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平均年齢51歳 新日本支えた第3世代天山広吉&小島聡&永田裕志組が勝利

新日本プロレス後楽園大会 6人タッグマッチで勝利した、左から小島聡、1人おいて永田裕志、天山広吉(新日本プロレス提供)

<新日本プロレス後楽園大会>◇16日◇後楽園ホール◇観衆319人

平均年齢51歳、新日本を支えてきた第3世代の3人が元気いっぱいだ。91年デビューの天山広吉(50)、小島聡(50)と92年デビューの永田裕志(53)が6人タッグマッチに出場。本間、真壁、飯伏組に見事勝利を収めた。

先発を買って出た永田は飯伏と対峙(たいじ)。相手の素早い動きにしっかり対応。その後本間には強烈なミドルキックやエルボーを浴びせた。5月には米国に渡り、モクスリーの持つIWGP USヘビー級のベルトに挑戦。敗れはしたが、調子を上げて帰ってきた。「コロナ禍の先の素晴らしい生活を見てきた」と、日本との差を感じたという。「日本はまだちょっと暗い。こんな世の中だからこそ、素晴らしいものを提供しないといけない」と熱いパフォーマンスで思いを伝えた。試合後にはIWGPヘビー級王者に挑戦する飯伏とがっちり握手。「ちょっと見ない間に成長していた。飯伏がベルト取ったら、挑戦したいなと思った」と胸の内を明かした。

先月からインパクト・レスリングに参戦していた小島は「米国で俺が必要とされていると感じた。怖がらず、ビビらず、正々堂々と自信持って生きていこうって思った」と前を向いた。13日には日本でも活躍したドーリングと対戦。破れはしたが、強烈なインパクトを残した。海外経験で新日本の素晴らしさも再確認。「本当に価値のあるものだと痛感した」と語った。この日の試合でも本間にマシンガンチョップをこれでもかと浴びせ、いつも以上にエルボーにも力を込めた。

天山は「しばらくやってなくてさみしかった。組んでみて第3世代はやっぱり違うよね。余裕で試合ができたし、怖いものはない」と、久しぶりのそろい踏みに、笑顔を見せた。中盤には天山のヘッドバッドと、小島のエルボーの合体技を披露するなど「テンコジ」の連係もバッチリ。真モンゴリアンチョップも本間、飯伏の首にしっかりヒットさせた。「テンコジ、永田の3人で大きなことができないか考えている。ビッグチャンスをつかみにいきたい」と野望を明かした。

天山の真モンゴリアンチョップから永田の延髄切り、そして小島のコジコジカッターで勝利をつかんだ。これからもさらなる高みを目指す50代トリオは、まだまだリング上で暴れ回る。【松熊洋介】

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53歳永田裕志敗れるも 王者モクスリー感極まり?ひざまずいておじぎ

永田裕志(2021年2月4日撮影)

<オール・エリート・レスリング(AEW):ダイナマイト>◇12日(日本時間13日)◇米フロリダ州

AEWのリングで行われたIWGP USヘビー級選手権で、挑戦者の永田裕志(53)が、王者ジョン・モクスリーに敗れた。

モクスリーは4度目の防衛。勝利すれば、新日本プロレスでのシングル最年長タイトルだったが、快挙達成とはならなかった。

米国の地で躍動した永田だったが、最後に力尽きた。前日ロサンゼルスからフロリダへの移動は3時間遅れ。長旅にも疲れを見せず、SNSでは「全力を尽くして、永田裕志最年長53歳。今日も頑張ります」と気合十分で臨んだ。鮮やかな青のガウンで登場し、お決まりの敬礼ポーズをすると会場は大歓声に包まれた。

序盤から激しくぶつかり合い、エルボー合戦を繰り広げた。中盤には得意技のエクスプロイダー、さらには白目式腕固めで王者を追い詰めたが、最後はパラダイムシフトで3カウントを奪われた。

試合後は感極まったのか、モクスリーがナガタの前にひざまずいておじぎをすると、永田もこれに応え、お互いに健闘をたたえ合った。

4月上旬にモクスリーから挑戦者に指名された。「リボルバーを見せてみろ。どっちが先に撃てるか試してみようぜ」と挑発を受けた。永田は「だからお前はハナタレ小僧なんだよ。プロレスのリングにリボルバーなんてのは必要ない。裸1つで戦うのがプロレス。顔洗って出直してこい」と受けて立った。

8日配信の前哨戦ではモクスリーに強烈な一撃を見舞った。試合には敗れたが、怒りが収まらず、試合後に襲撃。止めに入ったセコンドを制し、歯が取れるほど強烈なナガタロック2を浴びせた。「この永田裕志がコロナ禍の中、アメリカまで来てやったぞ。こんなんで俺は満足しない。まだまだ物足りない」と挑発するなど、本番に向けて士気を高めていったが、あと1歩及ばなかった。

新日本の最年長シングル王者はお預けとなった。02年にIWGPヘビー級王座を獲得。その後当時、橋本真也が持っていた連続防衛記録を塗り替える10回の防衛を果たし「ミスターIWGP」と呼ばれた。16年のNEVER無差別級以来、久しぶりのシングルのベルトを手にすることはできなかったが、53歳永田の挑戦はこれからも続いていく。

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永田裕志がモクスリー襲撃 歯が取れるほど強烈なナガタロック2食らわす

NJPWストロング 試合後、ジョン・モクスリー(左)とにらみ合う永田裕志(新日本プロレス提供)

<NJPWストロング>◇8日配信

12日(日本時間13日)にIWGP USヘビー級王座に挑戦する永田裕志(53)が、王者ジョン・モクスリーとの前哨戦で強烈な一撃を見舞った。

成田蓮(23)と組んでタッグマッチに出場して敗れたが、試合後にモクスリーを襲撃。モクスリーの歯が取れるほど強烈なナガタロック2を浴びせ、不敵な笑みを見せた。会場からはなぜか永田の入場曲が流れ、カメラに向かってガッツポーズを見せ、勝者のようにさっそうと花道を引き揚げた。敗れはしたが「この永田裕志がコロナ禍の中、アメリカまで来てやったぞ。こんなんで俺は満足しない」と豪語した。

初参戦となったNJPWストロングの舞台でも全く動じなかった。先発を買って出た永田は、開始早々から雄たけびを上げ、襲いかかった。ビックブーツを浴びせ、エルボー合戦では1歩も引かず、互角の殴り合いを展開した。最後は成田がモクスリーにデスライダーを食らい、3カウントで敗れたが、怒りの収まらない永田は止めに入ったセコンドを制し、王者とにらみ合った後に殴りかかった。「お前の攻撃なかなかいいけど、まだ物足りない」と本番ではさらにパワーアップしたナガタを見せつけるつもりだ。

4月上旬にモクスリーから挑戦者に指名された。「レボルバーを見せてみろ。どっちが先に撃てるか試してみようぜ」と挑発を受けた。永田は「だからお前ははな垂れ小僧なんだよ。プロレスのリングにレボルバーなんてのは必要ない。裸1つで戦うのがプロレス。顔洗って出直してこい」と受けて立った。

タイトルマッチは12日(日本時間13日)に米オール・エリート・レスリング(AEW)のリングで行われる。永田は02年に安田を破り、IWGPヘビー級王座を獲得。その後、当時、橋本真也が持っていた連続防衛記録を塗り替える10回の防衛を果たし「ミスターIWGP」と呼ばれた。「タイトルマッチでは全精力をお前にぶつけてやる。お前もぶつけてこい。そして最後は俺が勝つ」。16年のNEVER無差別級王者以来、シングルのタイトルから遠ざかっている永田が、50歳を超えた今、米国の地で大きなベルトに向かう。

NJPWストロング ジョン・モクスリーにナガタロック2を決める永田裕志(新日本プロレス提供)

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永田裕志&成田蓮組、8日の「NJPWストロング」でUS王座前哨タッグ戦

新日本プロレス11日、米国発の新日本プロレスワールド番組「NJPWストロング」8日配信分で永田裕志、成田蓮組-ジョン・モクスリー、クリス・ディッキンソン組の開催を発表した。

12日(日本時間13日)に米オール・エリート・レスリング(AEW)マットに初進出し、IWGP・USヘビー級王者モクスリーに挑戦することが決まっている永田にとっては前哨タッグ戦となる。NJPWストロング初参戦となる53歳の永田が、US王座戦前の前哨戦でモクスリーに何を仕掛けるのか。モクスリーも2度目のNJPWストロング参戦となる。

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新日本永田裕志が米AEWへ初進出 IWGP・USヘビー級王座挑戦発表

永田裕志(2021年2月4日撮影)

新日本プロレスは「ブルージャスティス」永田裕志(53)が5月12日(日本時間13日)、米オールエリートレスリング(AEW)マットに初進出し、IWGP・USヘビー級王者ジョン・モクスリー(35)に挑戦すると30日までに発表した。

これまでモクスリーから動画メッセージで次期挑戦者として指名されていた永田は「顔を洗って出直してこい」と動画メッセージで反応。両者による王座戦が浮上していた。AEWマットには、バレットクラブのKENTAが乱入、参戦し、モクスリーとタッグ戦をしているものの、王座戦となると新日本勢では初めてとなる。

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52歳永田裕志の春終わる「悔しい」敗戦も会場拍手

新日本プロレス尼崎大会 コーナーのSANADA(右)に襲いかかる永田裕志(新日本プロレス提供)

<新日本:尼崎大会>◇14日◇兵庫・ベイコム総合体育館

天山、小島ら同世代の思いを背負った最年長、永田裕志(52)の春が終わった。

10年前、ニュージャパンカップ(NJC)を制した同じ会場で勝利を願い、2回戦のリングに上がったが、SANADA(33)の前に沈んだ。

今シリーズ「絶好調」と話していた永田。試合を重ねるごとにパワーアップしていった。今試合も中盤以降ペースをつかんだ。SANADAの攻撃をかわすと、ナガタロック2をさく裂。何度もタイトルを取ってきた強烈な締め上げで勝負に出た。「来い、SANADA」と叫び、エルボー合戦も制した。SANADAの得意技Skull Endを受けながらも足技で逆転するなど軽快な動きを見せた。最後はランディングボディプレスに屈したが、あと1歩のところまで追い込んだ。「チクショー。負けた。悔しい」。肩を落としながら引き揚げたが、会場からは健闘をたたえる大きな拍手が送られた。

2月17日後楽園大会で、内藤のケガにより、SANADAと急きょシングルマッチで対戦。敗れはしたが「ネバーギブアップ」とリベンジを誓った。今月9日のNJC初戦では辻を退け、下馬評を覆した。統一されたIWGPの2冠(ヘビー級、インターコンチネンタル)ベルト論争にも言及し「ベルトに“世界”がつく、それをプラスにとらえて。大きく世界に躍進できるじゃないかと思う」と明かすなど状態は上向きだっただけに悔しい敗戦となった。

2冠統一により、天龍の持つ、IWGP世界ヘビー級の最年長戴冠記録(49歳10カ月)の更新はなくなったが、新たなベルトをどん欲に目指し続ける。「勝つまで。絶対、勝つまでやり続ける」。今回はかなわなかったが、52歳の“世界”挑戦はまだ始まったばかりだ。【松熊洋介】

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52歳永田裕志”完全復活”近し「あとは勝つだけ」

新日本後楽園大会 SANADAの背中に強烈な蹴りを浴びせる永田裕志(新日本プロレス提供)

<新日本:後楽園大会>◇17日◇東京・後楽園ホール

52歳の永田裕志が“完全復活”まであと少しだ。タッグマッチで対戦するはずだった内藤が前日の試合で右膝を負傷し、欠場。

急きょSANADAとのシングルマッチが実現した。全盛期をほうふつとさせる強烈なエルボーや延髄切り、垂直落下式ブレーンバスターを浴びせるなど、見せ場を作った。最後は相手得意技のラウンディング・ボディ・プレスで力尽きたが「気持ちは負けていない。まだまだ立ち上がる」と力強く言い切った。

14日から始まった今シリーズでは、内藤、SANADAら新日本を引っ張る選手らと対戦。これまでは若手を相手にすることが多かった。「久しぶりにトップ戦線の連中と戦って、1つ1つの技が正確だった」と力の差を痛感。連日3カウントを奪われてはいるが、徐々に感覚をつかみつつある。16日の試合後には「完全復活まであとちょっと。あとは勝つだけ」と手応えも感じている。

かつてはヘビー級防衛10回を記録し「ミスターIWGP」と言われた。デビュー29年目を迎え、先輩としての威厳は保ち続ける。「(新日本が)いい時も悪い時も底辺の時も見てきた。試合ができることに全選手が感謝を持って戦うべき。今年は厳しくいく」と後輩たちに背中で教える。「現状から天に昇ればいいだけのこと。まだまだギブアップしない」。永田の勝利が新日本をさらに熱くする。【松熊洋介】

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鷹木信悟「もっとエネルギッシュに」永田裕志にゲキ

新日本後楽園大会 永田裕志にパンピングボンバーを浴びせる鷹木信悟(新日本プロレス提供)

<新日本:後楽園大会>◇16日◇東京・後楽園ホール

鷹木信悟(38)が52歳永田裕志にげきを飛ばした。内藤と組み、永田、飯伏組とのタッグマッチに2日連続で勝利。

得意のパンピングボンバーからラスト・オブ・ザ・ドラゴンを浴びせてリングに沈めた。

2日間とも手応えがなかったのか、バックステージでは、鼻歌を歌いながら「永田さんよ。もっとエネルギッシュに来てくんなきゃ、おもしろくないよ。また当たった時は遊んでくれよな」と語り、意気揚々と控室に消えた。

奮起を促す裏には、今月12日に58歳でノアのGHCヘビー級新王者に輝いた武藤の存在がある。鷹木と同じ山梨県出身で、ともに観光大使を務める大先輩の姿に自身も刺激を受けた。「キャリアも年も20年上だけど、トップのベルトを取った。永田もまだまだ老け込むには早い」と話す。02~03年にかけてヘビー級でV10を達成し「ミスターIWGP」と呼ばれた永田も現在52歳。鷹木はその技とパワーを「もっと体感したい」とハッパを掛ける。

もちろん鷹木自身も新たなタイトル奪取を見据える。1月30日のNEVER無差別級選手権試合で棚橋に敗れ、王者陥落。前シリーズでは出場がなかった。約2週間休養し、元気いっぱいの鷹木。最終戦の大阪大会ではカードが組まれていないが、3月の「NEW JAPAN CUP」に向け「とことん暴れ狂ってやる」と意気込む。今シリーズ残り6戦。メインの舞台に立てなくても、存在感を残し、来月からの戦いにつなげる。【松熊洋介】

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鈴木みのるが永田にリベンジ、興味は新しい標的へ

リング上で頭を突き合わせる鈴木みのる(左)と永田裕志(新日本プロレス提供)

<新日本:後楽園大会>◇31日◇東京・後楽園ホール

メインで鈴木みのる(52)と永田裕志(52)ベテラン2人によるスペシャルシングルマッチが行われ、鈴木が20分超の激闘を制した。

高校のアマチュアレスリング時代からしのぎを削る2人は、6月のニュージャパン杯1回戦で7年ぶりにシングルで対戦。エルボー、張り手を連発する壮絶な打撃戦を永田が制した。その後の試合でも因縁は続き、リベンジを狙う鈴木が一騎打ちを会社に要求。今回の再戦が決まった。

ゴングが鳴ると、両者は至近距離でにらみ合い、すぐにエルボー合戦に突入。その後も、蹴り、張り手、エルボー、頭突きと、シンプルかつ強烈な打ち合いが続く。あまりの激しい打撃戦に、ウイルス感染予防のため歓声を控える観客席から何度もどよめきが起こった。最後は鈴木がエルボーで倒した後、ゴッチ式パイルドライバーを決め、勝利した。

鈴木はマイクを持つと「おめえら、うるせえよ。黙ってみとけ!」と観客に悪態をつき、さらに永田に「お前に一言だけいっとく。今日のお前の攻撃はな、一つも痛くねえんだよ!」と吐き捨てるように言った。

永田へのリベンジを終え、鈴木の狙いはすぐ次へと移ったようだ。「もう目星はつけてある。次行くとこは決めてるんだよ。まさか俺が来るとは思ってねえだろうな…」と相手の名前は挙げず、不気味な笑いを浮かべながら宣戦布告した。

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鈴木みのる「公開処刑だ」永田裕志と一騎打ち濃厚

激しいエルボー合戦を繰り広げる永田裕志(左)と鈴木みのる(新日本プロレス提供)

<新日本:後楽園大会>◇27日◇東京・後楽園ホール

因縁の永田裕志(52)と鈴木みのる(52)の一騎打ちが濃厚になった。

2人は6月のニュージャパン杯1回戦で7年ぶりにシングルで対戦し、永田が勝利した。この日は第3試合のタッグ戦で永田が上村優也、鈴木がエル・デスペラードをそれぞれ率いて対戦。そろって先発すると、いきなりエルボー合戦。その後も激しい打撃戦を繰り広げた。デスペラードが上村を下した後も、2人は場外で再び激しくエルボー合戦。鈴木はその後、マイクを持つと永田に向かって「タイマンやろうぜ」とシングルでの再戦を要求。「早く時間と場所を決めろ。公開処刑だ」とリベンジを予告した。

バックステージで鈴木は、52歳という年齢を強調する実況に対して不満を語った。「お前らの物差しで俺をその中にいれるんじゃねえ。俺が24時間どうやって生きているか知らねえだろ。ふざけるなよ。俺は戦うために生きてるんだ。ふざけるな。てめえらと一緒にするな!」とまくしたてた。一方永田は「そんなに焦りなせんな」と鈴木をけん制。「こっちは逃げも隠れもしない。それだけだよ。万全の調子でかかってこい。いつでも受け止めて、叩き返してやる」と余裕をみせた。

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オカダが永田裕志下し8強「いつでも胸を貸します」

永田裕志(下)にコブラクラッチを決めるオカダ・カズチカ(撮影・中島郁夫)

<新日本プロレス:「NEW JAPAN CUP 2020」2回戦4試合>◇24日◇会場非公開

32人が出場するシングルトーナメント「ニュージャパン杯」の2回戦4試合が行われ、メインでは昨年覇者オカダ・カズチカ(32)が永田裕志(52)を下し、8強入りした。

2人の一騎打ちは15年G1以来5年ぶり2度目。20歳若いオカダが有利とみられたが、5年前のリベンジを狙う永田の激しい打撃に苦戦。20分の激闘の末、オカダは変型コブラクラッチに持ち込み、永田をしめる。白目をむきながら抵抗する永田をさらにしめ上げ、力を奪い、ギブアップさせた。

オカダは試合後、「今日の永田さん見てかっこいいと思わない人いないでしょう」とかつて付け人だった大先輩の変わらぬ強さを称賛。「僕はいつでも胸を貸しますんで、永田さん全然かかってきてください」と話した。

このまま勝ち上がり連覇すれば、7月12日の大阪城ホール大会でIWGPヘビー、同インターコンチネンタルの2冠王者内藤哲也(38)と戦うこととなる。今年1月5日東京ドーム大会では、その2本のベルトをかけて内藤と戦い、敗れた。

新日本の至宝であるIWGPヘビー級王座の最多連続防衛、最多通算防衛記録を持つオカダが狙うのはヘビーのベルトのみ。「2つ持っている人いますけど、僕が目指すのは1つだと思っています」とあらためて狙いを定めた。

永田裕志(左)にドロップキックを決めるオカダ・カズチカ(撮影・中島郁夫)

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内藤「息もあがって…」試合再開に新日本選手の声

SHO、YOH、オカダ組対高橋、鷹木、内藤組 試合に勝利し叫ぶ内藤(撮影・滝沢徹郎)

新日本プロレスが15日、新型コロナウイルス感染拡大の影響で止まっていた試合を、無観客で110日ぶりに行った。3カ月半も試合が空いたのは団体史上初めて。全6試合34選手が、久々のリングの上で躍動した。以下、出場選手の主なコメント。

第2試合タッグ戦出場の金丸義信「いい汗かいたし。これで今夜もいい酒飲めるだろう」

第4試合6人タッグ戦で勝利した田口隆祐「やっぱり今までお客様にすごい力をいただいてたんだなと、無観客試合をしてあらためて感じました」

第4試合6人タッグ戦出場の天山広吉「やっとこの日が、待ちに待ったこの日がやって来てね。俺的には、コロナ、ふざけんな、タコ! 3カ月半、ほんまイライラして、ストレスがたまりまくって、どこにぶつけたらいいって。とにかく試合やって、リングに上がって、暴れて、全部をぶつけるって、その気持ちですよ」。

第4試合6人タッグ戦出場の小島聡「プロレスラー生活29年にして、初めての無観客での試合。このキャリアにしてこの初めての経験っていうのは本当に大きいから。これを経験した俺とか天山とかはっきり言って絶対に誰もかなわないぞ。自信もってやってやるよ。(16日から始まるニュージャパン杯で)ぶっちぎりで優勝してやる」

第5試合8人タッグ戦出場の永田裕志「キャリア28年で初の無観客試合。いろんな雑音、試合前あったけど何のことはなかったですね。客を意識するんじゃなく、客の目を向けさせろ。それを思い出して、なかなか今日はいい気持ちで試合ができた」

第5試合8人タッグマッチ出場の飯伏幸太「ちょっと興奮しすぎましたね。またこうやってみんなの前でプロレスができて、ほんと最高です」

第5試合8人タッグ戦出場の棚橋弘至「(無観客は)選手にとってすっごい経験になる! どう伝えるか、どう魅せるか、どう戦うかっていう経験値が。だからこそ会場でみんなに見てもらった時に今の経験が生きてくると思うし、応援してくれるファンのみなさんの存在がどれだけうれしくて、ありがたくて、プロレスラーにとって尊いものかっていうことを、今選手は感じていると思います」

第6試合6人タッグ戦出場の高橋ヒロム「ああ! ああ! ああああ! ああなんて面白すぎるんだ。なんて面白いんだプロレスって! こんなに面白くて、こんなに快感なんだ!」

第6試合6人タッグ戦で勝利した内藤哲也「久々のリング、久々の試合。息もあがって、非常に苦しい試合でしたよ。なんかこんなにプロレスってしんどかったかな、って。でも楽しかったな、楽しかったよ」

第6試合6人タッグ戦出場のオカダ・カズチカ「お客さんがいようがいなかろうが、リング上の戦いは変わらないんでね。こうやって110日ぶりに試合ができたということは、小さな一歩なのか、大きな1歩なのか。それを決めるのはまだ誰も分からない。でも、これから僕たちがしっかりやっていくことによって、今日の1歩が大きな1歩だったね、と言えるようになるんじゃないかなと思います。まだまだ大変な状態ですけど、新日本プロレスさすがだね、スポーツ界やエンターテインメント界みんなから、さすが新日本プロレス、今日の1日は良かったよって言ってもらえるように、これからもしっかりやっていきたいと思います」

オープニングで記念撮影する棚橋(前列右から2人目)ら(撮影・滝沢徹郎)
SHO、YOH、オカダ組対高橋、鷹木、内藤組 YOH(左)にデスティーノを決める内藤(撮影・滝沢徹郎)
真壁、永田、飯伏、棚橋組対DOUKI、鈴木、ザック・セイバーJr、タイチ組 入場しポーズを決める棚橋(撮影・滝沢徹郎)

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プロレスは最強の格闘技…幻想崩れ人気衰退/連載2

真壁は棚橋弘至(右)と激しい場外乱闘を演じた(2003年4月19日撮影)

<真壁刀義が語るプロレスの力(2)>

プロレスには不思議な力がある。24年間、プロレス界の天国も地獄も見てきた真壁刀義(47)の視点からプロレスの力を見つめ直す。第2回は、プロレスが格闘技に揺さぶられ、人気衰退していった時期をたどる。【取材・構成=高場泉穂】

◇  ◇  ◇

強さは、さまざまな魅力を持つプロレスの1つの要素にすぎない。だが、90年代後半から00年代にかけて、プロレスラーたちはひたすら強さを求めた。総合格闘技やキックボクシングがゴールデンタイムで放送され、人気を得ていた時代。“プロレスは最強の格闘技”の信念を持つアントニオ猪木は、自身がオーナーである新日本プロレスの選手と総合格闘家を戦わせ、プロレスの強さを世間に示そうとした。戦うなら負けるわけにはいかない。真壁ら新日本の選手たちは戸惑いながらも、格闘技の技術を磨き始めた。

「橋本対小川戦(注)の影響が大きかった。相手が仕掛けてきたら、やらなきゃだめだろ、というのは当時話していたよね。結局俺たちは夢見がちなクソガキの集まりで、強くなろうとこの世界に入ってるからさ。道場での合同練習が終わって、ヘロヘロなのに、みんな着替えてさらにボクシングやキックの練習とかしてた。ただ、上にのし上がってということばかり考えていたから、みんながむしゃらになってやってたよ」。

猪木は新日本プロレスのオーナーでありながら、総合格闘技団体PRIDEと深く関わり、藤田和之、ケンドー・カシンこと石沢常光や永田裕志らを次々と総合のリングにあげた。00年1月30日、PRIDEの初代王者を決めるトーナメント開幕戦が東京ドームで行われ、藤田は総合格闘技デビューする。当時新日本の寮長を務めていた真壁は後輩を引き連れ、生観戦した。結果は藤田がオランダのハンス・ナイマンに1回KO勝ち。まだ数試合残っていたが、真壁は藤田の勝利を見届けると、すぐ寮へと戻った。「あぁ、藤田くんよかったな。総合のリングでも結果出したな、って。安心したと同時に、なおさらエンジンがかかったよ」。スポットライトを浴びるには、格闘家ともやりあえる藤田のような強さを求めるしかなかった。

同時に新日本のリングでも、プロレスとも格闘技とも言えない試合が増えていった。01年6月、王者藤田と挑戦者永田によるIWGPヘビー級選手権は両者が、主に総合の試合で使用されるオープンフィンガーグローブを着用。馬乗りでの顔面殴打やグラップリングなどの総合格闘技の要素とプロレス技がまじった不思議な試合が展開され、藤田が膝蹴りKOで防衛した。浮上のきっかけをつかめない真壁は「これは俺のやりたいプロレスか?」と自問自答していた。

「当時はみんな、強くならなければ、って比重がそっちにいってたんだよね。でも、おれがガキの頃にワクワクしたのってそういうものだけじゃない。リング上で繰り広げられる、どろどろした人間模様が好きだったんだ。猪木さんがよだれ垂らしながら『てめー、このやろー』って。ああいうものに刺激されたんだよね。それなのに、なんで俺格闘技ライクなことやってんだろう、ってずっと思ってた。同じ戦いではあるかもしれないけど、直接的に戦うことと、相手の技を受けて倒すという、やり方、見せ方が違う。だから自分の中ではこれじゃねえな、と思ってたよね。総合格闘技を否定するんじゃなくて、自分を否定してたの。俺、何やってんのかな、って思ってさ。それだったら、最初から格闘技団体入ればいいじゃんって思ったの」。

葛藤を抱いていたのは真壁だけではなかった。小川との因縁試合で会社に不満を持った橋本は00年に新日本を辞め、ZERO-ONEを旗揚げ。「プロレスは芸術」の信念を持つ武藤敬司も02年に、小島聡、ケンドー・カシンを引き連れ、全日本へ移籍した。格闘技ともプロレスともいえない試合が増え、求心力をもった新たなスターもいない。全国どこの会場でも超満員だったはずが、次第に観客は減っていった。

「その流れは止められなかった。与えられた自分の試合を一生懸命やるよ。でも、控室に帰って、その日のセミとかメイン見るじゃん。なんでこんなのやってんのって思ってた。こんな試合を見せて、誰が喜ぶの、って」。

05年11月には、経済的に苦しくなったオーナーの猪木が新日本の株を手放し、新たにゲームソフト制作会社ユークスが親会社となった。翌06年には、不満を持った選手が大量離脱した。海外遠征から帰国し、さぁこれからと意気込む真壁は、大先輩が高級車を乗り回す姿に触発され、約1000万円のフェラーリ・テスタロッサを購入したばかりだった。だが、下がった給料ではとても維持できない。すぐに手放し、軽自動車に乗りかえた。

「なんかね、もうやってらんねえな、と思ったよ。今だから笑える話だけどさ、新日本やめようと思ってたからね。他団体に行こうと思ったけど、どうせならプロレスごとやめようと思っちゃった。プロレスやめて、学生時代にやってた建設業をやろうと思ってた。自分自身を否定してた。でも、俺はとどまった。なんでかって、夢だよね。ガキのころに憧れて入った新日本プロレスに入ってさ、やっぱり何かを残したいと思うし、おれが昔、狂喜乱舞したようなプロレスを客に見せたいなと思ったの。でも、その時は理想と現実の差がありすぎたのかな。会社の連中が何を考えているのか、何が正しいのか。具体的に何をすればいいのか、その時はわかんなかった」。

もう1つのメジャー団体、全日本も99年にジャイアント馬場が亡くなり、大きく揺らいだ。内紛が起こり、三沢光晴は多くの選手を引き連れ、00年にノアを旗揚げした。

猪木、馬場の時代は終わった。何度もプロレスラーが格闘家に敗れ、「プロレスは最強の格闘技」という幻想も崩れた。観客がどんどんプロレスから離れていく。その中で、プロレスラーはリングで何を見せるのか。それぞれの団体、選手が試行錯誤していた。

プロレスに限らず、物事がうまくいかない時、人は自分のことを棚に上げ、周囲の環境や他人を責めることがある。デビューから8年たっても活躍できない真壁もそうだった。だが、06年5月のある試合をきっかけに真壁は動きだす。「鬼になったよ。これじゃだめだ。このままじゃ、俺ぱっとしないで終わるなって。だから、やることなすこと全部変えてやろうと思った」。そして、真壁はヒールになった。その1歩が、プロレス界を新たな方向へ動かしていくこととなる。

(注)99年1月4日の新日本プロレス東京ドーム大会での橋本真也対小川直也戦。猪木が、格闘技路線の新団体「UFO」の刺客として送り込んだ小川が、橋本をボコボコにする。6分58分で無効試合となり、波紋を呼んだ。

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悪役演じ…本当は優しい/木村花さん訃報反応まとめ

木村花さん(2020年1月13日撮影)

恋愛リアリティー番組「テラスハウス」に出演する女子プロレスラー木村花さん(享年22)が23日に亡くなった。

死因など詳細については明かされていない。同番組への出演に関し、木村さんのSNSには誹謗(ひぼう)中傷のコメントが多く寄せられていたとされており、多くのプロレスラーや著名人がツイッターなどで、木村さんへの思いをつづった。

以下は主な著名人のコメント(ツイッターなどから。敬称略)

◇プロレス・格闘技

▼ロッシー小川(スターダムエグゼクティブ・プロデューサー)花は勝ち気そうで実はナイーブな女の子でした。きっともっともっとプロレスをやりたかったのだろう。ジュリアとの対決はまだまだ見せたかった。私の誕生日には「まだまだ自粛が続くので、今度小川さん邸でご飯作らせてください!一緒に食べたいです」というLINEをくれた。合掌!

▼星輝ありさ(24=元スターダム)今までごめんね。ありがとう。生きてね。がほとんど会話しない私に来た最後の言葉だった。謝るならちゃんと直接言ってほしかった。ありがとうも直接言ってもらいたかった。私はあなたこそ生きたほうがいいよと返したけどもう既読付くことはない。でも本当に気持ちは分かるんだ。死ぬという覚悟が決まると怖くなくなるものだよ。やった側の人間は「ちょっと」かもしれないけど、やられた側の感覚は「もの凄く」だからね。生きてる意味も分からなくなる。自分がやったことは大きく自分に返ってくる。この件も含めて本当に相手への言動や行動をまじで改めて欲しい。全部狂ってる。

▼岩谷麻優(27=スターダム)最後の試合になっちゃった。もう1回やろうって言ったのに

▼長与千種(55=マーベラス)SNS書き込みは言葉で人を殺める事が出来るツールではないはず。顔隠し言論の自由として狂気のナイフを振り飾した奴って絶対的に人事にするはず。言っておく!! これからの選手、これからのプロレスラーだった。悪役を演じただけ。本当の彼女は礼儀も優しさも兼ね備えた後輩でプロレスラーだったから。

いまいちどだけ。殺め言霊の主人公の方々様へ 消すくらいなら 書くな 知らぬ存ぜぬは するな。これは歴とした事件です。ツイッターが悪いのではない。道徳心無き言霊の綴りで追い込んだ主人公の問題 逃げても 真実に時効無くついて回るはず。皆悲しんで心の憤りしかないんだよ!

▼紫雷イオ(30=WWE)やりきれない気持ちです。美しく才能あふれていたあの子の、輝かしい未来が消えてしまった。22歳、これからもっと輝くべき人でした。その選択だけはして欲しくなかったと思うけど、そうせざるを得ないほどに辛かったのだと思うと心が痛みます

今となっては、彼女が苦しむ理由も相談も、誰もきいてあげられない。自分を愛してくれてる人のために生きてほしかった。せめて今度こそ、彼女を愛してくれる人の想いが届いてほしい。どうか、どうか安らかに

▼カイリ・セイン(31=WWE)心にぽっかりと穴があき、この現実を受け入れることが今は難しい

▼永田裕志(52=新日本)明るくて礼儀正しい選手でした。本当に残念です。ご冥福をお祈りいたします

▼中西学(53=元新日本)言葉にならない、信じられない。まだ22歳やぞ、ご冥福を心よりお祈り致します

▼天山広吉(49=新日本)本当に残念です。まだこれからという時に……心よりご冥福をお祈り致します

▼スペル・デルフィン(52=プロレスラー、大阪・和泉市議。自身が社長を務める沖縄プロレスに冠テレビ番組が誕生した際、当時中学生だった木村さんが、アイドルグループの一員に)花ちゃんとプロレスしたかった。合掌(ツイッターには、木村さんが「花 ママはプロレスラー」と自己紹介文を記したアイドルグループ時代のCDジャケットを掲載)

◇芸能・文化人

▼クロちゃん(43=安田大サーカス)木村花さんが22歳という若さで亡くなるなんて。ジムで一緒にトレーニングしてた花ちゃんが夢だったプロレスラーになり活躍してるのを良かったな、凄いなーって思ってたのに。早すぎるよ、トップレスラーになるの楽しみにしてたのに。もう会えなくなるなんて。御冥福をお祈りいたします

▼前澤友作(44=実業家)まだ22歳。。悲しすぎる。(合掌の絵文字)

▼乙武洋匡氏(44=作家)知り合いだったらなあ。相談してもらえてたらなあ。心から、そう思う。お会いしたこともないけれど、とてもつらいです。あなたがいないことが、とてもつらいです。あなたのことを大切に想ってきた方々は、どんなにつらい思いをされていることでしょう。そのことを思うだけで、胸が張り裂けそうです

◇テラスハウスのスタジオキャスト

▼山里亮太(43=南海キャンディーズ)謹んでお悔やみ申し上げます。突然のことに、どう言葉を発してよいか分からず、時間が過ぎてしまいました。それは木村さんのことを考えると、直ぐに言葉の整理ができませんでした。そのような不安定な状態で、自身の発した言葉がどのように解釈されるのかが分からず、しばらく言葉を発することに躊躇をしてしまいました。今、現実を受け止めて、なぜ画面の中で力強く立ち振る舞っているその姿の裏にある苦悩に気づけなかったのか、何かできることはなかったのかと強く感じています。ご冥福を心よりお祈り申し上げます

▼トリンドル玲奈(28)花ちゃんの訃報に関して、何らかの方法で花ちゃんを守ってあげることができたのではないかと、心を痛めております

▼葉山奨之(24)あまりに突然のことでいまだ信じられず、言葉が見つかりません。花さんの純粋で優しく仲間思いで真っ直ぐな部分と、プロレスに命を懸けて闘ってる姿がとても印象的でした。まだ気持ちの整理がついていませんが、このようなことがあってはいけないという悔しい気持ちでいっぱいです。心よりご冥福をお祈り申し上げます

◇テラスハウスのキャスト

▼新野俊幸(30=会社経営)ただただ悔しい。俺が袋だたきにされた時、真っ先に心配してくれた花の優しさを絶対に忘れない

▼水越愛華(22=出演時は大学生)あの日の夜中、たまたま遅くまで起きていて 彼女がストーリーを更新していて 何気なくDMを送りました。彼女からの返信はいつもと様子が違くて、途中から返信も来なくなって、気になってTwitterの投稿を見て異変に気づき、すぐに自宅を飛び出し彼女の家に向かいました。病院に着いたら、変わり果てた彼女が居ました。向かっている最中、私はどこかで生きてるだろうと思い込んでいました。そして、何事もなかったとしても抱きしめようと思っていました。“あなたが、こういう状況になったらいつでも駆けつける仲間がいるんだよ”って、“あなたが自分に傷を付けてもいいのはリングの上だけだよ”って伝えようと思っていました。プロレスの試合中のあなたはほんとうにかっこよかった。でも、恋愛をしている姿は本当に可愛かった。もう、あなたに会えないと思うと辛くてたまりません。どうか、どうか安らかに眠ってください。ゆっくり、休んでね。もうあなたを傷付ける人はいないよ。出会ってくれて、ありがとう。助けられなくて、ごめんなさい

▼田渡凌(26=バスケットボール選手)もっと寄り添えれば良かった。お互い意地を張らず仲良くしておけば良かった。自分の思いを伝え彼女の思いも聞いてまた仲良くできれば良かった(深夜に8ツイートを連続投稿)

▼鈴木志遠(23=モデル)花ちゃんはいつも僕が落ち込んでいたらすぐ心配してくれたね。『大丈夫?』とか『元気ないね、どうしたの?』など人の変化にすぐ気づける優しい女性だね。僕は花ちゃんが苦しんでいる状態から救えなかった。本当に悔しい。本当にごめんなさい。正直まだ信じられないよ。東京ドームで見た景色のこともっと話してよ。夜食で餃子食べようよ。みんなでマリカーやろうよ。1週間前にコロナ落ち着いたらタコパするって約束したじゃん。前に進まなければならないことはわかってる。花ちゃんに言われた『一生懸命やらないと恥ずかしい』『自信を持って努力しろ』とかが勇気付けてくれている。もっともっと頑張るから見ててね。これからもずっと友達だよ

▼金尾玲生氏(27=プロサーファー)何も整理がつかないよ。花… 今日は信じたくなくて携帯をあまり見たくなくて放置してました。何も考えることができず、ぼーっとしてました…起きてしまった事実は残念ながら変えることはできないので、花のトレードカラーのピンク色の花束をささげてきました。花は海も好きだったので海にも来てるかなーって思って。この事を無駄にはしない。絶対。ご冥福をお祈りします。ありがとう。花(ピンク色のカーネーションやカスミソウの花束を海に手向ける数枚の写真を添え)

▼ロン・モンロウ(25=タレント)昨日昼までラインをしてたけど、もう返信できないことに気付きました。辛いけど今伝えなければならないから。どうしても信じたくなかったんです、ハナがどうしてあの世界へ行ってしまったのか、ということを。最近、また新しい料理レシピを作ったんです、その料理で6人で一緒に食事したかったから。ハナはどんな激辛でも平気な人だった。本当にびっくりでしたよ。見た目は気が強いハナは、私がかわいいねとほめる時には、シャイな表情が見えて、そんな感じがすてきでしたよ。ハナが教えてくれた日本語、今もこうやって使っているんだから、わたしは一生忘れないから。もっとあなたに早く好きな気持ちをしっかりはっきり伝えたかった。それもできない私、悔しくて泣いていました。あの世界へ行っても、たくさんの人々に愛されていることを、信じてください

▼田辺莉咲子(22=トレーナー、共演なし)誰かが傷つけられた昨日の涙は、今日誰かがまたそれを笑っている。今日笑われた心の傷はまた明日誰かに傷つけられる。優しさで周りがかけてくれる言葉も追い込まれる気持ちになる。そうやって毎日が続いていく。毎秒涙を堪えるのに必死で生きている。苦しい、刺さるほど気持ちが伝わって涙が溢れてくる。でもそれを越えたら、楽しいことがたくさんある。その経験をする前よりもっと楽しくてキラキラしてる大きい世界がたくさんある。それを知って欲しかった。同じ場所にいた同じ歳の女の子にそれを伝えたかった。そんな思いをしている人を守れる人になりたい。そんな思いをさせてしまっている人に幸せを教えてあげたい。誰も傷つけず戦ったかっこいい女性へ。ご冥福をお祈りします

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永田、中西、天山…木村花さん死去にプロレス界衝撃

木村花さん

女子プロレス団体スターダムの木村花さん(享年22)の死去を受け、プロレス界にも大きな衝撃が走った。スターダムと親会社(ブシロード)が同じ新日本プロレスの永田裕志は自身のツイッターで「明るくて礼儀正しい選手でした。本当に残念です。ご冥福をお祈りいたします」と投稿。中西学も「言葉にならない、信じられない。まだ22歳やぞ、ご冥福を心よりお祈り致します」と書き込み、天山広吉も「本当に残念です。まだこれからという時に……心よりご冥福をお祈り致します」と、それぞれツイッターにつづるなど、ショックを受けていた。

スターダムで活躍し、現在は米プロレス団体WWEに所属する紫雷イオは「やりきれない気持ちです。美しく才能あふれていたあの子の、輝かしい未来が消えてしまった。22歳、これからもっと輝くべき人でした。その選択だけはして欲しくなかったと思うけど、そうせざるを得ないほどに辛かったのだと思うと心が痛みます」「今となっては、彼女が苦しむ理由も相談も、誰もきいてあげられない。自分を愛してくれてる人のために生きてほしかった。せめて今度こそ、彼女を愛してくれる人の想いが届いてほしい。どうか、どうか安らかに」と連続でツイッターに投稿していた。

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中西学は最後も背骨折り…27年幕「感謝しかない」

引退セレモニーで新日本プロレスの選手たちに胴上げされねぎらわれる中西(撮影・河田真司)

<新日本:後楽園大会>◇22日◇東京・後楽園ホール

新日本の“野人”中西学(53)が27年間のプロレスラー人生に幕を下ろした。

22日の東京・後楽園ホール大会で同じ第三世代の永田裕志、天山広吉、小島聡と組み後藤洋央紀、飯伏幸太、棚橋弘至、オカダ・カズチカ組と対戦。最後は棚橋に抑え込まれたが、札止め1720人の前で全力のラストファイトを披露した。

先陣を切ってリングインし「最高のパートナーに助けられ、最高の相手4人」と渡り合った。永田に誤爆されると、得意のアルゼンチン式背骨折りを2度繰り出す。棚橋も担ぎ上げて仕留めにいくが、最後はハイフライフローに沈んだ。

引退セレモニーでは坂口征二顧問から「一番最高やった」、藤波辰爾から「まだいい体なのに」、馳浩専大OB会長に「面白かった」と惜しまれた。10カウントゴング後、選手に3回胴上げされリングをおりた。

五輪出場、G1優勝にIWGPヘビー級王座も手にした。首のケガが引退を早めたが「みんなに感謝しかない」と涙ぐんだ。「死ぬまでプロレスラー。トレーニングも続けて携わっていきたい」。家業の茶栽培を手伝いながら、新日に恩返しをしていくつもりだ。

◆中西学(なかにし・まなぶ) 1967年(昭42)1月22日、京都市生まれ。専大時代にレスリング全日本選手権4連覇。92年バルセロナ五輪代表。同年8月に新日本に入団。97年に小島聡とIWGPタッグ王座獲得。99年G1優勝。09年IWGPヘビー級王座。得意技はアルゼンチン式背骨折り、原爆固めなど。186センチ、120キロ。

引退セレモニーで新日本プロレスの選手たちにとポーズを決める中西(中央)(撮影・河田真司)
引退セレモニーで10カウントゴングに臨む中西(撮影・河田真司)

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中西学、2・22ラストマッチは8人タッグに決定

中西学(2020年1月7日撮影)

新日本プロレスは10日、19~22日の後楽園4連戦と3月3日の旗揚げ記念日大会(大田区総合体育館)のカードを発表した。

19日のタイガー服部レフェリー引退記念大会のメインは後藤洋央紀、石井智宏、オカダ・カズチカ組対SANADA、鷹木信悟、内藤哲也組の6人タッグ戦に決まった。

20日は、NEVER無差別級王者鷹木信悟が、石井智宏相手に初防衛戦を行う。また、IWGPジュニアタッグ選手権で王者SHO、YOH組にロッキー・ロメロ、田口隆祐組が挑戦する。

21日は、IWGPタッグ選手権で棚橋弘至、飯伏幸太の新タッグが王者タンガ・ロア、タマ・トンガ組に挑む。

22日の中西学引退試合のカードも決定。中西と永田裕志、小島聡、天山広吉が組み、後藤洋央紀、飯伏幸太、棚橋弘至、オカダ・カズチカ組と対戦。試合後に引退セレモニーが行われる。

3月3日の旗揚げ記念日大会では、IWGPヘビー、同インターコンチネンタルの2冠王者内藤哲也とIWGPジュニアヘビー級王者高橋ヒロムがスペシャルシングルマッチを行う。

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中西学が大阪最終戦「鍛えて頂いた」ファンに感謝

勝利し肩を組む左から天山、永田、中西、小島(撮影・清水貴仁)

<新日本:大阪大会>◇9日◇大阪城ホール

今月22日に引退する“野人”中西学(52)が大阪ラストマッチとなる8人タッグに臨んだ。今シリーズでは天山広吉(48)とタッグを組んできたが、米国遠征から戻った永田裕志(51)、小島聡(49)が合流。第3世代勢ぞろいのチームで、田口、ヘナーレ、本間、真壁組と対戦した。

92年10月にデビューした地大阪で、力がみなぎった。「ホー」のかけ声でパワーをため、本間、真壁に同時にラリアットをさく裂。さらに真壁を持ち上げ、得意のアルゼンチンブレーカー。小島に本間の体を押さえつけさせ、すぐコーナーによじのぼり、飛びながらチョップする上からドンを決める。そこに小島がラリアットでトドメ。豪快な暴れっぷりで、チームに勝利を引き寄せた。

試合後、中西はマイクを求め、大阪のファンにあいさつ。「27年前、大阪で中西学はデビューさせていただきました。しょっぱい試合した時もぼろかす言われ、自分なりにええ試合した時もぼろかす言われた時もある。そやけど、思いきり鍛えて頂いたのが大阪のお客様。ほんまにありがとうございました。残された4試合。全力で乗り切っていきます」と京都出身らしく関西弁で感謝の言葉を述べた。

トップロープから本間(中央)に攻撃を決める中西(撮影・清水貴仁)
味方の援護のなか真壁に技を決める中西(撮影・清水貴仁)

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中西学引退を第三世代の永田裕志&天山広吉「残念」

左から永田裕志、中西学、天山広吉

新日本プロレスの“野人”こと中西学(52)が7日、都内で引退会見を行った。2月22日後楽園ホール「引退記念大会」で引退試合を行う。

発表を受け、同じ「第三世代」の選手も自身のツイッターを更新。永田裕志(51)は「残念! 今は言葉も出てこないです」。天山広吉(48)は「本当に残念です…」とそれぞれつづった。

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中西学が引退発表、2・22後楽園ラストマッチ

会見で引退を発表した中西学は瞳を潤ませる(撮影・垰建太)

新日本プロレスは7日、中西学(52)が2月22日の後楽園ホールで引退すると発表した。会見した中西は「首のけがが原因で思うような戦い方ができず、ずるずるこの状態を続けているよりも、しっかりけじめをつけて、昔あんなことをできたというよりも、いま自分の中にある熱いものを20年2月22日まで使いきる。思いっきり引退の日までダッシュして、見事にレスラー人生をまっとうしたい」とあいさつした。

中西は、92年バルセロナ五輪フリースタイル100キロ級に出場し、同年8月に新日本プロレス入り。09年にIWGPヘビー級王座を戴冠するなど活躍したが、11年に首の脊髄を損傷する大ケガを負って以来、トップ戦線からは遠ざかっていた。

会見ではともに戦ってきた「第三世代」と呼ばれる永田裕志、天山広吉、小島聡への思いも語った。「残された試合でこの3人には協力してほしい。一緒に戦いたいし、逆に対戦もしたい。ずーっとそばにいた3人。思い入れもそうですし、肌で感じているものがありますから。それを感じながら、まっとうしたい」と残る1カ月半で、出来るだけ多く3人とリングに立ちたいと希望した。

引退後については、今後会社と話し合い決めていく。

◆中西学(なかにし・まなぶ)1967年(昭42)1月22日、京都市生まれ。専大時代にアマレス全日本選手権4連覇。92年バルセロナ五輪代表。同年8月に新日本に入団し、10月13日に藤波辰爾と組みS・ノートン、S・S・マシン戦でデビュー7年5月に小島聡とIWGPタッグ王座獲得。99年G1優勝。09年5月IWGPヘビー級王座。得意技はアルゼンチン式背骨折り、原爆固めなど。186センチ、120キロ。血液型A。

会見を終えポーズを決める中西(撮影・垰建太)
会見で引退を発表した中西(撮影・垰建太)

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