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井筒親方が聖火ランナー トーチの重さは白鵬関の太刀持ちと「一緒くらい」

土俵入りする白鵬(中央)。左は太刀持ち豊ノ島(現井筒親方)、右は露払い臥牙丸(2014年2月9日撮影)

大相撲の井筒親方(37=元関脇豊ノ島)が19日、出身地の高知・宿毛市で東京五輪の聖火ランナーを務めた。聖火リレーは同日、高知県での初日を迎え、高知市の坂本龍馬像前からスタートし、井筒親方が最終ランナーとしてゴールした。約200メートルを走りきり「こういう経験はなかなかできることではないので、いい経験をさせてもらいました」と振り返った。

ゴール後は、トーチを持ったまま市長あいさつなどのセレブレーションがあったため「手がプルプル震えて、でも、持ち替えたら失礼だと思って…。白鵬関の太刀持ちをやらせてもらった現役時代を思い出しました。(重さは)一緒くらいかな」と苦笑いした。ユニホームは、元力士という体形の事情もあり、特注を用意してもらったという。

五輪開催に向けての考えは、コロナ禍という事情を考慮してコメント。「本当に難しい。新型コロナウイルスがまん延している中、慎重にならないといけない面もあります。勝負の世界に生きてきた人間としては、選手が輝ける場があったらいいなと思います」と言葉を選びながら、心境を口にした。

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感染禍の相撲協会 春場所休場の協会員を発表/一覧

両国国技館の外観(2020年5月4日撮影)

日本相撲協会は13日、春場所(14日初日、東京・両国国技館)を休場する協会員を発表した。

15日間を全休する協会員は以下の通り。

山響部屋:力士全員(13人)、山響親方(元前頭巌雄)、小野川親方(元前頭北太樹)、床朝(床山)、大将(呼び出し)

尾上部屋:力士全員(15人)、尾上親方(元小結浜ノ嶋)、佐ノ山親方(元前頭里山)、音羽山親方(元前頭天鎧鵬)、床浜(床山)

富士ケ根親方(元小結大善)、武隈親方(元大関豪栄道)

11日に新型コロナウイルス感染が判明した山響部屋付きの小野川親方、尾上部屋付きの音羽山親方に加えて、濃厚接触の可能性があるそれぞれの部屋の協会員が15日間を休場することになった。山響部屋、尾上部屋の協会員の他には、協会の公式ユーチューブチャンネルで小野川親方や音羽山親方と共演した富士ケ根親方、武隈親方も濃厚接触の可能性があるとして休場することが決まった。

また、小野川親方と音羽山親方と同じく協会の社会貢献部に所属する以下の親方衆は、経過観察期間として4日目まで休場する。

竹縄親方(元関脇栃乃洋)、高崎親方(元前頭金開山)、三保ケ関親方(元前頭栃栄)、岩友親方(元前頭木村山)、不知火親方(元小結若荒雄)、阿武松親方(元前頭大道)、熊ケ谷親方(元前頭玉飛鳥)、押尾川親方(元関脇豪風)、秀ノ山親方(元大関琴奨菊)、楯山親方(元前頭誉富士)、荒汐親方(元前頭蒼国来)、清見潟親方(元関脇栃煌山)、春日山親方(元前頭武州山)、北陣親方(元前頭翔天狼)、井筒親方(元関脇豊ノ島)

報道陣の電話取材に応じた芝田山広報部長(元横綱大乃国)によると、濃厚接触の可能性がある上記の親方衆は13日にPCR検査を受け、全員が陰性だった。

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正代「開放された感じ」かど番脱出で次はV争い

遠藤(後方)を下した正代(撮影・河野匠)

<大相撲初場所>◇10日目◇19日◇東京・両国国技館

大関正代(29=時津風)が勝ち越してかど番を脱出し、2敗を守った。相撲巧者の遠藤と激しい攻防。最後は突き落としで、物言いがつく際どい勝負を制した。9日目に初黒星の西前頭筆頭大栄翔は、引きずらずに1敗をキープ。優勝争いは、この2人を3敗の朝乃山、明生、逸ノ城が追う展開となった。

  ◇   ◇   ◇

無邪気な笑顔だった。引き揚げた西の花道、出迎えた井筒親方(元関脇豊ノ島)に「おめでとう」と声をかけられた正代は、思い切り表情を崩した。「相撲内容が危なかったのもありますが、緊張から解き放たれた表情が出たんじゃないかと思います」。抑えられない感情があふれ出た。

勝ち越し、かど番脱出をかけた一番も「苦難」だった。遠藤と立ち合いから激しい差し手争い。先に上手を許した苦しい体勢を左からすくって、必死に立て直す。最後は土俵際で倒れ込むように突き落とし。物言いがついたが「軍配通り正代」のアナウンスに今までにない安堵(あんど)感が押し寄せた。

「今までの、どの勝ち越しもうれしいが、その中でも表現しにくいがうれしいというよりホッとした。ずっと息苦しさがあった。場所前から追い込まれて精神的に余裕なかったんで、解放された感じです」

先場所、新大関の晴れ舞台で左足首を痛めて途中休場した。休場は初めての経験。いきなりのかど番に昨年末、「正直、あせりと不安はあります。変に意識せずとは思うが、早くかど番を抜けて心に余裕を戻したい」と明かしていた。苦労してつかんだ地位を手放してしまうかもしれない危機。その重圧も、大関になって初めて知った。

コロナ禍で不要不急の外出禁止。気分転換もできないが、正代には逆に好都合だった。「外出禁止は逆にいいかもしれない。自分の時間に集中できる」とも話していた。もともと、外向的ではない。部屋でゆったり、好きなアニメを見て不安な心を和らげてきた。

1つの目標をクリアし、次は大関として「優勝争い」が待つ。大栄翔を1差で追う、残り5日。「残り全部勝てるように集中し直して頑張っていかないといけないですね」。かど番を抜け、2度目の賜杯への戦いに立ち向かう。【実藤健一】

▽1敗 大栄翔

▽2敗 正代

▽3敗 朝乃山、明生、逸ノ城

遠藤(下)を突き落としで破る正代(撮影・河田真司)
遠藤を突き落としで破り、懸賞金の束を手に土俵から引き揚げる正代(撮影・河田真司)

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徳勝龍「史上最高インタビュー」大相撲この1年前編

優勝インタビューで笑顔を見せる徳勝龍(2020年1月26日撮影)

2020年が間もなく終わる。コロナ禍にあったこの1年は、相撲界でもさまざまなことが起きた。角界での「印象に残った10の言葉」を、1月から順に紹介する。まずは前編。【取材・構成=佐々木一郎】

(1)「自分なんかが優勝していいんでしょうか?」(徳勝龍、1月26日)

今年の本場所は、幕尻だった徳勝龍の番狂わせから始まった。千秋楽、大関貴景勝を寄り切り、あれよあれよという間に優勝をさらった。場内インタビューでの第一声が「自分なんかが優勝していいんでしょうか?」。国技館内が柔らかな笑いに包まれた。優勝争いの意識を聞かれても「意識することはなく…。ウソです。めっちゃ意識してました」と漏らして笑いを誘った。徳勝龍の人柄が多くの人に知られるきっかけになり、「史上最高の場内インタビュー」と指摘する声も多い。

(2)「師匠の男っぷりの良さをこれからも見習っていきたい」(豪栄道、1月29日)

大関豪栄道が初場所後に引退を発表し、会見で話した言葉。大関からの陥落が決まったが、次の場所で10勝すれば大関に復帰できる。しかし、潔く引退を決めた。師匠の境川親方(元小結両国)からは「弱音を決して吐かない、ど根性は誰よりも持っていた男」との言葉を贈られた。年寄「武隈」を襲名。2日後には年寄総会にスーツ姿で現れ、師匠から贈られた、バックルが「G」のいかついベルトも話題になった。

(3)春場所初日の協会あいさつ(3月8日、八角理事長)

3月の春場所(エディオンアリーナ大阪)は無観客で行われた。初日恒例の協会あいさつは、幕内力士と審判部の親方衆が土俵下に整列し、土俵の中央で八角理事長(元横綱北勝海)が正面を向いて言葉を発した。以下、全文を記載する。

「初日にあたり謹んでごあいさつを申し上げます。

公益財団法人日本相撲協会は、社会全体でコロナウイルス感染症の拡大を防いでいる状況を勘案し、また何より大相撲を応援してくださる多くのファンの皆さまにご迷惑をかけることは決してできないと考え、大相撲3月場所を無観客で開催させていただくこととなりました。

本場所を楽しみにお待ちいただいておりました多くの皆さまには大変なご迷惑とご心配をおかけすることとなりましたが、何とぞご理解を賜りますようお願いを申し上げます。

またコロナウイルスに感染した皆さまには一時も早いご回復をお祈り申し上げます。このようなお客さまのいない本場所となり、力士にとっても気持ちを整えるのが難しい、非常に厳しい土俵となりますが、それでも全力士は全国各地で応援してくださっている郷土の皆さまやファンの方々の歓声や声援を心に感じ、精いっぱいの土俵を務め、テレビでご観戦の皆さまのご期待にお応えするものと存じます。

古来から力士の四股は邪悪なものを土の下に押し込む力があるといわれてきました。また横綱の土俵入りは五穀豊穣(ほうじょう)と世の中の平安を祈願するために行われてきました。力士の体は健康な体の象徴ともいわれています。

床山が髪を結い、呼び出しが柝(き)を打ち、行司が土俵を裁き、そして力士が四股を踏む。この一連の所作が人々に感動を与えると同時に、大地を静め、邪悪なものを抑え込むものだと信じられてきました。

こういった大相撲の持つ力が日本はもちろん、世界中の方々に勇気や感動を与え、世の中に平安を呼び戻すことができるよう協会員一同一丸となり、15日間全力で努力する所存でございます。何とぞ千秋楽まで温かいご声援を賜りますようお願い申し上げ、ごあいさつといたします。

令和2年3月8日 公益財団法人日本相撲協会理事長 八角信芳」

4分21秒にも及ぶ異例の長さだったが、感動的なスピーチは好評を得た。YouTubeの日本相撲協会公式チャンネルで映像が見られるので、ぜひ視聴していただきたい。

(4)「最後の場所は無観客でしたから、引退相撲の時は多くの人に『豊ノ島~』って声をかけていただきたいですね」(豊ノ島の妻沙帆さん、4月18日)

4月17日に豊ノ島が引退を発表した。春場所は東幕下2枚目で勝ち越せず、関取復帰はならなかった。三役経験者の名力士の引退だったが、コロナ禍にあって記者会見はなし。当時はまだ協会のオンライン対応もなく、代表社による電話取材でコメントを出すだけだった。本来なら、映像が残る節目の会見になるはずだったが…。発表の翌日、妻の沙帆さんに電話インタビューをお願いすると、冒頭のコメントが出た。現役最後の場所は無観客、引退会見は電話のみ。さみしい引き際だが、最後の晴れ舞台がある。引退相撲は2022年5月28日を予定している。

(5)「いつもあと何場所で写真がなくなるか、考えていた。なくなる前にもう1つ飾りたかった」(照ノ富士、8月2日)

7月場所は名古屋でなく、国技館で行われ、照ノ富士が優勝した。千秋楽の取組を終えると、照ノ富士は土俵下で館内を見上げていた。なぜかは分からなかったが、その後のこのコメントで事情が分かった。ケガなどの影響で大関から序二段まで陥落し、14場所ぶりに幕内復帰して優勝。国技館の優勝額は、直近の優勝力士32人が掲額される。照ノ富士にとっては31場所ぶりの優勝だったため、気持ちはよく分かった。11月場所は優勝争いを繰り広げ、来年の初場所は関脇で臨む。来年は何枚、優勝額を飾るだろうか。

引退を報告する境川親方(右)と元大関豪栄道の武隈親方(2020年1月29日撮影)

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正代「精神的余裕なかった」11月途中休場振り返る

ゴムチューブを使ってトレーニングする大関正代

大相撲初場所(来年1月10日初日、東京・両国国技館)をかど番で迎える大関正代(29=時津風)が11日、途中休場した11月場所をあらためて振り返った。

新大関で迎えた同場所で、左足首を負傷して5日目に休場。負傷した要因を問われると「11月場所から始まってちょっと精神的に余裕がなかった。ギリギリの相撲があった。それがケガにつながったと思う」と分析した。現在は痛みもないといい「自分の体と相談して」相撲を取る稽古を再開するという。

この日は負傷した左足首にテーピングを施し、すり足やゴムチューブを使ったトレーニングで汗を流した。「今はジムに行ったらいけない。行きたいけど、今は変にトレーナーを呼ぶ訳にもいかない」と新型コロナウイルス感染拡大の影響で、トレーニング内容にも変化。今は「YouTubeがあるので、いろんな情報を見られる。いいものを探してやってみて、自分に合うものをって感じです」と動画サイトを有効活用している。

新型コロナの影響で、年末年始の地元・熊本への帰省は自粛する。それだけに「餅つきでも部屋でできたらいい。みんないるのなら餅つきぐらいしたいです」と、部屋関係者らとの餅つきを希望した。時津風部屋では年末年始に餅つきをする習慣がないという。部屋付き親方の井筒親方(元関脇豊ノ島)も「俺もいいと思う。コロナでこんな時期でみんな部屋にいる訳だし」と、つかの間の息抜きになれば、という思いをみんなが持っている。

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琴奨菊引退「ホッとしてる いい時ばかりでない」父

豊ノ島(左)にとったりで敗れた琴奨菊(2016年1月22日撮影)

大相撲の元大関琴奨菊が11月場所8日目の15日に引退し、年寄「秀ノ山」を襲名した。元琴奨菊の父、菊次一典さん(65)が電話取材に応じ、心境を明かした。【取材・構成=佐々木一郎】

--琴奨菊引退が発表された。本人からどのように連絡がありましたか

「おととい(13日)の夜12時前に電話がありました。師匠と話して、引退を報告したと。実はその日の午前中に、祐未さん(琴奨菊の妻)から『一弘さんの最後の相撲になるかもしれません。見てください』と連絡がありましたので、腹をすえたんだなと思いました」

--琴奨菊関にはどう声をかけましたか

「自分で決めたなら、それでいい。よく頑張ったと伝えました」

--お父さまにとって一番の思い出は何ですか

「いっぱいありますが、優勝した場所で、豊ノ島に負けたことです。あの豊ノ島戦が心に残っています」

--負けた相撲を挙げるのはなぜですか

「小中高とずっとライバルで親友だったけど、負けてしまった。でも、本人がそこから気持ちを持ち直して、最後の2日間連勝して優勝したんです。大樹くん(豊ノ島)とは縁があるなと。相撲を通して、一弘(琴奨菊)を育ててもらったなと思えました。実はその豊ノ島戦の前の晩、いつも本場所中は電話してこないんですが、一弘から『明日は全力を出し切る』というメールがきたんです。本人も意識しているなと思っていました」

--いつも観戦していたお父さんも、勝負の重圧から解放されるのでは

「正直言って、ホッとしています。いいときばかりではありませんから。これからは相撲を楽しく見ることができます」

--今後、親方として期待することは何ですか

「(後進を)育てたい気持ちは持っているようです。自分の相撲への気持ちを伝えていってもらいたい。そのためには、本人も勉強していかないといけません。しっかりと指導にあたってもらいたいですね。皆さま、今までご声援いただき、ありがとうございました」

琴奨菊の優勝に涙する父の菊次一典さん(奥)と母の美恵子さん(2016年1月24日撮影)
花道で豊ノ島(右)から祝福を受ける琴奨菊(2016年1月24日撮影)

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元琴奨菊の秀ノ山親方「勝っても最後に」一問一答1

大きく反り返る琴奨菊のルーティンワーク

大相撲で引退した元大関琴奨菊の秀ノ山親方(36=佐渡ケ嶽)が15日、オンライン会見に臨み、引退を決意した理由や今の心境を明かした。

秀ノ山親方は、現在開催中の大相撲11月場所で15年ぶりに十両に陥落。幕内返り咲きを狙ったが6日目終了時点で1勝5敗と振るわず、7日目の14日に休場届を提出し、引退の意向を固めた。

主な、一問一答は以下の通り。

-引退を決意した経緯は

秀ノ山親方 何とか頑張って応援してくれる方に結果を出そうと思ったけど、体が言うことをきかず、ここが自分の終わりかなと思って決断しました。

-6日目に「琴バウアー」をした

秀ノ山親方 自分ができることは全てやって、勝っても負けてもこの1番で終わろうと思っていましたので、応援してくれた方に感謝の気持ちが伝わればと思ったので。

-勝ってもやめるつもりだったのか

秀ノ山親方 そうです。前日に師匠に引退のことを考えている旨趣を伝えたけど、師匠からは一回ぶつかってみろと言われた。頑張ってみたけど、朝起きてみたら体が言うことを聞かず、両国国技館に行く車の中で「勝っても負けても最後にする」と師匠に伝えました。

-どんなことが胸にあったか

秀ノ山親方 なんとも言えないけど、まだできるなら相撲が取りたいというのが本音です。

-悔いはあるか

秀ノ山親方 やるべきことは全てしたけど、どうしても体が言うことを聞かないので。自分の相撲が取れないと感じたのでここで終わろうと決めました。

-今の心境は

秀ノ山親方 まだ慣れてなく、朝稽古場に行くとみんなが普段通りにしてるの見るとうらやましいです。

-家族へはどう伝えたか

秀ノ山親方 帰りの車の中で伝えた。妻の方は理解してくれて、子どもも理解してくれた。最後の相撲は家族を呼んで国技館で相撲を見せられたのはよかったです。中日のチケットを取ってたけど、そこまで続くか分からなかったので。

-大事にしてきたことは

秀ノ山親方 自分はご縁という言葉で、先代とのご縁と師匠とのご縁と、たくさんの方々とのご縁で佐渡ケ嶽に入って。ライバルにも出会えてここまでこられたので感謝です。

-思い出の一番は

秀ノ山親方 すごく聞かれると思って考えたけど、今思い出すのは幕下の時とか下の時に厳しく胸を出してくれた兄弟子とか師匠の思いとかライバルの存在が1番なので、どれがと言われたら苦労した時の方が思い出。思い出の一番は全てです。

-1番苦しかった時期はいつか

秀ノ山親方 いつも前向きだった。どこかにヒントがあるんじゃないかと思ってやっていた。

-原動力は何か

秀ノ山親方 ライバルの存在と同期生がどんどん上がっていって、自分も負けていられないと思って頑張ったことだと思います。

-稀勢の里関はどんな存在だったか

秀ノ山親方 土俵上は力を試される1番の相手と思ってぶつかって。1番の思い出は横綱との三番稽古で誰よりもぶつかったのが思い出です。

-それはどんな時間だったか

秀ノ山親方 無我夢中でくらいついた。気を抜いたら壊されるんじゃないかと思って、前日から備えたのが懐かしいです。

-井筒親方(元関脇豊ノ島)については

秀ノ山親方 小さい時から知っていて、いつも比べられるのが豊ノ島の存在で。先に新十両いかれて悔しい思いがあって、三役は私の方が早かったと思うけど、どんな時も意識して半枚でも上にあがろうという思いだった。

-3人の中で1番長く相撲を取った

秀ノ山親方 自分は納得いくまで取り切ろうと思ったので。

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正代なぜ稽古で人気者なのか…大関予言した元豊ノ島

初優勝を決め、賜杯を手に笑顔を見せる正代(代表撮影)

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)がついに賜杯を手にした。新入幕の翔猿に攻められ、追い詰められた土俵際で逆転の突き落としを決めた。13勝2敗の好成績で審判部の伊勢ヶ浜部長(元横綱旭富士)は八角理事長(元横綱北勝海)に大関昇進を諮る臨時理事会の招集を要請。恵まれた体を「ネガティブ」と言われた弱気な性格で生かせなかった大器が目覚め、初優勝と大関の夢を一気にかなえて涙した。

   ◇    ◇    ◇

正代の快挙を、時津風部屋付きの井筒親方(元関脇豊ノ島)は全く不思議がらなかった。「今年になって近い人には『(大関に)上がりますよ』と言っていた。地力がついている。(14日目に)朝乃山の体を浮かせたのはびっくりしたけど」と笑う。4月に引退したばかりで現役力士の目線には近い。「部屋の一員として、春場所の関脇での勝ち越し、7月の11勝で自信がついたんだと思う」と精神面の成長を語った。

場所前に師匠が不在となる異例の場所だったが「影響はなかった」という。師匠代行の枝川親方らが審判部の職務で不在でも、部屋付き親方として稽古場で目を光らせていた。

躍進を支えたのが、腰高ながら破壊力のある立ち合いの当たり。井筒親方も正代の入門当時から指摘してきたが「正代の場合は体を丸めることが逆にストレスになる」と気付き、ここ1年は矯正しなかったという。「人がまねできない新しいかたちだね」と認めた。

絶好の“稽古台”だからこそ成長できた。場所前には横綱鶴竜が出稽古に訪れ、巡業の三番稽古では横綱、大関陣に指名されることが多かった正代。井筒親方は「高いレベルでやってきて着実に力がついたんでしょう」と分析する。なぜ稽古相手として人気だったのか。「正代はあごを上げてるから、やってる方もいい稽古台になる。思い切り当たれるから」。のけ反るように胸から当たる立ち合い。かつては弱点と呼ばれたが、成長のきっかけとなった。【佐藤礼征】

2016年初場所殊勲賞の豊ノ島(左)と敢闘賞の正代(2016年1月24日)

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正代親戚の石川さゆり「母もおばも喜び」祝勝会約束

石川さゆり(2019年撮影)

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

秋場所で初優勝した関脇正代へ、親戚の歌手石川さゆり(62)から所属事務所を通じて祝福メッセージが送られた。「親戚」ではあるが、4年前の11月に正代が明かしたところによると「母方の祖母の兄の奥さんの妹の娘が、石川さゆりさんなんです」。正代の兄弟子、井筒親方(元関脇豊ノ島)が「ほぼ他人やん」と突っ込んだ「遠い親戚」ではあるが、優勝を機に演歌界の大御所と新大関はグッと距離が縮まるかもしれない。

 ◇    ◇

正代関 優勝おめでとうございます。

毎日の取り組みに、私の母も親戚のおば達も連日、「今日も勝った!明日も…」と大変な盛り上がり喜びようでした。

熊本の大変な日を過ごす皆さんにも大きな元気とエネルギーが届いたと思います。

拝見していましたよ!おめでとう(祝)!本当に良かった、おめでとうございます!!

今年のコロナ禍の日本に正代関の優勝が、積み上げる相撲が心沸き立つ元気を

日本中の皆さんにお届け出来たとしたら嬉しいですね。

どうぞ、優勝の喜びをかみしめ一層の精進で大関、横綱となられることを応援しています。

一緒に食事をした事ありませんが、お祝い会をしましょう。

おめでとうございます(祝)石川さゆり

(※原文のまま)

優勝賜杯を手にする正代(撮影・鈴木正人)

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正代が貴景勝撃破、天分の足運びに努力で馬力加え

懸賞金を受け取る正代(撮影・柴田隆二)

<大相撲秋場所>13日日◇25日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が悲願の初優勝に前進した。大関貴景勝との2敗対決を力強い立ち合いの踏み込みから、最後は突き落としで制した。関脇で2場所連続11勝と大関の座も見据えて残り2日。14日目の大関朝乃山戦にも勝てば、熊本出身力士初の優勝が大きく近づく。

   ◇   ◇   ◇

大関の圧力を自信を持って胸で受け止めた。「いい立ち合いができたと思います。思い切り当たることを意識していた。イメージしていた相撲がとれたと思います」と正代。下から突き上げるような貴景勝の出足を食らっても下がらず、左からおっつけ、最後は突き落としを決めた。

磨いてきた立ち合いの成果だった。新型コロナウイルスの影響で夏場所が中止になった。相撲の稽古もできない中、自身の相撲を見直す時間になった。「立ち合いの踏み込み、馬力を強化する意識があった。それが形になってきた。稽古が生きてきている」。

正代の立ち合いは低く頭からではなく、頭を上げて胸で受ける。その形の矯正は「癖もあるんで短い時間には改善できない」とし、「筋力アップしたら(踏み込みが)強くなるのかなと思って」独自の研究で下半身強化に取り組んだ。部屋付きの井筒親方(元関脇豊ノ島)が場所中の解説で正代について「相手に体を寄せる足の運びは天才的」と評していた。その天分に努力で得た馬力が加わった。

13勝の今年初場所、11勝の先場所と今年すでに2度も千秋楽まで優勝争いに絡んだ。その経験をへて「不思議なくらい(優勝争いを)意識できない」という。「経験させてもらったんで1月場所ほどの緊張やあせりはない。今のところ普通にやれている」。先場所も照ノ富士に勝った相撲でガッツポーズのような感情を爆発させる場面があったが、この日は大関に勝っても淡々と表情も変えない。

故郷の熊本は初の優勝力士誕生を心待ちにする。「自分の相撲で喜んでくれる人がいるなら頑張りたい」。その夢は今日14日目、大関朝乃山に勝てば現実に近づく。「けがなくあと2番。笑顔で部屋に帰れたらいいんじゃないですか」。かつて“ネガティブ力士”と言われた弱気はない。大関の座も見据え、勝負の2日間に臨む。【実藤健一】

▼八角理事長(元横綱北勝海) 今日の正代は下がらず強かった。左の使い方がうまく押っつけが効いた。変に気負わず冷静に集中しているようだ。立ち合いで押されないという自信がついたのでは。(優勝は)明日は朝乃山戦。まだまだ分かりません。

貴景勝(左)を突き落としで破る正代(撮影・小沢裕)

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降下の勢は東十両筆頭、千代丸は西十両3/新番付

勢(2020年7月23日撮影)

日本相撲協会は8月31日、開催を目指す大相撲秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。番付降下、改名、引退などの力士、年寄など協会関係者は以下の通り。なお、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、開催の可否や開催形態は理事会で決定する見込み。

【降下】

<幕内から十両>

勢(33=伊勢ノ海)西前頭9枚目→東十両筆頭

錦木(30=伊勢ノ海)東前頭16枚目→西十両筆頭

琴勇輝(29=佐渡ケ嶽)西前頭17枚目→東十両2枚目

琴ノ若(22=佐渡ケ嶽)西前頭13枚目→西十両2枚目

千代丸(29=九重)西前頭15枚目→西十両3枚目

<十両から幕下>

貴源治(23=千賀ノ浦)東十両13枚目→東幕下筆頭

千代の海(27=九重)東十両14枚目→東幕下2枚目

朝弁慶(31=高砂)西十両10枚目→東幕下4枚目

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

<幕下>

旭蒼天→玉正鳳(たましょうほう=片男波)

北勝陽→北勝輝(ほくとうき=八角)

福山→海乃島(かいのしま=藤島)

松山→出羽大海(でわたいかい=出羽海)

<三段目>

深澤→城雄力(じょうゆうりき=山響)

藪ケ崎→白旺灘(はくおうなだ=山響)

<序二段>

千田→禎ノ花(つぐのはな=阿武松)

鎌田→備巌山(びがんざん=山響)

北島→志摩錦(しまにしき=朝日山)

木山→旭天稜(きょくてんりょう=友綱)

大國里→大国岳(おおくにだけ=追手風)

福田→勝桂馬(しょうけいま=木瀬)

吉澤→大国山(おおくにやま=朝日山)

<序ノ口>

山本→錦丸(にしきまる=朝日山)

坂下→八百ツ富士(やおつふじ=伊勢ケ浜)

江面→良ノ富士(かずのふじ=伊勢ケ浜)

川口→千代烈士(ちよれっし=九重)

財部→千代天照(ちよてんしょう=九重)

中郷→千代泉志(ちよせんし=九重)

古澤→千代大和(ちよやまと=九重)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

深澤颯斗→城雄力颯人(じょうゆうりき・はやと=山響)

鎌田航海→備巌山雄一(びがんざんゆういち=山響)

旭蒼天万来→玉正鳳萬平(たましょうほう・まんぺい=片男波)

大國旭亮→大国岳翔太郎(おおくにだけ・しょうたろう=追手風)

松山大海→出羽大海友和(でわたいかい・ともかず=出羽海)

福田匠馬→勝桂馬大也(しょうけいま・ひろや=木瀬)

【出身地変更】

欧鈴木千晴(東京都葛飾区→千葉県鎌ケ谷市=鳴戸)

【引退年寄襲名】

蒼国来→荒汐

豊ノ島→井筒

栃煌山→清見潟

【引退】

希善龍、寺尾、青狼、徳真鵬、豪頂山、荒虎、白虎、旭勇幸、倉橋、駒木龍、勝武士(死去)、阿光、萬國、琴陸山、栄富士、照道、貴正樹、龍雅、峰雲、旭勝力、若青雲、山川

千代丸(2020年7月30日撮影)

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琴奨菊 連日の稽古、自宅の土俵が原点/プロに聞く

16年初場所で日本出身力士として10年ぶりの優勝を決めた琴奨菊

各界のプロフェッショナルの子ども時代や競技との出会いなどに迫る「プロに聞く」。今回は大相撲の幕内力士、琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が力士人生を振り返った。中学から親元を離れて相撲留学。7月場所で幕内通算勝利数も716に伸ばし、歴代単独6位となった関取最年長の大関経験者が、ジュニア世代にメッセージを送った。

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自宅の庭にある土俵が、琴奨菊の原点だ。小3で相撲を始めると1年後、相撲好きで熱心に応援してくれた祖父一男さんがつくってくれた。天候が良ければ1日2時間、四股やすり足で汗を流した。雨が降ったら土俵にブルーシートを敷いて土のうを置き、近所のグラウンドに移動。5キロ超のタイヤを引いて下半身を鍛えた。

「今と変わらず、相撲は生活の一部。放課後に友達と遊べないことが、ちょっとつらかったけど」。自宅での稽古に休みはなかった。休む場合は父一典さん(65)に「お伺い」を立てる必要があった。「『休ませてください』と言葉にするのも難しくて、ほとんど言ったことはないんですけどね」。角界入り後、当時通っていた小学校の担任教師は「(琴奨菊と同じ相撲大会に参加した)クラスのみんなは『毎日あれだけ稽古をやっている菊次君には勝てない』と言っていたぞ」と教えてくれた。それが印象に残っているという。

週に3回は、福岡・柳川市の自宅から車で1時間以上かかる久留米市の井上道場に通った。当時勝てなかった「県で一番強い宮崎君」がその道場にいたためだ。送り迎えは祖父がしてくれた。08年に76歳で亡くなったが「おじいちゃんが帰りにステーキをごちそうしてくれた。それがうれしかった」。支えてくれる家族を思うと「自分がここで逃げ出したらだめ」という気持ちが自然と湧いてきたという。

知人の勧めで中学校から高知の明徳義塾中に相撲留学した。全寮制で起床時間は6時ごろ。朝昼晩の先輩への給仕はもちろん、洗濯などの身支度は初めての経験だった。「生きる知恵は明徳の6年間で学んだ」。高知の山奥で遊ぶ場所はない。息抜きといえば、仲の良かった他の部活の同級生と、卓球で真剣勝負をすることだった。

アマチュアでは中学横綱、高校でも7タイトルを獲得した。相撲漬けの毎日だったが「苦しいとかつらいとか、あまり感じたことはなかった。『もっと強くなれるんじゃないか』というマインドの方が強かった」。在学中、福岡の両親に自ら連絡することはほとんどなかったという。「今思うとかなり気を使っていた。家族に心配をかけたくなくて」。36歳となった今でも、勝ち越した際や場所を終えた報告など、相撲に関する連絡が家族に対してはついつい遅れてしまう。「(連絡をするのは)身内が最後だと思っている。力士が終わったら、素直になれるのかな」。

高校を卒業して18年が経過した。7月場所前に同学年のライバル、元関脇豊ノ島(現井筒親方)が引退。気付けば関取最年長になった。同部屋では兄弟子の元大関琴光喜を追いかけ、同年代の力士には元横綱稀勢の里(現荒磯親方)や豊ノ島らがいたが、今はいない。「引っ張り上げてくれる人がいなくなって悩む時期もあった。今は自分が変わっていく過程が楽しくて、考えながら相撲の変化を楽しんでいる」。7月場所では、膝を伸ばした状態で手をつく新しい立ち合いで臨み、1年4カ月ぶりの勝ち越しを決めた。試行錯誤は続いている。

ジュニア世代の子に伝えたいことがある。「いつか負けちゃいけない場面が来る。相撲だけじゃなく、勉強や試験でここ一番が来る。今は負け続けてもいいので、そのときに備えてほしい」。16年初場所では、日本出身力士として10年ぶりの優勝を果たした。関取最年長の36歳は、現役へのこだわりを強く持っている。【佐藤礼征】

◆琴奨菊和弘(ことしょうぎく・かずひろ)本名・菊次(きくつぎ)一弘。1984年(昭59)1月30日、福岡県柳川市出身。小3から相撲を始め、高知・明徳義塾中で3年時に中学横綱。同高では国体など7タイトルを獲得した。02年初場所で初土俵を踏み、04年名古屋場所で新十両、05年初場所で新入幕。11年秋場所後に大関昇進。16年初場所で初優勝を果たす。17年春場所で関脇に陥落。三賞は殊勲賞が3回、技能賞が4回。181センチ、178キロ。得意は左四つ、寄り。血液型O。家族は夫人と1男。

明徳義塾高2年の時、全国高校相撲新人戦で日本一になった琴奨菊(左)
7月場所9日目に歴代単独6位の715勝目を挙げた琴奨菊(右)

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元蔵玉錦の安達敏正さん葬儀、井筒親方らが別れ

都内で行われた元前頭蔵玉錦の安達敏正さんの葬儀

大相撲の元前頭蔵玉錦(ざおうにしき)の安達敏正(あだち・としまさ)さんの葬儀・告別式が13日、東京・葛飾区の千代田鎌倉ホールで営まれた。

時津風親方(元前頭時津海)、井筒親方(元関脇豊ノ島)や時津風部屋の若い衆、親交の深かった大島親方(元関脇魁輝)ら、前日12日の通夜を含めてのべ180人が参列。喪主の妻とき子さんが弔辞を読み上げ、別れを告げた。

安達さんは元横綱柏戸の鏡山親方の内弟子として伊勢ノ海部屋に入門し、70年秋場所初土俵。翌年、鏡山部屋の創設にともなって移籍した。最高位は前頭筆頭。83年初場所限りで現役を退き、引退後は親方として後進の指導にあたり、最後は武隈親方として時津風部屋に在籍した。

この日は館内の葬儀場とは別室に、現役時代の写真や化粧まわし、最高位の前頭筆頭だった81年初場所の番付表などが展示された。現役時代の映像も流され、同時期に活躍した大島親方も「懐かしいな。(対戦時は)のらりくらりとはいかなかったな」と懐かしんだ。

新型コロナウイルス感染予防の観点から関取衆は参列しなかったが、井筒親方は2日連続で参列した。井筒親方は02年初場所が初土俵で、安達さんは先代武隈親方として同年に鏡山部屋から転籍してきたため、20年近い付き合いだった。井筒親方は7月場所中にお見舞いに訪れていたことを明かし「そのときもしゃべりづらそうにしていた。『(時津風部屋の力士は)みんな頑張っています。正代もいいですよ。いい成績を残すので、みんなのことを見てやってください』と伝えました。そのときにぐっと手を握ってくれて。(千秋楽まで)持たないかもしれないと聞いていたが、今場所を見届けてくれた。そこは力士だなと感じましたね」と振り返った。

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井筒親方「本当に相撲が好きで」先代武隈親方を悼む

元豊ノ島の井筒親方(2020年7月23日撮影)

元幕内蔵玉錦の先代武隈親方が9日に67歳で死去し、元関脇豊ノ島の井筒親方が10日、故人との思い出を語った。井筒親方は2002年1月に初土俵を踏み、同年に鏡山部屋から転籍してきた先代武隈親方から、2019年に退職するまで指導を受けてきた。井筒親方は「自分が新弟子の時に部屋にいらしたので、かれこれ20年近い月日を過ごしました。本当に相撲が好きで、稽古場での指導のポイントは聞いていて勉強になりました」と振り返った。

先代武隈親方は、元横綱柏戸の鏡山部屋で育ち、最高位は西前頭筆頭だった。井筒親方は「お酒を飲むと、口癖は『うちの柏戸は…』でした。今ごろ、柏戸関とお酒を飲みながら怒られているんじゃないでしょうか」と思いをはせた。

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元前頭蒼国来の荒汐など年寄襲名を発表

元前頭蒼国来は荒汐襲名(18年11月撮影)

日本相撲協会は5日、大相撲秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を開き、既に承認されている元関取の年寄襲名を発表した。

・元前頭蒼国来→荒汐襲名

・関脇豊ノ島→井筒襲名

・元関脇栃煌山→清見潟

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正代「残ってくれた」土俵際クルリ1回転で1敗死守

互いの背中が向かい合う遠藤(左)と正代(撮影・河田真司)

<大相撲7月場所>◇6日目◇24日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が、土俵際で華麗な身のこなしを見せた。遠藤に左腕をたぐられ左四つで寄られると、俵を割りそうになったところで時計回りにクルッと1回転。体勢を立て直して押し出した。きれいな“スピン”で1敗を守った正代は「尻もちをついたような感覚だった。何とか足が残ってくれた」と大粒の汗をぬぐった。

先場所限りで兄弟子の元関脇豊ノ島(現井筒親方)が引退し、場所前は「腰が高いので日頃から言われている」と指導してもらった。

2場所連続で関脇に在位する今場所。終盤戦まで自身より番付の低い相手と戦うことが予想されるが「久しぶりの場所なので感覚を確かめながら集中して、あんまり星勘定を気にしてもしょうがないと思っている」と話した。

土俵際で体を入れ替えて残した正代(左)(撮影・丹羽敏通)

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元関脇豊ノ島、スーツでNHK相撲中継解説デビュー

放送席で解説する元豊ノ島の井筒親方(撮影・小沢裕)

<大相撲7月場所>◇5日目◇23日◇東京・両国国技館

元関脇豊ノ島の井筒親方(37)が、NHK大相撲中継で初めて解説を務めた。黒のスーツ姿で、幕内取組から向正面のブースに入った。相撲の技術にも話術にも長けた親方らしく、的確に取組を分析していった。

同じ時津風部屋の弟弟子2人については、現状を詳しく伝えた。連敗中の西前頭筆頭の豊山については「相手に直線的に圧力をかけるのが魅力ですが、圧力が上に抜ける。本人にはすぐにできるようなもんじゃないから、来年、再来年にできるようになればいいと伝えています」と説明。関脇正代には「前に出るのが正代の相撲かといえばそうでないが、前に出る力がついて体も大きくなった。今場所はいけるだろうと最初から私は思っていました」と指摘した。

解説を終えた井筒親方は「相撲に正解はないですから、自分が思っていることを言いました。『やせた』と言われましたが、ブースの壁が黒いから、そう見えただけですよ」と振り返った。それでも昨年の九州場所で自己最高の167キロまで増えたが、現在は142キロほどだという。

井筒親方の解説について、ツイッターなどSNSには「解説がお上手」「わかりやすく、的確な解説が素晴らしい」という投稿が相次ぐなど、解説としても好スタートを切った。

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白鵬、朝乃山は全勝 照ノ富士1敗/5日目写真特集

<大相撲7月場所>◇5日目◇23日◇東京・両国国技館

新大関の朝乃山が初顔合わせの霧馬山との1分以上におよぶ熱戦を制し、初日から5連勝とした。右四つになるも上手が取れず、頭をつけた霧馬山が優位な体勢となったが、相手の巻き替えに乗じて一気に寄り切り。新大関場所での初日から5連勝は18年名古屋場所の栃ノ心以来。無傷で序盤5日間を終えた。

一人横綱の白鵬も、先場所金星を配給した阿武咲を上手出し投げで退け、初日から5連勝とした。

かど番の大関貴景勝は宝富士をはたき込み、4勝1敗とした。

2度の優勝経験を持つ関脇御嶽海、妙義龍、新入幕の琴勝峰も全勝を守った。 大関経験者の高安が、序二段から史上初の幕内復帰を果たした照ノ富士との大関経験者同士の一番を制し、3勝目を挙げた。人気小兵の炎鵬は北勝富士に敗れ、2勝3敗となった。

横綱土俵入りに臨む白鵬

土俵入りを披露する横綱白鵬(撮影・丹羽敏通)

元豊ノ島が放送席で解説

放送席で解説する元豊ノ島の井筒親方(撮影・小沢裕)

幕内

錦木押し出し千代丸

錦木(左)は千代丸を押し出しで下す(撮影・小沢裕)


高安寄り切り照ノ富士

高安(右)は照ノ富士を押し出しで下す(撮影・小沢裕)

高安(手前)に寄り切りで敗れた照ノ富士(撮影・丹羽敏通)


照強上手投げ千代大龍

高々と塩をまく照強(撮影・丹羽敏通)

照強を上手投げで破った千代大龍(左)(撮影・丹羽敏通)


炎鵬押し倒し北勝富士

北勝富士に押し倒しで敗れた炎鵬(左)(撮影・丹羽敏通)


隆の勝押し出し

隆の勝(手前)に押し出しで敗れた輝(撮影・丹羽敏通)


大栄翔突き落とし豊山

大栄翔(上)は豊山を突き落としで破る(撮影・柴田隆二)


遠藤押し出し御嶽海

立ち合いで遠藤(左)を突き押しで攻める御嶽海(撮影・小沢裕)

御嶽海(右)に押し出しで敗れた遠藤(左)(撮影・丹羽敏通)


正代すくい投げ隠岐の海

正代(上)は隠岐の海をすくい投げで破る(撮影・柴田隆二)


霧馬山寄り切り朝乃山

朝乃山(右)は霧馬山を寄り切りで破る(撮影・柴田隆二)

朝乃山(右)は霧馬山を寄り切りで下す(撮影・小沢裕)

朝乃山(上)は霧馬山を寄り切りで破る。行司が霧馬山と激突し倒れる(撮影・柴田隆二)

行司を心配する霧馬山(撮影・柴田隆二)


貴景勝はたき込み宝富士

貴景勝は宝富士(手前)をはたき込みで下す(撮影・小沢裕)

宝富士を破った貴景勝(左)(撮影・丹羽敏通)


白鵬上手出し投げ阿武咲

上手出し投げで阿武咲を下した白鵬(撮影・丹羽敏通)

白鵬は上手出し投げで阿武咲(右)を下す。左は朝乃山(撮影・小沢裕)

勝ち名乗りを受ける白鵬(撮影・丹羽敏通)

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琴奨菊、7月場所へ「精いっぱいやることはやった」

稽古中の琴奨菊

大相撲の大関経験者で東前頭14枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が11日、代表取材に応じ「結果はどうなるか分からないが、精いっぱいやることはやってきた」と、7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けてここまでの調整を振り返った。7月場所では7場所ぶりの勝ち越しを目指す。プロ野球が観客を入れての公式戦を再開。「映像でもニュースでちょこっとしか見ていないのであまり分からないが、ひとつひとつの歓声とか本当にありがたいと思う。逆に無観客を知っているがゆえに」。春場所で史上初の無観客開催を経験しただけに、ファンの存在のありがたみを感じた。

4月に小学生時代からのライバルだった元関脇豊ノ島(現井筒親方)が引退した。この自粛期間で、互いに中学時代の全国中学の映像を見返す機会があったという。「自分的に今が一生懸命という感じなので、あまり振り返ることはしなかった。その頃(中学時代)から頑張ってきたな、という感じで。ちょうど団体の決勝戦が、(母校の)明徳義塾対(豊ノ島の)宿毛の片島中学。自分も豊ノ島も先鋒戦だった。私は負けたが、そのときの懐かしさを感じた。結局豊ノ島の中学のほうが全国優勝したんですけれども」。気付けば関取最年長。「私もいつかそうなるか分からないけれども、やり残しだけはしないようにと思っている」と誓った。

稽古中の琴勝峰

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元豊ノ島の井筒親方が37歳誕生日 毎日指導中

37歳の誕生日を迎えた元関脇豊ノ島の井筒親方

大相撲の井筒親方(元関脇豊ノ島)が26日、37歳の誕生日を迎えた。代表取材に応じ「めでたいとも思わないし、あんまり変わらんよ。(自宅で)朝はハッピーバースデーの飾り付けしてくれていたから、『ありがとう』と言って、という朝でした」と明かした。

4月に引退したばかりの新米親方は現在、部屋付きの親方として後進の指導にあたっている。「親方」と呼ばれることにはまだ慣れない様子で「部屋でも若い子は『豊ノ島関』って呼ぶし、自分も反応してしまう。稽古場にも井筒の木札がまだできていないし、部屋のメンバーで自分だけいないみたい。中ぶらりんな感じだね」と話した。

稽古場では毎日、まわしを締めて指導しているという。現役時代は体を休めるため稽古場に降りない日もあったが「休むと部屋の子たちに対して責任を達成できていない気持ちになる」と、立場が変わり行動も変わった。力士には積極的に言葉をかけていく指導法。「もともと言いたい方。相撲でも今の相撲はこうだからって。口出ししたいタイプ。指導は好き」。小兵の技巧派で鳴らした実力を伝えていく。

稽古場以外では、減量に励む日々を送っている。昨年11月の九州場所で167キロだったが、今は20キロ落として147キロ。夜は炭水化物の摂取を控え、サラダや高知の実家から送られる豆腐を食べているという。膝の痛みがあるため、稽古では胸を出せない。代わりに自宅から稽古場まで1時間歩いて汗を流す。最短で来年10月に断髪式を行う意向もあり「そこまで、あんまり体重も落としすぎないようにと思っている。はかまとかぶかぶかじゃ格好悪いし。140キロ切るまで、130キロ台くらいにはキープしたい」と計画中だ。

引退時は悲しんでいた長女の希歩ちゃん(7)も、徐々に受け入れてくれた。「最初は豊ノ島と言えなくなるのが嫌だったみたいだけど今は『父が親方なんだよ』って友達に言ってるみたい。切り替えてくれたなと。(引退を伝える時は)僕も妻(沙帆夫人)も話を何回もした。ああいう形での引退は納得いかないみたいだったけど『体壊れたらどうするの?』って話したら泣きながら『分かった』って許してくれた。肩の荷が下りた感じだった」。そんな愛する妻、愛する娘と、最近は人気アニメ「鬼滅の刃」にはまっている。「アニメで見て、漫画で見て。娘は毎晩、鬼滅の刃を歌っている。家にいるのはストレスにならない。自粛生活で体をゆっくりさせてもらっています」。家族との充実した時間を過ごしている。

37歳を迎えた元関脇豊ノ島の井筒親方(右)を祝う、左から沙帆夫人、長女・希歩ちゃん
37歳を迎えた元関脇豊ノ島の井筒親方(右)を祝う誕生日ケーキ
若い衆を指導する元関脇豊ノ島の井筒親方

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