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旧東関部屋に移転した二子山部屋が始動「地元の方と交流していきたい」

寅さんの街に相撲部屋が残った-。3月いっぱいで部屋が閉鎖された東京・柴又にある旧東関部屋に、埼玉・所沢に部屋を構えていた二子山部屋が移転し、1日から始動した。

この日の朝稽古は午前7時半から約3時間。稽古後に電話取材に応じた二子山親方(43=元大関雅山)は「所沢で頑張ってきたものを発揮して、これからみんなで、さらに頑張るぞ、というのを感じられるいい稽古内容でした。関取を狙うのもいるし、同世代はそれに置いていかれないように頑張っていました。新しい部屋になって、さらにその相乗効果が出ていた気がしました」と語った。

所沢の部屋で飾っていた、現役時代の師匠だった先代武蔵川親方(元横綱三重ノ海)のA3サイズほどの写真も玄関に飾り「新たに大きな写真をいただいたので、それを稽古場に飾っている」という。またベンチプレスの器具も所沢から持ち運ぶなど、前の部屋から培われたものを引き継いでいる。

地元・柴又との交流についても言及。「コロナが落ちついたら、地元の方と交流していきたいですね。稽古見学もしてもらいたい。僕のツイッターにも(情報を)載せるので」と、コロナ収束後の日常生活が戻った際には、稽古場見学を歓迎する気持ちを口にした。

東関部屋は2代目師匠の先代東関親方(元前頭潮丸)が、初代師匠(元関脇高見山)が開設した東京都墨田区東駒形から、18年1月に葛飾区柴又へ移転。だが先代は翌19年12月に死去し、現東関親方(元小結高見盛)が部屋を継いだが、精神的負担の重さから難色を示し、1年で部屋は閉鎖。東関部屋の力士は同じ高砂一門の八角部屋へ転籍し、柴又の部屋は空き状態だった。先代東関親方の遺族や土地を有償で貸し出す葛飾区との話し合いが続き、二子山部屋が移転することが決まり、この日、門出を迎えることになった。

部屋は、葛飾区が観光戦略など地域活性化を狙って相撲部屋を誘致。約150坪の区有地を、有償で借し出して建てられた。完成から3年あまりとリフォームも必要ない築浅で2階建て。先代(故人)の「ケガした力士でも2階に上がらないで済むように、力士の生活が1階だけで全部できるようにした」という弟子への愛情から、稽古場や風呂場、ちゃんこ場がある1階に大広間も作った。2階にも20畳ほどの部屋と関取用の個室2部屋を用意。両国国技館にも公共交通機関で30分ほどと利便性もあり、相撲部屋として申し分ない立地にある。

徒歩10分ほどの所には、寅さんシリーズとなった映画「男はつらいよ」の舞台となった、東京の観光名所・帝釈天もあり、葛飾区としては観光など地域活性化の期待もかけている。

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隠岐の海、響龍さん死去受け「一生懸命にやるだけ、それが最大限の予防」

大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)で西前頭12枚目に就いた隠岐の海(35=八角)が1日、昨年春場所以来となる無観客開催の場所に向けて気持ちを高めた。

都内の部屋での稽古後、報道陣の電話取材に応じ「(無観客は)そんなに嫌じゃない。逆にお客さんが入ってもシーンとしている方が緊張しますよ。自分結構土俵に上がるとむせるタイプなので、せき払いとかしづらいなあとか無観客の時はありましたけど、意外と稽古場みたいで自分は嫌いじゃないですけどね」と話した。

昨年秋場所から4場所連続で負け越しており、「やっぱり体が硬いですよ。小さなけがをかばっていると思いますし、その積み重ねが良くないのかもしれない」と不調の原因を分析する。7月には36歳の誕生日を迎えるベテラン。「もうひと花、もうひと花と思いながらやっているけどね。もうひと花と言いながら5年も10年もたっている」と笑った。

春場所後に旧東関部屋の力士が八角部屋に転属したため、計30人という大所帯となった。「いい雰囲気ですよ。東関部屋の魂もですね、(19年12月に41歳で死去した)前親方の潮丸関の気持ちを引き継いで一生懸命やってほしいですよね」と期待を寄せた。

悲しいニュースもあった。先月28日に境川部屋の三段目力士、響龍(ひびきりゅう)の天野光稀(あまの・みつき)さんが急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去。響龍さんは春場所13日目の取組で、すくい投げを食った際に頭部を強打し、自力で立ち上がることができず都内の病院に救急搬送され、入院先で寝たきりの状態が続いていた。「つらいと思いますよ。対戦相手の子も。何もないと思ったって感じることがあるだろうし、自分らだってきついから」。

土俵に頭を打つなどの衝撃で電気が走り、腕が上がらなくなるなどのアクシデントは、力士にとって珍しくないという。「よくあることって『大丈夫、大丈夫』ってなっちゃうんですよね。やっぱり『それを乗り越えて先がある』ってなっちゃうし、顔から落ちろっていう指導もあるし。でも本当に危ないときは手を着かないといけないと思いましたよ」。自身も巡業の稽古で投げの打ち合いの結果、頭から落ちて腕のしびれが半日なくならなかったことがあるという。「紙一重なところをいっているんですよね。それを怖がって相撲にならないのもいけないですしね。こればかりは難しいですよ。だから我々は一生懸命にやるだけ。それが最大限の予防」と話した。

日本相撲協会の理事長を務める師匠の八角親方(元横綱北勝海)からは、響龍さんの死去を受けて力士に話があったという。「とにかくそれだけ危ないことをやっているんだという話はありましたね。気を引き締めてやらないとダメだ、と。改めて気を引き締めてやろうということはありましたね。それ以上、あまり言い過ぎても、かえってびびっちゃうし、頭にみんな残っていますからね、衝撃が。考えれば考えるほど怖いだろうし。一生懸命やるのが正解なんじゃないですかね」と話した。

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前頭筆頭の北勝富士、長男の初育児に奮闘 将来は「劇団四季の俳優に」

大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)で西前頭筆頭に就いた北勝富士(28=八角)が1日、都内の部屋での稽古後、報道陣の電話取材に応じた。

この日は幕下を相手に相撲を取って調整。先場所後に旧東関部屋の力士が八角部屋に転属したため、部屋は計30人という大所帯で「活気が出始めた。新しい風が入ってきた」と歓迎していた。

夏場所は緊急事態宣言下のため3日目まで無観客開催となる。「無観客の取組は得意じゃないが、気持ちのつくり方は(昨年春場所で)1回経験しているので、しっかりやっていきたい。大阪の時は図書館で相撲取ってるみたいな感じ。本当にお客さんのありがたみは感じた」。

先場所は東前頭2枚目で9勝を挙げたが、周囲の好成績もあって返り三役には届かなかった。金星獲得数7個は現役2位タイの実力者。春場所後には照ノ富士が大関に復帰し「奮い立たされますね」と刺激を受ける。

4大関撃破へ「自分も上に勝つことで、お客さんとかも喜んでくれる。北勝富士ならやってくれるんじゃないかっていう期待とかも言われたり、感じたりしているので。それをちょっと楽しみながら、期待に応えられるように頑張らないといけない」と意気込んだ。

相撲だけでなく初めての育児にも奮闘している。春場所中に第1子となる長男が誕生した。

「奥さんが一生懸命、子育てをやってくれてる。一緒にサポートしながら稽古して、トレーニングしてっていう生活が今は続いているけど、あんまりきつくなくて。親バカかもしれないけど、元気をもらえてる」

家庭では長男を風呂に入れるのが一つの役目。「お風呂はいっつも泣かせています」と苦笑い。「僕のおなかの上で寝てくれるので、かわいいですよ。かわいいっすね。でも思いますよね、子どもがかわいくなかったら、人類は繁栄してなかったっすね。大変なことが多いので。かわいいから面倒見てあげられるっすね。そう思います」とデレデレだ。

関取のDNAを継いでいるが「絶対相撲だけはやらせない。やりたいと言ってもやらせない」とキッパリ。わんぱく相撲で埼玉県を制したという小6のおいが相撲に取り組んでおり、「(相撲は)そっちに任せて、こっちはもう(鑑賞が趣味の)劇団四季の俳優にさせます。ははははは」と豪快に笑った。

一方で先月28日に境川部屋の三段目力士、響龍(ひびきりゅう)の天野光稀(あまの・みつき)さんが急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。響龍さんは春場所13日目の取組で、すくい投げを食った際に頭部を強打。自力で立ち上がることができず都内の病院に救急搬送され、入院先で寝たきりの状態が続いていた。深い交流はないが自身と同い年。「常にけがと隣り合わせですけど、打ち所が悪かったら、死にもつながる。さらに気が引き締まります」と、けが予防の意識を高めた。

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朝鬼神克忠が朝鬼神閻魔、嶺刃常乃助は峰刃幾叉丸に改名/夏場所新番付

初場所の両国国技館(2021年1月10日撮影)

日本相撲協会は26日、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。番付降下、改名、引退などの力士、年寄など協会関係者は以下の通り。

【降下】

<幕内から十両>

豊山(27=時津風)東前頭15枚目→東十両4枚目

琴勝峰(21=佐渡ケ嶽)西前頭11枚目→東十両5枚目

<十両から幕下>

矢後(26=尾車)西十両10枚目→西幕下筆頭

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

<幕下>

中園→島津海(しまづうみ=二所ノ関)

津志田→時乃平(ときのひら=時津風)

大天馬→北勝丸(ほくとまる=八角)

<三段目>

琴粂→琴羽黒(ことはぐろ=佐渡ケ嶽)

嶺刃→峰刃(みねやいば=錣山)

横江→剛士丸(ごうしまる=武蔵川)

琴伊藤→琴拓也(ことたくや=佐渡ケ嶽)

佐々木→北勝栄(ほくとさかえ=八角)

琴進→琴大進(ことだいしん=佐渡ケ嶽)

若松永→透輝の里(ときのさと=西岩)

<序二段>

舛乃山→舛ノ山(ますのやま=常盤山)

中田→北勝岩(ほくといわ=八角)

琴長濱→琴大河(ことたいが=佐渡ケ嶽)

福井→北勝八雲(ほくとやぐも=八角)

札野→北勝大(ほくとひろ=八角)

秋山→北勝空(ほくとそら=八角)

松岡→北勝真(ほくとしん=八角)

青乃潮→北勝潮(ほくとしお=八角)

<序ノ口>

石坂→藤雄峰(ふじゆうほう=藤島)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

朝鬼神克忠→朝鬼神閻魔(あさきしん・えんま=高砂)

嶺刃常乃助→峰刃幾叉丸(みねやいば・きしゃまる=錣山)

横江黎→剛士丸黎明(ごうしまる・れいめい=武蔵川)

琴粂貞→琴羽黒貞晴(ことはぐろ・さだはる=佐渡ケ嶽)

琴伊藤暉→琴拓也暉紘(ことたくや・あきひろ=佐渡ケ嶽)

琴進洸希→琴大進光輝(ことだいしん・こうき)

琴長濱大河→琴大河誠哉(ことたいが・せいや)

朝玉勢一嗣磨→朝玉勢大幸(あさぎょくせい・たいこう=高砂)

若松永輝透→透輝の里大(ときのさと・だい)

【改名<3>】(年寄)

錣山矩幸→錣山瑛一(しころやま・えいいち)

【引退】

舛東欧(常盤山)光源治、大勇人(以上、峰崎)斗城丸(宮城野)華王錦(東関)綾風、宙風(以上、尾車)富栄、勇富士、八百ツ富士(以上、伊勢ケ浜)播磨灘(尾上)琴今川(佐渡ケ嶽)大翔鶴(追手風)玉の星(片男波)清水(武蔵川)太田(山響)久之虎(出羽海)霧乃龍(陸奥)煌(朝日山)東照錦(錦戸)

【退職(年寄)】

時津風正博(元前頭時津海、退職勧告処分)

千賀ノ浦靖仁(元関脇舛田山=契約満了)

【停年退職(床山)】

床淀

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八角部屋が所属力士最多に、閉鎖東関部屋から力士受け入れ/夏場所新番付

両国国技館(2021年1月10日撮影)

日本相撲協会は26日、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。

3月の春場所を最後に東関部屋と峰崎部屋が閉鎖されたため、部屋数は44部屋から42部屋に減少。新番付にしこ名が載った力士総数は、春場所の新弟子が多かったことから、春場所比で18人増え670人になった。部屋別、出身地別のナンバーワンはどこか…。データを紹介します。

【部屋別力士数】

長らく最多を誇った佐渡ケ嶽部屋が、1位の座を譲る格好となった。閉鎖された東関部屋から力士を受け入れた八角部屋が、春場所の24人から6人増え一気に30人となり最多となった。2位は佐渡ケ嶽部屋と九重部屋の29人。木瀬部屋と玉ノ井部屋の28人が4位タイで続く。

以下、6位境川部屋(27人)、7位高砂部屋(25人)、8位高田川部屋(22人)、9位追手風部屋(20人)と続き、ここまでが20人以上の部屋。トップ10の最後は19人の式秀部屋だ。

関取輩出では、追手風部屋(幕内5人、十両2人)、九重部屋(幕内4人、十両3人)、木瀬部屋(幕内3人、十両4人)の3部屋が7人を擁してトップ。5人の伊勢ケ浜部屋(幕内4人、十両1人)、4人の常盤山部屋(幕内2人、十両2人)がこれに続く。

力士数の最少は鏡山部屋の2人で、片男波部屋と錦戸部屋は4人の“少数精鋭”で臨んでいる。

【出身地別力士数】

ここ数年の傾向で、日本全国の人口比率に準じている順位に、ほとんど変動はない。1位は東京都の54人。以下<2>大阪府35人<3>愛知県と兵庫県が33人と、本場所開催3都府県が上位3傑に入る。以下<5>千葉県32人<6>神奈川県30人<7>埼玉県29人<8>福岡県と鹿児島県26人<10>熊本県25人と、ここまでがベスト10入り。

幾多の横綱を輩出した“相撲どころ”の北海道が22人で続く。幕内7人、十両4人とも出身地別で最多のモンゴルは20人で、ここまでが20人超え。北海道同様、やはり多くの名力士を輩出した相撲どころの青森県は春場所から2人増えて11人(18位タイ)となっている。なお47都道府県の最少は鳥取県と滋賀県の1人。福井県が3人、奈良県と和歌山県が4人となっている。

国別ではモンゴルの20人がダントツで、ブラジル、ロシア、ジョージア、ブルガリア、フィリピン、ウクライナが各1人となっている。

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二子山部屋が旧東関部屋に移転へ 一門の枠超え継承

二子山部屋

寅さんの街に相撲部屋は残ります-。

3月いっぱいで部屋が閉鎖された東京・柴又にある旧東関部屋に、埼玉・所沢に拠点を構える二子山部屋が移転することで調整が進んでいることが5日、分かった。関係者によれば、細部の条件が整えば今月中旬にも移転するという。

東関部屋は2代目師匠の先代東関親方(元前頭潮丸)が、初代師匠(元関脇高見山)が開設した東京都墨田区東駒形から、18年1月に葛飾区柴又へ移転。翌2月に部屋開きが行われた。だが先代は翌19年12月に死去。年明けの20年1月に、現在の東関親方(元小結高見盛)が部屋を継いだが、精神的負担の重さから難色を示し、1年をかけて高砂一門内で後継者探しを模索。それでも適任者が見つからず3月の春場所を最後に封鎖され、今年4月1日付で東関親方や力士は八角部屋(元横綱北勝海)に移籍した。

柴又の部屋は、葛飾区が観光戦略など地域活性化を狙って相撲部屋を誘致。区有地を50年間の有償で借し出して建てられた。完成から3年あまりとリフォームも必要ない築浅で、約150坪の広大な敷地に2階建ての建物。先代(故人)の「3階建ても考えたけど、ケガした力士でも2階に上がらないで済むように、力士の生活が1階だけで全部できるようにした」という弟子への愛情から、稽古場や風呂場、ちゃんこ場がある1階に大広間も作った。2階にも20畳ほどの部屋と関取用の個室2部屋を用意するなど環境は抜群。その部屋が閉鎖されたことを惜しむ多くの声が、角界や地元・柴又からもれていた。

後継師匠捜しが難航し、断念の方向に向かうと同時に、両国まで公共交通機関を使っても30分足らずという、絶好の環境にあるその部屋を、何とか継続使用できないかと関係者間で話し合いが進められていた。そんな中で浮上したのが二子山部屋の移転だ。二子山親方は藤島部屋から分家独立し、18年4月に所沢に部屋を創設。農地に囲まれた自然豊かな環境にあり、所沢市としても西武線沿線としても初の相撲部屋として話題となった。

ただ、最寄り駅から両国までは、電車を数本乗り継いで最速でも1時間以上かかり、力士の負担は大きかった。前日、明らかになった立浪部屋の茨城県つくばみらい市から、東京・台東区への移転同様、解禁された際の出稽古や東京場所で両国まで通う“通勤負担”の軽減など、稽古環境を整えたいという師匠としての思いがあった。

関係者によれば、先代東関親方の遺族や葛飾区との折衝が進み、詰めの交渉は最終段階に入っている。二子山親方は電話取材に、全てがクリアされたことを前提に「亡くなった(先代東関親方の)潮丸さんとは現役時代から仲が良かったので、その遺志を引き継ぎたい。今はコロナ禍で、すぐには難しいかもしれませんが、地元の方々と触れ合って地域の活性化に貢献したい」と話した。41歳の若さで死去した先代東関親方は、柴又に部屋を構えた際、「寅さんシリーズ」となった映画「男はつらいよ」の舞台となった「帝釈天でパレードできるような力士を育てたい」と夢を膨らませていた。志半ばで他界し「東関」の部屋名もなくなったが、その思いは一門の枠を超え、新たに部屋を構えることになる二子山部屋に継がれようとしている。

二子山部屋の看板

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床山の床鶏3・31付で退職 4・1付で床雅を採用

両国国技館

日本相撲協会は1日、東京・両国国技館で理事会を開き、床山の退職と採用を発表した。

3月31日付で床鶏(28)が退職。床鶏が所属していた東関部屋は4月1日付で閉鎖し、師匠を務めていた東関親方(元小結高見盛)や力士は八角部屋に移籍することが決まっていた。

また、協会は1日付で床雅(本名・加藤真生、18=二子山)を採用した。

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高見山最後の弟子引退 東関部屋閉鎖とともに区切り

華王錦(2020年7月22日撮影)

元高見山の先々代東関親方(76)がスカウトした最後の現役力士が、土俵に別れを告げた。元十両華王錦(かおうにしき、42=東関)が春場所限りで引退。東関部屋閉鎖とともに区切りをつけ、新たな人生を歩み始めた。現在の心境などを聞いた。【取材・構成=佐々木一郎】

-引退が発表され、今の心境は

「まだ落ち着いてはいません。東関部屋は3月31日までで、4月3日に八角部屋へ引っ越します。その前には出て行かなくてはいけないので、荷物をまとめたり、役所に行って転出届を出したりしています」

-引退のきっかけは

「場所前にヘルニアを悪化させてしまいました。一時は、歩くのもしんどかった。そんな中、部屋がなくなるのもあるんで…。20年間、東関でやってきて、東関で終わりたいので」

-春場所は、最後の1番だけ出場しました

「(部屋を)移ってやるなら、しっかり治した方がいい。でも、自分は東関部屋として最後なので『1番出させてください』と言って出させてもらいました」

-決まり手は逆とったりでした

「たまたまあんな感じになっちゃって…。いろんな人に、『そんな業師だった?』とか『最後だからって必死になりすぎ』って言われました。土俵に立つ以上は一生懸命ですから。2番前に首から落ちた力士(響龍)がいて、ちょうど土俵下にいたんです。中途半端な気持ちで土俵に上がりたくないなというのがあったんで、自然と体が動きました」

-角界での一番の思い出は

「やっぱり、初めて化粧まわしをつけて土俵に上がったときはうれしかったですね。緊張もしました。初めての(土俵入りの)時はどっちに回るんだっけとか、手の上げ方とか、塩まきとか、緊張しましたね。これが関取なんだと、いい経験をさせてもらいました」

-十両2場所目で膝をケガして苦しみました

「ケガして休場してから、再出場しました。もうちょっと様子を見た方がよかったですね。とにかく出なきゃと思ったんで。当時、医師に『どうにか土俵に立ちたいので何とかお願いします』と無理を言っていろいろしてもらった。本来はよくない。焦っていた部分もあります。しっかり治さないといけなかった」

-丸20年、現役でした

「いろんな人から『20年、長かった』と言われるんですけど、力士でいられることは楽しかったですね。いろんな人から声をかけてもらったり、応援してもらうのがすごくうれしかったので、続けることができました」

-一時は協会に残るという話も聞きました

「若者頭として申請を出していたのですが、かないませんでした」

-断髪は

「東関部屋がなくなるので、部屋でできなかったんですよ。そうしたら先々代の高見山さんが『最後の弟子だから、私が責任を持って(まげを)切るよ』と言ってくれました。前の東関部屋はまだ稽古場があるので、そこでやります。本当によかったです。その言葉に、本当にこの部屋で良かったと…。高見山さんにスカウトされて、定年後もずっとかわいがってくれた。力士としてのスタートがあそこだったんで、まだ土俵があるのもありがたいです」

-いつごろになりますか

「コロナの様子を見ながら、あくまで予定なんですが、5月30日に。まだ正式に決まっていないけど、そういう方向で話が進んでいます」。

-今後はどうされますか

「まだ決まっていないんです。部屋があればその間探せるけど、部屋がなくなるし、コロナの状況もあるので…。相撲が好きなので、相撲に携わる仕事があればなと思っています」

◆華王錦武志(かおうにしき・たけし) 本名・村田武志。1978年(昭53)9月14日、秋田県生まれ。東洋大から元関脇高見山の東関部屋に入り、2001年夏場所初土俵。2011年名古屋場所新十両。最高位は西十両6枚目。通算403勝383敗49休。

20年2月 大相撲の継承発展を考える有識者会議に出席する高見山大五郎さん(左)と王貞治ソフトバンク球団会長
東関部屋の看板

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華王錦、舛東欧ら幕下以下20人の引退発表

華王錦(2020年7月22日撮影)

日本相撲協会は3月31日、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を開き、春場所中に引退した横綱鶴竜(35=陸奥)改め年寄鶴竜襲名と、幕下以下20人の引退を発表した。元十両で春場所を最後に部屋がなくなった東関部屋の華王錦(42)や、唯一のハンガリー出身の舛東欧(35=常盤山)ら、以下の20人。

【引退】舛東欧(常盤山)光源治、大勇人(以上、峰崎)斗城丸(宮城野)華王錦(東関)綾風、宙風(以上、尾車)富栄、勇富士、八百ツ富士(以上、伊勢ケ浜)播磨灘(尾上)琴今川(佐渡ケ嶽)大翔鶴(追手風)玉の星(片男波)清水(武蔵川)太田(山響)久之虎(出羽海)霧乃龍(陸奥)煌(朝日山)東照錦(錦戸)

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元十両の華王錦が引退 01年夏場所で初土俵

華王錦(2020年7月22日撮影)

日本相撲協会は大相撲春場所千秋楽の28日、元十両の東三段目75枚目華王錦(42=東関)の引退を発表した。

華王錦は01年夏場所で初土俵を踏み、同年名古屋場所で序の口全勝優勝。11年名古屋場所で新十両昇進を果たした。

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物言いの説明に…物言い?/写真リプレー

<大相撲春場所>◇10日目◇23日◇東京・両国国技館

物言いの説明に、物言いがつく珍事が起こった。

東幕下44枚目千代の勝-西幕下46枚目東照山の一番。千代の勝が左を差しながら土俵際に追い込み、東照山が右の小手投げで逆転を狙った。同時に土俵外へ倒れる際どい勝負となり、軍配は千代の勝に上がったが、物言いがついた。

幕下

千代の勝(2勝3敗)寄り倒し東照山(1勝4敗)

物言いとなり東関親方が取り直しと発表したが…再度集まる勝負審判の親方衆

東照山-千代の勝の一番は、物言いとなり東関親方(中央)は、取り直しと発表したが、再度集まる勝負審判の親方衆(撮影・丹羽敏通)

東照山-千代の勝の一番は、物言いとなり東関親方(中央)は、取り直しと発表したが、再度集まる勝負審判の親方衆(撮影・丹羽敏通)

自らの間違いに気付き、びっくりした表情で立ち上がる東関親方

幕下の東照山と千代の勝の一番で物言いがつき協議した結果を同体で取り直しとアナウンスした審判長の東関親方(元高見盛)は自らの間違いに気付き、びっくりした表情で立ち上がる(撮影・小沢裕)

再び土俵に上がる東関親方

東照山、千代の勝の一番で物言いが付き、土俵に上がった後に一度会場にアナウンスするが、再び土俵に上がる東関親方(撮影・河田真司)

親方衆に再び土俵上に呼び戻された東関親方、表情が・・・

幕下の東照山と千代の勝の一番で物言いがつき協議した結果を同体で取り直しと勘違いしアナウンスしてしまった審判長の東関親方(元高見盛=右)は再び土俵に上がり審判団と協議の確認をする(撮影・小沢裕)

再び土俵に上がり審判団と協議の確認をする

東照山、千代の勝の一番で物言いが付き、一度会場にアナウンスした東関親方(左)だが、湊親方(左から2人目)浅香山親方(中央)ら親方衆に再び土俵上に呼び戻される(撮影・河田真司)

再度物言いの後、軍配通り千代の勝の勝ちと訂正のアナウンスをする東関親方

東照山-千代の勝の一番で再度物言いの後、軍配通り千代の勝の勝ちと訂正のアナウンスをする東関親方(撮影・丹羽敏通)

二転三転したあげく勝ち名乗りを受ける千代の勝

物言いがついて、二転三転したあげく勝ち名乗りを受ける千代の勝(撮影・丹羽敏通)

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珍事!物言いの説明に物言い 言い間違いで訂正

東照山-千代の勝の一番で再度物言いで集まった後、なんともいえない表情で軍配通り千代の勝の勝ちと訂正のアナウンスをする東関親方(撮影・丹羽敏通)

<大相撲春場所>◇10日目◇23日◇東京・両国国技館

物言いの説明に、物言いがつく珍事が起こった。

東幕下44枚目千代の勝-西幕下46枚目東照山の一番。千代の勝が左を差しながら土俵際に追い込み、東照山が右の小手投げで逆転を狙った。同時に土俵外へ倒れる際どい勝負となり、軍配は千代の勝に上がったが、物言いがついた。

協議の結果を、東関審判長(元小結高見盛)が場内アナウンスで説明した。「ただいまの協議について説明します。行司軍配は東方に上がりましたが、両者が同体ではないかと物言いがつき、協議した結果、両者の体が同時と見て、取り直しといたします」と説明した。

しかし、この直後に、向正面側に座る浅香山審判員(元大関魁皇)と竹縄審判員(元関脇栃乃洋)が、顔を見合わせて何かを確認するようなそぶりを見せた。すると、土俵に上がろうとした両力士を1度土俵下に引かせ、再び審判員が土俵上に集結。状況を理解できずに土俵下にいた東関審判長は、浅香山審判員に手招きで呼ばれて土俵に上がった。

土俵上では苦笑いを浮かべる他の審判員らが、東関審判長に何かを説明する様子が見られた。

約10秒後に土俵下に戻った東関審判長は「ただいまの協議について説明します」と切り出し「行司軍配は東方に上がりましたが、同体ではないかと物言いがつき、協議した結果、西方の足が、体が、足が先に出ており、軍配通り東方力士の勝ちとします」と、しどろもどろになりながら説明した。1度目は取り直しと説明したが、2度目は軍配通りに千代の勝の勝ちとなったと説明した。

幕下の東照山と千代の勝の一番で物言いがつき協議した結果を同体で取り直しとアナウンスした審判長の東関親方(元高見盛)は自らの間違いに気付き、びっくりした表情で立ち上がる(撮影・小沢裕)
物言いがついて、二転三転したあげく勝ち名乗りを受ける千代の勝(撮影・丹羽敏通)
やくみつるさんのイラスト

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横綱白鵬が優勝争いの中心/大相撲春場所見どころ

白鵬(20年撮影)

大相撲春場所は14日に初日を迎える。3月の春場所は本来、大阪で行われるが、新型コロナウイルス感染予防のため力士らは東京にとどまり、両国国技館で行われる。横綱鶴竜は休場するが、今場所の見どころはいくつもある。

   ◇   ◇   ◇

<優勝争い> 本来の力が戻っていれば、横綱白鵬が優勝争いの中心になる。4場所連続で休場していたため、相撲勘はどこまで戻るか。初日は、初場所優勝の小結大栄翔との対戦が組まれた。

<昇進、かど番> 関脇照ノ富士は、大関復帰をかけた本場所になる。「直近3場所を三役で33勝」が大関昇進の目安になるが、33勝まであと9勝。2桁勝てば、大関の座が見えてきそうだ。

大関貴景勝は、かど番で迎える。体重を17キロしぼった影響はどう出るか。

<兄弟幕内> 英乃海が幕内に復帰したことで、弟の翔猿と史上9組目となる兄弟同時幕内を実現した。英乃海は5場所目の幕内で、初の勝ち越しがかかる。

<元幕内力士の復帰> 元小結の阿炎が、西幕下56枚目で復帰する。昨年7月場所中、新型コロナウイルス感染対策ガイドラインに違反し、3場所連続休場処分を受けていた。初日は、東幕下56枚目泉川との対戦が組まれた。

元幕内の友風は西序二段55枚目から、1年4カ月ぶりに復帰。右膝関節脱臼の重傷を負い、7場所連続休場から再起した。

<部屋の移転、師匠交代など> 貴景勝、隆の勝らが所属する常盤山部屋は、本場所前に東京・台東区から板橋区に移転した。国技館からやや遠くなったが、影響はあるか? 時津風部屋は、前師匠の不祥事により師匠が交代して初めて迎える本場所になる。峰崎部屋は師匠の定年を控え、春場所後に力士は芝田山部屋に転籍する。東関部屋は春場所を最後に閉鎖となり、力士は八角部屋に移籍する。どちらの所属力士も、現所属最後の場所で奮闘したい。

<親方ちゃんねるは?> 日本相撲協会はYouTubeに公式チャンネルがあり、本場所中は「親方ちゃんねる取組生配信」が人気コンテンツの1つだが、13日午後7時現在、「三月場所の配信につきましては現在未定です。予定が決まり次第、お知らせいたします。」としている。主要キャストだった小野川親方(元北太樹)と音羽山親方(元天鎧鵬)が新型コロナウイルス感染のため全休が決まったほか、社会貢献部の親方衆が4日目まで休場するため、調整が続いているとみられる。

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東関部屋が春場所最後に消滅 精神的負担がネックか

東関親方(2020年1月30日撮影)

日本相撲協会は12日、東京・両国国技館で理事会を開き、4月1日付で東関部屋の師匠である東関親方(元小結高見盛)や力士6人ら全員が、八角部屋に転属することを承認した。また、同日付で東関部屋を封鎖することも承認した。

東関親方は19年12月に先代東関親方(元前頭潮丸)が死去したことに伴い、部屋付き親方だったことから、昨年1月に部屋を継承。ただ、部屋の運営には師匠としての精神的負担から難色を示し、関係者によれば1年ほどの“暫定的”な継承として師匠の座を引き継いだという。高砂一門内で次期継承者を模索したが、後任選びは難航していた。

今回の承認を受けて、東関親方は協会を通してコメントを発表した。「私なりに精進して参りましたが、部屋の力士たちにとって、よりよい環境などを求め、八角理事長に相談させて頂き、3月場所を最後に東関部屋を封鎖して、力士たちと八角部屋に転属させていただく決断をいたしました」と部屋移籍および封鎖の経緯を説明した。

東関部屋は、ハワイ出身で高砂部屋付きだった12代東関親方(元関脇高見山)が、86年2月に高砂部屋から分家独立して東京・東駒形に創設。横綱曙、高見盛や潮丸らの関取を輩出した。09年6月の定年後は、当時小野川親方の先代東関親方が部屋を継承。話題を集めた人気部屋だったが、大相撲春場所(14日初日、東京・両国国技館)を最後に、約35年の歴史に幕を閉じることになった。

東関部屋の入口(2021年2月6日撮影)

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東関親方「よりよい稽古環境を求め決断しました」

東関親方(2020年1月30日撮影)

日本相撲協会は12日、東京・両国国技館で理事会を開き、東関部屋の師匠である東関親方(元関脇高見盛)と力士6人、床山ら全員が、同じ高砂一門の八角部屋(元横綱北勝海)に移籍することを承認した。4月1日付で、東関部屋としては大相撲春場所(14日初日、東京・両国国技館)が最後になる。

東関親方の話 「昨年の一月場所後から約1年間東関部屋の師匠として私なりに精進してまいりましたが、部屋の力士たちにとって、よりよい稽古環境などを求め、八角理事長に相談させていただき、三月場所を最後に東関部屋を閉鎖して、力士たちと八角部屋に転属させていただく決断をいたしました。今まで大勢の皆様に東関部屋を応援していただきまして感謝申し上げます。今後は部屋付きとして自分のできることを一生懸命頑張りますので、何卒宜しくお願いいたします。東関大五郎」。(以上、原文ママ)。

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東関部屋が春場所を最後に閉鎖か、継承者選びが難航

東関部屋を継承し、報道陣の取材に対応する東関親方(2020年1月30日撮影)

外国人力士のパイオニアが創設し、優勝11回の横綱を輩出した東関部屋(東京都葛飾区柴又)が、大相撲春場所(3月14日初日、東京・両国国技館)を最後に、閉鎖される可能性があることが8日、関係者への取材で分かった。

現師匠である東関親方(44=元小結高見盛)の後任選びが難航しているためで、このままの状況が続けば約35年の歴史に幕を閉じるという。

東関親方は、19年12月に41歳の若さで死去した先代東関親方(元前頭潮丸)の死去に伴い、部屋付き親方だったことから、年明けの昨年1月、部屋を継承した。ただ、部屋の運営には師匠としての精神的負担から難色を示し、関係者によれば1年ほどの“暫定的”な継承として師匠の座を引き継いだという。

そのため高砂一門内で、次期継承者を模索。先代高砂親方(現錦島親方=元大関朝潮)の定年に伴い、高砂部屋を継承しなかった若松親方(元前頭朝乃若)らが候補に挙がったが、不調が続き現状では候補者不在。前述の「1年間」のリミットが切れる状況では、部屋封鎖もやむなしの方向で話が進んでいるという。

東関部屋は、ハワイ出身で高砂部屋付きだった12代東関親方(元関脇高見山)が、86年2月に高砂部屋から分家独立して東京・東駒形に創設。外国出身者による初めての部屋で、ジェシーの愛称で人気を博したこともあり話題を集めた。同じハワイ出身の曙が横綱に上り詰め、高見盛や潮丸らの関取を輩出。09年6月の定年後は、当時小野川親方の先代東関親方が部屋を継承。18年1月に現在の部屋に移転した。

現在の部屋は、地域活性化の狙いで誘致した葛飾区が、区有地を有償で貸し出した土地に建築された。行政側との問題なども残り「完全には(撤退は)決まっていないが、その方向にはある」と関係者は話し、その際には東関親方と力士6人は、同じ高砂一門の八角部屋(師匠=元横綱北勝海)に移籍する方向性も示されているという。

○…部屋の存続問題について東関親方は、電話取材に「自分がどうこう言っても悪い方にとられてしまう。正直、ノーコメントです」と話した。14日初日の春場所が迫っていることもあり「場所も近いし余計なことは言いたくありません」とも付け加えた。コロナ禍で力士の生活環境も厳しい状況が続く。「自分も力士も外出はしてませんが、こんな状況ですから、いつ感染するかもしれない。(いつ感染するか分からないという)覚悟はしています」と予断を持たずに責務を全うする姿勢を示した。

◆東関大五郎(あずまぜき・だいごろう)本名・加藤精彦、元小結高見盛。1976年(昭51)5月12日、青森・板柳町生まれ。99年春場所で幕下付け出しデビュー。00年名古屋場所で新入幕。愛称は「ロボコップ」。13年初場所で現役を引退し同年10月に年寄「振分」を襲名、20年1月に年寄「東関」を襲名して部屋を継承

東関部屋の入口(2021年2月6日撮影)
東関部屋の外観(2021年2月6日撮影)

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徳勝龍が東十両筆頭、勢は東幕下筆頭/新番付

勢(2021年1月16日撮影)

日本相撲協会は1日、新型コロナウイルス感染防止の観点から、通常の大阪から東京開催に変更した大相撲春場所(14日初日、東京両国国技館)の新番付を発表した。番付降下、改名、引退などの力士、年寄など協会関係者は以下の通り。

【降下】

<幕内から十両>

徳勝龍(34=木瀬)東前頭8枚目→東十両筆頭

天空海(30=立浪)東前頭13枚目→西十両筆頭

佐田の海(33=境川)東前頭17枚目→西十両4枚目 

<十両から幕下>

勢(34=伊勢ノ海)東十両13枚目→東幕下筆頭

琴勇輝(29=佐渡ケ嶽)西十両9枚目→西幕下筆頭

王鵬(21=大嶽)西十両11枚目→東幕下2枚目

竜虎(22=尾上)東十両14枚目→西幕下4枚目

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

<幕下>

伊藤→嶺刃(みねやいば=錣山)

<序二段>

黎大→黎大丸(れおんまる=式秀)

佐藤桜→二本松(にほんまつ)

葉梨→美浦ノ湖(みほのうみ=武蔵川)

谷口→隆の龍(たかのりゅう=田子ノ浦)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

朝天舞晴多→朝天舞精多(あさてんまい・せいた=高砂)

伊藤周→嶺刃常乃助(みねやいば・じょうのすけ=錣山)

大成道大志→大成道喜悌(だいせいどう・よしとも=木瀬)

【引退】

露草、己竜山(大嶽)琴隼、琴貫鐵、琴大村(佐渡ケ嶽)城雄力(山響)宗像、星飛(藤島)禧集院(木瀬)高見劉(東関)栃佐藤(春日野)剛秦龍(式秀)北東龍(玉ノ井)渉利(立浪)

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貴景勝3度目かど番、2年ぶり小結3人以上/新番付

貴景勝(2021年1月18日撮影)

日本相撲協会は1日、新型コロナウイルス感染防止の観点から、通常の大阪から東京開催に変更した大相撲春場所(14日初日、東京両国国技館)の新番付を発表した。

横綱は7場所連続で東に白鵬(35=宮城野)、西に鶴竜(35=陸奥)が就いた。ともに4場所連続休場(全休は3場所連続)明けで、復調を示す土俵となる。5場所ぶり45回目の優勝を目指す白鵬は、新たな金字塔を打ち立てた。新入幕から幕内連続在位が前人未到の100場所となった(2位は元関脇高見山=先々代東関親方=97場所)。幕内連続在位としても、史上最多の元大関魁皇(現浅香山親方)の106場所に次いで100場所に到達。幕内在位も魁皇の107場所に次いで史上2位の100場所となった。昨年の名古屋場所以来9場所ぶり7回目の優勝を目指す鶴竜は、進退をかける場所になる。

大関は、ともに先場所、かど番を脱出した正代(29=時津風)が東、この日27歳の誕生日を迎えた朝乃山(高砂)が西に。綱とりの先場所、途中休場した貴景勝(24=常盤山)は、東の序列2番目で、昨年7月場所以来、3度目のかど番として迎える。

両関脇は東西変わらず。東は2場所連続の照ノ富士(29=伊勢ケ浜)で三役は3場所連続。今場所は大関復帰をかける場所となる。西は3場所連続関脇となる隆の勝(26=常盤山)で三役も3場所連続の在位になる。

小結も東西は、東が3場所連続小結の高安(30=田子ノ浦)、西が2場所連続小結(三役は5場所連続)の御嶽海(28=出羽海)で変わらず。新たに先場所、初優勝した大栄翔(27=追手風)が4場所ぶりに西の序列2番目の小結に復帰(三役は3場所ぶり復帰)。なお小結が3人以上、名を連ねるのは19年九州場所(阿炎、遠藤、北勝富士、朝乃山)以来となる。

大相撲春場所は、12日の取組編成会議で初日と2日目の対戦相手が決定。14日の初日を迎える。

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コロナ恐怖の序二段琴貫鐵ら引退力士14人を発表

琴貫鐵(2020年7月19日撮影)

日本相撲協会は27日、大阪での開催を目指している大相撲春場所(3月14日初日、エディオンアリーナ大阪)の番付編成会議を開き、引退力士を発表した。

新型コロナウイルス感染への恐怖心から初場所前に引退を決めた序二段の琴貫鉄(22=佐渡ケ嶽)ら14人。

【引退】露草、己竜山(大嶽)琴隼、琴貫鉄、琴大村(佐渡ケ嶽)城雄力(山響)宗像、星飛(藤島)禧集院(木瀬)高見劉(東関)栃佐藤(春日野)剛秦龍(式秀)北東龍(玉ノ井)渉利(立浪)

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通算連続出場、玉鷲が1286回で歴代9位/新番付

玉鷲(2019年1月28日)

日本相撲協会は26日、開催地を通常の福岡から東京に変更して行う大相撲11月場所(11月8日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、7月場所と9月の秋場所は1日あたりの上限入場者数を約2500人に制限していたが、11月場所から約5000人に引き上げて開催される。

現役力士の今場所達成可能な歴代10傑入りなどの記録は以下の通り(在位したことで達成済みも含む)。

【通算勝利数】

既に横綱白鵬(35=宮城野)が1170勝で歴代トップに君臨。どこまで伸ばせるか注目だ。ちなみに現役2位は琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)の827勝。歴代10位の寺尾(元関脇=現錣山親方)まで33勝だ。

【幕内在位場所数】

今場所で白鵬が、高見山(元関脇=元東関親方)と安美錦(元関脇=現安治川親方)を抜き、歴代単独3位の98場所に浮上した。現役2位の琴奨菊は十両に陥落したため、歴代7位の92場所のまま。ちなみに歴代1位は元大関魁皇(現浅香山親方)の107場所。

【幕内出場回数】

琴奨菊が歴代6位の1332回まで伸ばしたが、今場所は十両陥落のため更新できない。白鵬が同8位の1265回。現役3位は鶴竜の1027回。なお歴代1位は、元関脇旭天鵬(現友綱親方)の1470回。

【幕内勝利数】

白鵬が1076勝で、2位の魁皇に197勝もの差をつけ歴代トップ。歴代6位に琴奨菊(718勝)が名を連ねる。同5位の元横綱大鵬までは、あと28勝で届く。十両の今場所で来場所の再入幕を果たし、さらに白星を積み重ねれば…。

【通算連続出場】

初土俵以来、無休の「鉄人記録」の歴代9位に1286回の玉鷲(35=片男波)が入っている。04年春場所の序ノ口デビューから足かけ17年の「皆勤賞」だ。

【金星獲得】

現役力士で歴代10傑入りは不在だが、今場所チャンスがあるとすれば現在7個の北勝富士(28=八角)。横綱2人を倒せば通算9個で10位タイに滑り込む。番付を2枚下げ、東前頭4枚目は番付上、ギリギリで上位総当たりとなりそう。果たしてどうなるか…。

なお8個で現役トップの逸ノ城(27=湊)は、西前頭13枚目。よほどの快進撃がなければ、横綱戦はなさそうだ。なお7個で追う遠藤は、西前頭7枚目まで番付を下げた。こちらも優勝争いに加わる快進撃で後半戦に横綱との一番が組まれるかというところだ。

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