上へ戻る

au版ニッカン★バトル

記事検索

朝鬼神克忠が朝鬼神閻魔、嶺刃常乃助は峰刃幾叉丸に改名/夏場所新番付

初場所の両国国技館(2021年1月10日撮影)

日本相撲協会は26日、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。番付降下、改名、引退などの力士、年寄など協会関係者は以下の通り。

【降下】

<幕内から十両>

豊山(27=時津風)東前頭15枚目→東十両4枚目

琴勝峰(21=佐渡ケ嶽)西前頭11枚目→東十両5枚目

<十両から幕下>

矢後(26=尾車)西十両10枚目→西幕下筆頭

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

<幕下>

中園→島津海(しまづうみ=二所ノ関)

津志田→時乃平(ときのひら=時津風)

大天馬→北勝丸(ほくとまる=八角)

<三段目>

琴粂→琴羽黒(ことはぐろ=佐渡ケ嶽)

嶺刃→峰刃(みねやいば=錣山)

横江→剛士丸(ごうしまる=武蔵川)

琴伊藤→琴拓也(ことたくや=佐渡ケ嶽)

佐々木→北勝栄(ほくとさかえ=八角)

琴進→琴大進(ことだいしん=佐渡ケ嶽)

若松永→透輝の里(ときのさと=西岩)

<序二段>

舛乃山→舛ノ山(ますのやま=常盤山)

中田→北勝岩(ほくといわ=八角)

琴長濱→琴大河(ことたいが=佐渡ケ嶽)

福井→北勝八雲(ほくとやぐも=八角)

札野→北勝大(ほくとひろ=八角)

秋山→北勝空(ほくとそら=八角)

松岡→北勝真(ほくとしん=八角)

青乃潮→北勝潮(ほくとしお=八角)

<序ノ口>

石坂→藤雄峰(ふじゆうほう=藤島)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

朝鬼神克忠→朝鬼神閻魔(あさきしん・えんま=高砂)

嶺刃常乃助→峰刃幾叉丸(みねやいば・きしゃまる=錣山)

横江黎→剛士丸黎明(ごうしまる・れいめい=武蔵川)

琴粂貞→琴羽黒貞晴(ことはぐろ・さだはる=佐渡ケ嶽)

琴伊藤暉→琴拓也暉紘(ことたくや・あきひろ=佐渡ケ嶽)

琴進洸希→琴大進光輝(ことだいしん・こうき)

琴長濱大河→琴大河誠哉(ことたいが・せいや)

朝玉勢一嗣磨→朝玉勢大幸(あさぎょくせい・たいこう=高砂)

若松永輝透→透輝の里大(ときのさと・だい)

【改名<3>】(年寄)

錣山矩幸→錣山瑛一(しころやま・えいいち)

【引退】

舛東欧(常盤山)光源治、大勇人(以上、峰崎)斗城丸(宮城野)華王錦(東関)綾風、宙風(以上、尾車)富栄、勇富士、八百ツ富士(以上、伊勢ケ浜)播磨灘(尾上)琴今川(佐渡ケ嶽)大翔鶴(追手風)玉の星(片男波)清水(武蔵川)太田(山響)久之虎(出羽海)霧乃龍(陸奥)煌(朝日山)東照錦(錦戸)

【退職(年寄)】

時津風正博(元前頭時津海、退職勧告処分)

千賀ノ浦靖仁(元関脇舛田山=契約満了)

【停年退職(床山)】

床淀

関連するニュースを読む

元前頭里山の佐ノ山親方が年寄「千賀ノ浦」継承、襲名 先代は元関脇舛田山

佐ノ山親方

日本相撲協会は16日、佐ノ山親方(元前頭里山)が16日付で年寄「千賀ノ浦」を継承、襲名したことを発表した。

元里山は18年九州場所限りで引退し、その後は尾上部屋付きの親方として後進の指導にあたっていた。

先代千賀ノ浦親方の元関脇舛田山は10日に70歳の誕生日を迎え、協会の再雇用制度を終えていた。

関連するニュースを読む

70歳で角界去る千賀ノ浦親方、隆の勝に「唐揚げみたいな稽古を」とエール

左が千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)、右は常盤山親方(元小結隆三杉)(2016年4月8日)

10日に70歳の誕生日を迎える千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)が9日に日本相撲協会の再雇用制度を終える。拓大を経て74年春場所に初土俵。48年間も身を置いた角界を去ることになる。8日までに電話取材に応じ「9日が過ぎないとピンとこない。3月場所が最後と思うと、名残惜しい気持ちになりました」と心境を明かした。

定年後の5年間は「早かったけど、連れてきた子(弟子)が何人残っていたかを気にかけていた」と振り返る。89年名古屋場所限りで現役を引退して春日野部屋付きとなり、04年9月に独立して千賀ノ浦部屋を創設。10年九州場所では舛乃山(当時のしこ名は舛ノ山)が新十両昇進を果たし、部屋から初めて関取を輩出した。

16年4月に65歳となり協会の定年を迎え、現常盤山親方(元小結隆三杉)に部屋を継承したが、東京・台東区の稽古場は自宅でもある。現常盤山部屋が今年2月に東京・板橋区に移転するまでは、部屋内で力士らとコミュニケーションを取ることも多かったという。

自身が引き連れてきた力士も少なくなってきた。史上初のハンガリー出身力士として話題となった舛東欧は、春場所限りで引退。最高位は西幕下8枚目と関取の座に近づいたが、たび重なるケガに泣いた。「ケガがなければチャンスがあったと思うけど、こればかりはしょうがない」と千賀ノ浦親方。舛東欧は引退後、都内の飲食関連の企業に就職するという。「今までも何度も相談に乗ってきた。第2の人生も頑張ってほしい」とエールを送る。

躍進を期待するのが、関脇まで番付を上げた隆の勝(26=常盤山)だ。現在の活躍に、千賀ノ浦親方も「15歳で入門してきて、体を大きくするのに時間がかかった。メシの時間は逃げていたときもあったね(笑い)。素質は良かったけど正直、三役に定着するとは予想外」と驚く。「体重が増えてスピードと勢いが変わった。右を差して半身になるクセがあったが、左が入ったときのスピードがいい。自信もついてきたように見える」。

新関脇から3場所連続で勝ち越し、当然「次期大関」の期待も高まってくる。「(コロナ禍で)出稽古ができないけど、白鵬や照ノ富士みたいな四つ相撲の上位の人にも胸を借りて力をつけてほしいね。泥んこにならないと成果は出ない。お茶漬けを食ったような稽古じゃなくて、こってりした唐揚げみたいな稽古をしてほしいね」と独特な言い回しでエール。「幕下の頃のように、ある意味“バカ”になって頑張ればきっと(大関に)上がれると思いますよ」と笑った。

台東区の部屋には5月の夏場所後に立浪部屋が移転してくる。11月の九州場所後には完全譲渡する予定。自身も今年10月いっぱいまでは居住する。「相撲部屋として残ってくれるのはうれしい」と同親方。今後も相撲界を見守っていく。

【佐藤礼征】

隆の勝(2020年12月10日撮影)

関連するニュースを読む

立浪部屋、5月の夏場所後に旧常盤山部屋に移転

茨城県つくばみらい市に拠点を構える立浪部屋が、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)後に、東京都台東区にある旧常盤山部屋へ移転することが4日、分かった。2月中旬に東京都板橋区へ移転した旧常盤山部屋を改装し、新たに部屋を構える。

旧常盤山部屋は現在、3階に所有者である千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)が住んでいる。9日に70歳の誕生日を迎え、日本相撲協会の再雇用制度が切れ退職となるが、今年10月いっぱいまでは居住。11月に予定される九州場所後に完全譲渡される。それまでは立浪親方(元小結旭豊)と力士らは1、2階に居住する。

建物の1、2階部分を改修するため、移転時期について立浪親方は「工事が間に合わないので5月場所後になると思う」と話した。移転話は昨年末あたりから進められ、今年に入って決まったという。最寄り駅の「みらい平」(つくばエクスプレス)から両国まで1時間ほどかかるが、台東区橋場に構える新しい部屋からは、車で15分ほどに短縮される。新型コロナウイルスの影響で現在は出稽古が禁止されているが、解禁されれば稽古環境も改善される。

地域密着で応援してくれた、つくばみらい市に対する恩もあり「残念がっている」と感じつつ「やっぱり力士のためを思って。出世していけばいくほど、力士のことを考えてやらないといけない」と立浪親方。3月の春場所では明生(25)が待望の三賞を初受賞し、三役も目前。元横綱朝青龍をおじに持つ豊昇龍(21)や十両天空海(30)らの、さらなる出世に思いを込めた移転となる。

移転した高砂部屋の後を受け、現在の台東区橋場に部屋を新設した千賀ノ浦親方も「ここに部屋を構えて21年になるかな。自分がここを離れる時は、その後は相撲部屋として引き継いでもらいたいと常に思っていた。一門とか縁はなくても、引き続き相撲部屋として存続してくれるのはうれしい」と話した。

関連するニュースを読む

徳勝龍、幕内Vから5場所で十両は史上最速/新番付

徳勝龍(2021年1月10日撮影)

日本相撲協会は1日、新型コロナウイルス感染防止の観点から、通常の大阪から東京開催に変更した大相撲春場所(14日初日、東京両国国技館)の新番付を発表した。

入幕の新顔はなく、返り入幕は3人。先場所十両優勝の剣翔(29=追手風)は5場所ぶり、英乃海(31=木瀬)は17場所ぶりの幕内復帰。英乃海は弟が西前頭8枚目の翔猿(28=追手風)で、新たな兄弟同時幕内は14年春場所の千代鳳&千代丸以来、史上9組目となった。大奄美(28=追手風)は5場所ぶりの幕内復帰を果たした。

また初場所で幕内の東前頭8枚目だった徳勝龍(34=木瀬)が十両に陥落したが、幕内優勝経験者の十両陥落は史上14人目。優勝場所から5場所での十両陥落は元小結若浪の7場所を抜いて最速となってしまった。

既に発表されている、晴れて関取の新十両は2人。貴健斗(25=常盤山)は、現在の師匠(元小結隆三杉)が先代(元関脇舛田山)から部屋継承後としては初めての新十両。熊本県からは19年名古屋場所の竜虎以来、戦後34人目の関取誕生となった。また武将山(25=藤島)は、現師匠の部屋創設後としては10年九州場所の剣武以来、2人目の関取誕生。茨城県からは、18年初場所の天空海以来、戦後22人目の新十両となった。再十両は2人。錦富士(24=伊勢ケ浜)は2場所ぶり、一山本(27=二所ノ関)は7場所ぶりの十両復帰を果たした。

大相撲春場所は、12日の取組編成会議で初日と2日目の対戦相手が決定。14日の初日を迎える。

関連するニュースを読む

隆の勝「広いし、きれい」新部屋の稽古環境に満足

東京都板橋区の新拠点で稽古をする隆の勝(代表撮影)

16日に東京・台東区橋場から、板橋区前野町に移転した常盤山部屋が23日、稽古再開から初めて取材に応じ、師匠の常盤山親方(元小結隆三杉)と関脇隆の勝(26)が対応した。

新しい部屋は、以前より広く地上3階、地下1階で稽古場も土俵の外で、ぶつかり稽古できるスペースもあるという。「シャワーもトイレも広く(力士居住の)2階も前の部屋より広くして過ごしやすくなった。心機一転で、やることをやるだけ。(ご近所の)板橋の人も温かく迎えてくれて声をかけてくれる。ありがたいですね。自分の出来ることをやって、3月の勝負を迎えるだけです」と常盤山親方の言葉も、喜びに満ちているようだった。

稽古後に所用があり、大関貴景勝(24)は取材対応できなかったが、隆の勝は「広いし、きれい。(シャッターや窓が)全部、開くので夏とか涼しそう。全体的に広いので、四股を踏むのも広々とできるのは、いい点だと思う」と開放感のある稽古環境に満足の様子だ。師匠同様、受け入れてくれた近隣にも「みんな話し掛けてくれるので本当にフレンドリーというか、いい街だと思う」と、環境の変化も歓迎のようだ。

新三役から2場所連続で勝ち越し、大相撲春場所(3月14日初日、東京・両国国技館)では、3場所連続で関脇の地位で臨むことになる。先場所の大栄翔の平幕優勝にも刺激を受けたようで「押し相撲で優勝できたら、自分も出来るのかな、というのは思った。今できることをやるだけ。あまり意識するとボロ負けする可能性があるので」と、励みと同時に引き締めることも忘れない。

上位として土俵に上がる心構えも身に付いてきた。「先場所から気持ちの持ち方も、だんだん分かってきたし、慣れてきたかなと。気持ちも上下することがなくなってきている」と隆の勝。台東区の部屋には、入門した時の先代師匠(元関脇舛田山)が率いる時代から10年を過ごしてきた。引っ越す際は「もうここじゃないんだ」と、少しばかり感傷に浸ることもあったが、それも今は「新鮮な気持ちです。場所が変わっても、やることは変わらない。集中して場所に臨みたいですね」と入門から12年目の春を見据えた。

東京都板橋区の新拠点で稽古をする隆の勝(代表撮影)
東京都板橋区の新拠点で稽古をする隆の勝(右)と胸を出す太一山(代表撮影)

関連するニュースを読む

常盤山部屋が台東区→板橋区に移転「心機一転」親方

引っ越し作業が行われた東京都板橋区前野町の常盤山部屋

大相撲の常盤山部屋が16日、東京・台東区橋場から板橋区前野町に移転した。

新しい部屋は東武東上線・ときわ台駅から徒歩15分ほどで、物件は3階建て。電話取材に応じた師匠の常盤山親方(元小結隆三杉)によると、元々は建材を扱う会社だったという。2階は若い衆が住む大部屋、1階が稽古場で、地下1階は物置として使用する。

この日の引っ越し作業では早速、新調した部屋の看板を設置した。師匠は「長さは1メートル30から40センチ。(台東区橋場の部屋に設置していたものに比べて)倍以上の大きさで、幅も広いから大きく感じますね」と説明した。現在はブルーシートで覆っているが1階の土俵はすでに完成しており、19日から新拠点での稽古が始まる。テッポウ柱は2本から1本となるものの、稽古場は広くなっているという。

台東区橋場の部屋は4月に再雇用制度の任期が終わる先代常盤山親方の千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)の自宅で、16年4月の部屋継承時から21年4月末までに拠点を移すように取り決めていた。

初場所後に貴健斗の新十両昇進が決まり、大関貴景勝ら力士10人中4人が白い稽古まわしを締める。活気ある部屋を束ねる常盤山親方は「引っ越して心機一転。みんなでもっともっと頑張っていきたい」と、部屋のさらなる繁栄を誓った。

関連するニュースを読む

貴景勝所属の常盤山部屋が移転、先代親方自宅から

常盤山親方(右=元小結隆三杉)と、先代常盤山親方の千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)

大相撲の大関貴景勝らが所属する常盤山部屋が2月中旬に東京・台東区橋場から板橋区前野町に移転することが20日、関係者の話で分かった。台東区橋場の部屋は先代常盤山親方の千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)の自宅。同親方は4月に再雇用制度の任期が終わるため、4月末までに拠点を移すように取り決めていた。3月の春場所が大阪開催の予定のため、大阪に移動する前に引っ越し作業を済ませる。

新しい部屋は3階建てで3階に常盤山親方(元小結隆三杉)夫妻、2階は若い衆が住む大部屋、1階が稽古場となる。地下1階は物置として使用する予定。今場所後に土俵づくりを進める。初場所を10日目から途中休場した貴景勝は、かど番脱出に向けて新たな環境で再起を期す。

関連するニュースを読む

貴景勝 綱とりへ「あまり深く考えず、ノビノビと」

ダンベルを使って体を鍛える貴景勝

来年の大相撲初場所(1月10日初日、東京・両国国技館)で綱とりに挑む大関貴景勝(24=常盤山)が1日、報道陣の電話取材に応じた。

2年ぶり2度目の優勝を果たした11月場所後、この日が稽古始め。四股、すり足など基本運動で汗を流した。場所後の1週間のうち半分は完全休養に充てたといい「疲れを抜くのに少し時間がかかった」ようだ。それでも1週間の休みの後半は、体作りを始めていたようで、体の張りもある様子。「ここから、もう何段階も上げていければ」と稽古の虫がうずいた? ようだ。

一方で11月29日の「いい肉の日」には焼き肉を食べたように「食べたいものを食べさせてもらった1週間」と少しばかりの休養期間を満喫できた。軽めの始動には「来場所に向けて、いいスタートが切れているな、と思う」と話した。初場所までの調整法に特段の変化はなく「いつも通り基礎で体をつくり、実戦を踏んで、また基礎をしてという、自分の感覚でいい流れをつかんでやっていけたら」とイメージした。

秋場所後に続き、12月18日から6日間、両国国技館内の相撲教習所で合同稽古が行われる。それには「自分の体次第」と前置きしながら「参加したいと思っている。できる環境で一生懸命やれたら」と意思表示した。

2場所連続優勝が求められる綱とりについては「成績を残さないと上には上がれないので、とにかく一生懸命、頑張ることしかできない。あまり深く考えず、ノビノビやれたらいい」と自然体で臨むことを自分に求めた。

突き押し相撲一本で、ここまで上り詰めてきた。横綱昇進ともなれば、希少価値がある。「押し相撲の人は、そこまで体は大きくないし、幅を広げようとしても、あんまり取れない」と押し相撲で横綱が少ない要因を独自の視点で分析。その壁を破るべく「自分でその可能性を止めてしまったら一生、そこで終わる。(押し相撲で横綱になるのは)無理って言われているから、やりがいを感じている」と気概を示し「やっぱり自分は押し相撲しかない。小さい頃から目指してきた(押し相撲という)もので頂点に、横綱になりたいというのはある」とキッパリ話した。綱とり場所については「1日1日、トーナメントのように」と目の前の一番に集中して臨む。

師匠(元小結隆三杉)と先代(元関脇舛田山)の年寄名跡交換に伴い、11月場所までの「千賀ノ浦部屋」から「常盤山部屋」の力士として初めて臨む初場所でもある。最後の「千賀ノ浦」で優勝し「本当に良かった」とした上で「新しい名前の部屋でも、いい成績を残したいと思う」と新たな発奮材料に変える。

今年1年を1字で表すとしたらという、年末恒例の? 問い掛けには「まだ浮かばないので、また年末に」とした上で、今年1年は「ケガもあったし優勝もできた。いいことも悪いこともあったという感じ」と振り返っていた。

関連するニュースを読む

貴景勝所属の千賀ノ浦部屋「常盤山部屋」に名称変更

貴景勝(20年11月10日)

日本相撲協会は26日、東京・両国国技館で理事会を開き、常盤山親方(69=元関脇舛田山)と千賀ノ浦親方(59=元小結隆三杉)が年寄名跡を交換し、千賀ノ浦部屋の名称が「常盤山部屋」の名称に変更することを承認した。

先代千賀ノ浦親方の常盤山親方は、来年4月に再雇用制度の任期が終わる。千賀ノ浦親方は16年4月の部屋継承前まで「常盤山」を襲名しており、今回の名跡交換は継承時から両者間で取り決めていた。

千賀ノ浦部屋には11月場所で2度目の優勝を果たした大関貴景勝や関脇隆の勝らが所属している。貴景勝は常盤山部屋の力士として来年1月の初場所に臨み、初めての綱とりに挑戦する。

関連するニュースを読む

貴景勝の千賀ノ浦部屋が名称変更 1月に常盤山部屋

千賀ノ浦親方(左)と貴景勝(2019年4月30日撮影)

貴景勝が所属する千賀ノ浦部屋が来年1月の初場所前に部屋の名称を「常盤山部屋」に変更することが23日、日本相撲協会関係者の話で分かった。

師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)が、来年4月に再雇用制度の任期が終わる先代千賀ノ浦親方の常盤山親方(元関脇舛田山)と名跡交換するため。千賀ノ浦親方は16年4月の部屋継承前まで「常盤山」を襲名しており、今回の名跡交換は継承時から両者間で取り決めていた。今後手続きを進める予定で、相撲協会に承認されれば、貴景勝は初の綱とりに挑む初場所を常盤山部屋の力士として迎える。

千賀ノ浦部屋の看板を持つ貴景勝(2018年10月29日撮影)

関連するニュースを読む

隆の勝 10年で開花、中卒たたき上げ/プロに聞く

地元の千葉・柏での巡業で犬と記念写真に納まる

大相撲で勢いに乗る幕内力士の1人、隆の勝(25=千賀ノ浦)に話を聞いた。今年で入門10年。史上初の無観客開催となった春場所では12勝3敗の好成績で優勝次点、初の敢闘賞も獲得した。近年は高校、大学を経由して角界入りする力士が多くなる中、貴重な中卒たたき上げ。大家族で育った幼少時代の経験などを明かした。

丸顔に癒やし系の笑顔で“おにぎり君”の愛称で親しまれる隆の勝にとって、相撲との出会いは必然だった。父俊哉さんは大相撲観戦が好きで、地元の千葉・柏市は相撲が盛ん。幼稚園や小学校に相撲大会出場を勧誘するチラシが多数張られており、相撲クラブに所属していない少年も積極的に参加していたという。隆の勝は小1のときに初めて地元の相撲大会に参加。小3から柏市スポーツ少年団で本格的に相撲を始めた。同学年には大翔鵬(現十両)、後輩には元横綱琴桜を祖父に持つ琴ノ若(現前頭)や琴勝峰(現十両)が在籍。強豪のクラブチームだった。

「中卒で大相撲に入るまでずっと通っていました。稽古は厳しかったけど、小さい頃はとにかく相撲が楽しかった記憶があります。クラブには全国で2位、3位になるような強い子もいて、僕も小4から小6までわんぱく相撲の全国大会に出場していましたが、飛び抜けて強いわけではありませんでした」

クラブの練習は1日4時間で、土日の週2回。他のスポーツは習っていないため、平日の放課後は友達と遊ぶ時間が多かったが、学年が上がるにつれて、クラブ以外での稽古時間が増えたという。

「家では週に2、3回はみっちり四股を踏んでいました。回数はあまり覚えていないけど、30分くらいだったかな。めちゃくちゃ厳しく指導されたわけじゃありませんが、父親の監視の下で踏んでいたことを覚えています」

6人きょうだいの4番目として生まれた。母雅代さんは整体師。相撲を始めた頃から、痛いところがあればすぐに治療をしてくれた。今でも実家に戻ると体を診てくれるという。両親は子どもたちを特別厳しく育てたわけではないが、隆の勝にとって印象深い「ルール」がある。

「テレビゲームはいいけど、携帯ゲームは禁止されていましたね。他の家だと『目が悪くなるから』『勉強をしなくなるから』って理由が多いと思うんですけど、うちの場合は『姿勢が悪くなるから』とよく言われました。ゲームに限らず姿勢のことはよく注意されていましたね。いま思うと、整体師らしい視線だなと思います。ちなみに、今も携帯ゲームはやっていませんよ(笑い)」

大家族の存在は今でも力になっている。場所中は家族のライングループに母親が自身の取組動画を投稿。負けが込むと、姉からは「顔が死んでいるよ」と一喝される。

「昔から家族はみんな応援してくれた。今もだけど、家族の存在はずっと力になっています」

春場所では初めての敢闘賞を受賞するなどブレークした。力のある突き押し、右を差して素早く寄る相撲も目立ったが、現在の形が確立され始めたのは最近のこと。

「自分の相撲をつかみ始めたのは出稽古を積極的にするようになった3、4年前くらいからです。自分の型というのは、本来なら早めに決めた方がいいのかもしれないけど、今となっては焦らずに決めなくて良かったのかもしれない。だからこそ、若いときから四股やすり足の基礎(運動)で体をつくることが重要だと思う」

師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)や同部屋の力士が口をそろえて「稽古熱心」と評価する真面目な性格。地道な鍛錬で自身と向き合い続け、その才能を開花させた。【佐藤礼征】

◆隆の勝伸明(たかのしょう・のぶあき)本名・石井伸明。1994年(平6)11月14日、千葉県柏市生まれ。小3から柏市スポーツ少年団で相撲を始め、小4から小6までわんぱく相撲全国大会出場。先代千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)からの誘いを受け、千葉・西原中を卒業後、千賀ノ浦部屋に入門。10年春場所で初土俵。17年九州場所で新十両、18年秋場所で新入幕。20年春場所では12勝3敗の好成績で初の敢闘賞を受賞。家族は両親、兄、姉2人、妹、弟の8人家族。183センチ、163キロ。血液型O。得意は押し。

幕内土俵入りする隆の勝
春場所で敢闘賞を受賞した隆の勝(右)
大相撲春場所 9日目 玉鷲(右)との立ち合いで顔をうち出血するも押し出しで破る隆の勝

関連するニュースを読む

隆の勝が主役!1敗守った  おにぎり君の笑顔満開

玉鷲(左)との立ち会いで激しく当たる隆の勝(撮影・清水貴仁)

<大相撲春場所>◇9日目◇16日◇エディオンアリーナ大阪

東前頭9枚目隆の勝(25=千賀ノ浦)が新風を巻き起こす! 玉鷲を押し出して1敗を守り、関取としては自己最速の勝ち越しを決めた。無観客開催の中、同部屋の大関貴景勝と稽古を重ね、実力を伸ばしている押し相撲のホープが無欲に突き進む。横綱白鵬が無傷の9連勝。隆の勝と碧山の平幕2人が1差で追い、横綱鶴竜ら2敗の5人が食らいつく。

  ◇    ◇    ◇

隆の勝が押し相撲の実力者を難なく退けた。立ち合い当たって右を差すと、すくって玉鷲の体勢を崩し、最後ははず押し。自己最高位の場所ながら、自己最速で給金を直した。「うれしい。勝ち越しのかかった相撲は緊張するけど、今日は周りが見えていた」。ファンから“おにぎり君”の愛称で親しまれる、癒やし系の笑顔を咲かせた。

力をつける環境が整っている。旧貴乃花部屋の力士らが千賀ノ浦部屋に移籍して約1年半。タイプの違う関取衆と手合わせする機会が増えた。特に貴景勝は同じ押し相撲。「場所前に大関(貴景勝)と相撲を取ることが大事。大関はストイックで頭がいいし、立ち合いの強さ、ぶれない下半身は見習いたい」と強調する。貴景勝から戦略面の助言もしばしばあり、この日の朝も「先に攻めた方がいい。無理やり(右を)入れてもいい」と声をかけられた。実際に右を差してから主導権を握る展開。大関の言葉を白星につなげた。

異例の無観客開催だが、図らずも好結果につながっている。「最初は寂しかったけど、慣れてくれば稽古場に似ている」と隆の勝。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)も「稽古場で強い。無観客でプレッシャーが薄れてるかも」と好調の要因を推察した。

1月の新年会では、師匠に口頭で「年内での三役昇進」を決意した。「同年代が先に上がって負けてられない」。素質を開花させつつある中卒たたき上げの25歳が、主役候補に躍り出てきた。【佐藤礼征】

〈隆の勝(たかのしょう)〉

◆本名 石井伸明(いしい・のぶあき)

◆あだ名 ノブ。おにぎり君。

◆生まれ 1994年(平6年)11月14日、千葉県柏市。

◆家族 両親と兄、姉2人、妹、弟の6人きょうだい、8人家族。

◆相撲歴 小3から柏市相撲スポーツ少年団で相撲を始め、小4~小6までわんぱく相撲全国大会出場。

◆角界入り 先代千賀ノ浦親方で現常盤山親方(元関脇舛田山)からの誘いを受け、中卒で入門。10年春場所で初土俵。17年九州場所で新十両、18年秋場所で新入幕。

◆しこ名 新十両を機に、現師匠の現役時代のしこ名から1字取って「舛の勝」から改名。

◆サイズ 183センチ、163キロ。

取組中に出血するも玉鷲を押し出しで破る隆の勝(撮影・清水貴仁)
妙義龍を破り、2日連続で流血しながら引き揚げる隆の勝(撮影・河田真司)

関連するニュースを読む

元黒姫山の田中秀男さん出棺 師匠や孫らに見守られ

出棺で田中さんの棺を運ぶ大島親方(背中)、孫で三段目力士の田中山(右から2人目)

4月25日に肺炎のため70歳で死去した元関脇黒姫山の田中秀男(たなか・ひでお)さんの告別式が、令和最初の日となった5月1日、東京・両国の回向院で営まれた。

式には、田中さんの孫にあたる三段目力士の田中山(17)が所属する境川部屋の師匠・境川親方(元小結両国)や部屋付き親方、大関豪栄道ら関取衆が前日の通夜に続き参列。また、日本相撲協会理事の高島親方(元関脇高望山)、花籠親方(元関脇大寿山)井筒親方(元関脇逆鉾)の両副理事、常盤山親方(元関脇舛田山)、相撲解説者の北の富士勝昭さんら、故人にゆかりのある多数の関係者が参列した。

出棺前に、遺族を代表して田中さんの長男で元幕下力士の田中大介さん(44)が「父は曲がったことが大嫌いな人間でした。相撲同様、まっすぐな人で煙たがられることも多かったと思いますが(中略)本日はありがとうございました」とあいさつ。自分が興した武隈部屋消滅後、友綱部屋付きの親方として後進の指導にあたっていた際の、部屋の師匠だった大島親方(元関脇魁輝)や田中山らの手によって、田中さんが眠る棺は出棺された。戒名は「真行院武山秀道居士」。最後の年寄名跡(武隈)、しこ名(黒姫山)、本名の名前(秀男)から1字ずつが入れられた。

出棺で田中さんの棺を運ぶ大島親方(右から2人目)、孫で三段目力士の田中山(左から2人目)

関連するニュースを読む

稀勢の里が久々の東正位、貴景勝は新関脇 新番付

稀勢の里

日本相撲協会は25日、来年1月の大相撲初場所(13日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。

横綱は、11月の九州場所で白鵬(33=宮城野)、鶴竜(33=井筒)がともに全休したため、4日目まで出場した稀勢の里(32=田子ノ浦)が17年夏場所以来、10場所ぶりに東の正位についた。白鵬が西で、鶴竜は東の2枚目の序列となった。

大関陣の顔ぶれは東から高安(28=田子ノ浦)、豪栄道(32=境川)、栃ノ心(31=春日野)で変わらない。

九州場所で初優勝を果たした貴景勝(22=千賀ノ浦)は新関脇に昇進した。千賀ノ浦部屋からは、先代の師匠(元関脇舛田山、現常盤山親方)が04年9月27日に部屋を創設してから初めての関脇。兵庫県からは、12年秋場所の妙義龍以来の関脇誕生となった。玉鷲(34=片男波)は6場所ぶりの関脇復帰(三役は2場所ぶり)となった。

ケガを乗り越えて妙義龍(32=境川)は、15年名古屋場所以来21場所ぶりの小結復帰となった(三役としては19場所ぶり)。3場所連続で関脇だった御嶽海(25=出羽海)は、4場所ぶりに小結へ陥落。ただ三役は12場所連続キープで、昭和以降では北葉山、武双山に並ぶ5位となった(1位は若の里の19場所)。

入幕は3人。ただ一人の新入幕となった矢後(24=尾車)は、現師匠(元大関琴風)が87年3月23日に部屋を創設してから、16年秋場所の天風以来、6人目の幕内力士となった。北海道出身では今年夏場所の旭大星(友綱)以来、戦後52人目の幕内誕生。中大からは03年春場所の豪風(尾車)以来6人目で、学生相撲出身では17年九州場所で大奄美(追手風)以来、93人目となった。琴勇輝(27=佐渡ケ嶽)は2場所ぶり、琴恵光(27=佐渡ケ嶽)は3場所ぶりの幕内復帰。

新十両は不在で、蒼国来(34=荒汐)は3場所ぶり、臥牙丸(31=木瀬)は2場所ぶりの十両返り咲きを果たした。

初場所は、来年1月11日の取組編成会議で初日、2日目の対戦相手が決定。13日の初日を迎える。

関連するニュースを読む

横綱は4場所連続の序列、栃ノ心かど番 新番付発表

白鵬

日本相撲協会は27日、大相撲秋場所(9月9日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。

横綱は東西、東2枚目の順に鶴竜(33=井筒)、白鵬(33=宮城野)、稀勢の里(32=田子ノ浦)で、4場所連続の序列となった。

大関陣は先場所、ともにかど番を脱出した豪栄道(32=境川)、高安(28=田子ノ浦)が東西を張る。新大関の名古屋場所で途中休場し負け越した栃ノ心(30=春日野)は、現行制度の69年名古屋場所以降としては、00年秋場所の雅山(現二子山親方)以来8人目の、大関2場所目でのかど番を迎えた。過去7人で、かど番場所を負け越して翌場所、関脇に陥落したのは武双山(のち大関再昇進、現藤島親方)だけ(かど番場所を全休した千代大海=現九重親方=は当時、公傷制度があり陥落せず)。何とか勝ち越したいところだ。

関脇は東西が入れ替わり、2場所連続で御嶽海(25=出羽海、関脇は2場所連続、三役は10場所連続)と逸ノ城(25=湊、関脇は3場所連続、三役は4場所連続)の顔ぶれ。名古屋場所で初優勝した御嶽海は、秋場所の成績次第で大関昇進の期待がかかる。

小結は東が2場所連続の玉鷲(33=片男波)、西が今年初場所以来、4場所ぶりに返り咲いた貴景勝(22=貴乃花)の陣容となった。

新入幕の隆の勝(23=千賀ノ浦)は、現師匠(元小結隆三杉)が16年4月に先代(元関脇舛田山)から部屋を継承してからは初めての新入幕。千賀ノ浦部屋としては11年秋場所の舛ノ山(現舛乃山)以来となった。また千葉県出身では、12年秋場所の旭日松(友綱)以来、戦後22人目の新入幕となった。

再入幕は2人。昨年10月、横綱日馬富士(当時)から暴行を受け2場所連続全休で十両に陥落した貴ノ岩(28=貴乃花)は、5場所ぶりの幕内返り咲きとなった。琴勇輝(27=佐渡ケ嶽)は3場所ぶりの再入幕を果たした。

新十両はなく、再十両は4人。白鷹山(23=高田川)は2場所ぶり、炎鵬(23=宮城野)は3場所ぶり、天空海(27=立浪)は4場所ぶりの復帰。常幸龍(30=木瀬)は14場所ぶりの返り咲き。14年秋場所で小結を務めているが、三役経験者が三段目に降下してからの十両復帰は、十両が地位として明確になった1888年(明21)1月場所以降では初めての復活劇となった。

秋場所は、9月7日の取組編成会議で初日、2日目の対戦相手が決定。9日の初日を迎える。

関連するニュースを読む

貴乃花親方一門離脱で無所属「本人決断」阿武松親方

貴乃花親方(17年12月撮影)

 大相撲の貴乃花親方(45=元横綱)が、所属する貴乃花一門を離脱して無所属となり、同一門は「阿武松グループ」への名称変更を相撲協会執行部に申し入れていることが22日、分かった。複数の親方衆が明かしたもので、20日に離脱の意思を伝えられた阿武松親方(56=元関脇益荒雄)が、同日中に名称変更を尾車事業部長(元大関琴風)に願い出た。阿武松親方は「残念だが(貴乃花親方)本人が熟慮して決断したことなので」と了承したという。

 貴乃花一門は、10年に形成した貴乃花グループが、14年に当時の北の湖理事長に認められて格上げされた一門。6つの一門のうち最も新しい。今年2月の役員候補選挙では、貴乃花親方と阿武松親方が理事に立候補し、貴乃花親方だけ落選していた。貴乃花親方はその後、3月春場所中の無断欠勤や、弟子で当時十両の貴公俊の暴行問題の監督責任などで、最も低い階級の年寄へ降格。4月の会合では「私の名前のある一門は返上します」と、一門の名称変更を願い出ていた。

 5月までに一門から立浪親方(元小結旭豊)、常盤山親方(元関脇舛田山)が離れ、今回の貴乃花親方で所属は5人となった。「一門」と呼ぶには少人数のため、阿武松親方は「グループとしてやっていく」と、1歩引いた形を取った。関係者によると、名称変更は承認される見通しという。

関連するニュースを読む

立浪親方正式に無所属になる動き 錣山親方に追随へ

立浪親方(元小結旭豊)(10年1月18日撮影)

 大相撲の立浪親方(49=元小結旭豊)が、正式に無所属となるために動いていたことが5日、日本相撲協会関係者の話で分かった。

 同親方は3月の春場所前に「いろんな意見を聞いて相撲界が良くなるよう、その都度最善の選択をしたい。錣山親方(元関脇寺尾)と近い考え方」と、昨年末に時津風一門を離脱し、無所属となった錣山親方に追随したい意向を語っていた。この日、その意向をすでに2月の役員候補選挙に向けた一門の会合で明かしていたことが判明。また定年後の再雇用で、参与として協会に籍を置く常盤山親方(67=元関脇舛田山)も、貴乃花一門を離脱の意向ということが関係者の話で分かった。

関連するニュースを読む

日馬富士が1年ぶりに東正位、九州場所の新番付発表

横綱日馬富士(17年10月4日撮影)

 日本相撲協会は30日、大相撲九州場所(11月12日初日、福岡国際センター)の新番付を発表した。

 5場所連続で4人が就く横綱陣では、2場所連続通算10回目の優勝を目指す日馬富士(33=伊勢ケ浜)が、1年ぶりに最上位となる東正位に就いた。秋場所を全休した他の3人は、白鵬(32=宮城野)が西正位、稀勢の里(31=田子ノ浦)が東の2枚目、鶴竜(32=井筒)は西の2枚目で再起の土俵に上がる。

 大関陣では、昇進3場所目で秋場所は途中休場(1勝2敗12休)した西の高安(27=田子ノ浦)が、初のかど番で迎える。

 関脇は御嶽海(24=出羽海)が3場所連続(三役は5場所連続)、嘉風(35=尾車)は2場所連続(同4場所連続)。かど番の大関だった秋場所を負け越した(1勝5敗9休)照ノ富士(25=伊勢ケ浜)は15場所ぶりに陥落した関脇で迎える。大関からの降下は今年春場所の琴奨菊(33=佐渡ケ嶽)以来で、大関降下規定が変更になった69年名古屋場所以降では17人(20回)目だ。10勝を挙げれば大関再昇進となる。05年初場所の栃東(現玉ノ井親方)以来となる1場所での大関返り咲きはなるか。

 新三役を果たしたのは、西小結の阿武咲(21=阿武松)。史上初の新入幕から3場所連続2桁勝利を挙げて、駆け上がった。阿武松部屋からは、現師匠(元関脇益荒雄)が94年10月1日に部屋を創設して以降として、12年初場所の若荒雄(現不知火親方)以来2人目。青森県出身では、15年名古屋場所の宝富士(30=伊勢ケ浜)以来、戦後24人目。21歳3カ月での新三役は、平成以降初土俵としては6位の若年昇進(1位は白鵬の19歳9カ月)。琴奨菊は2場所ぶりの小結となる。

 新入幕は大奄美(24=追手風)。現師匠(元前頭大翔山)が98年10月1日に部屋を創設以降、16年春場所の大翔丸(26)以来、7人目の新入幕を果たした。鹿児島県出身では今年初場所の千代皇(26=九重、現千代ノ皇)以来、戦後23人目。日大出身では16年九州場所の石浦(27=宮城野)以来、36人目で、学生相撲出身としては先場所の朝乃山(23=高砂)以来、92人目となる。

 再入幕は、8場所ぶりの安美錦(39=伊勢ケ浜)、2場所ぶりの琴勇輝(26=佐渡ケ嶽)、3場所ぶりの妙義龍(31=境川)の3人。安美錦の39歳0カ月での再入幕は、土佐ノ海(現立川親方)の38歳6カ月を抜き昭和以降1位の高齢昇進となった。

 十両昇進は2人。新十両は、舛の勝改め隆の勝(22=千賀ノ浦)で、千賀ノ浦部屋からは10年九州場所の舛ノ山以来で、現師匠(元小結隆三杉)が16年4月8日に先代(元関脇舛田山)から部屋を継承してからは初めて。千葉県出身では、11年九州場所の旭日松(28=友綱)以来、戦後27人目の関取誕生となった。貴源治(20=貴乃花)は今年夏場所以来、3場所ぶりの十両復帰となった。

 九州場所は、11月10日の取組編成会議で初日、2日目の対戦相手が決定。12日の初日を迎える。

関連するニュースを読む

安美錦5敗目「難しいね」十両V争いから1歩後退

阿炎に引き落としで敗れた安美錦(撮影・鈴木正人)

<大相撲秋場所>◇14日目◇23日◇東京・両国国技館

 東十両2枚目安美錦(38=伊勢ケ浜)が、西十両11枚目阿炎(23=錣山)に負けて、優勝争いから1歩後退した。

 立ち合いは正面からぶつかりにいったが阿炎に左に変化され、前のめりになりがらもなんとか食らいついたが、引き落とされた。「頭には入れてたけど気にせずに当たろうと思った。負けは負けだからしょうがない。残念だね」と潔く話しながらも、語気からは悔しさがにじみ出た。

 4敗でトップに並んでいた弟弟子の誉富士が敗れて5敗目を喫して、琴勇輝は4敗を守った。「あまり気にしなかったけど」と誉富士の負けは意識しなかったが、5敗目を喫してしまい、琴勇輝に単独トップの座を譲ってしまった。現在38歳11カ月で、十両優勝となれば36歳3カ月の元関脇舛田山を抜いて、戦後以降最年長十両優勝となるが「なかなか優勝って難しいね」と、あらためて勝負の厳しさ感じていた。

阿炎(左)に引き落としで敗れる安美錦(撮影・鈴木正人)

関連するニュースを読む