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「マーベラス」元世界王者ハグラー氏が死去 66歳

マービン・ハグラー氏(2011年撮影=ロイター)

プロボクシング元統一世界ミドル級王者のマービン・ハグラーさん(米国)が、米ニューハンプシャー州の自宅で死去した。66歳だった。13日にケイ夫人がフェイスブックに「残念ながら私の最愛の夫であるマービンは、ここニューハンプシャーの自宅で突然亡くなりました」と記した。息子のジェームス氏は「呼吸が苦しくなり、胸に痛みを訴えて病院に運ばれた」と米メディアに話した。

ハグラーさんは73年にプロデビュー。80年に2度目の挑戦でWBA、WBC同級王座を獲得。87年まで通算12度防衛(11KO)に成功した。ムハマド・アリ(米国)の引退でヘビー級人気が低迷した80年代、ロベルト・デュラン、トーマス・ハーンズ、シュガー・レイ・レナードとスーパーファイトを繰り広げて、ミドル級に黄金時代を築いた。

驚異的を意味する「マーベラス」と呼ばれ、打撃戦もアウトボクシングもこなす万能型で、サウスポーながら左右どちらでも倒せる強打を誇り、そり上げた頭に筋骨隆々の肉体は無類のタフネスを誇った。デュランには技巧で判定勝ち。ハーンズとは真っ向打ち合って3回TKO勝ち。87年4月のレナード戦では相手のアウトボクシングに微妙な判定を落とした。これが現役最後の試合になった。

生涯戦績は62勝(52KO)3敗2分け。13日に米ダラスで行われたローマン・ゴンサレスとファン・エストラーダの世界スーパーフライ級王座統一戦の前に追悼のテンカウントゴングが鳴らされた。

マービン・ハグラー氏(1982年撮影=AP)

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ハーンズ大の字!ハグラーの右/畑中清詞会長の一撃

畑中清詞会長(19年3月撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~16>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。

元WBC世界スーパーバンタム級王者で、4階級制覇を狙う田中恒成を指導する畑中清詞会長(53)の印象深い一撃は「ハグラーの右」。85年に行われた統一ミドル級王者マービン・ハグラー(米国)-のちの初の5階級制覇王者トーマス・ハーンズ(米国)は「黄金の中量級」と称された80年代を象徴する一戦。劣勢の展開からハーンズを沈めたハグラーの右ストレートを畑中会長が語った。(取材・構成=実藤健一)

▼試合VTR 85年4月15日、米国ラスベガスで行われたビッグマッチ。開始早々、スロースターターだったはずのハグラーが逆手にとるように仕掛け、打ち合いに持ち込む。パンチのキレはハーンズで1回にハグラーの右目上、2回には額から流血させる。3回、出血のドクターチェックを受けてストップの危険を感じたハグラーが一気にギアを上げ、サウスポースタイルから右構えにスイッチして猛ラッシュ。ハーンズの弱点あごに右をヒットさせてぐらつかせ、さらに右ストレートを打ち抜くと、ハーンズは大の字に倒れ、10カウントが告げられた。

◇ ◇ ◇

俺が18の時だから、すでにプロになってた時だね。映像で見たのは覚えているけど、テレビ中継なのか、後でビデオで見たのかはっきりしないけど、すごいパンチだったのは記憶に残っている。あのハーンズが大の字に倒れて動けない。強烈に刺激を受けたよ。

といっても体格やバネは外国人特有のものだから。練習でまねしようとしたけど、すぐにあきらめた。日本人には無理だ、と。

黄金の中量級と言われた時代でね。4人(ハグラー、ハーンズ、シュガー・レイ・レナード、ロベルト・デュラン)の戦いが、楽しみでしょうがなかった。自分のボクシングの参考というより、違う次元のものとして見ていた。4人ともスーパーチャンプだからね。それぞれに個性があって、そのぶつかり合いにわくわくした。ファンだね。

ボクシングのスタイルはまねできないけど、当時のような活気は目指したいと思っているよ。その一環でU-15(ジュニア世代の強化を目的に07年に設立された全国U-15ジュニアボクシング大会)ができて、この大会から(WBA、IBF世界バンタム級王者)井上尚弥らがでてきた。

近い世代、階級にはうちの田中恒成もいる。それぞれが刺激し合い、いずれは「黄金の軽量級」となればいいね。あんなすごいKOシーンは、だれもが見たいもの。

◆畑中清詞(はたなか・きよし)1967年(昭42)3月7日、愛知県生まれ。中学からボクシングを始め、享栄高3年時にプロ入り。84年11月のデビュー戦で1回KO勝ちを飾り、その後5戦連続1回KO勝利。88年9月、15戦無敗でWBC世界スーパーフライ級タイトルに挑戦も、ヒルベルト・ローマンに完敗。91年2月、WBC世界スーパーバンタム級王座に挑み、計6度のダウンを奪って8回TKO勝ちでベルトを奪取した。戦績は22勝(15KO)2敗1分け。現在は畑中ジム会長。

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「村田諒太は漫画を超えた」森川ジョージ氏/連載1

村田が憧れる「鷹村守」を描いた森川ジョージ氏の直筆イラスト

<世界の頂から頂へ(1)>

 ボクシングのロンドン五輪金メダリスト村田諒太(31=帝拳)が世界初挑戦するWBA世界ミドル級王座決定戦(20日、東京・有明コロシアム)まであと4日。プロでも世界一を狙う大一番を控え、連載「世界の頂から頂へ」でミドル級のすごさや村田の心技体を探る。第1回はボクシング漫画「はじめの一歩」の作者森川ジョージ氏(51)が登場。作中で「日本人ミドル級王者鷹村守」を描く中での葛藤から、村田への期待などを語った。

 「神のいる階級」。森川氏は、ミドル級をそう形容する。連載開始から29年。プロボクサーの大半が1度は読む「はじめの一歩」作者は、畏敬を込めて言う。

 「僕にとってはヘビー級以上に取れないと思っていた。ヘビーは何があるか分からない。パンチが当たっちゃったらね。だけどミドル級は当たらない。スピードもある、技術もある。王者を選んでも絶対に取れないイメージだった」

 連載開始前の80年代にミドル級を席巻していた「神」がいた。マービン・ハグラー(米国)。80年から87年まで統一世界ミドル級王者で12度の連続防衛に成功した名王者。日本人がその階級の王者になるなど想像できなかった。当初、主人公の幕之内一歩をボクシングに誘った鷹村守をミドル級のボクサーとして描く中で葛藤があったという。

 「鷹村が取ったら漫画でも世間に笑われるくらいの階級。取ってはいけない。読者は笑うし、僕が笑ってしまう。さすがに漫画だなと。申し訳ないと思って減量させたんだよね」。作中で現在ミドル級統一王者の鷹村の世界初挑戦は、ジュニアミドル級(現スーパーウエルター級)だった。

 考えが変わったのは95年。竹原慎二が世界王者となり「話をねじ曲げてくれた」。それから20年弱、再び驚異の日本人が現れた。11年世界選手権銀、12年ロンドン五輪金の村田。目を見張ったのはその戦い方だ。「世界選手権、五輪の決勝に出るボクサーは世界王者並み。でも多くはパンチを当てて、足を使ってポイントを稼ぐ『タッチアンドラン』が主流。村田君は違う。前に出て体で距離をつぶしたでしょ、なんてすごいことやるんだと。あの階級だと日本人は体を合わせるだけで疲れてしまう。肩ぶつけて触れ合っただけで、『重い』『動かない』とか思っちゃうと思うんだけど。そこが強かった」。

 漫画には夢が必要だ。だが、その夢の想像も超える存在が村田だった。「竹原君に驚かされて、村田君に関してはあり得ない」。

 だから、プロ12戦を見てきて感じる。「底を見せていない気がする。五輪の最後は、もっと必死に前に出ていた。世界戦にたどり着くまで、というのが彼の足かせになっていた気がする。大事にした部分があるんじゃないか。ミドル級は一発もらったら倒れるから、距離取って打ち合って。いけると思ったら前に出ていたけど、前はいけると思わないうちに前に出ていた。死んでも良い、この試合で終わってもいい、という気持ちでやったことはないはず。『足かせ』が外れる今度は爆発するでしょう。鷹村のように『オレ様一番』と思って戦ってほしい」。

 漫画を超えた男。森川氏は最後、村田に感謝を込めて言った。「村田君が出てきて、もっと開き直れるようになったね。日本人がこんなことをしてもいいんだと。本当に、ありがとう、夢をありがとうだよね」。【取材・構成=阿部健吾】

 ◆「はじめの一歩」 いじめられっ子の高校生だった幕之内一歩が鷹村守との出会いをきっかけに、鴨川ジムでプロボクサーとして成長していく姿を描く。週刊少年マガジン(講談社)で連載中で、既刊の単行本は117巻。リーゼントがトレードマークの鷹村は24戦全勝(24KO)のWBA、WBC世界ミドル級統一王者で、6階級制覇が目標という設定。作者の森川ジョージ氏は具志堅用高のV13をテレビで見てボクシングのとりこになり、現在はJBスポーツジム(東京都足立区)会長。同ジムにはプロは6人が所属。02年には福島学がWBC世界スーパーバンタム級暫定王座に挑戦(8回TKO負け)した。

「はじめの一歩」作者の森川ジョージ氏

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