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春日山親方が年寄「待乳山」を襲名

「待乳山」を襲名した春日山親方(2013年4月5日撮影)

日本相撲協会は7日、春日山親方(元前頭武州山)が同日付で年寄「待乳山」を継承、襲名したことを発表した。

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待乳山親方定年退職 チケット担当手売りからネットまで「若貴すごかった」

待乳山親方(2010年5月16日撮影)

大相撲の待乳山(まつちやま)親方(元小結播竜山)が4日に70歳の誕生日を迎え、日本相撲協会を定年退職した。三保ケ関部屋に入門し、15歳で初土俵を踏んでから55年。「この業界にずっとお世話になって、肩の荷が下りたというか、やり遂げたという感じですね。一言で55年と言いますが、こんなにやったのかと。いろんなことがありました」と振り返った。

現役時代の最高位は小結。横綱北の湖、大関北天佑とともに三保ケ関部屋をもり立て、北の湖の土俵入りの際は露払いなどを務めた。33歳で引退後は、部屋付き親方として後進の指導に当たってきた。

相撲界での一番の思い出には、病気で苦しんだ時期を挙げた。「昭和53年は上り調子で、一番いい時の54年に肝炎にかかった。体がやせ細り、黄疸(おうだん)が出て目も黄色くなった。体重は140キロ以上あったのに、25キロくらいやせましたからね。部屋の関取衆も、ばたばた倒れた」。1979年春場所ごろから三保ケ関部屋で流行性A型肝炎がまん延し、幡竜山ら10人以上が入院。名古屋場所は医師の許可を得て強行出場したものの連敗し、3日目から休場。その3場所後、幕下に陥落し、そこから1年かけて幕内に復帰した。

「今でも思い出すけど、病院の窓から外を見て、表を歩いている人がうらやましかった。もうダメかと思ったけど、そこから復活して幕内に戻ったんです」。どん底の時に励ましてくれた女性がのちの妻で、「ミス着物」にも選ばれたことがある真知子さんだった。

引退後は、長期間にわたってチケット担当として国技館の入場券売り場に詰めた。現金での手売りのみだった時代から始まり、カード払いや、チケットぴあなどネットを介した販売に移行する時期をすべて経験した。

今では考えられないが、1マスで4人が座れるチケットを売ることが、当時のデジタル化では難題だったという。「例えば、あるマス席を売る時、1つの席にチケットが4枚ある。コンピューターでは、これがダブルブッキングになってしまってできないんです。そういう面で苦労しました」。

チケットが売れる時も、売れない時も経験した。「若貴の時は、勢いがすごかった。手売りの時代です。売り出しの日は、国技館のエントランスに売り場を設置すると、お客さんがばーっと並ぶ。通路の下から上まで人が来ました」。15日間分が、わずか1日で売り切れた時代だった。

今はコロナ禍にあり、観客の上限を設けておきながらも、チケットが余る日は珍しくない。待乳山親方は「コロナが収まっても、すぐに(客足が)戻るわけではない。一からまたやり直しになると思う。心配ですよ」と今後を案じた。

今後については「ゆっくり考えたこともなかったですけどね。人生の区切り。のんびりしようとかと思うけど、さみしい面もありますよ」。まずは9日から始まる夏場所を、テレビで見ながら楽しむという。【佐々木一郎】

◆播竜山孝晴(ばんりゅうやま・たかはる)本名・田口孝晴。1951年(昭26)5月4日生まれ、兵庫県出身。三保ケ関部屋に入門し、1966年11月初土俵、74年7月新十両、75年3月新入幕。敢闘賞1回、十両優勝4回。引退後は、部屋付き親方に。三保ケ関部屋閉鎖後は、春日野部屋へ転籍した。

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三保ケ関部屋が千秋楽「寂しい」/秋場所

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇29日◇東京・両国国技館

 大相撲の横綱北の湖や大関北天佑らを生んだ伝統の三保ケ関部屋が秋場所千秋楽で幕を閉じた。

 三保ケ関親方(元大関2代目増位山)が九州場所中の11月16日に65歳の定年を迎え、後継者もいないことから今場所限りの消滅は既に決まっていた。

 ロシア出身の幕内阿覧ら力士8人、待乳山親方(元小結播竜山)や行司らは同じ出羽海一門の春日野部屋へ移籍予定。10月3日の日本相撲協会理事会で決定する。

 父で先代師匠(元大関初代増位山)から1984年11月に部屋を引き継いだ三保ケ関親方は「寂しいの一言。やり切ったという達成感よりも、無事に終えられた安堵(あんど)感の方が大きい」と述べた。

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三保ケ関部屋が秋場所限りで消滅

78年3月 優勝パレードで手を振る北の湖(左)と旗手を務め同乗した増位山

 大相撲の横綱北の湖や大関北天佑らを生んだ三保ケ関部屋が秋場所(15日初日・両国国技館)限りで消滅することが13日、分かった。三保ケ関親方(64=元大関2代目増位山、本名沢田昇、兵庫県出身)が11月の九州場所中に65歳の定年を迎え、継承者がいないことから幕を閉じる。

 部屋にはロシア出身の幕内阿覧ら力士8人を含め、待乳山親方(元小結播竜山)や行司、呼び出しら計14人がいる。移籍先は所属する出羽海一門内で調整する。三保ケ関親方は「秋場所が終わったら、きちんと発表したい」と述べた。

 角界では横綱初代若乃花や横綱輪島らを輩出した花籠部屋が昨年5月、横綱大鵬らが育った二所ノ関部屋がことし1月に閉鎖、伝統を誇る部屋が相次いで消滅した。

 三保ケ関部屋は元大関初代増位山が1950年に再興、北の湖や息子の2代目増位山、北天佑らを育てた。84年11月の定年に伴って現師匠が父から継承。11日に引退した元大関把瑠都は平幕時の2006年7月まで在籍した。

 ◆三保ケ関部屋 江戸時代から大正まで続いた「大坂相撲」時代が起源。第8代三保ケ関(十両滝ノ海)の急死によって1度、部屋の力士らは出羽海部屋へ移った。だが、現三保ケ関親方(元大関増位山)の父の大関増位山が第9代三保ケ関を襲名して50年に再興した。親子2代大関のほか、横綱北の湖や大関北天佑らを輩出。11日に引退した元大関把瑠都も平幕時代の06年7月まで在籍していた。

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三保ケ関部屋が秋場所限りで消滅

 大相撲の横綱北の湖や大関北天佑らを生んだ三保ケ関部屋が秋場所(15日初日・両国国技館)限りで消滅することが13日、分かった。三保ケ関親方(64=元大関2代目増位山、本名沢田昇、兵庫県出身)が11月の九州場所中に65歳の定年を迎え、継承者がいないことから幕を閉じる。

 部屋にはロシア出身の幕内阿覧ら力士8人を含め、待乳山親方(元小結播竜山)や行司、呼び出しら計14人がいる。移籍先は所属する出羽海一門内で調整する。三保ケ関親方は「秋場所が終わったら、きちんと発表したい」と述べた。

 角界では横綱初代若乃花や横綱輪島らを輩出した花籠部屋が昨年5月、横綱大鵬らが育った二所ノ関部屋がことし1月に閉鎖し、伝統を誇る部屋が相次いで消滅した。

 三保ケ関部屋は元大関初代増位山が1950年に再興させ、北の湖や息子の2代目増位山、北天佑らを育てた。84年11月の定年に伴って現師匠が父から継承した。11日に引退した元大関把瑠都は平幕時代の2006年7月まで在籍した。

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無料公開に入場整理券の配布検討

 大相撲の長い歴史で前例のない無料公開。放駒理事長(元大関魁傑)が「いろいろな問題が出てくる」と心配するように、課題が山積している。

 運営面で懸念が強いのが、安全面の管理だ。4人一組で座る升席は大部分が1升約4万5000円と高値なだけに、いい席を希望して、ファンが殺到する恐れもある。関係者によると、相撲協会は入場整理券の配布などで対応を検討。今後は管轄の警視庁本所署とも連携して対策を練るという。

 また、単なる早い者勝ちとなると、高齢者などは土俵近くで楽しめなくなる恐れがある。入場券売り場担当の待乳山親方(元小結播竜山)は「いいときも悪いときも支えてくれたファンの方が入れないというケースだけは避けたい」と話すように、工夫が必要だろう。

 財政面でも痛手だ。1場所十数億円といわれる本場所収入の主な財源となる入場料収入を、春場所に続いて失う。このほか、観客にお土産や弁当などを売る相撲案内所からは、相撲協会の不祥事に起因する無料公開だけに、補償を求められる可能性もある。東京開催場所の責任者である出羽海事業部長(元関脇鷲羽山)は「当然そういう話になるだろうが…」と覚悟している様子だった。

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白鵬54連勝、双葉山までM15/秋場所

54連勝を決めた白鵬は九重親方(左)から祝福され満面の笑顔を見せる

<大相撲秋場所>◇7日目◇18日◇両国国技館

 横綱白鵬(25=宮城野)が「ウルフ」を抜いた。小結稀勢の里(24)にヒヤリとする場面もあったが、冷静に押し出して初場所14日目から54連勝。6日目に並んだ千代の富士を抜き、戦後トップの連勝記録を樹立した。この日は白鵬の奮闘ぶりもあり、今場所初の「満員御礼」。7日目まで「大入りなし」となれば、40年ぶりとなるピンチも救った。昭和以降1位の69連勝双葉山まで、あと15。孤高の横綱は、勝ち続けることでファンを魅了している。

 偉大な先輩を泣かせた。白鵬が支度部屋を出ると、元横綱千代の富士の九重親方が待っていた。「おめでとう。これから1つ1つ頑張れよ」。先輩横綱がつくった戦後最多の連勝記録を22年ぶりに更新。ガッチリと握手した九重親方に、思わず「スイマセンでした」と頭を下げた。「親方の目、潤んでいたね。うれしいのか悔しいのか、どっちかな」。得意げな笑みを浮かべて「恩返し」を喜んでいた。

 悲鳴のち大歓声だった。稀勢の里の徹底した突きに、まわしを取れない。うまくいなされると、前のめりになった。「足はそろっていたけど、下半身は安定してますから」。体勢を立て直し、押し出すと、苦笑いを浮かべた。「(硬さが)あったんじゃないかな。いや、ありましたね」と反省したが、作り上げた下半身とハートは盤石だった。無事に初場所14日目から54連勝とした。

 強さが協会のピンチを救った。この日、ようやく「満員御礼」の垂れ幕が下りた。7日目にして今場所初。17日に全体の約3割、3304枚が残っていたが、この日は当日券だけで1323枚売れた。チケット担当の待乳山親方(元小結播竜山)は「当日券がすごく売れた。息つく暇もなかった。横綱を見たい、という方が多いのでしょう」と、うれしい悲鳴を上げた。

 賭博問題の影響で、今場所は前売りから苦戦する。7日目まで「大入りなし」ならば、東京場所として99年秋場所以来だった。現在は約9割の入りで出す「大入り」だが、当時は「完売」が条件。協会関係者は「99年も現在の基準なら15日間大入りだった。同じ扱いは厳しい」という。それ以前の不入りは、8日目に「初大入り」だった70年秋場所。実に“40年ぶり”の汚名が懸かった日を、偉業達成でしのいだ。

 白鵬も大歓声に「気持ち良かったです」と感謝した。客席には、白鵬が「観光大使」を務める北海道・滝川の田村弘市長(64)ら14人の応援団もいた。6月、地元神社での大使任命式の際、白鵬の周辺をハチが飛んでいた。普通なら嫌がる光景も、白鵬は「頭の上でハチが8の字でまわった。大自然が歓迎している」と喜んだ。また、作付面積日本一の「菜の花」が満開だと知ると、めったに写真をせがまない白鵬が「日本一だから」と記念撮影をせがんだという。以降、負け知らずの横綱に、市関係者は「横綱が縁起のいい場所と言ってくれる」と胸を張る。

 験も担ぎながら、心技体も充実する。双葉山の持つ昭和以降最多の69連勝まで、あと15とした。初場所14日目から過ごす「早いような長いような」239日間。「1日1日努力して土俵に上がるだけ」という白鵬には、不滅と言われた記録も夢物語ではなくなってきた。【近間康隆】

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大相撲秋場所初日チケット3割売れ残り

 5年ぶりのピンチ! 12日に初日を迎える秋場所(両国国技館)のチケットが売れていない。11日午後4時現在で、初日の残券は全体の約3割となる3122枚。昨年秋場所の912枚や今年夏場所の1685枚を大きく上回った。東京場所で初日の残券が3000枚を超えるのは、3710枚だった05年秋場所以来。このままでは東京場所では同じく05年秋場所以来となる「初日満員御礼なし」になる可能性が高い。

 初日だけでなく、通常ならこの時期に売り切れている千秋楽も完売していない。5年前の不調時は横綱朝青龍が7連覇している最中で、あまりの強さに「客離れ」が嘆かれたころ。今回は賭博問題の影響が大きいと思われるが、強すぎる白鵬も一因か? チケット担当の待乳山親方(元小結播竜山)は「取組のいい時は、ここから売れる。(頼みは)白鵬だけだよね」と、あくまで強さを発揮して連勝を伸ばすことを望んでいた。

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