来、21場所ぶりに響くが本人は「特に(感想は)ありません」と感慨にふける様子はない。4日目の12日から上限約5000人で観客が入る。「やることは変わらないが、身近で見て盛り上がってくれればいいこと」。照ノ富士の白星が号砲となるように、4大関全員が白星。出場最高位として土俵を引っ張っていく。【佐藤礼征】

▼八角理事長(元横綱北勝海) 照ノ富士からすれば差されたら(相手の腕を)きめるのはいつものこと。先に動いたのが良かった。相撲が安定していて優勝争いの中心になるでしょう。(4大関安泰に)勝つべく人が勝って盛り上がる場所になりそうな感じがする。

照ノ富士(左)はきめ出しで明生を破る(撮影・小沢裕)
照ノ富士(左)はきめ出しで明生を破る(撮影・小沢裕)

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父は先代時津風親方、兄・木竜皇、弟・春雷 初土俵踏む坂本兄弟に期待の声

夏場所の新弟子検査を受ける元前頭時津海の長男の木竜皇(左)と次男の春雷(21年4月28日)

大相撲の先代時津風親方(元前頭時津海)を父に持つ長男の木竜皇(18、本名・坂本博一)と次男の春雷(16、本名・坂本正真)がそろって立浪部屋に入門し、夏場所(9日初日、東京・両国国技館)で初土俵を踏む。先月28日の新弟子検査合格を経て前相撲でデビューする予定。将来性豊かな坂本兄弟に、周囲も期待の声を寄せる。

坂本兄弟はすでに、部屋の幕下を相手に相撲を取っている。5日に報道陣の電話取材に応じた天空海は「持ち前のセンスというか、真面目ですよ。びっくりするくらい。みんな見習うくらい。自分らを見直しちゃうくらい、まじめで謙虚ですね」と2人の稽古姿勢を褒めれば、千葉・柏第二中の先輩でもある豊昇龍は「すぐ上がってくると思いますね」と早期の出世を予感。師匠の立浪親方(元小結旭豊)は「関取(明生、豊昇龍、天空海)の次の勢力になってもらうように期待しています」と期待を寄せていた。

3学年差の2人はともに名門、柏相撲少年団のOBでもある。飛躍が期待される坂本兄弟について、同少年団の監督を務め2人を指導した永井明慶氏は「(兄弟ともに)中1の時から親元を離れて努力してきた。兄弟仲もいい」と振り返る。

兄弟だが性格は違う。兄の木竜皇は「ユーモアな人間性があって、そこをつぶさないように育ててきた」と永井氏。弟の春雷は「すごく真面目で、我が強くてストイック。兄は言われたことをどんどんやるタイプだけど、弟は自分で決めたことをやり通すタイプですね。どちらにも良さがあると思います」と説明する。

先代時津風親方の時津海は、四つ身の技術が光る相撲巧者だった。2人は父と同じ右四つ。永井氏いわく「兄は“受け”が強くて、弟は“攻め”が強い」。木竜皇は父と似て組んでからの攻めが光り、春雷は前に出る力強さがあるという。

入門前の1カ月間は、同少年団の稽古に参加して角界入りの準備を進めてきた。永井氏は「2人でどんどん稽古していた。これから雑用やいろんな苦労があると思うけど、そこは兄弟でうまく苦労を“山分け”して乗り切っていってほしい」とエールを送る。

先月28日の新弟子検査を受けた坂本兄弟は「やっている人たちに目標とされるような力士になりたい」(木竜皇)、「部屋の関取たちのようなお相撲さんになりたい」と目を輝かせた。2人のしこ名が番付に載るのは7月場所となる流れ。夢への階段を上り始める。【佐藤礼征】

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元朝青龍のおい豊昇龍「スカイツリーは山じゃない」茨城から東京へ部屋移転

夏場所に向けて稽古に励む豊昇龍(日本相撲協会提供)

大相撲夏場所(9日初日、東京・両国国技館)で東前頭5枚目に就いた元横綱朝青龍のおい、豊昇龍(21=立浪)が3日、約3年半過ごした茨城・つくばみらい市の部屋から通う最後の場所に向けて「最後の場所となるので、何とか力を出し切るしかないですね」と意気込んだ。

夏場所後に部屋がつくばみらい市から、2月中旬まで常盤山部屋が使用していた東京都台東区の建物に移転する。稽古後に報道陣の電話取材に応じ「(つくばみらい市の部屋は)入門してからずっといたので。(両国国技館に)近くなるのはいいけど、自分は茨城の部屋が好きでしたよ」と話した。

自然豊かなモンゴル出身。部屋から車で1時間半ほどの筑波山(つくば市、標高877メートル)を登るのが好きだった。「関取になってからよく登りに行っていた。1カ月に1回は行ってました。トレーニングより気持ちのリフレッシュ。モンゴル人は山に登るの好きなんで。昔のことを思い浮かべる。筑波のいろんな場所はモンゴルに似ている感じがして。引っ越しても行きたいね」。移転先からほど近い浅草には、高さ634メートルの東京スカイツリーがあるが「スカイツリーは山じゃないね(笑い)」と笑い、現時点での高い関心は示さなかった。

現部屋での最後の場所は、自己最高位で役力士と対戦する可能性もある。「番付を見たとき、わくわくして早く場所始まらないかなと。体もわくわくして半端なかったです」。おじからは「アドバイスはなかったけど『立ち合い甘いな』と(言われて)、立ち合いのことを意識しました」という。目標は勝ち越し。「早くやりたい。上位倒したらどんだけ気持ちがいいかと」と興奮気味に語った。【佐藤礼征】

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“再”大関照ノ富士「盛り上げていけば」4大関で綱取り争い活性化を

夏場所の番付発表で大関に復帰し、リモートでの会見に臨む照ノ富士(日本相撲協会提供)

大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)が大関復帰場所となる照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が、綱とり争いの活性化を誓った。

日本相撲協会は26日、夏場所の新番付を発表。17年秋場所以来21場所ぶりの地位に就き、都内の部屋で臨んだ会見で看板力士としての自覚をにじませた。横綱白鵬の休場が確実で、自身を含めた4大関が出場最高位に。横綱誕生の期待も気合十分に受け止めた。

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2場所連続4度目の優勝を目指す“再”大関場所を、綱とりの起点にする。過去3度の優勝は全て関脇以下。照ノ富士は「横綱に上がるためには、優勝に準ずる成績はずっと残さないといけない立場。毎場所優勝に絡んでいけるように頑張っていきたい」と気持ちを高めた。

貴景勝、朝乃山、正代、自身を含めた4大関の綱とりレースに注目が集まることは意識している。新横綱誕生は17年春場所の稀勢の里が最後。「しばらく横綱が誕生していない。大関陣が4人になったから、周りからの新しい横綱の誕生(の期待)がある中で挑む場所。4人で盛り上げていけばいいかなと思う」。夏場所は3日目まで無観客での開催が決定。「自分の場合はテレビの向こうで(ファンが)見ていると思って頑張っているので、特に変わらない」と淡々と意気込んだ。【佐藤礼征】

夏場所の番付発表で大関に復帰し、番付表の自身のしこ名を指さす照ノ富士(日本相撲協会提供)

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70歳で角界去る千賀ノ浦親方、隆の勝に「唐揚げみたいな稽古を」とエール

左が千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)、右は常盤山親方(元小結隆三杉)(2016年4月8日)

10日に70歳の誕生日を迎える千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)が9日に日本相撲協会の再雇用制度を終える。拓大を経て74年春場所に初土俵。48年間も身を置いた角界を去ることになる。8日までに電話取材に応じ「9日が過ぎないとピンとこない。3月場所が最後と思うと、名残惜しい気持ちになりました」と心境を明かした。

定年後の5年間は「早かったけど、連れてきた子(弟子)が何人残っていたかを気にかけていた」と振り返る。89年名古屋場所限りで現役を引退して春日野部屋付きとなり、04年9月に独立して千賀ノ浦部屋を創設。10年九州場所では舛乃山(当時のしこ名は舛ノ山)が新十両昇進を果たし、部屋から初めて関取を輩出した。

16年4月に65歳となり協会の定年を迎え、現常盤山親方(元小結隆三杉)に部屋を継承したが、東京・台東区の稽古場は自宅でもある。現常盤山部屋が今年2月に東京・板橋区に移転するまでは、部屋内で力士らとコミュニケーションを取ることも多かったという。

自身が引き連れてきた力士も少なくなってきた。史上初のハンガリー出身力士として話題となった舛東欧は、春場所限りで引退。最高位は西幕下8枚目と関取の座に近づいたが、たび重なるケガに泣いた。「ケガがなければチャンスがあったと思うけど、こればかりはしょうがない」と千賀ノ浦親方。舛東欧は引退後、都内の飲食関連の企業に就職するという。「今までも何度も相談に乗ってきた。第2の人生も頑張ってほしい」とエールを送る。

躍進を期待するのが、関脇まで番付を上げた隆の勝(26=常盤山)だ。現在の活躍に、千賀ノ浦親方も「15歳で入門してきて、体を大きくするのに時間がかかった。メシの時間は逃げていたときもあったね(笑い)。素質は良かったけど正直、三役に定着するとは予想外」と驚く。「体重が増えてスピードと勢いが変わった。右を差して半身になるクセがあったが、左が入ったときのスピードがいい。自信もついてきたように見える」。

新関脇から3場所連続で勝ち越し、当然「次期大関」の期待も高まってくる。「(コロナ禍で)出稽古ができないけど、白鵬や照ノ富士みたいな四つ相撲の上位の人にも胸を借りて力をつけてほしいね。泥んこにならないと成果は出ない。お茶漬けを食ったような稽古じゃなくて、こってりした唐揚げみたいな稽古をしてほしいね」と独特な言い回しでエール。「幕下の頃のように、ある意味“バカ”になって頑張ればきっと(大関に)上がれると思いますよ」と笑った。

台東区の部屋には5月の夏場所後に立浪部屋が移転してくる。11月の九州場所後には完全譲渡する予定。自身も今年10月いっぱいまでは居住する。「相撲部屋として残ってくれるのはうれしい」と同親方。今後も相撲界を見守っていく。

【佐藤礼征】

隆の勝(2020年12月10日撮影)

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史上初の大関返り咲き照ノ富士、シンプル口上の意図

大関再昇進を果たした照ノ富士(左から2人目)は伊勢ケ浜親方夫妻らと記念撮影。左はツェグメド・ドルジハンド夫人(代表撮影)

日本相撲協会は3月31日、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、春場所で3度目の優勝を果たした照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関昇進を満場一致で決めた。

十両以下に落ちて大関に返り咲くのは史上初。都内の部屋で行われた伝達式で、照ノ富士は「謹んでお受け致します」と口上を述べた。15年の初昇進時と変わらない綱とりへの思いを、短い言葉に含ませた。

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膝立ちのまま昇進を伝える使者を迎え、照ノ富士は深々と頭を下げた。古傷の両膝に不安を抱えるためか、うまく正座をつくれない。協会公式YouTubeチャンネルの生配信でも視聴者から「膝が心配」「椅子に座らせてあげて」などとコメントが寄せられる中、照ノ富士は不安を一蹴するように「謹んでお受け致します」と力強く口上を述べた。

揺るぎない思いを強調した。伝達式後の会見で、照ノ富士は“シンプル口上”の意図について「前回とは気持ちは変わらない。1回でも経験してみたい気持ちがありますから」と説明。前回昇進した15年夏場所後の伝達式では「今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と述べていた。男に二言はなし。23歳の時と最高位への意欲は変わらなかった。

照ノ富士の復活劇を間近で見ていた師匠は、弟子を手放しで称賛した。「相撲界全体に、諦めないで頑張ればやれるというのを示した。各力士のお手本になる。まだまだこれから相撲界全体で頑張る力士がいっぱい出てくる」。横綱昇進の可能性については「膝という爆弾を抱えている」と注釈をつけつつ「それを留意しながら頑張っていければ、まだまだいけるんじゃないか」と太鼓判を押した。

横綱誕生は17年1月の稀勢の里が最後。使者を務めた高島親方(元関脇高望山)は「3人の大関(正代、朝乃山、貴景勝)を見ていると、しっかりした体調で臨めば照ノ富士の方が1つ上」と“第73代”の筆頭候補と期待した。

3度の優勝を誇るが、大関としての優勝はまだない。「できるものならやってみたい。それこそ本当に1日の積み重ねだと思うので頑張ります」。大関照ノ富士の第2章が始まる。【佐藤礼征】

◆大関アラカルト

▼月給 横綱の300万円に次ぐ250万円。三役(関脇、小結)より70万円増。

▼待遇 海外渡航はファーストクラス。新幹線はグリーン席。車での場所入りは地下駐車場まで乗り入れ可。化粧まわしも関脇以下では禁じられている紫色が使える。

▼引退後 協会に残るためには年寄名跡が必要だが、元大関は現役のしこ名で3年間、年寄として協会に残ることができ、日本国籍取得者は委員待遇として「年寄」の上位に置かれる。

大関再昇進の伝達を受ける照ノ富士(中央)と伊勢ケ浜親方夫妻(代表撮影)
大関再昇進を果たした照ノ富士(上)は部屋の関取衆から祝福される。左から宝富士、翠富士、錦富士(代表撮影)

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照ノ富士2度目の大関昇進伝達式は44年ぶり2人目

照ノ富士大関昇進伝達式 大関昇進に笑顔の照ノ富士。右から伊勢ケ浜親方、1人おいておかみの淳子さん(2015年5月27日撮影)

大相撲春場所で3度目の優勝を果たし、大関復帰を確実にした関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が31日、2度目の昇進伝達式に臨む。同日の夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会で大関昇進が承認されれば、東京・江東区の伊勢ケ浜部屋で使者を迎える運び。大関から平幕以下に落ちて横綱に昇進すれば史上初。前回は横綱昇進の意欲を示した中、2度目の口上に注目が集まる。

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照ノ富士の大関復帰が、いよいよ正式に決定する。同日午前9時の臨時理事会後、日本相撲協会審判部から部屋に使者が送られる。陥落翌場所に10勝以上挙げれば復帰できる特例では、伝達式は行われない。大関で2度の伝達式を経験するのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来44年ぶり2人目となる。

その魁傑の口上は、2度目ということもあり「謹んでお受けします」とシンプルだった。ただ前例が1つしかないため“慣例”はない。照ノ富士はオンラインでの会見に応じた29日時点で「(師匠の伊勢ケ浜)親方と話をして決めます」と話すにとどめた。

初昇進時は最高位への意欲があふれ出た。前回昇進した15年夏場所後の伝達式では「謹んでお受けいたします。今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と述べた。平成以降に昇進した28人中16人が「大関の名に恥じぬよう」など「大関」の地位に言及した中、異例の綱とり宣言だった。

現行のかど番制度となった1969年名古屋場所以降、大関陥落を経験して横綱に昇進したのは79年の三重ノ海だけ。陥落翌場所に復帰したケースを除けば、初めての快挙となる。29日には「自分が昔から目標にしていたのは横綱という地位。もう1歩先を進むところまできた」と話していた。伝達式の様子は協会公式YouTubeチャンネルで生配信される予定。全国、世界中の相撲ファンが見守る中、看板力士として再出発する。【佐藤礼征】

◆魁傑は4場所で陥落 照ノ富士を除いて唯一、平幕以下に陥落して大関に返り咲いた魁傑は“再大関場所”が今の照ノ富士と同じ29歳だった。大関復帰後は1度も2桁白星に到達できず、4場所後の77年九州場所で関脇に陥落。左肘の負傷などを理由に、約1年後の79年初場所中に30歳11カ月で現役を引退した。

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照ノ富士万感「辞めず良かったか」問われ10秒の間

貴景勝(手前)を攻める照ノ富士(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇28日◇東京・両国国技館

関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が昨年7月場所以来の優勝を果たして、事実上決まった大関復帰に花を添えた。負ければ優勝決定ともえ戦にもつれ込む一番で、大関貴景勝を押し出して12勝目。昇進目安の「三役で3場所33勝」に3勝を上乗せした。日本相撲協会審判部の伊勢ケ浜部長(元横綱旭富士)が、大関昇進をはかる臨時理事会の招集を八角理事長(元横綱北勝海)に要請し、了承された。31日の臨時理事会、夏場所の番付編成会議を経て正式に17年秋場所以来の「大関照ノ富士」が帰ってくる。

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大相撲史に史上最大の復活劇を刻んだ。土俵下での優勝インタビューで「辞めなくて良かったか」と問われると、照ノ富士は10秒の間を置いて「そうですね。良かったです」と言葉を振り絞った。3年半前に大関から陥落。両膝のけがや内臓疾患などの影響で何度も引退を考え、そのたび師匠の伊勢ケ浜親方に引き留められた。序二段まで落ちて大関に復帰するのは史上初。優勝と同時に実現し「1日1日必死に、前向きでやってきた結果が現れる日がくると思って信じてやってきた」とうなずいた。

3大関を総ナメして“先輩大関”の実力を示した。貴景勝に土俵際まで押し込まれながら右を差し込むと、苦し紛れに小手で振る相手を力ずくで押し出し。立ち合いで相手の右手をたぐれなかったが「相撲ってあんまり狙い通りにならないもんで」。気持ちと展開を一瞬で切り替えた。

万全ではない終盤戦だった。師匠の伊勢ケ浜親方によると、3敗目を喫した10日目の志摩ノ海戦で膝を痛めたという。残り5日間は痛み止めを打って土俵に上がったが、本人は「完全に治っているわけはない。痛みはあるから、付き合ってやっている。仕方ないこと」と淡々。この日の朝、一緒に病院へ行った弟弟子で平幕の翠富士には「優勝しておいしい酒を飲もうぜ」と宣言。不安な表情は見せなかった。

心身を第一に調整してきた。両膝を痛めるまでは場所直前でも1日50番以上を取ることはざらにあったが、現在は1日20から30番ほど。昨年末には「年齢も変わって、やり方も変わってくるから」と照ノ富士。間垣部屋時代からの仲間で呼び出しの照矢は「僕から言うのは『けがだけはしないように』。保護者みたいに見守っています」と笑う。土俵に立つ姿が何よりの恩返しだった。

来場所から4大関で最高位への出世争いを繰り広げる。「1場所1場所精いっぱい頑張れば、次につながるかな」と照ノ富士。鶴竜の引退で白鵬の1人横綱となった相撲界。その白鵬に次ぐ現役2位の3度目の優勝で、次期横綱候補として再び名乗りを上げた。【佐藤礼征】

◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。18歳で来日し、鳥取城北高に留学して相撲を始める。3年時に中退して間垣部屋に入門。しこ名「若三勝」で11年技量審査場所で初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋に転籍。同年秋場所が新十両昇進で「照ノ富士」に改名。関脇だった15年夏場所で初優勝を果たし、場所後に大関昇進。17年秋場所後に大関陥落。5場所連続休場して19年春場所に西序二段48枚目で本場所に復帰。192センチ、177キロ。血液型はO。家族は妻。得意は右四つ、寄り。

貴景勝(右)を土俵際に追い込む照ノ富士(撮影・河田真司)
八角理事長(右)から内閣総理大臣杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司)
幕内優勝を飾り師匠の伊勢ケ浜審判部長(左)から優勝旗を受け取る照ノ富士(撮影・小沢裕)
吉本興業賞授与式に臨む間寛平(右)と幕内優勝の照ノ富士(撮影・河田真司)
吉本興業賞授与式で間寛平(右)から額を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司)

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照ノ富士が史上最大のカムバックV、大関復帰に花

賜杯を手にする照ノ富士(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇28日◇東京・両国国技館

関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が昨年7月場所以来の優勝を果たして、確実にしている大関復帰に花を添えた。大関貴景勝を破って12勝目。3度目の幕内優勝は関脇以下では初となる快挙を成し遂げた。

史上最大のカムバックとなった。23歳で初優勝を果たし、場所後に大関昇進。しかしその後はけがと病気との戦いが続いた。両膝の負傷に加えて、C型肝炎、糖尿病なども患い、移動の際は人の手が必須。トイレに行くのさえ容易ではなかった。幕下陥落が決定した18年6月に両膝を手術。右膝には前十字靱帯(じんたい)が、左膝には半月板がなくなった。

17年の大関陥落後、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)には何度も引退を申し出たが、認められなかった。「必ず幕内に戻れる」と粘り強い説得を受け、照ノ富士も「もう1度新弟子になろう」と決意。大好きな酒を断ち、黒まわしで再出発した。

19年春場所に序二段で復帰すると破竹の勢いで番付を上げ、昨年初場所で関取に復帰。再入幕となった昨年7月場所では幕尻優勝を果たした。返り三役の昨年11月場所で13勝、初場所で11勝を挙げて“再”大関とりとなった今場所。大関昇進目安は「三役で3場所33勝」だったが、目安を大きく上回る白星を積み重ねて大関復帰を確実にした。

平幕以下に落ちて大関復帰なら77年初場所の魁傑以来となる。現行のかど番制度となった1969年名古屋場所以降で大関陥落の翌場所に10勝以上を挙げて復帰したのは6人7例、加えて陥落から7場所を要して返り咲いた魁傑もいるが、大関復帰を決めた場所での優勝は初めて。記録ずくめの賜杯となった。【佐藤礼征】

貴景勝(右)を土俵際に追い込む照ノ富士(撮影・河田真司)
貴景勝(右)を押し出しで破り、幕内優勝を決める照ノ富士(撮影・河田真司)

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