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北勝富士が顔面流血の熱闘、業師宇良鮮やか足取り/夏場所5日目写真特集

<大相撲夏場所>◇5日目◇13日◇東京・両国国技館

大関に復帰した照ノ富士が、勢いに乗る東前頭筆頭の若隆景を下して、ただ1人の5連勝を飾った。

4大関は2日連続でそろっての白星となった。かど番の正代は明生を破り、貴景勝は霧馬山を圧倒した。 朝乃山は翔猿と微妙な勝負となったが、3勝2敗と白星を先行させた。

5日目の取組を写真で振り返ります。

幕内

天空海突き落とし炎鵬

天空海(左)を突き落としで破る炎鵬(撮影・滝沢徹郎)


石浦送り出し千代大龍

千代大龍(右)を送り出しで破る石浦(撮影・滝沢徹郎)

☆石浦 左が入ったんで。一発でもっていかれないようにしっかり当たっていきました。


千代丸押し出し大奄美

千代丸(左)の足が先に出て大奄美が押し出しで勝利した。行司差し違いで大奄美が勝利した(撮影・柴田隆二)

☆大奄美 (土俵際の攻防で行司軍配差し違えで勝利)勝てて良かった。ラッキーですね。勝ち越さないといけないので頑張ります。

★千代丸 (最後の勝負は)微妙な感じだったと思う。ここまで3勝2敗で白星先行してるんで、体は動けていると思う。


明瀬山突き落とし魁聖

明瀬山(下)を突き落としで破る魁聖(撮影・滝沢徹郎)

☆魁聖 先場所はもろ差しになられて負けている。今場所はもろ差しにならないようにという立ち合いだった。最後は突き落とせて良かった。


琴恵光押し出し隠岐の海

隠岐の海(左)を押し出しで破る琴恵光(撮影・滝沢徹郎)

☆琴恵光 まわしを取られず、自分から攻めることができてよかったです。


玉鷲押し出し千代翔馬

千代翔馬(右)を攻める玉鷲(撮影・滝沢徹郎)


志摩ノ海引き落とし琴ノ若

志摩ノ海(左)を攻める琴ノ若(撮影・滝沢徹郎)

☆琴ノ若 下からあてがわれても落ち着いて取れた。苦しい体勢になっても慌てずに対応できるというか、そういうのもできるようになってきた。


照強押し出し遠藤

照強(手前)を押し出しで破る遠藤(撮影・滝沢徹郎)


剣翔引き落とし

輝(左)は剣翔を引き落としで破る(撮影・柴田隆二)

☆輝 しっかりと落ち着いて冷静に相撲が取れた。内容自体はそれほど悪くはないと思う。この調子で明日からも頑張るだけです。(兄弟子の勝武士さんが亡くなって1年)もう1年たってしまったのかという気持ちと、それだけに今日は負けたくない気持ちだった。(勝武士さんは)兄のような存在でした。

★剣翔 立ち合いは悪くなかったが、足が流れてしまった。あとは気持ちの問題ですね。切り替えていきたい。


英乃海引き落とし宝富士

宝富士(右)を引き落としで破る英乃海(撮影・滝沢徹郎)

☆英乃海 けんか四つなんで立ち合い迷った。体は動いていると思います。


栃ノ心引き落とし阿武咲

阿武咲(上)は栃ノ心を引き落としで破る(撮影・柴田隆二)


豊昇龍寄り切り逸ノ城

逸ノ城(奥)を寄り切りで破った豊昇龍(撮影・滝沢徹郎)

☆豊昇龍 怖がらずに真っすぐ当たることが出来て良かった。(明日の照ノ富士戦は)楽しみ。勝ち負けはどうでもいいので、胸を借りて勉強と思ってぶつかりたい。


妙義龍小手投げ北勝富士

妙義龍(左)は北勝富士を小手投げで破る(撮影・柴田隆二)

妙義龍との取り組みで流血した北勝富士(撮影・滝沢徹郎)

☆妙義龍 今日はなんやかんやで勝ったので自分らしさは出ていない。明日は大関戦を組んでもらったので、切り替えて、集中して頑張ります。


御嶽海押し出し隆の勝

隆の勝(奥)を押し出しで破る御嶽海(撮影・滝沢徹郎)


高安押し倒し大栄翔

高安(右)は大栄翔を押し倒しで破る(撮影・柴田隆二)

☆高安 今日は前向きな相撲を取ろうと思った。昨日はふがいない相撲を取ったけど、明日につなげたい。(今場所は)家族に癒やされながらメリハリつけて臨めている。明日からも励みに頑張りたい。


若隆景寄り切り照ノ富士

若隆景(手前)を攻める照ノ富士(撮影・滝沢徹郎)

☆照ノ富士 土俵に上がってから迷いが出てしまったので、相撲もじっくり見ていこうと思っていました。(若隆景は)何でもしてくる相手ですから、いろいろ考えちゃった。


正代寄り倒し明生

明生(右)を寄り倒しで破った正代は勢い余って転ぶ(撮影・滝沢徹郎)


霧馬山はたき込み貴景勝

霧馬山(左)を攻める貴景勝(撮影・滝沢徹郎)

☆貴景勝 (2日連続の4大関安泰)自分が集中しきることがそういうことにつながる。とにかく一番一番に集中して明日もやっていく。場所中は夢中でやるしかない。とにかく明日の相撲に集中してやるだけです。


朝乃山上手投げ翔猿

朝乃山(奥)は翔猿を上手投げで破る(撮影・柴田隆二)

朝乃山(左)は上手投げで翔猿を破る(撮影・小沢裕)

翔猿(下)は朝乃山に上手投げで敗れる(撮影・滝沢徹郎)

翔猿(右)は朝乃山に上手投げで敗れる(撮影・滝沢徹郎)

5日目の幕内土俵入り(撮影・柴田隆二)

十両

白鷹山足取り宇良

宇良(右)は白鷹山を足取りで破る(撮影・柴田隆二)

宇良(右)は白鷹山を足取りで破る(撮影・柴田隆二)

宇良(右)は白鷹山を足取りで破る(撮影・柴田隆二)

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白鷹山が業師宇良に足取りで敗れ2勝3敗 勝武士さん死去から1年奮闘誓う

宇良(手前)に足取りで敗れる白鷹山(撮影・滝沢徹郎)

<大相撲夏場所>◇5日目◇13日◇東京・両国国技館

東十両3枚目白鷹山(26=高田川)が、西十両2枚目宇良に敗れ、序盤戦を2勝3敗で終えた。相手の動きをうかがうように、立ち合いは踏み込みすぎずに立つようにして当たった。「受けたというより相手の動きに合わせて動こうと思った」と業師の動きを警戒するも、タイミングよく中に入られて足取りで敗れた。

この日、同部屋の三段目力士、勝武士さんが新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全で死去してから1年を迎えた。朝は稽古場で黙とうをささげた。白星を飾ることはできなかったが「勝武士さんの魂はいつも僕たちを見守ってくれていると思うので頑張るだけです」と奮闘を誓った。

宇良(右)は白鷹山を足取りで破る(撮影・柴田隆二)
宇良(右)は白鷹山を足取りで破る(撮影・柴田隆二)

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勝武士さん死去から1年、高田川親方「みんな今も共にいると思っている」

勝武士さん(2017年2月11日撮影)

<大相撲夏場所>◇5日目◇13日◇東京・両国国技館

新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のため三段目力士、勝武士さん(本名・末武清孝)が死去してから1年を迎えた。

師匠の高田川親方(元関脇安芸乃島)が、報道陣の電話取材に対応。この日朝に部屋の力士ら全員で黙とうをささげたという。高田川親方は「いろんなことがあったので一言では言えない」とさまざまな思いを胸に黙とうをささげた。

勝武士さんが新型コロナに感染したのは、昨年の4月だった。同月には高田川親方、十両白鷹山らの感染者が判明するなど、高田川部屋で集団感染が起こり、未知のウイルスの怖さを知った。同月に政府が発令した緊急事態宣言は5月に延長が決定。夏場所が中止となり、日本相撲協会も新型コロナ対策に躍起となっていた。そんな時に、勝武士さんが28歳の若さでこの世を去り、角界が大きな悲しみに包まれた。

今もウイルスは日本全国で猛威を振るい、角界も脅かされている。昨年夏場所こそ中止となったが、翌7月場所以降は新型コロナ対策を徹底するなどして本場所を開催してきた。高田川親方は「みんな今も勝武士が共にいると思っている。恥ずかしくない相撲を」と弟子らに奮闘を期待した。

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尾車事業部長「無事に15日間、千秋楽まで」これが一番の目標

尾車事業部長(20年1月撮影)

日本相撲協会の尾車事業部長(元大関琴風)が8日、報道陣の電話取材に応じ、翌日に控えた夏場所(9日初日、東京・両国国技館)開催について「緊急事態宣言も延長になっていますし、いろんな意味でまっただ中。無事に15日間、千秋楽まで迎えることができるように、これが一番の目標として頑張っていきたい」と話した。

場所前に全協会員を対象に行ったPCR検査では、全員が陰性だった。「日頃から1人1人が自覚を持って注意して生活してくれているという結果。大変うれしく思う」。昨年5月13日に高田川部屋の三段目力士、勝武士さん(当時28)が新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全で死去して1年。尾車事業部長は「身近でああいう不幸なことが起こると遠い話じゃない、人ごとじゃないと思って危機感を持ってくれたんだと思う」とした。

土俵では朝乃山、貴景勝、正代、照ノ富士の4大関が優勝争いを引っ張る展開が期待される。「どの大関も横綱を狙える大関だと思う。横綱がいないんだから俺たちの中から優勝しなきゃダメなんだという目標を立てて、明日から臨んでもらいたい。臨むだけじゃなくて、僕らからすれば早く綱を張るような人が出てきてもらいたいと思います」と期待した。

新型コロナウイルス感染対策のガイドラインに違反する行動があったとして、師匠の高田川親方(元関脇安芸乃島)からの申し出により、東前頭17枚目竜電(30=高田川)が休場することになった。尾車事業部長によると、場所後にコンプライアンス委員会が調査を行う見通し。「いろいろ話を聞いて、処分いけないようなことなら処分しないといけないだろうし。そのときは皆さんに発表することになると思う」と話した。

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土俵上の応急対応措置、審判部ら「いかに早く医師に診せるか」手順学ぶ

土俵周りで行われた「土俵上の応急対応措置講習会」に参加する親方衆ら

日本相撲協会は7日、東京・両国国技館の土俵周りにて、「土俵上の応急対応措置講習会」を開催した。講習会には審判部や警備担当の親方衆ら約60人が参加。NPO法人スポーツセーフティージャパンの佐保豊代表理事を講師として招き、約1時間行われた。

電話取材に応じた春日野警備本部長(元関脇栃乃和歌)は、講習会を振り返り「みんなこわごわと搬送しないといけないんじゃないかというのがあったけど、あえて迅速に適切にやれば、早く専門の医師に任すという意味では必要なのではないかと。思い切って1分でも早く専門家に判断してもらうように迅速な対応が必要なんだなというのはありました」と、より迅速な対応が必要であることを感じたという。

講習会では「負傷者を担架に乗せて医師に渡すまでの手順を訓練した」という。「横を向いた状態、あおむけの状態、うつぶせの場合」と、倒れている患者の体勢によっての担架への乗せ方を学んだという。春日野警備本部長は「治療は医師が行う。それまでの工程を安心に迅速に行う。時間をかけてやればいいという訳ではない。いかに早く医師に診せるか。その手順を学んだ」と説明した。

4月28日に境川部屋の三段目力士、響龍の天野光稀さんが急性呼吸不全のため都内の病院で死去した。響龍さんは春場所13日目の取組で、すくい投げを食った際に頭部を強打。自力で立ち上がることができず都内の病院に救急搬送された。

負傷時は協会関係者に体のしびれにより首から下が動かないと訴えていたが、入院後は徐々にまひした体が動くようになった。しかし、容体が急変して死去。今回実施した講習会について芝田山広報部長(元横綱大乃国)は以前に、1月の初場所で脳振とうを起こした力士がおり、もともと検討していた講習会と説明していた。

土俵周りで行われた「土俵上の応急対応措置講習会」に参加する親方衆ら

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御嶽海、夏場所へ課題「スピード感」重たい相手に対して動きが悪い

大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)で6場所連続の三役在位となる小結御嶽海(28=出羽海)が2日、都内の部屋で基礎運動を中心に体を動かし、1週間後に迫った初日に向けて調整した。

稽古後、報道陣の電話取材に応じ「(目標は)2桁。(大関は)上がりたい地位。しっかり今できることをやっていきたい」と意気込んだ。

現在の課題は「スピード感」と明確に口にした。8勝止まりに終わった春場所を「自分が当たって前に出ている時に、横に動かれたりとか力比べしてしまう。高安関とか重たい相手に対して動きが悪いのかなと思いましたね」と振り返る。理想は新入幕から新三役まで駆け上がった16年ごろの相撲。「あのときをよく見返す。やっぱり反応、動きは良い。スピード=重さだと思っているので、スピードがあったからこそ相手に伝わっているものがあった」と、スピードと圧力の両立をイメージする。

春場所は3日目までの無観客開催が決まったが、史上初の無観客開催となった昨年3月の春場所では平幕で10勝を挙げるなど左右されなかった。「あまり気にしていない。無観客だからこそ頑張らないといけないのかなというのはありましたね」と、お茶の間の相撲ファンに思いをはせた。

コロナ禍で地元長野には昨年から1回しか帰っていない。「名古屋場所だったり東京場所のときも3場所に1回、多くて2回帰っていたので。3日4日はいた。コロナになって全然。親の方も帰ってこなくていいからって」。故郷の木曽町でスナックを経営する母マルガリータさんも、本場所の応援に駆け付けられていない。「もし(コロナに)かかって帰ってきたら影響しちゃう。電話では『そろそろ(国技館に)行っていい?』と聞かれますけど『いや来なくていいです』って。『お店を大事にしてください』って」と苦笑いだ。

先月28日に急性呼吸不全のため死去した境川部屋の三段目力士、響龍(ひびきりゅう)さんとは同学年で同じ出羽海一門。高校時代には対戦経験もあり、巡業などで会話を交わすこともあったという。響龍さんは春場所の取組で頭部を強打し、1カ月以上寝たきりの生活が続いていた。今回の事故が直接の死因か不明だが「本当に危険なことを僕たちはしているわけですから。気を引き締めたところでけがをするときはけがしますし。それは仕方ないですけど、けがしないように普段の準備はしっかりやらなければいけないというのは、改めて思いましたね」と話した。

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旧東関部屋に移転した二子山部屋が始動「地元の方と交流していきたい」

寅さんの街に相撲部屋が残った-。3月いっぱいで部屋が閉鎖された東京・柴又にある旧東関部屋に、埼玉・所沢に部屋を構えていた二子山部屋が移転し、1日から始動した。

この日の朝稽古は午前7時半から約3時間。稽古後に電話取材に応じた二子山親方(43=元大関雅山)は「所沢で頑張ってきたものを発揮して、これからみんなで、さらに頑張るぞ、というのを感じられるいい稽古内容でした。関取を狙うのもいるし、同世代はそれに置いていかれないように頑張っていました。新しい部屋になって、さらにその相乗効果が出ていた気がしました」と語った。

所沢の部屋で飾っていた、現役時代の師匠だった先代武蔵川親方(元横綱三重ノ海)のA3サイズほどの写真も玄関に飾り「新たに大きな写真をいただいたので、それを稽古場に飾っている」という。またベンチプレスの器具も所沢から持ち運ぶなど、前の部屋から培われたものを引き継いでいる。

地元・柴又との交流についても言及。「コロナが落ちついたら、地元の方と交流していきたいですね。稽古見学もしてもらいたい。僕のツイッターにも(情報を)載せるので」と、コロナ収束後の日常生活が戻った際には、稽古場見学を歓迎する気持ちを口にした。

東関部屋は2代目師匠の先代東関親方(元前頭潮丸)が、初代師匠(元関脇高見山)が開設した東京都墨田区東駒形から、18年1月に葛飾区柴又へ移転。だが先代は翌19年12月に死去し、現東関親方(元小結高見盛)が部屋を継いだが、精神的負担の重さから難色を示し、1年で部屋は閉鎖。東関部屋の力士は同じ高砂一門の八角部屋へ転籍し、柴又の部屋は空き状態だった。先代東関親方の遺族や土地を有償で貸し出す葛飾区との話し合いが続き、二子山部屋が移転することが決まり、この日、門出を迎えることになった。

部屋は、葛飾区が観光戦略など地域活性化を狙って相撲部屋を誘致。約150坪の区有地を、有償で借し出して建てられた。完成から3年あまりとリフォームも必要ない築浅で2階建て。先代(故人)の「ケガした力士でも2階に上がらないで済むように、力士の生活が1階だけで全部できるようにした」という弟子への愛情から、稽古場や風呂場、ちゃんこ場がある1階に大広間も作った。2階にも20畳ほどの部屋と関取用の個室2部屋を用意。両国国技館にも公共交通機関で30分ほどと利便性もあり、相撲部屋として申し分ない立地にある。

徒歩10分ほどの所には、寅さんシリーズとなった映画「男はつらいよ」の舞台となった、東京の観光名所・帝釈天もあり、葛飾区としては観光など地域活性化の期待もかけている。

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隠岐の海、響龍さん死去受け「一生懸命にやるだけ、それが最大限の予防」

大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)で西前頭12枚目に就いた隠岐の海(35=八角)が1日、昨年春場所以来となる無観客開催の場所に向けて気持ちを高めた。

都内の部屋での稽古後、報道陣の電話取材に応じ「(無観客は)そんなに嫌じゃない。逆にお客さんが入ってもシーンとしている方が緊張しますよ。自分結構土俵に上がるとむせるタイプなので、せき払いとかしづらいなあとか無観客の時はありましたけど、意外と稽古場みたいで自分は嫌いじゃないですけどね」と話した。

昨年秋場所から4場所連続で負け越しており、「やっぱり体が硬いですよ。小さなけがをかばっていると思いますし、その積み重ねが良くないのかもしれない」と不調の原因を分析する。7月には36歳の誕生日を迎えるベテラン。「もうひと花、もうひと花と思いながらやっているけどね。もうひと花と言いながら5年も10年もたっている」と笑った。

春場所後に旧東関部屋の力士が八角部屋に転属したため、計30人という大所帯となった。「いい雰囲気ですよ。東関部屋の魂もですね、(19年12月に41歳で死去した)前親方の潮丸関の気持ちを引き継いで一生懸命やってほしいですよね」と期待を寄せた。

悲しいニュースもあった。先月28日に境川部屋の三段目力士、響龍(ひびきりゅう)の天野光稀(あまの・みつき)さんが急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去。響龍さんは春場所13日目の取組で、すくい投げを食った際に頭部を強打し、自力で立ち上がることができず都内の病院に救急搬送され、入院先で寝たきりの状態が続いていた。「つらいと思いますよ。対戦相手の子も。何もないと思ったって感じることがあるだろうし、自分らだってきついから」。

土俵に頭を打つなどの衝撃で電気が走り、腕が上がらなくなるなどのアクシデントは、力士にとって珍しくないという。「よくあることって『大丈夫、大丈夫』ってなっちゃうんですよね。やっぱり『それを乗り越えて先がある』ってなっちゃうし、顔から落ちろっていう指導もあるし。でも本当に危ないときは手を着かないといけないと思いましたよ」。自身も巡業の稽古で投げの打ち合いの結果、頭から落ちて腕のしびれが半日なくならなかったことがあるという。「紙一重なところをいっているんですよね。それを怖がって相撲にならないのもいけないですしね。こればかりは難しいですよ。だから我々は一生懸命にやるだけ。それが最大限の予防」と話した。

日本相撲協会の理事長を務める師匠の八角親方(元横綱北勝海)からは、響龍さんの死去を受けて力士に話があったという。「とにかくそれだけ危ないことをやっているんだという話はありましたね。気を引き締めてやらないとダメだ、と。改めて気を引き締めてやろうということはありましたね。それ以上、あまり言い過ぎても、かえってびびっちゃうし、頭にみんな残っていますからね、衝撃が。考えれば考えるほど怖いだろうし。一生懸命やるのが正解なんじゃないですかね」と話した。

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前頭筆頭の北勝富士、長男の初育児に奮闘 将来は「劇団四季の俳優に」

大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)で西前頭筆頭に就いた北勝富士(28=八角)が1日、都内の部屋での稽古後、報道陣の電話取材に応じた。

この日は幕下を相手に相撲を取って調整。先場所後に旧東関部屋の力士が八角部屋に転属したため、部屋は計30人という大所帯で「活気が出始めた。新しい風が入ってきた」と歓迎していた。

夏場所は緊急事態宣言下のため3日目まで無観客開催となる。「無観客の取組は得意じゃないが、気持ちのつくり方は(昨年春場所で)1回経験しているので、しっかりやっていきたい。大阪の時は図書館で相撲取ってるみたいな感じ。本当にお客さんのありがたみは感じた」。

先場所は東前頭2枚目で9勝を挙げたが、周囲の好成績もあって返り三役には届かなかった。金星獲得数7個は現役2位タイの実力者。春場所後には照ノ富士が大関に復帰し「奮い立たされますね」と刺激を受ける。

4大関撃破へ「自分も上に勝つことで、お客さんとかも喜んでくれる。北勝富士ならやってくれるんじゃないかっていう期待とかも言われたり、感じたりしているので。それをちょっと楽しみながら、期待に応えられるように頑張らないといけない」と意気込んだ。

相撲だけでなく初めての育児にも奮闘している。春場所中に第1子となる長男が誕生した。

「奥さんが一生懸命、子育てをやってくれてる。一緒にサポートしながら稽古して、トレーニングしてっていう生活が今は続いているけど、あんまりきつくなくて。親バカかもしれないけど、元気をもらえてる」

家庭では長男を風呂に入れるのが一つの役目。「お風呂はいっつも泣かせています」と苦笑い。「僕のおなかの上で寝てくれるので、かわいいですよ。かわいいっすね。でも思いますよね、子どもがかわいくなかったら、人類は繁栄してなかったっすね。大変なことが多いので。かわいいから面倒見てあげられるっすね。そう思います」とデレデレだ。

関取のDNAを継いでいるが「絶対相撲だけはやらせない。やりたいと言ってもやらせない」とキッパリ。わんぱく相撲で埼玉県を制したという小6のおいが相撲に取り組んでおり、「(相撲は)そっちに任せて、こっちはもう(鑑賞が趣味の)劇団四季の俳優にさせます。ははははは」と豪快に笑った。

一方で先月28日に境川部屋の三段目力士、響龍(ひびきりゅう)の天野光稀(あまの・みつき)さんが急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。響龍さんは春場所13日目の取組で、すくい投げを食った際に頭部を強打。自力で立ち上がることができず都内の病院に救急搬送され、入院先で寝たきりの状態が続いていた。深い交流はないが自身と同い年。「常にけがと隣り合わせですけど、打ち所が悪かったら、死にもつながる。さらに気が引き締まります」と、けが予防の意識を高めた。

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応急対応処置講習会は「響龍のことではなく、以前から検討」芝田山広報部長

芝田山広報部長(2020年4月3日撮影)

日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は30日、5月7日に東京・両国国技館の土俵周りで行われる「土俵上の応急対応処置講習会」について、開催の経緯などを説明した。

28日には境川部屋の三段目力士、響龍(ひびきりゅう)さんが急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。28歳だった。響龍さんは春場所13日目の取組で、すくい投げを食った際に頭部を強打。自力で立ち上がることができず、救急搬送されて入院中だった。

代表による電話取材に応じた芝田山広報部長は、同講習会は響龍さんの死去を受けたものではなく、事前に開催が決まっていたと説明した。「1月場所に湘南乃海が脳振とうを起こして、立ち上がれなくことがあって、検討材料になっていた。専門家の先生、詳しい人にいろいろレクチャーしてもらって、今回、来週(5月7日に)やると決まってはいた。その中で昨日の響龍のことがあり、まだ発表できなかったので、昨日の段階では後日みなさんに(発表する)と伝えた。響龍のことではなく、以前から検討していた」。

1月の初場所10日目に幕下の湘南乃海-朝玉勢戦で、立ち合い不成立ながら両力士が頭同士でぶつかった際に、湘南乃海がフラフラになって立てなくなるアクシデントがあった。審判団が協議をして本人の意思を確認した上で取組をやり直しが、この判断は危険だったとされ、日本相撲協会は初場所後の理事会で審判規則の一部を変更。ルールの整備だけでなく、より緊急事態に備えるために、同講習会を開催する運びとなったという。

講習会には審判や警備の親方衆らが参加し、外部の医師の指導を受ける。同広報部長は「先生方に話を聞きながら、どういった形で対処したらいいか、講習される。状況判断もある。即動かしていいか、という判断もある。講習会でレクチャーされると思う。いち早く対処できるように態勢を整える」と話した。

日本相撲協会はAEDの設置を各部屋に義務づけ、定期的に講習を行うなど力士の健康に配慮している。同広報部長は「協会員の救急処置はAED講習会とかはやっている。消防訓練の救急対応もやっている。お客さんが倒れたときの場合もやっている。今回は土俵上で意識を失った。今までも脳振とうを起こしたり、張り手1発で倒れて意識もうろうとして土俵を降りていく人もいた。理事会で脳振とうを起こしたとき、どうするかは決まった。倒れ込んだときどうするか、いろんなケースがある。迅速に対応するため、今回の講習になった」と説明した。

春場所(両国国技館)は、講習会から2日後の5月9日に初日を迎える。

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両国国技館土俵周りで「土俵上の応急対応処置講習会」を開催 相撲協会

響龍さん(2020年7月21日撮影)

日本相撲協会は30日、5月7日に東京・両国国技館の土俵周りにて「土俵上の応急対応処置講習会」を開催することを発表した。

審判、警備担当の親方衆、医師、その他スタッフが参加する。

前日29日には境川部屋の三段目力士、響龍の天野光稀(あまの・みつき)さんが急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。響龍さんは春場所13日目の取組で、すくい投げを食った際に頭部を強打。自力で立ち上がることができず都内の病院に救急搬送された。

負傷時は協会関係者に体のしびれにより首から下が動かないと訴えていたが、入院後は徐々にまひした体が動くようになった。しかし28日に容体が急変して死去。入院先で寝たきりの状態が続いており、肺血栓を患っていたという。

春場所(両国国技館)は、講習会から2日後の5月9日に初日を迎える。

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響龍さん死去で対策は 相撲診療所の医師が早く駆けつけられる体制作りを

響龍さん(2020年7月21日撮影)

大相撲の土俵でアクシデントが起きた場合、日本相撲協会はどう対処すればいいのか。三段目力士、響龍の天野光稀(あまの・みつき)さんが28日に亡くなった。春場所13日目の3月26日、取組中にすくい投げを食らい、土俵に頭を打ち付けた。倒れたまま動けなくなり、担架で運ばれるまで約6分を要した。この時、何があったのか、取材をもとに振り返ってみる。

響龍さんがうつぶせに倒れた1分後、呼び出し3人によってあおむけにされた。響龍さんには意識があり、周囲からの問いかけに応じることができた。「首から下の感覚がない。(うつぶせで)息ができない」という本人の訴えがあり、体の向きを変えられた。この行為の是非を問う声もあるが、現場ではこのような事情があった。

審判長はイヤホンマイクを通じて、審判部室の横にあるビデオ室と交信。審判部はすぐに相撲診療所に電話し、医師を土俵に呼んだ。この時、審判部室にいたある親方は、こう語る。「審判部はすぐに連絡をしていた。でも、診療所と土俵は階も違うし、医師が到着するまで時間がかかった。もっとスムーズにできるよう、こういう時はどうするか練習しておくべきだったかもしれない。最善は尽くしましたが、先生が駆けつけるまで時間がかかったのは事実です」。

なぜ、土俵の近くに医師が常駐していないのか。これまで、その必要がなかったからだ。今回のように、土俵での事故が死につながるケースは記憶にない。もちろん、人命に勝るものはなく、万が一に備えた医師の常駐は力士のことを思えば最善策といえる。

ただし、運用面について、こんな指摘をする親方もいる。

「もちろん命は大事ですが、こういうケースは何十年に1度あるかないか。本場所は朝8時半から午後6時まで、15日間ある。仮に1時間交代で見守るとすれば、何人必要になるのか。ボクシングみたいに、数試合見ればいいというものではない。1年間、1度も出番がないケースもあるでしょう。これをどう考えるか。こうしなくても、やり方次第では、診療所からもっと早く先生が駆けつけることもできるはずなんです」

繰り返すが、人命に勝るものはない。この親方もそれを承知の上で、現実的な運用を探っている。医師の診断は早いほどいいが、今回の件は到着の遅れがどの程度、健康面に影響があったのか、専門家による検証があってもいい。また、響龍さんは頭を打って頸椎を痛めたとみられるが、死因は「急性呼吸不全」。当社の取材では、入院生活により肺血栓を患っていたという。取組がきっかけになった訃報だが、頭や首を痛めたことがどう影響したのか、こちらも医師らの知見を参考にするべきだろう。

春場所千秋楽の3日後となる3月31日、夏場所の番付編成会議が行われた。審判部によるこの会議で、「医師が土俵の近くにいるようにしましょう」という意見が出た。出席者によると、「(意見を)上に上げる」方向でまとまったという。ここから先は、協会役員らによる理事会での判断に委ねられる。

日本相撲協会は28日付で親方衆らに「土俵上の緊急対応講習会開催のお知らせ」と題したメールを送った。5月7日に国技館で、春日野警備本部長(元関脇栃乃和歌)を筆頭に、警備担当の親方全員、若者頭全員、呼び出しの一部が集まり、緊急事態に備えた講習を受ける。

すでに日本相撲協会はAEDの設置を各部屋に義務づけ、定期的に講習も行っている。1月の初場所中、力士が脳振とうを起こした後、審判規定の一部を変更し、力士の健康に配慮している。今回の問題は、日ごろは大相撲のニュースに触れない人たちにも目に届きやすくなるため、あえて併記しておく。

今回の訃報は、協会内にも強いショックを与えた。ある親方は「勝つために、落ちる時は手をつかないで顔から落ちろと教えてきたけど、今はそうも言えなくなってきた」とまで言う。特に若い親方衆を中心に、何かを変えていかなくてはいけないとの思いは強い。

総合的に対策を考えると、いくつか思い浮かぶ。土俵近くの医師常駐は理想だが、まずは早急に相撲診療所の医師が早く駆けつけられる体制作りをする。親方衆らは常識的な緊急事態対応を学ぶ。頭部を固定でき、体重200キロにも耐えうる担架を常備する。今回の悲報を受け、特に対戦相手の力士や、境川部屋の力士への精神的ケアも求めたい。さらには、対策がまとまった時点での、力士や相撲ファンへの丁寧な広報を願いたい。

相撲ファンの多くは協会を批判したいのではなく、力士が全力を尽くせる土俵を見ながら、安心して大相撲を楽しみたいのだ。【佐々木一郎】

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【記者の目】響龍さん死去は大相撲の未来に警鐘 頭部強打で迅速に対応を

響龍さん(2020年7月21日撮影)

<記者の目>

大相撲の境川部屋の三段目力士、響龍(ひびきりゅう)さん(本名・天野光稀)が28日午後6時20分、急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。日本相撲協会が29日、発表した。28歳だった。響龍さんは、春場所13日目の取組で頭部を強打。救急搬送されて入院中だった。現役力士の死去は、昨年5月に新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全でなくなった三段目の勝武士さん以来。取組で負傷した力士が死亡するのは異例の事態となった。

   ◇   ◇   ◇

あらためてアクシデントが発生した際の協会の対応を振り返った。取組後、響龍さんはうつぶせのまま動けず、倒れてから約1分後に呼び出し3人があおむけにした。その約3分後、国技館内の相撲診療所から医師が到着。響龍さんの状態を確かめ、担架に乗せて土俵を降りて救急搬送した。一連の対応に、約6分以上の時間を要した。

協会としてはできる限りの対応をしたと見るべきか。しかし、響龍さんが6分間以上、土俵に倒れていたのは、異様な光景に見えた。医師の到着が遅くはないか、もっと迅速に対応できなかったのか、そう思わざるを得なかった。

春場所後に行われた審判部による夏場所番付編成会議では、土俵近くに医師を滞在させた方がいいのではないか、という意見が出たという。今後は日本相撲協会として対応を考えることになる。当時の取組後の対応などについて問われた芝田山広報部長は「ここでは何とも言えない。後日、まとめてお伝えできる状態にしたい」とした。相撲協会は5月7日に警備担当の親方衆や若者頭らを集めて「土俵上の緊急対応講習会」を実施する。響龍さんの死去は、大相撲の未来に警鐘を鳴らす形になった。【佐々木隆史】

【プロボクシングはドクター義務づけ】

○…プロボクシングの興行では日本ボクシングコミッション(JBC)のライセンスを持つコミッションドクターが、リングサイド最前列に着席して立ち会うことを義務づけている。レフェリーの要請があれば負傷ボクサーの診断をし、緊急事態が起こった場合は速やかに応急の処置をとる。また、ボクサーに試合を続行させることが適切でないと判断した場合は、レフェリー及びJBCに試合中止を勧告する権限もある。試合前日の計量から立ち会い、身体検査も行う。

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響龍さん、不運重なった「俵と土俵のちょうど間に頭から落ちた」と指摘も

響龍さん(2020年7月21日撮影)

大相撲境川部屋の三段目力士、響龍の天野光稀(あまの・みつき)さんが28日、急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。28歳だった。響龍さんの土俵での受傷は、不運が重なった末のケガでもあった。

響龍さんは春場所13日目の3月26日の取組で、すくい投げを食らって土俵に落ちた。近くで見ていたある親方は、こう指摘する。

「俵と土俵のちょうど間に頭から落ちた。だから頭がずれることなく、そこにはまるかたちで、相手と自分の体重がかかってしまい、首がごきっとなった。頭から落ちるケースは今までいっぱいある。土俵の真ん中なら、顔に擦り傷ができる程度で済んだかもしれない。不運が重なったのではないか」

響龍さんは取組後、首から下が動かず、緊急搬送されて入院していた。

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【最近の土俵上アクシデント】脳振とうの再取組、湘南乃海の一番で規則変更

響龍さん(2020年7月21日撮影)

大相撲の境川部屋の三段目力士、響龍(ひびきりゅう)さん(本名・天野光稀)が、急性呼吸不全のため東京都内の病院で28日に死去した。日本相撲協会が29日、発表した。28歳だった。響龍さんは、春場所13日目の取組で頭部を強打。救急搬送されて入院中だった。現役力士の死去は、昨年5月に新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全でなくなった三段目の勝武士さん以来。取組で負傷した力士が死亡するのは異例の事態となった。

   ◇   ◇   ◇

◆最近の土俵上のアクシデント 初場所10日目、幕下の湘南乃海-朝玉勢戦でのこと。最初の立ち合いは手つき不十分だったとみられ、行司が待ったをかけた。しかし、頭同士がぶつかり、湘南乃海がフラフラになって立てなくなった。脳振とうになったとみられる。審判団が協議し、本人の意思を確認した後に取組をやり直した。だが、この判断は危険だったとされ、日本相撲協会は初場所後の理事会で審判規則の一部を変更。「審判委員は、力士の立ち合いが成立する前に、相撲が取れる状態でないと認めた場合には、協議の上で当該力士を不戦敗とすることができる」とした。

朝玉勢(手前)と立ち合い不成立となるもフラフラになり立てない湘南乃海(21年1月19日)
朝玉勢との立ち合いが不成立となるもフラフラになり立てない湘南乃海(後方)は審判団が話し合う中、花道で険しい表情を見せる(21年1月19日)

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響龍さん死去 28日に容体急変 「たんがよくたまる」入院中に訴えていた

響龍さん(2020年7月21日撮影)

大相撲境川部屋の三段目力士、響龍(ひびきりゅう)の天野光稀(あまの・みつき)さんが28日午後6時20分、急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。日本相撲協会が29日、発表した。28歳だった。響龍さんは、春場所13日目の取組で頭部を強打。救急搬送されて入院中だった。現役力士の死去は、昨年5月に新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全でなくなった三段目の勝武士さん以来。取組で負傷した力士が死亡するのは異例の事態となった。

   ◇   ◇   ◇

懸命の祈りも届かなかった-。響龍さんが亡くなり、電話取材に応じた芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「何が原因か、因果関係は分からない。こんなことが起きるとは誰も思っていない」と突然の訃報に戸惑いを隠せなかった。

響龍さんは春場所13日目の取組で、すくい投げを食った際に頭から落ちた。近くで見ていた関係者によると、頭部が俵と土俵の間に挟まるかたちで首に圧力がかかる不運があったという。意識はあったがうつぶせのまま立つことができず、倒れてから約1分後に、呼び出し3人があおむけにした。審判の親方衆や医師らが容体をうかがうなどし、倒れてから約6分後に担架に乗せられて土俵を降り、都内の病院に救急搬送された。響龍さんは救急搬送された際、協会関係者に体のしびれにより首から下が動かないなどと訴えていた。

救急搬送された翌日には、師匠の境川親方(元小結両国)が協会広報部を通じて「いま、一生懸命、治療に専念しています」とコメントしていた。関係者によると、入院していた響龍さんは、徐々にまひした体が動くようになっていたという。しかし、28日に容体が急変し、死去した。入院生活で寝たきりの状態が続いており、肺血栓を患っていたという。また、関係者には「たんがよくたまる」などと訴えていたという。取組でのアクシデントがきっかけとなった死去は、異例のことだ。

芝田山広報部長は「搬送された後は入院していたが、意識はあって話ができるとは聞いていた。若い力士が亡くなったことは非常に切なく、残念」と悔やんだ。葬儀・告別式は境川部屋関係者のみで執り行われる。夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)まで10日と迫る中、角界が大きな悲しみに包まれた。

◆響龍光稀(ひびきりゅう・みつき)本名・天野光稀。1993年(平5)3月17日、山口県下関市生まれ。山口・響高校(現下関北高)相撲部出身で、11年5月の技量審査場所で初土俵。最高位は19年秋場所での西三段目24枚目。通算195勝206敗5休。

響龍さん(2020年7月21日撮影)

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響龍さん死去 28歳 春場所取組で倒れ入院、寝たきり続き急性呼吸不全で

響龍さん(2020年7月21日撮影)

大相撲の境川部屋の三段目力士、響龍(ひびきりゅう)さん(本名・天野光稀)が28日、急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。28歳だった。日本相撲協会が29日、発表した。

響龍さんは3月の春場所13日目の取組で、すくい投げを食った際に頭から落ちた。意識はあったがうつぶせ状態のまま立つことができず、倒れてから約1分後に、呼び出し3人があおむけにした。審判の親方衆や医師らが容体をうかがうなどし、倒れてから約6分後に担架に乗せられて土俵を降り、都内の病院に救急搬送されていた。響龍さんは救急搬送された際、協会関係者に体のしびれを訴えていた。

翌日には、師匠の境川親方(元小結両国)が日本相撲協会広報部を通じて「いま、一生懸命、治療に専念しています」とコメントしていた。関係者によると、響龍さんの入院生活は続いていたというが、徐々にまひした体が動くようになっていたという。しかし、28日に容体が急変。同日に死去した。取組でのアクシデントがきっかけとなった死去は、異例。寝たきりの状態が続いており、肺血栓を患っていたという。

協会トップの八角理事長(元横綱北勝海)は「この度の訃報に接し、協会員一同、心より哀悼の意を表します。ご遺族の皆様方のご傷心を察しますと、お慰めの言葉も見つかりません。私自身、突然の訃報に、ただただ驚き、茫然としております。一か月以上にわたる闘病生活、さぞ辛かったと思いますが、ご家族や師匠らの懸命の看病のもと、力士らしく、粘り強く耐え、病魔と闘ってくれました。今はただ、安らかに眠って欲しいと願っております。懸命の治療を施してくださった医療関係者の皆様には故人に代わり、深く感謝申し上げます」(原文ママ)とのコメントを発表した。

◆響龍光稀(ひびきりゅう・みつき)本名・天野光稀。1993年(平5)3月17日、山口県下関市生まれ。山口・響高校(現下関北高)相撲部出身で、11年5月の技量審査場所で初土俵。最高位は19年秋場所での西三段目24枚目。通算195勝206敗5休。

響龍さん(2020年7月21日撮影)

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響龍さん死去に八角理事長「ただただ驚き、茫然としております」

響龍さん(2020年7月21日撮影)

大相撲の境川部屋の三段目力士、響龍(ひびきりゅう)さん(本名・天野光稀)が28日、急性呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。28歳だった。日本相撲協会が29日、発表した。

響龍さんは3月の春場所13日目の取組で、すくい投げを食った際に頭から落ち、都内の病院に救急搬送されていた。

協会トップの八角理事長(元横綱北勝海)がコメントを発表した。

「この度の訃報に接し、協会員一同、心より哀悼の意を表します。ご遺族の皆様方のご傷心を察しますと、お慰めの言葉も見つかりません。私自身、突然の訃報に、ただただ驚き、茫然としております。一か月以上にわたる闘病生活、さぞ辛かったと思いますが、ご家族や師匠らの懸命の看病のもと、力士らしく、粘り強く耐え、病魔と闘ってくれました。今はただ、安らかに眠って欲しいと願っております。懸命の治療を施してくださった医療関係者の皆様には故人に代わり、深く感謝申し上げます」(原文のまま)

突然の訃報に触れ、ショックの大きさを声明文ににじませた。

八角理事長(2018年10月1日撮影)

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「一代年寄」に物言い「白鵬」襲名へ厳しい見解、存在意義を見いだせず

「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の山内委員長(左から2人目)から提言書を受け取った後、会見する八角理事長(右端)ら(代表撮影)

大相撲の「一代年寄」に物言いがついた。

日本相撲協会に設置された「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の第11回会合が19日、東京・両国国技館で行われ、山内昌之委員長(東大名誉教授)が、協会の八角理事長(元横綱北勝海)に提言書を提出。功績顕著な横綱に対し一代限りで襲名を認めていた「一代年寄」について、存在意義を示すものを見いだされないなどと問題提起した。史上最多44度の優勝を誇る横綱白鵬(36=宮城野)にとって、一代年寄「白鵬」襲名へ厳しい見解が示された。

    ◇    ◇    ◇

一代年寄の親方は今後、誕生しないかもしれない。約2年間にわたって開催されてきた有識者会議の会合が最終回を迎え、山内委員長から八角理事長に約50ページに及ぶ提言書が提出された。多国籍化した角界が目指す方向性などについて指摘される中、一代年寄について問題提起された。

提言書は「一代年寄は当該横綱一代限りの特例のため、その部屋の弟子らによる継承襲名は認められない。その横綱の力と技の相撲ぶりが名乗りの部屋名とともには後世に継承されないことを意味する」と論じた。過去に一代年寄を襲名したのは、大鵬、北の湖、貴乃花の3横綱のみ。3人とも部屋を興したが、死去や退職などにより3部屋とも消滅している。所属していた力士らは他の部屋への転籍を余儀なくされた。

また、現在の協会の定款に根拠となる規定はないなどとして、存在意義を示すものは見いだされないとも論じた。山内委員長は「(一代年寄を)『廃止』と理解されては困る。廃止ではなく、制度そのものが本来なかった。協会のどこにも規定がない」と説明。提言書によると一代年寄は、1969年に現役だった横綱大鵬に、内弟子集めを例外的に認めて「横綱大鵬」と「年寄大鵬」を並立させる工夫として生み出されたものだという。加えて、弟子への継承が認められていないこともあり、提言書では「大相撲の師資相承の伝統から外れたいわば『異形』の資格」と論じた。

一代年寄について進言を受けた八角理事長は「そういう場面があれば理事会で審議していく」と話した。提言書に強制力はないが、協会が今後、一代年寄を認めない可能性が出てきた。認められなければ、横綱白鵬は引退後、一代年寄「白鵬親方」として協会に残ることができず、親方名跡取得の道を模索しなければならない。横綱は引退後5年間、力士名の親方として協会に残れるが、白鵬は年寄「間垣」を取得する方向で調整中。一代年寄取得に興味を示していた時期もあったが、厳しい見解が示される形となった。

◆一代年寄 日本相撲協会に以前から登録された105の年寄名跡のほかに、著しい貢献のあった横綱の功績をたたえて贈られる名跡。幕内優勝20回が目安とされ、個人一代限りにおいて年寄として待遇される。過去の権利取得者は4人。

▽大鵬 69年9月に一代年寄「大鵬」を贈られた。71年5月に引退し、同年12月に二所ノ関部屋から独立。史上初の一代年寄。2013年に72歳で死去。

▽北の湖 85年1月に引退して一代年寄「北の湖」となり、同年12月に三保ケ関部屋から独立。2015年に62歳で死去。

▽千代の富士(辞退) 89年9月に理事会で提案されたが本人が辞退。91年夏場所限りで引退し年寄「陣幕」を経て「九重」を継承。2016年に61歳で死去。

▽貴乃花 03年初場所中に引退して一代年寄「貴乃花」を襲名。04年2月に二子山部屋を継承し、部屋名を変更。2018年に退職。

<横綱比較>

▽大鵬 第48代横綱。優勝32回。通算872勝182敗136休

▽北の湖 第55代横綱。優勝24回。通算951勝350敗107休

▽千代の富士 第58代横綱。優勝31回。1045勝437敗159休

▽貴乃花 第65代横綱。優勝22回。通算794勝262敗201休

▽白鵬 第69代横綱。優勝44回。1172勝247敗223休

◆大相撲の継承発展を考える有識者会議 八角理事長(元横綱北勝海)の諮問機関。17年に起きた元横綱日馬富士による傷害事件など不祥事が続き、暴力問題再発防止検討委員会から外国出身力士に対する指導方法などについて外部有識者による協議を要請され、19年に創設された。委員はプロ野球ソフトバンクホークスの王貞治会長や俳優の紺野美沙子ら8人で構成。19年6月から議論を重ねてきた。

「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の山内委員長(右)から提言書を受け取る八角理事長(代表撮影)

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白鵬の一代年寄襲名は厳しく、横綱大鵬への特例で定款に規定なしと説明

「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の山内委員長(右)から提言書を受け取る八角理事長(代表撮影)

日本相撲協会は19日、東京・両国国技館で「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の第11回会合を開いた。

同会の山内昌之委員長が、協会の八角理事長(元横綱北勝海)に提言書を提出した。

約50ページに及ぶ提言書は、外国出身力士に大相撲の伝統文化を理解させるため、師匠の指導力や協会のガバナンス(統治)の重要性を指摘した。外国出身力士が多く活躍している現状を踏まえ、外国出身力士に対し「日本文化になじむ『入日本化』を促す」ことなどを進言。協会ガバナンスの向上を目指し、女性の外部理事登用も提言した。

また、功績顕著な横綱に対し一代限りで襲名を認めていた「一代年寄」についても言及した。提言書では「一代年寄は当該横綱一代限りの特例のため、その部屋の弟子らによる継承襲名は認められない。つまり、その横綱の力と技の相撲ぶりが名乗りの部屋名とともには後世に継承されないことを意味する。これは他の芸能・芸道には類例がなく、大相撲の師質相承の伝統からも外れたいわば異形の『資格』である」(一部抜粋)と論じた。

さらに一代年寄については、現在の協会の定款に根拠となる規定はないなどとして、一代年寄の存在意義を示すものは見いだされないとも論じた。山内委員長は「『廃止』と理解されては困る。廃止ではなく、制度そのものが本来なかった。協会のどこにも規定がない。横綱大鵬に対して工夫されたもので、それがある種の制度として考えられた」などと説明。提言書によると、一代年寄は1969年(昭44)に現役だった横綱大鵬に、内弟子集めを例外的に認めて「横綱大鵬」と「年寄大鵬」を並立させる工夫として生み出されたという。

一代年寄について進言を受けた八角理事長は「そういう場面があれば理事会で審議していきたいと思います」と話した。協会が提言書を受け、今後は一代年寄を認めないとなれば、横綱白鵬は「白鵬親方」として5年を超えて協会に残ることはできず、年寄名跡取得の道を模索することとなる。

同会議は八角理事長の諮問機関。元横綱日馬富士による傷害事件など不祥事が続き、暴力問題再発防止検討委員会から外国出身力士に対する指導法などについて外部有識者による協議を要請され、19年に創設した。委員にはプロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長ら8人で構成。19年6月から議論を重ねてきた。

◆一代年寄 日本相撲協会に以前から登録された105の年寄名跡のほかに、著しい貢献のあった横綱の功績をたたえて贈られる名跡。幕内優勝20回が目安とされ、個人一代限りにおいて年寄として待遇される。過去の権利取得者は4人。

▽大鵬 69年9月に一代年寄「大鵬」を贈られた。71年5月に引退し、同年12月に二所ノ関部屋から独立。史上初の一代年寄。2013年に72歳で死去。

▽北の湖 85年1月に引退して一代年寄「北の湖」となり、同年12月に三保ケ関部屋から独立。2015年に62歳で死去。

▽千代の富士(辞退) 89年9月に理事会で提案されたが本人が辞退。91年夏場所限りで引退し年寄「陣幕」を経て「九重」を継承。2016年に61歳で死去。

▽貴乃花 03年初場所中に引退して一代年寄「貴乃花」を襲名。04年2月に二子山部屋を継承し、部屋名を変更。2018年に退職。

◆大相撲の継承発展を考える有識者会議 八角理事長(元横綱北勝海)の諮問機関。17年に起きた元横綱日馬富士による傷害事件など不祥事が続き、暴力問題再発防止検討委員会から外国出身力士に対する指導方法などについて外部有識者による協議を要請され、19年に創設された。委員はプロ野球ソフトバンクホークスの王貞治会長や俳優の紺野美沙子さんら8人で構成。19年6月から議論を重ねてきた。

「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の山内委員長(左から2人目)から提言書を受け取った後、会見する八角理事長(右端)ら(代表撮影)

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