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94年貴乃花は「不撓不屈の精神」横綱昇進伝達式の主な口上

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(右中央)、右奥は伊勢ケ浜親方、淳子女将。左から浅香山審判委員、高島理事(撮影・柴田隆二)

「第73代横綱照ノ富士」が誕生した。日本相撲協会は21日、都内で臨時理事会と秋場所番付編成会議を開き、照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の横綱昇進を全会一致で決定。都内の部屋で伝達式に臨んだ照ノ富士は「不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と口上を述べて決意を示した。横綱土俵入りのお披露目は未定だが、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は自身と同じ「不知火型」を伝授することを明かした。

<横綱昇進伝達式の主な口上>

▽北の湖「栄誉ある地位を辱めないよう努力」(1974年名古屋場所後)

▽千代の富士「横綱の名を汚さぬよう、一生懸命頑張ります」(81年名古屋場所後)

▽旭富士「健康に注意しながら、心技体の充実に努めます」(90年名古屋場所後)

▽曙「横綱の地位を汚さぬよう、稽古に精進」(93年初場所後)

▽貴乃花「不撓(ふとう)不屈の精神で、力士として不惜身命(ふしゃくしんみょう)を貫く」(94年九州場所後)

▽3代目若乃花「横綱として堅忍不抜(けんにんふばつ)の精神で精進」(98年夏場所後)

▽朝青龍「相撲道発展のために一生懸命頑張ります」(2003年初場所後)

▽白鵬「精神一到を貫き、相撲道に精進」(07年夏場所後)

▽日馬富士「全身全霊で相撲道に精進」(12年秋場所後)

▽鶴竜「横綱の名を汚さぬよう、一生懸命努力」(14年春場所後)

▽稀勢の里「横綱の名に恥じぬよう精進」(17年初場所後)

伝達式後、騎馬で祝われる新横綱照ノ富士(上)(撮影・柴田隆二)

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「ここまできたんだな」照ノ富士の横綱昇進に師匠の伊勢ケ浜親方は万感

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(右中央)、右奥は伊勢ケ浜親方、淳子女将。左から浅香山審判委員、高島理事(撮影・柴田隆二)

「第73代横綱照ノ富士」が誕生した。日本相撲協会は21日、都内で臨時理事会と秋場所番付編成会議を開き、照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の横綱昇進を全会一致で決定。都内の部屋で伝達式に臨んだ照ノ富士は「不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と口上を述べて決意を示した。横綱土俵入りのお披露目は未定だが、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は自身と同じ「不知火型」を伝授することを明かした。

   ◇   ◇   ◇

師匠の伊勢ケ浜親方は終始、表情を変えなかったが「ここまできたんだなという感じ」と、万感の思いを語った。口上の内容は照ノ富士、おかみの淳子夫人と3人で決めたという。弟子が横綱に昇進するのは、12年秋場所後に昇進した日馬富士以来2人目。「本人はできることを最大限やるしかない。その気持ちを一切ぶれることなくやっているから、それを続けてほしい。品格と力量を認められて横綱になった。それをさらに磨き上げて、横綱とはこういうものだと認識して頑張ってもらいたい」と期待を込めた。

伝達式後、会見に臨む新横綱照ノ富士(左)、伊勢ケ浜親方(撮影・柴田隆二)
伝達式後、乾杯する新横綱照ノ富士(左から3人目)と右端はツェグメド・ドルジハンド夫人(撮影・柴田隆二)

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新横綱照ノ富士「品格」と「力量」追求 記録ではなく生き方で「見本に」

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(右中央)、右奥は伊勢ケ浜親方、淳子女将。左から浅香山審判委員、高島理事(撮影・柴田隆二)

「第73代横綱照ノ富士」が誕生した。日本相撲協会は21日、都内で臨時理事会と秋場所番付編成会議を開き、照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の横綱昇進を全会一致で決定。都内の部屋で伝達式に臨んだ照ノ富士は「不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と口上を述べて決意を示した。横綱土俵入りのお披露目は未定だが、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は自身と同じ「不知火型」を伝授することを明かした。

   ◇   ◇   ◇

描いた横綱像を、照ノ富士はよどみなく言葉で表現した。協会の使者を迎えた午前9時31分。両手、両膝をついたまま昇進の報告を受け、口上を述べた。

「謹んでお受けいたします。不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます。本日は誠にありがとうございました」

「不動心」。両膝のケガなどで番付が転がり落ちたときは「引退」の2文字が何度も頭をよぎった。「いろんなことがあったけど、何事にもぶれない精神を持ってこれからも頑張っていきたいという思い」。

横綱の「品格」と「力量」も追求する。「記録とかじゃない」と照ノ富士。実績ではなく「生き方」こそ、横綱の品格とイメージしているという。「横綱という地位がどういう地位か理解して、みんなの見本になるような横綱でいたい」。大関復帰を決めた3月以来、4カ月ぶり3度目の口上。自己採点は「自分の中では満点」と胸を張った。

本来なら伝達式の翌日に新しい綱を作る「綱打ち」、その翌日に東京・明治神宮で奉納土俵入りが行われるのが通例。コロナ禍のため、奉納土俵入りは未定で照ノ富士も「まだ感情が沸いていない」と実感できずにいるが、師匠と同じ「不知火型」の土俵入りが伝授されることも決まった。

新横綱場所で賜杯を抱けば、17年春場所の第72代横綱稀勢の里(現荒磯親方)に続く。「常に言っている通り、その日の一番に全力をかけて頑張りたい」。最高位に就いても、照ノ富士の謙虚さは変わらない。【佐藤礼征】

◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、ウランバートル市生まれ。18歳で来日し、鳥取城北高に留学して相撲を始める。3年時に中退して間垣部屋に入門。しこ名「若三勝」で11年技量審査場所で初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋に転籍。同年秋が新十両昇進で「照ノ富士」に改名。初優勝した15年夏場所後に大関昇進。17年秋場所後に大関陥落。5場所連続休場して19年春場所に西序二段48枚目で本場所に復帰。192センチ、177キロ。得意は右四つ、寄り。

▽八角理事長(元横綱北勝海) 横綱は、大関にはないものを求められ、今まで以上に多くの期待や重圧と闘わなければならないと思うが、これからもその強い精神力と今までの経験を糧に乗り越えていって欲しい。綱の重みをしっかりとかみしめて、立派な横綱になってくれることを期待している。

伝達式後、騎馬で祝う新横綱照ノ富士(上)(撮影・柴田隆二)
伝達式後、乾杯する新横綱照ノ富士(左から3人目)と右端はツェグメド・ドルジハンド夫人(撮影・柴田隆二)

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宝富士「すごいの一言。刺激を通り越してます」横綱照ノ富士に兄弟子ら祝福

宝富士(2021年7月7日撮影)

大相撲の第73代横綱となった照ノ富士(29=伊勢ケ浜)について、部屋の兄弟子も祝福した。21日午前、都内で臨時理事会が開かれ、照ノ富士の横綱昇進が全会一致で決定。東京・江東区の伊勢ケ浜部屋で行われた昇進伝達式で使者を迎えた。

照ノ富士は口上で「謹んでお受けいたします。不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と述べた。兄弟子で部屋付きの安治川親方(元関脇安美錦)は「言葉に表れていたんじゃないですか。不動心もそうだし、品格と技を磨いていくというね。本人はずっとそのつもりでやっていたから。稽古場でしっかりやっているから。手本となるようにね。今までやってきたことを引き続きやっていってほしい」とエールを送った。

両膝の負傷や内臓疾患に苦しんで大関から序二段まで番付を落とす期間も、復帰して最高位を射止める期間も間近で見てきた。「最後までしっかり相撲を取れたこと、腐らず頑張ってきたことを神様が見ていたのかな」と感慨深げ。横綱昇進後も、部屋付き親方として指導にあたっていく。「本人も気がつかないところを見て、一緒につくり上げていければ。本人が気がつかなくても、こっちから見て気がつくこともあるだろうから、しっかり見ていきたい。みんなで一緒にやっていこうな、とは思ってます」と意気込んだ。

自身の断髪式は来年5月に開催される。「(自分の)断髪式でも土俵入りをやってくれるだろうしね。『それまで(現役)やってくれな』とは言いましたけど」と笑った。

同じく部屋付きの楯山親方(元前頭誉富士)は「横綱らしい横綱になってもらいたい」と、口上で述べた品格、力量を兼ね備えた横綱になってほしいと期待した。横綱誕生で部屋も活気づく。「どんどん若い者たちを育ててもらいたい。これから横綱が関取衆に胸出したりすると、それも力になりますしね。自分より上の人がいると、それは強くなっていきますよね」と話した。

現役力士では幕内力士の宝富士(34)も「またこうやって大関を通り越して横綱になったことはすごいこと。刺激を通り越してますけどね。すごいの一言で。でもこれで部屋が盛り上がってくれればいいと思いますね」と喜んだ。

横綱誕生は17年初場所後の稀勢の里(現荒磯親方)以来4年半ぶりで、令和では初めて。モンゴル出身では5人目となる。

照ノ富士は関脇の春場所、大関復帰を果たした夏場所で2場所連続優勝を果たし、名古屋場所を綱とりで迎えた。千秋楽の全勝対決で横綱白鵬に敗れたものの、14勝1敗で優勝次点の好成績。19日に行われた横綱審議委員会の定例会では、全会一致での推薦が答申されていた。

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(中央)、左は伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)
伝達式後、騎馬で祝う新横綱照ノ富士(上)(撮影・柴田隆二)

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横綱照ノ富士が口上「不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(中央)、左は伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)

「第73代横綱照ノ富士」が誕生した。日本相撲協会は21日午前、東京都内で臨時の理事会を開き、モンゴル出身の大関照ノ富士(29=伊勢ケ浜、本名ガントルガ・ガンエルデネ)の横綱昇進を、全会一致で決定した。これにより第73代の横綱誕生が決まった。

新横綱となった照ノ富士は、都内の伊勢ケ浜部屋で開かれた伝達式に臨んだ。高島理事(元関脇高望山)と浅香山審判員(元大関魁皇)を使者に迎え、「謹んでお受けいたします。不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と口上を述べた。

横綱誕生は17年初場所後の稀勢の里(現荒磯親方)以来4年半ぶりで、令和では初めて。外国出身力士としては曙、武蔵丸(以上米国)、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜(以上モンゴル)に続き7人目で、モンゴル出身は5人目。照ノ富士は大関復帰を果たした5月の夏場所を、12勝3敗で2場所連続優勝。さきの名古屋場所は、千秋楽全勝対決で横綱白鵬に敗れ14勝1敗の優勝次点だったが「2場所連続優勝、もしくはそれに準ずる成績」という横綱審議委員会(横審)の内規をクリア。19日に横審定例会合が行われ、全会一致での推薦が答申されていた。

伝達式後、鯛を両手に持つ新横綱照ノ富士(左)、伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)
伝達式後、騎馬で祝う新横綱照ノ富士(上)(撮影・柴田隆二)

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照ノ富士が横綱昇進 理事会の全会一致で決定

伝達式後、鯛を両手に持つ新横綱照ノ富士(左)、伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)

「第73代横綱照ノ富士」が誕生した。日本相撲協会は21日午前、東京都内で臨時の理事会を開き、モンゴル出身の大関照ノ富士(29=伊勢ケ浜、本名ガントルガ・ガンエルデネ)の横綱昇進を、全会一致で決定した。これにより第73代の横綱誕生が決まった。この後、同協会は江東区内にある伊勢ケ浜部屋に使者を派遣。昇進を伝達するとともに、照ノ富士は決意を込めた口上を述べる。

横綱誕生は17年初場所後の稀勢の里(現荒磯親方)以来4年半ぶりで、令和では初めて。外国出身力士としては曙、武蔵丸(以上米国)、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜(以上モンゴル)に続き7人目で、モンゴル出身は5人目。照ノ富士は大関復帰を果たした5月の夏場所を、12勝3敗で2場所連続優勝。さきの名古屋場所は、千秋楽全勝対決で横綱白鵬に敗れ14勝1敗の優勝次点だったが「2場所連続優勝、もしくはそれに準ずる成績」という横綱審議委員会(横審)の内規をクリア。19日に横審定例会合が行われ、全会一致での推薦が答申されていた。

照ノ富士は鳥取城北高から間垣部屋に入門し、11年5月の技量審査場所で初土俵。部屋閉鎖により13年に伊勢ケ浜部屋へ移籍。13年秋場所で新十両、14年春場所で新入幕を果たし、15年名古屋場所で大関昇進を果たし14場所務めたが、膝のケガや糖尿病を患うなど、大関陥落後は序二段まで番付を落とした。そこからはい上がり、返り入幕の20年7月場所では13勝2敗で幕尻優勝を達成。今年5月の夏場所では21場所ぶりの大関復帰を果たし、最短2場所で横綱昇進を決めた。通算成績は409勝235敗80休。各段優勝は幕内4回、十両2回、幕下1回。三賞は殊勲賞3回、敢闘賞3回、技能賞3回を受賞。得意は右四つ、寄り。192センチ、177キロ。

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(中央)、左は伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)

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「強い精神力と経験を糧に」新横綱照ノ富士に八角理事長期待のコメント

伝達式後、騎馬で祝う新横綱照ノ富士(上)(撮影・柴田隆二)

「第73代横綱照ノ富士」が誕生した。日本相撲協会は21日午前、東京都内で臨時の理事会を開き、モンゴル出身の大関照ノ富士(29=伊勢ケ浜、本名ガントルガ・ガンエルデネ)の横綱昇進を、全会一致で決定した。これにより第73代の横綱誕生が決まった。

新横綱となった照ノ富士は、都内の伊勢ケ浜部屋で開かれた伝達式に臨んだ。高島理事(元関脇高望山)と浅香山審判員(元大関魁皇)を使者に迎え、「謹んでお受けいたします。不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と口上を述べた。

協会トップの八角理事長(元横綱北勝海)は「横綱は、大関にはないものを求められ、今まで以上に多くの期待や重圧と戦わなければならないと思うが、これからもその強い精神力と今までの経験を糧に乗り越えていって欲しい。綱の重みをしっかりとかみしめて、立派な横綱になってくれることを期待している」とコメントした。

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(中央)、左は伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)

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新横綱照ノ富士が会見「みんなの見本、基本になる横綱でいたい」/一問一答

伝達式後、騎馬で祝う新横綱照ノ富士(上)(撮影・柴田隆二)

第73代横綱照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が誕生した。日本相撲協会は21日、東京都内で大相撲秋場所(9月12日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開き、大関照ノ富士の横綱昇進を決めた。モンゴル出身力士では、5人目の横綱昇進となる。

照ノ富士は大関に復帰した夏場所、12勝3敗で優勝決定戦を制して優勝した。続く名古屋場所も初日から14連勝。全勝をかけた千秋楽、横綱白鵬との相星決戦こそ敗れたが、十分の力量を示した。

両膝のけが、内臓疾患などで大関を陥落し、序二段まで落ちながら最高位へ上り詰めたのは、もちろん史上初。東京都江東区の部屋に高島理事(元関脇高望山)と浅香山審判員(元大関魁皇)を使者に迎え、「謹んでお受けいたします。不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と口上を述べた後に記者会見に臨んだ。以下、一問一答。

 ◇   ◇   ◇

-今の心境

照ノ富士(以下照) ホッとしてます。(緊張は?)いや、特にそういうことはなかった。

-口上に「不動心」

照 いろんなことありましたけど、何事にもぶれない精神をもってこれからも頑張っていきたい思いで。横綱という地位は、協会の看板背負って立てる地位だから。親方、おかみさんと相談していれました。(自己採点は)自分の中では満点と思います。

-評価されたのは

照 どうこうより、頑張ってきてよかったとしか思えない。

-けが、病気で苦しんだ

照 もちろん、目指しているのは一番上の地位。入門したときから変わらない。やるなら徹底的にやる。(結果に結びついたのは)一番はまわりの環境、支えがあったから。やっとここまでこられたかなと思います。

-横綱とは

照 今まで通りには絶対ダメですから。みんなの見本、基本になる横綱でいたいと思っています。

-師匠としては

伊勢ケ浜親方 よくここまできたんだなという思い。そこは無心ですよ。考えて決めたことだし。(口上は)よく言ったんじゃないですか。できることを最大限やるしかない。ぶれることなくやってきた。横綱の品格、力量認められて上がってきた。横綱とはこういうものと認識してやってほしい。

-道のり振り返り

伊勢ケ浜親方 本人の頑張りしかない。よく頑張ったんじゃないですか。できることは限られている。それを最大限やる。その積み重ねだと思う。

-土俵入りは

伊勢ケ浜 (指導)します。(不知火型)2人目の横綱だしね。これ以上、言うことはない。これからもしっかり気持ちを持って、やれることを最大限やって横綱としてやってほしい。

-師匠の思いを聞いて

照 本当にいろんな事がありまして、やっとつかんだというか、それまでの道のり、親方がいないと考えられないことですから。(師匠の存在)一番の支えになりました。

-家族には

照 みんな、よく頑張ってくれたと言ってくれてます。(鳥取には)相撲ということを分からないままきて、四股の踏み方から教えてもらいました。その中でやっとここまでこれたかなと思います。

-土俵入りは

照 まだ感情が入っていないというか。

-これからの覚悟

照 常に親方から指導されていること、自分の考えていること、1日の必死さ、相撲に取り組む姿勢をこれからも磨いて、もっともっと強くなりたい。

-新横綱場所の楽しみ

照 日頃言っているようにその日の一番に全力を尽くしたい。これからも変わらず、1日のできることを精いっぱいやって、横綱の地位はどういう地位か理解して、みんなの見本になるような横綱でいたいと思います。

-一息つけるか

照 一息つくとたるんでしまうというか、常に毎日、毎日頑張っていきたい。自分の足りない部分たくさんあります。磨いていきたいと思います。生き方で証明したいと思います。

-横綱の目標は

照 その日の一番にすべてかけて頑張っていきたいと思います。

-横綱の理想像は

照 人のまねするのではなく、自分がどういう人か。横綱はどういう地位か親方に教わって、精進していきたいと思います。

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(中央)、左は伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)
伝達式後、鯛を両手に持つ新横綱照ノ富士(左)、伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)

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照ノ富士の口上注目 新横綱誕生17年稀勢の里以来、モンゴル出身5人目

照ノ富士(左)に張り手を浴びせる白鵬(2021年7月18日撮影)

大関照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の横綱昇進が21日に正式決定する。午前9時から東京・両国国技館で行われる臨時理事会と秋場所番付編成会議で承認されれば、東京・江東区の伊勢ケ浜部屋で協会から派遣される使者を迎える運び。伝達式で述べる口上が注目される。

新横綱の誕生は17年初場所後の稀勢の里以来で、モンゴル出身では5人目。名古屋場所では3場所連続5度目の賜杯を逃したが、14勝1敗で優勝次点の好成績を収めた。19日に行われた横綱審議委員会の会合では、満場一致で横綱に推挙された。

7月18日、白鵬(奥)に敗れ悔しそうな表情で引き揚げる照ノ富士(手前)

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照ノ富士横綱へ 横審委員は絶賛の嵐「大谷翔平のように憧れられる横綱に」

横綱昇進が事実上決まり、会見に臨む照ノ富士

大相撲の横綱審議委員会(横審)は19日、都内で定例会を開き、名古屋場所で14勝1敗の優勝次点となる成績を残した大関照ノ富士(29=伊勢ケ浜)を、満場一致で横綱に推挙した。21日の臨時理事会と秋場所番付編成会議で、第73代横綱に正式に昇進する。一方で横審委員からは“白鵬批判”が相次ぎ、照ノ富士に「白鵬のようにはなって欲しくない」と「品格ある横綱」へ期待する意見も出た。

   ◇   ◇   ◇

浮かれる様子は全くなかった。昇進が事実上、決まっている照ノ富士はリモートでの会見に臨み「まだ決まったわけじゃないので、まだそういう感情はない」と一言。表情に喜び、安心といった感情を一切出さなかった。

推挙を決めた横審委員からは、絶賛の嵐だった。矢野弘典委員長(産業雇用安定センター会長)は「ケガで序二段まで落ちたわけですが、奇跡といわれる復活を遂げたのは長い相撲の歴史でも特筆に値するもの。近頃まれになった言葉に根性、辛抱、我慢、不屈の精神、節制、といった言葉があるけど、それらをほうふつさせるものがあった」と賛辞の言葉を並べた。矢野委員長の評価を受けて、照ノ富士も「磨いて頑張ってきたことで、ちょっとでも皆さんがそういう思いになってくれることがありがたい」と感謝した。

“反面教師”を期待する声も多い。千秋楽で荒々しい取り口を見せるなどした白鵬について、この日出席した横審委員からは苦言が止まらなかった。杉田亮毅氏(日本経済新聞元社長)のように「白鵬の力強さに学びつつ、マナーの点はまねをしないで」と、相撲の実力を認めつつ白鵬を引き合いに出す委員もいれば、山内昌之氏(東大名誉教授)は「白鵬のようにはなって欲しくないですね。大谷翔平のように誰にも憧れられる横綱に」と、ストレートな言葉で照ノ富士に期待を込めた。

何はともあれ、21日には横綱昇進が正式に決定する。伝達式で述べる口上について照ノ富士は、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)とおかみさんと相談して決めることを明かした。憧れ続けた横綱の地位。「改めて横綱がどんな地位か、どんな生き方をするべきか考えて(口上を)うまく形にできれば」。照ノ富士の相撲道は、復活劇からいよいよ新章に突入する。【佐藤礼征】

○…白鵬の横綱としての品格に、横審からは批判が集まった。14日目の正代戦では仕切り線から大きく下がって立ち合い、張り手を連発。千秋楽の照ノ富士戦では、立ち合いで右のかち上げを浴びせて勝った際に土俵上でガッツポーズした。矢野委員長は「実に見苦しいと思いました。大相撲が廃れていくという深い懸念をみんなで共有した」とばっさり。山内委員は「14(日目)、15(千秋楽)はもうあり得ない。最低のレベルの相撲。終わった後のガッツポーズとか雄たけびとか鬼の表情とか。あれはなんだい。全然問題外でしょ」と厳しく批判した。一方、昨年11月場所後の定例会で白鵬に対して出して「注意」の決議は取り下げることで決定した。

18日、名古屋場所千秋楽に白鵬(右)へ張り手を見舞う照ノ富士

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「気持ち入れ替え」照ノ富士横綱へ 横審「白鵬のようになって欲しくない」

横綱昇進が事実上決まり、会見に臨む照ノ富士

日本相撲協会の諮問機関である横綱審議委員会(横審)から、全会一致での横綱昇進を推薦され事実上、令和初となる第73代横綱誕生が決まった大関照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が19日夜、オンラインによる記者会見で心境を語った。

全会一致の推薦に「これからも頑張っていきたいなと思います。もう1回、気持ちを入れ替えて頑張っていきたいと思う」と語った照ノ富士だが、21日の臨時理事会と大相撲秋場所(9月12日初日、両国国技館)の番付編成会議を経て正式決定するとあり、表情が崩れることはなし。大関から序二段まで陥落後、大関復帰を果たし、ついには悲願の横綱昇進を事実上決めても「まだ確実に決まったわけではないので(さまざまな)感情は全くない」と話した。それでも横審の評価には「磨いてきたことを皆さんの思い(評価)になってくれるのは、ありがたい」と胸中を明かした。

綱とりの名古屋場所についても言及。「今できることを全てやった。精いっぱいやろうと思っただけで、その日の一番に集中して落ち着いてできた」と無心で臨んだ胸中を吐露。14連勝には「毎日、積み重ねた稽古が形になりつつあるのかなと。一日一日を大事に、後から(結果は)つながっていくのかなと(思って土俵を務めた)」と振り返った。千秋楽結びの一番の、横綱白鵬との全勝対決に敗れたことには「精いっぱい、自分を信じて力を出し切ろうと、出来ることはやった。それで勝てなかったということは自分が弱かったということ」と取組後と同じ言葉を並べた。

21日には横綱昇進を伝える使者を迎える。伝達式での口上については「あらためて横綱というのは、どういう地位なのか、というのを考えて親方、おかみさんと相談して、うまく形に出来ればいいかなと思います」と語った。

18日、名古屋場所千秋楽に白鵬(右)へ張り手を見舞う照ノ富士

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照ノ富士が決定戦制し2場所連続V、大関復帰場所制したのは昭和以降で初

優勝決定戦で貴景勝(手前)をはたき込みで破る照ノ富士(撮影・鈴木正人)

<大相撲夏場所>◇千秋楽◇23日◇東京・両国国技館

照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が、昭和以降では初めてとなる大関復帰場所での優勝を果たした。優勝に王手をかけた千秋楽の結びで大関貴景勝に敗れ、12勝3敗と並ばれた。しかし。貴景勝との決定戦を制して、2場所連続4度目の優勝を決めた。

師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)によると、場所前の稽古では古傷である膝の状態が上向かず「稽古はちょっと足りてない」と明かしていたが、不安を感じさせない15日間だった。

初日に17年秋場所3日目以来、1335日ぶりの大関としての白星を挙げると、破竹の勢いで白星を積み重ねる。9日目には4連敗中の高安に辛勝。11日目の妙義龍戦で、相手のまげに手がかかって反則負け、14日目に遠藤と物言いがつく熱戦に敗れたが、最後は勝ち切った。

両膝の負傷や糖尿病などの内臓疾患に苦しみ、17年秋場所後に大関から陥落して一時は序二段まで番付を落とした。伊勢ケ浜親方には何度も「やめたい」と引退の意向を伝えたが、粘り強い説得を受けて再起の道を選んだ。19年春場所に序二段で復帰。昨年初場所で関取復帰を果たすと、幕内に返り咲いた同年7月場所で2度目の優勝を飾った。

3月の春場所後に大関復帰を決めた。2度目の伝達式では「謹んでお受けいたします」と口上はシンプル。初めて昇進した15年夏場所後の伝達式では「今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と述べていた。「2回目ということだから、やはり気持ちはずっと変わっていない」と照ノ富士。6年前に口にした綱とりへの思いは変わらなかった。

大関として初めての優勝を果たし、7月の名古屋場所(4日初日、ドルフィンズアリーナ)で綱とりに挑戦する。春場所限りで鶴竜が引退したため、横綱は白鵬ただ1人。その白鵬は、来場所に進退を懸けて臨む意向を示している。注目必至の名古屋で、不屈の男は最高位を射止める。

優勝決定戦で貴景勝(左)をはたき込みで破った照ノ富士(撮影・河田真司)

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伊勢ケ浜部屋おかみ「よく乗り越えて」照ノ富士復活

大関再昇進を果たした照ノ富士(左から2人目)は伊勢ケ浜親方夫妻らと記念撮影。左はツェグメド・ドルジハンド夫人(代表撮影)

伊勢ケ浜部屋のおかみの杉野森淳子さんも「よく乗り越えてくれた」と照ノ富士の復活劇に感慨深げだった。

淳子さんによると、照ノ富士は幕下陥落後「5、6回」は部屋3階の師匠の自宅に訪れて引退の意思を伝え、そのたびに引き留められていたという。1回の説得の時間は1時間ほど。師弟の話し合いに淳子さんは席を外していたが「(話し合いを終えた照ノ富士が)うなだれて戻っていくというのを繰り返し見てきたので、本当にあの時は今があるって想像できなかった」と振り返った。

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史上初の大関返り咲き照ノ富士、シンプル口上の意図

大関再昇進を果たした照ノ富士(左から2人目)は伊勢ケ浜親方夫妻らと記念撮影。左はツェグメド・ドルジハンド夫人(代表撮影)

日本相撲協会は3月31日、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、春場所で3度目の優勝を果たした照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関昇進を満場一致で決めた。

十両以下に落ちて大関に返り咲くのは史上初。都内の部屋で行われた伝達式で、照ノ富士は「謹んでお受け致します」と口上を述べた。15年の初昇進時と変わらない綱とりへの思いを、短い言葉に含ませた。

   ◇   ◇   ◇

膝立ちのまま昇進を伝える使者を迎え、照ノ富士は深々と頭を下げた。古傷の両膝に不安を抱えるためか、うまく正座をつくれない。協会公式YouTubeチャンネルの生配信でも視聴者から「膝が心配」「椅子に座らせてあげて」などとコメントが寄せられる中、照ノ富士は不安を一蹴するように「謹んでお受け致します」と力強く口上を述べた。

揺るぎない思いを強調した。伝達式後の会見で、照ノ富士は“シンプル口上”の意図について「前回とは気持ちは変わらない。1回でも経験してみたい気持ちがありますから」と説明。前回昇進した15年夏場所後の伝達式では「今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と述べていた。男に二言はなし。23歳の時と最高位への意欲は変わらなかった。

照ノ富士の復活劇を間近で見ていた師匠は、弟子を手放しで称賛した。「相撲界全体に、諦めないで頑張ればやれるというのを示した。各力士のお手本になる。まだまだこれから相撲界全体で頑張る力士がいっぱい出てくる」。横綱昇進の可能性については「膝という爆弾を抱えている」と注釈をつけつつ「それを留意しながら頑張っていければ、まだまだいけるんじゃないか」と太鼓判を押した。

横綱誕生は17年1月の稀勢の里が最後。使者を務めた高島親方(元関脇高望山)は「3人の大関(正代、朝乃山、貴景勝)を見ていると、しっかりした体調で臨めば照ノ富士の方が1つ上」と“第73代”の筆頭候補と期待した。

3度の優勝を誇るが、大関としての優勝はまだない。「できるものならやってみたい。それこそ本当に1日の積み重ねだと思うので頑張ります」。大関照ノ富士の第2章が始まる。【佐藤礼征】

◆大関アラカルト

▼月給 横綱の300万円に次ぐ250万円。三役(関脇、小結)より70万円増。

▼待遇 海外渡航はファーストクラス。新幹線はグリーン席。車での場所入りは地下駐車場まで乗り入れ可。化粧まわしも関脇以下では禁じられている紫色が使える。

▼引退後 協会に残るためには年寄名跡が必要だが、元大関は現役のしこ名で3年間、年寄として協会に残ることができ、日本国籍取得者は委員待遇として「年寄」の上位に置かれる。

大関再昇進の伝達を受ける照ノ富士(中央)と伊勢ケ浜親方夫妻(代表撮影)
大関再昇進を果たした照ノ富士(上)は部屋の関取衆から祝福される。左から宝富士、翠富士、錦富士(代表撮影)

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照ノ富士、伝達式の口上「謹んでお受けいたします」

大関昇進伝達式で口上を述べる照ノ富士(中央)と伊勢ケ浜親方夫妻(代表撮影)

日本相撲協会は31日、東京・両国国技館で大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、春場所で3度目の優勝を飾った関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関昇進を全会一致で承認。平幕以下に落ちて大関に返り咲くのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来2人目。十両以下に落ちて大関に復帰するのは史上初となった。

協会から送られた同じ伊勢ケ浜一門で使者の高島理事(元関脇高望山)と浅香山審判委員(元大関魁皇)を東京・江東区の伊勢ケ浜部屋で迎え、伝達式が行われた。

使者から満場一致で大関昇進が決まったことを伝えられた照ノ富士は「謹んでお受けいたします」とシンプルな口上を述べ「本日は誠にありがとうございました」と続けた。

前回昇進した15年夏場所後の伝達式の口上では「謹んでお受けいたします。今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と述べ、横綱昇進の意欲を示していた。大関が2度の伝達式を経験するのは魁傑以来。2度目の口上に注目が集まっていた。

陥落翌場所に10勝以上挙げれば復帰できる特例では伝達式は行われないが、臨時理事会を経て昇進が決まる場合は、使者を迎えて伝達式が行われる。44年前に平幕以下に落ちて大関に返り咲いた魁傑も、再昇進時は2度目の伝達式に臨み、口上は「謹んでお受けします」と簡潔なものだった。

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照ノ富士「今、相撲大好きです」/一問一答

大関昇進伝達式を終えて会見する照ノ富士(左)と伊勢ケ浜親方(代表撮影)

日本相撲協会は3月31日、東京都墨田区の両国国技館で大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開き、東関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関再昇進を決めた。

照ノ富士は春場所、12勝3敗で3度目の幕内優勝を果たした。三役で直近3場所の合計を36勝とし、目安とされる33勝を上回った。

現行のかど番制度となった1969年名古屋場所以降、魁傑の所要7場所よりも時間をかけて、17年秋場所以来21場所ぶりの返り咲きとなった。両膝のけがや内臓疾患などで序二段まで番付を下げながらはい上がってきた、史上最大のカムバック劇を成し遂げた。

同じ伊勢ケ浜一門の高島理事(元関脇高望山)と浅香山審判委員(元大関魁皇)が使者として、江東区の伊勢ケ浜部屋で大関昇進の伝達式が行われた。照ノ富士は「謹んでお受けいたします。本日は誠にありがとうございました」とシンプルな口上。その後、会見に臨んだ。

◇一問一答

-心境は

照ノ富士 あらためて元の位置に戻った実感を感じています。(前回は)思い出すというか、また違う形でうれしく思います。前は本当にそのまま素直に思っていたが、今はたどり着いた。ホッとしている。

-緊張したか

照ノ富士 特に緊張したわけではない。

-口上は

照ノ富士 2回目ですから。気持ちは変わってないし、素直にありがたい気持ちで。

-前回は心技体の充実に努め

照ノ富士 前回と気持ちは変わらない。やるからには上を目指したいので。自分の考えもあって親方とおかみさんに相談して決めました。よかったと思います。

-大関の像は

照ノ富士 素直に自分らしく前向きに頑張っていきたい。

-(師匠の伊勢ケ浜親方に)

伊勢ケ浜親方 本人は長く苦しんできた。努力した成果だと思う。本人が頑張ったからこその成果。

-何度も辞めたいと

伊勢ケ浜親方 本人が頑張れば、どこまでいけるか。病気が治れば前向きになれる。治ってよかったと思う。(戻れるのは)幕下で勝ってから。そのあたりから関取に戻れる、幕内で勝てる。段階をへてですよね。

-今場所の活躍は

伊勢ケ浜親方 立派だと思います。ギリギリじゃない。優勝してしっかり形を残して、立派じゃないですか。内臓もだいぶよくなった。元気出てきましたから。

-横綱へも

伊勢ケ浜 膝という爆弾抱えている。留意していけばまだまだいけると思っている。

-相撲で変化は

伊勢ケ浜親方 強引な投げ、そっくり返ったりはなくなってきている。部屋というより、相撲界全体であきらめないでいけば成し遂げられる。いい影響を与えられたと思う。

-(照ノ富士に)幕下からと師匠が

照ノ富士 朝から晩まで考えてきた。こういう結果が出てよかったと思う。よくなった時も思うように体が動かない時も。どう過ごすか考えた1日もあった。

-いつから戻れる?

照ノ富士 やるからにはずっと上を目指したい思っている。序二段にいるときはまさかこんな結果が出るとは思わなかった。

-春場所で重圧は

照ノ富士 特には。この一番で自分の力を出せるかしか考えていなかった。優勝につながったのはよかった。

-奥さんに

照ノ富士 苦しい思いさせてきたんで。これからいい姿を見せて、幸せにさせたいと思っている。

-モンゴルの家族も

照ノ富士 まわりの人も喜んでくれた。それが何よりです。

-師匠に

照ノ富士 あのとき、やめたいと言った気持ちを覆してくれたのは師匠なんで。こういう形で元の位置に戻ったこと、すべて親方のおかげと思っています。

-決意は

照ノ富士 やる限り、経験したことないこともあるだろうし、1回でも経験してみたい思いもある。稽古して上を目指していきたい。

-理想の相撲、課題は

照ノ富士 復帰してからひとつのことしかできない自分なんで。右四つで前に出る相撲、もっともっと磨いていきたい。

-大関の初優勝も

照ノ富士 ま、そうですね。できるものならやってみたい。それこそ1日の積み重ねと思うんで、頑張りたいと思います。

-思い出せるのは

照ノ富士 ずっと身近で支えてくれた師匠、おかみさん、家族、後援会のみなさんに戻った自分を見せることは少しでも恩返しできたかなと思います。

-カムバックの要因は

照ノ富士 やってるうちに相撲が好きになる自分がいる。今、相撲大好きです。

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高島理事「3人の大関より照ノ富士の方が1つ上」

大関昇進伝達式で口上を述べる照ノ富士(中央)と伊勢ケ浜親方夫妻(代表撮影)

日本相撲協会は31日、東京・両国国技館で大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、春場所で3度目の優勝を飾った関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関昇進を全会一致で承認した。平幕以下に落ちて大関に返り咲くのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来2人目。十両以下に落ちて大関に復帰するのは史上初となった。

協会から同じ伊勢ケ浜一門の高島理事(元関脇)と浅香山審判委員(元大関魁皇)が使者として東京・江東区の伊勢ケ浜部屋に出向き、昇進伝達式が行われた。使者のコメントは以下の通り。

高島理事 (照ノ富士の今後の期待について)上半身は強いけど下半身はもう少し鍛えないと相撲に怖い部分がある。下半身の強化ですかね、努めてもらいたい。そうすればもう1つ上を狙える。3人の大関(正代、朝乃山、貴景勝)見てると、しっかりした体調で臨めば照ノ富士の方が力は1つ上かな。

浅香山審判委員 立派な成績を収めた。文句なしの昇進だ。良かったと思うし、まだまだ本人もこれからさらに上を目指す気持ちがあると聞いているので、そこに向けてまた精進してもらいたい。(口上は簡潔だったが)言葉よりも気持ちが大事だ。(2回目の大関昇進で)すごい精神力だと思う。いろんな力士、いろんな人の励み、手本になったりすると思うので、しっかりと頑張ってもらいたい。今でも十分に力を発揮できている。何よりけがをしないこと、体調管理。そこだけ気をつけてほしい。

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相撲伝達式がライブ配信 コメント欄で膝心配の声も

ツェグメド・ドルジハンド夫人と記念撮影する照ノ富士(代表撮影)

大関復帰を果たした照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の昇進伝達式が31日、日本相撲協会公式YouTubeチャンネルで生配信された。伝達式の様子が生配信されるのは昨年9月に昇進した大関正代以来。

東京・両国国技館で大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会が開かれ、照ノ富士の大関昇進を全会一致で承認された。午前9時35分ごろに使者の高島理事(元関脇高望山)と浅香山審判委員(元大関魁皇)が、東京・江東区の伊勢ケ浜部屋に到着。使者から満場一致で大関昇進が決まったことを伝えられた照ノ富士は、2000人以上の視聴者が見守る中「謹んでお受けいたします」とシンプルな口上を述べた。

照ノ富士の晴れ舞台に、部屋付きの安治川親方(元関脇安美錦)や宝富士ら部屋の関取衆も集まった。昇進を祝ってビールが入ったグラスを片手に乾杯の音頭も取られたが、新型コロナウイルス感染予防のためか、照ノ富士ら関係者がグラスに口をつけることはなかった。

照ノ富士は古傷の両膝に不安を抱えていることもあり、伝達式直前から正座の体勢を何度か取り直した。視聴者のコメント欄では「膝が心配」「足をくずしてほしい」「椅子に座らせてあげて」などと心配する声もあがった。

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照ノ富士が大関返り咲き 十両以下から復帰は史上初

大関昇進伝達式で口上を述べる照ノ富士(中央)と伊勢ケ浜親方夫妻(代表撮影)

大関照ノ富士が帰ってきた。日本相撲協会は31日、東京・両国国技館で大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、春場所で3度目の優勝を飾った関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関昇進を全会一致で承認した。平幕以下に落ちて大関に返り咲くのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来2人目。十両以下に落ちて大関に復帰するのは史上初となった。

返り三役の昨年11月場所で13勝、1月の初場所は関脇で11勝、今場所は12勝を挙げて大関昇進目安の「三役で3場所33勝」を大きく上回る「36勝」としていた。照ノ富士が昇進したことで夏場所は1横綱、4大関となる。

◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。18歳で来日し、鳥取城北高に留学して相撲を始める。3年時に中退して間垣部屋に入門。しこ名「若三勝」で11年技量審査場所で初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋に転籍。同年秋が新十両昇進で「照ノ富士」に改名。関脇だった15年夏場所で初優勝を果たし、場所後に大関昇進。17年秋場所後に大関陥落。5場所連続休場して19年春場所に西序二段48枚目で本場所に復帰。192センチ、177キロ。血液型はO。家族は妻。得意は右四つ、寄り。

15年、大関昇進伝達式で笑顔の照ノ富士(中央)。右は伊勢ケ浜親方(2015年5月27日撮影)

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照ノ富士2度目の大関昇進伝達式は44年ぶり2人目

照ノ富士大関昇進伝達式 大関昇進に笑顔の照ノ富士。右から伊勢ケ浜親方、1人おいておかみの淳子さん(2015年5月27日撮影)

大相撲春場所で3度目の優勝を果たし、大関復帰を確実にした関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が31日、2度目の昇進伝達式に臨む。同日の夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会で大関昇進が承認されれば、東京・江東区の伊勢ケ浜部屋で使者を迎える運び。大関から平幕以下に落ちて横綱に昇進すれば史上初。前回は横綱昇進の意欲を示した中、2度目の口上に注目が集まる。

   ◇   ◇   ◇

照ノ富士の大関復帰が、いよいよ正式に決定する。同日午前9時の臨時理事会後、日本相撲協会審判部から部屋に使者が送られる。陥落翌場所に10勝以上挙げれば復帰できる特例では、伝達式は行われない。大関で2度の伝達式を経験するのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来44年ぶり2人目となる。

その魁傑の口上は、2度目ということもあり「謹んでお受けします」とシンプルだった。ただ前例が1つしかないため“慣例”はない。照ノ富士はオンラインでの会見に応じた29日時点で「(師匠の伊勢ケ浜)親方と話をして決めます」と話すにとどめた。

初昇進時は最高位への意欲があふれ出た。前回昇進した15年夏場所後の伝達式では「謹んでお受けいたします。今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と述べた。平成以降に昇進した28人中16人が「大関の名に恥じぬよう」など「大関」の地位に言及した中、異例の綱とり宣言だった。

現行のかど番制度となった1969年名古屋場所以降、大関陥落を経験して横綱に昇進したのは79年の三重ノ海だけ。陥落翌場所に復帰したケースを除けば、初めての快挙となる。29日には「自分が昔から目標にしていたのは横綱という地位。もう1歩先を進むところまできた」と話していた。伝達式の様子は協会公式YouTubeチャンネルで生配信される予定。全国、世界中の相撲ファンが見守る中、看板力士として再出発する。【佐藤礼征】

◆魁傑は4場所で陥落 照ノ富士を除いて唯一、平幕以下に陥落して大関に返り咲いた魁傑は“再大関場所”が今の照ノ富士と同じ29歳だった。大関復帰後は1度も2桁白星に到達できず、4場所後の77年九州場所で関脇に陥落。左肘の負傷などを理由に、約1年後の79年初場所中に30歳11カ月で現役を引退した。

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