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名古屋場所の相撲列車運休、木村銀治郎「仕方ない」

木村銀治郎(2021年3月25日撮影) 

大相撲の「相撲列車」運休について、日本相撲協会の輸送係を務める幕内格行司の木村銀治郎(46=芝田山)に事情を聴いた。すでに日本相撲協会は、7月場所(7月4日初日)を名古屋で開催すると発表したが、相撲列車は運行しない。「相撲列車」とは、力士ら数百人がまとまって移動する電車の通称で、地方場所の場合は東京発着の新幹線のことを指す。地方場所は昨年3月に大阪で開催した春場所以来1年4カ月ぶりとなるが、新型コロナウイルス感染予防のため、大集団での移動は避けることになった。

-相撲列車の切符を手配するのは輸送係の仕事です。相撲列車がない場合、どうなりますか。力士らは、所属する部屋ごとに移動することが発表されました

「あらかじめJRに仮押さえしていたものをキャンセルします。協会員は、部屋ごとのスケジュールに合わせて移動します。お金は立て替えてもらって、あとで振り込みで支払います」

-相撲列車は風物詩でもあります。相撲列車がないことはどう思いますか。番付や力士らの嗜好(しこう)に合わせて席を決めるなど、輸送係の腕の見せどころでもありましたが…

「これはもう仕方ないですよ。団体移動はできませんから。今はすべてが正常に物事が動くように、これまで通り、我慢と努力を続けるしかありません」

-「相撲列車」という言葉は、相撲界や好角家の間では知られていましたが、あまり一般的ではありませんでした。銀治郎さんが著書「大相撲と鉄道」で紹介してから、多くの人に浸透してきたようです。その実感はありますか

「ひしひしと感じています。相撲列車が運行されないというニュースがヤフーニュースになり、コメント欄に『銀治郎さん、がっかりしているだろうな』って書き込みがありました。そんなことはないんですが(笑い)、『相撲列車』というワードを聞いて、僕の顔を思い出してくれる相撲ファンありがとう、という感じです」

相撲列車の復活は、早ければ11月の九州場所になる。【佐々木一郎】

春場所に向けて新幹線で大阪に到着した力士たち(2019年2月24日撮影)

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峰崎部屋閉鎖を承認 力士全5人は芝田山部屋に転属

日本相撲協会は1日、東京・両国国技館で理事会を開き、1日付で峰崎部屋所属員の転属および峰崎部屋閉鎖を承認した。

峰崎親方(元前頭三杉磯)が5月で日本相撲協会の定年となる65歳を迎えるため、春場所限りで峰崎部屋が閉鎖される方向で調整されていた。

転属先は同じ二所ノ関一門の3部屋。春場所限りで引退した光源治と大勇人をのぞく力士全5人は、芝田山部屋に転属することになった。

峰崎部屋所属員の転属先は以下の通り。

芝田山部屋:峰崎親方、幕下泉川、三段目満津田、若肥前、序二段都島、峻峰、木村銀治郎(幕内行司)

高田川部屋:花籠親方(元関脇太寿山)、木村光之助(十枚目行司)

西岩部屋:木村一馬(幕下行司)、弘行(十枚目呼び出し)、正男(十枚目呼び出し)、床明(四等床山)

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2代目若乃花と隆の里が乗った伝説の夜行列車を解明

著書「大相撲と鉄道」が発売された行司の木村銀治郎

<「大相撲と鉄道」後編>

大相撲の幕内格行司、木村銀治郎(46=峰崎)の初の著書「大相撲と鉄道」がこのほど、交通新聞社新書から出版された。この本の魅力について、銀治郎に聞いた。後編です。【取材・構成=佐々木一郎】

-本書では、角界における伝説の夜行列車「ゆうづる」についても解き明かしています。今から50年以上前、当時の二子山親方(元横綱初代若乃花)が、青森で2人の少年をスカウトし、同じ列車で上京。2人はのちに横綱2代目若乃花と横綱隆の里になりました。本書では、あの列車を特定しました

「あの列車について、正確に書かれた文献がまったく見当たらなかったんです。いいかげんに書かれたものもありました」

-上京したのは昭和43年6月6日と書かれていましたが

「いろんな文献で、日にちは分かっていました。当事者が後年語っていた内容には、やや記憶違いになっていた部分もありました。例えば、寝台3段の真ん中に寝たって書いてあったものもありましたが、A寝台に3段はないので、真ん中に寝るのは不可能です。文献は花田勝治さん(元横綱初代若乃花)や、若三杉さん(のちの横綱2代目若乃花)の自伝や、ベースボール・マガジン社のDVDマガジンなども確認しました。当時の時刻表は、本当は鉄道博物館で調べたかったのですが(昨年の一時期は)閉まっていたので、ヤフオクで落札しました」

-時刻表で、ゆうづるは1日1往復だったことがわかったんですね

「そうです。何時まで寝台が使えるかどうかも時刻表を見れば書いてあります」

-鳴戸親方(元横綱隆の里)が後年「茨城県に差しかかるころには外は明るかった」と証言したことをもとに、本書では列車の通過時刻と日の出の時刻まで調べてありました

「日の出の時間は、気象台のホームページで調べました。資料が公開してあるサイトがあるんです」

-すべて分かった時は、どう思いました

「調べれば分かることだったんで…。きちんとやっておかないといけないんじゃないかと思っていました。自分もちょっとこだわっていたところなんです」

-コロナ禍にあり、今は本場所の地方開催や巡業がありません。早く元に戻って欲しいですね

「僕も丸1年、東京駅に行っていません。7月は、名古屋に行きたいですね。鉄道と一緒でトンネルをくぐったら、必ず出口はあるんですよ。どんなに真っ暗な長いトンネルでも前に進んでいれば光は見えてくる。あとは抜けるだけです。僕らは止まっちゃいけないんです。まだトンネルの中にいますが、早く抜けられるように努力しないといけませんね」

著書「大相撲と鉄道」が発売された行司の木村銀治郎

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鉄道好き行司に聞いた!初著書で力士大移動の舞台裏

門司港駅のホームでポーズを取る木村銀治郎

<「大相撲と鉄道」前編>

大相撲の幕内格行司、木村銀治郎(46=峰崎)の初の著書「大相撲と鉄道」がこのほど、交通新聞社新書から出版された。鉄道ファンでもある銀治郎が、鉄道による力士大移動の舞台裏や、相撲界の鉄道にまつわる逸話などを書き込んだ。この本の魅力について、銀治郎に聞いた。まずは前編。【取材・構成=佐々木一郎】

-本の反響はいかがですか

「SNSなどでは『読んで分かりやすかった』という声をいただいています。『大相撲と鉄道』という切り口なので、大相撲側から鉄道を見る、鉄道側から大相撲を見る、どちらの視点も意識して書きました。大相撲側から鉄道、鉄道側から大相撲をのぞく機会は、これまではあまりありませんでした。どちらにも強いマニアがいます。鉄道ファンが相撲列車(※1)などをきっかけに大相撲に目を向けてくれたらうれしいですし、大相撲ファンが鉄道にも目を向けてくれたらいいですね」

-もともとは能町みね子さん(※2)が書くかもしれない本だったとか

「完全に能町さんが書くつもりだったんです。僕は資料を抱えて(打ち合わせで)ああでもない、こうでもないと言っていて。その後、LINEが来て、いっそのこと銀治郎さんが書いてくださいと。1日くらい考えましたね、どうしようかなと。不安もありましたが、本を書く機会もそうないだろうと思って引き受けました。調べものをすると、新たな事実が出てきます。いろんなことが出てきて、まったく筆が進まない。文章を書くよりも調べものの方が数倍時間がかかりました」

-行司さんの仕事は、土俵上のさばきだけでなく、さまざまな仕事があります。本書では、行司さんが地方場所や巡業での移動のための切符を手配する仕事が紹介されています。この「輸送係」は、行司さんのうち何人がやっていますか

「6人います」

-銀治郎さんはもともと鉄道ファンだからいいとして、鉄道に詳しくない行司さんは大変なのでは

「仕事としては、ルールさえ覚えてしまえば大丈夫。机の上で電卓をたたくのは誰でもできます。仕事のもう1つ先にあるのが、気遣いです。34代庄之助(※3)の親方に教えてもらいました。自分が決めた座席の車両を実際に見に行けと。座っている様子をちゃんと見て、自分が正しいのか、それで合っていたのか、ちゃんと考えなさいと言われたことを覚えています」

-力士や親方衆の座席を決める上での気遣いとは何ですか

「例えば、ウチの師匠(峰崎親方)は新幹線の『圧』を嫌がるんです。トンネル内で新幹線同士が擦れ違うとき、風圧で『どーん』となりますよね。あれが嫌なんです。これを避けるために、擦れ違う内側の席にしないようにします。また、特急列車の席によっては窓の視野が狭い場合がある。シートマップを持っていますので、できるだけ席のリクエストに応えるようにします」

-本書では「富士山が見える方がいい」「西日が当たらない方がいい」など、力士のあらゆる要望に応えようとする気遣いに感心しました。「座席の数字にこだわりがある」力士なんていたんですか

「中にはいました。例えば偶数の席にしてくれとか、足して「5」になる数字がいいとか。何人かいました」

-なにより、体の大きい力士をどのように座席に配置するかはパズルのようです。鳴戸親方(元大関琴欧洲)の若いころのエピソード(入門間もないため、3人掛けの真ん中に座らされていた)は泣けました。

「かわいそうでしたよ。ケガをしてまともに歩けないので、通路側の席をあてがいました。それなのに真ん中の席に座っていたんです。以来、(広い席に座れるくらい)絶対に強くなってやるとずっと思っていたそうです」

-力士の座席をうまく割り振るために、力士の体重や体形は頭に入っているのですか

「入っていますね。巡業中など雑談する機会も多いので、それとなしに会話の中で、その人たちの嗜好(しこう)を把握するように努力しています。自分も興味があるので」

※1「相撲列車」=日本相撲協会が利用する、力士らを乗せた団体列車の通称。

※2「能町みね子さん」=好角家、エッセイスト、イラストレーター。本書ではイラストを担当している。

※3「34代木村庄之助」=本名・伊藤勝治。立行司になってから1度も差し違えることなく、2008年に退職。博識で知られている。

大行司駅のホームにて、装束でポーズを取る木村銀治郎
大行司駅でポーズを取る木村銀治郎
初の著書「大相撲と鉄道」を上梓(じょうし)した行司の木村銀治郎

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行司の木村銀治郎がボートでモンキーターン

装束姿でボートに乗りモンキーターンのポーズを決める行司木村銀治郎(撮影・桑原亮)

 大相撲の冬巡業が12日、那覇市で開かれた。

 幕内行司木村銀治郎がボートと“コラボ”した。沖縄巡業に協賛するボートレース振興会のブース前に実際のレースでも使われるボートが展示されており、船体に合わせて? 赤い装束で試乗。ボートに詳しい40歳は「次、モンキーターンします」と、童心に帰って喜んでいた。

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