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元大関前の山・先代高田川親方が多臓器不全で死去

高田川親方(元大関前の山)

日本相撲協会は29日、先代高田川親方で元大関前の山の清水和一氏が、11日に多臓器不全により死去していたことを発表した。

76歳だった。大阪・守口市出身で、高砂部屋に入門して61年春場所で初土俵。70年秋場所で新大関昇進を果たし、大関在位は10場所だった。74年春場所で引退し、年寄「高田川」を襲名。同年に高砂部屋から独立して、高田川部屋を創設した。協会では理事を務めるなどし、10年に定年退職した。

前の山(1966年9月12日撮影)
大関前の山(1971年11月28日撮影)
前の山(1966年9月12日撮影)
高田川親方(元大関・前の山)(1995年9月16日撮影)

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夏場所開催「何も決定していない」芝田山広報部長

高田川親方(19年6月撮影)

日本相撲協会は25日、高田川親方(53=元関脇安芸乃島)と弟子の十両白鷹山(25=高田川)、幕下以下の力士4人の計6人が、新型コロナウイルスに感染したと発表した。幕下以下の力士については個人情報保護の観点で部屋名などを公表していない。親方や十両以上の関取の感染確認は初で、角界での感染者は合計7人となった。27日の夏場所の番付発表は予定通りに行うが、2週間延期し5月24日を初日とした夏場所(両国国技館)開催の雲行きは、さらに怪しくなってきた。

  ◇   ◇   ◇  

角界でも感染が拡大しつつある。日本相撲協会は、協会員6人の新型コロナウイルス感染を発表。10日に幕下以下の力士1人の感染が初めて判明したが、親方と関取の感染は初めて。協会副理事を務めている高田川親方は今週に入り発熱症状があったため、23日に都内の病院でPCR検査を受けた。同日に入院し、24日に陽性反応が出た。白鷹山は発熱などの症状はなかったが、24日に同検査を受け、陽性反応が出た。25日に入院した。

幕下以下の力士4人にも発熱症状などがあったといい、PCR検査で陽性が確認されて現在は入院中。協会は個人情報保護の観点から、幕下以下については、名前や部屋名は公表していない。そのため、高田川部屋以外の部屋で感染者が出たかは、現時点では不明だが、感染が角界でも拡大しつつある。この発表を受け、電話取材に応じた芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「入院しているから全く連絡が取れていない」と、高田川親方や白鷹山の直近の行動は把握できていないと話した。

陽性が判明した者の所属部屋は、今後2週間は稽古や外出を禁止とし、部屋の消毒や体温管理などを徹底するという。一方で、八角理事長(元横綱北勝海)は各部屋に、接触を伴わない稽古については、継続するよう通達した。芝田山広報部長は「買い物はなるべく少人数でとりまとめて、レベルを上げた予防策を実施してほしいとのことだった」と八角理事長からの感染拡大防止の指示についても、明かした。

協会は3日に臨時理事会を開き、夏場所の2週間延期を決定した。状況次第で無観客開催や中止を検討するとの姿勢。以降、力士らの外出を原則的に禁止にしたり、相撲を取るなど接触を伴う稽古の自粛、日々の検温実施や体調管理の徹底などを指示してきた。夏場所開催に向け、感染拡大防止に努め、踏ん張り続けてきた中での、複数人の感染判明となった。

27日の夏場所番付発表は予定通りに行う。本場所開催について、芝田山広報部長は「開催について何も決定していないが、専門家の意見を踏まえつつ慎重に検討したい」と話した。初日まで約1カ月あるとはいえ、予断を許さない状況は続く。

◆高田川部屋 元大関前の山が74年3月に引退し、年寄「高田川」を襲名。同年4月に高砂部屋から独立した。歴代最多16個の金星を獲得した元関脇安芸乃島が03年夏場所後に引退。年寄「藤島」を経て、千田川親方として部屋付き親方だった09年8月に名跡を交換し、年寄「高田川」を襲名して高田川部屋を継承、現在に至る。現在の所属力士は幕内の竜電と輝、十両の白鷹山、幕下以下19人、3月の春場所の新弟子検査で合格した2人の計24人。他に立行司の第41代式守伊之助を含めた行司2人、床山1人、若者頭1人が所属。高田川親方を含めて合計29人の協会員が所属している。東京・江東区の清澄白河に部屋がある。

<これまでの角界の動き>

▼3月1日春場所の史上初の無観客開催を決定。

▼8日 エディオンアリーナ大阪で春場所初日を迎える。

▼15日平幕千代丸が39度7分の発熱で休場。

▼17日 協会が千代丸の新型コロナウイルス陰性を発表。

▼22日 協会員の感染者がゼロのまま千秋楽を迎える。

▼4月3日 夏場所、名古屋場所開催の2週間延期を決定。

▼8日 幕下以下の力士が、新型コロナウイルス感染確認の簡易的な検査を受ける。病院側から協会に「陽性」と連絡が入る。

▼9日 8日に「陽性」と診断された幕下以下の力士について、病院側から「陰性」と訂正の連絡が入り、再び検査を受ける。

▼10日 再検査を受けた結果、幕下以下の力士が「陽性」と判明。角界で陽性反応を示したのは初。

▼23日 高田川親方がPCR検査を受け、都内の病院に入院。

▼24日 高田川親方のPCR検査の結果が「陽性」と判明。弟子の十両白鷹山もPCR検査を受けて「陽性」が確認される。

▼25日 白鷹山が入院。他に幕下以下の力士4人がPCR検査で「陽性」と判明。協会の八角理事長(元横綱北勝海)が、接触を伴わない稽古の継続を通達。

3月、春場所の土俵祭り。左から高田川親方、藤島親方、境川親方、八角理事長、高島親方、錦戸親方

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高田川親方らが感染、夏場所まで1カ月雲行き怪しく

高田川親方(左)と十両白鷹山

日本相撲協会は25日、高田川親方(53=元関脇安芸乃島)と弟子の十両白鷹山(25=高田川)、幕下以下の力士4人の計6人が、新型コロナウイルスに感染したと発表した。幕下以下の力士については個人情報保護の観点で部屋名などを公表していない。

親方や十両以上の関取の感染確認は初で、角界での感染者は合計7人となった。27日の夏場所の番付発表は予定通りに行うが、2週間延期し5月24日を初日とした夏場所(両国国技館)開催の雲行きは、さらに怪しくなってきた。

   ◇   ◇   ◇

角界でも感染が拡大しつつある。日本相撲協会は、協会員6人の新型コロナウイルス感染を発表。10日に幕下以下の力士1人の感染が初めて判明したが、親方と関取の感染は初めて。高田川親方は今週に入り発熱症状があったため、23日に都内の病院でPCR検査を受けた。同日に入院し、24日に陽性反応が出た。白鷹山は発熱などの症状はなかったが、24日に同検査を受け、陽性反応が出た。25日に入院した。

幕下以下の力士4人にも発熱症状などがあったといい、PCR検査で陽性が確認されて現在は入院中。協会は個人情報保護の観点から、幕下以下については、名前や部屋名は公表していない。そのため、高田川部屋以外の部屋で感染者が出たかは、現時点では不明だが、感染が角界でも拡大しつつある。この発表を受け、電話取材に応じた芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「入院しているから全く連絡が取れていない」と、高田川親方や白鷹山の直近の行動は把握できていないと話した。

陽性が判明した者の所属部屋は、今後2週間は稽古や外出を禁止とし、部屋の消毒や体温管理などを徹底するという。一方で、八角理事長(元横綱北勝海)は各部屋に、接触を伴わない稽古については、継続するよう通達した。芝田山広報部長は「買い物はなるべく少人数でとりまとめて、レベルを上げた予防策を実施して欲しいとのことだった」と八角理事長からの感染拡大防止の指示についても、明かした。

協会は3日に臨時理事会を開き、夏場所の2週間延期を決定した。状況次第で無観客開催や中止を検討するとの姿勢。以降、力士らの外出を原則的に禁止にしたり、相撲を取るなど接触を伴う稽古の自粛、日々の検温実施や体調管理の徹底などを指示してきた。夏場所開催に向け、感染拡大防止に努め、踏ん張り続けてきた中での、複数人の感染判明となった。

27日の夏場所番付発表は予定通りに行う。本場所開催について、芝田山広報部長は「開催について何も決定していないが、専門家の意見を踏まえつつ慎重に検討したい」と話した。初日まで約1カ月あるとはいえ、予断を許さない状況は続く。

◆高田川部屋 元大関前の山が74年3月に引退し、年寄「高田川」を襲名。同年4月に高砂部屋から独立した。歴代最多16個の金星を獲得した元関脇安芸乃島が03年夏場所後に引退。年寄「藤島」を経て、千田川親方として部屋付き親方だった09年8月に名跡を交換し、年寄「高田川」を襲名して高田川部屋を継承、現在に至る。現在の所属力士は幕内の竜電と輝、十両の白鷹山、幕下以下19人、3月の春場所の新弟子検査で合格した2人の計24人。他に立行司の第41代式守伊之助を含めた行司2人、床山1人、若者頭1人が所属。高田川親方を含めて合計29人の協会員が所属している。東京・江東区の清澄白河に部屋がある。

<新型コロナウイルスに対するこれまでの角界の主な動き>

▽2月25日 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、日本相撲協会が春場所開催について協議。「通常開催」「無観客開催」「中止」の3つの選択肢の中から話し合いが進む。

▽3月1日 協会が臨時理事会を開き、春場所の史上初の無観客開催を決定。協会員から感染者が1人でも出た場合、場所中でも即時中止することも決める。

▽6日 協会が春巡業(3月下旬~4月下旬)の来年4月への延期を発表。

▽8日 エディオンアリーナ大阪で春場所初日を迎える。

▽15日 同8日目に西前頭15枚目の千代丸が39度7分の発熱で休場。

▽16日 同9日目に千代丸が力士として初のPCR検査を受ける。

▽17日 同10日目に協会が千代丸の新型コロナウイルス陰性を発表。

▽22日 協会員の感染者がゼロのまま千秋楽を迎える。

▽4月3日 協会が臨時理事会を開き夏場所、名古屋場所開催の2週間延期を決定。各師匠には出稽古の禁止を通達。

▽4~8日 幕下以下の力士1人が発熱。1度下がるが、再び高熱を出す。

▽8日 幕下以下の力士が、新型コロナウイルス感染確認の簡易的な検査を受ける。病院側から協会に「陽性」と連絡が入る。

▽9日 8日に「陽性」と診断された幕下以下の力士について、病院側から「陰性」と訂正の連絡が入り、再び検査を受ける。協会は力士ら協会員の外出を原則的に禁止にする。

▽10日 再検査を受けた結果、幕下以下の力士が「陽性」と判明。角界で陽性反応を示したのは初。

▽13日 協会が各部屋に接触を伴うぶつかり稽古などの自粛を要請。

▽15日 28日に予定していた十両以上の関取衆が参加する力士会が取りやめとなる。

▽17日 28日実施予定だった夏場所の新弟子検査の延期が決定。

▽21日 協会は新型コロナ感染防止のため、これまで国技館で受け渡ししていた夏場所の番付表を印刷所から各部屋へ直接配送すると発表。

▽23日 高田川親方がPCR検査を受け、都内の病院に入院。

▽24日 高田川親方のPCR検査の結果が「陽性」と判明。弟子の十両白鷹山もPCR検査を受けて「陽性」が確認される。

▽25日 白鷹山が入院。他に幕下以下の力士4人がPCR検査で「陽性」と判明。協会の八角理事長(元横綱北勝海)が、接触を伴わない稽古の継続を通達。

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三重ノ海はのち横綱、栃東は2度復帰/大関陥落メモ

76年夏場所、大関から陥落した三重ノ海

<大相撲初場所>◇12日目◇19日◇東京・両国国技館

 かど番だった大関琴奨菊(32=佐渡ケ嶽)が8敗目を喫して、史上10位タイの32場所在位した大関からの陥落が決まった。玉鷲(32=片男波)に押し出しで敗れた。

 現行の制度は69年名古屋場所で改正され、2場所連続負け越しで関脇に陥落し、翌場所で10勝すれば大関に復帰すると定められている。

 大関からの陥落はこれで16人(19度)目。76年夏場所で陥落した三重ノ海は翌場所で大関に復帰し、横綱にまで昇進した。04年に2度陥落している栃東は、2度とも直後の関脇で10勝以上を挙げて大関復帰を果たしている。

 69年以降に陥落した大関は以下の通り。

 前の山(72年春場所)

 大受(74年夏場所)

 魁傑(75年九州場所)

 三重ノ海(76年夏場所)

 魁傑(77年秋場所)

 琴風(85年夏場所)

 霧島(92年九州場所)

 小錦(93年九州場所)

 貴ノ浪(99年九州場所)

 貴ノ浪(00年夏場所)

 武双山(00年名古屋場所)

 出島(01年名古屋場所)

 雅山(01年秋場所)

 栃東(04年夏場所)

 栃東(04年九州場所)

 千代大海(09年九州場所)

 把瑠都(12年九州場所)

 琴欧洲(13年九州場所)

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居反りの宇良が昇進「十両の方が出しやすい」

新十両昇進が決まった宇良(左)と師匠の木瀬親方(撮影・木村有三)

 いよいよ、居反りが出るぞ! 日本相撲協会は30日、エディオンアリーナ大阪で夏場所(5月8日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を行い、宇良(23=木瀬)の新十両昇進が決まった。所要7場所での昇進は史上4位のスピード記録になる。宇良は、プロで1度も出していない得意技・居反りの“解禁”を示唆。母校関学大、京都・鳥羽高から化粧まわしを贈呈されることも内定した。

 楽しみな大技を目の当たりにする時が、近づいてきた。宇良は、居反りについて「十両の方が出しやすい」とはっきり言った。師匠の木瀬親方(元前頭肥後ノ海)も「十両は相手の体がでかくなる。宇良は中に入るから、やりやすくなる。その体勢になったら、やると思う」と予想した。

 居反りは、相手の懐に入って両手で膝を抱えて、上体を反らして後方に投げ飛ばす大技。十両以上では決まり手が発表された55年夏場所以降の約60年間で、わずか3度しか出てない。だが、中学までレスリング経験のある宇良は、アマ時代から居反りが得意。昨年春場所の初土俵後は1度も出していないが、それは基本の「押し」にこだわっていたから。「封印したわけじゃない。たまたま出なかっただけ」。稽古場では1年間で3度成功させており、いつ出てもおかしくない。

 体は小柄でも人一倍の根性がある。高校入学時は152センチ、52キロ。「周りの高校生と稽古することすらできなかった」。4歳から始めた相撲人生の大半で負け続けてきたが、くじけなかった。「相撲しかなかった。ずっと負けてる時から、あきらめずにやってきた。だから今がある」。所要7場所の十両昇進は幕下付け出しを除けば史上4位のスピード出世。パートで働き育ててくれた母岩崎信子さん(42)も見守った会見で「(十両は)給料が出る。それが一番」と笑った。

 母校の関学大と京都・鳥羽高では、早くも夏場所前に化粧まわしを贈呈することも内定。15日間の戦いになり、さらに注目度は増す。「十両で生き残れるように。常に挑戦者の気持ちを持って、思い切って自分の相撲を取っていきたい」。居反り、足取り…。173センチ、120キロの体を躍動させて、十両の土俵を沸かせるつもりだ。【木村有三】

 ◆宇良和輝(うら・かずき)1992年(平4)6月22日、大阪府寝屋川市生まれ。4歳でわんぱく相撲に参加。京都・鳥羽高から関学大に進学。13年にロシアで開催された武術と格闘技の世界大会の相撲(85キロ未満の部)で優勝。14年全国学生個人体重別選手権無差別級3位。15年春場所初土俵。同夏場所序ノ口優勝。173センチ、120キロ。

 ◆居反り(いぞり) 相手が上からのしかかるように攻めて来た時、しゃがみ込むように腰を落とし、両手で相手の膝を抱えて担ぎ上げ、後ろに反って倒す技。十両以上では過去3度決まっている。幕内では56年春場所14日目に前ノ山が楯甲に、64年夏場所2日目に岩風が若天龍に決めた。十両では93年初場所12日目に智ノ花が花ノ国に決めた。

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バック宙できる107キロ宇良が入門会見

木瀬部屋に入門が決まり、相撲部員らに担がれ笑顔を見せる宇良和輝(撮影・益田一弘)

 アマチュア相撲の全国学生個人体重別選手権で昨年、無差別級3位に入った宇良和輝(22=関学大4年)が12日、兵庫・西宮市内の同大学で木瀬部屋への入門会見を行った。同大学初のプロ入りとなる172センチ、107キロの小兵は「2年で関取に昇進することが目標です」と決意を表明した。

 奇手の居反り、足取りが得意で「相手の予測できない動き」がモットー。107キロでバック宙ができる運動神経を持つ。居反りは中学までやっていたレスリングの「飛行機投げ」が原型。立ち合いでいきなりバックステップを踏むなど、取り口はフリースタイル。木瀬親方(元幕内肥後ノ海)は「最初は、これ、相撲かな? と思った。スタイルを変えず多くの相撲ファンに見てもらいたい」。宇良のキャッチフレーズには「アクロバット」と即答した。

 大学2年の8月、65キロ未満の階級で相撲歴4カ月の京大1年生に押し倒された。「非常に悔しかった。体重別にこだわるのはやめよう」と無差別級に挑戦。小学校と幼稚園の教員免許を取得見込みだが、プロ入りを決断。「大相撲の観客の前で大技を決めたい」。しこ名は本名を希望。“アクロバット宇良”が春場所(3月8日初日、大阪・ボディメーカーコロシアム)でデビューする。【益田一弘】

 ◆宇良和輝(うら・かずき)1992年(平4)6月22日、大阪府寝屋川市生まれ。4歳でわんぱく相撲に参加。相撲と並行して小学3年から中学3年までレスリングにも取り組む。京都・鳥羽高から関学大に進学。172センチ、107キロ。

 ◆居反り(いぞり) 相手の差し手をかかえ相手の脇の下に頭をつっ込み、差し手でまわしを取り、腰をかがめて後ろへ反る。幕内では56年春場所14日目の前ノ山-楯甲戦で前ノ山が、64年夏場所2日目の岩風-若天龍戦で岩風が決めた2度だけ。十両では93年初場所12日目に智ノ花が、花ノ国に決めた1度しかない。

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豪栄道「大和魂貫く」短い言葉に心意気

大関昇進の伝達式で口上を述べる豪栄道(左から4人目)

 新大関豪栄道(28=境川)が誕生した。日本相撲協会は30日、名古屋市内で秋場所(9月14日初日、両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開き、関脇豪栄道の大関昇進を満場一致で決定。愛知・扶桑町の境川部屋で行われた伝達式で、豪栄道は「大和魂を貫いてまいります」と、大声で口上を述べた。

 予告通りの男らしい口上だった。出来山理事(元関脇出羽の花)と大鳴戸親方(元大関出島)を使者に迎えた伝達式。豪栄道は、大きな声ではっきり言った。

 「謹んでお受け致します。これからも大和魂を貫いてまいります。本日は誠にありがとうございました」。師匠の境川親方(元小結両国)、おかみさんの美奈子さん(51)と一緒に考え、10回以上練習した口上を堂々と述べた。

 短い言葉に心意気が詰まっていた。「大和魂」を選んだ理由を「日本人の我慢強さや潔さなど、いろんな意味がこもってる」と説明。その魂こそ、豪栄道の相撲道を支える礎だ。

 名古屋場所は左足首と膝痛に襲われながら症状を口にせず、12勝して急転直下の昇進を呼び込んだ。厳しい師匠に「痛いのを耐えるのが男の美学だけど、こいつのど根性をあらためて見直した」と言わしめるほど、我慢強い。夏場所の鶴竜戦でまげつかみの反則負けとされても、言い訳はしなかった。「自分が弱いから、受け入れるしかない。強い人間はどんな時でも勝つんで」と潔さも併せ持つ。

 大阪出身では44年ぶりの大関。モンゴル人3横綱が上にいる現状も大和魂を刺激する。北の湖理事長(元横綱)は「食い込んでいってほしい。大関は通過点として横綱を目指してやってもらいたい」と期待をかける。「横綱だけじゃなく、やるからには誰にも負けたくない」と豪栄道。次の目標を問われると「優勝です」と即答した。精進を続け、角界の頂点への道を進んでいく。【木村有三】

 ◆大阪生まれの大関 70年秋場所で昇進した前の山以来44年ぶり、昭和以降では2人目。前の山は、北河内郡庭窪村(現守口市)生まれで大関在位10場所、優勝はなかった。大阪生まれの横綱は、17年(大6)夏場所に昇進した第26代大錦だけ。優勝制度が確立した1909年夏場所以降で、大阪出身の幕内優勝者は大錦(17年初、20年初、夏、21年初、22年夏)と山錦(30年夏)だけで、49年夏の15日制定着後はいない。

<大関昇進時の口上>

 ◆シンプル四字熟語 一番多いのが「一生懸命」。初代貴ノ花に始まり、北の湖、若三杉(2代目若乃花)、千代の富士や朝潮、霧島、朝青龍ら。武双山は「正々堂々」、栃東は「努力精進」。

 ◆難解な四字熟語 変わったのは貴ノ花(貴乃花)の「不撓不屈(ふとうふくつ)」から。若ノ花(3代目若乃花)の「一意専心」、貴ノ浪の「勇往邁進(まいしん)」と続いた。白鵬と日馬富士は「全身全霊」、琴光喜は「力戦奮闘」、琴奨菊は「万里一空」。

 ◆個性的 病気がちな隆の里は「健康管理に努め…」、武蔵丸は「日本の心を持って…」、出島は「力のもののふを目指し…」と述べた。鶴竜は「お客さまに喜んでもらえるよう…」。初代若乃花は「ありがたくお受けします」、大鵬は「喜んでお受けします」だった。

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大関豪栄道「これからも大和魂を貫く」

大関昇進を決めた豪栄道は、若い衆の騎馬に乗り満面の笑顔(撮影・岡本肇)

 「大関豪栄道」が正式に決まった。日本相撲協会は30日、名古屋市の愛知県体育館で秋場所(9月14日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開き、関脇豪栄道(28=境川)の大関昇進を満場一致で決めた。

 日本相撲協会は出来山理事(元関脇出羽の花)と大鳴戸審判委員(元大関出島)を愛知県扶桑町の境川部屋宿舎に使者として派遣し、昇進を伝達。伝達式では、豪栄道が「謹んでお受けいたします。これからも大和魂を貫いて参ります」と口上を述べた。

 新大関の誕生は2012年春場所後の鶴竜以来で、日本人力士では11年九州場所後の稀勢の里以来。大阪府出身の大関は70年名古屋場所後の前の山以来で昭和以降2人目になる。

 秋場所は、モンゴル出身の横綱3人と、日本人大関3人になる。番付が3横綱3大関となるのは、99年夏場所以来。

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豪栄道が男泣き 大関劇的昇進

豪栄道(後方)は寄り切りで琴奨菊を破る(撮影・今中雄樹)

<大相撲名古屋場所>◇千秋楽◇27日◇愛知県体育館

 関脇豪栄道(28=境川)が、悲願だった大関の座を射止めた。取組前に、昇進を諮る日本相撲協会審判部が12勝3敗なら大関に推薦することを急きょ決定。左膝の痛みと人生最大の重圧を乗り越え、2敗で自力優勝の可能性もあった大関琴奨菊(30)を寄り切り、12勝目を挙げた。30日に招集される臨時理事会の承認を経て、正式に大関昇進が決まる。

 すべての力を使い果たした。土俵から下りた豪栄道は、口を開いたまま大きく息を吐いた。「ほんと、ボーッとしてました」。大関の座を手中に収め、未体験の達成感に浸った。

 劇的だった昇進のチャンスは、突如訪れた。午前中に審判部が、千秋楽の取組に勝てば大関に推薦することを決定。豪栄道は宿舎を出る直前、師匠の境川親方(元小結両国)から知らされた。「気合入れていけ!」とゲキを飛ばされ「やるしかない」。急転直下の朗報に、覚悟を決めた。

 勝負の琴奨菊戦。立ち合いで鋭く踏み込むと、得意の右を差した。左上手もつかみ、投げで崩す。最後は全身の力を振り絞り、寄り切った。「今までの相撲人生でも一番大事な一番。中途半端なことはしたくなかった。自分の相撲は右差し。絶対右を差すぞと思っていた」。最高の相撲で夢をかなえた。

 体は悲鳴を上げていた。場所前に痛めた左足首に加え、12日目の日馬富士戦で左膝靱帯(じんたい)を伸ばした。「余裕や」と笑い飛ばしていたが、歩くのも痛かった。関係者からは休場を危惧された。東京から急きょトレーナーを呼び、ハリと電気治療も受けた。この日の朝稽古も休み、痛み止め薬も飲んでいた。

 強い思いが、痛みを忘れさせた。昨年春場所前、地元大阪の後援会で「来年は大関で戻ってくる」と誓ったが実現できなかった。史上1位14場所連続関脇の記録も喜べなかった。「いろんな人をがっかりさせ、自分もがっかりした。その現状を早く打ち破って大関に上がりたかった」。ついに壁を破り、大阪出身では70年秋場所の前の山以来44年ぶりの大関になる。

 支度部屋では「毎回期待されてるのに、応えられなかったのがつらかった」とこぼすと、右目からひと筋だけ涙が流れた。子供のころ、シーソーから飛び落ちて肘を骨折しても泣かなかった男のうれし涙。「なかなか思う通りいかなかったけど、我慢が実を結んで良かった」。すぐ笑顔に変わったが、その一滴には試練を乗り越えた万感の思いが詰まっていた。【木村有三】

 ◆豪栄道豪太郎(ごうえいどう・ごうたろう)1986年(昭61)4月6日、大阪府寝屋川市生まれ。本名・沢井豪太郎。明和小1年で市の相撲大会で優勝。小3から道場に入り本格的に始める。小5時に全国わんぱく相撲優勝。埼玉栄では高校横綱となり、境川部屋へ入門。05年初場所初土俵。07年秋場所新入幕。今場所で昭和以降では単独1位の14場所連続関脇在位。三賞は殊勲賞5回、敢闘賞3回、技能賞3回。得意は右四つ、寄り。趣味は読書。通算成績は436勝299敗25休。独身。183センチ、156キロ。

 ◆豪栄道の大関昇進記録 大関昇進が決まれば、「28歳3カ月24日」は年6場所制となった58年以降、史上6位の高齢昇進となる。また、07年秋場所新入幕からの「所要41場所」は、稀勢の里の42場所に次ぎ、旭国、隆の里と並んで史上6位タイのスロー記録となる。

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豪栄道12勝!大関確実「自分らしい相撲」

豪栄道(後方)が寄り切りで琴奨菊に勝利する(撮影・今中雄樹)

<大相撲名古屋場所>◇千秋楽◇27日◇愛知県体育館

 関脇豪栄道(28=境川)が、大関昇進を確実にした。

 大関琴奨菊(30=佐渡ケ嶽)を寄り切り、12勝目。日本相撲協会で昇進問題を預かる審判部は、千秋楽の一番で豪栄道が勝った場合、昇進を諮る理事会の開催を北の湖理事長(元横綱)に要請する方針を示していた。大阪出身の大関誕生は、前乃山(引退時は前の山)以来44年ぶりになる。

 昼に師匠の境川親方(元小結両国)から審判部の方針を聞いたという豪栄道は「一生懸命やるしかないと、その気持ちだけでした。自分らしい相撲が取れたと思います」と振り返った。

 昭和以降最長の14場所連続で関脇に在位している豪栄道は春場所で12勝、夏場所で8勝。直近3場所で32勝となり、大関昇進の目安となる33勝に近づいた。伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)は「(審判部の)みんなで話をした。今後も強くなる余地があり、昇進があってもいい」と話していた。

 豪栄道今場所は2横綱2大関を撃破。5度目の殊勲賞も獲得し、三賞は11回目で現役単独最多となった。

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九重親方は過去最少7票で当選

 1968年に立候補制度になって以来、九重親方(元横綱千代の富士)が最少の7票で当選した。ある親方によると、所属する高砂一門と連携していた時津風一門の一部の親方が、貴乃花親方(元横綱)支持に回ったため、票集めに苦戦。友綱親方を1票差でかわす薄氷の当選となった。

 これまでの最少当選票数は、理事選挙で初めて投票が実施された98年の先代高田川親方(元大関前の山)の8票。

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元春日王応援に感謝、川崎F戦であいさつ

 大相撲の八百長問題で現役を引退した元幕内春日王(33=前春日山部屋)が3日、サッカーJ1の川崎F-磐田戦が行われた川崎市の等々力陸上競技場に来場した。クラブとは、4年前から同じ川崎市内に部屋があることから交流があり、川崎Fのサポーターが両国国技館に応援に駆けつけたこともあったという。

 この日の試合前には「地域とフロンターレのサポーターのみなさんのおかげで、ここまで来ることができました」とマイクであいさつ。スタンドから沸き起こった「カッスガオウ」コールには「感動しました。いろいろと、すごくいい思い出しかありません」と笑顔で感謝していた。

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調査委員会は意思疎通不足を露呈

特別調査委員会から事情聴取を受けるため、都内のホテルに入った稀勢の里

 八百長問題の実態解明を進める特別調査委員会が9日、調査委内部での意思疎通の不足を露呈した。前日にある委員が発表したことを、一夜明けて調査委として否定した。

 全協会員へのアンケートで「大相撲で故意による無気力相撲が行われていることを見たり聞いたりしたことがありますか」との問いに「ある」と回答した者がいたと8日に発表。「それはいつ頃のことですか」の設問に、ある委員が複数の取組について指摘する回答があったと口頭で公式発表した。だが、この日になって、その回答は「存在しません」とし「『昭和40年代、前の山-琴桜戦?』という回答は存在しました」と文書で訂正した。

 師匠を通じ、全関取に預金通帳と携帯電話の任意提出を求めたと8日に発表したが、同日中に「『現時点では任意提出を求める予定はない』との方針は変更をしておりません」と訂正した。8日に発表した委員は、事情聴取にあたる弁護士の委員とは別のため、報告が的確に伝わっていなかったとみられる。

 調査委は9日、この日までに関取33人から聴取したこと、八百長関与を認める事実は出てきていないと発表した。前日とは別の都内ホテルで横綱白鵬、関脇稀勢の里、幕内朝赤龍、若の里、豊響、三段目恵那司らから話を聞いた。12日までに全関取からの聴取を終える予定という。

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「無所属」高田川部屋が二所一門へ

 大相撲に5つある「一門」のどこにも所属していない高田川部屋が、二所ノ関一門に加わることが14日、関係者の話で分かった。17日に開かれる二所ノ関一門会で正式に決定する見込み。高田川部屋は先代高田川親方(元大関前の山)が98年の相撲協会理事選挙で一門の意向を無視して立候補したことにより、高砂一門から破門。しかし09年に部屋を継承した現高田川親方(元関脇安芸乃島)が現役時代は二所ノ関一門の二子山部屋所属だったため、一門内から復帰を求める意見が出ていた。高田川親方は「受け入れていただけるならの話で、現時点では自分から何も言えない」と話した。二所ノ関一門では、昨年の理事選挙への立候補をめぐり、貴乃花親方(元横綱)や支持派の阿武松親方(元関脇益荒雄)、間垣親方(元横綱2代目若乃花)らが一斉に離脱する事態が起きていた。

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豪快塩まき38歳北桜が引退

派手な塩まきで人気があった北桜

 「相撲伝道師」が23年間の現役生活に別れを告げた。元前頭で、東幕下27枚目の北桜(38=北の湖)が9日に引退し、持ち回り理事会で年寄「小野川」襲名が承認された。小野川親方だった元前頭■司は「千田川」に名跡変更。千田川親方だった元大関前の山は、8日に定年退職している。

 北桜は87年春場所初土俵。01年名古屋場所で幕内昇進し、幕内在位12場所、最高位は新入幕場所の西前頭9枚目だった。04年秋場所では、実弟の十両豊桜と史上5組目の兄弟同時幕内。昨年名古屋場所では、戦後2番目の高齢となる37歳6カ月で再十両を果たした。「体力、気力ともに『いいかな』と、土俵を降りる決意をしました。完全燃焼しました」と瞳を潤ませた。

 大量の塩を豪快にまいたり、徹底したファンサービスで人気だった。「ファンの方から逆に元気をもらって頑張れました。これからは、私生活から厳しく一生懸命やる大切さを伝えたい」。今後は北の湖部屋付きの親方として、後進の指導にあたる。

 師匠の北の湖親方(元横綱)は「最近は、気力はあっても、体がついていっていない相撲が何番かありました。23年間も、よくやってきたと思います」と話した。

※■は火へんに華

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過去の理事選、98年など3度選挙を実施

 ◆過去の理事選 現行制となった1968年以降、選挙が実施されたのは過去3度あり、いずれも定数10に対し11人が立候補した。初の選挙にもつれ込んだのは98年。当時の境川理事長(元横綱佐田の山)が唱えた年寄名跡改革に反旗を翻した間垣親方(元横綱2代目若乃花)と高田川親方(元大関前の山、現千田川親方)ら11人が出馬した。間垣親方は10票、高田川親方は8票で当選。枝川親方(元大関北葉山)が6票で落選した。00年は初出馬の伊勢ノ海親方(元関脇藤ノ川)が落選。02年は武蔵川親方と湊親方(元小結豊山)が9票で並び、史上初の決選投票で武蔵川親方が63-45で勝利した。

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貴乃花親方が離脱を表明、理事選立候補へ

二所ノ関一門の会合を終え、厳しい表情を見せる貴乃花親方(共同)

 大相撲の元横綱、貴乃花親方(37)が所属する二所ノ関一門を離脱し、初場所後に行われる日本相撲協会の理事選に無所属で立候補することが8日、決まった。同一門はこの日、東京・両国国技館での会合で立候補者の選定をしたが、調整がつかなかった。関係者によると、支持勢力が一門を離れる可能性もある。

 角界の一門は相撲部屋を系統別に5つに分けたグループ。協会の理事(定員10人)は各一門の利益代表の性格を持ち、一門内で候補者を調整するのが慣例となっている。一門に頼らない手法は極めて異例で、貴乃花親方は「立候補させていただく、という話をした。一門を出るということ。説得されたが(立候補を)やめることはない」と話した。

 二所ノ関一門は現在3人の理事を出しているが、今回は貴乃花親方に加え、現職の二所ノ関親方(元関脇金剛)と放駒親方(元大関魁傑)、新理事を目指す鳴戸親方(元横綱隆の里)の計4人が立候補を表明していた。

 このなかで最も若く、角界改革に前向きな貴乃花親方は、広く中堅、若手の親方から支持されている。二所ノ関一門内では、阿武松(おうのまつ)親方(元関脇益荒雄)や大嶽(おおたけ)親方(元関脇貴闘力)が“貴乃花支持派”だ。

 理事選に絡む一門の問題では、1998年1月に、高砂一門の意向を無視して立候補した前高田川親方(元大関前の山、現千田川親方)が一門を破門されたが、理事に当選した例がある。

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横綱白鵬が高田川部屋の部屋開き土俵入り

 大相撲の元関脇安芸乃島の高田川親方が部屋を継承した新生高田川部屋が5日、移転した東京都江東区で部屋開きを行い、横綱白鵬が土俵入りをするなど、200人が新たな船出を祝福した。

 元大関前の山の千田川親方と8月5日に年寄名跡を交換した高田川親方は、けいこ場にてっぽう柱を5本も立てた。二子山部屋に属した現役時代は猛げいこで鍛え、3賞受賞19回などの史上1位記録を持つ高田川親方は「しことてっぽうを1日1000回やれと言ってある。本当のけいこは自分との闘いだ」と、厳しい指導方針を口にした。

 現在は幕下以下の力士25人が在籍。同親方は「相手を敬う古風な力士を育てたい。来年中には確実に関取を出したい」と抱負を語った。

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千田川親方が「高田川」を襲名し部屋継承

 日本相撲協会は5日、千田川親方(元関脇安芸乃島)が年寄「高田川」を襲名し、高田川部屋を継承したと発表した。高田川親方(元大関前の山)は年寄「千田川」に名跡を変更した。

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