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元貴乃花親方「良い思い出に卒業しようと」離婚語る

元貴乃花親方、花田景子さん

10月に日本相撲協会を退職し、景子さん(54)と先月25日に離婚した元貴乃花親方(元横綱)の花田光司氏(46)が27日、代理人弁護士を通じてコメントを発表した。

花田氏は現在の心情について「私の人生でまた新たに起点となることですが、引退を機にこれから歩いて行かなくてはならず、これまで以上の精進が必要となりますことを実感しております」。

離婚については「今回の離婚はこれまでの夫婦としての成り立ちを良い思い出に、卒業しようということでした」と説明。花田氏は94年10月、当時フジテレビアナウンサーで8歳年上の河野景子さんと交際を開始し、翌95年5月に結婚した。今後については「お互い新しい道を進むことになりますが、これからの人生をゆっくりとそれぞれの道をお互い歩いていこうと思います」とコメントした。

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花田光司氏と景子夫人が離婚 長く別居状態だった

96年3月、長男優一君を抱いた貴乃花は景子夫人と優勝の記念写真に納まる

10月に日本相撲協会を退職した元貴乃花親方(元横綱)の花田光司氏(46)が景子夫人(54)と離婚していたことが26日、分かった。先月25日に自ら離婚届を提出したという。花田氏と話した関係者が、日刊スポーツの取材に「事実です」と明かした。花田氏は横綱に昇進した翌年の1995年(平7)5月に、元フジテレビアナウンサーの景子さんと結婚。1男2女をもうけていた。

花田氏と最近話したという関係者は「(離婚したというのは)事実です。詳しい理由は言わなかったが、長年の多忙とすれ違いからくるものかもしれない」と明かした。東京・江東区にある旧貴乃花部屋に暮らしていた花田氏とは別に、景子夫人は都内の別の場所に住居を構えており、2人は長く別居状態にあった。

花田氏は94年10月、当時フジテレビアナウンサーで8歳年上の河野景子さんと交際を開始し、翌95年5月に結婚。結婚式は同25日、東京・明治神宮で当時の日本相撲協会の出羽海理事長(元横綱佐田の山)夫妻の媒酌で挙式していた。同年9月には長男優一さんが誕生。その後、景子夫人の支えもあり計22回優勝。01年夏場所では右膝半月板を損傷し、1年以上休場した際も、献身的な看病があった。引退して親方になった後は、おかみさんとなった夫人の存在は大きかった。

近年は夫婦危機のうわさもたびたび流れたが、そのたびに否定していた。花田氏が日本相撲協会退職後の先月19日には貴乃花応援会のホームページで「身内の食事会での1枚」と題し、行きつけのレストランで撮影したと思われる笑顔のツーショット写真をアップしていた。

今月の3、4日に福岡・田川市で行われた祭りには、花田氏と景子夫人の姿があった。同じ出店で花田氏は綿菓子を懸命に作り、景子夫人は旧貴乃花部屋関連のTシャツやタオルなどのグッズを直接、買い物客に声をかけながら販売。周囲から見ればほほ笑ましい光景のようにも見えたが、報道陣の前で2人が会話をかわすことはなかった。現在の生活の様子を聞かれた花田氏は、旧貴乃花部屋で自身とマネジャーと2人で過ごしていることを明かしていた。

10月1日付で、花田氏は日本相撲協会を退職。今月25日に千秋楽を迎えた九州場所では弟子だった貴景勝が初優勝した。突然明らかになった離婚だったが、場所後に公になるのは想定通りだったのかもしれない。平成の大横綱は、角界からの引退とともに伴侶とも別れることになった。

95年5月、挙式をする貴乃花と景子夫人
貴乃花親方に関連した主な出来事

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河野景子さん9月ブログに心境吐露「いつの間にか」

11月4日、祭り会場の出店で、接客販売する元貴乃花親方の景子夫人

10月に日本相撲協会を退職した元貴乃花親方(元横綱)の花田光司氏(46)が景子夫人(54)と離婚していたことが26日、分かった。先月25日に自ら離婚届を提出したという。

河野景子さんは16年に美容品プロデュースやイベント企画などを行う株式会社ル・クールを設立し、現在代表取締役を務めている。事業の1つとして会話術などを指導する「河野景子のことばのアカデミー」を開校し、校長として講演活動を行っている。

公式ホームページ内の9月4日付ブログで最近の心境を明かしていた。「繊細で傷つきやすい柔な人間だったのに。いつの間にか、強くなっている私。それが成長ということなのでしょうか」。さらに「最近、あらためて気が付きました。癒やし術。モチベーションアップ術、セルフコントロール術。得意になってきました!大人になるって、そういうことなのですかね~。講演に出かけて、聞いてくださる方と語りながら、私だけでなく、多くの皆さまもそのように生きているんだな、と感じる日々です」と記していた。

17年12月、貴乃花部屋に戻る花田景子さん

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元貴乃花親方の花田光司氏が景子夫人と離婚

元貴乃花親方、花田景子さん

元貴乃花親方の花田光司氏(46)が、景子夫人(54)と離婚したことが26日、関係者の話で分かった。先月25日に離婚届を提出していた。

花田氏と最近話したという関係者は「(離婚したというのは)事実です。詳しい理由は言わなかったが、長年の多忙とすれ違いからくるものかもしれない」と明かした。東京・江東区にある元貴乃花部屋に暮らしていた花田氏とは別に、景子夫人は都内の別の場所に住居を構えており、二人は長く別居状態にあった。

花田氏は1994年10月、当時フジテレビアナウンサーで8歳年上の河野景子さんと交際を開始。約8カ月後の翌95年5月に結婚。結婚式は同25日、東京・明治神宮で当時の日本相撲協会の出羽海理事長(元横綱佐田の山)夫妻の媒酌で挙式していた。同年9月には長男優一さんが誕生。その後、花田氏は景子夫人の支えもあり計22回優勝。01年夏場所では右膝半月板を損傷し、1年以上休場した際も、景子夫人の献身的な看病があった。引退して親方になった後は、おかみさんとなった景子夫人の存在は大きかった。

近年は夫婦の危機の噂もたびたび流れたが、そのたびに否定。花田氏が日本相撲協会退職後の先月19日には貴乃花応援会のホームページで「身内の食事会での1枚」と題し、行きつけのレストランで撮影したと思われる笑顔のツーショット写真をアップしていた。今月3日には、福岡・田川市で行われた「TAGAWAコールマイン・フェスティバル~炭坑節まつり~」に2人で仲良く笑顔で参加したが、その時には離婚していたことになる。

25日に千秋楽を迎えた九州場所では弟子だった貴景勝(22)が初優勝した。突然明らかになった離婚だったが、場所後に公になるのは想定通りだったのかもしれない。

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95年に結婚、18年9月に退職/元貴乃花親方略歴

元貴乃花親方(18年5月13日撮影)

元貴乃花親方の花田光司氏(46)が、花田景子夫人(54)と離婚したことが26日、分かった。先月25日に花田氏自らが離婚届を提出した。

花田氏は1995年に、元フジテレビアナウンサーで8歳年上の河野景子さんと婚約した。

◆貴乃花光司(たかのはな・こうじ)元65代横綱貴乃花。本名・花田光司。1972年(昭47)8月12日、東京都中野区出身。88年春場所初土俵、94年九州場所後に横綱昇進。95年5月に景子さんと結婚し、同年9月に長男が誕生した。03年初場所途中で引退。04年2月に貴乃花部屋として二子山部屋を継承した。通算794勝262敗201休、優勝22回。10年の理事選初当選から審判部長、大阪場所担当部長など歴任。18年1月に理事を解任され、2月の理事候補選挙で落選。3月に弟子の暴行問題などで年寄に降格し、9月場所後に日本相撲協会を退職した。

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フジ3人娘、交際8カ月で95年結婚/景子さん略歴

花田景子さん(2017年12月25日撮影)

元貴乃花親方の花田光司氏(46)が、花田景子夫人(54)と離婚したことが26日、分かった。先月25日に離婚届を提出していた。 離婚届は花田氏自らが提出。

花田氏は1995年に、元フジテレビアナウンサーで8歳年上の河野景子と婚約した。

◆花田景子(はなだ・けいこ)旧姓・河野。1964年(昭39年)11月12日、宮崎生まれ。上智大卒業後、88年にアナウンサーとしてフジテレビに入社し、故有賀さつきさん、八木亜希子とともに“フジの三人娘”として人気を集めた。94年に同社を退職。94年10月頃から8歳年下の貴ノ花と交際を始め、95年5月に約8カ月で愛を実らせて結婚。同年9月に長男・優一を出産した。

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92年10月 宮沢りえと婚約発表/貴乃花光司年表

91年5月、初日に千代の富士を破る

元横綱の貴乃花親方(46)が日本相撲協会に退職の届け出を提出したことで、花田家が大相撲界から完全決別することになる。1946年(昭21)、伯父で元横綱初代若乃花の花田勝治氏(享年82)が、二所ノ関部屋に入門してから72年。父で元大関貴ノ花の故満氏(享年55)、兄で元横綱3代目若乃花の虎上(47)と重ねた幕内優勝回数は、39回に及ぶ。

<貴乃花光司年表>

◆1972年(昭47) 杉並区阿佐谷生まれ。

◆83年 小学5年でわんぱく相撲の全国大会優勝。

◆85年 明大中野中に進学。

◆88年2月 兄勝とともに父の藤島部屋に入門。

◆88年3月 貴花田のしこ名で春場所で初土俵。

◆89年3月 春場所で序の口東11枚目で5勝2敗

◆89年5月 幕下東48枚目で7戦全勝で優勝。16歳9カ月での幕下優勝は史上最年少。

◆90年3月 春場所は西十両3枚目で臨み9勝6敗。場所後に17歳8カ月での新入幕昇進を果たした。

◆91年3月 春場所東前頭13枚目で初日から27年ぶりの11連勝。敢闘賞、技能賞のダブル受賞を果たす。

◆91年5月 夏場所では西前頭筆頭まで番付を上げ、初日に横綱千代の富士と対戦し、18歳9カ月での史上最年少金星を獲得。

◆92年1月 初場所は東前頭2枚目。14勝1敗の好成績で初優勝。

◆92年10月 秋場所後に女優宮沢りえとの婚約発表。世紀のカップル誕生は社会現象となった。

◆93年1月 東関脇で迎えた初場所は11勝4敗。20歳5カ月で大関昇進を果たし、その直後にしこ名を貴花田から父親と同じ貴ノ花に改名。また、宮沢りえとの破局が明らかになった。

◆94年9月 西大関として初の全勝優勝。場所後に貴ノ花から貴乃花に改名した。

◆94年11月 九州場所で2度目の全勝優勝。秋場所初日から30連勝で、第65代横綱に昇進。11月23日の昇進伝達式では「不撓(ふとう)不屈」(大関昇進時も使用)「不惜身命」の4文字熟語で横綱昇進への決意を示した。

◆95年5月 元フジテレビアナウンサーの河野景子と結婚。同年9月に長男優一氏が誕生。

◆01年5月 初日から13連勝も14日目の大関武双山戦で右膝半月板損傷の大けが。千秋楽に完敗し、決定戦で武蔵丸を上手投げで破り優勝、表彰式で当時の小泉首相から「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」の名文句が飛び出した。

◆03年1月 最後の場所となった初場所、4勝4敗1休で、30歳5カ月で相撲人生にピリオドを打った。

◆04年6月 正式に二子山部屋を継承。名前は貴乃花部屋に変更した。

◆05年5月 父の二子山親方(元大関貴ノ花)が口腔底がんのため死去。

◆10年1月 初場所後の理事選に立候補することを表明。二所ノ関一門を離脱してまで単独で立候補する貴乃花親方の行動は一門の枠を超えて親方衆に影響を与え、落選必至と言われた中で当選を果たし「貴の乱」と言われた。

◆10年5月 貴乃花グループと呼ばれていた派閥は「貴乃花一門」に。

◆16年1月 初場所後の理事選で4選を果たし、理事長選に出馬も6対2で現在の八角理事長に完敗。

◆18年6月 貴乃花一門は、貴乃花親方が離脱したため消滅。

◆18年9月 25日に相撲界からの引退を発表。

88年2月、角界入りのあいさつをする、左から藤島親方、花田勝、花田光司、花田憲子さん
花田家の家系図

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