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元関脇琴勇輝の君ケ浜親方「いろんな人に応援してもらった」涙ぬぐう場面も

大相撲初場所13日目、塵手水(ちりちょうず)を切る琴勇輝(21年1月22日撮影)

<大相撲夏場所>◇初日◇9日◇東京・両国国技館

先月14日に現役を引退した元関脇琴勇輝の君ケ浜親方(30=佐渡ケ嶽)が9日、都内で会見に臨んだ。「少しホッとしている。安堵(あんど)感もあるけど、これから親方として気の引き締まる思い」と心境を明かした。「いろんな人に応援してもらった」と周囲への感謝を口にすると言葉が詰まり、涙をぬぐう場面もあった。

引退を決断した要因は、相撲を取る恐怖心からだったという。昨年11月場所前に左膝の内視鏡手術を受けた影響で休場し、十両に陥落した初場所は4勝11敗と負け越して幕下に陥落。たび重なる膝の負傷を乗り越えてきたが「土俵に上がるのが怖いという気持ちが先行していた。勝負師として終わり。いろいろ考えて決断した」と、リハビリの中で気持ちを立て直すことができなかった。

現役生活で印象に残る一番は、16年春場所3日目の日馬富士戦で挙げた金星。この場所は上位総当たりで12勝3敗の好成績を残して殊勲賞も獲得し、翌場所は新関脇昇進も果たした。「とにかく稽古場通りの自分の立ち合いがどこまで通用するかという気持ちだった。結果的に12番勝ったというのも分からなかったくらい、体もよく動いていた」。

会見に同席した師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)は「私の中ではもう少しできるんじゃないかと思っていた」と、弟子の引退を惜しんだ。「負けず嫌いなところが相撲に出る力士。本当にいい力士だった。先代師匠が元気だったら、琴勇輝の相撲を喜んで見ていたと思う。先代に似ている部分があった」と「猛牛」と呼ばれた亡き先代佐渡ケ嶽親方(元横綱琴桜)に姿を重ねた。

一時は立ち合いの直前に「ホウッ」と気合のこもった声を発することでも注目を浴びていた。琴勇輝は「関取になってからかなり注目されるようになったけど、もっと前からやっていて、地位が上がるにつれて覚えてもらえるきっかけになっていった。しっかりと気合を入れて、おなかに力を入れるイメージだった。一気に自分の気合が入るようなルーティンになった」と振り返った。

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勝南桜が91連敗、旭丸に押し出され記録更新

勝南桜は旭丸(手前)に押し出しで敗れる(撮影・小沢裕)

<大相撲夏場所>◇初日◇9日◇東京・両国国技館

東序ノ口9枚目勝南桜(しょうなんざくら、22=式秀)が、1番相撲で東序ノ口8枚目旭丸(21=友綱)に押し出され、黒星発進となった。立ち合いから相手の圧力に屈し、自身が持つ連敗記録は91に伸びた。

1月の初場所では場所前に入門時からのしこ名だった「服部桜」を「勝南桜」に改名して臨んだものの、心機一転の場所でも白星を挙げることはできなかった。当初は、生まれ育った神奈川県茅ケ崎市への思いから「湘南桜」への改名を想定していたが、師匠の式秀親方(元前頭北桜)の提案で「勝南桜」に。下の名前も高校生棋士、藤井聡太2冠から取って「祥多」から「聡太」にした。

勝南桜は旭丸(左)に押し出しで敗れる(撮影・小沢裕)

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90連敗中の力士が番付上がる珍事 勝南桜15枚上がり最高位更新

勝南桜(2021年3月撮影)

90連敗中の力士が、番付で自己最高位を更新する珍事があった。日本相撲協会は26日、夏場所の新番付を発表。勝南桜(しょうなんざくら、22=式秀)は3月の春場所から15枚上がり、東序ノ口9枚目となった。これまで自己最高だった西序ノ口15枚目から6枚更新した。

勝南桜は2019年初場所の6番相撲から90連敗中で、先場所は自身の連敗記録を更新していた。

番付は勝ち越せば上がり、負け越せば下がるのが一般的だが、例外もある。今年の春場所は新弟子検査を行ったものの、新型コロナウイルス感染予防のため、前相撲を実施しなかった。本来なら新弟子は前相撲を取り、その勝敗が次の場所で初めて載る番付に反映される。今回は前相撲がなかったが、日本相撲協会は全員を一番出世として新序出世33人と再出世4人を春場所中に発表していた。

夏場所の新番付では、この37人が全敗力士よりも下の番付に組み込まれたため、勝南桜は押し上げられるかたちで東序ノ口9枚目となった。

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KUSHIDAがWWE王座初防衛「日本と米国をつなぐかけ橋になりたい」

ローカン(左)にマサヒロ・タナカを打ち込むNXTクルーザー級王者KUSHIDA(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

<WWE:NXT大会>◇22日配信◇米フロリダ州オーランド

新NXTクルーザー級王者KUSHIDA(37)が初防衛成功後、日本レスラーとして米プロレス界で新たな道を切り開く姿勢を声明で示した。自らが王座奪取した際のように広く挑戦者を求めるオープンチャレンジを宣言。名乗りをあげたオニー・ローカンを挑戦者に指名し、初防衛に臨んだ。

    ◇    ◇    ◇

前週からUFC殿堂入りするIQレスラー桜庭和志の白&オレンジ配色のトランクスを着用したKUSHIDAはV1戦でブーツを履かずにはだしでリングに入った。米メディアからは「MMAファイター桜庭に触発された外観をより多く取り入れたと考えられる。ファンからも、かなり肯定的」と支持された。

リング上でマイクを握ったKUSHIDAは「先週、オープンチャレンジでタイトルを獲得した。だから今日は同じ機会を提供する。王座戦に挑みたいやつはいるか?」と宣言。直訴してきたローカンとの防衛戦に入ると、腕ひしぎ逆十字固めから強烈な掌底2発を放った。ローカンのアッパーカットやブロックバスターにも負けず、右拳ストレートのマサヒロ・タナカから飛びつき式ホバーボードロックで勝利を飾った。

試合後、KUSHIDAはインスタグラムなどで英語による声明を出した。「このベルトを、このビジネスで本当に価値があり、意味のあるものにしたいと思う。元王者サントス・エスコバーをリスペクトしている。この王座の価値は1年間でアップした。今日から歴史をつくります。日本と米国をつなぐかけ橋になりたい」と決意を表明。

さらに日本が米国に影響を与えた各界の例を挙げ「ソニーはエレクトロニクスに革命をもたらしました。日産、トヨタ、ホンダは高品質の自動車をもたらした。イチロー選手と大谷翔平選手は米国での野球を変えた。そしてレスリングでも同じように頑張ります!」と日本人レスラーとしてWWEで“革命”を起こす意欲を示した。

勝利後、KUSHIDAは前王者エスコバー率いるレガード・デル・ファンタズマに襲撃された。救援してくれたNXTタッグ王者MSK(ナッシュ・カーター、ウェス・リー組)とともにエスコバー軍を返り討ちにしてみせた。また次週のNXT大会でKUSHIDA、MSK-レガード・デル・ファンタズマの6人タッグ戦が決定。自身のツイッターでKUSHIDAは「いつだろうと準備ができている。火曜日(NXT大会=日本配信は木曜日)はオープンチャレンジの日だ」と毎週のように防衛戦を続ける意向を示していた。

ホバーボードロックでローカン(下)からギブアップを狙うNXTクルーザー級王者KUSHIDA(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.
勝ち名乗りを受けたNXTクルーザー級王者KUSHIDA(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

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大学院通う異例試み、大栄翔に日大化粧まわし「成績残せるよう頑張る」

「日本大学校友会大阪支部」による化粧まわし贈呈式に出席した、左から大栄翔、日大の田中英壽理事長、田中優子夫人、剣翔

大相撲初場所で初優勝を果たした小結大栄翔(27=追手風)と、平幕の剣翔(29=追手風)が21日、都内で行われた「日大校友会大阪支部」による化粧まわし贈呈式に出席した。大栄翔は日大大学院に在学中で、剣翔は日大OB。日大の田中英壽理事長から化粧まわしを贈られた大栄翔は「伝統ある日本大学の化粧まわし。来場所はこの化粧まわしをつけて土俵入りして、成績を残せるように頑張りたい」と話し、剣翔は「この化粧まわしをつけて来場所また大暴れできるように頑張りたいと思います」と意気込んだ。

化粧まわしは田中理事長の夫人で日本女子相撲連盟の田中優子副会長がデザイン。大栄翔の化粧まわしは富士山と桜が描かれ「日本の代表的なもの」と田中副会長。今後の出世の意味も込めて、日本最高峰の山を入れたという。大栄翔は「すごいきれいな富士と桜のデザイン。とてもきれいに格好良く作ってもらった」と感謝した。

剣翔の化粧まわしは七福神「大黒天」が描かれており「剣翔桃太郎っぽい化粧まわしだと思います」と、自身のしこ名と重ねるように縁起の良さを感じていた。

贈呈式の祝辞を述べた田中理事長は、大栄翔に対して「これから大関を目指して頑張っていると思う。まだ27歳で強くなる。とにかく当たって突いて突きまくるしかない」と激励した。祝辞の中で特に稽古の重要性について強調し「最近(の力士)は20番くらいで稽古をやめている。稽古不足。昔のお相撲さんはよく稽古した。初代若乃花は1日100番以上稽古していた。稽古をする人は出世する」と話した。田中理事長の話を聞いた大栄翔は「田中先生の言う通りもっと稽古しないといけない。稽古をやっていけば結果をついてくる」とうなずいた。

大栄翔は昨年4月から日大大学院の総合社会情報研究科に通っており、相撲部屋制度に通じる同族経営、ファミリービジネスについて学んでいる。贈呈式には担当教授の加藤孝治氏らも出席。加藤氏は「(大栄翔は)1年間リモートという形だがいろんなことを学んでいる。次の1年間で論文を仕上げていく。遠隔教育でコミュニケーションを取りながら、学びを進めていく」と今後の授業を見通した。大学院での授業について大栄翔は「分からないことばかり。たくさんの方々に支えてもらっている」と話した。

現役の関取が大学院に通うのは異例の試み。文武両道を実践する27歳は「今までにないことだと思うので、これから(他の力士やアスリートでも)増えていってくれれば」と、モデルケースとして活躍することを誓った。

優勝翌場所の春場所では8勝7敗と勝ち越しを決めた。夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)まで1カ月弱。都内では新型コロナウイルスの感染拡大が続く。緊急事態宣言が発令されれば、観客の増減など夏場所開催に影響を及ぼす可能性もあるが「それでやる気が落ちてはいけない。しっかり稽古をして備えたい」と意気込んだ。

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元関脇麒麟児、突然の訃報 30年前の“あの日”と変わらない柔らかな物腰

行司控室で指導を受ける行司として二所ノ関部屋に入門した押田裕光(1989年1月20日撮影)

新年度が始まる春。新たな出会いの季節でもあり、一方で卒業や異動など別れの季節でもあるだろう。悲しいのは人生の卒業…。訃報が飛び込んだのは13日のことだった。

元関脇麒麟児の垂沢和春(たるさわ・かずはる)さんが、67歳の若さで旅立った。今も語り草となっている、天覧相撲での富士桜との死闘。108発にも及ぶ壮絶な突っ張り合いを、今、演じられる取組はないだろう。

当時、大関貴ノ花ファンで中学2年だった私も部活から帰り、固唾(かたず)をのんでテレビで見ていた記憶がある。その垂沢さんが今から3年前に定年を迎えた際は、その3年前に受けた頭部腫瘍の摘出手術を受けた影響から、顔面にまひの症状が残り、現役時代の面影は薄かった。それでも退職間際、最後に会った時の紳士然とした柔らかな物腰は“あの日”と少しも変わらなかった。

1989年、というより平成元年といった方が経過した時間の重みが分かるだろうか。昭和天皇の崩御で喪に服すことから、初日が1日遅れて月曜日から始まった大相撲初場所。それは私にとっての相撲担当「初土俵」の場所だった。3シーズン務めたプロ野球担当からの配置転換で、右も左も分からぬまま頭の中は大混乱。そんな中、場所中にある若者の行司デビューを取材する機会があった。

2カ月後の春場所で、行司として初土俵を踏む15歳の押田裕光君。前年秋場所後を最後に引退した北陣親方(元麒麟児)の、おいにあたる青年だった。千葉・柏中3年の夏、力士になりたかった押田君は「身長規定に足らないんです。でも相撲が好きで身内に相撲界の人がいるから」と二所ノ関部屋で修業に入った。初場所中は、折を見て両国国技館の行司控室で先輩行司から指導を受けていた。

緊張しきりの押田君を横目に、取材に応じてくれた北陣親方は「修業はつらいけど立派に土俵を務めてほしい」と願いを込めるように話してくれた。驚いたのは、その後だ。「どうぞ、よろしくお願いします」。8歳も年下の新米相撲記者に、頭を下げたシーンは今でも鮮明に覚えている。会釈でも、ちょこんと頭を下げたわけでもない。下げた後、少し静止して頭を上げてニコッと笑みを送ってくれた。前年の暮れから相撲担当になったが、稽古場に行っても場所に行っても別世界のように感じられた。言葉遣いも荒っぽく、ちゃんこの味も染みていない若輩記者は、ただただ「怖い世界だな」と思うばかりだった。

そんな中で紳士的に対応してくれたのが北陣親方。部屋付きとして稽古場では、鋭い眼光と若い衆を腹の底から絞り出すような声で叱咤(しった)激励する姿に、あの天覧相撲で見せた「力士麒麟児」をほうふつとさせたが、稽古を終え我々と談笑する際は、まるで別人のような温和な人だった。NHKの大相撲中継でも、ソフトでさわやかな語り口と分かりやすい解説で、お茶の間の相撲ファンを引きつけた。

あの32年前、私に「よろしくお願いします」と頭を下げ成長を見守っていた、おいの押田君は、今や幕内格行司の12代式守錦太夫として立派に土俵を務めている。叔父も、きっと天国から優しいまなざしで土俵を見守っていることだろう。多臓器不全のため亡くなったのは3月1日。発表が1カ月以上も先になったのは、春場所の初日まで2週間を切った時に、悲しい知らせを角界に伝えるのは忍びない、場所も終わって落ち着いた時にでも、という故人の遺志が尊重されたのではないかと、勝手に思っている。

「別れ」でもう1つ思い出した。私の「初土俵」となった、あの89年初場所初日。取材のスタートは、前年12月に部屋開きし、この初場所が晴れのデビュー場所となる新生・峰崎部屋だった。「新米記者には、新しい部屋から一緒にスタートするのがいいだろう」という先輩の温かい? 配慮で、朝6時の稽古から32歳の峰崎親方(元前頭三杉磯)と、3人の弟子の記念すべき1日を追った。

営団地下鉄(現東京メトロ)赤塚駅から市ケ谷を経由して両国へ。超満員電車での“通勤”に峰崎親方が、1番相撲を控える弟子の1人に「サラリーマンにならなくて良かっただろう」と笑顔で話しかけ緊張を和らげていたのが、ほほえましかった。その力士は「峰崎部屋1番相撲」で敗れた上に、移籍前に所属していた「放駒部屋」とアナウンスされるハプニングもあったが、それも今はいい思い出になっていることだろう、と思いたい。緊張で食事も喉を通らなかった、その若い力士も白菜、焼き豆腐、ぶりなどが、たっぷり入ったちゃんこを平らげていた。頼もしい限り…そんな思いで「取材初土俵」を終えた。

その峰崎部屋も、師匠の定年に伴い3月の春場所で閉鎖となった。時の流れとともに、移ろいゆく大相撲の世界。10年ひと昔というが、デジタル化された現代は1年でも「ひと昔」と感じざるを得ない。それでも30年前の記憶が、しっかり残されている。この世界独特の人情味があるからこそだろう。【渡辺佳彦】

75年5月、夏場所で富士桜(右)と猛烈な突っ張り合いを見せる麒麟児

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元関脇富士桜、突っ張り合い天覧相撲「一番の思い出」好敵手の元麒麟児悼む

75年5月、夏場所で富士桜(右)と猛烈な突っ張り合いを見せる麒麟児

元関脇富士桜の中沢栄男氏(73)は元麒麟児の垂沢氏の訃報に触れ、75年夏場所中日の天覧相撲を「力士として一番の思い出」に挙げた。

「相撲は負けたが、一番の思い出になっている。向こうもこっちもいい相撲がとれた。やり切った感があった」と振り返った。

昭和天皇は富士桜ファンになったとまで言われたが「いい相撲を見せられてよかった。喜んでくれたようで」と話した。両者とも54発の突っ張りの末に、最後は上手投げに敗れた。「向こうの方が一回り大きく、若いし。こっちの息がもたなかった」という。

通算でも9勝17敗と分が悪かった。「勝つのは3回に1回ぐらい。同じ押し相撲で、突っ張りという型も同じ。負けたくなかった。最後の一番はおれが勝っている」と笑った。

「同じ型の相手とはやらなかった」と、稽古をしたことはほとんどなかった。「部屋が違えば、話もほとんどしないものだった」。交友はなかったが「おれより5歳も若いのに」と好敵手の死を悼んだ。

75年5月、夏場所で富士桜(右)と猛烈な突っ張り合いを見せる麒麟児
大相撲 夏場所8日目、麒麟児対富士桜 果てしなく続くように思われた突っ張り合いは、両力士とも56発繰り出し富士桜(左)は口の中を切り鮮血が飛ぶ(1975年5月18日撮影)
大相撲 夏場所8日目、麒麟児対富士桜 精根尽き果て両力士(左手前が富士桜)土俵下へ、突っ張りが大部分で26秒はまさに死闘。天皇陛下も「いい相撲だった」と感想(1975年5月18日撮影)
麒麟児
75年9月、秋場所で三賞受賞者の、左から殊勲賞麒麟児、敢闘賞鷲羽山、技能賞旭国
北陣親方(元関脇麒麟児)(2008年09月6日撮影)
断髪式を終えタキシード姿になった元関脇麒麟児の北陣親方=1989年1月29日

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元関脇の麒麟児が死去、多臓器不全で67歳 108発の突っ張り合いも

1976年1月、大相撲初場所4日目 富士桜(左)と麒麟児

日本相撲協会は13日、元関脇麒麟児の垂沢和春さんが3月1日に多臓器不全のため死去したと発表した。67歳だった。

強烈な突っ張りを武器に、幕内通算84場所で三賞受賞は11度。昭和28年生まれで「花のニッパチ組」の1人として土俵を沸かせた。現役引退後は北陣親方として後進の指導に当たり、18年に日本相撲協会を退職していた。

   ◇   ◇   ◇

また1人、名力士がこの世を去った。日本相撲協会は、元関脇麒麟児の垂沢さんの死去を発表。協会関係者によると、15年夏ごろに頭部の腫瘍摘出手術を受けた影響で顔面にまひの症状が残り、体調が悪かったという。18年3月に65歳の定年を迎えたが、再雇用制度は利用せずに協会を退職。3年後の3月1日に、自宅で多臓器不全により死去した。近年は糖尿病と腎臓を患っていたという。葬儀・告別式は家族葬で執り行われた。

1967年夏場所で二所ノ関部屋から初土俵を踏んだ。昭和28年生まれで「花のニッパチ組」の1人として、元横綱北の湖、元横綱2代目若乃花らとともに人気を誇った。1975年夏場所8日目の天覧相撲では、富士桜との計108発に及ぶ壮絶な突っ張り合いを披露。昭和天皇が身を乗り出して観戦された一番は、今も語り草となっている。幕内優勝こそ果たせなかったが、金星6個、三賞受賞は11度と実績を残した。

88年秋場所を最後に35歳で現役引退後、北陣親方として二所ノ関部屋で後進を指導した。相撲協会では主に巡業部に所属。大相撲中継では爽やかな語り口の解説で親しまれた。

◆麒麟児和春(きりんじ・かずはる)本名・垂沢和春。1953年(昭28)3月9日、千葉県柏市生まれ。67年夏場所初土俵、74年初場所新十両。同年秋場所で新入幕。強烈な突っ張りを武器に金星6個、殊勲賞4回、敢闘賞4回、技能賞3回と三賞計11回受賞。最高位は関脇。幕内通算84場所で三役は通算17場所。通算773勝792敗34休。88年秋場所限りで引退し、年寄「北陣」を襲名。18年3月に日本相撲協会を定年退職。

麒麟児
北陣親方(元関脇麒麟児)(2008年09月6日撮影)
断髪式を終えタキシード姿になった元関脇麒麟児の北陣親方=1989年1月29日

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勝南桜が新記録の90連敗 改名も勝ち運恵まれず

沼野(右)に寄り切りで敗れる勝南桜。90連敗を喫し自己ワースト記録を更新した(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇13日目◇26日◇東京・両国国技館

東序ノ口24枚目の勝南桜(しょうなんざくら、22=式秀)が「90連敗」の新記録を作った。

最後の7番相撲も沼野にあっさり寄り切られて7連敗。19年初場所の6番相撲から90連敗となり、自身が持っていたこれまでの89連敗を超えた。

前回の89連敗は、16年夏場所の4番相撲から18年名古屋場所の1番相撲まで。

今年初場所では場所前に入門時からのしこ名だった「服部桜」を「勝南桜」に改名して臨んだものの、心機一転の場所でも白星を挙げることはできなかった。

当初は、生まれ育った神奈川県茅ケ崎市への思いから「湘南桜」への改名を想定していたが、師匠の式秀親方(元前頭北桜)の提案で「勝南桜」に。下の名前も高校生棋士、藤井聡太2冠から取って「祥多」から「聡太」にしたが、勝ち運には恵まれなかった。

取組後の取材には応じず、新記録に対するコメントはなかった。

沼野(右)に寄り切りで敗れる勝南桜。90連敗を喫し自己ワースト記録を更新した(撮影・小沢裕)

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勝南桜ワーストタイ89連敗 取材は「また今度」

大志龍に寄り切りで敗れる勝南桜(左)。自己ワースト記録の89連敗に並んだ(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇11日目◇24日◇東京・両国国技館

東序ノ口24枚目勝南桜(しょうなんざくら、22=式秀)が、6番相撲で西序ノ口大志龍(32=木瀬)に寄り切られて19年初場所の6番相撲から89連敗となり、自身が持つ連敗記録に並んだ。

7番相撲で敗れれば90連敗となり、自身が持つ記録を更新する。

立ち合いでもろ差しを許し、巻き替えて右四つになるも、相手の寄りをこらえ切れなかった。

取組後のリモート取材には応じず、取材を誘導する日本相撲協会職員には「また今度お願いします」と話したという。

前回の89連敗は、16年夏場所の4番相撲から18年名古屋場所の1番相撲まで。

1月の初場所では場所前に入門時からのしこ名だった「服部桜」を「勝南桜」に改名して臨んだものの、心機一転の場所でも白星を挙げることはできなかった。当初は、生まれ育った神奈川県茅ケ崎市への思いから「湘南桜」への改名を想定していたが、師匠の式秀親方(元前頭北桜)の提案で「勝南桜」に。下の名前も高校生棋士、藤井聡太2冠から取って「祥多」から「聡太」にした。

大志龍(手前左)に寄り切りで敗れる勝南桜。自己ワースト記録の89連敗に並んだ(撮影・小沢裕)

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勝南桜87連敗でワーストあと2、32場所負け越し

肥後光(右)と立ち合う勝南桜(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇8日目◇21日◇東京・両国国技館

史上最多89連敗の記録を持つ東序ノ口24枚目勝南桜(しょうなんざくら、22=式秀)が、4番相撲で西序ノ口17枚目肥後光(33=木瀬)に敗れ、19年初場所から続く連敗が87となった。

立ち合いはもろ手突きからまわしを求めにいくも、相手の回転のある突っ張りを堪えることができず、一方的に押し出された。

これで15年九州場所の序ノ口デビューから、32場所で負け越しとなった。7番相撲まで連敗を喫すれば、自身が持つ連敗記録を更新する。

1月の初場所では場所前に入門時からのしこ名だった「服部桜」を「勝南桜」に改名して臨んだものの、心機一転の場所でも白星を挙げることはできなかった。当初は、生まれ育った神奈川県茅ケ崎市への思いから「湘南桜」への改名を想定していたが、師匠の式秀親方(元前頭北桜)の提案で「勝南桜」に。下の名前も高校生棋士、藤井聡太2冠から取って「聡太」にした。

取組後は取材に応じなかった。

勝南桜(左)を攻める肥後光(撮影・河田真司)
肥後光(奥)に押し出しで敗れる勝南桜(撮影・河田真司)

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勝南桜は84連敗 今場所連敗記録更新の可能性

魁陽龍(右)と立ち合う勝南桜(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇2日目◇15日◇東京・両国国技館

史上最多89連敗の記録を持つ東序ノ口24枚目勝南桜(しょうなんざくら、22=式秀)が、1番相撲で西序ノ口23枚目魁陽龍(23=浅香山)に敗れ、19年初場所から続く連敗が84となった。

1度つっかけて2度目の立ち合いで成立。まわしを求めて体を密着させたが、左を差されると一気に寄り切られた。取組後は「(立ち合いを)合わそうと思って腰が高くなってしまった。そこが反省点」と敗因を振り返った。

今場所の成績次第では、自身が持つ連敗記録を更新する可能性がある。

1月の初場所では場所前に入門時からのしこ名だった「服部桜」を「勝南桜」に改名して臨んだものの、心機一転の場所でも白星を挙げることはできなかった。当初は、生まれ育った神奈川県茅ケ崎市への思いから「湘南桜」への改名を想定していたが、師匠の式秀親方(元前頭北桜)の提案で「勝南桜」に。下の名前も高校生棋士、藤井聡太2冠から取って「聡太」にした。

今場所も観客は午後1時から入館が可能となっており、序ノ口の取組は実質、無観客となっている。史上初の無観客開催となった昨年春場所から、ファンの歓声や拍手を聞いていない勝南桜は、改名した実感について「まだ(午後1時より前の取組は)観客を入れての通常の場所ではないので、お客さんから(しこ名を)呼ばれてからなじんでくるんじゃないか」と話した。

師匠の式秀親方(元前頭北桜)からは「強く当たって、前みつを取って当たるように」と指導を受けている。連敗ストップに向けて「最低1番、最高でも3番以上は勝ちたいと思っている」と、今場所の目標を掲げた。

魁陽龍(右)に寄り切りで敗れる勝南桜(撮影・河田真司)

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桜庭長男3・12父主催興行でデビュー、プロは否定

3月12日のQUINTETファイトナイト6大会に参戦することが発表された桜庭和志(右)の長男、SAKU Jr.(提供:QUINTET)

IQレスラーこと桜庭和志(51)の長男が、父主宰の組み技総合格闘技QUINTETで“格闘家デビュー”することが2日、発表された。

3月12日、東京・EX THEATER ROPPONGIで開催されるQUINTET6大会で、長男のSAKU Jr.(22=サクラバファミリア)がエキシビションマッチで柔術をバックボーンとする鈴木和宏(27=トライフォース柔術アカデミー)と対戦する。今年4月、一般企業への就職が決まっており、プロ格闘家デビューということではないという。

幼少時代から大学まで柔道一筋だったSAKU Jr.は今春の大学卒業と同時に柔道生活に終止符を打つ。父の桜庭から「これまで鍛え上げてきた技術や情熱をQUINTETの舞台で披露したらどうだ」と提案されると「やってみたい」と出場を決断したという。対戦相手の鈴木は桜庭と同郷の秋田県出身。桜庭の指名でSAKU Jr.の対戦相手に決まった。

QUINTET公式ユーチューブで配信されたインタビューでSAKU Jr.は「(QUINTETが)楽しそうだなと。人生の目標はお父さんを超えること」と冗談交じりに目標を掲げた。トレーニング動画では所英男とスパーリングするなど“デビュー戦”への準備を進めている様子。桜庭は「社会人になるジュニアよ、柔道に明け暮れた青春の証をここに刻め! SAKUシニア・談」とコメントしていた。

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北勝富士、歴代10位タイの金星記録なるか/新番付

北勝富士(2020年9月20日撮影)

日本相撲協会は1日、大相撲春場所(14日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。現役力士の今場所達成可能な歴代10傑入りなどの記録は以下の通り(在位したことで達成済みも含む)。

【通算勝利数】

既に横綱白鵬(35=宮城野)が1170勝で歴代トップに君臨。昨年7月場所10日目以来の白星を、どこまで伸ばせるか注目だ。現役2位は横綱鶴竜(35=陸奥)の785勝。こちらも最後の白星は、昨年春場所14日目で1年ぶりの白星で、あと75勝の歴代10位・寺尾(元関脇=現錣山親方)に迫りたいところだ。

【幕内在位場所数】

今場所で白鵬が、旭天鵬(元関脇=現友綱親方)を抜き歴代単独2位の100場所。ちなみに歴代1位は元大関魁皇(現浅香山親方)の107場所。新入幕からの幕内連続在位100場所は、史上初の快挙となった。

【幕内出場回数】

白鵬が歴代8位の1265回。今場所、皆勤し5月の夏場所も出場すれば、3日目に歴代7位の安芸乃島(元関脇=現高田川親方)に並ぶ。現役2位は鶴竜の1027回。なお歴代1位は、元関脇旭天鵬(現友綱親方)の1470回。

【幕内勝利数】

白鵬が1076勝で、2位の魁皇に197勝もの差をつけ歴代トップ。現役2位は鶴竜の645勝で、歴代10位の貴乃花(元横綱)までは残り56勝。

【通算連続出場】

初土俵以来、無休の「鉄人記録」。歴代7位タイに1316回の玉鷲(36=片男波)が入っている。04年春場所の序ノ口デビューから足かけ18年の「皆勤賞」だ。ちなみに1位は元関脇青葉城の1630回。

【金星獲得】

現役力士で歴代10傑入りは不在だが、今場所チャンスがあるとすれば現在7個の北勝富士(28=八角)。横綱2人を倒せば通算9個で三根山、玉乃海、長谷川、富士桜、貴闘力が名を連ねる歴代10位タイに滑り込む。番付も上位総当たりの東前頭2枚目。序盤にチャンスが巡ってくるか…。

なお8個で現役トップの逸ノ城(27=湊)は、ようやく西前頭6枚目まで番付を戻した。序列では横綱戦はないが、中盤まで好成績を残せば当てられる可能性はある。それは7個で追う遠藤(30=追手風)も同じで、初場所は7勝8敗で負け越したが、東前頭5枚目に据え置かれた。こちらも序盤から白星を並べれば、中盤以降に横綱との一番が組まれる可能性がある。

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徳勝龍が東十両筆頭、勢は東幕下筆頭/新番付

勢(2021年1月16日撮影)

日本相撲協会は1日、新型コロナウイルス感染防止の観点から、通常の大阪から東京開催に変更した大相撲春場所(14日初日、東京両国国技館)の新番付を発表した。番付降下、改名、引退などの力士、年寄など協会関係者は以下の通り。

【降下】

<幕内から十両>

徳勝龍(34=木瀬)東前頭8枚目→東十両筆頭

天空海(30=立浪)東前頭13枚目→西十両筆頭

佐田の海(33=境川)東前頭17枚目→西十両4枚目 

<十両から幕下>

勢(34=伊勢ノ海)東十両13枚目→東幕下筆頭

琴勇輝(29=佐渡ケ嶽)西十両9枚目→西幕下筆頭

王鵬(21=大嶽)西十両11枚目→東幕下2枚目

竜虎(22=尾上)東十両14枚目→西幕下4枚目

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

<幕下>

伊藤→嶺刃(みねやいば=錣山)

<序二段>

黎大→黎大丸(れおんまる=式秀)

佐藤桜→二本松(にほんまつ)

葉梨→美浦ノ湖(みほのうみ=武蔵川)

谷口→隆の龍(たかのりゅう=田子ノ浦)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

朝天舞晴多→朝天舞精多(あさてんまい・せいた=高砂)

伊藤周→嶺刃常乃助(みねやいば・じょうのすけ=錣山)

大成道大志→大成道喜悌(だいせいどう・よしとも=木瀬)

【引退】

露草、己竜山(大嶽)琴隼、琴貫鐵、琴大村(佐渡ケ嶽)城雄力(山響)宗像、星飛(藤島)禧集院(木瀬)高見劉(東関)栃佐藤(春日野)剛秦龍(式秀)北東龍(玉ノ井)渉利(立浪)

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ヒヤヒヤ正代逆転劇&猛進大栄翔/13日目写真特集

<大相撲初場所>◇13日目◇22日◇東京・両国国技館

首位の2人が、そろって2敗を守った。先に取組を行った西前頭筆頭大栄翔は、竜電を下して自己最多タイの11勝目。下からの低く、強烈なもろ手突きで竜電の上体を起こし、回転の効いた突き押しで押し出した。

かど番を脱出した大関正代は、結びの一番で関脇隆の勝と対戦。引いて土俵際に追い込まれたが、土俵を割る寸前に逆転のはたき込み。軍配は正代に上がり、物言いがついたが、協議の結果、軍配通りとなった。優勝争いは千秋楽にもつれ込む展開となった。

大関朝乃山、関脇照ノ富士、平幕の逸ノ城、琴ノ若が4敗を守り、2敗の正代、大栄翔に食らいついた。

13日目の熱戦を写真で振り返ります。

【序ノ口】

藤井2冠にあやかり改名の勝南桜、82連敗…

勝南桜寄り切り高野

高野(右)に押し出しで敗れる勝南桜(撮影・河田真司)

【十両】

貴源治寄り切り美ノ海

貴源治に寄り切りで敗れ白鷹山(右)の上に落ちる美ノ海(撮影・鈴木正人)

貴源治に寄り切りで敗れた美ノ海は土俵下で頭を押さえる(撮影・小沢裕)

貴源治(左)との取組で土俵下に落ち立ち上がれない美ノ海(中央)(撮影・鈴木正人)

22日、貴源治との取組で土俵下に落ち痛そうな表情を見せる美ノ海(撮影・鈴木正人)


宇 良肩すかし錦 木

錦木(左)の肩をとる宇良(撮影・鈴木正人)

錦木(手前)を肩すかしで破る宇良(撮影・鈴木正人)


東 龍寄り切り王 鵬

東龍に寄り切りで敗れ、土俵を引き揚げる王鵬(撮影・鈴木正人)

【幕内】

豊 山突き落とし明瀬山

豊山(左)を突き落としで破る明瀬山(撮影・鈴木正人)

明瀬山 (幕内で初めて勝ち越し)やったぜぇぇぇって感じですね。うれしすぎてちょっと一瞬、ウルッときました。長かったですからね。

豊山 あんなに前に出て行く必要があったのかと。離して、いていこうと頭にあったけど、気が付いたら転んでいた。気持ちだけが前につんのめっていた。


逸ノ城寄り切り佐田の海

逸ノ城(奥)に寄り切りで敗れ、土俵下で膝をつく佐田の海(撮影・河田真司)

逸ノ城 しっかり自分の形になりたかった。納得のいかない相撲だった。残り2番はしっかり勝ちたい。


琴ノ若突き落とし碧 山

琴ノ若は碧山(右)を突き落としで破る(撮影・小沢裕)

琴ノ若 俵の上に足が乗っている感覚、残っている感覚はあった。上手を求めて引っ張り込んでしまったけど、圧力に負けずに前に出ることはできた。流れの中で引いたので、直すところは直したい。(残り2日は)星勘定せずに力を出すのがポイントになる。


志摩ノ海内掛け豊昇龍

志摩ノ海(手前)に内掛けをしかける豊昇龍(撮影・河田真司)

豊昇龍(上)は内掛けで志摩ノ海を破る(撮影・小沢裕)

豊昇龍 (5連敗から8連勝で勝ち越し)今すごく落ち着いている気持ちですね。(志摩ノ海に)前2回負けてるんで、まわしが取れてよかった。


翠富士すくい投げ妙義龍

妙義龍(手前)に技をしかける翠富士(撮影・鈴木正人)

翠富士(右)は妙義龍をすくい投げで破る(撮影・小沢裕)

懸賞金を手に土俵を引き揚げる翠富士(撮影・鈴木正人)


照 強はたきこみ霧馬山

照強(右)をはたき込みで破る霧馬山(撮影・鈴木正人)

霧馬山 (まげつかみではの物言いがつくも軍配通り)自分では触っていないと思った。勝ってよかった。(勝ち越し王手も)いつも通り1日一番、しっかりやっていきたい。


栃ノ心寄り切り琴恵光

激突する琴恵光(左)と栃ノ心(撮影・鈴木正人)

栃ノ心に寄り切りで敗れ、息が上がる琴恵光(撮影・鈴木正人)


明 生押し出し阿武咲

明生(左)を激しく攻める阿武咲(撮影・鈴木正人)


琴勝峰小手投げ天空海

琴勝峰(右)を小手投げで破る天空海(撮影・鈴木正人)

琴勝峰(下)を小手投げで破った天空海(撮影・河田真司)

天空海 若手のゴリゴリ系とは相撲とって楽しいですね。あと2番ですね。けがなく終えて、来場所に向けて早く一から鍛え直したい。


宝富士押し出し翔 猿

宝富士に押し出しで破れ土俵下に落ちる翔猿(撮影・鈴木正人)


竜 電押し出し大栄翔

竜電(右)を激しく攻める大栄翔(撮影・鈴木正人)

大栄翔(右)は竜電を押し出しで破る(撮影・小沢裕)

大栄翔 前に出られたので本当に良かったです。思い切りいこうと考えた。(優勝への意識は)ゼロではないけど、変に考えすぎずに1日一番でやっていきたい。


北勝富士押し出し徳勝龍

押し出し御嶽海

御嶽海 自分の相撲が取れた。(勝ち越しは)素直にうれしい。(残り2日間へ)自分の目標の2桁しっかり取れるようにやっていきたい。ここまできたら残り2つしっかり取りたい。


高 安突き出し玉 鷲

照ノ富士押し出し遠 藤

朝乃山上手投げ隠岐の海

隠岐の海(手前)を上手投げで破る朝乃山(撮影・鈴木正人)

懸賞金の束を手に土俵を引き揚げる朝乃山(撮影・鈴木正人)


隆の勝はたきこみ正 代

隆の勝(後方)をはたき込みで破る正代(撮影・鈴木正人)

隆の勝との一番で物言いがつき審判団の協議を待つ正代(撮影・小沢裕)

勝ち名乗りを受ける正代(撮影・小沢裕)

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勝南桜が82連敗、来場所にも連敗記録に並ぶ可能性

高野(右)に押し出しで敗れる勝南桜(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇13日目◇22日◇東京・両国国技館

史上最多89連敗の記録を持つ、東序ノ口28枚目の勝南桜(22=式秀)が、西序ノ口22枚目高野(19=木瀬)に負けて7敗目を喫し、19年初場所から続く連敗が82となった。

ふわっと当たった立ち合いから右上手を狙うも、上体が起きてしまい高野の突き押しに後退。一気に土俵外へ運ばれた。「なるべく思い切り当たろうと思ったけど圧力が違いました」と肩を落とした。

場所前に服部桜から改名して臨んだ、新年最初の本場所。当初は、生まれ育った神奈川県茅ケ崎市への思いから「湘南桜」への改名を想定していたが、師匠の式秀親方(元前頭北桜)の提案で「勝南桜」に。下の名前も高校生棋士、藤井聡太2冠から取って「聡太」にした。

連敗脱出に向けて改名で験を担いだが、いまだ止められず。来場所にも自身が持つ連敗記録に並ぶ可能性が出てきた。「そういうことを考えると本場所で力が出せない。思い切り相撲を取りたい」と無心で土俵に上がる姿勢を見せた。

悲願の白星に向けて当然、稽古は欠かさない。本場所前はもちろんのこと、「本場所中も相撲がない日は稽古場におりている」と、1時間から2時間程度、基礎運動や立ち合いの確認などを行っているという。「もうちょっと立ち合いを強くしたい」と課題を口にした。

14日目にも取組が組まれており、今場所最後の取組となる。「もう1日、明日あるので頑張りたい。自分の相撲を取りきりたい」と意気込んだ。

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50歳華吹が勝ち越し 頑張るベテランが日本に元気

桜(右)を攻める華吹(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇12日目◇21日◇東京・両国国技館

スポーツには力がある。懸命に戦うベテラン、いやおっさんたちからも力もらい、負けじとみんな頑張ろう-。新型コロナウイルス感染拡大という状況が続き、誰もが疲弊している。出口はまだ見えない。そんな中、21日、大相撲初場所(両国国技館)で現役最年長50歳、東序ノ口9枚目の華吹(はなかぜ、立浪)が勝ち越しを決めた。50歳以上の力士が勝ち越すのは、1905年(明38)5月の若木野以来116年ぶりという偉業だ。サッカー、J1横浜FCのFWカズ(三浦知良、53)も和歌山でのキャンプ中にプロ36年目の新シーズンへ、決意を口にした。

     ◇   ◇   ◇

現役最年長の華吹が、偉業を達成した。西序ノ口11枚目の桜(34=高田川)との、両部屋ちゃんこ長の対決。立ち合いすぐに左を差して右上手を取ると、土俵中央付近で静止。桜の下手投げに耐えると、上手投げで相手の体勢を崩し頭を押さえながらのはたき込みで料理した。昨年5月28日に50歳になってから4場所目で初の勝ち越し。実に116年ぶりの50歳以上力士の勝ち越しとなった。

師匠の立浪親方(元小結旭豊)は、弟子の偉業に「先にネットニュースを見て知りました」と笑った。4番相撲で3勝1敗とし、勝ち越しに王手をかけていた。5番相撲で負けたが、立浪親方は声を掛けずに見守った。「部屋で顔を合わせることはあるけど、特に声を掛けることはしませんでした。本人なりに一生懸命やっていますから」。横綱千代の富士が圧倒的に強かった86年春場所が初土俵。昭和、平成、令和と元号を3つもまたいだ大ベテランに、多くの言葉掛けは不要だった。

本来なら、昨年にも引退する予定だったが、コロナ禍で影響を受けた就職先の受け入れ態勢が整わなかった。それは現在も変わらず、感染状況が落ち着き、受け入れ態勢が整うのを待ちながら、土俵にあがり続ける。コロナ禍で翻弄(ほんろう)されつつあるが、じっとこらえ踏ん張る。取組後も含め、多くを語らない華吹の奮闘に、立浪親方は「ここまできたら、いいんじゃない。すごいことでしょう。ほめてやってよ」と穏やかな口調で話した。コロナ禍でも奮闘するベテランの姿は、きっと多くの人に感動や勇気を与えるはずだ。【佐々木隆史】

桜(左)をはたき込みで破る華吹(撮影・鈴木正人)

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現役最年長50歳の華吹が勝ち越し 116年ぶり

桜(左)をはたき込みで破る華吹(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇12日目◇21日◇東京・両国国技館

現役最年長50歳、東序ノ口9枚目の華吹(はなかぜ、立浪)が勝ち越しを決めた。西序ノ口11枚目の桜(34=高田川)との対戦。立浪、高田川、両部屋のちゃんこ長同士の対決となったが、華吹が制した。立ち合いから左四つ、上手投げで崩し、最後ははたき込みで料理した。

華吹は昨年5月28日に50歳になってから4場所目で初の勝ち越し。50歳以上の力士が勝ち越すのは、1905年(明治38年)5月の若木野以来116年ぶりになる。

師匠の立浪親方(元小結旭豊)は、華吹の偉業を「先にネットニュースを見て知りました」と笑った。4番相撲で3勝1敗とし、勝ち越しに王手をかけていた華吹。5番相撲で負けたが、立浪親方は声を掛けずに見守った。「部屋で顔を合わせることはあるけど特に声を掛けることはしませんでした。本人なりに一生懸命やっていますから」。いくら弟子とは言え、年齢は親方の2歳下。ベテランに対して多くは語らない。

本来なら、華吹は昨年にも引退する予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、就職先の受け入れ態勢が整わなかった。それは今も変わらず、新型コロナが落ち着き、受け入れ体勢が整うのを待っている。そんな中での華吹の節目の勝利に、立浪親方は「ここまできたらいいんじゃない。すごいことでしょう。ほめてやってよ」と穏やかな口調で話した。

桜(右)を攻める華吹(撮影・鈴木正人)
桜をはたき込みで破り勝ち名乗りを受ける華吹(撮影・鈴木正人)

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勝南桜76連敗 地元と藤井2冠にあやかり改名も…

大陸山(右)に押し倒しで敗れる勝南桜(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇2日目◇11日◇東京・両国国技館

史上ワーストの89連敗の記録を持つ、東序ノ口28枚目の服部桜改め勝南桜(しょうなんざくら、22=式秀)が、改名して最初の一番に臨んだが、西序ノ口27枚目大陸山に敗れて一昨年初場所の6番相撲から76連敗となった。

地元への思いと将棋界のスターから取ったしこ名で心機一転となったが、白星にはつながらなかった。立ち合いが合わず、2度目で成立。「冷静になって取れた」と動揺はなかったが、相手の当たりにはじき返され、そのまま押し倒された。

15年九州場所の序ノ口デビューから「服部桜祥多」のしこ名で、1年後には「服部桜太志」に改名したが、今回は思い切った改名となった。場所前に自ら、師匠の式秀親方(元前頭北桜)に改名を申し出たという。「しょうなん」は「地元の名前を入れたかったから」と、生まれ育った神奈川県茅ケ崎市から。師匠の提案で「勝」の字を入れた。改名のタイミングについては「先場所うちの部屋で変えた力士もいる。心機一転と思って」と説明した。

下の名前「聡太」は将棋の高校生プロ、藤井聡太2冠から取った。「自分も少し将棋が好きなので。小学校のときは祖父と一緒にやっていた」と勝南桜。今でも「携帯の将棋アプリでやっている」という。“天才棋士”にあやかり、再出発を期す。

今年の目標は「とにかく勝ち越すこと。勝ちにこだわりたい」。通算3勝210敗となったが「今年で通算10勝くらいはあげたい」と意気込む。最後の白星は、昨年初場所の5番相撲。「自分は右四つが得意。右四つで前にどんどん出る相撲を取りたい」と意気込んだ。

大陸山(右)に押し倒しで敗れる勝南桜(撮影・鈴木正人)

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