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赤井英和の長男・英五郎、プロデビュー戦の相手が決定 東日本新人王

赤井英五郎(2021年3月15日)

「浪速のロッキー」と呼ばれた元プロボクサーの俳優赤井英和(61)の長男、英五郎(26=帝拳)のプロデビュー戦の相手が17日までに決まった。

赤井がエントリーする今年の東日本新人王の抽せん会が16日に開かれ、17日に主催する東日本ボクシング協会のSNSなどで公開。赤井はミドル級でエントリーし、岡村弥徳(23=八王子中屋)と対戦する。試合日時は後日に発表される。

なお岡村は5月22日、東京・墨田区総合体育館で鈴木輝(23=宇都宮金田)との73・5キロ級4回戦で先にプロデビュー戦を迎える。

赤井は先月15日、名門・帝拳ジムからプロデビューすることを表明。アマチュアで目指した東京五輪出場の可能性が19年に消滅し、父が歩んだ道を追うようにプロ転向を決断していた。

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赤井英和の長男がプロ転向 父の夢継ぎ世界王座狙う

帝拳ジムからプロデビューすることになったミドル級の赤井英五郎

「浪速のロッキー」と呼ばれた元プロボクサーの俳優赤井英和(61)の長男英五郎(26)が15日、名門・帝拳ジムからプロデビューすることを表明した。アマチュアで目指した東京オリンピック(五輪)出場の可能性が19年に消滅。父が歩んだ道を追うようにプロ転向を決断した。今年の東日本ミドル級新人王にエントリーし、プロデビューする予定。大けがで引退を余儀なくされた父が届かなかった世界王座獲得を将来的な目標に掲げた。

   ◇   ◇   ◇

父譲りの強打を誇る赤井がプロ転向する。アマで目指していた東京五輪の夢が19年11月の全日本選手権で絶たれると、すぐプロ転向への気持ちがわき上がったという。「ボクシングを続けたい気持ちだった。いずれプロになろうと思っていた」。19年に左足アキレス腱(けん)を断裂し、20年2月には左手首の手術を受けたため、昨年は治療に専念。アマ時代から練習で通っていた名門・帝拳ジムを所属先に選択し、満を持して今年からプロボクサーとしての活動を開始する。

父からボクシングの指導を受けたことはないが、自宅に地下トレーニングルームを設置してくれるなどのサポートを受けている。赤井は「父は子供ではなく一個人として見てくれている。プロ転向の反対もなかった」と振り返る。今年の全日本新人王のミドル級にエントリーし、プロデビューする予定。「相手は誰でもいい。新人王を取りにいきたい」と父も獲得した称号を狙う。

「父は20歳でデビューし25歳でプロを引退、自分はアマですが20歳でデビューし25歳でアマを辞めて、重なる部分がある」。父は2度目の世界挑戦を目指した前哨戦でKO負けし、急性硬膜下血腫で重体となって現役引退を余儀なくされた。なし得なかった夢を継ぐように赤井は「ボクシングを始めるからには『世界』と思っていた。世界王者になりたい。プロの自覚を持って帝拳ジムでやりたい」と決意を示した。

プロで最初の目標は父がマークした12連続KO勝利を設定した。赤井は「KO記録は身近な目標としてわかりやすい。13連続KOができたら新しい目標も出てくる。自分は(中量級の名王者)ハグラーやデュランのようなオールドスタイルが好き。倒せるのが1番。ボディーで倒してみたい」と目を輝かせた。ファイタースタイルの強打に磨きをかけ、プロデビュー戦に備える。【藤中栄二】

○…大阪市出身の父赤井英和は、浪速高でボクシングを始め高校総体優勝。近大に進学したが日本がボイコットした80年モスクワ五輪の最終選考で落選。その後、大阪の三和ツダジム(後のグリーンツダジム)からプロ転向した。好戦的なスタイルと強打を武器にデビュー以来12連続KO勝利の快進撃で、“浪速のロッキー”と呼ばれて絶大な人気を誇った。83年にWBC世界スーパーライト級王者ブルース・カリー(米国)に初挑戦して7回TKO負け。再起したが、85年に世界再挑戦のための前哨戦で大和田正春に7回KO負けを喫し、脳出血を起こして意識不明の重体となった。緊急手術を受けて一命を取り留めたものの、引退を余儀なくされた。その後、俳優としてドラマや映画で活躍している。

○…赤井の前妻の次女赤井沙希(34)は、DDTで人気プロレスラーとして活躍している。174センチのスラリとした長身で、10代で芸能界デビューして、06年には旭化成のキャンペーンモデルに抜てきされるなどモデル、タレントとしても活躍。13年8月のDDT両国大会でプロレスデビューし、14年のプロレス大賞で女子初の新人賞を受賞した。得意技はケツァル・コアトル。

◆赤井英五郎(あかい・えいごろう)1994年(平6)9月22日、東京・世田谷区生まれ。小、中学校とラグビー、米ハワイで過ごした高校時代はアメリカンフットボールを経験。米カリフォルニア州ウィディア大に進学し、20歳の時、ボクシングを開始。16年に大学を一時休学し、日本で本格的に東京五輪を目指す。18年全日本社会人選手権ミドル級優勝。アマ戦績は8勝(4KO)6敗。通常体重は77キロ。身長179センチの右ファイター。

サンドバッグ打ちする赤井英五郎
ミット打ちに取り組むミドル級の赤井英五郎(左)
大和田正春の鋭い左フックを浴びマットに沈む赤井英和(右)。赤井はそのまま脳挫傷で意識不明となり病院に搬送された(1985年2月5日)
ファイティングポーズをみせる赤井英和(1982年2月)
DDTプロレスで世死琥(左)にボディーアタックを見舞う赤井沙希(19年7月15日)

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DDT赤井沙希が安納サオリに勝利、尊敬の思い吐露

安納サオリ(左)にビッグブーツを決める赤井沙希(DDTプロレスリング提供)

<DDT:DDTTVSHOW!#3>◇16日◇DDTTVSHOWスタジオ

“浪速のロッキー”こと赤井英和の娘、赤井沙希(33)が、“おきばりやす七番勝負”の6戦目で安納サオリ(29)を下し、3勝3敗とした。

9日の前哨戦で敗れていた赤井は、いきなりビッグブーツの連発で先制。安納のイス攻撃やジャーマンに苦戦するも、最後はケツァル・コアトルで丸め込んで3カウントを奪った。試合後、赤井は隠していた安納への尊敬の思いを吐露した。「他団体だけど意識してた。安納さんみたいに、強くて、かっこよくて、華のある人が、もっと女子プロレスを引っ張っていくべき。女子プロレスを引っ張っていきましょう」と呼びかけ、安納と握手をかわした。

安納もバックステージで「赤井さん、ずるい。あんなにきれいで、強くて、性格よくて、なんなの。私は沙希さん好きです。試合が決まって、赤井さんの本気を感じたかったから意地悪なことを言った。負けたけど、また試合がしたい」とコメント。試合を通じ、熱いお思いが通じ合った。

昨年11月からスタートした七番勝負は、次が最終戦。対戦相手について、今林APは「(6月7日予定だった)さいたまスーパーアリーナ(大会)で予定していましたが、現時点では未定。必ず最終戦にふさわしい選手を用意します」と大物登場をにおわせた。

メインでは遠藤哲哉(28)が樋口和貞(31)を破り、KO-D無差別級王座への挑戦剣を奪還。王者・田中将斗(47=ゼロワン)に挑戦する権利を再び手にした。新たにDDTのゲストコーチに就任した全日本プロレスの秋山準(50)もタッグ戦に出場した。

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赤井英和8連続KO劇の左フック/井岡弘樹氏の一撃

浪速のロッキーこと赤井英和(1984年5月30日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~12>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。

   ◇   ◇   ◇

元世界2階級王者の井岡弘樹氏(51=井岡弘樹ジム会長)の人生を変えたのが「浪速のロッキー」の左フック。現在はタレントで活躍する赤井英和が、1回KOでデビュー以来8連続KO勝利を飾った一撃をあげた。この試合で赤井にあこがれ、所属するグリーンツダジムに入門。世界王者への道を歩みだしたという。(取材・構成=実藤健一)

▼試合VTR 81年12月18日、デビューから7戦連続KO勝ちで「浪速のロッキー」と呼ばれ、人気の赤井はノンタイトル10回戦ながらテレビ中継された。相手はアウトボクサーの桑田修孝。距離をとりたい相手にさせず、立ち上がりから前に出てラッシュ。1回1分25秒に打ち下ろす右フックで最初のダウンを奪い、立ち上がったところに連打で2度目のダウン。最後は強烈な左フックで試合を終わらせ、デビューから8連続KO勝ちとした。

自分がボクシングをやろうと決めたきっかけが、赤井先輩の左フック。中1の冬やった。テレビで見ていて、最後はものすごい左フックでKOした。いっぺんにあこがれましたね。

スポーツ全般、好きやった。もちろん、格闘技もボクシングに限らず。そんな中で、あの試合が自分の運命を決めた。中2から赤井先輩と同じジムに入った。日本王者じゃなく、世界王者になろうと決めた。

赤井先輩は派手な言動が注目されがちやけど、ものすごい練習する。キャンプも一緒させてもらったけど、すごい練習量でした。自分にも世界の目標があるから、絶対に音を上げない。でも実際は、頭が下がる思いでした。

赤井先輩は大けが(85年2月の試合で意識不明に陥り開頭手術、その後に引退)で世界王者の夢を果たせなかった。自分も病院に行かせてもらったけど、ものすごいショックでした。先輩の分も夢をかなえたい。その思いは当然あった。

結果的に世界王者になれたのは、練習のおかげ。きつい練習も「頑張ろう」と踏ん張れたのは、赤井先輩のおかげやと思ってます。

◆井岡弘樹(いおか・ひろき)1969年(昭44)1月8日、大阪・堺市生まれ。もともとは野球少年だったが、赤井にあこがれて中学2年の時にグリーンツダジムに入門。86年1月プロデビュー。87年10月、日本選手最年少の18歳9カ月でWBC世界ミニマム級王座を獲得。91年12月にWBA世界ライトフライ級王座を獲得し2階級制覇。その後、3階級制覇を狙ったがならず、98年12月にノンタイトル戦でのちのWBC世界スーパーフライ級王者徳山昌守に敗れ、引退した。戦績は33勝(17KO)8敗1分け。現在は井岡弘樹ジム会長。

◆オンライン教室 井岡弘樹会長は外出自粛で自宅にこもる人たちへ、オンラインを利用してボクシングを絡めたエクササイズ教室を開設中。ボクシングとダイエットを融合して「ボクシエット」と命名し、午後8時からライブ配信。「井岡弘樹のボクシエット」で検索。

井岡弘樹氏

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「しずちゃんとやりたい」赤井沙希七番勝負への思い

「おきばりやす七番勝負」の初戦藤本つかさ戦に臨む赤井沙希(撮影・高場泉穂)

DDTのプロレスラー赤井沙希(32)が、11月24日後楽園大会から七番勝負「おきばりやす」をスタートさせる。第1戦は昨年女子プロレス大賞の藤本つかさ(36=アイスリボン)。DDTで紅一点として戦う赤井にとって、女子選手とのシングルは貴重な機会。さらに飛躍するための七番勝負に向け、意気込みを語った。【取材・構成=高場泉穂】

-七番勝負が決まった経緯は

赤井 七番勝負というものを知ったのは自分が13年にプロレスを始めてから。やるのは、キャリアの浅い新人さんというイメージ。私はもう6年目なので、言われたときは「いまやるんだ…」とは思いました。新人がやるか、経歴やキャリアがあってくすぶっている人がやると聞いていたので。もっと伸びてほしいという団体からの期待と受けとめました。

-女子選手とのシングルについて

赤井 DDTは女子選手が私1人しかいないので、これまでのシングルは片手におさまるぐらい。だからうれしいです。自分自身が変わらなきゃいけないし、勝ち負けが大事。さらにそれ以外のものもつかみにいかないとと思っています。

-藤本選手とは過去に他団体のタッグ戦で対戦したことがある。印象は

赤井 先輩としての格、オーラがありながら、若い選手に寄り添って試合をされていた。藤本さんの器の中にいる感じがして悔しかったです。

-藤本選手は赤井選手に対し、「男子の中でやっているから、華を添えるポジションに落ち着いているのでは」と挑発

赤井 自分の中で、そういう立場にもやもやしたことは確かにありました。もっと、バチバチやりたいと。でも、その時求められることをやるのがDDTのレスラーとして必要。たとえ華を求められる役だとしても、プロレスラーとしてリングに立っているので、華も添えられて、試合も強くて。それが一番いいじゃないですか。華があってなにが悪いのと言いたいですね。

-さらに藤本選手から「喜怒哀楽」のうち、怒り、哀(かな)しみがみえない、と指摘された

赤井 (怒りも哀しみも)ありましたよ。リング上でゴング鳴った瞬間、泣いちゃったこともあるし、7月の両国大会で世志琥選手に負けたときは、涙が出ましたが見えないようにしました。

怒ったり、悔しい時は必ず向かい側に女子がいることに気付きました。

-2戦目以降の相手は未定。対戦してみたいのは

赤井 まずマッハ文朱さんですね。自分がデビューする前に引退されたんですが。タレントからレスラーになった人で、身長も170ぐらいある。重なる部分が多い大先輩です。あとは、しずちゃんですかね。私もボクシングをしていましたし、グローブ付きのプロレス技ありルールとか。カイヤさんもやってみたい。普通にでかいし、パワーもある。私は声でかいとびびっちゃうので不利ですが…。DDTなら対戦は可能かもしれない。

-七番勝負を通して得たいものは

赤井 DDTの選手として、戦力になりたいし、ベルト戦線に絡んでいきたい。悔しいですが、里村さんら仙女(センダイガールズ)のみなさんが今年KO-D6人タッグベルトを取って、自分もベルトを狙えると気付かされました。女子とか、男子とか関係なく、一戦力となってDDTをもっと盛り上げて、戦いをお客さんに楽しんでもらえるようになりたいです。

◆赤井沙希(あかい・さき)1987年(昭62)1月24日、京都府京都市生まれ。タレント活動を経て、13年8月、DDT両国大会でデビュー。14年プロレス大賞で女子初の新人賞を受賞。芸能活動と並行しながら、DDTリングで活躍する。得意技ケツァル・コアトル。父は元ボクサーで俳優の赤井英和。174センチ、53キロ。

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仙台女子プロレスに英国美女入団「仙台からWWE」

1日、仙女の選手とともにボディービルのコンテストに参加し、肉体美を披露するカトリーナ(右)、左は里村、中央は白姫(撮影・高橋洋平)

 杜(もり)の都に、金髪美女の黒船現る-。イギリス人レスラーのハイジ・カトリーナ(28)が、9月24日の仙台大会から正式に仙台女子プロレスへ入団した。178センチ、80キロの恵まれた体格から豪快な力技と関節技を繰り出す。仙女のストロングスタイルで経験を積み、将来は米国の本場WWE入りを狙う。

 カトリーナが仙台から世界へ、旋風を巻き起こす。破格のサイズとグラマラスボディーを誇る金髪美女が豪快に宣言した。

 「仙女でスキルを上げて、1、2年後にはWWEに入る。そして、世界最高のレスラーになってみせる」

 異色の経歴を持つ。14歳から体を鍛えていたが、「まだレスラーになるには早い」と大学では美術を専攻。卒業後の22歳でプロレスデビューを果たした。その後は地元ロンドンから離れ、フランス、ドイツ、カナダ、米国など世界を転戦。1年半前にたどり着いた日本で衝撃を受けた。昨年9月に行われた仙女の新宿FACE大会を観戦し、度肝を抜かれた。

 「シリアスにストロングスタイルをやっている。一目ぼれした。レスリングを学ぶには最高の場所。日本でプロレスを極めたい」

 来日当初は女子プロレスのREINAに参戦し、ベルトを獲得。DDTでは元プロボクサーで俳優の赤井英和の娘、赤井沙希とタッグを組んだりもしたが、仙女入団を決めた。4月23日の大阪大会で同マットに初参戦し、いきなりジャイアントスイングを披露。正式入団となった9月24日の仙台サンプラザホール大会ではダイビングギロチンドロップで締めくくり、存在感を示した。代表の里村明衣子(37)は「このまま成長していけば、WWEにも入れる逸材。今後が楽しみ」と最大級の賛辞を贈った。

 筋骨隆々の肉体は、毎日ジムで行う約2時間の筋力トレーニングのたまものだ。現在は仙台市在住で片言の日本語はマスターしており「センジョがイチバーン!」と、すっかり日本になじんだ。「今は仙台でプロレスをやりたい。関節技中心のブリティッシュスタイルに、仙女のストロングスタイルをブレンドしていきたい」。仙台からの逆輸入レスラーが、世界を席巻する日は近い。【高橋洋平】

 ◆ハイジ・カトリーナ 1989年4月21日、英国ロンドン生まれ。14歳から筋トレを始め、22歳でルチャ・ブリタニアでプロレスデビュー。その後は世界を転戦し、16年に来日。得意技はギロチンドロップ、アマゾンスラム(ランニング式パワースラム)。好きな日本食はしゃぶしゃぶ、カキ。178センチ、80キロ。スリーサイズはB104、W74、H102センチ。

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近大ボクシング部また…「えげつない」監督セクハラ

 全日本大学ボクシング王座決定戦10度の優勝を誇る近大ボクシング部の男性監督(29)が、教え子の女子部員にセクハラ行為をし、大学から自宅待機を命じられていたことが11日、分かった。監督は12年ロンドン五輪代表で、16年4月に就任。性的行為を求める言葉を発していたほか、後ろから抱きつくなどの行為をしていたという。

 近大のハラスメント全学対策委員会の調査に対し、同監督はハラスメント行為があったことは認めているといい、大学は「調査が済み次第、処分を決定する」。アマチュアを統括する日本ボクシング連盟は先月28日、被害部員の母親から内容を記した文書を受理。同連盟の山根明会長が監督に確認すると「冗談でやった」としつつ、事実を認めたという。監督は同29日から自宅待機している。

 山根会長は11日、大阪市内の同連盟大阪事務局で「ここでは言えないぐらい、えげつないセクハラ」と説明。被害部員はセクハラの内容を録音した音声を持っているといい、同連盟は男性監督を除名する方針だ。

 近大ボクシング部は09年に部員2人が強盗事件を起こして廃部。同部OBでタレントの赤井英和氏(現名誉監督)を総監督とし、12年10月に復活していた。現在の部員は男子26人、女子4人。全日本女子ボクシング選手権で優勝経験を持つ部員ら、20年東京五輪の代表候補も複数在籍している。大学は「処分が(監督ら)個人になるか、部になるかも現時点では分からない」としており、有望選手への影響も懸念される。

 同部では先月14日、16年4月に赤井氏から総監督を引き継いだ男性コーチ(54)が、スタッフへの暴力行為で辞任。15日に開幕する全日本選手権大阪府選考会を控える中、またしても不祥事が発生した。

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近大ボクシング部の新監督に鈴木康弘氏が就任へ

 近大は1日、ボクシング部の新監督に12年ロンドン五輪男子ウエルター級代表の鈴木康弘氏(28)の就任を発表した。

 元世界王者の名城信男ヘッドコーチとともに選手強化に取り組み、20年東京五輪でのメダル獲得を目指す。赤井英和総監督は名誉監督として同部をバックアップする。

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別府優樹が赤井に並ぶデビュー12連続KO勝ち

デビューからの連続KOを12に伸ばした別府

<プロボクシング:日本ウエルター級8回戦>◇25日◇東京・後楽園ホール

 日本ウエルター級10位別府優樹(24=久留米櫛間)が、デビューからの連続KOを12に伸ばした。

 レッカー(タイ)と8回戦で1回に右で2度、2回に連打で2度ダウンさせ、2回34秒TKO勝ち。世界挑戦もした赤井英和の歴代3位に並び、1位にあと2とした。14年の全日本新人王以来の聖地に「久しぶりで硬くなった。名前を売るために記録は作りたい」。連続KO自体の最多記録は15だが、櫛間会長は「16の新記録後に日本王座に挑戦させる」プランを披露した。

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赤井英和長男が近大スパー参加 東京五輪へ1歩

父親の母校・近大ボクシング部でスパーリングを行った赤井英五郎(後列左から3人目)

 元プロボクサーでタレント赤井英和(56)の長男でアマチュアボクサーの赤井英五郎(21)が、父の母校から20年東京五輪への道をスタートした。19日、父が総監督を務める東大阪市の近大ボクシング部を初めて訪れ、近大と韓国・保寧の選抜チームとの国際親善スパーリングに参加。アマ戦績3勝1敗の英五郎は、韓国人選手に打ち込まれて「勉強になりました。ぼこぼこだった。でも格上とやる方が進歩につながる」。

 現在は米国の大学に在籍しており、あと2年で卒業見込み。今後は(1)米国を拠点に学業との両立(2)帰国して近大編入(3)英国、キューバなど強豪国への移住、などの選択肢から3月までに結論を出す予定。競技歴1年に満たない昨年11月に「浪速のロッキー」と呼ばれた父譲りの強打で全日本選手権8強に入ったイケメンの逸材。「まず日本一になって、20年までにそれなりの選手になりたい」と4年後を見据えた。【益田一弘】

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赤井英和の長男英五郎ぼこぼこスパーも「いい経験」

父親の母校・近大のボクシング部でスパーリングを行った赤井英五郎(中央)(撮影・益田一弘)

 元プロボクサーでタレント赤井英和の長男、アマチュアボクサーの赤井英五郎(21)が19日、東大阪市内の近大ボクシング部を初めて訪れた。

 父が総監督を務める同ボクシング部と韓国・保寧の選抜チームが行った国際親善スパーリングに参加。韓国人選手との2ラウンドなど合計4回のスパーリングを行った。

 アマ戦績3勝1敗の赤井は、31歳のベテラン韓国人選手と対戦。1回開始直後は自慢の強打を振るったが、少しずつサウスポーの相手ペースとなった。変則的な動きから左ストレート、右アッパーなど多彩なパンチを打つ相手にほんろうされて、劣勢のままで2回を終えた。

 技術の差を見せつけられた形だが「勉強になりました。ぼこぼこだった。でもいい経験になるかなと思う」と前向きに話した。米国の大学に在籍する赤井は、競技歴1年弱の昨年11月には全日本選手権で8強に進出している。

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赤井英和の長男英五郎は準々決勝敗退「貴重な経験」

敗戦後、悔しそうな表情でインタビューを受ける赤井英五郎(撮影・島根純)

<全日本ボクシング選手権>◇20日◇岩手・水沢体育館◇各階級◇準々決勝

 赤井ジュニアが敗退した。

 タレントで近大ボクシング部総監督の赤井英和(56)の長男赤井英五郎(21)がミドル級準々決勝に登場し、12年、13年の全日本王者自衛隊・浜崎良太と3分3回を戦い、0-3の判定負けを喫した。9月のデビューから4戦目だったがダウンを奪われるなど、日本トップレベルの選手との対戦に地力の差が出た。それでも「上の選手のすごみを実感できた。貴重な経験をさせてもらった」と振り返った。

 現在米国の大学を休学中で、進路について問われ「まだ2カ月間の猶予がある。ゆっくり家族と話しながら自分の進路を考えたい」と話した。

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高山勝成V2祝勝会に近大・赤井総監督ら200人

V2成功の祝勝会に出席した高山(左)と近大ボクシング部の赤井英和総監督(撮影・益田一弘)

 IBF世界ミニマム級王者高山勝成(32=仲里)が1日、大阪市内のホテルでV2達成祝勝会に出席した。

 近大ボクシング部の赤井英和総監督(56)ら関係者約200人から、9月に達成した2度目の王座防衛を祝福された。

 高山は「またこういうお祝いをしていただけるように、ベストを尽くします」と感謝していた。会場にはこれまで獲得したミニマム級4団体のベルトも展示され、高山は笑顔で出席者との写真撮影に応じていた。

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赤井英和の長男・英五郎がボクサーデビュー判定勝ち

アマチュアデビューした赤井英五郎

 元プロボクサーでタレントの赤井英和(56)の長男英五郎(20)が12日、ボクサーデビューした。

 全日本アマチュア選手権(11月18~22日、岩手)関西ブロック選考会に奈良県連盟所属としてミドル級(75キロ以下)に出場し、福森心太(大商大1年)を2-1の判定で破った。20年東京五輪を目標にする英五郎は「負けた試合だと思った。全然満足していない」。きょう13日の決勝に勝てば全国大会への出場が確実になる。

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赤井英和「ワシそっくりや」長男英五郎アマデビュー

アマチュアデビューした赤井英五郎(撮影・松浦隆司)

<全日本アマチュアボクシング選手権:関西ブロック選考会>◇第1日◇12日◇関大・千里山キャンパス凱風館◇ミドル級ほか

 タレントで近大ボクシング部総監督の赤井英和(56)の長男英五郎(20)がアマチュアボクサーとしてデビューした。

 対戦相手の福森心太(大商大)に効果的なジャブを繰り出し、2-1の判定勝ちを収めた。

 白星デビューの英五郎は「やっとお互いががんばっている選手同士でコブシをぶつけることができた。相手の強いパンチをもらい反省もあるが、試合ができたことがうれしい」と笑顔を見せた。

 試合が進むにつれ、「浪速のロッキー」と言われた父親譲りのハードパンチを披露した。「1ラウンド目は少し緊張していた。最後は体が動くようになった」と振り返った。

 昨年1月から本格的に競技を始め、約1年の練習を積んだ。もともとスポーツには自信がある。小学3年からラグビーを始めた。小学6年のときにハワイ・プレパラートリー・アカデミー(HPA)に留学し、中学3年からアメリカンフットボールを始めた。大学は米カリフォルニアのウィディアカレッジに進学した。

 米国でアマチュアボクサーとしてデビューを目指し、ジムなどでトレーニングしていた。昨冬に米国でデビューする予定だったが、対戦相手が直前になってキャンセルされるなど、試合が出来ない日が続いた。今年5月、国内デビューするために大学を休学して帰国。選考会には奈良県連盟所属の同県代表として出場した。

 父は東京都内で舞台の稽古中だったが、息子の勝利を妻の佳子さんから電話で知らされ「初戦で経験のある選手に勝てたのはうれしい。とにかくおめでとう!」とコメントした。

 英五郎は右のファイタータイプで、赤井は「ワシにそっくりや」とパンチの強さは受け継がれている。13日には全日本選手権(11月18~22日、岩手)のミドル級の関西ブロック選考会決勝戦に出場する。プロ志願ではなく東京五輪出場を目標にする英五郎は「これからは1試合でも多くやりたい」。身長は179センチでイケメン。「浪速のロッキー2世」がデビューした。

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赤井英和総監督が号泣 近大ボクシング1部復帰

関西学生リーグ1部復帰を決めて泣いて喜ぶ赤井英和総監督(撮影・木村有三)

 近大ボクシング部が、来季7年ぶりの関西学生リーグ1部復帰を決めた。28日、大阪・吹田市の関大キャンパス内で1、2部入れ替え戦(1チーム9人で階級別に対戦)が行われ、2部優勝校の近大が、1部最下位の関学大を6-3で破った。09年に部員の不祥事で廃部に追い込まれ、12年に活動を再開。同リーグ36連覇、全日本大学王座を10度獲得した名門が、苦難を乗り越えて復活した。

 近大OBでタレントの赤井英和総監督は、1部昇格を決めた瞬間、号泣。「選手はもちろん、チームの首脳陣も気合入れて、汗も涙も流してきた。ボクシング経験のない学生も、よくやってくれた。褒めてあげたい」と感激していた。

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佐伯霞が近大入学「在学中にリオ。出場権得たい」

 女子ボクシングの11年世界ジュニア選手権48キロ級金メダリストの佐伯霞(18)が4日、東大阪市内の近大で入学式に出席した。

 来年のリオ五輪を目指して、赤井英和総監督率いる同大で練習に励む。スーツに身を包んだ佐伯は「在学中にリオ五輪があるので、出場権を得たい。今の気持ちでは勝ち抜いていけないと思うので、いろんなことを意識してやっていきたい」と話した。

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辰吉の次男寿以輝プロテストが映画になる

10月28日、帝拳ジムへの出稽古で、ミットを受けてもらう辰吉寿以輝(右)

 元WBC世界バンタム級王者辰吉丈一郎(44)の次男、寿以輝(じゅいき、18=大阪帝拳)が24日に受験するプロテストが映画になることが17日、分かった。日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞した阪本順治監督(56)が撮影する。

 阪本監督は、95年に丈一郎の薬師寺保栄戦を中心にした「BOXER JOE」を製作した。丈一郎のその後を追うために、当時と同じスタッフで、定期的に撮影を行ってきた。ただ丈一郎は練習を続けているが、セミリタイアの状態となっている。「BOXER JOE」の続編として、寿以輝のプロテストをひとつの区切りとする見通し。

 20年近くにわたって同じ一家を追い続ける撮影手法は、映画界でも珍しい。その最終段階として、寿以輝が登場する。関係者は「撮影は、現在も続いています」と話した。

 阪本監督は、89年に元プロボクサーの赤井英和が主演した「どついたるねん」で監督としてデビュー。00年の「顔」で日本アカデミー賞の監督賞など5部門を受賞しており、日本映画界を代表する監督だ。

 注目のプロテストは、24日に大阪帝拳ジムが主催する興行の開場前に行われる。一般非公開で、阪本監督の撮影班が、寿以輝の一挙手一投足を追う。プロテストが映画のワンシーンになるのは異例といえる。

 寿以輝は、10月下旬に東京都内の帝拳ジムへ出向き、プロ相手のスパーリングで果敢に打ち合うなど準備を進めている。偉大な父と同じ道を歩むことについて「プレッシャーはないです。おれはおれなので」と言う。カメラも待ち受けるテストまであと1週間となった。

 ◆辰吉寿以輝(たつよし・じゅいき)1996年(平8)8月3日、大阪・守口市生まれ。幼少期から父丈一郎の手ほどきでボクシングに親しむ。守口第二中卒。家族は父、母、兄。167センチの右ボクサーファイター。

 ◆ボクサーと映画 邦画では「どついたるねん」が有名。阪本監督はブルーリボン賞作品賞を受賞した。現役ボクサーとしては、日本フェザー級王座に2度挑戦した福田健吾が「ウェルター」(87年)に主演した。昨年12月には亀田大毅が主演した「ヒットマン 明日への銃声」が公開された。海外ではシルベスター・スタローン主演の「ロッキー5 最後のドラマ」(90年)に、93年にWBOヘビー級王者となるトミー・モリソンが出演している。

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元世界王者名城が引退 近大HC就任

近大ボクシング部ヘッドコーチに就任する名城(中央)。右は赤井総監督、左は浅井監督

 元WBA世界スーパーフライ級王者名城信男(32)が3日、現役引退と1日付で母校近大のヘッドコーチに就任したことを発表した。総監督を務めるタレント赤井英和氏からコーチ就任を打診され、今年1月に快諾。「人間的に強く成長できる選手を作りたい。リオ五輪は出場を、東京五輪ではメダルを取れるように頑張りたい」と決意を示した。同時に近大通信教育法学部への編入も表明。「弁護士を目指します」とジョーク交じりに勉学にも励む考えを明かした。

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名城が現役引退、近大ヘッドコーチに

 ボクシングの元WBA世界スーパーフライ級王者・名城信男(32=六島)が3日、大阪・近大で会見を開き、現役引退を発表、母校近大ボクシング部のヘッドコーチに就任することが決まった。

 名城は06年7月にWBA世界スーパーフライ級王座を獲得、プロ8戦目での世界王座獲得は当時国内最速タイ記録だった。その後、2度目の防衛に失敗して陥落したが、08年に再度同級王座を獲得した。プロ戦績は19勝(13KO)6敗1分け。

 名城は「(昨年)9月にタイで負けて悩んでいるところに、近大の赤井(英和)総監督からボクシング部を指導してみないかと、話がありました。即決で決めました。今までの経験を生かして、東京五輪を見据えてしっかり指導していきたい」と話した。

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