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英乃海が弟の翔猿をいじり倒すも兄弟同時三役への思い語る

夏場所に向けて稽古に励む英乃海(日本相撲協会提供)

大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)で自己最高位の東前頭6枚目に就いた英乃海(31=木瀬)が3日、兄弟同時三役への思いを語った。

都内の部屋での稽古後に報道陣の電話取材に対応。弟の西前頭筆頭2枚目翔猿(28=追手風)が新三役に迫っていることについて「負けずに頑張りたい」と刺激を受けていた。

春場所で再入幕を果たし、史上9組目の同時幕内となった。「今までも何組もいますからね。上には上がいる。一番上だと両方横綱(3代目若乃花と貴乃花)という人たちがいたのであれですけど。お互い三役くらいになったらうれしい」と話した。

翔猿への対抗心については「全くないといったらウソ」と高め合う存在だが「敵対心はない」という。「弟ですから。『(上位に)上がりやがってこの野郎!』とかはない」。普段から連絡を取る関係ではないものの、仲はいい。この日の取材でも翔猿の性格について「兄とか他人とか関係なく人に興味がないんですよね。すみません、言い方間違えたけど、男の人には興味がなくて。今は女の子と相撲のことしか頭にないんじゃないですか」といじり倒した。

翔猿以上に刺激を受ける存在が兄弟子の明瀬山(35=木瀬)だ。自身も先場所まで幕内での勝ち越しがなかったが、明瀬山は今年の初場所で35歳にして初めて幕内で勝ち越しを決めた。「何がきっかけになって奮起しましたかと聞かれて、弟さんですか? とよく聞かれるけど、意外とそんなことはなくて、最近思ったのは明瀬山関は本当にすごいなと。あの年齢で初めて勝ち越した。全然まだまだやれるなと思ったのは、それがきっかけ」。自身も15年名古屋場所に新入幕を果たしたが、5年以上も幕内と十両をいったりきたりだった。年齢を重ねても諦めない兄弟子がお手本だ。

明瀬山は埼玉栄高、日大の先輩でもあり、仲もいい。「いつも僕は明瀬山関のことが好きだからいじっていて、そういう(尊敬している)ことを言うといじってると思われて、また怒られちゃうから言ったことはないですけど、本当に思っているし、かわいがってもらえている。あの人は本当にコツコツやる人ですし、すごいなと思います」。

2場所連続2桁白星を目指す来場所。先場所は「自分でもびっくりするくらい内容も成績も良かった」と振り返る。場所後の6月に32歳の誕生日を迎える。「30超えて勢いだけで相撲取れない。頭を使って相撲を取りたい。今までは前に出て流れで何とか勝てればという相撲だったが、考えて相手の弱いところを攻めないと馬力負けしてしまう」。

夏場所は緊急事態宣言下のため3日目まで無観客開催。「相手のタオルがめちゃくちゃ多いと、めちゃくちゃやる気が出る。めちゃくちゃ燃えますね。勝ったら『どうだ』って感じになります。3日以降(観客が)入るといいんですけどね」と望んでいた。

翔猿(2021年3月25日撮影)

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大学院通う異例試み、大栄翔に日大化粧まわし「成績残せるよう頑張る」

「日本大学校友会大阪支部」による化粧まわし贈呈式に出席した、左から大栄翔、日大の田中英壽理事長、田中優子夫人、剣翔

大相撲初場所で初優勝を果たした小結大栄翔(27=追手風)と、平幕の剣翔(29=追手風)が21日、都内で行われた「日大校友会大阪支部」による化粧まわし贈呈式に出席した。大栄翔は日大大学院に在学中で、剣翔は日大OB。日大の田中英壽理事長から化粧まわしを贈られた大栄翔は「伝統ある日本大学の化粧まわし。来場所はこの化粧まわしをつけて土俵入りして、成績を残せるように頑張りたい」と話し、剣翔は「この化粧まわしをつけて来場所また大暴れできるように頑張りたいと思います」と意気込んだ。

化粧まわしは田中理事長の夫人で日本女子相撲連盟の田中優子副会長がデザイン。大栄翔の化粧まわしは富士山と桜が描かれ「日本の代表的なもの」と田中副会長。今後の出世の意味も込めて、日本最高峰の山を入れたという。大栄翔は「すごいきれいな富士と桜のデザイン。とてもきれいに格好良く作ってもらった」と感謝した。

剣翔の化粧まわしは七福神「大黒天」が描かれており「剣翔桃太郎っぽい化粧まわしだと思います」と、自身のしこ名と重ねるように縁起の良さを感じていた。

贈呈式の祝辞を述べた田中理事長は、大栄翔に対して「これから大関を目指して頑張っていると思う。まだ27歳で強くなる。とにかく当たって突いて突きまくるしかない」と激励した。祝辞の中で特に稽古の重要性について強調し「最近(の力士)は20番くらいで稽古をやめている。稽古不足。昔のお相撲さんはよく稽古した。初代若乃花は1日100番以上稽古していた。稽古をする人は出世する」と話した。田中理事長の話を聞いた大栄翔は「田中先生の言う通りもっと稽古しないといけない。稽古をやっていけば結果をついてくる」とうなずいた。

大栄翔は昨年4月から日大大学院の総合社会情報研究科に通っており、相撲部屋制度に通じる同族経営、ファミリービジネスについて学んでいる。贈呈式には担当教授の加藤孝治氏らも出席。加藤氏は「(大栄翔は)1年間リモートという形だがいろんなことを学んでいる。次の1年間で論文を仕上げていく。遠隔教育でコミュニケーションを取りながら、学びを進めていく」と今後の授業を見通した。大学院での授業について大栄翔は「分からないことばかり。たくさんの方々に支えてもらっている」と話した。

現役の関取が大学院に通うのは異例の試み。文武両道を実践する27歳は「今までにないことだと思うので、これから(他の力士やアスリートでも)増えていってくれれば」と、モデルケースとして活躍することを誓った。

優勝翌場所の春場所では8勝7敗と勝ち越しを決めた。夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)まで1カ月弱。都内では新型コロナウイルスの感染拡大が続く。緊急事態宣言が発令されれば、観客の増減など夏場所開催に影響を及ぼす可能性もあるが「それでやる気が落ちてはいけない。しっかり稽古をして備えたい」と意気込んだ。

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元関脇の麒麟児が死去、多臓器不全で67歳 108発の突っ張り合いも

1976年1月、大相撲初場所4日目 富士桜(左)と麒麟児

日本相撲協会は13日、元関脇麒麟児の垂沢和春さんが3月1日に多臓器不全のため死去したと発表した。67歳だった。

強烈な突っ張りを武器に、幕内通算84場所で三賞受賞は11度。昭和28年生まれで「花のニッパチ組」の1人として土俵を沸かせた。現役引退後は北陣親方として後進の指導に当たり、18年に日本相撲協会を退職していた。

   ◇   ◇   ◇

また1人、名力士がこの世を去った。日本相撲協会は、元関脇麒麟児の垂沢さんの死去を発表。協会関係者によると、15年夏ごろに頭部の腫瘍摘出手術を受けた影響で顔面にまひの症状が残り、体調が悪かったという。18年3月に65歳の定年を迎えたが、再雇用制度は利用せずに協会を退職。3年後の3月1日に、自宅で多臓器不全により死去した。近年は糖尿病と腎臓を患っていたという。葬儀・告別式は家族葬で執り行われた。

1967年夏場所で二所ノ関部屋から初土俵を踏んだ。昭和28年生まれで「花のニッパチ組」の1人として、元横綱北の湖、元横綱2代目若乃花らとともに人気を誇った。1975年夏場所8日目の天覧相撲では、富士桜との計108発に及ぶ壮絶な突っ張り合いを披露。昭和天皇が身を乗り出して観戦された一番は、今も語り草となっている。幕内優勝こそ果たせなかったが、金星6個、三賞受賞は11度と実績を残した。

88年秋場所を最後に35歳で現役引退後、北陣親方として二所ノ関部屋で後進を指導した。相撲協会では主に巡業部に所属。大相撲中継では爽やかな語り口の解説で親しまれた。

◆麒麟児和春(きりんじ・かずはる)本名・垂沢和春。1953年(昭28)3月9日、千葉県柏市生まれ。67年夏場所初土俵、74年初場所新十両。同年秋場所で新入幕。強烈な突っ張りを武器に金星6個、殊勲賞4回、敢闘賞4回、技能賞3回と三賞計11回受賞。最高位は関脇。幕内通算84場所で三役は通算17場所。通算773勝792敗34休。88年秋場所限りで引退し、年寄「北陣」を襲名。18年3月に日本相撲協会を定年退職。

麒麟児
北陣親方(元関脇麒麟児)(2008年09月6日撮影)
断髪式を終えタキシード姿になった元関脇麒麟児の北陣親方=1989年1月29日

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2代目若乃花と隆の里が乗った伝説の夜行列車を解明

著書「大相撲と鉄道」が発売された行司の木村銀治郎

<「大相撲と鉄道」後編>

大相撲の幕内格行司、木村銀治郎(46=峰崎)の初の著書「大相撲と鉄道」がこのほど、交通新聞社新書から出版された。この本の魅力について、銀治郎に聞いた。後編です。【取材・構成=佐々木一郎】

-本書では、角界における伝説の夜行列車「ゆうづる」についても解き明かしています。今から50年以上前、当時の二子山親方(元横綱初代若乃花)が、青森で2人の少年をスカウトし、同じ列車で上京。2人はのちに横綱2代目若乃花と横綱隆の里になりました。本書では、あの列車を特定しました

「あの列車について、正確に書かれた文献がまったく見当たらなかったんです。いいかげんに書かれたものもありました」

-上京したのは昭和43年6月6日と書かれていましたが

「いろんな文献で、日にちは分かっていました。当事者が後年語っていた内容には、やや記憶違いになっていた部分もありました。例えば、寝台3段の真ん中に寝たって書いてあったものもありましたが、A寝台に3段はないので、真ん中に寝るのは不可能です。文献は花田勝治さん(元横綱初代若乃花)や、若三杉さん(のちの横綱2代目若乃花)の自伝や、ベースボール・マガジン社のDVDマガジンなども確認しました。当時の時刻表は、本当は鉄道博物館で調べたかったのですが(昨年の一時期は)閉まっていたので、ヤフオクで落札しました」

-時刻表で、ゆうづるは1日1往復だったことがわかったんですね

「そうです。何時まで寝台が使えるかどうかも時刻表を見れば書いてあります」

-鳴戸親方(元横綱隆の里)が後年「茨城県に差しかかるころには外は明るかった」と証言したことをもとに、本書では列車の通過時刻と日の出の時刻まで調べてありました

「日の出の時間は、気象台のホームページで調べました。資料が公開してあるサイトがあるんです」

-すべて分かった時は、どう思いました

「調べれば分かることだったんで…。きちんとやっておかないといけないんじゃないかと思っていました。自分もちょっとこだわっていたところなんです」

-コロナ禍にあり、今は本場所の地方開催や巡業がありません。早く元に戻って欲しいですね

「僕も丸1年、東京駅に行っていません。7月は、名古屋に行きたいですね。鉄道と一緒でトンネルをくぐったら、必ず出口はあるんですよ。どんなに真っ暗な長いトンネルでも前に進んでいれば光は見えてくる。あとは抜けるだけです。僕らは止まっちゃいけないんです。まだトンネルの中にいますが、早く抜けられるように努力しないといけませんね」

著書「大相撲と鉄道」が発売された行司の木村銀治郎

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白鵬、組んで良し離れて良し「上出来」30番全勝 

合同稽古に合流した白鵬(代表撮影)

大相撲で4場所連続休場中の横綱白鵬(35=宮城野)が24日、東京・両国国技館内の相撲教習所で行われた合同稽古に参加し、平幕の若隆景を指名した三番稽古で30番を全勝した。

新型コロナウイルスに感染して初場所を休場。再起を期す春場所(3月14日初日、東京・両国国技館)に向けて復調をアピールした。

合同稽古に合流した白鵬が期待の若手を圧倒した。得意の右四つを中心に左からの上手投げを何度も披露。初代横綱若乃花が得意とし、自身も13年秋場所で決めたことがある大技「呼び戻し」も見せた。組んで良し、離れて良しの攻めで区切りよく30番で終了。「20番と思って土俵に入りましたけど、気付いたら20番で、じゃあもうちょっと10番と、そういう思いでやった。受け身の攻め、立ち合いの踏み込み、離れたときの間というのかな、突き押しからの押し、そういったものを意識しながら、という感じかな」。関取衆との申し合いは昨年12月に行われた合同稽古以来。番数を重ねるにつれて、気持ちが乗っていった。

初場所前の1月5日に新型コロナウイルス感染が判明した。「1月3日に稽古したときに20番取る気持ちで臨んだが、7番、8番、9番あたりで息が上がって、とてもじゃないけど相撲を取る状態じゃなかった。それに比べたら上出来じゃないかな。だからコロナって怖いものですよ。もう嫌ですね」。初場所中に退院して、体力を徐々に戻してきた。

昨年11月場所後には横綱審議委員会(横審)から「注意」の決議を下されるなど、厳しい立場にある。最後に優勝したのは1年前の春場所。「もう春連覇、目指してますよ」。昨年の春場所は史上初の無観客開催。異例の場所で結果を残してきた横綱は「東京で春場所は初めてですからね。“初めて”ということは好きですから。(初という言葉は)嫌いじゃない」とニヤリと笑った。

合同稽古で若隆景と三番稽古を行う白鵬(右)(代表撮影)

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栃ノ海さん死去 歴代横綱最高齢は北の富士氏78歳

北の富士氏(2020年1月8日撮影)

大相撲の第49代横綱栃ノ海の花田茂広(はなだ・しげひろ)さんが29日未明、誤嚥(ごえん)性肺炎のため亡くなった。存命の歴代横綱では最年長の82歳だった。

これで歴代横綱の最高齢は、78歳で北の富士の竹沢勝昭氏となった。現在もテレビなど大相撲中継での硬軟織り交ぜた的確な名解説で活躍中だ。北の富士に次ぐのは、日本相撲協会元理事長で三重ノ海の石山五郎氏。相撲博物館長を務め、2月4日に73歳となる。これに2代目若乃花の下山勝則氏が67歳で続く。歴代最長寿は明治時代中期に綱を張った初代梅ケ谷で、83歳で死去した。

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大栄翔7連勝!本田美奈子さんに並ぶ朝霞のスターへ

大栄翔(右)は隆の勝を押し出しで破る(撮影・柴田隆二)

<大相撲初場所>◇7日目◇16日◇東京・両国国技館

西前頭筆頭大栄翔(27=追手風)が、三役以上を総ナメにして単独トップに立った。

関脇隆の勝を押し出し。初日から平幕が三役以上に7連勝するのは、1場所15日制が定着した1949年(昭24)夏場所以降では初の快進撃だ。7日目を終えて平幕が単独首位に立つのは、2019年秋場所の隠岐の海以来。埼玉県出身力士として初めての優勝も現実味を帯びてきた。

   ◇   ◇   ◇

大栄翔の突き押しが、誰にも止められない。立ち合いで勢いよく頭から当たると、隆の勝は1歩も2歩も後ずさり。間髪入れずに左、右、左と3発押し込んで、勝負は決した。過去2勝3敗の相手に、何もさせなかった。「今日も立ち合いがしっかり良かった。本当に内容もいい。力がついてきたんじゃないかなと思っている」。口調は丁寧でも、言葉の端々に自信がみなぎっていた。

両横綱は不在だが、出場している三役以上の力士を総ナメにした。1場所15日制が定着した49年夏場所以降、平幕が初日から三役以上に7連勝するのは初の快挙だ。91年秋場所で当時平幕の若花田(3代目横綱若乃花)が三役以上を総ナメにしたが、当時は東西の関脇に同部屋の貴闘力と貴花田が在位していたため、対戦したのは1横綱、2大関、2小結の5人だった。7人もの役力士を破るのは、異例中の異例だ。

地元の期待が活力になっている。埼玉県出身で賜杯を抱いた力士はいない。出身の朝霞市はツイッターで連日「プッシュだプッシュだ大栄翔!」と、自身の取り口を重ねるようにエールを送ってくれる。「頑張る気力になっている」と大栄翔。朝霞市の有名人といえば「本田美奈子.さん」。同市で生涯の大半を過ごした歌手に、知名度で並ぶ意欲を見せているが「顔じゃないです」。連勝の中でも謙虚な姿勢は崩さない。

中日以降は全員、平幕が相手になる。「(気持ちの変化は)特にない。変わらずやっていく」。1日一番。まずは自身初のストレート給金を目指す。【佐藤礼征】

▽八角理事長(元横綱北勝海) 横綱がいない中、大栄翔(の快進撃)は救世主が現れたという感じ。7日間、全部いい立ち合いだがその中でも今日が一番良かった。当たってすぐの瞬発力、手も伸びたし力を全部出している。貴景勝は開き直っていた感じだった。

<大栄翔>

◆生まれ 1993年(平5)11月10日、埼玉県朝霞市出身。本名・高西勇人。

◆スポーツ歴 朝霞市立朝霞第四小1年時から朝霞相撲錬成道場で相撲を始める。埼玉栄高3年で高校総体団体2位、個人3位。

◆しこ名 初めて番付に載った12年春場所から同年名古屋場所まで「大翔栄」だったが「『栄』の字が最後にくると下半身をけがする」と言われ、本当にけがをしたことをきっかけに「大栄翔」と改名。

◆好きな力士 子どもの頃から元大関千代大海(現九重親方)のファンで、埼玉栄高の先輩、元大関豪栄道(現武隈親方)にもあこがれている。

◆園芸部 中学は相撲道場に通いながら、園芸部に所属。キュウリやナス、ゴーヤーなどを育てた。ヒマワリが好き。

◆サイズ 182センチ、161キロ。

取り組み前に気合が入る大栄翔(撮影・柴田隆二)
クラシックコンサートで歌う本田美奈子さん(2004年1月10日撮影)

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貴景勝、大関8場所目で悲願 感謝を体現した優勝

幕内優勝を果たし、賜杯を手に笑顔を見せる貴景勝(代表撮影)

<大相撲11月場所>◇千秋楽◇22日◇東京・両国国技館

綱とり初挑戦だ-。大関貴景勝(24=千賀ノ浦)が18年九州場所以来2年ぶり2度目、大関としては初めての優勝を果たした。

小結照ノ富士に本割で敗れて13勝2敗で並ばれたが、優勝決定戦では鋭い出足で立ち合いから圧倒した。昨年はけがに苦しんだが、在位8場所目で悲願成就。コロナ禍だからこそ、周囲への感謝の気持ちを忘れない24歳の看板力士。横綱、大関陣でただ1人の皆勤で重責を果たし、17年初場所の稀勢の里を最後に遠ざかっていた大関の優勝なしにも、終止符を打った。

   ◇   ◇   ◇

闘志を充満させていた表情が、わずかにゆがんだ。1人大関の重圧に耐えた貴景勝を、定員の半分ほどに制限が引き上げられた5000人の観客が万雷の拍手で包む。コロナ禍で、今場所から解禁された土俵下での優勝インタビュー。「お客さんの前でいい相撲を見せる、それだけ考えて一生懸命やった」と話す声は、少し震えていた。

決定戦で自分の立ち合いを貫いた。本割では照ノ富士を突き放し切れず、浴びせ倒しで敗れた。右肩に土がベッタリつきながら戻った花道。「情けなさと悔しさ」を押し殺し「もう一戦チャンスをもらった」と切り替えた。決定戦は低い踏み込みから3発で一気に相手を土俵外へ。「何も考えてなかった。脳の指令で体が動く。初めて脳を止めて、体に任せた」。未知の領域だった。

コロナ禍で揺れに揺れた1年。昨年の大関昇進時、伝達式の口上で述べた「感謝の気持ちと思いやり」を体現した。8月に自身を含めた埼玉栄高のOBで母校相撲部に反物で作製したマスク40枚とメッセージを送った。インターハイなど高校相撲の主要大会が中止となり、傷心の後輩を激励。恩師で相撲部の山田道紀監督は「ありがたいことだね」と感謝した。

初の綱とり、来場所は年6場所制となった58年以降の初土俵では付け出しを除いて史上3位となる、所要38場所でのスピード昇進を狙う。一気に塗り替えたい。旧貴乃花部屋時代に宿舎を提供していた福岡・田川市の「相撲茶屋貴ノ花」では、店周辺に同部屋出身力士の幟(のぼり)を設置。業者との契約で3年に1回は全25本を交換するが、コロナ禍で交換が1年延長になった。入門来の付き合いで場所中も毎日のように連絡を取り合うという店主の今宮一成さん(55)は「今の幟には『大関』と書かれていないんですよ。来年上がってくれれば、いい替え時です」と笑う。一気に「横綱貴景勝」の幟に交換できる環境にある。

「強ければ勝つし弱ければ負ける。自分と向き合ってやっていきたい」。1909年に優勝制度ができて今場所がちょうど500場所目。節目の土俵で賜杯を抱いた貴景勝の新たな挑戦が始まる。【佐藤礼征】

<優勝アラカルト>

◆大関の優勝 17年初場所の稀勢の里以来、22場所ぶり。77年夏場所に当時大関の若三杉(2代目横綱若乃花)が優勝後、81年初場所で千代の富士が25場所ぶりに優勝した最長ブランクに次ぐ。

◆複数回優勝 現役力士では白鵬、鶴竜の両横綱、関脇で2度優勝した御嶽海、大関時代と幕尻で2度制した照ノ富士に次いで5人目。

◆埼玉栄高 2度目の優勝は初めて。豪栄道と合わせて計3度。

◆混戦イヤー 今年の優勝者は初場所から徳勝龍、白鵬、照ノ富士、正代、貴景勝。過去に年間で優勝者の顔触れが異なるのは(年5場所以上)57年、72年、91年に続き29年ぶり4度目の“戦国時代”となった。

優勝インタビューを終え、感慨深げな表情を浮かべる貴景勝(撮影・河田真司)
幕内優勝決定戦で照ノ富士を押し出しで破り、感極まった表情を浮かべる貴景勝(撮影・河田真司)

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大関Vは稀勢の里以来 22場所ぶり2番目ブランク

幕内優勝決定戦で照ノ富士を押し出しで破り、感極まった表情を浮かべる貴景勝(撮影・河田真司)

<大相撲11月場所>◇千秋楽◇22日◇東京・両国国技館

大関貴景勝(24=千賀ノ浦)が18年九州場所以来2年ぶり2度目、大関としては初めての優勝を果たした。本割一発で決めることはできなかったものの、最後は勝ち切った。

<優勝アラカルト>

◆大関の優勝 17年初場所の稀勢の里以来、22場所ぶり。77年夏場所に当時大関の若三杉(2代目横綱若乃花)が優勝後、81年初場所で千代の富士が25場所ぶりに優勝した最長ブランクに次ぐ。

◆複数回優勝 現役力士では白鵬、鶴竜の両横綱、関脇で2度優勝した御嶽海、大関時代と幕尻で2度制した照ノ富士に次いで5人目。

◆埼玉栄高 2度目の優勝は初めて。豪栄道と合わせて計3度。

◆混戦イヤー 今年の優勝者は初場所から徳勝龍、白鵬、照ノ富士、正代、貴景勝。過去に年間で優勝者の顔触れが異なるのは(年5場所以上)57年、72年、91年に続き29年ぶり4度目の“戦国時代”となった。

八角理事長(右)から内閣総理大臣杯を受け取る貴景勝(撮影・鈴木正人)

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翔猿2敗堅守「ワクワク」106年ぶり新入幕V前進

2敗を死守し勝ち名乗りを受ける翔猿(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>13日日◇25日◇東京・両国国技館

新入幕の東前頭14枚目翔猿(28=追手風)が、平幕の隆の勝を破ってトップを守った。

大関貴景勝との2敗対決を制した関脇正代とともに、トップを並走。注目の14日目は、3敗に後退した大関貴景勝との対戦が決定した。新入幕の大関対戦は14年秋場所の逸ノ城以来、戦後13人目。結びの一番で埼玉栄高の後輩を破り、1914年(大3)夏場所の両国以来、106年ぶりの新入幕優勝へ、また1歩近づく。

   ◇   ◇   ◇

新入幕らしからぬ、強心臓ぶりを翔猿が見せた。初の幕内後半戦での取組を「ワクワクしていました。『後半で取っているな。幕内力士らしいな』と思った」と無邪気に振り返った。入門して以降、幕下と十両で過去5戦全敗だった隆の勝に、重圧がかかる中で初勝利。トップを死守した。

ふわっと、立ち上がってしまった立ち合い。先に力なく立ち「待ったかと思った」と立ち合い不成立と思ったという。しかし、行司からの「待った」の声は掛からず、隆の勝の鋭い立ち合いを受けた。たちまち土俵際に後退。のど輪も受けて上半身が起きてのけ反ったが、下半身は崩れず。しこ名の「猿」のごとく、素早く体を開きながらいなして送り出した。土俵上では少し驚いた表情。「勝っちゃった、みたいな感じでした。体は動いてますね」と明るい声で話した。

徹底した基礎運動が快進撃を支える。入門当初は、部屋の中でも四股やテッポウをこなす回数は多い方ではなかった。しかし、今では師匠の追手風親方(元前頭大翔山)が「一番する」と言うほど。転機は17年夏場所後に新十両に昇進し、巡業に参加するようになってから。日々の朝稽古で、誰よりも基礎運動をしていた横綱白鵬の姿に感化された。「強い人は基礎をたくさんやっているんだなと思った。自分も基礎をしっかりするようになってからケガをしなくなった」と基礎運動の大切さを身をもって経験。この日も、その成果を感じさせる軽やかな身のこなしで白星を挙げた。

優勝争いでトップに立ち、14日目は貴景勝との対戦が組まれた。新入幕の大関対戦は戦後13人目、快進撃しているからこその一番となり「思い切り、平常心で、挑戦者の気持ちでいくだけ」と待ち遠しそうに意気込んだ。幕内後半戦の藤島審判長(元大関武双山)も「大関相手にどんな相撲を見せてくれるか。熱戦を期待したい」と注目した。

106年ぶり、史上2度目の新入幕優勝が迫っているが「本当に意識はない。思い切りいくだけ」。無心の先に、偉業達成が待っている。【佐々木隆史】

◆翔猿正也(とびざる・まさや)本名・岩崎正也。1992年(平4)4月24日、東京都江戸川区生まれ。小学1年の時に東京・葛飾区の葛飾白鳥相撲教室で相撲を始め、埼玉栄高では3年時に全日本ジュニア体重別で優勝。日大の2学年先輩である遠藤を追って追手風部屋に入門し、15年初場所に「岩崎」のしこ名で初土俵。17年名古屋場所の新十両昇進を機に「翔猿」と改名。20年秋場所新入幕。家族は両親、兄(十両英乃海)。175センチ、131キロ。血液型A型。得意は押し。

◆新入幕の大関戦 戦後では12人の新入幕力士が大関と対戦して7勝10敗。00年夏場所の栃乃花、14年秋場所の逸ノ城は2大関に連勝しており、2日連続で大関戦勝利は逸ノ城が初めて。95年名古屋場所の土佐ノ海は、先の夏場所で14勝1敗で十両優勝をしたことから、新入幕ながら西前頭7枚目。番付上の関係から、初日に大関若乃花、2日目に横綱貴乃花と対戦した。

◆106年前の新入幕優勝 1914年(大3)夏場所は、新入幕で東前頭14枚目の両国が9勝1休で優勝(10日間制)。初日から7連勝で8日目は相手の寒玉子が休場(不戦勝制度がなく、相手が休めば自分も休場扱い)、9日目以降も2連勝。2場所連続優勝中だった横綱太刀山も負けなしだったが、9日目の関脇朝潮戦が預かり(物言いがついて判定できない取組)となり8勝1休1預かりで、勝ち星1つ両国に及ばなかった。

▽八角理事長(元横綱北勝海) 翔猿はタイミングが合ってうまく対応した。勝っている時は動きがいい。28歳ということは若くしての新入幕ではない。高校、大学でここ一番の力の出し方も知っているだろう。これまでの経験があるし度胸もあるような気がする。

翔猿(左)は隆の勝を送り出しで破る(撮影・柴田隆二)

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千代の富士優勝額が両国駅に「特別な思い」長男剛氏

元横綱千代の富士の優勝額除幕式で記念撮影を行う左からJR東日本の西山両国駅長、同社の中川千葉支社長、秋元梢、山中慎介、吉田沙保里、南部虎弾

大相撲の第58代横綱千代の富士の優勝額が8日、JR両国駅の西口改札内に設置され、同所で除幕式が行われた。

次女でモデルの秋元梢や、レスリング女子でオリンピック(五輪)3連覇の吉田沙保里さん、ボクシングの元WBC世界バンタム級王者山中慎介氏らが出席。

優勝額は14度目の優勝を果たした85年九州場所のもので、大きさは縦3メートル、横2メートル。千代の富士の故郷である北海道福島町の福島町総合体育館に飾られていたが、千代の富士の遺族から設置の相談があった。

千代の富士の長男、秋元剛さんは主催者あいさつで「昭和61年から34年の時を経て、大相撲ゆかりの地であるここ両国に優勝額が戻ってきたことに特別な思いが込み上げてきます」と万感の思いを語った。

現在の九重部屋を率いる九重親方(元大関千代大海)は、来賓あいさつとしてコメントを寄せた。「師匠が勝ち星を重ねて獲得された31枚の優勝額のうちのこの1枚、昭和の横綱千代の富士の筋骨隆々の肉体から繰り出される稲妻のような上手投げ、美しい土俵入りの姿をいつまでも語り継がれることを願います」。先代九重親方の千代の富士が膵臓(すいぞう)がんにより61歳で死去し、部屋を継承して4年が経過。この日は日本相撲協会の規制で出席できなかったが「これからも師匠の相撲道を受け継ぎ、部屋の繁栄、相撲の発展に変わらず努力してまいります」と、師匠としての意気込みを語った。

東京・両国国技館の最寄り駅である同駅に飾られている優勝額では14年3月以来の設置で三重ノ海、2代目若乃花、武蔵丸、白鵬の4横綱に続いて5枚目となった。【佐藤礼征】

JR両国駅西口改札内に飾られた元横綱千代の富士の優勝額
元横綱千代の富士の優勝額除幕式で記念撮影を行う左から長男の秋元剛さん、夫人の秋元久美子さん、次女の秋元梢さん、長女の秋元優さん

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初の角界映画「相撲道」境川と高田川に半年密着

10月30日公開の大相撲ドキュメンタリー映画「相撲道」のポスター(2020「相撲道~サムライを継ぐ者たち~」製作委員会提供)

大相撲のドキュメンタリー映画「相撲道~サムライを継ぐ者たち~」が10月30日から公開されることが31日、分かった。東京・墨田区のTOHOシネマズ錦糸町で10月30日から、中野区のポレポレ東中野で同月31日で始まり、ほかに全国で順次公開される。制作会社によると、過去には初代若乃花など特定の力士に焦点をあてたドキュメンタリー映画はあるものの、大相撲全体をとらえる映画は初めて。俳優の遠藤憲一がナレーションを務める。

18年12月から19年6月の半年間、元大関豪栄道(現武隈親方)らが在籍する境川部屋と、前頭竜電らが在籍する高田川部屋に密着した。朝稽古や独特な相撲部屋での日常生活、本場所での激闘などを歴史、文化のさまざまな角度からひもとく。相撲漫画家の琴剣淳弥さん(60)もコーディネートプロデューサーとして作品に加わり、劇中画を描き、自身も本編に登場する。

メガホンを取ったのは「マツコの知らない世界」をはじめ長年テレビの演出家として活躍し、本作が映画初監督作品となる坂田栄治氏。坂田氏は「映画完成直後、新型ウイルスにより世界は変わり、大相撲の風景も変わりました。あの数カ月間、力士たちの激闘と観客の大声援を両国国技館で撮影できたのは偶然の奇跡。大迫力の大相撲の感動と、力士たちのドラマをぜひ劇場で体感してほしいです」とコメントした。

武隈親方は「相撲は、裸一つでぶつかり合う、シンプルでわかりやすい究極の闘いです。それが人の心を揺さぶり、奮い立たせてくれるのだと思います。若い世代にも、日本の伝統を守っている力士の姿を、劇場で見てほしいです」と呼びかけた。

竜電は「長期間の密着は初めての経験でした。所作の美しさ、力士の個性あふれる着物姿、武器を持たず自分の体だけで勝負する、語り尽くせない相撲の魅力を、相撲ファンはじめ、まだ相撲を知らない方や子どもたちに、映画を通じて感じてほしいです」と話した。

琴剣さんは「大相撲を体験した者としてお薦めできる映画。相撲界の“伝統”“厳しさ”の映像美そして音響の106分。この映画を見終わったあと、きっとあなたも国技館へ行きたくなっているでしょう」とコメントした。

10月30日公開の大相撲ドキュメンタリー映画「相撲道」で特集された幕内力士の竜電(2020「相撲道~サムライを継ぐ者たち~」製作委員会提供)
10月30日公開の大相撲ドキュメンタリー映画「相撲道」で特集された元大関豪栄道の武隈親方(2020「相撲道~サムライを継ぐ者たち~」製作委員会提供)

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横綱千代の富士の優勝額がJR両国駅改札内に設置へ

JR両国駅西口改札内に千代の富士の優勝額が設置されるイメージ(JR東日本提供)

大相撲の第58代横綱千代の富士の優勝額が9月8日からJR両国駅西口の改札内に設置される。26日、JR東日本が発表した。

14度目の優勝を果たした85年九州場所の優勝額で、大きさは縦3メートル、横2メートル。東京・両国国技館の最寄り駅である同駅に飾られている優勝額では14年3月以来の設置で三重ノ海、2代目若乃花、武蔵丸、白鵬の4横綱に続いて5枚目になる。JR東日本によると、千代の富士の遺族から設置について相談があったという。

設置を記念して、秋場所(両国国技館)初日の9月13日から駅構内で記念展が開催されることも決まった。設置日までに除幕式が行われる予定だが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により関係者のみで行われる。

90年11月 31回目の優勝を果たし、賜杯を手にする千代の富士

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若隆景「びっくり」5日連続で佐渡ケ嶽部屋勢と対戦

若隆景は琴勇輝(左)を押し出しで下す(撮影・小沢裕)

<大相撲7月場所>◇5日目◇23日◇東京・両国国技館

西前頭14枚目の若隆景(25=荒汐)が、同17枚目の琴勇輝(29)を押し出した。

初日から5日間連続で、佐渡ケ嶽部屋の力士との対戦だった。

初日から琴奨菊、琴勝峰、琴恵光に3連敗したが、4日目から琴ノ若、琴勇輝に連勝。2勝3敗とした。

若隆景は「昨日、5日目の割(取組表)を見て、びっくりしました」とコメント。佐渡ケ嶽部屋勢が幕内13~17枚目までに5人もひしめいていることが珍現象のきっかけになった。

初日から同部屋力士と5日連続で対戦があったのは、1995年(平成7年)九州場所の湊富士(現在の湊親方)以来。当時、西前頭5枚目だった湊富士は初日から東前頭5枚目浪乃花、大関貴ノ浪、大関若乃花、横綱貴乃花、西前頭7枚目安芸乃島という二子山部屋勢と対戦し、横綱に敗れただけで4勝1敗とした。この場所は8勝7敗で敢闘賞受賞している。

若隆景(左)は琴勇輝を押し出しで破る(撮影・柴田隆二)

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35代木村庄之助、愛犬カラニとの散歩で健康維持

35代木村庄之助の内田順一さん

大相撲行司の最高位、35代木村庄之助の内田順一さん(73)は、規則正しい生活に加え、愛犬との散歩で健康を維持している。

毎日午後2時から愛犬「カラニ」と約20分、その後も1人で約30分、近所を歩いている。立行司になってから1度も差し違えたことがない名行司は、今も元気いっぱいだ。

◇  ◇  ◇

千葉県市川市の閑静な住宅街で、35代庄之助の内田さんは生活している。2011年9月に日本相撲協会を退職してからは、約4キロやせて体重は56キロ。規則正しい毎日を心掛けている。

「朝は5時に起きて、テレビを見ています。朝食は6時半くらい。パン、コーヒー、野菜。昼は麺類。夜はご飯は1杯まで。それ以上は入らないけど、満腹にならないようにしています。寝るのは午後11時すぎですね」

朝食後、NHKの連ドラを見て、昼ごろまでは新聞のクロスワードを解いているという。「頭を使ってます。シミはあるけど、趣味はないよ(笑い)」と得意の駄じゃれで笑わせた。

行司を務めていた時は、足さばきが大事だったこともあり、時に膝が痛むものの、足腰はしっかりしている。「午後2時から犬を連れて20分くらい。犬を家に入れてから、1人で30分くらい歩きます。食後2時間くらいがいいと、(医師の)先生に聞いています。散歩といっても速足で歩くので、汗をかきますね」。愛犬はチワワで、名前は「カラニ」。「名前は、息子がハワイのサーファーからとった。もう今年で11歳です」。

初代若乃花にあこがれ、中学卒業時に角界入り。力士と違って、行司は基本的に年功序列。1962年5月の初土俵から、一人前とみなされる十両格に昇進するまで20年以上かかった。2007年5月に立行司に昇進。37代式守伊之助を襲名し、その1年後には35代木村庄之助に上り詰め、最高位を3年以上も勤め上げた。立行司として、差し違えは1度もない。「それが見せどころだからね。微妙な相撲もあったけど、集中力もありました」と振り返る。

現在の相撲界では、立行司は41代伊之助のみで、庄之助は不在。力量が認められなければ、空位は埋まらない。「横綱が2人いるから、庄之助と伊之助がいないと格好がつかない。よく(一般の人から)聞かれるんですよ。『なぜ今は庄之助がいないのか』って」。陰ながら、後輩たちの健闘を願っている。【佐々木一郎】

◆35代木村庄之助 本名・内田順一(うちだ・じゅんいち)。1946年(昭21)10月29日、宮崎県生まれ。62年5月初土俵。84年1月に十両格、94年1月に幕内格、06年三役格。07年5月に37代式守伊之助、08年5月に35代木村庄之助を襲名した。11年9月、定年退職。10年九州場所2日目、稀勢の里が白鵬の連勝を63で止めた取組が思い出の一番。

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貴景勝に花田氏驚き、故障時心境からお笑いまで語る

貴景勝(2020年1月25日撮影)

大相撲の大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が6日、AbemaTV放送の「大相撲ABEMA場所~記憶に残る名勝負100連発~ 三日目」にリモートで生出演した。3代目元横綱若乃花の花田虎上氏と初共演。前師匠、元横綱貴乃花の兄に自粛生活が続く近況について問われ「相撲につながる栄養学、睡眠学を勉強している」と話し、花田氏を感嘆させた。

昨年は華々しく大関昇進を果たした一方で、右膝負傷の影響による2場所連続の休場で、関脇陥落も経験した。花田氏に「けがのトレーニング方法についてお話はできないと思うが、若い子どもたちに、けがをしてこんなモチベーションで頑張ってほしいという気持ちを教えていただけますか」と質問されると、貴景勝は「今まで自分はけがして休場したときもあったが、治した瞬間に強くなる時期が何度もあった。去年もけがで大関に落ちたときも、9月(秋場所)復帰したときも自分の弱さに気づいた。『我に怪しい』と書いて『怪我』。自分の弱いところを認めるいい時間だった。自分にとってネガティブなことが起こったときに、精神的な強さが得られると思う」と回答。自身の相撲道を語った。

「武士道精神」を重んじ、土俵上では一喜一憂しないことで知られる貴景勝だが、土俵外での振る舞いについて話題が及ぶと「普段は無口ではない。まわしを締めたら変えていかないといけない」と説明。土俵内外での切り替えの重要性を強調した。一方で「お笑い番組とかもよく見る」と明かすと、番組MCの清野茂樹アナウンサーに好きなお笑い芸人を問われ「最近はアインシュタインが面白い」と告白。今年4月に東京進出を果たした売れっ子芸人の名前が挙がり、スタジオの花田氏、清野アナウンサーは「おーっ!」と興奮気味に声を上げた。

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正代が花田氏にネガティブ真相明かす「あれは保険」

正代(2019年8月7日撮影)

大相撲の関脇正代(28=時津風)が6日、AbemaTVの「大相撲ABEMA場所~記憶に残る名勝負100連発~ 三日目」にリモートで生出演した。7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けた調整について「体のケアに気をつかいながらやっている。筋力強化、ここを強くしたいというところをいつも以上にやっている」と明かした。

番組解説の3代目元横綱若乃花の花田虎上氏には「ネガティブ」ともいわれている性格の真相について問われた。正代は「あまり好戦的ではないだけだと思う。大きいこと言った後に負けたら恥ずかしいので“保険”をかけているだけ。負けず嫌いではあるけど、負けた後のことを考えちゃう」と説明した。

1月の初場所では幕尻の徳勝龍と優勝争いを繰り広げたが、惜しくも初優勝を逃した。「めちゃくちゃ悔しかった」と正代。3月の春場所では関脇として初めて勝ち越すなど、成長著しい28歳は7月場所へファンに向けて「期待せずに応援してください」と、控えめに意気込みを語った。

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貴乃花が幕下最年少Vで旋風/夏場所プレイバック

89年5月21日、幕下で初優勝し賞状を手にする貴乃花(左から2番目)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった5月24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。13日目は、記録達成でスター誕生の瞬間です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇13日目◇1989年5月19日◇東京・両国国技館

数々の史上最年少記録を塗り替えてきた、のちの「平成の大横綱」貴乃花が、最初の若年記録を打ち立てた記念日となった。

初めて番付にしこ名が載った88年夏場所の序ノ口から、わずか1年。所要6場所で初めて東48枚目の番付で幕下に上がった貴花田が、快進撃で白星を重ねる。全勝同士で優勝をかけた最後の7番相撲も、宮田(のち前頭龍興山=出羽海)を寄り倒し7戦全勝。柏戸(元横綱)が持つ17歳6カ月の記録を更新する、16歳9カ月での史上最年少幕下優勝を遂げた。右78キロ、左80キロで当時の横綱大乃国をも上回る握力で、前みつを引き猪突(ちょとつ)猛進の攻めで制した。

1面を飾った本紙の写真と見出しが、スピードスターぶりを絶妙に表現している。貴花田が両国から中野の部屋に戻る電車移動。途中、御茶ノ水駅で各駅止まりの総武線から中央線快速に乗り換え。その写真にかぶせて「御茶ノ水で乗り換え『関取快速』だね」の見出し。写真の絵解きも「自分の出世に合わせるように『特別快速』に乗り換えた」とある。

その予見が現実のものとなる。2場所後の同年秋場所。西幕下9枚目で再び7戦全勝優勝し新十両昇進が決定。今度は史上最年少関取の座をものにした。その後も新入幕、初金星、幕内優勝、年間最多勝、大関昇進、全勝優勝…と次々に最年少記録を更新。親の七光など通じない世界で兄若花田(のち横綱3代目若乃花)とともに、父で師匠の藤島親方(元大関貴ノ花、のち二子山親方)の背中を追った貴花田。空前の相撲フィーバーを呼んだ、快進撃の始まりがこの日だった。

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武双山、214日ぶり勝ち越し/夏場所プレイバック

95年5月21日、大相撲夏場所の殊勲賞と敢闘賞を受賞した武双山

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった5月24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。11日目は、ケガから完全復活した大関候補(当時)です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇11日目◇95年5月17日◇東京・両国国技館

13勝を挙げた94年秋場所以来、214日ぶりに怪物武双山が勝ち越しを決めた。大関候補から一転、度重なるケガにより平幕に陥落して2場所目。大関若乃花の右からのおっつけを、右からおっつけ返して押し出しで破る会心の相撲で完全復活を証明した。「久しぶりですからね、勝ち越すのは。場所前はとにかく勝ち越せればと、それだけ考えていましたから」と笑顔を見せた。

関脇だった昨年秋場所は優勝次点で、大関とりが期待された同年九州場所前に左肩を亜脱臼した。以降、脱臼の再発を繰り返し、思うような力が出せず。年明けの初場所は途中休場、春場所は全休と歯がゆい思いが続いた。そして満を持して出場した今場所でようやく勝ち越し。取組後の支度部屋で、場所前の連合稽古で胸を借りた横綱曙から「おめでとう。よかったな。完全復活したな」と声をかけられ、頭を下げた。

13日目には横綱貴乃花から金星を獲得するなどして11勝を挙げた。さらに殊勲賞と敢闘賞を獲得。千秋楽を白星で飾れなかったが「勝ち越しが目標だったけど、やっぱりうれしいですね」と勝ち越しと三賞獲得、そして自身の復活の喜びをかみしめた。

この時の武双山は、まだ入門3年目。大関昇進は、この5年後のことだった。

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歴史的返り入幕の照ノ富士「やめたい」陥落後の苦悩

照ノ富士(2020年3月17日撮影)

中止になった大相撲夏場所の番付で、歴史的な返り入幕を果たした東前頭17枚目の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が31日、NHKに出演し近況などを語った。

NHKは同日午後4時10分から「大相撲特別場所~テレビ桟敷へようこそ~」を放送。中止になった夏場所にかわり、前週から毎週日曜日に、3週にわたり放送するもので、2回目のこの日は「しのぎを削ったライバルたち」と題して、88年放送の「名勝負 栃錦・若乃花」、92年放送の「柔と剛~柏鵬の時代(大鵬・柏戸)~」「綱とり三つ巴の戦い~北の富士・玉の海・琴桜」の3番組を再構成して放送された。

その番組冒頭で照ノ富士が都内の自宅からリモート出演。現在の心境などを語った。

Q2年半ぶりの幕内復帰を果たした心境は

照ノ富士 そうですね、ちょっと長かったと思います。

Q陥落したのは膝のケガだけが原因ではなかった

照ノ富士 糖尿病、C型肝炎と腎臓と3つが重なってしまい、どう頑張っても力が出なかったし、筋肉も落ちました。それを徐々に、徐々に治して頑張りました。

Q陥落して現役をやめようと思ったことは

照ノ富士 正直、大関から落ちた時に、親方(伊勢ケ浜親方=元横綱旭富士)に「やめたい」と。それから5回ぐらい「やめさせてください」と親方に言いました。

Q師匠は何と

照ノ富士 最初に病気を治してからでないと話にならない、と。病気を治してから(その)話はしようと言われました。

Q復帰には師匠の存在が大きかった

照ノ富士 そうですね、いちばん大きかった。

Q優勝も大関にもなって序二段に落ちた

照ノ富士 やっぱり大関になって、横綱も近いと言われてましたからプライドもある。そのプライドを捨てられるか。関取ではない、序二段の土俵でプライドを捨てて相撲を取れるか。一番きつかったのはプライドを捨てられなかったこと。付け人もいない、ゼロから自分でやらなければいけない。

Qそこからどう切り替えたか

照ノ富士 知り合いの人に言われました。自分で思っている以上に、他の人は気にしてないから、と。(照ノ富士は)頑張っているんだ、という目でしか見てないから、もう1回、頑張ればいいじゃないかと。

Q今はどんな稽古を

照ノ富士 (土俵に)復活してから、上半身をメインに筋トレなど。膝は(まだ)3割ぐらいしか戻っていない状態で幕内に上がった。幕内は、そうはいかない(甘くない)から脚をメインに(筋トレなどを)やり続けています。

Q今、力士たちは外出できない中、自宅ではどんな生活を

照ノ富士 ノンビリ家で過ごしています。昔のビデオを繰り返し見たり、道具を買って脚を鍛えたりもしています。(室内筋トレ用の)バイクも買って1時間ぐらい乗ってます。

Q幕内優勝も経験して大関にもなった。次の目標はどこに置いているか

照ノ富士 幕内に上がった以上、落ちるわけにはいかない。年を取っているわけではないので、若手の一人と(いう思いは)自分の中にはある。上位で暴れてみたいです。

Q最後に本場所を楽しみにしているファンへ

照ノ富士 今、コロナで厳しい時期ですけど、力士のみなさんは、それぞれ頑張っている。7月は名古屋でなく東京で開催されますが、そのときは応援、よろしくお願いします。

大関を14場所務めた照ノ富士は、18年初場所を最後に幕内から陥落。その3場所後には十両からも陥落した。4場所連続全休し、手術もした両膝の治療とリハビリ、内臓疾患を治療。19年春場所、西序二段48枚目で本場所の土俵に復帰した。幕下優勝含む32勝3敗の成績で、今年初場所には再十両を果たし関取復帰。先場所、東十両3枚目で10勝5敗の好成績で、18年初場所以来14場所ぶりの再入幕を果たした。元幕内力士が序二段まで降下した後、幕内復帰を果たしたのは史上初という、歴史的な返り咲きだった。

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