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元関脇の琴勇輝「安堵感ある」リモート引退会見 君ケ浜親方として後進指導

引退会見に臨む元関脇琴勇輝の君ケ浜親方(日本相撲協会提供)

4月に引退した元関脇琴勇輝の君ケ浜親方(30=佐渡ケ嶽)が9日、リモートでの会見に臨み「張り詰めて土俵に上がり続けたので、安堵(あんど)感がある」と心境を語った。左膝の大けがを乗り越え、突き押し相撲を武器に幕内在位は33場所。直近1年では両肘のけがにも苦しみ、春場所で幕下に陥落していた。「土俵に上がるのが怖いなとなってきた。勝負師として、力士として終わり」と決断の理由を説明した。引退後は部屋付きの親方として後進の指導に当たっており「けがしない体作りを伝えていけたら」と話した。

引退会見に臨む元関脇琴勇輝の君ケ浜親方(右)と同席した師匠の佐渡ケ嶽親方(日本相撲協会提供)

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元関脇琴勇輝の君ケ浜親方「いろんな人に応援してもらった」涙ぬぐう場面も

大相撲初場所13日目、塵手水(ちりちょうず)を切る琴勇輝(21年1月22日撮影)

<大相撲夏場所>◇初日◇9日◇東京・両国国技館

先月14日に現役を引退した元関脇琴勇輝の君ケ浜親方(30=佐渡ケ嶽)が9日、都内で会見に臨んだ。「少しホッとしている。安堵(あんど)感もあるけど、これから親方として気の引き締まる思い」と心境を明かした。「いろんな人に応援してもらった」と周囲への感謝を口にすると言葉が詰まり、涙をぬぐう場面もあった。

引退を決断した要因は、相撲を取る恐怖心からだったという。昨年11月場所前に左膝の内視鏡手術を受けた影響で休場し、十両に陥落した初場所は4勝11敗と負け越して幕下に陥落。たび重なる膝の負傷を乗り越えてきたが「土俵に上がるのが怖いという気持ちが先行していた。勝負師として終わり。いろいろ考えて決断した」と、リハビリの中で気持ちを立て直すことができなかった。

現役生活で印象に残る一番は、16年春場所3日目の日馬富士戦で挙げた金星。この場所は上位総当たりで12勝3敗の好成績を残して殊勲賞も獲得し、翌場所は新関脇昇進も果たした。「とにかく稽古場通りの自分の立ち合いがどこまで通用するかという気持ちだった。結果的に12番勝ったというのも分からなかったくらい、体もよく動いていた」。

会見に同席した師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)は「私の中ではもう少しできるんじゃないかと思っていた」と、弟子の引退を惜しんだ。「負けず嫌いなところが相撲に出る力士。本当にいい力士だった。先代師匠が元気だったら、琴勇輝の相撲を喜んで見ていたと思う。先代に似ている部分があった」と「猛牛」と呼ばれた亡き先代佐渡ケ嶽親方(元横綱琴桜)に姿を重ねた。

一時は立ち合いの直前に「ホウッ」と気合のこもった声を発することでも注目を浴びていた。琴勇輝は「関取になってからかなり注目されるようになったけど、もっと前からやっていて、地位が上がるにつれて覚えてもらえるきっかけになっていった。しっかりと気合を入れて、おなかに力を入れるイメージだった。一気に自分の気合が入るようなルーティンになった」と振り返った。

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元関脇・琴勇輝が引退 「膝が限界」手術後は満足な稽古できず

立ち合い前に「ホウッ」と気合を入れる琴勇輝(2015年3月撮影)

日本相撲協会は14日、元関脇琴勇輝(30=佐渡ケ嶽)の引退と年寄「君ケ浜」襲名を承認した。

電話取材に応じた師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)は「膝を手術して四股が踏めず、稽古が思うようにできなくなっていた。加えて番付も落ちてしまった。それが一番。本人からも『膝が限界です』と言われた」と引退を決断した理由を明かした。

琴勇輝は昨年10月に左膝の内視鏡手術を受け、同年11月場所を全休。十両に陥落した1月の初場所では4勝11敗と負け越して、3月の春場所では西幕下筆頭まで番付を落とした。1場所での関取復帰を目指していたが、手術した膝の状況が悪く、春場所を全休。佐渡ケ嶽親方は「膝を治療しながらすぐじゃなくてもいい、焦らなくてもいいからやれることをやろう、という風には声を掛けたんですけど。なかなか難しかったです」と話した。

香川・小豆島町出身の琴勇輝は、08年春場所で初土俵を踏み、11年秋場所で新十両。13年初場所で新入幕を果たし、東前頭筆頭だった16年春場所では横綱日馬富士から初金星を獲得するなど12勝を挙げ、翌夏場所で新三役となる新関脇の座をつかんだ。立ち合いからもろ手突きで一気に押し出す相撲が魅力のほか、一時は立ち合いの直前に「ホウッ」と気合のこもった声を発することでも注目を浴びていた。通算480勝430敗70休。金星1個、殊勲賞1回受賞だった。

今後は君ケ浜親方として、後進の指導に当たる。佐渡ケ嶽親方は「部屋にも突き押し相撲の力士がいる。そういう力士たちに押し相撲の基本を教えて欲しい。何が必要なのか教えて欲しい」と期待を込めた。

白鵬の前で「ホウッ!」とほえる琴勇輝(2016年撮影)

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境川部屋の力士たちが人命救助「男として当たり前」

力士らが女性を救助した部屋近くの川にかかる「ふれあい橋」、奥の白い建物が境川部屋

大相撲の境川部屋の力士約20人が10日朝に、川に転落した30代の女性を救助していたことが11日、分かった。東京・足立区の部屋近くの毛長川に架かる橋から女性が飛び降り、通行人の男性が助けを求める大声に師匠の境川親方(元小結両国)が気付き、力士らが駆け付け、女性を川から引っ張り上げた。

関係者によると時間は同日の午前5時半ごろ、稽古前の出来事だった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、最近の稽古は午前7時開始となっていたという境川部屋。幕下以下の力士を指す「若い衆」も、大部屋で寝ている時間だった。

場所は部屋から徒歩30秒とかからない、毛長川にかかる「ふれあい橋」。女性が橋から飛び降りた。自殺を図ったとみられる。通りかかった男性が助けを求める大声で、師匠の境川親方が事態に気づいた。大部屋につながる内線をかけて、若い衆を起こし、救助に向かわせた。稽古前だったため、まわしを締めていなかったという。力士らは橋の下の一段低くなっている川岸から、女性を引き上げた。女性は搬送時、意識があり命に別条はない。

劇的な人命救助だが、師匠は救助したときの状況について一切語らずに泰然としていた。「(救助された女性を)そっとしておいてあげてほしい。ぺらぺら語るのはかわいそう」と女性の心境を推し量った上で「いいことをしたとかはサラサラない。男として当たり前のことをしただけ」。謙虚な姿勢を崩さず、事もなげに話した。

大相撲は新型コロナウイルス感染拡大の影響で5月に予定されていた夏場所が中止になるなど、本場所の土俵に立てない日々が続いている。日本相撲協会が無観客開催を目指す7月場所(同月19日初日、東京・両国国技館)に向けて、調整を進める中で起きた救出劇。「気は優しくて力持ち」で知られる大相撲の力士が、勇敢な行動で女性の命を救った。

◆境川部屋 元小結両国が92年に現役を引退し、年寄「中立」を襲名。98年に出羽海部屋から独立して「中立部屋」を興し、03年に名跡を交換し、年寄「境川」を襲名。部屋の名称を「境川部屋」に変更、現在に至る。弟子の元大関豪栄道(現武隈親方)が現役引退の際に「師匠の男っぷりの良さを見習いたい」と言うほど、義理人情に厚く、おとこ気あふれる性格で周囲からの人望もある。現在の部屋付き親方は関ノ戸親方(元小結岩木山)、君ケ浜親方(元前頭宝千山)、山科親方(元前頭佐田の富士)、武隈親方の4人で、所属力士は幕内の妙義龍と佐田の海、幕下以下23人の計25人。他に呼出1人、床山2人が所属。東京・足立区舎人に部屋がある。

東京都足立区にある境川部屋

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元大関豪栄道“親方デビュー”スーツ姿を初お披露目

年寄総会に初お披露目のスーツ姿で出席した武隈親方

大相撲初場所限りで現役を引退した元大関豪栄道の武隈親方(33=境川)が1月31日、初お披露目したスーツ姿で“親方デビュー”を飾った。

同日、東京・両国国技館内の相撲教習所で行われた年寄総会に出席。入室する約100人の親方衆にあいさつするため、開会予定時間(午後2時)の1時間以上前に入り、やって来る親方衆1人1人に頭を下げ、あいさつした。

「お疲れさん、とみんなから言われました。全然、分からないことだらけなので、分からないことは聞いて一生懸命、協会のために頑張りたい」と、やや緊張した面持ちで話した。

苦心したのは、引退会見前日の28日に、都内の紳士服店で購入した既製品のスーツ。埼玉栄高時代以来、約15年ぶりの着用だったが「着物に慣れているから肩周りとか違和感があります」。別の店で2本を購入したネクタイも「(相撲界では)首回りを締め付けられるものがなかったので違和感が…」と、こちらも窮屈そう。この日、着用する際は、最近まで3年間締めていたという高卒の若い衆に頼んで締めるのを手伝ってもらったという。両国国技館到着後も部屋の君ケ浜親方(元前頭宝智山)に直してもらったそうだ。

「腹がデカイからベルトも下がって大変だった」と、ずり落ちそうなズボンを常に気にしていた武隈親方。師匠の境川親方(元小結両国)から贈られたベルトと、以前から持っていたというかばんを手に「ちゃんとした格好をしないと」と悪戦苦闘しながらも「協会のために頑張りたい」。2月3日には地元大阪で節分の豆まきを行い、13日のNHK福祉大相撲で警備を担当する予定だ。

年寄総会後、初お披露目のスーツ姿で引き揚げる武隈親方

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若乃島17年半の土俵人生に別れ「やり切った感じ」

師匠の芝田山親方(左)に留めばさみを入れられる若乃島

 右膝痛のため大相撲秋場所を最後に現役を引退した、元十両若乃島(33=芝田山、本名・再田史也)の断髪式が9月30日、東京・両国国技館で行われた。

 若乃島は00年春場所、放駒部屋から初土俵を踏み、師匠だった先代放駒親方(元大関魁傑)の定年に伴い、13年2月に芝田山部屋へ移籍。得意は突き、押しで14年あまりをかけ、14年名古屋場所で新十両昇進を果たした。最高位は15年秋場所の西十両7枚目。十両は通算7場所務め、現役最後の秋場所は東幕下43枚目(4勝3敗)だった。

 断髪式には、荒磯親方(元前頭玉飛鳥)、君ケ浜親方(元前頭宝智山)、前頭琴奨菊(佐渡ケ嶽)、阿武咲(阿武松)ら一門の親方、関取衆はじめ関係者約250人が出席。最後に師匠の芝田山親方(54=元横綱大乃国)が留めばさみを入れ、17年半の土俵人生に別れを告げた。その後、両国国技館内で行われたパーティーでは、親交があり同じ鹿児島・奄美出身で歌手の元ちとせ(38)、中孝介(37)が前途を祝し、美声を披露した。

 「やり切った感じで、すがすがしい気持ちだった。いろいろな人に来てもらったから笑顔を見せないと」と、涙を流すことはなかった。ただ、さまざまな思いが頭の中を巡る中「やっぱり先代の親方のことを考えてました。何と言ってくれるか…。『頑張ったな』と言ってくれると思います」と、しんみり話した。

 一番の思い出は、初土俵から約14年で新十両昇進を決めた14年夏場所。その場所中に先代が急死したこともあり「突然すぎて本当に信じられなかった。絶対に忘れられない場所」と振り返った。何度も引退しようと思ったことがあったが、先代から口酸っぱく言われた「あきらめるな」「我慢しろ」の言葉が押しとどめてくれた。「自分は出会いに恵まれた。すごい偉大な親方2人に出会えました」と感謝した。

 第2の人生は、11月から東京・世田谷区内にある、しゃぶしゃぶ店でスタートする。見習いの身だが、将来的には「自分の店を出したい。勝負するなら都内で」と目を輝かせた。

同じ二所ノ関一門の阿武咲に、はさみを入れられる若乃島
断髪式を終え同郷で歌手の元ちとせ(右)にネクタイを直してもらう若乃島

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元幕内宝千山が断髪式 舞の海らがはさみ

 大相撲で昨年12月に引退した元幕内宝千山の君ケ浜親方(32=境川部屋)の断髪式が1日、東京・両国国技館で行われた。

 青森・木造高の先輩で解説者の舞の海秀平氏ら約350人がはさみを入れ、最後は師匠の境川親方(元小結両国)が大銀杏(おおいちょう)を切り落とした。

 断髪式としては珍しく、途中で土俵のそばに下り、大勢の女性にもはさみを入れてもらった。「女性でもお世話になった方がいっぱいいた。青森からの入門者が減ってきたし、力士になりたい人を増やしていきたい」と、気持ちを新たにした。

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