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白鵬が8年8カ月ぶり一人横綱、照ノ富士昇格で4大関に/夏場所新番付

横綱白鵬(2021年3月15日撮影)

日本相撲協会は26日、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。

横綱は、鶴竜(現鶴竜親方)が引退したため白鵬(36=宮城野)だけとなった。番付上の一人横綱は12年秋場所の白鵬以来、8年8カ月ぶり。優勝制度が制定された1909年(明42)夏場所以降、一人横綱は宮城山、玉錦、大鵬、北の富士、千代の富士、北勝海、曙、朝青龍、白鵬と9人いるが、一人横綱経験者が再度、一人横綱になるのは初めてとなった。

大関は、照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が再昇進したことで、19年名古屋場所(豪栄道、高安、貴景勝、栃ノ心)以来の4大関となった。照ノ富士は17年秋場所以来、21場所ぶりの復帰。大関復帰は19年九州場所の貴景勝以来、昭和以降では11人目(栃東が2回あるため12回目)。平幕陥落後の大関復帰は77年春場所の魁傑以来で、序二段陥落後の大関復帰は史上初めて。東の序列2番目の正代(29=時津風)は今年初場所以来、2度目のかど番で臨む。

三役陣は4人。先場所、小結だった高安(30=田子ノ浦)が、7場所ぶりの関脇に復帰した(三役は4場所連続)。西の関脇は、新三役から4場所連続で隆の勝(26=常盤山)。小結は西から東に回った御嶽海(28=出羽海)が3場所連続(三役は6場所連続)、西は先場所に続き大栄翔(27=追手風)が就いた。

大相撲夏場所は、5月7日予定の取組編成会議で初日と2日目の対戦相手が決定。9日の初日を迎える。

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直球より魔球、話題得てナンボ/榊原CEOに聞く2

日刊スポーツの取材に応じた榊原信行CEO(撮影・松熊洋介)

新たなスター誕生へ、第2章が始まる。21日に行われる総合格闘技のRIZIN27大会(愛知・日本ガイシホール)に向け、榊原信行最高経営責任者(CEO、57)が日刊スポーツの取材に応じ、思いを語った。

   ◇   ◇   ◇

榊原氏は、トップ選手の戦いだけでなく、ビジネス面も考え、新たなファン層の獲得にも力を入れてきた。

あらゆるジャンルの中で「一番強いのは誰か」というコンセプトを大事にしてきた。これまでも元大相撲の曙やサップなど毎回、さまざまなジャンルで知名度のある選手に声をかけ、大会を盛り上げてきた。昨年末にはユーチューブで120万人の登録者数を持つシバターが参戦。公式サイトの試合の再生回数は、朝倉兄弟らを抑えてトップの数字をたたきだしている。

榊原氏 最強を決める緊張感のある戦いも評価されるが、それよりも注目されたのはシバター。圧倒的に数が多い。純粋なキャリアとしては出られる力ではないが、志とチャレンジ精神が多くの人に共感を得ている。世界的にもそうだと思う。「RIZINっていつもおもしろいことやるな」と言われるように。そこは大事にしている。

いろいろなスポーツをミックスした異種格闘技戦を目指してきたが、徐々に競技化されてきた。選手たちは総合格闘技(MMA)の中で勝つために戦略を重ね、トレーニングに励む。ランキングを決め、勝てば上位の選手と対戦していくオートマチックなシステムにも「変化がないし、(世間は)飽きているかもしれない」と人気低下を危惧する。

榊原氏 ストレートではなく、魔球のようなものを投じて、世界を振り向かせていきたい。コツコツやっている選手からすると、話題先行で出てくる選手には「ふざけるな」と思うかもしれないが、世間と向き合う以上は、話題を取ってナンボ。強くなることだけがトップアスリートに求められるものじゃない。格闘技は、野球やサッカーのように浸透したものではない。視聴率が上がって、チケットが売れるなら、僕らは何の照れもなく出場機会を与えると思う。

昨年末にはレスリング五輪銀メダリストの太田が参戦。オリンピアンだけでなく、アマチュアの選手たちの中には格闘技に興味を抱く選手も多いという。

榊原氏 メダリストになれば、セカンドキャリアの道もあるが、五輪が終わったら、食べていけなくなる選手も出てくると思う。日本全国に勇気を与えようとしていたその熱い思いを、格闘技で生かしてみてはどうかと。そういうチャレンジはぜひ応援したい。

もちろん、世界で活躍できる強い選手を作り出すことが最優先ではあるが、ビジネスとしての成功がなければ、存続は不可能。人気と実力のバランスを考えながら、榊原氏は日々模索し続けている。(終わり)

【松熊洋介】

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東関部屋が春場所最後に消滅 精神的負担がネックか

東関親方(2020年1月30日撮影)

日本相撲協会は12日、東京・両国国技館で理事会を開き、4月1日付で東関部屋の師匠である東関親方(元小結高見盛)や力士6人ら全員が、八角部屋に転属することを承認した。また、同日付で東関部屋を封鎖することも承認した。

東関親方は19年12月に先代東関親方(元前頭潮丸)が死去したことに伴い、部屋付き親方だったことから、昨年1月に部屋を継承。ただ、部屋の運営には師匠としての精神的負担から難色を示し、関係者によれば1年ほどの“暫定的”な継承として師匠の座を引き継いだという。高砂一門内で次期継承者を模索したが、後任選びは難航していた。

今回の承認を受けて、東関親方は協会を通してコメントを発表した。「私なりに精進して参りましたが、部屋の力士たちにとって、よりよい環境などを求め、八角理事長に相談させて頂き、3月場所を最後に東関部屋を封鎖して、力士たちと八角部屋に転属させていただく決断をいたしました」と部屋移籍および封鎖の経緯を説明した。

東関部屋は、ハワイ出身で高砂部屋付きだった12代東関親方(元関脇高見山)が、86年2月に高砂部屋から分家独立して東京・東駒形に創設。横綱曙、高見盛や潮丸らの関取を輩出した。09年6月の定年後は、当時小野川親方の先代東関親方が部屋を継承。話題を集めた人気部屋だったが、大相撲春場所(14日初日、東京・両国国技館)を最後に、約35年の歴史に幕を閉じることになった。

東関部屋の入口(2021年2月6日撮影)

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東関部屋が春場所を最後に閉鎖か、継承者選びが難航

東関部屋を継承し、報道陣の取材に対応する東関親方(2020年1月30日撮影)

外国人力士のパイオニアが創設し、優勝11回の横綱を輩出した東関部屋(東京都葛飾区柴又)が、大相撲春場所(3月14日初日、東京・両国国技館)を最後に、閉鎖される可能性があることが8日、関係者への取材で分かった。

現師匠である東関親方(44=元小結高見盛)の後任選びが難航しているためで、このままの状況が続けば約35年の歴史に幕を閉じるという。

東関親方は、19年12月に41歳の若さで死去した先代東関親方(元前頭潮丸)の死去に伴い、部屋付き親方だったことから、年明けの昨年1月、部屋を継承した。ただ、部屋の運営には師匠としての精神的負担から難色を示し、関係者によれば1年ほどの“暫定的”な継承として師匠の座を引き継いだという。

そのため高砂一門内で、次期継承者を模索。先代高砂親方(現錦島親方=元大関朝潮)の定年に伴い、高砂部屋を継承しなかった若松親方(元前頭朝乃若)らが候補に挙がったが、不調が続き現状では候補者不在。前述の「1年間」のリミットが切れる状況では、部屋封鎖もやむなしの方向で話が進んでいるという。

東関部屋は、ハワイ出身で高砂部屋付きだった12代東関親方(元関脇高見山)が、86年2月に高砂部屋から分家独立して東京・東駒形に創設。外国出身者による初めての部屋で、ジェシーの愛称で人気を博したこともあり話題を集めた。同じハワイ出身の曙が横綱に上り詰め、高見盛や潮丸らの関取を輩出。09年6月の定年後は、当時小野川親方の先代東関親方が部屋を継承。18年1月に現在の部屋に移転した。

現在の部屋は、地域活性化の狙いで誘致した葛飾区が、区有地を有償で貸し出した土地に建築された。行政側との問題なども残り「完全には(撤退は)決まっていないが、その方向にはある」と関係者は話し、その際には東関親方と力士6人は、同じ高砂一門の八角部屋(師匠=元横綱北勝海)に移籍する方向性も示されているという。

○…部屋の存続問題について東関親方は、電話取材に「自分がどうこう言っても悪い方にとられてしまう。正直、ノーコメントです」と話した。14日初日の春場所が迫っていることもあり「場所も近いし余計なことは言いたくありません」とも付け加えた。コロナ禍で力士の生活環境も厳しい状況が続く。「自分も力士も外出はしてませんが、こんな状況ですから、いつ感染するかもしれない。(いつ感染するか分からないという)覚悟はしています」と予断を持たずに責務を全うする姿勢を示した。

◆東関大五郎(あずまぜき・だいごろう)本名・加藤精彦、元小結高見盛。1976年(昭51)5月12日、青森・板柳町生まれ。99年春場所で幕下付け出しデビュー。00年名古屋場所で新入幕。愛称は「ロボコップ」。13年初場所で現役を引退し同年10月に年寄「振分」を襲名、20年1月に年寄「東関」を襲名して部屋を継承

東関部屋の入口(2021年2月6日撮影)
東関部屋の外観(2021年2月6日撮影)

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WWEビッグショーがAEWへ電撃移籍「興奮!」

米プロレスWWEで活躍したビッグショー(49=本名ポール・ワイト)がライバル団体のオール・エリート・レスリング(AEW)に移籍したと24日(日本時間25日)、発表された。米メディアによるとWWEとの契約交渉が合意に至らず、先月いっぱいで契約切れとなっていたという。AEWとは複数年契約を結び、レスラーだけでなく、解説者としても期待されている。同団体にはケニー・オメガ、クリス・ジェリコ、ジョン・モクスリー、コーディ・ローデス(Cody)らが在籍している。移籍発表後、ビッグショーは自身のSNSを通じ「信じられないほど興奮している!!!」とコメントした。

95年にハルク・ホーガンにスカウトされ、WCW入りしたビッグショーは当時、身長213センチの巨人ぶりに「ザ・ジャイアント」のリングネームで活躍。WCWヘビー級王座を2度獲得した。99年2月からWWEに参戦し、WWE世界ヘビー級王座などシングル王座を次々と獲得。05年のレッスルマニア21大会では格闘家に転向した曙と相撲マッチで対戦し、日本でも話題となった。

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貴景勝「勝たなきゃ意味ない」3連敗で昇進絶望的

北勝富士(左)に突き落としで敗れ、肩を落とす貴景勝(撮影・菅敏)

<大相撲初場所>◇3日目◇12日◇東京・両国国技館

大関貴景勝(24=常盤山)は今場所後の横綱昇進が絶望的となった。平幕の北勝富士に突き落としで敗れて、初日から3連敗。両横綱の休場などにより高いレベルの優勝が求められる中、自身初の綱とり挑戦は極めて厳しい状況となった。平幕の大栄翔が、正代を破って初日から3日連続で大関を撃破。朝乃山も敗れて3大関が総崩れとなった。

  ◇   ◇   ◇

四つんばいに崩れ落ちた貴景勝は5秒間、顔を上げることができなかった。北勝富士との激しい押し合い。いなしで何度も体勢を立て直すが、相手の左おっつけを我慢できない。支える左足の甲が返った勢いで、左膝が崩れ落ちた。右胸に広がる相手の鼻血が激闘を物語るものの「勝たなきゃ意味がない」。綱とり場所で初日から3連敗。悲願成就は大きく遠ざかった。

横綱昇進をあずかる審判部の伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)が場所前に求めていた「高いレベルでの優勝」は、現実的ではなくなった。幕内後半戦の高田川審判長(元関脇安芸乃島)は、この日の内容について「どこでいなそうか考えていたと思う。何も考えずに前に出ればいいのに」と、消極的な取り口に疑問符を打つ。現時点での綱とりの見解については「1日一番ですから。(判断は)トータルで見てみて」と明言は避けた。

狭き門なのは承知の上だった。場所前に貴景勝は「いい経験をできると思っている。みんなが綱とりを経験できるわけでもない」と、重圧の中でも前向きな姿勢を示していた。綱とり初挑戦での昇進は、平成以降では曙、朝青龍、鶴竜とわずか3人。「そんなに甘くない」と、覚悟を決めて臨んでいた。

痛恨の3連敗で場所後の昇進は困難となったが、長い目で見れば、最高位への道は閉ざされたわけではない。3大関では最年少の24歳。苦い経験を糧に、気持ちを切り替える。【佐藤礼征】

▽八角理事長(元横綱北勝海) 貴景勝は張り手1発で決めよう、ではなく冷静に自分の相撲を粘り強く取りきるんだ、という気持ちが大事。勝ちたい気持ちは分かるが空回りしている。3大関には元気を出してほしい。(3連勝の)大栄翔と阿武咲の対戦を乗っている時に見てみたい。変にまとまらず思い切りがいい。

▽幕内後半戦の高田川審判長(元関脇安芸乃島) (貴景勝と北勝富士の一番について)お互い引きもなく気合の入ったいい相撲だった。貴景勝は、どこでいなそうかと考えていたんだと思う。何も考えずに思い切り前に出ればいい。(綱とりについては)1日一番、トータルで見ていく。

北勝富士(右)を激しく攻める貴景勝(撮影・河田真司)
貴景勝(右)を突き落としで破った北勝富士(撮影・河田真司)

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シバター恨み節「皇治さんが逃げた。生放送枠が…」

RIZIN26大会参戦に向け、やる気満々のシバター

人気YouTuberで格闘家やプロレスラーとしても活動するシバター(35)が、参戦決定した大みそかRIZIN26大会(さいたまスーパーアリーナ)に向けて言いたい放題だ。

29日にオンラインでの選手インタビューに登場。対戦相手は明かされず「X」のまま、第3試合に組まれた。

RIZIN参戦への反響を問われ「おかげさまで、ほぼ毎日、YouTubeで急上昇、いろんな媒体さんの記事がヤフーに挙がっていて盛り上がっているのがわかる。裏メインではないですか!」といきなり自画自賛。皇治との対戦カードが実現せずに途中頓挫したという自らの主張を崩さず「皇治さんとやる、で話が進み、皇治さんが逃げたと。おかげで生放送枠がやるはずだったのが、残念だなと。本当は生放送枠でやりたかった」と恨み節を展開した。その一方、既に皇治戦は、それほど興味がないとも口にした。

結果的にフジテレビの生放送枠から外れたが、自身の存在感は興行に大きく貢献できると強調。「今回はコロナ(ウイルス)があって、RIZINも会場で席をつぶしている。ソーシャル・ディスタンスでパンパンにしていない。どこで(金銭的な)穴埋めするかはPPVとか。そこでおそらく、どのRIZINファイターよりも、自分が売り上げ貢献するのでは。間接的にファイトマネーを出しているのがシバターだと思いますよ」とふてぶてしく笑った。

対戦相手はXのまま、当日までは明かされない。ルールや契約ウエートも判明しないまま、30日の前日計量に臨む。シバターは「減量は今回、しませんでした。誰がくるかわからないし、自分よりも大きい人がくるかもしれないし、ナチュラル体重です」と自然体を貫く。現在、来日しているとされる元K-1ファイター、ピーター・アーツ(オランダ)の名を挙げ「サップ-曙以上のKO劇が見ることができるぞ。ハイキックでぶっ飛ばされるシバターが見られるぞ」と盛り上げた。

自らの「青春だった」と振り返るPRIDEの流れをくむRIZIN参戦となる。04年に格闘技ジムに入門し「早い段階で自分の限界がわかってきた。夢を諦めるじゃないですけど、大舞台で戦うレベルの選手にならないのは正直、20歳代に身をもって感じました。諦めた夢だった」という。YouTuberとして成功し、猛アピールで実現した夢舞台への参戦。「思わぬ形でかなって。本当にチャンスをもらえたのは光栄」。大好きな格闘技愛を前面に押し出し、大暴れするムードを漂わせていた。

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鶴竜が日本国籍取得 歴代横綱では白鵬に続き4人目

鶴竜(19年1月撮影)

大相撲の横綱鶴竜(35=陸奥)が日本国籍を取得したことが、10日付の官報で告示された。年寄名跡の襲名には日本国籍が必要で、現役引退後に親方として日本相撲協会に残る資格を得た。

外国出身の歴代横綱で日本国籍を有するのは、米国出身の曙、武蔵丸(現武蔵川親方)、現役の白鵬に次いで4人目。モンゴル出身では白鵬のほかに同国勢初の師匠となった友綱親方(元関脇旭天鵬)らがいる。

鶴竜は01年九州場所で井筒部屋から初土俵を踏み、14年春場所後に第71代横綱に昇進した。先代井筒親方(元関脇逆鉾)の死去に伴い、19年9月に陸奥部屋へ移籍。通算6度の優勝経験を持つが、3場所連続休場となった11月場所後の横綱審議委員会で「注意」を決議された。

◆親方になる条件 日本国籍を有することと、現役時代の実績が求められる。年寄を襲名して新たに部屋を興すには<1>横綱、大関経験者<2>三役通算25場所以上<3>幕内通算60場所以上。部屋の継承は<1>幕内通算在位12場所以上など。部屋付きの親方は<1>小結以上<2>幕内通算在位20場所以上<3>十両以上の通算在位30場所。また引退後、横綱は5年、大関は3年に限り現役時のしこ名で年寄として協会に残れる。

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貴景勝-志摩ノ海1敗対決、大関対幕尻平成以降4例

竜電(左)を下手出し投げで破る志摩ノ海(撮影・河田真司)

<大相撲11月場所>◇12日目◇19日◇東京・両国国技館

幕尻の快進撃が止まらない。東前頭17枚目の志摩ノ海(31=木瀬)が竜電を下手出し投げで下し、1敗を守った。幕内での11勝は自己最多。13日目は結びで大関貴景勝との「1敗対決」が組まれた。

初優勝が現地味を帯び、地元の三重・志摩市もバタバタの優勝準備を開始した。

◆幕尻の大関戦 平成以降では90年春場所12日目の大関小錦-久島海、91年夏場所12日目の大関霧島-両国、07年九州場所13日目の大関千代大海-把瑠都、今年の初場所千秋楽の貴景勝-徳勝龍の4例で、勝ったのは徳勝龍だけ。幕尻が出場最高位の力士と対戦するのは00年春場所の貴闘力(13日目に横綱武蔵丸、14日目に横綱曙と対戦して連敗)と、今年初場所の徳勝龍に次いで3人目。

竜電(手前左)を下手出し投げで破った志摩ノ海(撮影・河田真司)

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「不撓不屈」貴花田は難解四字熟語/大関昇進の口上

大相撲秋場所千秋楽 勝ち名乗りを受ける正代(2020年9月27日撮影)

「大関正代」が四字熟語で生きざまを示す。30日に行われる11月場所(8日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を経て、大関昇進伝達式が行われる。大相撲秋場所で初優勝を果たし、大関昇進を確実にした関脇正代(28=時津風)は同式で述べる口上について「今後の自分の生き方」を示す、四字熟語を用いることを明かした。

◆四字熟語を使った大関昇進時の口上 初代貴ノ花、北の湖、千代の富士、今年の朝乃山は「一生懸命」というシンプルな四字熟語を入れてきた。難解な四字熟語の代表例は、貴花田の「不撓不屈(ふとうふくつ)」や貴ノ浪の「勇往邁進(まいしん)」、琴奨菊は「万理一空」。四字熟語ではないが、近年では11年九州場所後に稀勢の里が「大関の名を汚さぬよう、精進します」と簡潔に述べた。

<平成以降の大関昇進の口上>

▼霧島(90年夏場所)「稽古に精進し、大関の名を汚さぬよう一生懸命頑張ります」

▼曙(92年名古屋場所)「大関の名を汚さぬよう、稽古に精進します」

▼貴花田(93年春場所)「今後も不撓不屈の精神で相撲道に精進します」

▼若ノ花(93年秋場所)「今後も一意専心の気持ちを忘れず、相撲道に精進いたします」

▼武蔵丸(94年春場所)「日本の心を持って相撲道に精進いたします」

▼貴ノ浪(94年春場所)「今後は、相撲道に勇往邁進する所存です」

▼千代大海(99年春場所)「大関の名を汚さぬように相撲道に精進、努力致します」

▼出島(99年秋場所)「力のもののふ(士)を目指し、精進、努力します」

▼武双山(00年夏場所)「大関として常に正々堂々、相撲道に徹します」

▼雅山(00年名古屋場所)「大関の名を汚さぬよう、初心を忘れず相撲道に精進、努力します」

▼魁皇(00年秋場所)「大関の地位を汚さぬよう、稽古に精進します」

▼栃東(02年初場所)「大関の名に恥じぬよう、稽古に励み、努力精進いたします」

▼朝青龍(02年秋場所)「大関の名に恥じぬよう、一生懸命頑張ります」

▼琴欧州(06年初場所)「大関の名に恥じぬように、稽古に精進します」

▼白鵬(06年夏場所)「大関の地位を汚さぬよう、全身全霊をかけて努力します」

▼琴光喜(07年秋場所)「いかなるときも力戦奮闘し、相撲道に精進いたします」

▼安馬(09年初場所)「今後も全身全霊で相撲道に精進します」

▼把瑠都(10年夏場所)「稽古に精進し、栄誉ある地位を汚さぬよう努力いたします」

▼琴奨菊(11年秋場所)「大関の地位を汚さぬよう、万理一空の境地を求めて日々努力昇進します」

▼稀勢の里(12年初場所)「大関の名を汚さぬよう、精進します」

▼鶴竜(12年夏場所)「これからも稽古に精進し、お客様に喜んでもらえるような相撲が取れるよう努力します」

▼豪栄道(14年秋場所)「これからも大和魂を貫いてまいります」

▼照ノ富士(15年名古屋場所)「今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」

▼高安(17年名古屋場所)「大関の名に恥じぬよう正々堂々精進します」

▼栃ノ心(18年名古屋場所)「親方の教えを守り、力士の手本となるように稽古に精進します」

▼貴景勝(19年夏場所)「大関の名に恥じぬよう、武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず、相撲道に精進してまいります」

▼朝乃山(20年7月場所)「大関の名に恥じぬよう、相撲を愛し、力士としての正義を全うし、一生懸命努力します」

※力士名は昇進後のしこ名

優勝賜杯を手にする正代(2020年9月27日撮影)

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翔猿、昼は自分で夜は半沢直樹で「楽しんで」

貴景勝(右)にはたき込みで敗れた翔猿は笑顔を見せる(撮影・河田真司)     

<大相撲秋場所>◇14日目◇26日◇東京・両国国技館

自身初の結びで、初の大関戦。新入幕で快進撃を続ける翔猿は「盛り上がり方が全然違う」と土俵上で興奮していた。

馬力のある貴景勝相手に、立ち合いは正面から思い切りぶつかった。押し込むことはできなかったが、手を出し、足を出してくらいついた。それでも攻略はできず、はたき込まれてトップから陥落。「楽しくてしかたなかった。大関にどれぐらい通用するか思い切りいきました。まだまだ稽古が足りないですね」とやりきった表情を浮かべた。

3敗で優勝争いから後退したが、千秋楽は2敗の正代との対戦が組まれた。勝てば、貴景勝の勝敗次第で優勝決定戦にもつれる。1914年(大3)夏場所での東前頭14枚目の両国以来、106年ぶりの新入幕優勝はまだ途絶えていない。「思い切りいくだけ」と無心で臨む。師匠の追手風親方(元前頭大翔山)は「運がいいというか、乗っている。結果が出てるからいつも以上の実力が出ている。残りはいい意味で調子に乗っていってくれればいい」と弟子の快進撃を期待した。

千秋楽の27日は、毎週欠かさずに見ているTBS系の大人気ドラマ「半沢直樹」の最終回。翔猿は「前座に僕の相撲を見て楽しんでもらって、半沢直樹で締めてもらえれば」と言って、報道陣を笑わせた。泣いても笑っても、残り一番。横綱不在の混戦場所を、歴史的快挙で締めくくるためにも、まずは正代に勝って望みをつなげる。【佐々木隆史】

◆優勝争いの行方 千秋楽結び前の一番で正代が翔猿に勝てば、13勝2敗で正代の優勝が決定。正代が翔猿に敗れ、結びで貴景勝が敗れると、3敗で並んだ正代と翔猿による決定戦。貴景勝が勝って正代、翔猿と並べばともえ戦(3人での優勝決定戦)となる。実現すれば幕内では94年春場所の曙、貴ノ浪、貴闘力以来7度目で、当時は曙が制した。

貴景勝(左)の攻めに耐える翔猿を土俵下で見つめる正代(撮影・河田真司)     

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正代●貴景勝○ならともえ戦に/優勝争いの行方

左から正代、貴景勝、翔猿

<大相撲秋場所>◇14日目◇26日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が、悲願の初優勝に王手をかけた。

2連敗中だった大関朝乃山を圧倒。力強い出足から最後は押し倒し、ただ1人2敗を守った。千秋楽、新入幕の翔猿戦で熊本出身力士初の優勝を決める。

◆優勝争いの行方 千秋楽結び前の一番で正代が翔猿に勝てば、13勝2敗で正代の優勝が決定。正代が翔猿に敗れ、結びで貴景勝が敗れると、3敗で並んだ正代と翔猿による決定戦。貴景勝が勝って正代、翔猿と並べばともえ戦(3人での優勝決定戦)となる。実現すれば幕内では94年春場所の曙、貴ノ浪、貴闘力以来7度目で、当時は曙が制した。

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正代突進V王手、朝乃山へのライバル心で弱気打破

正代(左)は朝乃山を押し倒しで破り2敗を死守した(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇14日目◇26日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が、悲願の初優勝に王手をかけた。2連敗中だった大関朝乃山を圧倒。力強い出足から最後は押し倒し、ただ1人2敗を守った。千秋楽、新入幕の翔猿戦で熊本出身力士初の優勝を決める。大関連破で審判部は「明日の相撲を見ての判断」と結果次第で大関昇進の可能性も示唆。正代が人生最大の大一番を迎える。

   ◇   ◇   ◇

まるで重戦車の突進だった。「最近負けている相手なんで、思い切りいった」という正代の踏み込みは一瞬、大関朝乃山の体を浮かせた。その圧力で横向きにさせると、左でたてみつをつかみ、休まずグイグイ前に出て最後は押し倒した。

「休まず前に出ることを意識した。当たり勝ったんで、止まったらまわしをとられるんで、そのまま出ました」。3連敗から10連勝と勢いづいてきた大関さえも吹き飛ばす破壊力。進撃の相撲でついに単独トップに立った。「素直にうれしいです」と言いながら、表情は全く崩れなかった。

弱気な“ネガティブ力士”から変身のきっかけとなった要因のひとつが、朝乃山への“ライバル心”だった。正代が2歳上だが、同じ学生相撲出身で巡業などでは「人に言えないぐらい、くだらない話をする」仲だ。東農大2年時に学生横綱になった正代が、アマ時代の実績は圧倒。しかし、大相撲の世界では初優勝も、大関の座もあっという間に追い越された。

朝乃山の活躍に「同じ学生相撲出身で悔しい思いはある」とメラメラした思いを隠さなかった。「強い相手とはだれとも対戦したくない」と公言していた男が変わった。地道な努力で大関を連破する立ち合いの馬力を身につけた。「それなりに緊張はするけど、落ち着くところは落ち着いてメリハリができている」。相撲への自信は、精神面の成長にもつながった。

場所前にはなかった「昇進ムード」も急浮上した。高田川審判部副部長(元関脇安芸乃島)は「明日の相撲を見ての判断」と、千秋楽の結果次第で大関昇進の可能性を示唆した。そんな機運を知らずに場所を後にした正代は「(単独トップで千秋楽は)初めての経験ですから。明日になってみないと分からないが明日で終わり。思い切り相撲をとれたらいいと思います」。

故郷の熊本・宇土市では市民体育館で応援会を開催する。前日13日目は20人程度が、この日は100以上の大盛況。熊本出身力士初の賜杯に期待は高まる。初優勝と大関。ダブルの歓喜を目指し、正代が人生最大の一番に臨む。【実藤健一】

▽八角理事長(元横綱北勝海) 正代の馬力勝ち。朝乃山も悪い立ち合いではなかったが浮いた。ちょっと想像できなかった。正代を褒めるべきでしょう。12勝は立派。内容がいい。優勝に近づいたが本当のプレッシャーはここから。新入幕で翔猿も立派。千秋楽は思い切って行けば面白くなる。

▽幕内後半戦の高田川審判長(元関脇安芸乃島) 正代は立ち合いが強い。迷いなく真っ向勝負。小細工がなく好感が持てる。貴景勝は硬くなっていたけど、無難に勝った。プレッシャーはあったと思う。

◆優勝争いの行方 千秋楽結び前の一番で正代が翔猿に勝てば、13勝2敗で正代の優勝が決定。正代が翔猿に敗れ、結びで貴景勝が敗れると、3敗で並んだ正代と翔猿による決定戦。貴景勝が勝って正代、翔猿と並べばともえ戦(3人での優勝決定戦)となる。実現すれば幕内では94年春場所の曙、貴ノ浪、貴闘力以来7度目で、当時は曙が制した。

◆大関への道 昇進目安は三役で直近3場所33勝。しかし、32勝以下での昇進も珍しくない。平成以降では朝乃山、豪栄道、稀勢の里、千代大海が32勝で昇進。また照ノ富士は、昇進3場所前(15年初場所)が平幕で8勝、2場所前(16年春場所)が関脇で13勝の優勝次点だったが、関脇だった16年夏場所を12勝で優勝すると昇進した。正代は今場所13勝でも直近3場所の合計は32勝。しかし八角理事長(元横綱北勝海)は、正代の直近3場所の成績よりも、この1年の安定感を評価している。

正代(左)に押し倒しで敗れる朝乃山(撮影・鈴木正人)

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朝乃山まさかの連敗、照強の足取りにはまり尻もち

朝乃山(左)は立ち合いで照強の変化について行けず足取りで敗れる(撮影・小沢裕)

<大相撲7月場所>◇14日目◇1日◇東京・両国国技館

新大関の朝乃山(26=高砂)が、まさかの連敗を喫してトップに並べなかった。

勝てば2敗の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)と並ぶ照強(25=伊勢ケ浜)との初顔合わせ。立ち合いすぐに潜り込まれてあっさりと左足を取られると、なすすべなく尻もちをついた。背中に大量の土をつけながら起き上がり、意気消沈の表情。照強は2日前にも足取りを決めていたが、その策にはまってしまった。

勝てば史上9人目の新大関優勝の可能性が高まっていただけに、手痛い3敗目。取組後には2日連続で報道陣のリモート取材には応じなかった。

千秋楽は結びで3敗同士の正代と対戦する。その1つ前の取組で照ノ富士が御嶽海に勝つと優勝が決まってしまうため、自身の優勝のためには他力に頼るしかなくなった。

◆優勝争いの行方 千秋楽で照ノ富士が御嶽海に勝てば、その時点で照ノ富士の優勝が決まる。御嶽海が勝った場合は、照ノ富士、御嶽海、朝乃山-正代の勝者によるともえ戦(3人での優勝決定戦)となる。実現すれば幕内では94年春場所の曙、貴ノ浪、貴闘力以来7度目で、当時は曙が制した。

照強に足取りで敗れ、苦笑いを浮かべ土俵から引き揚げる朝乃山(撮影・河田真司)

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正代が照ノ富士撃破、リスク覚悟もろ差しで初V望み

土俵際の攻防 正代(手前)が照ノ富士を攻める(撮影・鈴木正人)

<大相撲7月場所>◇14日目◇1日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が「混沌(こんとん)の千秋楽」に持ち込んだ。単独トップだった元大関の照ノ富士を寄り切り、自身も初優勝の可能性をつないだ。同じ関脇の御嶽海も3敗を守り、結びで大関朝乃山が照強に敗れる波乱で4人が優勝争いに残った。正代か御嶽海が優勝すれば、13日目終了時点でトップとの2差を覆す史上初の大逆転劇となる。異例の場所で最後にドラマをもたらすか。

   ◇   ◇   ◇

興奮を抑えられない。照ノ富士を寄り切った正代はほえるように右の拳を振り上げた。「好調な相手だったんで、前の日の夜から気合が入っていた。そういうのが出てしまったと思います」。結果も内容も完璧な相撲に感情が爆発した。

「(対策は)いろいろ考えたけど、一番納得できる相撲は、自分は立ち合いなんで」。勝負をかけた立ち合いはもろ差し。左上手を許してもかまわず前に圧力をかけ、絶妙なタイミングの引き技でバランスを崩す。逃さず右を差し、最後は土俵下まで吹っ飛ばした。

もろ差しは照ノ富士に抱え込まれるリスクもあった。「きめられることも頭にあったが、中途半端に当たって持っていかれるなら、思い切って前に出ようと集中していた」。13勝を挙げた今年初場所、14日目に徳勝龍に土俵際で突き落とされ、星1つ差で賜杯を逃した。勝ちを意識して足が出ず、逆転された相撲を反省した。味わった悔しさがこの日の相撲につながった。

自ら可能性をつないだ。「(優勝は)意識しても硬くなる。頭の片隅に置いておくぐらいで」。可能性がある4人でただ1人、優勝の経験がない。追う立場でもあり、気持ちは楽に臨める。「千秋楽なんで、楽しめればいいかなと思います」。その千秋楽は結びで大関朝乃山に挑む。先に照ノ富士が敗れていれば、決定戦への生き残りをかけた一戦。そして賜杯が現実になれば、13日目終了時点で2差から初の逆転劇となる。

故郷の熊本・宇土市では毎場所、正代が勝つと3発の花火が打ち上がる。もちろんこの日も。豪雨被害に見舞われた熊本の人々は願っている。【実藤健一】

◆優勝争いの行方 千秋楽で照ノ富士が御嶽海に勝てば、その時点で照ノ富士の優勝が決まる。御嶽海が勝った場合は、照ノ富士、御嶽海、朝乃山-正代の勝者によるともえ戦(3人での優勝決定戦)となる。実現すれば幕内では94年春場所の曙、貴ノ浪、貴闘力以来7度目で、当時は曙が制した。

◆2差逆転優勝 1場所15日制が定着した49年夏場所以降、13日目終了時点で2差から逆転優勝した例はない。12日目終了時点からは4例、11日目終了時点からは8例、10日目終了時点からは5例ある。2差を追いつき優勝決定ともえ戦になったのは65年秋場所のみ。同場所は11日目終了時点で1敗の横綱大鵬を、2敗で平幕の明武谷、3敗の横綱柏戸らが追いかけ、千秋楽で横綱佐田の山、柏戸、明武谷が12勝3敗で並んだ。ともえ戦で連勝した柏戸が優勝した。

正代に寄り切りで敗れ座り込む照ノ富士(撮影・鈴木正人)

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Vかけ照ノ富士は御嶽海、朝乃山は正代と 千秋楽

正代に敗れたが、朝乃山も敗れたため2敗で単独トップを守った照ノ富士(撮影・河田真司)

<大相撲7月場所>◇14日目◇1日◇東京・両国国技館

日本相撲協会の審判部は大相撲7月場所14日目の1日、打ち出し後に翌日の千秋楽の取組編成会議を行った。2敗目を喫するも単独トップのままとなった平幕の照ノ富士は3敗の関脇御嶽海と、3敗に後退した新大関の朝乃山は同じ3敗の関脇正代との対戦が組まれた。

照ノ富士(2敗)-御嶽海(3敗)

正代(3敗)-朝乃山(3敗)

照ノ富士は勝てば優勝。御嶽海が勝つと、照ノ富士、御嶽海、正代-朝乃山戦の勝者、による優勝決定ともえ戦になる。

◆優勝争いの行方 千秋楽で照ノ富士が御嶽海に勝てば、その時点で照ノ富士の優勝が決まる。御嶽海が勝った場合は、照ノ富士、御嶽海、朝乃山-正代の勝者によるともえ戦(3人での優勝決定戦)となる。実現すれば幕内では94年春場所の曙、貴ノ浪、貴闘力以来7度目で、当時は曙が制した。

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千代の富士5発で沈めた小錦/記者振り返るあの瞬間

84年9月、秋場所14日目、千代の富士(右)に押し出しで勝った小錦

<スポーツ担当記者 マイメモリーズ(50)>

真っ暗な会場に蛍の光が流れ、観客もペンライトを振りながら歌う。ドームのお別れコンサートではない。中心には羽織はかまや締め込み姿の大男がいた。蔵前国技館最後の場所となった84年秋場所千秋楽。しんみりとしたフィナーレも、初日前から何かざわつき、列島を騒がせた場所だった。

場所前に立ち合い研修会があり、必ず両手をつく正常化が打ち出された。マラソンのスタートのような立ち腰、自分勝手な立ちしぶりなどが目立っていた。春日野理事長と二子山理事長代行という栃若の厳命に、力士は神妙ながら戸惑った。実際に場所ではチョン立ちで不成立とされ、5度仕切り直した一番もあった。

夏場所全勝優勝で復活した北の湖が、首を痛めて3日目から休場した。千代の富士、隆の里の両横綱に、2度目の横綱挑戦の若嶋津も早々に土がついた。全勝ターンは平幕多賀竜だけ。土俵は腰が据わらず、落ち着きがなかった。

混沌(こんとん)とする中、終盤戦に大旋風が起きた。入幕2場所目の小錦が10日目に勝ち越し、優勝戦線に生き残っていた。11日目には隆の里を押し出し、横綱初挑戦で初金星を挙げる。入門してまだ2年2カ月も破壊力抜群だった。

さらに若嶋津の綱とりを阻み、次期大関候補大乃国も撃破する。14日目には千代の富士をもろ手突き5発で吹っ飛ばした。多賀竜に1差で、千秋楽に大逆転Vがかかった。黒船襲来。300年の国技を揺るがすと言われた激震となった。

当時の記者クラブは別棟2階にあった。片隅に昼寝できる畳敷きスペース、雀卓も置かれていた。支度部屋ではたばこが吸え、力士は素足で床に踏みつけて消していた。おおらかだが、閉鎖的でもあった。

当時の外国人力士は9人で、多くの親方衆は否定的だった。ハワイ生まれの若造に次々と看板力士が倒されて「日本人の恥」とまで言った親方もいた。小錦も「協会はこれね」と頭の両脇に指を立ててみせた。「怒ってるでしょ。外国人がダメなら入れなければいい。力士になったボクは勝つだけ」と言ったものだ。

72年名古屋場所で外国人初優勝の高見山は夏場所で引退していた。バトンを受けた後輩の快進撃。大関、横綱も現実味を帯びたが、結果的に琴風に敗れて優勝はならず。翌九州場所はケガで途中休場。協会幹部は胸をなで下ろし「相撲は甘くない」と言い放った。

その後は大けがもあり、大関になったのは3年後の87年夏場所後だった。89年九州場所で初の賜杯も手にしたが、横綱の座は遠かった。ハワイの後輩の曙にも追い抜かれた。大関陥落決定の黒星は、横綱曙に喫したもの。陥落後はしのびない土俵もあった。

それでも200キロを超す巨体から爆発させた、驚異のパワーは衝撃の記憶だ。今も世界中で人種差別が問題となっている。角界でその壁を乗り越え、外国人初の大関となった。あの蔵前の悔しさが始まりで、両国国技館でのモンゴル全盛への道筋も作ったと言えるだろう。【河合香】

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涙は隠れて…「横綱白鵬」誕生/夏場所プレイバック

優勝を決め部屋に戻った白鵬はタイを両手に満面の笑み(2007年5月26日)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。14日目は、4人目の外国出身力士横綱の誕生です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇14日目◇2007年5月26日◇東京・両国国技館

勝ち名乗りを受けた後の土俵下。こみ上げるものを必死にこらえるように、2階席に視線をさまよわせた。「ふーっ」と肩で息すること7回。今度は、乾いた唇をなめながら目を閉じた。

「弱いとこ見せちゃダメ。涙は隠れて出すものなんだ」

貫いてきた哲学そのままに、大関白鵬は心の中で涙を流した。

大関千代大海を寄り切りで破り、無傷の14連勝。2場所連続3度目の優勝を果たし、横綱昇進を確実にした。圧倒的な強さの要因を「もちろん、家族です」と即答。2月に紗代子夫人と結婚し、初日3日前には長女愛美羽(あみう)ちゃんが誕生した。綱取り場所のナーバスな時期。部屋での寝泊まりを勧める周囲に首を横に振った。

「奥さんがいたから、ここまでこれた。頑張って赤ちゃんを産んでくれたから僕が頑張る番なんです」

実は出産後、夫人は体調を崩した。それでも顔色ひとつ変えず土俵を務め続けた。

千秋楽に横綱朝青龍を破り、自身初の全勝優勝を果たした。そして場所後に、日本相撲協会が名古屋場所の番付編成会議と理事会を開き、白鵬の第69代横綱昇進を決定。外国出身力士の横綱は曙、武蔵丸、朝青龍以来4人目で、22歳2カ月での昇進は北の湖、大鵬に次ぐ史上3番目(昭和以降)の若さとなった。

以降、無類の強さを見せ続け、今年3月の春場所で44度目の優勝を果たすなど、横綱昇進から13年たった今も角界を引っ張り続けている。

千代大海を寄り切りで破り優勝を決めた白鵬(2007年5月26日)

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武双山、214日ぶり勝ち越し/夏場所プレイバック

95年5月21日、大相撲夏場所の殊勲賞と敢闘賞を受賞した武双山

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった5月24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。11日目は、ケガから完全復活した大関候補(当時)です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇11日目◇95年5月17日◇東京・両国国技館

13勝を挙げた94年秋場所以来、214日ぶりに怪物武双山が勝ち越しを決めた。大関候補から一転、度重なるケガにより平幕に陥落して2場所目。大関若乃花の右からのおっつけを、右からおっつけ返して押し出しで破る会心の相撲で完全復活を証明した。「久しぶりですからね、勝ち越すのは。場所前はとにかく勝ち越せればと、それだけ考えていましたから」と笑顔を見せた。

関脇だった昨年秋場所は優勝次点で、大関とりが期待された同年九州場所前に左肩を亜脱臼した。以降、脱臼の再発を繰り返し、思うような力が出せず。年明けの初場所は途中休場、春場所は全休と歯がゆい思いが続いた。そして満を持して出場した今場所でようやく勝ち越し。取組後の支度部屋で、場所前の連合稽古で胸を借りた横綱曙から「おめでとう。よかったな。完全復活したな」と声をかけられ、頭を下げた。

13日目には横綱貴乃花から金星を獲得するなどして11勝を挙げた。さらに殊勲賞と敢闘賞を獲得。千秋楽を白星で飾れなかったが「勝ち越しが目標だったけど、やっぱりうれしいですね」と勝ち越しと三賞獲得、そして自身の復活の喜びをかみしめた。

この時の武双山は、まだ入門3年目。大関昇進は、この5年後のことだった。

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7月開催へ、感染予防徹底し前向く/大ちゃん大分析

高砂親方(2019年12月24日撮影)

2カ月に1度、奇数月に当たり前のようにあった大相撲の本場所がなくなりました。好角家のみなさんも寂しい日々が続いていることでしょう。そこで日刊スポーツでは本誌評論家の高砂親方(元大関朝潮)に、部屋の近況や開催を目指す7月場所に向けての思いなどを「大ちゃん大分析~特別編~」として語ってもらいました。不定期掲載となるのはご容赦を…。

   ◇   ◇   ◇

前回は、夏場所中止が決まった翌日にこのコラムを書かせてもらった。あれから3週間がたち、いろいろなことが起こった。角界で三段目の尊い命が奪われてしまったのは本当に悲しいことだった。あらためて新型コロナウイルスの恐ろしさを感じさせられた。だから緊急事態宣言が全国で解除されても、これまで通り気を緩めることなく粛々と送る生活の中で、感染予防は徹底している。

同時に7月場所に向けて徐々に、稽古の強度は上げていこうと思う。うちの部屋は2週間ほど前から、ぶつかり稽古など接触を伴う稽古も始めている。ただ春場所から7月場所まで約4カ月も空くから、ペース配分も大事だ。そこは師匠のさじ加減で抑え気味にしている。稽古時間も2時間、土曜日は四股だけで日曜日は休養日にしている。

最近は稽古時間以外で、弟子たちが縄跳びをよくやっている。昔から取り入れていたトレーニングの一環で、昔は曙(元横綱)に勧めたこともあった。相撲協会の公式ツイッターで朝乃山が、部屋の屋上で跳んでいるシーンを見た人もいるでしょう。ストレス発散も力士たちはよく考えていると思う。我々も7月開催を信じて、前向きな姿勢で進みたい。(日刊スポーツ評論家)

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