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白鵬が柔道会場訪れていた SNSで露呈「大きな問題だよ」芝田山広報部長

白鵬(2021年7月16日撮影)

大相撲の横綱白鵬(36=宮城野)が、東京オリンピック(五輪)の柔道会場に姿を見せたことをSNS上で露呈され、物議を醸している。

2日、報道陣の電話取材に応じた日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)が「勘違いということじゃなくて常識、非常識が全く分かっていないということ。決められたルールを守ってない。ルール破りの常習だよ。大きな問題だよ。(コロナ感染が)大変な状況なんだから。勘違いとは違う。そんな、やさしいもんじゃない。決まりごと、それも国の中の決まりごと」と厳しく断じた。

ネット上に白鵬が柔道会場にいたことが判明したのは先月28日のもの。国際柔道連盟(IJF)のマウリス・ビゼール会長の公式ツイッターで、男子73キロ級金メダリスト大野将平を、左に白鵬、右にビゼール会長ではさむ形のスリーショット写真が掲載された。

番付発表日から千秋楽までの約1カ月間、協会員は原則的に外出が禁止されているが、場所後の約1カ月間は師匠の許可さえ取れば外出が可能となっている。白鵬はモンゴル五輪委員会のアンバサダーを務めており、15年9月に日本オリンピック委員会(IOC)とモンゴル五輪委員会がパートナーシップ協定を結んだ際には調印式に出席したこともある。

今回もアンバサダーの立場として柔道会場の日本武道館に訪れたと見られるが、電話取材に応じた宮城野親方(元前頭竹葉山)は、白鵬に外出の許可を与えたか問われると「私からは話すことはできない」と明言しなかった。

不明な点はあるものの芝田山広報部長は「政府が無観客でと決めた。それで(それなのに)入っていて選手と写真を撮っているのが(SNSに)上がっている。だめでしょ」とし、届け出については「行くのなら申請書を出して、こちらで審査しないといけない状況。例えば政府からの申請なら別だが、単なるモンゴル選手団からの要請では駄目でしょう」と申請書の提出がないことに疑問を呈した。

さらに会場を訪れた白鵬の立ち位置について「組織委員会の何かをしているのか? JOCは? やっているわけない」と推察した上で「そこにいるのが、おかしい。世間一般の方々に対して、無観客と言っているのに、そこに行くことが大きな問題であるということを、本人がどのくらい理解している気持ちがあるのか。そんな気持ちがないなら横綱としては失格ですよ」と断じた。

広報部長の口調は、さらに熱を帯び、名古屋場所後の横綱審議委員会(横審)で痛烈に批判を浴びたことにも言及。「14日目、千秋楽の相撲内容、立ち居振る舞い、横綱としては目を疑う、というくらいの話をしている。その後に、こういう行動をしている。我々は勝手な行動を止められない。横綱としての立場も失格だし、協会員の立場も失格じゃないの? と言われてもおかしくなくなる。上が辛抱しているから、おまえたちも辛抱しろと言えない」と続けた。

同広報部長が「『横綱だったら何でもできるのか』という書き込みもあった」と話すように、この件でSNS上では「白鵬はモンゴル五輪委員会のアンバサダーなので関係者」「白鵬が五輪を見に行っていた。何でもありだな」「このような行動を取るから真の横綱とは見られない」「キャバクラ行ったのは駄目でスポーツイベントの観戦はあり?」「一力士にしか過ぎない白鵬がなぜ柔道観戦してんだよ。またお得意の特例かよ」…など批判の声が噴出している。

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荒磯親方が部屋設立初日の思い語る「責任感もあるし、やりがいもある」

荒磯部屋の初稽古で弟子を指導する荒磯親方(左)(日本相撲協会提供)

8月1日付で田子ノ浦部屋から独立して、出身地の茨城県内に43番目の部屋となる荒磯部屋を設立した荒磯親方(35=元横綱稀勢の里)が同日午後、報道陣のリモート取材に応じ、門出の思いなどを語った。

田子ノ浦部屋から力士4人と幕下行司の木村隆之助を伴っての部屋設立に「いよいよ始まる、という感じです。大事なお子さんを預かって責任感もあるし、やりがいもある」と、師匠として初日を迎えた心境を明かした。コロナ禍にあり一門の関取衆が集まったり、地元のファンに見てもらうなど通常の華やかな部屋開きとはならなかった。この日の初稽古も「いつも大勢でやっていたのが(この日は)3、4人。違和感はあった」と話し、地元ファンにも「今はなかなか(稽古も)見せられなくて、つらい思いはある」としながらも、そこは前向きな姿勢を忘れず横綱まで上り詰めた荒磯親方のこと。基礎運動中心で胸も出したことに「初日から、良い稽古ができました」と振り返り、相撲を取る稽古を回避していたはずが、気合が入るあまり高校相撲出身の力士とは思わず「三番稽古をした」というほど熱も入った。それでも「自分ではなく荒磯部屋の力士が目立つのが理想。今は(目立っているのは)自分だけど、自分の存在が分からなくなるぐらいになって(番付を上げて)ほしい」と先を見据えた。

荒磯部屋は、親方の出身地である茨城・牛久市に隣接する阿見町に、来年夏前後の完成を目指して準備中で、約1700坪の広大な敷地に部屋を構える。この日、開設した部屋は、同県つくばみらい市にある仮の部屋で生活し、稽古場は筑波大にある柔道部などが入っている武道館に間借りする形で設置された。「来年(阿見町に)完成するまで使わせていただきますが、稽古場もすごく良くて、いい環境でやらせていただき、若手もノビノビと稽古できる。あとは自分の指導力が問われプレッシャーになりますが、環境はいい」と現状でも満足いく稽古場。当面は「15歳にケガをさせないような体を作るという責任感がある。(力士)本人たちは面白くない稽古だろうけど、今はとにかく焦らず体を鍛える。9割5分は体作り」と徹底して基礎作りに注力する。そのため、荒磯部屋として船出となる大相撲秋場所(9月12日、両国国技館)も「正直、あまり結果は求めない」という。

筑波大との連携についても言及。横綱まで上り詰めても「体の使い方とか呼吸の仕方とか、科学的に見るとまだ分からないことがある」と話し、自分の経験則に照らし合わせても「立ち会いにしても、まだ物足りないものがあって(感覚的に)20%も出てない。自分の確信に変えられるように」と、動作解析や運動力学など科学的な知見も近々、関係者との顔合わせで徐々に取り入れるつもりだ。師匠として長い道のりの第1歩を踏んだ荒磯親方。「強くなってほしいし、人間的にも成長して、みんなが憧れるような力士になってほしい」と精神的な成長も若い力士に求めた。

荒磯部屋の初稽古で記念撮影を行う荒磯親方(後列右)と弟子(日本相撲協会提供)
荒磯部屋の初稽古で弟子に胸を出す荒磯親方(日本相撲協会提供)

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芝田山広報部長「協会の看板に泥を塗ってくれたな」処分通達に貴源治は謝罪

芝田山広報部長(2020年4月3日撮影)

日本相撲協会は30日、東京都内で臨時の理事会を開き、大麻使用が判明していた十両貴源治(24=常盤山、本名・上山賢)を懲戒解雇処分に、師匠の常盤山親方(元小結隆三杉)を委員から年寄へ2階級の降格処分にすることを決めた。

報道陣の電話取材に応じた同協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は、処分を言い渡した際の貴源治の様子について「相撲協会、コンプライアンス委員会、皆さま方に大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と謝罪の言葉があったことを明かした。

理事会の審議では「以前の薬物使用の事例があった後に、薬物に対しての協会としての法律を、ちゃんと決めています。世間一般の法律とは違って、協会の中では薬物を使用したら解雇と決められています。皆さんが理解されて異論なしということ」と反対意見などはなかったという。また師匠の常盤山親方に対しては「(監督責任は)師匠としての使命。師匠もちゃんと律して、自分の弟子をしっかり監視していかなければいけないこと」と全部屋への共通認識を示した。

今回の件の受け止めについては「年齢的にも、やっていいことと悪いことの分け隔てはできる。研修会を、しっかり行ってきた中で事件が起きたわけですが、本人のモラル。相撲協会で、そういう人間がいたのは残念」と述べた。同協会は全協会員に対し、あらためて薬物使用の禁止を厳しく通知。今後の対策として、全協会員への薬物研修及び薬物検査の実施を検討するが、具体的には「いつ行うかなどは、これからの問題で検討中」とした。最後に「相撲協会としては残念。協会の看板に泥を塗ってくれたな、ということ」と厳しい口調で話した。

貴源治(2021年7月14日撮影)

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大麻使用で謹慎中の貴源治を懲戒解雇処分 常盤山親方を年寄への降格処分

貴源治(2021年5月9日撮影)

日本相撲協会は30日、東京都内で臨時の理事会を開き、20日に大麻使用が判明したことを発表し謹慎中の十両貴源治(24=常盤山、本名・上山賢)を懲戒解雇処分に、師匠の常盤山親方(元小結隆三杉)を委員から年寄への降格処分にすることを決定。同日、本人に言い渡した。17日に大相撲名古屋場所が開催されていた愛知県内で大麻たばこを吸引し使用。19日の薬物検査(尿検査)で陽性の反応が出ていた。

日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)から、処分意見の答申を委嘱されたコンプライアンス委員会が事実関係を調査。大麻取締法で使用は刑罰の対象になっていないが、同協会の薬物使用禁止規定では、使用自体を禁止されている。この規定に違反した場合は原則、解雇処分とすることが定められている。さらに貴源治は19年9月の理事会で、部屋の弟弟子らに対する理不尽な腕立て伏せの強要や侮辱的な言動があり、けん責の懲戒処分を受けている。また今回の件でも、協会の事情聴取に当初、大麻使用の事実はないという、虚偽の返事をしていたことも「事実を否認した態度も許し難い」と断じた。同委員会のヒアリングでは過去に8回程度、大麻使用の事実があったと供述し「相応に反省、悔悟している様子はうかがえる」としたものの「かかる事情をもって処分を軽減するほどの特別の事情と評価することはできない」とした。

過去に同協会では08年以降、大麻使用及び所持により力士4人を懲戒解雇しており、処分を軽減した例はない。このことから貴源治についても、処分軽減の特別な事情は認めず、薬物使用禁止規定に定める原則に従い、懲戒解雇処分とするのが相当、と八角理事長に答申した。

また師匠の常盤山親方については、18年12月の理事会で、弟子の暴力事案でけん責処分を受け、19年にあった前述の貴源治の事案についても報酬減額の処分を受けていた。貴源治の生活指導で監督責任があり、今回の貴源治の大麻使用の噂が他の部屋からの情報提供もあったことから「指導監督が不十分であったというほかない」とした。19年の処分後も「貴源治が自力で更生すると軽信して、同人に何ら特別な指導監督を行わないまま、結果的に、貴源治が大麻の使用を繰り返していることに全く気づいていなかったのであるから、その指導監督の態度に重大な不足があったことは明らか」と断じ、委員から年寄への2階級降格の懲戒処分とするのが相当、と答申した。

これを受けてこの日、理事会を開催。コンプライアンス委員会の答申通りの処分を決定し、それぞれ本人に通知した。同協会は全協会に対し、あらためて薬物使用の禁止を厳しく通知。今後の対策として、全協会員への薬物研修及び薬物検査の実施を検討するとした。

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八角理事長が出廷へ 背任行為で協会元顧問らに5億円超損害賠償請求

夏場所千秋楽で協会あいさつに臨む八角理事長(2021年5月23日撮影)

在職中に背任的行為などをしたとして、日本相撲協会が元顧問の小林慶彦氏と同氏が代表取締役を務めたコンサルティング会社に損害賠償を求めた訴訟は29日、東京地裁で弁論準備が行われ、10月13日と同29日に証人尋問を実施することが決まった。29日に八角理事長(元横綱北勝海)と小林元顧問が出廷する予定。協会側の代理人弁護士が明らかにした。

13日は協会の事務方責任者らが尋問される。同弁護士によると、協会側は小林元顧問に5億1000万円ほどの損害賠償を求めている。(共同)

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荒磯部屋、5月完成の新部屋は異例の土俵2つ 完成イメージ図を発表

荒磯部屋ホームページに公開された来年5月完成予定の荒磯部屋の完成イメージ図

大相撲の荒磯部屋が28日、部屋の公式ウェブサイトを更新し、来年5月完成予定の部屋完成イメージ図を発表した。通常は部屋に1つの土俵が2つあるものや、現役時代に横綱土俵入りの際に締めていた三つぞろえの化粧まわしが展示されているコーナーなどの完成予定イメージ図を発表。荒磯親方(元横綱稀勢の里)は8月1日付で田子ノ浦部屋から独立し、地元の茨城・牛久市に隣接する阿見町に荒磯部屋を新設する予定となっている。

荒磯親方は3月に卒業した早大大学院スポーツ科学研究科の修士課程1年制で、相撲部屋の在り方などを研究していた。稽古の効率性を考えて土俵を2つ作れないか、部屋内に親方や弟子が話し合えるミーティングルームや観光客用に部屋オリジナルグッズなどを置いたお土産コーナーを設置できないかなど、固定観念に縛られない相撲部屋を研究してきた。まさに、その研究結果を形とした相撲部屋になりそうだ。

荒磯親方は、公式サイトにて「『親方』とは弟子の発掘から育成、床山や行司などの職種のマネジメント、さらにはファン、支援者の獲得等、相撲部屋の経営に関わる全ての責任者です。相撲部屋こそ、他のプロスポーツ同様に経営的観点を持ち、体系立てて行うことが必要だと強く感じています」と独自の親方論についてコメントしている。

荒磯部屋ホームページに公開された来年5月完成予定の荒磯部屋の完成イメージ図
荒磯部屋ホームページに公開された来年5月完成予定の荒磯部屋の完成イメージ図
荒磯部屋ホームページに公開された来年5月完成予定の荒磯部屋の完成イメージ図
荒磯部屋ホームページに公開された来年5月完成予定の荒磯部屋の完成イメージ図

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高砂親方、大関朝乃山ら高砂部屋の7人がコロナ感染

朝乃山(21年5月撮影)

日本相撲協会は27日、高砂部屋の師匠の高砂親方(元関脇朝赤龍)、大関朝乃山、幕下以下の力士5人が、新型コロナウイルスに感染したことを発表した。協会によると、26日に幕下以下の力士1人が体調不良を訴え、同日にPCR検査を実施したところ陽性が判明。感染症専門家の指導のもと、部屋所属の協会員を対象にPCR検査を実施し、この日に新たに6人の感染が判明したという。

新型コロナウイルス感染拡大の影響により、大阪で開催した昨年春場所以降は、本場所は東京・両国国技館で開催してきた。しかし、両国国技館が五輪のボクシング会場になっているため、18日に幕を閉じた7月場所は名古屋で開催。約1年半ぶりの地方場所に向けて、協会員らは6月下旬に都内でワクチンを接種し、名古屋入りして7月場所に臨んでいた。

電話取材に応じた芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「どこでもらったのか分からない。休みに入って1週間たっている」と感染経路は不明とした。「ワクチンを受けても感染するということ。協会員にも報告と注意喚起は行う予定です」と引き締めた。

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照ノ富士、柔道大野将平V2祝福「昔2人で連覇と横綱になることを話した」

照ノ富士(2021年7月21日撮影)

第73代横綱照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が27日、都内の伊勢ケ浜部屋で、不知火型の土俵入りを稽古した。報道陣の電話取材に応じた照ノ富士は「何キロどうこうではなくて、自覚を持って行動しないといけないという重さがあった。どんな地位なのか、どんな立場なのか、どんな生き方をするかをもう1度考えて、みんなに認められる横綱になりたい」と決意を新たにした。

土俵入りの稽古前には、部屋の力士らによる綱打ちが行われた。その後、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)指導のもと、不知火型の土俵入りの稽古を行ったという。「見るのは簡単に見えるけど、いざやると全く違う」と語った。また、この日は、伊勢ケ浜親方が還暦土俵入りの際に締める赤色の綱の綱打ちも行われた。「こういう機会はなかなかない。本当にうれしいです」と声を弾ませた。

新横綱昇進が決まった21日から、日本中が五輪に沸いている。照ノ富士は、親交が深い柔道の男子73キロ級の大野将平の連覇をテレビで生観戦。「堂々としている姿がチャンピオンらしい。かっこいい姿を国民に見せられたと思う。あらためておめでとうと言いたい」と祝福。また「昔に2人で、連覇することと横綱になることを話して、それを達成することができた。あらためて次の目標に向かって頑張っていきたい」と刺激を受けた。

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94年貴乃花は「不撓不屈の精神」横綱昇進伝達式の主な口上

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(右中央)、右奥は伊勢ケ浜親方、淳子女将。左から浅香山審判委員、高島理事(撮影・柴田隆二)

「第73代横綱照ノ富士」が誕生した。日本相撲協会は21日、都内で臨時理事会と秋場所番付編成会議を開き、照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の横綱昇進を全会一致で決定。都内の部屋で伝達式に臨んだ照ノ富士は「不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と口上を述べて決意を示した。横綱土俵入りのお披露目は未定だが、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は自身と同じ「不知火型」を伝授することを明かした。

<横綱昇進伝達式の主な口上>

▽北の湖「栄誉ある地位を辱めないよう努力」(1974年名古屋場所後)

▽千代の富士「横綱の名を汚さぬよう、一生懸命頑張ります」(81年名古屋場所後)

▽旭富士「健康に注意しながら、心技体の充実に努めます」(90年名古屋場所後)

▽曙「横綱の地位を汚さぬよう、稽古に精進」(93年初場所後)

▽貴乃花「不撓(ふとう)不屈の精神で、力士として不惜身命(ふしゃくしんみょう)を貫く」(94年九州場所後)

▽3代目若乃花「横綱として堅忍不抜(けんにんふばつ)の精神で精進」(98年夏場所後)

▽朝青龍「相撲道発展のために一生懸命頑張ります」(2003年初場所後)

▽白鵬「精神一到を貫き、相撲道に精進」(07年夏場所後)

▽日馬富士「全身全霊で相撲道に精進」(12年秋場所後)

▽鶴竜「横綱の名を汚さぬよう、一生懸命努力」(14年春場所後)

▽稀勢の里「横綱の名に恥じぬよう精進」(17年初場所後)

伝達式後、騎馬で祝われる新横綱照ノ富士(上)(撮影・柴田隆二)

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白鵬に八角理事長らが注意 仕切り、張り手、ガッツポーズの振る舞いで

大相撲名古屋場所 白鵬は照ノ富士(手前)を小手投げで破り全勝優勝を決め歓喜の表情でガッツポーズ(21年7月18日撮影)

横綱白鵬が、名古屋場所での土俵上の振る舞いについて、日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)らから東京都内で注意を受けたことが21日、関係者の話で分かった。師匠の宮城野親方(元幕内竹葉山)も呼ばれた。

白鵬は俵付近で手をついた14日目の仕切りや、連日の張り手、優勝を決めた千秋楽のガッツポーズを協会の諮問機関、横綱審議委員会(横審)から批判されていた。芝田山広報部長(元横綱大乃国)によると、横審での話し合いを白鵬本人に伝えるとの報告が、八角理事長からこの日の理事会であったという。

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大相撲11月場所は福岡で開催 芝田山広報部長「少しずつ元の状態に」

芝田山広報部長(2020年4月3日撮影)

日本相撲協会は21日、都内で理事会を開き、同日付で鏡山部屋所属の協会員全員の伊勢ノ海部屋転属と鏡山部屋封鎖を承認した。

また、11月場所の福岡開催を発表。1日の観客数は、会場の福岡国際センターの収容人数の半分以下となる3700人を上限にする。9月の秋場所はこれまで通りに、東京・両国国技館で1日の観客数5000人以下で開催。基本的に午後1時開場だが、新序出世披露が行われる8日目は正午、後半戦の13日目以降は午前10時開場となる。芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「少しずつ元の状態に戻していきたい」と話した。

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照ノ富士、膝痛めたからこそ磨いた“前に出る相撲”絶対的な攻めに

大相撲名古屋場所13日目 正代に力強く寄る照ノ富士(2021年7月16日)

<第73代横綱誕生~不屈の照ノ富士~>

大関照ノ富士の横綱昇進が決まった。26場所ぶりに誕生する横綱は、いかなる復活劇を遂げたのか。連載「第73代横綱誕生~不屈の照ノ富士~」で答えに迫る。

   ◇   ◇   ◇

かつての強引な取り口は、劇的に改善されている。幕内に復帰した昨年7月場所以降、左前みつを素早く取って強烈に引きつける相撲が、照ノ富士の躍進を支えている。元横綱千代の富士や、兄弟子の元横綱日馬富士らを参考にしているという形。大関昇進の伝達式で照ノ富士は「自分は1つのことしかできない。右四つで前に出てやっていくという形を、もっともっと強くしていきたいなと思います」と話していたが、言葉通り絶対的な攻めとなりつつある。

鳥取城北高で照ノ富士を指導した同校相撲部コーチのレンツェンドルジ・ガントゥクス氏(36)は「昔は引っ張り込む相撲が多かったけど、今は前に出ることだけに集中しているように見える」と変化を口にする。師匠の伊勢ケ浜親方は「抱え込んで相撲を取ったり、強引な投げを打ったり、反り返ったり、そういうのはなくなってきている。やっぱり前に出なければ相撲は取れないですよね。膝が悪い力士は」と説明。古傷の両膝の状態が悪いからこそ、前傾姿勢を維持して膝に負担がかからない取り口を意識してきた。

現行のかど番制度となった69年名古屋場所以降、大関陥落を経験して横綱昇進を果たしたのは三重ノ海だけ。その元横綱三重ノ海の石山五郎氏(73)は「今の前に出る相撲を貫けばいい。照ノ富士の大きな体を生かした相撲だと思う」と太鼓判を押す。192センチ、177キロの体を存分に生かして、最高位を務める。【佐藤礼征】

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(中央)、左は伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)

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「昇進したら」照ノ富士の母から6年前預かった手紙 変わらぬ息子への思い

照ノ富士(2021年7月12日撮影)

もう6年近く、預かっていた手紙がある。

封筒には「2015・10・08」。当時、照ノ富士の横綱昇進は時間の問題とみてモンゴルへ取材に向かい、母オヨンエルデネさん(50)に「昇進したら渡しましょう」とサプライズ企画を持ち掛けた時のものだ。快諾してしたためてくれた1枚の便箋には、時がたっても変わらぬ思いが詰まっていた。

特別なねぎらいの言葉はない。理由は「頑張ってくれればいい。目標のために一生懸命頑張る性格だから」。その後、苦難の相撲人生を歩むことになったが、今でも「『自分を信じて頑張ってください』と伝えたい」という。誰よりも愛息を知る母だからこその、色あせないメッセージだ。

手紙を渡す準備を始めたのは名古屋場所11日目の結果を見届けた後。土つかずなのは「15年秋場所以来」だと聞いて“あの日”を思い出した。15年9月25日。13日目の稀勢の里(現荒磯親方)戦で右膝を負傷。千秋楽で優勝争いをしていた鶴竜(現親方)を本割で破り、決定戦を待つ西の支度部屋では患部に冷却スプレーを1本使い切り、脂汗を垂らしながら必死で平静を装っていた姿が目に浮かぶ。

相撲担当を離れた後も東京場所には顔を出していたが、照ノ富士は内臓疾患もあり気力はどん底状態。最悪の結末も頭をよぎった。母も「本当に健康の問題で何もできないなら引退してもいいと思っていた」という。師匠の慰留、そして結婚もした。周囲の支えがなければ、復活劇はなかったかもしれない。

来日時に母からもらったことわざ集の中に、こんな言葉があるという。「自分が頑張ると、運命も頑張る」。激動の6年間は実り、私も約束を果たせた。この手紙は関係者を通じて、照ノ富士に贈った。いつか直接会って祝福できる日を待ちながら、テレビの向こうから応援したい。【元相撲担当=桑原亮】

愛する我が息子へ

この世にある最高の健康と活力がいち早く、あなたに訪れることを祈ります。

息子よ、山の頂を眺めるような落ち着いた心や豊かな考え、忍耐力、そして目標達成のための心の準備をしてください。

賞賛と非難のどちらも受けとめる力を身につけ、勇気、根気があれば、目標を達成できる日は必ず来るのです。

母は、あなたのことをいつも誇りに思っています。心から愛しているよ。

母オヨンエルデネより

アルバムを懐かしそうに眺める照ノ富士の母オヨンエルデネさん(2015年10月6日撮影)
ゲル式レストランで長女オルホントンガラグさん(右)とその長女(中央)と記念撮影する照ノ富士の母オヨンエルデネさん(2015年10月6日撮影)
横綱昇進が事実上決まり、会見に臨む照ノ富士(2021年7月19日撮影)

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尊敬白鵬の言葉胸に7場所でスピード出世 北青鵬の新十両昇進に両親も喜ぶ

秋場所番付編成会議で新十両昇進が決まりリモートでの会見に応じる北青鵬(日本相撲協会提供)

日本相撲協会は21日、大相撲秋場所(9月12日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を開き、モンゴル生まれ、札幌市出身の北青鵬(本名アリューナー・ダワーニンジ、19=宮城野)の新十両昇進を決めた。名古屋場所は西幕下2枚目で7戦全勝。20年春場所の初土俵から所要7場所でのスピード出世を果たした身長2メートルの大器は、相撲の道に導いてくれた横綱白鵬と同じ、21歳での横綱昇進を目標に掲げた。北海道・雨竜町で暮らす両親も、息子の十両昇進を喜んだ。

      ◇     ◇     ◇

父エルデンビレグ・エンフテブシンさん(38)は息子が全勝で優勝を決めた名古屋場所13日目と、白鵬が全勝優勝を決めた18日の千秋楽を現地で観戦。「横綱の復帰場所に息子も優勝できて、2倍うれしい」と話した。

横綱に導かれた出世街道だった。北青鵬は、両親の語学留学のため6歳で来日。09年2月22日、当時7歳の北青鵬は、札幌から母バルハス・アリューナーさん(39)とモンゴルへ一時帰国する途中、乗り継ぎした韓国の空港で偶然、横綱白鵬と出くわした。母国の英雄と一緒に写真を撮影。その後、横綱から「15歳になったら俺のところに来い」と言われた。この言葉が角界に突き進むきっかけになった。

その場にいた母バルハスさんは「この子は小さかったし、今日の日が来るとは思わなかった。本当に運命の出会いだった」と当時を振り返る。その後、父エルデンビレグさんが札幌市内で相撲ができる少年団を探し、小2から札幌すもうスポーツ少年団に入る。その夏、札幌巡業で北青鵬は白鵬と再開し「横綱になる」と誓い、生活面から意識を変えていった。

甘い菓子などは一切食べない。飲み物は牛乳かお茶。菓子パンが嫌いで、フランスパンや食パンを、ジャムなどはつけず、そのままかじりついた。午後10時には必ず寝て、午前6時には起きる。母バルハスさんは「どうやったら背が伸び、体が大きくなるかということを小さいころから意識していました。少し早く寝れば、より大きくなるんじゃないかとか、いつもそういうことを話していました」と当時をなつかしんだ。

小4からは3年連続でわんぱく相撲全国大会、全日本小学生優勝大会に出場。着実に力をつけ中学進学の際、再び白鵬の言葉がステップアップの一助になる。「鳥取に、いい指導者がいる。行かせてみないか」。強豪・鳥取城北高との一貫指導を行っていた鳥取西中の練習を父と一緒に見学。12歳の少年は「ここでやる」と決意し、中1から親元を離れることになった。

壁にもぶち当たった。鳥取西中では団体戦レギュラーになれず3年の6月に「辞めたい」と北海道に帰ってきてしまった。失意の帰郷だった。夢をあきらめかけた8月、父に連れられ再び札幌巡業へ向かうと、横綱がいた。「なんでここにいるんだ。今、大会やっている時期だろ。頑張らなきゃだめじゃないか!」。尊敬する白鵬に一喝され、号泣。もう1度、チャレンジするために荷物をまとめ、鳥取に向かった。

中学卒業時は175センチ前後だったが、鳥取城北高進学後に一気に背が伸び2メートル近くに。高校総体準優勝などを経験し、卒業後は、白鵬がいる宮城野部屋に入門し、一気に力をつけ10代で十両まで上がってきた。父エルデンビレグさんは言う。「12歳の子どもを1人で鳥取に送り出したときは、きつかったね。お母さん、最初の1年、ずっと泣いていた。行かせなくてもよかったのかなと。でも後から考えたら、それが大正解だった」。次は白鵬と、家族と約束した横綱への階段を、駆け上がっていく。【永野高輔】

◆北青鵬治(ほくせいほう・おさむ)本名アリューナー・ダワーニンジ。01年11月12日、モンゴル・ウランバートル生まれ。6歳から札幌市で育った。鳥取西中から名門の鳥取城北高を経て宮城野部屋へ。しこ名の名付け親は白鵬。20年春場所初土俵。序ノ口、序二段、三段目、幕下の各段で優勝。得意は右四つ、寄り。202センチ、178キロ。

昨夏の序の口優勝後、北海道に帰省した際の北青鵬(中央)と家族。左端が父エルデンビレグさん、中央右が母バルハスさん。前列は北青鵬のきょうだい(父エルデンビレグ・エンフテブシンさん提供)
雨竜町の実家には子どもの頃の北青鵬(上)と、横綱白鵬(下)の写真が飾られている(撮影・永野高輔)
雨竜町の実家には子どもの頃の北青鵬(上)と、横綱白鵬(下)の写真が飾られている(撮影・永野高輔)
韓国の空港で遭遇した白鵬と話す幼少期の北青鵬(右)(父エルデンビレグ・エンフテブシンさん提供)

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「ここまできたんだな」照ノ富士の横綱昇進に師匠の伊勢ケ浜親方は万感

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(右中央)、右奥は伊勢ケ浜親方、淳子女将。左から浅香山審判委員、高島理事(撮影・柴田隆二)

「第73代横綱照ノ富士」が誕生した。日本相撲協会は21日、都内で臨時理事会と秋場所番付編成会議を開き、照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の横綱昇進を全会一致で決定。都内の部屋で伝達式に臨んだ照ノ富士は「不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と口上を述べて決意を示した。横綱土俵入りのお披露目は未定だが、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は自身と同じ「不知火型」を伝授することを明かした。

   ◇   ◇   ◇

師匠の伊勢ケ浜親方は終始、表情を変えなかったが「ここまできたんだなという感じ」と、万感の思いを語った。口上の内容は照ノ富士、おかみの淳子夫人と3人で決めたという。弟子が横綱に昇進するのは、12年秋場所後に昇進した日馬富士以来2人目。「本人はできることを最大限やるしかない。その気持ちを一切ぶれることなくやっているから、それを続けてほしい。品格と力量を認められて横綱になった。それをさらに磨き上げて、横綱とはこういうものだと認識して頑張ってもらいたい」と期待を込めた。

伝達式後、会見に臨む新横綱照ノ富士(左)、伊勢ケ浜親方(撮影・柴田隆二)
伝達式後、乾杯する新横綱照ノ富士(左から3人目)と右端はツェグメド・ドルジハンド夫人(撮影・柴田隆二)

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新横綱照ノ富士「品格」と「力量」追求 記録ではなく生き方で「見本に」

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(右中央)、右奥は伊勢ケ浜親方、淳子女将。左から浅香山審判委員、高島理事(撮影・柴田隆二)

「第73代横綱照ノ富士」が誕生した。日本相撲協会は21日、都内で臨時理事会と秋場所番付編成会議を開き、照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の横綱昇進を全会一致で決定。都内の部屋で伝達式に臨んだ照ノ富士は「不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と口上を述べて決意を示した。横綱土俵入りのお披露目は未定だが、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は自身と同じ「不知火型」を伝授することを明かした。

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描いた横綱像を、照ノ富士はよどみなく言葉で表現した。協会の使者を迎えた午前9時31分。両手、両膝をついたまま昇進の報告を受け、口上を述べた。

「謹んでお受けいたします。不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます。本日は誠にありがとうございました」

「不動心」。両膝のケガなどで番付が転がり落ちたときは「引退」の2文字が何度も頭をよぎった。「いろんなことがあったけど、何事にもぶれない精神を持ってこれからも頑張っていきたいという思い」。

横綱の「品格」と「力量」も追求する。「記録とかじゃない」と照ノ富士。実績ではなく「生き方」こそ、横綱の品格とイメージしているという。「横綱という地位がどういう地位か理解して、みんなの見本になるような横綱でいたい」。大関復帰を決めた3月以来、4カ月ぶり3度目の口上。自己採点は「自分の中では満点」と胸を張った。

本来なら伝達式の翌日に新しい綱を作る「綱打ち」、その翌日に東京・明治神宮で奉納土俵入りが行われるのが通例。コロナ禍のため、奉納土俵入りは未定で照ノ富士も「まだ感情が沸いていない」と実感できずにいるが、師匠と同じ「不知火型」の土俵入りが伝授されることも決まった。

新横綱場所で賜杯を抱けば、17年春場所の第72代横綱稀勢の里(現荒磯親方)に続く。「常に言っている通り、その日の一番に全力をかけて頑張りたい」。最高位に就いても、照ノ富士の謙虚さは変わらない。【佐藤礼征】

◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、ウランバートル市生まれ。18歳で来日し、鳥取城北高に留学して相撲を始める。3年時に中退して間垣部屋に入門。しこ名「若三勝」で11年技量審査場所で初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋に転籍。同年秋が新十両昇進で「照ノ富士」に改名。初優勝した15年夏場所後に大関昇進。17年秋場所後に大関陥落。5場所連続休場して19年春場所に西序二段48枚目で本場所に復帰。192センチ、177キロ。得意は右四つ、寄り。

▽八角理事長(元横綱北勝海) 横綱は、大関にはないものを求められ、今まで以上に多くの期待や重圧と闘わなければならないと思うが、これからもその強い精神力と今までの経験を糧に乗り越えていって欲しい。綱の重みをしっかりとかみしめて、立派な横綱になってくれることを期待している。

伝達式後、騎馬で祝う新横綱照ノ富士(上)(撮影・柴田隆二)
伝達式後、乾杯する新横綱照ノ富士(左から3人目)と右端はツェグメド・ドルジハンド夫人(撮影・柴田隆二)

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スピード出世で新十両の北青鵬「21歳までに横綱になりたい」/一問一答

北青鵬(21年7月撮影)

身長2メートル超の大器、北青鵬(ほくせいほう、19=宮城野)が新十両昇進を決めた。日本相撲協会は21日、大相撲秋場所(9月12日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を開き、北青鵬の新十両昇進を決めた。名古屋場所は西幕下2枚目で7戦全勝。スケールの大きな相撲で、今後への期待も膨らませた。

北青鵬は20年春場所初土俵。序ノ口、序二段、三段目、幕下と各段を制し、今年初場所は新型コロナウイルス感染症による部屋全体の休場もありながら所要7場所でのスピード出世となる。同日、都内の部屋で会見した。以下一問一答。

◇ ◇ ◇

-今の心境

北青鵬(以下北) 素直にうれしいです。やっとスタート地点にこられましたね。ここからなので。

-初土俵から1年半

北 最初、昨年の7月場所で序ノ口優勝した時に「6場所で上がります」。自分の言葉に責任を持ってやってきた。うれしいですけど、もっと自分が稽古していれば先場所上がれていたんじゃないかと思っている。

-幕下優勝も

北 最初から幕下優勝して上がりたいと思っていた。横綱と一緒に優勝した場所はない。自分が先に優勝して、横綱にも優勝してもらいたい思いは強かった。

-芝、時栄に

北 ともに負けている相手。何が何でも負けられなかった。

-相撲への意識

北 どの取組もまわしを取る意識。すべての相撲で右上手を取りにいきました。踏み込んでまわしを取るのがベストだが、自分はまだ上から取りにいってしまう。どの取組もまわしを取って落ち着いて相撲とれている。立ち合いからまわしを下手で取れるように。踏み込めるように、そういう稽古をしていきたい。それがあこがれの横綱、大関の相撲。横綱(白鵬)と同じ左(前まわし)です。

-横綱への印象

北 毎日、欠かさずストレッチして臨んでいた。僕のことを相撲の道に引っ張ってもらって感謝しています。今朝、横綱に電話させてもらった。「ここからだからね」と励ましていただいた。心の底からよし、頑張るぞという気持ちになった。

-親は

北 2人とも喜んで「関取」とからかいながら、言っていました。

-北海道は

北 北海道がなければこの大きな体もなかった。北海道に育ててもらいましたね。いろんな方々の期待を裏切らないように頑張りたい。

-ここから

北 夢は横綱。1年で関取果たせたんで、次は新入幕。横綱になれるよう、もっともっと稽古に励みたい。

-横綱とは

北 何事にも謙虚で素晴らしい人だと思っています。

-新入幕へは

北 自分の中では来場所から2場所連続で2桁勝ちたいと思っている。

-対戦したいのは

北 照ノ富士関ですね。高校の先輩で仲もよかった。これから角界を引っ張る先輩と相撲がとりたい。自分が戦えるように頑張りたい。

-目指す相撲は

北 横綱白鵬関のような左前まわしで前に出る相撲です。横綱からは「おめでとう」と言ってもらいました。

-北海道で好きな食べ物

北 ジンギスカンですね。

-10代での関取

北 横綱が18歳で関取になっている。自分も絶対に10代に関取になる目標を持ってきた。それを達成できてよかったです。

-大きくなる策は

北 小さいころから牛乳たくさん飲んで寝てました。中学でいったん止まったんですけど、終わりぐらいから急激に伸びました。(卒業時は)190センチです。高校でまた10センチ伸びて、2メートルで入門しました。身長がある分、手も長い。まわしに手が届く分、有利だと思います。体重もだが、下半身も鍛えたいですね。

-先の目標

北 横綱と同じ、21歳までに横綱になりたいと思います。

◆北青鵬(ほくせいほう) 本名アリューナー・ダワーニンジ。01年11月12日、モンゴル・ウランバートル生まれ。5歳から札幌市で育つ。鳥取城北高から20年春場所初土俵。202センチ、178キロ。得意は右四つ、寄り。

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照ノ富士に横綱昇進伝えた使者もエール「真の第一人者になってほしい」

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(中央)、左は伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)

第73代横綱照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の誕生に、日本相撲協会から派遣された使者の親方も喜びを語った。21日午前、都内で臨時理事会が開かれ、照ノ富士の横綱昇進が全会一致で決定。東京・江東区の伊勢ケ浜部屋で行われた昇進伝達式には同じ伊勢ケ浜一門の高島理事(元関脇高望山)、浅香山審判員(元大関魁皇)が使者として昇進を伝えた。

高島理事は「立派な相撲内容の土俵だった。本人も自信になってますよね。あとは膝を強化しながらまい進していただきたい」と期待を寄せた。来場所から白鵬と東西の横綱を形成する。高島理事「真の第一人者になってほしい」とエールを送った。

浅香山審判員は「相撲はここのところ、余裕もあってどっしりした感じでいる。そのまま続けていけば横綱らしい相撲というふうに言われると思う」と成長を評価。「ここまで、けがと病気を乗り越えてやってきた人だから、これから後輩たちのお手本にもなると思う。諦めなければこうなれるということを指導者になるときも生きてくると思うし、責任ある立場なので、堂々たる相撲でどっしりと構えて横綱らしい相撲を見せてもらえたらいいんじゃないか」と期待した。

横綱誕生は17年初場所後の稀勢の里(現荒磯親方)以来4年半ぶりで、令和では初めて。モンゴル出身では5人目となる。

照ノ富士は関脇の春場所、大関復帰を果たした夏場所で2場所連続優勝を果たし、名古屋場所を綱とりで迎えた。千秋楽の全勝対決で横綱白鵬に敗れたものの、14勝1敗で優勝次点の好成績。19日に行われた横綱審議委員会の定例会では、全会一致での推薦が答申されていた。

伝達式後、騎馬で祝う新横綱照ノ富士(上)(撮影・柴田隆二)
伝達式後、鯛を両手に持つ新横綱照ノ富士(左)、伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)

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宝富士「すごいの一言。刺激を通り越してます」横綱照ノ富士に兄弟子ら祝福

宝富士(2021年7月7日撮影)

大相撲の第73代横綱となった照ノ富士(29=伊勢ケ浜)について、部屋の兄弟子も祝福した。21日午前、都内で臨時理事会が開かれ、照ノ富士の横綱昇進が全会一致で決定。東京・江東区の伊勢ケ浜部屋で行われた昇進伝達式で使者を迎えた。

照ノ富士は口上で「謹んでお受けいたします。不動心を心がけ、横綱の品格、力量の向上に努めます」と述べた。兄弟子で部屋付きの安治川親方(元関脇安美錦)は「言葉に表れていたんじゃないですか。不動心もそうだし、品格と技を磨いていくというね。本人はずっとそのつもりでやっていたから。稽古場でしっかりやっているから。手本となるようにね。今までやってきたことを引き続きやっていってほしい」とエールを送った。

両膝の負傷や内臓疾患に苦しんで大関から序二段まで番付を落とす期間も、復帰して最高位を射止める期間も間近で見てきた。「最後までしっかり相撲を取れたこと、腐らず頑張ってきたことを神様が見ていたのかな」と感慨深げ。横綱昇進後も、部屋付き親方として指導にあたっていく。「本人も気がつかないところを見て、一緒につくり上げていければ。本人が気がつかなくても、こっちから見て気がつくこともあるだろうから、しっかり見ていきたい。みんなで一緒にやっていこうな、とは思ってます」と意気込んだ。

自身の断髪式は来年5月に開催される。「(自分の)断髪式でも土俵入りをやってくれるだろうしね。『それまで(現役)やってくれな』とは言いましたけど」と笑った。

同じく部屋付きの楯山親方(元前頭誉富士)は「横綱らしい横綱になってもらいたい」と、口上で述べた品格、力量を兼ね備えた横綱になってほしいと期待した。横綱誕生で部屋も活気づく。「どんどん若い者たちを育ててもらいたい。これから横綱が関取衆に胸出したりすると、それも力になりますしね。自分より上の人がいると、それは強くなっていきますよね」と話した。

現役力士では幕内力士の宝富士(34)も「またこうやって大関を通り越して横綱になったことはすごいこと。刺激を通り越してますけどね。すごいの一言で。でもこれで部屋が盛り上がってくれればいいと思いますね」と喜んだ。

横綱誕生は17年初場所後の稀勢の里(現荒磯親方)以来4年半ぶりで、令和では初めて。モンゴル出身では5人目となる。

照ノ富士は関脇の春場所、大関復帰を果たした夏場所で2場所連続優勝を果たし、名古屋場所を綱とりで迎えた。千秋楽の全勝対決で横綱白鵬に敗れたものの、14勝1敗で優勝次点の好成績。19日に行われた横綱審議委員会の定例会では、全会一致での推薦が答申されていた。

横綱昇進伝達式で口上を述べる新横綱照ノ富士(中央)、左は伊勢ケ浜親方、淳子女将(撮影・柴田隆二)
伝達式後、騎馬で祝う新横綱照ノ富士(上)(撮影・柴田隆二)

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北青鵬と朝志雄が新十両昇進 秋場所番付編成会議

日本相撲協会は21日、東京都内で大相撲秋場所(9月12日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を開き、北青鵬(ほくせいほう、19=宮城野)と村田改め朝志雄(あさしゆう、26=高砂)の新十両昇進を決めた。また美ノ海(28=木瀬)の、2場所ぶりの再十両も決まった。さきの名古屋場所で、西幕下2枚目だった北青鵬は7戦全勝で優勝、東幕下5枚目だった村田は6勝1敗、美ノ海は西幕下3枚目で5勝2敗の好成績を収めていた。

モンゴル生まれで5歳で移住した札幌市出身の北青鵬(本名アリューナー・ダワーニンジ)は、横綱白鵬(36)の内弟子として鳥取城北高から宮城野部屋に入門し、20年春場所初土俵。同年の7月場所から序ノ口、序二段、三段目と3場所連続7戦全勝優勝を果たし、今年1月の初場所は一気に西幕下15枚目まで番付を上げた。

同場所は場所直前、部屋の横綱白鵬が新型コロナウイルスに感染。濃厚接触者の可能性があるため部屋の力士全員が休場となった。番付が据え置かれた3月の春場所は5勝2敗、5月の夏場所は6勝1敗と順調に勝ち星を重ね、名古屋場所に臨んでいた。199センチ、170キロの恵まれた体を生かした右四つ、寄りを得意に1年で関取の座をつかんだ。

村田改め朝志雄は、17年春場所で初土俵。東洋大時代の実績から三段目最下位(100枚目)格付け出しで初土俵を踏んだ。順調に出世し18年7月の名古屋場所では、関取目前の西幕下筆頭まで番付を上げたが、3番相撲で現幕内力士の一山本(二所ノ関)に敗れた際、右膝を負傷。内側側副靱帯(じんたい)を断裂し手術を余儀なくされた。その後の3場所を全休。序二段で土俵復帰した19年春場所の2番相撲で、今度は左膝を部分断裂するケガを負った。

再び休場を繰り返し、同年秋場所では自身最下位の東序ノ口27枚目まで下げた。それからは皆勤を続け、昨年3月の春場所から幕下に定着。今年初場所から1ケタの番付を維持し、今場所は3番相撲で敗れたものの、6勝を挙げ念願の関取の座をつかんだ。さきの名古屋場所で新三役だった同期入門の小結若隆景(26=荒汐)は、東洋大時代に主将、副主将の間柄だった。

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