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高山勝成敗れる 4年9カ月ぶり世界戦も厳しい現実/ラウンド詳細

王者ソトと戦う高山(USA TODAY Sports=ロイター)

<プロボクシング:WBO世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦>◇8日(日本時間9日)◇米国テキサス州アーリントン

WBO世界ライトフライ級11位の高山勝成(37=寝屋川石田)が同級王者エルウィン・ソト(24=メキシコ)に挑んだ。

【リングイン】まずは挑戦者の高山が入場した。赤いキャップ、黒いガウン姿で、ロッキーのテーマに乗ってリングインした。グローブは金。王者ソトは黒いキャップをかぶり、足早にリングに入った。こちらのグローブは王者ながら珍しく青だった。

【1R】高山が足を動かしながら左回りし、小刻みにパンチを繰り出していく。ソトは初回から強打を振り、1分すぎに右ストレートでぐらつかせた。さらに残りわずかで左ストレートを見舞い、連打を繰り出して圧倒した。

【2R】高山が左ジャブ、連打で先手をとろうとするが、有効打は奪えない。ソトは左ボディー。終盤右ストレートからの連打で押し込んだ。

【3R】高山は左右ボイディーなど手数では上回るが、ソトは両腕で堅いガード。じりじり詰めながら、大ぶりのパンチを打ち込む。残り10秒でロープに追い込んで連打を浴びせた。

【4R】高山の手数、ソトの強打の流れは変わらず。ソトの右オーバーハンドが2度ヒットする。高山も終盤接近戦で左右ボディーを打ち込んで反撃した。

【5R】高山がジャブからのコンビネーションで攻め込んでいくが、ソトの堅いガードをなかなか崩せない。接近戦となると、休まず連打を打ち込んでいった。

【6R】高山がせわしなくパンチを出し、ソトが攻めきれない。2分すぎにソトのワンツーが決まり、高山がぐらつく。終盤果敢な打ち合いでソトのアッパーが決まった。

【7R】劣勢の高山だが手も、足も止まらない。小刻みなパンチでペースをつかみ、ゴング後には両腕を突き上げた。

【8R】高山が休まずに攻め続ける。ソトは疲れかペースダウンしているが、右ストレート、左アッパーを決める。高山も右ストレートを決めて反撃した。

【9R】1分半すぎにソトがワンツーを決めて追い込んでいく。さらに連打を顔面に見舞う。高山も押し返していくが、まったく手が出ない。防戦一方の展開に、レフェリーが試合を止めた。納得がいかない高山は、セコンドに促され、リング中央でシャドー。まだ続行できたとアピールした。

◇  ◇  ◇

前日6日に計量をクリアした高山は「無事に計量をクリアできて安心しました。明日の試合でベストを尽くし、世界タイトルを奪取します」とコメントしていた。急なオファーで決まった試合で、減量を含めた調整期間はわずか3週間だった。

ミニマム級で世界主要4団体を制し、アマチュアで東京五輪を目指したがかなわずプロに再転向した高山にとって、約4年9カ月ぶりの世界戦。勝てば、37歳11カ月で世界王座奪取は日本男子最年長となる。

王者ソトは18勝(12KO)1敗の戦績を誇り、若く勢いがある。高山は32勝(12KO)8敗1無効試合。

王者ソトと戦う高山(AP)
王者ソトと戦う高山(AP)
王者ソトと戦う高山(AP)
リングインする高山(AP)

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50歳華吹が白星発進、初場所では116年ぶり勝ち越しの偉業

華吹(右)は琴大興を寄り切りで破る(撮影・小沢裕)

<大相撲夏場所>◇初日◇9日◇東京・両国国技館

現役最年長、50歳の西序二段94枚目華吹(はなかぜ、立浪)が、1番相撲で西序二段95枚目琴大興(26=佐渡ケ嶽)を寄り切り、白星発進した。

右四つから下手で振って体を寄せた。

初場所では東序ノ口9枚目で勝ち越し、50歳以上で勝ち越しは116年ぶりという偉業を成し遂げた。今場所は歴代最多を更新する通算210場所目。5月28日に51歳の誕生日を迎える。

華吹(右)は琴大興を寄り切りで破る(撮影・小沢裕)
初日を白星で飾り勝ち名乗りを受ける華吹(撮影・小沢裕)

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ボクシング寺地拳四朗「一方的な試合に」 24日今年初の国内男子世界戦

計量を終えた王者寺地(左)と挑戦者の久田(2021・4・23 大阪市内 代表撮影)

コロナ禍で今年、国内で男子初の世界戦が24日にエディオンアリーナ大阪で行われる。WBC世界ライトフライ級タイトルマッチで王者寺地拳四朗(29=BMB)と挑戦者の同級1位久田哲也(36=ハラダ)は23日、大阪市内で前日計量に臨み、ともにクリアした。新型コロナウイルス感染症拡大防止で関西では大阪、兵庫、京都に25日に緊急事態宣言が発出される。その前日に行われる世界戦は、入場者制限をした有観客で行う。

   ◇   ◇   ◇

見えない敵に屈するわけにはいかない。コロナ禍が拡大している大阪でボクシングの世界戦を行う。大阪府が要請している緊急事態宣言の発出は25日。ギリギリで開催する興行に、プロモーターの真正ジム山下正人会長(59)は「明日は通常通りで、有観客で開催したい」。当初から会場の収容人数の半分以下、2200人を想定しており、前売りで約2000人分が売れているという。その観客の期待に応えるべく、全力を尽くす。

男子の世界戦は国内で今年初となる。山下会長は「コロナで厳しい中でも、選手の頑張りを無駄にはできない」と話していた。過酷な減量を伴う、ボクサーの試合までの調整は厳しさしかない。その努力を「無」にするわけにはいかない。

王者の寺地は、リミットを300グラム下回る48・6キロでクリアした。「余裕を持って調整してきて、代謝で落ちただけ」と余裕の表情を見せる。7度目の防衛に成功した19年12月以来、約1年半ぶりの実戦となるが「(試合のプランは)圧勝ですね。一方的な試合にします」と宣言した。

出口が見えないコロナ禍で苦しむ人たちを勇気づけたい。「コンディションはすごくいいです。KOにはこだわらないが、自然の流れで」。同カードは当初、昨年12月19日に予定も、王者側のトラブルで延期となっていた。その責めも負うだけに気合が入る。

世界戦で初めてメインを務める。「メインとかあまり意識しません。いつも通りやるだけ」。コロナ禍の大阪で「戦う」魂を見せつける。【実藤健一】

○…挑戦者の久田が勝てば36歳6カ月、日本選手最年長での世界王座戴冠となる。前日計量を48・9キロのリミットでクリア。「コンディションはいいです。早めに調整できた」と自信を示した。無敗の王者に対し、自身は10敗を喫している。「何度も泥水をすすってきていて、苦しい状況でも最後まであきらめずに戦う。そこが自分の強みだと思う」。2度目の世界挑戦で遅咲きが歴史を刻む。

前日計量をクリアした王者寺地(2021・4・23 大阪市内 代表撮影)

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元年俸120円Jリーガー安彦考真が格闘家デビュー戦でKO勝ち

「EXECUTIVE FIGHT 武士道」格闘家デビュー戦を白星で飾りポーズを決める安彦考真(撮影・小沢裕)

<EXECUTIVE FIGHT~武士道~>◇16日◇東京・八芳園

夢のRIZIN出場へ好スタートを切った。元年俸120円Jリーガーで、昨年から格闘家に転向した安彦考真(43)が、デビュー戦(2分×2回)で勝利を飾った。

安彦はサンボマスターの曲に乗って勢いよくリングに上がった。リングアナに名前を呼ばれると大きく右手を挙げた。相手はタイガーマスク姿で登場した会社役員の佐々木司(38)。1回から「練習してきた」という左の前蹴りを多用し、相手のボディにダメージを与え続け、ダウンを奪った。2回もコーナーに追い込み右、左と強烈なパンチを浴びせ続け、2度のダウンを奪い、KO勝ち。自信のあるスタミナで圧倒した。

勝利後、佐々木と笑顔で握手をした安彦は「タイガーマスク、むちゃくちゃ強かった。40歳で全部捨てて、Jリーガーを目指した。点は取れなかったけど、3年間やり遂げた。格闘技ではみんなウエルカムで受け入れてくれた」と力強く語った。

40歳でJリーグに、43歳で格闘技に挑戦した。自分だけでなく見ている人たちにメッセージを届けたい。「人生をかけて戦うことで40歳になってもまだやれるんだ、ということを思ってくれたら」と覚悟を持って挑んだ。J3水戸では年俸0円で契約。「ほとんど収入はなかった」。1カ月2万円の寮で生活し、昼食は寮の白飯を容器に入れて練習場に持って行くなどして、毎日を過ごした。スポンサーを自分で探し、1年後にようやくまとめて払うことができた。現在も自分で“営業”し、支えてくれる人たちとの付き合いを大事にする。「格闘技はサッカーと違って、ファンに対する向き合い方が違うと思う。品評会みたいなもので、お客さんがいて成り立つし、自分のパフォーマンスを評価してくださいという感じで評価を委ねる。ファイトマネーはいらないと思っている」。先月には若手アーティストの展覧会に行き、メッセージ性の強い作品を目の当たりにして、自分の生き様と重ね合わせた。

目標とする大みそかのRIZIN出場の可能性が見えてきた。試合を観戦した広報の笹原氏からは「いつかリングに上がることを期待している」とエールをもらった。安彦は「このままRIZINに向かいたいと思います。お願いしても出られる大会ではないので、僕にお願いしてください」と笹原氏に頭を下げた。「格闘技は本当に楽しい」。さらなる成長を重ね、大みそかのリングまで突き進む。【松熊洋介】

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結ぶも開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退した。

「EXECUTIVE FIGHT 武士道」2R、格闘家デビューした安彦考真(左)は佐々木司にKO勝ちを収める(撮影・小沢裕)
「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビューした安彦考真(左)は佐々木司にキックを放つ(撮影・小沢裕)

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元年俸120円Jリーガー安彦考真16日格闘家デビューへ「バチバチに」

16日に行われるEXECTIVE FIGHT~武士道~の前日計量を行った安彦考真(右)と対戦相手の佐々木司(撮影・松熊洋介)

第2のアスリート人生をスタートさせる。「年俸120円Jリーガー」としてJ3YSCC横浜などでプレーし、昨季限りで現役引退して格闘家へ転向した安彦考真(43)が、16日の格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビューする。15日、前日計量を行い、1発でパスした後に会見を行った安彦は「思いっ切りバチバチにぶつかり合いたい」と決意を語った。

昨年12月の転向宣言後、ジムや自宅でのトレーニングを重ね、今大会のプロデューサーでもある元K-1王者の小比類巻貴之氏(43)のもとでパンチやキック、膝蹴りなどの指導を受けてきた。指導した小比類巻氏も「センスがある。キックはもちろんだが、石の拳みたいなパンチを持っている」と破壊力のある攻撃に太鼓判を押す。練習では前蹴りを強化した。「外からの蹴りは相手も対策をしてくる。(前蹴りは)自然と出る感じで、パンチを警戒している状態では相手にも見えにくいと思う」と明かす。

同大会は、公式大会出場経験がほとんどない、格闘技好きな選手による戦いで、ほとんどが会社経営者。小比類巻氏は「自分で道を切り開いてきた社長さんが仕事以外の部分で必死に戦う姿を見せたい」と話す。敵同士別のグループに分け、別々に合宿を行い、顔合わせはこの日が初めて。「試合まで仲良くしない方が絶対におもしろい」と、素人同士のがむしゃらなぶつかり合いが魅力だという。

安彦の相手は、会社役員でこちらもデビュー戦となる佐々木司(38)。この日の前日会見ではあこがれのタイガーマスクの姿で登場。控えめながら「アピールポイントはスピードとテクニック。弱っちい僕でもしっかり練習すればできるところを見せたい」と闘志を見せた。安彦と対戦希望の選手が多い中、佐々木を相手に決めた小比類巻氏は「強い相手を用意した。どちらが勝つか分からない」と好勝負を期待した。安彦はマスク姿の相手をにらみ付け「まだ顔も見ていない。試合でもヘッドギアで顔が見られない。倒してリング上でマスク剥がしてやろうかと」とあおった。

高3で単身ブラジルに渡るなど、思い立ったらすぐに行動に移すタイプ。「10回の素振りより、1回のバッターボックス」の精神で突き進んできた。03年に一度引退し、コーチや通訳、サッカースクールの運営に携わるなど、多方面で活動。17年に39歳で復帰し、40歳でJ2水戸と年俸0円でのプロ契約を結んだ。その後のYSCC横浜では年俸120円。現在も自らが広告塔となり、個人でスポンサーを獲得して生計を立てている。「自分たちは表現者。お願いしても出られる場所じゃない。お客さんに理解してもらわなければ価値は生まれない」。3月に若手アーティストの展示会に訪れた際に、メッセージ性の強い作品を目の当たりにし、自分の生きざまと重ね合わせたという。

格闘技の魅力を「リミットを外すことができて、納得するまで魂をぶつけられる。サッカーと違って本能のままにぶつかっていける」と話す。いずれはRIZIN出場を夢見る43歳。これまでも他のスポーツ界からの参戦を受け入れてきた榊原CEOも「キックはすごいだろう。強みを生かして第2のチャレンジになれば、ドラマはあるし、多くの共感を得ることができる」と語っており、大みそかのリングに上がる可能性もゼロではない。「人生をかけて戦う。知らない人にも見てもらって、まだ自分にもできることがあるじゃないか、と思ってくれたら」。厳しい練習を重ね、打ち合いへの恐怖感も消えた。さまざまな世界を渡り歩いてきた安彦に怖いものはない。【松熊洋介】

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結ぶも開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退した。

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ゴルフ大好きグレート小鹿、松山偉業に感激「池ポチャにはオレが冷や汗」

グレート小鹿(2020年3月16日撮影)

松山英樹(29=LEXUS)が、日本男子ゴルフ界悲願のマスターズ優勝を果たした。これを受けて、国内最年長現役レスラーのグレート小鹿(78=大日本)も、松山の偉業に感激した。

「いやあ、感動するね。これまで、ジャンボ尾崎や青木功とか、多くの日本人が越えられなかった壁を越えて、グリーンジャケットに袖を通した。途中、15番で池ポチャしたときは、オレが冷や汗かいたよ。2日連続で早起きして、眠いけど、朝早くから日本国民に感動を与えてくれて、うれしいね」としみじみと話した。

米国でレスラーとして活躍していた1968年。ジョージア州アトランタで試合をしているときに、マスターズの存在を知った。

「米国でゴルフのすごい大会をやっているって。そのあと、ジャンボ尾崎が来るようになって、注目していたもんだよ。ジャンボ鶴田が来ていたときには、尾崎と会えないかって、いろいろ手配したんだよ。結局実現しなかったけど」

自身も、現役時代は1週間に5回プレーするほどのゴルフ好きだった。全日本時代は、ジャイアント馬場の運転手として、巡業のたびに全国のゴルフ場を回った。「馬場さんが、ゴルフ場の名前の入ったステッカーを集めるのが趣味で、ステッカー収集用のアルバムを何冊も持って回ったものです」。

「次に生まれ変わったらゴルファーになりたいと思った時期もあった。ゴルフは面白いね。松山は今日も試練を乗り越えて頑張った。彼の表情が印象的だったね。失敗しても“しまった”っていう顔をしないし、表情が変化しない。オレからみたら、とても安心感があった」と、松山のプレーに感動しきりだった。

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現役最年長50歳の華吹敗れる 春場所は2勝5敗

所作する華吹(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇28日◇東京・両国国技館

現役最年長、50歳の西序二段77枚目華吹(はなかぜ、立浪)が、7番相撲で東序二段74枚目千代剣(17=九重)に敗れ、2勝5敗で今場所を終えた。

左をのぞかせて右を引っ張り込むも、力なく寄り切られた。

先場所は東序ノ口9枚目で勝ち越し、50歳以上で勝ち越しは116年ぶりという偉業を成し遂げた。今場所は歴代最多を更新する通算209場所目。5月28日に51歳の誕生日を迎える中、奮闘している。

取組後は取材に応じなかった。

千代剣(右)の攻めを耐える華吹(撮影・鈴木正人)
千代剣(後方)に寄り切りで敗れる華吹(撮影・鈴木正人)
土俵を引き揚げる華吹(撮影・鈴木正人)

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50歳華吹が2勝目、26歳琴大興をはたき込み

華吹(21年1月撮影)

<大相撲春場所>◇12日目◇25日◇東京・両国国技館

現役最年長、50歳の西序二段77枚目華吹(はなかぜ、立浪)が、6番相撲で今場所2勝目を挙げた。

西序二段68枚目琴大興(26=佐渡ケ嶽)との24歳差対決。右で張って上手を求めにいくと互いに動きが止まり、相手が前のめったところでタイミングよくはたき込みを決めた。5番相撲で負け越しが決まったが、星を2勝4敗とした。

先場所は東序ノ口9枚目で勝ち越し、50歳以上で勝ち越しは116年ぶりという偉業を成し遂げた。今場所は歴代最多を更新する通算209場所目。5月28日に51歳の誕生日を迎える中、奮闘している。

取組後は取材に応じなかった。

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50歳華吹が今場所初白星、16歳松木に上手投げ

松木を上手投げで破り、勝ち名乗りを受ける華吹(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇8日目◇21日◇東京・両国国技館

現役最年長、50歳の西序二段77枚目・華吹(はなかぜ、立浪)が、今場所の初白星をあげた。

3連敗で迎えた4番相撲。16歳の松木を立ち合い、右上手で組み止め、強引に投げを打って仕留めた。

先場所は東序ノ口9枚目で勝ち越し。50歳以上で勝ち越しは116年ぶりという偉業を成し遂げた。今場所は歴代最多を更新する通算209場所目。5月28日に51歳の誕生日を迎えるが、まだまだ諦めない姿勢を土俵で示した。

取組後、取材には応じなかった。

松木(手前)の攻めに耐える華吹(撮影・河田真司)
松木(下)を上手投げで破る華吹(撮影・河田真司)
松木(下)を上手投げで破る華吹(撮影・河田真司)

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52歳永田裕志の春終わる「悔しい」敗戦も会場拍手

新日本プロレス尼崎大会 コーナーのSANADA(右)に襲いかかる永田裕志(新日本プロレス提供)

<新日本:尼崎大会>◇14日◇兵庫・ベイコム総合体育館

天山、小島ら同世代の思いを背負った最年長、永田裕志(52)の春が終わった。

10年前、ニュージャパンカップ(NJC)を制した同じ会場で勝利を願い、2回戦のリングに上がったが、SANADA(33)の前に沈んだ。

今シリーズ「絶好調」と話していた永田。試合を重ねるごとにパワーアップしていった。今試合も中盤以降ペースをつかんだ。SANADAの攻撃をかわすと、ナガタロック2をさく裂。何度もタイトルを取ってきた強烈な締め上げで勝負に出た。「来い、SANADA」と叫び、エルボー合戦も制した。SANADAの得意技Skull Endを受けながらも足技で逆転するなど軽快な動きを見せた。最後はランディングボディプレスに屈したが、あと1歩のところまで追い込んだ。「チクショー。負けた。悔しい」。肩を落としながら引き揚げたが、会場からは健闘をたたえる大きな拍手が送られた。

2月17日後楽園大会で、内藤のケガにより、SANADAと急きょシングルマッチで対戦。敗れはしたが「ネバーギブアップ」とリベンジを誓った。今月9日のNJC初戦では辻を退け、下馬評を覆した。統一されたIWGPの2冠(ヘビー級、インターコンチネンタル)ベルト論争にも言及し「ベルトに“世界”がつく、それをプラスにとらえて。大きく世界に躍進できるじゃないかと思う」と明かすなど状態は上向きだっただけに悔しい敗戦となった。

2冠統一により、天龍の持つ、IWGP世界ヘビー級の最年長戴冠記録(49歳10カ月)の更新はなくなったが、新たなベルトをどん欲に目指し続ける。「勝つまで。絶対、勝つまでやり続ける」。今回はかなわなかったが、52歳の“世界”挑戦はまだ始まったばかりだ。【松熊洋介】

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78歳グレート小鹿が初防衛「猪木さん戻ってきて」

新潟タッグ王座初防衛に成功した小鹿は、アブドーラ小林を攻めたてる

<新潟プロレス>◇14日◇新潟市東区プラザホール

セミファイナルの新潟タッグ選手権で、王者のグレート小鹿(78=大日本)シマ重野(新潟プロレス)組が、アブドーラ小林、“黒天使”沼沢邪鬼(ともに大日本)の挑戦を退け、初防衛に成功した。15分を超える攻防の末、小鹿が15分10秒、ラ・マヒストラルで小林を沈め、21年初の試合で現役最高齢のベルトを守った。小鹿は、4月22日の大日本上野大会で、アブドーラ小林の持つ新潟無差別級王座挑戦も決定。18年に同ベルトを奪取して日本国内最年長記録を更新して以来のシングルベルト挑戦となる。

小鹿は「4月29日は私の79歳の誕生日。1週間前の誕生祝いだ。今度ベルトを取ったら80歳までベルトを守り続ける。小鹿がまだまだ現役バリバリだっていうところを世界に証明してやるぞ!」と鼻息も荒く宣言した。また、1歳年下で同じ力道山の弟子であるアントニオ猪木氏が入院していることに「リハビリの様子を見て心配していたんだよ。オレの姿を見て、猪木さんにも早く戻ってきてほしいよ」とエールを送った。

グレート小鹿(2020年3月16日撮影)

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50歳華吹は黒星発進、歴代最多更新の209場所目

華吹(右)は寄り切りで神山に敗れる(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇初日◇14日◇東京・両国国技館

現役最年長、50歳の西序二段77枚目・華吹(はなかぜ、立浪)は、神山に寄り切られて黒星発進となった。

先場所は東序ノ口9枚目で勝ち越し。50歳以上で勝ち越しは116年ぶりという偉業を成し遂げた。

今場所は歴代最多を更新する通算209場所目。ひとつの節目を白星で飾ることはできなかった。取組後、取材には応じなかった。

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武藤敬司が史上最年長の快挙「全身交通事故みたい」

潮崎豪(奥)を破って3大メジャー制覇に成功し、GHCのベルトに口づけする武藤(撮影・丹羽敏通)

11年ぶりに行われたノアの日本武道館大会のリングで、武藤敬司(58)が新たな歴史を作った。GHCヘビー級王者の潮崎豪(38)を29分32秒、フランケンシュタイナーで破り、ノアでの初タイトルを手にした。新日本IWGP、全日本3冠王座に続く、史上3人目の「3大メジャー」制覇。42歳だった高山善広、佐々木健介を抜き、史上最年長での快挙となった。不屈の58歳は、プロレス発展と日本を元気づけるため、まだまだリングで暴れ続ける。

  ◇   ◇   ◇

58歳は限界寸前だった。武藤は20歳年下の潮崎を得意の4の字固めなどで追い込んだが終盤に逆転を許す。逆に強烈なラリアットでたたきつけられた。「ギリギリ。痛くて全身交通事故に遭ったみたい」。立っているのもやっとの状態だったが、天才的なセンスだけはさびつかない。「一発を狙った」。一瞬のスキをつき、両足で相手の頭をはさんで丸め込む、フランケンシュタイナーで逆転の3カウントを奪った。

00年にノアを旗揚げし、09年に亡くなった故・三沢光晴さんとは同い年。一緒にプロレス界を引っ張ってきただけに「ここで俺が負けたら三沢も弱かったことになる。だから応援してくれたんだよ」。解説席には引退した天龍や小橋、田上らの姿もあり、かつて切磋琢磨(せっさたくま)してきた仲間にも元気な姿を見せたかった。

ボロボロの膝に何度もドクターストップを受けてきた。18年3月、変形性ヒザ関節症を発症。悩んだが「続けられる」との医師に出会い、人工関節を埋め込む手術を決断した。一時は歩くことも困難で約1年間の欠場。それでも「いつも背中合わせだったから」と引退は考えず、気力を振り絞って復帰。昨年12月には「俺も夢を追い求めていいだろう」と王者潮崎に対戦を要求した。

「昨日の武藤に勝つ」思いでリングに立っている。観客席には応援してくれる同年代がたくさんいた。「コロナ禍で年寄りが姨捨山に追い込まれているような世の中。そういう人たちに元気を与えたい」。58歳の新王者は、まだまだ歩みを止めるつもりはない。【松熊洋介】

潮崎を破って3大メジャー制覇に成功し、花道で得意のポーズを決める武藤(撮影・丹羽敏通)
潮崎(左)をフランケンシュタイナーで仕留めた武藤(撮影・丹羽敏通)
潮崎豪の右膝を攻める武藤敬司(撮影・丹羽敏通)
潮崎豪をエメラルドフロージョンから天を指さし体固めにいく武藤敬司(撮影・丹羽敏通)

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新日、全日の最高齢は天龍/3大メジャータイトル

3冠王者に返り咲きベルトを掲げた天龍源一郎(2002年4月13日撮影)

11年ぶりに行われた12日のノア日本武道館大会で、武藤敬司(58)が新たな歴史を作った。

GHCヘビー級王者の潮崎豪(38)にフランケンシュタイナーで勝利し、同団体での初タイトルを手にした。42歳での高山善広、佐々木健介を抜き、史上最年長で新日本IWGPヘビー級、全日本三冠ヘビー級と合わせたシングル3大メジャータイトル獲得という「グランドスラム」を達成。昭和、平成、令和3時代で頂点に輝いた58歳は、プロレスの発展と日本を元気づけるため、まだまだリングで暴れ続ける。

◆3大メジャータイトルと年齢 

▼新日本IWGPヘビー級 初戴冠の最高齢は25代王者・天龍源一郎の49歳10カ月(99年12月)。戴冠時の最高齢もこの時の天龍。

▼全日本3冠ヘビー級 初戴冠の最高齢は48代王者・大森隆男の44歳8カ月(14年6月)。戴冠時の最高齢は29代王者・天龍の52歳8カ月(02年4月)。

▼ノアGHCヘビー級 今回の武藤の58歳1カ月が最年長。これまでの初戴冠の最高齢は23代王者・鈴木みのるの46歳9カ月(15年3月)。戴冠時の最高齢は31代王者・杉浦貴の47歳10カ月(18年3月)だった。

潮崎豪をエメラルドフロージョンから天を指さし体固めにいく武藤敬司(撮影・丹羽敏通)
GHCヘビー級王座を獲得した鈴木みのる(2015年3月15日撮影)
プロレス3大メジャータイトル

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58歳武藤敬司シングル3大メジャータイトル獲得

潮崎を破って3大メジャー制覇に成功し、花道で得意のポーズを決める武藤(撮影・丹羽敏通)

11年ぶりに行われた12日のノア日本武道館大会で、武藤敬司(58)が新たな歴史を作った。

GHCヘビー級王者の潮崎豪(38)にフランケンシュタイナーで勝利し、同団体での初タイトルを手にした。42歳での高山善広、佐々木健介を抜き、史上最年長で新日本IWGPヘビー級、全日本三冠ヘビー級と合わせたシングル3大メジャータイトル獲得という「グランドスラム」を達成。昭和、平成、令和3時代で頂点に輝いた58歳は、プロレスの発展と日本を元気づけるため、まだまだリングで暴れ続ける。

◆武藤敬司(むとう・けいじ) 1962年(昭37)12月23日、山梨県生まれ。84年に新日本入門。同日入門の蝶野、橋本と「闘魂三銃士」と呼ばれる。同年10月蝶野戦でデビュー。その後、米NWAに参戦。同化身の「グレート・ムタ」としても活躍。02年に全日本に正式に入団し、その後11年まで社長に就任。13年「WRESTLE-1」を旗揚げ。20年3月よりフリー。娘はタレントの武藤愛莉。188センチ、110キロ。

01年6月、新日本後楽園大会で、3冠ベルトを巻く武藤
08年5月、IWGPベルトを巻いた武藤敬司(右)と3冠ベルトを披露する諏訪魔
潮崎(左)をフランケンシュタイナーで仕留めた武藤(撮影・丹羽敏通)
潮崎豪にエメラルドフロージョンを決める武藤敬司(撮影・丹羽敏通)

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武藤史上3人目3大メジャー制覇へ ノアGHC挑戦

得意のポーズを決める武藤敬司(21年2月4日撮影)

58歳の武藤敬司が、史上3人目となるヘビー級シングルの「3大メジャー」制覇に挑む。12日、ノアでは実に11年ぶり開催となる日本武道館での大会で、GHCヘビー級王者の潮崎豪(38)と対戦する。昭和、平成の時代に新日本のIWGPヘビー級を4度、全日本の3冠ヘビー級を3度獲得した。令和には、新たなメジャータイトルを「史上最年長」の記録つきで手にする意気込みだ。

昨年12月のノアの代々木大会だった。武藤はGHCヘビー級王座防衛に成功した潮崎に、対戦を要求した。「年取って老いぼれているけど、俺だって夢を追い求めていいだろう。俺の夢につきあってくれ。日本武道館ベルト挑戦させてくれ」。潮崎の「いつ何時でも誰の挑戦でも受ける」との快諾で、12日の対戦が正式決定した。

近年は引退と背中合わせのプロレス人生だ。昨年1年間、頂点に立ち続けた20歳下の潮崎への挑戦には批判的な声もあった。18年3月、変形性ヒザ関節症で金属製の人工関節を両膝に埋め込む手術を行った。長年のプロレスによる両膝の酷使で、一時は歩くことも困難だった。約1年後の欠場を経てリングに復帰した。

武藤 (批判は)クソくらえだ。ただ、正直自分でも悩んだ。俺の存在というのがプロレス界にとってマイナスになるんじゃないかと。でも、出ないとゼロで終わってしまう。どうせなら出て批判を浴びた方がいい。出て何か言われてもゼロではない。何かは生まれる。

この1年はコンディションが整い、力強さも戻ってきた。昨年8月には手術後初のシングルマッチで33歳下の清宮と対戦し、27分間の戦いを制した。今年1月31日の後楽園大会では、潮崎から足4の字固めでギブアップを奪って前哨戦を制した。5日の調印式では「90分やる体力がついた」と話すなど、スタミナ面の不安もない。

新日本のIWGPヘビー級、全日本の3冠ヘビー級、ノアのGHCヘビー級の「3大メジャー」制覇は過去に高山善広と佐々木健介の2人しかいない。50代でメジャータイトルを獲得したのは、全日本3冠ヘビー級の天龍源一郎(00年50歳、02年52歳)だけだ。昭和、平成、令和の3つの時代をまたいだベルト戴冠となれは、史上最年長の記録もついてくる。

58歳の今も挑戦を続ける背景には、新日本入門時から指導を受けたアントニオ猪木の影響がある。海外での興行や異種格闘技戦など、さまざまな仕掛けをそばで見てきた。「猪木さんはプロレスを含め、常に攻撃型のスタイルで、チャレンジしていた」。偉業達成は同世代、そして閉塞(へいそく)感のただよう日本へのエールにもなる。「コロナ禍で年寄りが姨捨山(うばすてやま)に追いやられているような感じの(暗い)世の中。みんなに、元気を与えたい」。時代の流れと自分の体に向き合いながら、ムチを打ち、武藤が新たな歴史を作る。【松熊洋介】

◆武藤敬司(むとう・けいじ)1962年(昭37)12月23日、山梨県生まれ。84年に新日本入門。同日入門の蝶野、橋本と「闘魂三銃士」と呼ばれる。同年10月蝶野戦でデビュー。その後、米NWAに参戦。同化身の「グレート・ムタ」としても活躍。02年に全日本に正式に入団し、その後11年まで社長に就任。13年「WRESTLE-1」を旗揚げ。20年3月よりフリー。娘はタレントの武藤愛莉。188センチ、110キロ。

<3大メジャータイトルと年齢>

58歳の武藤がノアGHCヘビー級で初の王者に輝けば、史上初めて50代での初戴冠となる。

▼新日本IWGPヘビー級 初戴冠の最高齢は25代王者・天龍源一郎の49歳10カ月(99年12月)。戴冠時の最高齢もこの時の天龍。

▼全日本3冠ヘビー級 初戴冠の最高齢は48代王者・大森隆男の44歳8カ月(14年6月)。戴冠時の最高齢は29代王者・天龍の52歳8カ月(02年4月)。

▼ノアGHCヘビー級 初戴冠の最高齢は23代王者・鈴木みのるの46歳9カ月(15年3月)。戴冠時の最高齢は31代王者・杉浦貴の47歳10カ月(18年3月)。

プロレス3大メジャータイトル

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安彦考真は格闘技センスあり!小比類巻氏が太鼓判

元K-1ファイターの小比類巻氏に指導を受けた安彦(右)

「年俸120円Jリーガー」としてJ3のYSCC横浜などでプレーし、昨季限りで現役引退して格闘家へ転向した安彦考真(43)が9日、都内でK-1 WORLD MAX日本王者に3度輝いた経歴を持つ格闘家の小比類巻貴之氏(43)と合同トレーニングを行った。

格闘家デビュー戦の日程が決まったことも明かし、小比類巻氏がプロデューサーを務める4月16日の格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT ~武士道~」第2回大会に出場することを明言した。

この日は昨年12月の格闘家転向宣言以降、初となるグローブを着用してのミット打ちなどを敢行。知人の紹介で知り合ったという小比類巻氏にマンツーマンでパンチやキック、膝蹴りなどの指導を受け、約1時間、汗を流した。最後は同氏との出会いをきっかけに出場を決めた格闘家デビュー戦となる同大会と同じ2分×2本(インターバル1分)のサンドバッグ打ちも経験。途中でうなり声をあげながらも何とかやり切り、「サッカーとは全然違う。本当に疲れた。でも、それと同じくらい楽しかった」と大粒の汗をぬぐった。

自らミットをつけて熱血指導を行った小比類巻氏は安彦の格闘技センスを褒め「キックはもちろんですが、パンチも重いし、スピードもある。昔、ロベルト・デュランというボクサーがいて、石の拳と言われていましたけど(安彦も)石の拳みたいなパンチを持ってましたね。(敵を)倒せますよ、これ」と太鼓判を押した。

2人は奇遇にも同学年の43歳。小比類巻氏は安彦が目標に掲げる格闘技イベント「RIZIN」の解説なども務めている。安彦の同イベント出場については「全然出られると思いますし、出られるように育てていきます。サッカーから転向してもやれるんだという43歳を見せてほしい」と期待を込めた。

安彦の格闘家デビューは4月16日に決まった。残り約2カ月。安彦は「試合をしたくてしょうがない。感謝の気持ちだったりを表現できるように、自分らしく必死で戦いたい」と意気込んだ。

安彦は39歳の時に1度は諦めたJリーガーへの再挑戦を決意し、18年に練習生を経てJ2水戸とプロ契約。19年からYS横浜へ移籍し、同年の開幕戦で41歳1カ月9日で途中出場してプロ初出場を飾り、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。年俸120円の“ほぼ0円”契約も話題となり、昨年12月のJ3最終節後に競技経験のない格闘家への転向を発表していた。【松尾幸之介】

元K-1ファイターの小比類巻氏に指導を受ける安彦(右)
元K-1ファイターの小比類巻氏に指導を受ける安彦(右)

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「馬場さんありがとう」武藤敬司がGHC奪取宣言

メーンイベントを終えて「天国の馬場さん、ありがとう!」と、叫ぶ武藤敬司(撮影・丹羽敏通)

<ジャイアント馬場23回忌追善興行>◇4日◇後楽園ホール

馬場さんの思いを胸に武藤敬司(58)がタイトル奪取に向かう。

メインの6人タッグマッチで、諏訪魔、小島聡と組み、天山広吉、カズ・ハヤシ、河野真幸組に勝利。最後自らシャイニング・ウィザードで河野から3カウントを奪い、大会を締めた。「この6人は今は全然違う場所でやっているけど、同じ釜の飯を食った仲間。心地いい時間だった。馬場さんありがとう」と感謝した。

大きな挑戦が控える。12日ノア日本武道館大会で、GHCヘビー級王者の潮崎豪に挑む。「この中では俺が現役最年長。みんなからエネルギー頂きましたよ。最年長の俺がGHC取って大きな背中を見せてやりたい」と宣言した。これには横にいた天山も「こんな現役バリバリな58歳見たことない」と脱帽。武藤はさらに「長くやれるスポーツとして見本になりたい」と後輩や子どもたちへも思いを届ける。「(GHCを)取ればあと5年くらいいけそうじゃない?」。元気いっぱいの58歳武藤が12日、ベルトを巻いて天国の馬場さんに勝利の報告をする。

メーンイベントで得意のポーズを決める武藤敬司(撮影・丹羽敏通)

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栃ノ海さん死去 歴代横綱最高齢は北の富士氏78歳

北の富士氏(2020年1月8日撮影)

大相撲の第49代横綱栃ノ海の花田茂広(はなだ・しげひろ)さんが29日未明、誤嚥(ごえん)性肺炎のため亡くなった。存命の歴代横綱では最年長の82歳だった。

これで歴代横綱の最高齢は、78歳で北の富士の竹沢勝昭氏となった。現在もテレビなど大相撲中継での硬軟織り交ぜた的確な名解説で活躍中だ。北の富士に次ぐのは、日本相撲協会元理事長で三重ノ海の石山五郎氏。相撲博物館長を務め、2月4日に73歳となる。これに2代目若乃花の下山勝則氏が67歳で続く。歴代最長寿は明治時代中期に綱を張った初代梅ケ谷で、83歳で死去した。

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元横綱栃ノ海が死去 小兵の技巧派横綱として活躍

土俵入りする栃ノ海(1965年7月撮影)

大相撲の第49代横綱栃ノ海、花田茂広さんが29日未明、誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去した。存命の歴代横綱では最年長の82歳だった。青森県南津軽郡出身で現役時代は技巧派横綱として活躍。身長は180センチに届かない小兵だったが、優勝3度、横綱を2年10カ月務めた。引退後は横綱栃錦の後継者として春日野部屋の師匠を務めた。葬儀・告別式は家族葬で営まれる。

花田さんは17年に第50代横綱の佐田の山が79歳で死去し、存命の横綱経験者としては最年長となっていた。年6場所制に移行した58年以降の入幕力士でも、横綱経験者としては最高齢だった。

小兵の横綱として活躍した。弘前商高(現弘前実高)時代は2年生まで野球部で、いくつかの運動部をへて相撲部に入部。弘前に巡業に来た力士一行の中に小学校時代の友人を見つけたことが、角界入りのきっかけとなった。第27代横綱栃木山の春日野親方が師匠を務める春日野部屋に入門し、初土俵は55年秋場所。入門当時の体格は175センチ、75キロ程度だったが、前さばきのうまさや変幻自在の取り口で順調に出世し、関脇だった62年夏場所で初優勝を果たすと、場所後に大関昇進した。

64年初場所後に待望の横綱昇進を果たしたが、体格のハンディゆえか故障に苦しんだ。右上腕の筋断裂や椎間板ヘルニアなど、度重なるけがの影響もあり昇進後の優勝は1回のみ。昇進から2年10カ月後の66年11月、九州場所を最後に引退した。横綱在位は17場所。それでも技能賞は通算6度など、ファンを魅了する力士として人気を集めた。

現役引退後は年寄中立を襲名して春日野部屋付き親方として後進の指導にあたっていたが、当時部屋の師匠だった元横綱栃錦の春日野親方が定年を目前にして急逝。90年に栃ノ海が春日野部屋を継承し、名門部屋の師匠として関脇栃乃洋や小結栃乃花らを育てた。

訃報を受けて、日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)は「突然の訃報に接し、思いがけないことゆえ、驚いております。生前は、春日野部屋の師匠として多くの関取を育てられ、理事としても相撲道の継承と発展にご尽力いただきました。ご生前のご功績を偲び、心よりご冥福をお祈り申し上げます」とコメントを発表した。

栃ノ心大関昇進伝達式を終えて記念撮影に臨む、先代春日野親方で元横綱栃ノ海の花田茂広氏(中央)。前列左から栃ノ心、春日野親方(2018年5月28日撮影)

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