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感染禍の相撲協会 春場所休場の協会員を発表/一覧

両国国技館の外観(2020年5月4日撮影)

日本相撲協会は13日、春場所(14日初日、東京・両国国技館)を休場する協会員を発表した。

15日間を全休する協会員は以下の通り。

山響部屋:力士全員(13人)、山響親方(元前頭巌雄)、小野川親方(元前頭北太樹)、床朝(床山)、大将(呼び出し)

尾上部屋:力士全員(15人)、尾上親方(元小結浜ノ嶋)、佐ノ山親方(元前頭里山)、音羽山親方(元前頭天鎧鵬)、床浜(床山)

富士ケ根親方(元小結大善)、武隈親方(元大関豪栄道)

11日に新型コロナウイルス感染が判明した山響部屋付きの小野川親方、尾上部屋付きの音羽山親方に加えて、濃厚接触の可能性があるそれぞれの部屋の協会員が15日間を休場することになった。山響部屋、尾上部屋の協会員の他には、協会の公式ユーチューブチャンネルで小野川親方や音羽山親方と共演した富士ケ根親方、武隈親方も濃厚接触の可能性があるとして休場することが決まった。

また、小野川親方と音羽山親方と同じく協会の社会貢献部に所属する以下の親方衆は、経過観察期間として4日目まで休場する。

竹縄親方(元関脇栃乃洋)、高崎親方(元前頭金開山)、三保ケ関親方(元前頭栃栄)、岩友親方(元前頭木村山)、不知火親方(元小結若荒雄)、阿武松親方(元前頭大道)、熊ケ谷親方(元前頭玉飛鳥)、押尾川親方(元関脇豪風)、秀ノ山親方(元大関琴奨菊)、楯山親方(元前頭誉富士)、荒汐親方(元前頭蒼国来)、清見潟親方(元関脇栃煌山)、春日山親方(元前頭武州山)、北陣親方(元前頭翔天狼)、井筒親方(元関脇豊ノ島)

報道陣の電話取材に応じた芝田山広報部長(元横綱大乃国)によると、濃厚接触の可能性がある上記の親方衆は13日にPCR検査を受け、全員が陰性だった。

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千秋楽どうなる?大栄翔、正代 優勝の行方を解説

大栄翔(左)と正代

<大相撲初場所>◇千秋楽◇23日◇東京・両国国技館

大相撲初場所は23日に千秋楽を迎える。幕内優勝の可能性が残る力士は、14日目まで12勝2敗の西前頭筆頭の大栄翔(27=追手風)と、11勝3敗の大関正代(29=時津風)の2人。千秋楽の取組は、次のようになっている。

大栄翔-隠岐の海(過去の対戦成績は大栄翔の8勝10敗)

正代-朝乃山(同4勝4敗)

先に取組がある大栄翔は、勝てば初優勝が決まる。負けた場合は、正代の勝敗次第。本割で大栄翔負け→正代勝ちなら2人による優勝決定戦、大栄翔負け→正代負けなら大栄翔の優勝が決まる。

大栄翔が優勝した場合、埼玉県出身力士として初めてになる。初場所は過去5年、初優勝力士が続いた(16年=琴奨菊、17年=稀勢の里、18年=栃ノ心、19年=玉鷲、20年=徳勝龍)。大栄翔は顔触れに加われるか。また、昨年は5場所連続(夏場所は中止)で異なる力士が優勝したため、年をまたいで6場所連続になるかもしれない。

11月場所をケガで途中休場した正代は、初場所をかど番で迎えた。負け越せば大関から陥落する危機に直面していたが、勝ち越しどころか優勝争いに加わってきた。かど番大関が優勝すれば、16年秋場所の豪栄道以来になる。正代が優勝すれば2場所ぶり2度目で、次の本場所に横綱昇進がかかる。

千秋楽の最大の注目は幕内優勝になるが、十両以下、三段目を除く各段の優勝も決まる。中でも、9人による幕下の優勝決定戦は、熱い戦いが必至だ。

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貴景勝が初日 大栄翔5連勝/5日目写真特集

<大相撲初場所>◇5日目◇14日◇東京・両国国技館

平幕の大栄翔が3大関、2小結を破って自身初の初日から5連勝を飾った。

かど番の大関正代は結びで宝富士を寄り切り、4勝1敗で序盤戦を終えた。もう1人のかど番大関、朝乃山は栃ノ心を寄り切り、3勝2敗と白星を先行させた。

初日から4連敗の大関貴景勝は埼玉栄高の3学年後輩、琴勝峰を突き落としで下して初日を出した。

今場所初めて、3大関安泰となった。

5日目の取組模様を写真で振り返ります。


豊 山寄り切り佐田の海

豊山(右)を寄り切りで破る佐田の海(撮影・鈴木正人)

伊勢ケ浜親方(手前)に勢い余って乗りかかる佐田の海(左)と豊山(撮影・鈴木正人)

伊勢ケ浜親方(手前)に勢い余って乗りかかる佐田の海(左)と豊山(撮影・鈴木正人)

豊山(手前)は佐田の海に寄り切りで敗れ仰向けになる。中央は巻き込まれた伊勢ケ浜審判部長(撮影・小沢裕)

豊山「(佐田の海と攻防のある相撲)流れはすごい良かった。(番付を下げている現状に)上位で戦いたい。1日1日大事にやっていきたい。」

英乃海寄り切り翠富士

翠富士(右)を寄り切りで破る英乃海(撮影・野上伸悟)

豊昇龍寄り切り明瀬山

明瀬山は豊昇龍(左)を寄り切りで破る(撮影・小沢裕)

明瀬山「(取組は)あまり覚えていないです。無我夢中だったので。(初の5連勝は)めっちゃうれしいです。あと10日頑張りたいという感じ。千秋楽まで相撲を取りたい。」

琴ノ若上手投げ照 強

琴ノ若は照強(左)を上手投げで破る(撮影・小沢裕)

琴ノ若「慌てないように、しっかり落ち着いていけた。まだ序盤戦なので、余計なことを考えずにやっていく。(元大関琴奨菊の秀ノ山親方から稽古場で)助言だったりを聞いて、視野を広く持ってやろうと思っている。(中盤戦に向けて)がむしゃらにいけたらいい。」

天空海寄り倒し琴恵光

天空海(左)を攻める琴恵光(撮影・鈴木正人)

天空海(下)を寄り倒しで破る琴恵光(撮影・野上伸悟)

天空海「立ち合いが甘かった。いい方向に持って行くように、いろいろ考えてやっている。(明生が5連勝と好調で)自分も追えるように頑張ります。」

志摩ノ海押し出し逸ノ城

志摩ノ海(左)を押し出しで破る逸ノ城(撮影・鈴木正人)

志摩ノ海(右)を押し出しで破る逸ノ城(撮影・野上伸悟)

志摩ノ海「(逸ノ城に上体を)起こされたので(敗因は)本当にそれだけだと思う。体は悪くないので、自分の相撲を取りきれるように頑張りたい。」

碧 山寄り切り妙義龍

碧山(左)は妙義龍を寄り切りで破る(撮影・小沢裕)

碧山「右差してから前に出ようと思っていた。(体の状態は)いい感じです。(中盤戦に向けて)前に出る自分の相撲を取っていきたい。」

霧馬山下手投げ翔 猿

翔猿(右)を下手投げで破る霧馬山(撮影・鈴木正人)

翔猿(右)を下手投げで破る霧馬山(撮影・野上伸悟)

明 生寄り切り徳勝龍

徳勝龍(右)を寄り切りで破る明生(撮影・小沢裕)

明生「(徳勝龍とは)胸を合わせたくなかった。合いかけたが、すぐ対応できた。(5連勝スタートも気持ちは)いつもと変わらずです。」

竜 電肩すかし隠岐の海

隠岐の海(右)は肩すかしで竜電を破る(撮影・小沢裕)

隠岐の海「あまり集中できなかった感じですけど、勝ててよかった。」

遠 藤押し出し

遠藤(右)を押し出しで破る輝(撮影・鈴木正人)

「相手の頭を起こしてそこから攻めていく形をとりたかった。勝つにはそれしかないかなと。」

玉 鷲突き落とし阿武咲

阿武咲(右)を突き落としで破る玉鷲(撮影・鈴木正人)

阿武咲「おっつけも入っていたけど、腰が入っていかなかった。いけると思ったのもあるけど、落ち着いていけばよかった。反省ですね。」

高 安押し出し大栄翔

高安(左)を激しく攻める大栄翔(撮影・鈴木正人)

高安(右)を激しく攻める大栄翔(撮影・鈴木正人)

懸賞金を受け取る大栄翔(撮影・鈴木正人)

大栄翔「しっかり前に出ることができたんでよかったと思います。体の調子もいいんで、このまま気持ちとうまくつながっていければ。」

御嶽海寄り切り隆の勝

御嶽海(左)の攻めを耐える隆の勝(撮影・鈴木正人)

御嶽海(左)は隆の勝に寄り切りで敗れる(撮影・小沢裕)

隆の勝「押し込まれて危ないところもあったが、はたかれても足がついていったんでよかったです。」

照ノ富士押し出し北勝富士

北勝富士(右)を押し出しで破る照ノ富士(撮影・野上伸悟)

北勝富士(奥)を押し出しで破る照ノ富士(撮影・野上伸悟)

照ノ富士「(序盤5日間を3勝2敗で終え)思っているほど力が出ていない。(中盤戦に向けて)精いっぱいやっていくだけ。」

北勝富士「左のかいなをガッチリ返されてしまったんで、攻め手が少なくなって呼び込んでしまった。まだ5日目なんで、しっかり切り替えて頑張ります。」

貴景勝突き落とし琴勝峰

琴勝峰(右)を突き落としで破る貴景勝(撮影・野上伸悟)

琴勝峰(奥)を突き落としで破る貴景勝(撮影・野上伸悟)

貴景勝「(4連敗からの気持ちの切り替えについて)一生懸命やることしかできない。集中して1日1日準備していくだけだと思う。白星あがってまた明日、いいきっかけになってやっていければ。集中して力を出し切ることしかない。また準備していきたい。」

朝乃山寄り切り栃ノ心

栃ノ心(左)を寄り切りで破る朝乃山(撮影・野上伸悟)

朝乃山「(栃ノ心とは)胸を合わすと力で負ける。(相手の変化は昨年の)9月場所もそういう立ち合いをされたので、頭の中には入っていた。自分の相撲を取って、白星でお客さんに喜んでもらえればいい。まだ序盤戦終わったばかり。気を引き締めて頑張りたい。」

宝富士寄り切り正 代

宝富士(右)を寄り切りで破る正代(撮影・野上伸悟)

正代は宝富士(右)を寄り切りで破る(撮影・小沢裕)

正代「立ち合いから左四つの相手の形になってしまった。(攻められて)あせってさばいてしまったのはよくなかったが、最後は体を入れ替えて勝ててよかった。」

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明生5連勝!部屋の集団感染乗り越え旋風巻き起こす

徳勝龍(手前)を攻める明生(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇5日目◇14日◇東京・両国国技館

東前頭7枚目明生(25=立浪)が、平幕の徳勝龍を寄り切り、自己最長を更新する初日から5連勝を飾った。昨年12月には茨城・つくばみらい市の部屋で新型コロナウイルスの集団感染が発生。満足な稽古ができない時期を乗り越え、5年連続で初優勝力士が誕生している初場所で、旋風を巻き起こす。全勝は大栄翔、明生、明瀬山の平幕3人。大関貴景勝が初白星を挙げた。

  ◇  ◇  ◇

25歳のホープ、明生の勢いが止まらない。徳勝龍に右上手を取られたが、下手で振ってまわしを切る。右で前みつをがっちりつかみ、休まず攻めた。「胸を合わせたくなかった。合いかけたけど(上手を切って)すぐに対応できた」。初日から5連勝は自身初だ。

場所前はコロナ禍に直面した。昨年の12月、部屋で新型コロナウイルスの集団感染が発生して兄弟子の幕内力士、天空海ら計11人が入院。部屋全体の稽古は約2週間休みとなった。

その中でも「やれることは限られていたけど、逆にやれることをやっていれば大丈夫」と信じて、調整を進めてきた。休みの間は弟弟子で平幕の豊昇龍とともに稽古場に降りて、おのおので四股やすり足などの基礎運動に励んだ。1日2時間たっぷり汗をかき、夕方には部屋内のトレーニングルームを使って体を追い込む。入院中の力士とはSNSで連絡を取り合い、互いを鼓舞してきた。「みんな(症状が)悪化せずに戻ってきてくれたので良かった」と安堵(あんど)の表情。仲間たちと苦難を乗り越えてきた。

今は幕内下位だが、19年九州場所には西前頭2枚目まで番付を上げ、三役を目前としていた。1年前の初場所で、左上腕の負傷により初めての休場を経験。十両落ちも経て「けがをしてから相撲を取れるありがたさを感じる」と、感謝の思いを持って土俵に上がる。16年の琴奨菊から5年連続で初優勝力士が誕生している初場所。初の賜杯を目指す明生に“ジンクス”継続の期待がかかる。【佐藤礼征】

徳勝龍(後方)を寄り切りで破った明生(撮影・鈴木正人)

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白鵬が旭天鵬に並ぶ歴代2位の幕内99場所/新番付

白鵬(2020年7月22日撮影)

日本相撲協会は24日、来年1月の大相撲初場所(10日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。現役力士の今場所達成可能な歴代10傑入りなどの記録は以下の通り(在位したことで達成済みも含む)。

【通算勝利数】

既に横綱白鵬(35=宮城野)が1170勝で歴代トップに君臨。どこまで伸ばせるか注目だ。琴奨菊(現秀ノ山親方=828勝)が引退したため、現役2位は横綱鶴竜(35=陸奥)の785勝。歴代10位の寺尾(元関脇=現錣山親方)まで75勝もある。

【幕内在位場所数】

今場所で白鵬が、旭天鵬(元関脇=現友綱親方)に並ぶ歴代2位の99場所。ちなみに歴代1位は元大関魁皇(現浅香山親方)の107場所。

【幕内出場回数】

白鵬が歴代8位の1265回。今場所、皆勤し3月場所も出場すれば3日目に歴代7位の安芸乃島(元関脇=現高田川親方)に並ぶ。現役2位は鶴竜の1027回。なお歴代1位は、元関脇旭天鵬(現友綱親方)の1470回。

【幕内勝利数】

白鵬が1076勝で、2位の魁皇に197勝もの差をつけ歴代トップ。現役2位は鶴竜の645勝で、歴代10位の貴乃花(元横綱)までは残り56勝。

【通算連続出場】

初土俵以来、無休の「鉄人記録」の歴代8位に1301回の玉鷲(36=片男波)が入っている。今場所も皆勤すれば、千秋楽で歴代7位の豊ノ海(元前頭)に並ぶ。04年春場所の序ノ口デビューから足かけ17年の「皆勤賞」だ。

【金星獲得】

現役力士で歴代10傑入りは不在だが、今場所チャンスがあるとすれば現在7個の北勝富士(28=八角)。横綱2人を倒せば通算9個で10位タイに滑り込む。番付も上位総当たりの東前頭筆頭。序盤にチャンスが巡ってくるか…。

なお8個で現役トップの逸ノ城(27=湊)は、東前頭12枚目。よほどの快進撃がなければ、横綱戦はなさそうだ。また7個で追う遠藤(30=追手風)は、東前頭5枚目まで番付を上げたが、番付通りなら横綱戦はなさそう。こちらは序盤から白星を並べれば、中盤以降に横綱との一番が組まれる可能性がある。

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石浦が下の名前を改名 将勝から鹿介に/新番付

石浦=2019年9月13日、両国国技館

日本相撲協会は24日、来年1月の大相撲初場所(10日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。番付降下、改名、引退などの力士、年寄など協会関係者は以下の通り。

【降下】

〈三役内〉

御嶽海(27=出羽海)東関脇→西小結

〈幕内から十両〉

炎鵬(26=宮城野)西前頭11枚目→東十両3枚目

琴勇輝(29=佐渡ケ嶽)西前頭15枚目→西十両9枚目

〈十両から幕下〉

錦富士(24=伊勢ケ浜)西十両13枚目→西幕下5枚目

富士東(33=玉ノ井)東十両14枚目→東幕下13枚目

阿炎(26=錣山)西十両11枚目→東幕下16枚目

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

〈十両〉

納谷→王鵬(おうほう、大嶽)

白石→東白龍(とうはくりゅう、玉ノ井)

〈三段目〉

小島→魁郷(かいごう、浅香山)

〈序二段〉

矢田部→錦国(にしきくに、芝田山)

橋本→若東(わかあずま、玉ノ井)

樋口→寅武蔵(とらむさし、武蔵川)

琴真鍋→琴太成(ことたいせい、佐渡ケ嶽)

〈序ノ口〉

長原→錦星龍(きんせいりゅう、芝田山)

岩本→玉乃若(たまのわか、玉ノ井)

原田→大陸山(たいりくやま、大嶽)

服部桜→勝南桜(しょうなんざくら、式秀)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

石浦将勝→石浦鹿介(いしうら・しかのすけ、宮城野)

琴真鍋平翔→琴太成直輝(ことたいせい・なおき、佐渡ケ嶽)

樋口虎之心→寅武蔵輝之進(とらむさし・てるのしん、武蔵川)

服部桜太志→勝南桜聡太(しょうなんざくら・そうた、式秀)

橋本航→若東航矢(わかあずま・こうや、玉ノ井)

岩本舞斗→玉乃若未来斗(たまのわか・みくと、玉ノ井)

大成道勝→大成道大志(だいせいどう・だいし、木瀬)

白石雅仁→東白龍雅士(とうはくりゅう・まさひと、玉ノ井)

【襲名】

琴奨菊(元大関)引退秀ノ山襲名

【停年退職(年寄)】

錦島末弘(元朝潮=先代高砂)

【引退】

琴誠剛、希帆ノ海、飛天龍、朝日城、臥牙丸、笹崎、若龍星、宇美錦、春空、大雅、欧樹

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元琴奨菊の秀ノ山親方が指導「現役と照らし合わせ」

関取衆を指導する秀ノ山親方(左)

大相撲11月場所限りで現役を引退した元大関琴奨菊の秀ノ山親方(36=佐渡ケ嶽)が12日、千葉・松戸市の部屋で関取衆を指導した。

現役時代と同じく、まわし姿で稽古場に降りた。部屋付き親方として後進の指導にあたる立場となり「その子が考えている相撲にたどりつけるようにサポートしたい。自分の現役時代と照らし合わせて」と、親方としての意気込みを語った。

部屋では特に琴勝峰、琴ノ若の若手2人が伸び盛り。「その子たちの本質をどこまで出せるかになってくる。そこを気付かせてあげたい。親方になっても力士のときと同じ目線でしっかり指導していきたい」と意欲。秋場所で負傷した左ふくらはぎの状態については「治りが早い、びっくりするほど」と笑みを浮かべて説明した。

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琴誠剛、臥牙丸ら引退/年寄襲名、引退力士一覧

琴奨菊(2020年9月21日撮影)

日本相撲協会は25日、来年1月の大相撲初場所(10日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を開き、既に承認されている年寄襲名と引退力士を発表した。

【年寄襲名】(元大関)琴奨菊引退秀ノ山襲名

【引退】琴誠剛(佐渡ケ嶽)希帆ノ海(出羽海)飛天龍(立浪)臥牙丸(木瀬)笹崎(時津風)若龍星(西岩)宇美錦(峰崎)春空(高田川)大雅(伊勢ケ浜)欧樹(鳴戸)朝日城(朝日山)

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「自分はアンパンマン」琴奨菊は素直に相撲人生全う

引退会見に臨んだ元大関琴奨菊(日本相撲協会提供)

<こんな人>

日本相撲協会は大相撲11月場所8日目の15日、元大関の西十両3枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)の引退を発表した。また理事会で、琴奨菊の年寄「秀ノ山」の襲名が承認されたことも発表した。

   ◇   ◇   ◇

15年10月、浜松市で行われた秋巡業の終盤だった。幕内土俵入りを終えた大関琴奨菊が、自分を見つけると「スマホ貸して」と言ってきた。渡すと1本の動画を開き「これ、見て」と言って去って行った。「鷹の選択」という映像だった。

40歳になったタカは、そのまま老いさらばえて死を待つか、痛みを伴う苦しい旅の末に生まれ変わるか、どちらかを選択する-という物語。琴奨菊は自分に重ね合わせていた。「力が落ちたと認められなくて、オレも前者のタカだった。でも、いろんなことをやっていくと伸びしろがある。できないんじゃなくて、受け入れていないだけだと気づいた。変わりたいんだ」。

2桁勝利は少なく、かど番も5度経験し「ダメ大関」との陰口もあった当時。なぜ自分に打ち明けてくれたのかは分からない。直前に30分ほど話を聞いたからかもしれない。語り出した際の熱量のすごさを今も覚えている。日本出身力士10年ぶりの優勝を飾るのは、それから3カ月後だった。

「鷹の選択」という物語は実はフィクションだった。優勝後、その話をすると驚きつつ笑って言った。「自分は、教えてもらったことはまず全てうのみにする。全て聞く。そこから良いと思ったところを残していく。性格が素直だから」。

旺盛な相撲への探求心。イチロー氏や羽生善治九段、浅田真央さんの言葉、武井壮のトレーニング動画など、よかれと思うモノを取り入れた。情報過多になったこともある。考え方もその都度、変化した。それでも、その時々で自分が信じる道に迷いはなかった。

「変な話、自分はアンパンマンだと思っている。ケガや苦しさで顔が削られても、たくさんの人が助言や行動や愛で補ってくれて、新しい顔を入れ替えてくれる…みたいな。その気持ちに触れることで自信を持てるようになった。自分で言うのもなんだけど、素直だったから良かった」。

素直で相撲いちずだった1人の力士が役目を全うし、相撲人生に幕を引いた。【元相撲担当 今村健人】

優勝した16年初場所の千秋楽、取組前にルーティンをみせる琴奨菊

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大関から陥落…琴奨菊はなぜ平幕で相撲を続けたのか

琴奨菊最後の勝ち名乗り 大相撲11月場所初日、松鳳山を破り勝ち名乗りを受ける琴奨菊(2020年11月8日撮影)

大相撲の元大関琴奨菊が11月場所8日目の15日、引退を発表した。

琴奨菊は序ノ口から57場所かけて大関に昇進し、大関を32場所務めた。大関から陥落後、引退するまで22場所、土俵に立った。大関の座を失って4場所目、三役からも落ちて平幕となった3年前の秋場所中のこと。朝稽古後に「元大関が平幕で取るのはプライドが許さないのでは?」と聞いた。琴奨菊の答えはこうだった。

「そこを言い出したらきりがない。チャンスは全然ある。輝ける場所はある。地位で輝けることもある。違った輝きもある。応援してくれる人にしか分からないものもある。そこを伝えられたらいいな。つらい時に励ましてもらって、今度は私が励ます。勝ち負け以上の闘いがそこにあるから」

元大関が平幕や十両で現役を続けることに否定的な声も角界内にはある。だが、この返答を聞いてふに落ちた。

琴奨菊の父、菊次一典さんは、大関から陥落してから今までの日々についてこう話した。

「(出身地の)柳川の人、応援してくれた人のために続けた。周りの人の支えがあって、自分がある。そういうみんなのために、気持ちを保ち続けた。私も子どもから学ばせてもらいました」

応援があったおかげで大関になり、その後は、頑張る姿を見せることで周囲へ恩返しをした-。そんな意味だろうか。

大関から陥落直後、関脇で2桁勝利がかなわなくなった日、心配した師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴乃若)は、琴奨菊を呼んで話をしたという。3年前の秋場所中、同親方はこう明かしてくれた。「『35歳までやりたい』とはっきり言ってきた。じゃあ頑張れと。取れる以上は、もう引退しても大丈夫というくらい取らせてやりたい。自分は先代の定年が来て(部屋を継承するために)引退した。もっとやりたかったし、もっと稽古をやりたかったと思っている」。

琴ノ若は佐渡ケ嶽部屋を継ぐため、2005年九州場所中に引退を余儀なくされて涙を流した。弟子には思う存分、相撲を取らせてやりたかった。

琴奨菊は、師匠の分まで存分に戦い抜き、力尽きた。地元も、師弟も、納得できる散り際だった。【佐々木一郎】

引退会見に臨んだ元大関琴奨菊(左)と師匠の佐渡ケ嶽親方(日本相撲協会提供)

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元琴奨菊の秀ノ山親方が涙「思い出の一番は全て」

引退会見に臨んだ元大関琴奨菊(日本相撲協会提供)

元大関琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が大相撲11月場所8日目の15日、現役を引退し、年寄「秀ノ山」を襲名した。オンライン会見に臨んだ秀ノ山親方は「体が言うことを聞かず、ここが自分の終わりかなと思った」と引退理由を明かした。

幕内下位だった9月の秋場所で、左ふくらはぎを肉離れするなどし15年ぶりに十両に陥落した。幕内復帰を目指した今場所は、5日目終了時点で1勝4敗。実はこの時点で、師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)に引退の意向を伝えたという。しかし、再起を促されて6日目の土俵へ。ただ「(6日目に)朝起きてみたら体が言うことを聞かなかった。両国国技館に行く車の中で『勝っても負けても最後にします』と師匠に伝えました」と明かした。

晴れやかな表情は、思い出の一番を問われて変わった。「幕下の時とか下の時に…」と話すと、右目に光るものが。続けて「厳しく胸を出してくれた兄弟子とか師匠の思いとか、苦労した時の方が思い出。思い出の一番は全てです」と話すと右目から涙を流した。

波瀾(はらん)万丈だった18年間の土俵人生。「まだできるなら相撲を取りたいのが本音。稽古場に行くとみんなが普段通りにしているのがうらやましい」と土俵との別れを惜しんだ。今後は、佐渡ケ嶽部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。「壁にぶつかる子がたくさんいる。その先の光景を見せられるような指導をしたい」と、自身の経験を次の世代に伝えていく。【佐々木隆史】

▽十両の松鳳山(琴奨菊と同じ36歳)「同級生の兄弟子で、年代のトップを走り続けてきた人。お疲れさまでしたと言いたい。自分はまだまだ区切りをつけるにはほど遠い」

引退会見に臨んだ元大関琴奨菊(左)と師匠の佐渡ケ嶽親方

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「ダメ大関」乗り越え…琴奨菊は超スロー初V/復刻

豪栄道(左)を突き落としで破り、初優勝を決めた琴奨菊(2016年1月24日撮影)

大相撲の元大関琴奨菊が15日、現役を引退した。大きな実績の1つが、2016年初場所での幕内優勝。当時の日刊スポーツの記事で振り返ります。

◇  ◇  ◇

ついに重い扉をこじ開けた。大関琴奨菊(31=佐渡ケ嶽)が豪栄道を突き落として、14勝1敗で悲願の初優勝を果たした。06年初場所の栃東以来10年ぶりの日本出身力士の優勝。31歳11カ月の初優勝は昭和以降年長3位、大関在位26場所は史上最スローだった。32歳の誕生日の30日は、妻祐未さん(29)との結婚式。最高の贈り物となった。3月の春場所(3月13日初日、エディオンアリーナ大阪)が初めての綱とりとなる。

打ち破ったのは、目の前の豪栄道だけではなかった。日本出身力士が10年間、届かなかった賜杯への重い扉。何よりも、琴奨菊自身の過去の鎖だった。「まだ信じられない。言葉に表せないくらい本当にうれしい。(賜杯は)いろんな思いが詰まった重さでした」。

歴史を、自分の力で動かした。鋭い出足。がぶる。そして間髪入れない突き落とし。「本当に、よくこの体で戦えたと思います」。しみじみと昔を振り返った。自分を認められずにいた、昨年名古屋場所までを。

それまで大関23場所で、2桁白星はわずか6度。「ダメ大関」の烙印(らくいん)も押された。名古屋で脱出したかど番も、一時は5勝7敗。場所前に結婚した祐未夫人を苦しませた。

場所後、1つの動画を紹介された。「鷹の選択」という。タカは40歳で選択する。つめが弱まり、くちばしが曲がり、羽が重くなって飛べなくなる。そのまま死を待つか、それとも苦しい自分探しの旅に出るか。後者を選んだタカは、岩でくちばしをたたき割る。つめをはぎ取る。古い羽を1本ずつむしる。半年後、新しいくちばしが、つめが、羽が生えたタカは新しい姿となって高く羽ばたく-。

自分が映っていた。馬力を持ち味に大関まで昇進するも、ケガで次第に通じなくなった。「いい時のイメージはきついよ。頭はそれ。でも、現実を見たら、できなくなっていることが多い。なのに力が落ちていると認められない。オレは前者だった」。初めて自分が分かった。「朽ち果てたくない。新しいタカになる」。苦しい旅が始まった。

ケトルベル、ハンマー投げ、綱引き、タイヤたたき。外見の筋肉を壊し、体幹を鍛える作業が始まった。何度もぶっ倒れた。でも「つらいけど楽しい。できないんじゃなく、受け入れていなかっただけだと分かった」。古いモノが落ちた。

昨年秋場所5日目。嘉風に敗れた夜、食事後に思い立って、部屋に行った。ハンマーを取り出し、無心でタイヤをたたく。そんな姿は初めてだった。負けても「しょうがない」とあきらめていた姿は消えていた。夜10時。近隣に「うるさい」と怒られるまで続いた。

心が変わり、体が変わった。そして、結果も変わった。「すべて心だと思う。気持ちがつくれないと、稽古も準備も適当になる」。

固い決意から半年。モンゴル出身の3横綱全てに勝って、日本出身力士10年ぶりの賜杯を手にした。くちばし、つめ、羽-。琴奨菊は新しい姿となって、高く羽ばたいた。【今村健人】

   ◇   ◇   ◇

祐未夫人は「まだ実感が湧かない」と夢見心地だった。祝賀会場では、2人で並び大関のホオに祝福のキス。「とても輝いて見えました。あらためて、すてきだなと思いました」と笑顔でのろけた。前夜は手料理のトンカツで“必勝祈願”。優勝を祝う料理には「大関が大好きなオムライスを作りたいです」と話した。

琴奨菊(右)は祐未夫人と笑顔で見つめ合う(2016年1月24日撮影)
16年1月、初場所で初優勝し、賜杯を手に笑顔の琴奨菊

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琴奨菊引退「ホッとしてる いい時ばかりでない」父

豊ノ島(左)にとったりで敗れた琴奨菊(2016年1月22日撮影)

大相撲の元大関琴奨菊が11月場所8日目の15日に引退し、年寄「秀ノ山」を襲名した。元琴奨菊の父、菊次一典さん(65)が電話取材に応じ、心境を明かした。【取材・構成=佐々木一郎】

--琴奨菊引退が発表された。本人からどのように連絡がありましたか

「おととい(13日)の夜12時前に電話がありました。師匠と話して、引退を報告したと。実はその日の午前中に、祐未さん(琴奨菊の妻)から『一弘さんの最後の相撲になるかもしれません。見てください』と連絡がありましたので、腹をすえたんだなと思いました」

--琴奨菊関にはどう声をかけましたか

「自分で決めたなら、それでいい。よく頑張ったと伝えました」

--お父さまにとって一番の思い出は何ですか

「いっぱいありますが、優勝した場所で、豊ノ島に負けたことです。あの豊ノ島戦が心に残っています」

--負けた相撲を挙げるのはなぜですか

「小中高とずっとライバルで親友だったけど、負けてしまった。でも、本人がそこから気持ちを持ち直して、最後の2日間連勝して優勝したんです。大樹くん(豊ノ島)とは縁があるなと。相撲を通して、一弘(琴奨菊)を育ててもらったなと思えました。実はその豊ノ島戦の前の晩、いつも本場所中は電話してこないんですが、一弘から『明日は全力を出し切る』というメールがきたんです。本人も意識しているなと思っていました」

--いつも観戦していたお父さんも、勝負の重圧から解放されるのでは

「正直言って、ホッとしています。いいときばかりではありませんから。これからは相撲を楽しく見ることができます」

--今後、親方として期待することは何ですか

「(後進を)育てたい気持ちは持っているようです。自分の相撲への気持ちを伝えていってもらいたい。そのためには、本人も勉強していかないといけません。しっかりと指導にあたってもらいたいですね。皆さま、今までご声援いただき、ありがとうございました」

琴奨菊の優勝に涙する父の菊次一典さん(奥)と母の美恵子さん(2016年1月24日撮影)
花道で豊ノ島(右)から祝福を受ける琴奨菊(2016年1月24日撮影)

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元琴奨菊の秀ノ山親方「あの時の相撲を」一問一答2

16年初場所を制し八角理事長から賜杯受ける琴奨菊

大相撲で引退した元大関琴奨菊の秀ノ山親方(36=佐渡ケ嶽)が15日、オンライン会見に臨み、引退を決意した理由や今の心境を明かした。

秀ノ山親方は、現在開催中の大相撲11月場所で15年ぶりに十両に陥落。幕内返り咲きを狙ったが6日目終了時点で1勝5敗と振るわず、7日目の14日に休場届を提出し、引退の意向を固めた。

主な、一問一答は以下の通り。

-地元への思いは

秀ノ山親方 地元があって本当に温かいと思う。苦しい時期に笑顔で支えてくれて。そこに恩返しできるのは土俵の上しかないと思った。1つでも白星をあげて喜んでいただけるような結果を残したかったです。

-親方としてこれからどんな力士を育てたいか

秀ノ山親方 力士は番付社会ですけど、どんな時も壁にぶつかり、壁の先を知らずに苦しむ子がたくさんいる。その先の光景を見せられるような指導をしていきたいと思います。

-がぶり寄りへの思いは

秀ノ山親方 昔は若さゆえに何も考えずに、気持ち1つでその体勢になれた。年齢を重ねて体調を整えるようになって、そこも自分への追究になった。あの時の相撲を、もう1度したかったというのが本音です。

-優勝した時の思いは

秀ノ山親方 本当にすごいことをしたなと思います。部屋に賜杯を持ち帰れたことは、胸を出してくれた兄弟子とか親方衆、師匠に本当に気持ちを伝えられたかなと思います。

-あらためて数々の記録を振り返って

秀ノ山親方 大相撲の歴史の中でつくれたのは誇りに思います。

-横綱昇進への思いは

秀ノ山親方 横綱になりたくて相撲界に入門した。そこを目指したけど力及ばずで悔しいけど、その分違う方向性で相撲を追究できたのは今後に生きることだと思います。

-1つの理想を求めて追い込んだと思う

秀ノ山親方 やれることは全てやったなという気持ちです。自分がしっかりしとけば、どんなことでも1つの道につながっていくなと感じた。そこで方向性も、可能性も見たのでそこにチャレンジできたことはうれしいです。

-ご両親にはいつ引退の報告をしたのか

秀ノ山親方 引退の報告も一番最後。自分が納得するまでやれと昔から言っていたので、お疲れさんの言葉で「楽しませてもらったよと」言われた時には頑張ってよかったなと思いました。

-今、もう1度土俵に上がるとするなら誰と対戦したいか

秀ノ山親方 それは横綱稀勢の里関ですね。

-親交のあるプロ野球の内川選手にはどう報告して、どういう言葉をもらったか

秀ノ山親方 引退すると言った時に、「その日が来たか」と言ってもらった。場所前にも大事な言葉を言ってもらって、土俵は違うけどお互いが結果を出して喜んでもらおうとした。「ケガしても土俵に立っている姿は選手として感じるものがありました」と言ってもらえたことがよかったです。

-親方にとってのは相撲とは

秀ノ山親方 日常の考え方とかが全て土俵の上に現れたのかなと。奥が深く、まだまだその中で勉強したいです。

-これまでに引退がよぎったことはなかったか

秀ノ山親方 幕内から十両に落ちた時に、周りが思うほど、自分はいろんな可能性を感じていた。落ち込むことはなかったけど、自分の相撲が取れないと気づいた時は引退しようと思っていたので決意しました。

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元琴奨菊の秀ノ山親方「勝っても最後に」一問一答1

大きく反り返る琴奨菊のルーティンワーク

大相撲で引退した元大関琴奨菊の秀ノ山親方(36=佐渡ケ嶽)が15日、オンライン会見に臨み、引退を決意した理由や今の心境を明かした。

秀ノ山親方は、現在開催中の大相撲11月場所で15年ぶりに十両に陥落。幕内返り咲きを狙ったが6日目終了時点で1勝5敗と振るわず、7日目の14日に休場届を提出し、引退の意向を固めた。

主な、一問一答は以下の通り。

-引退を決意した経緯は

秀ノ山親方 何とか頑張って応援してくれる方に結果を出そうと思ったけど、体が言うことをきかず、ここが自分の終わりかなと思って決断しました。

-6日目に「琴バウアー」をした

秀ノ山親方 自分ができることは全てやって、勝っても負けてもこの1番で終わろうと思っていましたので、応援してくれた方に感謝の気持ちが伝わればと思ったので。

-勝ってもやめるつもりだったのか

秀ノ山親方 そうです。前日に師匠に引退のことを考えている旨趣を伝えたけど、師匠からは一回ぶつかってみろと言われた。頑張ってみたけど、朝起きてみたら体が言うことを聞かず、両国国技館に行く車の中で「勝っても負けても最後にする」と師匠に伝えました。

-どんなことが胸にあったか

秀ノ山親方 なんとも言えないけど、まだできるなら相撲が取りたいというのが本音です。

-悔いはあるか

秀ノ山親方 やるべきことは全てしたけど、どうしても体が言うことを聞かないので。自分の相撲が取れないと感じたのでここで終わろうと決めました。

-今の心境は

秀ノ山親方 まだ慣れてなく、朝稽古場に行くとみんなが普段通りにしてるの見るとうらやましいです。

-家族へはどう伝えたか

秀ノ山親方 帰りの車の中で伝えた。妻の方は理解してくれて、子どもも理解してくれた。最後の相撲は家族を呼んで国技館で相撲を見せられたのはよかったです。中日のチケットを取ってたけど、そこまで続くか分からなかったので。

-大事にしてきたことは

秀ノ山親方 自分はご縁という言葉で、先代とのご縁と師匠とのご縁と、たくさんの方々とのご縁で佐渡ケ嶽に入って。ライバルにも出会えてここまでこられたので感謝です。

-思い出の一番は

秀ノ山親方 すごく聞かれると思って考えたけど、今思い出すのは幕下の時とか下の時に厳しく胸を出してくれた兄弟子とか師匠の思いとかライバルの存在が1番なので、どれがと言われたら苦労した時の方が思い出。思い出の一番は全てです。

-1番苦しかった時期はいつか

秀ノ山親方 いつも前向きだった。どこかにヒントがあるんじゃないかと思ってやっていた。

-原動力は何か

秀ノ山親方 ライバルの存在と同期生がどんどん上がっていって、自分も負けていられないと思って頑張ったことだと思います。

-稀勢の里関はどんな存在だったか

秀ノ山親方 土俵上は力を試される1番の相手と思ってぶつかって。1番の思い出は横綱との三番稽古で誰よりもぶつかったのが思い出です。

-それはどんな時間だったか

秀ノ山親方 無我夢中でくらいついた。気を抜いたら壊されるんじゃないかと思って、前日から備えたのが懐かしいです。

-井筒親方(元関脇豊ノ島)については

秀ノ山親方 小さい時から知っていて、いつも比べられるのが豊ノ島の存在で。先に新十両いかれて悔しい思いがあって、三役は私の方が早かったと思うけど、どんな時も意識して半枚でも上にあがろうという思いだった。

-3人の中で1番長く相撲を取った

秀ノ山親方 自分は納得いくまで取り切ろうと思ったので。

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琴奨菊が引退、年寄「秀ノ山」襲名 相撲協会が発表

大きく反り返る琴奨菊のルーティンワーク“琴バウアー”でファンを喜ばせた(16年初場所)

日本相撲協会は大相撲11月場所8日目の15日、元大関の西十両3枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)の引退を発表した。また理事会で、琴奨菊の年寄「秀ノ山」の襲名が承認されたことも発表した。今場所で15年ぶりに十両に転落した琴奨菊は、同場所6日目時点で1勝5敗と振るわず。同場所7日目の14日に休場届けを提出し、引退の意向を固めていた。

西前頭11枚目だった9月の秋場所は、左ふくらはぎ肉離れで途中休場。幕内残留のために途中出場するも、2勝10敗3休で05年春場所以来、15年ぶりに十両に転落した。場所前に取材に応じた際は「勝てば上がるという世界。前を向いていく。ネガティブにとらえがちだけど、ポジティブなところがたくさんある」と、現役続行へ意欲を見せていた。

再起を懸けた今場所だったが、白星は2日目の松鳳山戦のみ。思うような相撲が取れずに、厳しい現実と向き合うことになった。6日目の千代ノ皇戦では、仕切り時間いっぱいになった時、大きく背中を反らせる「琴バウアー」を久しぶりに披露。胸に秘める思いで上がった最後の土俵となった。

明徳義塾中で中学横綱に輝き、同高で団体など7タイトルを獲得。02年初場所で初土俵を踏み、代名詞「がぶり寄り」を武器に11年秋場所後に大関昇進を果たした。16年初場所では、日本出身力士として10年ぶりに賜杯を抱いた。先場所までの幕内在位は史上7位の92場所。幕内連続在位は史上4位の91場所、幕内勝利数は史上6位の718勝などと、名実ともに角界を代表する力士だった。今後は秀ノ山親方として後進の指導にあたり、大相撲を支えていく。

琴奨菊(2020年9月21日撮影)

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琴奨菊引退 通算出場回数現役1位/記録アラカルト

大きく反り返る琴奨菊のルーティンワーク“琴バウアー”でファンを喜ばせた(16年初場所)

<大相撲11月場所>◇7日目◇14日◇東京・両国国技館

元大関で現役最年長関取の西十両3枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が、引退を決意したことが大相撲11月場所7日目の14日、分かった。

15年ぶりに十両に転落した今場所は、6日目終了時点で1勝5敗と振るわず、この日に休場届を提出した。日本相撲協会理事会の承認を経て、年寄「秀ノ山」を襲名する見通し。

<琴奨菊記録アラカルト>

▽通算出場回数 現役1位の1496回。

▽幕内出場回数 現役1位、史上6位の1332回。

▽幕内在位場所数 現役2位、史上7位の92場所。幕内連続在位は史上4位の91場所。関取在位は97場所。

▽通算勝利数 現役2位の828勝。

▽幕内勝利数 現役2位、史上6位の718勝。

▽関取最年長 36歳9カ月。

▽金星 大関陥落後に日馬富士、稀勢の里、白鵬を破り金星3個獲得。

11月場所6日目の13日、千代ノ皇(右)に寄り切りで敗れる琴奨菊

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琴恵光、琴奨菊から学んだ「迷ったら強く当たれ」

琴恵光(2020年11月11日撮影)

元大関で現役最年長関取の西十両3枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が、引退を決意したことが大相撲11月場所7日目の14日、分かった。15年ぶりに十両に転落した今場所は、6日目終了時点で1勝5敗と振るわず、この日に休場届を提出した。

   ◇   ◇   ◇

琴奨菊の付け人を務めた琴恵光は「数え切れないほどのことを近くで教えてもらった」。その教えが現在の地位に結びついているという。「一番覚えているのが『迷ったら強く当たれ』。勝ち負けにこだわらず、自分を信じて思い切りいくことを教えていただいた」。

22歳の琴ノ若は「入門した当初から稽古つけてもらって上げてもらった。取り口とか見習って吸収して自分のものにしていきたい」と感謝。21歳で部屋頭の琴勝峰も「返しきれないぐらい深い恩がある。自分ができることはしっかり結果を出すこと」と話した。

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八角理事長、引退の琴奨菊「個性のある力士だった」

取り組み前に琴バウアーを見せる琴奨菊(2017年1月19日撮影)

<大相撲11月場所>◇7日目◇14日◇東京・両国国技館

引退を決意した十両琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)の土俵人生を、協会トップの八角理事長(57=元横綱北勝海)がねぎらった。

印象に残ることとして挙げたのが16年初場所の初優勝。「大関として優勝したのが印象に残っている。ケガが多かったけど、最後の最後まであきらめず、よく頑張った。今場所も、幕内の土俵に戻ろうという気持ちがあったんだろうけど、やり切ったんじゃないか」と胸中を察した。

力士としては「身長はないけど腰が重くて馬力があった。個性のある力士だった」と評価。引退決意については「自分の力を出し切れなくなったというのが本当のところじゃないかな」と察した。

年寄襲名の正式発表は今後になるが、年寄として後進の指導にあたる。親方としては「まず、いろいろ勉強すること。現役と親方では全然違う。この頃の子どもは(指導法など)難しいから、よく(師匠や部屋付きなど)親方にならって、勉強を積み重ねてほしい」と期待した。

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「琴バウアー」久しぶり披露 思い秘め最後の土俵に

取り組み前に琴バウアーを見せる琴奨菊(2017年1月19日撮影)

元大関で現役最年長関取の西十両3枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が、引退を決意したことが大相撲11月場所7日目の14日、分かった。15年ぶりに十両に転落した今場所は、6日目終了時点で1勝5敗と振るわず、この日に休場届を提出した。日本相撲協会理事会の承認を経て、年寄「秀ノ山」を襲名する見通し。波乱続きの1年納めの場所は、大関貴景勝と小結照ノ富士が全勝をキープ。再入幕で奮闘する千代の国が初黒星を喫した。

   ◇   ◇   ◇

また1人、名大関が土俵を去る。琴奨菊が引退の意向を固めたことがこの日、関係者の話で分かった。西前頭11枚目だった9月の秋場所は、左ふくらはぎ肉離れで途中休場。幕内残留のために途中出場するも、2勝10敗3休で05年春場所以来、15年ぶりに十両に転落した。場所前に取材に応じた際は「勝てば上がるという世界。前を向いていく。ネガティブにとらえがちだけど、ポジティブなところがたくさんある」と、現役続行へ意欲を見せていた。

再起を懸けた今場所だったが、ここまでの白星は2日目の松鳳山戦のみ。「ここから1個1個かみ合ってくると思う。同じことを毎日やっていきたい」と手応えを口にしていたが、思うような相撲が取れずに厳しい現実と向き合うことになった。6日目の千代ノ皇戦では、仕切り時間いっぱいになった時、大きく背中を反らせる「琴バウアー」を久しぶりに披露。胸に秘める思いで上がった最後の土俵となった。

明徳義塾中で中学横綱に輝き、同高で団体など7タイトルを獲得。02年初場所で初土俵を踏み、代名詞「がぶり寄り」を武器に11年秋場所後に大関昇進を果たした。16年初場所では、日本出身力士として10年ぶりに賜杯を抱いた。先場所までの幕内在位は史上7位の92場所。幕内連続在位は史上4位の91場所、幕内勝利数は史上6位の718勝などと、名実ともに角界を代表する力士だった。

左膝などの故障が重なり、17年初場所で大関陥落が決まると、若手の台頭などにより徐々に番付を落とした。それでも、大関経験者の意地で土俵に上がり続けたが、ついに限界がきた。今後は年寄「秀ノ山」を襲名し、後進の指導にあたる見通し。約18年間の土俵人生に別れを告げ、次は親方として大相撲を支える。

◆琴奨菊和弘(ことしょうぎく・かずひろ)本名・菊次(きくつぎ)一弘。1984年(昭59)1月30日生まれ、福岡県柳川市出身。小3から相撲を始め、中高は高知・明徳義塾に進学。02年初場所で初土俵、04年名古屋場所で新十両、05年初場所で新入幕。11年秋場所後に大関昇進。16年初場所で初優勝し、17年春場所で関脇に陥落。三賞は殊勲賞3回、技能賞4回。金星は3個。181センチ、186キロ。得意は左四つ、寄り。血液型O。家族は夫人と1男。

千代ノ皇(右)に寄り切りで敗れる琴奨菊(2020年11月13日撮影)

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