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天龍源一郎が退院後初めて公の場、杖つき登場し越中詩郎と記念撮影

退院後、初めてファンの前に姿を見せつえを持ち上げあいさつする天龍源一郎(撮影・中島郁夫)

<天龍プロジェクト SURVIVE THE REVOLUTION>◇12日◇新木場1stRING

4月28日に退院した元プロレスラー、天龍源一郎(71)が、退院後初めて公の場に姿を見せた。

つえをつきながら、ゆっくりと歩を進め、解説席に向かうと、隣に座っていた越中詩郎と並び、記念撮影に応じた。その後は「リラックスできて、見ているうちに楽しくなった」と、時折笑みを見せながら若手選手の試合を見守った。

試合後には選手に支えられながらリングに上がった。マイクを取り、ファンに向けて「40日間も入院していて、こんなぶざまな格好ですが、いつかはアントニオ猪木さんのように元気ですかー、と言いたいので、みなさん、もう少し我慢してください」とメッセージを届けた。全快でリングに上がることができず「不本意だった」と言いながらも、すべてをさらけ出したことで「吹っ切れた」と力強く言い放った。

天龍の復帰を選手たちも待ち望んでいた。第1試合で勝利した河野真幸は「リング下から見られていたので、緊張感があった。いつかは挑戦者に指名するので、頑張って復帰してください」とエールを送った。また藤波辰彌の息子、LEONAは「小さいころはよく見ていたけど、天龍さんの前でやるのは初めて。泥臭く行けと言われ、心に染みた」と愛のあるアドバイスに気を引き締めた。盟友である父も天龍復帰を自分のことのように喜んでいたという。

天龍は3月19日に動悸(どうき)、息切れなどの体調不良で入院した。その後の小橋建太とのトークバトルや、日本プロレス殿堂会設立1周年記念イベントも欠席していたが、順調に回復し、先月28日に退院。「長い入院生活でしたけど、ちょっとずつ調子を上げて、気候も良くなったことだし、元気いっぱいに無理せずやっていきます!」とリング復帰を心待ちにしていた。

この日、天龍プロジェクトは再始動後、初の有観客での試合を行った。今後も7月末までに5大会が決定。同団体代表で、天龍の娘でもある嶋田紋奈氏は「ご心配をおかけしましたが、病状は心配なく、ご覧の通り、元気いっぱい。これから天龍とともにどんな状況でも希望を持って進んでいきたい」と決意を見せた。慣れ親しんだリングに上がり「もう怖いものはない」という天龍。自分の居場所を再認識したレジェンドは、これからも歩みを止めずに進み続ける。【松熊洋介】

解説者席で越中詩郎(右)とポーズを決める天龍源一郎(撮影・中島郁夫)

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療養中の天龍源一郎が退院「元気いっぱいに無理せず」5月大会に解説者参加

天龍源一郎(2020年2月20日撮影)

プロレス団体の天龍プロジェクトは28日、病気療養中の元プロレスラー、天龍源一郎(71)が退院したことを発表した。

回復も良く、今後は通院と自宅療養で経過を見ながら仕事を再開していくという。

天龍は所属を通じて「皆様、大変ご迷惑をお掛けしましたが、今日無事に自宅に戻りました。今回の件で最善を尽くしてくれた病院の皆さんには感謝しています。長い入院生活でしたけど、ちょっとずつ調子を上げて、気候も良くなったことだし、元気いっぱいに無理せずやっていきます!」とコメントを発表した。

天龍は3月19日に動悸(どうき)、息切れなどの体調不良で入院した。その後の小橋建太とのトークバトルや、日本プロレス殿堂会設立1周年記念イベントも不参加だったが、11日にはプレミアム音声サービス「Now Voice」で元気な声を届けるなど順調に回復していた。

また、同団体は次回5月12日大会(東京・新木場1stRING)の対戦カードを発表。天龍も越中詩郎とともに解説者として参加予定で「今の気持ちは、早く試合の会場に行って、プロレスを観たい。そう思っています!」とコメントした。5月12日の対戦カードは以下の通り。

▽第1試合 河野真幸(フリー)、TORU(TTT)vs佐藤耕平(フリー)、LEONA(ドラディション)

▽第2試合 菊タロー(フリー)vs SUSHI(フリー)

▽第3試合 新井健一郎(DRAGON GATE)vs翔太(ガンバレ☆プロレス)

▽第4試合 マンモス佐々木(プロレスリングFREEDOMS)、神谷英慶(大日本プロレス)vs矢野啓太(プロフェッショナルレスリング・ワラビー)、那須晃太郎(フリー)

▽第5試合 進祐哉(プロレスリングFREEDOMS)、拳剛(フリー)vs TSUBASA(フリー)、HUB(フリー)

00年10月、川田利明にグーパンチを浴びせる天龍
天龍源一郎とハンセンは場外乱闘(2000年撮影)

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療養中の天龍源一郎が来週にも退院へ、娘の嶋田紋奈氏が明かす

天龍源一郎(2019年9月22日撮影)

病気療養中の元プロレスラー、天龍源一郎(71)が来週にも退院予定であることが分かった。

25日、無観客で行われた天龍プロジェクト「SURVIVE THE REVOLUTION」を欠席したが、娘で同団体代表の嶋田紋奈氏が「しっかりと治療に励み、退院する運びとなりました」と明かした。天龍は3月19日に動悸(どうき)、息切れなどの体調不良で入院した。その後の小橋建太とのトークバトルや、日本プロレス殿堂会設立1周年記念イベントも不参加だったが、11日にはプレミアム音声サービス「Now Voice」で元気な声を届けるなど順調に回復していた。

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過去最多9人在籍、日本選手が求められる背景/WWEの世界(2)

アスカ(右)とWWE女子タッグ王者に君臨していたカイリ・セイン(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

4月22日配信のWWE・NXT大会では、Sareeeのリングネームで活躍していたサレイ(25)がWWEデビューを果たした。現在、中邑真輔(41)、アスカ(39)、戸沢陽(35)、カイリ・セイン(32)、紫雷イオ(30)、KUSHIDA(37)、里村明衣子(41=センダイガールズ)、樋口“イケメン”壮士朗(28=黒潮“イケメン”二郎)の日本人9選手がWWEと契約を結び、過去最多所属人数となっている。「WWEの世界」第2回は、WWEの「アンバサダー」を務めるカイリの証言をもとに日本人レスラーが増えつつある背景に迫る。【取材・構成=藤中栄二】

   ◇   ◇   ◇

WWEにはロウ、スマックダウン、NXT、NXT UKと4ブランドがある。ロウにアスカと戸沢、スマックダウンに中邑、NXTには紫雷、KUSHIDA、サレイ、NXT UKに里村が在籍し、各ブランドで活躍中だ。アスカとWWE女子タッグ王座も獲得したカイリは団体内に漂う日本プロレスへの敬意を感じてきたと明かす。

カイリ 日本のプロレスラー、日本のプロレスに対してのリスペクトがありますね。「あの選手が格好良い」とか、日本のプロレスの話をしているようなイメージです。

WWEの選手育成道場となるパフォーマンスセンターでは、日本の試合を見てプロレスの勉強をする選手も多いという。

カイリ 昼休みにはモニターがあるラウンジに選手たちが集まり、ランチを食べながらプロレスの試合を見るのですが、日本の試合もよく選ばれていました。小橋(建太)さんや三沢(光晴)さんの過去の試合をはじめ、もちろん今の試合もありましたね。日本で試合経験している選手はステータスが上がるようで「オレは日本に行ったことある」と自慢するのです。AJスタイルズさん、フィン・ベイラー(プリンス・デヴィット)さんは他選手から見られる目も違いましたね。

現在、WWEの選手統括トップは全日本プロレスで活躍したジョニー・エースことジョン・ローリナイティス氏(58)、パフォーマンスセンターのコーチは新日本プロレスでファイトしたジャイアント・バーナードことマシュー・ブルーム氏(48)が務めている。日本でキャリアを積んだ元選手が裏方に多い。

カイリ バックステージのプロデューサーもカメラマンも元プロレスラーが多く、日本のプロレスを知っている。欧州、米国とそれぞれプロレスのスタイルはありますが、日本は独特のジャンルに見られています。「なぜ日本人はやられても、やられても立ち上がり続けるのか」と。その侍スピリッツを驚かれます。

WWEと契約した選手はパフォーマンスセンターで一定期間、トレーニングを積むことにある。この場でも日本人レスラーであることが、1つのアドバンテージになるそうだ。

カイリ 真輔さん、アスカさんをはじめ、先輩方のご活躍があり、日本人レスラーは最初から注目されていると思います。その中でうまくステップアップしていくためには試合の技術だけでなく、マイクパフォーマンスやキャラクター、コミュニケーション力など、多くの要素が必要になってきます。

まだデビューしていない樋口“イケメン”もパフォーマンスセンターで切磋琢磨(せっさたくま)し、いずれデビューするだろう。世界のプロレスファンが注目するWWEでも「チーム・ジャパン」が一大勢力になりつつある。

NXT時代に紫雷イオ(左)ともリング上で並び立ったカイリ・セイン(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.
NXTでWWEデビューを果たしたSareeeことサレイ(上)(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

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「殺されるような目つき」小橋建太、藤波辰爾も恐れたザ・グレート・カブキ

ザ・グレート・カブキ(撮影・柴田隆二)

レジェンドたちが恐れていたプロレスラーがいた。3日に都内で行われた、日本プロレス殿堂会設立1周年記念イベント「レジェンドサミット」で全日本プロレスなどで活躍したザ・グレート・カブキ(72)が登場した。

イベントにはほかに藤波辰爾(67)、長州力(69)、小橋建太(54)、田上明(59)、越中詩郎(62)が参加。昭和時代からリングを沸かせてきた選手たちが、司会者からの「若手のころ怖かった先輩がいたか」の質問に長州、田上以外の3人が口をそろえて「カブキさん」と答えた。70年に日本プロレスに入った藤波は「雰囲気が怖かった。リングサイドで見ていて蹴りも動きがすごかった」と明かした。小橋は「やっぱりカブキさん。殺されるような目つき。近寄れなかったし、控室でも話せなかった」と苦笑いを見せた。

新日本プロレスの平成維震軍として一緒に戦った越中は「キャリアも年齢も違ったが、とても頼もしかった」と話した上で「試合で怒られた記憶しかない」と振り返った。さらにプライベートでの逸話を披露。「本当によく飲まされた」。メンバーで食事に行った際には仲間の“後始末”もさせられることが多かったようで「朝4時ごろに六本木警察に行ったこともある」とエピソードを語った。

後輩たちの暴露にさすがのカブキも苦笑い。「ほかの選手が『カブキと飲み行くな』と言っていたみたい」。周りに一目置かれる存在だったが、それでも平成維震軍のメンバーに溶け込もうと、加入後には結束の証しとして頭をそり上げた。「家で髪を切った。娘が保育園から帰って来て、お帰りと言ったらぎゃーって逃げていった。それが一番の思い出」と目を細めた。

現在でも平成維震軍のメンバーがリングに上がることもある。カブキも毎試合、セコンドとして参戦する。「日本での最高のチームだと思っている。お客さまを引きつけて、喜ばせるのがプロレス。試合を見ていたら、またやりたくなりますよ」。イベント後には集まったファンとにこやかな笑顔で記念撮影。現役時代からリングの上でも外でも暴れ、恐れられたカブキだが、プロレスへの愛着と魂は今も昔も変わらない。【松熊洋介】

ザ・グレート・カブキ(左から2人目)ら平成維新軍のメンバー(1994年12月12日撮影)
グレート・ムタ(右)とザ・グレートカブキ

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療養天龍を長州力ら激励「とんでもないラインきた」

日本プロレス殿堂会「レジェンドサミット」でトークショーする長州力(左)と藤波辰爾(撮影・柴田隆二)

レジェンドたちが病床の盟友にエールを送った。

日本プロレス殿堂会設立1周年記念イベント「レジェンドサミット」が3日、都内で行われ、藤波辰爾(67)、元プロレスラーの長州力(69)らが療養中の天龍源一郎氏(71)を激励した。

本来なら今イベントの立ち上げの1人である天龍氏も参加する予定だったが、先月19日から検査入院しており、不参加。最初に長州と壇上に上がった藤波は「元気そうだという話を聞いた。次回は参加してくれると思う」と思いを明かした。長州は数日前にLINE(ライン)でやりとりをしたことを明かし「ここでは言えないが、とんでもないラインが来た。今は検査入院。源ちゃんは元気いっぱいですよ」と集まったファンを安心させた。

壇上でトークショーを行った藤波と長州。2人はともにアントニオ猪木氏(78)に指導を受け、82年からはお互いの軍団同士で抗争を繰り広げるなどして新日本プロレスを盛り上げた。当時を振り返った藤波は「控室でも顔を合わせず、リングに上がると(お互いに)感情をむき出しにして戦っていた」。2人の戦いはファンも刺激したようで「周りでお互いのファン同士がケンカするなど、あり得ないことが起こっていた」と当時のエピソードも披露した。

「日本プロレス殿堂会」は昨年2月に、藤波、長州、天龍氏らが、2世たちと協力し、結成。協会が存在しない業界の中で「プロレスの宝を守ろう」と、文化の伝承や、歴史を創ってきたレジェンドの功績をさまざまな形で伝えていく活動を行っている。昨年はコロナ禍で開催できなかったが、この日ようやく第1回のイベントが実現。藤波は「今後は往年で活躍した選手たちを殿堂入りさせたい」と意欲を見せた。

この日は、小橋建太氏(54)、田上明氏(59)、越中詩郎(62)、ザ・グレート・カブキ(72)も参加。リング上でぶつかり合った仲間たちと久しぶりの再会を楽しんだ。先月天龍氏とのトークショーを行う予定だった小橋は今イベントに参加を志願。「代わりになるかは分からないが、名乗りを上げさせてもらった。回復も祈っているし、今度は戻ってきて、天龍節を聞けることを楽しみに、第2回もまた来てください」と語った。

また天龍氏は、娘で「天龍プロジェクト」の代表取締役である嶋田紋奈氏を通じ「行けなくなってしまいましたが、みなさん殿堂会の1周年を盛り上げてくれてありがとう。俺はまたファンに元気な姿を見せられるように頑張ります」とメッセージを寄せた。

日本プロレス殿堂会「レジェンドサミット」でトークショーする小橋建太氏(左)と田上明氏(撮影・柴田隆二)
日本プロレス殿堂会「レジェンドサミット」でトークショーをする越中詩郎(左)とザ・グレート・カブキ(撮影・柴田隆二)
日本プロレス殿堂会「レジェンドサミット」で記念撮影に納まる。左から長州力、藤波辰爾、小橋建太氏、田上明氏、越中詩郎、ザ・グレート・カブキ(撮影・柴田隆二)

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潮崎豪が防衛、因縁の12・6杉浦貴との激闘制す

杉浦(左)にラリアットを浴びせる潮崎(撮影・菅敏)

<ノア:代々木大会>◇6日◇東京・代々木第二体育館

GHCヘビー級選手権試合は王者の潮崎豪(38)が、杉浦貴(50)との50分を超える戦いを制し、6度目の防衛に成功した。勝利後声高らかに「アイ アム ノア」と叫んだ。

今年1月に王者となり、さまざまな思いの詰まったベルトを誰にも渡さなかった。09年6月13日、最後のリングとなった故三沢光晴さんのパートナーとして戦った。突然の別れとなった翌日、悲しみをこらえながら力皇に勝利、初めてGHCヘビー級のベルトを巻いた。その姿に嫉妬した杉浦に6カ月後の12月6日、初めてベルトを奪われた。

因縁の相手に対戦を持ち掛けられ「運命を感じる」と強い思いで臨んだ。さらにこの日、解説席に座ったのはかつて付け人を務めた小橋建太。満身創痍(そうい)で戦う後輩に「チャンピオンはどれだけ体を痛めても弱音を吐かず、リングに立ち続けなければいけない」とエールを送った。

「お互いの気持ちの詰まった戦いだった」と言うように、目まぐるしく入り乱れる展開ではなく、お互いに技を1つずつぶつけ合う、力と力の勝負が続いた。中盤はリング上で倒すことが無理だと感じたのか、杉浦が場外マットを外し、硬い床に潮崎を打ち付けるシーンも見られた。

「どちらかが倒れるまで打ち込むしかない」。お互いに意識がもうろうとする中、潮崎の勝利への執念がわずかに上回った。何度も返されたが、ラリアット3連続で3カウントを奪い、タイトルを守り切った。勝利後は、リング上で「12月6日、俺にとってとても意味のある戦いができた。杉浦貴ありがとうございました」と激闘を繰り広げた相手をたたえた。

1年間頂点に君臨し続けたが、これで終わりではない。試合後には57歳の武藤から、この日10年ぶりの開催が決まった来年2月の日本武道館大会での挑戦を受けた。「いつでも誰の挑戦でも受ける。武道館にふさわしい、GHCヘビー級の戦いを見せる。プロレス界をノア色に染めます」。ノア20周年を最高の形で締めくくった潮崎は、背負ってきた2人の魂を受け継ぎ、来年も王者であり続ける。

6度目防衛の潮崎に挑戦を表明する武藤敬司(撮影・菅敏)

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中西学21年ぶり節分会「残された試合で暴れたい」

池上本門寺での豆まきに臨む中西学(左)と獣神サンダー・ライガー(撮影・小沢裕)

2月22日に引退試合を控える新日本プロレスの中西学(53)が3日、東京・池上本門寺で行われた節分会に99年以来21年ぶりに参加し、野性味あふれる豆まきを披露した。

なじみの「ホー!」ではなく、「ヤー!」と雄たけびをあげながら福豆をまき散らした中西は「こどもたちに届けばと思ったけど、飛ばない、飛ばない」と苦笑い。「これで厄払いできたから、ケガしないでしょう。思いっきり残された試合で暴れたい」と残る引退ロードへの気持ちを高めた。この日は1月5日の東京ドーム大会で引退した獣神サンダー・ライガーも参加。ライガーは「引退を決めるのは本人だけど、素質、体、残念だと思う」と中西の引退を惜しみつつも、「ベストな状態でリングにあがって、最後までプロとして頑張って欲しい」とエールを送った。

日本プロレス界の創始者故力道山が眠る池上本門寺の豆まきには、引退した選手も含め毎年多くのプロレスラーが名を連ねる。今年は他に小橋建太、武藤敬司、全日本の秋山準と宮原健斗、ノアの丸藤正道と清宮海斗、スターダムの岩谷麻優、長与千種、力道山の息子百田光雄、同孫百田力が参加した。

池上本門寺での豆まきに臨む中西(撮影・小沢裕)

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デストロイヤー杯、長男カート氏感謝「すごい日」

ザ・デストロイヤー氏の追悼セレモニーで遺影を手に顔を拭う長男カート・ベイヤー氏(撮影・加藤諒)

<プロレス:ザ・デストロイヤー・メモリアルナイト~白覆面よ永遠に~>◇15日◇東京・大田区総合体育館

3月7日に88歳で死去した元プロレスラーの「白覆面の魔王」ザ・デストロイヤーさん(本名リチャード・ベイヤー)の追悼セレモニーが開かれ、元プロレスラーの長男カート氏が、会場に集結した縁のある選手、著名人、ファンに感謝の言葉を口にした。

同興行に合わせて来日したスタン・ハンセン、ドリー・ファンクJr.をはじめ、ザ・グレート・カブキ、力道山の息子となる百田光雄、渕正信、藤波辰爾、小橋建太、秋山準らプロレスラーがリングイン。デストロイヤーさんが日本テレビのバラエティー番組「金曜10時!うわさのチャンネル!!」で共演した和田アキ子、せんだみつお、徳光和夫アナウンサーとともに10カウントゴングで追悼した。

リングに上がった父とゆかりのある人たちの名前を呼び、頭を下げたカート氏は「今日は本当にすごい日。リングに上がってくれてありがとうございます。みなさんも大田区まで来てくれてありがとうございます」と会場の観客にも感謝していた。

ザ・デストロイヤー氏の追悼セレモニーで弔事を述べる徳光和夫(撮影・加藤諒)
ザ・デストロイヤー氏の追悼セレモニーでリングに上った和田アキ子(中央)。右は長男カート・ベイヤー氏、左はドリー・ファンク・ジュニア氏(撮影・加藤諒)

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王者清宮、拳王のフットスタンプ受け切りベルト守る

首の負傷以来初めて公の場に出てきたGHCヘビー級王者清宮拳斗(左)を挑発する拳王(右)。中央は立会人の小橋建太氏(撮影・高場泉穂)

清宮と拳王があの“事件”を語った。

プロレスリングノアが1日、翌2日に両国国技館で行うビッグマッチの公開前日会見を都内のホテルで開いた。6度目の防衛戦に臨むGHCヘビー級王者清宮海斗(23)が公の場に現れるのは、10月22日の浜松大会で拳王(34)のダイビングフットスタンプをくらって首を負傷して以来、10日ぶり。元気な姿に集まった約100人のファンが喜ぶ中、拳王はマイクを持つなりほえた。

「おい清宮。なんだよ、てめえ。ぴんぴんしてるな。ずっとだんまり決めて。携帯なくしたのか? パソコン壊れたのか? どうせ会社に、いや親会社のリデット・エンターテインメントに黙っておけ、って言われたんだろ?『プロなのに、選手、相手にけがをさせて、プロ失格だ』。そう思わせたいだけにだんまり決めてたんだろ。でも、今日安心したよ。もう1度、プロのフットスタンプでお前を倒してやるからな」。悪びれる風もなく、清宮を挑発した。

一方の清宮はまず「この1週間首のけがということでご心配をおかけしました」とあいさつ。「今はもう大丈夫です。100%治っています。まず1番最初に伝えたかった事です。みなさんの前にでてくる時は心身ともに100%じゃないと。光の速さで治してここまでやってきました。おれが光になってベルトを防衛して、みんなと一緒に新しい景色をみたいと思います」と堂々と宣言した。

浜松大会での負傷は、清宮が猛虎原爆固めをしている最中に拳王がダイビングフットスタンプをしたことで起こった。清宮は病院に搬送され、頸椎(けいつい)捻挫で約1週間安静となった。

ウェブ上、SNS上で拳王の技のかけ方を危険だとする声が上がる中、拳王は「今の日本のプロレス界、世界のプロレス界、フットスタンプ1発であれだけ話題をもっていけるやついるか」と悪びれずに振り返った。

清宮は「フットスタンプに関しては、前哨戦で熱くやってきたので、覚悟をもってやった技というのは分かります」と理解を示し、その上で「次きたら受け身をとれる自信がある。首を攻めようが関係ない」と加減なしの戦いを求めた。

2人の一騎打ちは今年1月の同タイトル戦以来10カ月ぶり。この試合から、GHCヘビー級のベルトは新しくなる。今後の団体の命運をかけたメインの一戦に向け、立ち合い人の小橋建太氏(52)は「これがGHCだという試合を期待します」とエールを送った。

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ハーリー・レイスさん死去 猪木、馬場らと激闘

NWA世界ヘビー級王座を奪い特別立会人のハーリー・レイス氏(右)と喜び合う小島(2014年1月4日撮影)

「ミスタープロレス」「ミスターNWA」と呼ばれたハーリー・レイスさんが1日(日本時間2日)、肺がんによる合併症のために死去した。76歳だった。同日、WWEなどが発表した。3月に肺がんを告白し、先月にはイベント出席の移動中に病状が悪化して入院していたという。

60年代から本格的にプロレス界に進出したレイスさんは68年2月、日本プロレスで初来日。ディック・ザ・ブルーザーと組み、ジャイアント馬場、アントニオ猪木組が保持したインターナショナル・タッグ王座に挑戦した。70年にも猪木、吉村道明組が保持したアジアタッグにも挑戦。72年には坂口征二のUNヘビー級王座にも挑戦した。

73年にドリー・ファンクJr.を下し、NWA世界ヘビー級王座を獲得。同年から全日本プロレスを主戦場とし、馬場、ジャンボ鶴田、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ミル・マスカラスを挑戦者に迎え、防衛戦も行った。またWWEの前身WWF王者とのダブルタイトル戦にも臨んだ。また82年には鶴田を下し、UNヘビー級王座、馬場からPWFヘビー級王座を奪取していた。

83年にはリック・フレアーを下し、7度目のNWA王座を獲得。80年代初頭までNWAの象徴として存在感を示し、通算8回のNWA王座獲得もあってNWAベルトは通称「レイスモデル」と言われ、本人が所持していた。

86年にはWWFに移籍し、ハルク・ホーガンのWWFヘビー級王座にも挑戦。WWFではアンドレ・ザ・ジャイアントとも共闘した。

95年の引退後にはプロレス団体のWLWを主宰し、後進の育成に尽力。日本とのつながりも深く、05年には小橋建太の訪問も受けた。10年11月からはプロレスリング・ノアのGHC管理委員長に就任。米国でノアの選手の育成を受け入れていた。04年にはWWE殿堂入り。13年には9年ぶりに来日し、ノアの有明大会で立会人を務め、14年には新日本プロレス東京ドーム大会で開催されたNWA世界ヘビー級選手権の特別立会人を務めていた。

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「小橋建太VS前田日明」6月に後楽園ホールで実現

都内でトークショーを行った小橋建太。6月10日のプロデュース興行「FortuneDream6」の中で前田日明とトークバトルをすると発表した

小橋建太(52)が31日、都内の書店で公開会見とトークショーを行い、6月10日のプロデュース興行「FortuneDream6」(後楽園ホール)で、前田日明(60)とトークバトルをすると発表した。

これまで交わることのなかった前田との夢のバトルが実現する。小橋が壇上で発表すると、集まったファンから「おぉー」っと歓喜の声があがった。きっかけは、昨年8月に行われた高山善広の支援イベントだった。控室に前田が訪ねてきて、そこで初めて1対1で話すと会話が思いのほか弾んだ。「その時に(話が)広がりそうだと思った」。今回、ダメもとでオファーしたところ快諾されたという。小橋は「リングで向き合うのは緊張感が違いますよね。これまで会わなかったのも運命かなと思いますし、リングで向き合うのも宿命」と話した。また、先輩のジャンボ鶴田が引退する際に前田と試合をしたいと話していたエピソードを明かし「それだけの存在。前田日明に迫ってみたい」と意欲をみせた。

興行は今年で没10年を迎える盟友三沢光晴さんにささげるものでもある。命日の6月13日に近い日での開催となり、「この日でやれよ、と言われている気がする」。三沢さんにまつわる何かサプライズも用意する予定だ。トークバトルを含め6戦の予定だが、対戦カードの発表はお預けとした。「いい試合が組めたと思っています。おぉ、っと思ってくれる試合がたくさん、というか全部」と自信たっぷりに話した。

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棚橋、宮原、関本ら夢のタッグ戦 馬場さん追悼興行

ジャイアント馬場没20年追善興行のメインカードを発表した新日本プロレス坂口征二相談役

2月19日に東京・両国国技館で開かれる「ジャイアント馬場没20年追善興行~王者の魂~」の実行委員会が31日、同大会のメインカードを発表した。

IWGPヘビー級王者棚橋弘至(42=新日本)とヨシタツ(41=フリー)、3冠ヘビー級王者宮原健斗(29=全日本)とBJW認定ストロングヘビー級王者関本大介(37=大日本)が組み、団体の垣根を越えた夢のタッグマッチを行う。

この日は、1999年(平11)にジャイアント馬場さんが61歳で亡くなってからちょうど20年。馬場さんが愛したレストラン、東京・キャピトルホテル東急内の「ORIGAMI」でしのぶ会が開かれ、追悼興行の実行委員を務める新日本プロレス坂口征二相談役が対戦カードを発表。「よくこれだけのメンバーを集めたと思う」と喜びを口にした。

また、馬場さんの弟子だっった川田利明、田上明、小橋建太各氏の来場も決定。同大会であわせて行われるアブドーラ・ザ・ブッチャー氏の引退セレモニーに、武藤敬司、初代タイガーマスク、新間寿氏が参加することも発表された。

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今、死と向き合う猪木/力道山没後55年インタビュー

インタビューでポーズを決めるアントニオ猪木参院議員(撮影・足立雅史)

昭和、平成とプロレス、格闘技界を引っ張ってきたアントニオ猪木氏(75=参院議員)が、今日15日に没後55年を迎えた故力道山(享年39)を語った。力道山は63年12月15日に、暴力団員に腹部を刺されたことがもとで死去。わずか3年半の付け人生活から、師匠の思いを継ぎ、その後の成功につなげた。

「元気ですかー!」が代名詞の猪木氏が、車いす生活を余儀なくされている。9月、北朝鮮の建国70周年祝賀行事に参加する前に腰を手術。日本に帰国した際の車いす姿は、世間に衝撃を与えた。

猪木氏 昔は13時間の腰、首の手術もやったけど、今回は一番きつかった。今はリハビリ。車いすに乗ったことで、みんなが『長生きしてください、元気で』って言うんだけど、最近兄弟が次々に旅立ったこともあって、今本気で死とどう向き合うかということを考えているんです。

数多く見てきた身近な人の死の中で、特に「衝撃的だった」のが63年12月15日の師匠力道山の死だった。

猪木氏 亡くなったあとに夢にオヤジが出てきたんだよ。『お前、それでいいのか』ってね。64年に米国へ修業に行っても、ときどき出てきた。金縛りにもなった。怖くて、明かりをつけて寝ていたときもあった。それから何十年、もう出なくなったけど、ただ、やっぱりあの世で会ったら、またぶん殴られるのかな。

猪木氏は60年4月、ブラジルでスカウトされ17歳で当時の日本プロレス入り。力道山が亡くなるまで3年半付け人を務めた。

猪木氏 付け人やったから、やたらめったらぶん殴られたわけじゃないが、訓練でたたかれるのは全然問題なかったけど、そうじゃないときのね。もう怨念なんか持ってませんけど。言葉でああしろ、こうしろじゃなくていい生きざまでオレに教えてくれたのが大きいと思いますね。あの人は商売がうまかったけど、オレは反対の生き方。オヤジとは違う生き方をしたいと思っていました。

力道山が亡くなり、兄弟弟子だったジャイアント馬場と猪木氏は、たもとを分かつことになる。

猪木氏 (馬場とは)5歳違いますから。あっちは巨人軍で扱いとか違いますから。そういう意味で(力道山は)後継者づくり、本当に真剣に考えていたんじゃないですか。本家と分家ですよ。本当は、魂は別にして、我々は分家という対立構造ははっきりしていた。

猪木氏が興した新日本と馬場が興した全日本は、外国人の引き抜き合戦など激しい興行戦争を展開。その過程で、猪木はムハマド・アリ戦などの異種格闘技路線や、東京ドーム大会などビッグマッチを仕掛け、力道山の遺伝子ともいえるプロデュース感覚を培った。

猪木氏 最近、(元全日本の)小橋建太と初めて話をしたけど、力道山時代の我々が先輩から聞かされたような話をしていた。それは大事な遺伝子と言えると思う。私は力道山の遺伝子をみんな分かって理解してもらいたいと思うけどね。

今、話題となっている31日、RIZIN14大会でのフロイド・メイウェザー対那須川天心戦をどう見るのか。その試合は、かつて世界中に注目された猪木-アリ戦と比較されるが。

猪木氏 アリ戦のときは、オレこそ世界一だとか、ボクシングとプロレス、どっちが強いのかとか、テーマがあった。そういうテーマがなく、ただただ客寄せのためのパフォーマンスかって感じがするね。

「人を驚かせることが好き」という猪木氏は、来年の抱負を魅力の「魅」と書いた。車いすの上でもまだまだ闘魂に衰えはない。【取材・構成=桝田朗】

60年4月、ブラジルから17歳の新弟子猪木を伴って帰国した35歳の力道山

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全日黄金期築いた田上明氏、胃の全摘手術受けていた

川田利明プロデュースの大会で、川田(右)とのトークバトルに参戦したかつての盟友田上明氏

全日本プロレスで活躍したレジェンド、川田利明(54)がプロデュースするプロレス興行「FOLY WAR」新宿大会が1日、新宿FACEで行われ、全日本の四天王時代の盟友・田上明氏(57)が参戦した。

2人は、第4試合のトークバトルで“対戦”。近況は、全日本時代の思い出に花を咲かせた。2人は、川田が天龍源一郎の元で、田上がジャンボ鶴田の軍団に属し敵対関係にあったが、その後タッグも組み、三沢光晴、小橋建太と全日本の四天王として黄金期を築いた。

タッグパートナーとして川田は「組むようになって随分楽だった。気を使わないで、自分の自由に戦えた」と振り返った。これに対し田上は「オレは気を使ったよ」と返し、会場は大爆笑。2000年、全日本から三沢、田上らが大量離脱した際には、田上が川田に電話して、一緒に移籍するように勧めたという裏話も披露。川田は「あのとき電話をくれたのは田上さんだけ」となつかしんだ。

川田はラーメン店、田上はステーキ居酒屋を経営し、お互いの店を行き来する仲だという。川田は、4月に胃がんのため胃の全摘手術を受けたという田上に対し「いい飲み友だちだから、しっかり健康管理して、タバコもやめてください」と気遣っていた。

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前田日明「魂で動け」病床の高山善広に熱烈エール

高山支援大会の終了後、会場のファンに病床からビデオメッセージでお礼の言葉を述べた高山善広

<TAKAYAMANIA:後楽園大会>◇8月31日◇後楽園ホール◇観衆1500人(超満員札止め)

頸椎(けいつい)完全損傷で首から下が動かなくなったプロレスラー高山善広(51)を支援するTAKAYAMANIA大会が行われ、高山の復活を支援しようと、団体の垣根を越えてトップレスラーが集結した。全日本の秋山準、大森隆男、諏訪魔やノアの丸藤正道、杉浦貴らが熱戦を展開。前田日明もリングに登場し「高山! プロレスラーの体は神経で動くんじゃない。魂で動くんだよ。魂で体を動かして、このリングに戻って来い!」とマイクで熱いメッセージを送った。

大会は実行委員会の中心として活動する鈴木みのるがメインの6人タッグに登場。場外乱闘では、解説席にいた佐々木健介氏、小橋建太氏が鈴木に逆水平チョップを見舞うなど、会場を沸かせた。

新日本の永田裕志、天山広吉は試合後、涙を浮かべ、天山は「ふざけんな! 早く戻って来い! リングでさしでやろうぜ」と呼び掛けた。02年、03年と新日本の東京ドームで高山と激闘を演じた永田は「高山、もう1回やろうよ。対戦成績は2勝2敗だから、決着つけに来いよ」と声を絞り出した。

高山は病床からビデオメッセージで登場し「足を蹴る感覚がちょっと出てきているのが分かったので、鈴木みのるを蹴るビッグブーツが出来るのを楽しみに待っています。それを履いて、鈴木みのるを蹴りに行くから、待ってろ」と、しっかりした口調でコメントし、超満員の客席から大歓声が上がった。

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坂口征二「かわいがってもらった」馬場夫人しのぶ

馬場元子さんのお別れ会で、馬場さんと元子さんのパネル写真の前に集合した新旧プロレスラー

 4月14日に亡くなった故ジャイアント馬場さんの夫人で元全日本プロレス社長の馬場元子さん(享年78)のお別れの会が18日、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急で行われた。

 新日本の坂口征二相談役や、衆議院議員の馳浩氏、天龍源一郎氏、小橋建太氏、グレート小鹿、全日本の現役レスラーら約160人が集まり、故人をしのんだ。坂口相談役は「馬場さん、元子さんには弟のようにかわいがってもらった。馬場さんが亡くなったときは、最後にお顔を見せてもらった。本当にありがとうございました」と話した。

馬場元子さんのお別れ会で、献花台に花を供え、元子さんの遺影に手を合わせる新日本の坂口征二相談役

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馬場元子さんお別れ会、馳浩氏「お世話になった」

馬場元子さんのお別れ会で、馬場さんと元子さんのパネル写真の前に集合した新旧プロレスラー

 4月14日に亡くなった故ジャイアント馬場さんの夫人で元全日本プロレス社長の馬場元子さん(享年78)のお別れの会が18日、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急で行われた。

 会には新日本の坂口征二相談役や、衆議院議員の馳浩氏、天龍源一郎氏、小橋建太氏、グレート小鹿、全日本の現役レスラーら約160人が集まり、故人をしのんだ。会場には、馬場さんの子ども時代のアルバムや、チャンピオンベルト、元子さんの旅行かばんや、ブレスレット、馬場さんのイラストをあしらったスマートフォンのケースなどが展示されていた。坂口相談役は「馬場さん、元子さんには弟のようにかわいがってもらった。馬場さんが亡くなったときは、最後にお顔を見せてもらった。本当にありがとうございました」と話していた。また、馳氏は「1985年にジャパンプロレスに入ったときも、1996年に全日本プロレスに入ったときも、元子さんには変わらずお世話になった」と話していた。

馬場元子さんのお別れ会で、献花台に花を供え、元子さんの遺影に手を合わせる新日本の坂口征二相談役
馬場元子さんお別れの会の会場に展示された馬場さんと元子さんの若かりしころの写真

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休業中川田利明、4・26にプロデュース大会開催

4月26日に新木場1stRingでプロレス興行をプロデュースする川田利明(撮影・桝田朗)

 全日本プロレスで活躍し、現在休業中の川田利明(54)が13日、都内で会見し、4月26日に新木場1st Ringで自身がプロデュースする大会を開催すると発表した。

 川田は全日本で故三沢光晴さんや小橋建太氏らと熱戦を展開し、田上明氏と全日本四天王として黄金期を築いた。10年を最後に飲食店経営と体のケアに専念するため、プロレスを休業していた。

 川田は「自分が体がガタガタでリングに上がれない中、今までになかったリングを届けられたらという思いで」と大会開催への思いを語った。具体的には「ボクたちがやっていた時代、その中で生きた人間と、現代のジャンルの選手をうまく組み合わせられたら。6試合ぐらいで、女子プロレスもあえてあってもいいかな」と説明した。出場選手はこれから声を掛けるという。「思っていることを全部できなくても、これが何かの始まりになれば。その後もできたら続けていきたい」と希望を口にした。

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デビュー25周年秋山、大森組が世界タッグ王座獲得

<全日本:横浜大会>◇21日◇横浜文化体育館

 秋山準(48)大森隆男(48)組が、25周年記念大会で世界タッグ王座を獲得した。

 92年にプロデビューし、10月が誕生日の2人は、セミファイナルで関本大介、伊東竜二の大日本プロレスコンビと同王座決定戦で対戦。関本の逆水平チョップや、ラリアットを胸を張って受け止めた秋山が、最後は必殺のエクスプロイダーで関本を沈めた。

 試合前には、25周年記念セレモニーで、先輩の小橋建太や、川田利明らから花束を受け取った。また、同じく25周年を迎え、千葉・東金で記念大会を戦った新日本プロレスの永田裕志、中西学からビデオによるコメントも届いた。区切りとなる大会でベルトを手にした秋山は「やったというよりベルトを巻く責任感が強い。この年でベルトを巻いて、まだまだ動かないといけない」と自分を鼓舞していた。また大森は「試合前にお花をいただいて、力が入った。横浜で小橋さんや川田さんと試合をやったことを思い出した」と感慨深げに話していた。

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