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高安3連勝「番付上げたい覚悟できた」愛娘との新生活で大関復帰思い高まる

懸賞金を手にする高安(撮影・小沢裕)

<大相撲夏場所>◇3日目◇11日◇東京・両国国技館

小結高安(31=田子ノ浦)が、一家の大黒柱としての自覚を示した。東前頭2枚目明生を押し倒しで下して3連勝。18年九州場所以来の初日から3連勝と好発進した。3月の春場所後には、2月に北海道に里帰り出産した演歌歌手の杜このみ夫人と第1子となる長女と対面。新生活が始まり、大関復帰への気持ちが高まった。4大関陣は貴景勝、正代、照ノ富士が白星を挙げ、朝乃山は連敗した。

   ◇   ◇   ◇

土俵上には力士としても、人間としても強くなった高安がいた。先場所敗れた明生に、立ち合いで中に入られた。ヒヤリとしたが、力強く踏み込んで構わず前へ。圧力勝ちして明生を引かせて、冷静に見て押し倒した。「厳しい相撲で隙がないように。イメージ通り」と納得の一番だった。

無観客開催でも家族の存在が背中を押してくれている。2月に里帰り出産したこのみ夫人と長女との新生活が、春場所後から始まった。テレビ電話でしか顔を合わせることができなかった愛娘を、ようやく抱くことができ「出産に立ち会えなかったので感動した」としみじみ。そして「もう1回、番付を上げたい覚悟ができた」と、あらためて大関復帰への思いが高まった。本場所中も「出来ることは妻と相談して手伝っている」と家事をこなす。父親としての自覚が土俵上での奮起につながっている。

先場所は優勝争いを演じるも、終盤戦で失速して賜杯には届かなかった。それでも「いい経験になったのでつなげていく」と前向きだ。場所前は、関取衆が集まる合同稽古には参加せず、部屋付き親方の荒磯親方(元横綱稀勢の里)との三番稽古で汗を流した。「充実した稽古でした」と力を蓄え、先場所の苦い経験を糧に結果を出している。

4日目から有観客開催となる夏場所。2大関撃破と勢いに乗る若隆景との一番が組まれた。「一番一番に集中するだけ」。期待の若手を下し、強くなったパパが初の賜杯に向けて歩みを進める。【佐々木隆史】

明生(右)を攻める高安(撮影・河田真司)

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127キロ若隆景168キロ正代を圧倒し初日 祖父は元小結、受け継ぐ技術

懸賞金の束を手に土俵を引き揚げる若隆景(撮影・鈴木正人)

<大相撲夏場所>◇2日目◇10日◇東京・両国国技館

東前頭筆頭の若隆景(26=荒汐)が、新三役候補の存在感を示した。かど番の大関正代を一方的に寄り切り、初日を出した。

祖父は元小結、父は元幕下、そして3兄弟が現役力士という相撲一家に育った。127キロと小柄ながら、脈々と受け継ぐ相撲の技術が光った。初日はそろって白星の4大関は照ノ富士だけが勝ち、朝乃山、貴景勝、正代に早くも土がついた。

   ◇   ◇   ◇

体重127キロの若隆景が、168キロの大関正代を圧倒した。低い立ち合いから前に出て攻め込む。「差されないように、下から押し上げることを意識した。よく体も動いたし、よかったと思う」。大関にほぼ何もさせない。下から下からの攻めで、正代の上体を浮き上がらせて寄り切った。

再入幕6場所目、自己最高位で迎えた。今年初場所は新型コロナウイルスの影響で部屋全体が休場となったが、昨年九州場所(7勝8敗)を除き、3場所で2桁勝利を挙げている。西前頭2枚目の先場所も10勝5敗の好成績ながら、前頭筆頭に据え置かれた。それでも「一番一番、やるだけです」と言った。

相撲は「必然」だった。祖父は元小結若葉山で、父は元幕下の若信夫。長兄の若隆元は西幕下38枚目、次男は東十両9枚目の若元春の現役力士3兄弟の末弟で小学1年から相撲を始めた。体は大きくならなくても、相撲の技術を磨く環境は十分にあった。低い姿勢から攻め上げる相撲は、親方衆も高く評価している。

場所前の合同稽古でも、正代の胸を借りた。「稽古をつけてもらった、そういう感触は持っていた」。腰高とされる正代の特徴を逆につかみきっていた。「自分の形になればある程度、相撲はとれる。自分の相撲を信じていきたい」。その言葉を土俵で示した。

福島市出身。学法福島高在学時に11年の東日本大震災を経験した。その時から復興に励む故郷を勇気づける思いも強く持った。震災から10年を迎えた後の先場所後も、故郷を勇気づける活躍を誓い、技能賞を獲得した。

横綱不在で大関陣も不安定と混戦の場所が続く。若隆景にとっては、そんな状況はチャンスになる。「勝ち越しを目指して、しっかりやりたい」。堅実な言葉に意欲がにじんだ。【実藤健一】

▽八角理事長(元横綱北勝海) 若隆景は、おっつけなど右からの攻めが良くうまい相撲を取った。小兵でも跳んだり跳ねたりせず実力でいい相撲を取る。当たりがいいから流れがいい。照ノ富士は押し込んでいるから余裕がある。冷静に相撲を取れている。

正代(右)を寄り切りで破る若隆景(撮影・小沢裕)
正代は若隆景(左)に寄り切りで敗れる(撮影・小沢裕)
正代(左)を攻める若隆景(撮影・鈴木正人)

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「大関照ノ富士」21場所ぶりに響く 史上初“復帰V”へ期待の白星発進

明生(右)を攻める照ノ富士(撮影・鈴木正人)

<大相撲夏場所>◇初日◇9日◇東京・両国国技館

大関に返り咲いた春場所覇者の照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が、東前頭2枚目明生をきめ出しで下して白星発進した。2場所連続、昭和以降では初の大関復帰場所での優勝に向けて、17年秋場所3日目以来1355日ぶりの大関白星を挙げた。昨年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止。2年ぶりの夏場所は3日目まで無観客で開催される中、16年九州場所5日目以来の4大関安泰で幕を開けた。

   ◇   ◇   ◇

照ノ富士が3年半ぶりに大関として勝った。2度目の立ち合いで、明生の両腕を抱え込むと、じわじわと体を寄せて、焦らず料理。危なげない一番に「(相手が立ち合いの呼吸を)合わせてくれなかったが、前に足が出たので良かった」と納得するようにうなずいた。

不安を抱えながら臨んだ場所だった。場所前の調整について、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は「膝の調子があんまりよくない。稽古はちょっと足りてない」と、古傷の両膝の状態を懸念。「出るからには、大関としての責任を果たせるように頑張ってもらいたい」と求めている。

昭和以降、大関復帰場所で優勝した例はない。現行のかど番制度となった69年名古屋場所以降では、7人8例が大関に返り咲いたが、復帰場所での最多白星は05年春場所での栃東の10勝。データ上では優勝争いに絡んだケースすらない中で、史上初の“復帰V”が期待される。

無観客開催で国技館内は静寂に包まれる。場内アナウンスなどで「大関照ノ富士」のしこ名が17年秋場所以来、21場所ぶりに響くが本人は「特に(感想は)ありません」と感慨にふける様子はない。4日目の12日から上限約5000人で観客が入る。「やることは変わらないが、身近で見て盛り上がってくれればいいこと」。照ノ富士の白星が号砲となるように、4大関全員が白星。出場最高位として土俵を引っ張っていく。【佐藤礼征】

▼八角理事長(元横綱北勝海) 照ノ富士からすれば差されたら(相手の腕を)きめるのはいつものこと。先に動いたのが良かった。相撲が安定していて優勝争いの中心になるでしょう。(4大関安泰に)勝つべく人が勝って盛り上がる場所になりそうな感じがする。

照ノ富士(左)はきめ出しで明生を破る(撮影・小沢裕)
照ノ富士(左)はきめ出しで明生を破る(撮影・小沢裕)

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十両宇良「足取り」で白星スタート「自分の攻めの流れ持っていけた」

東龍(右)の足を取る宇良(撮影・河野匠)

<大相撲夏場所>◇初日◇9日◇東京・両国国技館

人気力士の西十両2枚目宇良(28=木瀬)が、西十両3枚目東龍(33=玉ノ井)を足取りで下して白星スタートを切った。

左を差しつつ右で相手の左足を取り、倒れ込みながら長身の相手を土俵外に持っていった。「自分の攻めの流れに持っていけた。雑だったところもあるかもしれないけど、考えている時間はないので、勝つことができて良かった。自分の中で取りにくい相手。緊張しながらも相撲を取れた」と話した。

2場所連続で2桁白星を挙げており、17年九州場所以来の幕内復帰が目前に迫っている。

3日目まで無観客で行われる。昨年3月の春場所以来だが当時は三段目。「(昨年春場所は)そもそも人がいる、いないは気にならなかった。優勝決定戦があったので、そのときは不思議な感じがした」と振り返った。

東龍(後方)を足取りで破る宇良(撮影・鈴木正人)
宇良(右)は足取りで東龍を破る(撮影・小沢裕)
東龍(後方)を足取りで破った宇良(撮影・鈴木正人)
初日を白星で飾り勝ち名乗りを受ける宇良(撮影・小沢裕)

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幕内返り咲き狙う炎鵬は千代ノ皇 宇良は東龍 初日十両取組

炎鵬(21年3月撮影)

日本相撲協会審判部は7日、東京・両国国技館で取組編成会議を開き、大相撲夏場所(9日初日、東京・両国国技館)の初日と2日目の取組を決めた。

3月の春場所を3日目から途中休場し右膝を手術した横綱白鵬(36=宮城野)は、かねて師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)が示唆していた通り、休場届を提出。6場所連続休場が決まった。年6場所制となった58年以降で、横綱として6場所連続休場は3番目の長さとなった(最長は稀勢の里の8場所連続)。これにより出場する番付最上位は、今場所から4人になった大関陣となった。

十両以上の休場は白鵬の他、平幕の碧山(34=春日野)、竜電(30=高田川)、翠富士(24=伊勢ケ浜)の4人で、28人の十両で休場力士はおらず、14番が組まれた。

その十両で注目は4場所ぶりの幕内返り咲きを狙う炎鵬(26=宮城野)。東前頭筆頭の最上位で、勝ち越せば昨年11月場所以来の幕内復帰は確実だ。初日は西筆頭の千代ノ皇(九重)と対戦する。また、こちらも17年九州場所以来の再入幕を目指す宇良(28=木瀬)も、西十両2枚目の好位置につけておりファンの期待は高まる。初日は東龍(玉ノ井)と対戦する。

初日の十両取組は以下の通り(左が東)。

武将山 -王  鵬

大翔鵬 -錦  木

千代の海-錦富士 

東白龍 -貴健斗 

千代鳳 -水戸龍 

若元春 -美ノ海 

一山本 -旭大星 

常幸龍 -旭秀鵬 

松鳳山 -佐田の海

琴勝峰 -貴源治 

豊  山-大翔丸 

東  龍-宇  良

徳勝龍 -白鷹山 

炎  鵬-千代ノ皇

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宇良、憧れた“ミニマリスト”に転身「何をやるか明確に」本業にも好循環

夏場所に向けて稽古に励む宇良(左)(日本相撲協会提供)

大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)で西十両2枚目に就いた人気業師の宇良(28=木瀬)が3日、“ミニマリスト”になったことを明らかにした。報道陣の電話取材に応じ「最近ミニマリストに憧れていた。本格的に始めたのは去年の4月くらい。いろいろメリットがあるので」と説明した。

物欲が強いタイプではないが、もらい物などを部屋にため込んでしまう傾向があったという。「(昨年春に)大阪に帰ってから、ずっとユーチューブで勉強して、本も読んできた。(何冊読んだかは)読み過ぎて分からない」。現在は服なども必要な分だけ残し、Tシャツは5枚に厳選。服選びに費やす時間や、部屋掃除の時間が減った。「自分に必要なものは何かを見つめ直せた。整頓もしなくていい。置く場所も決まっている。モノの住所を決めるじゃないけど、自然とちらからないような部屋になった」。紙媒体で読んでいたミニマリスト関連の書籍は古本屋に売り、電子書籍に切り替える徹底ぶりだ。

ミニマリストに転身したことで、本業の相撲でも「(プラスになったことは)ありますよ。自分が日常で何をやるか明確になった。自分に使う時間も増える」と強調する。関取復帰3場所目となった先場所は、左ふくらはぎの負傷で途中休場がありながら2桁白星に到達。17年九州場所以来の幕内復帰も見えてきた。

公称の体重は143キロ。「自分で言うのもなんなんですが」と前置きした上で「昔(幕内で活躍していた時期)の動きにはついていけないが、絶対体は強くなっている。失ったものを別のもので補っている感じ」と説明。アクロバティックな動き以上に、力強くなった押しの威力を好調の要因に挙げた。

押しに磨きをかけるため、さらなる体重増が必要と考えている。自身の食の細さを認める宇良。「楽しく(食事を)している人がうらやましい。僕はけがもあって仕方なくこういう形で取っているけど、仕方ないからやっているだけ。僕は痩せたいです」と冗談っぽく話し、笑いを誘った。

夏場所に向けて稽古に励む宇良(日本相撲協会提供)

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白鵬が8年8カ月ぶり一人横綱、照ノ富士昇格で4大関に/夏場所新番付

横綱白鵬(2021年3月15日撮影)

日本相撲協会は26日、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。

横綱は、鶴竜(現鶴竜親方)が引退したため白鵬(36=宮城野)だけとなった。番付上の一人横綱は12年秋場所の白鵬以来、8年8カ月ぶり。優勝制度が制定された1909年(明42)夏場所以降、一人横綱は宮城山、玉錦、大鵬、北の富士、千代の富士、北勝海、曙、朝青龍、白鵬と9人いるが、一人横綱経験者が再度、一人横綱になるのは初めてとなった。

大関は、照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が再昇進したことで、19年名古屋場所(豪栄道、高安、貴景勝、栃ノ心)以来の4大関となった。照ノ富士は17年秋場所以来、21場所ぶりの復帰。大関復帰は19年九州場所の貴景勝以来、昭和以降では11人目(栃東が2回あるため12回目)。平幕陥落後の大関復帰は77年春場所の魁傑以来で、序二段陥落後の大関復帰は史上初めて。東の序列2番目の正代(29=時津風)は今年初場所以来、2度目のかど番で臨む。

三役陣は4人。先場所、小結だった高安(30=田子ノ浦)が、7場所ぶりの関脇に復帰した(三役は4場所連続)。西の関脇は、新三役から4場所連続で隆の勝(26=常盤山)。小結は西から東に回った御嶽海(28=出羽海)が3場所連続(三役は6場所連続)、西は先場所に続き大栄翔(27=追手風)が就いた。

大相撲夏場所は、5月7日予定の取組編成会議で初日と2日目の対戦相手が決定。9日の初日を迎える。

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10勝若隆景&明生は新三役ならず、先場所三役全員勝ち越し/夏場所新番付

若隆景(左)と明生

日本相撲協会は26日、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。

先場所は三役が全員、勝ち越し。西前頭2枚目で10勝した若隆景(26=荒汐)、東前頭3枚目でやはり10勝を挙げた明生(25=立浪)は番付運に泣かされる格好で、それぞれ東前頭筆頭と同2枚目にとどまった。この夏場所で新三役昇進に挑戦する。同じく東前頭2枚目で9勝を挙げた北勝富士(28=八角)も西前頭筆頭で、昨年春場所以来の三役復帰を目指す。

今場所も入幕の新顔はなく、返り入幕は3人。石浦(31=宮城野)は4場所ぶり、千代丸(30=九重)は5場所ぶり、天空海(30=立浪)は2場所ぶりの、それぞれ返り入幕を果たした。

初めて関取の座をつかむ新十両昇進も不在。大翔鵬(26=追手風)が4場所ぶり、元横綱大鵬の孫にあたる王鵬(21=大嶽)は2場所ぶりに十両復帰となった。昨年九州場所以来の幕内復帰を目指す炎鵬(26=宮城野)は東十両筆頭、17年九州場所以来の返り入幕を狙う宇良(28=木瀬)は西十両2枚目につけた。

大相撲夏場所は、5月7日予定の取組編成会議で初日と2日目の対戦相手が決定。9日の初日を迎える。

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特等床山の床淀が定年退職「あっという間」胸の内に“誇り”生涯貫いた裏方

照強のまげを結う床淀。床淀が定年を迎えるため、記念に照強が自撮りした

大相撲の特等床山、床淀(とこよど、本名・天井康広)が18日に65歳の定年を迎え、日本相撲協会を退職した。1972年(昭和47年)に15歳で角界入りしてから丸50年。「ホッとしている気持ちが半分、さみしい気持ちが半分。いろんなことが走馬灯のように浮かんでは消えますが、あっという間でした」と電話インタビューに答えた。

入門したのは、元幕内二瀬山の朝日山部屋。力士志望だったが体格が基準に満たず、床山の道を選んだ。師匠の急逝にともない、部屋は元小結若二瀬へ継承され、その後は元大関大受の定年により閉鎖。2015年2月からは伊勢ケ浜部屋に転籍して、力士のまげを結い続けた。

床山は、行司や呼び出しのように本場所で土俵に上がることはない裏方。日ごろは所属する部屋で、本場所中は支度部屋でも力士の出番前と後にまげを結う。基本的に年功序列の世界。床淀は2019年初場所から床山の最高位、特等床山を務めてきた。

かつては、太寿山(現在の花籠親方)の大銀杏(おおいちょう)を担当する時期もあった。「そんなに年が変わらない関取を尊敬していました。付け人に怒っているのもあまり見たことがないやさしい人。こちらが相撲を取るわけではありませんが、負ければこっちも落ち込みました」。関取に最も近い場所で、ピリピリした雰囲気の支度部屋を体感してきた。

床山としての名前を2度も変えた珍しい経歴もある。入門時は、本名の康広から「床康(とこやす)」。「出羽海部屋の先輩で床安(とこやす)さんがいました。同じ宿にまとめて泊まる時、間違えられるので、『悪いけど変えてもらえないかな』ということで、変えたんです」。当時は東京・江戸川区に部屋があったため、「床江戸」に改名した。だが大阪出身であるため、その数年後に淀川の淀をとって「床淀」に落ち着いた。

仕事が第一ではあったが、巡業などで日本全国を回ったことが思い出として残っているという。このほど定年を迎えたが、コロナ禍にあるため、祝いの席などは設けなかった。昨年11月の九州場所、今年3月の春場所はいずれも東京開催になり、当地の人たちに会えなかったことが心残り。「コロナがいつ終息するか分かりませんが、落ち着いてから、お世話になった方々にあいさつにいきたいですね」と、定年後のささやかな楽しみを口にした。

最後に、後輩たちへのメッセージを-。「国技の伝統を受け継いでいるわけですから、誇りをもってやってもらいたいですね」。胸の内に「誇り」があったからこそ、生涯裏方を貫けたという。【佐々木一郎】

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元前頭里山の佐ノ山親方が年寄「千賀ノ浦」継承、襲名 先代は元関脇舛田山

佐ノ山親方

日本相撲協会は16日、佐ノ山親方(元前頭里山)が16日付で年寄「千賀ノ浦」を継承、襲名したことを発表した。

元里山は18年九州場所限りで引退し、その後は尾上部屋付きの親方として後進の指導にあたっていた。

先代千賀ノ浦親方の元関脇舛田山は10日に70歳の誕生日を迎え、協会の再雇用制度を終えていた。

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日本相撲協会、秋と冬巡業は中止を発表 コロナ感染拡大の影響

日本相撲協会は13日、今年9月の秋場所後の秋巡業と11月場所後の冬巡業を、新型コロナウイルス感染拡大の影響により中止することを発表した。巡業開催は19年九州場所後の冬巡業が最後となっている。

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70歳で角界去る千賀ノ浦親方、隆の勝に「唐揚げみたいな稽古を」とエール

左が千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)、右は常盤山親方(元小結隆三杉)(2016年4月8日)

10日に70歳の誕生日を迎える千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)が9日に日本相撲協会の再雇用制度を終える。拓大を経て74年春場所に初土俵。48年間も身を置いた角界を去ることになる。8日までに電話取材に応じ「9日が過ぎないとピンとこない。3月場所が最後と思うと、名残惜しい気持ちになりました」と心境を明かした。

定年後の5年間は「早かったけど、連れてきた子(弟子)が何人残っていたかを気にかけていた」と振り返る。89年名古屋場所限りで現役を引退して春日野部屋付きとなり、04年9月に独立して千賀ノ浦部屋を創設。10年九州場所では舛乃山(当時のしこ名は舛ノ山)が新十両昇進を果たし、部屋から初めて関取を輩出した。

16年4月に65歳となり協会の定年を迎え、現常盤山親方(元小結隆三杉)に部屋を継承したが、東京・台東区の稽古場は自宅でもある。現常盤山部屋が今年2月に東京・板橋区に移転するまでは、部屋内で力士らとコミュニケーションを取ることも多かったという。

自身が引き連れてきた力士も少なくなってきた。史上初のハンガリー出身力士として話題となった舛東欧は、春場所限りで引退。最高位は西幕下8枚目と関取の座に近づいたが、たび重なるケガに泣いた。「ケガがなければチャンスがあったと思うけど、こればかりはしょうがない」と千賀ノ浦親方。舛東欧は引退後、都内の飲食関連の企業に就職するという。「今までも何度も相談に乗ってきた。第2の人生も頑張ってほしい」とエールを送る。

躍進を期待するのが、関脇まで番付を上げた隆の勝(26=常盤山)だ。現在の活躍に、千賀ノ浦親方も「15歳で入門してきて、体を大きくするのに時間がかかった。メシの時間は逃げていたときもあったね(笑い)。素質は良かったけど正直、三役に定着するとは予想外」と驚く。「体重が増えてスピードと勢いが変わった。右を差して半身になるクセがあったが、左が入ったときのスピードがいい。自信もついてきたように見える」。

新関脇から3場所連続で勝ち越し、当然「次期大関」の期待も高まってくる。「(コロナ禍で)出稽古ができないけど、白鵬や照ノ富士みたいな四つ相撲の上位の人にも胸を借りて力をつけてほしいね。泥んこにならないと成果は出ない。お茶漬けを食ったような稽古じゃなくて、こってりした唐揚げみたいな稽古をしてほしいね」と独特な言い回しでエール。「幕下の頃のように、ある意味“バカ”になって頑張ればきっと(大関に)上がれると思いますよ」と笑った。

台東区の部屋には5月の夏場所後に立浪部屋が移転してくる。11月の九州場所後には完全譲渡する予定。自身も今年10月いっぱいまでは居住する。「相撲部屋として残ってくれるのはうれしい」と同親方。今後も相撲界を見守っていく。

【佐藤礼征】

隆の勝(2020年12月10日撮影)

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名古屋場所の相撲列車運休、木村銀治郎「仕方ない」

木村銀治郎(2021年3月25日撮影) 

大相撲の「相撲列車」運休について、日本相撲協会の輸送係を務める幕内格行司の木村銀治郎(46=芝田山)に事情を聴いた。すでに日本相撲協会は、7月場所(7月4日初日)を名古屋で開催すると発表したが、相撲列車は運行しない。「相撲列車」とは、力士ら数百人がまとまって移動する電車の通称で、地方場所の場合は東京発着の新幹線のことを指す。地方場所は昨年3月に大阪で開催した春場所以来1年4カ月ぶりとなるが、新型コロナウイルス感染予防のため、大集団での移動は避けることになった。

-相撲列車の切符を手配するのは輸送係の仕事です。相撲列車がない場合、どうなりますか。力士らは、所属する部屋ごとに移動することが発表されました

「あらかじめJRに仮押さえしていたものをキャンセルします。協会員は、部屋ごとのスケジュールに合わせて移動します。お金は立て替えてもらって、あとで振り込みで支払います」

-相撲列車は風物詩でもあります。相撲列車がないことはどう思いますか。番付や力士らの嗜好(しこう)に合わせて席を決めるなど、輸送係の腕の見せどころでもありましたが…

「これはもう仕方ないですよ。団体移動はできませんから。今はすべてが正常に物事が動くように、これまで通り、我慢と努力を続けるしかありません」

-「相撲列車」という言葉は、相撲界や好角家の間では知られていましたが、あまり一般的ではありませんでした。銀治郎さんが著書「大相撲と鉄道」で紹介してから、多くの人に浸透してきたようです。その実感はありますか

「ひしひしと感じています。相撲列車が運行されないというニュースがヤフーニュースになり、コメント欄に『銀治郎さん、がっかりしているだろうな』って書き込みがありました。そんなことはないんですが(笑い)、『相撲列車』というワードを聞いて、僕の顔を思い出してくれる相撲ファンありがとう、という感じです」

相撲列車の復活は、早ければ11月の九州場所になる。【佐々木一郎】

春場所に向けて新幹線で大阪に到着した力士たち(2019年2月24日撮影)

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立浪部屋、5月の夏場所後に旧常盤山部屋に移転

茨城県つくばみらい市に拠点を構える立浪部屋が、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)後に、東京都台東区にある旧常盤山部屋へ移転することが4日、分かった。2月中旬に東京都板橋区へ移転した旧常盤山部屋を改装し、新たに部屋を構える。

旧常盤山部屋は現在、3階に所有者である千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)が住んでいる。9日に70歳の誕生日を迎え、日本相撲協会の再雇用制度が切れ退職となるが、今年10月いっぱいまでは居住。11月に予定される九州場所後に完全譲渡される。それまでは立浪親方(元小結旭豊)と力士らは1、2階に居住する。

建物の1、2階部分を改修するため、移転時期について立浪親方は「工事が間に合わないので5月場所後になると思う」と話した。移転話は昨年末あたりから進められ、今年に入って決まったという。最寄り駅の「みらい平」(つくばエクスプレス)から両国まで1時間ほどかかるが、台東区橋場に構える新しい部屋からは、車で15分ほどに短縮される。新型コロナウイルスの影響で現在は出稽古が禁止されているが、解禁されれば稽古環境も改善される。

地域密着で応援してくれた、つくばみらい市に対する恩もあり「残念がっている」と感じつつ「やっぱり力士のためを思って。出世していけばいくほど、力士のことを考えてやらないといけない」と立浪親方。3月の春場所では明生(25)が待望の三賞を初受賞し、三役も目前。元横綱朝青龍をおじに持つ豊昇龍(21)や十両天空海(30)らの、さらなる出世に思いを込めた移転となる。

移転した高砂部屋の後を受け、現在の台東区橋場に部屋を新設した千賀ノ浦親方も「ここに部屋を構えて21年になるかな。自分がここを離れる時は、その後は相撲部屋として引き継いでもらいたいと常に思っていた。一門とか縁はなくても、引き続き相撲部屋として存続してくれるのはうれしい」と話した。

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照ノ富士2度目の大関昇進伝達式は44年ぶり2人目

照ノ富士大関昇進伝達式 大関昇進に笑顔の照ノ富士。右から伊勢ケ浜親方、1人おいておかみの淳子さん(2015年5月27日撮影)

大相撲春場所で3度目の優勝を果たし、大関復帰を確実にした関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が31日、2度目の昇進伝達式に臨む。同日の夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会で大関昇進が承認されれば、東京・江東区の伊勢ケ浜部屋で使者を迎える運び。大関から平幕以下に落ちて横綱に昇進すれば史上初。前回は横綱昇進の意欲を示した中、2度目の口上に注目が集まる。

   ◇   ◇   ◇

照ノ富士の大関復帰が、いよいよ正式に決定する。同日午前9時の臨時理事会後、日本相撲協会審判部から部屋に使者が送られる。陥落翌場所に10勝以上挙げれば復帰できる特例では、伝達式は行われない。大関で2度の伝達式を経験するのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来44年ぶり2人目となる。

その魁傑の口上は、2度目ということもあり「謹んでお受けします」とシンプルだった。ただ前例が1つしかないため“慣例”はない。照ノ富士はオンラインでの会見に応じた29日時点で「(師匠の伊勢ケ浜)親方と話をして決めます」と話すにとどめた。

初昇進時は最高位への意欲があふれ出た。前回昇進した15年夏場所後の伝達式では「謹んでお受けいたします。今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と述べた。平成以降に昇進した28人中16人が「大関の名に恥じぬよう」など「大関」の地位に言及した中、異例の綱とり宣言だった。

現行のかど番制度となった1969年名古屋場所以降、大関陥落を経験して横綱に昇進したのは79年の三重ノ海だけ。陥落翌場所に復帰したケースを除けば、初めての快挙となる。29日には「自分が昔から目標にしていたのは横綱という地位。もう1歩先を進むところまできた」と話していた。伝達式の様子は協会公式YouTubeチャンネルで生配信される予定。全国、世界中の相撲ファンが見守る中、看板力士として再出発する。【佐藤礼征】

◆魁傑は4場所で陥落 照ノ富士を除いて唯一、平幕以下に陥落して大関に返り咲いた魁傑は“再大関場所”が今の照ノ富士と同じ29歳だった。大関復帰後は1度も2桁白星に到達できず、4場所後の77年九州場所で関脇に陥落。左肘の負傷などを理由に、約1年後の79年初場所中に30歳11カ月で現役を引退した。

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友風、復帰場所で6勝1敗「けがなく終わり何より」

武士(右)を肩透かしで破る友風(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇28日◇東京・両国国技館

元幕内で、右膝の大けがから1年4カ月ぶりに復帰の西序二段55枚目・友風(26=尾車)が、最後の7番相撲を白星で飾り、6勝1敗で終えた。武士を鮮やかな肩すかしで裏返し。「今場所、土俵に上がれることがうれしかった。けがなく無事に終わったことが何よりです」とかみしめるように言った。

自己最高位、西前頭3枚目の19年九州場所2日目に右膝を負傷した。当初は歩くことも困難と見られた大けがで4度の手術を乗り越えて復帰にこぎつけた場所だった。「感じたことのない緊張感がずっとあった。(上がる者と落ちてきた者の)境遇も逆なんで。いろいろ勉強になった」。

大腿(だいたい)骨にはボルトが埋まったまま。けが再発への恐怖と戦った日々でもあった。「負担は大きいと思っていたが、思ったより膝も痛くなかった。この足をどう動かして、番付を上げていくか。関取に戻ることが1番の目標だが、初心ですね。一からと思ってやりたい」と誓う。

幕内では照ノ富士、十両でも宇良と大けがから序二段まで落ちてはい上がってきた力士が、今場所も大活躍する。友風も「けがした力士の活躍は目標になります」。復帰への第1段階をクリアし、次のステップへと進む。

武士(手前)を肩透かしで破る友風(撮影・鈴木正人)

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鶴竜「引退する」風呂で背中を流す兄弟子鋼に告げる

塵手水(ちりちょうず)する鋼(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇12日目◇25日◇東京・両国国技館

24日に現役を引退した元横綱鶴竜(35=陸奥)の付け人を務めていた西序二段7枚目鋼(39=陸奥)が“弟弟子”への思いを語った。

琴進に寄り切りで敗れて2勝4敗となった取組後、報道陣のリモート取材に応じて、鶴竜の心情を推し量った。「本人が1番悔しいとは思う。努力しているところを入ったときから最後まで身近で見ていた。この場所に向けても一生懸命稽古していた。今までも乗り越えて頑張ってきたけど、もう一踏ん張りできると思っていた」。旧井筒部屋からの付き合い。01年九州場所が初土俵の鶴竜に対して、自身は00年春場所が初土俵で鶴竜の兄弟子にあたる。

引退の報告は本人から直接告げられた。前日24日の朝稽古後、風呂で背中を流している時だった。「『引退することになりました』と言われて『うん』と言った。2人だけの空間で。長い付き合いもあるし、本人が決めたならしょうがないと思う。現実を考えたらいろいろ言われる。自分的にはまだまだ頑張るなら応援するためについていこうとは思っていた」。

これからは鶴竜親方として後進の指導にあたる。「陸奥部屋に移ってからも、周りの若い子に横綱から直接アドバイスする姿を見ている。間違いなく下の子にも手取り足取り教えている。間違いなくいいアドバイスはしてくれると思う」と話した。

引退会見を行う元横綱鶴竜の鶴竜親方

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ケガから復帰の友風5勝目「落ち着いていけました」

友風(18年11月撮影)

<大相撲春場所>◇12日目◇25日◇東京・両国国技館

元幕内で、右膝の大けがから1年4カ月ぶりに復帰の西序二段55枚目・友風(26=尾車)が5勝目(1敗)をあげた。逢松龍の動きをよく見て押し出し。「落ち着いていけました」と振り返った。

自己最高位、西前頭3枚目の19年九州場所2日目に右膝を負傷した。当初は歩くことも困難とみられた大けがで4度の手術を乗り越えて復帰にこぎつけた場所も残り1番。「勝ち越しを決めていたといっても、今日も緊張した。あと1番なんで、最後まで気を抜かずにいきたい」。まずはけがなく、そして白星で締めくくる。

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靱帯損傷、腰痛、肉離れ…ケガに泣かされた鶴竜

20年7月、7月場所の初日で鶴竜(右)が腰砕けで遠藤に敗れる

日本相撲協会は24日、第71代横綱鶴竜(35=陸奥)の現役引退と、理事会で年寄「鶴竜」襲名を承認したことを発表した。鶴竜は昨年11月場所後に横綱審議委員会(横審)から、引退勧告に次ぐ重さの「注意」を決議されながらも、春場所を休場して5場所連続休場。5月の夏場所で再起を懸けるはずだったが、心身共に限界を迎えた。01年九州場所で初土俵を踏んでから20年。歴代10位の横綱在位41場所、6度優勝の横綱が土俵人生に幕を下ろした。

   ◇   ◇   ◇

鶴竜は、昨年7月場所を右肘靱帯(じんたい)損傷で途中休場した。その後は重度の腰痛に悩まされて翌秋場所から初場所まで全休が続いた。春場所では進退を懸けて臨むことを表明。2月に両国国技館内の相撲教習所で行われた合同稽古では、小結御嶽海と2日で計30番取って全勝するなど、復調をアピールした。しかし、場所前に左足太ももを肉離れして一転、休場。5場所連続休場となる鶴竜に対して、陸奥親方は「辞めるという選択もある」と言ったというが、鶴竜は現役続行の意思を示していた。

横綱在位41場所で史上10位に名を連ねたが、皆勤は22場所にとどまった。昇進後は満足に相撲を取ることが減っていた。横綱での休場率は4割を超えた。在位数で鶴竜より長い9人では、貴乃花の3割4分7厘が最高で、他は1~2割台。金星配給は史上8番目に多い33個だった。

20年2月、日本国籍を取得して報道陣の取材に対応する鶴竜

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鶴竜突然の引退「夏場所出る気満々」も周囲反応で決断

14年9月、秋場所5日目に土俵入りする横綱鶴竜

日本相撲協会は24日、理事会を開催し、第71代横綱鶴竜(35=陸奥)の現役引退と年寄「鶴竜」襲名を承認したことを発表した。鶴竜は5場所連続休場中で、5月の夏場所で再起を懸けるはずだったが心身共に限界を迎えた。01年九州場所で初土俵を踏んでから20年。歴代10位の横綱在位41場所、6度優勝の横綱が土俵人生に幕を下ろした。横綱の引退は19年初場所の稀勢の里以来。最高位は白鵬だけとなり、12年秋場所以来9年ぶりに一人横綱となる。

   ◇   ◇   ◇

大相撲春場所11日目。午後1時の開門に合わせて観客が会場入りし始めた頃、協会が鶴竜の現役引退を発表した。昨年11月場所後に横綱審議委員会(横審)から「注意」の決議を下されるも、1月の初場所を腰痛で休場。春場所では進退を懸けるはずが、初日直前の稽古中に左足を負傷して一転、休場。当初は現役続行の意思を強く示していたが、師匠の陸奥親方(元大関霧島)は「思うように治らなかった。気持ちは切れていなかったけど、体が駄目だった。本人が決めたこと」と引退理由を明かした。

実際は気持ちも切れていた。白鵬が3日目に途中休場した際、横審の山内昌之委員が「横綱の番付が下がらないのは長期休場や成績不振と関係なく、無期限に地位にとどまれることを意味しない。2日勝って休場したのだから、余力を持って今場所中に進退を決してほしいというのが個人的な意見」などと発言。白鵬に対してのコメントが、自身の胸にも刺さった。

部屋関係者は「夏場所に出る気満々だった。最後は土俵に上がって終わりたがっていたけど、周囲から厳しい声があったのも事実。最後は横綱が決めたことだけど…」と話した。鶴竜は、この日も稽古場に姿を現したが、体が思うようには動かなかった。周囲からの厳しい声も重なり、突然の引退を決心したようだ。

最後の取組は、昨年7月場所初日の東前頭筆頭の遠藤戦となった。右裾払いをかわされ、体勢を崩して尻もちをつく「腰砕け」で負けた。再び土俵に立つことはかなわず、無念の引退。横綱は引退後5年間、自身のしこ名で年寄を名乗れることから、鶴竜親方として協会に残って、年寄名跡取得を目指す。後進の指導にあたる前に、まずは25日に行われる引退会見で20年分の土俵人生を語る。

◆鶴竜力三郎(かくりゅう・りきさぶろう)本名・マンガラジャラブ・アナンダ。1985年(昭60)8月10日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。バスケットボール、レスリングなどを経験して01年9月に来日し、同年九州場所で初土俵。06年九州場所で新入幕、12年春場所後に大関昇進。初優勝した14年春場所後に横綱昇進。19年9月に師匠の先代井筒親方(元関脇逆鉾)が死去し陸奥部屋に移籍。優勝6回。三賞は殊勲賞が2回、技能賞が7回。得意は右四つ、下手投げ。186センチ、154キロ。家族は妻と1男2女。血液型A。

笑顔で優勝パレードに出発する鶴竜(2019年7月21日撮影)

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